人の心の中など分かるわけがない。

本人にだって分からないことがあるのに。






Once Again Re-start

第二十話 〔黒幕は黒いまま闇に消える〕

presented by 睦月様







年配の中国人の男がいる。
着ている制服はネルフのもので胸のプレートには中国支部支部長の文字がある。

彼はゼーレからこの中国支部を任された人間で、それなりに優秀だ。
事務系の人間の彼は、ゼーレのために中国政府にいろいろな便宜を図ったり、必要な物資をそろえるなどゼーレに忠実な男だ。
長い物にはまかれるということをよく知っている。
そんな彼だからこそゼーレは反抗や余計なことをする可能性は低いと考えて中国支部長にした。

秘密組織であるゼーレに従う彼だが、別に非合法なことばかりをしているわけではない。
休日は愛犬の散歩とゴルフをするのが楽しみ、割と安い趣味を生きがいとしている。
肩書きを別にすればどこにでもいる中年サラリーマン男性とそう変わらない彼だが・・・

「一体何が起こっているのだ!?報告しろ!!」

今、その顔を真っ赤にして怒鳴っている。
彼のいる場所は当然ネルフの中国支部の中心、日本の本部と同じつくりの発令所だ。

昨日まで、言われていたことをこなして行けば、今日と同じ平穏な日々が明日も訪れると思っていた。
なのにだ・・・今の彼は顔中に困惑と混乱、そして恐怖を貼り付けている。

「この支部が攻撃を受けています!!」
ズン!!
「うわ!!」

オペレーターの報告の途中で地震のような振動が来た。
発令所にいた全員が手近な物にしがみついて揺れを耐える。

「い、今のはなんだ!?」
「攻撃です!!」
「モニターに出せ!!」

支部長の命令でメインモニターにこの騒動の元凶の姿が映し出される。
しかし、それは問題の解決にはならず、さらに混乱を増徴させるだけでしかなかった。

「え?・・・エヴァ?」

それを見た全員が自分の見たものが信じられず、同時にワケが分からなかった。
モニターに映っているのは紫色の体躯に一本角の巨人、自分達が最強と信じる兵器・・・人造人間エヴァンゲリオン

「し、照合完了しました!!日本のネルフ本部所属のエヴァンゲリオン初号機です!!」
「何!?日本にあるはずの機体が何故ここにある!?」

日本とこの中国支部との間には何千キロという距離がある。
なのに何故日本にあるはずの初号機がここにあるのか?

彼らとて、エヴァの何たるかをある程度知っている。
そもそもエヴァンゲリオンというものは外部電力によって動くものだ。
そのためにエヴァンゲリオンは第三新東京市か、ネルフ支部のような設備を備えた場所でなければ動かすことなど出来ないはずなのに・・・そう考えていた全員が気がついた。

「な、なんでアンビリカルケーブルをつけていないんだ?」

モニターの中の初号機、その背中のアンビリカルケーブルのコネクターには何も繋がっていなかった。
電力がなければエヴァの稼働時間はもって五分、しかもその時間はとっくに過ぎているというのに初号機が止まる様子はない。

つまり、あのエヴァンゲリオン初号機は・・・外部電力無しで動いている。

「ま。まさかS2機関?」
「そんな!アメリカの第二支部で搭載実験は失敗したはずじゃないか!!」
「それはそうだが、しかしそれ以外に考えられないだろ!!」

職員達に混乱が広がっていく。
モニターの中の初号機は何かを探しているように辺りを見回している。

すでに支部の防衛装置は初号気の腕力とA・T・フィールドで無力化されている。
もはや抵抗は無意味だ。
自分達が最強たれという思いで作ったものが、その程度のものにどうにかできるはずがないという自負の念が沸く。<BR> だが、それでも初号機をどうにかしなくてはならないという絶望的な状況・・・これを打開するためには・・・

「・・・エヴァ量産型を出せ」
「え!?し、しかし支部長!量産機はまだS2機関を搭載していません!!しかもダミープラグは未完成でどこまでやれるか・・・」
「かまわん、他にアレを止められる奴がいたら教えてくれ・・・」
「「「「「・・・・・・」」」」」

エヴァを止められるとしたら、同じエヴァをぶつけるか、使徒が必要になる。
そういう意味で、支部長の判断は間違ってない・・・と言えるかもしれないが、相手が悪い。

支部を破壊している初号機はおそらくはS2機関を装備している。
しかも初号機にパイロットが乗っているとすれば、今の不完全な量産機では太刀打ちできない。
他に対抗できるものなど知らない。

オペレーターがキーボードを操作するとケージが映った。
そこにあるのは拘束台に拘束されている量産型エヴァンゲリオン
目のないうなぎのような頭に真っ白なボディー、装甲の表面には『8号機』とある。

延髄の部分の装甲が展開していて十字架のような形をしている停止プラグが挿入されている。

「停止プラグ排出、ダミープラグに換装!!」

停止プラグが引き抜かれ、代わりに真っ赤なエントリープラグが挿入された。
偽人格をインストールしたダミープラグだ。

「起動電圧確保!!」
「第一次接続開始!!」

順調に発進の準備が整っていく。
彼らも必死だ。

「ダミープラグ起動!!」

オペレーターの掛け声と共にダミープラグが起動する。
同時に量産機の体が震えた。

「起動確認しました!!」
「「「「「おお・・・」」」」」

思わず発令所全体から声が上がる。
有人による起動はともかく、ダミープラグでの起動は前例がない。
それに中国支部が成功したのだ。
こんな状況でなければ喝采を上げて喜ぶことが出来るが

ズン!!

再び振動が襲ってきた。
初号機が暴れているのだ。

「エヴァ8号機発進位置に到着!!」
「発進準備完了です!!発進よろしいですか!?」
「かまわん!!」

支部長の言葉は即座に実行された。

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「・・・どこだ?」

初号機のエントリープラグの中でシンジは周囲を見回していた。
その顔に表情はない。
無心で何かを探している。

ズン!!

さっきから支部のほうからヘリや飛行機が砲弾やミサイルを撃ち込んでくるが、自分でもA・T・フィールドを展開できるうえ、リリスのS2機関を覚醒させた今の初号機の足を止めることさえ出来ない。
わずらわしくはあるがシンジはそれらを無視して探し物を続行する。
たとえわずらわしくても人が乗っているのだ。
蹴散らすのは簡単だが、殺してしまっては少々寝覚めが悪い。

「サキエルもこんな気分だったのかな・・・」
ガコン!!
「ん?」

いきなり少し離れた場所にあった倉庫の扉が開いた。
見ればエヴァでも十分に通れそうな扉の中からのっそりと何かが出てくる。

「そこにいたのか・・・」

シンジが見たものは前の世界でも見た量産型エヴァだった。
ウナギのような顔を見たシンジの顔に初めて表情が浮かぶ。

その表情の名前は・・・喜悦の笑み。

「ああ、やっぱりダミープラグは不完全だったんだ。」

自分に向かって歩いてくる量産機の動きは頼りない。
今にも転んでしまいそうなほどふらふらで、初めて自分の足で立ち上がった赤ん坊を想像してしまう。

「当然だよね、今回は綾波がダミープラグの製作に協力してないし、動いただけましかな?」

本当に昔の僕みたいだとシンジはつぶやく・・・笑みがさらに濃くなった。

前回、初めて初号機に乗ったシンジはこの量産機みたいな有様だっただろう。
いや、量産機の動きがあまりにもぎこちないところを見ると多少シンジの方がましだったかもしれない。
皮肉なものを感じるがどうでもいいことだし、それはそれ、これはこれだ。

「悪いけど容赦はしないよ。」

そして・・・惨劇は始まった。

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「う・・・うえ・・・」

発令所のオペレーターが耐え切れずに吐いた。
しかし誰もそれを咎められない。
気を抜けば自分達ものどまで上がってきているすっぱいものを吐き出してしまうだろう。

ズシャ!!

水っぽい音がモニターの中から聞こえてきた。
全員その光景から・・・いや、惨劇から目が離せない。

ズグ!!

再び寒気のする生々しい音が聞こえた。
モニターの中で行われているのは虐殺、あるいは惨殺と呼ばれるものだった。

RUOOOOO!!!

初号機の咆哮が支部の隅々まで響き渡り、職員達の背筋に寒いものを走らせながら・・・何度も何度も”それ”を打ち据える。
”それ”は量産機だった。

いや、正確には”量産機だったもの”というほうが正しい。
”だった”というのはすでに原形をとどめないほどに引き裂かれていたからだ。

モニターの中の初号機が量産機を見た瞬間、いきなり走り出した。
まるで獲物を見つけた猟犬のように、ふらふらと歩く量産機を殴り飛ばし、地面を何度かバウンドさせると立ち上がろうとしていた量産機の右手をとって・・・引き千切った。

肩口から腕をもがれた量産機の傷口からは大量の血が噴出し、周囲のビルや施設を赤黒く染め上げた。
まるで前回のバルディエルのように・・・そしてそれに倣うかのように、それだけでは終わらなかった。

次の一撃で右足を踏み抜いて骨ごと足を潰して立てなくした。
さらに次の一撃では残っていた左手をプログナイフで切断して攻撃を封じた。
そしてほとんど芋虫のようになった量産機の頭に足をかけ・・・トマトのように潰した。

もうすでに量産機は活動を停止している。
しかし初号機は止まらない。

死体となった量産機をさらに破壊していく・・・まさに、前回のバルディエル戦そのものだ。
しかし、前回はダミープラグによる本能のままの蹂躙だったが今回は間違いなくシンジが自分で行っている。

量産機の肉体を両の手で何度も何度も打ち、ミンチ同然にしていく。
装甲を剥がし、さらにこれでもかというほど攻撃する姿は細胞の一個まで許さないとでもいうように・・・明らかな憎しみを感じさせる。

GOOOOAAAA!!!

やがて、初号機はばらばらになった量産機の中から”それ”を取り出す。
”それ”は血のように黒っぽい赤のエントリープラグ・・・ダミープラグだ。

GUUUU!!!
バキ!!

初号機は躊躇無くエントリープラグを二つに折った。
二つに折れたエントリープラグを地面に捨てるとさらにそのうえから踏みつけて完全に破壊する。

やっと満足したのか、初号機は動きを止めた。
周囲は量産機の血で真っ赤に染まっている。
そしてその中心にいる初号機もまた返り血で真っ赤だ。

GUOOOOO!!

初号機の背中から光の翼が現れた。
鳩などとはちがう、ツバメのように風を切り裂くような鋭角的な翼に、それを見る全員が本能的な畏怖と崇拝の念を抱いて動きを止める。
その金縛りは初号機が飛び立ち、完全に見えなくなるまで解けることはなかった。

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『説明してもらおうか!!』

暗い室内に怒声が響き渡る。
声の主はモノリスだ。

「説明といわれましても・・・」

モノリスの円の中心にいるのはゲンドウだ。
いつものようにサングラスをかけていて表情が読めない。
自然体で直立不動のままじっとしている。

「いきなり呼び出して主語もなく説明しろというのでは答えに困りますな・・・」
『ふざけるな、知らぬとは言わさんぞ!中国支部のことだ!!』
「ああ、あのことですか」

ゲンドウはようやく思い至ったという風に反応した。
しかし明らかに演技だ。

中国支部が襲撃されたという事実を本部の司令であるゲンドウが知らないはずはないし、しかも襲撃の犯人は初号機だ。
初号機はゲンドウの息子であるシンジしか受け入れない(とゼーレは思っている)。

となるとシンジの親であり上司でもあるゲンドウが何も把握していないはずがない。

『・・・碇?』

NO、1のモノリス・・・キールがゲンドウに話しかけた。

「なんでしょうか?」
『単刀直入に聞く、今回の件はお前が命じてやらせたことなのか?』
「そう考えてもらってもかまいません。」

二人以外、周囲のモノリスがざわついた。
あっさりゲンドウが事実と認めたことがそれほど意外だったのだろう。
まあ、初号機が中国支部を襲撃して量産機を完全に破壊したことから言い逃れなど出来るわけがないが。

『・・・自分のいっていることが分かっているのか?』
「もちろんです。」
『我々を裏切るつもりか?』
「裏切る?」
『何がおかしい?』

気がつけばゲンドウは笑っていた。
自分でも気づかないうちに。

「失敬、しかし我々に裏切りという概念があったのだと、そう思ったら少しおかしくなったもので・・・」
『なに?』
「そうでしょう?我々は自分達の願うもののために集ったものたちだ。」

ある者は永遠の命を求めて・・・

ある者は人間を超えた存在になるため・・・

ある者は人類の未来のため・・・

そして妻に再会するため・・・

「たまたまそれにたどり着くための方法が一致していたので、同じ船に乗り合わせただけのです。今回も前回も・・・」
『前回?碇、お前・・・何を言っている?』
「それはどうでもいいことです。重要なのは私はその船を降りると言うことと・・・その船の行き先は私にとって看過できるものじゃないということです。」

部屋の緊張が一気に跳ね上がった。
プレッシャーがキールのモノリスだけではなく周囲のモノリスからも放たれる。

しかしゲンドウはその中心でいまだに立ったままだ。

『決定的だな・・・最後に何故こんなバカなことをしたのか理由くらいは聞こう。』
「理由ですか?」

ゲンドウの口元が自嘲気味にゆがんだ。

「議長、我々は夢を見ていたのですよ。」
『夢だと?』
「ええ、夢です。何もかもが・・・人類補完計画という夢だったんですよ。」
『夢か、しかし行き詰った人類を救う唯一の方法だ。』
「救う?違いますね」

堂々とキールに反論したゲンドウの言葉に周囲がざわめく。
怒鳴りつけたいのだろうが今はキールが代表で話しているのを遮るのがはばかられるので我慢しているようだ。

「単一の使徒に戻る。・・・群体として進化した人類をいまさら一つに戻してどうなります?」
『それによって人は生まれながらに持っている心の欠落を埋める事が出来る。』
「人間は寂しさを永久になくす事は出来ませんよ。人は生まれるときも死ぬときも一人ですからね」
『そうだ、しかしそれは人類という種が不完全な群体生命だからだ。完全な単体の生命体に進化出来ればすべてが満たされるだろう。』
「それが間違いなのですよ。」
『何?』

ゲンドウはサングラスをはずした。
サングラスの下から現れた瞳には哀れみの色がにじんでいる。
今、ゲンドウは間違いなくゼーレの老人達を哀れんでいた。

前回では自分も彼らと一緒だったのだ。
戻らないものを何とかして取り戻したかった。
その結果があの赤い世界だ。

「我々がここにいるのははるかな昔、気の遠くなるような先人達の積み重ねによる結果です。それを否定なさるのですか?彼らは間違っていたと、そしてその間違いの果てに自分達がいるというのですか?」

それは自分達が・・・いや、人類という種が積み重ねてきた全てを否定することだ。

『・・・君の言いたい事は分かった。しかし人類を救う方法はもはやこれしかない。』
「・・・補完計画が実行されれば・・・そこには固有の意思を持たない、ただ有るだけの存在が残るだけです。そんなものを生きているとは言えませんよ。」
『まるで見てきたかのような口ぶりだな?』
「ええ、見てきました。・・・赤い海を・・・」
『赤い海?何のことだ?』
「補完計画の結果ですよ。補完計画が実行されれば全ての生命はLCLとなり、この星は原初の生きるもののない世界になります。」

沈黙が室内に降りた。
しばらく沈黙が続いた後・・・

『信じられんな』

キール以外のゼーレのメンバーが言った。

『見てきたというがどこでかね?』
『さよう、そういう実験結果でもあるのかな?』
『あるなら見せてみたまえ』

やはりゲンドウの言葉を頭から信じていない。
明らかにゲンドウを小ばかにしている。
シンジの記憶を見たゲンドウ達ならともかく、何も知らないこの老人達を口だけで説得すること自体がすでに無理だったのだ。

『それに、補完計画にはかなりの私財を投じてある。いまさら引き返せんよ。』
「あなた方ならそう言うだろうと思っていました。だから何も言わなかったのです。」

前回のゲンドウと同じようにこの連中にとって補完計画は最後の希望だった。
もし、前回のゲンドウが同じ事を言われたとしてもやはり信じなかっただろう。
その気持ちは過ちを起こした当事者として理解できる。

だからこそ、最初から説得はあきらめて何も言わなかったのだ。
無駄に邪魔されてはかなわない。

『残念だが、我々の目指す方向は違ってしまったらしい。』

キールが他のメンバーを抑えてゲンドウに話しかける。
ゲンドウもキールの言葉に頷いた。

「どうやらそのようですな、私も二回も間違うつもりはありません。」
『二回?・・・何を言っているのか分からんが、ここまで我らをバカにしてただで済むとは思っていないだろうな?』

キールの脅しにゲンドウが頷いた。

「私はいろいろ知りすぎていますから、生かしておく気はないのでしょう?」
『滅びの宿命は、新生の喜びでもある。神も、ヒトも、全ての生命が『死』をもって、やがて1つになる為に・・・そのために君の存在は不要だ。』

周りのモノリスが「然り!!」と唱和する。

「死後の世界があるとお考えで?死は何も生みませんよ・・・」
『・・・死は君達に与えよう』
「いえ・・・それはご遠慮させていただきます。私にはやらなければならないことがありますから・・・」

ドン!!
『『『『っつ!!』』』』

いきなり銃声が響いた。
突然の銃声にキール達が息を呑む。

『く・・・っあ・・・』

モノリスの一つから苦悶の声が漏れた。
同時にモノリスの映像が消える。
どうやらさっきの銃声は部屋の中から聞こえたのではなくモノリスの音声を通して聞こえたようだ。

『な!!何をした!?』
「失礼ですが、あなた方の本体の居場所と補完計画の目的をリークさせていただきました。各国首脳と反ゼーレ派の人間に・・・他の方々の元にもいずれ彼らが現れるでしょう。」
『貴様!!我々を売ったのか!!』

残ったモノリス達が息を呑んだ。

『き、貴様!!』
「あなた方は少々やりすぎました。特に復興途上の第三国はエヴァの建造費で国が傾いたところもありましたからな、それなのにその目的が世界を救うためではなく滅ぼすためだと知ればどうなるかは自明の理です。」
『バカな!!我らは人類の未来のために!!そのために!!!』
「そのような理屈を私に言われても困ります。判断するのは彼らなのですから。」

また銃声が響いた。
モノリスの映像が一つ消える。
案外、行動が早い。

『な、何故我々の居場所をお前が知っている!?』
「加持一尉もかなり苦労したらしいですよ。日本に弐号機を届けてもらってからずっとあなた方の行方を追ってもらっていました。ボーナスははずまなければなりません。」

ゲンドウが加持に頼んだのはゼーレのメンバーの居場所の探索と各国の首脳やその取り巻きの中で信用できる人間を探すこと。
彼らにゲンドウ達の知るすべてを打ち明け、協力を取り付けるために加持はずっと暗躍していた。

『あ!ま、待ってくれ!!』

・・・また銃声が響いた。
モノリスの映像が消えた。
どうやら全てのゼーレにメンバーのところに刺客が向かっているらしい。
一斉蜂起だ。

時間を与えればどう切り返されるか分からないのだから当然かもしれない。

そしてまた銃声が一発・・・モノリスが消えた。

残ったのはキールのモノリスとゲンドウだけだ。

『・・・ここまできて・・・願いが尽きるか・・・お前はどうする?』
「・・・・・・やるべきことがありますから・・・」
『・・・聞こう』
「私は・・・残された人生のすべてを賭けてこの世界に償い続けます。あなた達の分まで・・・」
『偽善だな・・・』
「ええ・・・」

言われるまでもない。
ゲンドウもそんなことは分かっている。
いや、ゲンドウだからこそ誰よりも自分の行動が偽善であることを自覚している。

「私達は妄執に狂った愚か者達の集まりです。そんな我々の業を次の世界に持ち越すわけには行きません。ゼーレも私も滅びなければならないのですよ。今このときこそ運命の変わり目なのです。」
『我々は不要か・・・』
「残念ながら・・・」

モノリスが変化してキールの姿に変わる。
どうやら映像を切り替えたようだ。
二人はじっとお互いを見詰め合う。

『・・・どうやらここまでか・・・』

キールが何を見てそういうのかゲンドウには見えない、がおそらく自分に向けられた銃口だろう。

「先にいって待っていてください。私もいずれは同じところに行くでしょう。・・・地獄へ。」
『くくっ一度、立場などを抜きにして、個人的にお前と話をしても良かったな・・・』

そして響く最後の銃声・・・キールのモノリスが消えて、後にはゲンドウだけが残った。

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執務室に戻ったゲンドウを迎えたのはユイと冬月だった。

部屋の中には二人だけでなくミサトやリツコ、オペレーターの三人に加えてトウジ、ケンスケ、ヒカリまでいる。

「終わったのか?」
「ああ・・・」
「お疲れ様でした。ゲンドウさん」
「ああ・・・」

ユイと冬月に生返事を返しながらゲンドウは自分の机に向かう。
イスに座ってため息をついたゲンドウの姿は一気に老けたように見えた。

「葛城君?」
「はい」

呼ばれたミサトが一歩前に出る。
リツコがそんなミサトに不安げに声をかけた。

「ミサト・・・」
「リツコ・・・大丈夫・・・」
「すまないな、本当なら君にお父さんの仇を討たせてやりたかったのだが」
「いえ、事情が事情ですし、私はすでにこだわっていません。」
「そうか・・・しかし、君の敵といえるのは今や私だけになった。」

室内の空気の温度が一気に下がった。
ゲンドウとミサトが無言で見詰め合う。

「・・・少しでも悪いと思っておられるのなら、これからの行動で示してください。」
「無論、そのつもりだ。」

その言葉にほかの全員がほっと息をつく。
最悪の状況は避けられたようだ。

「待たせたな・・・」

執務室の扉を開けてシンが入ってきた。
その後ろには一人の青年が付従っている。

「彼は?」
「ゼルエルだ。ゼルと名づけた。」
「ゼルです。よろしくおねがいしま〜す。」

にっこりと笑った青年の髪の色は灰色、黄色人種系の肌と整った顔立ち、瞳はもちろん赤い。
人懐っこいと言うのか、見かけの年齢とは裏腹に無邪気な笑みを浮かべて一人一人に挨拶していく。
ついでに握手付でフレンドリーだ。
人見知りなどはしないタイプらしい。

そして一人の少女の番になったとき・・・

「ま、これからよろしくね」
「よろし、はいいいいい!!!!?」

いきなりゼルが灰色の髪を逆さにした箒のごとく逆立たせて、盛大にあとずさった。
さっきまでゼルがいた場所には、いきなりのことにびっくりして握手の手を出したまま固まっているアスカがいる。

他の皆もゼルの様子に唖然として金縛り状態だ。
当のゼルは部屋の隅でビクビクと小動物チックに震えていた。
ヒカリがそんなゼルをぶるぶると震える指で指差しながらアスカを見る。

「ち、ちょっとアスカ!彼に何したのよ!?」
「ヒカリ!私は何も・・・信じてよ!!私達親友じゃない!!?」
「赤怖い・アスカ怖い・赤怖い・アスカ怖い・・・」
「きっちりご指名されているじゃない!!証拠は挙がっているんだから観念して罪を償うのよ!!」
「何の罪を!!?」

何が何だか訳ワカメ・・・もとい、分からん。
あわてて周囲を見回せば皆がアスカをおびえた目で見ている。
いきなり初対面のはずの人間にあんなリアクションをとらせたらその周囲の人間は当然こうなる。

「惣流・・・とうとうやってしまったんやな・・・差し入れはしたるさかい。ちゃんとお勤めしてくるんやで」
「最近は網走もあったかいらしいぞ。」
「鈴原・・・相田・・・」

アスカは・・・人間失格になった犯罪者の気持ちが分かった気がした。
とりあえずふざけたことばかり抜かす二人には鉄拳をプレゼントフォーユーして黙らせる。
ついでに白目を剥いて床に沈む二人を意味もなく踏んでみる・・・スカッとした。

「アスカ・・・」
「惣流さん・・・」
「レ、レイ!カヲル!!あんたは信じてくれるんでしょう!!」
「お上にも慈悲はあるわ」
「洗いざらい告白して楽になろう。僕達は君を信じている。」
「うう・・・アレは三年前の冬・・・って違うわ!!」

手元にちゃぶ台がなかったアスカは目に付いたゲンドウの執務机をひっくり返しておく。
派手に転がっていく自分の机を見送るゲンドウはさみしそうだ。
ゲンドウポーズは机がないと成立しない。

「あ、あっぶな・・・空気に流されるところだった。」

結構マジでやばかったかもしれない。
空気が読めすぎるのも考え物だと言うことだろう・・・ちょっと違うか?

見れば、いまだにゼルが部屋の隅で震えていた。
ゼルの潤んだ瞳がドラマで見た子犬のようだ。
意味もなく罪悪感が湧き上がってくる。

「って言うか何で!?何した私!!?」

アスカが自分の頭を抱えてもだえている。
そろそろ自分が信じられなくなってきたようだ。
それを見たシンが溜め息をついた。

「お前な・・・」
「何よ!!」
「弐号機で散々ゼルをボコッただろうが?」
「あ・・・」
「どうやらそれがトラウマになったらしくてな・・・」

思い出されるのは弐号機で繰り出したやたらと殺傷能力の高い技の数々・・・そしてそのすべてをまともに食らったゼルエル。
はっきりいってあそこまでやることはなかったのだが・・・ノリって言うか・・・

「つ、つい調子に乗っちゃって・・・てへ」

周囲のアスカを見る視線が今度こそ氷点下を下回った。

「・・・惣流・アスカ・ラングレーと書いてどこぞの修練闘士(セヴァール)ととく」
「そ、その心は?」
「何人様の心に恐怖(トラウマ)刻んでいるんだお前?大体、何がてへ♥だ。キャラじゃないだろう?空気読め、このトラウマメーカー」
「そ、そこまで言う!?」

周囲の視線をいやな意味で一身に集めるアスカの方はやたらと冷たい汗をだらだらとかいていた。

まるで鏡を見たガマのように・・・このままアスカの汗を集めて売ったら結構いい値段になるかもしれない。
一部のマニア達が高額の金を出して落札してくれるだろう。

商品名は「アスカの油」ってことで、効能は若いエキスが補充できる・・・かもしれない。

「アスカ怖い・サル怖い・ツンデレ怖い・怖い・」
「ちょっと待った!!なんかどさくさにまぎれていろいろ継ぎ足してるけどそれって私のことなんていわないでしょうね!!」
「お前以外に誰がいる?」
「うお!なんか断定された!!」

見れば突っ込んだシンだけでなく皆頷いている。

「惣流・アスカ・ラングレーの頭文字はS・A・L・・・やっぱりおサルさん」
「レイ!!」
「いつもシンジ君に散々文句を言っていたくせに暇だって言う理由でキスするのはツンデレじゃないのかい?」
「なんであんたが知っているのよカヲル!!」
「父さんに聞いたに決まっているじゃないか、シンジ君の記憶を持っていたときに見たらしいよ。」
「シン!!」
「知ったことか」

すでにシンは我関せずといった感じでそっぽを向いている。
これ以上子供のじゃれあいに参加する気はないらしい。

「惣流、そらーいくらなんでもイタイわ、い・ぐおば!!」

なにやら封印していた過去がばらされまくっているアスカはすでにバーサーカーモード一歩手前だ。
とりあえず真っ赤になりながら、やっと復活してきたトウジをかかと落としでバック・トゥー・ザ・床にした動きは世界が狙えるだろう。
八つ当たりと言いたくば勝手に言ってろな感じである。

「ちょっとアスカ!?」
「何よヒカリ!!」
「見えたわよ!!」
「何が?」

気がつけば部屋の男性人が微妙な顔で視線をそらしている。
唯一の例外はケンスケだ。
なぜかカメラを取り出して、とっても嬉しそうにしているのが妙にむかつく。

「・・・何しているのよ相田?」
「アンコール!アンコール!」
「何を?」
「かかと落とし」

アスカはやっと気がついた。
かかと落としというものは思いっきり足を振り上げて叩き落す技だ。
それを制服姿でやれば同じくらい盛大にスカートの中身が皆に披露される。
ようするにさらなる墓穴を掘ったのだ。

本当に天才少女か惣流・アスカ・ラングレー?

ブチ!!

アスカの中で何かが切れた。

「それ、アンコール・鮟鱇・・・ぐわば!!」

カメラを構えるケンスケの鳩尾にアスカのけりが決まった。
今度は回し蹴りなのでスカートの中身は死守されている。

「見物料よ!!そんでもって忘れなさい!!記憶を失え!!」

なにやら無茶で傍若無人なことを言っているが、ケンスケはどう見ても聞いていない。
というより意識がない。
どうやら一撃で気絶の世界にご招待されたようだ。

「若いわね〜」
「ああ・・・君も若いよ・・・ユイ」
「ゲンドウさんったら〜〜」

のろけている・・・あのゲンドウがのろけている。
さすがの冬月も二人から距離をとってシンのそばまで退避していた。
精神汚染を食らうのがいやだったのだろう。

「碇、ユイ君・・・それでいいのかね?」
「というか碇ユイならともかく碇ゲンドウがのろけるとアレだな・・・あのとろけたひげ面・・・殺してしまいたくなるな・・・いろいろな意味で・・・」
「君は本当に歯に衣着せないな・・・」

そんな一部物騒な大人達の目の前では、アスカがオペレーターの三人に捕まってなだめられている。
アスカの武勇伝・・・増殖中

ちなみにアラエルはゼーレがいなくなったので何の遠慮もなくシンが4号機に乗り込み、その背中から4枚の翼を展開して飛び立った。

「気分はビクトリー!!!」

運命のほうだとはいろいろ縁起悪いから.

ともかく、シンは問題なく宇宙空間にいるアラエルの所まで行って魂を回収してきた。
第15使徒アラエル、前回はアスカを散々苦しめてロンギヌスの槍を使って殲滅したという、本当なら結構厄介で強力なのだが今回は出番すらナッシング・・・残る使徒は後一つ。










To be continued...

(2008.07.19 初版)
(2008.07.26 改訂一版)


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