使徒が嫌い、でもエヴァは好き

第三話 欠けた器へ

presented by ピンポン様


 碇家が本来の姿に戻ってから初めての朝。幸い今日は土曜日なので、アスカに叩き起こされる心配もなく、シュウジは安心して惰眠を貪っていた。

 時刻は十二時丁度、シュウジを除く三人はリビングでくつろいでいた。ユイとシンジは何か楽しそうに話しており、ゲンドウは時折相槌を打つぐらいだ。

 シンジは紅茶を飲み終え、未だこの場にいない弟の事を思い時計を確認した。

「それにしても、シュウジはまだ起きないね」

 ちらりと見た時間は十二時を過ぎており、休みの日だからといってもそろそろ起きてもいい時間だ。

「休みの日はいつもお昼過ぎに起きてくるのよ」

 毎週のことなので諦めているユイは、軽く溜息を吐いた。

 ゲンドウが二人の会話に加わろうと口を開きかけたところで、のそのそとシュウジが目を擦りながら歩いてきた。

「ふあ〜……おはよう」

 暑いからか、彼はトランクスにT−シャツ一枚の軽装だった。

「おはよう、ほら顔洗ってきなさい。すぐお昼ご飯よ」

「うん……」

 ユイの言葉にも空返事で洗面所へと歩いていった。会話に加わる切っ掛けを失ったゲンドウが、シュウジの後ろ姿を睨んでいたが彼は全く気づかず、それを見ていたシンジが苦笑していた。

 顔を洗ったシュウジが戻ってきて、四人で昼食を食べテレビを見ながらのほほんとしていた。ユイはゆっくりとお茶を飲みながら、ボーッとしている双子の方を向いた。

「折角のお休みなんだから、皆でどこか出掛けましょうか? シンジもこの街に来たばかりだからまだよく分からないでしょう?」

「うん。楽しそうだね」

 にこにこしてる彼女に微笑みを返すシンジ。

「じゃあ早く行こう! すぐ暗くなっちゃうよ」

 シュウジは嬉しそうに立ち上がった。

「シュウジがこんな時間まで寝てるからでしょ」

「だ、だって今決まったんじゃないか!」

 呆れた様に言い放つユイに、言葉に詰まるも怒鳴り声を上げるシュウジ。

「だいたい……」

 更に追い打ちをかけようとしたユイだが、家のチャイムが鳴ったのを切っ掛けに口を閉じた。

「……出ろ」

 ゲンドウが何故か睨みながらシュウジに命令する。

「分かったよ……」

 そんな父の様子に溜息を吐きながら玄関へと向かっていった。

 玄関から騒がしい怒鳴り声が聞こえてきたが、暫くするとそれも止まり、シュウジがアスカを引き連れて戻ってきた。アスカはシンジには全く気づかずユイに話し掛けた。

「おばさま。シュウジに聞いたんですけど、これから出掛けるって何処に行くんですか?」

 シュウジを押しのけてユイの前まで行く。

「まだ決めてないんだけど、たまにはぶらぶらしようかなって」

「珍しいですね。それならあたしも行って……」

 アスカは話してる途中でユイの奧にいる少年に初めて気づき口を閉じた。

 長年、この家に遊びに来ている彼女も初めて見る顔で、妙にこの家に馴染んでいる少年に興味を持ったらしくじろじろと見ていた。と思ったら急にシュウジに向き直った。

「誰よこいつ」

 シンジを指差しながら何故か怒った顔でシュウジに詰め寄る。

 シュウジが困っていると、シンジが立ち上がり二人に近づいてきた。それを見てシュウジはアスカから離れてシンジの隣に並んだ。

「紹介するね。僕の双子の兄さんでシンジって言うんだ」

「初めまして。僕は碇シンジ、よろしくね」

 シンジは笑顔でアスカに右手を差し出した。

 いきなりなことを言われたアスカはボケーッと固まっていたが、彼女の脳細胞が働き始めると、シンジの手など眼中に入ってないようで、シュウジに向き直り大声で叫びだした。

「なんですって〜!」

 シュウジの胸ぐらを掴みながらシンジを指差す。

「こんなやつあたしは知らないわよ! どういうことよ!? 説明しなさい!!」

 アスカは凄い力で前後に乱暴にシュウジを揺らす。

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ! 僕だって昨日知ったんだから!」

「はあ〜? ホントにこいつと双子なの?」

 ぱっとシュウジから手を放し、シンジをまじまじと見る。

「あ、綾波にも紹介したいから呼んできてよ。その時一緒に説明するから」

 アスカに解放されたシュウジは、床にへたり込んでいたが何とか息絶え絶えにそう告げた。

「分かったわ。じゃ、レイを連れてくるからちゃんと説明しなさいよ!」

 アスカはそう叫ぶなり猛ダッシュで家から出ていった。

 後に残ったのは呆然としてるシンジと、床に手をつき荒く息を吐いているシュウジだけだった。暫く呆然としていたシンジだが、先程のシュウジとアスカのやり取りを思い出しクスクスと笑いだした。

「元気のいい女の子だね。恋人?」

 笑いながらシュウジを見る。

「ち、違うよ! あ、アスカとはただの幼なじみでそんな、か、彼女とかじゃないよ!」

 彼は顔を真っ赤にしながら手をぶんぶんと振って必死に否定する。

 それまで黙って子供達の様子を見ていたユイだったが、楽しそうに微笑みだした。

「あらあら、そんなこと言って。本当はアスカちゃんのこと好きなんでしょ?」

 彼女がからかうように言う。

「な、なに言ってんのさ! どうして僕がアスカのこと……」

「シュウジ」

 真っ赤になって否定しようとしているシュウジを遮って、ドスのきいた低い声を発したゲンドウがシュウジを睨む。

「な、なにさ」

 急に聞こえたゲンドウの声にちょっとビビる。

「机の一番上の引き出し……」

「!?」

 何故かゲンドウが口を歪めて笑うが、シュウジは怒りか、それとも羞恥のためか再び顔を赤くする。

 彼の机の中には、ケンスケから買い取ったアスカの秘蔵の写真が一杯に詰まっている。ちなみに奧の方にはレイの写真がこれまた沢山ある。

「な、なんで父さんが知ってるんだよ!」

「ふん……息子の事を知らないで、何が父親だ」

 シュウジが声を大にして叫ぶが、ゲンドウの辞書には人権など無いようだ。

「プライバシーな事じゃないか!」

 シュウジがゲンドウに問いつめようとしたところで、シンジが口を開く。

「何の話?」

 何やら興味津々の顔で訊く。

「い、いや……な、何でもないよ」

 シュウジはシンジがいることを忘れていたらしく、言葉に詰まりながらも必死に隠そうとする。

「それはな……」

 だが、そんな彼のささやかな思いも空しく、ゲンドウがいやらしく笑いシンジに教えようとする。

「父さん!」

「こら!」

 もはや涙目のシュウジが叫び、ユイがゲンドウの頭をペシッと叩いた。

「あんまりシュウジをいじめるんじゃありません。全くいつまで経っても子どもなんだから……」

 軽く疲れたユイが溜息を吐いた。しかし、彼女もシュウジの机の写真の事は何故だか知っていた。

 その事をゲンドウが彼女に抗議しようと口を開いたと思ったら、チャイムが鳴りアスカとレイが勝手に上がり込んできた。もうお昼だというのに、まだまだ眠そうなのが目に見える様子のレイを、アスカが手を引っ張って連れてきた。

「一体なにがあるっていうのよ〜、まだ寝てたかったのに……」

 レイは目をこすりながらあくびをしている。

「いちいちうっさいわね! あたしだってまだよく分かんないのよ!」

 二人がシュウジとシンジの前に歩いてくる。

 そこでレイは目をこすっていた手を止め目の前の二人を見た。彼女は最初シュウジを見たがいつもと何ら変わりは無く、視線を横にずらし彼の横に立っている人物を見たと思ったら驚きに目を見開いた。

「シンちゃん!」

 彼女の眠気は一気に消え去り興奮して叫んだ。

「やあ。またあったね、綾波」

 そんな彼女に対していつもと変わらず微笑むシンジ。

 二人が知り合いだということに虚をつかれ、残る四人は呆然と見ていた。だが、彼等の脳が一斉に活性化すると素早い動作で二人に詰め寄ってきた。

「「「シンジ(兄さん)! いつ((何故、どうして))レイ(((ちゃん、君、綾波)))と知り合ったの((を知っている、を知ってるの))!?」」」

「レイ! こいつのこと知ってんの!?」

 ユイ、ゲンドウ、シュウジはシンジに訊き、アスカはレイに叫んでいた。

 レイはアスカの剣幕にたじろいでいたが、シンジは皆の反応を見て苦笑し、この状況を説明しようと口を開いた。

「別にそんなに親しいわけじゃないよ。一昨日、偶然会って少し話をしただけだよ」。

 先程までレイに訊いていたアスカもシンジの話を聞いていた。四人はそんな説明で納得できるわけもなく、もう一度問いつめようとしたが、それより早くレイが口を開いた。

「シンちゃんひどい! 少し話しただけだけど私のこと可愛いって言ったのに!」

 彼女は怒ったようにシンジを睨んだ。

「い、いや……言ったことは言ったけど……」

「ふ〜ん、あんた見かけによらず手が早いのね。シュウジと双子とは思えないわ」

 アスカは二人がどんな知り合いかなど、どうでも良くなって楽しそうに、たじろいでいるシンジに詰め寄った。

「え!? シンちゃんと碇君って双子なの!?」

 そんな事を聞いたこと無かったレイはびっくりする。

「うん。本当だよ」

 アスカに色々尋問されているシンジに変わってシュウジが答える。

 シンジに話を訊いていたアスカだが、二人の話し声もしっかりと聞いていたようで、シンジを解放して二人の会話に加わってきた。

「そうよ! うやむやになってたけどあんた達が双子ってどういうことよ!? ママもこいつのこと知ってんの!?」

 シンジを指差しながらシュウジに怒鳴り、最後にはユイとゲンドウに向き直った。

 アスカの最後のセリフを聞き、一同の視線がユイとゲンドウに集まる。

「「あ……((忘れてた))」」

 彼女達の事をすっかり忘れていた二人は冷や汗を流す。

「そ、そうね。……じゃあレナとキョウコも呼んできて頂戴」

 ユイは焦りながらレイとアスカに向かって言った。

「「は〜い」」

 二人は玄関へと走っていった。

 残されたユイとゲンドウは視線を交わし、必死にどうしようか考えていた。だが、そんなに考えがぽんぽん浮かぶわけもなく、冷や汗を大量に流していただけだった。

「あなた……」

「……」

 ゲンドウに助けを求め声を掛けるユイだが、ゲンドウはそんな彼女を完全に無視していた。その態度にむかついた彼女は、ゲンドウを殴ろうと拳を握ったところでシュウジが訊いてきた。

「レナさんとキョウコさんも兄さんの事知ってるの?」

 シュウジはレナとキョウコのことを初めはおばさんを付けて呼んでいたが、小学校に入学した頃から急におばさんを付けなくていいと言われていたため、このように呼んでいる。

「え、ええ……レナ達も知ってるわ」

「ふ〜ん」

 彼の言葉で現状を思い出し言葉に詰まりながら困ったように説明するユイに、何の疑問も持たずにシュウジは納得した。

 ゲンドウは先程、ユイが握り拳を作ったところを見ていたので、今だけはシュウジに素直に感謝していた。そこまで話したところで、玄関から騒がしい話し声が聞こえてきた。

「どうしたってのよ」

 玄関の方からキョウコの声が聞こえてくる。

 ドアが開きレイ達の姿が見えた。後ろに続いてきたレナとキョウコの瞳がシンジを捉えた。彼女達はシンジを見て驚愕の表情で目を見開いた。

「え? …………まさか……」

「……シンジ君?」

 彼女達は信じられない思いで口を開いた。

「そうよ。昨日戻ってきたの」

「戻ってきた?」

 どう説明しようか悩んでいたユイは、子供達を出掛けさせてその隙に二人に話すことにしていた。そんなことは知らないキョウコはユイの返答に怪訝な顔をする。

「詳しいことはこれから話すわ……シュウジ。あなた達は買い出しに行って来て。夜はシンジの歓迎会にするから」

 レナとキョウコに余計なことを言われる前に、子供達を外に出そうとする。

「え? それはいいけど、何を買ってくればいいの?」

「何でもいいわ。皆が食べるお菓子とか買ってきて頂戴。家には何にも無いから」

 素早く財布からお札を取り出し、シュウジにお金を渡す。

「分かった。行こう?」

 深く考えないシュウジは皆を引き連れて買い物に出掛けた。レイとアスカはまだシンジの事を何一つ訊いていなくて不満顔だったが、ユイの異様なプレッシャーを感じてシュウジに続いた。シンジはユイの考えを瞬時に見抜き、何も言わず着いていった。

 後には怪訝な顔をしたレナとキョウコが何が起きているのかさっぱり分からず、ユイとゲンドウに説明を求める視線を送っていた。





 第三新東京市の中心の近くにあたるこの辺は、休日らしく沢山の子供達があちらこちらと走り回っている光景を所々で見かけることが出来た。そんな中、シンジ達四人は誰一人話さず黙々と歩いていた。

 レイとアスカからの強烈な視線を背中に受け、先頭を歩いていたシュウジが耐えられなくなり近くの公園に入っていくと、残る三人も後に続いた。

 砂場や滑り台にはこの辺に住んでいる幼児達が楽しそうに遊んでおり、同伴の母親達は井戸端会議に熱中していた。

 そんな楽しそうな雰囲気とは一辺、シンジ達は公園の隅の方で何やら真剣に話し合っていた。

「で、どういうことか説明して貰うわよ」

 いつも通りアスカが先陣を切って、目の前にいる双子に訊いてきた。レイも隣で興味津々に頷いている。

「え〜と、どこから話せばいいかな……」

 シュウジは昨日の話をどうやって話せばいいか考え込む。

「ここじゃあまり話せないけど、僕とシュウジが双子っていうのは本当だよ」

 そんな弟に見かねたシンジが助け船を出した。

「はあ〜? 意味分かんないわよ! ちゃんと一から説明しなさいよ!」

「どういうこと? シンちゃん」

 勿論、そんなことで納得できる筈もないレイとアスカ。

「うん、詳しいことは帰ってから必ず話すよ」

 誰が聞いているか分からないのに、こんな所で話すわけにはいかないと思ったシンジは、瞳に強い意志をのせて二人を見た。

 シュウジは三人の成り行きを見てるが彼にしては珍しく、シンジの言わんとすることを瞬時に読み取り黙っている。

 レイとアスカはシンジの真剣な瞳を見て何も言えなった。

「分かったわよ……帰ったら話してくれるんでしょ?」

「うん」

「帰ったら絶対教えてね?」

「必ず教えるよ」

 彼女達はここで訊くのを諦め、シンジの答えを訊くと安心したように微笑んだ。

「じゃあ買い出しに行こう? あんまり遅くなってもアレだし……」

 今まで黙っていたシュウジが時計を確認しながら言った。

「そうね行きましょ……それよりあんた、ホントにシュウジそっくりね」

 頷いたアスカだったが、シュウジの顔を見た後、まじまじとシンジを見た。

「そうかな? 髪と目が違うからあんまり似てないと思うけど?」

 じろじろ見られ苦笑するシンジ。

「そう言われてみれば……似てるわね」

 レイも二人を交互にじっくり見る。

「あんた……こいつを見た時気づかなかったの?」

「だ、だって……あの時は薄暗かったし……碇君と雰囲気も全然違ったから……」

 今更ながらの楽天主義者ぶりに呆れたように言うアスカに、言葉を詰まらせながらもごもごと言うレイ。しかし、レイの言葉を聞いたアスカは不気味に笑い彼女ににじり寄る。

「そういえば……シンジとレイがどこであったか聞いてなかったわね〜」

 アスカは無くしたおもちゃを見つけたかのように楽しそうに笑いだした。

「ど、どこだっていいじゃない! ほ、ほら! 買い出しに行くんでしょ!?」

 レイは迂闊なことをしゃべったと思い、何とか誤魔化そうと歩き出す。だが、アスカは歩き出した彼女の手を掴み逃がさないように抱きついた。

「そんなんじゃ誤魔化されないわよ。さっさと吐いちゃった方が身のため何じゃない?」

「うっ……それは……」

 耳元で囁くアスカに、どうしたっていつかは訊かれると諦めて、レイが顔を赤くして何かを話していた。

 シンジとシュウジはとっくの前に歩き出していたが、着いてこない二人を不思議に思い振り返ると、アスカが急にレイに抱きつき、何やら話をしてるのが目に映った。

「……楽しそうだね」

「……うん」

 段々とレイの顔が真っ赤になっていく様をアスカが楽しそうにからかっている。

「はあ〜」

 シンジはもうすぐ終わるだろうと気楽に待っていたが、シュウジは溜息を吐きながら二人を見ていた。彼は知っていたからだ、ああなった彼女達は最低でもあと一時間はあのまま話しているのを。





 子供達が楽しそうに話してる中、大人達は重苦しい雰囲気の中にいた。リビングには子供達に見せない沈痛な顔持ちの四人が椅子に腰掛けていた。

 あれから、ユイはシンジが話してくれた事実を全て話したのだった。それを聞いたレナとキョウコは、自分達が思っていた以上に深刻な現状に顔を顰めていた。

「……ゼーレがもう使徒を完成させていたなんて……」

「……それも十五人も……」

 キョウコの呟きに言葉を繋げるレナ。

「……それにシンジ君が全てを知っているなんて……」

 さらに言葉を発した彼女は悲しみに満ちた顔になった。

 その重い現実に何も言うことが出来ず沈黙が続いた。だが、ユイはシンジと会った時に全ての覚悟を決めており、彼女達に力強い瞳を向けた。

「…………悩んでいても何も始まらないわ。私達に出来ることをするのよ。子供達の為にも」

 ユイが強い口調で言う。

「そうだ。我々に残された時間は少ない」

 今まで殆ど黙っていたゲンドウも毅然とした態度で言う。

「……そうね。あの子達の為にも頑張りましょう!」

 レナは二人を見て決心したのか力強く頷いた。

「何にしても、シンジ君が生きて帰ってきて良かったわね」

 話を明るくしようとキョウコは笑いながら言った。

「ええ。これからはあの子に色々としてあげるつもりよ」

 それを聞いたユイも嬉しそうに笑った。

「じゃあ私達はシンジ君が作った話に合わせればいいのね?」

「そういうこと。頼むわね」

 確認をとったレナにユイが頷く。

「それじゃあ早速、シンジ君の歓迎会の準備でもしましょう?」

「そうね。ユイ! 期待してるわよ!」

 歓迎会の事を思い出したレナが張り切って言ったが、キョウコは全部ユイに任せようとする。

「キョウコも手伝うのよ! たくっ! アスカちゃんにはちゃんと作ってるんでしょう?」

「分かってるわよ! ほんの冗談じゃない!」

 冗談に聞こえない言葉にユイはキョウコを睨むも、彼女は笑っていた。

 そこからというもの彼女達は、先程の深刻な雰囲気はどこへやら。やはり女性というものは話が非常に好きならしく、当初の話題から脱線していき夕方になるまでぺちゃくちゃとおしゃべりを楽しんでいた。ユイが夕日を見て時間が無いことに気づき、慌てて食事の支度をし始めるまでそれは続いていた。

 女性達の会話に入れるはずのないゲンドウは、いつものゲンドウポーズで無関心を装いながらも、実は内心一人寂しがっていた。










 あの後シンジ達は、レイとアスカが中々話が終わらなくて、そろそろ日も暮れてきたことに気づいたシンジが声を掛けるまで続いていた。その後、急いで買い物(ジュースやお菓子)を済ませ家に帰ってきた。

 彼等が家に着くと、すっかり料理が出来ていると思っていたのだが、何故か全然出来ておらず、主婦組が忙しそうに晩ご飯を作っていた。

 すでに時刻は八時を回り普通の夕食の時間としては遅いぐらいだ。そのことに文句を言おうとしたアスカだったが、食卓に並んだ料理を見て何も言えなくなってしまった。

 そこに並んでいたのは、そこらのレストランではお目に掛かれないような料理の数々だった。彼女は口から滴る涎を拭こうともせず、シンジ達に向かって早く座るよう促した。

 皆が席に着き、少々遅い夕食が始まった。

「「「「いただきま〜す」」」」

 元気のいい子供達の声が響く。

 ユイの料理の腕がいいのを知っていたアスカだが、こんな美味しい料理は初めて食べたと言わんばかりに猛然と箸を進めていった。レイとシュウジはアスカの食べっぷりに呆れながらも、次々と出てくる美味しい料理の数々に舌を唸らせていた。シンジは普通の料理でさえまともに食べたことが無いのに、こんなすごい料理を食べて感動で胸が一杯だった。

 ユイ達は子供達の見事な食べっぷりに嬉しそうにしており楽しそうに笑っていた。

 いつもはシンジがいないため、このメンバーで食事をするとなったら席が丁度足りるのだが、彼が帰ってきたため一人分席が足りなくなり、その割をゲンドウがくっていた。彼は皆から離れた所に一人分のテーブルを出し寂しく食べていた。

 そんな状況を見て心優しいシンジは「僕がそこに行くから、父さんはあっちで食べてよ」と声を掛けるも、女性陣に一斉に却下された。だが、ゲンドウはシンジの言葉を聞き、嬉しさで目元が光っていた。

 そんなどうでもいい事があったりして無事食事を終えたところ、お茶を飲みながら至福の時にいたアスカだったが、大事なことを思い出し口を開いた。

「それで、こいつらが双子ってどういうことなんですか?」

 シュウジとシンジに目線を送り、ユイに訊く。

 ユイ達は真剣な表情になり、レイとアスカを見る。

「落ち着いて聞いてね? シンジはチルドレンの第一人者なの」

 ユイが真面目な顔で話し出した。

「え!? でも私達はシンちゃんの事なんか知らなかったけど……」

「そうよ! こいつがチルドレンならあたし達が知ってるはずじゃない!」

 驚いた顔のレイと、激昂するアスカ。

「アスカ、落ち着いて聞きなさい」

 いつもはふざけた態度のキョウコが真剣な顔になっている。

 いつになく真剣な母の態度に、アスカは煮え切らない思いだったがユイの話を聞くため口を閉じた。

「いい? それでもシンジにはエヴァの素質が無かったの。そしてその実験の後遺症で、髪と目が変色したのよ」

 ユイは言い聞かせるようにゆっくり話す。

 それを聞きアスカとレイはシンジを見るが、再び話し始めたユイの声に反応して彼女に視線を向けた。

「昔はシュウジと同じ黒髪、黒目だったのね。それで、シンジの外見が変化したのをゼーレに悟られたら色々勘ぐられると考えた私達は、シンジを人の目に届かないところに隠していたの」

 大人しく聞いている二人を見て続きを話す。

「そして最近ゼーレの動向を知ることができて、もうシンジを隠してる必要がない事が分かったの」

 「ゼーレの動向?」

 嫌な予感がするレイは震えるような声で訊く。

「ゼーレが使徒を完成させたことが分かったわ」

「「!?」」

 予想外の事態にアスカとレイが固まる。

「それでシンジを呼び戻したの。あなた達に黙ってたのは悪かったと思ってるわ……だけど、どこから情報が漏れるか分からなかったから……」

 そこでユイの話は終わった。

 自分達の全く知らないところでそんなことになっていたとは思いも寄らなかったレイとアスカは、暫くの間俯いて黙っていた。だが信じたくないアスカは顔を上げ口を開いた。

「……その情報は確かなの?」

 いつもと違い全く覇気の無い声で訊いた。

「ええ」

 そんな彼女を見て辛い思いをぐっと堪えながらユイは短く答えた。

「あなた達に全て押しつけてしまってごめんなさい」

 そしてユイは頭を下げた。

「レイ……」

「アスカ……」

 心配そうに娘の様子を見るレナとキョウコ。

 そんな彼女達を見てレイとアスカは、自分達がチルドレンになった時のことを思い出した。それは近い昔の誓い。自分が戦うと決めた心の記憶。

「……これは、私が決めたことだから……だからユイおばさまも頭を上げて下さい」

「そうよ……誰かに言われたからじゃなく、自分で決めたんだから」

 それを思い出した二人は、先程とは違い凛とした顔をしていた。

 二人の言葉を聞いて大人達は申し訳ない気持ちで一杯になった。自分達はサポートしか出来ないけど、それでも子供達の為に一生懸命にやろうと心に誓った。そこで、ユイは言い忘れたことを思い出し口を開く。

「それで……これからはネルフに来て貰うことが多くなるわ」

 申し訳なさそうにユイが言った。

「「分かってます」」

 レイとアスカは力強く頷いた。

 そこでアスカは、さっきから一言も発してないシュウジを疑問に思い彼を見た。

「それにしても……あんたは驚かないわね」

 彼女は意外そうに訊く。

「僕は昨日、兄さんが来た時に聞いたから……」

「ふ〜ん……ところでホントにシンジはエヴァになれないの?」

 いつの間にやらシンジと呼び捨ててるアスカ。

「うん。君達には悪いんだけど……」

 シンジは申し訳なさそうに謝る。

「しょうがないわよ。シンちゃんは安心して私達に任せて」

 そんな彼を見てレイは胸を張りながら言った。

「それより、あんたはどこまで知ってんの?」

 チルドレンでもないのに今まで聞いていたシンジを見て、アスカは今更ながらに大丈夫なのか心配になってきた。

「君達と同じくらいかな?」

「そっ、まっ安心しなさい! ゼーレなんてあたしがこてんぱんにしてやるわ!」

「あはは、期待してるよ」

 高飛車なアスカの様子に苦笑するシンジ。

「あ〜、ひどいよシンちゃん! 私も言ったのにアスカにだけ頼っちゃって!」

 レイは拗ねたようにむくれた。

「ごめんね? 綾波のことも頼りにしてるよ」

 彼女の様子に慌てたシンジは笑顔で言った。

 彼の笑顔を見て、この前会った時の事を思いだしレイの顔は赤くなっていった。そんな彼女を見てアスカが黙っている筈もなく、にやにやしながら彼女を見ていた。

「良かったわね〜? レイ? シンジが頼りにしてるってさあ」

 アスカはレイをからかうのが至上の楽しみと言わんばかりに笑顔になっている。

「な、なによ! アスカも言われたじゃない!」

「そうだけど〜、レイの顔が赤くなったからどうしてかな〜? って」

 何とか言い返すレイだが、アスカには全く以て効かない。

「べ、別に何でもないわよ!」

 怒鳴るが顔が真っ赤になっているので迫力が無い。

「今回はそういうことにしといてあげるわ」

 彼女にしては珍しく早めに話を終わらせた。シンジの前でからかうのは流石にマズイと思ったのだ。

 そんなアスカを見てレイは、何か裏があるんじゃないかと思い怪訝な顔になるも、先程の事があるのでずっとアスカを睨んでいた。

 二人の様子をずっと見ていたシンジとシュウジは顔を見合わせていた。

「今のどういうこと?」

「さあ? 僕も分かんないよ」

 流石は双子のようで鈍感なところまでそっくりだった。

 一部始終子供達の様子を見ていた大人達は楽しそうに微笑んでいた。

「ユイ。家のレイはシンジ君なら大歓迎よ」

 レナはレイを見ながら楽しそうに笑っている。レナの視線の先では、ブスッとした顔でアスカを睨んでいるレイがいた。

「あらあら、シンジももてるのね〜」

 ユイも微笑みながらも、内心では我が子達の鈍さに呆れていた。

「あら、アスカだってシュウジ君ならいつでもオッケーよ」

 キョウコは笑いながら、自分そっくりな娘の事を思っていた。

 彼女達は顔を見合わせ楽しそうに笑った。

「じゃあ、今日は飲みましょうか?」

 そう言ってユイは冷蔵庫からワインとビールを大量に持ってきた。

「ほら、あなた達も飲みなさい」

 子供達の目の前に一本ずつビールを置いていく。

「僕たち未成年だけど?」

「なに堅いこと言ってんのよ! あんたも飲むのよ!」

 シンジが困ったように言うと、アスカが強引にシンジにビールを持たせる。

「いいのかな〜」

「気にしない気にしない! いっつもお母さん達に付き合わされて私達も飲んでるんだから」

 レイが笑いながらシンジを宥める。

「ほら、兄さん。乾杯」

「え?」

 シュウジは未だ悩んでいるシンジを無視して缶を合わせる。

 驚いたシンジだったが、笑っているシュウジを見て、そんな小さな事はどうでも良くなり、自然と笑顔になっていった。

「そうだね。乾杯」

 そしてシュウジの缶に「コツン」と当てた。

「シンちゃん私も〜」

「あたしを無視してんじゃないわよ!」

 そして彼等は皆一緒に乾杯した。友達も出来て嬉しくなり、シンジは本当に楽しそうに笑った。

 ふと大人達を見てみると、彼等が乾杯してる間にすでに二本目に突入していた。それからというもの怒濤の勢いで飲んでいき、皆べろんべろんに酔っぱらっていった。

 今日あまり言葉を発していなかったゲンドウなどは、酔っぱらって開放的になり何かとシンジに絡んでいた。彼は困ったようにしていたが、酔っぱらったレイがゲンドウを蹴り飛ばし助けたと思ったら、今度は彼女がシンジに絡み始めた。

「シンちゃ〜ん! えへへ」

「うわっ! ちょ、ちょっと綾波! 抱きつかないでよ!」

 ゲンドウを撃退したレイだが、嬉しそうにシンジに抱きつき始めた。それに対しシンジは困ったように身を離そうとする。

「シンちゃん、私のこと嫌い?」

 そんな彼の様子を見て泣き出しそうな顔で訊くレイ。

「き、嫌いじゃないよ」

 彼女の急変ぶりに驚きながらも何とか言葉を返す。

「じゃあ、好き?」

 上目遣いでじっとシンジを見る。

 レイの顔が近くにあり、上目遣いで見られドキドキしていたシンジは咄嗟に答えれなかった。何も言ってくれないシンジに悲しくなり、レイの瞳が涙で濡れる。

「……やっぱり、嫌いなのね」

 レイはとても小さな声で悲しそうに呟く。それを聞いたシンジは焦って言葉を返した。

「す、好きだよ。だから、そんなに悲しそうな顔しないで」

 これ以上レイの辛い顔を見ているのが耐えられなくなったシンジはそんなことを言ってしまう。だが、レイはシンジの言葉を聞き嬉しそうに微笑んで思いっきり抱きついてきた。

「えへへ。私もシンちゃんのこと好き」

 レイはシンジの耳元で優しく囁いた。

 そんな彼女の行動に暫くドキドキしていたシンジだったが、耳元で「すぅ、すぅ」という寝息が聞こえてきたのを切っ掛けに落ち着きを取り戻した。

 自分の体からレイを離してソファーに運んだ。周りを見ると所々で皆雑魚寝しておりシンジ以外寝ていた。彼はどこからか毛布を持ってきて、皆に一枚一枚毛布を掛けていった。

 彼は初めてお酒を飲んだが顔に似合わず強いようで、大人達に付き合わされたにも関わらず全く酔っぱらわなかった。

 お酒の臭いが鼻に付くリビングから逃げるようにベランダへと出る。シンジは優しい夜風に吹かれ気持ちよさそうにしており、この街に来てからの事を思いだしていた。

 家族に受け入れてもらい、友達も出来たことを思い、彼の口は自然と綻んでいった。だが、ここに来る以前のことを思い出し辛そうに顔を顰める。彼がたった一人心を開いた人物を思い出すだけで胸が張り裂けそうになってくる。彼の顔から表情が消え、虚空をじっと見ていたかと思うと急に瞳が潤みだした。

「……カヲル君…………君は今どこにいるの?」

 綺麗な形の頬を伝い一滴の涙がこぼれ落ちた。たった一滴の涙だが、その一滴は彼の親友の為に流した、とてもとても重い涙だった。

 雲一つ無く星々が闇にのまれて真っ暗な夜空の中、深闇に浮かぶ一つの満月だけが彼を優しく照らしていた。






To be continued...


(あとがき)

 今回の話は前回の続きです。まだ使徒もエヴァも出てこないんですが次回には出す予定です。最後の方でカヲル君の名前だけ出てきましたが、彼はまだまだ出る予定はありません。話は変わりますが、私が最初エヴァを知った時、アニメしか見ておらず漫画の方は読んでなかったんですが、友人に「じゃあ、シンジとカヲルのキスシーン見てないんだあ」と言われ、気になって速攻で単行本を買いました(笑)それでどんなもんかと見てみたら、ものすごいがっかりした記憶があります。だって、キスシーンを期待してたのに単なる過呼吸の治療じゃないっすか!!(注・私はヤヲイが好きな訳ではありません。ていうか、大っ嫌いです!)そんなこんなでアニメと漫画を見た後のカヲル君の感想は、変人、この一言に尽きました。まあ、長々と書いた訳なんですが私が何を言いたいかというと、ホモでも変態でもカヲル君は大好きですってことで。それでは、これからもよろしくお願いします。あっ、あと誤字脱字の指摘、文句、意見、感想など何でもいいのでメールを送ってくれれば大変嬉しいです。それでは。

作者(ピンポン様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで