使徒が嫌い、でもエヴァは好き

第四話 使徒、襲来

presented by ピンポン様


「碇シンジです。よろしくお願いします」

 この一言から彼、碇シンジの学園生活が始まった。

 いつの間にやらユイが手際よくシンジの入学準備をしており、チルドレン候補が集う3−Aに転入させていた。この第一中学校はネルフの息がかかっている施設の一つであり、教師や用務員のおじさんなどあらゆる大人がチルドレンの見張りや護衛に着いている。

 シンジはシュウジの双子の兄だということもあり、その落ち着いた雰囲気や、レイと同じアルビノであることが拍車をかけ、初日からものすごい人気者になっていた。レイとアスカは今日転校してきたばかりの転校生と何故か仲が良く、一部の男子生徒が漢泣きに泣いていた。

 レイは普通にシンジに接していたが、この前酔っぱらってシンジに抱きついたことなど全然記憶に無かった。よって、シンジに「好き」と言ったことも覚えておらず、逆にその事を訊いてきたシンジに「シンちゃん、それって告白?」などと楽しそうに訊き返していた始末だ。

 シュウジと双子ということで仲良くなろうと、トウジとケンスケも話し掛け、彼の優しい雰囲気も相まってすっかり仲良くなっていた。

 そんな慌ただしい転校初日がつつがなく終わり、これからシンジの歓迎会をしに何処か遊びに行こうと、いつものメンバーで話し合っていた。

「これからゲーセンでも行かへんか?」

 教室の後ろの方で固まっている内の一人、トウジがいつもの調子でシンジに言った。

「ゲ、ゲーセンは今度にしないか? いつも行ってるし……」

 何故か焦った感じのケンスケが答えた。

 彼は先週の金曜日に警察に捕まったはずなのに、何事もなかったように登校してきた。勿論、トウジやシュウジが彼にその事を訊いたのだが、何も教えてくれなかったのだ。

 結局何事も無く警察から帰ってこれたのだが、ゲーセンがちょっとしたトラウマになっていたのだった。

「ほうか? したらどないする?」

 トウジはケンスケの慌てぶりに特に気にしたそぶりを見せなかった。

「あたしにいい考えがあるわ! それは……」

 アスカが胸を張って何か言おうとしたところで、彼女とレイ、シュウジの携帯から軽快なメロディが流れてきた。

「たくっ! こんな時にだれよ!」

 自分の話を邪魔されたアスカは愚痴りながら携帯を確認する。レイとシュウジも彼女に倣って携帯を取りだした。

 暫くメールを読んでいた彼女達だったが、携帯をしまうと残念そうな顔で皆に向き直った。

「悪いけど、ネルフのバイトが入ったからまた今度にしましょう」

 そう言ったアスカは鞄を手に取りだした。

「そういうことだから……ごめんね?」

 レイもアスカに続き鞄を手に取り帰ろうする。

「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!」

 全く帰る準備をしていなかったシュウジが、慌てて荷物を鞄に押し込んでいる。

「センセ達も大変やな〜」

「全くネルフも人使いが荒いよな〜」

「しょうがないわよ。三人とも頑張ってね」

 トウジ、ケンスケ、ヒカリがいつもの事だと思い諦めた。

 その話を聞いていた近くの女子達が、シンジがフリーになると思い声を掛けようとしたが、走り去って教室を出ていこうとしてたシュウジ達を何故かシンジが引き留めた。

「ちょっと待って」

 シュウジの準備が終わり急いでいこうと思っていた彼等は、シンジの声に反応して振り返った。

「どうしたの? シンちゃん」

「何なのよ! あたし達は急いでんのよ!」

 不思議そうなレイと怒った感じのアスカが訊く。

「僕も行っていいかな?」

 そんな彼女達の様子などお構いなしに飄々としている。

「は〜? 何であんたも来んのよ」

「ちょっと興味があるんだ。それに僕が行った方が母さん達の役に立つと思うから」

 不思議そうなアスカに真面目に答える。

「どういうこと?」

 シンジの言ってることが分からず訊き返すシュウジ。

「ここじゃちょっと……それに時間も無いんでしょ? 歩きながら話すよ」

 既に準備万端のシンジは怪訝そうな顔をしてる三人に促す。

「まあいいわ。それじゃ行くわよ!」

 シンジがエヴァの第一人者ということを思い出したアスカは、大丈夫だろうと思い走って出ていった。

「分かったよ」

「後で教えてね?」

 シュウジとレイも納得したのかアスカに続く。

「ごめんね? せっかく僕の歓迎会をしてくれるって言ってたのに……」

 三人が出ていったのを見てトウジ達に申し訳なさそうに謝った。

「気にせんでええで。あいつらと居ったらいつものことや」

 トウジは笑いながら言った。

「そうだぜ。……それよりシンジ、どうしてお前も行くんだ? 別にバイトしてるわけじゃないだろう?」

 さっきのやり取りを見てて疑問に思っていたことを訊くケンスケ。

「うん。もしかしたら手伝えるかもしれないことを母さんと話してたんだ。シュウジ達は聞いてなかったみたいだけど」

 シンジも笑って答える。

「そうなんだ……それよりシンジ君。アスカ達が行ってから結構時間が経ってるけど大丈夫?」

 三人が出ていってからそこそこ時間が経ってるのに気づいたヒカリが、彼女達に間に合うのか心配になっていた。

 ヒカリは既にシュウジがいるためシンジの事を「シンジ君」と呼んでおり、他のクラスメイトも彼の事は「シンジ(君)」と呼んでいた。

「そうだね。それじゃあ、僕も行くよ。またね」

 そう言ってシンジは走り去っていった。

 残された三人はこのメンバーで何かすることも無く大人しく帰っていった。彼等の様子を見ていた女子達は、シンジが帰ってがっかりしながら溜息を吐いていた。










 全力で走っていたアスカ達に難なくシンジは追いついた。息一つ切らさず走っているシンジに、アスカが対抗心を燃やし競争しだしたが、あっさりとシンジに置いて行かれた。

 普段、彼等は学校から十分ぐらい歩けばあるバス停からバスに乗りネルフまで行くのだが、アスカとシンジは何故か競争しており残された二人もそれに付き合い汗だくになって着いていっていた。

 レイとシュウジがゲートの前に着くと平気な顔をして立ってる二人がいた。

「遅いわよ! あたし達がどれだけ待ったと思ってんのよ!」

 アスカは呼吸をするのも苦しそうにしている二人に怒鳴った。

「まあまあ、競争してた僕らが悪いんだから」

 そんな彼女を宥めるシンジ。

「はん! 体力の無いこいつらが悪いのよ」

 レイとシュウジを指差しながら抗議する。

 シンジが困ったような顔をしてると、漸く体力が回復してきたらしいシュウジが口を開いた。

「……結局どっちが勝ったの?」

 彼はまだ疲れてるのが目に見えて分かる。

「…………こいつよ」

 体力に自信があったアスカは言いづらそうにシンジを指差した。

「え?」

 意外な展開にシュウジは訊き返してしまう。

「だからシンジが勝ったって言ってんでしょ!」

 彼女にとって屈辱的な事実を二度言わされたとなって怒鳴った。

「しかも! むかつくことにこいつは全く全力を出してなかったのよ! あたしはそういうのが一番嫌いなのに!」

 先程の屈辱を思い出した彼女は怒りに支配された瞳でシンジを睨む。

「それでも、僕は全力だったよ? アスカがどう感じたかは分からないけど」

 シンジは初めアスカのことを「惣流さん」と呼んでいたのだが、彼女が「シュウジと同じ顔で「惣流さん」って言われるの気持ち悪いからあんたもアスカって呼びなさい!」と言ったため、それ以後彼は「アスカ」と呼んでいる。

「なに言ってんのよ! あたしより速く走って息一つ切らしてないのが全力なわけ無いじゃない!」

 アスカは大声で叫び再びシンジを睨んだ。

 いつまで続くかと思っていたシュウジだが、漸く復活したレイが声を掛けたのを切っ掛けに二人の睨み合いが終わった。

「……ねえ、もう集合時間すぎてるんだけど……」

「「え?」」

 レイに言われ間の抜けた声を出すシンジとアスカ。

 アスカは自分の腕時計を確認すると、いつの間にやら集合時間を大幅に過ぎていたことに気づいた。

「何でもっと早く言わないのよ! またバーさんにグチグチ言われるじゃない!」

 また遅刻して通称「バーさん」に文句を言われると思ったアスカは、レイに責任転換するように叫びだした。

「私の所為じゃ無いじゃない! アスカがシンちゃんと競争なんてするからでしょ!?」

 せっかく教えてあげたのに怒鳴ってきた彼女に、ムッとなり怒鳴り返すレイ。

「挑まれたら受けて立つのが勝負ってもんでしょ!?」

「そんなのアスカだけよ!」

「なによ! あんただって……」

「時間無いんじゃなかったの?」

 さらに続きそうな二人の言い合いを止める勇気はシュウジに有るはずもなく、シンジが彼女達の間に入って呆れたように言い放った。

「うっ……そ、そうね。ほら! 行くわよシュウジ!」

 アスカはシンジの呆れ顔を見て言葉に詰まりながらゲートをくぐっていった。

「分かってるよ……それに赤木博士の事をバーさんって言ったら、危ない薬の実験体にさせられちゃうよ?」

 シュウジは軽く溜息を吐きながら着いていく。

「そんなのあんたがチクらなきゃバレないじゃない! それにあたしだけじゃなく皆言ってるわよ!」

 そんな言い争いをしながらゲートの奧へと消えていった。

 後に残ったレイは二人に続こうと思い、IDカードを財布から取りだしスロットにスキャンさせようとしたところで疑問が浮かんだ。

「そういえば、シンちゃんはどうやって中に入るの? IDカード持ってないよね?」

 急に着いてくることになったシンジがIDカードを持ってないと思いどうするのか不思議に思う。

「う〜ん、どうしようかな……そうだ! 綾波の後ろに着いていれば入れるんじゃないかな?」

 そんなこと全く考えて無かったシンジは、良い案が浮かんだとでもいう感じに手をポンッと叩いた。

「シンちゃん……そのリアクション古いよ……」

 前時代的なリアクションに呆れた感じのレイ。

「そ、そうかな? ま、まあそんなどうでもいいことは置いといて……どうかな?」

 一方そんなこと言われると思っていなかったシンジは、ちょっとショックを受けて言葉に詰まるも気にせず話を進める。

「くすっ、たぶん大丈夫よ。本当はダメだろうけどシンちゃんならいいと思うわ」

 珍しく焦った感じのシンジがおかしくて笑いがこぼれる。

「ほ、ほら早く行こう? シュウジ達が行ってから大分時間が経ってるし」

 彼はまさか笑われると思っておらず慌てながら先を促す。

「ふふ、そうね。行きましょ」

 レイは笑いながら歩いていく。

 彼女の後にぴったりとくっついていき、無事ゲートをくぐることが出来た。二人は無言で歩いていたが、レイは教室でシンジが言ったことを思い出し彼の方を向いた。

「ねえ……シンちゃんがここに来たらお母さん達の役に立つってどういうこと?」

 エヴァにはなれないと言っていた彼の言葉を思い出し、レイは彼が何をするのか不思議に思った。

「僕はエヴァになれないって言ったよね? それはかなり昔の話なんだ。今は綾波達のデータがあるから昔よりは研究が進んでるよね? だから、その実験データを元にもう一度僕の実験をしようと思ってね」

 教室で考えていたいいわけを話す。シンジはエヴァの実験のために来たわけではない。彼はエヴァにシンクロしない事が分かり切っているからだ。ならば、何故来たかというと、彼女達のエヴァの力を見てゼーレの対策をユイ達と考えようと思ったからだ。

「そうなんだ。でも無理はしないでね?」

 優しい笑顔でシンジを見る。

「ありがとう」

 シンジも微笑み返す。

 丁度話が終わったところで大きなドアの前にたどり着いた。二人がドアの前に立つと自動で横にスライドして彼等を招き入れた。

 シンジが辺りを見回すと中はとてつもない広さで、天井はとても高くデパ−トの五階分を一部屋にしたような広さである。ドアをくぐり中央に進んでいくと、部屋の半分くらいで通路が終わっており先は丸くなっていた。その丸みの先端では近未来的な機械が三つ並んでおり、近くには三人分の椅子が空席を示していた。

 シンジが発令所の広さに感動していると、いつの間にやら横を歩いていたはずのレイの姿が見えなくなっていた。辺りをキョロキョロと探すと誰かの前で縮こまっているレイを見つけ、そちらの方に足を進めた。

「…………えて準備してるわよ。早くあなたも行きなさい」

「はい!」

 何やらレイが怒られていたらしいが、話が終わったと思ったら一目散に発令所から出ていった。

 レイを怒っていた人物がシンジに気づきびっくりしていた。

「あなたは……シンジ君ね? 久しぶりって言っても覚えてないわよね?」

 白衣を纏って少々歳を感じる女性が笑いながら話し掛けてきた。

「え〜っと……あなたと会った事ってありましたか?」

 久しぶりなどと言われても身に覚えのないシンジは困惑した。

「勿論あるわよ、あなたが三歳の時だけどね。それと自己紹介が遅れたわね。私は赤木ナオコ、よろしくね」

 ナオコは楽しそうにシンジを見ていた。

「よろしくお願いします。……それと僕が三歳の時ってことは、全て知ってるんですか?」

 彼女の名前を聞いてネルフにある『MAGI』の事を思いだした。

「ええ……私もE計画に携わっているから……」

 顔を曇らせながら言う。

「……そうですか。あと、僕がここにいることにあまり驚かないんですね?」

「あなたのことはユイ達から聞いていたからね。もっとも、あなたがこの街に来たことを聞いたときは開いた口が塞がらなかったわ」

 ナオコは最後には笑っていた。

「これからエヴァの起動実験が始まるから行きましょ? あなたの意見も是非聞きたいわ」

 急に真剣な顔になってシンジを見る。

「ええ、僕はそのためにネルフに来たんですから」

 頷きあった二人は実験棟へと向かうべく発令所から姿を消した。





 自然の木や人口の建物などが並ぶ広大な施設の中にチルドレンの三人は立いた。三人とも何やら疲弊しきっており、床にへたり込んでいる。

 その光景を一段高いところから、シンジ、ナオコ、ユイ、レナ、キョウコ、ゲンドウの六人が見ていた。

 今まで一言も発せず黙って実験を見ていたシンジは険しい顔をしていた。

「……どう思う?」

 シンジの険しい顔つきから自信無さそうに尋ねるユイ。

「はっきり言うと……これじゃあ、シュウジ達は間違いなく死ぬ」

 ここにいる大人達に真剣な眼差しで語る。

 そんな事を言われると思っていなかった大人達は焦る。今日まで一心不乱にやってきたことが無駄だったように言われた気がしたのだ。

「でも……あの子達は頑張ってるわ」

 レナはそんなことしか言えない自分を呪った。

「頑張っていようがいまいが関係ないよ。使徒と戦うとなったら使い物にならない」

 だがシンジはあっさりと切り捨てる。

「やつらはそんなに強いのか?」

「うん。間違いなくシュウジ達よりは強いよ」

 ゲンドウの祈りも空しく、シンジは無情にも告げる。

「もし、エヴァとのシンクロ率が100%になったら?」

 彼等のシンクロ率はトップのアスカでさえ70%、続いてレイが60%、一番低いシュウジは40%そこそこといった数値だ。

「それは分からない……でも、もしそうなれば勝てるかもしれない」

 キョウコの考えに賛同する。

「でも、どうしたらシンクロ率が上がるのかしら……」

 レナが呟く。

 彼女達がE計画の中枢を担う者達であっても、エヴァとは全く分からないものだったのだ。今こそエヴァを使うようにまでなっているが、開発当初は何も分からず、全て手探りのまま進めてきたのだ。今もどういう原理なのかは分かっておらず結果だけを見てやっているのだ。科学者としては失格かもしれないのだが、彼女達の頭脳を以てしても理解できないのであった。

「……今はどうすることも出来ないわね…………シンジ……あなたの実験もしてみたいんだけど……」

 ユイは言いづらそうに言った。自分がシンジをそんな体にしたのに、さらに実験までさせるのが心苦しかったのだ。

「いいよ、僕はそのためにネルフに来たんだから。あっ、あとシュウジ達には見せないでね? 綾波には僕がエヴァの実験をするって言ってあるから、シュウジとアスカにもそう言っといて?」

 ユイの様子を気にした風の無いシンジ。

「分かったわ。シュウジ達には、まだどうなるか分かんないって言って先に帰させるわ」

 そう言ってシュウジ達に向かって外部スピーカーで何事か告げていた。

 シュウジ達三人が帰り、E計画当初のメンバーだけが残った。先程までの実験は、他のネルフ職員も知っており、ここにいる職員皆が子供達をサポートしていた。だが、シンジのことは特S級の極秘事項でここにいるメンバーしか知らないのだ。

「それじゃあ、始めましょうか?」

 シンジの言葉に大人達は一斉に頷き真剣な表情になった。

 彼の実験の後には、先程までチルドレンの三人がいた広大な施設が見るも無惨な姿に所々破壊されていた。その結果に大人達は恐怖を覚え誰一人言葉を発することができなかった。










 ここに一人の男がいる。

 彼には歳が十も離れている兄がいた。彼の家族は兄一人しかいなかった。両親ともに彼を産んですぐ亡くなっていたのだ。彼の兄は寂しい思いをさせないようにとても可愛がり、彼にとても優しく接し、頼れる兄貴になっていた。

 彼は兄がどんな仕事をしてるか興味が湧くも訊いても教えてくれず、小さい頃その意地悪な兄に耐えれず泣いてしまったことがあった。それに焦った兄は「あまり言えないが、人類を守るために一生懸命働いている」と少しだけ話していた。

 小さかった彼には何のことか分からず、もっと訊こうとしたのだが、兄のあまりに真摯なその眼差しに何故かそれ以上訊くことが出来なかった。だが、彼の心の中には兄が立派に働いている、ということがしっかりと刻まれたのだった。

 しかし、そんな優しい兄もいきなり死んでしまった。

 当時、十二歳だった彼は小学校で友達と仲良く遊んでいた。だが、急に校内放送で呼ばれ先生の元に行ったら、兄が死んだと聞かされた。

 幼かった彼は教師が何を言ってるのか理解できず、呆然と人ごとのように聞いていた。そんな彼を無理矢理連れだし兄の亡骸が待つ病院へと連れて行った。

 ゲヒルンの傘下である一病院。ロビーに待ち受けていた医者に引っ張られながら一つの扉の前に立った。医者が扉を開け彼に入るよう促す。恐る恐る足を踏み入れ中を見ると、そこには顔を白い布で覆いながら横たえてる兄の姿があった。それを見た彼は急に泣き出し死体に抱きつきながら大声で泣いていた。

 医者達はその様子を痛ましい様子で見ていた。だが、彼等には謎の命令が下っていた。その死体をあまり人の目につけるな、たとえ肉親でも例外ではない、と。その事を思い出し泣きじゃくっている男の子を外へ連れ出そうとする。

 彼は泣きながら兄にしがみついていたが、医者達が強行に彼を外に連れ出そうとし、兄と離れたくない彼は小さい体ながらも必死に抵抗した。

 彼が手をバタつかせ抵抗していると、兄の体を覆っている衣服がはだけた。上半身が露わになった兄を見て彼は驚きに目を見開いた。何故なら、彼が今より小さい時に付いた傷が見あたらなかったからである。

 彼が小学校に入学した時、嬉しくてはしゃいでいたのだが、その時道路に飛び出してしまい車に轢かれそうになったのだ。だが、兄は彼を突き飛ばし自分を身代わりにして彼を助けたのだった。その時に胸に大きな傷が残り一生消えないと言われていたのだ。

 その忘れることのない大きな傷が兄の死体に付いておらずまっさらな体だったのだ。

 それを見た彼は、この死体は兄じゃないと言おうとしたが、急に激しい睡魔に襲われて眠ってしまったのだった。

 彼が目を覚ました時、何故か葬式の真っ直中で訳が分からなくなっていた。それでも彼の頭には、兄が死んだ、と強く残ることになった。

 葬儀もつつがなく終わり、暫く生きたまま死んでいるような感覚で毎日を過ごしていた。

 中学、高校へと進み、兄のことは胸の中に抱いて生きていたのだが、大きくなってあの日のことを思い出したのだ。兄じゃない他の人の死体、突然の睡魔、勝手に進んでいた葬式、それらのことを思い出し疑問が彼を襲った。

 それからというもの、必死に勉強して一流の大学へと入学した。兄の事を調べるには生半可な事では知れないと思ったからだ。

 無事大学を卒業して、在学中に調べた兄の唯一の軌跡、今はネルフだが昔ゲヒルンと呼ばれていた所へと入社したのだった。

 彼はネルフで兄の事を知るには上を目指さなくてはいけないことを知った。一般の職員は兄の事を全く知らなかったのだ。

 入社して一年で実力を見られ、兄の名前が効いたのか諜報部のトップに立つまでになっていた。そこで、司令から直で言い渡された任務を果たすためゼーレへスパイとなり潜り込んでいった。

 彼はゼーレでネルフが何をしているのか、ゲヒルンが何をしていたのか知り、さらに兄の死の真相を知った。

 兄の死の裏に重大なことがあったとは思いもしていなかった彼は呆然としていた。だが、兄がそこまでしていたことを知りたくなり、ネルフだけでは情報不足だと思い、ゼーレのスパイにもなった。

 そんな二重スパイを続けていた彼だが、司令や上の職員達が彼を怪しく思い諜報部のトップから降ろし、チルドレンの護衛として一中の用務員にされていた。

 彼はネルフで知ることは最早何も無いと思い、ゼーレ側のスパイとして日々を送っていた。

 今日も暇な用務員として学校の庭の掃除などを適当にやっていた。そんな彼の元にチルドレン達がこちらに歩いてくるのが目に見えた。

「加持さ〜ん。おはようございます」

 猫を被ったアスカが元気良く挨拶をする。

「ああ、おはよう。……? そっちの子は見ない顔だな、転校生かい?」

 箒を手に飄々と返事を返す加持だが、初めて見る子供に興味が移る。

「初めまして。碇シンジです」

 視線を向けられたシンジは微笑みながら返事を返す。

「シンジ君か、よろしく。しかし、碇って事はシュウジ君の親戚か何かかい? 顔もそっくりのようだし」

 彼の持ち前の好奇心から興味深そうにじろじろと見る。

「シンちゃんは碇君の双子のお兄さんなんですよ」

 レイが楽しそうに答える。

「双子? そんな話は初めて聞くが……」

 訝しげにシンジを見る。

「兄さんはちょっと訳あって離れて暮らしてたんです」

 シュウジが答える。

「ほう……それならシンジ君は…………」

 この謎の転校生に興味を持った加持は色々と訊こうとするが、HRの始まり知らすチャイムが鳴り言葉を繋げれなかった。

「もうこんな時間! 加持さんまたね〜」

 アスカが元気に別れを告げ他の三人を引き連れて校舎の中へと入っていった。

 加持はネルフやゼーレで色々と調べていたが、シンジの事などは一切知ることが出来なかったのだ。そのため、今までシンジの事を知らずにいたのだった。

 どちらの組織にもシンジの情報が一切無いということは、ものすごい情報があると言っているようなものだ。もしかしたら、兄の死に関係しているのかも知れない。

 シンジはシュウジと双子だというのに、レイと同じようなアルビノの外見はどう考えてもおかしい。

 シンジを不信に思った加持は早速ゼーレへと連絡を入れたのだった。










 黒以外の色が全く無い本当の漆黒。生き物の存在も感じられない広い空間。そんな場所だがどこからか人の声が聞こえてきた。

「鈴からの報告によるとリリンが第三新東京市にいるらしい」

 何も無い所に、中心に1と書かれた長方形の黒いモノリスが浮かび上がった。

「やはり生きていたのか」

「他の使徒が生きていたのだ、リリンが死んでいるはずはない」

「その通りだ。それにリリンが死んでいては我々の計画が全て水の泡だよ」

「タブリスもリリンと共にいるのか?」

 次々とモノリスが浮かび上がってきた。1から順に時計のように円を描きながら数が増えていき12まで出てきた。

「いや、そのような報告は入っていない」

「あやつは何処かその辺で生きているのでは?」

「ああ、タブリスなら無事飄々としていそうだな」

「奴が死んでいればこちらとしても楽なのだが」

「それはあるまい。奴の実力を考えれば」

 そこまで話すと暫く沈黙が訪れる。

「事実の確認が必要だ」

 重々しい声がスピーカーから流れてくる。

「では議長、どうします?」

「……サキエルを第三に送る」

 議長と呼ばれた男が発した言葉を聞いた他のメンバーからの動揺を表わしたどよめきが聞こえてくる。

「本気か!?」

「あそこにはエヴァが三人いるのだよ!?」

「それにリリンもいるのだろう!?」

「自殺行為だ!?」

 あちこちからざわざわと反対の意見が出てくる。

「落ち着け!」

 ものすごい音量の声がスピーカーから流れてきた。

 その言葉に辺りは静まりかえる。

「鈴の報告からはエヴァは使い物にならないようだ。それにリリンの事は問題無い」

「使い物にならないとはどういうことだ?」

「それにリリンが問題無いとは?」

「報告によるとエヴァは未だ未完成のようだ。微弱なATフィールドを張れるだけらしい。それに相手は平和ボケした子供だ。サキエル一人でも充分お釣りがくる」

「なるほど……しかし、リリンの方はどうする?」

「そっちはもっと簡単だ。奴はタブリスの所為で余計な心を取り戻しただろう?」

「確かに……タブリスさえいなければもっと楽に事が進んだはずが……」

「しかし、それと何の関係が?」

 一つ問題が解決したが、もっと大変な問題にまたざわつき始める。

「リリンは友情などといった下らん事に憧れていただろう? それを利用するのだ。自分が使徒だと知られたら自分も敵と見なされる恐怖から奴は手を出さんだろう」

「そうだったな……リリンはそういうのに憧れておったな」

「それならサキエル一人でも問題無いな」

 周りからは賛成の意見が次々と出てくる。

 その後も色々と話していたようだが、話が纏まると先程議長と呼ばれた男が重々しく言葉を発した。

「では、これにて会議を終わる」

 その言葉を言い終わった瞬間、1と書かれたモノリスから順に消えていった。

 全てのモノリスが消え去り、後には耳が痛いほどの沈黙と、何処までも続く暗闇だけが残った。










 ここから一歩でも踏み込めば、MAGIが完璧に管理している第三新東京市に入る所に一人の少年が立っていた。

 少年は不敵な笑みを浮かべながら躊躇無く第三新東京市へと足を踏み入れた。

 彼は人がいないであろう自然の方に向かって歩いていく。少年の真上には太陽がその身を燃やしながら、遙か上空に君臨している。うだるような暑さの中、人っ子一人いない郊外へと来ていた。

「この辺りでいいか……」

 辺りに誰もいないのを確認して独り言を呟いた。

 少年がその綺麗な瞳を閉じると、彼の体が光り輝き始めた。しかし、十秒としない内に目を開け、彼の体を覆っていた紅白い光の膜はそれと同時に消えていた。

「さあ……早く来い……」

 少年は楽しそうに笑いながらよく晴れた真っ青な空を見ていた。





 シンジ達がいる3−Aのクラスでは、只今葛城ミサトが教えている国語の時間のはずだが、授業などせず生徒達は彼女と共におしゃべりに興じていた。

 シンジも例外では無いらしく、三バカと楽しそうに話していた。

「それにしても、腹がへったのお〜」

 今は四時間目の真っ直中であり、食いしん坊の彼は先程からこのセリフばかり言っている。

「はは、トウジは本当にご飯が好きなんだね」

 シンジは笑いながら答えているが、シュウジとケンスケは先程から繰り返される会話にうんざりして無視していた。

「シンジ! 何を言うとんのや! 昼飯は学校に来る中で至上の楽しみやないか!」

 腕を組んでウンウンと頷きながら熱く語る。

「そ、そうかな?」

 そこまで熱心に語ることでも無い事に冷や汗を流すシンジ。

 だが、トウジはシンジの反応など無視して一人自分の世界に入り込んでいる。そんな彼をどうしようか困っていたシンジに助け船が入った。

「シンジ、トウジのことならほっとけよ。昼飯前のあいつはいつもああなんだ」

 いちいちトウジの相手をしてるシンジを見かねてケンスケが教える。しかし、毎日この調子ならかなり危ない人だと思うのだが。

「いいのかなあ?」

 基本的に優しいシンジは、友達に無視されるトウジのことを想う。

 だが、一向に自分の世界から帰ってこない彼を見てシンジもまあいっかと思い、ケンスケ達と話し始めた。

 彼等は暫く会話を楽しんでいたが、四時間目の終了を知らせるチャイムが鳴り、お昼ご飯を食べるため各自準備を始めた。

 シンジも鞄の中からお弁当を取りだし、机の上に置いたところで違和感を感じ動きが止まった。

「(? ……何だこの感じ………………!? まさか!)」

 何かを感じ取ったシンジは目を閉じ、その違和感に向かって集中する。

「(……使徒……一人か、僕を連れ戻しに来たのかな? でもまさか、こんなに早くばれるとは……)」

 シンジは真剣な表情で考え込む。

 彼がこの街に来てからまだ一週間ほどしかたっておらず、彼もいつかはバレると思っていたがこんなに早く気づかれるとは思ってもいなかった。

 違和感の元に向かおうとし、弁当箱を鞄にしまうシンジ。その行動に疑問を持ったシュウジが不思議に思って彼に訊いてきた。

「どうしたの? 兄さん。昼ご飯食べないの?」

 三バカは既にお弁当を広げ食べていた。

「うん。ちょっと具合が悪いから早退するよ。先生に言っといてね?」

「えっ? 具合が悪いって風邪? ……てっ、兄さん!」

 シンジは一方的に用件だけ言うと、シュウジの話など聞かずに一目散に教室から飛び出していった。

「なんや? シンジのヤツどないしたんや?」

 トウジは食事の手を休めずにしゃべる。

「分かんない……具合が悪いって言ってたけど、全然元気そうに見えたのに……」

 シュウジはシンジが出ていった扉の先をじっと見ていた。彼の中で危険信号がこれ見よがしに鳴り響いていたのだ。





 全速力で駆けているシンジの額には大粒の汗が浮かんでいた。彼はどんどんと人気の無い郊外へと走っていった。

 どのくらい走ったか分からないが、彼の制服は汗で透けており、自然に囲まれた場所で何かを探すようにキョロキョロとしだした。彼の視線が少々甲高い丘に固定され、彼は再び走り初めた。

 丘を登ったところには彼と同じくらいの歳の少年が立っていた。その少年を見たシンジは目標が見つかったことに安心したのか走るのをやめ、息を整えながら少年に向かって歩いていく。

 二人の少年が二、三メートルの感覚を開けて対峙する。

 シンジの目の前にいる少年は、彼と同じく紅い瞳をしており、外人のようなブロンドの髪を肩ぐらいの位置までのばしていた。背は彼より頭一つ分高いといったところだ。

 彼等は一言も話さずまるで時が止まったかのように微動だにしなかった。ここに第三者がいたら、彼等の発するプレッシャーに押しつぶされ、尻餅をついていることだろう。

 この奇妙な沈黙がいつまでも続くかと思っていた矢先、一人の少年が口を開いた。

「久しぶりだな……リリン」

 シンジの目の前の少年が表情一つ変えず口を開いた。

「サキエル……」

 シンジの声には知り合いと会った喜びなど全く感じさせず、ただただ苦痛があるだけだった。

 一人の少年との出会いが、彼の夢のような一時を音を立てながら壊していった。もはや修復が間に合わないくらいに……






To be continued...

(2007.06.02 初版)
(2007.06.16 改訂一版)


(あとがき)

 加持さんが出てきたんですが、プロローグに出てきた加持とは別人です。読んでもらえば分かると思うんですが、加持さんの兄がゲヒルンにいた加持です。前回のあとがきに、今回でエヴァも使徒も出すと書いていたんですが、中途半端にしか出なかったんですが、次回にはちゃんと出す予定なので。それでは、これからもよろしくお願いします。

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