第五話 EVANGELION
presented by ピンポン様
少々小高い丘の上に対峙している二人の少年の間を、ふわりとした風が通り抜けていった。それは彼らの前髪を穏やかに揺らしていった。
「……サキエル、何しに来たの?」
シンジが暗い声で目の前の少年に訊く。
「何をとぼけてるんだ? お前を連れ戻しに来たに決まってるだろう」
サキエルと呼ばれた少年は小馬鹿にしたように笑い出した。
「僕はもうゼーレには戻らない」
凛とした顔で見返す。
「そういうと思ったよ。……だが、お前の大切な家族が殺されそうになってもそんなことが言えるかな?」
「何をする気だ!?」
「こういうことさ」
すると、サキエルの体が紅白い光の膜に覆われ始めた。
「そんなことして何に……」
彼の行動の意味が分からず、呆気にとられていたシンジだが、その行動の意味することを悟り、止めようとする。
「やめろ、サキエル! 君の狙いは僕一人だろう!?」
サキエルに突っかかっていくシンジ。
「ぐっ!」
だが、彼の体に触れる前に、その光の膜に体を弾かれた。
「そろそろマギが感知した頃だろう。どうする、リリン? お前の大事な弟がもうすぐやってくるぞ?」
倒れ伏しているシンジを見下すようにしているサキエル。
「何故シュウジ達を巻き込むんだ!? 彼らは関係ないだろう!?」
シンジは起きあがってサキエルの体を掴みかかる。
「うっ!」
すると、ケガなどしていなかったシンジは、何故か肩から多量の血を流していた。
「エヴァの力量を見るのも任務に入っている。それに、やっかいなお前はチルドレンが来ることによって戦わない。奴らに自分の正体を知られたくないんだろう? 自分が倒すべき使徒だということを」
そう言ったサキエルはこれ以上ないくらい楽しそうに笑っている。
彼の言葉にシンジは、肩の傷を押さえていた手を下ろし俯く。肩からドバドバと血が吹き出ているが、そんなこと気にせず何事か考えていた。
(……そうだ、いくらシュウジ達だって僕が使徒って知ったら…………)
楽しい平穏を手にし、家族や友達に嫌われたくないシンジは虚ろな目をしていた。
暫くの間、シンジは呆然としていた。そんな彼をサキエルは愉快そうにいつまでも見ていた。彼らが沈黙してからどのくらい経ったか分からないが、何かに気づいたサキエルの発した言葉により、その奇妙な沈黙は終わった。
「おっと、どうやらヒーローのご到着のようだ」
サキエルの声に、ハッと顔を上げるシンジ。
「シンちゃん!」
そこには、息を切らせたレイがいた。
「……綾波」
彼は小さな声で呟いた。
「シンジ!」
「兄さん!」
その後ろから、アスカとシュウジもやってきた。
その光景を見たシンジは、絶望に襲われ顔面蒼白になっていた。そして、何故彼らがここに来る前にサキエルを始末しておかなかったのか、と自失の念に駆られていた。
「ククク、さあショータイムの始まりだ」
俯いているシンジの様子を見て、一層楽しげに唇を歪ませたサキエルが、チルドレンを誘っているかのように両手を広げた。
シンジがこの街に戻ってきてからというもの、各種の実験などに大忙しのネルフ。今日も今日とて例外では無く、一般職員はあらゆる所で忙しそうに歩き回っていた。
そして、発令所でも何かの実験結果を手に、真剣に話している二人がいた。
「ナオコさん、どう思います?」
ユイは何かを見せながら訊く。
「これは……興味深いわね」
ナオコは彼女から見せられた一枚の紙を見ながら考え込む。
その紙には四本の折れ線があり、その内一本が大きく揺れたように写っていた。折れ線の上には、0から10単位で100までの数字が書かれている。その内三本は、40から70の間を等間隔で描かれていたが、残る一本は、0から100までを無造作に行ったり来たりしていた。
「シンジ君はインターフェイス・ヘッドセットを付けていなかったのよね? なのにリリスとシンクロしている……」
ナオコは興味津々と言った感じでその紙を見ている。
「ええ、これはE計画に成功したってことかしら?」
「そうかもしれないわね……でも、言いづらいわね……シンジ君に……」
成功したと言っているのに、何やら二人は暗い顔になっていた。
その後、二人は一切口を開かず、沈黙が辺りを支配していたが、突如鳴り響いた警報によってその時間は終わった。
「何が起こったの!?」
赤い灯が広い発令所を包む中、ナオコが何事かと叫びマギを操作する。
「まさか……ナオコさん! これ!」
警報が鳴ったと同時にマギを操作していたユイが、異常が見つかったところをナオコに見せる。
「ATフィールド!? どういうこと!?」
ユイが見せた画面には、第三新東京市全域のマップが写し出されており、街の外れのある一点にATフィールドの発生が確認されていた。
それを見て、詳しく調べようとマギを操作するナオコ。一方、ユイはチルドレンが学校にいるか確認する。
「冬月先生!? 碇ユイです。シュウジ達は学校にいますか? …………そうですか。では、すぐネルフに来るように伝えてください、車を手配しますので………………ええ、緊急事態が起こりまして…………はい、分かりました」
「シュウジ君達は!?」
ユイが電話を終えると、ナオコが凄い勢いで訊いてきた。
「学校にいたわ。ここに来るように伝えました」
そして、今度は先程使った受話器とは違うのを使い、どこかに電話を掛けだした。
「あなた! すぐ発令所に来てください! レナとキョウコも一緒に!」
それだけ言うと、相手の反応を聞かず電話を切った。
彼女が電話で色々連絡を取ってる中、ナオコは先程のデータを一心不乱に調べていた。
「ナオコさん、何か分かりました?」
そんな彼女に焦った感じで訊くユイ。
「ええ……エヴァともシンジ君とも一致しない。おそらく……」
「使徒……」
その結果に顔を見合わせる二人。
その時、発令所のドアが開き、数人分の焦った感じの足音が聞こえてきた。二人がそちらを見ると、先程連絡を入れたゲンドウ、レナ、キョウコの三人がいた。
「ユイ! 何があった!?」
さっきのユイの焦りを不安に感じ、早口で訊くゲンドウ。
「あなた、これを見て下さい。キョウコとレナも」
そして、データを見せながら今までの一部始終を話す。
その結果を聞いた三人は、顔色を無くし呆然としていた。この日のために準備していた彼女達だが、やはり子供達のことが心配だったのだ。だが、あることに気づいたゲンドウがユイに訊いてきた。
「ユイ。シンジに連絡は取ったのか?」
「いいえ。シュウジ達が学校にいるから一緒にいると思って……」
「シンジの力を忘れたのか!? シンジならATフィールドを自力で感知できると言っていただろう!」
「あっ……」
先日の実験の時にシンジの言っていたことを思い出し、慌ててシンジに連絡を取ろうとする。
爪を噛みながら焦ったように受話器を耳に当てている。だが、すぐに電話を切り落胆した様子を見せた。
「……ダメ、繋がらないわ……」
虚ろな顔でゲンドウを見る。
シンジやチルドレンの携帯電話は、特殊な作りになっており、電話が繋がらないなどとは考えられないのだ。現に繋がらないということは、何かしら妨害を受けているとしか考えられないのだ。
五人は絶句し最悪の状態を考える。使徒と直接会っていることだ。彼らはシンジから、ゼーレの内情を深く聞いていない。だから、シンジがどのくらい強いのかは分からず、この街に来ている使徒が強ければ、シンジはもう……
そんなことを考えていた彼らだったが、ドタドタと発令所に入ってきた数人分の足音を聞き、そちらを見た。
「何があったの!?」
訳も分からずネルフに呼び出されたアスカが怒鳴った。
「母さん、どうしたの!?」
「お母さん!」
シュウジとレイも叫んだ。
「「「………………」」」
ユイ達、母親は子供達を呼んだはいいが、この事態を話すのが辛くて口を開けなかった。
「使徒が来たのだ」
すると、いつもは寡黙のゲンドウが言葉を発した。
「えっ!?」
「使徒!?」
レイとアスカがその言葉に反応して叫んだ。
「そうだ。ついさっき現われた。場所はここだ」
そして、彼らが見ていたデータを子供達に見せる。
「「「…………」」」
シュウジ達は真剣な表情でそれを見ている。
「お前達には今からここに行って使徒を倒してもらう。近くまでは送るが過大な接近は危険とし、ある程度の所まで行ったら自分の足で行ってもらう」
ゲンドウが無表情に告げる。
「何か質問はあるか?」
子供達は皆、顔を横に振った。
「そうか、では行け。外に迎えの車を手配してある」
「「「はい」」」
子供達はゲンドウに顔を向け力強く頷いた。そして、彼らは走って発令所から出ていった。
後に残るのは沈黙。大人達は子供達に何も言えなかった。自分達の身勝手で戦わせているのに「気を付けて」や「頑張って」などと、どの口が言えよう。
暫く重苦しい沈黙が続いたが、それを振り払うようにユイが口を開いた。
「……すいません。あなたに嫌な役を押しつけてしまって……」
ゲンドウに向かって申し訳なさそうに言った。
「気にするな。それより、あの子達のために我々は出来ることをするのみだ」
そんな彼女の様子を気にした風を見せず皆を見た。
「そうね。私達は何も出来ないけど、シンクロが上手くいくようにサポートしましょう」
「ええ」
レナとキョウコがゲンドウの言葉を受け、自分に出来ることをするため、マギを操作し始めた。ユイとナオコも作業に取りかかり、特にすることの無いゲンドウは後ろで見守っていた。彼女達五人は、子供達が皆無事に帰ってくることをただただ祈っていた。
発令所を飛び出していったシュウジ達三人は外に出ると、彼らを待っていた乗用車に乗り込み、初の決戦の場に向かおうとしてた。
三人は誰一人口を開くことなく、この後起こるであろう出来事に集中していた。だが、シュウジは気になることが出来て、誰に言うでもなくぽつりと呟いた。
「……そういえば、兄さんはどこに行ったのかな?」
具合など悪く無さそうだったのに、突然早退したシンジのことを思い出したのだ。
「家で寝てるんでしょ」
高ぶった集中を乱されたくないアスカはつっけんどんに答えた。
「でも、全然平気そうに見えたのに……」
どうしても気になるシュウジ。
「まさか……今回のことに何か関係あるんじゃ……」
そして、良くない方へと考えが進む。
「あんたバカ〜!? 何でシンジが使徒と関係あんのよ?」
「そうよ。碇君の考え過ぎよ」
何を言ってんだか、とバカにした顔のアスカと、気にしすぎよ、とでもいった感じのレイ。
「そうだといいけど……」
二人に言われても、何故か納得できない。
彼がもやもやしてシンジの事に考えを寄せていたが、ゆっくりと車が止まったのを切っ掛けにそれを中断させた。車が止まった場所は周りに草原が広がり、第三新東京市にこんな所があったのか、といったような所だった。
「後は自分達で進んでください」
運転してた黒服の男性が、彼らに向かってそう言った。
「分かったわ」
そう言ってアスカが降り、レイとシュウジも後に続いた。
三人が降りると彼女達を運んできた車は、Uターンして元来た道を走りだしていった。
「それじゃ、行くわよ」
アスカの言葉にしっかりと頷くレイとシュウジ。
だが、いざ戦場へ、と行こうとした彼女達だったが、正確な場所が分からず立ち往生してしまった。ネルフで見たデータは、漠然な場所を指していたのでここからどう行けばいいのか分からなかったのだ。
悩む彼らはレイの提案によって活動を始める。
「じゃあ、手分けして探しましょ? 見つけたら大声で叫ぶ。どう?」
そう言ったレイは二人を見た。
「いいわよ」
「分かったよ」
彼女の提案に頷く。
そして、彼女達は別々に散っていった。周りは草原が広がるといっても、所々に丘があり、それを一人一人捜していくということだ。
レイはこの後の戦闘の恐怖に体が若干震えたが、今までの訓練を思い出し、それを何とか押し留めた。そして、一つ目の丘を用心しながら登るも誰もおらず、安心している自分に嫌気がさした。
緊張しながら二つ目の丘を確認する。すると、そこには肩から血を流しているシンジと、楽しそうに笑っている少年がいた。何故こんな所にシンジがいるかなど、彼女には分からないが、負傷して辛そうなシンジを見て彼女は叫んだ。
「シンちゃん!」
走ってシンジの元へと向かうレイ。
「綾波……」
シンジは頼りない声で小く呟いた。
そこで、先程のレイの叫び声を聞いたアスカとシュウジもやってきた。
「シンジ!」
「兄さん!」
シンジの状態を遠目から見た二人も慌てて駆け寄った。
「シンちゃん大丈夫!?」
シンジの肩から流れ出る多量の血を見てレイが心配そうに訊いてきた。
「大丈夫だよ……」
そんな彼女に心配を掛けたくないシンジは穏やかに笑った。しかし、それは傍目から見ても成功したとは言いづらい。
「あんた、こんな所で何やってんのよ!」
「兄さん! どうしてここに!?」
二人の元に来たアスカとシュウジが叫んだ。
「それは…………」
理由を言えないシンジは口ごもる。
「ひどいケガ……あの人にやられたの?」
だがレイは、シンジがここにいる理由などどうでもよく、ただ彼のケガを心配していた。
「クックックッ。そう、俺がやったんだよ」
すると、今まで楽しそうに傍観していた少年が、笑いながらレイの問いに答えた。
「どうしてこんな事をするの!? シンちゃんは何も関係ないじゃない!」
目の前の少年に怒鳴る。
「あんたが使徒!?」
十中八九そうだと思っていたアスカだが訊かずにはおけなかった。
「その男とはちょっとした知り合いでね…………そう、俺は使徒、第参使徒サキエル。……まあ、うだうだしゃべってないで、お前らがさっさとエヴァンゲリオンにならないとその男がもっと酷い目にあうよ?」
シンジと知り合いと言った声はとても小さく、彼女達には何と言ったか聞こえなかった。そして話し終わったサキエルはシンジに向かって手を翳しだした。
「上等じゃない! やられても後悔すんじゃないわよ!」
アスカがシンジと少年の間に立ちはだかり、少年を睨み付けた。
「シンちゃん……ちょっと待っててね?」
レイが優しくシンジにそう言うと、彼の前に立ち頭に何か付けだした。
「お前は許さない……」
兄の様子に涙目になっていたシュウジも、彼女達に並び頭に何かを付けた。
「いいから早く来いよ」
そんな彼らの様子に、やってられない、といった感じでめんどくさそうに言う。
「「「エヴァンゲリオン起動!」」」
三人が同時に叫び、彼女達の体は光に包まれた。
サキエルは目を細めながらじっとその光景を見ていた。だが、彼の口元は徐々に綻んでいき、これから起こるであろう事態に胸を躍らせていた。
エヴァンゲリオンとは、リリスの因子を強制的に組み込まれた子供達が、頭部に付ける『インターフェイス・ヘッドセット』を通じ、リリスと意識をシンクロさせ、一時的にリリスの力を借りてATフィールドを張れる状態の事を指す。
リリスの因子を体内に埋め込んだ子供のことをチルドレンと呼ぶ。シンジのように莫大な影響を受けず、見た目には何も変わらない普通の少年少女。どれだけ実験を重ねても、シンジの代わりとなるような子供は出来なかった。彼らは使徒と呼ばれることは無く、エヴァンゲリオンと呼ぶモノになれる者。
それからあらゆる実験を重ね、リリスとシンクロさせる『インターフェイス・ヘッドセット』を完成させたのだった。チルドレンが発する子供特有のA10神経を利用し、それを通じてATフィールドを発生させれるようになった。リリスの力が及ぶ範囲、即ち第三新東京市の中だけという限定だが。
本来、エヴァンゲリオンとは、E計画の中枢を担う者を呼ぶ名だったが、その極秘情報を隠すためにチルドレンがリリスの力を借りた状態の事を指すようになっていた。
シンクロ率が100%に達すると、リリスの力を完全に引き出すことが出来るのだが、そんな精神力を持ったチルドレンは現われず、良くてアスカの70%といったところだ。70%だからリリスの力を七割引き出せるのかというと、そうではない。リリスの力の七割の内の70%を使えるということだ。ユイ達はこのことを知らない。
シュウジ、アスカ、レイが叫び、彼女達を覆っていた光が段々と薄れていくと、先程の出で立ちとは全く違う姿形で立っていた。
シュウジは中世のヨーロッパ騎士が着るような鎧に似たモノで体を覆われ、頭部は額に一本の立派な角が生えている兜のようなモノを被っている。鎧も兜も濃い紫色をしていた。
次にアスカは、体はシュウジと同じような鎧に覆われているが、シュウジよりはちょっと細いといった感じだ。頭部は四つの目が付いた兜を装着している。彼女の全身は髪の毛と同じような綺麗な赤に染まっていた。
最後にレイは、彼女も二人と同じような鎧に身を覆っており、彼女が一番スマートに見える。頭部は大きな一つ目の兜に包まれている。カラーは透き通るような青色だった。
三人に共通して言えることは、全く肌の露出が無いことだ。顔面を覆っている兜は口の形をしているが、それは開いておらず、ずっと閉じられたままだ。だが、不思議なことに呼吸はいつもと変わらず快適に出来る。その理由は、鎧や兜が彼女達の発するATフィールドで出来ているからだ。
ATフィールドとは心の壁。即ち拒絶する心。それを具現化したモノである。従って、自分の事を拒絶することのない彼女達は自然に呼吸が出来るし、重さも全く感じ無い完璧な装備である。
シンジを庇うように立っている三人のエヴァンゲリオン。彼らの目線の先には、小馬鹿にしたように笑う少年が一人。
「それで、どう変わったんだい? エヴァンゲリオンの諸君」
サキエルは目の前の光景に臆することなく仁王立ちしている。
「これから見せてやるのよ!」
少年の態度にむかついたアスカが拳にATフィールドをまとわりつかせ、猛然と殴りにかかった。
だが、サキエルはかわすでもなくそのまま突っ立っている。アスカの拳が彼の顔面に到達する直前、紅い波紋が広がり彼女の拳を弾いた。
一瞬、驚いた顔をするも、二撃、三撃と繰り返すが結果は変わらず、紅い壁にガードされるだけだった。
「くっ!」
嘲笑っているサキエルの様子に、苛立ちよりも不安が上回る。そして、今まで彼女の様子を見ているだけの二人に叫んだ。
「何やってんのよ!? レイ! シュウジ! あんた達も行くのよ!」
呆然とアスカの攻撃を見ていた二人は、アスカの叱咤に動き始めた。
「分かってるよ!」
シュウジがそう叫ぶとアスカに続いてサキエルに突っ込んでいった。
「シンちゃん、私達が戦ってる間に逃げて」
レイはシンジに振り返って小さな声でそう言うと、シュウジ達に加わり攻撃していく。だが、シンジはレイの言いつけを守るはずもなく、ただ呆然と彼女達の戦いを見ていた。
彼女達、エヴァンゲリオンの攻撃方法は、体の一部にATフィールドを張って物理的な攻撃をするしかない。そんな三人の攻撃はサキエルのATフィールドにことごとく防がれていく。三人が同時に攻撃したり、バラバラに向かっていっても、結果は同じで彼に傷一つ付けることが出来なかった。ただ立ってATフィールドでガードしているだけの彼は、眠たそうにあくびをしたり、つまらなさそうにしていた。
その光景をただ見ているだけのシンジは、先程のレイの言葉などまるで聞いておらず、地面に座りながら呆然と見ているだけだった。
(……僕が戦えば一瞬でケリは着く…………でも、そうなれば………………)
シュウジ達に嫌われたくない一心で、彼は助けることをせず見ているだけを選択した。
だが突然、そんなシンジに向かってゆっくりと歩いてくるサキエル。エヴァの攻撃などは、ATフィールドの壁によって全く無視している。シンジに近づいていくサキエルに焦ったシュウジは何とか止めようと、二人の間に立ち抵抗しようとした。
「やめろ! 兄さんに近づくな!」
そしてシンジの前で両手を広げる。
「……うるさいヤツだ」
サキエルはシュウジに向かって右手を翳した。すると、手に光が集まりどんどんと収束していったと思えばパイルのような形になり、それはシュウジに向かってもの凄い早さで飛んでいった。
「うわっ!」
光のパイルはシュウジのエヴァの装甲などモノともせず、軽々と貫通し、彼の脇腹に大きな穴を空けていた。シンジの肩のケガもこれによって付けられていたのだ。
シュウジは地に倒れ、エヴァを維持できずに元の普通の服装に戻っていた。彼の腹部は血に染まり、口からも血を吐き出していた。意識を失ったらしく、ピクリとも動かない。
「シュウジ!」
シンジは大声で叫びシュウジに近寄った。
「ひどい……」
弟の様子を見て呆然としている。
「リリン、これがお前の選んだ結果だ」
「……」
シンジはサキエルの冷たい声に反応せずシュウジを見ている。
「弟が大事なら初めからお前が戦っていればこうはならなかった。だが、お前は弟より自分が大切だったんだ。自分が使徒だって知られて嫌われたくない? ハッ! 他人を見殺しにするお前にそんな資格は無い」
サキエルの言葉が胸に突き刺さり何も言い返せない。
「結局お前は…………」
「シュウジ!」
「碇君!」
続けて何か言おうとしてたが、彼らの元に駆けつけたアスカとレイによって中断させられた。
「シュウジ! ちょっとしっかりしなさいよ!」
アスカがシュウジを胸に抱き必至に呼びかける。
「きゃっ!」
そんな彼女に無情にも攻撃を加えるサキエル。シュウジを襲った光のパイルを彼女の肩に撃ったのだ。シュウジと同じように生身の状態に戻り気絶している。それを見ていたレイは、恐怖から集中力を乱しエヴァを解いてしまった。フルフルと震えながら小さな声を出した。
「……どうしてこんな事が出来るの? ……あなたはそれでも人間なの?」
彼女は涙目でサキエルを見ている。
「何を言ってる? お前らだって俺を殺そうと攻撃してきたじゃないか? それで自分達がやられたら今度は敵を責める? フンッ、やってられないな」
そして、レイの腹を殴り気絶させた。
「それと俺が人間かって? 使徒だよ。こいつと同じな」
聞いてるはずの無いレイに向かって言う。最後には呆然と成り行きを見ていたシンジに目線を配りながら。
「分かったか? リリン。俺達はこいつらとは違うんだよ」
シンジを見下ろすサキエル。
「……それでも僕は…………人間だ……」
サキエルを見上げて小さな声で呟く。その瞳にはいつものような力強さなどは無かった。
「いいや、何と言おうとお前は化け物だよ。俺達と同じな」
「…………」
そんなシンジにサキエルは侮蔑するかのように言い放った。
こんな茶番は終わりにしようとでも思ったサキエルは、レイに向かって手を翳し始めた。
「何をする!?」
それを見たシンジは叫ぶも地に座ったままだった。最早、サキエルに向かっていくだけの気力が彼には残っていなかった。
「もう飽きたんだよ。エヴァンゲリオンの力も分かったし」
そして手に光を集めだした。
「やめ……」
「ウォオオオオォォオオォオオ!」
やめろ、と叫ぼうとしたシンジだが、何者かの咆哮によってその声は掻き消された。
サキエルはそれに驚きレイを殺そうとした力を消し、雄叫びを上げた人物を見るべく振り返った。
シンジもその正体を見ようとそちらを向くと、そこには、先程まで地に倒れていたシュウジが、エヴァンゲリオンになって立っていた。閉じられっぱなしだった口を開け、大地が震えるような大声を上げていた。
咆哮が収まると、穴が空いていた横腹は見る見るうちに修復され、ギロリとサキエルを睨みだした。そして、猛然と彼に向かって突っ込んでいった。
「くっ!」
突然のことに虚をつかれ、咄嗟にATフィールドを張り何とかガードするも、エヴァの強い力に吹き飛ばされていった。
「ウォオオオォォオオ!」
再び雄叫びを上げるエヴァンゲリオン。
吹き飛ばされたサキエルが、エヴァに向かって構えている。シュウジ達を傷つけたパイルをエヴァに放とうとしていた。
「死ね!」
先程までのパイルなどとは比べモノにならないくらいの大きさだった。それは人の顔ほどあり、食らえば死は免れないような大きさだ。
目で捉えきれないようなスピードで目標に向かって飛んでいったが、エヴァンゲリオンの前に広がる深紅の壁にあっけなく防がれた。
「バ、バカな……」
絶対に決まったと思っていたサキエルは思わず呟いていた。
「な、ならば、これならどうだ!」
すると彼の紅い瞳が光り、そこから一筋の細い光線が発射された。
それはエヴァに当たり十字に爆発して周りを火の海にしていた。
「くっ……」
シンジはその余波に巻き込まれないように、レイとアスカを自分の後ろに隠し、強力なATフィールドで守っていた。
「ハッハッハッ! エヴァンゲリオンごときが俺に勝てる訳がない! クックックッ」
さっきまでエヴァンゲリオンがいた所は真っ赤な炎に囲まれている。
それを見たシンジもこれは助からないと思い、ショックで項垂れていた。
「ハッーハッハッハッ! ハハ……ハ…………」
バカみたいに高笑いを続けていたサキエルだったが、燃えさかる炎の中を動いてるモノを見て硬直した。
「嘘だろ……」
それは、ゆっくりと炎から出てきて彼の前に立った。
「ウォオオオオォォオオォオオォォオオオォ!」
一際長い雄叫びを上げたエヴァンゲリオンは、目の前にいるサキエルをその鋭い瞳で睨み付けた。
そして、ゆっくりと拳を振り上げ、思い切り彼に叩き付けた。
「くっ、こんなもの……」
彼の持てるATフィールドを全力にし、エヴァの攻撃を防ごうと壁を作った。
「ぐはっ!」
だが、そんなモノ存在しなかったかのように、エヴァの拳は易々と彼のATフィールドを突き破った。その恐ろしいほどの巨大な力の結果、エヴァンゲリオンの拳がサキエルの体を貫通していた。
それを見たエヴァンゲリオンはサキエルが刺さったままの右腕を乱暴に振り回した。すると、すっぽりと腕から外れ、サキエルは遠くに投げ飛ばされた。遠くに転がっている彼の体はピクピクと痙攣しており、誰の目から見ても虫の息は明らかだった。
しかし、エヴァンゲリオンは、彼をまだ痛めつけ足りなかったらしく、空高くジャンプして彼に飛び乗った。その勢いで口から多量の血を吹き出すが、気を失ってるらしく最早声すら出せないサキエル。
馬乗りになったエヴァンゲリオンは、何度も何度も彼を殴っていた。その拳が血に濡れ、サキエルの原型が分からないほど殴り、体に手を入れ彼のはらわたを引き裂いていた。辺り一面には真っ赤な血の海が広がっている。
シンジはその光景を呆然と見ていた。だが、不思議と恐怖はわかず、何故か懐かしい感じがしたのだ。サキエルが蹂躙されていく様をじっと見ていたが、彼の体から紅く光った球体をエヴァンゲリオンが取りだしたのを見て、自分の心臓が掴まれたような感覚に陥った。
エヴァンゲリオンはサキエルの体内から取りだした紅い球体をしげしげと眺めた後、その手を空高く掲げ、勢いよくそれを握りつぶした。
「ウォオオオオォォオオォ!」
自分の敵を殲滅したエヴァンゲリオンは、空に向かって猛然と咆哮した。
「オオオォォオオォ……オオ……お…………お……」
しかし、最後の方には弱々しくなっていきエヴァンゲリオンの体が光り始めた。
シンジはその様子を黙って見ていたが、突然の眩い光に目を瞑った。漸く光が収まってその瞳を開けると、そこには何故か裸のシュウジが血の海に横たわっていた。
「シュウジ!」
シンジは急に元の姿に戻ったシュウジの元へと駆け寄っていった。
生死を確かめるべくシュウジの胸に耳を乗せた。そこからはシュウジが生きてること知らせる心音が、トクトクと鳴っていた。
「よかった……」
ほっと一安心したように息を吐く。
もはや肉片の塊と化しているサキエルを見たあと、シンジは後ろを振り返った。そこには先程までの戦いの傷跡がありありと見て取れ、これが夢で無く紛れようもない現実だということを彼に思い知らせた。
この異常な展開に自分の知らないことがまだ隠されていると思い、燃えさかる炎を見つめながらシンジは先程の事を考える。
(……あの力は何だったんだろう…………圧倒的な暴力、強力なATフィールド…………不思議と怖くはなかった……それよりもエヴァンゲリオンからは懐かしい感じがした…………まさか……)
「……これがリリスの心?」
シンジの呟きに答える者はいない。何故なら、その答えはアダムとリリスにしか分からないモノだから……
To be continued...
(あとがき)
初めての戦闘シーンだったんですけど、難しいですね。僕の文才ではこれが限界です……読みづらかったらごめんなさい。えーっと、今までエヴァとは何かを明らかにしてなかったんですが、今回でちょっと触ってみました。エヴァになったチルドレンの姿形は、アニメのエヴァをそのまま等身大にしたと思ってください。後々、物語が進むに連れてチルドレンの事やE計画の事などが明らかになっていき、それと同時にエヴァの事も明らかになっていきます。それでは、これからもよろしくお願いします。
作者(ピンポン様)へのご意見、ご感想は、または
まで