第七話 守るべき世界
presented by ピンポン様
馬鹿みたいに広い発令所の中、ナオコは一人でキーボードを叩いている。
彼女がマギを開発してからというもの、この施設だけでなく世界各国の先進国はマギによって政治、情報、技術などといったモノが格段に良くなったのである。
マギはゼーレと離反した後に完成したので、ゼーレにはマギの情報を一切渡していない。しかし、ゼーレは各国を裏で操っているので、世界中に散っているマギコピーの何台かを所持していた。オリジナルには到底及ばないまでも、その性能は素晴らしくゼーレのメンバーは皆満足していた。
ナオコはマギコピーを提供した時に、それが必ずゼーレの手に渡ると確信していた。よって彼女は、マギコピー全台にある特殊な仕掛けを施していた。それは、オリジナルからある信号を発すると全てのマギコピーが使用不可になるというものだ。ナオコ達はそれをここ一番の勝負所で使おうとしているのだった。世界には彼女を越える技術者がいない。その為、それを解除することは誰にも出来ないのだ。尤も、ただ名を広めようとしておらず、影で彼女以上の頭脳を持った者が話は別だが。
慌ただしくキーボードを叩いていた彼女の手が『ENTER』に止まると、腰掛けていた椅子の背に力を抜いて寄りかかった。
机の上に置いてあったコーヒーカップに手を伸ばし、少量を口に含んだ。そして発令所は禁煙にも関わらず、それを無視して白衣のポケットから煙草を取りだし火をつけた。彼女が自分の口から出てくる煙が空気中に溶ける様を見ていると、誰かが彼女に声を掛けた。
「ナオコさん。ここは禁煙ですよ?」
いつの間にか発令所に来ていたレナが、悪戯をした子供を窘めるように注意した。
「あら、規則は破るためにあるのよ」
しかし注意されたナオコは気にした風も無くそう宣った。
「なに中学生みたいな事言ってるんですか。ここにマギがあるからって禁煙にしたのはナオコさんでしょ?」
呆れたように言ったレナは空いてる椅子に腰を掛けた。
「他人の煙で私の画面が見づらくなるのが嫌だからそうしただけよ」
などと自分勝手なことを言う。
ナオコの自己中心的なことは今に始まったことではないもので、それを聞いたレナは呆れながら何処か納得していた。ナオコが吸っていた煙草が短くなり、最後の一息をおいしそうに吸い、持参の灰皿で火を消すと、先程のことを思い出しレナにこう言った。
「そういえば、さっきレイがここに来たわよ」
シンジを探しに来たレイの事を思い出したのだ。
「レイが? ここに? 何しに来たの?」
レイがナオコを苦手としてることはレナも知っている。だから、わざわざナオコに会いに来た理由が分からなかった。
「シンジ君がどこにいるか訊きに来たのよ。彼の居場所はマギでも分からないから適当に誤魔化しておいたわ」
「そう……でも、シンジ君はどこにいるのかしら? ジオフロントにいるのは分かってるんだけど……」
レナの脳裏に三日前の司令室の出来事がよぎった。
「けど、彼は本当に凄いわね。監視カメラに一切映ってないわ。マギにも全く痕跡を残してないし」
感心したように言うナオコ。
「どんな環境で育ったんでしょうか……」
レナはシンジがゼーレに居たことを思いだし顔を歪める。
それから何かを話すわけでもなく、二人の間には沈黙が続いた。暫く二人は何かを考えていたが「プシュッ」っという発令所のドアが開いた音が聞こえたのを切っ掛けにその沈黙は終わった。
「「シンジ君!」」
二人が音が聞こえた方を見てみると、この三日間所在が分からなかったシンジがそこに立っていたのだ。
ゆっくりと二人に向かって歩いてくるシンジ。二人の前に立ち止まると、彼は三日前のおかしな様子など何処にも無く、いつもの彼に戻っていた。
「皆さんを避けていたり勝手な行動をしたりして、今まですみませんでした」
そう言って頭を下げるシンジをレナとナオコは呆然と見ていた。
二人が何も言わずシンジが頭をまだ下げてることに気付いてレナが慌てて声を掛けた。
「い、いいのよ、シンジ君。私達には分からないけど何か悩んでいたんでしょう? ほら、もう頭を上げて?」
その彼女の言葉を聞いたシンジはゆっくりと頭を上げた。
「今まで何処にいたの? マギでも全く分からなかったのよ?」
シンジの普通な様子に安心したのかナオコは自然と訊くことが出来た。
「え〜っと、今までは…………」
説明しようとしてたシンジだが、誰かが発令所に入ってきたのを見て中断した。
彼の視線の先にはユイ、ゲンドウ、キョウコの三人がいた。彼女達はシンジを見ると早足で彼の元へとやってきた。
「シンジ……」
シンジの前に立ち呟くユイ。彼女の頭には司令室での彼の変貌ぶりが思い浮かんでいたため、腫れ物を触るかのように脅えていたのだ。
「母さん……この前はごめんね。変なこと言っちゃって……」
彼女の様子に申し訳なさそうに言うシンジ。
「いいのよ……私達が悪いんですもの。シンジが負い目を感じる必要はないわ」
いつものシンジに戻っているようでユイは安心した。
そんな彼女に笑顔を向けるシンジ。ここでまた自分を責めたらユイが悲しむと思ったからそれ以上は言わなかった。
シンジの笑顔を見たユイも嬉しそうに笑顔になる。それを見ていたゲンドウが気になっていたことをシンジに訊いてきた。
「シンジ……この三日間どこにいたのだ?」
彼は表面上いつもの強面だったが、内心では一番シンジの事を心配していたのだった。
「ちょうど今その事を話していたところですわ。司令」
ナオコがそう言った。
「そうだったね。この三日間は別に何処っていうこともないよ。ただふらふらしていただけなんだ」
「ふらふらしてただけって……マギには一切あなたの情報が入ってこなかったのよ!?」
恥ずかしそうに言うシンジに、驚いて訊き返すナオコ。彼女はシンジが監視カメラを避けて何処かに隠れているものだと思っていたからだ。
「そう言われても……」
困ったように頬をかくシンジ。彼は別に特別なことをしていたわけではないと思っているのだ。
「監視カメラにも映っていなかったのよ?」
再度訊いてくるナオコ。
「それは昔からの癖かな?」
「癖? どういうこと?」
「僕がゼーレにいた頃にそういう訓練をさせられてたんだよ。まあ、あの組織は異常だからね」
そう言ってシンジは「あはは」と笑った。
それを聞いた大人達は何も言うことが出来なかった。辛かったはずなのに今こうして笑っているのが涙ぐましかったからだ。
「……でも、どうやって立ち直ったの? あれだけ悩んでいたのに」
これ以上シンジに昔の話をさせたくないユイは話を変えた。
「それは、綾波のおかげかな?」
ポツリと呟くシンジ。
「レイのおかげ?」
レナが訊き返す。そういえばさっきナオコさんとの話に出てきてたわね、などと考えながら。
「ええ。綾波に話を聞いてもらったらずいぶん気が楽になって」
嬉しそうに話すシンジ。
そんな彼を見てユイの目が怪しく光る。
「シンジ。そんなに嬉しそうにしちゃってレイちゃんと何を話したの? もしかして愛の告白をされたとか?」
楽しそうにシンジに詰め寄る。
「な、何言ってるのさ!? そ、そんなんじゃないよ!」
急にそんな事を言われたシンジは顔を真っ赤にして怒鳴った。レイに抱きついたことを思い出したりなんかして。
「怪しいわね〜、そんなに狼狽えることないじゃない。レイちゃんと何かあったんでしょう?」
「な、無いよ!」
シンジはユイに質問に真っ赤になって否定した。だがそんな顔では説得力が全く以て無い。
「レナ〜、家のシンジはレイちゃんの事がお気に入りらしいわよ?」
「あら、レイもシンジ君の事が好きみたいだし両想いじゃない?」
シンジを無視して楽しそうにそんな会話をするユイとレナ。
「ちょ、ちょっと!? 母さん! レナさん!」
焦って二人の会話に入るが、そんなシンジを無視してさらに話を進める。
「やっぱり結婚式は和式がいいわね〜」
「レイちゃんだったら純白のドレスの方が似合うんじゃない?」
「あら、そう? まあ、そこら辺は二人に任せるとして、それより早く孫の顔が見たいわね」
「そうね、二人の子供ならきっと可愛いだろうしね〜」
「でも、この歳でおばあちゃんになるのは複雑ね」
等と二人はシンジのことなどお構いなしにそんなところまで話を進めていた。これを聞いていたゲンドウが未来の孫に「おじいちゃま」と呼ばれるのを想像して、一人不気味な笑みを浮かべていた事は誰も知らない。
「だから僕と綾波はそういうのじゃないんだってば!」
この二人に何を言っても無駄だということを学習しないシンジは未だ怒鳴っていた。
そんな彼女達を見てキョウコとナオコは楽しそうに笑っていた。発令所にはシンジの情けない叫び声と、大人達の笑い声が暫く響き渡っていた。
ユイとレナのからかいが漸く終わり、先程まで怒鳴っていたシンジは荒い呼吸をしながら、真っ赤にさせていた顔のまま気になっていたことを訊いてきた。
「そういえば、シュウジとアスカの様子はどうなの?」
そう訊かれたユイは顔を歪めた。発令所に来るまでその事を考えていたのだが、久し振りに会ったシンジが悩みを解消していたようで、彼との会話に夢中になっていたため、シュウジの事を忘れていたのだった。
「……アスカちゃんの肩はそこまで酷くないの。あと二、三日おとなしくしてればすぐ治るわ……」
彼女の態度にあまり良くないものだと思っていたシンジは、安心したようにホッと息を吐いた。
「でも……」
言いよどむユイに怪訝な顔をするシンジ。
「でも? どうしたの?」
アスカが無事だというのに優れない顔つきのユイに再度訊き返す。
「……シュウジが自分を責めて落ち込んでるの……使徒とは言え、人を殺した罪悪感によって……」
そう言って俯くユイ。
それを聞いたシンジが少し考えるとユイに明るい笑顔を見せてこう言った。
「僕に任せて。僕がシュウジと話してみるから」
その言葉を聞いたユイが俯かせていた顔をゆっくりと上げシンジを見た。その彼女の視線の先では、何も心配いらない、とでもいったような笑顔のシンジの顔があった。
「シンジ……」
「大丈夫だよ。じゃあ、シュウジの所に行ってくるね」
最後にもう一度ユイに笑いかけると、しっかりとした足取りで発令所から出ていった。
そんなシンジの後ろ姿を見ながらユイはシンジの事を信じて、いつものようにちょっととぼけたシュウジに戻るのをただ祈っていた。
壁や扉、天井などといった背景全てが白に統一された廊下を、シンジは何かを考えながら黙々と歩いていた。
(そうだよね。今まで普通の生活を送ってきたんだから自分の意志じゃないとはいえ、人を殺したら悩むよね)
やがて一つの扉の前に辿り着き、上方に設置されてるネームプレート『碇 シュウジ』を見ると、彼は軽くノックをしてドアノブに手を掛けた。
ドアには鍵など掛かっておらず、いきなりの来訪者をすんなりと中に通した。
「久し振り。調子はどう? シュウジ」
シンジが中に入るとベッドに横になっているシュウジと、すぐ近くで椅子に腰掛けてるアスカとレイの姿があった。
「兄さん……」
小さな声で返事を返すも、その瞳は何処を見ているか分からないように虚ろだった。
「あんた今まで何処にいたのよ?」
ユイ達と全く同じ事を訊いてくるアスカ。
「ん、まあ、ちょっとね……」
だがシンジは言葉を濁すだけだった。
「あれ? シンちゃん、ユイおばさまと何か話があるって言ってなかったっけ?」
レイはあの後、一緒にシュウジの所に行こうと誘ったのだが、そう言われて別々に分かれたのだった。
「話はもう終わったんだ。それで、シュウジの様子が気になってね」
そう言ってシュウジを見るシンジだったが、その視線をシュウジが逸らして俯いた。
「レイ、あんたシンジと会ったこと何で秘密にしてたのよ?」
「えっ、別に隠してたわけじゃ……」
レイとシンジのやり取りを黙ってみていたアスカだったが、二人の会話を聞いてにやにやとしながらレイに詰め寄った。
「でもあたしに言わなかったじゃない。二人っきりで何してたのよ?」
「ただ話をしてただけよ」
アスカの不気味な笑みにたじろぐレイ。
「そういえば、さっき戻ってきた時嬉しそうに笑ってたわね〜。なるほど、シンジとこそこそ会って楽しんでたってわけ」
レイがシンジを探しに行くなどといった会話をユイとしてたことを聞いていなかったアスカは、レイが急に居なくなったと思ったら暫くしてからニヤニヤとしながら戻ってきたのを見て、危ないやつね、などと思っていたため彼女に何も訊かなかったのだ。
「ち、違うわよ! そんなアスカが思ってるような事は無かったもん!」
アスカが何を言いたいのか、やっとピンときたレイは顔を赤くして怒鳴り返した。
「ふ〜ん……じゃあ、何でアンタの顔が赤いのよ?」
絶対に二人の間で何かあったと確信してるアスカは口撃の手を休めない。
「そ、それは……」
「二人とも、ちょっといい?」
「「え?」」
レイが何か言い返そうとしていたが、シンジによってそれは遮られた。
「シュウジと二人で話したいんだけど、いいかな?」
彼はレイとアスカの会話など全く聞いておらず、ただシュウジのことを見ていたのだった。そこで、シュウジに話し掛けようと思ったら二人が言い争いしてるのが聞こえてきたのだ。
「あたし達がいたら邪魔だっていうの?」
折角もうちょっとでレイを自白させれたのに、と思いながらシンジのいつになく真剣な表情にシュウジの事を思いだしたのだった。
「邪魔ってわけじゃないけど、ちょっと話しにくいから……二人には悪いんだけど……」
ちょっと言いにくそうに言う。
「ま、いいわ。アンタに何か考えでもあるんでしょ?」
短い期間の付き合いだが、シンジが人一倍他人を思いやって行動してることを分かっていたのだ。その彼が二人で話したいと言うなら、それを拒む気は彼女に無かった。
「悪いね」
「別にいいわよ。……ほら! レイ! 行くわよ!」
「ちょ、ちょっと! アスカ!」
そして立ち上がったアスカは無理矢理レイを引っ張って病室の外へと出ていった。
病室の外からは彼女達の元気な声が聞こえてきた。それを聞きながらシンジは苦笑し、それからゆっくりとシュウジを見た。
ぼんやりとシンジを見ていたシュウジだったが、シンジがこちらを向くと慌てて視線を逸らした。彼の近くで椅子が動く音が聞こえ、そちらをちらっと見るとシンジがそれに腰掛けていた。不意に視線があい、人に臆病になっている彼がまた視線を逸らそうとしたが出来なかった。
何故なら、彼の視線の先ではあらん限りの優しさを瞳にのせて彼を見つめていたシンジの姿があったからだ。そのシンジを見ていると、彼の心にある罪の意識を許してくれるんじゃないか、といった気持ちになって目を逸らしたくなかったのだ。
彼は黙ってシンジを見つめ返していた。だが、不意にシンジが言葉を発すると、彼の罪悪感がまたむくむくと姿を現わしたのだった。
「人を殺してしまった自分が許せないの?」
「…………」
彼はシンジの言葉に何も言えず俯く。
「相手は使徒だったんだよ? いつかはこうなることも覚悟してチルドレンになったんじゃないの?」
「…………」
シンジの無情な発言に自分の体をぎゅっと抱きしめる。
「それともシュウジの覚悟なんてそんなものだったの? シュウジがやらなきゃアスカも綾波も殺されていたんだよ?」
「…………い」
「そんな半端な覚悟ならもうチルドレンなんてやめて普通に暮らしてればいいじゃないか」
「…………さい」
「その方が皆に迷惑も掛けずに安全に生きていけるんだよ」
「うるさいんだよ!!」
シンジの言葉を聞きながらフルフルと小刻みに震えていた彼はガバッと立ち上がり、目から涙を流しながら大きな声で怒鳴り声を上げた。
「兄さんに何が分かるっていうんだよ! エヴァにもなれないで僕たちに戦わせてる兄さんに何が分かるんだよ!」
顔を真っ赤にしてシンジに叫ぶ。
「確かに僕はエヴァになれないし使徒とも戦えない。けど、アスカと綾波の気持ちは十分わかるよ。まあ、臆病者のシュウジの気持ちは分かんないけどね」
だがシンジはそんな彼をさらに責め続ける。
「何だよ! 僕の何処が臆病者なんだよ!?」
彼はシンジの胸ぐらを掴み、今にも殴りそうな雰囲気だった。
「そうじゃないか。女の子二人に戦わせて自分は訳の分からない言い訳をして自分の殻に閉じこもってる。これの何処が臆病者じゃないっていうのさ」
掴みかかられたシンジは臆することもなく、冷たくそう言った。
「訳の分からない言い訳なんかじゃない! 人を殺したことのない兄さんに分かるわけないじゃないか!?」
そしてカッとなった彼がシンジを殴ろうと右手を振り上げた。
「僕も人を殺したことがあるんだ」
「……え?」
だがそれは、シンジの意外な言葉に振り下ろすことが出来なかった。
「色々酷いこと言ってごめんね。でも、僕が立ち直れたんだからシュウジもきっと立ち直れると思ったからなんだよ」
「……」
彼の怒りはすっかり収まりシンジから手を離し、呆然とシンジを見ていた。
「ほら、一回落ち着いて座って」
裸足のまま床に立っていたのも気付かないほど彼は取り乱していたのだった。シンジに言われてベッドに腰掛け、先程のシンジが言ったことを頭の中で考えてみた。
これまで普通の生活をしていたシンジが何故人を殺したことがあるのか不思議だった。もしかして、自分を言いくるめるためについた嘘なのではないだろうか、などと考えていたが、結局はシンジに訊かなければ分からない問題だった。
「……さっきのはどういうこと?」
恐る恐るシンジの顔を見てみるとそこには、優しいシンジの笑顔があった。
「そのままの意味だよ」
笑顔を崩さず彼にそう言った。
「……でも、兄さんはここに来るまで隠れて暮らしてたって言ってたじゃないか……」
どうしても信じられない彼は疑心暗鬼に訊いた。
「あれは嘘なんだ」
「嘘!?」
今までシンジの話を全て信じていた彼はいきなり「嘘」などと言うシンジにビックリして大声を出した。
「そう、今まで騙しててごめんね? でも近い内に話すつもりだったんだ」
バツが悪そうな顔で頭をかくシンジ。
「じゃ、じゃあ本当はどうしてたの?」
彼の頭には先程のシンジが言ったことなどすっかり抜け落ちて、今はただシンジが隠していることに興味がいった。勿論、今まで自分を騙していたシンジに怒りのようなものが湧いたが、それよりもシンジの話を聞きたかった。
「僕のこの変化した容姿でゼーレに怪しまれないように隠れてたって話したよね?」
「うん」
「実際はそうじゃなくて、実はずっとゼーレに監禁されてたんだ」
「えっ!?」
彼が驚いてシンジの顔を見ると初めて会った時の様な真剣な表情で彼を見ていた。彼は信じられないといったようにポカンとしていたが、そんな彼の心情を察してかシンジが口を開いた。
「母さん達が僕を隠す前にゼーレにバレたんだ。その当時ネルフと……いや、ゲヒルンだね。ゲヒルンとゼーレの関係は最悪でお互いスパイで溢れかえっていたんだよ。それで、僕の事がゼーレの耳に入って拉致されたってわけ。その時はマギなんて便利なモノは無かったから、人一人攫うのなんて簡単だったんだ」
小さく息を吸って話を続ける。
「そして僕はゼーレの手に渡ってシュウジに会うまで監禁されていたんだ。そこでの生活は……まあ、決していいものじゃなかったよ……」
そこで一旦話を区切ったシンジを見てみると沈痛な顔持ちだった。
「兄さん……」
心配そうな彼の声にハッと顔を上げ続きを話す。
「ごめん、僕は大丈夫だから。……え〜っと、話を戻すとゼーレの奴らは皆異常でね、僕以外にも同じような歳の子供を沢山攫っていたんだ。その子供達を使ってA計画を進めていたんだ」
「…………」
シンジの話すあまりな内容に絶句する。
「僕はA計画の失敗作だったんだ。僕以外にもたくさんの子供達が使徒になれずに死んでいった。でも、僕の様に失敗作でも生き残った子供が僅かだけどいたんだよ。そこで、そんな僕たちに興味を持った奴らが僕らに殺しあいをさせて、生き残った一人だけ生かしてやるって言ったんだ」
そこまで言ったシンジは昔のことを思い出したのか辛そうな表情だった。
「そんな……」
自分の世界とは全く違うシンジの世界にそう呟くしかできなかった。
「それで何人もの子供達を殺して僕だけが生き残ったんだ。そして、そんな事があったりして僕の心は壊れてしまったんだ。その後は奴らの都合のいい人形になってたんだよ」
そこまで黙って聞いていた彼はシンジの辛そうな顔に全て事実なんだと悟った。しかし、どうしても気になることがあるので、意を決して口を開いた。
「……兄さん、一つ聞きたいことがあるんだけど……」
「何?」
「その……兄さんの心が壊れて、ゼーレの人形になったって言ったよね?」
「うん」
「じゃあ、どうやって自分の心を取り戻したの? 今の兄さんを見てるとそんな過去は無かったんじゃないかって思えてくるんだ……」
シンジの話を信じるならば、彼の前にいる優しいシンジの性格が信じられなかったのだ。
「それはね……友達が出来たからなんだ。そう、僕にとって本当に大切な親友が……」
そう言ったシンジは嬉しそうに笑った。昔のことでも思い出しているのだろうか。
「友達?」
シンジの言葉に怪訝な顔をする。さっきまでの話を信じるとそのような環境で友達が出来るなど信じられなかったのだ。
「うん。彼に会わなかったら今の僕はいないよ。彼も攫われてきた子供の一人なんだけど、彼はA計画の成功者なんだ。だから、僕と彼は殺しあったりなんかはしなかった」
本当に嬉しそうに言うシンジを見てすっかり信じこんだ彼だったが、シンジの話に気になるところが出てきた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん?」
「今、その兄さんの友達がA計画の成功者って……」
「うん。彼は使徒なんだ」
「っ!?」
彼の想像通りの言葉をシンジが難なく言ってきたことにビックリして声が出なかった。
「それでも彼は僕に心を取り戻させてくれた。彼が使徒だろうと関係ない」
そう言いきるシンジの瞳には強い意志があった。
「そうなんだ……でも……」
シンジの友達が使徒ということは、いつかは戦わないといけないのか、と想像してしまったのだ。
「? ああ、安心して。シュウジが考えてるような事はないよ」
彼が何を言い淀んでいるのか不思議だったが、シンジは瞬時に理解して彼を安心させるように笑顔を見せた。
「え?」
「彼はゼーレとは完全に縁を切ってるからね。シュウジ達の味方になってくれるよ」
不思議そうに訊き返してくるシュウジにそう言う。
「そ、そうなんだ……」
今まで使徒が人類の敵とユイ達に言われていた彼は咄嗟に理解できなかった。
「まあ、彼とは生き別れになったから何処にいるか分かんないんだけどね……」
難しい顔をするシンジ。そして、何やら考え込んでいる彼に言葉をかけた。
「シュウジ、彼はね僕にこう言ったんだよ『君は何の為に生きているんだい? 君は死を選ぶことも出来た。でも君は生を望んだからこうして生きている。あんな老人達に操られるために生きることを望んだわけじゃないだろう? もっと自分の為に生きてみたらどうだい?』ってね」
シンジは昔に言われた親友の言葉を一語一句完璧に覚えていた。それだけシンジの中ではその親友の存在が大きいのだろう。
それを聞いていた彼はよく分からず小首を傾げているだけだった。
「僕がシュウジに言いたいのは、自分の大切なモノを守るためには何かを覚悟しなければいけないってことだよ」
そう言ってシンジは優しい微笑みを彼に向けた。
「……それが、たとえ使徒とはいえ、人を殺すことでも?」
だがまだ納得できない彼はそう訊き返す。
「そうだね、そうしなければシュウジが死ぬ。もっと最悪なのは、シュウジが躊躇ったために、アスカと綾波が犠牲になることだよ。シュウジが最初から覚悟していれば助かったかも、っていう事にでもなったら絶対に後悔する」
真剣な表情で彼を見る。
「…………」
それを聞いた彼は俯いて何か考えている。シンジもそれ以上何か言うわけでもなく、彼が答えを出すまでじっと待っていた。
どのくらいその静寂が続いたか分からないが、ゆっくりと顔を上げた彼の動きでそれは終わった。シンジを見返す彼の瞳には今までの弱々しい光りは無く、しっかりとした意思があった。
「……そうだね。僕がどのくらい出来るか分からないけど、アスカや綾波、それに母さん、父さん、僕たちをサポートしてくれてるネルフの皆を守るためにも、僕は立ち止まるわけにはいかない」
「シュウジ……」
しっかりとした答えを見つけた彼に思わず微笑むシンジ。
「ありがとう、兄さん。兄さんがいなかったら…………」
「そんな事無いよ。僕がいなくてもシュウジは立ち直ったよ。僕は単なる切っ掛けに過ぎないからね」
彼に最後まで言わさないようにシンジは彼の言葉を遮ってそう言った。
「それでも、こう言いたいんだ。ありがとう」
そう言って彼はシンジに綺麗な笑みを見せた。
シンジも彼に笑い返した。さっきまでドンヨリとした雰囲気だったこの病室は二人の笑い声で楽しげな空間へと変わった。
「それじゃあ、皆の所に行こうか? 母さんなんて凄い心配してたからね…………あと、さっき話したことは綾波とアスカにまだ黙っておいて欲しいんだ……」
そう言うと彼に不安げな表情を見せた。
「分かったよ。……でも、いつかは話すんでしょ?」
「うん。近い内に必ず……」
「なら、僕は何も言わないよ…………それじゃ、母さん達の所へ行こう? 皆に心配かけたから謝らないとね」
そう言って彼は立ち上がり、シンジに優しく笑いかけた。
それを見たシンジも彼に笑顔を返し、楽しそうに病室から出ていった。彼の心にはもうすっかり罪の意識は消えていた。これからも使徒を殺すこともあるかもしれないが、自分の世界を守るために覚悟を決めたのだった。
シンジとシュウジが発令所に足を踏み入れるといつものメンバーがいた。
ユイがシュウジを見ると、ここ三日間落ち込んでいた彼の暗さが無くなっており、シンジが上手く立ち直させたのだろうと思い、自然と笑顔になった。
二人が皆の前まで歩いてきた。シュウジが一歩前に出て恥ずかしそうに頭を掻いた。
「あの……ええ〜っと…………」
だが、謝るつもりだったシュウジは皆を前にして中々言葉が出てこなかった。
「いいのよ、シュウジ」
「母さん……」
そこで見かねたユイが首を振った。
「もう大丈夫なんでしょ?」
優しい笑顔でそう言ってきた。
「うん……ごめんなさい……」
申し訳なさそうに謝るシュウジ。
「謝らないで。悪いのは私たちなんだから」
そう言ってシュウジの頭を撫でた。
「母さん……ありがとう」
ユイの気持ちが伝わり彼は漸く彼女に微笑むことが出来た。その笑みを受けて彼女もいっそう笑顔になった。
シュウジの様子をじっと見ていたアスカも彼の調子が戻って嬉しくなり、自然と笑顔になった。だが、それを悟られないようにグッと笑顔を消し、彼をいつもの調子で怒鳴り始めた。
「全く! こんなにあっさりと立ち直るならさっきまでのは何だったのよ! あたしを心配させた罰としてこれから一週間、毎日プリンをおごること! いいわね!?」
彼女は腕を組みながらそう怒鳴った。
「そ、そんな事言ってもしょうがなかったじゃないか……」
怒鳴られたシュウジはいつもの情けない顔にあっさりと戻った。
「うるさい! これは決定事項よ!」
フンッと鼻を鳴らしそっぽを向くアスカ。
そう言われてオロオロしているシュウジだったが、彼ら二人のやり取りを見ていた他の皆は声を上げて笑い出した。それを見たシュウジも、まあいっか、と思い笑っていた。
発令所が賑やかな笑い声に包まれ、そろそろ落ち着いた頃、レイがさっきの仕返しとばかりにアスカに詰め寄った。
「アスカも口では何でも無い風に言ってたのにやっぱり碇君の事が心配だったのね?」
彼女はシンジに追い出されてから、アスカに色々とシンジとの事を聞かれて散々からかわれていたのだ。
「な、何言ってんのよ!? あ、あたしがシュウジの事なんか心配するはず無いでしょ!」
そんなことを言われたアスカは顔を赤くしながら叫んだ。
「え〜、でもさっき碇君に心配させた罰って言ったじゃな〜い」
ここ最近の逆襲といった感じでアスカに攻める。
「ぐ! そ、それは……え〜っと…………! そ、そうよ! あたしが怪我してんのにシュウジだけ治ってて不公平だからよ!」
レイに詰め寄られて仰け反っていた彼女だったが、起死回生の一手が浮かんだとでもいった感じでレイを押し返す。
「そんな意味には聞こえなかったけどな〜?」
だがレイはここぞとばかりに強気でいる。
「う……」
怯む様子のないレイにまた不利になったアスカ。
「早く言っちゃった方が楽になるわよ? 碇君の事が好きだから心配だったって」
楽しくてしょうがないといった感じで満面の笑みのレイ。
「な! 何であたしがシュウジの事を、その、す、好きなのよ!?」
本人に言うわけでもないのにドモりながら叫ぶアスカ。
最初二人は小さい声で話していたのだが、段々興奮して二人とも大声になってきたため、二人に注目してなかった他の皆が彼女達の話を興味津々に聞いていた。それに気付いたレイが流石にこの状況でアスカに尋問しては可哀想と思い、追及の手を止めた。
「……?」
アスカはレイの声が聞こえなくなって変だと思い周りをよく見てみると、皆が自分達の方を向いてるのに気付いて大声を上げた。
「な、何見てんのよ!?」
真っ赤になって叫ぶ彼女を見て、皆はそれぞれあさっての方向を見だした。
だが彼女がシュウジを見ると未だに自分を見ていたので、彼に近寄り怒鳴り始めた。
「あんた何見てんのよ!?」
そう言われたシュウジはいつもより迫力のあるアスカにビビっていた。
「べ、別に、ただ見てただけだよ……」
「あたし達の話を聞いてたんじゃないでしょうね?」
おどおどしてるシュウジに、さっきのレイとの会話を聞かれたか気になったアスカが鋭い眼光を彼に向けた。
「へ? な、何も聞いてないけど……」
「本当でしょうね?」
疑い深いアスカはシュウジを睨むことを止めない。本気で怖がっているシュウジは言葉に出せずただ「コクコク」と頷くだけだった。それを見ても安心できないアスカは彼を疑って暫く睨んでいたが、何も言ってこないシュウジを取り敢えず解放したのだった。
ホッと一安心といった感じで胸を撫で下ろすシュウジ。その時、今まで子供達を笑いながら見ていたユイが彼らに声を掛けた。
「そろそろ帰るわよ。あなた達も暫く日の光を浴びてないでしょ? 今日は奮発して美味しいもの作るから期待しててね」
「「「「は〜い」」」」
今までの騒動は何だったのか、といった感じで子供たち四人はユイの言葉に元気良く返事した。
そうして、彼らは三日ぶりに我が家へと帰っていった。そこではほんの一時的なものかもしれないが、穏やかな時間が流れて、皆楽しい時間を久し振りに体感したのだった。
翌日、子供達はいつも通りに学校へと向かった。
シュウジが教室に入ると、見知った顔ぶれで溢れており、この前のは夢だったんじゃないか、といった錯覚に陥った。しかし、あの出来事は決して夢なんかじゃなく現実だった事を彼は認めている。
しばし彼はそのギャップに戸惑って教室の入り口でボーッと突っ立っていた。そこに彼の親友であるトウジとケンスケが近寄ってきた。
「おはよう、シュウジ。そんな所に突っ立って何してるんだ?」
「おはようさん。なんや久し振りやな〜」
二人はそう言って笑いながらシュウジに声を掛けた。一緒に教室に入ってきたレイとアスカはとっくに自分の席についてヒカリと話していた。隣にいた筈のシンジもいつの間にか自分の席に座っていた。
「あ、お、おはよう、二人とも」
ドモりながらも笑顔で挨拶するシュウジ。
「? 何か様子がおかしいけど、風邪でも引いたか?」
ケンスケが心配そうにシュウジに訊いてきた。
「北海道に旅行に行ってたんやろ? 時差ボケにでもなったんかいな?」
「どうしてここと北海道で時差ボケになるんだよ……」
「なんやそのバカにしくさった態度は!」
「バカにしてるんだよ……」
「なんやて! 何でわしが…………」
などと二人が言い争ってるのを見ながらシュウジは一人考えていた。
この三日間、シュウジ達は家族ぐるみで北海道に旅行に行ったことになっていたのだ。四人が一緒に休んだ理由として風邪ではおかしいからって事でユイが独断で決めたらしい。その事を昨晩に聞いたシュウジは「旅行の事を聞かれて僕が上手く話せると思ってるの!?」とユイに詰め寄ったが「何とかなるわよ」の一声で終わらされたのだった。
彼がアスカとレイの方を見てみると、ヒカリと楽しそうに話してる姿が目に入った。あの二人にはそんな嘘を付くことなど簡単なのだろう。次に女の子に囲まれているシンジを見ても、笑いながら穏やかに話していた。
彼は目の前で言い合っている二人を見ながら、心の中で母に溜息を吐いた。しかし、こんな何ともない普通の日常が自分の世界だと再認識することができたのだった。この世界を守るためならどんなことでもやってやる、と彼は心に誓った。
それを誓った後には、今までの情けない彼ではなく、一人の男としての姿があった。
To be continued...
(あとがき)
この小説を書き始めた時、週一のペースで投稿していこうと決めていたんですが、間が空いてしまいました。構想は最終話まで決まっているんですが、なんか気が乗らなかったり、掲載するわけでもない小説を書いてたりして遅れました。話を作品に戻すと、前回はシンジの苦悩を、今回はシュウジの苦悩を書きましたが、どうも上手く表現できませんでしたね。今話の中でシンジがシュウジに言っていた過去は、嘘と事実を織り交ぜて話していました。前話でレイのおかげで勇気づけられたんですが、やっぱり自分は使徒ということを打ち明けられず、ああいう風に話したってわけです。まあ、友達(カヲル)が使徒って事はあっさり打ち明けたんですが……。あまり物語が進んでいませんが、次回で大きく動かすつもりですので、どうぞよろしくお願いします。
作者(ピンポン様)へのご意見、ご感想は、または
まで