使徒が嫌い、でもエヴァは好き

第八話 別れと出会い

presented by ピンポン様


 窓一つ無く、薄暗い部屋の中に二人の男の姿がある。机以外の家具は一切置いておらず、電子機器の類も姿を見せない。シンプルと言えば聞こえはいいが、機能性を全く無視したこの部屋は完全に時代遅れである。そんなヘンテコなこの部屋で、一際立派な机の向かいで偉そうに座っている男が口を開いた。

「……第三に行け」

 重苦しい声で、この部屋に居るもう一人の男に命令口調で言った。

「分かりました」

 声を掛けられた男は、未だ声変わりが完全に終わっていない少年のような高い声で返事を返した。実際にこの男は大人では無く、青年と言ってもおかしくない風貌の少年だからだ。

 ここにいる二人以外の第三者が彼らの会話を聞いていたら、何の事か分からず首をひねるだろうが、彼らにはこれで十分のようで、少年はゆっくりと回れ右をして、しっかりとした足取りで部屋から出て行った。

「本当にいいんですね?」

「勿論だ」

 扉が閉まる前に振り返り、少年の主らしき男に最後の確認を取るも、やはり答えは変わらなかった。

 少年が部屋から出て行き、一人きりになった男は、机の引き出しを開け、何やら手を動かし始めた。すると、全くの無音だったこの部屋に『ピッピピピ』といった電子音がどこからか聞こえてきた。そして、男が引き出しを閉めると、机の上に半透明なモニターが突如現れたのだ。

 それと同時に机の上に出てきたキーボードを叩くと、四人の少年、少女の顔写真がモニターに映し出された。暫く、男はそれを無表情に眺めていたが、何か思い出したように内ポケットから携帯電話を取り出し、どこかへと電話をかけ始めた。電話の相手はすぐに出たらしく、男の声が静かな部屋の中に響き渡った。

「……只今から、作戦を開始します……」










 あの偽りの北海道旅行(サキエル、襲来)から、早くも一週間が経っていた。

 使徒の脅威を実感したチルドレン達は、すぐさま訓練をしたい、とユイ達に言い寄ったのだが、アスカの肩が完治しておらず、それが治ったらと言うことで、彼女の怪我が治る今日まで何も訓練していなかったのだ。そして、三人が待ち望んだ日が来て、学校の授業が終わった、今、まさに駆け出して教室から出て行くところだった。

「何のろのろしてんのよ!? さっさと行くわよ!」

 机の中に入ってる教科書なんかを慌てて荷物に詰め込んでるシュウジに、さっさと支度を終えたアスカが怒鳴っていた。

「ちょ、ちょっと待ってよ……もう終わるから……」

 既にギュウギュウ詰めの鞄に何とか教科書を押し込もうと、シュウジは必死に荷物と格闘していた。そんな彼をイライラしながら見ているアスカ。

「今日からまたバイトなの? そういえば、一週間ずっと行ってなかったわね」

 いつもの夫婦喧嘩をしてる二人から離れた所で、残りのメンバーが固まっていたが、シュウジとアスカの様子を見て、レイに訊くヒカリ。

「うん。アスカの肩が良くなるまで、三人ともお休みをもらってたんだけど、もう治ったからまた今日から暫くはバイトの毎日かな?」

 二人の様子を見ながらレイが答えた。

「大変だろうけど、無理しないでね?」

「大丈夫よ。無理やりやらされてるんじゃなくて、私達がやりたいからやってるんだもん」

 ヒカリの心配気な顔を見て、笑顔で答えるレイ。

「レイ! 早く行くわよ!」

 さっきまで支度に手間取っていたシュウジを引き連れて、教室のドアへと向かいながら大声を出すアスカ。

「はーい! ……じゃあね、ヒカリ」

「うん。また明日ね」

 レイは鞄を掴み、アスカの元へと小走りで走っていった。

 三人が教室から出て行くのを、ヒカリは心配そうに見ていた。彼女達にバイトしてると始めて聞かされた時は、何も気にしてなかったが、時たま怪我をしてるのが気になっていた。何か危険なことをしているのか、と訊いたところ、何も教えてくれなかったのだ。それ以来、そのバイトを辞めさせることも出来ず、こうして心配そうに見てることしか出来ないのだった。

 そんな事を考えていたら、トウジの声が聞こえてきたので、そちらを見てみると、この前まで一緒にネルフへと行っていたシンジの姿があった。

「シンジは一緒に行かへんのか?」

「うん……僕は行ってもすることが無いから……」

 どこか沈んだ顔で答えるシンジ。

「じゃあ、ゲーセンでも行こうぜ?」

「そやそや! 最近のシンジは元気が足らへん! パーッと遊ぼうやないか!」

 ここ最近、シンジはボーっとしたり、誰かが声を掛けても空返事で返したりと、とにかく元気が無かったのだ。勿論、皆そのことを問いただしたりするものの、シンジは何も言ってくれなかったのだ。

「……うん」

 小さな声で返す。彼はシュウジ達に戦わせて、自分が何もしないことに後ろめたい気持ちがあった。そのため、次に使徒が来る時までに、どうするかをはっきり決めようとしていたのだが、未だ決まっておらず、元気が無かったのだ。

「よし! じゃあ、行くぞ!」

「おう! ……お!? 委員長もどうや?」

 ケンスケが立ち上がり、続いてトウジも立ち上がったが、こちらを見ているヒカリに気づいて、誘ってみた。

「私はいいわ。それより、シンジ君の事……」

「大丈夫や。わしらに任しとき!」

「うん」

 ヒカリもシンジの事が気になっていた。でも、トウジの何故だか分からないが、自信満々の返事を聞いて安心したように微笑んだ。

「ほな!」

「じゃあな、委員長」

「……またね」

 トウジ、ケンスケ、シンジがそれぞれヒカリに声を掛けて、教室から出て行った。

「またね……」

 ヒカリはシンジの後姿を見つめながら、小さな声で返した。彼女はこのクラスの委員長をやってるだけあって、面倒見がとてもいい。それは、生まれついてのモノかもしれないが。シンジが転校してきた時は、愛想が良く、皆とすぐに打ち解けたので、あまり心配はしていなかったが、時々、憂いの顔をしていたので気になっていた。そして今、彼は酷く元気が無い。彼女には、落ち込んでるようにも見えて、ここ最近心配だったのだ。しかし、自分ではどうすることも出来ないが、トウジ達ならっと、少し気が楽になった。

(頼むわね……鈴原……)

 窓から見える男子生徒、三人の中で一人だけジャージを着てる少年に視線を注ぎながら、そう心の中で呟いた。










 ネルフの近くにある、広い平原に一人の少年がいる。ここは、ジオフロントの真上に位置しており、何も人工物が無い野原だ。

 少年はここに昼頃から何をするでもなく、ただ突っ立っていた。一時間に一本走るバスを見ながら、お目当ての人物が乗っていないかだけを確認していた。

 そして、ちょっと日が傾きかけた頃、漸くお目当ての人物を発見した。それらを見た彼は、命令されたことを実行するべく、集中しだした。

 すると、少年の体が紅く光り、少年の横に彼そっくりな少年が立っていた。

 少年は、今現れた彼そっくりな少年の方を向くと、ただジッと見つめていた。すると、見つめられていたもう一人の彼は、クルリと少年に背を向け颯爽と走り出した。その速さは、人間の限界なんてものを簡単に超えており、あっという間にその姿が見えなくなった。

 少年がその姿を暫く見ていると、急に左腕の感覚が無くなった。

「?」

 不思議に思った少年が左腕を見ると、左肩から先が無くなっていた。だが、少年は痛みで大声を上げるわけでもなく、ただ不思議そうに見ていただけだった。

「観念しなさい! この前のあたし達とは違うわよ!」

 すでにエヴァンゲリオンに姿を変えていたアスカが、敵意むき出しの目で少年を睨んでいた。彼女の指先からは血が滴っており、少年が地面に落ちている自分の左腕と、彼女の指先を交互に見ていた。

 そして、少年が自分の周りを良く見ると、自分を囲うようにもう二体のエヴァンゲリオンが自分を睨んでいることに気が付いた。

 三対一といった少年にとって圧倒的不利な状況にも関わらず、彼は落ちている自分の左腕を拾うと不気味にニヤッと笑い出した。

「っ! 何笑ってんのよ!?」 

 少年の余裕ぶりに腹が立ったのか、アスカがそう叫ぶと、少年に俄然と突っ込んでいった。

 その彼女の様子に少しの焦りも感じず、少年は拾い上げた左腕をクルクルと回しながら、アスカに対してただ笑っているだけだった。










「そこや! 覚悟しい!」

「甘い!」

 ここは沢山の若者が集まるゲームセンター。トウジ達がここに来てから一時間は経っており、その間、飽きずに一つの格闘ゲームをやっていた。

 シンジは二人の様子をただ見てるだけで、全く参加していなかった。トウジとケンスケも熱中しすぎて、シンジの事をほったらかしにしており、何のためにシンジを誘ったのか分からなくなっている状況になっていた。

「トドメ!」

 ケンスケの大声が聞こえたので、ひょいとシンジが彼の画面を見てみると『YOU WIN!』の文字が浮かび上がっており、トウジが使っていたであろうキャラクターが、無残にも地に倒れていた。

 すると、悔しそうな顔を浮かべたトウジが、筐体の向こうからのそのそと歩いてきた。

「これで俺の18連勝だな」

 クイッとメガネを中指で上げながら、勝ち誇った顔をするケンスケ。

「きょ、今日は、ちょっと調子が悪いようやの……」

「今日は? 今日も、の間違いだろう? 全く、弱いくせに挑んでくるんだからなあ。少しは練習してくるんだね。そうじゃなきゃ、俺も弱い者いじめしてるみたいで、可哀想になってくるからさ」

 そして、ケンスケはやれやれといったジェスチャーをした。

「う、うるさいわい! ……お? そや! シンジもやらんか? スカッとするで?」

 口でケンスケに叶うはずも無く、言い返せないで居ると、シンジの姿が目に入り、やっとシンジのことを思い出したのだ。

「え? うん、じゃあ、やってみようかな」

「よっしゃ! 勝負や! ……ケンスケ、そこをどきい! シンジはわしと対戦するんじゃ!」

 シンジの反応に気を良くしたトウジが、ケンスケをどかせて、シンジをそこに座らせると、向こう側へと消えていった。

 財布から百円を取り出し、投入口へと入れ、キャラクター選択画面へと進めるシンジ。ゲームなんかやったことの無いシンジは、さっきケンスケの操作してたところを見てただけなので、ケンスケが使ったキャラと同じキャラを選んだ。

「シンジ、このゲームやったことあるのか? そいつは慣れないと使いづらいぞ」

「やったことは無いけど、さっきケンスケのを見てたから、大体は分かるよ」

 ケンスケの言ったとおり、シンジが選んだキャラは上級者用で、上手く操作すれば強いけど、初心者が使うと、まともな攻撃すら出来ず、ただやられていくだけの扱いづらいキャラだった。

 そうこうしてる内に、トウジもキャラを決め、画面には『READY FIGHT!』の文字が出ていた。

「手加減せえへんで!」

 トウジのその叫び声と共に、軽快なBGMが聞こえてきた。


 







 シンジ達がゲーセンで楽しく遊んでいる頃、シュウジ達は大変なことになっていた。

 倒れ伏す三体のエヴァンゲリオンを見下ろすように、先程の少年が全くの無傷で立っていた。余裕の表情で三人を見下ろしながら、違うところへと意識を向けている。

 傷つきながら倒れてるアスカは、まるで自分達なんかどうでもいいような態度をする少年に、何とか一撃を喰らわそうと必死の想いで立ち上がった。

 ふらつきながらも立ち上がったアスカに、少年は気づいた様子も無く、目を瞑り、彼女を全く無視していた。レイとシュウジも起き上がろうとしているも、力が入らず、倒れたままだった。

(このっ!)

 アスカは少年を睨みながら、彼に向かって駆けていった。

 少年との距離はもう目の前、アスカは拳にATフィールドを纏わせ、少年の顔面に思いっきり殴りつけた。その瞬間、アスカに気づいた少年が目を開いたが、とき遅く、彼女の攻撃によって少年の顔面は跡形も無く消滅した。首無し人間になってしまった少年は、フラフラと歩いたかと思ったら、体の自由が利かなくなり転び、ピクリとも動かなかった。

「ハア、ハア……」

 荒く息をつき、首の無くなった少年を見下ろすアスカ。傍目には生きてるように見えないが、彼女は警戒を解かず、首無し人間を睨んでいた。

 すると、少年の体がビクビクと震え、首から頭が生えてきた。少年は起き上がり、今生えたばかりの頭部を触ったり、首をコキコキと鳴らしてみたりと、全く持って何の異常も無い、と言わんばかりだった。

(頭でもダメなの…………じゃあ、どうすればいいのよ……)

 予想はしてたが、それが実際に起こると呆然としてしまう。

 そう。この少年にどんな攻撃をしても、その傷ついた箇所が瞬時に再生してしまうのだった。始めにアスカがこの少年の左腕をATフィールドで切り落とした時も、彼は切れた左腕を切られた左肩にあてがうと、それがピタリとくっつき、元通りに治ってしまったのだ。

 それに驚いたアスカ達だったが、怯まずに攻撃を加えるも、何の意味も成さなかった。ATフィールドで体を穴だらけにしようが、体を切ろうが何をしてもすぐに治ってしまったのだ。

 そして、彼女達が呆然としているところに少年が目に見えない攻撃をしてきて、彼女達が倒れていたのだ。

 最後の頼みの綱の頭を破壊しても、この少年を死に至らすことは出来ず、アスカは一瞬だけ気を抜いてしまった。

「きゃあ!」

「レイ!?」

 彼女が一瞬、少年から目を離したところで、レイの悲鳴が聞こえてきた。レイを見てみると、彼女は既にエヴァンゲリオンから生身へと戻っており、腹部からはドクドクと血が流れていて、近くには無表情に立っている少年がいた。

 レイは僅かに動き、まだ生きてることに安心すると、少年がレイに手を翳し始めた。

「あんた、何やってんのよ!!」

 そう叫ぶなり少年に跳び蹴りを喰らわせ、レイから離れさせた。

「レイ! レイ! あんた、しっかりしなさいよ!」

 アスカはレイの体を揺すりながら、半狂乱で叫ぶも、彼女は瞳を閉じていて彼女から返事は無かった。

「よくも、よくもレイを!!」

 レイをそっと地面に置くと、大声で叫びながら少年に向かっていった。










「何でや!? 何で初心者のシンジに勝てへんのや!?」

 初めてこのゲームをやったシンジにもボロボロに負けて大声で叫ぶトウジ。

 彼はあの後、シンジと対戦し、舐めてかかったところ、あっさりと負けてしまい「もう一度や!」と、力強く再戦を申し込んだが、結果は変わらずシンジの勝ち。いや、さっきよりもシンジの圧勝だったことを言っておこう。

「意外だなあ……シンジがこんなにゲームが上手いとは……」

「マグレだよ。それに、さっきケンスケがやったのを見てたから大体は分かったし」

「だからってなあ……」

 屈託の無い顔で言うシンジに、納得がいかないケンスケ。自分達に内緒で練習してたんじゃないか、と疑うほどの上手さだった。筐体の向こう側では、トウジが何やらブツブツ言ってるが、二人とも全くの無視だった。

「じゃあ、次は俺と……」

 勝負しようぜ、と続けようとしたケンスケだったが、突然、店の入り口の方から大きな爆発音が聞こえてきて、彼は最後まで言えなかった。

「きゃあ!?」

「うわ!」

「何だ!?」

 彼ら三人の耳に大きな爆発音が聞こえると、その付近に居た若い女や男の叫び声も聞こえてきた。

 シンジ達が何事かあったのか、そっちの方へと駆けていくと、そこは、瓦礫にまみれた一面が広がり、空気中には沢山の埃が飛び交っていた。

「な、なんや!? 何があったんや!?」

 トウジにしては珍しくうろたえた感じで叫び声を上げた。

「まさか、この平和な日本でテロってわけじゃないよな……」

 渋い顔をしながら、ケンスケはボソリと呟いた。

(まさか、使徒!? でも、どうして僕が気づかなかったんだ?)

 シンジは自問自答しながら、目を瞑り、全身を集中させる。周りの騒音や叫び声など、彼を邪魔する術にはならなかった。

(…………! やっぱり使徒だったのか……サキエルが来てから、気を抜いていた僕の所為だ……それに、シュウジ達はもう戦ってる。早く行かなきゃ!)

 彼は、近くに一つ、遠くで四つのATフィールドを感知した。今まで、シュウジ達の前で戦うことを恐れていたシンジだが、使徒が来たことによって、彼の決意は固まり、戦士の顔になった。

 だが、よく集中してみると、遠くの三つはシュウジ達のモノだと分かったが、残りの二つが同じモノに気づき怪訝な顔になった。

(? どういうことだ? 同じ感じがするけど……)

「……ンジ! おい、シンジ! しっかりしろ!」

 一人、深く集中していたシンジに、ケンスケが声を荒げながら肩を揺すっている。この惨状を見てから、シンジの様子がおかしくなり、声を掛けていたのだが、一向に返事を返さないシンジに心配したケンスケが焦っていたのだ。

「え? ああ、ごめん、ケンスケ。ちょっと用事を思い出したから」

 だが、シンジはそう言残すと、颯爽と走り去って行った。

「お、おい! シンジ!?」

 残されたケンスケは呆然とその場にたたずんでいた。彼は、店内の奥へと走っていくシンジの後姿をジッと見ていたが、横からトウジの姿が見えたので、そちらに視線を移した。

「シンジはどこ行ったんや?」

 辺りを調べていたトウジが戻ってくると、さっきまでいたシンジの姿が無くなっていた。

「さあ、何か用事があるとか言って、どっか行ったよ」

「はあ? どっか行ったっちゅうても、これの所為で出られへんやろ?」

「ああ、でも凄い速さで走っていったぜ……」

「どこ行ったんやろな……」

 二人が見上げた先には、大きな入り口が上から崩れて、瓦礫に埋まってる姿が映っている。ここにいる人達は、これの所為で外に出ることが出来ず、皆、不安な顔をしながら立ち往生していたのだ。そんな中を一人、走っていったシンジに何か嫌な予感が走り、ケンスケは彼を心配せずにはいられなかった。





 あの後、シンジは入り口とは逆の、店内へと走っていった。ゲーセンにいる客は、この騒動で皆、入り口に固まっているので、人目に付かないようにと、彼が考えた結果である。

 彼は入り口の方へと押し寄せる人々とすれ違いながら走っていき、周りに誰も居ないことを確認すると、壁の前に立ち止まり、右手を壁に向けた。

 すると、彼の右手がボンヤリと紅く光り、球状のモノが出来ていた。彼がそれを壁に向けて飛ばすと、先程の爆音に負けず劣らず、といった爆発音を鳴らしながら、壁を破壊した。

 シンジは壁に穴が空いたのを確認すると、かざしていた手を下ろし、その穴を潜って店外へと出て行った。

(近くの反応はあっちか)

 先程、確認した使徒の反応で、まずは近くにいる使徒に向かおうと、そちらに向かって走り出した。

 路地裏に入っていき、自分の感覚を信じて向かっていくと、そこは壁で囲まれた行き止まりだった。

「ハア、ハア、ここだと思うんだけど……」

 額から出る汗を拭おうともせず、周りを見渡す。

 すると、頬に痛みが走り、何事かと思い、そちらを見ると、彼より一回り大きい体をした少年が立っていた。

「やあ」

「やっぱり君だったんだ、イスラフェル……」

 イスラフェルと呼ばれた少年は、ただジッとシンジの事を見ていた。

「僕は君を倒すよ」

 シンジは静かにそう言った。

「僕を倒す? リリン、君は忘れたの? 僕の能力を」

 イスラフェルは楽しそうに笑っている。

「勿論、覚えているよ。だけど、僕の前に現れたのは失敗だったね?」

「どういう意味?」

「こういうこと……」

 そして、シンジはイスラフェルに両手を向けた。すると、イスラフェルの体は半透明な紅いボックスにおさまっていた。中に入れられたイスラフェルは、その半透明の箱の中で、中から殴ったり、ATフィールドで破ろうとしていたが、それは全く上手くいかず、彼の体が箱の中から出ることは無かった。

「少しの間、このままでいてもらうよ」

 シンジはそれを無表情に見つめた後、ヒト一人、入っているというのにも関わらず、片手で軽く持ち、それを抱えたまま全力でどこかへと走っていった。










 シンジがイスラフェルを生け捕りにした頃、シュウジ達は危機に陥っていた。

 五体満足な状態で立っている少年とは別に、レイとシュウジは地に倒れ伏しており、気を失っている。残るアスカも体中、血だらけで、立っているのもやっとの状態だった。しかし、彼女は後ろに倒れている二人を庇う様に前に立ち、眼前にいる少年を睨みつけていた。

 だが、この時、少年はトドメを刺そうとはせず立ち尽くして、ある異変を感じ取っていた。

(……分身がリリンに捕まったか……なら、こんな所で時間を食ってる暇は無いな……)

 そして、少年はアスカを一瞥すると、目にも留まらぬ速さで彼女の後ろに回り込み、強烈な一撃を彼女の背中に叩き込んだ。

「うっ……」

 そして、アスカは意識を失い、エヴァンゲリオンから生身への状態へと戻り、ゆっくりと地面に倒れていった。

「さてと……」

 地面に転がっている三人を見渡した少年は、アスカに向けて手を翳し始めた。 

「リリンが来る前に片付けておかなきゃね」

 少年の手に紅い光が集まり、槍のような形になっていく。それが綺麗な紅い槍へと変化すると、少年がそれを両手で掴み振り上げ、それを勢い良く振り下ろした。





(……ダメ…………)

 丁度、意識を取り戻したレイがそれを見ていて、今まさにアスカの胸に真紅の槍が突き刺さるところを見ていたのだ。

(……やめて……)

 少年の攻撃によって体中が痛み、指一本動かせない彼女は、まるでスローモーションのようにそれを見ていた。

(……アスカ……)

 ボンヤリとした意識の中で彼女が見たものは、アスカの胸に槍が刺さる瞬間、アスカと槍の間に真紅の壁が現れ、アスカを守ったことだった。

(……ATフィールド? でも、どうして……アスカは気を失ってるのに……)

 不思議に思った彼女が、自分達を殺そうとしてた少年を見てみると、驚いた顔をしながらうろたえていた。

「ど、どうして君がここに!?」

「どうしても何も、僕がここに来るのは自然でしょ?」

(えっ……この声は、シンちゃん?)

 ここにいるはずの無い人物の声を聞き、彼女は視線だけを少年の前方へと動かした。すると、そこには、彼女が見たことの無い、怒りに顔が歪ませたシンジがいた。

「う、嘘だろ!? あそことココでは何キロも離れているんだよ!? それを一瞬で……」

「そんなこと、どうでもいいよ。それより……」

 そして、シンジは倒れてる三人を見渡した。この時、レイの瞳は小さく開いてる薄目だったので、怒りに我を忘れたシンジには、それに気づくことは無かった。

「シュウジ達を殺そうとした君を僕は許さない」

 紅い瞳が怒りのためか、それとも、悲しみのためか、彼の瞳が一段と紅く染まった。

(……これが、シンちゃん? いつも温厚で怒ったことが無い、あの優しいシンちゃん?)

 その、いつもと違うシンジの様子に彼女は恐怖を抱き、嫌悪感が体中を包んだ。

「だ、だけど、君に僕を倒すことは出来ない!」

 しかし、ドモりながらも、自分の圧倒的優位を信じて疑わないイスラフェル。

(そうよ……シンちゃん、早く逃げて……相手は使徒なんだから……)

 彼女はこの急な展開に忘れていたが、相手は使徒で、シンジは普通のヒトだ。彼女はシンジが使徒に殺されるイメージを頭に思い浮かべてしまったが、何とかそれを振り払い、自分が戦おうとしたが、体が全く動かず、どうしようも出来なかった。

「それは君の能力の事? そんなの、もう意味が無いよ」

「何を……」

 イスラフェルがまだ何か言おうとしてたが、シンジはそれを無視して、イスラフェルに両手を向けた。すると、先程と同じように少年の周りを紅い半透明なボックスが囲み、彼の自由を奪った。

(……何、これ…………まさか、シンちゃんがやったの?)

 そして、シンジは彼が運んで持ってきた、さっきの紅い箱と、今、イスラフェルを入れた箱を並べて、それに向かって両手を翳した。

 すると、その二つの箱は、徐々に小さくなっていき、中にいる少年共々、圧迫して小さくしていった。最後には、少年達の姿は跡形も無く消え、シンジが静かに佇んでいるだけだった。

 イスラフェルは、ATフィールドを応用して、自分と全く同じ分身を造ることが出来る。片方が傷ついても、もう片方が無事なら、その傷ついた箇所は瞬時に再生することが可能なのだ。だが、今、シンジがやったように、二人を同時に消してしまえば、彼はどうすることも無く、ただ消滅していくだけ。イスラフェルの敗因は、シンジの力を侮ったこと。まさか、シンジにそんな事が出来ると思ってもいなかったのだ。

 レイは呆然と、その状況を見ていた。

(……何が起こったの? ……あの使徒はどこに行ったの? ……シンちゃんは普通のヒトなのに、どうしてこんな事が出来るの…………)

 彼女が眼前で起こった事に信じられず、頭を混乱させていると、シンジが自分の元に近づいてきてるのが見えた。彼女の目に彼の足が見えた所で、彼女は再び意識を失った。










 ここには、三つベッドが並んでおり、それ以外は何も無い、真っ白な空間。そのベッドには窓際から、シュウジ、レイ、アスカの三人が死んだように眠っていた。

 あの、イスラフェルとの対戦から、もう三日が経っていた。三人とも何とか一命は取り留めたが、それから、彼らは一度も目を覚まさず、ずっと眠っているのだった。

 シンジも自分が寝るとき以外は、この病室に閉じこもっており、三人の事を本当に心配していた。

 そして、今日も今日とて、病室の中で心配そうに三人を見てるシンジの姿があった。彼は、シュウジのベッドの近くの椅子に座り、三人の様子をただただ見ていた。窓からは傾いた太陽の真っ赤な日差しが差込み、彼の綺麗な銀色の髪を赤く染めていた。

 今日も目を覚まさないのか……、と彼が思っていると、シュウジの一つ奥のベッドが、もぞもぞと動いたのである。

「うっ……」

 シンジは蒼い頭が左右に軽く動いたのを確認すると、レイのベッドに歩み寄った。

 彼がレイの顔をジッと見ていると、ゆっくりと彼女の目が開き、ボンヤリとした表情で彼を見返した。

「綾波……良かった、気が付いて……」

 シンジは涙目になりながら、小さな声で言った。

「ん…………シ、シンちゃん? ……ここは?」

 未だ意識がハッキリしてないのか、目の焦点が合っていない。

「ここはネルフの病院だよ。綾波たちはこの前の使徒との戦いで重症だったんだ……」

 彼は痛ましい表情で答えた。

「病院? ……うっ」

「まだ寝てて。綾波も酷い怪我だったんだから」

 額に手を当て辛そうにするレイに、心配そうに言うシンジ。

「うん……」

 大人しく言われたとおり、目を瞑り力を抜いた。暫く、そのままベッドに横たわっていたが、漸く意識がハッキリとしてきた彼女の頭の中に、この前の戦いの記憶が蘇ると、ガバッと上半身を起こした。

「アスカは!?」

 顔と顔がくっつきそうなところまで、シンジへと身を乗り出した。

「慌てないで。アスカも無事だよ。ほら」

 いきなり必死の形相で詰め寄ってきたレイに、シンジは少しばかり驚いたが、ゆっくりと微笑むと隣のベッドを指差した。そこには、規則的な寝息を立てているアスカの姿があった。

「よかった……」

 それを見たレイは心底安心した様子になる。

「ほら、まだ寝てなきゃ」

 レイの肩を掴みベッドに寝かせるシンジ。

「う、うん……」

 シンジの顔がすぐ近くにあったのに今気づき、レイの顔が赤くなった。

 元気になってホッとしたシンジは、自然と優しい笑顔になった。レイはさらに頬を赤くしながら、彼の笑顔を見ていたが、急に、瞳を一段と紅く染めた怖い顔のシンジが、目の前にいる優しいシンジとダブって見えた。

 あれ? こんなシンちゃんの顔見たこと無いのに……。どこで見たのか分からず、目を瞑りシンジに会ってからの事を思い出していたが、その何処でも見たことが無く、首を捻っていた。

「どうしたの?」

「……」

 いきなり考え込んだレイを不思議に思ったシンジが声を掛けるが、彼女からの返事は無い。

 すると、レイはこの前の使徒との戦いを思い出していた。

 ……意識を取り戻した私は、アスカが使徒にやられそうになる所を見ていたら、いきなりATフィールドがアスカを守って、それから、シンちゃんが…………。

 そこまで思い出した彼女は、顔を真っ青にして目を見開いた。額からは次々と汗が流れ、心臓はバクバクと大きな音を鳴らしていた。

「……綾波?」

 そんな彼女を不振に思ったシンジが、顔を覗き込んだ。

「どうしたの? 何か気分が悪そうだけど……」

 彼はポケットを探り、ハンカチを取り出すと、レイの額の汗を拭おうと手を近づけた。

「いやっ!」

 だが、それは予想もしていなかったレイの拒絶によって出来なかった。彼女は勢いよく右手でシンジの手を叩き、彼に触られるのを拒んだのだ。

「……え?」

 予測していなかったレイの反応に呆気にとられるシンジ。彼がレイを見返すと、彼女は震えながら怯えきった顔で彼を見ていた。

「こ、この前の使徒を倒したのは、シ、シンちゃんだよね?」

「え!?」

 全くの予想外の質問をされ、シンジの声は大きくなった。

「わ、私、見てたの……あの使徒とシンちゃんが何か話してて、それで……シンちゃんが…………」

「……」

 たどたどしく話すレイに、段々と無表情になっていくシンジ。

「……使徒に向かって手を向けて、それから…………」

「……」

 そこで、レイは黙って俯いてしまった。

 シンジは黙ってレイを見ていたが、やがて意を決したように大きく息を吸い込む。

「……そうだよ。綾波が見たとおり、僕も使徒なんだ」

 感情のこもらない声で話すシンジ。

 レイは、彼が今まで自分達を襲ってきた、そして、これからも襲いに来るであろう、使徒と何ら変わりなく見えた。その為、彼女の瞳には怯えの色が見え隠れしていた。

 どの位、沈黙が続いたかは分からないが、やがて、ビクビクとしながら、レイが口を開いた。

「……今まで、私達をだましてたの?」

「…………うん」

 上手く言うこともシンジには出来たが、彼女達をだましたことには変わりない。それに、レイの怯えきった顔を見て、彼は何も弁解する気が無くなったのである。

「……」

 それを聞いたレイは瞳からいくつもの涙を流した。それは恐怖のためか、或いは、裏切られた悲しみのためか分からないが。

 そんなレイを見たシンジは内心、酷く傷付いたが、これも自分の所為だと思い、泣きながら小刻みに体を震わせているレイを見ていたが、やがて無言で部屋から出て行った。

「……うっ、うっ」

 残されたレイは、声を押し殺して泣いていた。

 今までの優しいシンジは全部偽りだったのか、どうして今までだましていたのか、あの恐ろしい使徒と同じでいつかは自分達を殺しにくるのか、などと、シンジと過ごした日々を思い返していた彼女の涙が止まることは無かった。

 そして、シンジの姿が消えた。










 シンジがネルフから、第三新東京市から完全にいなくなってから、早くも一週間が経った。

 あれから、ネルフの中で大騒ぎになった。ナオコを筆頭にマギを使い、全力でシンジを探したが、発見することが出来なかった。アスカとシュウジも意識を取り戻したが、シンジがいなくなったと聞き、未だ完全に治ってない体で彼のことを探していた。ユイとゲンドウは悲しみの中、彼がいなくなる前に話していたレイに一縷の望みを託して話を聞くも、彼女からは何も有力な情報を得ることが出来なかった。

 その彼女はというもの、シンジが消えてからは、この前、彼と一緒にいた自然公園にいることが多かった。そして、彼と居たことの事を考えてばかりいた。

 最初、彼女はシンジが消えた時、裏切りと、恐怖しか頭に無かったが、こうして考える時間が多くなると、その感情も大分薄れてきた。

 思い返してみると、彼が自分達を傷つけたことは、ただの一度も無く、そればかりか、いつも優しかった。この前の使徒が来た時も、アスカを守り、自分達を助けてくれたのだ。

「……シンちゃん」

 体育座りでさらさらと流れる川を、ボーっとしながら彼女は見ていた。

「…………綾波は、僕が人じゃなかったらどう思う……」

 ココでシンジにこう言われて、彼女は迷いも無くこう言ったのを思い出した。

「だって、シンちゃんはシンちゃんだもん。それ以上でもそれ以下でも無いわ。私にとって大切な人よ」

 それは今でも変わっていない、それなのに彼女は、あんなに酷いことをシンジにしてしまったと、後悔していた。

 瞳が潤み出し、彼女はゆっくりとそれを拭った。

 暫く、そのまま感情のこもらない瞳で川を眺めていると、彼女の耳に鼻歌が聞こえてきた。彼女がそちらを見てみると、少年の後姿が目に映った。髪は銀色で背丈はシンジと同じように見える。だから、彼女が彼と見間違っても不思議ではなかった。

「シンちゃん!」

 その少年の背中に大声を掛けると、少年はゆっくりと振り向いた。

 彼は、シンジと同じ髪の色で、シンジと同じ瞳の色だったが、顔は全く違った。だけど、レイはどこかシンジに似た雰囲気を、彼から感じた。

「歌はいいねぇ」

「へ?」

 いきなりそんな事を言われ、レイはつい変な声で返事を返してしまった。

「歌は心を潤してくれる、人類が生んだ文化の極みだよ。そう思わないかい? 綾波レイさん」

「……あなた、誰?」

 彼女は、何故か自分の名前を知っており、ここにいる筈の無い少年に警戒して、ポケットに入っているヘッドセットを握りしめた。

「僕はカヲル、渚カヲル」

 だが少年は、微笑を浮かべながら、レイを見ているだけだった。






To be continued...


(あとがき)

 どうも、お久しぶりです。四ヶ月近く更新していなかったんですが、それは色々と事情がありまして……。まず、僕のパソコンがハデに壊れてしまいまして、執筆することが出来ず、さらに、パソコンの中に入っていたプロットも全て失って、意気消沈していた次第です。そして、住む所も変わり、小説を書く余裕が無かったんです。ですが、最近、新たなパソコンを手に入れまして、ちまちまと小説を書きながら、漸く第八話を完成させました。何とか思い出しながら、これからも書いていきますが、今までの更新ペースよりは遅くなると思います。あと、『僕だって指揮部長!』の方は、暫くお休みして、先にこっちを完結させるように進めていきます。こんな、どうしようも無い作者ですが、これからもよろしくお願いします。

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