使徒が嫌い、でもエヴァは好き

第九話 覚醒

presented by ピンポン様


 とある工場跡。

 跡と言っても旧いわけでは無い。何か大きな実験に失敗したのか、それとも戦争でも起こったのか、そこは見るも無惨に破壊された様子が見て取れたからだった。

 そんな地獄と化した廃墟に加地がいた。

 こんな所で加持が何をしてるかと言うと、彼は何かを探してるようで、一心不乱に瓦礫をどかしていた。

 どのくらいの時間が経っただろうか、彼は漸く目的のものを見つけたらしく、動かしていた手を止める。彼の眼前には、地下へと続く階段が広がっていた。

「ここか……」

 一言そう呟くと、瓦礫の下から現われた薄暗い階段へと足を進めた。

 光一筋も入らない暗闇、加持はベルトにぶら下げていた懐中電灯を取りだし、先を照らす。照らした先には、長い長い階段。その何処まで続くか分からない階段を、彼は無言で下りていった。

 何千段といった長い階段を下りていくと、やがて広いフロアに出た。加持は額に滲んだ汗を袖で拭き取り、辺りを照らした。

「ひどいな……」

 彼の目に映ったのは、未だ新しいおびただしい量の血。このフロアの何処を見ても人の死体がゴロゴロとあったのだ。

 死体を軽く調べてみると、どうやら何かの実験に失敗したわけではないようで、誰かに殺されたことが分かった。何故なら、ある死体には銃痕が付いており、またある死体には、鈍器のような物で殴られたのか頭部が潰れている、といったのものが多数あったからだ。

(末端とは言え、ゼーレが次々と壊滅させられているっていうのは本当らしいな…………しかし、誰が一体こんな事を……ゼーレを敵に回す組織何てあったか……?)

 色々と考え込んでいた彼の鼻を、異臭が刺激する。

(……そんな事より……)

 彼は顔を一瞬歪めたが、やるべき事を思い出し、奧へと歩いていった。

 複雑に入り組んだこの施設は、初めて来る加持にとって、まるで迷路の様だ。彼は目指している所に行こうとするも、訳の分からない実験室に着いたり、中世のヨーロッパで使われていた拷問器具が置いてある拷問部屋に着いたりと、中々辿り着けないでいた。

 加持が地下に入ってから半日ほど歩き回っていた。彼は疲弊しながらも、漸く目的の場所へと辿り着いた。そこには五メートルはあろうか、とてつもなく大きな扉があった。

「……」

 無言で胸ポケットから一枚のカードを取り出し、横に付いてるスロットにスキャンさせた。

 すると、音も立てずに巨大な扉がスライドし、彼を室内へと招いた。

 加地は慎重に中に入ると、警戒しながら辺りを見回す。室内には机一つあるだけで、他には何も無いことが分かった。いや、机に突っ伏している死体が一体見て取れた。

 ゆっくりと机に向かい、死体を調べ始めた。その死体の後頭部が大きく凹んでおり、鈍器で殴られたのだろう事が分かった。加持は死体を床へ降ろすと、イスに座りながら机を物色し始めた。

 その机の上には、パソコンといった類の電子機器など全く無く、何も置いていなかった。しかし、彼が引き出しを開けると、数々の電子機器が姿を現わし、机の上にはホログラムの映像が浮かび上がった。

 彼がそれらを操作してモニターを見ていると、お目当ての物が見つかったのか、その手を止めた。

「これか……」

 そう呟くと、一心不乱にその情報を読み始めた。文字が流れるように画面上を走る。彼の目はそれから離すことなく、脳裏に焼き付けていた。

 一時間くらい経った後、彼は軽く溜息を吐き、イスにもたれかかった。

「そういう事だったのか……」

 そして、胸ポケットからタバコを取り出すと、ゆっくりと火を点けた。

「……」

 彼が持っていた真実と、今見た真実を頭の中で組み合わせていく。様々な事が彼の頭の中を駆け巡っていたが、やがて一つの真実に辿り着いた。

「……兄貴……」

 加持は何やら複雑な顔をしている。

 すると、突然彼は人の気配を感じた。警戒レベルを最大まで引き上げ、懐にある拳銃へと手を伸ばした。だが、相手は何ら警戒してないようで、普通に話し掛けてきた。

「何してるんですか?」

 その声は、加地を敵と見てないのか、挨拶をするかのように自然だった。

「!? き、君は! どうしてここに!?」

 しかし、加地の方は意表をつかれたらしく、動揺を隠しきれなかった。

「それは、僕が訊きたいですね。そんな事より……」

 その男は何事も無いかのように、ゆっくりと加持に近づいていった。加持も抵抗する気は無いのか、拳銃から手を離した。その後、二人は何事か話していたが、突然、一発の発砲音が鳴り響くと、二人きりの会談は終わった。










「渚、カヲル?」

 ここはネルフ内にある自然公園。そこに、レイとカヲルが二人きりで対峙していた。

 レイは、本来居るはずの無い謎の少年に警戒した瞳を向ける。そして、彼女は何があってもいいようにと、カヲルから一歩遠ざかった。

「そう警戒しないでくれないかな?」

 しかし、カヲルは友達と世間話でもするかように普通だ。彼は両手を上げ危害は加えない、というようにジェスチャーで示した。

「そういうわけにはいかないわ。あなた、何者なの? 私の名前をどうして知ってるの?」

 だからと言って、警戒を解ける筈も無く、レイは右手にあるヘッドセットを一段強く握り締めたのだった。

「僕が何者かは、渚カヲル、としか言いようが無いね。それと、どうして君の名前を知ってるのかって質問は……」

 そこまで言いかけると、彼は、おやっと言った感じで辺りをキョロキョロと見回した。

「?」

 カヲルの突然の行動に、レイは気が抜けたらしくキョトンとした感じになった。

 暫く何かを探すように辺りを見ていたカヲルだが、やがて溜め息を吐いた。その表情から、いかにも残念な感じが醸し出されており、軽く落胆した感じでレイに話しかけた。

「ここにシンジ君はいないのかい?」

「!?」

 彼の口から意外な言葉が出てきたのか、レイは驚愕を顔中に貼り付けた。

 そして、その言葉にレイは、カヲルを警戒してた事を忘れ、力強く握りしめていたヘッドセットから手を離すと、猛スピードで彼に詰め寄っていった。

「し、シンちゃんの事を知ってるの!?」

「知ってるも何も……って、もしかして、シンジ君から僕の事を聞いていないのかい?」

 この一週間で出したことの無い、一番大きな声で聞き返すレイだが、予想外の返答だったのだろう、カヲルは不思議そうに聞く。

「あなたの事なんか何も聞いていないわ。それより、あなたはシンちゃんの何!?」

 専ら、シンジの事で悩んでいた彼女は、新たなシンジの情報が手に入るかも、っという希望を持って必死の形相でカヲルに詰め寄った。

「僕はシンジ君の古い友人さ」

 そんなレイの反応とは正反対に、カヲルは穏やかな笑みを浮かべている。その事を話すのが嬉しくてしょうがない、っといった感じで。

「古い?」

 今までそんな話を聞いたことがない彼女は、首を傾げた。

「そう。僕らは物心ついた頃からずっと一緒にいたんだ……」

 カヲルはそれだけ言うと、目を瞑った。

 彼はシンジと居た頃を思い出し、昔を懐かしんでいるのだろう。急に目を瞑りだした彼を見ていたレイは、何故か話し掛けることを戸惑い、暫く黙っていた。時折、カヲルが妖しく微笑むのを、気味悪がってはいたが……。

 いきなりシンジの古い友人などと言い出したカヲルの出現に、今までブルーだった気分が吹き飛んだのか、幾分気分が和らいだようである。しかし、この状況を作りだした自分の発言と、シンジが使徒だということを思い出したレイは、戸惑いつつも意を決したように話しかけた。

「……あなたは、シンちゃんが使徒だって知ってるの?」

 レイの視線は地面に注がれている。

 それを聞いたカヲルは、ゆっくりと瞳を開く。

「おや? それは聞いていたんだね」

 自分の事は聞いていないのに、その事を知っていたのが意外だったのか、カヲルは幾分驚いた表情をしている。

「じゃあ……」

 否定しないカヲルに、続けて質問しようとしたが、それは彼の声に掻き消された。

「勿論、知ってるよ。僕も使徒だしね」

「!?」

 重大な事実をあっさりと話すカヲルだが、その予想もしていなかった返答に、レイは目を見開いた。

 だが、一秒としないうちにカヲルから離れるよう、レイは後ろに大きく跳んだ。そして、素早くヘッドセットを取り出し頭部へと持っていくと、キッとカヲルを睨みつけたのだった。

 そんな彼女の行動をジッと見ていたカヲルだったが、やがて、やれやれと溜息を吐き、落ち着いた声でゆっくりと話しかけた。

「最初に言ったとおり、警戒するのは止めてくれないかな? 僕は君に危害を加えようとしてるわけじゃないんだから」

 その言葉通り、彼はレイと話し始めてから一歩も動いていない。

「そんなの信じられるわけ無いじゃない!」

 そう言った彼女は、何があってもすぐ動けるように、彼から目を離さなかった。

「やれやれ。僕が使徒だって言ったのは信じて、危害を加えないって言うのは信じないのかな?」

「……」

 カヲルは友好的に話し掛けるが、未だレイは彼を睨み付けたままだった。

「はぁ…………そうやってシンジ君にも噛み付いたのかい?」

「!?」

 カヲルの問いに、レイは硬直する。その様子を見て、彼はそれが事実だと悟った。

「彼の心はとても繊細だ、そして傷付きやすい。僕にはシンジ君の傷ついた顔が思い浮かぶよ……」

 まるで、自分の事の様に悲しむカヲル。その時、彼の耳に何かが落ちた音が聞こえた。彼がそちらを見てみると、そこには、先程までレイが持っていたヘッドセットがあった。

 レイは体の力が抜けていき、崩れ落ちる様にその場に座り込んだ。彼女の瞳には涙が溜まっており、元から白かった顔がより一層白くなっていた。

「シンちゃん……シンちゃん……」

 そして、上言のように呟き続けている彼女の瞳から涙が零れた。それは柔らかな頬を伝い、地面に黒いシミを作りだしていた。

「ごめんなさい…………シンちゃん……ごめんなさい……」

 その後も、今は去ってしまったシンジに、レイは謝り続けた。彼が居なくなってから、ずっと後悔していたのだが、カヲルとの会話で、それがより一層強くなったのだ。

 泣きじゃくっているレイに、すっかり忘れ去られたカヲルだったが、彼女の様子を見て何故か満足したらしく、誰にともなく優しく微笑むと、音も無くその場から居なくなった。

 後に残されたのは、地面に座り込んで項垂れてるレイだけだった。レイはこの日、彼女を捜しに来たレナに見つかるまで、ずっと泣いていた。










 渚カヲルがレイの元へ来てから、翌日。彼女達はネルフから戻ってくることになったので、実に一週間振りに学校に行くことになった。こんな時だからこそ、普通の生活をするようにと、とユイ達が決めたらしい。

 因みに、前日にカヲルがネルフに来たことは、レイ以外誰も知らない。何故だか分からないが、マギの監視モニターに彼の姿が映ってなかったらしく、また、レイも誰にも話さなかったからである。

 そんな訳で、久方振りの学校なのだが、いつも登校する時、賑やかな筈の彼女達は、今日は一段と静かだった。

「学校に行くの久々ね」

「うん、色々あったし……」

「そうね……」

 いつもと何ら変わらない通学路を三人は歩いていた。だが、先程からしゃべっているのはアスカとシュウジの二人で、いつも騒がしいはずのレイは、まだ一言も口を開いてはいなかった。その理由は明らかで、勿論、シンジの事である。

 ずっとレイの事を心配していたアスカが、この重い空気の中、明るい口調で話し始めた。

「ところで、シンジはどこに行ったのかな〜?」

 アスカは両手を後ろに組み、チラッとレイの様子を盗み見た。

「……」

 だが、レイはピクッと反応しただけで俯いている。

「アイツがいなくなってからもう一週間も経ったなんて、早いものね〜」

「……」

 ここ最近、レイの前で避けていたシンジの話題を躊躇無く口にする。

「何があったのか知ってる誰かさんは何も教えてくれないしな〜」

「……」

 アスカがこれ見よがしにレイを責めるが、彼女は何の反論もせず、ただ俯いているだけだった。

 そんな彼女を見ていられなくなったシュウジが、アスカを諭そうと会話に入ってきた。

「ちょ、ちょっと止めなよアスカ。綾波が一番気にしてるんだから……」

「だからってねえ! いつまでも落ち込んでたってシンジが戻ってくる訳じゃないじゃない!」

 アスカはどうすればレイが元気を取り戻すか、ずっと考えていたのだ。そして、彼女が取った行動は、溜まってる想いを吐きださせることだった。

「レイ!」

 レイの肩を掴み、強引に自分の方に向けさせる。けれど、やはりレイはアスカと視線すら合わせようとしない。そんなレイの態度に、アスカは今まで溜まっていた苛立ちをぶつけるように叫んだ。

「アンタとシンジの間に何があったか何て知らないけどねえ、そういう態度でいられる周りの気持ちも考えてみなさいよ!」

「……」

 そんなアスカにも全く反応しないレイ。

「大体、あいつが今のアンタを見たらどう思うと思う? 間違いなく悲しい顔しながら心配するわよ! それでいいの!?」

「…………シンちゃんは心配なんかしないわ……」

 レイの声はとても小く、震えていた。漸く反応したレイに、アスカは安堵するも、未だ口撃の手を休めない。

「はあ〜? アンタバカ〜? シンジが心配しないで誰がすんのよ!?」

「だって!」

 すると、レイは顔を上げ、涙に濡れた瞳でアスカを見返した。

「だって、私……シンちゃんに酷いこと言ったんだもん…………シンちゃんのこと、すっごく傷つけちゃったんだもん……」

 その大きな瞳から大粒の涙を流しながら、想いの内を語るレイ。

「レイ……」

 アスカは神妙な顔つきになる。

「私があんな事言わなかったら、シンちゃんがあんなに傷つく事も無かったのに…………ごめんなさい、シンちゃん……」

 昨日のようにひたすら謝り続ける。

「ごめんなさい……ごめんなさい…………」

「レイ」

 そんなレイを見ていられなくなったアスカは、彼女を優しく抱きしめた。

「レイ……アンタがシンジに何を言ったか分かんないけど、アイツは謝ればきっと許してくれるわよ」

「うっ、うっ」

 アスカの温もりと、優しい言葉に、レイは声を出して泣いた。

「それにシンジが帰ってきた時に、そうやって暗い顔してる方がアイツは気にするんじゃない?」

 そっとレイの頭を撫でる。

「だから、いつのもアンタらしく笑顔で迎えよう? ねっ?」

 すると、アスカの背中にレイの腕が回され、アスカに抱きついた。レイは顔をアスカの胸に押しつけ、思い切り泣いた。アスカはその間もずっとレイの頭を撫で続けていた。

 そうして暫くアスカに泣きついていたレイだったが、泣き声が小さくなり、アスカの手が止まると、どちらともなく離れ、二人はゆっくりと笑いあった。シンジが居なくなってから、レイは初めて笑顔になることが出来た。

「やっぱりレイは笑ってた方がいいわね」

「ありがと、アスカ」

 アスカは、久し振りに見るレイの笑顔を見て嬉しく思い、やっぱりレイはこうじゃなきゃね、と思った。

 今まで、二人のやり取りを傍観していたシュウジだったが、漸く元気に戻ったレイに、嬉しそうに笑いかけた。

「綾波」

「碇君もありがとう」

 未だその目は濡れているようだったが、レイは自然に微笑むことが出来た。

 それから、三人は顔を見合わせると声を出して笑い出した。彼女達三人の止まっていた時間が動き出した瞬間だった。

 すると、長話をしていたから当然であろう、彼女達の耳に学校のチャイムが聞こえてきたのだ。

「もうこんな時間? 早く行かなきゃ遅刻じゃない!」

「何言ってんのよ!? アンタが泣いてた所為でしょうが!」

「何のこと〜? レイちゃん分かんな〜い」

「なーにが『レイちゃん分かんな〜い』よ!? 気持ち悪い声出してんじゃないわよ!」

「ほら、アスカなんて放っといて早く行こ? 碇君」

「う、うん」

「アタシを無視してんじゃないわよ!? レイ! アンタがそういう態度を取るならこっちにも考えがあるわよ。シンジが戻ってきたら、レイが泣いて泣いて大変だったってチクるからね!」

「な、泣いて泣いてって、そ、そんなに泣いてないもん!」

「よく言うわね〜、さっきまで「シンちゃん、シンちゃん」って泣いてたくせに」

「ちょっと! シンちゃんに言ったら絶対許さないからね!」

「どうしよっかな〜」

 そんないつもと変わらない会話をしながら、レイが元気になった事に、アスカとシュウジは嬉しく、後はシンジが戻ってくれば、言うこと無し、っと思っていた。

 レイも二人に感謝しながら、早くシンジに謝りたい、会いたい気持ちで一杯だった。そして、あの優しい笑顔をもう一度見たい、と。

 そんな思いを胸に三人は学校へと走っていたが、レイの脳裏に渚カヲルの事がよみがえり、ピタリと足を止めた。

(…………そういえば、昨日会った渚君はシンちゃんとどういう関係なんだろう……古い友達って言ってたけど、使徒とも言ってたし……)

 シンジへの罪悪感から、そんな重大な事を忘れていた。本来なら直ぐにレナ達に知らせなければいけないのに……。

(……でも、敵っていう感じはしなかった……シンちゃんと雰囲気も似てたし…………そういえば、渚君はどこ行ったんだろう? いつの間にか……)

「レイ! 何やってんのよ!? 置いてくわよ!」

「あ……今行くわ」

 アスカの大声で、ハッと気付いたように現実に戻ってきた。レイは渚カヲルが敵意を持っていなかったからか、直ぐに報告しなくてもいいか、と思い、記憶の隅に追いやった。

 それから、レイは慌てて二人に駆け寄り、久し振りの平穏へと向かっていった。

 また、いつ使徒が来て、死の恐怖に晒されるか分からないのだから。















 物音一つしない暗い部屋。

 その部屋は、小さな体育館がすっぽり収まってしまうぐらい広い。室内には、様々な電子機器が置いてあり、何処ぞの研究所の様だ。

 そんな所に電気一つ点けず、ジェラルミンケースを持った男が一人で立っていた。暗くてよく分からないが、若くは見えない。

 男がケースを開けると、中に入ってる物を確認し、口元を歪めた。そして、トランクの中からそれを取り出した。それは生物の胎児のように見え、生きているのか、それの大きな目玉がギョロギョロと動いている。

 そんな胎児に満足したらしく、次の瞬間、男は取るべき行動を取った。

「……」

 無言でそれを呑み込んだのだ。

 男はそれを噛まずに飲んだのだろう。咀嚼した音は聞こえず、「ゴクン」という音だけが聞こえた。

 そして、男は自身の体の異常を調べ始めた。

「……」

 嫌悪感。気持ち悪い。

「……」

 体中を触る。変化はない。

「…………」

 自分の体を見る。至って普通。

「………………」

 声を出してみる。いつもの声だ。

「……………………」

 懐からナイフを取りだし、自身に傷を付ける。赤い血が流れた。

「…………………………」

 服を脱ぎ至る所を調べる。異常は無い。

「……………………グッ……!」

 そして、それは突然起こった。

「グッ……! グッグッ……!」

 男が右腕を押さえながら跪き、急に苦しみだしたのだ。

「ぐおおおおおおおお!!」

 そして、男の右腕は彼の意思とは無関係に動き出し、右手に操られてるかのように激しく動き出した。その右手は、赤く光っていた。

 それからというもの、何故か触れてもいない周りの壁が大きく凹んだり、機械類が火花を上げ爆発したりした。それは収まることを知らず、男を中心に、床、壁、天井、と、まるで竜巻でも起こったかのように、破壊していった。

「ハア、ハア……」

 男は涎を垂らしながら荒い息を吐き、その目は大きく見開いていた。

 その謎の暴走が終わると、男は暫く膝をつき息を整えていたが、気持ちを落ち着かせると立ち上がり、自分の右手を見た。暗かった先程とはうって変わって、故障した機械のおかげで多少は明るかった。だから、彼は右手に有る物をしっかりと見ることが出来た。

 男の手の平には、先程食べた胎児の大きな目玉が有ったのだ。その目玉は忙しそうにギョロギョロと動いていたが、男と目が合うとピタリと動きを止めた。

 二人(?)は見つめ合っていたが、男が不気味に笑うと、その目玉は掌から消えた。いや、消えたというより、体内に入っていったと言った方が正しいだろう。

「……」

 男は右手を開いたり閉じたりしている。それを終えると、壁に手を向け「フンッ」と声を出す。すると、その壁は大きな音を立てて、ベッコリと凹んだ。

 その破壊した壁を凝視していたが、突然、不気味に笑い出した。

「……クックックッ! これで、全ての準備は整った! 後は、リリンを……」

 男は大声で叫び出す。その顔は狂気に染まっていた。

 人間の貌とは思えぬ、剥き出した深紅の眼、ダラリと垂らした緑の涎、肉食動物のように尖った歯、先程までは赤かった黒い血、どれをとっても、最早、人間のそれでは無かった。

 人の体を捨て、男は堕ちた。






To be continued...


(あとがき)

 前回の更新から約半年、お久しぶりです。え〜、本当ならもっと早く更新したかったんですが、ちょっとサボってしまいまして……。でも、これからは昔のペースに戻すように、頑張っていきます。さて、話を作品に戻すと、シンジが全く出てこなかったんですが、近々また出てきますので。カヲル君も漸く出てきましたが、少し話しただけで居なくなっちゃいましたね。まあ、彼もすぐ再登場しますので。本当は、リツコも今話でちょっと出そうと思ったんですが、大した役でも無いので却下したんですよ。また話は変わりますが、やっと今話でこの物語の半分くらいまで来ました! 僕が初め、この物語を考えた時に、物凄い書きたい場面が二カ所ほど出てきたんですが、中盤から後半で書こうと思っていたので、それがもうすぐだと思うと嬉しいです。多分、その話は今までの一話一話より長くなると思います。そんな訳で、これからもよろしくどうぞ〜。

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