Die Endwelt...

Rel. 1.0(HTML) : 9/2/2005
A.S.G. (Project-N)
原案 : 斎藤 和哉
文章 : 茂州 一宇


 

 夢を見た。

 満月を湖面に映す青い湖の前にいる夢を。

 

──── 誰かいるの?

 

湖面に誰かの姿が映ってる……

 

銀髪の……母さんに良く似た少女……

 

……ア・ヤ・ナ・ミ?
これは夢だからかな……

 

──── 何か言いたいの? 聞えないよ!?

 

チカラ・・・

 

──── 力…? 力がどうしたの?

 

力の……、力の暴走に気を付けて……

 

──── 暴走?!

 

心を穏やかに、強く保てば……

 

──── その言葉を残して綾波は何処かに消えてしまった

 

 夢……。

 主として記憶の再編成で起るもの。

 

 知っているヒトの残像を見る夢。

 それは、悲しい夢……。

 

:
:
:

 

『どうしたの…?』

 目が覚めるとアスカが僕を心配そうに見詰めていた。多分、うなされるか、妙な寝言でも言っていたのだろうか。今日は移動中故に車の中で寝ていたから、余計に良く聞えたのだろう。もっとも、彼女は僕に寄添う様に寝ているから、立寄った街の適当な家で寝ている時でも、似た様な事になった可能性は高い。

『大した事じゃないんだ。大丈夫だよ』

 僕は彼女の心遣いが嬉しく、軽く微笑んだ。

──── 過去は出来るだけ引きずりたくないしね……

 

 僕が、いつもの朝のように、後ろに積んである箱から保存食を取りだして、少しでも美味しく食べれるようにと調理を始めると、彼女は食器をラップで覆い食卓の準備を始めた。まともな水が少なくなったから、食器を洗わなくても良いようにと、過去の日本の水不足で行われた対処法だ。電気自動車のバッテリ充電にはそれなりに時間が掛ってしまう。充電時間を出来るだけ短縮する為には、使用する電力量を減らすのが手っ取り早い。そんな理由で、荷物の総重量を出来るだけ減らしている為、余り沢山の水は積んでいない。プラスティック系のゴミが増えてしまうのが問題と言えば問題だが、今更気にしても意味の無い事ではある。

 

『さて、今日は何をしようかな…?』

『私……、久しぶりに、映画……見たいな……。駄目?』

 僕は彼女の意見を聞いて、少し考え込む。この辺りに映画館は在るけど、電源が確保出来そうに無い。ディジタルシアターなので、ハードディスクに保存されているコンテンツが何かという問題も有った。中継衛星は稼働しているし、光ファイバも迂回経路を含めれば繋がってはいる様なのだが、配給元の電源が落ちてしまっているのと、多くの光ファイバ中継器が動作しなくなってしまっている為、配給元のサーバとの交信は既に出来なくなっているのが現状で、コンテンツの入替えが一切行えないのだ。配給元はそう多くなく、殆どが海外と言うのも辛い。基本的にサードインパクト発生時に保存されていたコンテンツなので、既に鑑た事の有る娯楽作品数作品しか保存されていない可能性が高く、知識を辿っても、ほぼ間違い無さそうだ。

 

 そうなると、プロジェクタかテレビを使ったヴィデオディスクの鑑賞になるけれど……。まぁ、二人だけで鑑るのだから、プロジェクタや、大型 SED スクリーンなどが生きていれば問題は無いのだが…。

 

 ……頭の中に雑然と散らばっている知識を少しずつ整理しつつ、良さそうな情報を探してみると、どうも、大型電気チェーン店に、発電機を持込むのが一番早そうだ。そう、いつもは車のバッテリ充電に使っている小型発電機でも、変圧器を挟めば、家電程度なら十分動かす事が出来るのだ。

 

『20km 位移動するけど、それでもいい?』

『うん。でも……』

 彼女も、映画館での鑑賞が難しいと言うのは分っていて、他の心配をしていた。

『機材やヴィデオディスクが、無事だといいけど……』

 前に映画を見ようとした時には、目的地一帯が焼失してしまっていて、どうしようもなかったと言う事が有った。また同じケースに陥る事も有り得はする。

 

 サードインパクト発生時に火を使っていた場合、燃料切れなどで勝手に消火したり、スプリンクラーなどの消火設備が十分働かない限り、火事になってしまっていたのだ。そして当然、それを消す人は誰もいない。最悪の場合、街が一つ丸ごと燃えてしまう結果になる。

 

 思った程には多くはなかったが、そんな街は幾つも在った。シネマコンプレックスとか、ショッピングモールとか、繁華街には火を使う所が点在しているのだから当り前と言えば当り前なのだが、初めて目にする迄は、その可能性にすら気付かなかった。第三新東京市はそんな事を考える以前の状態になってしまっていたし、現在の事象は、今迄の人類史では有り得ない出来事なのだから、可能性をきちんと把握していないと、気付かなくても仕方はなかったのだが…。

 

『お互いに、先に悪い方を考える癖を、出来るだけ止めないとね…』

『ぁ……』

 そう。僕も彼女も、どうしても悪い方を考えてしまいがちなのだ。

『発電機は在るから、何処かで小型プロジェクタでも入手しておく?』

 余り荷物は増やしたくはないのだが、気軽に気晴しが出来る物を何か用意しておくと言うのは悪い事ではないだろう。それに、小型プロジェクタや軽量スクリーンは片付ければさほどかさばる物ではない。一番場所を取るのはスピーカだったりする。シート型スピーカと言う便利な物も有るのだが、余り出回っていないので入手は困難だ。

『そうね……。静かな世界だから……、それも悪くないわね』

『うん。じゃ、行こうか!』

 僕は、そう言うと、クラッチを一速 (ロー) に入れ、アクセスペダルを踏込んだ。

  


§02. Verwirrt... 

 

 そろそろ、あの日から一年が経とうとしていた。

 相変らず、薄い紅に染まった大気が空を覆っている。紅に包まれた世界と言うのは、余り気分が良いものではない。

 

(紅に覆われてる世界ってのは、精神的にどうしても良くないんだよねえ……)

 

 赤は刺激色。波長が一番長い可視光線だからだろうか、可視光線では波長が最も短い紫と同様に視神経に強い刺激を与えるのだ。それぞれの与える影響に差こそ有れ……。

 

(僕は、大丈夫だと思うんだけど、アスカは……どうなんだろう……?)

 その点は、随分前から気にはなっていた。彼女に特に変った兆候が見えないから、余り気にしないようにしているだけの事。やはり、心配事の一つではある。

 

 もっとも、この世界で少々精神的に異常をきたしたからと行って、それ程困るとも思えなかったが…。むしろ、正常に生活出来ているから苦しみが積算されて行っているとも言る。

 

(ふぅ……、今日は珍しくちょっと暑いかな……?)

 僕は、何も変らず地表を照りつける太陽の方を見上げると、眩しさに目を細めた。

 何故かあの日以来、妙に生温い気温になったが、日本は沖縄辺りが、ほぼ赤道上に載っかっている国なのだ。当然、日差しはそれなりに強い。これで何故に、現在はさほど気温が上がらないのかが謎である。紅い海が熱を吸収し何らかの形で使用してしまっているのだろうか。

 

 

(太陽と月は、変り無しか。……いや、変ったのは、地球だけか。でもこれも、宇宙からしてみれば取るに足りない事象か?)

 きっとそれが正解だろう。宇宙全体からしてみれば、地球が死の星になろうが、大した事では無いのだから。

 

『あー、シンジ、また何か考え込んでる』

 アスカが軽く怒ったような声で僕に声を掛ける。確かに、彼女を無視して考え込むのは悪い癖だ。こう言うのは、一人で作業をしている合間なんかにすればいい事だから…。

 

『ごめんごめん。それで、何かいいものでも見えた?』

『ううん……。山道って、木が無くなると本当に殺風景ね……。まだ慣れないわ……』

 

 大気全体に薄く紅い霧が漂っている為か、視界が今一つで、遠くは霞んでしまって良く見えない。ぼんやりと眺めている僕から見えるのは、空と雲と山肌ばかり。後は、遠くに微かに、廃墟と化した街が見えるくらい。

 ここは、街と街を繋ぐ、かつて国道と呼ばれた道の途中の日陰。山の中の曲りくねった峠道。次の街はまだ何十km か先だから、発電パネルを太陽に向け充電しつつ、少し休憩している所。

 

『昔の人は……、徒歩で移動してたんだよなぁ……』

 当時は当り前の事だから、誰も疑問には思わなかっただろうが、今から考えてみれば大変な事である。道が綺麗に整備されている訳でもなく、足だけが頼りの旅路なのだから。今現在の様に所々道の舗装が割れていたりと少々問題が有ろうとも、車で移動出来ると言うのは行動範囲を大幅に広げている。それに、今乗っている車は四駆で、タイヤも荒れ道に耐える物に換えてあるので、少々の悪路は振動さえ我慢すれば突破出来るのだ。

 

(けど、車の移動ばっかりだと、アスカが運動不足になっちゃうかな……)

 そんな事を考えながら、アスカが何をしているのか見てみると、どうやら、何か見えないか、ガードレールに身体を預けるようにして遠くを眺めているようだ。街と違って開放感が有る為か、少し明るい表情をしているのが嬉しい。

 

(ま、取り敢ず平和だね……。いい事だ)

 そう思い紅い霧のせいで赤紫になってしまった空を見上げていると、何か妙な音がしているのに気付いた。

 

(何だろう…? 軋むような音…?)

 もたれ掛ってる車から聞える音ではない。何が軋んでいるのだろうか。

 

 辺りを見回すが、そんな音を立てそうな物はそれ程無い。

(後方じゃないな……、前方……かな?)

 

 僕は何となく嫌な予感がする音の発生源を探し……そして、見付けた。

 

 軋んでいるのは、ガードレールだった。当然それは、アスカが身体を預けているガードレールで……。

 

『危ないっ!』

『ぇっ…?!』

 アスカは、そのまま壊れたガードレールと共に、下に落ちてしまった。

 

『ア、アスカっ?!』

 僕は慌てて彼女が落ちた処へと駆寄る。下を見ると、幸いと言うべきか、なだらかな斜面になっていて、それ程大きな衝撃にはなり辛い地形ではあった。だが、落ち方によっては、どうなるか分らない。

 そして、アスカは、かなり下の方でうずくまるようにしていた。気絶しているのか、何かあったのか、殆ど動く気配が見えない。

 

『ア、アスカっ!!』

 僕は後先考えず、斜面を滑り降りるように彼女の元へと向った。

 慌てていたからか、上手く滑り降りる事が出来ず、何回転かしてしまって身体をあちこちぶつけてしまった。軽い痛みを感じるが、少々の事では死ねなくなっている僕にとっては、こんなものは一時的なものだ。そして、僕は、途中で変な方に転がってしまったようで、アスカから 100m 程離れた所でようやく止った。少しアスカのいる位置よりも下迄滑り落ちてしまったので、彼女の様子が良く見えない。

 

 彼女は……。

 

 ここから見ると、うずくまって足首を抱えているように見えるが、殆ど動かない。

 

──── もしかして……、アスカが……

 

『うわ……、うわぁぁぁぁ!!』

 僕は感情が抑えきれなくなっているのに気付いた。

(ぼ、僕が悪いんだ! 僕は彼女を護るって決めたのにっ! あぁぁぁっ!!)

 

 そしてその感情と共に、僕の身体の中で何か変化が起きたような気がした。それと共に、両手の聖痕が目茶苦茶な周期で光の強さを変えながら淡い光を放ち始めた。

 

『ぇっ……?』

 

 それは突然の事だった。身体の奥からとても熱い力の流れが吹出して来るような感覚を覚える。

(な、何だ……?!)

 

『ぐ、ぐぁぁぁぁっ!!』

 僕は自分が把握していなかった力を内包している事を思い知らされると共に、どうすれば良いか分らない事に強い戸惑いを覚えた。少しの痛みを伴いつつ、身体の奥から目に見える形で良く分らない力が吹出している。そしてそれは、かまいたちのように辺りを傷付け始めていた。

 

(こ、これで、僕の力のほんの一部……?)

 身体から湧出る力の感じで、それはほんの一部の力だと言う事が何となく分ったが、それと同時に、自分がどれだけ危険な存在に成果ててしまったのかも分ってきた。

(こんな、こんな力……欲しくなかったのに……)

 

 とても嫌な気分だ。そして、僕はこの力の放出が止められない事に気付いた。と言うよりも、どうして力が放出されているのかも分らないのだ。僕は、自分の身体の事を全くと言っていいくらい知らない。だから、原因が分らないと、制御すらまま無いと言うのが現状……。

 

 

 そして、辺りの斜面や、岩を傷付けたり砕いたりしてしまっている自分が怖い……。

(ど、どうしよう……)

 

 やがて、辺りに響く妙な音で意識を取戻したのか、それとも異変に気付いたのか、アスカが僕の周りの現状に気付いてしまった……。

 

 彼女が取り敢ず見た目無事だった事は嬉しい。だが、この状態ではそれを喜んでばかりはいられない。何故ならば、彼女が僕へ依存している度合が全くと言っていい程に改善されていないのだから……。

 

 予測した通り、アスカは驚いた顔をしつつもこっちへ近付いて来ようとしている。

 

『シンジ……、シンジ……!!』

『アスカっ! き、来ちゃ駄目だっ! し、死んでしまう……!』

 

 僕はありったけの声で、彼女を制する。僕は彼女を傷付けたくはないのだから。

 

『アスカ、落着いて!! これは、僕の……僕の力が……、上手く制御出来なくて……。暫くでいいから、離れていて……、お願いだから……。その内、収る筈だから!!』

 

 半ば無駄だろうとは思いつつも、僕は必死に彼女に訴えた。一時的に少しだけ離れていて欲しいと。だが彼女は、泣きそうな顔をしながら僕の方へ近付こうとしているのだ。

 

──── 足を引きずっている……? 捻挫で済んだのか…?

 

(これならば、アスカが動けなかった方が良かったかも知れないよ……。アスカ、お願いだ、離れて……!)

 僕の願い虚しく、彼女は到頭涙を流しながら危険な範囲に入り込んで来てしまった。気持は分るが、それは僕にとっては辛い事。彼女を傷付けてしまう……。

 

『嫌ぁっ! シンジっ! シンジがいない世界なんか嫌っ!! 置いて行かないで!』

 彼女は、現状をまともに把握出来ていない様に見える。恐らく、僕と永遠に逢えなくなってしまうと思い込んでしまっているのだ。僕が、彼女を傷付けないように何処かに行ってしまうと考えているのだろうか?

 

『違うんだよ! これは、僕が……力を、抑えられなくて……。一時的なものなんだ。この力が及ばない程度に離れててさえいてくれればいいから!!』

 僕は必死に彼女に訴える。だが彼女の表情はどんどん暗くなる。そして大量に涙をこぼし、自分の顔がどうなっているかなど全く考えずに、少しずつ僕の方へと近付いてくる。

(駄目だ……、アスカの不安を煽ってしまってるんだ……。アスカは、もう誰にも捨てられたくないから……。この世界では受入れてくれる場所が僕しかいないから……)

 

『嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!、遠くに行かないで……。側にいてよぅ……。私を……一人に……しないでぇっ!!』

 

 彼女は傷付きながらも僕に近付いてくる。さっきの怪我はそれなりにひどかったのか、まともに立てない様で、足を引きずり、半ば這うような体勢で……。

 

『駄目だ、アスカ、君を殺してしまうなんて耐えられない。傷付けたくもないんだ! これは、その内……収ると思うから……来ないで……』

 同じ事を繰返し言っているように思うが、それ以外に彼女に掛ける言葉が無い。僕自身、自分の身体を把握出来ず、この現象をどうすれば良いのか分らないのだから。

 

『その内っていつ? その間、私は、シンジに逢えないの? 側にいられないの? 嫌よ……。私……、シンジといられないのなら、シンジの側で死ぬ方がいい!』

 彼女の言葉がとても悲しい。

 

──── 僕にはそんな価値は無いんだよ、アスカ……

──── 逢えない訳じゃないんだ……、暫く離れていてくれるだけでいいんだ……

──── アスカ、君には自分を大事にして欲しいんだ……、僕は……

 

 心の中に悲しい感情が広がって行く。どうにかしなくてはならない……。だが、その方法が分らない。そして、今の僕は焦る事くらいしか出来ないのがもっと悲しい……。

 

 

 彼女の身体には傷が増えて行く。しかし、その時僕は或る事に気付いた。

──── アスカの身体に付いている傷は、周りを破壊している力では有り得ないほどに浅い…

 

 そう。彼女は傷付いているけれど、力がそのままぶつかっていれば、彼女は既に死んでいても不思議ではないのだ。

 

──── 何故?

 

 僕は自らに問い掛ける。

 

──── 僕が、アスカを傷付けたくないから?

 

 そうなのかも知れない。でも、このまま彼女が近付いてくれば、大怪我になる事は避けられない。そして、僕の許へと辿り着けば、彼女は死んでしまうだろう。

 

──── 嫌だ! アスカを傷付けたく無いんだっ!

 

 僕の心が慟哭を上げると共に何か小さな声が聞えたような気がした。

 

チカラ・・・

 

 これは……、夢の中で聴いた声?

 

力の……、力の暴走に気を付けて……

 

 綾波の声?

 

心を穏やかに、強く保てば……

 

 穏やかに……? 強く…?

 そうか、僕は……さっき、力を持ってから初めて焦っていたから……。激しく心を乱してしまったから……。だから……。

 

『ごめん、アスカ……』

 

 僕は目を伏せると、出来るだけ落着こうとした。

 昂ぶった心を落着かせるのは難しい……。だけど、それしか出来る事はないから……。

 

──── 何故僕はここ迄感情を昂ぶらせてしまったのか?

 アスカが、ガードレールの崩落に巻込まれて、崖から落ちてしまったから……。

 

──── そのアスカは今どうしてる?

 足をくじいたみたいだけれど、生きている。そして、僕が傷付けている……。

 

──── ならば、何故まだこんなに心が乱れているの?

 それは、アスカを傷付けるのが怖くて……、あっ……。

 

 そう。僕は悪循環に陥っていたのだ。

 

 アスカを傷付けたくないのに傷付けてしまっている事で、心を落着けられなかっただけなのだ。

 

 

『僕は……、馬鹿だ……』

 そう呟くと、僕は彼女に歩み寄りしっかりと抱きしめていた。

 

 

 ……力の暴走は収っていた。

 

 

『ごめん……。僕が……、馬鹿だったんだ。僕が全部悪いんだ……』

『シンジは馬鹿なんかじゃない……。私を心配してくれているの……』

 彼女は安堵し、そして嬉しそうに僕に寄添うと、そう呟いた。

──── 僕は、彼女の側にいるべき者なのだろうか?

 分らない……。

──── でも、アスカを見捨てる事は有り得ないんだ……

彼女を護れるのは、もう僕しかいないのだから…。

僕が彼女を護ると決めたのだから…。

──── それが、僕の自己満足でしかなくとも……

 

 

『だけど……、分っただろう? 僕が本当に人間じゃない事も。そして危険な事も……』

 僕は、少し辛そうに呟く。それは僕の本心が生じさせる戸惑い。彼女から離れたくはないけれど、僕は彼女と共にいていいのか分らない存在だから。心に大きな惑いを抱えているから…。

『いいの。シンジがシンジでいてくれれば……、私といてくれれば、それでいい……』

 彼女は涙を拭いながら軽く微笑むと僕を見詰めていた。

 

『本当に、それだけでいいの?』

『えぇ……。もう、この世界に望む事は、殆ど無いわ……。一番大事なのは、シンジが一緒にいてくれる事……』

 どうも、それが彼女の本心のようだった。僕に依存しきってしまうのが良い事とは思えなかったが、彼女がそれを選択したのならば、否定は出来ない。僕達はこの地球上にいるただ二人のヒトなのだから。そして、僕は彼女が望む限り彼女を護ると決めたのだから。

 

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『ねぇ……、重くない…?』

『えっ? 突然何を…?』

 僕は、アスカを背負って山の斜面を登っていた。少し急な斜面だけれど、傾斜が緩やかな所を選んで登り切ればいいのだから、さほど辛い訳ではない。

 

『どっちか言うと……、軽いよ……。最近、余りいい物が手に入ってないからかな……』

『シンジって、食べ物の事ばかり考えてるのね……』

 彼女の溜息混じりの呟きに僕は苦笑する。

 

『そう言う訳じゃないけど……。食べ物が入手し辛いのは事実だろう?』

『そうなんだけど……』

 少しアスカは不満そうな雰囲気で僕に答える。そして、何故か更にぎゅっと抱付いてきた。

『な、何……?』

『…………』

 軽く振向くと、「困った人ね」と言った感じの表情で軽く睨んでいた。

 

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 早くアスカを治療したかったが、先ずは車の所に戻ってからの話である。使う機会が訪れては欲しくなかったが、用意はしてあった一通りの応急処理が可能な物を詰込んだ医療箱が役に立つ日が来てしまった。

 

 ようやく道路まで上り、自動車の所に戻ると日が傾き掛けて空が真っ赤に染まりかける寸前だった。

『今日は、ここ迄かな……。ちょっと水を汲んでくるよ』

『えっ……。離れないで……』

 アスカが凄く淋しそうに僕のシャツの裾を引張っている。

 

『大丈夫だから。近くに湧水が出てたんだ。それを汲んでくるだけだからさ』

 ここに戻ってくる途中、水が湧出ている場所が在ったのだ。僕は、彼女の不安を鎮める為に軽く抱きしめる。少しすると、ようやく納得してくれたのか、彼女の身体のこわばりが取れて行くのを感じる。そして、不安そうではあるものの落着いたのを確認すると、ポリバケツを持って湧水が出ていた岩の裂目へと走って行った。

 

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 湧水のお陰で使える水の量が増えたのが有難い。水を満たしたバケツを持って戻ると、その水を使って彼女が痛めた足を洗い、一通りの応急手当をした。

 

『良かった……。捻挫だけで済んでるよ……』

 骨折していたら、知識だけで治療経験の全くない僕には、きちんと治療出来るかどうか怪しい。彼女が怪我をしてしまった事は悲しいけれど、あれだけの高さから落ちて、捻挫で済んだと言うのは不幸中の幸いだ。

 

『でもこれで、また私、シンジの手伝い、出来なくなるのね……』

『いいんだ。そんな事は……。アスカが元気でいてくれれば……』

『うん……。有難う……』

 

 僕は彼女の足をポータブル冷温庫で冷したタオルで冷しながら、彼女に微笑みかけた。

『良かった……。少し、元気になったみたいだね』

『やだ……。もう……』

 何故か彼女は顔を赤くすると俯いてしまう。時々こう言う事が有るのだが、僕には理由が良く分らない。でも、彼女が元気になってくれれば、そして、微笑んでくれれば、それでいいのだから。

 

『治療が十分じゃないから、次の街で、病院を探して、きちんと処置しないとね』

 恐らくひどくても、骨に少し“ひび”が入っている程度だとは思うけれど、詳しい事は調べておいた方が良いし、出来るだけの手当はしておかなければならない。

『多分大丈夫だと思うわ』

『多分じゃ後々困るかも知れないからね。知識は有っても僕には手術は出来ないんだよ?』

『うん』

 素直に頷く彼女は昔のような棘は無く柔らかく美しい表情をしている。少し淋しそうな影があるのは気掛りだが、悪化する様子は見られないので、僕が支えて行くしかないのだろう。僕は、この地上に二人しかいないヒトの一人だから…。

 

 何かあっても、それはあの心を削り続けた闘いの頃からしてみれば、とても穏やかな毎日。

 ずっと、平穏な日々が続けばいいけれど、それは叶わない事。

 

(それでも、その日が来る迄は……)

 大気に漂う紅い霧で赤く色づいた月を見上げながら僕はいずれ来るその時が出来るだけ先であるように祈っていた。

 

  

 

 

To be continued...


(著者より哀を込めて)

 今日は、和哉 です。

 2話目ですね。相変らず、話の進展が強引かつ、偏っていますが、まぁ、これが Project-N の個性と言う事で… (^^;; 。予告通り、全然 LAS になりませんね。そう言う作品なんです、これは。LAS じゃないのですから当然と言えば当然なのですが。

 この作品、実は、元々書きかけのプロットの“プロローグだけ”を抜出してリファインした物なんです。ちなみに、書始めは 2/8/2004。既に、一年半が経過しています。

 丁度、ながちゃん さん のサイトの投稿枠に空きが出来たので、何か投稿してみるか……と、過去の書きかけ (10作品くらいある (^^;; ) を読直して、「或る作品のプロローグ部分をベースに、書直したのを実験的に出してみるか」となり、世に出たのがコレです。

 元々がプロローグですから、続きがある事が前提になっている流れだった為、その辺りの書直しが必要になりましたが、暴走すると作業が速いのが Project-N の取柄 (普段は遅筆)。半日で大筋の書直しが終り、それを元に §01 が仕上がりました。元は、§01 よりも短い物 (!) だったので、大幅に増量されている事になります (^^;; 。私は、粗筋書くだけなんですけどね (^^;; 。

# 続きの粗筋の粗筋 (^^;; みたいなのは有るんですが、唐突に話が別の方へ行っちゃいます (^^;

 空き枠が出たのが土曜日 (8/20/2005) の早朝、投稿したのが日曜 (8/21/2005) の午後 2時頃だったりしますから、何やってるんだかという感じですね。まぁ、Project-N のページは、現在連載を抱えていませんから、特に問題は無いかな〜と (^^;; (早く新作書けと言われそうですけど)

# 多分、この作品が、細かい部分を修正したり、調整や、再修正を経て、Project-N のページにも掲載されるでしょうけど (^^;; 。但し、PDF Document で (^^;; 。

 

 あぁ、後一つだけ書いておかないといけない事が有ります。

 この作品には、明るい展開は有りません。そう言うのが好きな方には、合わない作品だろうなぁ……と。

 

 ではまた。

# 次に投稿するのは、読切りかも (^^;


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