「何故・・・何故なのシンジ君。どうしてシンクロしないの?」

「ちょっと、リツコ、話が違うじゃない。どうすんのよ?」

少なくとも貴様が「どうすんのよ?」とかいっていい立場じゃない。

そういいかけた赤木リツコ博士は思考に集中していった。

「(可能性はいくつかある。その一、あたしも知らないエヴァの運用上のトラブル。その二、彼は全く母親を求めていない。その三、彼の母親の魂が消滅している。そしてその四、彼は碇シンジではない。

今あたし達に出来ることはその一、その二だと信じて作業を続けること。

無様ね。)」

「碇。こんなことは私ののシナリオにはないぞ。碇!!」

「葛城一尉、構わん。そのまま初号機を発信させろ。」

(おいおい、ぶっそうな展開だなぁ。俺。このままどうなんの?)
シンジ君と呼ばれていた少年は考える。

(一応、金もらってる以上依頼主に迷惑かからない程度には仕事するか。)

「あの〜、赤木さん?エヴァってオーナインシステムなんですよね。なら俺が動かせないのも普通なんじゃありません?正直はじめからさっきの女の子を乗っけたほうがよかったんじゃないですか?」

「バカいってんじゃないわよ、アンタおっとこの子でしょぉ!!女の子に戦闘をさせる気?」

「させる気満々で訓練させてるのはあなた達でしょう。それよりもこれは戦争だ。だったらより確率の高い方を優先するべきです。今この場でオーナインシステムを動かすのか?それとも重症だが訓練された確実にコイツを動かせる女の子を使うか。あなたは究極の二択を迫られてるんですよ。ドゥーユーアンダスタン?あぁ、神様、助けてくれ。コンナ頭の弱い作戦部長とか言う分不相応な役職を持ってる女に俺を含めた人類の究極の二択を託さなきゃならんなんて?」

「な、なんですってーーーーーーーーー!?だれの頭が弱いですってぇ!?あんt」

突然喚いていた女の顔が消える。そして白衣の女性が写る。

「葛城一尉、落ち着きなさい。指令。よろしいですね?」

「やりたまえ、アレを倒さねば人類に未来はない。」

「分かりました・・・・・・では。エヴァンゲリオン初号機、発進!!」


「・・んのぉおおおおおおおおおちゃんと出すなら出すってイエェエエええええええい!!」

「よく舌をかまないな。」

「ボーカル向きか?」

現実逃避のオペレーターが二名。そのキモチ、わからないでもない。

「ちょ、リツコ、何勝手に発進させてるのよ!」

「シンジ君。まずは歩くことだけ考えて。」

要求していることは極初歩的なことで、まずはそれすら出来なければ話にならない。
勿論戦場に出すぐらいだ。その程度は当然クリアしている。赤木リツコは確信していた。
だが状況は赤木リツコの予想を大きく裏切って進行しているのであった。






(『歩け』だって?敵が目と鼻の先にいるのに。コレマジものの戦争?三流以下だなこの組織。しかもこのでかい人形全く動く気しないぞ。)

「ゼンッゼン動きません。これを動かすよりかはアザラシと意思疎通を行う方が自信がありますよ。って!んのぉおおおおおおおおおおおへっぶし!!」

豪快に使徒に殴り倒される初号機。

「あーびっくり。絶叫マシンなんてめじゃないなこれ。ところで、いつになったらコレ動くんですか?俺、このままだと死にますけど。」

本当だ。少年は顔に出さないが誰よりも死が近くまで来ているのを知っている。
すぐ横で、彼の傍らまで。
そして気づかない。安全なところに居て弱い少年を戦場へと送り出した大人たちは。

だが、発令所からの応答はない。通信機器が今の転倒でいかれたようだ。


(ジン・・・・恨むつもりはない。でも、こんな終わり方は嫌だぜ。)

と同時にプラグの内部が暗くなる。

(いよいよ・・・・・か。)

少年は覚悟を決めた。かつてはいつでも死に近い場所に居た。でもそれでよかった。
死しか知らない少年には恐怖などなかった。
しかし、今少年は生を知っている。死がとなりに居ても動揺はしない。
だがしかし、願ってしまう。「生きたい。」と。

そのとき、エントリープラグに何かが入ってくる。

「アキラ、大丈夫か?」

ふと幻聴が聞こえる。

「死神って親友だったんだな。いや、違うな。親友は死神だったってことか?」

「大丈夫か?頭。」

「ひょっとして、俺、生きてる?」

「一応今のところはね。さて、交代だ。これから先のことは自分でどうにかしてくれ。いつもどおりだろう?」

「シンジ!!生きてるって素晴らしいな!!」

どうもいろいろなことが起こりすぎたらしい。

「そうだな。とりあえず状況を教えてくれ。何でお前はこんなものの中に居るんだ?」

「お前の親父に会って有無を言わずにこいつに押し込められた。それ以外にはない。以上報告終わり。」

「そうか、楽しそうな絶叫マシーンでよかったじゃないか。俺は貴様が楽しんでいる様子を外から眺めることにしよう。それじゃあ達者でナ。」

「待った待った!!言いますって!!報告しますって!!えっとな・・・・・・・。」



ベルベットの商人シンジ

−Alea jacta est! −

第一話

presented by レノ様




数時間前。

日本 第三新東京市。

アキラ「遅い。何時まで待たせる気だ。気弱なシンジ君を演じられるのも俺の機嫌が良いときだけだぜ。どうしてくれんだよ?」

茹だるような暑さの中。細身の中世的な顔立ちの少年が一人駅の改札にたたずんでいる。

「電話は通じない。おまけにリニアはとまる。待ち合わせの女は来ない。八方ふさがりか。」

「碇家に電話しようかな。一応緊急事態だし。そもそも資料で見た髭面がシンジの半分とはいえDNAの提供者とは思えん。確かめる必要がある。何で俺思い出さなかったんだろ。」

そういいながら少年が鞄から携帯を取り出そうとした。


「ん?だれだ・・・・・・・。」

(赤い瞳の青い髪の女の子か。白いブラウスが似合いそうな女の子だな。)

ふいに少年の身体が影に包まれる。

「・・・・ん?」

ふと上を見上げるとそこには巡航ミサイルが飛んでいた。


「はっはっは。女の子の次はミサイルか。次は何が出てくるんだ。ウルトラマンか?巨大怪獣か!?何でも来いっての!」



数秒後、少年はこの言葉を言ったことを猛烈に後悔することになる。











=発令所=

戦略自衛隊。日本を守るために作られながら平気で街を吹き飛ばす世界最悪の軍隊である。
とある海洋国家のつめの垢でも飲ませたいほどだ。

「何故だ!?何故きかん!?3個師団を投入していながらなんと言う有様だ!!N2だ!N2を使え!!320秒後に爆破させろ!!」

数人の将校が腰を下ろす中、一人の男が電話相手に怒鳴り散らしている。
そしてその後ろの一際高い位置から二人の男達がその様子を眺めていた。天才的と形容するのはふさわしくない。しかし、マキァッベリも言う「天才は時代に要求されたからこそ天才たりえた。」と。

今戦略自衛隊の将校を眼前に捉えながら見下している男は確かに天才型の男ではない。
だが、時代が必要とした人間でもあった。

セカンドインパクトを乗り越えるために日本とヨーロッパのとある秘密結社との蜜月関係を作り出し、日本の復興に大きな役割を果たしたのもまた事実ではあった。
だが、後年の歴史家達はこの親子を皆一様にこう評する。

「結果としては同じことを、だがやり方は全く違う方法で成し遂げた。」

と。そして歴史家達が彼ら親子について筆を取るよりずっと前に、男は後悔する。

息子を殺しておかなかったことを。

だが、それも後の話である。今彼らはとある目的のために息子を必要としていた。


「ATフィールドか。使徒に通常攻撃は聞かんよ。」

「全く。厄介だな。」

「ところで碇。奴らはN2を使用するようだが、我々はまだシンジ君を確保してないぞ。大丈夫なのか?」

「問題ない。そのための葛城一尉だ。」







=第三新東京市市街地=

「悪かった。俺が悪かった。神様仏様サンマルコ司教。聖人の皆々様ユピテル神。俺が悪かった!!だからあの化け物を何とかしてくれぇええええ!!」

市街地を鞄を引っ掛け驚異的な速度で走り抜ける一人の少年が居た。

そしてその後ろには高層ビルよりも巨大な生命体が動いている。常軌を逸したその巨体には戦略自衛隊軍からのミサイルの雨が降り注いでいるが、その動きを止めるにはいたっていない。
そしてその緩慢な動きでもって。いや、実際に対峙する戦闘機のパイロットからしてみれば驚異的な速度でもって戦闘機を叩き落としていく。ハエでも叩くようにして。
そして生命体は何かに導かれるように市街地へと足を向けていく。


「オイオイオイオイオイオイ、こっちに来るんじゃネェええええ!!もう駄目だ!死ぬ!」

そこにアルピーヌルノーが突っ込んでくる。スピンターンのおまけツキで。

「碇シンジ君。乗って!!」


「よけろぉ!!潰されるぞぉおお!!」

「な!?」

彼女は使途に向かって車を滑らせていた。そしてスピンターを軽やかに決めようとした丁度その場所は、巨大生命体の足の影が落ちていた。

「くっ!!このぉおおお!!」

ぐぉおおおおおおんっ!!

女性の掛け声とともにルノーのエンジンは全開にひらかれ、車体は悲鳴を上げながら僅かに影の外に抜け出る。

直後、その場所は生命体の足が踏み抜く。


「大丈夫ですか!?」
少年が駆け寄る。

「だ、大丈夫よ。」

女性は肩で息をしている。なかなか危なかったようだ。

「はじめまして碇シンジ君。・・・・・・・葛城ミサトよ。」

「・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・あっ。はい。俺が碇シンジです。はじめまして。」

「なにか無視しきれない妙な間があったわね。」

「気にしないでください。今、おれ・・・僕達は人類で始めて巨大生命体を生身で真下から見上げるっていう奇跡体験をしたばかりですよ。」

「それもそうね。」

「ところで、いつやつが振り返ってこっちに来るか分かりませんよ。さっさと逃げません?」

「わかったわ。シンジ君、乗って!飛ばすわよ!!」

そしてアルピーヌ・ルノーは巨大生命体を避けて第三新東京を駆け抜けた。人類最後の砦へと。





=その数分後 発令所=

「私だ・・・・・・・・・・そうか、準備が整ったか。では爆破しろ!!」

瞬間、メインスクリーンが真っ白になる。誰もが息をのむ。

「やったか!?」

男は幼子が我慢しきれないように結果を知りたがった。

「モニター回復します。」

「ハン!!あの爆発だ!生きているわけがない。」

男は満足げに身体を、さして座り心地の良くない椅子に深く身体を沈める。

だが、直後に彼の達成感は砕かれる。そしてそのことの前には街一つを犠牲にしてN2を使ったことなど彼にとってはあまりに些細なことであった。彼の街はかくして失われた。

オペレーターの一人、伊吹マヤは素直な、そして日本人の観念で言うところの”善人”でありすぎた。

だが、彼女は技術者であり、エンジニアであった。エンジニアとは、一つの方法で、たった一つの方法で解答を導き出すのがエンジニアだ。赤木リツコのような閃きと思考を持つ人間は技術者ではなく、科学者だ。

彼女が悪魔の計画に加担していなければ、彼女の感情は現実を見ることを拒んだだろう。
だが、彼女は物語の中心に居すぎた。いや、計画の立案者とその遂行者たちがそうだと信じている物語の中心に居すぎた。

彼女は冷静に告げる。

「目標に熱源を感知。エネルギー代謝、健在。パターンブルー以前活動を続けています。使徒健在です。」


「な・・・・・・に?」
先ほどまで威勢を張り上げていた男は沈黙するしかなかった。

(さて、彼もコレまでか。もう顔を合わせることもないだろう。)

その様子を見ていた戦略自衛隊の別の男がいた。
「碇君。現時点で、我々の兵器ではあの生命体を傷つけることが不可能だと分かった。今日のところはそれを収穫としよう。だがキミ達のオモチャで勝てるのかね?あの怪物に。」


「そのためのネルフです。」


「そうか、では指揮権を移譲する。あとは頼んだぞ。」

男は決意する。必ずこの舞台に戻ってくる、と。



=同時刻・ケイジ=

ピンポンパンポ〜ン。

技術部赤木リツコ博士、赤木リツコ博士、今すぐ作戦部葛城一尉までご連絡ください。

「あきれた。また迷ったの。」










=同じく同時刻・ジオフロント=
カートレインの中、薄暗い空間から突然明るく広い空間が開ける。

「ん・・・・?ジオフロント?」

「そうよ、アレが私達人類の最後の砦よ!」
踊りださんばかりの口調で女が言う。

「逃げ込める場所があるというのはいいことですね。ただ、あの相手には役不足ではありませんか?」

「そんなことないわよ。シンジ君。お父さんの仕事は聞いている?」

「いいえ。そういうことは彼、言いませんから・・・・・・。」

「そう・・・・苦手なのね。お父さんが。」

アキラの口から出る言葉に同情した女の口から言葉が薄く漏れる。

アキラの思考と裏腹に。
(シンジのヤツが何も知らないんだからこう答えて置きゃ問題ないだろう。大体俺のほうがあいつの家族と付き合い深いんだし。は!?俺が碇シンジ君になってもいいんじゃないか?そうだ、それでいいや。どうせあいつ帰ってくる予定なんかもまるでないんだし。俺の戸籍もないし。一石二鳥じゃないか!?よし、これでいこう。題して「俺は碇シンジ君だ!!」計画。)

勿論彼は数十分後にこの日二度目の深い、深い後悔をすることになる。
その後の彼は「人間謙虚が一番」がモットーになったとかどうとか。


そして彼が計画の構想を練っている間、彼の”案内役”の女性は道に迷い。助け舟を親友に出してもらうことになる。

エレベータの前まで二人が来たとき、葛城ミサトの親友であり、Nerv技術部部長である赤木リツコ博士が現れた。彼女の金に染められた髪は特殊な水溶液でぬれており、白衣に切れ込みの際どい水着といういでたちをよりいっそう妖艶に見せるのに一役買っていた。

「ミサト、こっちよ。」

凛としたその声はともすれば冷たい印象を与えそうだ。
対照的に目の下の黒子が愛らしさをかもし出すその女性は科学者の目で少年を見すえ、言った。

「この子がサードチルドレンね?」

彼女の目つきが気に触ったのか、少年は顔を上げ、ちらりと目を彼女へと向け、興味がなさそうにまた思索へと沈んでいった。
実際には、少年は彼女に興味がないわけではないが、彼の生い立ちの中で、”科学者”とは警戒すべき生き物だと認識されていたため、少年は面と向かって彼女と相対するのを避けた。

「そうよ。(どうも相当指令のことが嫌いみたいなのよ。どうするの?)」

「(どうもこうもないわこうなってしまった以上指令と彼は赤の他人として扱うのがいいんじゃないかしら。)」

赤木リツコへの警戒を解いていなかった少年は、軽くため息をつき、自己紹介も何もないまま自分を番号で呼んだ忌諱すべき女に声をかけた。

「はじめまして、碇シンジです。」

「はじめまして、赤木リツコよ、あなたのお父さんの部下で、ここでは技術部長をしているわ。よろしく。」

「よろしく・・・・・・・・・・・ですか。」

「えぇ。」

僅かに不穏当な空気が立ち込める。だがまるでそんなものなどないかのように赤木リツコは葛城ミサトとなにやら話を始め、少年をエレベーターに促し、彼女らの目的地へと向かった。










=初号機ケイジ=

「真っ暗ですね。照明はないんですか?(人の息遣いが聞こえる。大勢居るな。)」

「待ってて、今つけるわ。」





不意に照明が点り、ケイジ内を白い無機質な光が照らす。そしてその中央に座するのは紫色の禍禍しき巨人。

「・・・・コレは?「ようこそNerv江」には載っていませんでしたね。」

「えぇ、コレは人が創り出した究極の人型汎用決戦兵器。エヴァンゲリオン。その初号機よ。」

ふと、少年の耳には女性が無機質な声の裏に何かを隠しているような気がした。
しかし、目の前の現実は少年からそんな些細な懸念を奪いさった。

「こんな・・・・・こんなものが作れるんですか!?コレが父さんの仕事なんですか??」

「そうだ、シンジ。」

少年の遥か頭上から声が聞こえる。声の主はケージで最も安全な場所で強化ガラスに守られて息子と対峙している。

「・・・父さん。」

「ふ・・・・・・出撃。」

男の口から言葉が漏れる。言葉は誰の耳にもただの音にしか聞こえなかったが、一泊の後、周囲の人間はその意図を理解する。

「出撃ですか?レイは重症で医務室に居るはずじゃ?」

「たった今予備が届いたわ。」

「予備・・・?まさか!!」

「俺・・・・・・ですか。」

「そうよ。シンジ君。あなたには初号機に乗ってもらって外で暴れている使徒を倒す協力をしてもらいます。」

赤木リツコの言葉から少年はこの協力の拒否が認められないものだと悟る。

「そうですか。ですが、俺には何故俺がこれに乗らなければいけないか分かりません。」

「あなたしか乗れる人間が居ないの。さっきのここにくるまでの途中で話したことを聞いていたでしょ?エヴァとシンクロできる人間はごく稀なの。」

「リツコ!!レイでさえEVAとシンクロするのに7ヶ月もかかったんでしょう。今来たばかりのこの子には無理よ!」

「座っていればいいわ、それ以上は望みません。」

「だけど………」

「ミサト、残念だけど私達に選択肢はないの。”仕方がない”のよ。」

「・・・・・・・何故俺がコレにのれると?」

少年は彼の父親と名乗った男に向かって聞いた。

「他の人間には無理だからだ。」

「答えになってないよ。父さん。俺がコレにのれるという根拠は?ここに来るまでに少し話を聞いたよ。10億人に一人。コレを動かせる人間はそれだけしかいないんでしょう?」

「説明する理由はない。乗るなら早くしろ。でなければ・・・・・・・帰れ!!」

少年は逡巡する。直感的に彼はここでの決断は彼の運命を決定付けることになると感じていた。
自分の運命を自分で決められない人間は奴隷と同じだ。
彼は言った。




「では、帰らせていただきます。お忙しい中、ご迷惑をおかけしました。」


少年は居住まいをただし、周囲の人に軽く頭を下げ、ケージを後にしようとした。
だが、彼がケージを出るのよりも葛城ミサトが彼の肩をつかむ方が早かった。

「なんですか?」

少年は努力して突き放すような声を出した。

「シンジ君、あなたそれでいいの!?あなたが戦わなければ人類は滅びるのよ?」

「俺は・・・・明日の朝食べるパンにも事欠く身でありながら人のために戦うことが出来るような人間ではありません。そういうことは、誇りある人がやるべきです。僕はたった今父に再び捨てられました。

おそらく帰る場所はありません。僕は人類の敵と戦う前に飢えとの戦いをしなくてはいけませんから。」

少年はせせら笑いながらそう言った。
その侮蔑に含んだ笑いの意味するところを図り間違えた葛城ミサトはついに切れた。

「あんたねぇ!!いい加減にしなさい!ごちゃごちゃ言わないでこれに乗るのよ!!コレは命令よ!!」

「葛城さん。仮に俺がその10億人に一人だとしても。俺には戦う力はありません。無駄になるだけです。それよりも戦略自衛隊やUNに軍隊を派遣してもらった方がよっぽど確実です。」

二人のやり取りが行われている間、彼らの頭上では動きがあった。

『冬月』

2人のやり取りを見るでもなくゲンドウは冬月を呼び出す。別のモニターが現れ、冬月の顔が映し出された。

『どうした、碇?』

『予備が使えなくなった。レイを頼む』

『しかし動かせれる状態ではないぞ』

『かまわん、死んでいるわけではない』

その会話は下にいる二人の耳にも届いた。葛城ミサトは再び言う。

「シンジ君。乗りなさい。あなたが乗らなければ重症で命にかかわる怪我をした女の子が乗ることになるのよ。 」



「(まずいな、碇シンジにしか動かせない理由が遺伝的なものなら完璧にアウト、それでなくてもここで髪の毛や血を落としてそれが調べられてもアウト。今のところ逃げるのに一番邪魔なのはこの女か。)」

少年が黙っているのに勘違いをした女はさらに続ける。

「シンジ君。乗らなければあなたはここでは要らない子なのよ。お父さんから逃げては駄目よ。」

始めは命令調で、そして後半は何かを諭すように。まるで尋問のように女は言った。
だが、”お父さん”という単語が女の口から出てきた時、ある疑惑が浮かんだ。

少年は顔を上げ、いかにも真摯な表情を作って尋ねた。

「葛城さん。あなたは、お父さんがいますか?」

とたんに女の表情がかげる。だが少年が何を考えているか分からなかった女は怒鳴った。

「それは今何も関係ないわ!!」


あまりにもその声は響きすぎた。ケージにこだましたその声はその場に居た人々の動きを止め、辺りは瞬間静寂に包まれる。
疑惑は確信へと変わった。少年は心の中でほくそえむ。

(俺とアンタじゃ役者が違うね。)

「そうですか、死んでるんですか。」

少年は平坦な声でそういった。それが女をさらに逆上させることが分かっていながら。


「アンタねぇ!!逃げてんじゃないわよ!!あんたはエヴァに・・・。」

女の形相で普通ならひるみそうなところで、少年は女の言葉をさえぎり、さらに胸倉をつかんだ。

女と少年の身長差で少年の顔は女からは見えなくなった。当然それは少年の方でも同じだったが少年は先ほどの女と同じぐらい大きな声で言った。


「逃げるべき父親はもうどこにも居ないんだ。俺も・・・・・・・・・・あなたも!!」

前以上の静寂が訪れた。動いてもいけないと思ってしまうほどの静寂が。

静寂を破ったのは怪我人を乗せたストレッチャーが運ばれてくる音だった。
そして少年は女を放し、ストレッチャーとは反対の出口から出ようと歩き始めた。

一部始終をケージの上から眺めていた碇ゲンドウは何の表情の変化も見せずに、ただし彼の息子がケージに出る前に、わざと彼に会話を聞かせるように言った。

『レイ、予備が使えなくなった。もう一度だ』

「は・・い・・」

かすれるような声で、その声はその場の静寂がなければ誰の耳にも届かなかっただろう。だが、それは確かにその場の人々には聞き取れた。

「シンジ君!!あなた、あんな状態の女の子を乗せるつもりなの!?」

怒声ではなく、ヒステリーを伴った女の声が少年に届く。
少年はここで振り返るのはまずいと思った。自分にとってはこのまま黙って歩いてケージから去るのが一番だと分かっていたからだ。だが少年は女の大声の前に聞こえたかすかな声の違和感には少年を振り向かせようとする響きがあった。
少年は誘惑に負け、少年自身自分の事を愚かだと思いながら振り返り、そこで初めてストレッチャーの上の少女の姿を見た。

少年が見た少女は、訓練を受けたパイロットとは思えないほど細く、儚げであった。何よりも目を引く青い髪の毛と透き通るような肌、そして包帯の間からのぞく赤い眼に少年は既視感を感じた。
そして自分の心に言い聞かせた。『彼女はもうすぐ死ぬ。それは自分が何をしようと関係なく。だから彼女に対して何も感じるな』と。そうしなければ少年は自分が逃げることで彼女をエヴァンゲリオンに乗せなかればいけないという罪悪感につぶされそうだったから。事実、彼のその考えは正鵠を射たものであり。少女はストレッチャーに乗せて運ばれるのすら命にかかわるような重症だった。プラグスーツは着せられているが、その肩口から先は骨折した腕を固定するために着られ、本来の美しい肌は無骨な包帯とガーゼでそのほとんどを覆われている。

少年の心が葛藤をしている頃、ケージの直上では巨大生命体、通称”使徒”が暴れていた。
そしてその余波はケージまで及び、ケージを震わせていた。
振動がケージを襲った。誰もが何かに捕まろうとするが、少女には捕まるべきものは何もない。そして少女を支えるべき人間もいつの間にかどこかへ去っていた。
支えが何もない少女はストレッチャーごと細い通路へと投げ出された、通路はブリッジと呼ぶ方がふさわしく、その下数メートルは赤い液体で満たされている。

余波はケージのエヴァンゲリオンの前に置かれたストレッチャーの頭上の鉄骨を振るわせた。
そして天井から落ちた鉄骨はストレッチャーを押しつぶした。


『レイ!!』


碇ゲンドウは焦りを含んだ声で叫んだ。それと重なるようにして周囲の人々の耳に何かが液体に落ちる音がした。


「レイ!!救護班、急いでLCLに落ちたレイを回収して急いで処置をして。」

少女が落ちた音だと判断した赤木リツコはこれ以上の停滞は許されないと判断した。

「保安部、サードチルドレンを拘束して初号機に放り込んで。指令、よろしいですね?」

『構わん。レイの生命維持を優先だ。』

少年は状況が変わったことを理解した。
「(これいじょうの抵抗を無意味か。負ければ人類の破滅か。そして俺は多分この木偶人形を動かせない。万事休すか。)」

少年は黒服に拘束され、筒状のエントリープラグへと放り込まれた。












































































「・・・・・・・・・・・・っとまぁこんなところだ。予想通りこの人形は俺には動かせなかった。多分お前なら動かせるんだと思うが、どうする?」

「話を聞く限り動かせるだろうな。よし、それじゃあ交代だ。お前はここから北へ離れ、森に隠れそこで待機。戦闘終了24時間後変装し、第三新東京市に潜入。以降は別命あるまで待機。金と俺が普段から使ってる携帯電話は市街地の北はずれの寂れたマンションの101号室のフクロの中にある。ほら、服を交換だ。」

「シンジ・・・・・じゃぁ、また後でな。それと。この山は普通じゃない。ベルベットの戦争のような人間の常識は通用しないぜ。」

「分かっている。あんな化け物を見たばかりだからな。それよりアキラ、注意して行けよ。外は戦場だ。」





「了解。死ぬなよ。シンジ。」



そういい残してアキラはエントリープラグの外へと出た。
使徒は動かなくなった初号機から興味の対象を下への入り口へと変えていた。

その数瞬後。本部からの通信が入る。

『ちょっとアンタなんで私の命令を聞かないのよ!?』
『シンジ君。大丈夫?』

「二人同時に喋るな。それよりコクピットが外に出ています。どうにかなりませんか?」

『あんた無視すんじゃないわよ。』『ミサト!!あなたは黙ってて!!』


『シンジ君。こちらで元の状態に戻せるわ。そしたら再びエントリーを開始します。いいわね?』

「えぇ。」

機械音が響き、シンジは自分が座っている場所が動くのに気づいた、これからエントリーが始まるだろう。と当たりをつけた。


『再エントリー開始します。』
発令所では伊吹マヤの声がする。赤木リツコは逆上する親友の葛城ミサトをなだめながら言う。

「ミサト、いざとなればここを爆破するしかないわ。」

「くッ!?あのクソ餓鬼が始めからちゃんと乗っていればこんなことには・・・・・。」
女はつめを噛む。

「そのクソ餓鬼に私達の命はかかっているのよ。」


(お二人さん、聞こえていますよ。)



聞こえてくる発令所での会話を思考から遠ざけながらシンジは緊張しているのが分かった。

そしてめったに振り返らない自分の過去を振り返った。

父親に捨てられたあの日。傭兵に拾われたあの日。初めて人を殺したあの日。
初めて恋をしたあの日。初めてSEXをしたあの日。そしてベルベットで過ごしていた日々を。


自分の運命を自分で切り開けない人間は人間じゃない。それは奴隷だ。

自分は決断してきた。そして生き抜いてきた。碇シンジはそれまでしてきた自分の決断を誇りに思った。そしてだれにも聞こえないほど小さな声で言った。






「犀は投げられた。」



To be continued...


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