福音の錬金術師

第一章

presented by 流浪人様


 2015年。

「アレが使徒……初めて見るな〜」

 シンジは、突如、海面から現れ進行する怪物をビルの屋上から見ていた。得られた知識から、それが使徒であると分かる。第三使徒サキエル……それが名目上、人類の敵であった。

 シンジは首の後ろで結わった髪を弄くりながら、使徒に無駄な攻撃を繰り返す国連軍を見て欠伸を掻く。

「さて……予定だとエヴァってのが出て来る筈なんだけど……少し遊ぶか。N2で街を犠牲にする訳にもいかないし」

 赤い石の埋め込まれた腕輪を擦りながらシンジは笑みを浮かべる。そして、ビルを降りて時が来るのを待つ事にした。




 ネルフ第一発令所。

「使徒か……十五年ぶりだね」

「あぁ」

 初老の男性――ネルフ副司令【冬月 コウゾウ】が呟くと、傍らに座るサングラスの男――ネルフ総司令【碇 ゲンドウ】が相槌を打った。

「やはりATフィールドか」

「通常兵器は、使徒には効かんよ」

 上で叫んでいる国連軍のお偉いさんに見向きもせず、二人はただ無意味な彼等の行動を静観していた。

 その時、一本の電話が鳴った。国連のお偉いさんは受話器を取って対応する。

「はい……はい……分かりました。予定どおり発動いたします」




「やっぱりN2を使うか……」

 国連軍の下らないプライドの為に本来なら守る筈の市民を犠牲にするのは道理に反する。もし、それで使徒が倒せるなら代価として分からないでもないが、全くの無駄なのである。

 やがて戦闘機からN2爆雷が投下された。シンジは溜め息を吐いて、両手を合わせ隣のビルに触れる。するとビルの形が変化した。その姿は角の生えた悪魔のような顔に細身の身体。

 ソレは大きく腕を振り被ると、落っこちて来るN2爆雷に拳を繰り出し、地面に落ちる前に爆発した。

「N2爆雷、落ちる前に爆発すれば怖くない……なんちって」

 ぺロッと舌を出して言うと、練成したモノを普通の瓦礫にする。コレで後からネルフが調べてもただの石の塊でしかない。

「さぁ〜て……今頃、どうしてるかな〜」

 どうせ混乱してるだろうと思いつつ、シンジはハッと目を見開いた。するとガクッと膝を突いてワナワナと震えた。

「しまった……紫にカラーリングするの忘れてた」




 再びネルフに戻ると、そこは変な沈黙に包まれていた。

「おい、碇……今のは」

「(………初号機)」

 冬月もゲンドウも訳が分からなかった。いきなり初号機……のようなモノが現れ、N2爆雷を落ちる前に爆発させ、崩れていった。

 それは下の方でも同じであった。

「ちょ、ちょっとリツコ! 何なのよ、アレは!?」

 ネルフの作戦部長――【葛城 ミサト】は、目の前のスクリーンで起こった出来事に親友に喚き立てた。

「分からない……」

 同じくネルフの技術部長である【赤木 リツコ】も全く分からなかった。本来ならN2を使って使徒を足止め、そしてネルフに殲滅の指揮権が移る筈だった。が、突然の事態に優秀な彼女の頭脳もパニくっている。

「使徒……尚も第三新東京市を目指して進行中」

 オペレーターの報告が、静かに発令所内に木霊する。使徒の足止めすら出来ず全く状況が変わってない事に誰もが息を呑んだ。

「碇君……」

 その時、国連のお偉いさんがゲンドウに声をかけた。

「たった今から、指揮権を君達ネルフに移譲する。だが、君達なら出来るのかね?」

 ゲンドウは今、あの初号機の姿をした巨人の正体よりも使徒殲滅の指揮権が回って来た事の方が重要なので、持ち前の鉄面皮を駆使して国連のお偉いさん達を見上げた。

「その為のネルフです」

「………期待してるよ」

 苦虫を何万匹も潰したような顔で彼等は発令所から出て行った。

「碇、どうするのだ?」

「………初号機を使う」

「初号機を? パイロットがいないぞ」

「問題ない。冬月、レイを起こせ」

「使えるのか?」

「死んでいる訳ではない」

 冬月はゲンドウが言うと、「分かった」と言って病室と回線を繋いだ。モニターの向こうには蒼銀の髪に包帯を巻いた少女――【綾波 レイ】がいた。

「レイ、もう一度だ」

『………はい』

「何がもう一度なんです?」

「決まってる。レイを初号機に乗せる………!!」

『!!?』

 いきなりの聞き慣れない声にゲンドウと冬月は思わず背中を向いた。そこには明らかに一般人である少年がいた。

「何だ……貴様は?」

「まぁまぁ落ち着けって」

 ククッと少年は笑い、司令塔から飛び降りた。皆は、いきなり司令塔から飛び降りた少年に目を見開くが、彼はスタッと着地した。

「あれ?」

 少年は呆然としている中、ある女性を見て首を傾げる。その女性――【伊吹 マヤ】も少年を見て、目を細めた。

「ひょっとして伊吹さん?」

「あぁ! シンジ君!」

 マヤもシンジを見て嬉しそうに声を上げて駆け寄って来た。すると急にシンジの両手を掴んで飛び跳ねる。

「シンジ君、久し振り〜! その節はどうもありがとう」

「いえいえ。まさか、こんな所で会えるとは思いませんでした。そういえば、あの子は元気にしてます?」

「ええ。元気すぎるくらいよ」

 何やら勝手に昔話に華を咲かせるシンジとマヤに表情を引き攣らせながらも、彼女の直属の上司である、リツコが話に割って入って来た。

「マヤ……誰、その子?」

「あ、先輩。この子ですか? この子はシンジ君って言って、数年前にちょっと……」

「シンジ君?」

「はい。僕の名前は碇 シンジです。初めまして、皆さん」

 そう言って名乗るシンジにネルフのトップ3は目を見開いた。碇 シンジ……十年前、捨てた直後に行方を眩ませ、今の今まで見つからず死んでいたとばかり思っていた少年。

 ゲンドウの息子であり、初号機の予備パイロットとして呼び寄せる筈だった少年である。だが、ゲンドウにしてみれば好都合である。シンジならばレイよりユイを覚醒させる可能性は高い。

 この十年、何をやっていたか気になるが、今はユイを目覚めさせる事の方が重要である。

「そういえば、シンジ君。どうして此処へ? 此処って一応、一般人立ち入り禁止の筈だけど……」

「ああ、いえね。風の噂で僕の父親らしい人が此処の司令なんてモンをやってる聞いて覗きに来たんです。あ、方法については企業秘密って事で」

 わざとらしく人差し指を立ててウインクするシンジ。その時、上の方からゲンドウが声をかけて来た。

「シンジ……」

「ん〜? 貴方が僕の父ですか?」

「…………シンジ、お前をサードチルドレンとして任命する。エヴァに乗り、使徒と戦え」

「ちゃんと理由の説明をしろ」

 皆が驚いていた。この少年とゲンドウが親子である事と、とても親子の対面とは思えない会話に付いて行けなくなっていた。

「エヴァでなくては使徒を倒せないからだ」

「へ〜……嫌だと言ったら?」

「シ、シンジ君、ちょっと待って!」

「誰です、貴方?」

 いきなり、ゲンドウを困らせようとしていたシンジだったが肩を掴まれて、あからさまに嫌そうな顔をした。

「あ、私はネルフの作戦部長の葛城 ミサトよ。シンジ君、お願いだからエヴァに乗って頂戴。エヴァに乗らなければ、人類が滅びるのよ」

「嫌ですよ。素人の僕があんな怪物と戦える訳ないじゃないですか? それなら皆で仲良く死んじゃいますか♪」

「な、何言ってんのよ!!」

 思わずミサトが掴みかかりそうになったが、シンジはヒョイッと避けて軽く足を引っ掛ける。

「んぎゃ!」

 するとミサトは見事、前のめりにずっこけた。

「ほら、良く言うじゃないですか。赤信号、皆で渡れば怖くないって」

「そ、そんな子供の屁理屈なんか聞いてる場合じゃないのよっ!!」

 痛む鼻を押さえながら再びミサトがひっ捕まえようと突っ込んで来る。シンジは溜め息を吐くと、ミサトの腕を掴み、そのまま捻って地面に叩き付けた。

「ぐぅっ!」

「言っときますが貴女が襲い掛かって来たから僕は対応したんですよ? 何かをやるんだったら、それ相応の代価や覚悟を持ってください」

 激しく咳込むミサトに向かって冷たい目で見下ろして言うと、ゲンドウを見上げた。

「見ての通り、僕を力尽くで屈服させようと思っても無駄だよ。十年間、極限まで自分を鍛え高めたからね」

「………何故だ」

「は?」

「何故、行方不明になった……」

 ゲンドウはドスの利いた声で問う。もし、普通の十四歳の子供だったら、思わず腰を抜かしてしまうだろう。だが、生憎とシンジはその枠には当てはまらない。むしろ、これでもかって言うほどの図太い神経の持ち主なのだ。

「良いじゃんか。捨てられた時点で僕は僕の好きなように生きるつもりだったんだし……それより、あの使徒を何とかしたいんでしょ? 何なら条件付で、そのエヴァってのに乗ってあげても良いよ?」

「………言ってみろ」

「じゃ、遠慮なく。とりあえず僕をこの組織に組み込まないで下さい。故に誰の命令も受け付けません。また、僕が答えるのが嫌だと判断した質問及び尋問には答えません」

「ちょっと待ちたまえ、シンジ君」

 その時、ゲンドウに代わって彼の傍らに立つ冬月が口を挟んで来た。

「貴方は?」

「ああ、私は此処の副司令をしている冬月という者だ。シンジ君、今の君の条件は簡単には飲めんよ」

 そりゃそうだ。ハッキリ言ってシンジの言っている事は我が侭でしかない。誰もが、そう思ったのだが、シンジはフッと冬月を鼻で笑い、言い返した。

「何故です? 僕は命懸けの事をやらされるのに金銭は要求していません。だから別の条件を提示したんです。コレは等価交換です。僕は命を懸けて使徒ってのと戦いましょう。なら、それに見合う条件を飲んで下さい。コレが嫌なら人類を救う代価として、一人一億……現時点で世界人口が四十億ですから……四千京円払って頂きますよ?」

「よ、四千京!?」

 ちなみに単位は一、十、百、千、万、億、兆、京、垓……と続く。四千京など、天文学的数値と言った方が早い。

「本来なら人に値段を付けるような真似はしたくないんです。それに、どうせ払えないでしょ? だから、他の条件を提示したんです」

 そう言われては冬月は言い返せない。確かに命懸けであるならば、無償でという訳にはいかないだろう。だが、とても四千京などゼーレの力を持ってすら無理である。

 が、もう一つの条件に反抗する女が一人いた。

「ちょっとアンタ!! ふざけんじゃないわよ!!」

 彼女――牛女こと葛城 ミサトである。どうやらシンジの攻撃から復活したようで、先程と同じようにシンジに詰め寄ってきた。

「良い!? アンタはサードチルドレンなのよ! だからアンタは私の命令に従う義務があるの!!」

「そんなの了承した覚えはありません。僕はあくまでも貴女達の客という立場で此処にいるんですよ? しかも、すぐカッとなって取り乱すような人間の命令なんて聞けません」

「このガキッ!!」

 ジャキッ!!

 突然、ミサトはシンジのこめかみに銃を突きつけた。その行動に発令所全員の表情が強張る。

「もう一度、言うわ。エヴァに乗りなさい」

「やってる事と言ってる事が矛盾してますね。もし、此処で銃を撃てば僕は死にます。そうなるとエヴァには乗れない。サードチルドレンというぐらいだから、最低でも他に二人……パイロットがいるようですが、先程、あの髭と会話してた子が、その内の一人だとしたら重傷で動かそうにも満足に動かせない。
 となると、後の一人は此処にいないんでしょうね……つまり、戦えるかどうかは分からないが、動かせる可能性があるのは僕だけって事です」

「くっ……」

 理路整然と述べられ、ミサトは表情を歪めるが銃を引こうとしない。所詮は子供。単に強がっているだけであって、ちょっと引鉄を引く仕草を見せれば、すぐにエヴァに乗るだろう。

 彼女のそんな心情を読み取ってか、シンジは溜め息を吐くと、手を下に向けたまま軽く両手を合わせた。皆、特に気に留めてない様子だ。そして、軽くミサトに触れた。それこそ何の痛みも受けずに。

 てっきり、また抵抗するのかと思ったが、単に触れただけでミサトは眉を顰めた。

「!!? か、かはっ!!」

 だが、突如、ミサトは首を押さえて床を転がった。

「か、葛城さん!?」

 急に倒れて悶え苦しむミサトに、彼女の右腕であるオペレーターの【日向 マコト】が駆け寄る。

「シンジ君、貴方、何をしたの?」

「さぁ?」

 リツコの質問にあくまでも惚けるシンジ。

 ――単純に体の水分を水蒸気に変えただけなんだけど……――

 早い話が脱水症状である。発令所自体が少し暗いせいか、ミサトの体から放出される微量の水蒸気には誰も気付かなかった。

 ――本当だったら分解してミンチにしてやりたいけど……まぁ生き地獄ぐらいは味わって貰わないとね♪――

 内心、苦笑するとシンジは再びゲンドウを見上げた。

「で? どうするの?」

「………分かった。お前の条件を飲もう」

「言ったね? もし約束を破ったりしたら………」

 クスッと笑うと、再び手を合わせて思いっ切り足下を殴り付けた。

 ドゴォッ!!

 すると鉄製の床にヒビが入り、拳がめり込んだ。しかも平然としているシンジに皆の目が見開かれる。

「ま、コレを顔面に喰らったら首の骨が折れて間違いなく即死ですね。言っとくけど、貴方に捨てられた時点で、僕は貴方を父親と思う甘ったるい感情は捨てましたから。殺す事に戸惑いはありません。だから、約束を破っても助かるなんていう甘い考えは捨てる事ですね」

 清々しい程の微笑を浮かべ、シンジはリツコに「案内をお願いします」と言って、彼女と共にケージへと向かって行った。




 ケージに佇む紫色の巨人――【エヴァンゲリオン初号機】のエントリープラグに入ったシンジは静かにシートに座っていた。するとプラグの中にLCLが注入された。

 一応、知識としては知っているが、訊いておく。

「水漏れ?」

『それはLCLって言うものよ。肺に満たせば直接血液に酸素を取り込んでくれるわ』

 回線の向こうのリツコに言われた通り、シンジはLCLを肺に取り込んだ。すると、その味に顔を引き攣らせる。

 ――うわ〜……血の味がするな〜。出来れば普通の水に練成したいけど……――

 そんな事したら窒息してしまうので我慢するしかなかった。

 ――と、そんな場合じゃない。とっとと、コイツと接触しなきゃ……――

 シンジはカリッと親指を噛み、LCLが満たされる前に、血でシートの背凭れに模様を描く。そして、両手を合わせると腕輪に埋め込まれた赤い石が淡く輝いた。

 今、シンジは自分の魂の一部を初号機に練成させようとしている。正確には初号機本来の魂に引き合おうとしているのだ。もし、普通に練成すれば、練成した魂の分だけ寿命を削るが、賢者の石によって等価交換を無視し、代価を取り払う。つまり、何の代価も無しで魂の練成を行うのだ。

 そして、シンジは見事、初号機の意識世界へとダイブした。




「ふむ……此処か」

 真っ暗な何処までも続く深淵の世界。それが初号機の意識世界だった。

『シンジ?』

 その時、彼の背後から女性の声がして振り向いた。シンジは女性を見て「げ!?」と、あからさまに嫌そうな顔を浮かべる。

『シンジなの!』

「ち、ちわ〜っす」

 表情を引き攣らせながら微笑んで、軽く手を上げる。女性はウルウルと目を潤ませ両手を広げた。

『シンジ〜!』

 スカッ! ドベシッ!

『あぅっ!』

 女性は思いっ切りシンジを抱き締めようとしたのだが、シンジの体をすり抜けてしまった。

『な、何で?』

「あはは〜。悪い、悪い。実は僕、魂の状態なんだ」

『魂?』

「うん。肉体ごとエヴァに取り込まれた貴女と違って、僕は魂でシンクロしてるから此処じゃ幽霊みたいなモンだよ」

『そ、そんな……』

 女性は愕然とした様子でシンジを見る。

『そ、それよりもシンジ、“貴女”なんて他人行儀な事を言わないで“お母さん”って呼んで』

 彼女――【碇 ユイ】は、立派に成長した息子を見て縋るように言うが、シンジは「はん!」と鼻で笑った。

「勝手にエヴァに取り込まれて子供を育てる人間を母親と呼べと?」

『そ、それは……でも私は貴方に明るい未来を見せようと……』

「“人類補完計画”を行って?」

『!!? な、何でソレを……!』

 シンジの口から出た言葉にユイは目を見開く。シンジは大きく溜め息を吐くと、説明を始めた。

「言っとくけど“人類補完計画”なんてロクでもないよ。群体の使徒である人類……第十八使徒リリンを単体にすれば、心の隙間は確かに補完されるよ。中心となって依り代にされた者以外はね。その人の事とかちゃんと考えた? 誰もいない一人だけの世界……想像できる?」

『それは……』

「しかも、その第一候補が僕だし……」

『!! ど、どういう事!?』

「どうもこうも……僕、十年前、ゲンドウに捨てられたんだよ? 脆弱で壊れ易い心の持ち主に育てられるようゼーレの指示でね」

 ユイは信じられずに首を振った。ゲンドウがシンジを捨て、あまつさえ人類補完計画の依り代にしようとしているのだから。

「依り代に必要なのは“他人との拒絶を恐れる事”。計画が発動したら依り代の望む世界になるからね……他人との拒絶を拒絶した時、リリンは単体になる。
 まぁ、ゼーレの場合は、人類を全ての源であるLCLに還元して神に対して贖罪しようとして、貴女やゲンドウの場合は人類を単体にして神への道を開こうとしたみたいですが……」

 シンジは表情を引き攣らせながら額を押さえる。微妙に青筋も浮かんでたりする。

「意志も何にも持たなくなった人類に贖罪も神への道もクソもあるかい!!」

 そりゃ依り代にされた人間は世界と合一……即ち神のような存在になれるのだが、たった一人の世界に神なんて無意味である。

『ひぃ〜ん!』

 実の息子に説教され、ユイは情けない声を出す。

「大体ね〜、人類をコレ以上、進化させる必要なんてあったの?」

『そ、それは……』

「そもそも明るい未来だなんて、くだらない。未来は不確定だからこそ面白いんじゃないの?」

『うう……』

 痛い所を突かれ、ユイは呻き声を上げる。しかも、いつの間にか正座までしてしまっている。

『で、でも今のままじゃ人類は確実に滅びて……』

「それって裏死海文書に書かれてた事でしょ? どうせ“人類の歴史は罪の歴史。故に人類は滅びる”とか何とか書いてたんでしょ」

『そ、そうです……』

「んな超大昔の預言書もどきにマジになるな、ボケッ!!!」

『ボ……ボケ……』

 東方の三賢者と謳われ、裏死海文書を解読した彼女だが、実の息子に面と向かって『ボケ』と言われ、茫然自失となってしまう。

「そもそも人間ってのは善悪があって初めて人間って言うんだよ? 争い――戦争なんて、その悪の部分の一つに過ぎない訳。そりゃ、やらない事に越した事は無いけど、それでも人間として当たり前の事なんだよ。でも、だからこそ人は争う事の愚かさを知り、成長する。贖罪なんて必要ないし、神になる必要もない。
 重要なのは“人は人”って事だよ。不完全だからこそ人。争うからこそ人。また、助け合うからこそ人なんだよ」

『シンジ……』

「とは言っても僕ぁ気に入らない奴には容赦しないけどね〜。ゲンドウなんか捨てておきながら、僕を補完計画に利用しようとするから生半可な死に事じゃ許さないよ」

『ちょ、ちょっと待ちなさい、シンジ!』

 シンジの発言にユイが思わず声を荒げた。

『実のお父さんを殺すなんて絶対にダメ!』

「貴女に言われる筋合いは無い。僕は未来を変える使命があるからね。その為の代価にはゲンドウ及びそれに準ずる者、そしてゼーレを滅する必要があるんだよ」

『未来を変える?』

 その言葉にユイはハッとなった。

『まさか、貴方……サードインパクトの起こった未来から帰って来た……』

 だとすればシンジが裏死海文書の事を知っていたのも納得できる。が、シンジは両手をクロスして「ブ〜」と言った。

「惜しい! ちょっと違うんだな」

 そう言ってシンジは十年前に起こった事を話した。未来の自分と出会い、真理を見せられた事。そして錬金術の力を得て、今、此処にいる事を。

『そんな……じゃあ私のした事は……』

「進化じゃなくて人類滅亡の計画の基盤を作ったって事。お陰で、僕は未来じゃ一人っきりって訳だ」

『私……私は……』

「ま、それが現実だね。じゃ、僕は早いトコ用事終わらせて出て行くから……お〜い、そろそろ出といでよ〜!」

 辺りをキョロキョロと見回し、大声で呼ぶ。ユイは何だろうと思い、首を傾げると何故か一本の電柱が目に入った。

 そして、電柱の影からコソコソと自分達の様子を窺う幼い少女がいた。

『な、何で電柱?』

「きっと恥ずかしがりやなんだね。
 初めまして、初号機。僕は碇 シン……」

『その名前……イヤ』

 少女はフルフルと首を横に振った。少女は紫の髪をポニーテールにし、何故か白衣を着ているユイと違って素っ裸であった。まぁ、此処は意識世界だから本人の望む姿が映し出される。つまり、衣類という概念のない少女の今の姿は仕方が無いのである。

「まぁそうだよね〜。じゃ、何て呼べば良いの?」

『名前……知らない』

「ありゃりゃ……」

 ――まぁ、数字みたいでイヤに決まってるか――

 シンジは苦笑すると、少女の下へと歩み寄り優しく頭を撫でた。少女はビクッと身を震わせるが、離れようとはしなかった。

「そりゃこんな世界で名前も無く暮らすなんてイヤに決まってるよね?」

 少女はコクッと頷く。

「ふむん……じゃあ、此処から出して名前を付けてあげる。ついでに貴女も邪魔だから外に出すよ」

 少女の頭を撫でながら、ジト目でユイを睨み付ける。

『ちょ、ちょっと待ちなさい、シンジ! そんな事したら初号機はただの抜け殻……』

「ノープロブレム。今の僕が此処に残れば魂はそのまま残るから大丈夫♪」

 グッと親指を立てるシンジ。

『で、でも、その子は貴方と同じ魂の存在なのよ? 私と違って外に出るなんて……』

「あ〜、いちいち五月蝿いな〜」

 シンジはパンと手を合わせ、ユイに向かって突っ込んで行った。するとユイの体から魂が分解され、ドサッと彼女の体が倒れた。

『え? あ、あれ?』

「肉体と魂を分離させたから。じゃ、後は大人しくしててね」

『ちょ、ちょっとシン……』

 何か言い掛けたが再びシンジは錬金術を使い、ユイの魂を喋れないよう球状にした。フワフワと頼りなく漂うユイの魂を見て笑みを浮かべ、再び少女に向き直る。

「君も少しの間、我慢してくれる? リンネ」

『リン……ネ?』

「君の名だよ。円である世界や人の一生を表す言葉……気に入らない?」

 フルフルと少女――リンネは首を横に振った。シンジは微笑むと、両手を合わしてリンネに触れた。するとリンネの魂もユイ同様、球状になる。

 シンジは二つの魂を賢者の石に吸収する。すると残ったユイの肉体はサラサラと砂のようになって消えていった。




「ふぅ……」

 エントリープラグ内でシンジは息を吐いた。

 ――まさか、初号機があんな幼い子供だったなんて……――

 ちょびっと予想外だったので、驚いたが、どうして中々、素直そうな子だったので好感が持てる。

「じゃ、とっととやりますか」

 既に初号機には自分の魂がコアに入ってるので初号機は自分自身でもある。故にシンクロ率など弄くり放題なので、ちょっと悪戯心が働いたのだ。




 発令所ではエヴァの発信準備が進められていた。

「主電源接続」

「全回路動力伝達」

「第二次コンタクトに入ります。A10神経接続異常無し」

「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス」

「初期コンタクト全て問題無し。双方向回線開きます。シンクロ率46.49%です」

 ――46.49%……高いわね――

 リツコはシンジのシンクロ率はもっと低いものと思っていた。ゲンドウを明らかに父親として見ていない事から、母親であるユイにも似たような感情を持っているかと思ったが、46.49%……ユイに関しては、それなりの依存があるのだと思った。

 ――ん? 46.49%?――

 が、そこでリツコは眉を顰めた。そして、物凄く嫌な想像をしてしまった。

「46.49%か〜……ヨロシクっすね」

『(ブフ〜!!)』

 オペレーターの一人である【青葉 シゲル】が冗談めかして言うと、マコトとマヤが噴き出してしまった。リツコも同じような事を考えていたので、やはり…とガクッと肩を落とした。

 出来る事なら、この数値が単なる偶然だと願うのだった。

「は、発進準備」

 表情を引き攣らせながらも再び発進準備が進められた。

「第1ロックボルト外せ」

「解除確認」

「アンビリカルブリッジ移動開始」

「第2ロックボルト外せ」

「第1拘束具を除去、同じく第2拘束具を除去」

「1番から15番までの安全装置を解除」

「内部電源充電完了」

「内部用電源用コンセント異常無し」

「了解。エヴァ初号機射出口へ」

「進路クリア。オールグリーン」

「発進準備完了」

「了解」

 リツコは司令塔のゲンドウの方に向く。現在、医務室送りのミサトに代わり、彼女が指示を出しているのだ。

「構いませんね?」

「勿論だ、使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」

 ゲンドウの返事を聞き、リツコは「エヴァ初号機、発進!」と叫んだ。

 マヤは地上に射出されていくエヴァを見ながらポツリと呟いた。

「シンジ君、死なないでね……」






To be continued...


(あとがき)

シンジ、やりたい放題してます。まぁ、外道&牛は更に酷い目に遭う事は請負でしょう。電柱爺も同類でしょうね。
シンジとマヤとの関係についてですが、まぁその辺はおいおいという事で。
次はサキエル殲滅と、ゲンドウとの取り引きですね。



(ながちゃん@管理人のコメント)

流浪人様より「福音の錬金術師」の第一章を頂きました。
いや〜面白いッス。いきなりの急展開ですねぇ。
シンジ君の傍若無人ぶり、見ていて小気味が良いです。
ユイとリンネ(初号機)の魂も早々にサルベージしたし、この先の展開が楽しみです。
管理人的には、ユイの眼前でゲンドウを甚振るっていう構図になって欲しいですが・・・。
ここのミサトも相変わらず見苦しいかぎりですよね。もはやただの粗大ゴミですな。
きっとこれからもシンジ君に突っ掛かってくるでしょうから、死なない程度に痛めつけちゃって下さい♪
あ、何なら殺しちゃってもいいですよ(笑)。
さあ、次作を心待ちにしましょう♪
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