福音の錬金術師

第二章

presented by 流浪人様


「さて、どうやら作戦部長は医務室送りになったようですので代わりに、そこで呑気に座っている髭司令。僕は何をすれば良いんだ?」

 地上に射出され、サキエルと対峙したシンジは思いっ切り憎らしい言い回しでゲンドウに尋ねる。が、相変わらずの鉄面皮で答えた。

『座っているだけで構わん』

「………はい?」

 シンジは唖然となって聞き返す。

「コラ、髭。本気でそう言ってんのか?」

『……………』

 表情を引き攣らせ、青筋を浮かべるシンジだが、返事が帰って来ない事に更に怒りを感じた。

 ――マジで息子を瀕死の目に遭わせる気か………そっちが、その気なら――

「分かりました。貴方の言う通りにしましょう」

 それを聞き、ゲンドウは唇を歪めた。これで使徒がシンジを甚振れば、ユイが覚醒して彼を助ける。それがゲンドウのシナリオであった。ユイさえ目覚めれば後はどうでも良い。

 むしろシンジはゲンドウの計画において邪魔でしかない。後は使徒と戦わせて殺せばソレで良い。それ以前にユイの宿る初号機に自分以外の者が乗ることすら、ゲンドウにとって我慢ならないのだ。

 ――ちょっと驚かせてやれ……――

 シンジは腕を組んで目を閉じる。本気で座っているだけだ。回線の向こうからマヤが必死に何かを叫んでいるが、シンジは笑みを浮かべた。

 すると初号機は両手を合わせると、サキエルに向かって腕を突き出す。それを攻撃と見たサキエルは光の槍を放って来た。が、初号機が指をパチンと鳴らすと、突如、焔が発生した。焔は光の槍を飲み込み、サキエルにまで達する。

 ビルや地面は抉られ、サキエルは灰になるまで燃えていった。




「碇……今のもシナリオの内か?」

 焔によって使徒を燃やし尽くした初号機。どうやらサキエルは光の槍とATフィールドを同時に使う事は出来ないようで、為す術も無く焔に包まれて灰となった。

「………現状を報告しろ」

 冬月の質問には答えず、ゲンドウが言うと発令所は途端に慌しくなった。

「パターン青、消滅。使徒、殲滅を確認!」

「……初号機、損傷ありません!」

 見れば分かるのであろうが、全くの無傷である事にゲンドウはギリッと歯を軋ませた。自分のシナリオとは大きく逸脱した事で憤怒の感情が高まっているのだ。

 そして、これまた自分に反抗するシンジに対し、怒り倍増であった。




 ――ふむ……やっぱ初号機は僕自身だから錬金術も使えるみたいだね――

 発令所の人間が恐らく全員、初号機の放った焔に目を奪われているだろう。シンジはクスッと微笑むと、わざとらしい声を上げた。

「すいませ〜ん……あの使徒ってのやられたみたいですけど、どうするんですか〜?」

『あ、ゴ、ゴメンなさい。回収用リフトを出すから、それを使って降りて来て』

「うぃ〜っス」

 言われた通り、リフトに移動しながらシンジは考えていた。

 ――さて……どうやって遊ぶかな――




「シンジ君、お疲れ様」

 ケージに降りて来た所へリツコが労いの言葉をかける。シンジは「いえいえ」と首を左右に振って謙遜する。

「僕は座ってただけですから……でも凄いですね、エヴァって。あんな事できるんですから」

「そ、そう……それよりシンジ君、幾つか訊きたい事が……」

「僕が答えるのが嫌だと判断した質問には答えないという条件を守って下さるのでしたら」

 そう言われてリツコは眉間に皺を引き寄せながらも質問した。確かにシンジが出撃前、ゲンドウに下した条件の中に『答えるのが嫌だと判断した質問及び尋問には答えない』というのがあった。

 もし、此処でシラを切ればシンジは問答無用で殴りかかるだろう。彼は非常に代価というものを重視している。ギブアンドテイクと言っても良い。故に、彼が『答えるのが嫌だ』と言って、しつこく食い下がれば、それなりの制裁を受ける事になる。

 それこそ鉄の床にヒビを入れた程の鉄拳を。

「じゃあ……シンジ君、貴方はこの十年間、何をしていたの?」

「答える気になりません、以上」

 音速で答えるシンジにリツコは表情を引き攣らせた。シンジはフッと笑みを浮かべると、

「伊吹さんに聞いてみたらどうです? あの人、数年前に一度、会ってますから」

 ――そういえばマヤとは随分と親しそうだったけど……――

 発令所でシンジと再会したマヤは非常に嬉しそうであった。何があったのか後で尋ねてみようと思った。ひょっとしたら何か尻尾を掴めるかもしれない。

「それより赤木さん、シャワー浴びたいんですけど?」

「あ、ああ、ゴメンなさい。そうねシャワールームに案内するわ。その後、司令に会ってくれるかしら?」

「え〜?」

 あからさまに物凄く嫌そうな顔をするシンジ。リツコも何となくシンジの気持ちは分かるのだが、命令なので仕方が無い。

「お願い」

「ふぅ……しょうがないですね〜」

 ヤレヤレと肩を竦め、シンジは渋面を浮かべながら彼女にシャワールームに案内して貰った。




 シャワーを浴びてる間、シンジは監視カメラに気付いた。天井に埋め込まれているレンズ型で普通では見つけられない。

 プライバシーの侵害だと思いつつ、両手を合わせる。そしてシャワーを持って天井に向けてお湯に手をソッと添えた。するとお湯は小さな、それこそ見えないぐらいの氷の針となり、監視カメラを潰した。

 ――きっと何で監視カメラが壊れたか驚いてるだろうな〜――

 フフッと笑うと再びシャワーを浴び始めた。

 その頃、司令室では何故か急に壊れたシャワーの原因を突き止めるよう、ゲンドウがリツコに指示してたりしている。




 黒服に案内され、シンジは司令執務室へとやって来た。そして、入った時の感想……。

 ――趣味悪……――

 天井と床一面に描かれたセフィロトの絵を見て僅かに表情を引き攣らせた。まぁ単に威圧感を増そうという演出に過ぎないとシンジは分かり切っているので威圧感など受けよう筈もない。

 シンジはズカズカとゲンドウと冬月の下へと歩き、2mぐらい離れた所で立ち止まった。そして、懐から扇子を取り出してパタパタと煽ぐ。扇子には『天下泰平』などと書かれていたりする。

「じゃ、帰るね僕」

「待て」

「い・や・だ♪」

 サラッと言い放って踵を返すシンジをゲンドウが止めるが、彼はベーッと舌を出した。

「こんな素人の子供を戦場に出す外道のいる所なんか一分一秒でもいたくないし」

「ちょ、ちょっと待ちたまえシンジ君! (その事については否定しないが)人類が生き残る為に使徒は倒さねばならない。だが、使徒はエヴァでなくては倒せない。そして、それを扱えるのは君らチルドレンだけなのだ」

「勝手に人に変な呼称を付けないで下さい、冬月副司令。後………僕の許可無く喋るな。殺すぞ?」

 ギロッとシンジに睨まれ、冬月は呻いた。とても十四歳の子供が出来る目ではない。ゲンドウのように演出で威圧感を増すのではなく、本物の威圧感を少年は持っていた。

 焔よりも熱く、氷よりも冷たい瞳は冬月を押し黙らせるには充分だった。そして、それはゲンドウも感じていた。だが、息子に気圧されるなど、この男には屈辱以外の何物でもない為、動揺を隠しながらも言った。

「貴様はサードチルドレンだ。故に帰る事は許さん」

「何の権利があって?」

「貴様を強制徴兵する。拒否は許さん」

「なるほど……」

 パタンと扇子を閉じると、シンジの姿が消えた。

 ドゴッ!!

 次の瞬間、シンジはゲンドウの眼前に現れ拳を放っていた。だが、拳はゲンドウ達の前に張られている強化ガラスで防がれた。

 このガラス、特別制でバズーカの弾すら防ぐ代物である。発令所でシンジの正拳の威力を見て、ゲンドウが事前に張っておいたのだ。

 ゲンドウは自分の守りが破られる事は無いと知って、笑みを浮かべた。

「ふむ……」

 シンジはぺロッと自分の拳の血を舐め取ると、ポケットから手袋を取り出して着ける。そして、おもむろに手を突き出して指をパチンと鳴らした。

 すると焔が発生し、ゲンドウ達に襲い掛かった。

「ぬぉっ!」

 ゲンドウは突然の焔に驚きの声を上げ、立ち上がった。焔は特殊ガラスによって遮られているが、その高温で段々と溶けていく。

 シンジは再び指をパチンと鳴らし、焔の威力を上げた。焔は赤く燃え上がり、完全に特殊ガラスを打ち破りゲンドウ達に襲い掛かった。

「うおおおお!!」

 ゲンドウと冬月は思わず頭を抱えて縮こまる。シンジはニヤッと笑って、焔を寸前で消し去った。

「ぷ……あはははははは!! 何? その格好! 馬鹿みたい!」

 ゲンドウと冬月の格好を見て、シンジは馬鹿笑いした。二人は唖然となって、シンジを見つめる。

「シ、シンジ君……今のは一体……?」

「僕、一応、科学者でしてね………コレは僕の造った発火布という特殊な手袋です。コレを使えば指を鳴らすだけで焔が使えるって代物ですよ」

「な……!」

 冬月は驚いた。その様なモノがあれば、軍事兵器の革命である。それ以上に元科学者として、どういった原理なのか知りたい気持ちも出て来た。

「シンジ君、それは……」

「企業秘密です。まぁ僕の十年の結晶とでも言ってください」

 ――実際は火花散らして酸素濃度調節しただけなんだけどね……――

 実際は手袋なしでも出来るのだが、それだと両手を合わせなくてはいけない。故に練成陣の描かれた手袋を使い、焔を操った。少なくとも今の科学者がこの手袋を調べても、手袋にリンが含まれており、摩擦で小さな火花が起こるだけの事しか分からないだろう。酸素の濃度を調節し、空気中の塵などに着火させて莫大な焔を生み出しているのはシンジの錬金術である。

 無論、錬金術もれっきとした科学で一般人でも練習すれば使えるだろうが、シンジ程は使えない。

「答えろ」

「やだぴょ〜ん、腰抜け」

「貴様……!」

 ゲンドウはシンジを睨み付けるが、彼は笑みを浮かべて近づいていく。ゲンドウはハッとなった。特殊ガラスは無い為、シンジと自分を遮るものは何も無い。

「シ、シンジ、待……!」

「僕をこの組織に組み込まないという約束を破って勝手にサードなんたらに登録する? 代価を無視した馬鹿には制裁を与えないと」

 ガシッとゲンドウの髪を掴み、自分の方へと引き寄せる。それに合わして、もう片方の手で肘鉄をかました。

「ぐぎゃっ!!」

 ボキッと鼻の骨の折れる鈍い音がした。

「ぐおぉ……!」

 ゲンドウは鼻を押さえ、床に鼻血をボタボタと零しながら呻いた。シンジは座り込みゲンドウの髪を鷲掴みにすると頬を殴った。

 するとゲンドウのサングラスが転がり、普段は窺えないゲンドウの顔が露になった。

「覚えておくんだね。代価を破れば、その者の破滅が訪れるって事を」

「くっ……!」

 ゲンドウは呻いてシンジから視線を逸らした。他人に拒絶される事を誰よりも恐れるゲンドウは、自分の愛した女性以外の顔をまともに見る事が出来ない。それは小心者の証であり、それを悟られぬようサングラスをかけ、手で顔を隠すようなポーズを取っているのだ。

 シンジはソレを読み取って、溜め息を吐いた。あの女も、こんな小心者の何処が良いのだろうか?

「じゃ、僕は帰るね。バイバ〜イ♪」

 笑顔でハンカチを振り、シンジは司令執務室から出て行った。そこに残されたのは息子に屈辱を受けた者と恐怖で腰を抜かした者だけだった。




「ふぇ? シンジ君との関係ですか?」

「ええ」

 ネルフの食堂ではリツコが食事を取っていたマヤ達に質問をしに来ていた。

「お! 俺達も気になるな〜」

「うんうん」

 それに一緒に所持を取っていたマコトとシゲルが乗って来た。

「まさか年下の恋人とか?」

「ち、違います!」

 ニヤリと笑みを浮かべるシゲルにマヤは慌てて否定した。マヤはコーヒーを飲んで――尊敬するリツコの真似らしい――気分を落ち着かせると、話し始めた。

「シンジ君と会ったのは私が大学受験の時です。その時、私は勉強が上手く行かず、図書館で頭に入らない勉強をやってる時でした。ある数学の問題に頭を悩ませてる時にシンジ君に会ったんです」

「図書館?」

「はい。たまたま向かいの席だったんだけど、何やら科学や文学や数学や歴史学とか色んな本を読んでて思わず、何でそんな難しい本を読んでるか尋ねたんですよ」

「それで?」

「で、私は少し頭の良い子なのかな〜と思って、気分転換に悩んでる問題を訊いてみたんです。そしたら……ものの数秒で解かれちゃいました」

 サラッと両手を広げて言うマヤにリツコ達は唖然となった。

「えっと……確かマヤちゃんの大学って……」

「赤木博士や葛城さんと同じ第二東京大学だよな……」

 現在、日本の誇る大学はユイが出た京大であり、第二東京大学はそこに次ぐ難関大学である。そこの過去問題を十歳になる前のシンジが解いた。

「それで、受験までの間、家庭教師なんかやっちゃって貰ったりして……」

 アハハ〜、と乾いた笑いを浮かべるマヤにリツコは軽い頭痛を覚えた。まさか、十年間、行方不明だったシンジが自分の右腕と関わりを持っていたとは……。

 ――灯台何とやら……ね――

「何でその事を言わなかったの!?」

 思わずリツコがテーブルを叩いて怒鳴るとマヤは「ひぃ〜ん!」と涙を流して引く。

「だ、だって十歳前の子供に勉強教えて貰ってたなんて恥ずかしくて言えなかったし……」

 そりゃそうだろうとマコトとシゲルは頷いた。

「それにシンジ君の名前しか知らなくて、苗字は今日、初めて知ったんですぅ〜」

 半ベソを掻いて言うマヤにリツコは溜め息を吐いた。

 ――けど、それ程の秀才だったなんて……流石はユイさんの息子ってトコかしら――

 技術部に欲しい人材だと思いつつ、リツコは更に質問をした。

「で? シンジ君は何処に住んでたの?」

「さぁ?」

「さ、さぁって貴女……」

「だって私の部屋……あ、当時はアパートで一人暮らしだったんですよ。私の部屋に居候してましたから。あ〜……美味しかったですね〜、シンジ君の料理」

「いえいえ。料理は嗜み程度で覚えただけですよ」

『!!?』

 いきなり真横から声がして振り向くと、何故かシンジが席に座っていた。

「シ、シンジ君!?」

「どうも伊吹さん。これから帰るんでお別れの挨拶に来ました」

「え!?」

 お別れと聞き、皆は驚きの声を上げた。

「ど、どういう事!?」

「どうもこうも……あの髭、契約無視して僕をネルフに組み込もうとしたから制裁を与えて出て来たんです」

 制裁、という言葉に四人は首を傾げた。シンジはクスッと微笑むと、指をパチンと鳴らす。すると手袋の指先にライターぐらいの焔が発生した。

「そ、それは!?」

「僕の開発した特殊手袋です。まぁ暇潰し程度にね」

「じゃ、じゃああの時のエヴァの放った焔は……」

 リツコが言う前にシンジは手袋を取り、ポケットからライターを取って燃やした。

「あ……」

 リツコは何をするんだと言う顔になるが、燃え尽きた手袋は灰皿に捨てられた。

「科学者の好奇心、大いに結構。でも強い力ってのは人を狂わしますからね。どっかのお馬鹿さんも下手に権力持ってるから何でも思い通りになると思ってるんです。だから、こういうのは処分するに限る」

 有無を言わさぬシンジにリツコは何も言い返せなかった。シンジは立ち上がると四人に背中を向けた。

「あ、僕、しばらく第三新東京にいますんでネルフの勧誘以外だったら客として迎えますから」

 そう言ってシンジは食堂から出て行った。






To be continued...


(あとがき)

髭……悲惨な目に遭ってます。ちなみにシンジは某大佐の錬金術だけでなく、某筋肉少佐の錬金術も使えます。
けど、本人は拳が痛くなるし、使い勝手が悪いので使わないだけです。無駄に殴らないといけないし……。
次回は牛女の番ですかね〜……後、レイの出番も。



(ながちゃん@管理人のコメント)

流浪人様より「福音の錬金術師」の第二章を頂きました。
いやー面白いですねぇ〜。
早速、ゲンドウは痛い目に遭ってますねぇ。良きかな良きかな。どんどんやっちゃって下さい♪
次はミサトですね。楽しみにしています。
シンジ君はネルフ入り(=ゲンドウの駒になること)を明確に拒みましたね。まあ当然ですね。
でも一部の人間(言うまでもない?)は、それを許さないでしょうから、きっとこれから一悶着あるんでしょうね♪
さあ、作者様に熱いエールをおくって、次作を心待ちにしましょう♪
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