福音の錬金術師

第七章

presented by 流浪人様


「………終わったか」

 兵装ビルの屋上でロードはシャムシエルの死体を見ながら呟いた。

「現在、戦闘現場から半径五キロは立ち入り禁止区域ですよ?」

 チャキッと背中に冷たいナイフの感触が当てられる。ロードはフゥと息を吐いて肩を竦めた。

「脅しとは……慈悲深い行動とは言えないな、レナ」

「あら? もし本当にネルフでしたら容赦なくグサリですよ」

 レナはナイフに変化させた指を引いて、ニッコリと微笑を浮かべた。ロードはそれもそうだと苦笑すると、彼女の方に向き直った。

「それに立ち入り禁止区域に入るのは正義だと?」

「生憎と俺はマスターの悪の部分も受け継いでいるのでな……」

「そうですよね〜。最初に生まれたからマスターの意志を私達の中で一番受け継いでるんですよね〜」

 何やら悪戯を思い付いた子供のように『お兄ちゃん♪』と首を傾げながら言ってきた。ロードはゾクッと体を震わせると、スタスタと歩き出した。

「気味が悪い。とっとと帰れ」

「まぁ、そう言わないで。晩御飯の買い物に行く所だったんですよ。荷物持ちに付き合ってください」

「………何で俺が?」

「まぁまぁ♪一人暮らしの寂しいお兄ちゃんに心の篭った温かい手料理を……」

「お兄ちゃん言うな」

 腕を絡めようとして来るレナの腕を見えない速さで切り落とし、とっとと去ろうとするが、

 ズベシャッ!!

 いつの間にか足首からロープを伸ばして、自分の足を捕獲していた為、ロードは思いっ切りコケた。レナは腕を再生すると、Vサインをする。

 ふと、その際、ロードが落とした携帯が目に入った。レナは結構、格好良いので彼女の一人でも作ってるかな〜と思いつつ、拾って着信履歴を見てみる。

「あ、待て……」

 ぶつけたおデコを押さえながら取り返そうとするが、レナは着信履歴を見て目を見開き、携帯を落とした。

「こ、これは……」

「………そうだ。今度、来日して来る」

「わ、私は外国に高飛びします!!」

 ダッシュで今度はレナがその場から逃げ出そうとする。

「待て、同類」

 が、ガシッとロードに肩を掴まれて引き止められた。

「誰が同類ですか!?」

「腹黒い所」

「誤解を招くような発言はやめて下さい! 私は慈悲を司る心清らかなホムクルです」

「略すな。妙に安っぽく聞こえる」

 瞳を潤ませて進言するレナを一蹴し、ロードは彼女を引き摺って行く。

「買出しに付き合ってやる。だから貴様も覚悟を決めろ」

「ひ〜ん……お兄ちゃんの馬鹿〜」

 ロードは再び体を震わせ、レナにゲンコツをかましてそこから去って行った。






 シャムシエルを倒し、ケージに戻って来たシンジを待っていたのは憤慨するミサトだった。

「ちょっと! 何でアタシの命令を無視したの!?」

 ――この人って………――

 詰め寄って来るミサトをシンジはゲンナリした目で見る。先程の発令所の話を聞いてなかったのだろうか? 否、聞いてはいたのだろうが、綺麗サッパリ見事に抜け落ちているようだ。

「あの……僕、命令拒否権が条件なんですけど……」

「そんなの関係無いわよ! アンタはアタシの命令を聞いてりゃ良いの!!」

 もはや何を言っても無駄である。

 『牛』の耳に念仏とは良く言ったものだ。微妙に間違ってるようだが、間違っちゃいないだろう。

 シンジは溜め息を吐くと、ふとミサトの後ろの方で自分を見ているレイを見つけた。そしてリツコが歩み寄って来るのも目に入り、眉を顰めた。

「シンジ君、一つ質問があるのだけど……」

「何です?」

「以前、貴方はエヴァで焔を出した後、生身で焔を出す術を持っていた事を明らかにした。そして今回はエヴァの手を刃状にした。シンジ君……貴方が両手を合わせるのには意味があるの?」

 シンジは素直に賞賛した。中々、鋭い所を突くリツコの見解を見直そうと思った。

「そうですね〜………神様にお祈りしてるって事にしましょうか」

 『事にしましょうか』って、あからさまに言われてリツコは表情を引き攣らせた。シンジはニコッと微笑むと、レイの方へと歩いて行った。

「じゃあね、綾波。またね」

 ポンと軽く彼女の頭を撫で、シンジは出て行くのだった。




「ただいま〜」

「ツーペア」

「すとれーと」

 家に帰った途端、ロードとリンネがポーカー勝負をしていた。シンジは敢えて突っ込まない。此処で突っ込んだら負けのような気がしたからだ。何に負けかは不明だが。

 ルイは二人の対決を頬杖を突きながら見物していた。

「二人ともポーカーフェイスな事はポーカーフェイスなんだけど……」

「フルハウス」

「ふぉーかーど」

 フゥとルイは対戦表のリンネの欄に○をつけた。ロードの欄には●がズラーッと並んでる。

「ロード君って賭け事には弱いのよね」

「ふん……」

 ロードは不機嫌そうにトランプを放り投げた。リンネはテテテとシンジの下へ行くと、ビシッとVサインをした。

 シンジは苦笑しながらリンネの頭を撫でてあげる。

「は〜い、今日の晩御飯は味噌鍋ですよ〜」

「ばたー」

 熱々の鍋を持って来るレナを見て、リンネは台所へバターを取りに行った。

 五人は鍋を囲んで思い思いに突っついて行く。その際、シンジはネルフに入った事を話した。

「給料に関しては何も言って無いから、条件は簡単に呑んで貰えたよ」

「無茶をしたら駄目よ」

「おにぃ、あのさびしいところにいくの?」

 初号機の頃だった頃の感覚からリンネがギュッとシンジの服を掴んで来た。シンジは微笑んで、優しくリンネの頭を撫でる。

「大丈夫。僕もネルフに入らなきゃ出来ない事があるからね」

「何ですか?」

「綾波を呪縛から解き放ちたいしね……」

 ピクッとルイとリンネがレイの名前に反応した。まぁルイは自分の遺伝子を持って生まれて来たから子供みたいなものだし、リンネは自分のオリジナルであるリリスなので何とも微妙な立場であった。

「家族に手を出さないって言ったから、多分、大丈夫だと思うけど……」

「ご安心ください。私がいる限りネルフもゼーレも此処に手出しさせません」

 胸を張って言うレナにシンジは頼みますと頭を軽く下げた。




 使徒戦が終わって数日後、シンジは街の郊外に使徒の死骸を納めたプレハブに来ていた。

「……なるほどね。多少、焦げてはいるけどコア以外は殆んど原型をとどめているわ。ホント、理想的なサンプル。ありがたいわ」

 リツコの科学者としての好奇心が擽られた台詞にシンジは「どうも」と返した。シンジ、ミサトはリツコから説明を受けた。

「で、何か分かったの?」

「まぁね、コレを見て」

 リツコの指がキーボードの上で踊ると、ディスプレイ上でも数字と記号が踊り、やがて『601』と映し出される。

「何コレ?」

「解析不能を示すコードナンバー」

「……ようするに良く分からなかったって事?」

 ミサトの皮肉にリツコは僅かに表情を引き攣らせながらも返した。

「それでも分かった事もあるわ。使徒は粒子と波、両方の性質を備える光の様なモノで構成されているのよ」

 リツコはそこで言葉を切り、傍らの紙コップに手を伸ばす。

「……で、動力源はあったんでしょ?」

「らしきものはね……でも、その作動原理がまだサッパリなのよ」

「まだまだ未知の世界が広がっている訳ね」

「この世は謎だらけよ。例えば、ほら、この使徒独自の固有波形パターン」

 リツコは再びキーボードを叩くと、ミサトが覗き込んで目を見開いた。

「どれどれ? ……これって!?」

「そう、構成素材の違いはあっても信号の配置と座標は人間の遺伝子と酷似しているわ……99.89%ね。チンパンジーより高いわよ」

 画面を見て驚きの声を上げるミサトに、リツコは冷静な声で返す。

「99.89%って……使徒って人間なの?」

「そうですか?」

 すると今まで黙っていたシンジが口を挟んで来た。ミサトは嫌な目で彼を見るが、当人は気にせず言葉を続けた。

「人間が使徒……とは考えられませんかね?」

 その台詞にリツコは大きく目を見開くが、ミサトが声を上げた。

「何言ってんのよ? それって意味は一緒じゃない」

「いいえ。『使徒が人間』と『人間が使徒』っていうのは全く違います。葛城さんの言い方だと、人間という枠の中に使徒がいる事になります。けど僕は使徒という枠の中に人間がいるんですよ」

「どう違うのよ?」

「それぐらいは自分で考えてください」

 冷たく言い放すシンジにミサトは思わずぶっ飛ばそうかと思った。

「おや?」

 その時、シンジは使徒のコアを見に来ているゲンドウと冬月に気が付いた。ゲンドウは、どうやら出張から帰って来たようで、手袋を外して直にコアに触れている。

「父さんの手、火傷してますね」

「あら、ホント。リツコ、何か知ってる?」

「……あなたが本部へ転属する前、起動実験中に零号機が暴走したのは知っているでしょ?」

「ええ」

「その時、レイがエントリープラグの中に閉じ込められてね……。それを碇司令が助け出したの。加熱したハッチを無理矢理抉じ開けて」

「へぇ〜……司令も顔に似合わず、良い所あるじゃない」

 ――どうだか……――

 ゲンドウの認識を改めるミサトに対し、シンジは冷めた目でゲンドウを見ていた。




 翌日、シンジはゲンドウに呼び出され、ネルフに来ていた。

「あ! シンジ君!」

 ふと司令室に行く途中、オペレーター三人衆が何やら談笑しており、マヤが手を振って来た。彼女の腕の中には一匹の黒猫がいる。

「あ〜! パラケルスス!」

 その猫を見てシンジは嬉しそうに駆け寄った。

「にゃ〜」

 猫――パラケルススというらしい――はマヤの腕から飛び出て、シンジの肩に乗った。

「久し振り〜、元気だった?」

「にゃ〜」

 優しく背中を撫でるシンジに、マコトやシゲルは本当に『あの』シンジと同一人物なのかと驚いた。とても保安部を撃退できるような猛者には見えず、ただの十四歳の少年にしか見えない。

「伊吹さん、連れて来てくれたんですか?」

「ええ。シンジ君も会いたいだろうと思って」

「マヤちゃん、その猫、何なんだ?」

 ふとシゲルが当然の疑問をぶつける。

「僕が昔、マヤさんのアパートに居候してる時に仔猫を拾ったんですよ。もう、雨の中ダンボール箱に入れられてたのが可哀想で可哀想で……」

 ヨヨヨと当時の事を思い出したのか、シンジはハンカチで目許を拭く。

「シンジ君、合格発表の日に何処かへ消えちゃったんだもの。『パラちゃんをお願いします』って書置きだけ残して……」

 ちゃんと自分の口で合格の報告をしたかったとボヤくマヤに、シンジは苦笑した。

「そういえば、あの後どうしたの?」

「いや〜……ちょっと野暮用が出来まして」

「野暮用?」

「ま、その話は追々……僕、呼び出されてるんで。伊吹さん、パラケルススをお願いしますね。何なら、今度、家に遊びに来て下さい。
 顔パスにしときますよ。お二人も良かったらどうぞ」

 そう言ってペコッと頭を下げてパラケルススを頭に乗せ、司令室に向かおうとしたが、マヤが「待って!」と引き止めた。

「あの……シンジ君、こんな事を言えた義理じゃないけど………大人の事情で巻き込んでしまってゴメンなさい」

「俺達も……本当に悪いと思ってる……」

「葛城さんに代わって僕が謝るよ……すまなかった」

 申し訳無さそうに謝罪する三人にシンジは一瞬、面食らった顔になるがすぐに微笑んだ。

「いえいえ。僕は常に僕の意志で動いてますから皆さんが謝る必要はありません。では」

 再び頭を下げると、司令室に向かった。

「よぉ、シンジ。久し振りじゃねぇか」

 すると突然、シンジの頭の上に乗っかってるパラケルススが喋りだした。

「君も元気そうだね。安心したよ」

「けっ! テメェこそ相変わらずじゃねぇか」

「な〜んで君は僕の分身なのにそんなに言葉遣いが悪いのかな?」

「生憎と俺様はワイルドな猫を目指してるんでね」

 ――捨てられてたくせに……――

 実はパラケルススはシンジが拾った時、既に死んでいたのだ。捨てられて死ぬ事に、シンジはゲンドウに捨てられた時の事を思い出し、初号機同様、自分の魂の欠片を定着させたのだ。事実、パラケルススの体にはシンジの血印があるのだ。

「そういやテメェだろ? 綾波 レイの素体を壊したの?」

「まぁね〜」

「良いのかよ? そんな事しちまってよ」

「遅かれ早かれ破壊するのは決まってたしね。それに伊吹さんってダミープラグの実験に付き合わされる事も無いし」

「けっ! 何だテメェ? マヤに惚れてんのか?」

「何言ってんだか……偶然とは言え、しばらく一緒に暮らしてた人を外道を歩ませたくないだけだよ」

 何の動揺も見せないシンジにパラケルススは「あっそ」とつまらなそうに返した。その時、自分の向かい側からレイが歩いて来るのが目に入った。

 シンジは彼女を見て、ニヤッと笑みを浮かべた。





 第三新東京国際空港のロビーにロードは来ていた。彼はジッとゲートを見据え、やがて目的の人物が現れた。その人物もロードに気付き、駆け寄って来る。

「お出迎え、感謝致しますロード」

「元気そうだな……プリス」

 プリスと呼ばれた青年はニコッと微笑んだ。銀色の髪に紫の瞳は神秘的な輝きを放っている。彼は牧師の服を着ており、首からは金色のロザリオを下げている。

「ええ。ロードもお変わりなく」

 フフッと微笑んで手を差し伸べてくるプリス。ロードも握り返そうとしたが、目を細めて手首を掴んだ。

「何だ……コレは?」

「おや?」

 プリスの指の間には画鋲が仕込んであった。

「まぁホムンクルスですし、刺さっても大丈夫でしょう」

「黙れ、この偽善者」

 フンと息を吐いて、ロードは背中を向ける。プリスは微笑を浮かべ、ロザリオを持つ。

「愚かな子羊達の隠れ家は見つけられませんでした」

「………そうか」

「その件に関してはメイアーが引き続き調査を行っております。それよりもロード、一つ尋ねたい事があります」

「……何だ?」

「僕は何処に住めばよろしいのでしょうか?」

「………………」





「貴様はネルフの一員となった。俺の質問に全て答えろ」

「却下」

 ネルフの司令室ではシンジとゲンドウが対峙していた。もっともゲンドウはシンジを睨み付け、シンジは微笑んで受け流しているが。

「僕には命令拒否権がある。誰の命令も受けないよ」

「父親として命令してるのだ」

「ほう? 自分の都合で捨てた人間が父親面できると思ってるの?」

「当たり前だ」

 アッサリと答えるゲンドウにシンジは表情を引き攣らせて固まった。隣で立っている冬月も同様だ。良くもまぁ此処まで傲慢になれるものだ。

 勝手に捨てて、この前はあまつさえ銃で肩を撃ち抜いたりもしたのだ。そんなの父親とは呼べる筈が無い。

 ――シンジの野郎も大変だな……っと、俺もシンジか元は――

 シンジの頭の上で傍観しているパラケルススはシンジが苦労する事に同情していた。

「貴様は何を知っている?」

「さぁ? けど敢えて言うなら僕は母親を必要となんかしていないって事かな」

 シンジの言葉にゲンドウと冬月は目を見開く。その反応にシンジは笑みを浮かべて更に続けた。

「それと僕は色々とネルフを疑ってるからね〜。ネルフに入ったのはその疑いを調べる事なんだ」

「待ちたまえ、シンジ君。我々は世界の平和を守る正義の機関だ。疑わしい所など一つも……」

「さっきの僕の発言で、僕がエヴァはどうやって動いてるか知ってると気付きませんか? 冬月先生……」

「む……!」

 やはり、と冬月は確信した。シンジは知っている。恐らく十年前の記憶があるのだろう。初号機はユイが宿っており、母親の意志が初号機を動かしているのだという事を。

 だとすれば母親を必要としていないというシンジの言葉が真実であれば、彼はエヴァと直接シンクロできる『真の適格者』なのだ。だが、それは自分達のシナリオには無い事だ。

 ゲンドウは立ち上がると無言でシンジに銃を突きつけた。

「貴様は必要ない……此処で死ね」

「相変わらず短絡的だね〜」

 ――まぁお達者倶楽部の老人から僕の抹殺命令でも出てるんだろうけど――

 それでも、やるなら弐号機が来日して戦力が整ってからの筈だ。だがゲンドウにとってユイを目覚めさせれないシンジなど不要なのだろう。

 だが、冬月が慌ててゲンドウの手を押さえた。

「(ま、待て碇! 此処でシンジ君を殺したら戦力はレイだけになってしますぞ!)」

「(問題ない。弐号機とセカンドチルドレンの来日を早める)」

「(老人達は裏死海文書に忠実だ。恐らくソレは不可能だ。それにシンジ君を殺せばユイ君を目覚めさせる事が出来なくなる)」

「(む……)」

「(落ち着け……まずはシンジ君の疑念を失くし、ユイ君を目覚めさせるように誘導すれば良いではないか)」

「(無理だな。恐らくセントラルドグマはシンジの仕業だ。どんな手を使ったは知らんが、アレを知ってる奴が疑念を失くすと思うか?)」

 そう言われ冬月は押し黙った。確かに、あんなもん見れば誰だってネルフの実情を疑うだろう。ゲンドウと冬月の遣り取りをシンジは白い目で見ていた。

「ま、僕を撃っても良いけど戦力は大幅に落ちるね。零号機があるんだろうけど、前の起動実験失敗したんでしょ?」

「今度は成功する」

「絶対?」

「そうだ……」

「ふ〜ん……ま、今度は失敗してもレスキュー班がいるから大丈夫でしょ」

「………何が言いたい?」

 掛かった! シンジはゲンドウの言葉に笑みを浮かべた。

「赤木博士から聞いたんだけど、手に火傷を負ってまで綾波を助けたそうじゃない?」

「そうだ」

「何でレスキュー班がいなかったの?」

「…………」

 答えないゲンドウに、シンジはピッと指を立てた。

「理由は簡単。孤独な綾波に対し、自分が命懸けで助けてあげる事で絶対的な信頼を得る事が出来る。自分に依存させる事が出来るから。そして綾波は『碇司令は自分だけを特別な目で見てくれる』と思うようになる。はい、見事に自分に忠実な人形の完成という訳だ」

「……………」

 ゲンドウは沈黙するだけで何も言い返さない。いや、言い返せない。

「綾波は何とも思わなかったみたいだけど僕は違うよ。何しろ貴方が真っ先に危険を犯してまで人を助けるような人間じゃないと分かってるからね」

「くっ……」

「この事を綾波が知ったら、どう思うだろうね?」

「ふん……レイは私の言いなりだ。貴様の言う事など信じはしない」

 一転して余裕の笑みを浮かべるゲンドウに対し、シンジはプッと噴出した。

「あははははは! やっぱり、貴方は馬鹿だ!」

「何だと?」

「コレな〜んだ?」

 そう言ってシンジはポケットからマイクのようなモノを取り出した。マイクのコードは床を通り、扉に挟まれて外に出ている。

 ゲンドウは目を見開くと、扉が開きレイが入って来た。彼女の手には小さいスピーカーが握られている。

「シンジ、貴様!!」

「司令……」

 ゲンドウが声を荒げるが、レイの冷ややかな言葉がかけられてビクッと身を竦ませた。レイの瞳には涙が浮かんでいる。

「レ、レイ……」

「今の言葉は………本当だったんですね」

「ち、違う! デタラメだ!」

「言っとくけど裏は取れてるよ。レスキュー班の人に聞いたら『その日は碇司令に全員休暇を貰った』って言ってたもん」

 ちなみに、そのレスキュー班の人達は、この後、ゲンドウに腹いせか何かで処分されると思い、シンジによって一生遊んで暮らせるだけの金を貰い、ネルフやゼーレの権力の及ばない外国へ家族ごと引越って貰った。

「貴様……」

 ゲンドウはシンジを殺気のこもった視線で睨み付ける。

「私は……貴方の人形じゃない。私は貴方のものでもない……」

 その言葉にゲンドウは完全に固まった。誰よりも人に拒絶される事を恐れるこの小心者は、妻の面影を持ったレイに拒絶される事は、かなりのショックなのだ。

「人は誰のものでもないって事だよ。人は誰だって自分の意志で生きるんだ。それが人に与えられた義務なんだよ」

 ポンとレイの肩に手を置いて言うシンジ。

「碇君……」

「綾波、僕の家に来る? そこには君の仲間がいる。君に本当の絆をくれる人達が……勿論、僕もだよ」

 絆……という言葉にレイはハッと目を見開き、コクッと頷いた。シンジは微笑むと、レイと共に司令室から出て行こうとする。

「待て、レイを連れて行くことは許さん!!」

 だがゲンドウは銃をシンジに向かって叫ぶ。

「僕を殺すんだったら弐号機が来てからにするんだね。それまで貴方はネルフに僕という癌を持った状態で使徒と戦うしか道は無い。まぁ別に僕を殺したら彼女は覚醒しないだろうけど」

「くっ……貴様ぁ……」

「世の中、何でも自分の思い通りになるとは思わない事だね……」

 フッと息子に軽蔑するような笑みを投げ付けられ、ゲンドウはギリッと唇を噛み締めるのだった。






To be continued...


(あとがき)

今回のゲンドウの墓穴掘りはハガレンの最初の、あの教祖ネタです。髭が段々と馬鹿になっていきます。
レイも何とか引き込めたし、髭の手札は尽きていくばっかりですな。
感想をくれた皆様には、この場で深く御礼申し上げます。
では次回を楽しみにしていてください。



(ながちゃん@管理人のコメント)

流浪人様より「福音の錬金術師」の第七章を頂きました。相変わらず、執筆早いですな〜(汗)。
さて今話では、早々にレイが真実を知り、ゲンドウを見限りました。
ゲンドウ、無様です。ザマー見ろです。いや〜ホントーにいい気味ですな〜♪
でもこの男、これから一体どうするつもりなのでしょうか?
息子(シンジ)はまったく自分の言うことを聞かないし、妻(ユイ)に依存していないから初号機は覚醒しない(というより、すでにユイはルイとしてサルベージされており、それはもはや実現不可能である)。今回、レイには見限られ、レイの素体もすべて破壊されたため、今のレイを殺して三番目にすることも出来ない。しかも、レイの協力なしにはダミープラグの開発も一歩も進まない。レイを力づくで拘束しようにも、すでにシンジの家族となっているだろうから、契約上、表立っては行動できない(あくまで表立っては、であるが)。第一、シンジとホムクルたちがそれを許さない・・・。
う〜ん・・・まさに八方塞がりですな。手詰まりとも言えます(笑)。
でもきっと、諦めないんでしょうねぇ〜。懲りずに、悪巧みを巡らすんでしょうねぇ〜(笑)。
ホムクルたちも、どんどん集結してきましたね・・・たぶんシンジの家に(核爆)。
これから愉快なホーム・コメディーが繰り広げられることでしょう♪
今回、可愛らしい(見た目だけだが)、古の大錬金術師の名を冠する黒猫も登場したことだし、これからの展開が一層楽しみです。
さあ、次作を心待ちにしましょう♪
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