第八章
presented by 流浪人様
シンジはレイと共に家に帰って来た。
「ほら、遠慮せず入って」
玄関で戸惑うレイの背中をシンジは無理やり中へと押し込んだ。
「おにぃ、おかえり」
トテトテとリンネが駆け足気味でやって来た。彼女はシンジと一緒にいるレイを見て、「あ……」という顔になった。
「あら、シンジ。帰って来たの。今日、レナさんが私用でいないから私が夕食……あら?」
エプロンを着けて出迎えに来たルイもレイに気づいて足を止めた。レイも何やら二人を見て、微妙に瞳が揺らいでいる。
どうやら何かしら感じるものがあるのだろう。まぁレイはユイとリリスの遺伝子を持ったクローンだし、リンネはそのリリスのダイレクトコピーである。早い話、同一人物のようなものだ。
特にルイの場合は事情が事情なだけに心中複雑なのだろう。
「コホンッ! まぁ新しい家族を迎える意味でもルイさん、僕が腕を振るいましょう」
シンジは咳払いしてルイの肩を叩くと、台所へと向かうのだった。
レイ、リンネ、ルイの三人はリビングでポツーンと無言のまま座っていた。レイやリンネは元から口数が少ないが、ルイはどう話せば良いのか分からないのだ。
「…………おにぃ」
「え?」
その時、ポツリとレイが呟いた。
「その子……碇君の事を『おにぃ』って呼んでたわ……」
レイはリンネの方を見てそう言った。
「おにぃは………おにぃだから……」
「………どういう意味?」
「お、お兄ちゃんっていう意味よ……」
独特の世界を繰り広げるレイとリンネに表情を引き攣らせつつ、ルイが説明する。レイは「そう……」とだけ言って今度はルイに視線を向けてきた。
「貴女は何なの?」
「え? わ、私?」
コクッとレイが頷く。
「わ、私はシンジの………」
『母親』……と堂々と言えるだろうか? 未だに母親扱いして貰ってない為、日夜、『お母さん』と呼ばれるよう努力しているのだが、やはりシンジの態度は冷め切っている。
ルイは少し顔を俯かせ、次に顔を上げた時にはかなりの作り笑いで、
「恋人候補で〜す♪」
「今日は鶏肉パーティーだね♪」
「……ゴメンなさい、ごく普通の居候です」
台所から、これでもかってぐらい大声で清々しい声がしてルイは縮こまった。
「あなた達が……碇君の家族……」
「そうだよ〜」
ふとシンジが両手に皿を持ってやって来た。
「そして君も家族だ。ほい、綾波は肉が駄目なんでしょ?」
野菜をメインにした料理の皿をレイの前に置くと、彼女はコクッと頷いた。シンジはどんどん出来上がった料理を持って来ると、テーブルには一流レストラン顔負けの料理が並べられた。
「じゃ、乾杯しようか……って、レナさんは?」
「レナ?」
「家のお手伝いさんだよ。そういえば私用って言ってたみたいだけど……」
シンジの呟きにルイがコクッと頷いた。
「ええ。何でもお友達が来日したそうだからロード君の家に行ったわよ」
「お友達? ………まさか」
シンジは物凄く嫌そうな顔になるとルイも彼と同じような顔をした。
「ええ。きっと……」
「はぁ〜……また僕の苦労が増える〜」
今度はどんな奴が来るのだろうか? ホムンクルスとはいえ、ロードは普通の留学生だし、レナだって普通のメイドだ。とても見た目で判断できないだろう。
シンジはまだ彼らに気を許してはいない。ゼーレ、ネルフは敵であり、シンジの敵ではないと言っているが、また味方でもないとも言っている。彼らが、この街に集まって来るのはシンジとしても余り望ましくない事なのだ。
「碇君……」
「何?」
頭を抱えるシンジにレイが話しかけて来たので、顔を向けた。
「あ、ありが……とう……」
僅かに頬を染めて搾り出すように言うレイに、シンジは一瞬、目を見開くがニコッと微笑んだ。
――綾波の呪縛は解いた。これでゲンドウのカードは無くなったと言っても良いんだけど………嫌な予感がするんだよな〜――
その予感はロード達ホムンクルスと出会った事と、ゼーレのキメラ製造の研究施設を発見した時から持っていた。
第三新東京市のとあるマンション。そこのロード宅にロード、レナ、そしてプリスが集まっていた。
「はぁ……まさかロードと同居する羽目になるとは」
「なら出て行くか?」
三人で焼肉パーティーなどをしつつロードは鋭い目でプリスを睨み付けながら言う。プリスは「まぁまぁ」と彼を宥めながらカルビを口にした。
「(モグモグ)……この肉達も普通に生きていれば大自然を駆けていた筈なのに……生き物を食す……業とは恐ろしい」
「だったら食べないでください」
「そもそもソレは仏教の教えだ」
わざとらしく目元を拭ってロザリオを握るプリスにロードとレナは冷ややかにツッコミを入れた。
「とまぁ、そんな冗談はさて置いて……」
――このエセ聖職者が……――
アッサリと天使の微笑を浮かべ、プリスは今度はロースを口に運ぶ。ロードは、そんな彼の姿をため息を吐いて睨み付けた。
マスターによって最初に生み出された自分は確かにマスターの悪の部分を受け継いでいる。だが、本当に悪の部分を受け継いでるのはプリスじゃないか、と思ってしまった。
「メイアーと一緒に老人方の居場所を探ってましたが、具体的な場所は見つけれませんでした」
「そうでしょうね。アレでも一応、世界を裏で操ってる存在ですからね………」
「けど、アフリカの方で中々、面白いものを発見しましたよ」
そう言ってプリスは一枚の写真を取り出した。写真にはアフリカのジャングルが写っている。そして、そこに巨大な陣があった。
「これは……」
「あの辺は見た事のない少数部族とかがいますからね………材料にはうってつけです」
写真に写っている陣を見て、ロードとレナは目を細めていた。
「使える者がいるとは思えません。ですが、知識として知っているとすれば……」
「………この陣、随分と古いようだが……」
「ええ。それに微妙に間違ってるので、頓挫したんでしょうね。で、今度は近くの研究所でキメラの製造工場を見つけたました。こっちは稼動してたから破壊しておきましたけど……」
そう言ってプリスは別の写真を見せる。その写真にはカプセルの中にシンジが発見した同じようなキメラとは別に明らかに人間に近いモノが浮かんでいた。
「キメラからホムンクルス……そして最後には賢者の石に辿り着くだろうな」
ピラッと陣の描かれた写真を見比べ、ロードが呟く。
「マスターの話から………随分と変わってますね」
「ああ……」
「ごちそ〜さま〜」
『!!?』
人が真剣な話をしている間に、いつの間にやら焼肉を平らげてるプリスにロードとレナはハッとなった。皿は既に空っぽだった。
「プリス、貴様……」
「ひ、酷いです。私、まだ一切れしか……」
「弱者はただ去るのみ……ですよ、お二人とも」
ナプキンで上品に口を拭くプリスにロードとレナは遣り切れない殺意を抱いたが、此処で戦闘などを起こせば、他の住人の方々の迷惑になるので、グッと怒りを堪えるのだった。
その日の晩、シンジはベッドに横になりながら天井を眺めていた。
――ゼーレがキメラの技術を持っているとしたら……クローンの技術から人体練成を使えるかもしれない……――
クローンと人体練成の違いは、クローンは細胞から人間を培養するが、それは胎児の状態から育てる必要がある。もっともレイのように使徒の遺伝子を含んでいるものなら成長も人より数倍早い。
だが、人体練成は材料さえ揃えば、自分の記憶にある者を創り出す事が出来る。シンジはロード達と同じく、それが気がかりだった。
レイの素体を破壊した今、新たな素体を作るには時間が無い。もしゼーレが人体練成を会得していたと仮定し、その技術がネルフに流れると数分でレイの素体が造れる。
そうなれば、レイの身柄が危ない。契約で家族に手を出さないとあるが、初めから素直に守るような奴ではない、碇 ゲンドウという男は。
「ネルフ、ゼーレ……そしてホムンクルス……随分と問題山積みだね〜」
たとえ、この先ネルフを滅ぼしたとしてもゼーレの所在が分からなければ第二、第三のネルフが生まれる可能性がある。何としてでもゼーレの居場所を見つける必要があるのだ。
コンコン……。
ふと、扉がノックされ、シンジは体を起こした。
「はぁ〜い、どちら様?」
シンジの返事を聞いて扉が開かれると、ルイのパジャマを借りたレイが入って来た。
「あれ? どうしたの、綾波?」
レイは相変わらず心中を読ませない表情で近寄り、無言でシンジのベッドの中に入って来た。
「綾波?」
「………怖い夢……見た……暗闇で……一人ぼっちの……」
僅かに声を震わせるレイにシンジは肩を竦めて息を吐くと、優しくレイの頭を撫でた。
――何だろう……気持ち良い………怖く……無い……――
シンジに頭を撫でられてレイは瞳をトロンとさせると、やがて静かに寝息を立て始めた。シンジはそんな彼女を見て、クスッと微笑むと自分も考え事はやめにして眠り始めるのだった。
夜の第三新東京市の光景をロードは屋上から眺めていた。風に揺れる金髪は電気の光のように明るく輝いている。
「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきた……か」
地上の星と言っても過言ではない光にポツリと呟いた。
「どうしたんです、こんな所で?」
ふと後ろから声をかけられてロードは振り返る。彼の後ろではレナが微笑みを浮かべて立っていた。
「……プリスは?」
「焼肉お腹一杯食べたから満足げに寝てます」
微妙に、そのまま永眠させてやりたいという意思が感じ取れそうで、ロードは頬に一筋に汗を垂らした。
レナはそのままロードの隣にやって来ると、腰を下ろして街の風景を眺めた。
「ロード………貴方は人間になりたいと考えた事はありますか?」
「…………お前は?」
「ありますよ……いえ、きっとプリスもメイアーもライハートもメディナもシオンも……人間になりたいと思った事がある筈です。けど、私達の使命を嫌がったり放棄したいなどとも思いません。私達の使命はマスターの最後の願いなのですから……ただ」
レナは、そこで一旦、言葉を区切るとロードを見上げた。
「貴方はどうなのです?」
「………」
「私はシンジ様達と共に生活して、もし人間に生まれていたら……と少し思うようになりました。たとえ、ホムンクルスであろうと意思はあります。誰かを………心の底から愛したいとも感じます」
そう言うレナにロードはフッと笑った。
「マスターは俺を生み出した時にこう言った。
俺達は造られた人間だ。だが、己の意志を持ち、考えて行動できる。マスターに与えられた使命を放棄しても咎めはしない。人として生きたければ使命を放棄しても構わない。人が人の人生を束縛する事は誰にも出来ない……と。
お前が使命を放棄しようと誰かを愛そうと誰も咎めない。それが、お前の意志なのだろう? だが、俺も使命を放棄しようと思わん。また人間になりたいと思った事も無い。それはマスターが……俺がこの世界が好きだからだ」
そう言ってロードは微笑を浮かべた。何処かぎこちなかったが、それは優しい微笑だった。レナは胸の前で拳を握ると、立ち上がって真正面からロードを見つめた。
「それが……貴方の意志なのですか」
「ああ。俺達は兄弟だが、俺は俺、お前はお前だ……俺はマスターが好きだったこの世界を守る。それが俺の正義だ……」
「本当……貴方はマスターに一番、似ていますね。誰よりも優しくて……」
レナは微笑むと、ソッとロードの頬に手を添えた。
「強い意志を持っている………そんな貴方だから私は……」
レナはそこで言葉を区切ると、頭をロードの胸元に寄せて来た。
「ロード……少し、こうしてて良いですか?」
「好きにしろ……」
たまには兄らしいこともしてやらないなと心の中で呟くと、ロードはギュッとレナを抱きしめた。
――ホムンクルスも誰かを愛する……か――
その光景を扉の向こうで、ちゃっかりと見ていたプリスは、扉を背にしてロザリオを握った。
――僕達の意志は……人と同じなのですね……――
フフッと何処か嬉しそうに微笑むと、プリスは出歯亀は野暮なので、とっとと戻って行くのだった。
To be continued...
(ながちゃん@管理人のコメント)
流浪人様より「福音の錬金術師」の第八章を頂きました。ホント、執筆早いです(汗)。
ホムクル、うちくる───と思ったのですが、結局プリスは、ロードのマンションに落ち着いたみたいですね。
それとも、これからシンジの家に雪崩れ込むのでしょうか?その他ホムクルたちと大勢で(笑)。
でも、レイがネルフやゼーレに狙われているとなると、彼らと同居したほうが安心といえば安心なんですよねぇ。
いくらシンジ君が強くても、いつもレイの側にベッタリというわけにはいかないでしょうから・・・。
ロードたちが言う「マスター」なる人物、すでに故人のようですね。話し振りからして過去形ですし・・・。
一体過去に、彼らホムクルたちとはどんな関わりが、秘密があったというのでしょうか?
そういう面からも、これからの展開が楽しみですね。
あ、黒猫(パラケルスス)がいないと思ったら、そういえば彼ってマヤの飼い猫でしたっけ?
管理人は猫フェチなので、偶には話に出して下さいね〜。あー、出来れば猫被った(?)愛くるしい姿で♪
最近、パソコンが壊れたそうですが(御愁傷様です)、挫けず、頑張って下さいね〜。
さあ、次作を心待ちにしましょう♪
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