第九章
presented by 流浪人様
「碇! ワシを殴れ!」
「うりゃ!」
バキャッ!!
教室に入って来るなり、土下座してくるトウジの顔面に蹴りを入れた。
「ぐはっ!」
「す、鈴原!」
トウジは見事、机に突っ込んで目を回し、ヒカリが声を上げた。すると、ロードがトウジの後ろに回り込んで体を起こす。
「ふむ……」
そして肩をグッと押して、トウジを目覚めさせた。トウジはハッと覚醒すると、フッフッフと笑いながら立ち上がった。
「す、鈴原?」
「打ち所が悪かったか?」
急に笑い出すトウジにヒカリは表情を引き攣らせ、ロードが隣で冷静に呟いた。
「殴れと言って蹴りを入れるとは……流石はワシが見込んだだけの男やな!」
ビシッとシンジを指差して高々と叫ぶ。他のクラスメイトは「ああ、こりゃ頭打ってるわ」とトウジに憐れむ視線を送った。
「えっと……一体、何なの?」
「妹に聞いたわ……お前、妹の病院行って謝ったんやってな」
「ああ……」
別にシンジに責任がある訳ではないのだが、先日の屋上の件でトウジの気迫を見て謝りに行ったのだ。
もっとも、それは建前で実際はトウジの妹の【鈴原 ナツミ】の怪我の容態を見に行ったのだ。そして、やはり彼女の怪我はエヴァの戦闘による事故ではなく、人為的なものだった。
本人に聞いた所、シェルターに避難する途中、衝撃が襲って来て意識を失ったそうだ。そして気が付けば病院にいた……と、言うのだが明らかにネルフの裏工作だと悟った。
「ワシ、妹に叱られたわ……『自分達を守ってくれた人に何て事をするの』……ってな。碇、ホンマにすまんかった!」
「綾波、パン飲み込んで」
「聞けぇぇぇぇぇいっ!!!!!!!!」
既にトウジの熱い言葉など聞き流しており、シンジは後ろで朝ご飯のパンを食べているレイに構っていた。
「(もぐもぐ)………朝ご飯、美味しい……」
「あはは……」
「何や、お前ら仲エエんか?」
随分と親しそう(?)にするシンジとレイに落ち着いたトウジが怪訝そうに尋ねて来た。他のクラスメイト達も、あのレイが親しそうに話している事に驚きを隠せない。
「まぁ……色々あってね」
シンジは曖昧に答えて頬を掻いた。
「そういえば……眼鏡君は?」
「ああ、ケンスケか。アイツやったら最近、休んどるわ」
「は? 何で?」
トウジは僅かに戸惑いつつもシェルターであった事を話した。それを聞いてシンジは半眼でロードを見る。
一方のロードは、さもありなんと言った顔で、担任が入って来るのを確認すると、とっとと席に就いている。シンジは溜め息を吐いて自分の席に座った。
「そういやレナさん泊まったんだって?」
「ああ」
「来日して来た友達って……やっぱホムンクルス?」
「まぁな……」
他の人間には聞こえないよう、小声で会話するシンジとロード。
「今日から転校してきましたプリス・フェイスで〜す♪」
ドンガラガッシャ〜ン!!
ロードは思いっ切り、机ごと引っ繰り返った。ゆっくりと机を起こすと、堂々と制服を着て、微笑を浮かべるプリスを睨み付ける。
「やぁロード。朝から騒がしいね」
爽やかに手を振って言うプリスにロードは激しく頭痛がした。
「プリスく〜ん、質問〜。ロード君とは知り合いなの〜?」
何やらロードと親しそうなプリスに女生徒の一人が質問した。プリスはポッと頬を染めると、
「ロードには身も心も捧げた仲ですぶっ!」
勝手な事を抜かすプリスにロードは筆箱を思いっ切り投げ飛ばした。委員長が『不潔よ〜!』などと騒いではいるが、それ所ではない。
プリスは額を摩りながらロードを涙目で見る。
「痛いじゃないか」
「黙れ。誰が身も心も捧げた仲だって?」
「レナが君に」
「おい、教師。悪いが少し退出するぞ」
アッサリと答えるプリスにロードは氷よりも冷たい瞳になり、問答無用で教壇までやって来ると、プリスを引きずって廊下に出て行った。
「あ〜! ロード、御免ってば!! でも君、昨日、隣の部屋で遅くまでレナと二人して……あぁ〜! それだけは止めて〜!」
廊下で叫び声が聞こえたが、クラスメイト達は恐ろしくなって見る事が出来なかった。やがてロードが入って来た。
「騒がせたな」
パンパンと手を叩いて、かなり自然に自分の席に戻って行った。
「ロードってレナさんと、そんな関係だったの?」
「聞く所はそこか?」
席に就くなりシンジが何故か真剣な顔で聞いてきて、ロードは彼を睨み返す。
「ひょっとしてレナさん、腰が痛くて帰って来れないとか?」
「お前も、あの馬鹿のように切り刻んで窓から捨ててやろうか?」
そんな事してたのかとシンジは微妙に顔を引きつらせた。
「大体、レナは単に寝不足なだけで今頃は帰ってる筈だ」
「寝不足……」
「言っておくが寝不足なのは明け方まで調べものをしてたからだ」
意味深な顔をするシンジに、すかさずロードが言った。
「調べもの?」
「こっちの話だ」
「な〜んだ、リアルファイトじゃなかったんですね」
いつの間にか復活しているプリスがロードの肩を手に回して来た。
――流石はホムンクルス……――
窓から落とされたのにアッサリと復活してる辺り、人間離れしてるなと思った。まぁ人間じゃあないんだろうが。
プリスはふとシンジに視線を送って笑みを向けた。
「君が碇 シンジ君ですか。ロードやレナから話は聞いています」
そう言ってプリスは手を差し出す。シンジは怪訝そうな顔を浮かべながら手を握り返す。プリスはニコッと微笑むと、シンジはクラス中の視線が集まってる事に気が付き、今が授業中である事を思い出した。
「またコード707に転入生が?」
「はい……」
ネルフ総司令室ではリツコの報告に冬月が眉を顰めた。
「ロード・ジャスティスという少年に続き、今日、プリス・フェイスという少年が転入して来ました。共に経歴を調べましたが過去の詳細については一切、不明です」
「ゼーレの送り込んで来た刺客とは考えられんかね?」
「その可能性はあります。ただロード・ジャスティスは随分とサードチルドレンと親しそうで、先日の使徒戦でシェルターの見張りについていた保安部員を病院送りにしたそうです」
人の口に何とやらという奴で、しっかりとロードのした事は報告が入っていた。
「その二人を連行して尋問にかけろ。シンジの弱みを握れるかもしれん」
友人に手を出すのは契約に入っていないので、ゲンドウが命令する。リツコは、『はい』と頷くと、司令室から出て行った。
「ふぅ……」
――司令、レイが傍にいなくて、相当、イラついてるわね――
廊下を歩きながらリツコは肩をコキコキと鳴らしながらフフッと笑った。それは、たった小娘一人いなくなっただけで動揺する男に捨てられないよう尽くしている自嘲的な笑みをだった。
「〜〜♪〜〜♪」
すると前方からマヤが楽しそうに鼻唄を歌いながら歩いているのを見つけた。だが、リツコはそれ以前に彼女の頭に乗っかっている黒い物体を見て表情を引き攣らせた。
「マヤ……」
「あ! せんぱ〜い♪お久し振りです! 最近、部屋に篭りっ放しで心配してたんですよ〜」
マヤは犬の尻尾を振るかのようにリツコの元へと駆け寄って来る。
「ソレ……何?」
リツコは肩を震わせながらリツコの頭の物体を指差す。
「ああ、パラちゃんですか?」
「パラちゃん?」
「はい。シンジ君と一緒に住んでた時に、シンジ君が拾って来た猫なんです。パラケルススって言うんですよ」
マヤは頭の上で気持ち良さそうにしているパラケルススを抱きかかえてリツコに見せる。
「にゃ」
パラケルススはビシッと前足を上げてリツコに挨拶をする。
「へ〜……随分と賢い猫なのね」
「そうですよ〜。パラちゃんって自分で冷蔵庫開けてミルクを出すんですよ〜。しかも皿にまで移します!」
それって賢いとかどうとかいうレベルを超えているような気がしないでもないが、リツコは深く追求しなかった。
「けど何でネルフに連れて来てるの?」
「いえ……ネルフにいればパラちゃんもシンジ君に会えるかもしれませんから。パラちゃんもシンジ君に会えると嬉しいでしょうから」
――つっても俺もシンジなんだけどな……――
パラケルススはマヤに抱かれながら、冷ややかに心の中でツッコミを入れた。
「パラケルススか〜………その猫、マヤが名付け親?」
「いえ。シンジ君です」
「ふ〜ん……十歳足らずの子供にしては博学的な」
「ほぇ?」
「パラケルススっていえば錬金術の大家の名前じゃない」
ギクッとパラケルススは一瞬、身を強張らせるがリツコとマヤは気付いていない。
「錬金術って……あの中世ヨーロッパの?」
「まぁね。もっとも石ころを金にするなんて非科学的な事、ありえないけど」
一般的な知識の錬金術はそうであろうが、シンジの使う錬金術は立派に科学である。
――『ありえない事はありえない』……ってか――
パラケルススは心の中で呟くと、フッと笑った。
「まぁ迷惑にならなければ良いけど……ちゃんと管理しときなさいよ」
「は〜い♪」
マヤは再びパラケルススを頭に乗せると、軽い足取りで歩いて行った。
「あ、そうだ、マヤ!」
「はい?」
が、急に呼び止められてトテテと帰って来た。
「貴女、今は暇?」
「え? ええ、一応、仕事らしい仕事は入ってませんが……」
初号機も破損らしい破損もしておらず、零号機の起動実験の準備も整っている為、技術部や整備班などは現在、暇なのである。余談だが、保安諜報部はシンジや、彼の家に不法侵入しようとしてレナに返り討ちにあって人手不足だったりする。
「だったらお使いを頼まれてくれない?」
「お使い?」
「ええ。これからシンジ君とレイの通ってる中学に行って、ロード・ジャスティス君とプリス・フェイス君という子達を連れて来て欲しいの」
「はぁ……でも何でです?」
「ちょっと幾つか質問したい事があって……」
潔癖症のマヤに少年二人を尋問にかけるなど言えず、リツコは言葉を濁した。
「分かりました。ひょっとしたらパラちゃんもシンジ君に会えて喜ぶかもしれませんから」
マヤは深く考えず、パラケルススを抱きかかえたまま、その場から去って行った。
「あなた達は誰に造られたの?」
「ほぇ?」
昼食時の碇邸で、ふとルイに質問されたレナは声を上げた。二人はテーブルを挟んで向かい合い、ルイの隣でリンネが黙々と蕎麦を啜っている。
「いえ、ちょっと気になって……」
「まぁ、そうですよね〜」
ズズズと蕎麦ツユを飲み、レナは息を吐いた。
「私達を造り出した方は、この世界の何処にも存在しません」
「?? 死んだってこと?」
「いいえ。存在していませんが生きています……」
「はぁ?」
レナの言ってる意味がルイは混乱する。
「フフ……いつか会えますよ」
楽しそうに言ったレナにルイは首を傾げた。
「そういえば……昨日はロード君の家で何をしてたのかしら〜?」
「え? え〜っと……」
「朝帰りなんて何があったとしか……」
先程までとは打って変わって、目を光らせながらレナに詰め寄るルイ。レナは引きながら慌てた。
「わ、私達はホムンクルスなので、そういう関係では……」
――実際は調べ物で徹夜しただけですし……――
本当の事を言っても聞いて貰えそうにないので、レナはルイに詰め寄られるのだった。
「ごちそ〜さま……」
リンネは一人、マイペースだった。
To be continued...
(ながちゃん@管理人のコメント)
流浪人様より「福音の錬金術師」の第九章を頂きました。
早々に黒猫(パラケルスス)を再登場させて頂き、感謝感激です。
やっぱ猫はいいですねぇ〜。胸がキュンとしますよ♪(おい)
あと、ホムクルたちを創造した「マスター」なる人物、死んではいなかったんですねぇ。早合点してゴメンなさい。
次回はロードたちの尋問シーンが見られるのでしょうか?
リツコの機転でマヤに仲介を頼んだことから、強制連行にはならないとは思いますが、例えばネルフ敷地内に入った途端、拘束されそうな気がしますね。だってネルフですし。
彼らが素直に捕まったり、尋問を受けるかどうかでしょうね。・・・ロードって短気で喧嘩っ早いし(笑)。
どうせゲンドウのことだから、尋問=拷問と考えているのでしょう。到底、うまくいくとは思えませんが・・・。
ま、どう転んでも、痛い目に遭うのはネルフなんでしょう、きっと(笑)。
管理人もそっちのほうを期待しております(以上、管理人の妄想ですから、お気になさらずに)。
さあ、次作を心待ちにしましょうか♪
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