第十一章
presented by 流浪人様
「一週間ぐらい出かけるから」
「やだ」
いつもと変わらぬ朝食時、シンジの発言にレイが即答した。
「何かあるの?」
至極冷静に味噌汁を啜りながらルイが尋ねてくる。
「うん。ちょっと知人に会いにね」
「知人……ですか?」
リンネの口の周りに付いてる牛乳を拭きながらレナが首を傾げた。
「うん。と、いう訳でレナさん、ネルフが綾波にちょっかい出さないよう、今まで以上に気をつけておいてね」
「お任せください。この私の目の黒い内はご家族の方には手出しさせません」
大きく胸を張るレナに苦笑すると、シンジは納得いかなそうに睨んで来るレイを見た。
「あ、綾波?」
「行っちゃ……駄目」
「あの〜……」
「駄目なの……」
ギュ〜ッと服の裾を掴んで離そうとしないレイにシンジは珍しく慌てた。
――お〜お〜、シンジの野郎、大ピンチだな……――
テーブルの下でキャットフードを食べながらパラケルススは既に傍観者の立場を決め込んでいた。
「ん〜………こほんっ!」
シンジは考え込んで咳払いするとレイの肩を掴んで真正面から見つめた。
「綾波。いくら零号機が壊れたからと言って君が狙われないなんて言い切れない。だから僕は君を守らなくちゃいけないんだ。
けど僕は大抵の奴には負けないけど、中にはゴキブリ並みにしぶとい連中もいてね」
その発言にピクッとレナの眉が動いた。ルイとリンネは先の事を読んだのか食事を持って避難した。
「で、そのゴキブリみたいな連中より強くならなきゃいかんので一週間ほど修行に専念したいのだよ」
――それに一週間後には使徒が来るし……――
唯一の戦力である自分が行方不明になればネルフは相当、慌てるだろう。それも一興なのでシンジは厭らしい笑みを浮かべた。
ちなみにシンジの向かいの席ではレナが慈愛に満ちた微笑を、かなり引きつらせている。パラケルススも『こりゃヤバイわ』と言った仕草で早々と避難する。
「碇君は死なないわ。私が守るもの」
「ありがとう。でも僕だって君を守りたいんだ……だから、分かってくれないかな?」
そう言ってシンジは肩に置いていた手をポンと頭に乗せた。レイは顔を少し赤らめるとコクッと頷く。シンジは微笑んで彼女を見ると、ハッと自分を睨んでいるレナに気づいた。
「シンジ様〜……少しお話が」
「レ、レナさん?」
「ロードやプリスはともかく誰がゴキブリですか?」
「い、いや……それは言葉のアヤで……」
「覚悟はよろしいですか?」
ニコッと最上級の微笑みを浮かべて遮られたシンジは冷や汗をダラダラと流しながら、肩を落とし、『はい』と頷いた。そして、レナの手が天高く掲げられ、朝の碇邸に小気味良い音が響いた。
リュックを背負い、助手席パラケルススを乗せて車を走らせるシンジの頬には赤い紅葉が咲いていた。
ちなみにシンジは国際免許証を持っているので、車の運転が出来る。まぁ警察に捕まりそうになっても、その辺は金塊の一つや二つ渡せば万事OKである。警察の程度の低さを感じえずにはいられないのだが。
「ま、アレだな……女にゴキブリは酷いんじゃねぇか?」
「うう……ついレナさんもホムンクルスだっての忘れてた」
ヨヨヨと泣きながらシンジはしみじみと呟く。
「けどよシンジ。お前さんがコレから会いに行く知人って……あの人だろう?」
パラケルススは顔を顰めながら恐る恐る尋ねた。
「うん。師匠」
「俺、帰るわ」
「駄目♪」
「フニャ〜!!」
ガリガリと窓を引っ掻くがシンジの錬金術によって、この車の硬度はダイヤモンド並なので、ぶち破ったりする事など不可能である。
「大体、何で今更、師匠なんだよ!?」
「だから言ったじゃんか。あのホムンクルス達より強くならなくちゃ。本当に敵か味方かどうか曖昧なのに、このままだと僕と君とじゃ勝てないだろうし」
「エヴァがあるだろうが!」
「あのね〜……ロードの能力だけでもエヴァを切り裂く事は可能なんだよ? ホムンクルスは錬金術が使えないけど、その能力は驚異的なんだから」
そう言ってシンジはパラケルススに、以前、ロードと学校の屋上で戦った事を話した。その時は互いに痛み分けだったが、あのまま続けていたら持久力などの差で負けていたかもしれない。
「と、いう訳で僕自身を鍛え直さないといけない訳なのだよ」
「だからって何で俺様まで……」
「まぁまぁ。僕と君の仲じゃないか」
「…………」
元が同じなので仲もクソも無いように思うパラケルススであった。
セカンドインパクトの影響を余り受けなかった北陸の山中にシンジとパラケルススは来ていた。四季が消えた事で常夏の国となった日本でも北の方へ行くと、それなりに気温が第三新東京市より下がる。
山中は霧に包まれており、並の登山者だったら迷っていただろう。だが、シンジは迷う事無く山道を歩いているとピタッと足を止めた。
そして、両手を合わせると腕輪を刃に練成する。グッと腰を落とし、突きの構えを取ると、一気に駆け出し霧の中を突き進むと刃を突き出した。
ガシッ!!
が、シンジの腕が何者かに掴まれ、そのまま鳩尾に膝蹴りが放たれた。
「げふっ!」
「ん? 何だ……賊かと思えばお前だったか」
鳩尾を押さえて膝を突くシンジの頭上から高い女性の声がした。シンジは咳き込みながらも顔を上げると、セミロングの黒髪にカッターシャツと黒いズボンを穿いた女性が煙草を咥えながら見下ろしていた。
「さ、流石ですね……セツナ師匠」
シンジは苦笑いを浮かべながら立ち上がり、女性を見る。女性――神楽 セツナは煙草を噴かすと、冷めた目でシンジを見返す。
「で? 今更、こんな所に何の用だ?」
「ぶっちゃけ一週間で強くして♪」
「帰れ」
可愛らしく首を傾げて言うシンジにセツナは背中を向けて言い放った。
「ちょ……久し振りに訪ねて来た愛弟子にソレは無いでしょうが!!」
「そういうのは愛弟子っぽくなってから言え」
「あのね……」
かなり冷たい言い草にシンジは額に指を当てて顔を引き攣らせる。
「大体、基礎だけ覚えて私の元から去って行った奴が何を言ってんだ? しかも一人暮らしの女と一緒に暮らしてたしな」
そう言われ、シンジはマヤの所でお世話になりつつ此処に通っていた事を思い出す。彼女の勉強を見つつ、修行してたのは辛かったな〜と苦い記憶に苦笑する。
「ともかく、そんな好き勝手な奴に修行なんかつけれるか。とっとと帰れ……」
「帰れません」
「は?」
「帰れません」
そう言ってセツナはシンジの目を見る。何やら真剣みを帯びてるその瞳にセツナは『ふむ……』と顎に指を当てるとニヤッと笑みを浮かべた。
「何やら事情がありそうだな」
そう呟くとセツナは『付いて来い』と言って歩き出す。霧の中を進むと、やがて小屋が見えて来てシンジとパラケルススを招き入れた。
小屋の中には囲炉裏と本棚しかない。セツナとシンジは互いに囲炉裏を囲んで座る。
「相変わらず質素な生活ですね……」
部屋を見渡し、まるで江戸時代の農民みたいな暮らしをしているとシンジは思った。
「別に生きてく上で何の問題もない」
お猪口に酒を注ぎながら答えるセツナにシンジは苦笑した。
「で? いきなり強くなりたいなんて、どういうつもりだ?」
「ええ……実は……」
シンジはセツナにこれまでの経緯を話した。セツナは普通なら驚くべき筈のシンジの話に対して、ただただ酒を飲みながら話を聞いた。
そして話を聞き終えると、コトッとお猪口を置いて、
「まぁ私は錬金術とかネルフとかホムンクルスとか、そんなのは良く知らん。だが、お前は、そのホムンクルスと戦って更に強くなる必要がある……と言いたい訳だな?」
「はい」
「再生を繰り返す人造人間………ホムンクルスか……やれやれ、お前と出会ってから現実離れしていくな」
――師匠の強さも十分、現実離れしてると思う……――
しみじみと呟くセツナに、シンジは心の中で突っ込む。もし口に出したら鉄拳制裁が目に見えているので言わない。
「まったく……真面目に修行してれば、こんな事にならなかったのにな」
「う……し、仕方ないじゃないですか。こっちだって都合があったんですから……」
「ふん……まぁ良い。修行をつけてやろうじゃないか」
新しい煙草を咥え、マッチで火を点けるとおもむろに立ち上がった。
「が、その前にちょいと実力を試させて貰おうか。ちゅ〜わけで表に出ろ」
そう言われシンジは普段よりも真剣な顔付きになると、彼女の後に続いて出て行った。
シンジはセツナと対峙するように立ち、腰を落として構える。
「もし私に一回でも膝を突かせる事が出来なかったら修行は無しだ。そんな軟弱な弟子を持った覚えは無いからな。それとパラケルスス、お前も加勢して構わんぞ」
「けっ! 後悔すんじゃねぇぜ!」
マヤの部屋にお世話になっていた時、パラケルススはセツナとも面識がある。パラケルススは言うと、ビキビキと音を立て、虎ぐらいの大きさに変化した。そして爪と牙を鋭くさせてシンジと並んでセツナと対峙する。
「行きます!」
シンジは先制に両手を合わせて地面に触れると、針の波がセツナに押し寄せて行った。セツナはソレを簡単に避けると、真後ろに回っていたパラケルススが爪を振り下ろして来る。
「ふん」
「げ!」
が、セツナは笑みを浮かべて前足を掴むと、虎ほどの巨体のパラケルススを一本背負いで地面に叩き付けた。
「はっ!!」
だが、その隙を突いてシンジが真正面から肘鉄を繰り出して来る。
「甘い!」
だが、セツナはクルッと体を反転させると交差法を利用してシンジの背中に裏拳を叩き込んだ。
「ぐぅっ!!」
シンジは吹っ飛ばされそうになるものの何とか踏ん張って耐えると、両手を合わせて地面に手近にあった木から棒を練成した。
器用に棒を回し、大きく踏み出してセツナに向かって振り下ろした。セツナは振り下ろされる棒より深くしゃがみ、シンジに足払いをかける。
「げ!?」
足払いを喰らってバランスを崩したシンジはそのまま掌底で顎を打ち上げらる。
「まだまだ!」
セツナはそのままシンジを蹴り上げて空中で制止したシンジの顔を足で挟む。シンジはダメージで体が上手く動けない。
「トドメだ! ……と行きたいのだが」
本来ならこのまま一回転してシンジを頭から地面に叩き付ける技なのだが、流石にヤバイので、シンジを蹴り飛ばして木に放り込むとセツナは見事に着地し、シンジは木の上から枝を突き抜けて地面に落っこちた。
「お前ら……腕、鈍ってないか?」
バタンキュ〜なシンジとパラケルススを見て、セツナが白い目で呟いた。
「し、師匠の方が昔より強くなってるんです……」
「人間じゃねぇ……」
ゼェゼェと息を切らしながらシンジとパラケルススは呻いた。
「まぁ私ゃ日頃の鍛錬を怠ってないからな。と、いう訳でお前が言った期限は一週間か……まぁ今日中に私の膝を突かせられなきゃ修行も糞も無い。マジで死ぬ気でやるんだね」
「う、うぃ〜っす」
シンジはフラフラになりながらも再び構え、パラケルススと共に突っ込んで行くのだった。
〜おまけ・リンネちゃんのお使い〜
彼女は意気込んでいた。何に? 手には買い物カゴ。お分かりだろうが、初めてのお使いである。リンネは眼前に広がる商店街に一歩、足を踏み入れるとビビッと電流を感じた。
「これが……しょうてんがい」
リンネはグッと買い物カゴを強く握り締めると、レナから渡されたメモ用紙を見る。
――たまねぎ、ほたて、まっしゅるーむ、にんじん、じゃがいも、ぎゅうにゅう………くりーむしちゅー――
今夜の晩御飯を推理すると、リンネは八百屋へと向かった。
「うわ……可愛い」
「本当ですね〜」
「……可愛い……」
そんなリンネを電柱の影からこっそりと見守る三人娘。ルイはビデオカメラを片手にリンネの初めてのお使いを記録している。
テッテッテと駆け足気味に八百屋に向かうリンネだったが、ふと歴史を感じさせる駄菓子屋の前で立ち止まった。
リンネは物珍しそうに水飴やらビー玉やらを眺める。
「くっ! 初めてのお使いの付き物ね……」
「やはりリンネちゃんには早過ぎたのでしょうか……?」
「………可愛い……興味ある……」
しばらく駄菓子屋を眺めていたリンネだったが、当初の目的を思い出したのか再び八百屋に向かって歩き出した。ルイ達はホッと第一の試練(?)を乗り越えた事に安堵の溜め息を吐いた。
やがて八百屋、魚屋と目当てのものを買ったリンネは帰宅途中、今度は本屋の前で立ち止まった。
「今度は本屋ね……」
「何か興味がある本でもあるのでしょうか?」
「………可愛い……美味しい……」
モグモグと、ちゃっかり駄菓子屋で、よ○ちゃんイカを買って、食べながら追跡している三人。
やがてリンネは本屋の中に入り、数分して満足気に紙袋に包まれた本を持って出て来た。
「何を買ったのかしら?」
「興味ありますね〜」
「……可愛い……ご馳走様……」
その日の夜、ルイとレナはリンネがレイの膝の上で夢中になって読んでる本を見て表情を引き攣らせた。
『古今東西漫才大全』
「なんでやねん……」
何だか微妙な知識を得そうで、シンジが帰って来たら怒られそうな予感がするのだった。
「……可愛い……面白い……」
レイはレイで終始、マイペースだった。
To be continued...
(ながちゃん@管理人のコメント)
流浪人様より「福音の錬金術師」の第十一章を頂きました。
シンジ君が修行の旅に出ました。
てっきり錬金術の修行かなぁ〜と思ったのですが、体術のほうだったんですねぇ〜。
ま、考えてみれば、この世界に彼の錬金術の師匠がいること自体、おかしなことですし・・・。
如何に優秀な錬金術師といえども、体術がペケなら、隙はありまくりということですか。
不意に銃で撃たれたりもしたし・・・。やはり今の彼には必要なんでしょうね。
う〜ん、でも体術を窮めたとしても、果たしてロードにトドメをさすことが出来るのでしょうか?(笑)
やはりこれは、対ネルフ、対ゼーレ用の対策なんでしょうね。彼なりの。
一週間後、一皮向けて帰ってくるシンジ君に期待しましょう♪
あと、リンネは萌え萌えですな。はにゃ〜んです。
幾多の障害・誘惑を乗り越えて、はじめてのおつかいも、無事コンプリート。
でも、途中で買った本が・・・(汗)。
こりゃ、彼女の天然系のボケとツッコミに、益々磨きが掛かるでしょうね(笑)。
さあ、次作を心待ちにしましょう♪
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