殺人鬼と天才と魔術師と

第二話 第三使徒殲滅なんだねっ!(それに理澄ちゃん登場なんだねっ!)

presented by sara様


時間軸は少し戻る、双識達がネルフに入る前の時間軸に。

暫く“赤い請負人”“人間失格”“赤の魔術師”“最高の殺害技能者”“調べ屋”を中心に物語をカタルことにしよう、それに前回は殺人鬼、今回は天才と魔術師に焦点を当てるのも悪くはないだろう、先ずは魔術師、蒼崎橙子。





の前に、人類最強、“赤い請負人”、哀川潤について彼女の人格について語ろう、この話に於いては彼女が主軸の一人となるだろうから、彼女が話の中心に為らないなどありえない。

彼女は何時だって物事の中心に居てしまう存在なのだから。

哀川潤という名を、ある19歳の青年が聞いたらこう答えるだろう、因みにその19歳の青年とやらは哀川潤に女装させられ女子高に放り込まれたり、青年の大学に乗り込まれて拉致されたりという非情に稀有な体験をしている青年である、人類最強とはある意味仲良し。

端的に彼女を表すなら自由奔放、天下無敵、自分勝手、放蕩無頼、豪放磊落、唯我独尊、人類最強の請負人、赤い請負人、赤い征裁、砂漠の鷹、鬼殺し、人類最強の赤色。

少し長く表すと、何時だってニヤニヤ笑っている、何時だって何かに怒っている、人を小馬鹿にすること大好き、トラブル大好き、漫画大好き、コスプレ好き、基本的に乱暴でも礼儀礼節は正しい、美人、背が高い、吊り目、頭が切れるでも力技優先、平気で人を騙す、嘘つき、理不尽、横柄、口調と行動が乱暴、特異な能力を数多く保有、その他諸々。

特異な能力は機械すら騙す声帯模写、異常な身体能力、恐ろしく頑健な体、鍵開け(力技を含む)、変装(コスプレを含む)、異常な視力、ものまね、その他諸々。

只、もう一つ付け加えるならば彼女は絶対に敵に回したくない、味方に回しても恐ろしさに変わりは無いが、絶対に絶対に敵に回したくはない、敵に回しちゃいけない。

味方であれば彼女は信頼に足り、信用に足る、出来るなら友達の関係、貸し借りなしで付き合うにはいい意味でも悪い意味でも影響されるだろう、僕は余り影響されていないけど。

とのこと”戯言遣い”いーちゃんからでした、因みに人類最強からはいーたんと呼ばれる。

彼女曰く“見所のある”青年である。





古都、京都郊外の住宅地内に位置する廃墟、工事の途中で建設会社に何らかの問題が生じたのか依頼主に問題が生じたのか事情は不明だが未完成のまま打ち捨てられた建築物。

本来六階建の筈の建物は四階以上が存在せず五階のフロアー部分に相当する場所が屋根と成っている、外装もコンクリートの打ちっ放しで塗装も行われていない、つまりは建築途中で建築が放棄され廃墟化した建物と形容して差支え無い、居住者など近所の野良猫か野良犬、各種野良動物に住む家を失った人間、後は不良の溜まり場ぐらいしか思いつかない。

だが、人が利用している以上どれだけ廃墟じみていよう廃墟ではなく、廃墟じみた建造物を購入して事務所として利用している人間の主張するように事務所なのであろう、どれだけ外見的に快適な居住条件を満たしていなさそうでも、それは利用者の問題だ。

その建築物利用者が確実に個性的な人物である事を匂わせる廃墟っぽい事務所“伽藍の堂”の前にエンジン音と共に止められた赤いオープンカーから降りる二人の影。

前話で運転席にてステアリングを握っていた“人類最強の請負人”哀川潤とストリート系のファッションに身を包んだ小柄で頬に刺青のある少年、“人間失格”零崎人識。

絶対に共に行動することが考えられない二人だが、今は協調状態を保っているという状態でここにいる、協調条件は無闇に人識が人殺しをしないこと、飽くまで“無闇に”。

只、それだけ、つまりそれだけの条件が必要な危険人物、それが零崎人識。

単純で安易な条件を付けられるという事は、その単純で安易な条件が必要だという事、それぐらい零崎人識というのは人間としてぶっ壊れている。

人識は本当に純粋な生粋の殺人鬼、何の意識も無く、無意識的に人を殺してしまえるくらい自然に人を殺してしまえる殺人鬼、人を殺すことを「つまらない事」と言い切る殺人鬼。

息をするのと同じように殺す、息をするために殺す、それが零崎最高の殺人鬼、零崎人識。

“人間失格”零崎人識、零崎最悪の殺人鬼、零崎が生み出した最高の殺人鬼、生まれながら人で無く、生まれながら人殺しの鬼、それが零崎人識、零崎最高にして零崎の異端児。

正に化物、正に怪物、零崎の鬼、“人間失格”零崎人識。

だがしかし態々この二人が共同行動を取るにはたいした理由は無い、少なくとも彼ら個人の単位で考えるだけでは彼らに理由は無い、彼等に関わりが無い、関わりは見出せない。

ネルフ等の組織に個人である彼らが早々関われるものでもなし、彼らも興味は無かった。

情報を耳にしてもどこかの馬鹿が馬鹿をやっていると済ますだろう、少なくとも上辺だけの情報ならば、化物との戦いは興味はそそられるかも知れないがそれ以上には思うまい。

強いて彼等が行動する表向きの、飽くまで表向きの理由を挙げるとすれば。

“赤い請負人”は零崎神識の依頼を請負うことで動く、“請負人”である以上は金の折り合いさえ付けば彼女は何でも請け負う、“人間失格”は兄貴である零崎双識の頼みで動く。

無論彼等も何も無条件に動く訳ではなくこの理由は飽くまで表向き、双方共に共通する真の理由は、この“余興”、“全世界を巻き込んだ戯言”人類補完計画に対する興味、国連組織という巨大を相手取り、世界の馬鹿老人達と大喧嘩することに興味持ち行動している。

行動目標は人類集団自殺計画、人類補完計画の妨害及び阻止、それが最上の余興となる。

その行動目標だけで老人と敵対し世界を相手取って喧嘩するには十分すぎる、十全だ。

彼等にとって余興に過ぎない、ゼーレを相手に喧嘩を売るという行為も、世界に対して喧嘩を売る行為も、余興に過ぎない、余興を越えない、彼等は愚かな計画を、義憤を散らして阻止しようと名乗り上げるような都合のいい人種ではなく、そんな都合のいい義憤など持ち合わせていない、彼等は正義の味方などではなく揃いも揃って“悪”党だ。

言うなれば、“余興”と言う名の退屈しのぎ、実力試し、いいとこそんなとこだろう。

“赤い請負人”曰く、「私が本気になれそうだ」、“人類最強”という彼女のスペック上本気になることがまず出来ない、人類最強である以上彼女以上の存在など存在しない、故に本気を出せない、常に加減をしなければ他人を圧倒する、圧倒的過ぎる、天下無敵に過ぎる。

本気を出さないのではつまらない、本気を出してもつまらない、満足する程面白くない。

彼女が常に抱える不満、彼女が常に抱える怒り、それは自分の全能力、全性能を出せないことへの不満、自分に全能力、全性能を出させない怒り、拮抗する存在がいない怒り。

彼女は言ったものだ「人間はちゃんと生きてりばもの凄い事が出来る生き物なんだよ、それがドイツもコイツも怠けていやがる、やれば出来る筈なのに怠けやがる。面白くないんだよ、それじゃ全然楽しくない。私の段階までさっさと上がって来い」と、無茶苦茶を言った。

彼女の段階にまでその一部でさえ到達するには並の人間では困難を尽くすというのに。

つまりは彼女の怒りは自分が孤高であることに対する怒りなのかもしれない、自分に追随するものが世に居ないことに対する怒りなのかもしれない、世界に対する怒りなのかもしれない、自分を“人類最強”に位置させる世界に対して、貧弱すぎる世界に。

その彼女の本気になれそうな、飽くまで本気に“なれそうな”事件に興味を引かれたのだろう。よって“請負人”哀川潤は依頼を引き受けた“人類補完計画の阻止”を請け負った。

因みに殺人鬼“人間失格”との殺し合いは彼女曰く「それなりには楽しめた」、と言う評価を頂いている、それなりでも十分な評価だろう、人類最強を相手に零崎人識が生き残っているのが彼の実力の証左、彼女と戦って生き残るという事が奇跡に近いことなのだから。

で、“人間失格”曰く「傑作だぜ」とのコメント、あまりのくだらなさ、あまりの愚かさ、あまりの馬鹿らしさ、あまりの悪どさ、あまりのあまりの傲慢さ、それら全てが彼にとって傑作だったらしい、「戯言より性質が悪い」と言っていた、それほどまでに“最悪”。

だけど“人間失格”君は“戯言使い”たる“欠陥製品”の鏡像存在に等しいだろう、本質が等しく、中身はガランドウで、何も無く、君が“戯言使い”になう可能性は十分にあったのだろうから、故に君の言う言葉は本当に“最悪”なのだろう、“人類最悪”に似ていると呼ばれた“欠陥製品”の鏡像存在に等しい君が言うのだから。

自己を“人間失格”とすることを由として受け入れ、日々を刹那的享楽に任せて生きる。

自己を“零崎最悪”とし、殺人を“つまらないこと”と割り切り殺人を続ける殺人鬼。

日々がつまらないであろう殺人鬼、日々が退屈に染められた殺人鬼。

結局の所、二人にとってはこの依頼は盛大な暇潰しなのかもしれない、自分が楽しむ為の。

彼女にとって世界は退屈で、刺激を、競り合いを求めている。

彼にとって世界は退屈で、退屈を埋める何かを欲している。

彼等が依頼を受けた最大理由、“余興”は刺激に満ち溢れていそうだから、面白そうだから。

十分な理由だろう“面白そう”と言うのは、興味を惹かれ行動するには十全だろう。





“人類最強”と“人間失格”の二人はその廃墟じみた看板も無い事務所“伽藍の堂”へと、何の遠慮も無く、何の挨拶も無く、入っていく。

でも看板も無くてよく事務所として機能しているなぁ、そんな考えはどうでもいいが。

「なぁ、鬼殺し。ここに化け物殺しがいるのって本当なのか?完全に廃墟だぞ、人の気配はしているけどよ。腕がいいなら稼いでるはずだろ、祓い屋だってよ」

人識が潤に質問する、その口調は友人に話す言葉と変わらない、何の緊張も澱みも含みも無い、一度は殺されかけたと言うのに、ギリギリまで追い詰められたというのに。

少なくとも零崎人識は哀川潤に対して完膚なきまでに敗北を喫した、完全無欠に。

それでも敵意も悪意も恐れも脅えも、その他何も無くただの友人に話すような口調、殺し合いをした相手と仲良く会話をしている、中々ぶっ飛んだ神経の持ち主のようだ零崎人識。

人間という枠で括れない存在が“余興”に進んで参加する人間の条件かもしれないが

確か“戯言使い”を殺そうとしてその後友人関係になっていたから彼にしてみればたいした事ではないのかもしれないが、そうなれば“戯言遣い”もぶっ飛んだ存在か、彼も“殺し合い”をした後で平気にその“殺し合い”をした人間と和気藹々と話せる人種だ。

「ああん、私の言うことが信用できないってか、“人間失格”。ここにいるんだよ、とびっきりの化け物と魔術師が。もしかしたら“零崎”以上の殺人鬼の素質を持っているんだから驚きだぞ。こと殺す事に関すれば私も“殺し名”も敵いやしない、それは私が保証する」

潤も人識の言葉には普通に返す、そこに蟠り無く、年下の餓鬼に話す乱暴なお姉さんといった感じだ。

そんな感じで、談笑をしながら彼と彼女は廃墟のような事務所の中に足を踏み入れていく。

目的地は四階、所長蒼崎橙子のいる所、現代最高の魔術師“蒼崎橙子”。





“人類最強”をもってして“殺し”に関して自分以上と言い切る存在、勿論それは殺人技能ではなく“殺し”の概念そのものを指すのだが、端的には殺害能力。

戦闘技術、殺人技術、殺戮技術、それら全てをひっくるめた総合値であれば“死色の赤”たる哀川潤と同列に並ぶ人間など、本当に数えるほどにしかいない、人識をも含めて。

例えば“殺し名”第一位“匂宮”の殺戮奇術匂宮雑疑団の一人の匂宮理澄の匂宮出夢が本気を出せば“人類最強”に匹敵するかもしれない、こと殺人に関する技に於いては追随する可能性はある。

匂宮兄妹は色々欠陥のある殺戮技能を保有する“殺し屋”ではあるので他のスペックでは追随できないが、こと殺戮技術で兄、の匂宮出夢は人間の限界を超越する。

そんな化物連中の巣窟“殺し名”の連中も及ばないと“人類最強が”断言する存在。

彼女達を“殺し”で圧倒すると人類最強が断言する“殺し”の能力者、“殺す”事に関する超越的な能力保持者“両儀式”、彼女の保有する“直死の魔眼”は全ての“死”を“視る”。

生物、無生物、物理的、魔術的現象、全てに“死”という概念があり“死期”が在る、その内包する“死期”を“視る”、全てが内包している、どんな存在でも内包せずにはいられない“死”という概念を視る、線として“死線”として、内包する死期を表して視る。

全ての存在には“死ぬ時”が確実に存在するのだから、それが何だろうと、全ては“死ぬ”。

“死線”に加えられる攻撃は“死”を直接付与する概念攻撃、概念的に死を与える攻撃。

故に彼女は何でも殺せる、人間、動物、岩、風、魔術、雷、病気、全ての現象に対して死という概念を強制的に与える攻撃を行える、これほど“殺し”に長けた能力はない。

只のナイフで、人間を十七分割し、猛獣を一刀両断し、岩を崩壊させ、一薙ぎで風を停滞させ、魔術の意味を壊し、雷を薙ぎ払い、病気という現象だけを殺す、全てに死を与える。

彼女の攻撃は全て内包されている“死”の概念を現実に顕在化させる、腕を断たれれば“腕は死んだ”状態になり回復することは無い、死を与えられた腕は概念的に既に死んでいる、止血もままならないだろう、その部分の神経、血管、筋肉、脂肪、骨、全てが死んでいる。

“死”の概念が“停滞”なのか“無”なのか“連鎖”なのか、その手の議論はどうでもいい、“死線”に加えられた攻撃は回復も困難で、それが大きな傷ならば殆どが死に至る。

全ての事象に“死”を何の不公平無く与える理不尽能力“直死の魔眼”、そして両儀式が抱える生来の衝動“殺人衝動”、両儀式は生来の段階に於いて“零崎一賊”に近い性質を有していた、それも飛びっきりの、飛びっきりの殺人鬼としての素質を。

彼女は人を殺したいという欲求を常に持っていた、其れが何時ごろからかは判然としないが、彼女は持っていた“殺人衝動”を、人を殺したい自分を抑えて生きてきた。

彼女が殺しを始めたら人殺しを始めたら、“零崎一賊”など問題にならない“殺人鬼”と為るだろう、単純な戦闘能力のみを取っても双識に彼女は引けをとるまい、それに加えての魔眼の能力、“殺し”に特化しすぎた全てに対する殺害能力。

現在の彼女は超越的な“能力”にそれだけの卓越な“技”を保有している、それに加えて“殺人鬼”として殺人に対する善悪、意味、認識、道徳、思考それら全てが“零崎一賊”の殺人鬼となれば、彼女は死を振り撒く化け物となる、恐らく零崎最強の殺人鬼に。

桁が違う殺人鬼になるだろう。

だが両儀式は殺人鬼でもなければ化け物でもない、今まで両儀式は化け物以外を殺してはいない、それも自分を殺そうと襲いかかる化け物だけ、人は殺していない、害を為さない化物も殺していない、彼女が殺したのは人の枠をはみ出した魔術師と化物だけだ。

それが恋人たる黒桐幹也との約束だから、彼女は殺人を犯さない、少なくとも“殺人衝動”に身を任せて殺人に走ることは無い、幹也がいる以上、彼女は人を殺すことが“出来ない”。

人を殺せない“殺人鬼”予備軍、それが両儀式と言う女性の現在であり、未来だろう。

彼女は人を殺さない、無闇に死を振り撒かない、少なくとも鞘たる黒桐幹也が居るうちは。





だが、彼女から鞘が無くなればどうなるのだろう。





“人類最強”と“人間失格”の車が事務所に到着した時の“伽藍の堂”内、四階。

“赤の魔術師”蒼崎橙子が入り口に止まった車と赤いスーツを纏った“赤い請負人”を見て口を開いた、因みに彼女は“零崎一賊”の存在は知っているが、“零崎”を個別に認識出来るほどには詳しくないので人識のことは知らず、姿からは判別できない。

現在は眼鏡無しの橙子さんである(眼鏡無しにだと目付きが悪く、口調が乱暴になる)。

「黒桐、式。悪魔か地獄の鬼が来たぞ、色々と覚悟しておけ。出来るなら逃亡の準備もしておいたほうがいいだろう。せめて逃げる心の準備ぐらいしておいたほうがいいぞ」

サラッとそんな事を普段と変わらぬ口調で言い出す、橙子、危機感が微塵も感じられない。

勿論悪魔と地獄の鬼と言う形容詞は“人類最強”に対してである、間違っているとはいえないが本人に直接言えば笑顔で苛めてくれそうな形容詞だ、間違ってはいないだろうが。

この美女二人の苛め合いというのも恐ろしそうなので見たいと言うか見たくないと言うか。

断言出来るのは体験だけは絶対にしたくない。

“赤の魔術師”と“赤い人類最強”、“赤”が絡むが、これは物語には関係ない、只の偶然、気紛れ、双方共に苛めっ子の素質は高いという嫌な共通点を持っているけど。





この場に他にいる人間は二人、黒桐幹也は従業員であり、労働の為にここにいるのは判るのだが、何故両儀式はこの“伽藍の堂”にいるのか、少なくとも居る必然性は今の所無い。

最近は式向きの仕事(化け物退治)は無く一応女子高生の両儀式が平日の昼間、ここにいるのは拙いのだが(なお両儀式は戸籍年齢19歳だがとある事情で三年間昏睡していたので幹也と同い年にも拘らず高校生をやっている、因みに昏睡中何故か身体的成長、老化現象が全く起こっていないので、外見的には華も恥らう16歳の女子高生)。

因みに高校は出席日数を計算して最低限通学しているらしい、駄目な大学生みたいに。

愛する幹也の傍に居たいのか(式は絶対に認めないだろうが)、幹也を危険に晒さない為に橙子を監視しているのか(時折危ないことをやらせるし扱いが理不尽)、どちらが本音やら。

その辺はどっちでも良いが(多分両方とも正しい)事務所にいるのは、この三人で、三人の中で年長で立場が高く良識を持っていなければならない人間が吐き出した突拍子もない言葉。

二人の反応、((この女ついに狂ったか))、恋人同士の心は華麗にシンクロした、「ついに」あたりでどうやら普段からそうなりそうだと思われているらしい、従業員とその恋人に、因みに確かに普段が普段の女性ではある。

確かに突然何の前振りもなく「逃げる準備をしろ」とか「悪魔か地獄の鬼が来た」と普段通りの口調で言っても、正気を疑われかねない。

後しつこいようだが普段が普段で結構変な人、かなり気紛れで突拍子も無いことをしたりする、概ね被害は唯一の従業員の幹也に回るので、それ程被害者がいない点では問題ない。

だが故に、その点で被害者達に変な目で見られても致し方ないというのも頷ける。

一応言っておくとこれでも橙子は人類有数の英知の持ち主、特に魔術的な真理に於いては。

確かに須らく天才と呼ばれる人種は怠惰で人間の規定した枠を超越した外側にいる存在で、端から見れば人格破綻者で破天荒で常識知らずと言うのは珍しくないだろうが。

でも狂人扱いは些か失礼だろう、幾らなんでもキチガ○と天才は紙一重ともいうがまだそっち側には行っていない人なんだから、多分、後一歩程度かもしれないが。

因みに二人は橙子が知恵者としては認めているが、その点を認めても余り在るほど良識とか常識とか倫理とかかそういう類の人間的な部分は欠けまくっていると認識している、そしてそれが概ね正しい認識で否定できないあたりが恐ろしい、当事者は否定するだろうが。

特に金銭感覚とか、労働基準法とか、対人関係とか、その辺の社会常識は絶対に無い。

「所長、今日の仕事は僕がやっておくので。もう休んでくれても良いですよ、最近は真面目に作品にも取り組んで疲れているんじゃないですか。今日は早く眠ってください」

何かを哀れんだ瞳で上司、一人しかいないが、を見る幹也、妙に優しい、生暖かいほうに。

「トウコ、どうした。気でも違ったか、それともついに壊れたか」

こっちはストレートな発言だね、気持ち良いくらい君は正直に言う娘だ、両儀式。

で、二人の心温まる(?)言葉を受けて妙齢の美女の反応、もとい対応、言い換えれば失礼な対応に対する反撃、正当なる自分の精神状態の正常さの主張、勿論彼女主観。

もしかしたら性格的に自分がぶっ飛んでいるのを自覚していないのだろうか?

「休養はいらん。それに誰が壊れた、誰が気を違えた。黒桐、式、普段からお前達にそんな目で見られていたのか、見ていたのか、見ていたんだな。そこのところを深く言及したい」

据わった目で言い募る橙子さん、その美貌の中の唯一の欠点目つきの悪さが迫力を上げている、しかもマジに怒っているのかもしれない、いきなりキチガ○扱いされたことに。

まぁ、怒るわな、真面目に危険を訴えたのに真面目に精神状態を哀れまれるのは、しかも本当に真面目な目で幹也は哀れんでいるし、真面目さが今は怒りに変わっているだろう。

「何か間違ったことを言ったか、俺?」

心底不思議そうに隣の幹也に話し掛ける式、どうやら彼女も真面目に心配はしていたようだ、口調はともかく、後怒らせたのは自分だと自覚していないっぽい。

でも、式の先の発言の時の表情はかなり嫌そうな表情をしていた、面倒なことになったとかいう種類の表情を、真面目に心配していた種類は幹也とは内容が違うのは確実だろう。

どういう内容かは、押して知るべし。

式の言葉に更に怒りを募らせる橙子、普段何を言われても切り返して反撃して勝利する橙子が口論というか口喧嘩で負けている、珍しいを通り越して稀有な状態となっている。

その現状も橙子を苛立たせているのだろうが、式の天然の勝利か。

「何が間違っているかだと、全部だ、式。全部だよ。私は正常だし何もおかしいところは無い、私は至極いつも通りの精神状態を維持している。確かに珍しい来客がもう直ぐ来るから僅かに動揺しているのは認める。だが、それを含めて正常だ。式、お前とはもっと深く話し合わなければならないようだな、私という人格にかけて、存在に掛けて、根源に掛けてだ。今夜にでもたっぷり教えてやる。今夜にでも語り合おうじゃないか、みっちりと」

どうやら本気で自己の人格に掛けて正常だと言いたいらしい、後どう語り合うんだ。

でも、この人正常かなぁ?

正常な人は幹也の給料三ヶ月滞納したりはしないと思うんだが、しかも理由が自分の衝動買いによる事務所の経費の使い込み、この行動を十分に正常の域を出ていると思うのは罪なのだろうか、少なくとも正常を疑うくらい赦されるだろう、それをやられた方としては。





そこまで橙子が話終え、文句を言い終えたところで、蹴り開けるような勢いで開かれる事務所のドア、実際蹴り開けたのだろうが、こういう無礼さは彼女らしい。

そして不敵に、自信満々に、不遜に、妙に笑顔をニヤニヤ浮かべてゆっくりと歩いて入ってくる“人類最強”哀川潤、彼女に比べれば存在感が薄いのか後ろから意気揚々と入ってくる“人間失格”零崎人識だが、何故か目立たない、彼女がいなければ十分に異常で、異端で、目立ちまくる存在なのだが、頬の刺青とかで、それだけ“赤”の存在感は圧倒的。

「久方振り“赤の魔術師”。何年ぶりだ、顔を合わすのは」

「会いたくなかったが、久方振り“死色の真紅”。後覚えていないし、思い出したくも無い」

人外級、二人の美女の対面と相成った、笑顔と渋面との差はあれ、双方共に化物級が。





で、二人の美女は事務所内のソファに座って対峙をしていた、人識は潤の隣に座っていたが、幹也達は少し離れて眺めるといった構図、この時点では関わりが無いから橙子が外させたのだが、先ず会話の口火を切るのは渋面の事務所所長、蒼崎橙子。

「それで、どうしてここに来た。私達は知己ではあるがじゃあない。旧交を懐かしみに来たと言うわけでもないだろう。連れも居るようだし用件はなんだ」

チラッと橙子が人識を一瞥し、潤に視線を戻す。

確かに彼女達はお友達と言う関係ではないだろう、それは主観問題になるが、橙子の態度はお友達に対するものではない、悪友に対するものとみえなくはないが、友好的では無い。

「ま、旧交を懐かしむ為にこの廃墟に訪れるほど私も暇じゃないからな。仕事の依頼だ、魔術師。正確には私が請け負った仕事の協力。コイツは今回の仕事の協力者“零崎”人識」

顎で人識を指し示すような仕草をし、隣に座る人識を示す、“零崎”の名に眉を顰める橙子。

“叡智”を得た魔術師に警戒を与える一賊、“零崎一賊”、橙子は今の潤の紹介の言葉で確実に警戒を目に宿した、例え本人は不死に近い存在といえど、彼女の後ろには不死ではない雇用人がいる、彼女も潤同様身内には甘いのだから、零崎は警戒対象として十分過ぎる。

“零崎”は存在だけで警戒に値する、それも最大級の、最悪を想定した警戒が。

「おっと、警戒しなくて良いぜ、お姉ちゃん。鬼殺しとの契約でな“出来るだけ”人殺しはしないことになってんだよ。契約破ると何処までも追いかけられて殺される。少なくとも鬼殺しが近くに居るときは安全だ。アンタの身内にも手はださねぇ」

自分に対する警戒を感じ取ったか、軽い口調で言う人識、確かに条件は無闇に人殺しをしないこと、人殺しをしない事では無い、この場合敵対者は殺しても構わないという内容だろうが、無意識レベルで殺人を犯す人識にはこれでもそれなりの注文だ。

それに潤が付け加える。

「そういう事、大丈夫、私が居る限りお前の身内に手は出させないよ。それに、ほれ、そこに居るだろう“祓い名”四家の一人、“両儀”が。耳に挟んだ話じゃスペック的にこの人識程度を相手にそう易々殺されたりしないだろう、あの荒耶宗蓮をぶっ殺せるぐらいならさ」

“祓い名”四家(作者の勝手な設定)、両義、巫条、浅神、七夜。

既に廃れてはいるが、昔祓い屋を生業とした一族、つまりは化け物戦闘の特化一族、当代に於いてのみ言えば、それぞれの家に一人か二人はその能力を保有する人間が居る。

両儀の当主、両儀式、巫条の巫条霧江、浅神の分家筋の浅上藤乃、七夜の遠野志貴、遠野秋葉、この五名のみ(遠野だけは空の境界ではなく月姫のキャラですが)。

“殺し名”ほどではない、“殺し名”には遠く及ばない、だが戦闘力は保有している。

しかもその中でダントツのトップは恐らく両儀式、持ちえる戦闘技術とりわけ剣術、殺害能力“直死の魔眼”、彼女ならば人識相手でも易々殺されることは無いだろう。

彼女だけならば、彼女だけならば“殺し名”に匹敵する可能性を有する、“両儀式”ならば。

そして哀川潤が当面のところ必要とするのは両儀式だ、対化物戦闘用に必要。

潤が式のほうに視線をやって、その視線に式は僅かに睨み返すように潤と人識を見ただけだった、この時点で彼女は自分に降りかかる不幸を知らない、もし知っていたら、知ることが出来たら、全力を持って幹也と共に逃亡に走っただろう、先ほどの橙子の言葉通り。

幾らなんでも“殺し”に右に出るものがいないからって使徒殺しをやれと言われるなど誰が想像が付く、幾ら全てを殺す存在なれど、限度がある、殺せない訳ではないだろうが。

ビルより巨大な化物を相手に戦うなど、漫画の中でも不可能な戯言をどうやって想像して、危機を察知して、全力で逃亡を図れと、それは不可能だ、事前察知が出来たら式は未来視の魔眼まで手に入れたことになるだろう。





“死色の真紅”が“赤の魔術師”に話しは端的に過ぎた始まり。

「世界の一つを占める連中と喧嘩をすることになった。手伝え蒼崎橙子」

不遜に、これでは訳が判らない大雑把に過ぎる会話の始まり、説明になっていない。

「唐突過ぎる、哀川。何処の世界と喧嘩をするのかまるでは判らない、判り易く話せ」

悠然と、人類最強を前にして何も臆する事無く。

「潤だ、苗字は敵にしか呼ばせない。つーか、お前も何度言わせる、私に敵対するつもりなんて欠片もないだろ。それとも敵対したいのか蒼崎、敵対してみたいか」

潤が自分の呼び方を訂正する、どうもよく判らないが彼女は自分の敵以外は苗字を呼ぶことを赦さない、これは逆に敵としては認識していない証左にもなるのだろうが。

最近は一人だけ幾ら訂正しても直らないので諦めかけているのがいるようだが。

「潤、もう少し詳しく判り易く話せ、まるで訳が判らない」

橙子が訂正したのを満足そうに「それでいい」と呟きつつ、皮肉気に歪められた口を開く。

「何、世界を牛耳っていると勘違いしていやがる耄碌爺を相手に喧嘩するってだけ。世界巻き込んで碌でもない馬鹿を企んでいるみたいだから身の程を叩き込んでやる必要があるんだよ。世界は爺どもが玩具にするには安かぁないし、あいつらこともあろうに私の依頼主に喧嘩を売りやがった。依頼主はコイツの弟、つまりは零崎に喧嘩を売ったのさ」

やはり端的に過ぎる説明だが橙子には意味が通じたらしい、皮肉気な潤と種類を同じくする笑みを浮かべて、口を開く、嘲りを含めた笑いの表情で。

「ゼーレの糞爺共か、世界の頂点が自分達と妄執する老人が何を企んでいるのやら。加えて零崎に喧嘩を売ったか、あの老人達も“零崎”との敵対は絶対回避しか選択が無い筈だが」

どうやら橙子もゼーレの存在は知っているらしい、その悪評も、嫌悪を顔に滲ませている。

そして疑問も口にする、これは只単に末端の馬鹿が勝手に零崎に喧嘩を売っただけだが。

ここから話は省略する、“”玖渚友がMAGIを落として手に入れた人類補完計画、老人会の爺どもの欲の産物、外道の髭の欲の産物、使徒、セカンドインパクト様々な内容を端的に、世間話をするように潤は話し、橙子が聞く、人識は只座っているだけ、話の中身は判っているのだが自分が説明する必要が無かったからだろう、話し合いには参加せずに暇そうに式や幹也のほうに手を振っていたりしていた。





そして一つ説明を付け加えよう。

橙子は「何処の世界」と言った、これは何も言葉通り世界が複数存在するわけではない。

只この世界を幾つかに大まかに分けることが出来る上での区分した世界を指している。

一つの世界は積み重なり、重なり合い、分離し分けられるという概念に基づいた世界区分。

大雑把に分ければ世界は六つに分けられる。

先ずは普通の人間が属する世界、各国政府、国連、軍隊、企業、宗教、つまりは普通人が普通に生活する上での“社会”と認識される世界、大抵の人間はこの世界しか知らないで一生を送るだろうし、知る必要も無いし、知らないほうが普通の生活が得られる。

この世界が一番大きく世界の表層を覆っている、だが故に一番他の世界の影響を受けやすい世界、他の世界の影響を受けて成り立っている世界、酷く脆い世界。

残りの五つは余り表立っていない、少なくとも表から見るのとは違う、本質は凄まじい。

大まかに分けられた世界を段階として考えると“普通社会”が一番上に来る、数を考えても、その後ろ暗さを考えても、不透明性を考えても、故に表層の世界、“表の世界”。

“普通社会”を表の世界となるなら、残りの五つは“裏の世界”、“アンダーグラウンド”。

そして次の三つは大きな差は無い世界、勢力に大きな差も、規模にも大きな差も無い。

政治力を司る裏、玖渚友(彼女自身は絶縁されているが、影響力はある)の実家を含む“玖渚機関”、“壱外”、“弐栞”、“参榊”、“肆屍”、“伍砦”、“陸枷”、漆の名が無く、“捌限”、そして“玖渚”、これら八家を束ねる“玖渚機関”、いうなれば政治結社となる。

横に広い世界と考えられ、勿論財政力としての力もそれなりには保有している。

次に財政力、つまりは経済を司る裏、“四神一鏡”、“赤神”、“謂神”、“氏神”、“檻神”、“絵鏡”の各財閥、あえて語るならばこの世界が“普通社会”に近い、経済と密接に関わる以上表層世界と近くなることは必然、その影響力も大きく、そして影響が反映されやすい。

正確には縦に長くそれぞれの世界に重なり合っている、其れこそ表層から最下層まで。

そして三つ目“SEELE”、上記の二つが亜細亜に本拠を置く世界ならば、彼等は欧州を主とする世界、政治力、財政力、双方の裏を司るが、どちらも単品で上記の二つには敵わない。

そして一番傲慢な連中が支配している世界、白人至上主義か排他主義か選民思想か知らないが、彼等は自身が世界を牛耳っていると勘違いしている節がある。

性質の悪さでならダントツで“SEELE”が最悪だろうが、因みにこちらは十三の一族、とある事情で十三番目は空座となって現在は十二の一族しかないのだが。

一番きな臭く、他の世界との密接に繋がっているのは表層世界のみという独立姿勢。

そして、今までの四つと異なる世界、“魔術師の世界”、蒼崎橙子などが属する魔術師を核として存在する世界、不透明性でいうならば上記の四つとは比べ物にならないくらい不透明で、排他的、孤立的、これも欧州を主体とする世界だがこの世界は段階で現せる世界ではなく枠外の世界、他の世界とのかかわりは薄い、と言うより関わりを持とうとしない。

あえて加えるならば“祓い名”はここに組み込めるが。

最後、最下層の底が全く見えない世界、底が見えず果てが見えず、最後の世界、“殺し名”達の世界。戦闘能力が支配する魑魅魍魎が支配する世界、化物、人外魔境が多種多様、異種異様に存在する世界、暴力が支配する世界といっても過言では無い。

この世界は経済や政治といったものに関わらず、目的と言うものを確と持っていない世界の住人、各々の行動原理はバラバラで秩序があるようで無秩序、只はっきりするのは危険。

この世界の住人の保有能力から危険極まりない“零崎”然り、“匂宮”然り、“闇口”然り、他にも“呪い名”と呼ばれる代表的六つの一族が存在するが、そいつらも危険すぎる。

こと暴力に関しては彼等が最強最悪、“”でさえ正面対決は絶対回避の選択しか選ばない、最悪戦闘集団達の世界、“零崎”はその中でも最悪と呼ばれているのだが。





そして其々の世界の関わり。

“裏の世界”の内、“魔術師”は枠外、本来どことも関わらない、彼等は知識を探求し、真理を探究し、根源を探求する、他と関わる必然が無い、ある種の例外を残して、自分達の世界に閉じ篭っている、例外も表立って動くのは希少で姿を現すのは滅多に無い。

では残りの四つ。

“SEELE”は基本的に独自、自分たちを最上と位置する以上、他とは敵対姿勢をとるのが基本スタンスとなっている、傲慢が故の孤立、他を下と見て取る態度は他の世界から嫌悪の対象となるには十分すぎ、他の世界と協調しようという姿勢は見られない。

表立っての対立こそ無いが、癒着も無い。

他は対立、癒着なんでも有り、三竦みとも言えるが、こちらも対立といえる対立も、癒着といえる癒着も無い、只共通して“SEELE”とは対立している。

ある“殺し名”一族と明確に対立している世界はこいつらぐらいのものだろう、絶対回避の最悪集団を明確に敵に回す愚を冒す連中等は、それに加えて今度は“零崎”を敵に回すとは、愚かとしか、死にたいのかとしか言いようがない最悪の最悪を敵に回すのだから。

“NERV”は“殺し名”の“零崎”に喧嘩を売った、それは“SEELE”が“零崎”に喧嘩を売ったのと変わらない、明確な対決姿勢を示したと取られても文句は言えない、たとえ喧嘩を売った当の本人がその意識が無かったとしても、既に賽は投げられ。

“零崎”は敵対を決めた、神識への対応は“零崎”が喧嘩を買うには十分な挑発行為。

その対立が“玖渚”に入り、“SEELE”以外とコネクションを持つ“人類最強”が関わった。

どちらがどちらにつき、どういった戦い模様になるかは誰も判らないが、かなりの世界を巻き込んでの大喧嘩となるのは違いない、壮絶で盛大で凄絶で悲惨で愉快で痛快で残酷で馬鹿で愚鈍で刺激に満ちて救いようが無い、世界を巻き込んで世界を席巻して世界を舞台とした大喧嘩、世界を刺激に満ちた闘技場へと変える戦いの渦が燃え盛る。

現在の対立は“SEELE”VS“零崎”+“人類最強”一人+“玖渚”+“魔術師”一人。

さぁ、どちらが優勢だ、どの世界がどちらに付く、どの勢力がどちらに付く。

これからに続く物語、ここから始まる御伽噺、未知なる戯曲、愉悦に満ちて響いてくれ。





潤が粗方話し終えたときの蒼崎橙子の反応は零崎神識の反応と殆ど同一。

「クククッッ、ククククククククハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ」

顔を抑えて高らかに笑い出す、愉快に、愉悦に、刺激に、期待に、沸き上がる感情に。

全てを交えての大爆笑、全てを交えての感情の本流。

所詮、橙子は潤や神識に等しい感性を持つ人間、否魔術師、刺激を求めないほうがどうかしている、刺激を求めないではいられない、刺激が欲しくてたまらない。

それは彼女がそれだけ退屈なのだ、世界が。

刺激が足りない、愉悦が足りない、何もかにもが満たされない、いつも空腹だ、空腹なんだ彼等は、いつも空腹を抱えて日々を過ごしている、惰性で日々を生きている。

それはあまりに退屈に過ぎる日々、あまりに普通を超越してしまったから、あまりに普遍から離れてしまったから、あまりに普通の刺激が無為に感じてしまうから。

世界が退屈で仕方無い、そんな人間にとって最高の舞台、最高のセレモニー、最高のカーニバル、そんな出来事があるなら、立つ資格があるのなら馳せ参じよう、退屈を癒す為に。

彼等にしてみれば人類未曾有の危機も余興を味わう為の、一つの出し物に過ぎない。

そんなイカレタ感性の持ち主達が、こんなイベントを見逃すものか、傍観者でいられるものか、それはあまりに酷だろう、それも探求を旨とする“魔術師”にそれは無理な相談だ。





橙子が神識の笑いと大きく違ったのは笑い方と周辺環境、ちょっとこの場でその笑い方は拙いだろうと取れる笑い方、先程の従業員とその恋人によるキチガ○疑惑の後には。

今の笑い方で事務机で仕事をしながら様子を窺っていた従業員とその隣で彼女達を眺めていたその恋人は確信した、先程確信した風だったからその確信が強化されたというべきか。

どうやら自分の雇用主(恋人の雇用主)は、予想通り狂っていると

やはり失礼な連中だが致し方ない、枠が違う、存在が違う、彼女の愉悦は判らない退屈に持て余された人間達が目の前に最上のご馳走が並んだのだから、そんな観念は判らない。

愉悦に喜悦に浸れずにいられるものか、ご馳走を前に悦びを抑えていられるものかよ。

人目など気にして抑えていられるものか。

と、どれだけ戯言を並べても傍目には狂人の笑いにしか見えないのが実情なのだが。

キチガ○の一種に見られても致し方ないほどの姿ではあった。

普段クールで通している人間が、人目を憚らず大笑い、それも顔を覆って天を仰ぐ笑い方、しかも笑い声も如何にも狂人染みた笑い声で、これで普段からその人物の人間性を疑っている人間の疑いに確信を抱くなというのは一種暴力だろう、それもかなりの。

実際、奥の二人はこんな会話をしていたりする。

「幹也、やっぱりお前さっさとここを辞めろ。前からあいつは危ないと思っていたが、今確信した。あれは危険を通り越して有害だ。お前の腕なら探偵でもやったら繁盛するだろ」

式から恋人への真摯な忠告、その声にふざける調子は無く飽くまで真摯な声色。

「今、ちょっと本気でそう思ってるよ、それに悪い予感がさっきから嫌って程するんだけど」

真摯な声に同意の意味を込めた言葉を返す、でも良い勘している、悪い予感は確実に、百発百中、覆りようが無く、未来予知のレベルで的中する、君達の未来はかなり悪い。





雇用人達の中で致命的なレベルで自分の評価が確定しつつある中、蒼崎橙子は興奮のままに潤に対して返答する。

「クハハッ、いいだろう、いいだろう。協力する、一枚噛もうじゃないか潤。お前と知り合って私がお前に感謝するような事があるとは思わなかったが、感謝する。魅力的な依頼を持ってきた、これを舞台の外から眺める役になるのは些かどころか惜し過ぎる」

橙子はご機嫌のままに言葉を紡ぐ。

「当事者になってこそ、当事者になってこそ面白味があるものだからな。依頼人とやらにも感謝しておく、いやその依頼人には感謝では足らないほどだ。零崎の弟のようだから君にも感謝を述べておこう。何時この愉快な依頼を持ってきた弟君に会えるか判らないからな」

人識がご機嫌な橙子に対して口を開く。

「何、どうせ直ぐに会うことになるだろうぜ。これから行くんだからよ。礼は直接言ったほうがあいつも喜ぶ。つーことで、行こうぜ鬼殺し、話は終わったんだろ」

言葉にしながら人識がソファから立ち上がり、長話で筋が固まったのか足首を回す、それ程長い時間を話し込んではいなかったろうが習慣だろう、自分の肉体をベストに保とうとする、何時でも臨戦態勢を保持する為に、習慣というよりは無意識レベルだろうか。

因みに時間軸が戻ってはいるがそれ程戻ったわけではなく、この会話が為されているのは前話の登場時から24時間と離れていない、時間を離れると形容していいならば、だが。

予定ではこれから直ぐに京都のこの事務所から車で箱根に向かうのだから。

「さっさと行くぜ蒼崎。あたし等の役割は先ずは化物殺し。零崎じゃあないが殺して解して揃えて並べて晒してやりに行くとしよう」

こっちも立ち上がりつつ話す、せっかちな事だ、まるでお預けを喰らった子供だろうか、確かに彼女達にとっては大層美味しそうな余興を前にして停滞など考えられないだろうが。

今直ぐにでも馳せ参じ、血沸き踊る饗宴の舞台に立ちたいところだろう。

そうだろう“”、待ち遠しいだろう、この馬鹿げた大喧嘩が。





追記、その後大きなトランク一つを持った橙子に黒桐幹也は何の事情説明もされず、給料を盾に取られて有無を言わさず連行されようとしたところで、両儀式が文句を言うが。

橙子が「心配ならお前も来い、式。因みに給料を払っている以上黒桐は私の指示には従わないとなぁ、ここ最近はちゃんと私も給料を払っていることだし、それに今のところ勤務時間内だ」と、普段滞納している癖に最近だけ払っているのをいいことに、付け加えて絶対勤務時間超過するのを判っていながらそれを言ってのける橙子はやっぱり従業員たちに失礼な事を言われるだけの人格を有しているようだった。

勿論、式は渋々ながら「いつか、いつか半殺し。いや殺してやる。そう、コイツは人外、人外だ。人殺しには当たらない、そう、殺しても問題ない」と、何やら懐に手を突っ込みながら恐ろしいことを呟きつつ、連行される幹也についていくのだった。

なお、強引に車に乗せられその上で説明を受けることになる。

因みにこれで式が付いて来ようとしなくても、別の手段で式を連れて行くことになっただろう、彼女は絶対に必要なのだから。

故に絶対に逃げられないような状況になってから、例えば非常警戒態勢に入ってからとか、東名高速を150キロで爆走している最中だとか、幹也に耳元で式に聞かれては拙いことを呟かれた後とか、なお、何を呟いたのかは秘密。





で、次のターンは魔術師の次、天才の出番だろう。

今回、この場に参上する天才は誰で何の天才か、何も天才は玖渚友だけには限らない。

さぁ、誰だ。





「了解、了解だよー。僕様ちゃん了解。潤ちゃんにはいーちゃんから連絡してもらうから。でも、どうやってあんな化物倒しちゃうんだろうねー。僕様ちゃんでも判んないよ」

零崎舞織との交信が終わり、通信機をしまった玖渚友が座っていた椅子から声が上る。

「友、僕が連絡するのか。哀川さんに」

蒼い髪に蒼い瞳のロリィな美少女、玖渚友を膝の上に乗せながら、いーちゃんこと“戯言遣い”が口を開く、同年の少女(19歳で少女も無いだろうが友の外見は紛れも無く少女)の尻の感触を味わっているくせに冷静な声で、まるでこれが普通のように、普通なんだけど。

口調は嫌そうな感じではないが何と無く気が進まない感じ、イジられるのを警戒しているのだろう、逢うと高確率で苛められるから、実際に玩具にされる未来は確定しているし。

「うん、そうだよー。僕様ちゃんは忙しいからね。それに潤ちゃん僕様ちゃんのいーちゃんのことラブだし。凄いよねいーちゃん、人類最強の愛を一身に受けて。でも潤ちゃんは潤ちゃんだよ、そう呼ばないと潤ちゃん怒っちゃうよ、潤ちゃん怒ると怖いよ」

このラブは絶対に恋愛ではないと思うが妙にハイテンションな友、コイツも潤達と同属性に近いからこの大喧嘩は稀に見るビッグイベントだろう、友は大体ハイテンションだが。

当の友は膝の上でノートPCを広げて何やら作業中、指先が見えないくらいの高速で動いて何やら作成中、何を作っているのかは知らないが、多分トンでもない、使っているノートPCも玖渚特製のとんでもないスペックを有しているものだろうし。

因みに現在地は玖渚が用意した大型ヘリの中、向かっている先は言うまでも無く第三新東京市、波乱の舞台に馳せ参じるために、波乱の渦中に飛び込むために(発案、玖渚友)。

無論、絶対の安全を確信して。

で、友の小さな尻とヘリのシートに挟まれている“戯言使い”が口を開く、かなり嫌そうに、真実嫌そうに、これでもかってぐらいに嫌そうに、これ以上ないくらい嫌そうに。

「と言う訳で、お二人とも離れてくれませんか。腕が自由じゃないと連絡出来ませんし」

と、両脇から腕に抱き付いている妙齢の美女二人に声を掛ける、判りやすく言うと「とっとと離れろ」、妙齢の美女の乳の感触を味わっている筈なのに失礼なやつである。

膝に美少女のお尻の感触、両腕に妙齢の美女の乳の感触、男の敵か“戯言遣い”。

で、当の妙齢の美女二人“戯言遣い”の両腕に其々引っ付いていたまま意地悪そうに口を開く、意地悪い笑みと共に、表情で判ると思うが抱き付いているのは愛情とか云々ではなくおふざけの色が濃いのは明確だろう、本当に玩具にされやすいいーちゃんでした。

妙齢の美女の一人は春日井春日、この話の“天才”の一人、専門は動物行動学、動物心理学、二十代半ばの女性で理知的な顔をしているが、その真実の性格はよく分からない人。

一つだけ断言できるのは彼女が真実天才であるという事だけ、表の世界で“最高叡智”とされるER3“大統合全一学研究所”の頂点“世界の解答に最も近い七人”、即ち“七愚人”の一人に二十代半ばで候補として上った“天才の中の天才”、それが春日井春日。

そしてもう一人、三好心視、同じく“天才”、専門は生物の肉体を解剖すること、あえて名付けるなら生体解剖学を専門と趣味嗜好とする、ER3内ERプログラムにて教鞭をとっていた人間、十代前半で博士号を取得した“七愚人”の候補の一人。

30に近いはずだが外見が幼いので童顔の女子大生で通るのではないかというある意味化物、幼い容貌+眼鏡で小柄、ある意味友と同類項のロリィで嵌められる容貌を備えている。

教鞭時代の渾名は“青田刈り”(ヤラシイ意味はない)、“戯言遣い”の恩師でもある、少なくとも本人はそう主張、生徒は“恩師”の部分を断固否定。

何故か二人共白衣着用、見た目だけなら学者っぽいが、性格面は・・・・・・・・・・・・。

ついでにER3“大統合全一学研究所”とは。

アメリカ、テキサス州ヒューストンに位置する民間の研究所である。

そこで研究されているのは“全て”、こと学術とつくものは全て、学術の最果てと呼ばれ。

故に名付けられたのは“大統合全一学研究所”通称、ER3。

何よりも学習すること、どれよりも研究すること、学び知るという行為に全てを捧げた、頭の切れた連中の巣窟、性欲よりも食欲よりも睡眠欲よりも金銭欲よりも何よりも知識欲が優先する連中の巣窟、知識欲が全ての欲求の最上位に位置する連中の巣窟。

研究がしたい、自分が知らないことを知りたい、知らないではいられない、知ることこそが全て、研究することが全て、そういう風に頭の切れた連中の集団組織、それがER3。

だが、其処にいるのは真実天才だけ、世界中の頭脳という頭脳が集まり只知り学び探求するという事に全精力を傾ける連中の集団、有名大学の教授から素人学者までその経歴も様々だがスペック的には間違い無く天才だけが存在できる場所。

頭も切れるが、それは二つの意味においてだ、知恵も回るがイカレてもいる、そういう連中の集まり、故に“世界の最高叡智”と呼ばれ、その天才達の頂点に君臨する七人、ER3のTOP“七愚人”は“世界の解答に最も近い七人”と評される。

その候補に二十代半ばで挙がるというのは如何程の天才振りか、春日井春日、三好心視。

追記すると“戯言遣い”はER3内の天才育成プログラム、ERプログラムに五年在籍しており、約五年間其処で教育を受けていた、最初の二年間に居た教師が三好心視。

で、その天才さんが“戯言遣い”に胸を押し付けて腕に抱きついたまま口を開く。

「んー、自分この乳の感触が惜しないんか。ほれほれ、女教師と生徒の爛れた関係ってやつやな。言っとくけどウチ本気や。自分やったらいつでもOKや、結婚したってもええで」

本当に知性あがるんだろうか、心視、加えて胸は殆ど無い、ロリィな体なんだから。

「駄目です、先生」

即決かい“戯言遣い”君、心視は性格はともかく外見は十分美少女(?)だよ。

「じゃあいっきーそのロリィな少女じゃなくて、綺麗なお姉さんといやらしいことしよう、この中で。出来うる限り従順なプレイに応じてあげよう、何がお好み」

因みにロリィな少女は友じゃなくて二十代後半の心視のことだ、外見的には十分にロリィな化物だから、しかも眼鏡っ娘、でも友と心視は種類の違うロリィだけど。

「黙れ」

何とはなしに対応が心視に比べてキツイ、嘗ての恩師と嘗てのパラサイトの違いか。

因みにこのやり取りは友の尻の下で行われているのだが、友はあんまり関心が無いようだ、というか集中して喧騒が耳に入っていないのか、聞こえていたら参加しそうなのに、残念。

「もう一度言いますが離れてください。この色情狂の馬鹿科学者」

いう事がキツイね、その程度言っても堪える相手じゃないだろうけど、というか堪えるどころか多分ネタにされる、いやネタにされること決定、それ以外ナッシング。

「心視ちゃん、生徒さんの教育がなっていません。私達で再度調教・・教育をしましょう」

不穏なことを呟く春日、だから貴方達本当に世界に名立たる才人ですか。

それとも才人とは変人の同義語ですか、間違いではない気がするが違うだろう、多分。

因みに“戯言遣い”の心視の生徒時代の渾名は“腹切りマゾ”、意地の悪い心視に関わっていたために付けられた渾名、只単に関西弁で授業を進める心視の通訳を仰せ付かっていただけなのだが、周りにはマゾ調教に見えたのかもしれない(実際にマゾではない)。

そのせいか心視には余り反撃出来ないらしいし、色々過去を握られているようだし。

「そやなぁ、我が生徒。ウチの誘惑断るなんて教育した覚えは無いし、これは再度調教が必要かもなぁ、ウチに絶対従順するように。ほれ、どないや、ウチの胸の感触」

うわっ、明確に調教って言っているし。

ペロリと唇を舐める二人の淫獣が淫らに“戯言遣い”に迫る、淫乱女性天才科学者二名。

で、其処に割って入るように声が掛かる、いい加減にこの悪ふざけも終わらせないと話が進まないからねぇ。

「師匠、姫ちゃんとしてはこのまま師匠の痴態を見ていても将来の勉強になるかもしれないですからいいんですけど潤さんに連絡入れないと怒られますよー」

ちょっと拗ねたような声の紫木一姫こと姫ちゃん、高校二年生の小柄な幼い顔立ちの美少女、いーちゃんのことを何故か師匠と呼び、彼を慕う少女、ギリギリロリィに入れるか。

そしてやはりこの場にいることは彼女がマトモではない事を表している、彼女の二つ名はと称される、そしてこの場に居る彼女の役割は“戯言遣い”達の護衛。

その名の通り彼女の攻撃は蜘蛛を表す攻撃手段、並を超越する戦闘技術者、紫木一姫。

続いてもう一人声を発する、こちらも可愛らしい元気な女の子の声。

「そうだねっ!あの人は怒らせたら怖いんだねっ!でもエッチなことに興味はあるから続けてくれても一向に構わないんだねっ!」

満面の笑顔を浮かべた表情で元気に声を発する女の子、匂宮理澄。

小柄な体に、艶やかな長い黒髪、眼鏡を掛けた可愛らしい顔立ちで眼鏡の奥にある黒目がちな大きな瞳、文句なしの美少女、姫ちゃんと並べてお元気美少女コンビ。

彼女達が戯言遣い達の護衛となっているが、護衛としてはかなりの虐殺能力を保有している護衛である、二人共化物クラス、外見的には保護されそうな外見だが、それが外見だけであるのは言うまでも無い、彼女達にとってその外見すら武器になり得るだろう。

単純に強さを比べれば匂宮を冠する以上は一姫が劣るのだが、それは環境や条件に左右される差でしかないだろう、どちらも人殺しに関しては零崎に劣らない化物の領域の能力を保有している、只二人共零崎ほどどうしようもない域には達してはいないが。

零崎程引き返すことが出来ない領域には踏み込んでいない、どれだけ殺戮を繰り返そうとどれだけ殺人を犯そうと、零崎はそんな人殺しとは桁が違うくらいどうしようもないから。

単純にスペックなら舞織のレベルは超越している段階には達しているが、外見はともかく。

理澄は護衛にしては大変目立つ外見をしているし、先ず護衛には見えない、姫ちゃんも同様に護衛に見えるわけが無いが、見た目は二人共女子高生ぐらいなのだから。

美少女っぷりでも目立ちそうなものだが、黒マントを羽織っている、因みに裏地に赤い布、まるで吸血鬼のマントのような外套、これが十分に目立つ。

だが本当に目立つ要素は彼女の天真爛漫さ、彼女の無邪気さ、彼女程無垢な存在は目立つ。

勿論それは演出、“殺し屋”匂宮が理澄に施した演出、彼女が殺し屋である為の演出。

彼女が二重人格者(このSSでは二重人格者として扱います)、“匂宮”理澄と、出夢の“殺し名”第一位、殺戮奇術匂宮雑技団の一人、匂宮兄妹“カーニバル”の理澄、“マンイーター”の出夢、“匂宮”の傑作作品の一つ、匂宮最高の失敗作、匂宮兄妹。

今、表層に出ている人格、お元気娘は妹“カーニバル”、基本的に彼女は“カーニバル”が表に出ている時間が圧倒的に多い、兄“マンイーター”は殆ど出てこない、出てくる必要が無い以上は出てこないというべきか、つまり基本人格は理澄。

出てくる条件の一つに妹“カーニバル”に危険が迫った時は兄“マンイーター”が出ることが出来る、つまり“カーニバル”に戦闘技術は皆無、戦いは“マンイーター”の役割。

人殺し、出夢の人殺しは“殺戮”と呼ぶべきだろうが、人殺しは“マンイーター”の仕事。

“カーニバル”は人殺し以前に、それらの物騒な技能すら持たない、まるで無い。

これは殺し屋としての“匂宮”としての気配を完全に消せる“カーニバル”が基本人格を担うことによって世間を欺いている、“カーニバル”の彼女を見て人殺しを連想するのは不可能に近いだろうから、何せ“カーニバル”は只の少女に過ぎない存在なのだから。

訂正する、只の変な少女だ、普通の少女からは逸脱しすぎている。

現在の護衛に見えない姿、たとえ相手が同類であれ只の少女以上には判別できない姿は“カーニバル”としての役割を十分に全うしている、彼女は自分を危険な存在でないと周囲に印象付ける為に存在しているのだから。

追記すると最高の失敗作扱いされるのは、出夢の性格やら殺戮手段などが問題らしい。

彼女もいーちゃんを慕っているはずなのだけど、他の女とベタベタしていても拗ねはしない、彼女の恋愛観念は全く不明だが、先ず恋愛観自体があるのかどうかが全く不明。

で、二人の年頃の美少女に突っ込まれながら二人の美女に舌で首筋を舐められている“戯言遣い”、殆ど羞恥プレイだろうこれは。

しかも両腕を拘束されているし激しく動くと友の邪魔をすることになるから動けない“戯言遣い”、羞恥プレイを甘んじて受けて、二人が飽きるのを待つしかない。

因みにこの喧騒は後数分間続き、学者コンビがいーちゃんを苛め、美少女コンビがそれに突っ込むというのが続いた後、いーちゃんは“人類最強の赤色”に言葉責めにより苛められることになるのだが、つくづく苛められる運命の下に生きている男である。

その辺は、いーちゃんだから苛められるんだねっ!(理澄ちゃん口調)





ネルフ、エヴァンゲリオン初号機ケージ。

十七人分の人間の残骸が辺りに散乱し血の臭いの篭ったこの場所に、人間の枠を外れた殺人鬼と、人間という存在から堕落した外道の臆病者が対峙する。

一人は十代半ばの漆黒で血塗れのスーツを着た少年、殺人鬼。

どうしようも無い“悪”党、どうしようも無い人殺しの鬼、殺人鬼の一人。

一人は中年の漆黒の制服に赤いサングラスの髭面の男、生物失格。

どうしようもない“悪”人、どうしようもない生物の屑、畜生以下の生物。

少年は冷徹な視線を男に投げかけ、男は脅えた性根が少年と目を合わすことすらを拒み、少年の先ほどの発言にも答えられず沈黙を続かせるのみ、静寂が支配する。

その傍観者となり見守るのは手に巨大な鋏を持っている長身の男性、赤いニット帽を被った女子高生、そして気絶したアルビノの少女を抱き締めて惨状を目にして固まっている白衣の女性科学者、そして傍観者となり得なかった十七人分の屍体、肉の残骸。

その中でその狂った場面で沈黙だけが支配する、男の沈黙がそのまま静寂に繋がって。

少年は既に見抜いている目の前の男の本質を、自分には現在目も合わせることも出来ていない臆病者の本質を、強化ガラスで間を挟みサングラスで隠して目線も合わさない、未だ自身のほうが立場が上だということも忘れ恐怖に支配されている男の卑小さを、それを見抜いた上である以上この場の主導者は少年のものだ、彼我の力の差は問題ではない。

だが滑稽な構図だ、通常なら見下ろす視線の男が脅えた視線で下を見下ろし、見上げる少年が侮蔑の視線を持って男を見上げる、通常の上下の構図の逆、精神的な位置のおき方は真逆の構図となっている、少年が精神的に見下し、男が精神的に見上げているのだから。

だが静寂が支配する空間では話が進まない、話を、物語を進める必要がある、何も顔合わせに来たのではない、旧交を懐かしみに来たのではない、楽しみに来たのだから。

殺し合いではない、余興を楽しみに来たのだ、世界相手の大喧嘩を楽しみに来たのだ、神識においては強制参加と言えど、楽しむ権利は十二分に残っている、では楽しもう。

そして少年は待ち草臥れたのか再び口を開く、先程と明確に違うのはその声に明確に嘲りと侮蔑が篭められているという違い、男は完全に少年の下に位置していることを明確に意識させられる言葉を浴びせかけられる、それは場を動かす揺さぶり。

「どうやら人間としての最低限の礼節も弁えていないようだ。他者に物事を頼む時の礼節など子供でも知っている、いや幼児でも知っている。簡単だプリーズと言えばいい、私の目の前に来てプリーズとね。人間として最低限の礼節だろう。それとも先ほどまで居丈高に命じていた割には私の目の前に来るのは怖いと、それだけ大層な立場にいながら個人の殺人鬼が怖いと。ならばいい、その場で言ってみたらいいだろう、プリーズと誠意を持って頭を下げ先程の無礼を詫びることが出来るのならば其方の要求について考えてやっても構わない。飽くまで考えるのが構わないだけだが、これでもかなりの譲歩だと考えているよ」

臆病者にとっては少年の眼前に出ないでその場で謝罪と懇願をすれば考えるといっているのだから救済案に近いようなものだが、これは完全に侮蔑を交えた発言だ。

臆病者という本質を見抜かれることが男にとって自分を見透かされる屈辱を味合わされ、小心者の癖に高すぎるプライドは自分の手足となる道具と考える子供に懇願する言葉も謝罪する頭も持ち合わせていない、このように自分の家畜に等しいと思っていた少年に反論されることする男にとって我慢なら無いことだろう、この人を己の道具としか自分の駒としてしか見られない外道には、畜生にさえ劣る存在には。

だが、その言葉を浴びて怒りがこみ上げ外道が少年を見れば自分を射抜く道具と思い込んでいた殺人鬼の姿、自分の考えから逸脱した自分の息子、否欲望の為の家畜。

そしてまた目を逸らす、男には怖くて仕方が無いのだろう予定外のものが、自分の考えから逸脱した存在が、そして臆病者の本質が見抜いた自分の家畜の危険度が、危険すぎると警報を挙げるほどに危険な存在が目の前の殺人鬼だと。

だから胸の奥に沸いた憎悪にも近い怒りも直ぐに引っ込む、臆病者の本質が敵対に絶対の回避を告げているだろう、この男は自分にとって危険な相手は影から謀略によって退けてきた、このように正面きって、対峙することなど出来るはずも無い、そんな度胸など無い。

家畜が自分の意のままに成らぬことなど考えもしなかった男に神識を嵌めるための謀略など用意していない、恐怖に染まった男の頭では今この瞬間に謀略も思いつかない、だが考えないわけにはいかない、男の欲望シナリオの為には危険な家畜を使う必要がある。

それが判っていても何も出来はしない、男を支配している感情は恐怖、“恐怖”に立ち向かわずに逃げることを選択し続けた男に目の前の恐怖の具現を前にして何か出来るものか。

よって、男はまた言葉を発すことも出来ず視線を逸らして黙り込む、だが男には黙り込むこともそう長くは赦されていないだろう、男が率いる組織の表向きの役割の敵は既に目前に迫り寄っている、沈黙を続け時間を引き伸ばすことが出来ないのは男のほうだ。

だが、判っているかその姿は既に敗北者のそれだという事に、既に少年に完全敗北を喫し、それでも足掻く愚か者の姿にしか見えないという事に、判らないだろう、理解できないだろう、いや理解したくないのか、臆病者が故にそれを認めることが出来ないだろうから。

自分を絶対強者と欺くことでこの男は自分という小物を大物として保っているのだから。

大体本当の大物は下げる頭ぐらい幾らでも持っているものだ、謝るときは謝る、礼節が必要なときは礼節をとって行動する、この小物が老人などに体のいい駒にされるのはその辺が差だろう、老人達は幾ら選民思想に固まっているとはいえその辺のことはちゃんと出来ているから現在の立場に君臨しているのだろうし、外道の与えられた立場ではなく本当に世界の一つに君臨する存在の一席として。

老人達ならばその辺のことは弁えているだろうから他者から信頼も得られるかもしれないが、この馬鹿に信頼を寄せるものは皆無だろう、たとえ自分達が信頼していなくても、信頼されていればどうとでもなることだ、そして信頼を得る基本は礼節から始まる小さなことの積み重ね、それを蔑ろにする外道は小物に過ぎない、卑小に過ぎない。

そんな稚拙な事も理解しようとしない男は所詮、小物に過ぎないのだ、大物に比べてなんと浅ましい卑小な獣か、なんと矮小な屑虫か。





その様子を傍観する惨殺劇が始まった辺りから赤木リツコは混乱の極みに陥って目の前の光景を眺め、耳に入る言葉を聴き、腕だけは意識を失っている綾波レイを抱き締めて、彼女の母性が本能的に腕の中の少女を離すまいとしている意志の現われかもしれない。

今彼女の目に映っているのは、信じられない光景。

普段、自分をレイという鎖を使って意のままに操る畏怖の対象でしかなかった暴君が、リツコの眼前で道具と目されていた少年によって圧倒されている、それも高々視線によって。

確かに先程の惨殺のシーンは彼女にとってショッキングの光景だったろう、自分が案内していた人間がまるで人間を無視のように塵殺する光景、驚きを覚え恐怖を覚えないほうがどうかしている、例え彼女がどれほど自分の望みとは違えど外道の行いをしてきた人間だといえど、彼女は人が死ぬ場面になれている人間でも、環境に生きてきた人間でもない。

それでも、それ以上に驚きを露にされた光景は自分の暴君が少年に臆している光景。

人が殺される場面よりも、人が脅えている光景に彼女は驚かされた。

彼女からしてみれば暴君が自分の手駒を十七人失った所で痛手を感じるような男ではないことを知っている、部下が死んだことに何か感じるような種類の人間ではないことを知っている、だが現実目の前で起こっているのは。

自分を圧制に強いてきた組織の王として君臨する外道の狼狽している姿、外道自身は表情を変えず眼下の少年と目を合わしているつもりかもしれないが、それは傍目には脅えているのがよく分かる、普段の傲慢な姿はその姿からは見出せない。

仮初の暴君はその仮面を少年に引き剥がされ、小物の本性を垣間見せている、それが子の短時間で男の纏っている雰囲気を完全に別のものに変えている。

最初の威圧感を発していた姿は霧散し、今は少年に臆する臆病な中年親父にしか見えない。

幾ら予想し難い事態に陥ったところでどう考えても有利はこちらにあるのは判り切っているのに、場を支配しているのは少年、暴君は化けの皮を剥がされて脅えている姿を彼女の眼前に晒している、小物本来の臆病者としての姿。

それは自分を支配し続けていた暴君の本来の姿、その姿があまりに小さく見える事に赤木リツコは驚きに支配されていた、自分の支配者の底の浅き本来の姿、全て普段自分が恐れている支配者の姿とはかけ離れている。

そして、彼女赤木リツコは本来聡明な女性であり、何時までも混乱しているほどではない、現状を整理して認識することぐらいは辛うじて出来るだろう。

そのとき彼女が認識したのは何だったのだろうか、自分が恐れていた存在の卑小さか、それとも自分を縛り付ける存在からの脱却か、確かに目の前の男を見ればもう恐れるに足る存在では最早あるまい、少年に恐れる姿を目にすれば怯えるには値しない、支配されるには値しない、そして現状の彼女にとって最良の選択とはレイをつれて逃げることだろうから、暴君の支配から、だが今まで彼女を支配していた男への恐怖は拭われたかもしれない。

絶対者の矮小さを見た後ならば、彼女の聡明さからならば裏をかくことは容易くとは言えないまでも出来ないことではないだろう、出来ないとは言い切れないことだろう。

彼女がどうするかは知らないが、一つだけ断言できるのは彼女を戒める愚者の鎖はかなり緩くなったということだ、最早自分で抜け出せないほどではない程度に、自分で子供をつれながら逃げれるくらいにはゆるくなった可能性が彼女には見えているかもしれないという事だ。





再び少年と外道の対峙に戻る、先程少年が口を開いてからやはり続くのは沈黙のみ。

だが沈黙は、ケージに響いた僅かな振動、恐らく使徒の攻撃よって生じた振動によって破られた、その響く音が卑小な男の恐れに固まった口を動かすきっかけと相成った。

「時間が無い、シンジ。早く乗れ、乗らないならばこちらにも考えがある」

結局頭を下げるという、物事の基本に則る行為は出来ない訳か、この卑小な男は、只頭を下げる、そんな簡単なことが出来ない、それがどれだけ愚かなことか。

まぁ、恐怖に駆られて口に出した言葉なのだろうが、それに恐怖に脅えた頭でどんな考えが思いついたと言うのだ、そのちっぽけな脳で、自己の最上の望みの為に下げる頭の一つも持たない、愚かに過ぎるプライドに染まったその頭で何を考えた。

「どうやら、矮小な子供と軽んじている輩には下げる頭は無いと言うわけだ、これではお話にならないな。非礼に対して非礼で返すのは愚鈍の極みだが一つだけ言わせて貰おうか。貴方は馬鹿かね、もう少し利口に状況を判断することを薦めるよ。この状況で、この状況で其方にどれだけの打つ手があるのだと言うのかね。先程の数倍の兵員を送りつけてもこちらには何の問題も無いのだがね。殺戮が再び始まるだけだ」

一言を言えば数倍返し神識の言葉の一つ一つが外道の怒りの琴線に触れている、だがそれがどうした、この男に何が出来る、確かに有利があるのはアチラだろう、だがその有利を覆す“何か”が無いわけではないだろう、その手の詰み込みが余興の一環だろう。

それに地上の化物も臆するに足らない“人類最強”が“依頼”を“請け負った”時点で達成は確実だ、疑う予知は何処にも無い、彼女に不可能は無い、どれだけの理不尽も踏み越えて彼女は達成する、どのような手段をもってしても達成する、彼ら“零崎”にて絶対敵対回避存在それが“人類最強の請負人”哀川潤、その彼女が依頼の不達成など有り得ない。

彼女は万能に過ぎ、理不尽に過ぎ、無敵に過ぎる、だからこその絶対の信頼。

今の神識に臆するものなど何も無い、目の前の男の性根が見え透いた後など更に、男の戯言が何かを期待する余裕すらあるだろう、どんな戯けた事をぬかすのか。

どれだけ自分に喜悦を楽しませてくれるのか、期待に沿ってくれるのか。

そして戯言は始まった、戯言使いの戯言とは比べるべくも無い拙い戯言を。

「ふん、そのケージにから出ることは不可能だろう。貴様が素直に乗らずとも構わん、眠らせてから乗せれば事足りる。その間に貴様の連れてきた人間がどうなるかは知らんがな」

底の浅い脅迫である、つまりケージ内は密室で脱出は不可能であるから、その中に睡眠ガスを注入して、神識の意識を奪いその間にエヴァに強制的に搭乗。その後、自分を侮辱した腹いせに双識達を痛めつけようという算段だろう、勿論動けないように拘束して。

殺さずに以後の神識に対する人質として使う気は満々だろうが、舞織辺りは外道の趣味行為に使われそうな気がするが、つまりは若い女で自分の性的嗜好を満足させるといったところか、世間一般ではこれをレイプ、婦女暴行と呼ばれる犯罪行為、真実は不明だが如何にも下種な輩が楽しんで行いそうな行為だ、反吐が出る。

但し、言っていることはそれなりに脅迫にはなっている、飽くまでそれなりでしかないが。

基本的には謀略に関してはそこそこの才覚があるから、他人を貶めることによって現在の位置に辿り着いた男であるだろうが、恐怖に固まった頭で早々いい思い付きが出るはずが無い、それでは無能な牛さんの作戦指揮と変わらない愚かな結末が待つことだろう。

だから、神識はすぐさまその浅知恵の突破口を思いつく、否自分がその突破口を思いつくまでもないことを知っている、後ろの人間に任せれば十分、自分が何かをなす必要は無い。

だが、壇上の愚かな男は思っていることだろうこれで自分の思い通りにシナリオが進むだろうと、幾ら化け物のような力を持っていようと最後に笑うのは自分だと。

そして考えているだろう、自分に恐怖を覚えさせた家畜にどれだけの仕置きをしてやろうかと、都合のいい考えを、都合のよすぎる考えを、欲望のままに。

だが都合のよすぎる考えは、相手にとって都合がよすぎる事態も成立しうるのだよ。

愚者の考えは即興で、殺人鬼の企ては入念に、相手を軽く人間とすら見なかった愚者、相手を敵としてみなした殺人鬼、どちらにとって都合のいい展開になるなど目に見えている。

故に神識は何も臆する事無く再び口を開く、哀れむように嘲るように見下すように。

準備は隆々、何も己の身一つでこのような組織に足は運ばない、準備も余興の一環。

「ほう、力尽くが無理となれば絡め手か、パターンだな。流石に私達も睡眠ガスを長時間耐えられるものではないが。いいのかね私達は少量では効かない、それこそ規定量の数倍の濃度は必要だろうよ。それぐらいには体を慣らしてある。だが、其処の赤木博士と少女はどうなのだろうな。規定量の数倍の濃度の睡眠ガス、下手をすれば命に関わる濃度だと思う。それとも、彼女達を殺す危険を冒してでも私を眠らしてみるかね、私は一向に構わないが。やってみるならばやってみればいい、試してみろ。それで私が従うのかどうかを」

確かに、零崎等をやっていれば体にある程度の耐毒物を備えるだろう、軽い毒ならば効かない程度には、その彼等の意識を奪う量の睡眠薬の投与は耐性のリツコやレイには劇薬に近い効果を発揮することだろう、最悪死に至る。

レイは代わりがいるだろうが、リツコの頭脳に代わりは無い、損失は大きい、彼女なくして男の欲望を達成する可能性は大きく変わるだろう。

だが、恐怖に縛られた中で男が見つけた策だ、その程度の脅しのような言葉で止まるはずがない、レイに関して言えば死んでも構わないのだし、リツコが死ぬのは問題だが処置が早ければどうとでもなると考えたか、それとも何も考えていないのか、恐らくは、何も考えていないだろう、自分の思い付きを深い検証無しに実行するだけだ、それに誰が被害を受けようと男の痛痒とは成りえないのだ。

目の前の恐怖を取り除き自分の欲望を実行することが今は何より大事で、家畜を調教する必要がこの男にとって最優先事項だろう、自己の欲望の為には。

故に男は再び内線を使って何かを命じている様子が神識の目に映っている。

言葉どおり睡眠ガスの注入を命じているのだろう、命じ終わった後の男の顔に嗜虐的な喜びに満ちた顔が覗いているので、それが判る。

そして神識を見据えて一言。

「後悔するな」

どちらが後悔するのやら。

だが、何も起こらない、何も起こらない、何も起こらない、何も何も何も何も起こらない。

男の命じたガスなど噴霧される様子も無く只沈黙が続く、只沈黙が続く、男を嘲るように。





このカラクリを語ろう、確かに下種の命令で睡眠ガスの噴霧は実行された、少なくともそれを実行する機械群に命令は人の手によって出された、だが実行されなかった。

誰が命令を拒絶したのか、誰が男の意に従わなかったのか。

簡単だ、MAGIだ、既にMAGIは玖渚友によって落とされているのだから。

下種が不穏な動きをした時点で舞織は口を開いて連絡していた。

「友ちゃん、ここのメインコンピューターをコントロールするソフトは完成していますか」

で、友の返答。

「んにゅ、今完成したとこー。やっぱ僕様ちゃん天才―!イエーイ。でもそんなこと聞いてくるって事は今必要ってことだね、僕様ちゃんナイスタイミングー。使えるよ、使えるよ、今ならこっちから全部支配できるよ。但し十分ぐらいだけ。そっちもそんなにお粗末なもんじゃないからね、僕様ちゃんでも即興じゃそれが限界かな」

流石は“”玖渚友、どうやらいーちゃんの膝の上で組んでいたものは完全にコントロールする為のツール、これにてネルフ本部は一時的ではあろうが友の支配下に落ちた、即興プログラムだろうから完全支配はそう長いことは続かないんだろうが。

「じゃあ、今こっちにガスで攻撃してくるのを止めてください、あと発令所って所までの道のロックも全部外して欲しいです、乗り込む予定です」

「ウニー、わかったよ!!じゃ今から十分間、僕様ちゃん頑張っちゃうよー。いーちゃん僕様ちゃんのお尻の下で浮気したら駄目だよ、いーちゃんは僕様ちゃんのだから春日ちゃんも心視ちゃんも駄目だからね。いーちゃんはお詫びにハグ、僕様ちゃんこれから大変だから抱きしめて欲しいな!それで僕様ちゃん頑張れちゃうからね」

最後に何やら“戯言遣い”を諌める友ちゃんの声が聞こえて通信終了。

この会話で微妙に結論付けられるのは。

いーちゃんは女の子に振り回される運命にあるんだねっ!(理澄ちゃん口調)





何も起きないエヴァンゲリオン初号機ケージ。

強化ガラスの向こうで狼狽している男の姿が見える、どうせ自分の指示を遂行していない部下に問い質しているといった所だろう、それこそ我を忘れた動揺で。

返答は外道の共謀者の老人を介して「MAGIの主導権の一部が奪われました。ハッキングを受け現在、コントロールを奪われています。こちらの指示を受け付けません」の様なものだろう。

男の城の細工は名も知れぬ外部のものに奪われた、男の矛の一部は取り上げられ男を守る盾は全て取り外された、男は裸の王様、盾も矛も満足に持ち得ない王様だ。

では進撃だ、余興を進め、喜悦と愉悦を体感しよう、先ずは外道の狼狽する姿でも見物に行こうではないか、どれほどの醜態を出してくれるか見物ではないか。





もう既に狼狽し切っているだろうがね。





そして更に狼狽は激しくなる、発令所に繋がる道の扉が何の操作も無く開く、男はこのケージを密室にすることを命じたはずなのに開かれる扉、それが更に混乱を招く。

男は自分以外の人間をまるで考えない駒のように扱い使ってきた、ここ十年近くは男の命に逆らわぬものなどない程に、そして頭の中で想定したことを悉く現実にしてきたのだ。

そんな人間が想定外の完全に想定がの自体に対応できるのかな。

神識の言葉に更に恐慌状態と言っていいほどの状態となる、当たり前だ、この男がこれから神識の言われる言葉が現実となれば生きた心地がすまい、死へのカウントダウンに近い。

「こちらからそちらに出向いてやろう、遺伝子提供者。其れまでに精々私達に対する謝罪と懇願、命乞いの台詞でも考えておくことをお薦めする。もしかしたらこの世で最後の言葉になるかもしれない、それとも悔いの残さぬよう遺書なり辞世の句なり考えておくがいい。ああ、我等が零崎という言葉の意味が判らないなら調べてみるのもいいだろう。そう簡単には見つからないだろうが、知らないよりは知っているほうが覚悟を決めやすい」

その言葉が終わり、神識、双識、舞織の三人はケージで唯一開いた扉、恐らく発令所に繋がる扉を通り抜けようと足を進める、その顔に薄らと笑みすら浮かべ、僅かに口を開いて。

「兄さん、姉さん。これからの余興を楽しみましょう。零崎に敵対して無事にすむかどうか骨の髄まで理解させてやりましょう、教育してあげましょう、零崎流に。あの遺伝子提供者を殺せないのは些か業腹で残念ですが。零崎に対する末路を与えましょう」

それに答えるは双識、零崎の長兄。

「そうだな神識、零崎に敵対するものがどうなるか。これ以上ない程思い知らせてやろう。それに何極力殺さないだけ、飽くまで飽くまで敵対するなら殺してしまおう」

あまりに物騒な会話、あまりに恐ろしい会話、零崎、零崎、零崎、彼等がどのような行動に出るか、彼等が己等に敵対者にどれだけ残酷になれるのか、いや残酷ではないだろう、零崎にはそんな言葉は似合わない、零崎は零崎であるが故に災害、残酷さも災害のうち。

その災害が降りかかるだけ、零崎という名の災害が吹き荒れるだけ、まるで嵐のように。

「神識、お兄ちゃん。時間は十分ないんです、急ぎますよぅ、舞織は睡眠ガスの耐性なんて無いんです。それに舞織は不愉快です不愉快なんです、家族を侮辱されて家族に喧嘩を売られて私達がやることは一つですよ、一つしかないんですよ。只其れを実行するのが零崎のはずです」

そうだ、その通り、だから道を歩き、災害が足を向ける、殺人鬼と言う災害がネルフに吹き荒れる、どこまでの規模の災害か、どれほどの被害の災害か、未だ判らないが。

時間は十分、其れまでに彼らがここから近い発令所に到達するまでには十分過ぎる時間となるか、男の抵抗が間に合い、十分間耐え忍ぶことが出来るのか、どちらにせよどれだけの人間が物言わぬ骸になるかは、それは正に神のみぞ知るといったところ、勿論死神が。





後に残された赤木リツコは彼等の背中を見送り、しばし呆然としていたが胸に抱いているレイの存在に気付き、双識達が立ち去った後、双識達の通った道を行き、近くの医務室にレイを運び込んだ、彼女としては意識のないレイの治療は自分で行いたいところだろうが、常駐医にレイを任せると彼女は踵を返し、双識達を追おうとする。

何故追うのかは判らないが、それが事の最後まで見届けたいと考える好奇心か、それとも自分を締め付ける鎖から抜け出す糸口を掴む為か、それは彼女にしか判らないが。

だが彼女は彼等が何処に向かっているのか知らない筈だ、彼等が何処を目標に進んだかは判らない筈だ、だが道標は出来ていた、とても、とても判り易い道が。

散発的に聞こえる銃声、拳銃のものだろう、それに銃声を超えるような耳に付く悲鳴。

それ以上に判り易い道標も進む道の上には用意されている、あまりに無残な光景として。

恐らく男が自分に近づいてくる恐怖の化身を何としても押しとどめようとして放った兵隊だろう、彼等が通ったと思われる道の跡は、真っ赤に染まり、異臭が立ち込め。

道を埋め尽くす、骸、ムクロ、躯、屍の山が築かれ、血の河が形成され、床に壁に天井に肉片がこびり付き、血の色に染められていく、その中に残る血の色の足跡、わかり易過ぎる、わかり易過ぎる道標。

その屍には何の容赦も哀れみも躊躇も慈悲も感情も意思も意味も尊厳も妥協も享楽も無く、徹底的に殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し尽くされている、彼等に残された意味合いは彼等の後を追おうとした赤木リツコの道標になること以上の意味合いなどなく、殺戮されている。

彼女は込み上げる何かを抑えるように口許に手を当て、血や肉片を踏みつけるのを厭わず、厭わずにはいられない、血で染まっていない足場など皆無に近いのだから、進もうと思えば元人間の一部であった何かを踏みつけて歩くしか方法がない、彼女にしては何とも気分が悪い道程だろうが、それすら耐え忍び彼女は足を進める、何を彼女が見たいのだろう、己の目で何を確認したいのだろうか、それすら判っているかどうかは怪しいものだが。

そして彼女が足を進めるうちに耳に銃声が鮮明に届くようになり、人間の阿鼻叫喚の声が断末魔の声が、命乞いをする声が届いてくるようになる、この時既に彼女は彼等が何処に向かっているかは判っているだろう、彼女はこの建築物の中を熟知している、悲鳴が上る先、その先に何があるかを知っている、判りながら、血の臭いを感じながら足を進める。

人の死が溢れているだろう場所に、今現在をおいてその命の灯火が掻き消されている場所に。





遂に彼女が追いついたのは彼等がケージを後にした十分後、それまでに何十という人間の成れの果ての傍らを通り抜けて、それは彼女が女性という事を抜かしても見上げた行程だったろう、普通はブラッド・バスの中に足を踏み入れ、その先にいる悪魔に近づこうなどとは思わない、この時点で彼女の感性は微妙に逸している。

何が彼女の感性を其処まで狂わせているのかは判らないが、常軌は逸している。

それが過去外道に手を染めたときからなのか、生まれながらなのか、それとも、今先程、双識達と遭遇した時点で彼女の感性が常軌を逸したのかそれは判らない、只彼女は普通じゃない、普通の人間は、只の科学者はどれ程の勇気を振り絞ってもここまでは来られない。

そして彼女の目の前で発令所への扉は開かれ彼等は発令所に入室した、全身を血に塗れさせ、その身に怨嗟の声を浴び、その手に得物を携えた銃器さえ通用しない化物達が。

遅れること数十秒、彼女が入室した時には発令所の中は、其処にも無残な光景が広がっていた、それが零崎に刃向かう者の末路だと誰も知ることがなく、死体が散乱していた。

恐らく待ち構えていたのだろう、数十人の黒服だったものが床に転がっている、如何なる手段を用いて殺し抜いたのかどのような手段を持って殺戮に当たったかそれは知る由がないが、死体は何分割にされ、首を切断され、体の一部を吹き飛ばされ、急所を切り刻まれ、誰もが一撃、誰もが一瞬で殺されている、虫のように、塵のように、殺されている。

遅れて入室してきたリツコに神識は振り返り、その血に染まった顔に僅かな笑みを浮かべて、リツコに向けて口を開く、それは挨拶でもするような気軽さで、何の気負いもない。

「どうしました赤木さん、貴女が来る必要はない筈ですが。まぁ、これからの舞台を見るのは構いませんが邪魔はしないでくださいね、邪魔をしない限り貴女は殺しませんから」

発令所内で生き残っているものは対した戦闘手段を持っていないオペレーターや技術者達で殆ど常駐のものは生き残っている、外道に集められた黒服のみが彼等に牙を剥き、牙を剥いた代償として惨殺された、そして生き残っている面子はその光景に脅え震えるのみ。

その中で、老人の声が響く、恐怖に彩られ、恐慌に陥った人間の声で震える口調で。

「君達は何者だ、我々国連職員にこれ程のことをして無事に済むと思っているのか」

外道といっていることが大差無い、恐怖に陥った人間で権力を持っている人間のいう事など似たようなものなのか、この老人が外道と大差無い語彙しか持たない為か。

再び、今度は双識が答える「我等は零崎、“零崎一賊”、殺人鬼だよ」、ただそう述べる。

その声だけが、その声だけが、其処に響き渡った、その声に反応するものはなく誰もが訳が判らない、誰もが零崎など知らない、只一人を除いて、只一人がその言葉の意味を理解したようだ、その言葉の意味を理解したところで後に続くのは絶望だけだろうけど。

一人が震える口調で口を開く「ぜ、零崎一賊」と、殆ど蚊の鳴くような声で、脅えきった声で、それでも双識達から視線を晒さずに、双識を見つめてそう呟いた。

双識がその声に反応して、其方に顔を向ける、自分達の存在を知っているものがこの場にいることに若干の驚きを顔に浮かべ、僅かに楽しそうに口を開く。

「うん、君はどうして私達を知っているのかな。お嬢さん、私達は裏では有名人のつもりだけど表では無名も無名、知る者など数えるほどにしかいない筈なんだが、ここにいる者達も誰も私達のことを知らないのに、何で君は知っているのかな、お嬢さん」

双識にお嬢さんと呼ばれる女性、伊吹マヤは脅えた目で双識から目を離さず何も答えない、何も答えられないと言うべきか、“零崎”を知っているならば、その恐ろしさも知っている筈だ、知っているならばここに居る誰よりも彼女は彼等が怖いはずだから。

答えられない彼女に代わって双識はリツコに尋ねる「彼女の名前は何かな?」と。

リツコは血塗れの双識の顔で微笑まれ、体を支配する恐怖の中声を絞り出す、ここまで双識達を追って来たはいいが直接的に視線を投げかけられて恐怖を感じないわけがない、相手は殺人鬼、理解の範疇を超える生物、そして目の前で殺戮が行われ、その結果たる肉の塊を散々目に留めている、恐怖を感じるのは本能を持つ人間の性だろう。

「彼女は私の部下、伊吹マヤよ」

抵抗は無意味というかそういう考えもなく答えたのだろう、この恐怖の具現者、零崎双識の質問に虚偽をはさんで答えられるような余裕は彼女にはあるまい。

だが、その名を聞いて双識は呟くように、そして小さく哂う。

「伊吹、伊吹ね、珍しい苗字じゃないけど、覚えのある名だな。ふふっ、こんな所で同じ“殺し名”に関わりを持つ人間と出会えるなんて、面白いじゃないか。実に面白い。“伊吹”のお嬢さん、私達のことが君は判っているね、判り過ぎるぐらい判っているね」

その呟きは確かに伊吹マヤに向けられていた、この場で一番零崎を知っている彼女に。

だが彼女は答えられない、真直ぐに双識を見詰め凝固している、彼女が“殺し名”に関わる人間の一人だとするならば、自分の死を絶対と感じて固まっているのか、零崎そのものに脅えて固まっているのか、そんな彼女に双識は更に言葉をかける。

「“天吹”の分家に確か“伊吹”という家があったと覚えがある。君は其処の人間じゃないかな、“伊吹”のお嬢さん、その様子では家を継いでいるのは君じゃあない様だけど。一通りのことは教えられているんじゃないかな。私達のことを含めて」

“天吹”、“殺し名”第六位であり“掃除人”と呼ばれる一族、零崎とは違い人殺しを“生業”とする一族、“伊吹”はその分家筋に当たる、無論本家となる“天吹”には到底及ばないだろうけど“殺し名”に名を冠する一族の末端ならば彼女もそれなりの技能は有しているだろう、その技能を有しているが故に肌で零崎の恐ろしさも判ろうと言うものだろうが。

“殺し名”零崎は、どうしようもない“殺し名”の連中の中でもどうしようもない“最悪”として名が通っているのだから、“最悪”殺人鬼集団“零崎”、彼等が“最狂”だと。

その、双識の呟きと変わらない声量で話し掛けられえる伊吹マヤはやっと反応を返す。

「な、な、な、なんで、“零崎”がここに、ここに“零崎”が・・・・・関わりなんて、ネルフに“零崎”なんて、“殺し名”なんて、関わりが無いのに、何で」

恐怖に染まった声、現実を否認する声、だがそれで居て彼女は彼等から目を逸らせない、目を逸らせば、どうなるか、彼女に出来ることは恐怖に脅え彼等を視界に捉えるのみ。

そんな彼女の脅えきった声に双識は言葉を返す、彼女の質疑に答えるように。

「何でここに私達が居るかって。それは簡単だから答えてあげよう。私達の“家族”、私の弟が、総司令官殿に招待されたからだ。そして悲しいかな私は友好的に物事を進めたいのに、君達の組織は弟に喧嘩を売った、それは即ち“零崎”に喧嘩を売ったということだよ」

この意味が判るだろう、と双識は言葉の最後に呟き、愉快そうに血に塗れた表情を歪める。

その言葉を聴き、彼女は更に体を震わせる、理解しているのだろう、“零崎”に喧嘩を売った存在の末路を、これから自分たちがどうなるのかを、判り過ぎるほど判ったのだろう。





其処で外部、戦場の音声を拾っていたスピーカーから轟音が轟き、双識達の注意がモニターに移る、スタッフも轟音に体を縛られていた恐怖から開放され振り返りモニターに注視する、伊吹マヤだけは双識達から目線を逸らそうとはしなかったが。

それは十分に彼女が彼らの恐怖を知っているから、一瞬たりとも意識を放すことを本能が拒否した結果だろう、双識達の注意が移ったとはいえ、何時、どの瞬間に殺戮が再会されるカなど判ったものではないのだから。

モニターに映っていたのは、人類の敵と目されていた化物、使徒が大地に倒れる様。

何の唐突も無く、何の前触れも無く、何の前兆も無く、何の異変も無く、何の変化も無く、地に倒れ臥した、横臥した、崩れ落ちるように倒れこんだ、それ以外判りようも無い映像が正面のモニターに、それだけしか判り得ない映像が正面のモニターに映し出されていた。





彼女達の目前に倒れ臥す人類の敵とされる化物、使徒。

彼女達との体積比、質量比を考えると比べ物にならない差がある化物が倒れる余波で発生した瓦礫の雨を彼女達は近くの建物の影に隠れて飛び交う余波をやり過ごしていた。

勿論、彼女たちは“人類最強”が率いる五人、使徒とのサイズを考えると目と鼻の先に彼女達は位置している、五人の面子の殆どが人間として超越しているとはいえその距離に接近することは狂気の沙汰と考えられる距離に彼女達はいた、所詮は弱い人の身体で。

何の為に。

その答えは明快で簡単、単純すぎ当たり前過ぎる答え。

目の前に倒れている化物を殺す為、その闘争とも言えない戦力比が彼我の間に存在しながら矮小な人の身体で、天を突くほどの巨大生物を殺す為、矮小な非力な人の体で殺す為。

だがそれは無謀な行為だろうか、否無謀足りえない、殺すことに不可能など存在しない。

どれ程彼我の戦力に差が有れ、所詮は生物同士、生物が生物を殺せない道理は存在しない、
概念的に殺せない存在など生命、非生命を問わずこの三次元世界には存在しないのだから。

そして最も死に密接に関わる生命を持つ生物が殺せない道理など存在し得る筈が無い、個体の強弱など理由にならない、生物が生物を殺す、自然で当たり前で普遍的で、これまでもこれからも、過去現在未来全てに通じる自然の摂理、自然の掟。

そう、どんな存在も殺せない理由など存在しない、どれだけ不可能に見えても、どれだけ無理無茶無謀の言葉で覆おうと、殺せない理由など存在しない、まして生物相手に。

死なない存在が存在しない以上、殺せない存在が存在しない訳が無い、まして生物ならば。

そしてこの戦いは生物と生物が己の生存をかけて殺し合う、生物史が始まって以来連綿と続いている単純に過ぎて明快に過ぎて簡単な事、生存競争、そして彼女達の余興の為。

後半の理由が大半で、その理由で動いているのは五人中三人だったりするのだが。

まぁ、それはさておき。

人間対使徒の戦闘、人間対蟻の戦いに等しい戦いのファーストアタックは人間側が得た。
 
さぁ、追撃だ、殺し合いを続けよう、狩りの時間を続けよう、殺し殺され、狩り狩られ、傷つき傷つけられ、痛めつけ痛めつけられる、そんな時間を続けよう、生存を掛けて。

この戦い善も悪も、正しいも間違っているも、建前も大義名分も必要ない、戦いに理由など必要ない、生物が生物と殺し合うのに何も難しい理由立てなど必要ない、生存競争の摂理に従い、自分達の生存を脅かす生物は排除する、それが以外この戦いに理由は不要だ。

生物として当たり前の戦いを続けよう、所詮は生物、他を殺し自己を保全するのがその業。

殺し合いをするというのは生物として当たり前過ぎるのだから、どんな種類の戦いであれ、当たり前に過ぎるのだから、生物は殺しあう事で生の権利を獲得し続けるのだから。





だが戦いと呼ぶにはそれは一方的に過ぎた、人間側が一方的に使徒を痛めつけ続けている。

玖渚友の連絡を受けた、“死色の真紅”は、彼女の知る“直死の魔眼”を正しく使用した、正確には持ち主をだが、因みに持ち主は不平不満を大量にぶちまけてくれたが、そんなことに構う“潤”ではない、どうにでもしてやらせたのだろう、色々と手段を用いて。

この色々と言うのはあえて語らないが、色々だ。

だが彼女、潤は確かに両儀式を正しく使用した、彼女の魔眼を“死”を視る魔眼を、そして逆説的には自分も両儀式の道具と成り果てた、両者共に道具に成り果てたそう考えるのが一番正しいかもしれない。

幾ら両儀式が殺害能力に哀川潤が全てに特化しているとはいえ、あのサイズの化物に接近することは無謀に過ぎる、使徒が歩いたときに生じる衝撃で吹き飛ぶ破片が彼女の体に掠るだけで致命傷、大体最初から人体による直接攻撃が届くサイズではないのだ。

接近戦は望めない、ならばどうするか等考えるに値しない、人間という知能に特化した動物が作り上げた道具を使用するのが当たり前、この場合は遠距離武器。

使用するのは、ソフト面からハード面まで全て哀川潤が己の伝手で手に入れた(多分方々の天才どもの力作だろう)超高性能狙撃システム(狙撃銃は昨今の技術向上で狙撃システムと呼ばれつつある、あまりに銃と呼ぶには高性能であり精密、精緻、複雑過ぎるからである)、勿論狙撃者、スナイパーは“人類最強”哀川潤、両儀式では無い。

両儀式に与えられた役割は観測者、引き金を引く役割ではなく直接的に“殺す”事に手を下す役割ではなく、潤の狙撃のパートナー的な立場が彼女に与えられている。

因みに観測者とは、狙撃に携わる役割分担で、狙撃とされる行動はツーマンセル、つまりは二人組で行うのが常であり、数百メートル、状況によっては千五百メートルを超える超長距離からの狙撃は狙撃者単独で行うのは不可能に近い、はっきり言って不可能と断言してもいい、その不可能に近い可能性を上げる役割が観測者の仕事だろう。

漫画等で二千メートル前後の長距離を単独で通常のライフルで行うシーンがあるが、あれは全く不可能なことで湾岸戦争時にその距離を米軍兵士が高性能単発式対戦車ライフルで人間の狙撃をツーマンセルで行ったが、その兵士は狙撃の神様扱いをされている。

神様扱いされるのはその距離の狙撃が正に神業であり、奇跡に近い偉業であるからだ。

なお、その対戦車ライフルはメーカーのカタログ上では超長距離においても人体を狙える精度があると謳っているが、米軍は戦車サイズの的に当てる限界距離を二千メートルとしていたらしい、そしてそれでも凄い偉業である、大体二千メートル先から人間サイズが戦車を破壊できる砲弾を精確に撃ってくるなど恐怖以外の何者でもない、撃たれる側からしてみれば何も無いところから高威力の砲弾が正確無比に飛んでくるのだから。

だが故に、狙撃と呼ばれる技術が高難度であることも伺わせる、そんなことが容易く出来るのならば、どの軍隊も安易に狙撃兵の育成に心血を注ぎ込むだろう(事実心血を注ぎ込んではいるらしいが、そう簡単に化物クラスの狙撃兵が育てられるわけが無い、狙撃兵はどれだけ高価で高性能な兵器を用いて、厳しい訓練を課し、観測をサポートする人材を育成しても、絶対的に狙撃兵個人の生来の資質のようなものが問われるからだ。例を挙げれば集中力、対象の動きを予測する未来予知にも近い直感力、忍耐力、そして何より残酷さ。
場合によって何日も何日も対象を観察し笑顔を見たり、食事をしている風景を見て、その人間の人となりをある程度理解した上でも命令が下れば射殺する狙撃兵、何の憂慮も無く射殺できる人間は軍人といえどそれ程多くは無い、故に狙撃へは残酷であるべきなのだ)。

現実的な難度として超長距離狙撃には射出された弾丸に影響する要素が多すぎる、先ず重力、距離が離れるほど弾丸は下方向に力が加わり弾道が逸れる、他に湿度、空気抵抗、風、地形から発生する歪んだ気流、気温、気圧、天候、コレオリ力、思いつくだけでこれだけの要素があり、離れれば離れるほど影響を受け、影響の予測は困難になる。

よって観測者がそれらの要素を計算し弾道を読み、その結果で狙撃者を支援する、一組の狙撃者の存在は上述の通りの陸上戦力にとって脅威となりうる、特に千五百を超える長距離からの砲撃など警戒も防御も不可能、人間に対して対戦車砲クラスの重火器で弾を榴弾等で用いれば至近に着弾させればいいのだから命中させる必要もない(それでも十分に困難であり、これが出来るだけで天才を名乗れるだろうが)。

この場合両儀式に与えられた役割は狙撃システムに接続されたPCのモニターの使徒の拡大映像に魔眼で見た死線の集っている位置を示し、潤がその点に等しい着弾目標に向けて発砲するというスタンス、つまりは両儀式が目の役割をして潤が引き金を引く。

二人と一個の精密機械が一つの兵器と化した攻撃手段。

超高性能狙撃システムと潤の腕、式の魔眼が有れば、点に等しい的にも着弾は可能、あらゆる技能に秀でる万能家、“人類指最強の請負人”にしか出来ないやり方だろうが、使徒から見ればそれこそ豆粒以下の弾丸ではご自慢のATフィールド等展開する暇も無いようだ。

いや本来なら防ぐ必要すらないのだ、遥かに高威力のミサイルや戦車砲を喰らってすら防御の必要さえなかった、豆粒以下の弾丸など塵が当たるのと変わらない痛痒しか与えられないだろう、攻撃とさえ認識されないに違いない。

だが、“死線”に加えられた攻撃は、僅かな揺らぎも無く叩き込まれた弾丸は着弾点を中心に致命的なまでの損傷を負わせた、“死の概念”を叩き込んだ。

最初の一発を足に喰らった使徒は只の一発で地に伏せた“死線”の集中する点を“殺された”使徒の片足は致命的なまでに“死んだ”、塵に等しき攻撃で、攻撃とも呼べない攻撃で。

そして次々と叩き込まれる弾丸、塵に等しい攻撃なれど、その一発一発が明確に“死”を与えていく概念攻撃、攻撃の感知さえ出来ない使徒にそれを防ぐ手段など無いに等しい。

ATフィールドを張って閉じこもっても無駄、ATフィールド自体に存在する“死線”を攻撃され無力化される、あらゆる存在、現象の“死を視る”魔眼、例外など存在しない。

そして攻撃が数十発を数えるようになり、その攻撃が使徒のコアに致命的な“死”を与えた瞬間、使徒は完全に死んだ、科学的に概念的に死んだ、呆気無いほど一方的に。

もし使徒に知性があるとするのなら何をされたか判らぬ内に全存在を“殺された”、攻撃の予見も予測も防御も回避も全てが何も出来ずに、只“殺された”。

使徒が敵としてさえ認識出来ていなかったであろう矮小な人間の蚊に刺される様な砲撃によって、何も出来ず、何の抵抗も赦されず、生存競争に敗北した。

残ったのは単純な結果のみ、単純すぎる結果のみ、生存競争の結果は単純に過ぎる。

生き残った矮小でひ弱で無力な知恵という武器しか持たない人間が生存競争の勝者となり。

巨大で、強大で、力が有り余る使徒と呼ばれる化物は己が力を振るう前に敗北を喫した。

そして残った生物が明日を未来を現在を生きる権利を獲得した、世界中で今もこの瞬間も何時如何なる時に於いても当たり前の様に繰り返されている生物同士の生存競争の結果。

生き残る権利の獲得競争、それこそが生存競争、生き残ったものだけが次の生存競争に挑戦する権利を得る為だけの連綿と続く生物として当たり前の戦い、その一つが終わった。





殺人鬼と共にその様を見つめていたネルフスタッフに、自分達が見ている光景が信じられるものだっただろうか、自分達以外倒せるものは存在しないと妄信していた人間達に。

誰がそんな妄想じみた定義を定めたかは知らないが、どうして自分達しか倒せないと思い込めたのだろう、実際にN2兵器であれば損傷を負わせることが出来、数発同時に被害度外視に無茶苦茶に攻撃を仕掛けたならば倒せたであろうことが既に実証されていた化物に対して、何故そんな妄信が信じられたのだろうか、既に実証されていたのに。

オペレーターの「パターン青、消失しました。使徒沈黙しています」という声に何故疑問を挟むのだろう。

この組織の人間は須らく思考が固まっている、エヴァでなければ倒せないという固定概念が、そんな概念に付きまとわれる必要は無いというのに。

下らない概念を頭に植え付けるという事は知恵持つ動物の可能性を狭めるという愚かな行為でしかないのに、故に覆された概念も受け入れられず、思考が停止し混乱するのだ。

そして徹頭徹尾、愚かな概念で頭の中を支配されていた愚者が叫ぶ。

「何故だ!!何故倒される」

疑問の声を挟んだのは、最上段の司令席に手を付いて立っていた男、その顔は当惑に満ちて、先程まで双識達に向けていた恐怖を拭って、衝撃的な現実に強制的に拭わされて、目の前の現実に対して不謹慎な疑問を挟んでいた。

倒されること自体に疑問を投げ掛けてはいけないだろう、誰が其れを為したかに疑問を投げ掛けるのは構わないとして、倒されるのに疑問を掛けるのは。

純粋に人類のためを思えば自分達が倒す必要は無いのに、まぁ確かに自分達以外が倒すと対面上の問題はあるだろうが、それを声に出すのは些かながら不謹慎だろう。

建前上は人類滅亡を掛けて戦う正義の組織なのだから、基本的に生存競争に正義も悪も無いとは思うが、どちらの種が勝ってもそれは善悪の向こう側にある事柄なのだから。

生存競争の果てにあるのは生死の問題のみ、人間の作った価値観を挟み込む隙間などない。

だが、男にとっては対面上以上の問題があるのだろう、男のシナリオでは自分達が倒し、しかもその倒し方、勝利に至る経緯、それら全てが男のシナリオでは組まれていた、他者により使徒が倒されるのは予定外に過ぎる、既に息子が殺人鬼で自分達に死を振り撒かんとしている時点で男のシナリオは想定外が続いているだろうが。

大体において、神識が自分に逆らわないと思える神経を疑いたい。

現在進行形で動揺を顔に貼り付けてモニターを凝視している男の脳内構造などを。

因みにこの男一応逃げずにこの発令所に来ていた、何とかMAGIを制御して恐怖の具現をシナリオの為に生きたまま捕らえようと考えたのだが、全く制御できず(因みに玖渚友が試算した十分と言う時間は赤木リツコが対抗者として存在していることを想定して組んでいた為、現在でも友の支配化にネルフは置かれていたりする、他の有象無象では友を相手に支配権を取り返すには一時間は掛かり、今は特に何もする必要が無いので何もしていないが、こっそり自分達が通る道を開けているぐらいで)、次に人海戦術を使って神識を捕らえようとしていたが(開始十秒ぐらいで黒服連中完全に生きたまま捕らえることを放棄して逃げるか殺そうとしていたが)悉く皆殺しにされ、双識達が到着する寸前に逃げようとしたが自分で命令した全ての通用口のロックで出られず(友が命令したこと以外ではMAGIは反応する、ケージから発令所の道筋はロックが掛からないが、それ以外は完全にロックが掛かっていた、完全に自縛(誤字に非ず)行為である)双識の顔を見た瞬間恐怖で固まり、使徒の原因不明の死亡で現在の混乱の極みの状態に至る。

確かに混乱はするだろう。

傍目には何もされていないように見えるのに使徒が悶え苦しんでその挙句、死亡確認では訳が判らない、幾らなんでも数百メートル離れた地点から狙撃システムで狙撃されて殺されましたとは夢にも思わないだろう。

後で使徒の解剖でもしたとき摘出された弾丸を不思議そうに眺める技術部の面子が想像出来る、彼らの頭に飛来する疑問は予想できないが、それで殺されたとは思うまい。

傷さえつけるのが困難な弾丸程度で死ぬとは到底思えない“死線”は科学では判別できない魔術的、根源的概念に基づく、存在の弱点なのだから。

因みに弾丸のサイズは通常のライフル弾と同じだったりする、余りサイズがでかいと死線を正確に攻撃できないから、基本的にある程度の威力で叩き込めば死線への攻撃は有効な訳だし、逆に言うと必要以上の威力は無価値でもある。

少なくとももう一人の魔眼持ち志貴は果物ナイフでベッドを切断したり(金属製、子供時代)、頑丈さ(正確には不死性)が取り柄の吸血鬼を一瞬で十七分割してくれたりしていた、吸血鬼はギリギリ死ななかったが。





「さて、私の遺伝子提供者、貴方の疑問はどうでもいいが貴方が私をあの人造人間とやらに乗せて倒そうとした化物は息絶えたようだ。私はお役御免かね“零崎”に喧嘩を売った以上此方は最後までこの喧嘩を全うするつもりなのだが。これでも忙しい身で余り時間を煩わされたくない。これからさっき殺した人間達の家族友人知人知り合いを可能な限り殺して回らなければならない、まだ言うべき言葉があるなら早く言っておくことをお勧めする。遺言になるだろうから、一応血縁上の息子として遺言程度は拝聴しよう。早く言葉を考えたまえ」

サラッと恐ろしいことを言う神識、前にも書いたが基本的に零崎は自分に喧嘩を売った関係者を皆殺しにする、理由は見せしめと恨みを買わないため、恨みを抱く当人を殺すのだから恨みを抱かれようが無い、故に零崎に敵対者など存在しない、存在した瞬間に完全に完膚無きに、敵対者の生命は終焉を終える。

恐ろしい言葉が発令所に居る人間全てに浸透するだけの時間を待って、彼等が再び目の前の恐怖に支配されるだけの時間を待って、神識は再び口を開く。

僅かに嘲笑で歪んだ顔で。

「ほら、早く言いたまえ。ハーリー、ハーリー、ハーリー、hurry、hurry、hurry」

この急かすような声に反論したのは髭外道ではなく電柱外道、自覚症状が薄いためある意味髭外道よりも性質の悪い外道である。

「シンジ君、どういう事だね。まるでこれから碇を殺すつもり、いや先程のは・・・」

困惑、恐れ、色々な感情が混ぜ合わさった声といった感じか。

「貴方には聞いていないのですがね、ご老体。後「殺すつもり」ですか。我々は“零崎”ですよ、貴方方が知っていようが知らなかろうが関係ないのですが。前もって言っておくと、其処にいる碇ゲンドウだけではなく、この組織に関わる全てを皆殺しに致しますよ。家族親類恋人知人全てに至るまで、少々手間ですが、零崎を全員借り出せばなんとでもなることです。我々のことが気になるならば其処にいる“伊吹”の末席の方にでも聞けばいいでしょう、愉快な解説を聞かせてくれるでしょうから」

父親殺しなど何でもないことのようにのたまう存在に、電柱外道は呆然として。

だが驚くのは今更だろう、目の前でその子供は十を超える人間を惨殺したのだから、驚くのは今更に過ぎる、既に言われただろう“殺人鬼”と。

「ああ、赤木リツコさん。貴女は<合格>でしたから貴女とあの少女は殺さないでおきますからご安心を」

リツコを見てそんなことを言っていたりした。

何気に内心少し安心していたりするリツコ、案外自分本位かもしれない、生きるか死ぬかで他人の心配をレイだけでも出来るあたりは十分上等な人間の種類なのだろうけど。

因みに神識はマジでそんなこと(皆殺し)をする気は余り無い、余り無いだけで少しはあるのだが、今皆殺しにしてしまうとこれから続く余興が台無しになってしまうので殺さないでおくという選択肢しかないし。

そろそろ人類最強もこちらに向かっている頃合だろう、零崎といえど彼女は絶対的対回避存在、彼女の機嫌を損ねる行為はなるべく控えたい、皆殺しにしたところで敵対とは行かないまでも興を殺がれた事に機嫌は悪くするだろうから。

双識、舞織、人識、神識の四人がかりでさえ彼らは彼女に勝てるなど露ほども思ってはいないだろう、そんな存在の機嫌など損ねたくない。

零崎である彼等と人類最強はお友達ではなく協力者なのだしね。





そして、シンジは思い出したように電柱外道に向かって口を開く。

「ああ、訂正しておきますが、私は碇シンジではなく、零崎神識なので」

その声と共に手元にあった鞭が電柱外道に放たれその肩口の服を引き裂く、その表情には何の変化も無く慇懃な表情のままで。

「次に間違えたら首を飛ばします。私は零崎の名前を誇りに思っているのですから」

言葉の後には顔面を蒼白にさせた老人が少年に向かって無様に脅える姿だけ。

「返事が聞こえませんね、もう一撃必要ですか?」

その言葉で更に顔を蒼から白に変化させ激しく首肯する老人がいた。

その後、神識が「遺言を考える時間ぐらいは十分にあげましょう、“伊吹”の方に私達のことを聞いて対策を練るのもよろしい、暫く時間を与えますよ」

と言って、双識達は入ってきた入り口に凭れ掛るようにその場に佇んでいた。

「ああ、この場から逃げようとする人があれば殺しますのでお気をつけて」

付け加えるようにそう言って。

存在するだけで圧倒的恐怖を周囲に撒き散らしながら。

恐怖に去らされる当人達にとって神識の皆殺しは黒服の惨殺光景を見て、目の前に転がる人間の成れの果てを見て、それが正しく事実自分に起こりうることだと理解しすぎるくらい理解していただろうか、それに抵抗する手段すらないことをも理解していただろう。





“待つ”と言われた時間、外道にできることは対してない。

対策を立てようにも相手を知らなさ過ぎる、暴力では勝てず権力は通じない、知恵を巡らしてどうやって目の前に存在する恐怖の化身から逃げ延びる術を見出すには些か困難だ。

どうでもいいが老人の肩口の服を裂いても視覚的に気分が悪いだけで余り意味が無かった、ベルトでも吹き飛ばせば笑いを取れただろうにとちょっと後悔。

でも笑えないかこの状況じゃ。

リツコや髭外道、電柱外道に囲まれて質問を受けているマヤ、この世界では腐っても“殺し名”の末席、余りビビッテ居なかった、と言うか双識達のプレッシャーを浴びた後ならば大抵のものは怖くないだろうが。

普通なら威圧的でさえあるゲンドウの威圧感だとて微風以下にしか感じられない、所詮この男の威圧感は張子の虎なのだから。

「彼らは何者なの、マヤ。あまりにも普通からかけ離れているわ」

主に質問をするのは直属の上司のリツコで、他の男二人は聞き役に回るようだ。

「“零崎”です」

マヤは意識を双識たちから離さず、リツコの言葉に脅えるように答える、口に出すことさえ恐ろしいと言う風に、実際“殺し名”を知っている人間は無闇に彼らのことを口に出したりはしないだろうから、あまりに恐ろしいから。

ましてご同業からすら忌み嫌われる“零崎”口に出すことさえ恐怖の対象になりうる。

だが質問をしているほうには“零崎”そのものが判らない。

「確か“殺し名”の“零崎”と彼等は言っていたわね。貴方の本家も“殺し名”だとか。殺し名は何を意味しているの」

其の言葉にマヤは更に震えがきつくなるのが傍目で判るほど如実に現れていた。

「はい、私の実家の本家“天吹”は“零崎”と同じ“殺し名”の一つです。でも“零崎”とは違います。暴力の世界に君臨する裏の一族を“殺し名”って呼んでいるんですけど。“零崎”は違うんです。“零崎”は“最悪”なんです」

彼女が言う“違う”は、以前述べた“違う”と重なるが部分があるが他にも異なる部分がある。

確か、裏の世界の人間でも“零崎”と同列視されるのは最大級の侮辱に値するらしい、人殺しである“殺し名”の中でも恐らく同列視されることは最大級の侮辱になるのだろう、他の“殺し名”は人間だが“零崎”は“殺人鬼”と呼ばれる化物なのだから。

そして零崎は人殺しの性質を生来持っている、それは同時に凄まじいばかりの人殺しの才能を保持しているという事に等しい。

そうでなければ、人を殺す衝動のみで生き残れるはず無い、殺人鬼として君臨できるはずが無い。

舞織は“零崎”として覚醒、つまり“殺人鬼”となったその瞬間に、双識に傷を負わせた、“零崎”最強とも呼べる“自殺志願”を相手に、一介の女子高生が血を流させた。

無論、双識と舞織の出会いは戦いではなく、混乱する舞織が逃げようとして、双識に攻撃したのだが、ただ普通に生活をしていた女子高生が“殺し名”最悪に傷を負わせた。

どれ程才能を保持していたのか、只の女の子が自分の爪で、殺人鬼として熟成されていた双識に傷を負わせた、先程の黒服数十人単位の攻撃でさえかすり傷一つ与えなかったのに。

其れは神識に於いても同じ、彼は双識に出会う寸前に、倍ほども年の離れた青年四人を皆殺しにしている、今まで人に対して攻撃をしたことも無い気弱な少年がだ。

これがどれ程他の“殺し名”にとって腹立たしいことか、自分たちは修練を積み重ね、調教され、体をボロボロにするように自分の自由意志ではなく鍛え上げさせられ、一族というだけで“人殺し”の技を死ぬ思いをして身に付けたと言うのに。

“零崎”は其れを生まれたときから持っている、確かに彼らも殺人鬼になることを望んでなったものはいるまい、生まれたときから保有していた“性質”が彼等を殺人鬼にした。

それでも、それでも“零崎”は反則だ、存在そのものが反則、他の“殺し名”から見ても認められないくらいに反則、“零崎”は生まれた時から強すぎる。

そして生まれ持った“性質”を開放し“才能”を研磨するというだけで、彼らは“殺し名”三位、“殺し名”最悪に位置するのだから。

もし他の“殺し名”に一番近い殺人鬼が居るとしたら、唯一一人“人間失格”のみ、彼のみが“生来の殺人鬼”、“殺人鬼のつがい”が産み落とした殺人鬼の落とし子、零崎人識。

彼は殺人鬼の中で生まれ、殺人鬼の中で己の技を磨いたのだから、その点では他の“殺し名”で生まれた人間と変わらないだろう。

これはここまでにしておいてリツコは質問を続ける。

“殺し名”について、“零崎”について、彼らの恐ろしさについて、彼等に敵対した存在の末路、自分達に想定される末路、いや確実絶対の未来、彼女の中で確固として既に確立していた確定未来について。

話を聞くにつれて、更に恐怖に縛られる男二人。

この二人で思いつくのだろうか、零崎に対抗しうる手段を思いつけるか自分の延命手段を。

そしてその先に存在する自分達のシナリオに組み込むことが。

出来るか。





丁度その頃、人類最強の一行がネルフに到着し正面から進入を果たしていた。

まぁ友が道標を出し続けていたのだが、食い止めようとした警備員は無力化されるのに五秒と掛からなかったし(因みに殺していません)。

同時刻、玖渚友の一行もネルフのへリポートを強制的に開かせ、侵入を果たしていた。

こちらも警備員を捕縛するのに数十秒と掛からず、その捕縛は紫木一姫の手によって行われた、出夢が出る時間など僅かな間も無く、必要も無く彼女一人の手によって。

“病蜘蛛”彼女の使う技は“曲弦糸”、舞織を上回る本家本元直伝の使い手、対多数戦闘のエキスパート“ジグザグ”の紫木一姫。

そして総計十一の侵入者はネルフへの侵入を果たした、彼等十四人が集うのに後数分。





因みにその頃の作戦部長、もといネルフ本部特別設置部署ネルフ作戦妨害部部長(部員数名)の葛城ミサト、別名感染牛は。

今現在使徒を倒されたのも知る事無くネルフ本部内を歩いていた、思いっきり遅刻している筈なのに走りもせずに歩いて、本当に復讐する気があるのだろうか。

ネルフに来る途中車を強制徴収の名の元強奪するまで走っていたのは単に自分の命が惜しくて生存本能で走っていたのだろうか、多分そうだ。

この女の脳は本能と欲望のみで形成されていそうだから。

今走らないのは命の危険が無いし、走ると疲れるからだろう、多分当たっていると思う。

やっぱり迷っていたが

しかも髭外道が全ての通用口にロックを掛けているので間違って入ろうとする度に。

「何で開かないのよ!!」とか「このポンコツ設備、後で整備部の連中に文句言ってやるわ、サボってんじゃないわよ」とか見当はずれの文句を並べ立て、それでも何とか唯一進行可能な道筋、発令所への道筋は歩いていた、それ以外行きようが無いのだが。

それに貴様に文句を言う権利は無い、ネルフ全組織で勤務態度ワーストワンの貴様には。

この傍迷惑な牛さんが到着するのももう直ぐだという事は確実だろうが。

彼女に待ち構えている素敵過ぎる未来を考えると、彼女の行く先は彼女にとってのヘル。

彼女の欲望対象など完全に無くなってしまった、彼女の暴走必死の現状があるだろう。





で、再び発令所、マヤから一通りの説明を受けて男二人は混乱と恐怖の境地に居たりする。

本来ならマヤの話した内容など悪い冗談に聞こえそうな内容だが、目の前であれだけの惨殺劇を見せ付けられては信用するしかない、彼らには目前に迫った死が自覚できていた。

特に髭外道、この男自分が死なないためなら今まで何でもしてきた男なのだ、いや死なない為というか自分の立場やその他諸々が危うくなりそうというだけでかなり外道な手段を使って今の立場を築いた男、しかも臆病者の小心者。

目の前の死に向かって立ち向かったり、諦めたり出来る潔い人間ではない。

傍目には何時ものお決まりポーズで動揺を悟られないようにしているが、ケージでの狼狽振りが完全に記憶に残っているリツコ辺りには恐怖で脅えているのが丸判りだったりする。

「どうする碇、このままでは我々は殺されてしまうぞ」

こっちは切羽詰った声で、慌てている老人、老人でも死ぬのは嫌らしい。

内心慌てているのに頑なにお気に入りの威圧的と思っているポーズを崩さず髭が。

「交渉すればいい。問題ない」

何が問題ないのだろう、“零崎”が金で請け負って仕事をする“殺し屋”でないのは説明を受けたばかりだろうに、他にも手札があるのか、金と暴力以外に。

「どう交渉するのだ。先ず話し合いに応じてくれるかどうかすら判らんのだぞ。本当に貴様の遺言を聞いたら即、殺されかねない現状なのだぞ」

どうやら電柱外道のほうが正しく零崎を理解しているようだ。

現実把握能力は電柱のほうが高いと常々思ってはいたが、髭は妄想癖でも有りそうだし。

「所詮は個人だろう、全国指名手配すると脅せばいい。この国で生きていけないようになるならば従うだろう」

「我々が其れを為す前に殺されると思うが、今現在目の前にいるのだぞ」

やはり妄想していただけだったか。

それ以前に警察機構のトップも“零崎”の存在ぐらいは知っているだろうから、どれだけ犯罪を犯されようと、表向きには絶対に指名手配はしないだろうが、殺される警官が大量発生するだけだ。

裏社会でも幾ら高額の賞金を掛けても腕のいい人間ほど裏に精通しているだろうから“零崎”との対立は絶対回避、零崎約二十五人との敵対など、狂気の沙汰でしかない。

大体このような無価値な問答が続けられていたりする。

その傍らで彼等を傍観するリツコは自分を脅かしていた男の本質を完全に掴んでいくこることに、当の脅迫者本人が気付いていないのがまた滑稽か。

男が最も嫌う自分の本質を他人に知られ見下される行為が自分の飼い犬にされているのに。

そして無駄な論議は繰り返される、建設的な意見が愚者二人の間で交わされることがあるのだろうか。





そして満をじして、それとも遅ればせながら、双識達が待ち構えていた主賓達がこの場に登場する刻限が迫ったようだ、図らずとも時が一致した二組の侵入者十一名。

“人類最強の請負人”、“戯言遣い”、“死線の蒼”、“赤の魔術師”、“人間失格”、“病蜘蛛”、“人喰い”“七愚人候補”、“最高の殺害技能者”、“調べ屋”。

彼等と彼女等の登場だ、余興と言う名のパーティに相応しい面子の揃い踏み。

因みに感染牛はここしかくることが出来ない筈なのに何処かで潤達に追い抜かれたようで、ある意味器用な方向音痴振りである。





さぁ、物語が動き出す、世界を巻き込んだ大喧嘩が渦を巻く、殺人鬼、天才、魔術師、人類最強にとっての“余興”は既に始まっている、売られた喧嘩に対する宣戦布告の用意は整った、喧嘩を売られた側の顔ぶれは揃ったのだから。

誰に喧嘩を売ったかを教えてやれ、何も知らない哀れな子羊の群れたるスタッフに、其れを率いる悪逆たる愚者に、徹底的に徹頭徹尾教えてやれ、自分達の存在を。

自分達では役不足だという事を理解させてやれ。

口火を切るのは“人類最強の請負人”、哀川潤。










To be continued...


(あとがき)

今回はここまで、何とも中途半端な終わり方ですがここまで、キャラもある程度は出てきました、でも話はぜんぜん進んでいないと言う悪循環。
因みに今回文字数五万と自己最高記録を樹立、其れなのに進んでいない体たらく。
困ったものです。
今の所出す予定のキャラは、巫女子ちゃん、子萩ちゃん、鈴無さん、みいこさん、石丸小唄(哀川さんではなく)、木賀峰約、“街(零崎軋識)”、他にもリクエストは受け付けます。
因みに作者はみいこさんラブー、理澄ちゃんラブーな人なのであしからず、その次は巫女子ちゃん、哀川さんかな。
後前回の後書きで書き忘れたんですけど、この作品は何でもクロスさせますので世界観を壊さない程度のキャラなら他からも引っ張ってくるかもしれません。
其方でリクエストがありましたら其れも受け付けます。
月姫のアルクゥエイド嬢とか(でも作者は月姫プレイしたことはありません)。



(ご要望に応えて、ながちゃん@管理人のコメント)

いやー、すごいッスねぇー。よくもこんなに書けるもんだ。一般人とは脳ミソの造りがどこか違うのでしょうか?(おい)
管理人は小説をまったく読まない(買ったことすらない)ダメ人間なので、今回のクロスネタもまったく知りませんでした(汗)。
(空の境界は、月姫をプレイした関係で名前だけはなんとか知っていましたが…後は全滅です。ゴメンなさい)
しかし、それでも読んでいくうちにかなり惹き込まれましたよ。
極悪非道な殺人鬼…いいッスねぇー。まさかこんな痛快なモンがあるとは…。
さて、具体的な感想ですが…
生身(?)で使徒を葬りますかっ!?アンタら何者っ!?ハッキリ言ってもうエヴァなんて要らないじゃん!てな感じです。
いやー凄すぎですな、ホント(笑)。相対的に鬚をコケにしてなおグッド〜♪
これから「失格」になった人間(ネルフ職員)を狩り始めるのでしょうか?いや是非ともそうなって欲しい!(少なくとも危害を加えてきたバカには容赦ありませんよね?)
レギュラー陣であっても、躊躇なく殺って欲しいです♪
しかし鬚はバカですねぇー。この期に及んでまだ息子を何とかできると思っているし…。
こりゃ、後々痛い目をみるのは必至ですな(ニヤリ)。
次話を楽しみにしております〜♪(BSE牛もそろそろ参戦してくるのかな〜)

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