殺人鬼と天才と魔術師と

第三話 殺戮劇 《出夢君登場!!!!》

presented by sara様


さてさて物語の始まり、役者は揃い、場は整い、時節は揃った。

この度この時この先の物語、戯言の物語、総じて総じて極めつけの戯言物語、滅茶苦茶にて支離滅裂、複雑難解にて単純明瞭、意味不明にて意味明全、画一にして無限な物語、終焉に向けて進む物語、開幕に向けて進む物語、停滞を脱して進む物語。

悲劇で、喜劇で、惨劇で、殺人劇で、殺戮劇で詭弁を弄し真実を弄し、言葉を語り、言葉を騙る物語、救いようが無いほど人が死に、愉快なほどに人が死ぬ、大勢大量に人が死んで、死んで、死にまくる、そんな、そんな物語、救いの限りが無い物語、救われない物語、救われた物語、到達できない物語。

だがまだ序盤、これからの物語、これからに続く物語、醜悪で害悪で有害な、愉快で愉悦で有益な、常軌を逸した物語、常軌を逸するしかなかった物語、ここから出るもの全てが全て普遍を逸脱し、普通を投げ捨て、当たり前を超越してしまった人間たち。

苦しい、悲しい、楽しい、嬉しい、何が何やら、何がどうやらわからない、はっきりしているのはこの物語に救いが無く、救いようが無く、そんな、そんな物語というだけ。

だが人は揃った、停滞の物語の後には加速する物語、物語が加速する物語、加速を促される物語を描くとしよう、どんな物語となるかどんな物語を弄するのか、それを読み上げる登場人物はそろいに揃った、キャストは揃いに揃い、物語は加速する。

始まりの終わりに向けて加速する物語を演じるキャストは揃ったのだから。

自殺志願。
二十人目の地獄。
零崎長兄。

人間失格。
零崎の鬼子。
背反同一存在一。

市井遊馬の弟子。
ジグザグの後継者。
ジグザグな後継者。

人類最強の赤色。
赤い請負人。
死色の真紅。

青いサヴァン。
死線の蒼。
無垢なる悪魔。

戯言遣い。
欠陥製品。
背反同一存在弐。

青田刈り。
生物解剖学。
真実天才。

常笑者。
選ばないことを選択した者。
快楽主義者。

魔眼遣い。
両儀なる者。
ガランドウの刃。

ストーカー。
不屈者。
ガランドウの鞘。

赤の魔術師。
穢れた赤。
赤い不死者。

零崎の姫君。
到達できない者。
求愛者。

人喰い。
一人で二人、二人で一人。
功罪の仔。

徹頭徹尾な殺人鬼。
徹頭徹尾の殺人鬼。
徹頭徹尾で殺人鬼。

奇しくも十四人、人類最強を筆頭とした仮初の≪十三階段≫の揃い踏み、奇しくも偶然の≪十三階段≫





では開幕、これより救いも無い、到達もないただ停滞から加速に移る物語。

戯言に付き合う気があるのならば語るとしよう、血の物語を。





哀川潤、“人類最強の請負人”、彼女を知る誰もが彼女がそのような二つ名で呼ばれることに疑問も疑義も反論も何も付けない、正確には何も付けられない、誰もがそれを認めてしまう、誰もがその呼称を彼女に対して赦してしまう、大体において“人類最強”などという世迷い言の様な単語でさえ彼女にはよく似合う、いやそれ以外を当て嵌める事が出来ないと正確に描写するべきか、彼女が言葉の綾ではなく“人類最強”であると。

それは厳然たる事実、現実に於いて彼女は正に“人類最強”。

戯言めいた“人類最強”という称号にこれほど相応しい女性も他に要るまい、いや性の男女を問うまでも無く、存在に於いて“最強”が相応しい存在、そんな存在が現実に存在しうるのかと問われれば、答えは否、だが事実は肯定。

現実に存在する以上否定に意味は無く肯定にしか選択は与えられない、矛盾した回答だが現実として存在するはずが無い最強が存在している、強過ぎて、凄過ぎて、無敵過ぎて、そして何より彼女は“そう”、“人類最強”。

事実“そう”である以前に彼女は最強、彼女の存在が、彼女の雰囲気が、彼女の言葉が、彼女の行動が、彼女の姿が、彼女の仕種が、彼女の全てが、彼女を“人類最強”という位置付けを認めてしまっている、誰も彼もが彼女が“そう”であることに文句が付けられないくらいに、彼女は“最強”。

それが既に前提として存在してしまっている、周囲の認識が彼女は最強であること、それが前提として存在できるほどに“彼女”は、最強に過ぎる、無論こんな言葉遊びは戯言に過ぎないのだけど、戯言に過ぎないのだけど、戯言では済まされない事実。

故に彼女は常に常に退屈なのだ、最強になってしまったその瞬間から、彼女は退屈極まりない。

最強とは頂点に立つという事、頂点に達してしまえば自分と拮抗する相手など存在しないのだから、最強となって最強のスペックを振るえないというのは退屈なものだろうよ。

特に自分の力を試したくて仕方が無い哀川潤にしてみれば、苦痛すら感じるだろう。

対極存在がいないということは、競い合う相手がいないということは、全力を行使することが出来ないということは退屈に過ぎるだろう、その苦痛すら感じる退屈な世界に怒りを常に抱いているだろうよ、自分より弱い世界に対して。

だから彼女はいつも怒っている。





「よぅ、零崎共。派手に殺っているな、まるで手加減の欠片も見受けられない。容赦なく派手に無茶に殺しまくりやがって。お前らに殺しを控えろとも言わないが、控えられるとも思わないが。もう少しスマートにやれっつーんだ。ここに来るまでに靴が汚れるし、気分が悪くなる。後零崎神識、先ずは最初の依頼達成だ。おっと礼は要らない、久々に楽しめた。中々にスリルに満ちていたぜ」

本当に楽しかったのか何時もの怒った顔ではなく皮肉気な笑顔、微笑みとは遠いかもしれないが多少の満足が伺える表情、そんな表情を浮かべ、赤い女性は続ける。

「あたしはあんたに感謝しているんだ、こいつは特例だぜ。あたしが零崎に巻き込まれて感謝するなんて前代未聞、笑っちまうぐらいに特別だ。だから礼は要らない。不要な礼はあたしに対する侮辱ととるぜ。手前のことだから私に対して礼を失するとは思っていないがね。あたしに対する非礼は無いと思ってるぜぇ。愛しの神識」

血の河が形成されていた通路から発令所に向かって歩いてくる一団、先頭を歩くスタイリッシュな赤いスーツを纏った美人と評していい女性、哀川潤が零崎達に向けて声を掛け。

潤の表情には皮肉な笑みの他に何かを期待するような表情、これからの余興に対する興味だろうか、これからの喜劇に対する興味だろうか、まるで子供のよう、まるで、まるで、純朴な子供のように期待に満ちている、純朴に惨劇を、喜劇を、悲劇を、争いを、闘争を、競り合いを期待している。

血の海を闊歩して来た常人のする表情とは断じて違う、まぁ、最初から常人などこの場にはただの一人もいないのだろうが、敵も味方も、それ以外も全てが全て常軌を逸した連中の巣窟だ。

この穴倉は、存在自体が異常だ。

だから異常の中での異常は正常、彼女は苦痛すら感じる退屈を紛らわすイベントに心躍っている、まるで遊園地を前にした幼子のように、開演を待つ映画の観客のように。

声は緊張に満ちたこの空間には余りにも不似合いなほど何の気負いもなく、何の緊張も無い、ただの挨拶、言の葉はともかく雰囲気は挨拶の空気と変わらない。

ただ其の言葉に僅かな満足感に満ちていた、彼女にとってはあの一方的な狙撃はそれなりに楽しめた事柄だったのか、無論一方的に見えて使われた技術は高度以外の何者でもないだろう、あの針の穴を貫くような超精密狙撃による生物同士の殺し合いは、それなりに彼女の性能を引き出した戦いだったのなら彼女が満足を感じたのも考えられる。

だが、その普通を孕んだ声はこの場ではあまりに不似合いだよ、死者の巣窟と化し、これから死に逝く可能性を孕んだ者達のいる場所では、死の緊張感の蔓延したこの空間では。

普通こそが最大の異質、最上の違和感、最高の矛盾、異常こそが正常。

彼女の言葉はそれほどそぐわないと言うわけでもなかったがね、これから続くほかの面子に比べるならば彼女はまだ常識的だろう、其の人格と能力はさておいて、無論もっと常識的な面子もいるのだろうが、それは少数派、少数派だよ、常識的な人間というのはね、若干人間かどうかも怪しい連中も混ざっていることだし。

彼女の後ろに続いているのが人間の成れの果ての中を歩いてくる十人、揃いも揃ってこの場には相応しいと言える人間ではないだろう、少なくとも外見を見ただけならば、外見だけを見るならば殺人鬼たる零崎の連中も言えたことではないのだろうが、これからの十人も負けず劣らず場には相応しくない、何より若いし容貌に危険なものを携えている種類の人間などいはしない、剣呑さなど持ち合わせてはいない。

だが、揃いも揃って異種異様、多種多様に折々様々な奇人変人、千客万来。

本人達が自分達をそのように定義しているかどうかはこの際問題ではない、この複雑怪奇にて単純明快、不透明にて単一定理に支配されたこの連中。

自覚症状の有無などこの際に置いては些細に過ぎる問題だろう。

その異種異様にて多種多様な呼ばれもしていない客人達。

青い髪の少女、見た目は平凡な男性二人、白衣の女性二人に、和服に皮ジャンの少女、黒いマントを羽織った少女、制服を着た少女、ストリート系のファッションの少年が一人、そしてトランクを、恐らく血が付かないように抱え上げた女性。

血の道、正に血路を歩いて幾人かはまるで臆する事無く表情はのほほんとしたものだ。

不快そうにしているのはトランクを抱えることになった蒼崎橙子と、この手のことに免疫のない黒桐幹也、免疫はあるがやはり気分がいいものではないのか両儀式、彼女等ぐらいのものだ、彼と彼女はまだそれほど普遍から外れた存在ではないからだろうが。

そしてこれからも普遍からそうそうは外れる存在ではないだろうから。

それでも魑魅魍魎の仲間入りをしていることには違いないだろうが、普通からは逸脱し普遍に何とか指を掛けている存在に違いないだろう。

それは僅かな差でしかない、僅か過ぎる差でしかない、そんな差でも大きな差ではあるだろうが、それだけに過ぎない。

完全に踏み外し普遍から逸脱している人識は「派手にやりやがって、兄貴達も」と冷めた口調で皮肉気に呟いただけ、それ程血と肉が散乱する光景に興味を覚えておらず、ただの感想を呟いたような感じだ、まぁ、其の通りなのだろうが。

彼は好んで殺人を嗜好するような趣味は持ち合わせていない、それは零崎の誰に於いても同じことだろう、零崎の総意として殺人は須らく「つまらない事」なのだろうから。

血や、人間の成れの果てや、はたまた苦悶の表情に心躍る下種とは一線を画す存在、それが殺人鬼、それが零崎人識、それが零崎一賊。

彼らは殺人快楽者ではない。

彼らは性質として殺人鬼であるから殺人をするだけだ、呼吸をするのと同じような意味合い以上を殺人に持ち合わせていない、持ち合わすことなど出来ない。

呼吸をするのに態々意味づけを考える人間は稀有だろう、確かに呼吸には生存のための酸素の吸入と不要になった二酸化炭素の排出といった意味はあるが、それを意識して行う人間は絶無といっていい程皆無なはずだ。

だからどこかの人類最悪は零崎一賊を、こう評したものだぜ。

あいつ等は、零崎は≪悪≫ですらない、と。

最悪であるはずの零崎にそういった評価を下した人類最悪は、最悪存在である零崎に対して≪悪≫ではないと、正確には≪悪≫にすらなれない、最悪が≪悪≫にすらなれないと。

殺人鬼の集団、この世で最も敵に回すのを忌避される醜悪なる軍隊、この世で最も味方に回すのを忌避される最悪なる群体、邪悪と冒涜の宝庫、≪殺し名≫最悪と評されても。

零崎は≪悪≫ですらないと≪悪≫にすらなれないと。

これはどういうことだろう。

まぁ、戯言を弄するならばこう答えよう、呼吸することが罪悪で無いとするならば、同意義で殺戮をすることもまた罪悪ではないと、そして罪悪を犯さない最悪は≪悪≫ではない。





そして、その≪悪≫にすらなれない最悪は語る。

「まぁ、そうおっしゃるなら礼は述べませんが。其方が協力者の方達ですか、私が零崎神識。この度は私の依頼に協力くださり礼を述べましょう。ありがとうと。後、潤さんの愛は戯言遣いさんにでもまわしてあげてください。丁重に遠慮します」

潤の言葉に従い礼を述べず、顔を知らない橙子と式、幹也に頭を下げる神識。

最後の言葉は苦笑と共に紡ぎ潤もまた苦笑し「つれないねぇ。いーたんで我慢しとけってか」とかたれていたが、この言葉に戯言遣いがどう反応するかは、知らん。

無論、式も幹也も“零崎”についての説明は当の“零崎”人識から聞かされている(人識の説明はかなりのところで大雑把ではあったが、意味を通じさせるには十分に過ぎた)、目の前で柔和な笑顔を浮かべて礼を述べている少年が殺人鬼という事は承知しているだろう。

だがもし彼等は神識が夥しい血液を浴びた姿でなく、そしてこのような無粋な場で会わなければ彼を殺人鬼だと思うだろうか、それは舞織や双識、人識にも言えることだろうが“零崎”は異常でありながら、その“性質”というものが普通からかけ離させている要因。

傍目に“零崎”は普通に映るだろう、彼等がどれだけ“化物”だろうと、確かに変人とは映るだろうが、それは“普通”の範疇の内、化物が普通という殻を被った存在。

普遍すら踏み外した存在が普通を演じている、いや演じる必要すらない、一部を除いて彼等は普通であり普遍の枠内に存在しているのだから。

だが故に薄皮の先の零崎は徹頭徹尾、其のホンの僅かな差で完全無欠に殺人鬼、それを理解して相対できるものはそれだけで賞賛に値するクソ度胸の持ち主。

そして彼等はそのクソ度胸の持ち主達。

「いや、私も礼は要らない。この素晴らしい余興への参加には感謝している。老人会の連中にも一泡吹かせてやりたいのが本心だからな。礼を述べるのは此方のほうだ」

神識の礼の言葉に橙子も礼の言葉で返す、真実彼女は感謝しているだろうし、正確には彼女“だけ”が感謝しているのだろうが、彼女は神識が殺人鬼であろうとどうでもいい、“人類最強”が自分たちに“零崎”は危害を加えない、そう保証するなら、その保証は正しく、破られることは無いと確信している。

その確信は不文律。

“人類最強”と“零崎一賊”どちらもどちらを敵対するには互いに最悪と評し敵対絶対回避を考える同士、彼女と彼等の二者間の約定は違えられない、それは確信出来る。

“人類最強”の怒りを買えば“零崎一賊”は滅びる、其れは絶対確実な予想未来、いや、予想ですらない確定事実。

彼女が目の前の“零崎”しか罰しなかったとしても“零崎”は“家族”を殺した彼女を赦さない、彼女を殺すまで彼女を付け狙い、一人一人と殺されようと彼女に挑み続ける。

それは“零崎”が滅ぶまで闘争は続き、不毛な戦いは“零崎”が地上から一人残らず殺戮されるまで続く、“人類最強”がどれだけ強大だろうと、止められることは考えられない。

零崎は殺人鬼で在ると共に、家族の為には何でも、どんなことでも、それこそ人類大虐殺でもやってのける連中、ただ家族の為だけに行動出来る連中、故に報復は絶対に達成する。

相手がどんな存在であろうとも、相手がどんな連中であろうとも、零崎はその報復に躊躇わない、相手が誰であろうとも。

逆に“零崎一賊”の怒りを買えば、彼女自身は生き残れるだろうが、彼女の身内はその限りではない、“零崎”は自分達に敵対したものに容赦など欠片もしない、彼女の関係者、関係の薄い、濃いに関わらず皆殺し、彼女を取り巻く全てを巻き込む。

それは見せしめであり、復讐でもある。

それは“人類最強”たる彼女の望むところではなく、彼女とて零崎相手に自分の回り全てを守りきるという事は不可能なこと、複数人が同時に掛かれば彼女とて其のスペックを出さざるを得ない状況、其の状況で他人などかまけてはいられない。

故に“人類最強”と“零崎一賊”の二者間での闘争は絶対回避、どちらも救いようが無いまで殺し合いを続けて、どれだけの被害を振り撒いて、そして結果は恐らくは“人類最強”一人だけが生き残る、結果の見えた出来レース。

どちらもそれは望まない、故にどちらも約定は違えない、身内に手を出さないと保証した以上、絶対に何があっても手は出さない、橙子はそれを理解して、“零崎”が殺人鬼であろうとどうでもいいと考えている、自分達に牙さえ剥かなければ“最悪“ではないのだから。

“零崎”が最悪なのは、牙を剥かれた相手のみ、“零崎の敵”となった瞬間から“最悪”。

“最悪”が牙を見せた瞬間から、“最悪”は襲い掛かってくる、それはただの不運か、それとも己の業故か、それは当事者の問題だろう、無論味方にしても最悪には違いないだろうがね。

まぁ、彼女の身内は血塗れの“零崎”達の存在を教えられていても、警戒を捨て去るのには当分は無理そうだが、彼等は未だ“人類最強”の最強過ぎるスペックを知らないのだから、目の前の異形はあまりに彼等を縛る常識からはかけ離れている。

両儀式をもってしても戦慄を覚えさせる存在、それが“零崎”、殺し名第三位、そして殺し名最悪、零崎一賊。

だが、傍らから見ればその光景はなんとも間が抜けている、殺戮の空気の中で日常の挨拶を行っているのは間が抜けているに過ぎる。

ついでにこの会話の最中以前から微妙に式が幹也を庇う位置取りで足を運んでいるのはご愛嬌といったところか、この二人は変な所で互いに依存し、支えあっている節がある。





で、特にこいつ等は、間が抜けているというか完全に空気を無視しているし、このお気楽空間に晒されるネルフ側の人間の精神衛生上の問題は・・・・知らん、本当に知らん。

「うにー。いおちゃん、ハロー。肉声で挨拶交わすのは二十七時間三十一分五十秒振り。僕様ちゃんはいおちゃんの役に立ったのかな。役に立ったのなら僕様ちゃんとしては嬉しいな。十七分間苦心してソフトを作り上げた価値があるってもんだよ」

更に場に似つかわしくない声を発するのは蒼い髪の少女“蒼いサヴァン”と称され“死線の蒼”と称される真実天才、玖渚友、そのスペックは専門分野であれば“七愚人”(七愚人は専門分野という枠を持たない)を超越する天才、齢十九にしてある意味世界の頂点に立った少女、たった一人で世界を混乱に導ける能力を持った一人。

それは第七世代有機コンピューター“MAGI”を、この愚者の楽園では世界最高のコンピューターだと思われ妄信されていたものを、そして実際に世界の中では最高水準に列せられている物を、只の一人で陥落し、只の十七分で自由に操作出来るソフトを立ち上げる。

因みにこの世界の情報技術の覇権は彼女の“チーム”が作り上げたシステムや、“ER3”で用いられているコンピューターのほうが性能としては格段に上なのだが、閉鎖的なこの組織の人間はその現状を知らない、まぁ一般社会に存在しうるものの中ではトップといってもいいだろうが、“チーム”や“ER3”と比べるほうが哀れと言うものだ、比較にならない。

ついでにER3はその研究内容を外部に漏らすことは無いので中で何をやっているか知ることは難しいし、この楼閣の保持する特務権限が通用するほど甘い連中が根城を張っているわけでもないので知りようが無いといったほうがこの場合正確かもしれないが。

知ったところで対抗の仕様などあるはずも無い。

並が競争対象として考えるほうが間違っている、完全にイカレタ天才集団と凡俗の集まりでは、基準が違う、求めるものが違う。

天才が考えるのは実用など徹頭徹尾廃し、営利など完全無欠に無視し、汎用など指の先ほども考えず、己自身が使うことを優先して自分の研究に役立て、其の知識を発展し、欲望を知識欲という欲望を満たす、其の欲に集中して得られたシステム、人間の最も凄まじいエネルギー源、欲望を糧とし、其の余りある才能を惜しみなく注ぎ込んだものとくらぶるほうが間違っている。

ただ単純に一点特化されたシステムと汎用用途を考えられたシステム、差が出るのは必然。

そして何より製作者のスペックが離れすぎている、ただ彼女は溢れるばかりの才覚を呼吸するように扱えてしまうのだろうが。

で、知に対する欲望の権化(彼女はそれだけでもないだろうが)である蒼い天才少女は年齢以下の幼さで血塗れの少女に無垢な笑顔を向ける、彼女にとって自分の友達が殺人鬼であろうとなんだろうと関係ない、彼女は才人だが才人ゆえに凡人の枠からは外れて生きている、故に“零崎”は恐れるが、“零崎舞織”は恐れない。

彼女が恐れるのは“零崎一賊”であって、顔を知った“零崎”個人ではない。

「役に立ちましたよ、友ちゃん。感謝の印にハグしちゃいたいです、ハグしちゃいます。ああっ、でも私は今血塗れなのです、友ちゃんストップ、汚れちゃいます」

舞織が血塗れの腕を広げて、そして自分の血に気付いて友を止めようとしたときにはもう遅く“戯言遣い”と繋いでいた手を外して物凄い勢いで舞織に走りより、きっかり一メートル手前でダイブ、友は血に汚れるにも構わずに舞織に抱きついた。

その行動に血に対する嫌悪は感じられない、拒絶など微塵も無い。

戯言遣いに対する行動と同じく打算無い情愛を振りまく行動、無垢なる愛を感じさせる行動、そして彼女自身が愛を求める行動。

「僕様ちゃんはそんなこと気にしないからね、ほらギューっとしてくれると嬉しいな、さっきまでいーちゃんにして貰ってたけど、いおちゃんでも充電必要。ちょっとばかし疲れたしね、旧型とはいえ案外疲れたよ。でも可笑しいね十分以上制御できるなんて思わなかったよ。不思議、不思議(因みに今現在も支配下に置いています)」

その友の言葉に従って、舞織も友をギューっとばかりに抱き締める。

舞織にとっても友の態度は掛替えの無いものなのかもしれない、“殺人鬼”として目覚めたその時より家族以外に心開くことは出来ることは無く、誰も彼もが彼女を受け入れない、彼女は家族以外と永劫の孤独を約束された存在が、家族以外の温かさに触れ合うことが出来る、そんな存在である玖渚友は零崎舞織にとってとても暖かく、とても心地いいだろう。

満面の笑みで血に塗れるのも構わずに舞織に抱き締められる友、其処には本当に無垢な微笑みがあり、姉妹のような、親友のような気安さがあり、暖かさがある、最悪なる殺人鬼と至上の天才の顔は其処には無い、それは孤高の天才と孤独な殺人鬼の抱擁。

そしてこの場にはそぐわないこと甚だしい、血が池を作り人間の破片が散らばる場所ではどんな無垢な情景も場違いだ。

この場に相応しいのは前以上の惨劇、惨劇以外は何もかにもが胡散臭い、それでも無垢な少女との抱擁は場違いなりに絵になっていたが、そのどこまでもやさしさを感じさせる抱擁は。

そして残りの一組、更に場にそぐわない連中、ここはある意味においては惨劇かもしれないが、それが場に適した惨劇ではないだろう。

絶対に。

「欠陥製品。美女、美少女をはべらかして中々楽しそうな状態だな、おい。色々と」

人識がいーちゃんに向かって、思いっ切り皮肉交じりにそう言葉をかける、確かにいーちゃんは今現在でさえ心視と春日に両腕を確保されたままだったのだ、確かに人識の言葉の通りに中々に愉快な状況だろう、中々にね。

愉快が、喜怒哀楽の喜ではなくおそらく哀に対してだろうが、それは些細なこととして十分にて十全、この状態で友と手を繋いでここまで来たのだからある意味では対したものだ。

因みに人識の言っている美少女は三好心視のことである、三好心視二十八歳(多分)、人識(多分十六歳)から見ても美少女に見えるようである、正しく化物、永遠のロリィ

何故か零崎一賊よりも個人的に化け物かと思える容姿(おそらく飛天御剣流を使えるかもしれない)。

「人間失格、変わるか。僕としては是非とも変わってもらいたいんだけど。こんなオバサンよりも理澄ちゃんや姫ちゃんに抱きつかれたほうが僕も嬉しい」

とんでもない事をさらりと言う戯言遣い、鬱陶しい女性科学者二人のせいで心がささくれ立っていたのかもしれない、自身を追い詰める暴言としては最上級の暴言を吐いている、勿論自覚は無いのだろうが、自覚があったら自殺志願者だろう、それともこれが戯言の中の戯言か?戯言遣い。

「激しく遠慮させてもらうぜ。欠陥製品」

人識はあっさりいーちゃんの申し出を拒否してくれやがる、多分コイツはこれからどうなるかを確実に察している、だってニヤニヤ愉快そうに笑っている、人識の期待するこれからはほぼ確実に始まるだろう、今この時だけ“自殺志願”となった“戯言遣い”をいびる、乙女の報復が。

だが報復の前で余興でも交えようか抱腹絶倒な修羅場を前に少女の痴れ言を。

“戯言遣い”の後ろのほうにいた姫ちゃんと理澄ちゃんは愚かな戯言言葉に嬉しそうに、本当に嬉しそうに。

「師匠、姫ちゃんだったら何時でもいいですよぅ。師匠を抱っこしてあげてもいいんです。姫ちゃんは若いピチピチの女子高生ですから、師匠のお好みにピッタリです。でもそれなら心視ちゃんもそうですかねぇ」

「それは違う」

心視は何度も言いますが二十八歳です、色々意見はありますがピチピチではありません(女子高生や、確か肉体年齢二十二歳の理澄ちゃんに比べて、因みに理澄ちゃんは精神年齢十六歳か十七歳、外見もそんなもんです)。

「いーちゃんはあたしのことがお好みなんだね。だったら抱きついてあげるぐらいはいいんけど、それ以上のことはここでは恥ずかしいね、いーちゃんの事は大好きだけど。続きは夜のベッドの上なんだねっ!」

元気よくその手のことを言わないでください理澄ちゃん、“戯言使い”の人格が疑われるから、まぁ、確かに救いようが無いくらい、“戯言使い”は問題のある人格を所有しているけど、その手の鬼畜な人格は所有していない筈(大十字九郎とか)?

本人は激しく自分は鬼畜少女趣味変態異常性欲者であることだけは否定してくれやがるのだから、人類最悪と罵られようと、欠陥製品を自称しようとその辺は譲れないのだろう、人として、男として、自己の蒙昧な存在にかけて、因みに何故?マークなのかはあえて突っ込まないように。

外見二人共美少女女子高生に見える二人に素直に迫られている戯言使いに微妙にムカつきとか苛立ちとかを覚える次第なのだが、それは人間、特に男性心理の根本的なものなので捨て置くとして、戯言使いが女子高生に迫られる幸福をそのまま享受することが赦されるわけが無い、あのような自らの命を投げ打つような暴言を吐き出した後には特に。

本人曰く“まだ若い”、“お姉さん”、と称する実際二十代後半(実は心視は三十一ぐらいらしいが)の妙齢の美女に対してある意味トンデモな失礼発言をかましてくれた“戯言遣い”、彼に身の安全は保証できない、保証する意味も無い、意味の定義が虚しくなる位の必然。

何せ“お姉さん”と自称する“二十代後半(三十代前半)の美女”に向かって“オバサン”発言。

その言葉で顔は菩薩、心は羅刹となった“自称乙女”、三好心視、春日井春日、マッドで性格が判別し辛く、何を考えているか判らないが多分快楽主義者、ついでに絶対にS、殺して欲しいのだろうか欠陥製品。

「グッ、ッゥ!!!」

突然“戯言遣い”が苦悶の声を上げる。

原因は彼の両脇にいる女性がガッシリと、そうガッシリと腕に抱きついている、先程までの微妙にイヤラシイ抱きつき方ではなく、両腕で“戯言遣い”の腕にピッタリと抱きつき、その指は何の狂いも無く一ミリの誤差も無く、腕の痛点(急所のようなもの、圧迫されるととんでもないなく痛い、拷問に使用できるくらい)を押さえつけていた(判りやすいので云えば爪の付け根の部分を強く圧迫するとかなり痛い)。

「我が生徒、ウチが何やって、ウチの事さっきなんて形容しよった、もう一度言うてみいや、誰が何やって。ああ、言いたないのんやったら言わんでもええ、あんたの扱いが変わる訳やあらへんから。あんたには本格的な仕置きが必要なようやつーんがわかった以上変更なんてあらへんねんからなぁ。アンタがマゾやいう噂もあながち間違いちゃうんちゃう?まぁ、マゾでもノーマルでも二度とそないな戯言いえへんように本格的に調教したるから、今夜ウチの部屋にきい、“戯言遣い”モンキー・トーク逃げたらわかっとるな

外見美少女、中身妙齢の美女、もとい美少女マッドサイエンティスト三好心視、サディスティックな笑みを表情の柔らかな笑みで覆い隠しているが非情に怖い、体の奥から滲み出している何かがとっても怖い、しかも人体解剖ならば世界でぶっちぎりの権威、心視に圧迫されている急所はかなりの痛みを“戯言遣い”に与えている、勿論彼女のお仕置きに“解剖”という単語が浮かんだり浮かばなかったり。

「心視ちゃん。奇遇ですねぇ、私も今夜いっきーに用事がたった今本当に今この時に必然的偶発に出来たのですよ。ご一緒していいですね、心視ちゃん」

聞き方が許可を求めるのではなく、既に参加が前提となっていないか春日井春日。

しかも理由のつけ方が何とも貴女らしい。

こちらは無表情の笑みという何とも形容しがたい表情を作って、だがその張り付いたような微笑が怖さを倍増しているのだが、この二人が揃って今夜“戯言遣い”に何をするつもりなのだろうか、ナニかもしれないしナニかもしれないが(敢えて名称表現は避けます、かなり苛烈な行為だと言うのは確実なのです)。

「かまへん、かまへん。一緒に楽しもうや、春日。我が生徒の鳴き声、BGMとしてはさぞ耳に心地ええ調べになるやろうからなぁ」

とっても恐ろしい事とだけは明言する。

以後恐ろしい語らいが続くがそれは割愛する、きりが無いし、それにそろそろこんな馬鹿話を続けていはいられない、一応はあまりの事態の急変に戸惑って声も出せなかったネルフの連中の意識がある程度正常に戻りつつあるから。

ただ、別の意味でこの場は惨劇が起こっていたといえなくも無い、やはり意味という定義においては違う惨劇だろう。





因みに双識は話し相手がいなかったりする、正確には挨拶する相手なのだが。

彼、一応はネルフの面子の行動を監視はしていたのだが、なんとなく寂しそうにも見えたり見えなかったり、殺人鬼といえど寂しさは感じるのだから寂しそうに見えたのなら彼は寂しかったのかもしれない。





完全に侵入者に無視されているネルフスタッフ、と言ってもこの零崎と侵入者達の邂逅は数分にも満たないことなのだが、放置されているほうもいい加減に現実を認識しマトモな反応を返せるくらいには意識と自己の認識能力を回復している。

目の前で繰り広げられている場違いな光景が受け入れ難いだけ、あまりに先ほどと空気が違う、殺伐とした空気ではない空気に戸惑いを覚え介入できない、故に沈黙を守った。

もしくは誰かが動き出すのを待っていたのかもしれないが、自分で無い誰かが自分が動き出すきっかけを引くことを待ち侘びていたのかもしれない、その身に焼きついた恐怖には動き出すきっかけが必要だろうから。

恐怖に脅え、更に予定外のイレギュラーに戸惑う男と老人、自身の母の遺作と言えるMAGIの現在の状態に思い至った女性、零崎に恐怖の視線を投げかけ続ける女性オペレーター、そして同じく恐怖に脅え戸惑うスタッフ達。

誰も彼もが目の前で繰り広げられる場違いな挨拶に身を縛る恐怖から逃げおおせることに成功した、正確には緩んだというべきなのだろうが、それが戸惑いへと変じ、戸惑いが収まるまで暫しの時を要したというのが実情。

まぁ、戸惑いがそれほど長くの間人を縛りはしないだろうが、少なくとも皆殺しの恐怖に比べれば、混乱のほうが遥かに脱出は容易だろう、絶対的な恐怖に比べれば。

だが動き出すには“何か”が必要だろう、それが無ければやはり更に幾許かの時間を要するだろうから。



混乱から脱した侵入者達に声を掛けようと電柱が意識をそちらに向けようとするが。

因みにネルフのスタッフは殆どが実戦を経験していない技術スタッフやキャリア軍人、学者上がりの冬月と戦いに対する心構えや死に対する覚悟など似たようなもの、これはネルフが研究所上がりの組織である欠点、ここには本当に戦いを生業とするものなど殆ど存在していない、暴力の真の恐ろしさなど知らない人間の軍事組織、そういった矛盾集団がネルフなのである、真の暴力のプロならば何かしらの行動には既に出ていたはずだろうから。

本当の戦闘の、戦争の、戦いの玄人ならば停滞だけは選択しないこと。

戦いに於いて停止などは死と同義語である事を数分間も行えてしまう三流以下の組織、いや未だに研究機関のつもりなのかもしれないが。

所詮ネルフにとっての使徒殲滅など建前に過ぎないのだから、男の妄執と老人の愚考の末に発足された盛大な無駄遣い機関、それは軍隊の性質よりも、研究所の性質を引き摺る様をていし、効率的な軍事行動などできないという事は折り紙つき、現に先ほど迎撃に出た黒服達は小出しに出され、各個撃破の憂き目に会っている、戦力の逐次投入など愚の極みのような行為を誰も止めるでもなく行えてしまう。

誰も彼もが、その逐次投入に疑問も持たず疑義も感じない素人の集団。

その行為の愚かさを身をもって理解している人間がいないというのがネルフの抱える軍事組織としての大きな問題、いいところ軍事組織としては三流以下、世界を守ることを建前にしている軍事組織の評価がその程度とは如何なものであろうか、無論建前上の世界を守る機関なのだからその能力が建前であってもそれはそれで皮肉が効いている。

だが、有象無象の意識が動いたのなら話が進むのだろう、老人が意識を向け、口を開こうとした先は、存在感の高い零崎か赤い女だったのだろうか。

だが、規制を制するように老人が口を開く前に口火を切るのは哀川潤、ネルフの面子が正気を取り戻したのを見計らったのかどうかは知らないが、絶妙の妙の時をじして“人類最強”が唐突に、唐突に壇上に座す愚者、碇ゲンドウと愚者の協力者、冬月コウゾウのほうに目を向け、宣戦布告をした。

それは間違えようも無い宣戦布告、零崎の殺戮宣言ではなく“人類最強”としての、“人類最強”の宣戦布告、世界に対する哀川潤の宣戦布告。

それはいとも単純で、そして判り辛かった、ただ意味の分かる人間にはこれ以上恐ろしい台詞は他には無いだろうが、零崎がこの言葉を聴いたなら尻尾を巻いて逃亡を図る。

それは既に自身の生存本能ではない。

彼女に自分が殺されるわけにはいかない、彼女に自分が殺されたなら一賊は彼女が死ぬまで彼女を襲うだろう、そして殺されていく一賊、家族愛の為に彼女に殺されるわけにはいかない、自身の命よりも家族の命、それが零崎の思考基準。

零崎にそうまで考えさせる最悪の宣戦布告、それは単純明記な戦いの狼煙。

彼女を知るものならば誰もがその言葉を掛けられた瞬間に逃げを打つ、逃げに逃げて、逃げ去って、それでいて最後には・・・・・・・・・・・・・・・結果は決まっている。

「あたしは哀川潤、“人類最強”だ。手前等にはあたしのことを哀川と呼ばせてやる」

言葉は大した声量でもないのに何故か空間に響き渡った、とてもとても冷たく、軽く吐き出された言葉はとてもとても重く、とてもとても重圧的。

それは“人類最強の請負人”にとって最大にて絶対の宣戦布告、彼女は敵にしか自分の苗字を呼ばせない、断固として絶対に彼女は自分の苗字を味方には呼ばせない、敵に呼ばせ、そして他者に苗字を呼ばせるといった行為は絶対的な敵対宣言。

それは相手にとって意味の判らぬ事であろうとも哀川潤は構うまい、彼女の敵はネルフではない、ネルフの連中が判ろうが判らぬがどうでもいい、彼女の敵となりうる存在はネルフの上位組織“SEELE”、それともエキセントリックな存在である化物、使徒ぐらいのものだろうよ、彼女の退屈を紛らわし、彼女に闘争の意味を与えるのは今のネルフでは少々役不足だ。

無論、ネルフが自分達に牙を剥くのであれば徹底的に徹頭徹尾に完全無欠に灰燼残さぬまでに相手にしてくれるだろうがそれは相手をするだけ、対等に戦うのではなく相手をするだけ、この宣言はただの通牒だ。

所詮は張子の虎を頂点に頂いた砂上の楼閣、それがネルフを表す組織図だろう、ネルフなど塵芥に感じる巨大存在に比べれば愚者の楽園はとても不安定で脆弱だ。

与えられた権力に酔いしれる馬鹿が率いる組織を何故恐れる必要がある、権力に課せられる義務の意味も力に課せられる自戒の意思も持たない愚かな集団を恐れろ。

それは無理だ、何も知らない愚者を恐れろと言うのは無理な相談、ネルフが相手では“零崎”とて“人類最強”に依頼することは無かっただろう。

“零崎”が警戒したのはネルフの上位組織、“SEELE”、一つの世界を牛耳る彼らには、“零崎”とて喧嘩を売るなど考えられない、考えるに至らない、勝利は難しいなどやる前からわかっている。

だが、売られた喧嘩は、飛び来る火の粉は払わなければならない、“零崎”に敵意を向けるような連中を“零崎”は捨て置かない、飛び来る火の粉は其の火元から消し去らねばならない、それが例え世界を相手にすることになっても。

“ネルフ”が売った喧嘩は“SEELE”が売った喧嘩、零崎はそう認識している、老人会に其のつもりが無かろうと、家族に喧嘩を売った愚者の関係者、敵対するには十分過ぎる、皆殺しにするには十分過ぎる、消し潰すには十分過ぎる。

“零崎”、“人類最強”どちらも敵と認識している存在はネルフでは無いと言うのが愉快なところか、敵とさえ認識されずに、殺され尽くされているネルフとしてはたまったものではないだろう、だが手前等に敵は務まらない、“人類最強”が全力を出すには相応しくない。

潤の言葉が続く、ネルフの面々は言葉を挟んでこない、出来ないのかもしれないが。

「碇ゲンドウ、これは宣戦布告だぜ。“人類最強”の哀川がネルフにその上位組織に喧嘩を売る。“零崎”の依頼によって、手前らと完全にあたしは敵対する。いや、正確にはあたし達は敵対するってところか、“あたし達”がな」

若干の訂正を交えつつ言い切る、確かに敵対するのは“人類最強”だけではないのだから。

敵対する面子には“零崎”の他に“匂宮”、“檻神”、“両儀”、“玖渚”、“蒼崎”そうそうたる面子、確かにその末端、その一欠片にしか過ぎない存在もいる、その一欠片にしか過ぎない存在といえど、油断はならない面子ばかり。

其の言葉に、其の言葉に続いたのはネルフの面子ではなく、“請負人”の依頼人、零崎神識。

“宣戦布告”の後に続くのは“殺戮宣言”の返事を貰うことだろう、どれだけ無様な回答を用意しているかは知れたことではないが、無様な回答でも聞いてやるとは言ったのだから、言わせてはやるべきだ。

「さて、遺伝子提供者、先ほどの答えを聞きましょうか。遺言、それとも謝罪でもしますか、命乞い、交渉、謀略、姦計、言葉巧みに何を弄す、それとも力技で何をなそうとする。何を考え、何を企んだかは知りませんが、早急に述べることをお勧めいたしますよ。私はそれほど気が長いほうでも温厚なほうでもない。いやはやそれはそちらが十全に承知の上でしょうが今一度忠告をいたしましょう。殺すといえば確実に殺す、それが“零崎”と言うものですので。まぁ、お話の仕方によれば死だけは免れるかもしれませんがね、そう、死だけは免れるかもしれません。ですが、貴方の思惑が何処にあろうとどれだけ策を弄そうとそれに乗ることは決して無いでしょうが、最後は絶対と言えるでしょうね。零崎に策謀は通用しないのでね。正確には策そのものを殺戮するのが零崎と申しましょうか」

潤の宣戦布告が終わった後も続く、“零崎”の死刑宣告、もとい殺戮宣言。

神識側は基本的に首脳陣を殺さない方針を立てているがそれは考えているだけ、確かに彼等は出来るだけネルフ首脳陣を早い段階で殺さないと考えている、それは考えているだけで、司令が早急に死んでしまっても僅かに興が殺がれる程度にしか考えてはいない、死んだら死んだだけのことだ、別の楽しみを探せばいいその程度の認識しかゲンドウには持たれていない、髭は十分過ぎる程に“零崎”の怒りを買っているのだから、零崎の怒りを買って生き残れるものなど、数えるほどにしか存在できないだろう。

零崎はそういった例外を赦さない、自分達を最悪に置くことで自分達に刃向かうと言う意思そのものを殺戮してきたのが零崎一賊、自分達家族に危害を向けようとする意思そのものを駆逐してきたのが零崎、最悪なる群体、零崎。

返答次第では髭の首は容赦なく切断され、バラバラに解体され、解体された肉体はグチャグチャに潰される、それは既に予測されうる未来の一つ。

そしてこの場にいる誰もがそれを止めず、止められる者もいはしない。

“人類最強”であってもこの場で四人が何の力も無い只の一人を殺すのを止めるのは不可能だろうし止める理由も無い、所詮は張子の虎、代理可能な駒、その為に労を労するなど無駄に過ぎる。

因みに潤の言葉が始まった段階で潤の関係者はその会話を辞め、外道達のほうに視線を集めている、結果を見定めるように、これからの全てが自分関わるという事が既に本能の段階で判っているように、潤と外道の両者に注目し、次に注意は神識に移る。

まぁ、余興が始まったのだ、態々穴倉の底まで来たのだから見なければつまらないと感じただけのことかもしれないが、本日のメインイベントは正にこの時だ。

だが愚者は自分の死を受け入れ難く、愚者の知恵袋つまり電柱は愚者を庇い立てするような発言をする、実際に愚者が死んだらこの老人も殺されるのだから、自己弁護にもあたるのだろうがその内容は愚かしい限り、滑稽な限り、コメディアンが適職だぜ、あんた。

「待ってくれ、神識君」

一応名前は訂正されているようだ、肩の一部が服だけを切り裂かれれば誰でも従順に名前ぐらいは訂正しようと言うものか、名前などに拘って殺される、次に間違えれば本当に殺されるのはいやと言うほど判っているだろう、目の前の少年が殺しを躊躇わない種類の人間だという事はマヤの説明が無くても目の前に広がる人間の残骸を見ればよく分かる。

判り過ぎるほどに判ってしまうだろう、実体験と実感と本能をもって。

「我々が何をしたと言うのだね。確かに碇のやり方は強引だったかもしれないが、それは先ほどまでの緊急事態を前にして仕方が無いことだったのだよ、それにここまでの事を其方もしでかしたのだ、これ以上の争いは無益だろう。それに君達は何者だね、侵入者かね、どうやってここに。ここは国連の軍事施設なのだよ、不法侵入は・・・・・・・」

戯言かい、ご老人。

聴くに値しないぜ、その程度ならね。

「五月蝿いな。答えてやるから黙っていな。本音の無い会話は、本質を伴わない会話は不毛で不満で不愉快だ。そんなこともわからないってか。三流学者」

どの口がそれを言うかと言いたいような言い訳を募らせる老人を一言で黙らせる潤。

電柱としては聞きたいことが満載だろう、侵入者、零崎、敵対宣言、上位組織の存在の漏洩、自分達の未来、エトセトラ、エトセトラ・・・・・・・。

だがそんな電柱の口上など聞くに値しない、喋らせるだけ鼓膜を振動させられる分知覚神経の無駄遣い、口上は彼等が行う必要性が無い、彼等は黙って拝聴していればいい。

髭のやり方が強引、強引で済ますのか、済ませられるのか、済ましてもいいのか。

愚かだ、何処の軍事組織が何処のまともな神経の持ち主が未経験と思われる子供に人類の未来を託そうとするのだ、それも殺人鬼に、危険人物に、言い訳など通用しないだろう。

仕方が無い、では貴様達は自分達が数え切れないほどの金を費やして準備した表向きの建前の行為は仕方が無いで済ませられるほどに無価値だったのか。

直前に子供を投入してしまわなければならないのが準備と言うのならばこれ以上に贅沢な税金の使い方も他に思いつかないくらいに豪勢なものだが税金の使い道としては果てしなく意味を成していない、日本が湾岸戦争で出した金よりも意味が無いだろう、比べるだけ当時の日本の政治家に対して失礼の極みだろうが。

もしくは大阪市の市職員の福利厚生の名目で使われていた百八十億円のほうがかなり意味のある使い方だろう、因みに作者の居住地は大阪である。

訳のわからぬ戯言にも及ばない妄言以下の調停案を持ち出してきたが最初に暴力に訴えたのはどちらが先だったのか、殴ろうとするならば殴られる覚悟はするべきだろう、暴力と言う力を振るう覚悟があるならば、暴力と言う手段に屈服させられることも覚悟すべきだ。

それは摂理、其の言葉一つで語られることも理解できていない、振り上げた拳を振った以上闘争はすでに開始している。

零崎も、人類最強も、蒼いサヴァンも戯言遣いも他の誰もが理解している定理、それすらも愚者には通じない理論、当たり前すぎるのに当たり前と認識できない愚かさ。

そんな調停案には乗る必要も無いとばかりに潤が言葉の後半に対してのみ言葉を返す。

「正面から入ってきた、正面ゲートから、カートレインだっけ。そういうので乗ってきたな。チンタラしてて遅かったが。もう少し拙速を尊べないものかね」

これは車組の五人、確かに彼らは正面からの侵入を果たしている、本当に真正面から。

「うにー。僕様ちゃんはヘリポートからだね。やっぱりちゃんと正面から入った事になるんじゃないかな、警備員さんは、姫ちゃんに縛られて天井から吊り下げられているけどさ」

友の台詞(因みに天井とはジオフロントの天井ではなく普通の天井です)。

「因みに、ここのコンピュータちゃんが快く僕様ちゃん達の事を招いてくれたよ、お利巧さんだね。確か“MAGI”だっけ。僕様ちゃんのいう事よく聞いてくれるしね。潤ちゃん達も僕様ちゃん達も楽々に侵入できたよ。お手軽、お手軽」

とんでもないことをのたまう友、但しネルフ側限定だろうが。

ネルフはコントロールが奪われたから“零崎”達を止めることが出来なかったのだが、その犯人が目の前の少女だとは思わなかっただろう、しかも作り上げたソフトはノートパソコンで十七分間で作り上げ、それを使用して彼等が世界最高と信じてやまないシステムを手玉にとったなどと、悪夢以外の何者でもない。

「あっと、今現在も僕様ちゃんここの支配権持っているから大人しくしたほうがいいよ。“殺し名”の人たちがいるから僕様ちゃん達には何にも出来ないと思うけど、一応警告。もし僕様ちゃん達に、特に“いーちゃん”に怪我させたら。エヴァっていうお人形ケージごと吹き飛ばすように命令するから。僕様ちゃんのいーちゃんに怪我の一つでもさせたら本当にするからね。これは冗談でもなんでもないよ。僕様ちゃんはするって言ったらするよ。僕様ちゃんは優しくも何とも無いんだからね」

これもまた口調こそ変わらないのに先程とは一種違う声、険を孕んだ声、だが浮かんでいるのは無垢な笑顔、穢れない純粋な目、それでいて危険を感じさせる存在感。

友の警告、幼い外見や体躯であれ玖渚はトンデモナイ才人、情報収集をライフワークとする友がネルフという後ろ暗い組織の現状を知らないわけが無い、そしてそんな彼女が警戒を怠るだろうか、世界を一度は震撼させた天才集団“チーム”の統率者“死線の蒼”たる彼女が油断をし、警戒を怠るだろうか。

そしてその結果、彼女が“戯言遣い”を傷つけることを赦すだろうか。

彼女がもっとも大事にする戯言遣いの損傷を赦すだろうか。

答えはノー、彼女は警戒を緩めていない、安心もしていない、それほど友はお気楽な人格を保有していない、精密精緻に至る思考力を持つ彼女は見た目ほど表層人格ほど御しやすく、安い存在ではない、下手すればこの場で一番危険な人物は玖渚友なのかもしれないのだから。

“人類最強”よりも“零崎一賊”よりも“殺戮奇術匂宮雑技団の最高の失敗作”よりも“市井遊馬の弟子”、“ジグザグ”よりも“零崎最悪”よりも“死線の蒼”は危険。

危険の宝庫、玖渚友、玖渚機関の末姫。

その危険の象徴が握る空間支配、正しく言葉正しく空間支配、このネルフの空間全てを己の手の内に転がしている、無垢なる少女。

無垢なる悪夢、今現在も友が支配していると言う現実、愚者の城は愚者の牢獄に変わっているのだという事を告げているのだ、完全に施設の制御を生命維持にわたるまで“MAGI”に依存しているネルフは、その支配権を奪われることは生殺与奪の権限を全て握られていることに意味が等しい、実際この場で全ての人間の命を握っているのは玖渚友。

“零崎”ではない、彼らが出来るのは目の前にいる命の殺戮のみ、殺戮に抵抗することが出来たならば生存は見込める、だが空間そのものを地獄へと変質できる友から逃れ抵抗する術は全く無い、”零崎”に抵抗する術もあってないようなものだけど、零と一は本質が違うだろう。

それらの返答を受けた電柱、まるで今そういう状態になっていると気付いたように驚き友のほうを凝視している。

だが、お笑いに過ぎる、下らないに過ぎる、本当に、本当に、戯言に過ぎるぜ、今更に過ぎるだろうよ、本当に今更に過ぎるだろうよ、誰がこんな状態にお膳立てしたか想像ぐらい容易くつくだろうに。

因みに多分自分が前半で出した調停案はこの時点で忘れ去っている可能性が高い。

愚かにも、その考えを否定したか、自分達の都合のいいように改竄したか、受け入れやすい現実だけを取捨選択して取り入れたか、偶々偶然に別組織による介入があったと考えるか、それは都合がよすぎる、それはあまりに自分本位の考えは笑いも誘えないぜ。

そんなものはなから無いってのに。

どんなときでも世界は理不尽に満ちている、世界はそう規定されていると考えるべきだ、特に理不尽を執行する人間は、理不尽を期待する人間は、理不尽の渦中にいる人間は。

物事と言うのはいつも最悪を想定して、最低を覚悟して、最劣の条件で起こることを考え用意し備え構えるものだろう、特に既に貴様達の目の前には最悪が存在していたのだ、それ以上の最悪が存在しないとなんで考えることが出来ないはずが無い。

想定外の理不尽が起こったのならそれの上を行く理不尽が起こることも考えるべきだ、それが自分にとって都合がいいかどうかは別にして、しかも既に降りかかった理不尽ならばなおのこと頭を使って想定するべきだろう、その理不尽が何を根源として降りかかってきたのかを。

なぜ脳裏に掠めない、物事は上手くいかず、考えは覆され、予定は乱される、それが摂理ってもんだろう、調子のいい、都合のいいタイミングでネルフの心臓たる“MAGI”の主導権が奪われた、真っ先に疑うべきは、自分達に真っ向に刃向かおうとしている存在、“零崎”達。

自身の切り札めいたものを奪ったのが何者なのかなど考えるまでも無いことだろうに、考える必要さえない程容易いことだろうに。

それでも解答を自ら得ることを拒否するように、言われなければ判らなかったのか。

貴方達の生殺与奪の権利を握っているのは私達です、無駄な抵抗、考えは無謀ですからそれに対した考えを持ちなさいと、この現状を打破する手段を模索しなさいと。

そう言われるまで自分達の立場がわからないのだろうか、それは楽天的に過ぎるだろうよ、甘きに甘過ぎるだろうよ、蕩けてしまう位には甘過ぎるだろうよ(大体それ以前に零崎がこの場にいる時点で生殺与奪の権利はネルフ側には一切なかった、抵抗する権利ぐらいは残されていたが)。

そんな甘えに縋る位ならば、最悪、最低、最劣、全てのマイナス要素を考えてなお抵抗する手段でも考えるべきだったろう、みっともなくとも背中を見せて全てを捨てて逃げるべきだったろう、色々執りうる手段はありそうなものだ、だが選んだのは交渉、どのような交渉を望んでいるかは知らないがどんな有利な展開が貴様達に用意されているというのだ、それとも甘言妄言愚にもつかない弁舌を用いて落とせる相手だとでも思っていたのか、思っていられたのか、思うことが出来たのか。

今までの張子の虎のような権威と威圧感によりマトモな交渉と言うものもしたことが無い連中が交渉、笑わせてくれる、お前たちに出来るのは脅迫と力に任せたゴリ押しだけだろう、まぁ、本人はそれを交渉と呼んでいるのかもしれないが。

脅迫と交渉はイコールではなく、交渉というのは人と人との心理ゲーム、まずはどちらかが上手に立つことが肝要、お前達は未だにいや既にその心理で上にいたつもりなのか、怯えに怯えておいて、震えに震えておいて、まともに歯向かうことも出来ずに。

それならば御目出度い事だ、御目出度い限りだ、相手は自分達の交渉に相応しい相手だとでも思っているのか、都合のいい今までの交渉相手と同質の存在とでも思っているのか、未だに貴様達は自分達が有利な立場に立っているとでも、命を握られ、権威は通じず、保有の暴力は駆逐され、仮初の威圧感も通用しない。

もしそう思っているならば、思っていられるならば、そのお目出度さを感じ俯瞰するのも一興だろうよ、ポップコーンを持ってドリンク片手に観覧と洒落込もうじゃないか。

それでは命を完全に握られた愚者達の悪足掻きを見てみようじゃないか。





先ず、最初に動いた赤木リツコは本能的に己の職分と母の遺作である“MAGI”に対する感情でコンソールに走り寄ろうとしたが。

ピシッ!!

「赤木さん、貴女が何かをするのは禁じさせていただきます。本来なら其方が既に支配権は取り返していた筈なのですが。どうやらここにいるスタッフは貴女を除いて有象無象のようですね。予想外に貴方が私達の応対に出てきたお陰でこちらは本来十分と予想していた時間を延々と伸ばすことが出来ているんですから。故に貴女に支配権を奪い返されると偶々であろうとこちらが得た利点をみすみす失ってしまうことになってしまう。貴女は殺しませんが動けなくすることは簡単なことです。貴女には何もせず傍観者となることをお勧めしますよ。これからの生を健全に生きたいならですが」

リツコの足元から鋭い音が響き、其の音でリツコの動きが制される、到達する前に神識により足元の床を鞭でたたかれたのだ、それだけでリツコは動けない、動くという意思は鞭の音により殺戮されている、動いた瞬間に何をされるかは判り切っている、それにリツコには殺さないと言われても、“零崎”のやり口は一番目のあたりにしている、自分が殺されない確証など持てるものではない。

そして己の生を捨ててまで彼女はこの現状を打破する理由は無い。





一連の光景をただ傍観することで過ごしていた髭グラサンこと愚者の頭領、盲目の盲信者、欲望の権化、人類代表の下種、劣等種碇ゲンドウ。

命を握られている恐怖、目の前の存在に対する怯え、自分の思う通りにならないことに対する憤り、奴隷が自分に逆らう怒り、虫けらが自分に楯突く憎悪、事態の展開に対する動揺、全てが全て外道の計画からは、シナリオからは外れる流れ、望みのままにならない展開、彼にとっては理不尽極まりない展開。

だが、前にも述べたが都合の良過ぎる計画には、都合の良過ぎる考えには、都合の良過ぎる邪魔や、イレギュラーや、敵が存在しても何も問題ないだろう、自分の都合のいい考えは通ると考えるなら、その逆もまた然りなのだから。

だが、この男がそれを認められるか、それを是と出来るか、その思惑から外れる流れを赦せるか、そんなことなど考えるまでも無い、考察を入れるまでも無い、僅かに考えをめぐらせる必要さえ感じない、男は自分の欲望を柱とし、臆病者の本性から溢れ出る恐怖に何とか購い、口を開いた、少しでも自分に都合のいい展開を望むために。

「何が望みだ」

何が望み、か。

望みを叶える事によって自分の命を永らえ、シナリオに息子を組み込もうとでも考えているのだろうか、それともひとまず体勢を立て直して、別の角度から謀略により息子を己の手中に入れようとでも画策しているのか、多分只の時間稼ぎなのだろうが、目の前から恐怖と動揺の根幹たる存在がつかのまでも消えて無くなり、シナリオを修正する為の。

だが、この男に理解出来るだろうか、今目の前に自分のシナリオを崩している存在が、自分の息子に出した手紙から発したものだと。

そして何より“家族愛”という感情が基幹になって“零崎”が動き、これほどの異能の連中て敵対するような状況が作り出されたという事を。

この男には狂気と呼べるほどの“零崎”の“家族愛”など理解のしようも無いだろうが。

“愛”など他者に抱いたことなど無いだろうから、この男は。

外道の計画の根元となっている自分の妻に対しても判ったものではない、この男が感じているのが“愛”という感情なのか、只の執着で求めているだけなのかもしれない。

そして求めること執着=愛では無いだろう、その手の言及は戯言に過ぎないのだろうが。

「『何が望み』、ですか。何を言いたいのか理解しがたいのですが。私達は貴方の無礼な招待に応じて招かれた。無礼な歓待を受けてね。そして今度は望みをかなえてやると。どういう思考をしているのですか、遺言としては相応しくないですし、謝罪とも、命乞いとも聞こえない。つまりは姦計、謀略の類とみなし殺されたいという事ですか。そういう意味だと理解しますが、言ったでしょう貴方の思惑には決して乗らないと、忠告はした筈ですが。忠告の無視は敵対宣言と取らしてもらってもよろしいのですよ」

神識は愚者の申し出、単語での申し出を申し出といえるならばだが、を一蹴する。

「ならば何故、このようなことをしたのかね。何の望みも無くしたのだと言うのかね」

正しく、その通りだろうよ、零崎の殺人には何の意味もない、勿論望みも無い。

故に正直に答えてやることだろう、隠し立てする意味もなく、偽る意義もない、事実をありのまま、そのままに伝えてやることにしよう。

「その通りですよ、ご老体。私達に何の望みもない、そちらが無礼を働いたから飛んできた火の粉を払ったに過ぎない。只それだけ、それだけですよ。付け加えるとあなた方が世界を巻き込んだ愚かなゲームを行おうとしているようなので、私の知人が是非にと参加した位ですが。私個人には何の望みも無い。只零崎に立ち塞がるものは皆殺し、親類縁者知り合い恋人顔見知り隣人等関係の薄い濃いに関わらず皆殺し、零崎に刃向かう気など未来永劫覚えないように殺し尽くすだけ。先程其方の伊吹の末席の方がそれくらい説明してくれたでしょう。ならば私達、零崎の存在のあり方の真偽など疑うまでもないでしょう」

最後に、零崎はそういう存在なのですよ、そう付け加えて語り終える。

簡単にて簡潔にて明瞭にて安易なる解答、それは生物として当たり前の解答、人間が忘れ去ってしまったが、動物として生物として当たり前、とび来る火の粉は全力を持って排除する当たり前に過ぎる行動原理、そして零崎としては当たり前に過ぎる殺戮予告。

群れの一頭に脅威が迫ったのだから群れ全体が攻撃態勢に入り一頭を擁護する為の殺戮。

その言葉に老人は戦慄が走るしかない、理解が及ばないから、余りに自己の認識する世界観から離れすぎる理論だから、思考が追いつかない、余りに当たり前すぎるというに。

当たり前に過ぎる反撃を自分達がどれだけ軽んじていたかの自覚が欠片も無かったからだろう、今の今まで頂点に君臨し他者を見下し睥睨する存在であった老人には判らないことなのだろう、いつか自分達が同じ立場になることになる可能性など。

それは外道も同じことだろうが、それは何時でも起こりうる事態ではなかったのだろうか。

だが、そんなことに考えが及ばないが故に彼等は判らない、この状況をどのようにして打破すれば言いか、どうすれば自分達の命が永らえられるのか、自分達の愚かな望みが望みのままに動くのか。

まぁ、彼らの命はともかくとして、彼らの望みが適うことはかなりの小さな確率になっているだろうが、そもそも彼らの計画は邪魔が無くても成功するのかどうかが疑わしい。

老人の計画しているほうも成功は疑わしいが、可能性という観点から考えると老人のほうが上だろう、何も老人は全てをこの外道に託しているわけではない。

最後の最後まで最後のワンピースは自分達で握り締め、最後の最後の最後まで外道の反逆など看破しているのだろうから、外道は外道の言葉通り信用はされても信頼など欠片もされていないだろうから。

「さて、遺伝子提供者にご老体、及びネルフ職員諸君どうするのかね。先程の私の遺伝子提供者の妄言は気分を害した程でもないが。頭を使わない生物、状況を弁えない動物は甚だ不快で私の気分は悪くなる。気晴らしに殺しなどに走るほど短絡ではないが。選択に与えた残り時間を消費しているのを忘れないほうがいいだろう。待つ時間はそろそろ限界。では座して死を待つもよし、抵抗を試みるもよし、甘言を用いて我等を煙に巻くもよし、命乞いをするもよしと先程宣告した。先程の交渉ともいえない交渉はカウントに入れないことにしてあげようじゃないですか、愚かに過ぎる言葉を見過ごしてやろうではないですか。では組織の代表として遺伝子提供者、答えてくれないでしょうか。ここで私達にする選択は何かね。謝罪、命乞い、泣き落とし、従属宣言、それとも懲りずに姦計を企む、何でもいい答えるべきだとお勧めする。最早解答を待つ猶予は与えない。拙速なる解答を要求する。答えが無いのなら再び“零崎を開始”させてもらうとしよう。時間は十分に十全に与えたのだから」

因みにこの言葉の最後は敵側に属する人間には意味が判らないのは当たり前のことだったりするが、この手の文も今更に過ぎるのだろう。

時間的猶予は最早与えない、思考する猶予ももはや与えない、十分に過ぎる位には彼等は与えている時間を与えている、その間に選択も思考も諦めも決意も何もかにもがする時間は十全と与えられていた、それ以上を与える必要は無い、それ以上は零崎が甘さを晒す事。

いや、この時点で十分に零崎は甘さを晒しているのかもしれない、有無をいわずに皆殺しそれが零崎、殺人鬼のスタイルだろう。

だがそれでも零崎に甘さなど無い、甘さなど、少なくとも敵には。

晒しているのは余興。

それに死刑宣告を意味する言葉が放たれた時の重圧は凄まじいの一言。

言葉は、宣告は、周囲に一度は静まり沈殿した恐怖を再び殺戮対象に思い出させるには十分に過ぎる程で、いやそれ以上の恐怖を彼らに沸き起こさせるほどの言葉。

彼等の、殺戮対象の目の前に居るのは紛れも無く殺人鬼、自分達の命を現在進行形にて握っている殺人鬼、恐怖しないほうがどうかしている冷静でいられるほうがどうかしている、故に一度でも静まったのが奇跡に近い。

そして奇跡は、二度は起こらない、そもそも二度も起きればそれは奇跡ではないのだろうが、よってただ一度の奇跡は終焉を向かえ、普遍が帰還する、恐怖が増殖する。

蔓延した恐怖は収まることを知らない、そして恐怖は混乱を、猜疑を、諦観を、暴走をありとあらゆる混沌を生む、なまじ僅かでも余裕が与えられているから。

なまじ真綿で締められているような状況に置かれているから、これらの混沌は始末に終えない、手に負えない、混沌は思いのままに混沌は思いのままに人の感情を支配する。

その筆頭が恐怖。

人間の本能に直結した感情、恐怖、生命を保持存続させるために必要な警報の役割をもつ感情,今この場に立たされた死刑囚達否が応でも死刑囚とされたスタッフ達にはこの警報が鳴り響き、必要過多の警報は人間から正常を失わせ、理性を破棄させ、組み込まれた規律を投げ捨てるには十全。

ではこのような状態になった人間がどういう行動に出るか簡単明瞭、安易にして短絡。

一度枷を失った感情は暴走するしかないのだから、それも最悪の方向へと。





結果として結論だけを端的に述べよう、暴走。

感情の、恐怖の、自己防衛の、自己保存の、人間には廃れてしまった本能の残り滓の暴走。

当たり前だったのだ、必然だったのだ、遅すぎたのだ、今更過ぎたのだ、起きるべくして起きた事象、起こりえない事象、今までの今までの何も無さが異常。

この『普通の人間』しかいない、軍事組織としては余りに不完全な組織で今まで今の今までこの事態が到来しなかったのが不自然で怪異で恐ろしくて起り得ない事。

よって、一般人と変わらない、もしくは一般人に一枚覚悟があるだけのネルフのスタッフ。

今の今まで舞台の登場人物としても挙げられず傍観者としても認識されてはいなかった、物語にも読み上げられなかったが確かに存在していた彼等、彼等は確かにその場で命の天秤に掛けられていたのだから。

耐えられなかったのだ。

そして恐怖という警鐘を鳴らす役割を持った機関は宿主に牙を剥いた、危うい自制は破綻し決壊した何もかにもに。

零崎という異形にも、自分達の生命が危うい均衡を保っていることも、後から現れた奇天烈な連中も、自分達が依存し切っているコンピューターが相手に握られていることも、拙い対応しか出来ない上司も、訳の判らない宣戦布告も、目標が倒されてしまったことも全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て混乱の極みに至るには十全、結果は明白、全てが安易、不完全をぶち壊すには十分十全。

始まりは無かった、明確に始まりと思える予兆は無かった、いや予兆は、予兆はありすぎて判らないと言うべきだろうか、いつでもこうなるべきで、こうならないほうがおかしくて、今この時に偶々偶然そして必然に起こりえたということだろう。

何時起きても変わらないだろう、結果は変わらない、物語は変わらない、起こることは予定調和の一つ、起こらないことは予定調和には無い。

いつ起きてもこの事象の変わりはある、代わりと為る代理現象オルタナティブは起こりえた、必然、確定、決定事項、未来確定的に起こった暴走。

当たり前だった、この場にいる外野の人間が登場人物になろうと行動を起こすと言うのは、判りに判り過ぎたことだった、外野と言えど生命を持ち恐怖を感じる生命体。

端役を与えられる器ではないにしろ、登場人物になれる器ではないにしろ、器を越えて分をわきまえぬ者たちが舞台に立つことは三文芝居では間々あること。

この殺人喜劇を三文芝居と評するならばそういった登場人物が登場するのは予定調和に過ぎないだろう、勿論相応しくない三文芝居で役割の無い登場人物が、殺人喜劇で与えられる役割は、明瞭。

殺戮  殺人  虐殺  塵殺  斬殺  刺殺  撲殺  轢殺  絞殺  対象。

引き金を引いたのは零崎神識、引かれたのはネルフスタッフの諸々、脇役達。

観客は、人類最強、戯言遣い、蒼いサヴァン、魔眼、魔術師、糸遣い、探偵、科学者、殺し屋、そして暴走には加わらなかった、正確には加われなかったのかもしれない伊吹マヤ、赤木リツコ、外道、老体。

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!!!

擬音で形容するならばこんなものだろうか、このとき放たれた混乱に満ちた声は。

文字で、戯言で表せるようなものではない、そんな陳腐なものであらわせるような言葉ではない、叫びではない、音ではない。

誰から始まったとは判らない、誰から動き出したのか判らない、ただ行動は画一的、何故か同一、本能か、判断か、選択か、それともシンクロニシティかどれでもいいが暴走は単純な行動に収束されていた、これもまた確定未来だったのかもしれない。

それは逃亡。

一刻も早くこの場から退場したい、恐怖から逃れたい、場違いな世界で自分と違いすぎる異形と同じく空間を合わせたくは無い、そんな欲望からの、自己保存からの行動。

職員という職員が逃げ出そうと走り出した、恐怖に染まった声を出し、統一の取れない動きでこの場を逃れる扉に向かう、統一が取れないのに行動は統一、正に戯言。

戯言過ぎる。

だが、零崎は宣告した、忠告した、脅迫した、この場から逃げるなと。

そして零崎の言葉に虚言は無い、零崎の言葉に偽りは無い、零崎は嘘を述べない。

あの言葉は戯言ではない。

ならば零崎がすべきことは決定している、零崎が為すべきことは決定している、これは事前通告されたこと、違えたのは其方だ。

零崎の全てが動き出し、零崎を開始する、零崎を徹底する、零崎を為す、言葉を聴いていなかった人識までもが、行動目的はただ一つ、殺戮、それこそが零裂き。

【零崎を開始する】

「零崎を始めようか」「零崎を開始します」「零崎を開始さて頂きます」「零崎をやらせてもらうぜぇ」零崎四人が呟く、殺人宣言。

そして。





殺戮開始





逃げ惑う人間に舞織の曲弦糸が切り刻み、双識の自殺志願が首を刈る、神識の鞭が逃げ惑う人間を背後から打ち据え飛散させ撲殺、轢殺、人識が両腕にナイフを構えて斬殺、刺殺。

容赦などありえない、元々が全てを皆殺しにすると宣告している、殺しに殺すと前に言ってある、忠告を違えた人間を捨て置くほど零崎は人間ではないよ。

零崎は化け物だから、殺人鬼なのだから、・・・・・・・・人間ではないのだから。

何時から敷いていたのだろう、舞織の殺人結界に入った職員を一斉に、数人単位で悲鳴も上げず、悲鳴を上げて、訳もわからず、死を理解できず、死を肉体に理解させ、切り刻む。

何の感情も見せずに行う殺戮作業。

双識は逃げ惑う人間の背後から斬首を繰り返す、血の雨を降らせ、血の噴水を作り出し、血で体を染めて、血で床を染め上げて、首の無い肉体を大量に生産して、体の無い首を大量に生産して、凄まじいまでの絶叫を響かせる楽器を作り出し壊していく。

一撃で、一薙ぎで、一刈りで作り出されていく、ただのたんぱく質とカルシウム、結局はアミノ酸と脂肪、糖質等の有機物と、金属元素を含む無機物の集合体を、生物として定義される物体を、上述のような化学物質の塊に変えるだけの行為。

それは神識も同じ、此方は鞭で殴打し轢き潰し切り裂き締め上げ、殺していく、壊していく、消していく、何の感慨も容赦も哀れみも歓びも同情も道徳も倫理も狂気も憎しみも怒りも興奮も欲情も戸惑いも何も無く、目に付く人間を人間としての存在を消して化学物質の塊に変えていく。

二人の黒いスーツは更に血に塗れ、その無表情な姿は悪鬼ではなく機械を思わせる。

容赦も何も無い殺戮機械。

そして何より人識、誰よりも、誰よりも零崎、誰よりも、誰よりも殺人鬼、零崎の鬼子、零崎人識、早い、速い、疾い、彼が駆け抜ける先に、逃げ惑う人間に対して零崎として迫る、両腕のナイフをとんでもない速度で動かして、首を、心臓を、肝臓を、刺し、斬り、薙ぎ、皆殺し、皆殺し、皆殺し、だがやはり彼も零崎だ、顔には何も無い、殺すことに関して何も無い、何も無い、何も無い、何も無い。

それを眺める老人は腰を抜かして尻をつけ、股間は濡れそぼって失禁している。

赤木リツコは只、震え怯えた視線で眺める、二度目なのだから耐性があるのだろうが意識をもてるだけ、老体のように醜態を示さないだけ気丈だろう、気丈に過ぎるだろう。

尊敬に値するぐらいには。

伊吹マヤ、“天吹”、“掃除人”彼等は“綺麗にする為に殺す”、その性は潔癖、その彼女は震えていた、震え切っていた。

この理不尽さには怒りを感じたか、それとも零崎に更なる恐れを抱いたか、どうでもいい、彼女は動けなかった、誰かの為には動けなかった、この場で唯一、“殺し名”に関わる女性、彼女は動かず、何もせず、抵抗も示さず、目を伏せて惨劇を黙認した。

無論、分家も分家、序列も六位に座す天吹の分家なれば、殺し名最悪、殺し名三位の零崎に贖う術等ありはしないのだが。

それにもし贖えたとしてもこの場には人類最強、人喰い、病蜘蛛、魔眼、誰も彼もが異形に近い化け物達だ、彼女も端役でも“殺し名”なれば、彼等が尋常ではない程度は悟るだろう。

だから黙認、見捨てることは自己保全の観点からは正解だろう、どれだけ白状だろうと。

そして外道は震えていた、仮面を剥がし、偽りを剥がし、表情にはっきりと浮かぶ恐怖、はっきりと示された恐怖、悲鳴を上げないだけマシだと評価できるがそれは単に声が出せなかっただけだろう、悲鳴を上げて注意を引きたくなかっただけだろう、ただそれだけだろう、最早自制など聞くような恐怖ではないのだから。

この臆病者が堪えられる様な恐怖ではないのだから、次は自分の番だ、次は自分の番だ、それさえも判り切っている、それでもこの男も何も出来そうにない、所詮は小物、恐怖という感情を受け入れられるような大物にはなりえない。





そして全員が、全員が殺しつくされるのに時間はかからなかった、もとより抵抗など出来る筈もなく、殺されるだけ、殺戮されるだけ、それだけで終わってしまった。

殺し名相手にまともな人間が対抗出来るものかよ、まともに正面に立っていられるものかよ。

そして晒される先程より量を数倍に増した人間の残骸、肉、骨、血、それが床を、壁を、画面を、コンソールを、シートを至る所を彩って、何とも異常なオブジェに染められた発令所、惨劇の舞台、惨劇喜劇殺戮劇。





他の観客は冷静なものだったがね、つまりは、一応は零崎側と分類できる連中は、冷静で、当たり前に、今の惨劇を受け止めていたが、殺される場面に表情を変えることなく、表情を歪めるもの、不快を示すもの、様々だが、様々だが、動揺は無い、動揺は無かった。

常人に近い、黒桐幹也にしても不快は示したが、非難の色は無い、他人の死を厭う戯言遣いにしても否は無い。

青いサヴァンは厭うどころか未だに無垢な笑み、蒼崎橙子は無表情、人類最強は自重めいた微笑を、二人の天才科学者は此方も笑みを絶やさなかった。

ジグザグも気にも留めず、両儀式も同様に、誰も彼もがネルフの諸行は知っている、無論彼等が、職員が悪いのではない、だが零崎に喧嘩を売った事実を知っている。

だから彼等はそれを当然の帰結として受け止められる、当然過ぎる帰結として受け止められる、まぁ、元々人が百人死のうが、万人死のうが眉一つ動かさないであろう人間も幾人かは混じってはいるだろうがね。

そして何よりこの光景でその筆頭である彼が現れた。

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!!!!!!!!!」

哄笑を上げ、哂う彼女。

殺戮奇術集団匂宮雑疑団、団員bP8、第十三期イクスパーラメントの功罪の仔パイプロダクト、匂宮最高の失敗作、一人で二人、二人で一人の匂宮兄妹、理澄のもう一つの人格≪マンイーター≫の出夢。

最強の一撃を誇る暗殺者、人類最強に追随する戦闘力、≪強さ≫を突き詰めた存在。

≪弱さ≫を突き詰めた理澄とはまったくにして正反対、匂宮の異端児。

殺戮劇を契機に表層人格に躍り出た(因みにこのSSでの設定で本来の設定はヒトクイマジカルを参照)。

その彼女が上げる哄笑とともに上げる口上。

「んんんんんんんっー。いいねぇ、いいねぇ、零崎共。殺しに殺しに殺してるじゃねえか。理澄はこの手のこと好みゃしねえから出てきたが。なんとも愉快に素敵に詩的に劇的になんとも楽しい状況じゃねぇか。余りのことに出夢ちゃん。絶頂ちゃいそうだぜーって、僕は男だから射精ちゃいそうってか。それにしてもなんとも図ったような登場だなっと、イエーイ。主人公登場ってか。ギャハハハハハハハ!!!」

哄笑、更に哄笑、再び哄笑、中々に愉快で素敵な登場台詞、まぁ、観客がいないのが残念極まる、因みに理澄ちゃんと同じ肉体なので出夢君は女です、性格的には男だが。

これで勢揃い、現時点で物語に関わる登場人物は勢揃い、一人の欠けも無く、一人の不足も無い、一人の過多も無い、完全無欠に全員登場。

不必要な物語の登場人物は既に、排除された。





≪零崎双識人間試験 ネルフスタッフ無数/不合格≫





さて、雑音は無くなり、登場人物は集まり、刻限も迫った。

停滞していた物語を加速させようじゃないか、緩やかだったお話を加速させようじゃないか、最初の物語の終焉に向かって、次の物語の始まりに向かって、加速させよう。

ああ、でも加速させるんだってば。

「よっと。久し振りだな、おにーさん。理澄の相手はやっててくれてるかい。理澄を愛しちゃってくれちゃってるかい、おにーさん。おにーさんなら厭らしいこともオッケーみたいだぜ。でもあんまりマニアックな痛いやつや、嫌がるやつを強要したら。僕が出てきちまうからやめたほうがいいぜぇ。おにーさんも途中で出てこられたら興醒めだろ。それとも僕ともヤルかいおにーさん。そりゃ中々にマニアックだぜぇぃ」

出夢君、君も妹同様言いたいことを言ってくれるねぇ、特に戯言遣いには。

でも、そろそろ話の脱線はやめようじゃないか、物語を真っ直ぐに進めようじゃないか。

いい加減にね。





死屍累々、惨劇喜劇殺戮劇はひとまず終焉、濃厚な鉄の匂いが充満するその部屋で、口上を上げるのは、またしても人類最強、物語を加速させるのは更に更に加速させるにはうってつけ、彼女の他に彼女のほかに相応しき人物がいるはずがない。

「さてさて、派手にやってくれる。匂いが染み付くと嫌なんだけどなぁ。まぁいい。どうせお前等と手を組む時点で覚悟していたことだけどな、死体が山を築く程度のことは。現実に鼻に付くのは我慢しますかっと。それにしても私達のほうには血の一滴もまわさねぇ技術はたいしたものだ。私でも難しいぜ、こりゃ。流石最悪の殺し名ってところか」

口上前に感想を述べているようだが、これはどうでもいい。

グルリと更に惨劇風景を一瞥し、人類最強の請負人は壇上を、物理的な位置付けでは自分の目上にいる人間を精神的に見下す視線を投げかけて、何の予備動作も無くその場で跳躍し、高さにおいて数メートルある壇上に一度壁を蹴る事で登り切り。

そして壇上の机の上に立つ、これで物理的にも見下した形になり、彼女が言葉を紡ぎだす、彼女は彼女の要求を語りだす。

「まぁ、零崎に要求を聞いても無駄ってもんだ。其処の馬鹿二人。零崎は殺戮以外何もできない集団だからな、故に妥協も何もねえ連中なんだよ。交渉ってもんがはなから通じる相手じゃないってことぐらいさっきその伊吹が忠告していただろうに。零崎は欲がないって訳じゃないし他に能力を持っていないわけじゃないが。家族を侮辱され傷つけられた零崎は何よりもその侮辱を払拭し報復を行うことに全力を傾ける。言い方が拙いぜ馬鹿二人、もとい駄人間。だから私が要求してやろう、だから私が零崎の代わりに要求してやろう。あたしの要求を聞くのならば零崎を取り成してやる。この場この時の保身以外の殺戮を禁じさせてやる。故に私の命令を聞け、駄人間。それ以外の選択は自分で提案するなら聞いてやる」

傲岸不遜、その一言に尽きる台詞、圧倒的上位から、圧倒的下位にいる人間にかける言葉。

彼女にしてみれば完全に目下、自分と等価に見る必要などなく、自分の身内と等価に見ることも出来ない矮小な生き物、敵としても認識できない小物相手に見下すのは当たり前。

彼女曰くの駄人間にしてみれば普段は自分が行っている行為をそっくりそのまま返される形だが、それを侮辱と感じる余裕が今のところあるとは思えない。

目の前の殺戮劇を更に見せ付けられて、今先ほどの殺人喜劇を見せ付けられて、只の言葉程度に怒りを感じる余裕はないだろう、いや言葉が届いているのかどうかも疑わしい。

失禁した老人、恐怖を貼り付けた外道、気丈に意思を保つ科学者、出夢の存在に更に震えを増した女性、この中で会話が可能な人物は一人だけ。

ただの科学者たる赤木リツコのみ。

「・・・・・・・・・・・・・・・要求は何かしら」

だが、答えられる言葉は精々この程度、先程の外道と大差ないが状況はさらに悪化している現状で言葉を返せるだけに十全に立派だろう、二人の駄人間に比べれば、なんと気丈で、恐怖に贖う意思をもつ人間か、双識に合格をもらえるだけの素養があるのなら確かに疑問はないのかもしれないがね。

「あんたは確か赤木リツコか。ネルフの才媛、愚者の中の賢者。あんたがあたしに対応するか。そこの駄人間ではなく、あんたが。其方のほうが、話が早くて良さそうだが。それじゃあ十全どころか。四全、三全ってところだろうからなぁ。あんたと話が進められないのは残念極まるが。さてっと面倒ではあるが」

壇上を見据え、死色の真紅は一言。

「姫、駄人間を適度に目覚めさせてやれ。優しく、ソフトに、痛烈に」

潤がリツコの申し出を断り、潤の要求は恐らくはリツコでは十全ではないのだろう、紫木一姫、潤の呼称では姫に命じる、命じるというよりはお願いなのだろうが、断ったら恐ろしいことが待っているとしても紛れもなくお願いだろう、断る選択肢がなくてもお願いはお願い、多分。

それに姫ちゃんも潤のお願いを断ることはまずないのだろうけどね。

で、お願いの通り、駄人間を適度に目覚めさせることになるだろう、適度に、適度に、てーきーどーに、何故か木賀峰約口調。

姫ちゃんの指が高速で蠢き、その手に嵌められた手袋、その先に付けられた糸が駄人間に向けて放たれる、駄人間に向けて伸ばされる、駄人間に向けて繰り出される。

そして未だに呆然としている腑抜け、駄人間に向けて糸が絡まり、まずは触覚的に何も感じられないほど繊細に絡まり、捕らえ、捕縛し、十全なほどになると。

一気に締め上げた、切り裂くのではなく、締め上げる、捕縛する、激痛が走る程度に。

会話が出来る程度に腑抜けを覚醒させてやろう、会話が成立する程度の痛みにとどめて、適度に、適度に、てーきーどーに目覚めさせる、正確には縛り上げて痛みにより気付かせる。

まぁ、痛みに外道と老人は正気を取り戻した、戻させられたわけだ、なにやら苦悶の声を上げていたのだが、そんな不愉快な音声は記述に値しないので無視することにしよう。

これより人類最強の要求を通牒する。





「あたしからの要求は簡潔で単純だ」

この時点で、どこかの戯言遣いが哀川さんの要求が簡潔で単純だった試がないでしょうとかいらんことを呟いて、潤に後ろも見ずに撃たれた指弾で、お仕置きされていたりするが、それはまぁどうでもいい。

「手前等じゃ、あたし等の相手にならないのは今の今までで十分に承知しただろう。だからあたしの相手になる奴に引き合わせろ。このあたしがそいつらに直接宣戦布告をしてくれる。そいつらぐらいじゃないとあたしの相手は不十分、それともお前等があたしの相手を務めてくれるか?恐怖に支配された駄人間」

単純に言えば老人会の連中と引き合わせろといったところか。

だが、駄人間は答えない。

「ん、不満か、手前らに不満を訴える選択は欠片も用意するつもりは無いんだが。それに拒否できるのか。零崎の連中をとりなしてやると言ってやってるんだ。手前らには止められない、手前等はこのまま死ぬかあたしの要求に従うかの選択しかないんじゃねーのか。それとも何か死にたいか。それなら止めない、手前らが死んでも老人達をつなぐ手は何通りも用意している、しな。・・・・・・・・・・・じゃ、回答イエスなら首肯、ノーならそのまま沈黙を保つ。痛みも何も与えず殺してやっからよ。優しいだろあたしは」

恐らく駄人間は答えないのではなく、答えられない。

曲弦糸に絡まれて呻く以外の音声の発声する方法を剥奪されている、喉に絡んでいる糸は呼吸の動きの度に鋭く絡まり、声を出せば喉が切り裂かれるのではという恐怖感を与えている、この気弱な男達が、真の臆病者が声を出したり首を動かしたりは出来ない。

その為、現に駄人間共の口からは嚥下されない唾液が溢れ出して非常に醜い表情を作り出しているのだが、無様なのもいいところだろう、奇怪を通り越して醜悪なオブジェ。

余り直視したくない物体ではあるが、ちゃんと直視している人類最強であった。

本心は見たくないと思っているとは思うが。

「あん、そうかそれじゃあ首肯出来ないか。姫、首の部分だけ緩めてやれ・・・・・・・っと。答えはイエス、ノーどっちだ。命を張ってノーと突っぱねるか。それともあたしの慈悲に縋ってイエスと答えるか。速く決めろよ、あたしは零崎より気が短いんだ」

そのままカウントダウンでも始めそうだ、確かの彼女は短気で力技が大好きなのだ。

そして零崎よりも気が短いというのも間違ってはいないだろう、温厚な殺人鬼、双識や、理知的な殺人鬼、神識に比べれば粗暴ともいえる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

その、人類最強に対して、沈黙と制動を守る二人。

「おっ。抵抗するか。あたし等があんた等を殺すのを厭う連中だとでも思っているのか。思ってるわけ無いよな。ここまでやられておいてそんな妄想をたくましく出来るやつはついぞ見たこともねぇし。じゃあ気丈にもあたしに楯突くと決めたか・・・・・・・」

だが、其処までだった。

潤の言葉に同調するように締め上げだした糸の痛みに負けたのか、迫りくる死の恐怖に負けたのか、それとも単純に人類最強の放つ威圧感に負けたのか、外道が首肯する、恐怖と屈辱と苦痛を表情に貼り付けて、死の恐怖に負けて。

だが判っているか、潤は、哀川潤はこの程度で赦してくれるほど優しくも甘くも無いってことを、それに要求はそれだけとも言ってはいなかったしね。

「いい子だ、駄人間。あたしに従え。今この時は。あたしも趣味はいいほうでね。あんたのような駄人間は必要ないが。この場を優雅にスマートの済ますにゃあんたを従えたほうがよさそうだ」

ここで一泊置き、振り返り。

「玖渚。いーたん。零崎双識。神識。出夢。老人会にご挨拶と行こうかー。本当の宣戦布告の始まりってやつを。殺して解して並べて揃えて晒してやることを宣告といこうじゃないか!!!!!!」

ここより始まるのが真の人類最強の世界に対する宣戦布告。





の、前に。

駄人間二人を従えて潤達六人が目的地に向かう間、赤木リツコを先頭に残りの八人はエヴァのケージに向かっていたりする。

ここに来たもう一つの目的、というよりはおまけに近い感覚ではあるのだが。

実際、本音を言えばどうでもいいらしい、玖渚が情報を漁っている時に偶々見つけたファイル、そのまま捨て置いてもよかったし、関わっても良かった、ただ“嫌がらせ”としては最上級というだけで実行を決定された事項、故に失敗してもどうでもいい。

この要望を出したのは、三好心視、春日井春日の二名が筆頭、他に興味を持ったのは零崎人識と蒼崎橙子ぐらいのものであったりする、人識は案外意外だが。

因みに玖渚が見つけたファイル、その内容は。

エヴァにはパイロットの近親者を取り込んでおり、ゲンドウはそれを取り出すのに苦心しているといった内容だ、思いっきり簡単に書くと、本当に簡単だなと突っ込まないでくれるとありがたい、複雑に書いても帰結する内容が同一ならばそれほど考慮するほどでもあるまい、その為に人類補完計画(外道バージョン)、別名集団自殺計画を計画しているのには流石に呆れていたが。

なお実子である神識はその内容に毛ほども興味を示さなかった、彼にとって家族とは零崎一賊であり、彼の母親、碇ユイの存在等今更に過ぎることだろうから、いてもいなくても同じ価値を見出せない相手に興味を抱けといわれても困るのは神識だろう。

故に興味を見出したのはエヴァという生体兵器に対する生物学者としての好奇心をもつ三好心視、春日井春日、それに魂などの根源に繋がるものへの探求に勤しむ魔術師である蒼崎橙子ぐらいのものであった。

人識は単純に巨大ロボットに興味を持ったらしい、変なところが子供っぽい。

他の面子、零崎舞織、紫木一姫、両儀式、黒桐幹也はただ単純に付いて行っているだけである、他にやることも無い、ならば流されてもいいだろう。

孤立して楽しいところと言うわけでもないのだから。

なお、赤木リツコはエヴァを見せるのに一度、司令の許可が要るとは言ったものの、本人からしてその言葉が通用するとは欠片も思ってはいなかっただろうが、言葉を出したのはそれが一応の義務だからだろう。

その言葉に対しての返答は単純にて明瞭。

「あの人類最強が今この時は従えと言っただろう。そしてお前達のボス猿。あいつ曰くは駄人間か、それに了承した。ならば今日この時は全てにおいてあの男は従うしかないのさ。許可は取ろうと取るまいと結果が見えている。拒否権など最初から見当たらないのだよ」

橙子の言葉により封殺された。

そしてそのままエヴァケージに素直に案内する赤木リツコであった、別にゲンドウに義理立てする立場にいるわけでもなし、脅されているのは先ほどの脅え様や、無様に過ぎる醜態を見せられた後では恐怖を感じない、大体恐怖を感じろと言うほうが無理だ、所詮は張子の虎、内に飼っている獣の強さならば外道よりも赤木リツコのほうが強く獰猛な獣を飼っている、弱者に怯える必要など最早無い。

最早外道がどんな行動に出ようと赤木リツコを精神的に完全に支配するのは不可能に近いだろう、基より恐怖による恐怖政治の支配、一度それが瓦解すれば成立するものではない。

と、戯言を述べてみたがこの連中は呑気に歩みを進めていた。

阻むものは既に誰も居らず。

唯一の妨害者はもう少しで顔を出す、愚かで、醜く、傲慢で、鈍くて、役にたたなく、害罰的で、毒や害にしかならない、このネルフのある意味体現者。

愚者の城の看板娘、はてさてどんな邂逅を果たすものやら。





暗闇に包まれた部屋、闇しか存在しない部屋、暗く、昏く、くらい。

何の為に存在するのか、この部屋の使用者以外は理解できない部屋、悪趣味に過ぎる部屋、だが使用方法が判れば理解は容易いだろう、悪趣味な密談には打って付けの悪趣味な部屋。

愚かな談合、傲慢な談合、強欲な談合、騙し合いの談合、破滅の談合、偽りの談合。

その為の場、その為だけの場、それだけを目的とした場。

その場に忽然と唐突に現れる人の影、老人、醜悪な老人、欲にまみれた老人、因果を認められない老人、愚かに愚か、更に愚かを足して余りある愚かな老人。

「碇。君のほうから呼び出すとは分を弁えているのかね、君。君は我々を呼び出す権限など与えた覚えはない。それも委員会ではなく我々“SEELE”を呼び出す・・・・・」

醜い顔にバイザーを付けた老人が現れて早々口を開くが、その言葉は途中で止まり。

「碇。この場に貴様以外の者を招くとはどういうことだ。貴様にそれを裁断する権限は我らに対する謀反ととってもいいのだぞ」

老人が駄人間二人以外の存在、人類最強を筆頭にする六人の存在に気がつき、責める口調で言葉を紡ぐ、だが何時までその余裕と優越と嘲りに満ちた声を出せるのか、何時の何時までその調子が保てることやら。

まぁ、そう長くは続かないと言うことは確実だろうがね、ここからは世界の一柱を支配するものと、世界を闊歩する才人奇人変人達の奇妙で奇抜で奇特な交渉劇。

因みに呼び出されたのは“SEELE”の議長、キールのみ。

他の老人連中はこの場にはいない、この場にいる必要が無い、物語に関わる必要が無い人間がこの場で観客として座していても煩わしい限り、故に世界は、この場に相応しいキャストをこの場に招いたのだろう。





「よぉ。キール・ローレンツ。傲慢なる老人。あたしは人類最強、哀川潤だ。お初にお目見えするが、これから長い付き合いになりそうなので、挨拶させてもらうぜ。愉快に楽しくエキセントリックに会話を進めるにはどこかの殺人鬼じゃないが挨拶は肝要だからな」

この傲岸不遜、豪放磊落、世界の支配を担う老獪と対峙しても揺るがぬ自信、これこそが人類において最強を固定された存在、赤色。

「貴様は何者だ」

「言ったと思うが“人類最強”っつーんだがね。耳が悪いのかい、ご老人。それともこういえば判りやすいか“人類保管計画”を妨害する者ってな。それに手前等があたしの存在を知らないとは思えないんだが。おっと“死色の真紅”、“仙人殺し”、“砂漠の鷹”・・・・・・・・・・どれかに耳なじみでもあるんじゃねーか。適度に手前等と敵対した覚えがあるんだが」

敵対してたのかよ、だが名前よりもこういう場合は二つ名が先行するだろうな。

殆ど全部の自分の二つ名を連呼しているがこの人どれだけあるんだよって突込みがその場にいた(味方の連中)人間の内心だったりする、友は全部知っていたっぽいが。

「ふん。聞いた名だ。我々に苦渋を舐めさせたのは貴様か。それに補完計画、これに関して何処で知り得た。答えてもらおうか」

潤の固有名詞に対しては知己にはいなかったようだが二つ名には該当したのだろう、老人は不愉快そうに返答を返し、質疑する。

この反応から彼は人類最強が人類最強であることをそれ程知ってはいないのだろう、まぁ、潤自身が老人会とは距離をとっていたが故か、直接まみえる事もなく、風聞で聞く分には人類最強は荒唐無稽過ぎる、彼女の本質が正確に報告されているかは疑わしい。

報告した人間の状態を疑われそうな報告をしなければならない程彼女に関しては常識外れの内容を報告する必要があるのだから。

質疑に対して。

「おいおい。あたしが素直に答えると思っているのかい。そんなに素直でキュートな女の子だとおもちゃってるんじゃあねえだろう。と言ってみたものの、まぁ別段隠し立てしても話が進まんし答えてやる。根源的にはこの二人の駄人間からってところだからな」

この時、「誰がキュートな女の子ですか」とまたいらんことを呟いた戯言遣いが再び潤の指弾で悶えていたりするが割愛、友に「いーちゃんって懲りるって言葉知らないお馬鹿さんなんだね。変わらないのがいーちゃんだけど。学習はするとは思っているんだけど、僕様ちゃん」と突っ込まれていた、まるで緊張感が無い。

友はともかくとして、戯言遣いにしてみればそれほど易々と対面出来るものではないのだが、自分が玖渚をこの場に連れてくる為の御守であると割り切っているからだろうか。

それともいい加減に自分がトラブル牽引体質であると理解し化け物のような存在に対しての耐性でも出来たのか、それとも偶に玖渚の兄、玖渚直、玖渚機関の統括者、世界の五分の一を支配する者と対面しているから超越的な権力者に対する慣れでも出来ているのか、どちらにしても暢気極まりない。

老人はこのやり取り(無視できるのは何だか流石だと思えるが)も先程の会話も、計画が露見したことにも傍目には動揺の一切を漏らさなかった、ただ冷静にただ冷徹に人類最強と向き合っている、その姿は老人である老いを感じさせない強者の姿。

外道が一瞬とて目を合わせることすら適わなかった人類最強相手に目を逸らすことなく睨みつける、バイザー越しとはいえ此方の度胸は本物だ、仮初ではなく実態を伴った剛質。

外道などは他人に対して眼を合わせられない臆病者であるが故にサングラス、自分の性根を見破られまいとするブラフ、それに比べれば百枚も二百枚もこの老獪なる妖怪に近い老人は上手だろうよ、天と地の程に、大海と溜池程に、大きな差が間に挟まっている、否、差と言うのもおこがましい、完全に次元が違う。

哀れな臆病者と偉大なる傲慢者、比較するのが無礼ってもんだろう、それに世界の頂点に立つ老人に対しては敵といえど礼を失するような真似は如何なものだろうからね。

「正確には、この二人の駄人間があたしでも喧嘩を売るなんて考えられない連中に喧嘩を売って、その喧嘩を始める前準備の段階で漏れたんだがね。自分から喧嘩を売ってこの駄人間は喧嘩を売った相手のことなんて欠片もしりゃしないんだからお笑いだ。そっちとしちゃお笑いでもないか、ん。無能を飼ってると苦労するだろ。こっちが知ってる経緯っつーと、此処は完全にコンピューター管理だからやり易かったそうだぜ、ハッカーちゃん曰くは、つまりはハッカーが全部が全部この馬鹿組織の中身を垣間見させてもらったわけだが。因みにその辺の詳細は後でこの駄人間から聞いとくんだな、あたしが説明する義務も義理も無い、それに時間の無駄だ。んー、だが一つだけ教えてやると喧嘩を売った相手は・・・・・零崎だ」

だが老人は動揺した、計画の露見にも哀川潤にも動揺しなかった老獪なる老人が動揺した。

零崎の名前一つで、零崎という単語一つで、零崎がもつ意味一つで、狼狽した、動揺を示した、目で判るほどに、だがそれは当たり前、必然、確定事項、零崎、零裂き、ゼロ裂き、この言葉を意味し、この言葉の対照に喧嘩を売って、この言葉の存在を敵に回す。

これ以上の恐怖は世界に早々には無い、これ以上の最悪は世界には早々転がっていない。

誰もが彼もが最悪と認識する醜悪なる軍隊、最悪なる群体、彼らとの敵対は絶対回避。

ある意味人類最強よりも最悪、人類最強よりも強大、故に世界の不文律、絶対敵対回避。

零崎と知らず彼等に喧嘩を売るものはいる、が零崎と知って彼らに喧嘩を売る存在はいはしない、それは殺し名において零崎以上を誇る匂宮や闇口にしても同じ事。

零崎とは敵対しない、これが世界の前文。

だが外道はその前文を無視した零崎の苗字を知り、それでいて調べもせず、考慮もせず、熟慮もせず、浅慮もせず、零崎に対して喧嘩を売った、喧嘩を仕掛けた、傲慢にも、愚かにも、浅はかにも、最悪に手を出した、最悪の最悪に牙を剥かせた。

そのツケ支払う老人としては溜まったものではない、絶対に敵に回してはいけない存在を敵に回すことになってしまった老人にはたまったものではない。

「ぜ、零崎だと・・・・・・・・・・・・あの醜悪なる、おぞましい、最悪なる、容赦ない、無義で、無機で、無情な殺し名。我等に敵対すると言うか。我らに牙剥くと言うか」

老人の狼狽は当然、誰も彼もが同じ反応を返す行動、それが四神一鏡だろうと玖渚機関だろうと、ER3だろうと、同じく等しく等価に恐怖する醜悪なる存在、最凶の魑魅魍魎、零崎。

「そうだ、そうだ、そうだぜ。あたしでもあたしですら敵対は御免被りたい、殺し名最悪。殺し名の連中はどいつもこいつも最悪だが、最悪の極めつけ零崎、最悪の中のそのまた最悪、零崎。で、その最悪がご挨拶だそうだぜ、ご老体。あんたにご挨拶だぜ、ご老人。目の前にいるのがその最悪、零崎だ」

潤が指し示す先にいるのは勿論、当然、満をじして、零崎双識、零崎神識。

この暗闇の空間で漆黒のスーツを纏う、二人の美青年と美少年、似合わない青年と似合った少年、二人の最悪、青年は慇懃に微笑み頭を垂れ、少年は丁寧に一礼する。

「お初にお目見えする、零崎の敵」

「初めてお会いします、私達の敵」

最悪なる台詞を吐いて、同一なる意味の言葉を吐いて、ゼロ裂きは宣戦を布告した。





その頃、エヴァケージに到着した零崎人識や蒼崎橙子の一行。

因みにエヴァケージには十七人分の死体が散乱しているのだがその辺はこの場にたどり着いた面子は綺麗にスルーしてくれている、いい加減に見慣れたのだろうし見ず知らずの肉の塊に何らかの感情を向けるような思考の持ち主でもない。

まぁ、不快を示す程度の感情を呈した者はいるが。

その感情を示した当人もいい加減感覚が麻痺してきたのかその不快の感情の度合いはかなり小さなものだった、それにその感情が浮かんだところでどうということも無いのだからどうでもいいことだ、次第に慣れてきてもいることだし。

生物学者達は己の知的好奇心を垣間見させ魔術師は己の探究心を隠そうともせず、少年殺人鬼は愉快そうに、その他は適当に。

会話を重ねていた。

この本日、多数の死者を量産した組織が数年がかりで製造し管理し無策に使用しようとした汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンを眺めていた時、勿論眺めているだけではなく事前におまけ感覚で計画した事案に関しても一応の注意は払っていた其の時。

空気圧式なのだろうか空気が擦れる音と共に自動ドアが開き、この場に居る者達以外でこの場に立ち入った闖入者、既に出番は過ぎ去り物語に取り残された筈の乱入者が介入した、傍迷惑な事に、既に登場する舞台は残っていないのに場を弁えない三文役者の追加登場。

本当に傍迷惑なギリギリで生物学的にfemaleと分類出来そうな、してもいいかなと考えられる霊長類(?)に分類される生物。

文から察せられるように本当に霊長類かどうかは激しく怪しい、そんな不可思議生物。

「ああ・・・・・・・・・・・・ったく、無駄に広いんだから、ここ。・・・・・・・・・・待たせたわね、エヴァ発信準備」

少し息をついてから状況を弁えない妄言を吐く女。

一応はこの駄目組織の作戦部長、軍事組織としての対面を持つ組織の軍事面での実務的な最高責任者、作戦部部長葛城ミサト一尉の筈である。

の筈だが。

いきなり何をおっしゃっているんでしょう、この愚か者は。

なお、言うまでもないが、妙に息の荒れた彼女、恐らく迷いに迷って我武者羅に走り回ってこの場所に到達できたと考えられる、この場所に関しては部屋のロックは解除されているから入ることが出来る筈だし。

ついでに彼女は本来彼女が行かなければ成らない発令所には行かず、というか恐らくかすりもしないルートでここに迷い込んだのではないのだろうか、途中で死体を見つけていれば、それを辿っていけば発令所に着けるわけだし、死体を見たのなら先ずそれを問い質すだろう。

ここでエヴァ発進を叫んだのはようやっと他の人間を見つけて適当に命じたというところではないだろうか、でも、エヴァ発進も何も、ここ発令所じゃないし、既に使徒戦、非常識の極みのような攻撃で終了しているし、何より今現在この組織あんたの妄言に付き合える余裕がある人間って極々極々少数のはずだし、まず答えられないんじゃないかな。

既に発令所の面子は化学物質に成り果てている筈だから。

因みに、彼女の登場に関してはこの場に居た面子の反応は、揃いも揃って冷ややかなものだった、まるで何か痛い人を見てそれを労るでもなく拒絶するような目で。

その筆頭が彼女、作戦部長葛城ミサトが親友と自称する科学者赤木リツコであったのは余談である、赤木リツコのほうはミサトの本質、浅ましさや自己中心主義、害罰主義を熟知しているので親友と思っているかどうかはかなり怪しいが、というか以前リツコ自身が、何故彼女がこの組織に居られるんだろう的な愚痴を部下に漏らしていたりする。

で、この場でこの手の愚かな発言に真っ先に反応したのは。

「ミサト。貴女今まで何していたの」

この人しかいないだろう、直接面識の経験を持っているのも彼女しかいないわけだし。

で、聞いたリツコが多分その解答を一番聞く前から理解していただろうが。

「リ、リツコ。私はそう使徒の攻撃に巻き込まれて(正確にはN2です)車が動かなくなったから。走ってここまできたのよ。目視でも使徒を確認して来たわ。至急エヴァの発信準備!!!!」

最初は狼狽し、最後は意気揚々と、まるで自分が大業を成し、功勲を立てたように述べる、しかも大声で述べていることから声の大きさで誤魔化そうとしているのかも知れない。

遅刻したことや自分の職場で迷子になって迷ってしまったことなどを。

だがリツコは、いやリツコではなくてもこの場にいた他のこの愚かな言葉聴くこととなった傍聴者は揃って似たような感想を抱いただろう、そう感じさせてもいい愚かな言葉だ。

先ず、第三使徒によりこの町が非常警戒態勢に入って既に数時間、通常であればどんな理由があれ彼女は本来現在地獄と化した発令所にいる筈であった人物である、ここにいる面子も蒼崎一行はともかくとして重職につく人間の顔ぐらいは覚えている、彼女がどういう立場であるかぐらいは理解している。

また、リツコは彼女が神識の迎えに行っていないこと、ここにいる面子はそんな事情は知らないものもいるが、知っている。

そして本当に今ここに現れるタイミングで使徒を目視したというならば、使徒が既に倒されていることも知っている筈なのだ、使徒が倒されて既に一時間以上は軽く経過している、二時間にも届くだろう、その時間を考慮すれば彼女は今現在ネルフがエヴァを必要とする状況でないことぐらいは知っているはずなのだ。

故に、敵と味方、リツコと一行の見解は『馬鹿』で一致した。

普通人の心しか持たない科学者と、感性が常人から外れた一行の意見の一致、どう判断するべきだろうね、この事象は。

それを為した馬鹿は馬鹿のままの意見で固定しても一向に構わないだろうが。

で、そのリツコのその愚答に対する返答は。

「はぁ、ミサト。その必要は無いわよ」

簡潔なものだった、愚答に対して複雑な返答のしようも無いが、その声は呆れた調子を多分に含んでいた、大体においてこの場で彼女は気づかないのだろうか、この場所に漂う異常さを、この場を占める異臭を、そしてこの組織内を席巻している事態を。

そのリツコの回答に対して。

「どういうこと、必要ないって。使徒はもう直ぐ其処まで来ているのよ。エヴァを発進して私の指揮で迎撃しないといけないじゃないのよ」

深く、疲れたようにため息を一つついて、聡明な女性は再度口を開く。

「その必要が無いって言っているのよ。使徒は倒されたわ。それよりも貴女何で今そんなことを聞いてくるの、他に聞いてくることがあるんじゃないかしら」

この時のリツコは先程まで支配されていた自分の傍らに存在する一行に対する恐怖心が和らいだのかもしれない、疲れて、呆れて、目を瞑りたい愚行を行う同僚の存在だったが、その同僚の馬鹿さ加減は彼女の恐怖に凝り固まった神経を解きほぐすぐらいの役にたったのだろう、無論彼女は同僚が現れる前からそれなりに理性的な思考を保っていたが、今は余分に彼女を拘束していた緊張が程よい感じで抜けている状態だろう。

だからより覚めた目で彼女は同僚の作戦部長を見ていた、最近は余り好感を抱くことが出来なくなっていた元友人、いや現在の同僚を。

だがその同僚はリツコの『他に聞いてくること』の言葉に対しては何の反応を見せず。

恐らく正しくはリツコの台詞の前半部分しか聞いていなかったのだろう、先程の体裁を取り繕うとき以上の大声で彼女は吼えた、自分の立場を考えない愚かな叫びを。

この場に彼女の部下、いやそれ以前にリツコ以外の職場の人間がいなかったのは彼女にとっては幸いだったろう、彼女の人間性が認識されることは無かったのだから。

「ちょ、ちょっと。何時倒したってーのよ。何勝手に倒してんのよ。私はまだ使徒を倒せなんて命令を下しちゃいないわよ!!!!!!リツコ、誰よ。私の命令なしに使徒を倒したやつは。使徒は私が倒すって決まってんのよ、私じゃなけりゃ倒せないのよ。誰が勝手に倒していいっていったつーのよ。私の許可無く使徒を倒していいわけないでしょうが。いいや、倒せるわけが無いのよ!!!!!誰よ、その独断でやったやつは私が処分してやる」

この言葉を聞いた誰もが彼女の人間性を大幅に下方修正させ彼女に対する評価などかなりの低価格となるだろう、まぁ聞く人間がいないのだからどうでもいいことではあるが。

自分勝手の言動もここに極まり、ここまで暴走した発言を出来るのも相当なものだろう、しかも言っていることは長々と怒鳴り散らしている割には、自分以外の誰かが使徒を倒したのが気に入らない、その一つに尽きている。

首尾一貫しているといえば聞こえはいいが、自分は遅刻しておいて、職場で迷子、その上現在の状況把握も出来ては居ない、自分の不手際など山のようにあるのに自分の欲望を満たす行為を他人に掠め取られた行為に関して激怒し、他者を一方的に非難している。

勿論自分の不手際は天上のどこかに棚上げして、既に自分の意識のうちには無いのではないかと考えられる。

そんな彼女が息巻いてリツコに近寄り事態を問い詰めようとしているのだろう、その興奮しきった顔、いや形相には理性というものが伺えない表情で、猛然とリツコに詰め寄るように迫ってくる。

それはもうリツコが仇敵であるかのような形相と勢いで迫り、問い詰めるというよりは無理やりにでも吐かせるといった感じが見受けられる。

だが興奮の余り視野狭窄になっていたのだろう、いやこの部屋に入った時点で視野狭窄だったのかもしれないが、彼女はリツコに迫る途中で“何か”に躓き、体制を崩し、崩した際についた足を濡れた床で更に滑らして転倒し。

見事な転げっぷりである、普通はここまで転げられる人間は早々お目にかかれないだろうというくらいには。

大体において何故彼女は自分が躓いた存在に気付かなかったのだろか、この場ではかなり異彩を放っている物体であったのだ、確かにこの部屋にはエヴァがありその存在は目立ちに目立つ。

加えてエヴァを保存する為のLCLが在る為異臭に関しては紛れて判り辛い、だが部屋の中で十七箇所以上にわたって転がる物体が“何か”なのかを気付かないのはどうかしているだろう、それだけに彼女がこの場に到達した時には気が焦り、そしてそれからも気を落ち着けることが無かった証左となるだろうか。

で、すっ転んだ当人は床にぶち撒けられた液体に染まり、恐らく未だその液体が何なのかは判っていないのだろうが、自分が転倒した原因についての不満、不注意が原因なのだがその不満を口にしていた、それはもう盛大に。

自分が躓いたものが何なのか、自分が塗れた液体が何なのかを確かめる前に。

その液体に塗れた姿で悪態をつく様は間抜けではなく悪鬼か羅刹のような風情をかもし出していたが、やはり所詮は間抜けだろう、その理不尽な叫びも滑稽を通り越して哀れにしか写らない。

「あん。何でこんなとこに邪魔なもんがあるのよ。この私が躓いたじゃないの。大体コレ何よこんな道の真ん中に。脇にどけとけってーのよ!!!」

大体において察しのとおりだと思うが、この間抜けが躓いた”何か”は人間の成れの果て。

恐らく双識に殺害されたものだろう、鋭利な断面を晒して朽ちている首無し死体、彼女が塗れた液体はその血液だ、興奮状態でリツコに迫った間抜けは自分の足元など目にも入らず足を掛けた。

そして血溜まりに顔から突っ込み視界を血で染め、その首無し死体に自分が躓いた腹いせに蹴りを入れたのだ、まぁ、自分が躓いた原因が何かを未だ悟っていないから出来たのだろうが、この姿も人に見せられるような種類のものでもないだろう。

正に血に塗れて悪鬼の形相で死体に蹴りを加える様は、中々にグロテスクだ。

彼女を含めて。

だが如何に彼女だろうと気付くだろう、視界が赤に染まっているのだから、その不明瞭な視界は不快な筈、勿論人間の本能として視界を明瞭にしようとするだろう、普通は躓いた時点で文句を言う前にやるだろうが、彼女にとっては自分の不満を吐き出すことのほうが優先事項だったようだ、中々の根性だろう。

まぁ、一通り不満をぶちまけた後は反射的な行動をとろうとしているが、だが血をぬぐった後の反応は。

やっぱり判りやすかった、何というか行動のパターンがある意味限られた人間?だし。

「大体、何よこれ、妙にこびり付くし・・・・・・・・・・・・・・えっ・・・・・・・・・・・・ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(パタン)」

絶叫、女性としてはかなり蛮声に近いものだったがを上げて気絶した、どうやら死体と血が自分にこびりついた事に一応常人としての反応を返したというところか。

どうでもいいことだが、言いたいことだけ言って退場してくれたやがった。

リツコでさえ生の殺戮劇を見て耐え切ったというのに正規の軍陣である筈の作戦部長が血に塗れた程度で意識を失うのはいかがなものだろうか、まぁこの組織の上層部の軍人はキャリア軍人、それこそ死体を見た経験は刑事課の刑事よりも少ないかもしれないという温室栽培、幾ら図太いといえど気を失っても不思議は無いが、不思議は無いが。

只、単にこの女が出てくると話が進まないから一人で暴走させて一人で終結さえたわけでは決してない、無いったら無い、多分。





「あの女は何がしたくてここに来たんだ。金髪のおねーさん」

何と言うか一行の疑問を集約したような質問を繰り出す、人識、橙子よりは友好的な問いかけ方だが、こいつは命のやり取りをするときでも口調が変わらないのだから、有効を示しているかどうかは判然の仕様が無い、笑って会話をしながら相手の喉笛を掻っ切れる。

恨みも策謀も怒りも混乱も何も無く先程まで笑い合っていた相手を殺してしまえる殺人鬼に対しての判断基準としては何気ない会話程度では弱い。

特に人識は反射のレベルで人を殺し、殺人を押さえ込むというのがかなり困難なタイプ。

まぁ、それはさておき頭痛がするのかリツコは頭に手をやって、完全に彼女は自分の愚かな同僚のおかげでかなりリラックス出来てはいたのだが、それを理解しても感謝する気は欠片も起きないだろう、これ程答え難い質問に晒されていては。

今彼女の中では同僚を百回ほど罵っているところだろうか、それでも会話は継続させねばならない、強迫観念以前に気分を害するような行動は取りたくは無い。

「ウチの職員、作戦部長よ」

簡潔だった。

同僚(既にリツコの中では親友という範疇から外れ友人という範疇からも外れつつある)の醜態をここまで目前に晒され、自身との関係を表ざたにはしたくは無いのだろう。

同じ職場に働いているのが判られただけでも激しく嫌な醜態っぷりだったから。

「あの女って。神識の迎えに来る筈だった。破廉恥な写真をよこした女です。実物を観察するとその本質が更にわかりやすい人でしたが。この組織なんでこの女を“作戦部長”に据えてるんですか。集団自殺でもしたいのですかね。やはり殺したほうがよかったですかね。“石凪”の方達なら躊躇い無く殺したでしょう」

舞織の言葉だが、然もありなん“石凪”、殺し名七位≪死神≫を冠せられる殺人を生業とする集団、殺人に対する定義は“生きているべきでないから殺す”、故に死神、死神にそこまで判定される無様さだたということだろうか、中々に高評価を頂いている作戦部長だった。

後、彼女達にはつながりが無いが薄野辺りが目の当たりにしても殺したのではないだろうか、≪始末番≫たる彼ら“正義の為に殺す”彼等ならばネルフの所業に対して殺戮を行ってくれるだろうよ。

因みに表記してはいないが、闇口は暗殺者“誰かの為に殺す”、墓森は虐殺師”みんなの為に殺す“、零崎は殺人鬼”理由無く殺す“、これが彼等殺し名の由縁、繰り返した表記となるが戯言のような名付け方だ。

「そうですねぇ。あの方達は殺す理由がはっきりしているからですね。零崎の人達に比べればこの組織は相性が悪いかもしれないですね。でも零崎程は殺さないですよ」

舞織の言葉を繋ぐように突っ込む姫ちゃん。

「それはそうです。最悪は零崎です。でも私達は神識のことが無ければ安全でしたよ。関わろうとしなければ安全なものです。まぁ、関わられたから関係ないんですけどね」

それに返す舞織、確かにその通りだろう、零崎は関わらなければ関わられなければ安全そのもの、正に災害、それが例えるに相応しい言葉。

そんな会話が為されてリツコは、微妙に引き攣りながら、なんとなく御座なりに。

「出来るだけ殺さないでくれるかしら。一応は知人なのだし、しばらくは目覚めないでしょうかから静かなものでしょう。愚かで無様だけどね」

一応は存命を口にする、何と無く死んでも構わないというような調子が見て取れるが。

「あぁ。殺したってしゃあねぇだろ。あれは別段俺等殺し好きってわけじゃねえし。別段今のところ害が無いから殺さないでおいてもかまわねぇ」

快諾する人識だった、だがこの女十分過ぎる害悪だろうと思えるのだが、十全に。

因みに橙子は来る時叫ばれたこと事態に気付いてはいないし、舞織は殺すまでも無いと軽く判断していた、正確には殺す必要を感じなかっただけだ。

先程の醜態で頭の痛い女と判断され、神識に働いた無礼(破廉恥な写真等や迎えの遅れ)も頭が痛いせいだろうと確信し(間違っていないところが悲しい)、どうでもいいと感じたようだ、後々に殺しておけばと考えるかもしれないが。

ここで舞台を退場されるのは詰まらないだろう。





で、血に塗れ、臓器に塗れ、肉に塗れ判別がつかない状態に女を捨て置き。

この場でのつまらない用事を済ましてしまおうか、不条理にて理不尽な力を持って、意味に於いて殺し名よりも理不尽な能力、世界を覆す、今の世界を支配する科学を覆す能力。

大層な力を使うがそれは詰まらない事、どうでもいい事、ゲームを更に愉快にする為の布石を打つ行為、出来ようが出来まいがどうでもいい、為そうが為さずともどちらでも変わらない、同じこと、どちらに転んでも同じこと、ただやると選択したに過ぎないこと。

つまらないことの参加者は提案をした三好心視、春日井春日、生物学者が語るには荒唐無稽、常軌を逸した提案、だがこいつらは常軌を逸した天才には違いない、普遍の解答など持ち合わせてはいまい、目の前にある事実を受け入れて、目の前にある事実を否定しない、科学者としてのスタイルとしては間違ってはいない、それがどれだけ理不尽でも、どんな不条理でも受け入れる、加えて特化出来る才能、故に彼女は世界の頂点の一柱と為り得る。

只、その才能を実用に発揮するとは限らないが。

天才というのは揃いも揃って自分自身のみが見つめる何かをもつ、勿論戯言に過ぎないが無名、有名に関わらず、存命死亡に関わらず、才人という才人のほんの数割が全力で“実用”に取り組めば、取り組んでいれば世界は半世紀分程度は違っていたという話もあるほどだ、故に天才が目指すものは実用に限らないというか実用外のことのほうが多いのではないか。

だから今回もすべからく詰らない。

潤による知識と友による情報収集より得られた知識のみで魔術を、魔眼を計画に組み込み知恵を弄して、悪戯を企む、その知性の無駄遣い、その無駄なことに力を注ぎ込めるから故に才人なのかもしれないが。

彼女達が企んだのは魔術的作用による魂の抽出、初号機より、初号機が魂という概念を持つのであれば、そして魂という概念が実在に存在するのならば注入できたならば抽出も可能、何の確証も無い、仮説だけをくみ上げ計画した、失敗しようとどうでもいい、成功しようとそれはそれ、暇つぶし程度に企んだ悪戯にて嫌がらせ。

「さてや。魔術師はん。この世界には魂ちゅうもんが須らく総ての生物に存在しとるっちゅうってことで間違いないんやな。科学者のウチがそないな非科学的なこと言うちゅうのもなんやが」

心視が橙子、赤の魔術師に語りかけるがその問いは今更だろう、有ると仮定して計画を組んだのは貴女なのだから。

「ああ。私達にとっては当たり前だがね。魂は在る。それが何かと言及に迫られれば口にし辛いが、有無を問われればあると答えよう。今はそれで十分だろう」

「ん、十分や」

そして思案するように、いや何かを楽しむように顔を上げエヴァを見上げる、それは本当に悪戯を企む少女の顔だ、三十一を捕まえて少女も無いだろうが、外見的には少女という評価でも十全。

因みに春日井春日はこちらも嬉しそうに思案に耽っていた。

因みにリツコはその姿を眺めつつ何をするつもりかを推察しようとしていたが、多分無理だろう、魔術を知らず、この連中の破天荒さを知らず、既存の常識に縛られている彼女では理解に達するには難しい、まして悪戯に近い思考から生まれたものを察せというほうが無茶に過ぎる。

そしてこれからの台詞に更に仰天することになるのだがそれはまた別の話。










To be continued...


(あとがき)

今回よりキャラ登場タイプの後書きで。

巫女子「おっひさー&始めましての葵井巫女子。4649、ヨロシクゥ!!!!」

作者「ハイテンションだねー。巫女子ちゃん。おっとご挨拶お久しぶりのsaraです」

崩子「お初にお目にかかります。闇口崩子です」

みいこ「うむ。私は浅野みいこ。はじめましてだ。それにしてもさの字(作者の事です)。
何故これほど次が出るのが遅かった」

作者「・・・・・・・・・・・・・・・・・ぬぅ」

崩子「自分の技量も弁えずにHPなど開設するからです。戯言遣いさん。私の所の戯言遣いのお兄ちゃんも計画性というものが有りませんが。あなたも有りませんね。戯言遣いさん。もしくは二号さん」

作者「・・・・・・・・・・・・・俺は二号か」

みいこ「違うのか、さの字」

作者「違いません」

巫女子「でもいっくんみたいに戯言使えてないよね」

作者「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

崩子「まぁ、貴女がお兄ちゃんのように戯言を使えるとは思っていませんが。何故お兄ちゃんが活躍しないのです。私が出ていないのも何ですが」

みいこ「私も出ていない。いの字はモテモテだし。い、一応いの字は私に告白したんだが。その辺はどうなっているのだ」

作者「みいこさん。貴女そんなキャラだったの」

みいこ「音々の奴も私は出るのかと私は誰とくっつくのかと聞いてくれと言付かっているのだが」

作者「俺の言葉はスルーですか」

巫女子「で、これからの展開は。どうなるのーどうなるのー。さーくん。巫女子ちゃんがいっくんとラブラブする展開。それともインモラル、さーくんやらしい、むっつり、でも希望≪巫女子ちゃん入浴。迫る人影、襲われる巫女子ちゃん。でもお相手はいっくん≫みたいな!!!!そーなるよね、ねね、ねねね!!!!」

作者「巫女子ちゃん貴女もキャラが変わりますか、血走った目でとんでもないこといわないでください」

崩子「スルーしてかまいません二号さん。戯言遣いのお兄ちゃんは七年後の私のものですから」

作者「君もかい」

みいこ「待て、本人の意思を鑑みてるのは私だ」





作者「何か、三人で激しい談合に走ってますので作者がやりましょう」

いーちゃん「出番は無いのはいいけど。僕はギャグ担当。先生のお仕置きは」

作者「おっと、苦労人。もといギャグキャラ・・・・・・・・・・なんでナイフを構えるのかな、それは確か赤色から貰った。次回辺りはみいこさんとラブラブさせてあげようというのに」

いーちゃん「マジ」

作者「本当(一応本気です、これ以後のいーちゃんとの会話は予告にはなりません)」

いーちゃん「本当の本当」

作者「戯言だよ(ダッシュ)」

ナイフ振りかぶって追いかけてくるいーちゃんと逃げ回る作者。



作者「では、次回エヴァに何をなすのか大体はお察しの通りでしょうが。因みにみいこさんは本気で出ます。後月姫が本当にしばらくしたら出るかもです。同じ那須きのこワールドだからよしです。でもりすかは無理でしょうね、りすかは。ネコソギラジカルのキャラでは一応本人初出演の石丸小唄、絵本園木、闇口濡衣。ほかでは千賀三姉妹、石凪萌太、早蕨三兄弟(多分)、人類最悪、鈴無音々この辺りは確定的に出るでしょうが、子萩ちゃんは確定ですし・・・・・・・・・・・・しつこい」

再び戯言遣いに追われる作者。

崩子「では私が代わりにご挨拶を、では、皆様、息災と、友愛と、再開を」



(ご要望に応えて、ながちゃん@管理人のコメント)

先ずは、HP開設おめでとうございます。
しかし大変ですなー。連載何本も抱えて。すごいとしか言いようがありません!
でも、ぶっ倒れないように注意してくださいね。
さて、今話の感想ですが、相変わらずスンゴイですなー。
よくもまーこれだけ語彙が豊富なこと。羨ましい限りです。
翻って管理人の表現力の乏しいこと…うう、ちょっと嫉妬したりして(汗)。
零崎さんちの人たち、メチャクチャしてますなー(笑)。まさに欲求のまま殺しまくり。一切の制御なし。
でも資源には限りがありますよ〜(笑)。有効利用しましょうね〜。伐採したら植林とか〜?(笑)
でも気分が良いですね。これって危ない傾向か!?
さて、ネルフに喧嘩売って、殺しまくって、次はゼーレですかい?
なんか使徒戦そっちのけで、戦争が勃発しそうですなー。
小説をまったく読まない管理人ですが、キャラを知らなくても、引き込まれてしまいます。
先が読めない展開に、期待して待て次話!!

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