暁の堕天使

聖杯戦争前夜編

第二話

presented by 紫雲様


4月、穂群原学園―
 「あーあ、やっと終わったな」
 入学式を無事に終え、ウーンと背伸びをしているのは士郎である。その隣にいる一成が、眼鏡を直しながら、呆れたように声をかける。
 「どうした?いつもの衛宮らしくないぞ?」
 「いや、ちょっと寝不足でさ。挨拶聞いてたら、もう眠くて眠くて」
 欠伸を噛み殺しながら教室へ向かう2人。2人が向うのは、1年C組である。
 「お、シンジじゃないか」
 「おはよう、士郎、一成。ひょっとしてC組?」
 「なるほど。では改めて、今年1年、よろしく頼む」
 3人一緒に教室へ入る。すでに大半の生徒達は教室に入り、知り合い同士で固まってお喋りに花を咲かせていた。
 「おはよー!みんな、席に着けー!」
 元気よく教室へ飛び込んできたのは、1年C組の担当教諭、藤村大河こと、藤ねえであった。
 「よーし!まずは自己紹介から始めてもらおうかな!私は藤村大河。英語を担当してます。それと弓道部の顧問もやってるの。よろしくねー!」
 手に持った虎竹刀を振り回しながら、元気よく自己紹介する大河に、士郎だけが呆れたように苦笑している。
 「相変わらずだな、藤村先生は」
 「ああ、家にいる時と、全くノリが変わってないよ」
 「いや、暗いよりは良いんじゃないの?」
 士郎の自宅にお邪魔した事のある、一成、シンジがそれぞれ感想を付け加える。そんな3人に落ちる雷。
 「お喋りするなー!」
 士郎の頭に命中したチョークが木っ端微塵に砕け散る。
 「いってえ・・・何すんだよ、藤ねえ!」
 「学校では藤ねえと呼ぶなー!」
 妙にハイテンションな2人のやり取りに、当然の如く向けられる疑問。
 「あの、2人は姉弟なんですか?」
 「ああ、士郎は隣の家の子供なのよ。士郎が小学生の頃から、ずっと私が面倒看てきたのよ」
 「面倒看てきたのは、藤ねえじゃなくて、俺の方だろう。そういうセリフは、味噌汁の1つも作れるようになってから言ってくれ」
 「それを言うなあ!」
 士郎の頭部に突き刺さる虎竹刀。うめき声を上げながら、士郎が教室の床をのたうち回る。
 「さあ、外野が静かになった所で、自己紹介を始めましょうか」
 朗らかな声色に、生徒達の背中に冷たい物が走る。
 「まずはあいうえお順で行くわね。トップバッターは、と・・・衛宮士郎・・・?」
 いまだ苦悶しながら転げまわっている士郎の姿に、大河が乾いた笑い声をあげる。
 「士郎、いい加減お芝居はやめてくれないかな?」
 「本気で痛いんだよ!こめかみ直撃させといて、ふざけんな!」
 文句を言いつつも自力で立ち上がる士郎。
 「えっと名前は衛宮士郎。特技は機械の修理と家事全般。部活は弓道部を志望予定。こんな感じで良いのか?」
 「オッケー、オッケー!それじゃあ、次!」
 大河が名前を呼ぶたびに、紹介をしていく生徒達。
 「言峰シンジと言います。特技は料理とチェロです。部活はまだ考えていません。あと冬木教会というところにお世話になっています」
 「俺は間桐慎二。部活は弓道をやる予定だよ、よろしく」
 「私は美綴綾子です。特技は武道全般、特に薙刀が得意です。ただ弓道だけはやった事無いので、部活は弓道をやる予定です」
 「名前は柳洞一成。街外れにある柳洞寺が自宅です。部活はやりませんが、代わりに生徒会に入るつもりです。一年間、よろしく頼む」
 最後の一成が座った所で、大河が声を張り上げる。
 「弓道部志望者がいてくれて、先生は嬉しいよ!」
 「藤ね・・・じゃないや、大河先生」
 「タイガーって呼ぶなあああ!」
 大河のバックに、一瞬だけ、妙にコミカルな虎の顔が浮かび上がったのを、生徒達は幻視した。
 「じゃあ、藤村先生。弓道部って、そんなにメンバー少ないのか?」
 「人数的には中堅規模ね。でも士郎が入ってくれるなら助かるわ。士郎、弓は得意だったもんね!放課後、必ず弓道場へ来なさいよ!」
 「・・・はいはい・・・」
 こうして、妙にハイテンションなSHRは終わりを告げた。

放課後、弓道場―
 「おー、来たわね」
 袴姿に着替えた大河が出迎えたのは、士郎を始めとする弓道部入部希望者数名である。
 「へえ、結構、きれいだな。それに広いし」
 「当然。毎日、ちゃんと清掃してるんだから!」
 「掃除しているのは部員であって、藤ねえじゃないだろ」
 「だから、藤ねえと呼ぶなと言ってるでしょ!」
 一頻り叫んだあと、大河がクルッと振り向く。
 「誰か、士郎と同じサイズの弓道着を貸してあげてちょうだい」
 「ちょ、ちょっと?」
 「士郎は経験者でしょ!それに私より上手なんだから、いきなり射ても問題はないでしょ」
 頭を抱えて謝りながら、奥の更衣室へ案内される士郎。その姿をシンジ達が呆気にとられて見送っている。
 「豪快なんだね、藤村先生って」
 「うむ。まあ我々に限って言えば、あくまでも見学予定者なのだから、衛宮には物足りんかもしれん。あいつの場合は、実際に射る方がいいのかもしれんな」
 「ま、お手並み拝見ってとこかね」
 「衛宮、恥さらしな真似だけはすんなよ!」
 やがて更衣室から出てくる士郎。借り物なのだが、その様は見事にハマっている。
 「じゃあ、射させてもらいます。とりあえず10本いきます」
 射方八節に従って、射る。
 風を切る音が都合10回。その結果に、大河以外、誰も声を上げられない。
 「10本全部的中か、満点ね」
 ざわめき出す弓道部部員。見学に来ていたシンジ達も、士郎の腕前に呆気に取られていた。
 「すごいな、士郎」
 「いや、単に経験があるだけだよ」
 借り物を返してきた士郎が、見学席に帰ってくる。
 「ずっと続けてきたからこその成果だろう?誇って良いことじゃないか。努力の成果なんだからさ」
 「そうだな、言峰と同意見だぞ、衛宮」
 「ありがとな、2人とも」
 朗らかに笑う士郎。後ろで見ていた美綴は見直した、とばかりに賞賛を込めた視線を送っている。慎二はどことなく面白くなさそうに、顔をそむけていた。
 「折角だから、今日は見学の一年生にも弓道を体験してもらいましょうか!全員、更衣室へ連行せよ!」
 テンションのあがった大河の指示に、部員達が呆れながら更衣室へ誘導する。
 着替え始めたシンジ達だったが、上半身裸になったシンジに、何気なく視線を向けた一成が驚きで目を見開いた。
 「・・・言峰、その凄まじい傷痕は何なんだ?」
 「お腹が破れたんだよ。他の傷跡も、その時の物だよ」
 「お前、よく生きてたなあ」
 赤い世界でアスカと交換した傷痕が、シンジの体には未だに古傷として刻みこまれたままだったのである。
 当初、シンジは使徒としての自己修復で治るかと思っていたのだが、冬木へ辿り着くまでの放浪中に自己修復が働く気配もなく、あくまでも一般人と同じ早さでの自然治癒しか見られなかった。
 一度だけ、綺礼に相談した事もあったのだが『その傷が右目と同じ理由ならば、それ以上、治る事は無いだろう』と切り返され、それ以来、シンジは傷痕については極力気にしないようにしている。
 士郎と慎二も、さすが驚いたのか、シンジの傷痕に呆気に取られていた。
 「着替え終わらせて、早く道場へ戻ろう。待たせてしまっても迷惑だからね」
 「そうだな」
 道場へ戻る3人。美綴は一足早く道着に着替え終わり、すでに弓の引き方を教わっている。
 部員達に教わりながら、弓を引き始める3人。試しに射てみたのだが、所詮は素人。結果は惨敗である。
 「うむ。何事も経験。重畳重畳」
 「弓って難しいね。片目の僕には無理かな、狙いが付けられないや」
 「お前にゃ無理かもな」
 3者3様の感想に、大河も笑うしかない。
 「試しに射てみた訳だけど、感想は?」
 「俺は入部希望かな。結構、面白そうだ」
 「そっか、それじゃあ美綴さんと間桐君は入部希望、と」
 大河が手元のファイルに書き込む。
 「で、柳洞君と言峰君は?」
 「残念ながら向いていないようです。やはり生徒会執行部に入ろうかと」
 「僕も難しいかな。もしかしたら経験が活かせるかと思ったんだけど・・・」
 シンジの言い分に、大河が目ざとく反応する。
 「経験?ひょっとしてアーチェリーでもやってたのかしら?」
 「射撃という意味では同じなんですけど。拳銃とスナイパーライフルなら経験があったものですから」
 「・・・言峰君。ここは日本よ?一体、どこで銃なんか撃ったのよ!それもスナイパーライフルって何!?そんなのうちにもないわよ!」
 絶叫する、由緒正しき任侠一家の一人娘。
 「ここに来る前、戦自の特殊部隊にいた方が保護者だったんですよ。それでまあ、色々と」
 少なくとも嘘ではない。かつての保護者ミサトは、戦自の出身者である。そしてエヴァの訓練の一環として、本部で射撃訓練をしていたのも事実である。
 「あなたの事が不安になってくるわね・・・まあ、いいわ。でも気が向いたら、弓道部へ来なさい。弓道部はいつでも入部希望者歓迎だから」
 「ええ、ありがとうございます」

 弓道部の体験入部を終えた後、一行は音楽室へと向かっていた。
 弓道部に決定した美綴と間桐は、弓道場に残ったままである。
 生徒会に決めている一成と、弓道部に決めている士郎には音楽室へ向かう意味はないのだが、シンジの体験入部につき合うといって同行を決めたのであった。
 音楽室は、吹奏楽部メンバーが個人練習を行っている最中であった。
 「失礼します、体験入部なのですが」
 「ええ、どうぞ。中へ入って下さい」
 「ああ、俺達は付き添いです。こっちのシンジが吹奏楽部希望でして」
 3人の中では一際、背の高いシンジに視線が集まる。
 眼帯をつけた、魅力的な容貌の少年である事に気づいた女子生徒達が、互いに耳打ちを始めた。
 「えっと、チェロってありますか?できれば、チェロをやりたいんですが」
 「経験者?どれぐらい演奏してたの?」
 「10年です」
 ざわめく音楽室。
 「じゃあ、試しに弾いてみる?弦の調律をしてないから、まずはそこからだけど」
 「はい、大丈夫です。隅っこ、貸して貰えますか?」
 運ばれてきたチェロを取り出し、手慣れた手つきで調律を進めていく。やがて準備も終わったのか、シンジは大きく息を吸い込むと、暗譜している曲を演奏した。
 バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調。
 聞き覚えのある旋律に、耳を澄ます士郎と一成。練習していた部員達や、他の見学希望者も、練習やお喋りを止めて注目する。
 やがて、演奏は静かに終わった。
 まばらに起こる拍手の音。だがそれは、瞬く間に大きな音へと変わっていく。
 「あなた、名前は!?」
 「1年C組、言峰シンジです」
 「言峰君ね!いいわ、すぐにでもうちに入りなさい!」
 将来有望な入部希望者を逃すかとばかりに、部長と思しき女性が詰め寄る。その迫力にたじろぎながらも、シンジには言うべき事があった。
 「入るのは良いんですが、1つだけ条件があります」
 「何!何でもいいわ、言ってちょうだい!」
 「吹奏楽部にも正式な大会とかあるんですよね?そのメンバーからは、僕を外してほしいんですよ」
 固まる部長。他の部員達も呆気にとられてシンジを見つめている。
 「個人であれ、団体であれ、僕は大会とかには参加したくないんです。それでも良いですか?」
 「勿体ない・・・あなたなら全国だっていけるわよ?」
 理解できないとばかりに、声を荒げる部長。だがシンジの答えに変わりはない。
 「・・・しょうがないわね。その条件を呑むわ。でも出る気になったら言ってちょうだいね?あなたほどの実力者、埋もれさせておくなんて勿体なさすぎるわよ!」
 「もしそうなったら、その時はお願いします。それじゃあ、3年間よろしくお願いします」
 こうしてシンジは吹奏楽部への入部を決めた。

放課後―
 部活の所属(1人は生徒会だが)も決まった3人は、そのまま家路へ着く事もなく、途中、新都にオープンしたばかりの甘味処へ寄り道をしていた。
 「とりあえず、衛宮は弓道部。言峰は吹奏楽部か。歓迎されてよかったな」
 「何言ってるんだ、一成だって歓迎されてたじゃないか?」
 「む・・・確かにそうだが・・・」
 生徒会に希望申請を出したばかりにも関わらず、いきなり書記へ抜擢され、少なからず困惑しているらしい一成である。
 「それはともかく、3人で頑張ろうよ」
 「そうだな、言峰の言う通りだ」
 そこへ注文していた甘味が運ばれてくる。士郎はみたらし団子、一成は草餅、シンジは三色団子。それと湯気の立つ緑茶が運ばれてくる。
 「慎二もくれば良かったのにな」
 「仕方あるまい。あれの性格では、一緒に行動しようなどとは思わないだろう」
 「一成って、実は毒舌というか、腹黒なんだな」
 ゴフッと噎せる一成。
 「な、何を言うか!」
 「いや、悪いとは言わないよ。僕みたいに貯め込むよりは、よっぽど健康的だと思う」
 お茶を啜りながら、シンジが続ける。
 「僕さ、昔、好きな子を傷つけた事があるんだよ」
 「む・・・だが、お前の性格からしてそんな事があったとは・・・」
 「本当の事だよ。僕は貯め込み続けて、でもそれを爆発させなかった。彼女には、それが腹だたしかったんだ。例え口喧嘩する事になったとしても、それは僕と彼女が対等の存在であった事を意味する。彼女はその事を無意識のうちに理解して、僕にもそれを望んでいたと思うんだ。でも僕はそれができなかった。僕も彼女もストレスをため込み続けて・・・彼女は壊れてしまったんだ」
 士郎も一成も、何も言えずにシンジを見つめる。
 「暗い話をしちゃってゴメン。良かったら、話を切り替えよう」
 「うむ。確かに今は明るい話題の方が良いだろうな。ならば・・・む!遠坂!」
 いきなり立ち上がる一成。その視線の先にいたのは、凛と美綴である。
 「あら、柳洞君ではありませんか。中学の時の生徒会の交流イベント以来ですね」
 「勿論だとも。あの時の貴様の所業、忘れた事など無いわ」
 突如始まった舌戦に、店内の温度が上がりだす。特に凛は見事なまでに猫を被ったままである。御嬢言葉にも些かの乱れも無い。
 「それはともかく、こっちに座らないか?日差しが暖かいぞ」
 水を差したのは、呑気な士郎である。その呑気さに毒気を抜かれた2人は矛を収め、美綴は我先にと席を確保する。
 「それではお邪魔させていただきます・・・って、言峰君?」
 「ああ、2人とは友達なんだよ。ところで遠坂さんは、部活は決めた?」
 「部活はしないつもりです。家の用事もありますから」
 「遠坂、お前、言峰と知り合いなのか?」
 一成の質問に、士郎と美綴も顔を乗り出す。
 ちなみに猫被り状態の凛を見て、シンジが何も言わないのには理由がある。
 冬木教会で初めて会った後、凛から『魔術師たる者、表と裏で顔を使い分けるのは当たり前。特に遠坂家はどんな時でも余裕をもって優雅たれ、というのが家訓なの。だから私は学校では猫を被っているけど、暴くような真似したら、分かっているわよね?』と誠心誠意をこめた説得脅迫を受けたからであった。
 「ええ、家の用事で教会に行った際、紹介されたのです」
 「なるほど、冬木に来て早々、女狐に取りつかれたという訳か。言峰、今すぐ寺へ行くぞ。今なら、まだ間に合う」
 「あら、それはどういう意味でしょうか?」
 「落ち着け、遠坂。ほら、メニュー」
 ズイッと眼前にメニューを突き出され、渋々、黙りこむ凛。とは言え、甘味に弱いのは女性の共通の弱点。すぐに、どれにしようか悩みこむ。
 「それはともかく、あんたら3人も暇ね。男3人で甘味処って、正直、寒いわよ?」
 「美綴さん、それは言いすぎだよ。僕が甘いのが好きでね、無理に2人に付き合ってもらったんだ。それに和菓子の作り方にも興味あったからね」
 「ふうん、言峰は和菓子に興味があるのか」
 シンジの話に、美綴が敢えて乗る。美綴も嫌味を言いたかった訳ではないのだが、ついつい口に出てしまったというのが本音である。だからこそ、話の焦点を変えられるシンジの気使いに、甘える事にしたのであった。
 「ほら、うちは教会だから、基本的に質素な生活なんだよ。生活費も、結構ね・・・」
 「シンジ、お前も苦労してるんだな・・・」
 「そうか、士郎んとこ、毎日、襲撃者がいるんだもんなあ・・・お互い、苦労するな」
 目の前で展開される主夫の悲哀に、言葉もない美綴と一成である。
 「なあ、上手い事、生活費を節約できる方法はないか?」
 「やっぱり特売の日に、買い込む事かな。冷凍庫の使い方次第だよ」
 「どこも考える事は同じか。あの虎、せめて食費ぐらい置いてけと言うんだ」
 「収入の確保は重要だよね。家の大蔵大臣としては、妥協する訳にはいかないから」
 高校生からは、光年単位でかけ離れた2人の会話に、頭痛を感じ始める将来の生徒会長と弓道部部長。その横ではメニューに視線を落としつつも、専業主夫2人の節約術を手に入れようと、必死で耳を澄ます御嬢が1人。
 どう考えても、高校の入学式の日に相応しい会話ではない。
 これではいかんとばかりに、使命感に燃えた一成が立ち上がる。
 「みんな、今から時間はあるか?」
 「それは問題なけど?」
 「よし、ならばちょうど良い。特に衛宮と言峰。お前達は絶対にストレスを解消するべきだ」
 いつになく強気な一成の言葉に、顔を見合わせる主夫コンビであった。

新都、ゲームセンター―
 「だからと言ってゲームセンターとは・・・」
 「む。文句があるならば帰ればよかろう」
 相変わらず舌戦を繰り広げる2人をよそに、まず美綴が対戦格闘ゲームの前に陣取り、腕まくりしながらコインを投入する。
 「へえ、上手だね」
 「まあ、趣味でゲームやってるからな」
 「なるほど、上手い訳だ」
 感心するシンジと士郎。2人とも、ゲームとは縁遠い生活なので、複雑なコマンド入力を要求される格闘ゲームは相性が悪いのである。
 「士郎、こっちのシューティングなら何とかなりそうじゃないか?」
 「そうだな、試しにやってみるか」
 2人同時プレイで始める2人。ゲーム初心者である事を考慮すれば、それなりのスコアを叩きだして、ゲームオーバーとなる。
 「そういえば、一成と遠坂はどこ行ったんだ?」
 キョロキョロと辺りを見回す2人。その耳に『この女狐があ!』という怒声が聞こえてくる。
 慌ててそこへ向かうと、そこにはエアホッケーで雌雄を決する2人組みがいた。
 スコアは4−2で遠坂優勢である。
 「へえ、こういうのもあるんだな」
 「ああ、こっちの方が面白そうだな」
 「む、ちょうどいい!衛宮、手伝え!」
 「あら?女の子相手に2人掛かりなんて卑怯ではありませんか?」
 「ならばシンジか美綴に入ってもらえばよかろう」
 「私の事呼んだか?」
 もはやエアホッケーの周囲は、混沌と化している。士郎・一成コンビVS凛・美綴コンビによる決闘は、ギャラリーの注目を集める一大イベントと化している。
 その光景に苦笑していたシンジだったが、近くにUFOキャッチャーがある事に気付き、何気なく、それにコインを投入した。
 (そういえば、これは遊んだ事があったな。トウジやケンスケ、今頃どうしてるかな?幸せに暮らしていればいいんだけど)
 無意識の内に操作していたのか、ガコン、という音を立てて縫い包みの落ちる音が聞こえてきた。
 手に取ったシンジの表情が、一瞬にして凍りつく。
 その手が掴んでいたのは、アスカをデフォルメしたヌイグルミであった。
 デフォルメされながらも、勝気さを強調したその顔が、シンジの心に刃となって突き刺さる。
 (・・・僕は・・・僕は、何をしているんだ・・・こんなところで幸せを感じていて、本当にそれでいいのか・・・)
 シンジの心を、氷のような冷たさがゆっくりと支配していく。
 その時、シンジの肩をポンと叩く存在がいた。
 「どうかしたのか?シンジ君」
 聞き覚えのある声に、疑問を抱きながらシンジがゆっくりと振り向く。
 目の前にいたのは、無精ひげにYシャツ姿の男。
 「・・・加持さん?」
 「よ。久しぶりだなあ、シンジ君」
 加持リョウジとの再会だった。

 友人達に別れを告げると、シンジは加持とともに近くの喫茶店へと移動した。
 何故、加持が自分の事を覚えているのか?その事で頭が一杯になっているシンジは、全く気付かなかった。彼を心配した友人達が、つかず離れずの距離で尾行している事に。
 勿論、加持は気付いているが、敢えて口には出さなかった。
 「とりあえず、コーヒーでいいかな?」
 「はい、ブラックでお願いします」
 「じゃあ、ブラック2人分で。それと、これを頼む」
 メモを破り、何かを書いてウェイトレスに渡す加持。その内容を確認したウェイトレスが『かしこまりました』と返す。
 「どうして、覚えているんですか?」
 「いや、最初は覚えていなかったよ。思い出したのは偶然さ」
 にこやかに笑う加持。
 「それを教える前に、聞きたい事がある。シンジ君、君に何があったんだ?」
 「・・・僕は世界を上書きしたんです。サード・インパクトで使徒として覚醒した僕に与えられた力、因果律―アカシックレコードへの干渉能力を使い、僕は4歳で死に、アスカが誰からも注目される世界にしたんです」
 「また、無茶をしたもんだ。まあ、それだけ君も追い詰められていたんだろうな」
 運ばれてきたコーヒーを受け取る加持。それとなく『頼んだよ』と告げる。
 「じゃあ、こちらも種明かしと行こうか。君の説明で、何となく予想は着いたよ。実は君の上書きには矛盾があった。俺はそれに気づいてしまったんだ」
 「矛盾・・・ですか?」
 呆然とするシンジ。対する加持は、渾身の悪戯が決まったような、悪ガキじみた顔をしていた。
 「考えてもみろよ。何で弐号機が本部から理由もなく離れて、太平洋上に移動した挙句に、ガギエルとドンパチしなきゃならないんだ?ガギエルが出現してから向かったのなら理解できる。でも弐号機が向かったのは、ガギエルが現れるよりも前だったんだぜ?矛盾しているだろう?」
 「・・・あ」
 「そういう事だ。もっともそれだけじゃあ、俺も思い出せなかったな。実際、俺以外にも葛城やリッちゃん辺りは、たまに首を傾げていたよ」
 加持の言う通りである。
 シンジは初号機の不在によるサキエルからジェットアローンまでの矛盾を、予め本部に弐号機とアスカを配置させる事で、矛盾の解消を図ったのである。
 だが本部に配置された弐号機が、どうして太平洋上にまで出張しなければならないのか?
 加持はその点を指摘したのであった。
「実はな、俺はその時、ドイツからオーバー・ザ・レインボウに乗って来た事になっている。勿論、その記憶もあった。だが、それが失敗だったのさ」
 「どういう事ですか?」
 「あの時、俺は碇司令の密命を受けて、第1使徒アダムを運んでいたんだよ」
 驚きで目を開くシンジに、加持が落ち着けとジェスチャーする。
 「アダムは人類補完計画の要。本来、弐号機はアダムを守る護衛として、ドイツから日本まで輸送されていたんだよ。なのに、弐号機がない状態で、俺はアダムを運ぶという状態になっていた。おかしいだろう?もし護衛無しで運ぶなら、戦闘機でさっさと運んだ方が安全だしな」
 「それで矛盾、という訳ですか」
 「そういう事だ。シンジ君が、俺がアダムの運搬と言う密命を受けていた事を知っていれば、対処もしたんだろうが、こればかりは運の問題だったな。司令と副司令は、まだこの矛盾に気づいていない。だから、思い出したのは、多分、俺一人だ」
 そこで加持が真剣な顔を作る。
 「戻ってこいよ、シンジ君」
 「・・・いえ、僕は戻りません。加持さんが、わざわざ北海道まで来て捜してくれた事自体は嬉しいです。でも、それだけは聞く訳にはいきません」
 「・・・アスカの事か」
 コクンと頷くシンジ。
 「アスカには、もう支えてくれる人達がいる。僕がそのようにしました。だから僕は必要ない。それに・・・」
 眼帯を、シンジがアピールする。
 「アスカには傷も残っていない。誰も僕を知らない。そうなれば、彼女は碇シンジという存在を忘れる事が出来る。だって、存在を確認する術がないんですから」
 「そうすれば、アイツの精神が落ち着くと?」
 「はい、そうです。僕は憎悪の対象でした。僕という存在は、アスカにとって、視界に入るだけ、同じ空気を吸うだけで耐えられないほどの害となる。だから駄目なんです」
 フーッと大きなため息をつく加持。何となく禁煙の二文字を恨めしそうに見つめている。
 「そうか、なら、これ以上は大きなお節介だな」
 「すいません、僕の事を心配してくれたというのに」
 「気にする事は無いさ。今の俺は閑職に回されているんでね、他にする事もなかったのさ」
 あくまでも気軽な加持の言葉に、シンジが苦笑する。
 「加持さん、アスカの事、守ってあげてください、お願いします」
 「せめて、それぐらいはさせてもらうよ。俺にとっても罪滅ぼしだからな」
 伝票を手に席を立つ加持。そのままレジへ向かおうとして、さり気なく質問する。
 「シンジ君、これから君はどうするつもりだい?」
 「・・・20歳までは生きるつもりです」
 「シンジ君?君は、まさか!」
 コクンと頷くシンジ。
 「お願いですから、それ以上は言わないで下さい。それじゃあ、僕も夕飯の支度があるので、これで失礼します」
 「待ってくれ。シンジ君、最後に1つだけ言わせてくれ」
 その言葉に、帰り支度をしていたシンジが手を止める。
 「俺では君を止められない。君を止められるのは、多分、この世に2人だけだ・・・だが、どちらも望み薄だというのなら、せめて後悔ではなく、未来への希望を手にして生きてほしい。もしかしたら、君は自力で立ち直るかもしれないからな・・・俺は2度も弟を死なせたくないんだよ」
 「本当に加持さんは優しいですね。それでよくスパイなんて務まったものですよ」
 「だから最後に失敗したんじゃないか」
 加持の自虐じみたセリフに、シンジが笑い声を上げた。

 喫茶店の入口で、加持はシンジを見送っていた。その後ろ姿が曲がり角の向こう側へ消えたところで、加持は煙草を捨てながら振り向いた。
 「そろそろ出てきても良いんじゃないかい?」
 気まずそうな雰囲気の4人組に、加持が笑顔を向ける。
 「改めて自己紹介させて貰うよ。俺は加持リョウジ。シンジ君が第3新東京市にいた頃に保護者をしていた女性の婚約者さ。兄代わり、と言っても良いかもな」
 「そうだったんですか。そういえば、先程はジュースを奢ってくださってありがとうございました」
 「何、大した事じゃない」
「俺は衛宮士郎と言います。隣が柳洞一成、それから美綴綾子に、遠坂凛」
 それぞれが会釈を返す。
 「君達、どこまで聞いていた?」
 「離れてたんで、あまり聞こえませんでした。正直、最後の所ぐらいです。シンジが20歳までは、という辺りぐらいしか・・・」
 気まずそうな士郎の態度に、加持が務めて明るい表情を作る。
 「シンジ君は不器用な性格だから、あそこまで思い込むのも仕方ないだろうな」
 「あなたはシンジの知り合いじゃないんですか?何で、そんな他人事みたいに言えるんですか?」
 「俺ではシンジ君を救えないからだよ。救える2人の内、1人は生死不明、もう1人はシンジ君を憎悪している。これでは救う事など不可能だ。結局、シンジ君が自力で立ち直るしかないんだよ」
 その時、加持の顔に浮かんでいたのは、いつもの軽い表情ではない。ただ1人の弟を救う事が出来ない、無力な自分に対する怒りの念。
 「もし君達がシンジ君を友人と思ってくれるのなら、これでもか!というぐらいに思いっきり振り回してあげてほしい。生きる希望―楽しさや喜びを手にすれば、シンジ君も自殺だけは思い留まってくれると思うんだ」
 「分かりました。それで良いのなら、俺達で何とかしますよ」
 「済まないが、よろしく頼む」
 加持は4人に別れを告げると、そのまま雑踏の中へ姿を消した。

 公園に移動した4人は、思わぬ展開に頭を悩ませていた。
 「何というか、重い話だったな」
 「ほとんど聞こえなかったが、シンジが自殺願望を抱えている事だけは理解できた」
 「まったく・・・親も親なら子供も子供よ。どうして悩み事を増やしてくれるのかしら」
 「本当にそうだな、今まで、そんな素振りなんてなかったのにな」
 4人とも、シンジに対する感情は違うが、自殺を黙って見逃してやるほどに嫌っている訳ではない。どちらかという、自殺を目撃すれば、それを止めてあげたいぐらいには好感を持っている。
 「何か良い案はないか?」
 考え込む4人。その時、美綴が立ちあがった。
 「良い案がある!確か穂群原学園は、毎年6月が学園祭だ。それを利用して、思いっきり振り回してやるんだよ。学園祭の事以外、何も考えられないぐらいにな!」
 「確かに効果はありそうだな」
 一成の言葉に、士郎と凛からも賛同の声が上がった。

Interlude―
 「グーテンモーゲン!」
 教室に入ったアスカに、クラス中から挨拶が返ってくる。
 アスカは現在、第3新東京市にある第壱高等学校に在籍中の身である。本来なら通う必要はないのだが、親友であるヒカリとの学生生活を楽しみたい、という理由があった。
 「アスカ、NERVの方、忙しいみたいね?大丈夫?」
 「大丈夫よ!これぐらいでへばったりなんかしないわよ!」
 昨夜遅くにNERV専用飛行機で帰還したので、睡眠時間はごく僅か。だが疲労と眠気を押し殺しても、アスカは学校へ通いたかった。
 彼女が本音を話す事の出来る、ただ1人の親友がいたから。
 「それより、アスカ。今度の文化祭だけど、都合はつきそう?」
 「それは大丈夫。本部にもちゃんと予定を入れないように言っておいたから」
 「ふふ、楽しみね、アスカ」
 自分が参加する。その事を誰もが喜んでくれるのは分っている。だがそれは、彼らにとってのアイドルが参加するというファン心理。1人の少女としての参加を喜んでくれるのは、目の前にいる親友だけである事も、彼女は理解していた。
 「そういえば、NERVからは誰か来るの?」
 「確かミサトとリツコは来ると言ってたわね。あとマヤも。できれば加持さんにも来てほしかったんだけど、最近、連絡がつかないのよ」
 不満そうなアスカに、ヒカリが笑いかける。
 「まだ時間はあるもの、いつでも誘えるわよ」
 「そうね、ヒカリの言う通りよね!」
 自分を見てくれる親友という灯りに照らされた彼女の心に巣くう、小さな闇を、彼女はいまだに自覚できないでいた。

衛宮士郎・ステータス(本編開始時、高2の冬時点での能力)
性格:中庸・善
身長:167cm 体重58kg
特技:ガラクタいじり、家庭料理
好きな物:家庭料理
苦手な物:言峰綺礼
天敵:遠坂凛・イリヤスフィール
筋力:E 魔力:D 耐久力:D 幸運:E 敏捷:E 宝具:―

保有スキル
強化の魔術:D 物体を強化する魔術。成功率はあまり高くない。
解析の魔術:A 物体の構造を把握する魔術。このレベルになると把握できない物はほとんどなく、魔法クラスで無ければ成功率はほぼ100%。
投影の魔術:C 魔力を物質化する魔術。
家事一般:B 家事全般が得意。成長すると『執事技能』にランクアップする。
 
※あくまでも暁の堕天使における設定です。能力値はEが一般人並み。



To be continued...
(2011.01.08 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回から登場した加持ですが、加持は完全に私の我がままで登場となりました。彼を登場させるには、どんな言い訳を用意すれば良いのか、頭を悩ませましたw多分、矛盾は無いと思うのですが、もし矛盾がありましたら、生温かく見守ってやって下さい。
 シンジ達も穂群原学園に無事、進学しました。聖杯戦争まで残り1年と10カ月。平和な一時を演出しようと思ったのですが、シリアス中心な話だと、明るいまま次へ繋げるのが難しいです。まだまだ力量不足といったところです。
 話は変わって次回ですが、穂群原学園の学園祭の話になります。シンジを振りまわそうと奮起する士郎達。そんな彼らが思いついた方法とは・・・そんな感じの話になります。
 それではまた次回も、宜しくお願い致します。



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