暁の堕天使

聖杯戦争前夜編

第三話

presented by 紫雲様


冬木市、穂群原学園―
パーン、パーン、パーン・・・
雲ひとつない、快晴の空に花火が上がる。
『これより、穂群原学園学園祭を始めます!』
生徒会長の宣言と同時に、生徒達から歓声が上がった。

学園祭初日、1年C組―
 「いらっしゃい!いらっしゃい!」
 廊下に響く客寄せの声。鼻をくすぐるのは甘い香り。
 1年C組が企画したのは、女性をターゲットに絞った洋菓子店である。
 飲み物は緑茶・烏龍茶・紅茶・コーヒーとなんでもござれ。教室内で小休止とお喋りを兼ねながらお菓子を味わう事もでき、気に入ればお土産に買って帰る事もできる。
 喫茶店という系統の出し物は、この手のイベントでは珍しくないため、最初こそ客入りは悪かったが、義理でお菓子を買った上級生のメールが発端となって、客入りは右肩上がりに上昇していた。
 「おい!フルーツクッキー、品切れするぞ!」
 「コーヒー3人分、ホットで!ミルク入れてあげてくれ!」
 「バタークッキー、お土産に5袋注文!」
 裏方は戦場と化している。そしてその中心にいるのは2人。
 「士郎!バタークッキー頼んでいいか?」
 「任せろ!シンジ、悪いがショートケーキを頼む!」
 高校生主夫の2人にしてみれば、基本的に洋菓子作成は範疇外である。シンジは洋菓子よりも和菓子が好みだし、士郎はお菓子を作った事がない。
 だが普段から鍛えられた料理のスキルの高さは、他の追随を許さない。
 C組の女生徒の中にも、洋菓子作りを趣味とする者は何人もいる。だが手早く大量に作るという時間との勝負には不向きであった。
 「ショートケーキできたよ、仕上げをお願い!」
 「バタークッキー焼けたぞ!包装頼む!」
 予想外の客入りに、主要戦力である2人は最初から全力全開である。士郎やシンジの作ったお菓子に、女生徒が5人ずつついてサポートしないとお菓子の作成ラインが渋滞を起こすほどに、2人の手際は際立っていた。
 「士郎!材料足りてるか?」
 「そうだな・・・砂糖と小麦粉、それからドライフルーツが持ちそうにない!」
 「悪い、調達頼む!あと牛乳10リットルと卵30個!」
 シェフの材料追加発注に、スタンバイしていた男子生徒が走りだす。
 ちなみに追加発注は、初日にしてすでに3回目。集計こそしていないが、明らかに断トツトップと予想された。
 「洗い物終わったぞ!2人とも!」
 「ありがと!そっちに置いておいて!それから、またこれお願い!」
 「了解!」
 汚れた食器を抱えて、洗い場へ向かう男子生徒。
 それとすれ違いに、厨房へ入ってくる人影。
 「衛宮、言峰、そろそろ休憩時間だ」
 振り返り、硬直する2人。
 「「・・・似合わねえ」」
 「うるさいな!どうせ僕に似合う訳ないだろうが!執事服なんて!」
 怒声を上げたのは慎二である。もともと他人を見下すという雰囲気を持っているせいか、主に仕える執事という役割とは、とことん相性が悪いらしい。
 「執事服、士郎なら似合いそうだよな。試しにウェイターのローテーションに入れてもらったらどうだ?」
 「俺は作る方が好みなんだがな・・・でも在庫に余裕ができたら、少し遊んでみてもいいかもな」
 手を洗い、厨房から出てくる2人。店内は満員御礼である。
 「一成、先に小休止はいっているぞ」
 「うむ。しっかり休んでこい、衛宮、言峰」
 そこには本物の執事より執事らしい一成が、完璧な応対をして来客から褒め言葉を頂いていた。

1年B組―
 周辺のクラスの出し物を見て回った2人が最後に向かったのは、隣のB組である。B組の出し物は占い屋であった。
 だが、ただの素人占いではないらしく、こちらも長蛇の列を作っている。
 「繁盛してるなあ」
 「当然です。全力を尽くしていますから」
 後ろからかけられた声に、慌てて振り向く2人。そこには古式ゆかしい魔女の格好をした遠坂凛が立っていた。
 「・・・その格好、何?」
 「見て分りませんか?私の担当はタロット占いなんです」
 『分らないよなあ』と目くばせする2人。
 「ちょうどいいわ。私が占ってあげます」
 袖を掴まれ、連行される2人。
 教室の中は仕切りで区分けされ、それぞれ違った占いを楽しめるようになっている。
 「む、遠坂嬢。知り合いとはいえ、さすがに横入りはまずくないか?」
 「問題ありませんわ。今の私は休憩時間。その時間を使って、個人的に占うだけですから。それに、この2人は隣の主要戦力なんです。足止めしてあげようと思ったんですが、どうでしょうか?」
 「なるほど、そういう事か、ならば私も賛成だ」
 凛に話しかけたのは、氷室鐘、冬木市市長の1人娘であり、銀色の髪が一際目を引く。
 「なんだなんだ、遠坂が男を連れ込んだって言うから見に来たぞ?」
 「・・・人聞きの悪い事を言わないでいただけますか?蒔寺さん」
 「うわあ、遠坂さん、顔が広いんだねえ」
 野次馬根性丸出しで乗り込んできたのは、陸上部ホープの蒔寺楓。感心しているのは士郎やシンジと互角の料理スキルを誇る三枝由紀香である。
 「さて、じゃあ占いますね。まずは衛宮君から」
 手慣れた手つきでタロットを操る凛。
 「・・・衛宮君、怪我には気をつけた方がいいですよ。不吉なカードばかりです」
 出たのは『死神』『塔』『悪魔』。特に『塔』は正位置・逆位置に関係なく、不幸を現すカードである。
 「なんでさ!俺は今まで大怪我した事なんてないのに・・・まあ、小さい怪我ならたくさんあるけど」
 「それは油断しているという事ではありませんか?気をつけないといけないですよ。次は言峰君です」
 同じく慣れた手つきでタロットを操っていく。
 「・・・また微妙ねえ」
 出たのは『女帝』『恋人』『女教皇』。『女帝』と『恋人』が逆位置である。
 「言峰君。このような事を言うのは申し訳ないんですが、複数の女性とお付き合いなされてませんか?」
 「はあ!?」
 「何と言うか・・・二股を暗示しているような組み合わせなので・・・」
 シーンとなる教室。
 教室内にはカップルもいたのだが、凛の言葉を聞き、ビクッと体を竦めた男性が数名。彼らと腕を組んでいた女性が、凛のいる方へと強制連行を始める。
 「・・・二股以前に、僕には恋人すらいないんだけど?」
 「だとすると、相手の想いに気づかないまま、宙ぶらりんという可能性がありますね」
 「何だかなあ」
 頭を抱えるシンジに、追い討ちをかける凛。
 「言峰君に想いを寄せているのは、強気な女性と、物静かな女性です。強気な方は、言峰君が好きだという心から、敢えて目をそむけている、と言った所でしょうか。静かな方は自覚しています。『恋人』が逆なのは、何らかの理由でお近づきになれない、ってところでしょうか」
 「本当に微妙だねえ」
 ますます悩みこむシンジ。後ろでは、占いの結果を聞いていた3人娘達が、興味深そうに結果を聞いている。
 「あまり深く考えすぎないで下さいね。当たるも八卦、当たらぬも八卦と言いますから」
 「そうだな、ありがとう。それにこっちも時間だな」
 席を立つ士郎。シンジも慌てて席を立つ。
 「あら、もう帰るんですか?」
 「そろそろ厨房へ戻らないとな」
 「そうだね・・・そうだ、これあげるよ。みんなで使って」
 シンジが差し出したのは、C組の洋菓子無料引換券である。
 「あら、いいんですか?」
 「どうせあげる相手もいないからね。そちらの3人もどうぞ」
 鐘は興味を示し、由紀香はありがとうとお礼を言い、楓はラッキーと叫んでいる。
 「俺の分はもうないから、すまないな」
 「恋人にでもあげたんですか?衛宮君は」
 「外れ。藤ねえに全部持ってかれたよ」
 型破りなC組担任の名前に、凛がご愁傷様、と呟いた。

再び1年C組―
 「在庫は?」
 「衛宮か!良く戻ってきてくれた!」
 「何だ、商品足りなくなったのか。よし、すぐ取りかかるから」
 厨房に入る2人。売り切れ寸前の商品から、手早く補充に取りかかった。
 だが、外が急に騒がしくなる。
 「どうした?外で何かあったのか?」
 「ウェイトレスの女の子が、コーヒー零して火傷しちゃったのよ。怪我は軽いけど、お盆を持つと痛いらしくて」
 「代わりのメンバーは?」
 生徒達がローテーションを確認しながら相談を始める。
 「まいったわね、このままじゃ穴が空いちゃうわ」
 「・・・この際、男子でもいいから!」
 「いや、執事服のストックがないんだよ。使えそうなのと言うと・・・」
 「誰よ!こんなの持ってきたのは!」
 騒がしくなる控室。そこへ入ってくるシンジ。
 「はい。ケーキできたよ。あとよろしくね」
 「言峰!ちょっと待って!」
 美綴に呼びとめられたシンジはキョトンとしている。そんなシンジをよそに、美綴はざっと商品のストックを確認していく。
 「これしかない!・・・言峰、お願いだから力を貸して!」
 「僕にできる事なら、別にいいけど?」
 その瞬間、歓声が上がった。

それから1時間後―
 「さて、C組御自慢の洋菓子を堪能させて貰おうか!」
 テーブルに着席したのは、凛・鐘・楓・由紀香の4人である。彼女達はさきほど貰ったばかりの無料引換券を手に持ち、敵情視察へ来たのである。
 「それにしても、すごく繁盛していますね」
 「そうだな、旨かったら、あとで土産に買ってくかな」
 「そうだね、弟達、喜んでくれるかな・・・」
 「まあ、落ち着け。まずは注文しよう。すみません、注文を・・・」
 注文しようとした鐘の声が途中で止まる。何事かと振り向いた少女達も、同じように凍りついた。
 「・・・それは何の冗談かしら?言峰君。事と次第によっては、あの似非神父に報告させていただきますよ?」
 目の前には、190センチ近い長身のメイドが立っていた。本来は女性用の服で膝まで隠れるようになっているのだが、長身の為、結果としてミニスカートになってしまっている。
 顔には女子生徒がよってたかって化粧を施したのだが、もともと中性的な容貌の為、違和感が少ないのが非常に怖い。ポニーテールにした、癖のないストレートの黒髪も見事にハマっている。さらに、うっすらと化粧を施された目元がとても悩ましい。
 真紅の眼帯と唇のルージュは、ただの美貌に、危険な雰囲気を与え、詰め物をした胸元とハイヒールが色気を感じさせる。
 スカートから伸びる両足は、恐ろしい事に無駄毛が1つもなく、なおかつ長い。加えてシミ一つない、色白の肌である。
 「・・・女の子が火傷でリタイヤしちゃってね、ピンチヒッターです」
 「女装メイドか・・・だが、悔しい事に似合いすぎだ。蒔の字、お前も『彼女』を見習え」
 「何でそうなるんだよ!氷室!」
 「・・・スタイルいいねえ・・・うらやましい・・・」
 3人の感想に、笑いながら近づいてくる美綴。
 「ところで、言峰の女装メイド写真も急遽、販売が決定したのだが、買うか?」
 「言峰君。知り合いとして忠告しておきます。それだけは止めさせなさい」
 「いや、もう手遅れ。すでにあそこの販売コーナーで売ってるから」
 諦め顔のシンジに、凛がため息をつきながら崩れ落ちる。
 「こうなったら、とことんやるよ。C組でまともに女装できるのは僕一人だしね」
 「苦労するわね・・・そういえば、吹奏楽部の出し物、そろそろなのでは?」
 「あ、本当だ。みんな、ごめん!ちょっと部活の出し物行ってくる!」
 教室から出ていくシンジ。慌ててC組全員で止めに入ろうとするが、『ついでに宣伝してくるよ』とにこやかに返されてしまう。
 「ひょっとして言峰君、女装趣味でもあるのかな?」
 「確かに審美眼には叶うが・・・」
 「・・・ちょっと、綾子。あれ、どうすんのよ?」
 「いやあ、笑って誤魔化すしかないんじゃねえ?宣伝にはなるし」
 
 廊下を速足で歩く長身の眼帯メイドの登場に、校内は騒然となった。
 会場である体育館へ向かう途中、シンジは見覚えのある姿に、思わず声をかける。
 「間桐、お前の休憩時間終わってるぞ!早く戻れよ!」
 「ん?言峰か・・・って、何だよお前、その姿は!」
 シンジの艶姿に、愕然とする慎二。一緒にいた女生徒数名が、その美貌に、無意識のうちに後ずさる。
 「早く戻れよ?戻らなかったら、このハイヒールで踏みつけてやるからな?そういうの好きなんだろ?」
 「ふざけるな!僕は変態じゃない!」
 「だったら、僕に見惚れていないで早く戻れよ。休憩の順番があるんだから」
 手を振りながら立ち去るシンジ。残された慎二は、自分に注がれる視線に、居心地の悪さを感じていた。

体育館―
 「遅れてすいません!」
 「遅いわよ!・・・あなた誰?」
 集まる視線。同時に降り立つ沈黙。
 「言峰です。クラスの宣伝兼ねてるんで、こんな格好ですが」
 「・・・部長、一つ提案があるんですが」
 「・・・何も言う必要は無いわ。ちょっと!言峰君の座る場所、最前線に変更するわ!すぐに取りかかって!」
 部長の指示に、今回は裏方に配置された1年生が慌てて動き出す。
 「それにしても似合っているわね・・・ちょっと待ちなさい!」
 部長が舞台裏へ姿を消す。再び出てきたとき、その手に握られていたのは、大きなイヤリングであった。
 「ちょっと動かないでね・・・よし、これでオーケー」
 「あの、良いんですか?」
 「良いの良いの!思いっきり宣伝してちょうだい!私達は明日もあるのよ!良い宣伝になるわ!」
 女子部員全員が一斉に頷く。中には、うっとり見惚れている者も若干数存在した・・・男女を問わず。
 そんな中、席に座ったシンジだったが、ここで問題が発生した。
 「すいません、質問があるんですが」
 「何かしら?」
 「女の人って、こういう時はどう演奏するんでしょうか?胸が邪魔なんですけど」
 シンジの質問に、一瞬遅れて、爆笑が起こった。

学園祭2日目、1年C組―
 オープンと同時に、お客が長蛇の列を作っていた。洋菓子の質の高さと、僅か半日で1年C組の名物生徒として有名になってしまった、メイドシンジの影響である。
 当然の如く、彼らは近くで女装したシンジを一目、見物しようと来ていたのだが、午前中はお菓子の準備で忙しく、シンジは士郎や女生徒とともに、仕事に忙殺されており、接客等不可能な状況であった。
 だがそれも午前中の間だけ。たくさんストックを確保しておいた午後になると、厨房担当にも大分、余裕が出来てくる。
 結果として、再びシンジに女装の依頼が来る事になった。
 「とりあえず、言われた通り持っては来たけど、これは・・・」
 「別に良いんじゃない?」
 難しい顔をするシンジに、女生徒達は乗り気である。
 「とりあえず着替えてみるよ」
 控え室の片隅で着がえるシンジ。着替え終わった後で、最後に首からネックレスを下げる。
 「こんな感じで、どうかな?」
 「・・・悔しいけど、似合っているわ」
 「そうね、とりあえず化粧してあげようよ」
 パタパタと薄化粧を施していく。
 やがて完成した作品の出来栄えに、女生徒達がため息をついた。
 「見栄え悪いなら、止めとこうか?」
 「大丈夫!何も問題ないから!ただ・・・私達より美人だから・・・」
 ガクッと項垂れる少女達に、何と慰めれば分からず困惑するシンジ。
 「それはそうと、ちょっといいかな?」
 「何?」
 「良かったら、女の子も男装して接客してみたら?執事服借りるとか、僕達の制服借りてみるとか、宝塚みたいで人気でるかもしれないよ?」
 シンジの言葉に、ハッと顔を上げる少女達。その視線が向かった先は1つ。
 「・・・おい、まさか・・・?」
 「みんな、取り押さえろ!」
 一斉に哀れな犠牲者へ飛びかかる少女達。
 「ちょ!言峰!お前!」
 「いやあ、僕一人じゃ寂しいから付き合ってよ」
 「ふざけるなあああ!」
 断末魔の悲鳴が轟いた。

 「ふむ。今日は引換券がないからな。実費で向かうとするか」
 鐘の提案に、同じタイミングで休憩を取っていた、楓・由紀香・凛が賛同する。
 「昨日の言峰は傑作だったからなあ!なんでも、今日も女装するらしいぜ?」
 「一体、どこから仕入れたんですか?その情報・・・」
 「綺麗なんだけど、私、自信無くなっちゃうよ・・・」
 和気あいあいの4人。だが廊下に出るなり、彼らの足は止まっていた。
 C組の前にできる長蛇の列。ざっと30分は待たされそうである。
 「おいおい、何なんだ?この列は?」
 「ひょっとして、昨日のメイド姿が評判になったのかな?」
 「勿論ありうるが・・・だが本当にそれだけか?」
 とりあえず最後尾につき、順番を待つ4人。そこへ、一成と士郎が休憩しに廊下へでてきた。
 「おお!寺の子!」
 「何だ、氷室女史か・・・む、女狐も一緒か!」
 「落ち着け、一成。悪いな、ちょっと客入りが凄くて、疲れが溜まってるんだ。大目に見てあげてくれよ」
 士郎の取りなしという訳でもなかっただろうが、凛は舌戦を開始はしなかった。代わりに列を指差した。
 「この列は何ですか?」
 「ああ、ちょっと新しい目玉が登場してね。中へ入ったら、褒めてあげてよ」
 それだけ言うと、士郎は手を振りながら一成とともにその場を離れていく。
 「・・・新しい目玉?」
 「そう言われると気になるよな・・・」
 
30分後―
 「いらっしゃいませ!」
 「・・・いきなり左フックをくらったような気分だわ・・・」
 凛達一行を出迎えたのは、シンジであった。ただしメイドではない。
 今日の彼はシスター服と膝下まで届くカツラ、首元に十字架のネックレスをかけ、胸元で手を組んでお客を出迎えている。
 その姿に陸上部3人娘も『おお!』とどよめきを上げている。
 「言峰君。1ついいかしら?私の目が節穴でなければ、その服は本物に見えるの。どうなのかしら?」
 「本物だよ。昨日、父さんに事情を説明したら『好きなだけ持っていくがいい』って言ってくれて・・・」
 「あの似非神父・・・」
 あとでガンド撃ってやると心の中で決意する凛。
 「それはそうと、席に案内するよ」
 シンジの先導のもと、席に案内される4人。メニューを手渡すと、シンジはすぐにその場を離れていく。
 「言峰君?注文は」
 「すぐに来るから、少し待って。是非、褒めてあげてよ」
 シンジの言葉に、首を傾げる4人。だがメニューを取りに来た人物を見た瞬間、楓が指を指して爆笑する。
 「み、美綴!おま、おまえ・・・アハハハハハハッ!」
 「五月蠅いぞ、とっとと注文しやがれ!」
 そこにいたのは、穂群原学園の男子指定制服を着込んだ綾子である。綾子も女生徒としては大柄な方だが、明らかに制服のサイズが大きすぎる。
 「・・・美綴さん?それは誰の制服なのかしら?」
 「言峰だよ。ズボンの裾、折ったのなんて何年振りか分かりゃしねえ」
 「うむ。似合っているぞ」
 鐘が感心したように褒めているのだが、当の綾子はがっくりと肩を落としたままである。
 「どうしたの?美綴さん」
 「・・・男装だけなら、まだ良いんだ。言峰に女装頼んだ責任もあるし、今日は祭りでもあるからな。でも・・・」
 「でも?」
 聞き返した由紀香の肩を掴む美綴。
 「言峰の奴!私を宝塚に見たてて一緒に写真を撮るコーナーを提案しやがったんだ!」
 綾子が指差した先には、急造の撮影台が設置されていた。ちなみに1枚300円。
 「ふむ、面白い。では私と1枚頼む」
 「私をいじめて楽しいのか!氷室!」
 「何、高校生活の思い出と言う奴だ。一生、大切に保存しておこう。そうだな、写真立てにいれて、居間に飾って」
 「止めろおおおお!」
 綾子の悲鳴が学校中に響き渡った。

学園祭3日目、1年C組―
 「おにーさん、きたよ!」
 幼いが元気な声に、温かい視線が集まる。声を発したのは、金髪の小学生である。
 「ギルよ、少しは静かにしなさい」
 「はーい」
 隣に立つのは、神父服に身を包んだ言峰綺礼であった。
 「いらっしゃいませ・・・父さん!それにギル君まで」
 「おにーさん・・・似合ってるね」
 本日のシンジは御嬢様スタイルであった。毎年、綺礼が妹弟子である凛の為に作り、後にセイバーが着る事になる、白いブラウスと紺色のスカート。それを急遽、シンジが着れるように仕立て直した一品である。ちなみに仕立て直したのは綺礼であったりする。
 「それって褒めてるのかな?」
 「当然だろう。折角、息子の晴れ舞台を見に来たのだ。楽しませて貰うぞ」
 言峰の父親来る。そのニュースは瞬く間に校内を飛び回った。当然の如く、その一報は隣のクラスの凛の元にも届いていた。
 慌ててC組へ向かう凛。
 「む。凛か、ここの焼き菓子はなかなかだな。私は甘いのはあまり好まぬのだが、これは食べやすい」
 「ケーキ、お代わりお願いしまーす!」
 「あれ?遠坂さん、どうしたの?」
 教室の出入り口で、凛が目の前の光景にショックを受け、床に崩れ落ちる。
 「大丈夫?貧血?」
 「・・・ちょっと信じられない光景にショックを受けただけだから心配しないで」
 毛嫌いしている兄弟子の来訪もショックだが、それ以上に、シンジの姿にショックを受けていた。
 昨日と同じカツラをつけている為、今のシンジは身長さえ無視すれば、深窓の御令嬢という雰囲気である。
 「父さん、席、詰めてもらえる?遠坂さん、少し休ませたいんだけど」
 「構わんぞ」
 「お願いだから止めて。私、なんだか暴れたくなってくるから」
 魔術刻印がざわめきだした感触に、凛は今ほど長袖を着ていた事に感謝した事はなかった。

体育館―
 『皆様!大変、お待たせいたしました!これより、ミス穂群原学園コンテストを開催いたします!』
 学園祭最後のメインイベントに、体育館に熱気と歓声が充満する。
 『なお!今年からミスコンの後にカップルコンテストも開催する事になりました!そちらの条件は男女のペアである事だけです!現在の応募者は3組!自薦、他薦は問いません!飛び込みも歓迎します!是非、皆様、奮ってご参加ください!』
 司会の大げさなパフォーマンスに、体育館の後ろの方で呆れたように一成が眺めていた。その隣には、士郎が笑いながら立っている。
 「む、寺の子ではないか?このような場所に来るとは珍しいな」
 振り向いた先にいたのは、B組の陸上部3人娘である。
 「なに、俺達はカップルコンテストの方に興味があってな」
 「なんと!常々仲が良いとは思っていたが・・・衛宮よ、寺の子をよろしく頼む」
 「俺に衆道の気などないわ!たわけが!」
 怒声を上げる一成を、士郎がどうどうとたしなめる。
 「ひょっとして、誰か知り合いが参加するのかな?」
 「ああ、そうだよ・・・藤ねえも悪ノリしやがって」
 由紀香の問いに、士郎が苦虫を噛み潰したような表情で答える。それについて更なる質問を飛ばそうとしたところで、会場から歓声が沸いた。
 「お、遠坂じゃないか!」
 ちょうどステージに上がったのは凛である。彼女を含め、参加者は10名であった。
 「ふむ。これは遠坂嬢で決まりそうだな。こう言っては他に失礼かもしれんが、遠坂嬢には華がある」
 「そうだね。遠坂さん、ハキハキ喋ってるし、あんな人前なのにすごいねえ」
 「ふん。誰もあの女狐の本性に気付かぬとは、修行が足りぬわ」
 きつい表現ながらも、華があることは否定しない一成である。
 知り合い同士、集まってお喋りしている内に、審査員(生徒会会長と副会長、学園祭実行委員会のメンバー)による審査結果が集計されていく。
 『今年のミス穂群原は1年C組、遠坂凛さんに決定しました!』
 沸き起こる歓声。ステージ中央で、凛が至る所に笑顔を振りまいている。
 「よし、そろそろだな・・・みんな準備はいいか?」
 一成の言葉に、後ろから返事が返ってくる。3人娘が振り向くと、そこにはいつの間にかC組の生徒達が集合していた。そして先頭に立っているのは、藤ねえことC組担任、藤村大河である。
 「寺の子よ、何をするつもりだ?」
 「いや、単なる『応援』だ。何、気にする事は無い。ゆっくりしていくがいい」
 「まあ藤村先生もいる事だし・・・いや、この不安はきっと気のせいに違いない」
 鐘は脳裏に浮かんでくる不安の影を、必死になって打ち消そうとしていた。

 見事ミスコンに輝いた遠坂を交え、彼女達は談笑しながらカップルコンテストを眺めていた。
 追加で参加したのが4組。合計7組の出場である。
 その内、6組がすでに登場を終えていた。
 『さあ!それではラストの出場者です!こちらは他薦になります!』
 おお、とどよめく会場。今までの6組は自薦だったので、ある意味、珍しかったのだろう。
 『推薦者は吹奏楽部、弓道部、1年C組の連名。代表者は1年C組担任、タイガーこと藤村先生!』
 「タイガーって呼ぶなああああ!」
 会場の後ろから聞こえてきた虎の咆哮に、笑いが起こる。
 「では登場をお願います!言峰シンジ君、美綴綾子さんのペアです!」
 裾から登場する2人。その姿に、陸上部3人娘が目を開き、凛は額を押さえ、女子生徒達から黄色い歓声が沸き起こった。
 『制服以外での登場です!今回の規則は男女ペアである事しか謳っていませんので、失格にはなりません!ですが、これは・・・!』
 敢えて表現するなら『しゃなり、しゃなり』といったところであろうか。
 膝まで届く長い黒髪を、後頭部で纏め上げ、白いうなじを魅せている。黒髪には簪をワンポイントのアクセサリとして使用。その身を包む和服は薄緑色の生地に、桜の花びらをあしらったデザイン。豪華ではないが、上品。派手ではないが、強く印象に残る。そんな眼帯美少女(・・・・・)の姿に、会場にいた女子生徒達からため息が漏れた。
 『自己紹介をどうぞ、お嬢さん』
 『1年C組、言峰シンジです。3日連続で女装しています。メイド、シスター、お嬢様ときて、金色夜叉のお宮をイメージした和服で締めさせていただきました。ゴスロリに挑戦できなかったのがとても残念です』
 シンジの自虐的なセリフに笑いがおこる。
 『この和服は借りものですか?』
 『はい。藤村先生のお爺さんから借り受けました。なんでも先生が嫁入りの際にプレゼントする予定の品物だったそうですが、儂はもう諦めた、と・・・』
 「違うでしょうが!それとも私じゃ嫁に行けないとでもいうつもりか!」
 会場に響く虎の咆哮。虎の後ろに控えているC組生徒達は、笑うのを我慢するのに必死で、担任教師のフォローもできない。
 ちなみに一番苦しそうにしているのが、虎の弟だったりする。
 『なるほど。藤村先生の将来も心配ですが、とりあえずそれは置いておきましょう』
 会場の後ろから聞こえてくる『ふざけるなあ!』という咆哮を意識的に聞き流しつつ、司会は話を進めていく。
 『さて、それでは貫一さんにもインタビューをさせていただきましょうか!』
 『・・・1年C組、美綴綾子です・・・』
 綾子の言葉に、会場から『かっこいい!』『お姉さま!』と歓声があがる。仕方なしに手を振ると、更に大きな歓声が起こった。
 綾子の姿は、一言で言えば外套を羽織った、戦前の大学生(旧制度では高校生)である。胸元は晒しできつくまいて、厚い胸板を作り、バランス良く着こなしている。漆黒の学生服と、地味だが綺麗な外套は、実の所、雷画の思い出の品だったりする。
 『しかし、美綴さんもハマってますね?意外に宝塚とか天職なのでは?』
 『私は宝塚より、普通の格好が良いです』
 内心で涙を流す綾子。だが皮肉にも、その姿はあまりにも似合いすぎていた。

 カップルコンテストは、圧倒的な大差をつけてシンジ・綾子ペアの優勝となる。
 この後、カップルコンテストは毎年開催されたのだが、後にも先にも、男装女装ペアで優勝したのは、初代優勝者である2人のみであった。

学園祭終了後―
 会場の後片付けなどを終わらせ、彼らは雑談をしながら帰宅しようとしていた。
 「それじゃ、僕はここで」
 「ああ、またな」
 手を振りつつ、一行から離れたのはシンジである。そのまま彼は教会へ続いている、坂道を登り、やがて教会の中へと姿を消した。
 「あーあ、それにしても楽しかったな」
 「うむ。一時はどうなる事かと思ったが、振り回せて何よりだったな」
 「そうですね。言峰君も、楽しんでいたみたいですし」
 「・・・私にとっては悪夢だったぞ・・・何で『お姉さま』なんて呼ばれなけりゃならないんだ」
 新たな悩みを抱えた綾子に、凛が笑いながら肩を叩く。
 「美綴さん、人気者ですね」
 「いらねえ。欲しけりゃくれてやる」
 「私はミスコンで優勝していますから、もう十分です」
 「うう・・・写真にまで撮られてしまった・・・どうすればいいんだ・・・」
 ガックリ肩を落とす綾子。そんな綾子に、士郎が声をかける。
 「今回の功労者は間違いなく美綴だ。何か奢らせてもらうよ。この前の甘味処で新作とかどうだ?」
 「・・・高いの頼んでやるから覚悟しとけ、衛宮」
 4人は笑いながら、その場を離れ、甘味処へと向かった。

冬木教会、シンジの部屋―
 鞄を置いたシンジは、制服姿のままベッドの上に自分の体を放り出していた。
 そのまま3日にわたる学園祭を思い出していく。
 「・・・全く・・・多分、加持さんの入れ知恵だったんだろうな・・・」
 シンジは気づいていた。この3日、友人達が、とにかく自分を振り回そうとしていた事に。とにかく自分を楽しませようとしていた事に。
 それもお客の立場で楽しませるのではなく、一緒に苦楽を分かち合う、達成感という喜びを与えてくれた。
 もしお客のように接されたら、自分はこうも楽しめなかった。それだけは間違いなく断言できた。
 だが友人達は、違う方法で接してくれた。一緒に準備をし、一緒に楽しむという方法だったからこそ、彼は拒絶できなかった。
 彼が気づいたのは、最初の日に女装した時。何故、使いもしないメイド服が準備されていたのか?
 「本当に楽しかった・・・でも・・・駄目なんだ・・・僕は、変えられない」
 シンジが意思を変える事はない。今のシンジにとって、最優先事項はアスカの幸せである。その為には、上書きされた世界が完全に固定するまでの5年間を確実に生き延びなければならない。その上で、アスカにとって脅威となりうるサードチルドレンをこの世界から消さなければならなかったから。
 「例えみんなが僕を好きになってくれても、僕は変えられない・・・僕はアスカの為に生きているから。だから、駄目なんだ・・・ごめんね、みんな」
 友人達の真摯な思いを踏み躙らなければならない事に、シンジは良心の呵責を覚えていた。

Interlude―
第3新東京市、第壱高等学校―
 年に一度の文化祭。そこに彼女達は来ていた。
 1人は赤いジャケットに腰まで髪を伸ばした女性。
 もう一人はスーツ姿に、ショートヘアの女性である。
 NERVの主要人物である作戦部部長葛城ミサト一佐と、技術部部長碇リツコ一佐の2人であった。
 「それで、アスカ手作りのお菓子がこれって訳ね」
 「文句があるなら食わなきゃいいのよ。アタシの手作りというだけで、食べたいって奴なら山ほどいるんだから」
 「それは事実でしょうけど、少しは料理の技術を磨いた方がいいわよ?大人になってから、ミサトみたいに恥をかきたくなければね」
 親友の嫌味に、ミサトが無言の圧力をかける。だがその圧力も、ミサトの前に突き出された指輪の前に雲散霧消する。
 リツコの指に嵌められたのは、ダイヤの指輪であった。
 「料理ぐらいできないと、男を射止める事なんて無理よ」
 「うるさいわね!」
 「あらあら、加持君も可哀そうに。加持君のプロポーズ、断ってるんでしょう?それって料理ができないから?」
 うぐう、という変な呻き声とともに沈黙する作戦部長。
 「とまあ、こうなる訳。最初は誰でも下手なの。重要なのは、それを認めて、一歩一歩進んでいくことなの。あなたになら分るでしょう?」
 「分ってるわよ、それぐらい!単に、作ってあげたいような奴がいないだけよ!」
 「あらまあ、加持君は卒業したって訳ね。ま、それもいいかもね」
 クッキーを摘みながら、コーヒーを味わうリツコ。
 「そういえば、最近、加持さん見かけないわね?出張なの?」
 「さあ?この前は所用で北海道。今日はどこに行ったのかしらね?せめて、ミサトとくっ付いてれば、こんな事にはならなかったのに」
 「・・・私にゃ関係ないわよ・・・」
 ムスッとした表情で、ミサトが不満をアピールする。
 「御馳走様、美味しかったわ。アスカ、折角の文化祭なんだから、思いっきり楽しんできなさいね」
 「勿論よ!」
 「そう?それなら良いけど・・・ミサト、そろそろ戻るわよ!」
 「・・・どうせ私は嫁き遅れですよーだ・・・」
 恋人に対して素直になれない親友。その理由はリツコにも分らない。なぜなら、当のミサトが、その理由について全くの無自覚だからである。
 親友に内緒で心理テストを行ってみた事もあった。その結果は・・・
 (・・・ミサト、あなたは何に対して罪悪感を持っているというの?)
 リツコの視線は、親友と同じ雰囲気を漂わせる、目の前の少女にも向けられていた。

遠坂凛・ステータス(本編開始時、高2の冬時点での能力)
性格:中庸・善
身長:159cm 体重47kg
特技:あらゆる事をそつなくこなしながら、ここ一番で必ず失敗する
好きな物:宝石磨き
苦手な物:電子機器全般、突発的なアクシデント
天敵:言峰綺礼
筋力:E 魔力:B+ 耐久力:E 幸運:D 敏捷:D 宝具:―

保有スキル
宝石魔術:A 宝石に魔力を込め、いざという時に解放する魔術。
ガンド:B 相手を指差す事で人を呪う北欧の魔術。このレベルになると物理的破壊力も持ち合わせている。
魔術刻印:B 基礎的な魔術全てをBランクとして使用可能。また魔力を1ランク上昇させる。
八極拳:C 八極拳を習得。八極拳を使える状況であれば、筋力や敏捷の代りに使用可能。
中華料理:C 中華料理が得意。まだ向上の余地有り。



To be continued...
(2011.01.15 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回ですが学園祭を舞台にした話にしてみました。シンジを振りまわすべく、奮闘する士郎達。思いついた結果は・・・言わぬが華でしょうか?
 話は変わって次回です。
 次回はクリスマスと年始を舞台に話が進みます。クリスマスに教会に人間として、孤児院へ慈善訪問に伺ったシンジ。そこで自分の罪を突きつけられたシンジは、自分に更なる贖罪を背負わせるべく行動します。それを目撃した士郎達は・・・という流れです。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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