暁の堕天使

聖杯戦争前夜編

第四話

presented by 紫雲様


冬木市―
 新都の街並みを、煌びやかなイルミネーションが彩る。使徒戦役終了後、四季が戻った日本。それは冬の再来を意味していた。
 街路樹のてっぺんに真っ白な雪が積もっている。
 そんな街中を、買い物籠を手に歩く神父服の少年がいた。
 「えっと、とりあえず材料は大丈夫か。あとは明日次第だな」
 「お、シンジじゃないか」
 顔を上げるシンジ。そこには士郎と、シンジは初めて見る、紫色のロングヘアーの少女が立っていた。
 「士郎か。デート中だったのなら、無理に声かけなくてもよかったのに」
 「買い物手伝ってもらってるんだよ。桜、紹介しとく。俺のクラスメートで言峰シンジ。丘の上にある教会に住んでるんだ。シンジ、この子は桜。慎二の妹で中学3年。俺達の後輩になるかもしれないんだ」
 「へえ、うちに受かると良いね。よろしく、間桐さん」
 「は、はじめまして・・・間桐桜です・・・」
 ペコリと頭を下げる桜。
 「それはそうと、士郎は何を買いに来たんだ?」
 「ああ、クリスマスの準備。あの虎、七面鳥食いたいなんぞと言いやがった。あとはケーキにシャンパン、サラダとスープは作れるから問題ないんだが」
 「大変だなあ・・・」
 「俺の苦労を分かってくれるのはお前ぐらいだよ。それより、お前の方は?」
 士郎の問いかけに、シンジが買い物籠の中を見せる。
 「小麦粉とイチゴ?」
 「うち教会だからさ、クリスマスには孤児院の子供達にプレゼントをしてるんだよ。それで折角だから、プレゼント以外に、ケーキを作って持っていこうと思ってね。父さんも賛成してくれたから、今日はこうして朝から作ってたんだけど、材料が足りなくてね」
 「そっか、第3新東京市で起きた使徒戦役で、孤児が増えたらしいからな」
 士郎の言葉は事実である。もしサード・インパクト前にシンジがその事実を知っていれば、間違いなく世界の上書きの際に修正した筈である。だが情報統制によって、その事を知らされてなかったシンジは、初めて真実を知ったのであった。
 「・・・それは本当なのか?」
 「ああ、本当だ。もし興味があるなら、あとで資料を見せてやるよ」
 「そうか、ありがとう。是非、見せてもらうよ」
 急にテンションがダウンしたシンジを、桜が訝しげに見つめる。
 「あの、体の調子でも悪いんですか?」
 「あ、いや、そんな事ないから気にしないで。それはそうと、2人に相談があるんだけど、うちの教会で明日、アルバイトを募集してるんだ。時間は午前10時から午後4時まで、給料として5000円でるんだけど、やってみるつもりはある?」
 「へえ、仕事の内容は?」
 「さっき言った孤児院へ行って、子供達の相手をする事。それだけだよ」
 自分の予定を思い出す士郎。明日は24日、クリスマスイブ。予定としては、大河希望の七面鳥制作ぐらいしか、予定は入っていなかった。
 アルバイトも幸い休みである。
 「いいぜ、参加するよ。桜はどうする?」
 「えっと・・・御迷惑でなければ、参加しても良いですか?」
 「いいよ。人出が足りなくて困っていたんだ。それじゃあ明日の9時に、駅前へ集合という事で」
 「了解。それじゃあ、また明日な」
 立ち去る2人を見送るシンジ。その姿が人ごみに消えたのを確認すると、シンジは重い気持ちを抱えながら、その場を立ち去った。

翌日、冬木駅前―
 シンジが駅前に到着した時、そこにはすでに声をかけたメンバーが勢揃いしていた。
 「遅い、遅い、遅ーい!」
 「朝からハイテンションですね、藤村先生」
 「当然でしょ!」
 何故かふん反り返っている大河に、苦笑するシンジ。
 昨日の内に作っておいたケーキについては、すでに目的地へ宅配の手配をしてあるので、今のシンジは手ぶらの状態である。
 「しかし、ある意味、同じ顔ぶれですね」
 グルッと見まわす凛。集まったのは士郎、桜、大河の衛宮邸トリオ。鐘、楓、由紀香の陸上部3人娘。加えて一成、綾子、凛という組み合わせである。
 「それじゃあ、行こうか。仕事内容は電車の中で説明するから」
 予め買っておいた切符を渡し、電車へと乗り込む一行。電車の中は、通勤時間の後という事もあり、ガラガラである。
 「それじゃあ簡単に説明するよ。基本的には子供達と一緒に遊んでくれればいいだけ。12時のお昼と、3時のおやつは、こちらで用意したのを子供達と一緒に食べる。あとはプレゼントを渡すぐらいかな」
 「基本的には去年と同じなのね」
 前回の事を思い出しながら、凛が呟く。凛は霊地としての冬木市を管理する魔術師。その為、この手のボランティア活動にも、名家としての立場から参加をしてきている。
 「まあ、問題ないだろう。なあ、寺の子」
 「うむ。相手は幼子、優しく接すれば、何も問題は無い」
 一成は冬木市最大の寺院、柳洞寺の息子。昨年までは跡取りである兄とともに出席していたのだが、今年、兄の方が所用の為、欠席となってしまい、今年は単独での参加となった。
 鐘は冬木市の現市長の娘。本人も父の仕事内容については理解しており、少しでも父の手助けになればと考え、参加を決めている。
 「しかし、今年も間桐は欠席か・・・」
 「しょうがないよ、慎二は忙しいそうだから。でも桜が手伝ってくれるんだ、それでいいだろう?」
 桜に視線が集まる。
 「衛宮、その子は誰?」
 「ああ、紹介しなきゃな。名前は間桐桜。慎二の妹だよ」
 「よ、よろしくお願いします」
 見るからに内気だと分かる桜の挨拶に、由紀香が気を利かせて話しかける。
 そんな由紀香の性格を察したのか、桜の方も緊張を解き始めた。
 「ホントにアイツの妹なのか?」
 「いや、私だって初めて会ったから・・・」
 由紀香に気遣われ、お礼を言っている桜を見ながら、楓と綾子が軽口を叩きあっていた。
 
孤児院―
 孤児院へ到着するなり、一行は子供達に囲まれていた。
 同時に、ノリの良い(というか、子供達と精神年齢が比較的近い)大河と楓が、早速、子供達をジャイアントスイングしながら遊び始める。
 「おはようございます。今年もありがとうございます」
 「おはようございます。父、言峰綺礼の代理で伺いました、シンジと言います。父から、今年は伺えなくて申し訳ありません、と言付かっております」
 「いえいえ、神父様にもよろしくお伝えください」
 一行の前に出てきたのは、初老の老婦人である。その後ろに、子供達の世話をしているらしい女性職員が数名立っている。
 「それじゃあ、手分けして始めようか・・・ん?」
 ズボンをクイクイッと引かれて、シンジが下を見る。そこにいたのは、幼稚園ぐらいと思われる子供が10人ほど。その内の1人が、シンジを見上げていた。
 「どうしたの?」
 しゃがみ込むシンジ。そこへ子供達がワッと群がる。
 「このお兄ちゃん、おめめに何かしてる!」
 「見せて見せて!」
 瞬く間に子供の群れに押し倒され、飲み込まれていくシンジ。その悲鳴は子供の叫び声にかき消され、もはや聞こえない。
 院長や職員が慌てて止めに入るが、子供の好奇心を止めることなど不可能である。
 そんな光景にため息をつきながら、凛が責任者代理として指示に入る。
 「仕方ないわね。みんな、手分けして始めましょう。三枝さんと衛宮君は、お昼の準備をしてあげて。ほかのみんなで子供達と遊んであげましょう」
 「よし、それじゃあ始めようか」
 「・・・誰か・・・助けて・・・」
 シンジの救助を求める声は、全員一致の元、見事に無視された。

 男の子を中心に遊び相手を務めるのは、一成、大河、楓。思いっきり全力で走りまわって鬼ごっこをしたり、飽きもせずにジャイアントスイングをしたり、サッカーをしたりと、とにかく院内を所狭しと暴れまわっている。
 女の子を中心に遊び相手を務めるのは、凛、鐘、綾子である。円になってボールをパスしあったり、数人で長縄飛びをしたりと、比較的おとなしい遊びが中心。
子供達の中には外で遊びたがらない子供もいたが、そんな子供達には、桜が絵本を読み聞かせている。
 その一方、厨房でフル稼働しているのが士郎と由紀香であった。お昼のメニューは、カレーとハンバーグ。子供が好きな献立である。
 「ああ、大変な目に遭った」
 髪の毛をボサボサにしながら、厨房へ入ってきたのはシンジである。
 「御苦労さん」
 「お疲れ様です、言峰君」
 「ごめんね、2人とも。すぐに手伝いに入るよ」
 子供達が中心の食事とは言え、普通の家庭では考えられない量を準備しなければならないのだから、人では幾らあっても足りないほどである。
 「シンジ、ハンバーグは野菜ハンバーグで良いよな?微塵切りにしておけば、野菜嫌いな子供でも平気だろう?」
 「ああ、ここに用意してある野菜なら、いくらでも使ってくれて構わない、ってさ」
 穂群原学園が誇る3大料理人は、瞬く間に仕事を進めていった。

昼食―
 『いただきまーす』
 全員そろっての昼食。子供達の食事となれば、騒がしくなるのは当たり前。だが不思議な事に、子供達以上に騒がしいのが存在していた。
 「ううん!やっぱ士郎の料理は最高ね!」
 「ほらほら、たくさん食べないと、大きくなれないぞ!」
 言うまでもなく、大河と楓である。
 「あの2人、似てるよなあ・・・外見じゃなくて内面が」
 「そうですね。まるで精神的双生児です」
 士郎と凛の会話に、頷くしかない一同である。
 「ところで、午後の予定はどうなっているのだ?」
 一成の問いかけに、シンジが口の中の物を飲み下しながら応える。
 「13時から、藤村先生と蒔寺さんと間桐さん以外は、事務室へ集合。そこで服を着替えてもらうよ」
 「なるほど、了解した」
 「クリスマスだからね、やっぱりお約束でしょう?」
 その言葉に、頷く一同。
 「藤村先生と蒔寺さんには囮をしてもらうんだ」
 「あの、私は?」
 「できればこっちに参加してほしいんだけど、あの子たち、間桐さんに懐いちゃったみたいだから」
 桜が絵本を読み聞かせていた子供達は、桜の事を気に入ったのか、片時も離れようとしないのである。食事の時も桜から離れたがらないので、食事が始まるまで、ちょっとした騒ぎになったほどであった。
 「そういう事なら分かりました。あの子たちは私が面倒みますね」
 「ありがとう、助かるよ」
 シンジの言葉に、桜は嬉しそうに微笑んでいた。

午後―
 「おー!サンタクロースが来たわよ!」
 大河の叫びに、子供達の視線が集まる。
 そこにいたのは、サンタクロースの格好をした少女3人と、トナカイの格好をしてプレゼントを乗せたソリを引っ張ってきた少年3人であった。
 「プレゼントですよー!」
 凛の声に、子供達が駆けよる。そんな子供達をあやしながら、プレゼントを配る。
 「男の子は、こっちに集まれー!」
 「女の子はこっちよ!」
 綾子サンタとシンジトナカイの前に男の子が集まり、凛サンタと士郎トナカイの前に女の子が集まっていく。
 そこから離れた鐘サンタと一成トナカイは、特に幼い幼児を中心に、プレゼントを配って回っていく。
 その光景に大河と楓は『私にもちょうだいー』と子供を追いかけ回す。そこから離れたところで、桜はヌイグルミを貰って笑っている幼子達を集めて、あやし始めた。
 一通り、プレゼントを配り終わったところで、シンジが事務室に用意しておいた物を持ってきた。
 「お、シンジの生演奏か」
 「クリスマスのテーマソングぐらいなら、即興でもいけるからね」
 初めて見るチェロという楽器に、子供達が好奇心を擽られて集まりだす。
 何をやるのか気付いた一同も、シンジを囲むように子供達と一緒に席に座る。
 「さあ、始めるよ」
 シンジの言葉とともに流れ出す、楽しげな旋律。
 その楽しげな雰囲気に、子供達は誰からともなくクリスマスソングを歌い出した。

 おやつとして用意したケーキも食べ終わり、子供達に見送られながら孤児院を後にした一同は、教会へと戻ってきた。
 「みんな、お疲れ様でした。これは少ないけど、受け取ってください」
 1人1人給料を手渡していくシンジ。同時に、冷蔵庫の中へしまっておいた、白い箱も一緒に渡していく。
 「シンジ?」
 「クリスマスケーキだよ。僕の手作りだけど、良かったら食べて」
 「ああ、ありがとう」
 家路に着く彼らを、門までシンジが見送る。その姿が全て消えたところで、シンジはその場に崩れ落ちた。
 「僕は・・・僕は・・・なんて馬鹿なんだ・・・」
 シンジを責め苛んだのは、孤児達の存在その物であった。前日に、士郎から使徒戦役の際に、孤児となった子供が多数いる事を聞かされたシンジは、それとなく職員に確認を取ったのである。
 あの孤児院にいた該当者は10名。
 そんな子供達の笑顔を見る度に、シンジはその場から逃げだしたくなった。そんな気持ちを必死で押し殺し、笑顔を作り、罪悪感に苛まれ・・・
 「僕は・・・どうしてここまで周りを見ていなかったんだ・・・よく考えれば、分かった筈じゃないか・・・幾らシェルターに避難したからと言っても、そこが安全だなんて保障はなかったじゃないか!」
 脳裏に浮かぶのは、切断された弐号機の頭部。忘れることなどできない、ゼルエル戦での一幕。
 「ごめん・・・みんな・・・ごめん・・・」
 本音を言えば、すぐにでも世界を上書きし、リセットしたかった。だがそれはできなかった。
 アスカを救う為に上書きしてから、まだ2年と経っていない。それに何度も上書きしては、予想外のアクシデントが起きてもおかしくはない。何より、シンジにとっての最優先事項はアスカなのである。
 子供達とアスカを天秤にかけ、シンジが選択したのはアスカだった。
 シンジは自分の罪の重さに、ひたすらに懺悔を繰り返していた。

大晦日、衛宮邸―
 ゴーン・・・ゴーン・・・ゴーン・・・
 柳洞寺から聞こえてくる除夜の鐘。
 年越しそばをズルズルと音を立てて食べながら、士郎は年末年始の特別番組に見入っていた。画面の中では、芸能人が日本各地の年越し状況をレポートしている。
 「・・・藤ねえ?」
 呼びかけるが返事は無い。良く見ると、すでに夢の中である。
 「寝るなら、家に戻れよなあ。風邪ひくぞ?」
 そう言いつつも、毛布を持ってきてかける士郎である。
 「お酒飲んでたし、この分じゃ朝までグッスリだろうな」
 時計を見ると、すでに年が変わっていた。
 家の戸締りを確認すると、士郎は外へと出た。
 「さて、そろそろ行くかな。約束の時間だし」
 柳洞寺に1時に集合という約束に遅れないよう、自転車を走らせる。
 寺の前には、すでにメンバーが集まっていた。
 「「あけましておめでとう」」
 「あけましておめでとう、シンジ、一成」
 年始のお約束の挨拶を交わすと、3人は新都の方へと歩き出した。
 「さすがにシンジも、今日は神父服じゃないんだな」
 「神父服でお参りは、少し気まずいからね。今日ぐらいは私服だよ」
 一成は白いダウンジャケットに黒のズボン。シンジは綺礼が若い頃に使っていた、足もとまで覆い隠すコート。士郎は黒い革ジャンにジーパンとマフラーという格好である。
 目的地であるお参り先の神社は、電車で隣の駅のある街にある。だが夜の1時過ぎに電車が動いている訳もない。
 結局、3人は神社まで延々歩く事を選択していたのである。
 一成曰く『たまには、こんな馬鹿な事も楽しいだろう』
 2人もそれに賛同し、年始早々、隣町まで歩く事にしたのである。
 普段、夜中に出歩くこと等ない3人は、夜中に街中をブラブラ出歩く趣味は持っていない。
 そういう意味では、こうして真夜中に出歩く事自体が、3人にとっては、ある意味非日常的な出来事であり、とても楽しい事であった。
 「そういえば、慎二はどうしたんだ?」
 「慎二なら5日まで外国だってさ」
 「ふむ。ならば仕方あるまいな」
 ゆっくりとしたペースで歩き続ける3人。
 そして目的地に到着した時、時計は2時を回っていた。
 お参りの人混みの中、順番待ちの列につく。お参りを終えた時には、すでに時計は3時を指していた。
 「さて、それじゃあ御神籤でも引きにいくか?」
 「あら?3人とも、寄寓ですね」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのは凛と綾子である。さらにその後ろには鐘、楓、由紀香の姿もあった。
 凛、鐘、楓の3人は振袖姿、綾子と由紀香は買ったばかりの私服姿である。
 「言峰!なんで神父服で来ねえんだよ!笑ってやろうと思ったのに!」
 「それが恥ずかしいから私服なんだよ」
 早速、シンジに楓がからみ始める。
 「蒔の字と違って、彼は常識があるという事だろうな」
 「ちょっとまて。それは私に常識がないと言いたいのか?」
 「2人とも落ち着いて」
 じゃれあう3人娘から離れると、シンジはもう一つの集団へと近づいた。
 異様に丁寧な言葉使いで舌戦を繰り広げる、一成と凛を、士郎と綾子が面白そうに眺めている。
 「そういえば、美綴さん達は、もう参拝はすんだの?」
 「ああ、とっくに終わらせたよ。あとは適当にだべって、朝日を一緒に見ようか、ってことになってね」
 「へえ、それはいいね。士郎、僕達も合流させて貰う?」
 シンジの言葉に『それもいいな』と頷く士郎。
 「だけど、まだ時間がある。どこかで時間を潰さないとな」
 「それなら駅前にでれば、24時間やってるファミレスぐらいあると思うよ?」
 「そうだな、それじゃあ移動するか」
 段取りを整えて、移動を開始する一行。女の子の比率が多い上に、眼帯をつけた長身の少年が混じっている集団は、とにかく周囲の目を引いていた。
 中には声をかける者もいたが、全て凛が如才なく断っていく。
 「遠坂の奴、慣れてるなあ」
 雑談をしながら駅前まで戻ってくる一行。元日から営業している、勤勉なファミレスを見つけると、彼らはそのまま店内へ入った。
 全員で座れるようにテーブルをくっつけ、思い思いの場所に座る。
 「ふう、やっぱり中は温かいなあ」
 ほっと一息ついた士郎の言葉に、斜向かいに座っていた由紀香が『そうだね』と頷き返している。その横では楓が早速メニューを開き、鐘はおしぼりで手を拭く事に集中していた。
 「よし、私はドリンクバーと和風スパゲティだ」
 「蒔の字・・・確か年越し蕎麦を食べてきたと言ってなかったか?」
 「体動かした分、腹が減ってるんだよ」
 楓の言い分に、鐘がテーブルに突っ伏す。
 「いいよ。予算はあるから、好きな物頼んでよ」
 「シンジ?」
 「父さんがさ、ついでにみんなと朝食を食べてこい、と言って小遣いくれたんだよ。だから遠慮しなくて良いよ」
 「うっしゃあ!言峰、お前良い奴だなあ!」
 早速餌付けされた楓。それを呆れたように眺める女性陣が2人。
 「蒔寺さん。それはあまりにも露骨ではありませんか?」
 「もう手遅れだろうが、確実に、この3人はお前を嫁にしようとは思わないだろうな」
 的確な凛と綾子の突っ込みに、鐘がウンウンと頷いている。
 「ふーんだ、別にいいだろう。どうせ私は跡取りだからな、婿を貰わなきゃいけないんだから」
 「訂正。婿入りする事はないだろうな」
 「何でだ!こう見えても良いとこのお嬢さんだぞ、このアタシは!」
 力説する楓。だが周囲の視線は、微妙な温度のままである。
 「おい、柳洞!何か言えよ!いつも坊さんの服、うちで買ってるだろう!」
 「それとお前の色恋沙汰に何の関係があると言うのだ・・・第一、蒔寺は俺の好みからはかけ離れ過ぎている。縁が無かったと思ってくれ」
 「マキジ、大ショック!」
 自称『穂群の黒豹』の視線が、ノンビリとメニューを眺めていた、赤銅色の髪の少年を向けられる。
 「・・・いくらなんでも穂群のブラウニーはな・・・」
 「ん?俺は別に、蒔寺の事は嫌いじゃないぞ?」
 顔面が瞬間沸騰する楓。周囲の女性陣からも視線が集まる。
 「衛宮。つかぬ事を尋ねる。お前は蒔の字の事が好きなのか?」
 「うーん、多分、好きだな」
 ストレートな表現に、アタフタと慌て出す楓。恥ずかしさを隠そうと、支離滅裂な言葉を紡ぎ出す態度に、鐘が面白そうな視線を向ける。
 「だって、藤ねえそっくりだからな。好きか嫌いかで分類すれば、好きになるさ」
 一瞬、シーンと静まり返る。脳裏に浮かんだのは、孤児院で大河とともにジャイアントスウィングをしていた楓の姿。
 「なるほど、そう言うことか」
「・・・ふっふっふ・・・」
 「ん?どうした、って、おい!」
 テーブルを乗り越えて、士郎に楓が襲撃を仕掛ける。
 「このブラウニー!アタシをからかうとは良い度胸だ!」
 「何でさ!俺は何もしてないぞ!」
 しばらくの間、首を締めあげた事で満足したのか、楓が席に戻る。そこへウェイトレスが笑いを必死で押し殺しながら近づき、注文を確認していく。
 「全く、衛宮のせいで、恥かいたぜ」
 「何でさ!俺のせいじゃないだろうが!」
 「いーや、お前のせいだ。アタシが言うんだから間違いない!」
 士郎に全責任を擦り付けると、楓は最後の人物へと視線を向けた。
 「さーて、言峰の番だな」
 「僕?うーん、はっきり言っちゃうとゴメンナサイ。もう好きな人いるからね」
 「あっちゃあ、そりゃ仕方ない・・・はあ?」
 再び身を乗り出す楓。鐘が帯を掴んで引きとめようとするが、楓はそんな友人を無視して、さらに身を乗り出してくる。
 「言峰!お前、好きな女がいるって言うのか!誰だよ、答えろよ!」
 「教える訳ないでしょう?蒔寺さんに教えたら、明日には冬木市全体に広まっていそうだし」
 シンジの言い分に、無言で納得する鐘と綾子。友人をどうやってフォローするべきか悩む由紀香の横で、凛が面白そうな玩具を発見したような表情を浮かべた。
 「でも言峰君の意中の相手には興味がありますね。どんな人なのかぐらいは教えてほしいですわ」
 「第3にいた頃の事だよ。昔の事だから」
 「良いから教えなさい。女の子っていうのは、他人のコイバナには興味があるんですよ?」
 女性陣に詰め寄られ、救援を求めるシンジ。一成も士郎も、シンジから少しだけ、シンジが好きな女の子の事について聞いていた事もあり、さすがにマズイと感じて止めに入った。
 「そこらへんにしておけ、遠坂。それ以上は」
 「良いから黙ってなさいって!」
 参戦する綾子。楓も同調し、鐘も興味があるのか、思わせぶりな視線を送っている。
 このままでは逃げ切れないと悟ったシンジは『大して面白い話じゃないよ』と前置きした上で、口を開いた。
 「僕はある理由で、親とは別居してた。その頃、僕の家族だったのは、保護者の女性と同い年の女の子だったんだ」
 保護者の女性という言葉で、凛と綾子が、加持の事を思い出した。『シンジ君の保護者の婚約者』という自己紹介をした男性の事を。
 「僕が好きだったのは、同居していた同い年の女の子だよ。性格は強気で負けず嫌い。僕とは正反対の性格だった。そうだな、蒔寺さんと美綴さんを足したような性格かな。とにかく攻撃的だった」
 「なるほど。穂群の女傑と黒豹。2人がかりでなければ勝てぬほどの相手か」
 「「悪かったな!」」
 同時に突っ込みをいれる綾子と楓。そこへタイミングよく注文した商品が届く。
 ジュースで口を湿らせながら、シンジは続けた。
 「でも向こうにとって、僕は恋愛の対象なんかじゃなかった。僕は子供だったからね。良くて喧嘩相手。そんな関係だったよ。第一、向こうには好きな人がいたからね」
 「ふむ。振り向いてもらえぬ相手を想ったという訳か」
 「ある意味、的確な表現だよ。でもその関係もすぐ終わった。その関係は破綻した。殺したいと思われるほどに憎まれて、侮蔑の言葉を投げつけられるほどに嫌われて、僕達は会うのを止めた。いや、正確には、僕が彼女から離れたんだ」
 絶句する女性陣。彼女達は距離の差こそあれ、シンジという存在を見てきている。少なくとも、現在のシンジは、他人から疎まれるような人間ではないと断言できるほどに。
 「ちょ、ちょっと待ちたまえ。言峰、お前が嫌われた?殺したいほどに憎まれたというのか!?」
 「そうだよ。その子は幼い頃から、全てを引き換えにして頑張ってきた事があったんだ。その分野で、彼女は天才とよばれるほどの成績を残してきた。けど、それを僕が奪ってしまったんだ。僕が彼女と同じ立場になってから、わずか半年と経たないうちに、彼女は僕の後塵を拝む事になってしまった。その上、その差は開く一方。これじゃあ、憎まれても仕方ないよ。彼女が血の滲むような思いをしてまで続けてきた努力を、僕は努力すらせずに、才能に物を言わせて追い越してしまったんだから」
 まるで自嘲するようなシンジの顔を見ていられず、士郎と一成が顔を背ける。その態度に、なんで2人が止めようとしたのか気づいた凛が、視線を下に落とした。
 「もし僕が、好きでやっていたなら、まだ彼女はなんとかなっただろうね。でも、僕にとっては強制されて始めた、嫌な事だった。僕にとっては、どれだけ成績を残しても、何の価値も見出せなかった。それが彼女には耐えられなかったんだよ。多分、自分という存在そのものを、否定されたように感じたんだろうね」
 「・・・すまない、もういい」
 「でも向こうが悪い訳じゃない。どちらかというと、僕の方が悪いんだ。僕はそれだけの事をしてしまったから。僕は彼女を恨んだりはしていない。嫌われたのは全て僕のせいなんだから」
 「言峰、もういい!もう喋らなくていいから!」
 「良いんだよ。僕は自覚しているんだ。自分が罪人だという事を。こうして仲良くしてもらえる資格なんてない事を。だって僕は・・・彼女を汚してしまったから」
 静まり返る一同。全員の視線が、片目を失った少年に注がれた。
 「この際だから言っておくね。士郎、一成、それから美綴さんに遠坂さん。無理に僕につき合う必要はないんだよ」
 「お、おい。何を言ってる?」
 「加持さんに頼まれたんでしょ?僕の自殺を止めるように、って」
 7対の視線が、シンジを凝視する。
 「心配いらないよ。少なくとも、あと4年は嫌でも生きなければならないから。それに4年も経てば、僕はもう、この町にはいない」
 注文書を手に、静かにシンジが立ちあがる。
 「今までありがとう。楽しかったよ、自分が幸せになる資格なんてない事を、すっかり忘れてしまうぐらいに、本当に楽しかった」
 立ち去るシンジの背中を、誰も引きとめられなかった。

 シンジが立ち去った後も、7人は店内に居続けた。誰も何も言葉を発しようとしない。
 やがて店の外が、初日の出のよって明るくなった頃になって初めて、彼らは家へ帰るべく店を出た。
 当然、電車は走っている時間。だが、誰も駅へ向かおうとはしなかった。
 予め、申し合わせてあったかのように、ただ歩き続けた。
 やがて見知った町並みが見えてきたところで、先頭を歩いていた士郎が足を止めた。
 「・・・どうした、衛宮?」
 「確か、教会はこの道を行った方が、早く着いたよな」
 士郎の言葉に、視線が集まった。
 「ちょっと、アイツのとこへ行ってくる。みんなは先に帰っていてくれ」
 「衛宮?」
 「やっぱ、ほっとけないんだよ。それじゃあ、またな」
 手を振りながら、教会へと向かう士郎。それを一成が追いかけようとするが、彼は途中で足を止めた。
 「行かないの、柳洞君は?」
 「・・・正直、どうしていいか分らん。シンジが苦しんでいるのは知っている。けれども、アイツの口から出た言葉が、気になって仕方ないのだ。仮に、アイツが自分で言った通りの事をしていたとすれば、それは間違いなく犯罪行為だろう。それを考えれば、シンジと距離を置くのは、決して間違った判断ではない」
 一成の言葉を、誰もが静かに聞き入っている。
 「だが、シンジが本当にそんな事をするような奴には思えん。アイツは衛宮と同じぐらい、他人を気遣える男だ。それもまた、事実なのだ。俺は、どう判断したら良いのか分らなくなってしまった。一体、どうすればいいんだ」
 「私も同じだよ。言峰に、これからどんな顔をして会えばいいのか、分かんねえよ」
 一成の言葉に、綾子も同意する。その横で、鐘と楓も横を向きながら頷いていた。
 「ごめん、みんな。私が悪ノリしたせいで・・・」
 「遠坂さんが謝る事はないよ。みんな好奇心に負けちゃったから・・・」
 気落ちする凛を、由紀香が懸命に励ます。
 「それはそうと、寺の子よ。言峰が自殺する、というのはどういう事なのだ?私達にはその意味が良く分らん。何か知っているのか?」
 「俺も良く知らん。入学式の日に、偶然、シンジの兄代わりという男に会っただけだ。その際、彼から『シンジが自殺を思いとどまるように、思いっきり振り回してやってくれ』と頼まれたのだ。何故自殺を望むのか、その理由までは聞いていない」
 「ふむ。兄代わり、か」
 考え込む鐘。
 「・・・しばらくは様子見するほかなさそうですね」
 「消極的な意見だが、他に良い案もなさそうだな」
 何のためらいもなく、教会へ向かって走っていった背中を、彼らは複雑な気持ちで見つめていた。

Interlude
 バタン!
 大きな音を立ててドアが閉まる。
 彼女がいるのは、一流ホテルの最上階に位置するロイヤルスイート。入口には24時間NERVの警備員が張り付いており、不審者の侵入を決して許さない。
 「・・・疲れた・・・」
 今日もアスカは晩餐会の主賓として招かれていた。
 ついこの間まで、晩餐会に招かれる度に、彼女は有頂天になっていた。
 誰もが自分を見てくれる。誰もが自分を褒めてくれる。何より、自分はNo.1なのだという確固たる自信を持っていた。
 最悪のクリスマスプレゼントのおかげで、その無意味さに気付いてしまうまでは。
 発端は些細な事だった。
 クリスマスイブに開かれた晩餐会から帰って来て、一眠りした翌朝の事だった。アスカは喉の渇きを覚えて冷蔵庫を開けた。普段から冷蔵庫の中身に関しては、全て家政婦が補充してくれる。だから、その日も彼女は冷蔵庫の中にあった牛乳を、いつも通り何気なく飲んだ。
 僅かに感じた違和感。
 その原因は、牛乳がいつもと違う商品だった事。本当に些細な違い。
 いつもの商品が、何らかの理由で売り切れてしまった為に、臨時で他の商品を買って来たのだと思った。
 その時、ふと思い出したのである。
 サード・インパクト以来、一度も思い出す事が無かった少年が、どんな時でも必ず同じ牛乳を買ってきていた事に。もし売り切れていたら、どんなに遠くまで出かけても、必ず買ってきてくれていた事に。
 一瞬の後、彼女は愕然とした。
 少年の顔を、はっきりと思い出せなくなっていたのである。
 彼女にとって、少年は自身の地位を脅かす敵。だから忘却できれば、それは彼女の精神的な安定を意味する筈である。
 だが実際には違った。
 彼女の心を襲ったのは、とてつもない喪失感だった。
 慌てて、自室に飛び込み、手当たり次第にアルバムを捲った。第壱中学校の卒業アルバムを捲った。携帯電話のカメラで撮ったデータを全て見直した。
 少年の姿はどこにも無かった。
 それから一週間。
 彼女はどんな豪勢な料理を食べても、美味しいと感じなくなってしまった。
 彼女はどれだけ褒め讃えられても、虚しさしか感じなくなってしまった。
 彼女はどれだけ高級な宿泊場所を提供されても、安らげなくなってしまった。
 彼女は必死になって記憶の確認を繰り返した。だが―
 「・・・馬鹿・・・アタシ・・・馬鹿だ・・・」
 彼女は枕に顔を押し付けて、必死になって声を押し殺していた。

間桐桜・ステータス(本編開始時、高2の冬時点での能力)
性格:混沌・中庸
身長:156cm 体重46kg
特技:家事全般、マッサージ
好きな物:甘いもの、怪談
苦手な物:体育、体重計
天敵:無し
筋力:E 魔力:B+ 耐久力:D 幸運:E 敏捷:E 宝具:―

保有スキル
刻印蟲:C+ 魔力を1ランク上昇させる。
洋風料理:B 洋食が得意。まだ向上の余地有り。



To be continued...
(2011.01.22 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はシンジが落ちる話です。罪を再自覚し罰を求める為に、シンジは自分の罪を告白し、周囲との関係を断ち切ろうとします。ただ、その中に込められていた本当のメッセージを無意識のうちに悟った士郎とだけ、蜘蛛の糸のように頼りない繋がりが残る。そんなイメージで仕上げました。
 同時にアスカにも変化が現れます。サード・インパクト以来、1年半振りに脳裏をよぎるシンジという存在。しかしシンジの世界を上書きする力光あれにより、シンジの存在を実証する物的証拠は世界中から消えています。作中では書いていませんが、アスカの最後の言葉は、オープニングでのシンジの別れの言葉を思い出し、やっとその真意に気がついた、というイメージです。
 話は変わって次回です。
 次は聖杯戦争前夜編最終話。士郎達が第3新東京市へ修学旅行にやってきます。修学旅行をボイコットしたシンジが、士郎にお願いした頼み事。アスカと士郎達の邂逅。加持との再会。そして死んだはずのサード・チルドレンの正体とは。そんな感じの話になります。
 それではまた次回も、宜しくお願い致します。



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