第三話
presented by 紫雲様
2月3日早朝、衛宮邸―
「・・・おはよ・・・コップ貸して・・・」
「ああ、おはよう・・・って、遠坂ああああああ!?」
朝食の準備中、コップを渡そうとした士郎は、いきなり素っ頓狂な叫び声を上げる破目になった。
昨夜から共同戦線を張ると同時に、魔術師として指導をしてくれる事になった凛と、同居する事になった訳だが、彼は目の前の事態を想定していなかったのである。
今の凛はクリーム色の生地に、猫柄のデザインが施されたパジャマ姿であった。ただし前のボタンが1つだけ外れ、裾が捲れておへそが丸見えである。気になっていた女の子の艶姿に、驚くのも仕方ない事なのかもしれない。
受け取ったコップに牛乳を注ぎ、腰に手をあて一気に飲み込む凛。その飲みっぷりは、あまりにも漢らしすぎる。まるで神代の時代から『牛乳の飲み方とはこうあるべし!』と神によって定められた不変の法則のようにすら感じられた。
「ありがと・・・顔、洗ってくるわ・・・」
台所から出ていく凛。口の周りに牛乳が輪っかを作っていた事は、黙っていた方が良いんだろうなと、士郎は自分の命の為に懸命な判断を下した。
「おはようございます、士郎」
「あ、ああ、おはよう、セイバー」
起きてきたセイバーが、台所へ顔を出す。
「食器を出しておきますね」
「う、うん、ありがとう。頼むよ」
朝の卓袱台に並べられていく朝食の数々。今日の朝食はご飯に味噌汁、焼いた鮭に野菜のサラダである。
「おっはよー、士郎!」
「またタダ飯食らいに来やがったか、あの虎」
「虎って言うなああああああ!」
衛宮邸に降臨する虎を余所に、ご飯をよそっていく士郎。吠えていた虎もちゃんと席に座り、お茶碗を受け取る。
そこへ身支度を整えてきた凛が同じように席に座り、朝食が始まった。
「そういえば、士郎。今日は桜ちゃん、学校休むそうよ」
「そうか、体の調子が悪いのか?」
「そうじゃなくて、家の用事みたいよ。それにしても、やっぱり士郎のご飯は美味しいよお・・・」
「全くです」
「そうね、和食も良いかもしれないわね」
「何言っているんだ。和食はカロリー控えめ、野菜が豊富だから体に良いんだぞ?」
にこやかに続く団欒。その瞬間、大河がギギギギッと奇妙な音を立てながら顔を上げた。
「士郎、一つ良いかな?」
「何だよ」
「何で遠坂さんがいる訳?あと、そちらの金髪の女の子は?」
ピシッと固まる朝食の風景。カランッと音を立てて、士郎の手から箸が零れ落ちる。
「ええ、実は昨夜から、こちらに下宿させて頂いてるんです」
「へえ、そうなんだ。それは良かったわね・・・ってそんな訳あるかあああああ!」
再び降臨した虎を前に、どうやって言いくるめたら良いんだろうと悩む士郎。
「藤村先生。実は私の家なんですが、先日から改修工事を始めておりまして、その間の宿泊先を捜していた所、衛宮君が下宿を提案してくれたんです」
「ま、まあ、士郎ならありえるわね。困っている人、見捨てておけないし」
「私にとっても、ホテルの宿泊費用とかは負担が大きすぎます。学生の身である以上、無駄遣いは出来ませんし」
「で、でも、一つ屋根の下で男と女が同居するのは・・・」
「先生は衛宮君を信用いていないんですか?衛宮君は決してそんな真似はしません。もっと信じてあげてください」
凛に言いくるめられ、轟沈する大河。だがすぐに、その矛先はセイバーへと向けられる。その気配を敏感に察したセイバーは、箸を置くと背筋を正して説明を始めた。
「初めまして。私はセイバーという者です。5年前に亡くなった士郎の養父、切継から託されていた遺言を果たす為に、イギリスからやってきました」
「遺言?イギリス?何それ?」
「一言で言うならば、士郎を守ってほしい、という内容でした。本来ならば切継が亡くなってすぐに来日するべきだったのですが、当時の私はまだ子供。来日したくとも渡航が出来ず、やっと一昨日になって来日できたという訳です」
むむむ・・・と腕を組んで考え込む大河。士郎もセイバーの理路整然とした説得に、内心で拍手喝采であった。次の言葉を聞くまでは。
「私はシロウに(騎士として)全てを捧げています。例えどのような困難であろうとも、シロウの為に(騎士として)尽くす所存。私にとってシロウは世界でただ1人のマスターなのです」
ブッと味噌汁を噴き出す士郎と凛。気管に入ったのか、激しく咳き込んでいる。
「・・・士郎に(女として)全てを捧げている?」
「はい。シロウに(騎士として)全てを捧げています」
「・・・士郎の為に(女として)尽くす?」
「はい。シロウの為に(騎士として)尽くします」
「・・・世界でただ1人のマスター(御主人様)?」
「はい。ただ1人のマスター(忠誠を捧げるべき主君)です」
文面は見事に合っているのだが、見事に食い違っている内容に、全く気がつかないセイバーと大河。案の定、大河が大爆発を起こす。
「士郎おおおおおおおお!」
「だああああ!何でこっちに来るんだよ!」
「お姉ちゃんは士郎を18禁ギャルゲーの主人公に育てた覚えはありません!それもこんな金髪美少女を弄ぶなんて!」
「人聞きの悪い事を言うんじゃねえ!この馬鹿虎!」
衛宮邸は、今日も朝から賑やかだった。
ピロリン♪
※衛宮士郎の称号が穂群原のブラウニーから、18禁ギャルゲーの主人公へ上書きされました。
「うう、士郎が、士郎がギャルゲーの主人公になっちゃったよ・・・」
「・・・爺さんなら、逆に褒めそうだよな・・・」
「切継さん、ゴメンナサイ。士郎は女の子を弄ぶ悪い子になっちゃいました・・・」
「弄んでねえ!とっとと行きやがれ!」
虎柄のスクーターと、虎柄のヘルメットに身を固め、大河は一足先に学校へ出勤した。それを士郎と凛、セイバーが手を振って見送っている。
「さてと、それじゃあ登校の準備しないとね」
「そうだな。それでセイバーだけど・・・」
「霊体化できないんじゃ仕方ないわよ。今日の所はお留守番ね。幸い、学校にはアーチャーもいればランサーもいる。そう心配する事はないわよ」
「そうですね。凛、士郎の事をよろしくお願いします」
どことなく不安気なセイバーを、凛が励ましている。
そこへやってくるシンジ。シンジはキャスターとライダーの件で報告したい事があってやってきたのだが、妙な雰囲気に気を取られてしまった。
「おはよう、みんな。何かあったの?」
「シンジか、実はさ・・・」
士郎の説明に、シンジが納得したように頷く。
「セイバーさんが心配するのは当然だよね。昨日の事もあるし」
「そうなのです!まさにその通りなのです!」
「・・・一つ、試してみる?もしかしたら、合法的に学校へ行けるかもしれないよ?」
シンジの発言に、セイバーが手を取って『是非お願いします!』と嘆願していた。
2年C組―
「美綴が欠席?」
「ああ、何でも病院へ入院だとよ」
朝の教室は、突然、入院した綾子の事で持ちきりだった。シンジによって運び込まれた綾子は、極度の貧血と診察され急遽、入院する事になったのである。
幸い、他に怪我もなく、しばらく安静にすればすぐに退院できるというのが、医師の診断であった。
そんな噂話で持ちきりの教室へ、今日も元気に入ってくる大河。その後ろにセイバーが続いて入ってくる。
「おはよー!今日はお客さんを紹介しちゃうぞ!授業風景を見学する事になったセイバーちゃんです」
おおー、とどよめく生徒達。セイバーの容貌は、超がつくほどの美少女。それも人形を思い出させるような可憐さを秘めている。その綺麗さに、ため息が出るのもある意味当然であった。
「セイバーと申します。本日は藤村先生の好意により、今日一日、お邪魔させて頂きます」
ペコリと頭を下げるセイバー。
今日限定の留学生、それがシンジの思いついた案である。
職員室へセイバーを連れていき、『セイバーさんにとって日本は未知の国です。そんなところに女の子を1人放っておいたなんて雷画さんが聞いたら、きっと怒りますよ?』と説得(脅迫)し、大河を味方につけたのである。
『結構、腹黒いのね、あいつ』
霊体化していた2体のサーヴァントが、頷いていたのは秘密である。
授業中も休憩時間の間も、セイバーは人気者であった。
あっという間に時間は過ぎ、昼休みである。
「よし、それじゃあお昼にしようか」
昼休みの音楽室へ集まる3組の主従。最初は屋上の予定だったのだが、音楽室は防音もしっかりしており、盗み聞きされないだろうという意見が通ったからである。
「それじゃあ、まずはお昼を食べようか」
ゴソゴソと弁当箱を取り出す凛と士郎。都合3人分である。
「マスター」
「ありがとう、ランサー」
現界化したランサーが突き出した物を見た瞬間、凛と士郎が凍りつく。セイバーは『おお!』と目を輝かせていた。
「ランサー、たくさん食べてくれるから、気合い入れて作って来たんだよ。みんなもよかったらどうぞ」
それは5段重ねのお重であった。4段がオカズ、1段はおにぎりである。
「・・・食べても良いのですか?」
「良いですよ。残すのも勿体ないですし」
「ふむ、では私も相伴に預かろうか」
ランサーに加え、現界化したアーチャー、弁当箱を手にしたセイバーと3体のサーヴァントがお重の周りに集合する。
「ほう、この煮つけ、微かな刺激が食欲をそそる。隠し味は唐辛子、いや豆板醤か・・・」
「ランサー、それはなんですか?」
「ああ、ハンバーグっていうんだ、ほれ、食べろよ」
餌付けされた三騎士の姿に、呆然とする凛。その傍らで、士郎は呑気に『セイバー、美味しいか?』と聞いている。
(こいつら、美味しい食事出されたら、マスターなんて裏切るんじゃないかしら?)
そんな事を考えながら、凛は食事を再開した。
食事を終え、魔法瓶に淹れてきた紅茶を紙コップで手渡しながら、シンジが口を開いた。
「そういえば、キャスターの件だけど」
集まる視線。
「ランサーが言うには、魔術師としては相当な実力者だって。神代の時代の魔術を、詠唱無しで使ってきたそうだよ」
「それだけじゃねえ。キャスターは竜牙兵も使いこなす。蓄えてある魔力も考えれば、無限の兵を持っていると考えていいな」
「なるほど、ですが私の対魔力ならば、キャスターに対して天敵となりえましょう。奴らの拠点はどこなのですか?」
「柳洞寺ってとこだ」
ランサーの発言に、思わず咳き込む士郎。
「シロウ?」
「だ、大丈夫だ。それより柳洞寺って本当なのか?」
「ああ、間違いねえ。あの寺の連中は、結界か何かで隔離しているんだろうな。あれだけ騒いだのに、誰も出て来なかったからな」
柳洞寺は一成の自宅である。士郎が一成を心配するのも当然であった。
「衛宮君、柳洞君を心配するのはいいけど、まずはライダーから解決しましょう。ライダーの結界、昨夜の内にいくつか基点を回復させたようだし・・・」
「まさか?」
「いつ発動させるかは分からない。でも確実に使ってくるでしょうね」
紅茶を口にしながら、凛が冷静に判断する。
「実はその事なんだけど」
「何?」
「美綴さんの入院は聞いているでしょ?あれ、ライダーが原因なんだ」
ランサー以外の視線が、同時にシンジに集まる。
「昨日、新都の繁華街で美綴さんから血を吸っているライダーを見つけて、介入したんだよ」
「それじゃあ、言峰君が病院へ運んだ訳?」
「傷だけ治してね。血までは回復させられないから、輸血するしかなかったんだ」
真剣な顔になる凛。士郎とセイバーも、互いの顔を見合せる。
「問題はライダーだよ。ライダーの口ぶりでは、美綴さんを予め標的にしていたようだった。それもマスターの指示でね」
「何ですって!」
「マスターの命令だから、と言ってた。個人的な怨恨の線から調べれば、マスターの特定ができるんじゃないかな?」
「良い考えね。それも放課後の行動にいれましょう」
3組の主従コンビは力強く頷いた。
午後の授業中―
時間は午後2時頃。授業中に事件は起きた。
突然、体にかかる重圧。同時に世界が赤く染まった。
「な、何が!」
士郎とセイバーが慌てて周囲を見回す。生徒も教師も、苦しげに呻くだけ。シンジと現界化したランサーは、士郎達と同じように周囲を警戒する。
そこへ凛がアーチャーとともに飛び込んできた。
「遠坂、一体」
何が?と続けようとして崩れ落ちる士郎。
(・・・おかしい・・・力が・・・はいらない・・・)
「衛宮君、魔術回路を起動させなさい。そうしないと命まで持っていかれるわよ!」
凛の言葉に従い、魔術回路のスイッチを入れる。その間に、凛は周囲を探るのに精一杯である。
「手分けして捜しましょう。間違いなくライダーは校内にいるはずよ」
「僕は北校舎に向かう。何かあったら窓ガラスを派手に割るから」
「俺は南校舎に向かうよ」
「私は屋上からアーチャーに敷地内全部を確認させるわ」
駆け出す3組の主従。
正解を引いたのはシンジ達であった。
北校舎の最上階。そこで紫のロングヘアーが特徴的な、見覚えのある美女を見つけたからである。そしてその後ろに立っていたのは―
「・・・間桐?」
「お前がランサーのマスターだったのかよ、言峰。ライダーから聞いたぜ?お前、人間じゃないんだってな」
ニヤッと笑う慎二。
「間桐!すぐにこいつを止めさせろ!」
「ああ、他者封印・鮮血神殿 の事か。嫌だね。連中がどうなろうが知った事じゃない。魔術師ってのはそういう物だろ?さすが、人間じゃない幻想種様はお優しいな」
「小僧、俺様のマスターを嘲笑しやがったな」
ランサーがゲイボルグを構える。そこにいたのは、神話の世界にその名を轟かす、最強の槍兵だった。
「ライダー、やれ!」
一気に間合いを詰めるライダー。だがランサーは、繁華街で見せた物よりも更に早い速度でライダーを迎撃する。
「そんな!」
「わりいな、昨日は手加減してたんだ。だが今は違う。制限が無いからな、全力でいけるぜ?」
このまま接近戦を続ければ、ライダーの負けは間違いない。ライダーにとって最大の特徴である速度を、ランサーは上回る事が出来る。加えてランサーは、ライダーと違い戦士としても戦闘経験が豊富な歴戦の猛者であった。
「ならば、これはどうです!自己封印・暗黒神殿 解放」
ライダーの眼帯が消える。そこに隠されていた妖艶な美貌が露わになった。
ライダーの両目が大きく開く。
「ぐ、ぐおおお」
目に見えてランサーの動きが遅くなる。不幸中の幸いか、ランサーはクラススキルとして高位の耐魔力スキルを保有している。そのおかげで石化には至らず、重圧による体の束縛程度で済んだ。
「これは・・・石化の魔眼か!?」
「御名答。これで形勢逆転。あなたのマスターも、私の魔眼にかかれば・・・」
勝利を確信し、余裕たっぷりだったライダーが、その顔を強張らせた。
なぜなら、石化して動けなくなっているはずのシンジが、ランサーの真後ろにまで移動してきていたからである。
「そんな!私の魔眼が効かなかったのですか!」
「言って無かったけど、僕の対魔力はランサーと同じぐらい高いんだ。それとね、ライダー。貴女は一つ忘れている事がある」
シンジの魔力の輝きに満ちた右手が、ランサーの体内に沈んでいた。
「聖杯戦争はサーヴァントの戦争じゃない。マスターとサーヴァントの戦争なんだよ」
シンジの魔術は心霊治療。体の異常を治すのは、彼の専門分野であった。
「はは、最高だぜマスター!よし、あとは任せな!」
魔眼の呪縛から解放されたランサーが、戦闘を再開する。
瞬く間に攻守が入れ替わり、追い詰められていくライダー。同時に、ランサーの後ろにいたシンジが、手近な教室へ飛び込んだ。
だがすぐに出てくる。その時、シンジが手にしていたのは、机であった。それを両手で持ち上げ、全力で振りかぶる。
ガシャン!
木っ端微塵に砕け散る窓ガラス。同時に、その光景をアーチャーが屋上で、その音をセイバーが南校舎で捉えていた。
ライダーの全身に走る寒気。間違いなく、あと数秒の内に、三騎士全てが揃うのは間違いなかった。
慎二を連れて撤退しようにも、ランサーがそれを許さない。状況は最悪を通り越して、生き地獄である。
「お待たせ!言峰君!」
凛がアーチャーとともに戦場に参戦する。ますます追い詰められていくライダー。
「うそ!何でアンタが・・・」
「クソ!遠坂まで・・・」
凛は一瞬、呆気に取られるが、すぐに気を取り直す。魔術刻印を発動させ、左手にガンドを集中させる。
「アーチャー!」
「うむ。I am the bone on my sword」
アーチャーもまた捻じれた剣―偽・螺旋剣 を弓につがえる。
だがそれを目にした瞬間、ライダーは決断した。
片腕を犠牲に、ランサーと無理矢理距離を作る。そのまま慎二の横に着き、躊躇いなく短剣で自分の喉笛を横一文字に切り裂いた。
噴き出た鮮血が、虚空に真紅の魔法陣を描き上げる。
「やべえ!」
戦士としての本能が危険を告げる。ランサーはシンジを抱えて戦場を離脱。アーチャーも攻撃を諦め、同じように凛を抱えて離脱する。
僅かに遅れて走る閃光。続いて轟音。
「こ、これは!」
廊下から聞こえてきたのは、セイバーの声であった。セイバーに戦闘の気配が無い以上、大丈夫だろうと考え、シンジ達も廊下に出てくる。
そして愕然とした。
文字通り抉られた床は、コンクリートの基礎を無残に晒している。廊下の窓ガラスは木っ端微塵。廊下に設置されている水道も見事に拉げ、すごい勢いで四方八方に水を撒き散らしている。
何より酷かったのは、廊下の突き当たりが粉砕され、外の風景が見えている事だった。
「何よこれ・・・」
その惨状に、凛は言葉もない。
アーチャーとランサーは、歴戦の猛者らしく動揺こそしていないが、それでも険しい表情であるのは間違いない。
他者封印・鮮血神殿 が解除されている事からみても、ライダーが戦場を離脱したのは間違いないと判断し、シンジが携帯電話を取り出した。
「言峰君?」
「今回ばかりは父さんに監督役として動いてもらうよ。僕一人で誤魔化せるレベルじゃないから」
「そうね。綺礼には上手く言っておいてちょうだい。それと言峰君、あとで衛宮君の家まで来て貰えないかしら?作戦を練らないとね」
「うん、分かったよ」
衛宮邸―
学校でのライダー戦から3時間後。綺礼とともに隠蔽工作を終わらせたシンジは、そのまま衛宮邸へと向かっていた。
衛宮邸は古式ゆかしい、武家造りの屋敷である。その入口である門を、シンジがくぐりぬけた時だった。
「どうしてですか!どうして遠坂先輩にそんな事言われなきゃならないんですか!」
「それがあなたの為だからよ。明日から10日間は、ここに近づくのをやめなさい」
玄関から聞こえてくる激しい言い争い。続いて飛び出してくる人影。
紫のロングヘアーの少女は、前を向いていなかったせいか、シンジに抱きとめられるようにぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
「怪我は無い?大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。それじゃあ」
横へよけて、外へ駆けていこうとする少女の手を、咄嗟に掴む。
「あ、あの!」
「遠坂さん。最近物騒だから、この子、自宅まで送ってくるよ」
険しい目つきでシンジを睨む凛。その意味が分からないシンジでもない。
「大丈夫。少しは信用してよ」
「オーケー、好きにしなさい」
「ありがと。じゃあ、またあとで」
ガラガラと締まる玄関。苦笑しながら、シンジは1つしかない目で少女を見た。
「久しぶりだね、僕の事、覚えてる?」
「あ!もしかして・・・教会の・・・」
「思い出せたみたいだね、間桐さん。家まで送ってあげるよ。それと、少し寄り道していこうか。温かいコーヒーぐらいなら、奢ってあげるからさ」
「あ、ありがとうございます」
ペコリとお辞儀する桜とともに、シンジは手近な公園へと向かった。
「砂糖とミルク入りしかなかったよ。悪いけど、これで我慢してね」
「いえ、十分です。本当にありがとうございます」
人気のない、薄暗い公園。街灯の下に設置された長椅子に2人は腰を下ろした。
「間桐さんとは去年のクリスマス以来だね。あの時は孤児院への訪問、手伝ってくれてありがとう」
毎年行われるクリスマスの訪問。一昨年は大勢だったが、昨年はシンジが周囲と距離を取ってしまっていた為、参加者は少なかった。士郎の他には大河と桜、別ルートから一成と凛が来ていただけなのである。
「いえ、私もあの時はとても楽しかったです。あんなに無条件に慕われるなんて、本当に嬉しかったんです」
「そうなんだ、じゃあ間桐さんさえ良かったら、また来てくれるかな?」
「は、はい!」
ニコッと笑う桜に、シンジも笑い返す。
「それでさ、遠坂さんと何かあったの?」
「実は私にもよく分からないんです。夕飯の支度をしようとおもって衛宮先輩の家に向かったら、遠坂先輩が出てきて『今すぐ帰りなさい』って」
「はあ・・・」
額を押さえてため息をつくシンジ。凛がどうしてそんな行動を採ったのか、そんな事はすぐに分かった。
桜の兄は慎二。仮に桜は何の関係も無かったとしても、はいそうですか、と無条件に信用するほど凛は甘くないのだから。
「まあ、タイミングが悪かったんだよ。遠坂さん、君のお兄さんと喧嘩中でね」
「え?そ、そうなんですか?」
「そういう事。虫の居所が悪かったんだよ。まあ頭を冷やすのに時間かかりそうだし、再来週ぐらいになれば、きっと元に戻っているよ」
コーヒーで暖は取っている物の、今は2月。しかも夜。寒い事この上ない。
身震いした桜を見かねて、シンジが巻いていたマフラーを桜に渡す。
「使いなよ、寒いんでしょう?」
「いえ、そんな訳には」
「僕は寒くないからいいよ。こうみえても頑丈だからさ」
差し出されたマフラーをジッと見ていた桜だったが、すぐにそれを首に巻きつけた。
「ありがとうございます」
「いいよ、それぐらい。そうだな、しばらく士郎のとこに行けないのなら、それを前向きに捉えてみたらどうかな?」
キョトンとする桜。
「士郎の為にマフラーとか編んであげたらどう?アイツ、僕と同じで市販品のマフラー使っているんだよ。言っている意味、分かるよね?」
しばらく考えた後、桜の頬がほんのり赤くなる。
「ど、どうして・・・」
「あのね、バレバレだよ。例えばだけど、間桐さんは僕の家にきて食事を作りたいと思う?」
「いえ、それは・・・」
「そういう事。間桐さんにとって士郎は特別だから、作ってあげたいんでしょ?」
顔を俯けて、コクンと頷く桜。
「頑張りなよ。僕と違って、君にはまだチャンスがあるから」
「・・・言峰先輩は、違うんですか?」
「僕にはもうチャンスは無いんだよ。自分で潰しちゃったからね」
コーヒーを飲み干すシンジ。そのまま空になった空き缶をジッと見つめる。
「僕と同じ失敗だけはしちゃだめだよ。諦めちゃったら、そこで終わりなんだ。僕みたいに、二度と立ち上がれなくなるからね」
「先輩?」
「さあ、送ってくよ。行こうか」
人通りの絶えた路上を歩いて行く。
やがて間桐の自宅が遠くに見えた所で、桜が口を開いた。
「先輩、どうして諦めちゃったんですか?私から見ても、先輩は良い人だと思います」
「褒めてくれるのは嬉しいけどね、君が思うほど、僕は綺麗じゃない。僕は自分に負けたんだ。自分を嫌いになったんだ。だから彼女を傷つけ、汚してしまった。そんな僕に、幸せなど決して許されない」
桜が驚いたようにシンジを見つめる。
「間桐さん、頑張ってね。相談ぐらいなら、いつでも乗ってあげるからさ」
「・・・ありがとうございます・・・」
頭を下げる桜。そこへ聞いた事も無い声が聞こえてきた。
「遅かったのお、桜」
「御爺様、申し訳ありません!」
「何、謝る事はない。桜が無事であれば、それで十分じゃよ。ところで、そちらの御仁を紹介して貰えんかの?」
そこにいたのは小柄な老人であった。和装に身を包み、杖をついた老人。肌は浅黒いのを通り越してどす黒く、全身を皺に覆われている。
「えっと、こちらは・・・」
「言峰シンジと言います。こちらの慎二君とは同級生になります」
「おお、慎二の友達か。儂は間桐臓硯、桜と慎二の祖父じゃ。今日は桜を送って貰ってようで、是非、礼等したいところじゃが・・・」
「その気持ちだけで十分ですよ。慎二にもよろしくと伝えて下さい」
「ふむ。あれが帰ってきたら伝えておこう」
踵を返す臓硯。その後ろに続こうとした桜が、最後に大きく頭を下げると、そのまま家の中へと姿を消した。
「行こうか、ランサー」
近くに控えていた、霊体化したランサーとともに帰路に着くシンジ。
その顔は、今にも泣きそうに歪んでいた。
「こんばんは」
「シンジ、寒かっただろ。中入ってくれよ。それと桜の事、ありがとな」
士郎に先導され、居間へと案内されるシンジ。そこには凛が難しい顔で座っていた。
「遅かったわね。ライダーに不意打ちくらってやられたかと思ったわよ」
「ランサーがいるのに、それはありえないよ」
座布団に座るシンジ。ちょうどそこへ、士郎が夕御飯を持ってくる。
「まずは食べよう。打ち合わせはそれからでも良いだろう?」
コクコクと頷くセイバーを見て、凛が『しょうがないわね』と同意する。
食事を終え、お茶で一息つきながら、早速彼らは打ち合わせに入った。
「まず最優先はライダーね。慎二の奴、魔術師の存在が表に出かねない事まで平気でやらかしているわ。これを止めないと、聖杯戦争どころの騒ぎじゃないわ」
「慎二がマスター!?」
「そういえば、衛宮君は見てなかったのよね。間違いないわ。信じられないけど、アイツがライダーのマスターなの。さっき間桐さんを追い返したのも、それが理由だったの。下手に敵の身内を懐に招き入れてみなさい。内側から呼応された日には、トロイの木馬になるわよ」
顔を顰める士郎。凛の言う事は理解できるのだが、それでも切り捨てられないのが、彼の長所であり、短所でもある。
「もし迎え入れるなら、いざとなったら人質に使うぐらいの覚悟は必要よ。でも衛宮君にそんな真似は出来ないでしょ?」
「そ、そりゃあそうだけどさ」
「だったら、割り切りなさい。これが現状において、もっとも最善の案なのだから」
士郎が『むむ』と腕を組んで考え込む。
「それから言峰君。学校の方は?」
「表向きは集団薬品中毒で収めるみたい。倉庫に置いてあった複数の薬品が、床に落ちて中身が毀れて化学反応を起こして、というシナリオだって。被害者が多すぎて、周辺の病院へ振り分けられているけど、とりあえず死者はゼロ。そちらの、心配はいらないよ。それと学校は閉鎖。多分、2月一杯は休みだよ」
「分かったわ、死者が出なかったのは朗報よね」
お茶をすする凛。その隣に座ったセイバーは、何故かランサーと御茶菓子について語り合っている。
「それでこれからなんだけど、セイバー、御茶菓子から目を離してくれるかしら?」
「ひゃ、ひゃい!」
「・・・飲み込んでからでいいから・・・」
額を押さえる凛の横で、口の中の御茶菓子を飲み込むのに全力を費やしているセイバー。隣ではランサーが笑い声を上げている。
「まず、こちらの戦力アップを行いましょう。これから毎日、私が士郎に魔術の指導をするわ。これについては拒否権を認めません」
「それは有難いんだけど、実はセイバーから剣術も教わるんだよ。午前中はセイバー、午後は遠坂でお願いしても良いかな?」
「それは構わないわよ。セイバー、剣術はみっちりお願いね」
コクンと頷くセイバー。
「夜は戦闘を常に意識する事。ライダー・慎二は出会ったら即殲滅。こいつらに限っては、こちらから調べて追い詰めていくわ。キャスターは柳洞寺に立てこもっているみたいだから、とりあえず後回しで良いでしょう。アサシン・ルヴィアは正直、行動が読めないわね。でも不意打ちだけはしてこないだろうから、それほど危険じゃないわね。問題はバーサーカー・イリヤよ。今は城に閉じこもっているけど、出て来られたら厄介よ」
「・・・バーサーカーは即撤退。3対1で勝負するしかなさそうだよ?」
「確かにそれが確実なんだけど、ランサーもセイバーも、本当は嫌でしょ?そういう戦い方は」
頷く2人の英霊に、凛も苦笑するしかない。勝つ為ならなんでもするというのは、凛の相棒であるアーチャーしかいないのである。
「正直、頭が痛いわね、全く良い案が浮かんでこないわ」
「とりあえずはライダーを優先に何とかしよう。バーサーカーに関しては、情報も無いから対策も立てられないし」
「言峰君の言う通りね。仕方ないから、今日は切り上げましょうか」
席を立つシンジとランサー。そこへ凛が声をかける。
「言峰君、1つ教えて。言いたくなかったら黙っていてくれても良いけど、貴方は何者なの?幻想種だという事はみんな知っている。でも貴方、それらしい力を一度も使った事がないわよね?」
「それについては私も同感です。私も士郎を守る為、貴方の事を知る必要があります。無理にとは言いません、教えられる範囲で良いので、教えていただけませんか?」
ランサーが複雑な視線をシンジに向ける。
「・・・ごめん、やっぱり言えないんだ。でも心配はするだけ無駄だよ。あと3年、いやこの聖杯戦争が終われば、僕は冬木から姿を消すから」
そう呟くと、シンジとランサーは居間を後にした。
サーヴァント・ステータス
クラス:アーチャー
マスター:遠坂凛
真名:不明
性格:中立・中庸
身長:187cm 体重78kg
特技:ガラクタいじり、家事全般
好きな物:家事全般(本人は否定)
苦手な物:正義の味方
天敵:遠坂凛、間桐桜、イリヤ
筋力:D 魔力:B 耐久力:C 幸運:E 敏捷:C 宝具:?
クラススキル
対魔力:D 一工程の魔術無効化。人間の領域のスキル。魔除けの護符程度。
単独行動:B マスターからの魔力供給が無くても限界していられる能力。2日程度。
保有スキル
千里眼:C 純粋な視力の良さ。遠距離視や動体視力の向上。高ランクになると透視、未来視をも可能にする。
魔術:C− オーソドックスな魔術を習得。
心眼(真):B 修業や鍛錬で培った、戦闘を有利に進める為の洞察力。僅かな勝率が存在すれば、それを手繰り寄せる事が出来る。
宝具 不明
To be continued...
(2011.02.19 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
今回は穂群原学園を舞台としたライダー戦と、衛宮邸での一幕を話の中心に据えてみました。臓硯も登場し、これで本編主要人物が完全に出揃った事になります。これからますます激化する聖杯戦争ですが、楽しんで頂けるよう頑張って書いてきます。
話は変わって次回ですが、キャスター戦と、少しお休み状態だったルヴィア・コジロウペアが話の中心となります。しかしプロット見直した所、コジロウ反則ですwまあその分弱点は山ほどあるんですが・・・
それではまた次回も、宜しくお願い致します。
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