暁の堕天使

聖杯戦争編

第五話

presented by 紫雲様


2月5日、言峰教会―
 「ふむ、そのような事になっているのか」
 シンジが用意した朝食を摂りながら、綺礼は報告を聞いていた。
 「今の所、一番危険なのはライダーだね。慎二が感情的になったら、何を命令するか分からないから。次はキャスターかな、連続ガス中毒事件もキャスターの仕業だと分かったし」
 「隠蔽工作や治療なら私の出番だ。だが死者の蘇生は私にもできん。ならば、死者を出さないよう、上手く立ち回る事が必要になるぞ?」
 「分かってる。そこら辺は士郎達と上手にやるよ」
 本日のメニューはトーストと野菜スープ、それからハムを炙った物。ただし綺礼にだけマーボー豆腐がついている。
 「それより父さん、ギル君だけど」
 「ああ、昨夜電話が来た。体験入学先で元気にやっているようだ」
 「そっか、それなら良いんだ」
 食器を流しに運ぶシンジ。使った食器を水に漬ける。
 「それじゃあ父さん、行ってくるよ。お客さんの分は冷蔵庫にあるから、電子レンジで温めて出してあげてね」
 「うむ、気をつけてな」
 食堂の窓から、教会の敷地を駆けていくシンジの姿が見える。そこへ食堂のドアが開いた。
 「ふん、シンジは行ったか」
 「どうした、英雄王?どうも機嫌が宜しくないようだが」
 「当たり前だ。何故、王である我が、食事を自ら用意せねばならぬのだ」
 口では文句を言いつつも、冷蔵庫から朝食を取り出し、電子レンジで温める英雄王がそこにいた。
 ちなみにシンジは、今まで教会で一緒に暮らしてきた少年ギルが、この場にいる英雄王ギルガメッシュと同一人物である事を知らない。
 シンジにとってギルガメッシュは『外国から観光に来た綺礼の知人』なのである。
 「文句があるなら、早く起きればいい」
 「王である我の行動に口を挟むな」
 「ならば我慢するのだな」

新都―
 衛宮邸に一度顔を出した後、シンジは再び新都へやってきていた。学校でのライダー戦以来、行方不明なままの間桐慎二捜索の為である。
 ところが新しい情報が入ってこなかった。もともと人と接する事が苦手なシンジである以上、調査能力にもおのずと限界が生じていたのである。
 そもそも慎二の写真を見せて『この人見ませんでしたか?』ぐらいしか聞き込みの方法を知らないのだ。仮に相手が袖の下を要求するような思わせぶりな態度を取っても額面通りに受け取ってしまい『ありがとうございました』と生真面目に礼を言って立ち去ってしまう。これでは情報など集まる訳がない。
 ランサーもそのやり方ではマズイと気づいていはいたが、敢えて口は出さなかった。どちらにしろ時間が経てば、ライダーは勝手に出てくるだろうと予想していたからである。
 朝早くから歩きまわり、やがて時計の針が12時をさす頃、シンジの耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 「いよう!久しぶりだなあ、シンジ君」
 「加持さん!?」
 そこには、相変わらず無精ひげを生やした加持リョウジが立っていた。

 加持に誘われたシンジは、そのまま近くの喫茶店に移動した。
 「えーと、ランチを2人分、それからホットコーヒーとレモンティー各1で」
 かしこまりました、と厨房に向かうウェイトレスを確認した後、加持が口を開いた。
 「だいぶ、まいっているようだな?」
 「ええ、最近寝不足で・・・」
 「違う。参加しているんだろう?聖杯戦争に」
 シンジの顔に大きな動揺が走る。霊体化したままのランサーも、場合によっては口を封じなければと、臨戦態勢にはいっていた。
 「色々な所に伝手があってね、俺がここに来たのも、それ絡みなのさ」
 「どういう意味ですか?」
 「確かに俺は人間だが、情報に関してなら他の追随を許さない自信はある。シンジ君、俺は君を助けたい」
 ちょうど運ばれてくるランチ。ウェイトレスに笑顔で礼は言いながらも、その両眼は真剣なままである。
 「でも、危険ですよ。加持さんは知らないかもしれませんが、犠牲者が既に出ているんです」
 「ガス中毒事件と、穂群原学園の薬品中毒事件の事かい?」
 「知ってたんですか?それなら、なおさらです!加持さんにはミサトさんが待っているでしょ?万が一があったら、ミサトさんはどうなるんですか?リツコさんやアスカだって泣きますよ!」
 湯気を立てるハンバーグを切り分け、一切れ口に放り込んだ後、加持はシンジを正面から見つめた。
 「俺はね、君を弟だと思っている。その弟が独りで苦しんでいるんだ。兄として助けてあげたいと考えて、どこがおかしい?」
 「そ、それは・・・」
 「それにな、どちらにしろ、俺はもう戻れないんだよ」
 ホットコーヒーを一口飲むと、決定的な言葉を告げた。
 「NERVは辞職してきた。葛城との婚約も解消してきた」
 「何でですか!何でそんな馬鹿な事をしたんですか!」
 本気で怒ったシンジの怒声に、店内の視線が集まる。特に今のシンジは赤い眼帯に神父服、おまけに180を超える長身の持ち主だから、目立つ事この上なかった。
 そんなシンジの耳元に、霊体化したままのランサーが耳打ちすると、シンジは慌てて椅子に座りなおした。
 「俺はね、決めたんだよ。君が幸せにならない限り、俺も人並みの幸福は求めないとね」
 「何で・・・何でそこまで・・・」
 「最初は贖罪だった。君を見ていると、セカンド・インパクト直後に命を落とした、実の弟を思い出したからだった。君を救う事で、弟を救えなかった罪を償えるんじゃないかとね。だが、時間が経つうちに変わったんだよ」
 加持の双眸が、シンジの1つしかない目を正面から見据える。
 「君とアスカとレイ、君達3人を見ているうちに、大人として、家族として守ってあげたい、そう思うようになった。それでは理由にならないかい?」
 「・・・馬鹿ですよ、加持さん・・・僕の事なんか忘れちゃえば良かったのに・・・」
 「男なんてみんな馬鹿な生き物さ。それより早く昼飯を済ませよう。その後で、君達に相談したい事があるんでね」
 シンジの脇に控えていたランサーに緊張が走る。霊体化したままとはいえ、明らかにランサーの雰囲気が切り替わっていた。
 「その辺りの事情についても説明しておきたい。いいかな?」
 その言葉に、シンジは頷いた。

鉄橋下の河川敷―
 「よし、ここなら大丈夫だろう。シンジ君、君が聖杯戦争にマスターとして参加しているのは俺も知っている。良かったら、君のパートナーに挨拶したいんだが」
 「・・・ランサー、出てきて」
 スッと現れるランサー。普段は肩に魔槍を担ぐようにしているのだが、今は肩に担いでいなかった。いつでも『突き殺せる』ように、穂先を向けていた。
 「俺は加持リョウジ、シンジ君の昔の知り合いだ。君の事は何と呼べばいいかな?」
 「ランサーで構わない。だが分かっているのか、貴様」
 「聖杯戦争に部外者が関わった場合の処置の事か。だがそうする理由を、君は考えた事があるかい?」
 加持の言葉に、ランサーが押し黙る。
 「目撃者の口を封じる。それは聖杯戦争という秘儀を、光のあたる世界に出さない事が目的であり、口を封じるのは手段でしかない。ならば目的を達成できるのであれば、口封じ以外の手段を採るのも、あえて見逃すのも選択肢としてありうるという事だ」
 「屁理屈だな」
 「確かにそうだ。だが俺はシンジ君に迷惑をかけるような事はしたくない。同時にシンジ君の力になれるだけのサポート能力を持ち合わせている。こうみえて、伊達にスパイをやっていた訳じゃないんでね」
 ほお、とランサーが加持を見直す。
 「じゃあ、ここからが本題だ。シンジ君、君は人探しをしているんだろう?写真を見せてくれるかい?」
 「あ、はい」
 「ありがとう・・・この少年は狡猾かい?それとも単純かい?あとは血の気が多いかどうかも知りたいな」
 加持の慎二の人となりに関する質問に、シンジがスラスラと応えていく。そのたびに、加持は何度も頷いた。
 「よし、分かった。シンジ君、今日の17時頃までに調べて、調査結果を君の所へ持っていこう」
 「そ、そんなに早くできるんですか!?」
 「それが専門だからね。あとシンジ君の居る所を教えてほしいんだが」
 衛宮邸の場所を書いた地図を渡す。その瞬間、加持が口を開けて笑いだした。
 「ど、どうしたんですか!?」
 「いやいや、まさか藤村組の隣だったとは・・・ちょうど昨晩、雷画さんのところへ顔出しに行ったばかりだったんだよ。いや、偶然というものだな」
 「そ、そうだったんですか」
 煙草に火を点けると、加持は手を振りながら早速調査へ乗り出した。

夕刻、衛宮邸―
 居間には主従3組が勢揃いしていた。そして、その内の2組が不審を抱いて首を傾げていた。組の前には、何故か7人分の夕食が用意されていたからである。
 「言峰君、1人分多くないかしら?」
 「ああ、問題ないよ。1人お客さんが来るだけだから」
 「お客?」
 「うん、加持さんが来るんだよ」
 凛のボルテージが一気に頂点を突破した。
 「アンタ、何考えてんのよ!」
 「しょ、しょうがないよ!加持さん、聖杯戦争の事、知ってたんだから!」
 ピシッと固まる凛。アーチャーがヤレヤレとばかりに肩を竦める。
 「どういう事か、詳しく教えて貰いたい」
 その言葉に、シンジが昼間のやり取りを繰り返してみせる。時折アーチャーの視線がランサーに向いていたが、当のランサーはニヤニヤ笑うばかりであった。
 「まあ、そういう事なら仕方ないだろう。聖杯戦争の事を決して漏らさぬ情報提供者となれば、これほど有益な者もいないからな」
 「お褒めに与り、光栄だね」
 慌てて振り向く一同。そこにはいつの間にか、加持が姿を見せていた。
 「貴様か?」
 「黙って上がった非礼は詫びるよ。でも俺の実力の一端は分かってもらえただろう?こう見えても隠密技術には自信があるんでね」
 「なるほど、確かに優秀な密偵のようだな」
 飄飄とした外見でありながら、サーヴァントの知覚を掻い潜れるだけの実力の持ち主だと評価し直したアーチャーが、面白そうに加持を見据えた。
 「とりあえず、君達がお捜しの人物の潜伏先は調べがついたよ。食事の後で報告で良いかな?」
 ヒラヒラとワザとらしく揺らめかした紙切れに、一同は加持の調査能力の高さを垣間見た。

 慎二の潜伏先の報告も終え、コーヒーで一息ついていた加持に、凛が声をかけた。
 「貴方、どうして聖杯戦争の事を知っていたの?」
 「伝手だよ伝手。こうみえてもヴァチカンに知り合いがいてね、奴も情報を取り扱っているから、ギブアンドテイクで入手したのさ」
 「へえ、ちなみになんていう人?」
 「埋葬機関の第6位」
 ブッと紅茶を噴き出す凛。そのまま彼女は盛大にむせっていた。
 「埋葬機関ってなんですか?」
 「シンジ君は初耳か。一言で言ってしまえば、ヴァチカンの暗部。NERVで言うところの諜報部さ。もっともNERVなんか比較にならないほどの武闘派だけどね、連中は。彼らは代行者と呼ばれていて、特にその中でも第1位から第7位までは別格とされているんだ」
 「そんな凄い人達がいるんですか」
 「どうやら知らないようだな。今の君の保護者である言峰神父。彼もまた、20代の頃に代行者だった経歴の持ち主だ。更には前回の聖杯戦争の参加者でもある」
 唖然とするシンジ。凛は加持をマジマジと見つめていた。
 そんな中、唯一人『へえ』と感心していた士郎に、その矛先が向く。
 「何を驚いているんだ?衛宮士郎君、君も無関係ではないというのに」
 「それはどういう意味なんだ?」
 「そうだな。まず君は衛宮切継という人物について、どれぐらい知っているんだい?」
 「そう言われてみれば、俺は何も知らないな。もし知ってるなら、教えてくれないか?」
 士郎の問いかけに、セイバーも、そしてアーチャーもまた耳を澄ました。
 「衛宮家というのは代々続いてきた魔術師の一家だ。遠坂家が第2魔法―並行世界への干渉を通じて根源への接触を図っているように、衛宮家にも代々受けつがれてきた術があったんだよ」
 「ちょっと!何でそんな事知ってるのよ!」
 「何、遠坂家が魔術協会において、ゼルレッチ=シュヴァインヴォーグの系譜に連なっている事は有名な事実だ。伝手さえあれば調べる事は可能だよ。まあみだりに口外はしないから、その点は安心してほしい」
 一族の研究内容を知られていた事に激昂した凛だったが、すぐに気を取り直すと乱暴にその場に座り込む。
 「話をもどそう。衛宮家に伝えられていたのは『固有時制御』と呼ばれる術。分りやすく言い換えれば、時間への干渉だ。そして衛宮家の人間は、自分の体を対象に限定する事で、時間の流れを一部ではあるが操る事ができたんだよ」
 「時間に干渉って、そんなに凄い魔術師だったのか!」
 「その道では衛宮家は有名だったそうだ。だがそれも切継氏の父親の代で、名誉も家名も失墜してしまった」
 加持が煙草に火を点け、紫煙をくゆらす。
 「その原因となったのが、死徒の研究だった。根源に至るには、僅かばかりの時間への干渉では不十分と判断した先代は、禁じられていた死徒の研究を始めてしまった。当時、先代は息子である切継氏と2人で南方の島で暮らしていたのだが、そこで死徒の研究が暴走し、島は全滅してしまったんだ」
 驚きに目を見開く一同。特に士郎は顔をはっきりと青ざめさせていた。
 「生き残ったのは、切継氏1人だった。彼は父親の研究の危険性に気づき、内偵に来ていた協会の執行者達と協力し、父親を討伐したんだよ。まだ10歳ぐらいだったと聞いている」
 「・・・そんな・・・」
 「衛宮家の魔術刻印は協会へ没収された。だが当時、切継の保護者であり師匠となった人物が、協会上層部へ掛け合い、魔術刻印の一部を切継に返却。完全ではなかったが、刻印は切継氏に受け継がれたんだ」
 煙草の灰を灰皿に落とした後、加持は肺一杯に紫煙を吸い込む。
 「彼は徹底して『大を生かすために小を殺す』という考え方を実践していた。それは彼の育ての親となった人物の影響が大きい。その人物を自らの意思で殺めた時から、その傾向はより顕著になった」
 「どういう事ですか!」
 気色ばむセイバー。だがそんなセイバーに動じる事無く、加持は話を続ける。
 「馬鹿な魔術師が、飛行機の中でグールを暴れさせるという事件を起こした。切継氏の保護者はグールを全滅させるべく奮闘した。だが1人では達成する事など不可能。加えて飛行機が飛行場へ降り立ってしまえば、グールは地上に解放される。だから彼は決断したんだ。育ての親を犠牲にグールもろとも飛行機を撃墜する事で、世界中の人間を守ろうとしたんだよ」
 「では切継は・・・」
 「彼が冷酷と呼ばれる原因はそれだよ。多数を守り、正義を遂行する正義の味方。それを成すために、彼は親を2回も殺したんだ」
 絶句するセイバー。その近くで話を聞いていたアーチャーもまた、普段の皮肉一つ出せずに、黙りこんでしまっている。
 「以来、彼は『魔術師殺し』と呼ばれるほどに冷酷極まりない暗殺者となったんだ。最小限の被害で抑えるためなら、どんな汚い手段でもとる。人質をとったり、爆弾を仕掛けたり、遠距離から狙撃したりと、とにかく確実な手段を選んだ。被害を最小限で抑える為にね」
 「待ってくれ!切継はそんな冷たい人間じゃない!」
 「士郎君。確かに君の言う事は正しい。だがそれは、彼が暗殺者としての仕事を廃業してからなんだ。君は知らないだろうが、彼は第4次聖杯戦争にもマスターとして参加し、魔術師殺しとしての実力を存分に発揮した。そして戦争の終了後、やっと彼は暗殺者として動く事を止めたんだよ。その原因は俺にも分らない。だが君が何らかの形で関わっているのは間違いないだろうな」
 加持の視線は士郎に注がれていた。その視線は、決して冷たい物ではない。
 「最後にもう一つだけ言っておこう。もし君が彼の冥福を祈るのであれば、君にはできる事がある」
 「一体、何ですか?」
 「彼は結婚していたんだ。妻の名前はアイリスフィール=フォン=アインツベルン。子供の名前はイリヤスフィール=フォン=アインツベルン」
 「加持さん!」
 シンジの怒声に、さすがの加持も驚いたのか、呆然とシンジを見た。
 「シンジ君、一体、どうしたんだ?」
 「ちょっと待ってくれ、シンジ!加持さん、あのバーサーカーのマスターが切継の娘というのは本当なのか!」
 「・・・ああ、本当だ」
 加持の視線が横にそれる。その先ではシンジが頭を抱えて座り込んでいた。
 「切継氏は聖杯戦争終了後、一度も娘と会う事が出来なかったそうだ。アインツベルン家にも面会すら断られていたと聞いている」
 「それで、爺さんは・・・」
 士郎の脳裏に、何度も家を留守にしていた切継が浮かんでくる。
 「爺さんはイリヤに会いに行っていたのか。でも結局会えなくて・・・なあ、シンジ。ひょっとして、お前も知っていたのか?」
 「・・・イリヤから聞かされたんだよ。本人が自分で伝えたいから、それまでは黙っていて欲しい、そう頼まれたからね」
 「そうだったのか・・・でもそれなら決まりだ。イリヤが爺さんの娘だと言うなら、俺にとってもイリヤは家族だよ」
 
新都、繁華街―
 加持から齎された情報を元に、3人は夜の新都へと来ていた。
 隠れ家となる候補地は3カ所。
 一同は手分けして探索を開始。本来なら戦力分散は戦略的に見て愚かな行為である。だがライダーの恐れるべき点は宝具ただ一点。もし戦闘になっても宝具を使わせないように立ち回れば、他の2組が来るまで十分、時間を稼げるという目算があった。
 そして正解を引いたのは士郎・セイバー組だった。
 突然、セイバーの脳裏に、特大の警告が響いた。
 その直感に従い、士郎を突き飛ばすと同時に、愛剣を頭上に構える。そこへ人間では捉えきれないほどのスピードで、ぶつかって来た存在。
 「来ましたね!ライダー!」
 「セイバー、勝負です」
 身のこなしを活かして、後ろへ飛び退くライダー。追撃を仕掛けようとするセイバー。その瞬間、ライダーは右手を地面に叩きつけた。同時にセイバーのすぐ目の前から、7本の鉄杭が飛び出し、セイバー目がけて襲いかかる。
 「姑息な真似を!」
 不可視の剣が一閃。7本の鉄杭は足止めにすらならなかった。だがライダーの攻撃は、いまだに続いていた。
 ライダーは手近にあったバイクのハンドルを掴むと、遠心力も加えてバイクを飛び道具として投げつけてきた。
 セイバーの実力であれば、避けるのは容易い。だがセイバーの後ろに士郎がいる以上、避ける事はできない。セイバーは足を止め、両手で愛剣を振り下ろす。
 真っ二つに切断され、炎に飲み込まれるバイク。その炎を背に、セイバーは目の前の高層ビルの壁面を駆け昇っていくライダーの姿を見て取ると、すぐに走り出した。
 「シロウ!先に行きます!」
 「分かった!ライダーを止めてくれ!」
 士郎は携帯電話で他の2組に連絡を取りながら、自らもまた戦場となる屋上へ向かって走り出していた。

屋上―
 士郎が屋上に辿り着いた時、そこではすでに戦いが始まっていた。
 屋上の中央にいるのは、満身創痍のセイバー。そしてはるか頭上に、天馬に跨ったライダーの姿があった。
 「遅かったじゃないか、衛宮」
 「慎二!お前、どうしてあんな事を!」
 「衛宮には関係ないだろ?僕は魔術師なんだ、他の連中がどうなろうが、僕の知った事じゃないね」
 「慎二!」
 殴りかかる士郎。だがその拳が当たるよりも早く、士郎は吹き飛ばされていた。
 「今のは!」
 「そうさ、鈍いんだよ、お前は。僕が何もしていなかったと思っていたのか?」
 慎二の周囲をうっすらと取り囲む光の壁。自らの優位を確信した慎二は、制服の内側から1冊の書物を取り出していた。
 「僕は魔術師だ。こんな事も出来るんだよ!」
 慎二から放たれる力場の刃。それが無数に放たれていく。
 「俺は、俺は、お前を止める!トレース、オン!」
 士郎の両手に、一対の陰陽剣、干将・莫耶が現れる。
 「はん!投影魔術かよ!」
 「う・・・おおおおおおお!」
 襲い来る無数の刃を、双剣をもって次々に迎撃していく士郎。士郎の投影はいまだ未熟な事もあり、基本骨子にすら綻びがある。だが今の慎二を相手にするのであれば、十分すぎるほどの性能を有していた。
 一歩、また一歩と確実に前進を始めた士郎の姿に、慎二の顔が驚愕に彩られる。
 「馬鹿な、何で!」
 「慎二、この馬鹿野郎が!」
 士郎の拳が慎二の頬を捉える。鈍い音を立てて、床に転がる慎二。
 「お前、さっきから自分で魔術は使ってないだろ。全部、その本だな?」
 士郎の指摘に、慎二が慌てて本を引き寄せる。
 「そいつを燃やしてやる!」
 「やらせません」
 突然、吹き飛ばされる士郎。激痛をこらえながら起き上がろうとする士郎に、駆け寄ってきたセイバーが肩を貸す。
 「シロウ、大丈夫ですか!」
 「ああ、痛いけど、問題はないみたいだ」
 その言葉に驚いたのは、セイバーだけではなかった。先程の攻撃は、天馬で突撃してきたライダーの一撃だったのである。普通の人間にしてみれば、自動車に撥ねられたような物。下手をすれば死んでいてもおかしくない。
 だが実際に士郎は生きている。それどころか自分の足で立ち上がろうとしていた。
 「セイバーのマスター、貴方は不可解だ。今の攻撃、私は殺すのに十分な力を込めていました。ですが、結果として貴方は生きている・・・こうなった以上、私の採るべき選択肢は1つしかありません」
 ライダーが天馬とともに空高く舞い上がる。同時に魔力を高めていく。
 ライダーの思惑に気付いたセイバーもまた、愛剣を青眼に構えた。
 「我が名はライダー。セイバーのマスターよ。人間でありながら私に宝具を使わせた実力を誇ると良いでしょう・・・騎英の手綱ベルレフォーン!」
 超・スピードで体当たりを敢行するライダー。対するセイバーも、主を守ろうとその封印を解く。
 「約束された勝利の剣エクスカリバー!」
 セイバーから放たれる光の奔流。
 一瞬にして光に飲み込まれていくライダー。
 「・・・ば・・・馬鹿な・・・」
 ライダーは光の奔流に呑みこまれてしまった。

 宝具をもって対決を制したセイバーに、士郎が駆け寄っていた。
 「大丈夫か、セイバー」
 「・・・シロウ、無事・・・ですか?」
 「大丈夫だ!セイバー、しっかりしろ!」
 そこへ他の2組が合流する。それぞれ主を抱えて、壁面を駆け登って来たのである。
 ついに気を失ったセイバーの状況を見てとった凛が、慌ててセイバーに駆け寄った。
 「これは、まずいわね」
 「遠坂、セイバーに何があったんだ!」
 「セイバーの魔力が切れかけているのよ。本当なら衛宮君からある筈の魔力の供給が、何らかの理由で閉じてしまっている。このままでは、セイバーは消えてしまう」
 「つまり、セイバー達は脱落、という事か」
 氷点下を感じさせるようなその言葉は、双剣を手にした弓兵から発せられていた。
 「ならば、同盟も終わり。禍根を残さぬよう、憂いを断ってくれる!」
 干将・莫耶が士郎目がけて襲いかかる。それに反応できない士郎。だが赤い槍が双剣を弾き飛ばしていた。
 「邪魔をするな、ランサー」
 「いいや、するね。俺がマスターから受けた命令は坊主と嬢ちゃんを守る事、だ。お前を攻撃するなとは言われていない。アーチャー、てめえが騎士の風上にも置けない真似をするなら、この場で討ち取ってくれる!」
 「さすがは狗だな、飼い主にはどこまでも媚を売るか」
 「・・・死ねよ、アーチャー」
 赤い弓兵と蒼い槍兵の間で、殺意の視線が絡み合う。
 「やめなさい!アーチャー!」
 「君は黙っていろ、凛。弱者は排除されて当然なのだ」
 「止めろと言っているのよ!アーチャー!令呪をもって命じる!衛宮君を殺すな!」
 慌てて振り向いたアーチャーの全身を、目に見えない鎖が縛り付ける。
 「馬鹿な事を!君は聖杯が欲しくないのか!」
 「私は卑怯な真似が嫌いなのよ!使うだけ使ってポイ捨てなんて行為は、私の誇りを踏み躙るも同然よ!」
 凛の言葉に、アーチャーが無言のまま、霊体化して姿を消していく。
 「とりあえず、すぐに戻りましょう。細かい話は後で、いいわね?」
 去り際に屋上に落ちていた本に凛がガンドを撃ち込む。同時に本が燃え上がった。
 
 屋上でそんなやり取りがされていた頃、ビルの階段を必死で駆け降りる人影があった。
 「畜生!ライダーの役立たずが!」
 戦場からの逃亡を図っていた慎二は気付かなかった。
 彼の逃げる先に、鉛色の巨人が待ち構えていた事に。
 「こんばんは、ライダーのマスター。それからバイバイ」
 その言葉を最後に、慎二の意識は消え去った。

柳洞寺―
 「ふむ。ここが目的地か」
 「そうですわ。ここは冬木においても一級の霊地。そうであるが故に、キャスターが根城としているのよ」
 山門に通じる石階段。それを登っていたのはルヴィア・コジロウ組であった。
 「それにしても昨日は驚いたわ。正直、バーサーカー相手に互角の戦いを演じる事が出来るなんて」
 「ランサーにバーサーカー、この身には過ぎたる好敵手。そんな機会を与えてくれたマスターには、感謝してもしきれぬよ」
 「そこまで言って貰えるのは嬉しいですわね。でもそれなら、6騎のサーヴァント、全て倒して」
 しまいなさい、と続けようとしたルヴィアが慌てて振り向いた。
 視線の先には、新都から天を目がけて光の柱が現れていたからである。
 「・・・まさか、あれは宝具?」
 「恐らくそうだろうな。マスターはあれがどんな相手で、どんな宝具か、推測はつくのか?あれほどの力となれば、間違いなく有名どころだろうが」
 しばらく考え込むルヴィアだったが、すぐに顔を上げた。
 「あれがセイバーだとすれば、宝具は剣。剣であればアーサー王の『エクスカリバー』天使長ミカエルの『剣を切る剣』シグルドの『グラム』といったところかしら。セイバーは欧州系の騎士に見えたから、まず間違いはないわね。ただ問題なのは、セイバーはどう見ても女の子にしか見えなかった事よ」
 「確かにな。あとランサーとバーサーカーは除外してもよいだろうな」
 「そうね。あとはキャスターも除外していいわ」
 2人が言葉を交わしているうちに、光の柱は徐々に弱くなっていく。
 「残りはアーチャーとライダー。汎用性に富み、狙撃を身上とするアーチャーと、宝具での一撃必殺を身上とするライダー。2つのクラス特性から推測するに、アーチャーよりはライダーの方が可能性は高いでしょうね」
 「ふむ。だがどちらが相手であれ、思う存分、剣を振るえる事ができそうだ」
 「そうね、頼りにしてますわよ?コジロウ」
 面白そうに山門へ視線を向けるルヴィア。そんな主を守るべく、コジロウが前に出る。
 「竜牙兵ですね。コジロウ、連中は魔力で操られるクグツにすぎません。元であるキャスターを叩きますわよ」
 「委細承知」
 竜牙兵の群れを、一振りの太刀だけで敵陣突破を図る。竜牙兵も数に物を言わせて襲いかかるが、コジロウの剣閃の前には抗う事すらできずに塵と化していく。
 「キャスターよ、この程度では詰まらぬぞ。もっと歯応えのある相手を出してこい」
 「そう?ならばこれならどうかしら?」
 空を見上げたルヴィアとコジロウの視界に、ローブに身を包んだキャスターの姿が映った。
 「重圧アトラス
 途端に2人に大きな重圧がかかる。
 サーヴァントであるコジロウは比較的マシだが、体は普通の人間であるルヴィアはそうもいかない。
 苦痛の呻きとともに、崩れ落ちるルヴィア。そこへルヴィア目がけて疾る影。
 「やらせはせん!」
 銀光一閃。影はルヴィア目がけて振り下ろそうとしていた一撃を、備中青江に受け止められた事を知り、即座に後ろへ飛び退いた。
 「宗一郎様!」
 キャスターの背後に現れる巨大な魔法陣。だがそれが発動するよりも早く、動いた者がいた。
 「・・・ガンド」
 うつ伏せに倒れていたルヴィアの指先から、呪いの弾丸が放たれる。標的となった宗一郎は、希代の暗殺者ではあるが、魔力を見極めるような真似はできない。
 それを知るからこそ、キャスターは攻撃を断念し、急遽、宗一郎の防御へと力を割いた。
 あらゆる攻撃を無効化する障壁の前に、ガンドは傷つける事すら叶わずに消えていく。
 「ここまでよ」
 「いや、ここからだ」
 コジロウが攻勢にでる。愛刀が閃き、キャスターの障壁を『斬鉄』を用いて、紙のように切り裂いていく。
 一瞬だが、呆気に取られるキャスター。そして障壁が消えた瞬間を狙っていたかのように、今度こそルヴィアの意地の一撃が投じられた。
 真紅のルビー。続いて爆炎と轟音が境内を埋め尽くす。
 「マスター、無事か?」
 「ええ、キャスターの力は消えたみたいです」
 ふらつきながら立ち上がるルヴィア。
 「そうか、だがまだ終わってはいない。用心されよ」
 「ええ、ありがとう」
 右手に宝石を握り込むルヴィア。愛刀を構えるコジロウ。
 「やってくれたわね、このネズミが!」
 爆炎の中から姿を現したのは、キャスターと宗一郎である。
 「あれを食らって無傷?嫌になるほど障壁展開速度が早いですわね」
 「いや、そうでもないようだ」
 コジロウの目は、不自然に垂れ下がった宗一郎の右腕を捉えていた。
 「マスターよ、先程の力は炎だったな?」
 「ええ」
 「風は使えるか?炎では傷口が炭化して、出血を強いる事が出来ぬ。あとはマスターを集中砲火してやれば、連中は切り崩せる」
 コジロウの言葉に、キャスターが顔色を変える。宗一郎は魔力を見る事が出来ず、魔術を回避できない。故にキャスターが障壁を張らねばならないが、その障壁はコジロウが切り裂いてしまう。これではいつまで経っても攻勢に出る事が出来ない事に、キャスターは気付いたのであった。
 「宗一郎様!失礼を!」
 宗一郎の前に、現れる障壁。だがその障壁は、それまでの物と違う『風』による障壁であった。
 コジロウが愛刀を振るい切り裂こうとする。だが―
 「これは・・・」
 刀は刃を垂直に立てなければ切り裂く事ができない。ところがこの障壁は、切り裂こうとしても『風』のせいで、刃が揺れてしまい、垂直に立てられないのである。
 「ここは私達が引いてあげるわ。この屈辱はいずれ」
 キャスターと宗一郎の足元に現れる魔法陣。すぐに2人は姿を消した。
 「瞬間移動・・・さすがキャスターのクラスなだけはありますわね」
 「どうやら撤退はしたようだが、マスターよ。この寺を支配下に置くのか?霊地を確保すれば、有利に戦えるが」
 「そうね・・・レイラインにパスだけは繋げておきましょう。そうすればキャスターが戻って来た時にすぐ気が付くし、レイラインの力を流用する事もできるわ」
 「なるほど。ではマスターが仕掛けをする間、私は護衛に入るとしよう」
 キャスターと言う大物は逃がしてしまった物の、砦と言うべき柳洞寺とレイラインという地脈から切り離す事に成功した事で、まずまずの成果と考えた2人であった。

サーヴァント・ステータス
クラス:ライダー
マスター:間桐慎二
真名:メデューサ
性格:混沌・善
身長:172cm 体重57kg
特技:乗馬、軽業、ストーカー
好きな物:お酒、読書、蛇
苦手な物:鏡、身長測定
天敵:セイバー、コジロウ、葛木宗一郎
筋力:C  魔力:B 耐久力:E 幸運:D 敏捷:B 宝具:A+

クラススキル
対魔力:B 三節以下の魔術無効化。大魔術、儀礼呪法を用いても傷つけるのは難しい。
騎乗:A+ 獣であれば幻想種ですら乗りこなせる。ただし竜種は該当しない。

保有スキル
魔眼:A+ 最高レベルの魔眼キュベレイを保有。魔力が低い者は、ほぼ無条件で石化。高い魔力を持っていても、全能力値がワンランク低下する『重圧』をかけられてしまう。
単独行動:C マスターからの魔力が絶たれても限界していられる能力。ランクCなら1日程度。
怪力:B 一時的に筋力を増幅させる、魔物や魔獣が保有する能力。使用中は筋力をワンランク上昇させる。
神性:E− 神霊特性を持つが、殆ど退化している。

宝具 
自己封印・暗黒神殿ブレイカー・ゴルゴーン:C− 対人宝具
騎英の手綱ベルレフォーン:A+ 対軍宝具
他者封印・鮮血神殿ブラッドフォート・アンドロメダ:B 対軍宝具



To be continued...
(2011.03.05 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は3騎士サイドにおいては序盤の山場ライダー戦を、ルヴィア・コジロウサイドは前回のバーサーカーから一転してキャスター戦となりました。
 ちなみに前回のバーサーカーとコジロウの激突は、互角と言う事で痛み分け状態です。なのでバーサーカーの命のストックは、残り10のまま変化していません。
 話は変わって次回ですが、キャスター逆襲編と、女の戦い編のバトル2本になる予定です。女の戦いが誰と誰かは、まだ秘密です。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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