暁の堕天使

聖杯戦争編

第六話

presented by 紫雲様


2月6日、衛宮邸居間―
 「言峰君、あなた正気なの!?」
 朝食を摂った後、セイバーの調子を見ていた凛が、甲高い叫び声を上げていた。
 「本気だよ。ライダーの問題は解決したからね。一度アインツベルン城に行って、お礼だけ言ってくるよ」
 「ランサー、あなたのマスターなんでしょ?少しは止めるとかしなさいよ」
 「いやあ、俺はマスターに従うだけだし。それに、戦闘になったら、それはそれで楽しめそうだからな」
 全く止める気の無い槍兵の言葉に、凛がわざとらしいほどに大きなため息を吐く。
 「全く、呆れてものも言えないわね」
 「あの子は悪い子じゃなかったから、問題はないよ。それよりセイバーさんの方だけど調子はどう?」
 「人間で言うなら昏睡状態よ。衛宮君と繋がってるパスから送られてくる微量の魔力でかろうじて体を維持している状態ね。解決手段は現在、調査中というところ」
 凛の傍らには、眠りに陥っているセイバーがいた。その枕元には、心配そうにセイバーを見つめる士郎の姿がある。
 「なるべく早く戻ってくるよ。今から向かえば、夕飯前には戻って来られると思う」
 「分かったわ、気をつけなさいよ」

冬木市郊外、アインツベルンの森―
 「前に父さんから教わってはいたけど、本当にこんな所があるんだね」
 衛宮邸から車で2時間。もはや『郊外』という単語を使ってはいけないほど、山奥にシンジ達は来ていた。
 シンジの手には手製の羊羹がある。
 「マスター、ここから先、道なんてないみたいだぜ?俺は良いんだが、マスターは大丈夫なのか?」
 「うーん、多分、大丈夫じゃないかな?何でも、森その物に侵入者を報せる結界が張られているそうだし、僕達が入っていけば、向こうも気づいてくれると思う」
 「行き当たりばったりだな、まあ俺は構わねえけどよ」
 森に入り『言峰です、お邪魔します』と挨拶し、どんどんと奥へ進んでいく。
 「凄い森だなあ、こんな場所、第3でも見た事ないや」
 「確かに植物自体は多いけどよ、長居すべき場所じゃねえな。マスター、気付いているか?この森、これだけ緑があるのに、一匹も動物がいないんだぜ?」
 ランサーの言う通りであった。小動物や鳥はおろか、昆虫すらも見かけない。
 「・・・そうだね、言われてみれば確かにそうだよ。マナと森に行った時は、動物や虫はいたよな・・・」
 「お?マナってのは誰だ?マスターのコレか?」
 わざとらしく小指を立てるランサーに、シンジが笑いながら切り返す。
 「多分、初恋の人。初めてデートしてくれた人でさ、僕に好意をもってくれたんだ」
 「ほお、やるねえ。ちったあ良い想い出もあるんじゃねえか」
 「そうでもないよ。マナはスパイだったんだ。僕を通してNERVの機密を手に入れるのが役目だった。マナはスパイという立場と、組織から脱走していた仲間を助けたいという思いと、僕への想いの3重苦に苦しんでた」
 「・・・ちょっとまて、その頃、マスターは何歳だったんだ?」
 「14歳。中学2年生だったよ」
 ランサーがみるみる表情を険しくさせていく。
 「・・・周囲の連中は手助けしてくれなかったのか?」
 「みんな立場があったからね。NERVにしてみれば、僕と仲を認めて機密が漏れるような事態は認められない。脱走兵に手を差し伸べて立場を悪化させる訳にもいかない。だからマナを見殺しにするしかなかったんだ」
 「まあ、そりゃあそうだな」
 「マナはね、脱走兵の助命と引き換えに、スパイを引き受けたんだよ。でもマナのスパイがNERVにばれた事で、取引は消滅。マナは所属組織に強制連行された。脱走兵も、機密兵器とともに地上から消滅させられたんだ。どうしても仲間を見捨てられなかったマナと一緒に、地上から消えてしまったんだよ」
 ランサーが何も言えずに、後頭部をボリボリと掻き始める。
 「僕も子供だったから、みんながどれだけ心配してくれていたのか、全く気がつかなかったよ。アスカなんて、僕の心の傷を癒そうと行動までしてくれた。『自分がマナの代わりになるから』って、プライドを捨ててそこまで言ってくれた。でも僕はそれを受け入れられなかった」
 「本気だったんだな、そのマナって娘の事」
 「そうだね、あの時は間違いなく本気だったよ。全てが終わった後で、加持さんが一芝居うって、マナと脱走兵を助けてくれていた事を知った時、本当に嬉しかった。でもマナとは二度と会えない、そう言われた時は辛かったよ。表向き死んでいるマナが、NERVの機密に触れていた僕と会うのは危険すぎたからね」
 「その割には、楽しそうなツラしてんじゃねえか?」
 「まあね。今の僕には綺麗な思い出だから。この空の下のどこかで、マナはきっと笑って暮らしていると思う。それで十分だよ」
 前を見ていたシンジが、ふとランサーに顔を向ける。
 「ランサーには好きな人はいなかったの?」
 「俺か!?一応、こう見えても妻帯者なんだぜ?エメルっていう妻がいたよ。もっとも俺は戦場で死んだから、その後どうなったかは分からないけどな」
 「そうだったんだ。好きな人と結婚出来て幸せだった?」
 「そうだな。俺は結婚した事を一度も後悔しちゃいねえよ」
 「そっか・・・」
 シンジの足がピタッと止まる。目の前に聳えるのは、白亜の城。
 「ここがアインツベルン城だな」
 「・・・インターホンって無いのかな?」
 「さすがにそれは無いだろうよ。こういう時は、門のとこにあるノッカーを使うんだ」
 ガンガンガンとランサーが、乱暴気味にノックをする。すると門がギーッと音を立てて開いた。
 「ようこそおいで下さいました。私、このアインツベルン城でメイドを務めるセラと申します」
 「私はリズだよ、よろしくね」
 純白のフードを頭にかぶったメイド2人の出迎えに、一瞬だけシンジは驚いたが、すぐに気を取り直した。
 「僕は言峰シンジと申します。こちらに住んでいるイリヤにお礼を言いたくて、訪問させて頂きました。これ、詰まらないものですが、作って来たんです。受け取ってください」
 「ご丁寧にありがとうございます。イリヤ様は応接室におりますので、すぐにご案内いたします。リズ、お客様をイリヤ様のもとへお連れして」
 「うん、分かったよ。シンジ、着いてきてね」
 リズの先導のもと、豪奢なエントランスを通り抜け、これまた豪奢な応接間へと案内される。
 「イリヤ、お客様連れてきたよ」
 ドアを開けながらリズが声をかける。
 「シンジ、良く来てくれたわね。アインツベルンは貴方を歓迎するわ」
 「ありがとう、イリヤ」
 「良いのよ。そこに座ってちょうだい。今、セラがお茶を用意しているから。それとランサーも現界化して貰っていいわよ。お茶ぐらいなら付き合えるでしょ?」
 現界化するランサー。その表情は、どこか戸惑ったような雰囲気があった。
 「俺はお茶の作法なんて知らねえぞ?」
 「大丈夫、僕も知らないから」
 「礼儀作法なんてどうでもいいわよ。楽しく飲める事が大事なんだから」
 そこへセラが入ってくる。手慣れた手つきで紅茶を淹れて、御茶菓子としてシンジが用意してきた羊羹が添えられていた。
 「セラ、これ何?」
 「言峰様がご持参なされた羊羹という、日本のお菓子です」
 「へえ、そうなんだ。ちょっと失礼するね・・・うん、甘くて美味しい!」
 「そっか、喜んでもらえると、僕もうれしいよ」
 聖杯戦争という最中とは思えないほど、温かい雰囲気である。
 隣に座っているランサーも、紅茶に手を伸ばして面白そうに2人を見ていた。
 「それで、シンジがどうしてここに来たのか、要件を聞いても良いかな?」
 「ああ、ライダーの件だよ。ライダーは昨日、セイバーが討伐したから。慎二は行方不明になっちゃったけど、サーヴァントがいない以上、リタイヤは間違いないと思う。だから協力してくれて、ありがとう、って伝えたかったんだ」
 「・・・ふうん。そうだったんだ。まあ確かに慎二はリタイヤしたから、そういう意味では終わったけどね」
 「イリヤ?」
 「ううん、こちらの話。でもさ、だったらどうしてシンジはここへ来たの?ライダーがリタイヤしたなら、不戦協定は破棄される訳でしょ?バーサーカーに攻撃される心配とかしなかったの?」
 イリヤの雰囲気が切り替わる。ランサーが軽く腰を浮かすが、それをシンジが押しとどめる。
 「その心配は全くしていないよ」
 「だから、どうして?」
 「イリヤ、自分で言ってたじゃないか。自分はレディだって。レディは不意打ちなんて卑怯な真似は絶対にしない。必ず正面から正々堂々やってくるよ」
 一瞬だけ、イリヤはキョトンとした後、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
 「私の言った事、覚えてくれていたのね。嬉しいわ、シンジ」
 無邪気なイリヤの笑顔に、シンジもまた笑顔で返していた。
 「でも、今日、ここへ来たのは失敗だったかもしれないわ」
 「どういう意味?」
 「キャスターよ。キャスターは昨晩、柳洞寺を失ったの。追い出したのはアサシン」
 「ほう?アサシンの奴か、腕が立つとは思っていたが・・・」
 敵が強い事に喜びを覚えるランサーにしてみれば、アサシンの強さは朗報以外の何物でもない。だがシンジはまた違った事を考えた。
 「キャスターが追い出されたんだよね?それがどうしてマズイの?」
 「キャスターは立てこもるべき城を失ったの。失った以上、攻勢に出るしかないわ。この場合、キャスターは確実に弱っているペアを狙いに行く」
 「・・・セイバー?」
 「そうよ。セイバーとシロウの間のパスが不完全なのは、最初の日に墓地で会った時にすぐに分かったわ。あんなに弱いパスでは、セイバーの実力を発揮しきれない。つまり、今がキャスターにとってセイバーを倒す絶好の機会なのよ。対魔力Aというセイバーが行動不能に陥っている以上、誰がシロウを守るの?」
 ガタンと音を立ててシンジが立ちあがる。
 「イリヤ、ごめん。僕は士郎達を助けなきゃいけない」
 「うん、分ってるよ。シンジも頑張ってね」
 「ありがとう。聖杯戦争が終わったら、またお喋りしようね。お菓子、作ってくるからさ」
 「セラ!シンジ達をお見送りしてさし上げなさい!」
 一礼したセラに従い、シンジ達はアインツベルン城を後にした。

衛宮邸―
 「クソ!何でこいつらが!」
 庭を埋め尽くしていたのは、竜牙兵の群れであった。その竜牙兵を士郎達は薙ぎ倒していたが、いつまで経ってもキリが無い事に、焦りを抱き始めている。
 戦力的に接近戦最強のセイバーが戦力外の為、士郎とアーチャーが双剣で前衛を担当し凛が後ろからガンドで支援にはいる。
 「っとに・・・ランサーがいれば話は変わってくるのに・・・」
 「おやおや、気配がないと思えば、ランサーは不在でしたか。これは好機ですね」
 「キャスターか!」
 だが姿はどこにもない。魔術を使って、姿を隠しているのは間違いなかった。
 「姿を見せろ!キャスター!」
 「見せろと言われて見せる馬鹿はいませんよ?ご自分で見つけなさい」
 凛とセイバーを庇うように戦線を構築する士郎達。敵の攻勢が激しくなるにつれ、注意力も竜牙兵へと割かれていく。
 ドガン!
 突如、吹き飛ばされる衾。そこから飛び込んでくる人影。
 奇襲攻撃に凛がガンドで迎撃を図るが、それよりも一瞬早く、人影の拳が凛の腹へ突き刺さっていた。
 「チェックメイトだ、衛宮」
 「葛木!」
 「お見事です、マスター。セイバーのマスター、それにアーチャー。この娘の命が惜しければ、武器を手放しなさい」
 士郎とアーチャーの手から、双剣が消える。
 「聞き分けの良い子は好きよ。宗一郎様、娘の方をお願いします」
 「うむ」
 キャスターが一本の短剣を取り出す。刀身が変な形にねじ曲がった、とても実用的とは言えない、装飾性の高い短剣。
 「これは破戒すべき全ての符ルールブレイカー あらゆる魔術的効果を失わせる、私の宝具。さあ、セイバー、私の僕となりなさい!」
 セイバーに短剣が突き立てられる。口から苦悶の叫びが漏れ、全身を激しく痙攣させる。同時に士郎の手にも激しい痛みが走った。
 「どうやら、成功のようね」
 「令呪が・・・無い!?」
 「セイバーのマスター権を戴いたのよ。これであなたは聖杯戦争から脱落、という訳、坊や」
 愕然とする士郎。その士郎の前で、セイバーがふらつきながら立ち上がる。
 「キャスター、貴様!」
 「セイバー、令呪をもって命じます。私の命令に従いなさい」
 「ぐああああああ!」
 悶え苦しむセイバー。思わず士郎が駆け寄ろうとするが、宗一郎がそれを許さない。
 「動くな、衛宮」
 「クッ!」
 「さあ、次はアーチャー、貴方の番よ」
 「・・・凛の解放が条件だ。それぐらいの義理は果たさせて貰いたい」
 「いいわよ。マスター権が移れば、もうその娘に用はないわ」
 すっとアーチャーが前に出る。
 「アーチャー!」
 「良く覚えておけ、力なき正義は無力なのだと言う事をな」
 アーチャーの胸に突き立てられるルールブレイカー。同時にマスター権が凛からキャスターへと移動する。
 「さあ、これでもう用はないわ。宗一郎様、ご苦労様でした」
 「うむ。では後片付けをしていくぞ」
 「キャスター!貴様!」
 「アーチャー、令呪をもって命じます。動くな!」
 葛木の拳が振り上げられる、アーチャーとセイバーは令呪の拘束をうけ身動きが取れない。唯一動ける士郎が、凛を助けるべく飛び出す。
 「葛木!」
 双剣を投影。葛木に向かって投げつけながら士郎が間合に飛び込む。葛木も双剣を迎撃せざるを得ない為、そちらに拳を向ける。
 その間に凛を抱き寄せた士郎は、勢いそのままに部屋の片隅へ転がりこんだ。
 「坊や、よっぽどその娘が大事みたいね。いいわ、一緒に送ってあげる」
 キャスターの背後に浮かぶ魔法陣。
 双剣を投影し、凛の壁となる士郎。
 その時だった。
 突如、庭の竜牙兵の集団が消し飛ぶ。全員の視線が向けられた先にあったのは、一本の赤い槍。
 「ランサー!」
 「よう、間一髪だったな」
 続いて槍の元に現れたのはランサーであった。その傍らにシンジも立っている。
 「ふん、今さら援軍という訳?」
 「援軍じゃないよ、キャスター」
 「何を言って」
 キャスターの言葉が止まる。シンジの目が赤く輝き、全身から抑えきれない力が霧のように現れる。
 「まさか、貴方、幻想種なの!この力、レイラインを上回るほど・・・」
 「ランサー。ゲイボルグで葛木先生を狙って。そうすればこちらの勝ちだ」
 「おう、任せろ」
 槍を構えるランサー。同時にキャスターも、葛木が死ぬ可能性が非常に高い事に気が付いた。
 「士郎!今のうちに遠坂さんと避難しろ!」  
 「分かった!」
 「クッ!」
 咄嗟にキャスターが足元に魔法陣を描き出す。
 「退きます!」
 瞬時にキャスター達の姿が消える。
 「士郎!」
 「シンジ、すまない!遠坂を看てくれ!」
 「・・・うん、大丈夫。内臓に傷はない、気絶しているだけだよ。横にしておけば、すぐに気がつくと思う」
 ホッと一息つく士郎。その間に、今までセイバーが横になっていた布団に、凛を横たえる。
 「とりあえず何があったのか、聞かせてよ。それから今後の計画を練り直そう」
 「ああ、そうだな」

 「と、言う訳なんだ」
 「そうだったんだ、でも2人が無事で良かったよ。イリヤが教えてくれなかったら、多分、間に合わなかったと思うから」
 「でも、これからどうするのよ?セイバーとアーチャーはキャスターに取られたし、私と衛宮君は令呪も失ってマスターの資格を失ったわ」
 淹れたてのお茶を飲みながら、3人は今後の方針について検討を余儀なくされていた。
 「セイバーとアーチャーのマスターは、キャスターだよね?」
 「ああ、それは間違いない」
 「それならキャスターさえ倒せば、セイバーもアーチャーも未契約の状態に戻るはずだよ。そうすれば、再契約してマスターに戻れるでしょ?」
 「確かに、その通りなんだけど。問題は戦力差よ。向うはセイバー、アーチャー、キャスターとサーヴァントが3体。葛木もサーヴァントと互角に渡り合えるほどの実力を持ち合わせている。つまり実質的に4体のサーヴァントがいると言っていいわ。対して、こちらはランサー1人。まともにやって勝てる相手じゃないわよ」
 腕組みして考え込む凛に、シンジが声をかける。
 「戦力が足りないなら、持ってくればいいんだよ」
 「どういう意味?宛てはあるのかしら?」
 「バーサーカーとアサシンを引きこむと言うのはどうかな?」
 「それが実現できれば確かに可能だろうけど・・・」
 「やるだけやってみよう、遠坂。今のままでは、俺達に勝ち目はないんだ」
 士郎の決断に、凛もまた頷くしかなかった。

深夜、穂群原学園―
 シンジ達は学校へと足を延ばしていた。目的はただ1つ。コジロウとルヴィアを味方につける事である。
 凛が手慣れた手つきで人払いの結界の準備に入る。その傍らでは、士郎が複雑そうな表情で辺りを眺めていた。
 「よし、あとは発動させるだけね。ところで、言峰君。アサシンを呼び出す方法は考えてあるのかしら?」
 「ああ、それは大丈夫。ランサー、お願い」
 「分かった、ちょっくらやってくるぜ」
 言うなり、学校の屋上へと移動するランサー。やがて学校の屋上に、光の文字が浮かび上がった。
 「・・・ちょっと、言峰君?」
 「ん?どうかしたの?」
 「何で私の名前が浮かんでるのかしら?」
 頬を引きつらせながらガンドの準備に入る凛。夜空に浮かび上がった文字(種明かしをすれば、これはランサーのルーン魔術の応用である)は日本語に訳すとこう書かれていた。
 『ルヴィアゼリッタへ。今夜、穂群原学園にて待つ。遠坂凛。追伸。怖ければ来なくていいわよ』
 「いや、アサシンをランサーが相手する間、遠坂さん暇でしょ?」
 「暇って貴方ねえ」
 「そっか、じゃあ士郎にお願いするしかないかな?ルヴィアさん、確かに強そうだし」
 ピキッという音が夜空に響く。士郎が寒気を感じて後ずさった。
 「それは、私がルヴィアに劣るという意味かしら?」
 「・・・無理しなくてもいいんだよ?」
 「ふざけんじゃないわよ!私の実力、その眼に焼き付けなさい!」
 見事に凛を焚きつける事に成功したマスターに、まだ屋上にいたランサーが拍手をしていた。
 
 「お待たせしましたわね、ミス・トオサカ?」
 「ええ、尻尾をまいて逃げだしたかと思ったわよ。ミス・エーデルフェルト」
 「ふふ、口先だけは達者なようですわね。ご自慢のサーヴァントは、どこへ行ってしまったのかしらね?」
 高笑いするルヴィアに、凛が必死になって激情を抑制している。そんな2人の間に、シンジがスッと割り込む。
 「こんばんは、ミス・エーデルフェルト。僕は言峰シンジ、ランサーのマスターです」
 「・・・貴方が?何の冗談?貴方、ヒトではないでしょう?」
 「確かに僕は人間じゃない。でも」
 スッとシンジの横に立つランサー。同時にシンジが右腕に刻まれた令呪を見せつける。
 「・・・確かにマスターのようですね。それで私に何が言いたいのかしら?」
 「賭けに乗ってもらいたいんです。僕達が勝ったら、一緒にキャスターを討伐してほしい。もし僕達が負けたら、僕の令呪を貴女にあげます」
 「シンジ!それは!」
 止めに入ろうとする士郎を、凛が無理やり押しとどめる。
 「それで内容は?」
 「貴方のアサシンと、僕のランサーで1対1の勝負です。勝ち負けの判断は、アサシンとランサーの誇りに任せる。どうですか?」
 「面白いことを言ってくれるわね。私のコジロウに勝つつもりなのね?」
 ルヴィアの横に、音もなくアサシンが現れる。その顔はランサーという好敵手との再会に、喜びの余りうち震えていた。
 「良いでしょう!コジロウ!」
 「委細承知。お任せあれ、マスター」
 備中青江を抜刀するアサシン。対するランサーも、ゲイボルグを構える。
 「行くぜ、アサシン!俺を楽しませろよ!」
 「それはこちらも同じ。我が剣、存分に振るわせてもらうぞ!」
 青い槍兵と、青い侍が正面から激突する。
 「オラオラオラ!」
 ランサーの神速の刺突を、コジロウが見事に紙一重でいなしていく。ここまでは初日に行われた戦いと同じ。だがあの時と今とでは、大きく違う点があった。
 徐々に速度が上昇していくランサーの刺突に、コジロウがニヤリと笑みを浮かべる。 
 「面白い!あの時、そなたは力を隠していたという訳か!」
 「すまねえな、だが今夜は思う存分、味あわせてやるぜ!たっぷり堪能してけや!」
 「それはこちらも同じ!我が秘剣の錆びにしてくれようぞ!」
 他者の介入を許さぬ、人智を超えた戦い。ランサーが速度で攻めれば、コジロウは技で反撃を試みる。
 「確かにランサーは強いわね、それは認めて差し上げますわ」
 「あら、意外に素直なのね」
 「私は貴女と違って淑女ですから。認めるべき物は認めているだけです」
 「淑女ねえ・・・私、レスリングを嗜む淑女なんて聞き覚えがありませんけど」
 背後で勃発した女の戦いに、シンジと士郎はこっそりと避難を始める。
 「東洋の猿が」
 凛のこめかみに青筋が浮かぶ。
 「あらら、ハイエナさんが何か仰ってますわね」
 同じくルヴィアのこめかみに青筋が浮かぶ。
「負け犬の遠吠えかしら?とても聞き心地が良いですわね」
 凛の左手にガンドが集中していく。
 「前々回では惨めに逃げかえった御貴族様は、恥という物をお知りにならぬようで」
 同じくルヴィアの左手にガンドが集中していく。
 「胸の大きさと、人間的器の大きさは比例するってご存知かしら?ミス・トオサカ」
 凛が右手に宝石を握り込む。
 「あら。私はバランスの良さだと伺いましたわ。腰回りが豊かなのも、どうかと思いますわよ。ミス・エーデルフェルト」
 同じくルヴィアが右手に宝石を握り込む。
 「「くたばれ、このアマ」」
 傍らで行われているサーヴァント戦を遙かに上回る、女のプライドをかけた戦争の火ぶたが切って落とされた。
 ファーストアタックは互いに、宝石魔術による一撃だった。凛は深紅のルビーを、ルヴィアは紺碧のサファイアを投じる。
 2人とも五大元素アベレージ・ワンを特徴とする天才魔術師。その素質を宝石を通して遺憾なく発揮する。
 ルビーは灼熱を、サファイアは冷気となって相手をお互いに飲み込もうとする。だが2人とも、その結果をのんびり待つような愚策は犯さない。
 咄嗟に横へ飛びのくと同時に、牽制のガンドをマシンガンのように間断なく放つ。その全てが相殺し合い、轟音とともに消滅していく光景は圧巻であった。
 「やるじゃない、ルヴィア」
 「あなたこそね、ミス・トオサカ」
 即座に凛がガンドを連射しながら、最短距離でルヴィアに接近を試みる。対するルヴィアは予備の宝石を取り出し、ガンドにぶつける。
 ルヴィアの宝石魔術は、凛のガンドを5発道連れにして、やっと消滅していく。
 「この似非お嬢が!相変わらず馬鹿力ね!」
 「貧相な小娘には真似できないでしょう!」
 敢えて表現するなら技で勝負するのが凛。一撃必殺の破壊力で勝負するのがルヴィアのスタイルである。そしてルヴィアには、凛が決して真似できない要素がある。
 再び予備の宝石を取り出すルヴィア。惜し気もなく破壊の力をまき散らす。
 「これ見よがしに宝石使うんじゃないわよ!」
 「おーほっほっほ!羨ましいのかしら?ミス・トオサカ」
 「・・・そうか、さすがに経済力の差だけは補いきれないか」
 ボソッと呟いた士郎の言葉が届いたのか、一瞬だけ、凛から士郎に殺意の籠った視線が向けられる。それを敏感に感じ取った士郎が、亀のように首を竦ませる。
 「どうしました?動きが鈍いですわよ!」
 宝石魔術の乱射に、凛はガンドで応戦するも、ルヴィアの懐に飛び込む決定的なチャンスを見いだせずに、防戦に徹するしかない。
 「ほお、嬢ちゃん達、元気だなあ」
 「うむ。我がマスターも中々やるではないか」
 背後から聞こえてきた声に、シンジと士郎が慌てて振り向く。そこには戦っている筈のランサーとコジロウが、女の戦いを観戦する見物客と化していた。
 「ど、どうして?」
 「馬鹿言うなよ。実力が拮抗した者同士の戦いってのは、見ていて面白いんだよ」
 「可憐な花が二輪、己が誇りを賭けて戦っているのだ。これを見ずして何を見ると言うのだ、ランサーのマスターよ」
 コジロウのセリフに、唖然とするシンジ。士郎も似たり寄ったりという感じである。
 「だが嬢ちゃんには悪いが、少々、分が悪いな」
 「うむ。攻めあぐねている分、マスターが有利か」
 サーヴァントの感想など知らずに、2人の魔術師による戦いは続けられる。
 (・・・このままじゃ押し切られるわね。それなら・・・やってやる!)
 凛が足を止め、ガンドの一点集中砲火に切り替える。同時に残っていた宝石も、全て惜し気もなく放り投げる。
 それを冷静に対処するルヴィア。有り余る宝石を惜し気もなく投じて相殺させる。
 力と力がぶつかり合い、轟音と煙が立ち込める。
 その煙の中から、突如、凛が頭を庇うように両腕をクロスさせながら飛び出してきた。
 「しまった、強化の魔術!」
 「気づくのが遅すぎよ!これでも食らいなさい!」
 綺礼直伝の八極拳に勝利を賭けた凛は、手持ちの宝石全部を使い、更には魔力の全てを強化の魔術に費やし、身体能力を限界まで強化していた。
 対抗するルヴィアも咄嗟に宝石魔術で迎撃を試みるが、限界まで強化された凛の皮膚を傷つけるのが精一杯である。
 「くらえ!」
 「舐めないで下さいませ!」
 ルヴィアもまた、護身術として習得していたレスリング技で対抗を試みる。
 凛の一撃を凌げなければ、ルヴィアの負け。
 凛の一撃を凌げれば、ルヴィアの組み技・関節技の餌食。
 「「これで、終わり!?」」
 最後の一撃を叩きこもうとした凛が、突如、バランスを崩す。原因は足もとに転がっていた、小さな石ころ。
 見事なまでに遠坂家の遺伝的体質である『うっかり』を発動させていた。
 だがルヴィアの方も、そこに勝機を見いだす余裕をもっていない。
 ルヴィアは石ころにこそ躓いていなかったが、レスリング技で迎撃をしようとしていたので、膝を曲げ、重心を落としていたのが失敗だった。
 重心が下がれば、自然とスカートの裾も下に落ちる。結果として、彼女は自分の足で自分のスカートの裾を踏んでいたのである。
 全く同じタイミングで、態勢を崩した2人は、そのまま速度を殺す事も出来ず、鈍い音を立てて、その場にひっくり返った。
 「これって、まさかのダブルノックアウト?」
 「そうだな。強化された状態での頭突きか。そりゃあ耐えられんだろうよ」
 「惜しかったなマスター、いや、残念」
 「・・・ノンビリ見ているのは良いんだが、あの音は危険じゃないのか?」
 士郎の言葉にシンジが歩み寄る。凛もルヴィアも目を回していて、完全に気絶状態であった。
 「・・・気絶しているだけだね。大きなタンコブにはなりそうだけど、多分、大丈夫だよ、っと。士郎、遠坂さんをお願い」
 ルヴィアを抱き上げ、コジロウの元へ運ぶシンジ。
 「ルヴィアさんはお願いしますね」
 「うむ。礼を言う、ランサーのマスターよ」
 「いいですよ、別に殺し合いが目的な訳じゃないですから。あとアサシンさん、申し訳ないんですけど」
 シンジがハンカチをポケットから取り出す。
 「これを真ん中で斬って貰えませんか?」
 「・・・それは構わぬが」
 銀光一閃。シンジは斬られたハンカチを手に取ると、水道で濡らしてすぐに戻ってきた。片方を士郎に渡し、シンジ自身はルヴィアの額に乗せる。
 「応急ですけど」
 「いや、これは助かる」
 やがてヒンヤリとした感触に気がついたのか、ルヴィアが目を覚ました。
 「あ、気がついた?ルヴィアさん」
 「・・・あ、ここは・・・確か私はミス・トオサカと戦っていて・・・」
 「ルヴィアさん、惜しかったね。遠坂さんと見事にダブルノックアウトだったよ」
 キョロキョロと辺りを見回すルヴィア。少し離れた所では、士郎の膝の上に頭を載せたまま、まだ気がつかない凛がいる。近くにはシンジとコジロウ。そしてシンジの後ろにはランサーが控えている。
 「コジロウ、勝負はどうなったのですか?」
 「うむ。主従ともに引き分けよ」
 「そうですか、まあ負けなかっただけ良しとしましょう。それからミスター・コトミネ」
 ルヴィアの視線がシンジに向けられる。
 「私が気を失っている間に、トドメを刺さなかった事についてはお礼を言わせて頂きます。貴方の立ち振る舞いはマスターとしては愚かかもしれませんが、1人の人間としては紳士的な振る舞いだと評価しますわ」
 「ありがとう」
 「ですが、それと賭けは別問題です。勝敗が着かなかった以上、私は貴方達に協力はしません。ですが、貴方には私を殺さなかったという借りがあります。ならば魔術師の等価交換の原則に従って、代わりの物―情報を差し上げます」
 「情報?」
 「ええ、この冬木市で起きているサーヴァントが原因と思われる事件は知っているでしょう?」
 コクンと頷くシンジ。士郎も興味を引かれたのか、ルヴィアに顔を向けている。
 「連続ガス中毒事件、穂群原学園の薬品事件の他にも事件が起きている事をご存知ですか?」
 「・・・どういう事ですか?」
 「失踪事件が起きています。先に挙げた2つの事件の被害が大きすぎる為に、未だ騒がれてはおりませんが、いずれは大ごとになります。聖杯戦争が行われている、このタイミングで失踪事件。ただの偶然とは思えません」
 シンジと士郎が顔を見合わせる。
 「失踪事件その物は、一昨日辺りから始まっています。前ばかり見て足元を救われぬよう、十分に注意しなさい」
 「そうするよ、教えてくれてありがとう」
 「等価交換の原則に従ったまでですわ。ミス・トオサカにもよろしくお伝え下さい。コジロウ、今日は疲れました。早めに帰るとしましょう」
 「承知。ではさらばだ、ランサー。いずれ雌雄を決しようぞ」
 それだけ言い残すと、ルヴィア達は闇の中へと姿を消した。

衛宮邸―
 「イタタタタ・・・」
 痛みで呻いているのは凛である。居間に敷いた布団の上に寝かされ、額に濡れタオルを載せられていた。
 「遠坂、大丈夫か?」
 「今度会ったら、絶対、ぶちのめしてやるんだから」
 「元気だねえ、遠坂さん」
 そこへ玄関のインターホンが鳴る。対応する為に士郎が出ていくが、すぐに戻って来た。
 「よ、元気にやってるか?」
 「加持さん、こんな時間にどうしたんですか?」
 「何、緊急事態が発生してね。すぐに伝えた方が良いだろうと思って、来たのさ」
 煙草を取り出して一服する加持。
 「結論から言おう。ついさっき、教会が襲撃を受けた」
 「教会が!?父さんは無事なんですか!?」
 「分からん。だが言峰神父は、ああ見えて元・代行者だ。自分一人逃げるだけなら、問題はないだろう」
 凛が痛みを我慢しながら起き上る。そんな凛を支えようと、士郎が後ろに回る。
 「襲撃犯は誰なんですか?」
 「・・・昨日、ここで見た2人がいたよ」
 「キャスターか・・・」

サーヴァント・ステータス
クラス:キャスター
マスター:葛木宗一郎
真名:メディア
性格:中立・悪
身長:163cm 体重51kg
特技:奸計、模型作り
好きな物:寡黙で誠実な人、可愛らしい服と少女
苦手な物:筋肉ダルマ
天敵:バーサーカー
筋力:E  魔力:A+ 耐久力:C 幸運:C 敏捷:A 宝具:B

クラススキル
陣地作成:A 魔術師として有利な陣地を作り上げる。工房を超える神殿を形成できる。
道具作成:A 魔力を帯びた道具を作成できる。疑似的だが不死を可能にする薬も作る事が出来る。

保有スキル
高速神言:A 神代の言葉を用いて、呪文・魔術回路を使用せずに術を発動できる。極めて便利だが、神代の言葉であるために現代の人間には発音できない
 ※ギリシア語表記に関しては、作者が文字を探し出すのが遅れたので、使うのを止めています。
金羊の皮:EX 竜種を召喚できる。だがキャスターには幻獣召喚技能がないので、使用不可能。

宝具 
破戒すべき全ての符ルールブレイカー:C 対魔術宝具



To be continued...
(2011.03.13 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございます。
 今回ですが、ついに3騎士同盟の崩壊となります。キャスターはセイバーとアーチャーを配下とし、更に柳洞寺に代わる拠点として冬木教会を占拠します。
 一方、3騎士で唯一残ったランサーは、コジロウ味方とする為に決闘に臨みます。その傍らで女の戦いが勃発する訳ですが、ルヴィアは書いてて楽しいですw
 話は変わって次回です。
 次回は残るサーヴァント・バーサーカーを味方につける為、シンジ達はアインツベルン城へと向かいます。そこで待っていたものは・・・という展開になる予定。あと久しぶりに、レイにも出番があります。個人的にはアスカが好きなんですが。SS書くようになってからレイにも愛着が湧くようになったのが、我ながら不思議ですw
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで