暁の堕天使

聖杯戦争編

第七話

presented by 紫雲様


2月7日、新都繁華街未明―
 高層ビルに挟まれた路地。街灯一つないその路地は、暗闇に支配されていた。
 そんな路地に人影があった。年の頃は40前後、背広姿でネクタイを外している。どこから見ても会社帰りに気分良くお酒を楽しんだサラリーマンであった。深酒しすぎたせいか、足取りは千鳥足。歩く度に頼りなく足をよろめかせ、ゴミ入れのポリバケツを蹴り飛ばしている。
 そんなサラリーマンが、何かに気付いたのか、足をとめた。
 フラフラとしながら近づき、足を止めた。
 目の前にいるのは、人間―それも少女だった。
 胸のふくらみから女性と分かるし、容貌を見れば年齢的に二十歳に満たない、精々、高校生ぐらいだと分かる。
 少女は黒地に、赤い縦の線が走った服を着ていた。
 声をかけようと、サラリーマンが近づいて行く。
 次の瞬間、彼の意識は突然、プッツリと途絶えてしまった。

???―
 彼は自分の腕の中に少女がいる事に気がついた。
 蒼銀の髪の毛、真紅の瞳、白いスーツに身を包み、肌が露出している部分は包帯でグルグル巻きされ、息を切らして苦しんでいる少女。
 『乗ります!僕が乗ります!』
 彼の意思を無視して、彼の口からそんな言葉が飛び出した。

 目の前には2本の触手を生やした化け物。後ろには恐怖で震える子供が2人いた。
 雄叫びをあげながら、突撃する。同時に腹部に走る灼熱の痛み。
 だが諦めない。歯を食い縛ってナイフを突き出す。
 激しい火花とともに、目の前の化け物は動きを止めていた。

 目の前に、蒼銀の髪の少女がいた。少女が衰弱している事を、彼はすぐに理解した。
 そんな彼の口から、言葉が飛び出す。
 『サヨナラなんて言うなよ、綾波』
 『ゴメンナサイ、こういう時、どうすれば良いのか分からないの』
 『笑えば良いと思うよ』
 綾波と呼ばれた少女が見せた笑顔に、彼は見惚れていた。

 彼は自身が追い詰められている事に気がついた。
 敵は巨大な口を開いて、彼らを飲みこもうとしているのである。
 飲み込まれようとしているのは、彼と、赤いスーツを着た少女が1人。突破口は、その口を開かせる事のみ。
 『『開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け』』
 その口が見事に開いた時、彼は大きな満足感を感じていた。

 彼は戦場にいた。だが場違いな旋律が、彼の耳に流れ込んでくる。
 目の前には、奇妙な形状の怪物が2体。
 彼は、それを撃退するために、もう一人の少女と共に戦っていた。
 2人揃っての戦闘。全く同じように行動する彼ら2人の動きに、敵は翻弄されていた。
 そして起こる大爆発。
 『最後の着地、ミスったわね』
 『ごめん』
 
 彼は全身を激痛に襲われていた。
 マグマの熱さをその身で感じているのだから当然である。
 だがそんな苦痛と引き換えにしても、成さねばならない事があった。
 その手に預けられた少女の存在。その重さが、彼を苦痛に耐えさせる。
 『・・・馬鹿なんだから・・・』
 馬鹿でも良いじゃないか。そう思った。

 静かに、ランサーはその目を開いた。
 (・・・どうやら、居眠りしちまってたみたいだな・・・)
 彼がいるのは、衛宮家の一室。戦士である彼は、サーヴァントとして主を守る為、マスターである少年の傍らに座っていた。
 自宅である教会をキャスターに占領されている今、彼のマスターは教会へ帰れなくなっている。そんなマスターの為に、同盟者である少年が部屋を用意した時、彼は当たり前のようにマスターと同じ部屋で寝起きする事を決めた。
 (・・・今の夢は何だ?・・・まさか、マスターの・・・)
 もう一度、夢の内容を再検討していく。
 (・・・だが他には考えられねえ。そうなると、やはり・・・)
 ランサーの視線は、隣で眠り続けているマスターへ向けられていた。

 「さて、これからの方針を練りましょうか」
 朝食の片付けを済ませた後、凛達は居間へと集合していた。
 「アサシンが駄目だった以上、バーサーカーを味方につけるしかないだろ?」
 「それはそうなんだけどね。でもあのバーサーカーとイリヤが相手なのよ?」
 凛の言葉に、士郎も頷かざるを得ない。
 「でもやるしかないんだ。このままこうしていても、事態は良くならないんだ」
 「そうね。どうも弱気になってたみたい。それじゃあ、準備済ませたら、アインツベルンの城までいくわよ!」
 
 シンジにとっては、2度目となるアインツベルン城への訪問。だが、今回は少し、様子が違っていた。
 森に入ると同時に、急に心が乱れ始める。
 「2人とも、何かおかしくない?」
 「そうね、私もさっきから、心が落ち着かないのよ。緊張感のせいかと思ってたけど、どうも違うみたい」
 「ああ、この匂いがどうしても気になるんだよ」
 士郎の言葉に、シンジと凛が空気の匂いを嗅ぐ。
 「・・・これは、血の匂い?」
 「間違いないわ!これは血の匂いよ!」
 アインツベルン城に何かが起こっている。その事に気づいた一行は、即座に全力で走り始めた。

 昨日、シンジが訪れたばかりの白亜の城。その正面の門が、完膚なきまでに破壊され、無残な姿を晒していた。
 「おいおい、破城槌でも使ったのか?これを壊した奴は」
 豪快なランサーもさすがに呆れたのか、門の破片を手にとるなり、そう呟いた。
 「破壊したのは間違いないけど、ただ壊しただけじゃないみたいだ」
 「ん?どういう意味だ?」
 「これを見てくれ。この断面、明らかに切り裂いた跡がある」
 士郎の言う通り、破片の幾つかには、刃物で切断したような滑らかな断面を晒しているものがあった。
 そこへ咆哮が聞こえてきた。聞き間違える筈もない、この世で唯一の咆哮が。
 「バーサーカー!戦っているのか!」
 「急ぐわよ!」
 「待て!俺が前衛に立つ。次にマスターと嬢ちゃん、殿は坊主だ。いいな?」
 ゲイボルグを手にしたランサーを前に、一行はエントランスへと入った。
 そこで繰り広げられていたのは、まさに戦争だった。
 鉛色の巨人は、斧剣を手に立っていた。そのあらゆる武器を弾き返してきた鋼の肉体は無残な姿を晒している。様々な武器が突き刺さり、その傷口から赤い鮮血が流れ落ち、全く止まる気配がない。
 それでも巨人は、背後の少女を守ろうと雄々しく戦っていた。
 斧剣を高速で振りかざし、降りかかる武器の雨を弾き飛ばし、一歩一歩、確実に前進していく。
 「バーサーカー!もういい!お願いだから、もうやめて!バーサーカーが死んじゃうよ!」
 「WOOOOOOOOO!」
 左胸に突き刺さる赤い槍。崩れ落ちるバーサーカー。だが咆哮とともにバーサーカーの全身が光に包まれ、再びその場に立ちあがる。
 「どうした?神の子よ。この程度で終わりという訳ではあるまい?」
 バーサーカーの前にいるのは、金髪の青年であった。黒い服に身を包んだ、吊り目の青年。
 「・・・あなたは・・・どうして、どうしてあなたがここにいるんですか!」
 シンジの叫びに、視線が集まる。
 「は、お前か。何、言峰が教会を捨てたのでな、我も気晴らしに動いてみたのよ。だが悪い話ではあるまい。バーサーカーとそのマスターは、お前にとっても厄介な相手であろう?我の気まぐれに感謝するのだな」
 「そういう意味じゃありません!あなたは父さんのお客さんでしょう!バーサーカーと正面からぶつかるなんて、まるでサーヴァントじゃないですか!」
 「なるほど、言峰から知らされておらんかったか。まあ良い、教えてやろう。我はギルガメッシュ、古代ウルクの王。そして言峰と契約したアーチャーのサーヴァントである」
 「そんな!」
 愕然とするシンジ。他の者達も呆気に取られている。
 「この世の全ては、英雄王である我の所有物。ならば聖杯もまた我の物である」
 降り注ぐ宝具の雨。バーサーカーも斧剣をもって抵抗するが、ついに地面に膝を着く。
 「命のストックは終わりか?ならば逝くが良い」
 「WOOOOOOOOO!」
 バーサーカーが最後の意地で斧剣を投じる。だがバーサーカーの斧剣は、ギルガメッシュが撃ち出した無数の宝具によって、完膚なきまでに粉砕される。
 「王の財宝ゲート・オブ・バビロン
 続いて撃ちだされた宝具の雨によって、ついにバーサーカーが大地に倒れた。そのバーサーカーに駆け寄る小さな影。
 「バーサーカー!嫌、死んじゃ嫌だよ!」
 「聖杯の娘よ、光栄に思え。お前は我の物となるのだ」
 ギルガメッシュの右手が、イリヤの左胸目がけて突き出される。
 「不遜な事をするな、貴様ら」
 「イリヤは俺の妹だ。お前こそ触るな!」
 「目の前で子供が殺されるのは見たくないんでね、ま、悪いが諦めてくれや」
 士郎が双剣を手に、ランサーが愛槍を手にしてギルガメッシュを阻んでいた。
 「良かろう、ならば消えるが良い。特にその赤い髪の男は、不遜極まりない。贋作者には生きる価値などないわ」
 ギルガメッシュの背後に無数の宝具がこれ見よがしに現れる。
 その光景を前に、死を覚悟する2人。だがその前に、すっと人影が入り込む。
 「マスター!何してんだ!」
 「いいから。ギルガメッシュさん、あなたは英雄王なんですよね?」
 「うむ。いかにもそうだ」
 「ならば、僕と賭けをして貰えませんか?」
 シンジの言葉に、ギルガメッシュが興味を惹かれたのか、ほう?と声を上げる。
 「内容は簡単です。あなたの一撃を僕が堪える事が出来るかどうか、です。堪える事が出来れば、この場は退いてください。堪える事ができなければ、好きにして下さい」
 「シンジよ、本気か?」
 「はい。僕も全力で抵抗しますから」
 その言葉に、ギルガメッシュがニヤリと笑った。
 「良かろう!ならば我が一撃をくれてやる。見事、耐え抜いて見せよ!罪の土に触れながら正気を失わなかった、我と同等の存在の力、見せてもらおうか!」
 シンジが目を瞑る。同時にその体から、霧のように赤い力が漏れ始めた。
 「2人とも、イリヤを連れて下がって」
 「・・・分かった」
 「マスター、死ぬんじゃねえぞ」
 泣きじゃくるイリヤとともに、凛に合流する3人。凛はと言えば、雰囲気が変わったシンジとギルガメッシュを睨みつけるように見つめている。
 目を開くシンジ。その1つしかない目は、赤く染まっていた。
 「準備は出来たようだな・・・いくぞ!王の財宝ゲート・オブ・バビロン!」
 「・・・絶対恐怖領域、展開」
 無数の宝具がシンジに降り注ぐ。その数は、バーサーカーを上回るほどであった。
 その怒涛のような攻撃に、凛とイリヤの顔に諦めの色が浮かぶ。
 「シンジ!」
 「落ち着け、坊主!」
 飛び出そうとする士郎を、ランサーが止める。
 「けど、このままじゃシンジが!」
 「まだパスは切れてねえ。マスターは生きている」
 ランサーの言葉に、凛とイリヤが驚きで目を見開く。
 「ふん。さすが、我が認めただけはある。口先だけではなかったか」
 入りこむ風に、土埃が静かに散らされていく。
 埃の中から現れたのは、数本の宝具を体に穿たれ、地面に膝を着いていたシンジであった。その背中から4対8枚の翼が生えている。だがその翼は、今にも消えそうなほどに、明滅を繰り返していた。
 「貴様が本来の力を出せれば全て食い止める事ができただろうが・・・まあいい。障壁は破ったが、貴様を倒すまでには至らなかった。ならば賭けは我の負けよ。この場は退いてやるが、必ず聖杯戦争を生き延びて見せよ。良いな?」
 悠然とした態度で踵を返すギルガメッシュ。その堂々とした態度に、ランサーも、士郎も、凛も、イリヤも、誰一人として手出しする事が出来ず、ただ黙って見送る事しかできなかった。

 「ランサー!ここへ寝かせて!衛宮君はイリヤと一緒に、布と薬の用意を!」
 ギルガメッシュを退かせた代償に、シンジは重傷を負っていた。
 ギルガメッシュが立ち去ると同時に、気を失って背後へ倒れるシンジ。すぐに凛が応急手当の役割の指示を出す。言われた通り、ランサーが手を出そうとしたのだが―
 「何だこれは!」
 「どうしたの!?」
 「マスターに触れねえんだよ!」
 以前、展開されたままの赤い障壁が、シンジへの接近を拒んだのである。
 「イリヤ、何か知らないの?」
 「私には無理よ。私が知っているのは、シンジが神の側に属する幻想種という事だけだから」
 悔しそうに奥歯を噛みしめる凛。その横で、士郎もまた悔しげに歯を噛みしめる。
 「遠坂!何か方法はないのか!」
 「私にも分からないわよ!私は治療したいだけなのに、この壁が!」
 凛が手を近づけると、音も無く赤い壁が現れる。
 「遠坂、そのままにしていてくれ。俺が解析してみる」
 「衛宮君?」
 「いいから、頼む」
 シンジを助けるため、士郎も出来る事を行おうとする。士郎の特性は、投影と解析。特にその解析能力は、宝具すらも完璧に解析してしまうほどである。
 「・・・分かった」
 士郎の言葉に、3人の視線が集まった。
 「この壁は『絶対恐怖領域』と呼ばれる代物だ。普段は防御の為に使う力で、莫大なエネルギーを必要とする、究極の盾だ」
 「・・・絶対恐怖領域?」
 「そうだ。魔術師風に言い直せば、術者の『他人を拒絶する』という心を物質化する力。正確には『全ての生命体が自分という存在を形成する為に持っている、排他的精神領域』というらしい。単純な防御性能だけで言えば、大半の攻撃は物理も魔術も完全に防いでしまう。これを破壊できる物は、宝具の中でも上位に位置する代物だけだ。遠坂には悪いが、手持ちの宝石全部使って、やっと壊せるぐらいか」
 「・・・お兄ちゃん、さっき、莫大なエネルギーを使うと言ったわね?どれぐらい使うのかしら?」
 イリヤの問いかけに、士郎が言いにくそうに応えた。
 「・・・多分、イリヤや遠坂でも発動させるのは不可能だ。間違いなく、2人でも必要なエネルギーを満たす事が出来ない」
 凛もイリヤも、呆気に取られて何も言う事が出来ない。2人とも魔力の許容量は、並みの魔術師に比べて桁が1つ違うほど高いのである。そんな2人をもってしても発動できない力となれば―
 「まさに宝具ね、その力」
 「ああ、シンジが幻想種だという何よりの証拠だろうな。それともう一つ、この絶対恐怖領域なんだが、俺と遠坂は別の名前で知っている」
 「何ですって!」
 思わず立ち上がる凛に、士郎が『落ち着け』とジェスチャーを繰り返す。
 「こんな力、知っていたら忘れる筈が無いでしょ!」
 「本当だ。絶対恐怖領域は和訳なんだよ。英語に直せばAbsolute Terror Field。通称ATフィールドと呼ばれているんだ。聞き覚えがないか?」
 「まさか、使徒が持っている、アレの事?言峰君が使徒だと言う訳?」
 「それは分からない。ATフィールドはエヴァンゲリオンも持っていたというからな」
 「嬢ちゃん、坊主。悪いが俺達にも分かる様に説明してくれないか?」
 ランサーの言葉に、士郎と凛が3年前に第3新東京市で起こった使徒戦役の顛末を掻い摘んで説明する。
 「・・・よくもまあ、守護者が現れずに済んだもんだな・・・」
 「言われてみればそうよね。でも人類にエヴァンゲリオンがあったから、守護者が現れずに済んだのかもしれないわ」
 「守護者は人類の全滅と言う危機に対する抑止力、カウンターとしての存在だからか。すでに使徒への抑止力としてエヴァンゲリオンが存在していたから、俺達守護者が現れる事は無かった、という訳か」
 ランサーが納得したように頷く。
 「それで坊主、そのATフィールドって奴を無効化する方法は分かったのか?」
 「・・・ATフィールドを中和するには、ATフィールドしかないんだ」
 絶望が場を支配する。誰もATフィールドを使えないのだから、当然であった。だが諦めない者もいた。
 「みんな、下がってくれ。俺が投影でATフィールドを再現してみる」
 慌てて止めに入る凛とイリヤ。彼女達にしてみれば、自分達ですら再現できないATフィールドを、士郎に再現させる事は自殺行為にしか見えなかった。
 「でもな、このままじゃシンジが死ぬんだぞ。それでもいいのか!」
 「だからと言って、アンタが死んだら意味無いでしょ!」
 「そうよ!お兄ちゃん、それだけは駄目!」
 「・・・おい、何か聞こえねえか?」
 ランサーの言葉に、3人がピタッと口を閉じて、耳を済ませる。すると微かだが、何かが聞こえてきた。
 (・・・して・・・)
 「聞こえた!この声はどこから!」
 (・・・ここよ・・・私はここにいる・・・)
 4対の視線が集まった先。そこには、向こう側が透けて見える少女が、腰から上だけの姿で浮かび上がっていた。
 蒼銀の髪、赤い瞳、真っ白な肌、華奢な体格の美少女。彼女はシンジの体から、その姿を現していた。
 「・・・貴女、誰?私に似た雰囲気・・・一体、誰?」
 (・・・私は綾波レイ・・・エヴァンゲリオン零号機パイロット・・・ファーストチルドレン・・・綾波レイ・・・そして第2使徒リリスの力を受け継ぐ者・・・)
 レイの事をシンジから聞いていたイリヤが、笑顔を見せた。
 「私はイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。イリヤと呼んで。それで、どうして貴女はシンジの中にいるの?貴女は魂だけの存在のようだけど」
 (碇君が取り込んだ、悪意の想念と一緒に眠りについていたの・・・でも碇君がATフィールドを使ってくれたおかげで目が覚めたの・・・)
 「貴女の言っている碇君というのは、私達が知っている言峰シンジで間違いないのかしら?」
 その問いかけに、レイが黙って頷く。
 「それなら力を貸して。私達は彼を治療したい。だけど彼がATフィールドを張っているせいで、治療できないの」
 (・・・いいわ・・・その為に出てきたんだから・・・)
 レイが右手をシンジに向ける。
 (ATフィールド展開。侵食開始・・・いいわ、まずは刺さっている武器を抜いて)
 言われた通り、士郎とランサーが武器を抜いて行く。すると抜いた傍から傷が塞がりだした。
 その異常なまでの再生速度に、凛が唖然とする。その横で、イリヤがレイに頭を下げた。
 「ありがとう、助かったわ」
 (・・・碇君の為だから・・・)
 「ふーん・・・貴女、彼の事が好きなの?」
 凛の問いかけに、しばらく考えた後、レイが頬を赤らめながら頷いた。
 (碇君は私にとって大切な絆なの・・・だから死んでほしくない・・・)
 「それを直接、この馬鹿に言ってあげて」
 (・・・私では駄目なの・・・私では碇君の心を癒す事は出来ない・・・私1人では碇君を助けられないから・・・)
 心底悲しそうなレイの独白に、誰も言葉をかける事ができなかった。
 (・・・お願い、碇君に伝えてほしい・・・)
 「何を伝えればいいの?」
 (・・・自分自身を許してあげて・・・そう伝えてほしい・・・)
 レイの姿が、静かに消えていく。
 その光景を、4人は黙って見つめる事しかできなかった。

 「・・・ここは・・・」
 レイが消えた後、破壊を免れた客間の1つへ運ばれていたシンジは目を覚ました。その視界に映ったのは、彼を見守っていた4人の顔である。
 「目が覚めた?言峰君」
 「・・・大丈夫、寝惚けてはいないから・・・」
 頭を左右に振りながら上半身を起こそうとするシンジを、士郎とイリヤが慌てて制止しようとする。だがシンジは『大丈夫』と言いながら、体を起こした。
 「言峰君、単刀直入に聞くわ。どこまで覚えてる?」
 「・・・お客さん―ギルガメッシュさんが退いてくれたところまでは覚えてるよ」
 「そう。なら綾波さんからの伝言を伝えても良いかしら?」
 その言葉に、シンジが驚愕の表情を浮かべた。片方しかない目は限界まで開かれ、まるで信じられない物でも見たかのような表情である。
 「こう言っていたわ『自分自身を許してあげて』。彼女は貴方を心配しているわよ?」
 「・・・綾波・・・」
 顔を俯けるシンジ。その肩が小さく小刻みに震える。
 「気持ちの整理をする時間が必要でしょうから、私達は席を外すわ。何かあったら呼んでちょうだい」
 部屋を後にする4人。その閉められたドアの向こうから、素直に感情を表に出したシンジの号泣が漏れてきた。

 「・・・はい、どうぞ」
 「ありがとう。セラもリズも、今はいないから・・・」
 士郎が淹れた紅茶で、4人は一息ついていた。給仕という仕事は、本来ならセラとリズの役目なのだが、2人は聖杯であるイリヤを守るため、ギルガメッシュと交戦し命を落としている。
 2人を家族同然に慕っていたイリヤにしてみれば、2人の死は悲しむべき物である。だがセラとリズの魂は、2人が命を落とした際に自身の中へ避難させていた。だからこそ、イリヤは悲しいとは欠片ほどにも思っていなかった。
 「・・・士郎、僕の分もあるかな?」
 その声に振り向く4人。その視線の先には、ドアを開けたシンジの姿があった。
 「シンジ!大丈夫なのか!」
 「ああ、大丈夫だよ。自己再生機能が働いてくれたから、もう傷は治っているよ」
 事実、ギルガメッシュの宝具による傷跡は綺麗さっぱり、完治していた。
 「おいおい、マジかよ?俺達サーヴァントより回復力が高いのかよ」
 「そういう化け物だからね」
 空いていたソファーに腰を下ろす。その瞳は泣き腫らしたために、全体が赤みがかっていた。
 「言峰君。聖杯戦争と関係ない事だけど、教えてくれないかしら?貴方は何者なの?」
 「・・・そうだね、さすがに隠すのは無理があるか・・・」
 士郎が自分の分の紅茶をシンジの前に差し出す。それを有難く受け取りながら、シンジは口を開いた。
 「僕の本名は碇シンジ。NERV所属、エヴァンゲリオン初号機パイロット、サードチルドレン碇シンジ・・・だった」
 「・・・だった?」
 「変に思うだろうね。君達も知っているんだろう?サードチルドレン碇シンジは交通事故で4歳の時に死んでいるという事実を」
 頷く士郎と凛。
 「矛盾していて当然なんだ。僕はサード・インパクトで滅んだ世界を書き換えた。だから矛盾が発生した」
 「滅んだ世界を書き換えた、ですって?」
 その言葉に、凛とイリヤが激しく反応した。
 「どういう意味なのよ!」
 「・・・それが僕の能力。因果律―アカシックレコードへの干渉能力。僕は自分の好きなように世界を書き換える事が可能なんだ。魔術師風に言えば、第六法と言っても良いかもしれないね」
 絶句する凛とイリヤ。目の前にいる少年にそんな力があるとは、2人には全く信じられなかった。だが―
 「それが貴方の使徒としての能力という訳?」
 「うん。遠坂さんの言う通りだよ。僕が使える力はATフィールドと、因果律への干渉の2つなんだよ」
 「はあ・・・正直、信じられないけど、貴方が嘘をつく理由なんてないものね」
 肩を竦める凛。そんな凛を余所に、イリヤが質問をする。
 「シンジの本名が碇シンジというのは分かったわ。それじゃあ、シンジの使徒としての名前は何というの?」
 「ルシフェル。19番目の使徒ルシフェル、それが僕のもう一つの名前」
 「ルシフェル!?神と同等の幻想種だったの!?」
 「自称だけどね。それにこの名前は戒めの意味もあってそう名乗っているんだ。僕の心は人間のままだから、力に溺れたら、ルシファーになっちゃうんだよ。だから、ルシフェルと名乗る事にしたんだ」
 シンジの独白に、凛とイリヤは真剣な表情で考え込む。シンジの言葉が事実だとすれば、一度、この世界は滅んで、再構成された事になるのだ。魔術師として興味を惹かれるのも仕方ない事であった。
そんな2人を『仕方ないなあ』という感じで眺めるシンジ。
 「マスター、俺も聞きたい事がある。マスターと契約してから、俺の中に大量の力が流れ込んできている。本来の能力を、無理矢理押し上げるほどの大きな力がな。これもマスターがルシフェルである事に関係しているのか?」
 「多分ね。使徒はS2機関と呼ばれる、永久機関を持っている。その力の一部がランサーへ流れ込んでいるんだと思うよ」
 シンジの説明に、ランサーが納得したように頷いている。
 「でも今の僕は、ほとんど力を使えない。因果律への干渉は、世界を上書きするという事。でも上書きされた世界は、維持する必要があるんだ。だいたい5年ぐらいは力を注ぎ続けて、安定させる必要がある。そのおかげで、今の僕はほとんど役立たずなんだよ」
 「そうなのか?それにしたって、俺の力を底上げするほど大きな力が流れてきているじゃないか」
 「今は多少、余裕があるからだと思う。僕の力を例えるなら、短距離走と長距離走の違いなんだ。世界を上書きする時は瞬間的に莫大な力を使って、維持する時には時間をかけて力を使い続けていくんだ」
 「全力で突っ走ってる訳じゃないから、力に余力がある。その余力を俺との契約や、さっきのATフィールドへ回しているという訳か」
 ランサーの言葉に、シンジが頷く。そんなシンジに、今度は士郎が声をかけた。
 「シンジ、お前の昔の知り合いは、その事を知ってるのか?特にNERVの人達は、どうなんだ?」
 「知らないよ。だって僕は4歳で死んだ事になってるから。父さんも、ミサトさんも、リツコさんも、冬月副司令も、みんな僕は4歳で死んだと思い込んでる。だから誰も僕を知らない」
 「それじゃあ、加持さんはどうなんだ?」
 「加持さんは例外。あの人は、自力で矛盾に気づいちゃった例外なんだよ」
 その言葉に、凛とイリヤが顔を上げた。
 「NERVも綺麗事だけで運営できた訳じゃない。パイロットである僕が知らない所で、非合法な事もしていた。それに従事していたのが加持さんだった」
 「あの人が?非合法活動に従事?」
 「そうだよ。その非合法活動の内容と、僕の上書きした世界が矛盾していた事に気付いたから、あの人は例外になってしまったんだ」
 残っていた紅茶を、シンジが一気に飲み干す。すっかり冷めてしまった紅茶だったが、秘密を口にできたせいか、今のシンジにとっては奇妙にも美味しく感じられた。
 そんなシンジに、士郎が声をかけた。
 「なあ、シンジ。まだ自殺したいと思っているか?」
 「・・・うん。綾波には悪いけど、僕の決めた事に変わりは無いよ」
 「何でだ?どうして、そこまで自分を追い詰めるんだ?」
 シンジは静かにソファーから立ちあがると、窓際に移動した。窓からは、寒くても清冽な光景を眺める事ができた。
 「僕が自分自身を許せないから。碇シンジという存在その物が罪だから。僕はこの世に生まれてきてはいけない命だったから」
 「・・・マスターが惚れた女を生かす為に、自分を追い詰めているのは俺も知っているさ。俺もそこまでどうこう言うつもりはねえ。マスターがどんな経験をしてきたかは俺もよく分からねえが、もし俺が惚れた女の命と、自分の命を天秤にかけたら、間違いなくマスターと同じ判断をするだろうからな」
 「ランサー・・・」
 ランサーの言葉に、他の3人が程度の差はあっても、反応を見せた。
 「だがよ、本当にそれでいいのか?マスターが死んだら、絶対にマスターの中にいる嬢ちゃんは悲しむぞ。あの嬢ちゃんの為に、生きていくべきなんじゃねえのか?」
 「・・・そうだね、綾波は僕を大切に想ってくれている。それは事実だし、僕も嬉しいと思っている。でも僕は・・・」
 窓から遠くの空―第3新東京市の方向を眺めるシンジ。
 「・・・少し喋りすぎたね。イリヤもつれて、士郎の家に戻ろう。まだ聖杯戦争は終わってないし、セイバーとアーチャーを取り返さないといけないからね」

サーヴァント・ステータス
クラス:バーサーカー
マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
真名:ヘラクレス
性格:混沌・狂
身長:253cm 体重311kg
特技:強化している為無し
好きな物:強化している為無し
苦手な物:強化している為無し
天敵:ギルガメッシュ
筋力:A+  魔力:A 耐久力:A 幸運:B 敏捷:A 宝具:A

クラススキル
狂化:B パラメーター全てが1ずつアップ。だが理性の大半を奪われる。

保有スキル
戦闘続行:A 瀕死の傷でも戦い続け、決定的な致命傷を負わない限り行き延びる。
心眼(偽):B 直感・第六感による危険回避。
勇猛:A+ 精神干渉を妨げる好きる。本来は格闘能力を向上させるスキルだが、狂化の効果が強すぎて、能力を発揮できない状態。
神性:A 主神ゼウスの子であり、死後に神々の列に加えられたヘラクレスは、最高の神霊適正を持つ。

宝具 
十二の試練ゴッド・ハンド:B 対人宝具
射殺す百頭ナイン・ライブズ:A+ 対人宝具(暁の堕天使用にランクと種別だけ設定)



To be continued...
(2011.03.19 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回のテーマは『バーサーカー逝く』です。原作UBWルートでは、イリヤが逝ってしまう訳ですが、イリヤには生き延びて戴きました。しかし、良く考えるとギルガメッシュの行動は、大きなお世話以外の何物でもありませんw
 あともう1つのテーマとして、レイの再登場があります。赤い世界でシンジが取りこんだ世界中の人間の悪意(=ギルガメッシュの言う所の罪の土)を、レイが眠りに着かせていました。シンジ1人でもギリギリ何とかなるんですが、だからと言ってレイが手を出さない訳がありません。少しでもシンジの力になりたい、という純粋な想いから、レイは行動している、という設定です。
 話は変わって次回ですが、また大きく2つに分かれます。
 1つはキャスター陣営とシンジや士郎達の戦闘。
 もう1つはルヴィアが巻き込まれる事になるアクシデントです。
 遂に本編も折り返し地点に辿り着きました。これからも頑張りますので、最後までお付き合いください。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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