暁の堕天使

聖杯戦争編

第八話

presented by 紫雲様


2月8日、未明―
 太陽が姿を見せるまで、まだ数時間という時間が必要な時刻。人気のない繁華街を、1人の少女が全力で走っていた。
 青いドレスの裾と、縦ロールの金髪を振り乱しながら全力で走る少女。その名はルヴィアゼリッタ=エーデルフェルト。時計塔から選抜された聖杯戦争の参加者であり、アサシンこと佐々木小次郎のマスターである。
 だが、その傍らに、彼女に忠実な侍の姿は無かった。
 夜闇の中を1人で走るその姿からは、普段の勝気で高貴な雰囲気は微塵も感じられなかった。代わりに感じられるのは、焦りと悔しさである。
 (・・・チャンスは1度。それに失敗したら、私は殺されると思った方が良い・・・今はまだ、耐える時・・・)
 彼女の脳裏に浮かぶのは、忠実な侍。その最後の姿だった。
 
いつもの様に夜の街をアサシンとともに歩いていたルヴィアは、まだそれほど目立っていない失踪者の調査を行っていたのである。
 無論、聖杯戦争を無視している訳ではない。
 ただセイバーとアーチャーを支配下に収めたキャスターを相手取るには、あまりにも戦力が足りなかった。そういう意味ではシンジ達の同盟案は渡りに船だったのだが、生来の貴族気質が災いして、素直に受取れなかったというのが真相である。
 (まあ私達が駄目だからと言って、神風を仕掛けるほど愚か者ではなさそうですし、順当に判断すれば、バーサーカーを味方につけるよう交渉するでしょうね。それなら、その結果をみてから、私達の行動を判断すれば良いわ)
 どうせ売るなら、高い価値で売ってあげましょう。それがルヴィアの判断であった。いずれはキャスター討伐の為、手を組まねばならないのは事実。だがどうせなら、主導権を取っておきたいというのが本音であった。
 その間、やる事が無かった彼女は、持ち前の貴族の責務ノブリスオブルージュを発揮し、失踪者を弔うべく、事態の究明に乗り出したのである。
 日中はロイヤルスイートから使い魔を飛ばして失踪者の痕跡を探す事に専念し、深夜からは実際に街へ出て、事件を未然に防ごうとしていた。
 そんな彼女だったからこそ、目の前に現れた人物にはすぐに気が付いた。
 身長は小柄、老人らしく杖をついて、背中を曲げている。日本特有の着物に身を包み、外見だけなら好々爺と言って良いかもしれない。
 だが決定的なまでに、その老人は『死』の気配を漂わせていた。
 同時に、その体から放たれる、濃厚な魔力の気配。
 彼女は一流と言って良い魔術師ではあるが、彼女ほどの力量が無くても、老人が魔術師であると気づくのは容易いことであった。
 「このような夜更けに出歩くとは、あまり感心できぬのう」
 「・・・何者ですか、貴方は」
 「ほっほっほ。人に名を尋ねる時は、まずは自分から名乗るのが礼儀というものだが、まあ良かろう。儂は間桐臓硯、聖杯戦争御三家の1つ、間桐家の当主よ」
 ルヴィアが左足を半歩後ろに引き、魔術刻印を稼働させる。
 「・・・私はルヴィアゼリッタ=エーデルフェルトと申します。聖杯戦争参加者でない貴方が、私に何の用事ですか?偶然、等という言い訳は通じませんわよ」
 「ほっほっほ。これはまた元気なお嬢さんじゃな。まあいい、それぐらい元気な方が、儂にとっても都合が良」
 「コジロウ!攻撃しなさい!」
 自らの勘に従い、ルヴィアがアサシンに命令を下す。同時に現れたアサシンが、即座に鋭い一撃を臓硯目がけて放つ。
 物干竿の刃は、臓硯に一切の抵抗を許す事無く、その胴体を両断する。だが
 「紛い者にしては、やるのう?儂でなければ死んでおったわ」
 「こ、この化け物が!」
 胴体を両断されてなお、平気な臓硯。その姿に生理的な嫌悪を感じたルヴィアが、咄嗟に宝石魔術を放つ。
 選んだのはルビー。炎を象徴する、真紅の石。
 瞬く間に炎の中に飲まれていく臓硯。だが炎の中で、老人は笑い続けていた。
 「そう、怖がることはない。儂と1つになれば、そのような瑣末な動揺に煩わされる事もなくなるのだからな」
 「お断りします!コジロウ!・・・コジロウ!?」
 彼女を守る忠実な侍が、膝を地につけていた。
 一体、何が起きたのか?
 その疑問の答えに、彼女はすぐに気が付いた。
 「コジロウ!剣を手放しなさい!」
 「マスター、どうやら手遅れのようだ。まさか剣から侵食されるとは、夢にも思わなんだわ・・・」
 「ほっほっほ。他のサーヴァントならともかく、お主のような紛い者であれば、やりようによっては手を出せるのじゃよ」
 「貴方、コジロウに何をしたのです!」
 左手にガンド、右手に宝石を準備したルヴィア。それに対し臓硯は、さも、面白そうに応えた。
 「何、紛い者を正規のサーヴァントに再召喚し直すだけじゃ。材料は、そこの紛い者。呼び出されるは正規のアサシン、ハサン・サッバーハじゃよ」
 「コジロウ、しっかりしなさい!」
 「無駄じゃよ。これでも御三家の1つ。馬鹿正直な遠坂と違い、儂やアインツベルンは常に聖杯戦争のシステムの裏をかこうとしてきた。その長年の研究の成果を、何の準備もなく覆せると思ったか?」
 悔しさに歯噛みするルヴィア。そんな彼女に、コジロウが声をかける。
 「・・・マスター、どうやら、これ以上の忠義は尽くせぬようだ」
 「コジロウ!」
 「せめてマスターが逃げるぐらいの時間は稼ぐ。ランサーの主を頼れ、あの少年は信用できる。行け、マスター」
 全身を細かく震わせながら、それでも意地だけでコジロウが愛刀を構える。その姿に、ルヴィアは決断した。
 「コジロウ!貴方の無念、必ず晴らして見せます!」
 「・・・承知・・・グブッ!」
 コジロウの腹部から、つき出る影。それは人の手の形をしていた。
 そのおぞましい光景をルヴィアは脳裏に焼き付けると、その場から踵を返す。
 「ほっほっほ。好きなだけ逃げると良い。追いかけるのもまた一興じゃからの、なあ、アサシン」
 その左腕から令呪が消えていく痛みを感じながら、ルヴィアは夜の街を走りだした。

 臓硯との接触から、すでに10分が経過していた。
 相手は気配を消すことに長けたアサシン。その身体的特徴は、ランサーに伍するほどの敏捷性にある事を、ルヴィアは察していた。
 それほどの相手である以上、ルヴィアは自分がアサシンに捕捉されていると、断言できるほどの確信をもっていた。
 ならばアサシンが自分を攻撃してこないのは何故か?その答えは、間違いなく『余裕』だろうと推測した。猫が捕えたネズミをいたぶる様に、自分を玩具にして遊んでいるのだろうと。
 振り切るのは不可能。迎撃して倒すのは不可能ではないかもしれないが、宝具を出された時点でアウト。いくら正面きっての戦闘が苦手なアサシンとは言っても、護身術程度にしか白兵戦闘技術を習得していないルヴィアが相手なら、余裕で圧倒できる。
 逃げも迎撃も不可能であれば、せめて互角の勝負を挑む事はできないか?必死で知恵をめぐらした彼女は、手持ちの宝石のストックを再検証しながら、策が実行可能であると決断を下していた。
 あとは策を実行に移す場所である。
 その為の場所には、心当たりがあった。場所も現在地から比較的近い。何よりアサシンに追撃を断念させる為に、必要な条件を満たしていた。
 残る体力を振り絞り、その地点へと必死で走る。
 (・・・着いた!)
 彼女が辿り着いたのは、冬木大橋であった。真下には川が流れる、鉄橋である。
 「・・・アサシン、姿を見せなさい。せめて叶わぬまでも、一矢ぐらいは報いてあげますわ」
 両手に握りしめるのは、炎を秘めたルビーと、雷光を秘めたエメラルド。それがありったけ、握られていた。
 「・・・安心するがいい。魔術師殿は、生きたそなたが必要なのだ。命までは奪わん」
 その声と同時に、ルヴィアは行動を起こした。自分の前方と後方に、それぞれ右手と左手に握られていた宝石を叩きつける。
 夜の静寂を切り裂くかのように、桁外れの爆炎と無数の雷光が煌く。気配遮断の能力に頼る事で、現界化していたアサシンは、夜の暗さに慣れた視界にはきつ過ぎるほどの閃光を直視し、その耳には轟音を叩きつけられていた。
 強力な目くらましを食らい、アサシンが気配遮断を使う事も忘れて姿を現す。だがルヴィアはそこで追撃を仕掛けるような愚は犯さなかった。
 口に大気の力を宿したアメジストを放り込み、胸元に1つだけ残しておいた小さいルビーを入れると、彼女は強化の魔術を発動させながら、真冬の川へと飛び込んだ。ボチャンという水音が響く。
 アサシンが視覚と聴覚を取り戻した時、ルヴィアはすでに姿を消していた。アサシンもすぐにルヴィアの逃走経路が川にある事を察し、追撃に入ろうとする。
 だが夜の静寂を破るほどの爆発が、野次馬や警察と言った一般人を招き寄せていた。
 仕方なく、霊体化して姿を消すアサシン。
 (・・・あの娘、人払いの結界を敢えて張らなかったという訳か。このまま追撃もできなくもないが、いつまでも川を泳いでいるとも思えん。ならば手近なところで陸に上がり逃走を再開するはず。魔術師とはいえ、その体は人間の物。人間の常識からは逃れられんだろう)
 だからアサシンは夢にも思わなかった。
 ルヴィアが小さなルビーで熱源を確保し、アメジストで酸素を確保し、強化の魔術で冷たい川底を潜水したまま遥か下流まで移動するという、強攻策を採っていた事に。

同時刻、衛宮邸―
 アインツベルン城から帰ってきた一行は、キャスター討伐の為の策を練っていた。本来ならばコジロウと再交渉した方が良いのは、全員が理解している。だからこそ、ルヴィアと再交渉すべきだという意見も出たのだが、それはイリヤによって覆されていた。
『アサシンの気配が変わったわ。今のアサシンは、あの侍じゃない。恐らく、正規のアサシン、ハサンが再召喚されたのよ』
聖杯の器であるイリヤにしてみれば、サーヴァントの現状を知る事など、容易い事であった。
結局、イリヤの意見を尊重し、一行はサーヴァントがランサーのみという現状のまま、キャスター打倒に乗り出さざるを得なくなったのである。
魔術師としてはもっとも経験の深い凛の意見を尊重した結果、ランサーとシンジのコンビにイリヤが同行してアーチャーとセイバーを足止めし、士郎が葛木を、凛がキャスターと戦うと言う事で落ち着いた。
S2機関のおかげで力が底上げされ、なおかつ苦境に陥るほど実力を発揮するランサーはともかく、士郎と葛木、凛とキャスターという組み合わせには激しい反発もあった。
だが『キャスターと1対1になれば絶対に勝てる』という凛の主張には、結局、誰も抗弁しきれなかったのである。
そして誰もが寝静まった時間、衛宮邸にはまだ灯りが点いていた。
それは庭の片隅にある土蔵である。
「・・・創造の理念を鑑定し・・・基本となる骨子を想定し・・・構成された材質を複製し・・・製作に及ぶ技術を模倣し・・・成長に至る経験に共感し・・・蓄積された年月を再現し・・・あらゆる工程を凌駕しつくし・・・」
両の手に干将・莫耶を作り出す。作っては消し、作っては消しを、何度も何度も繰り返していた。
彼の目的は、今の彼にとって唯一の武器足りえる双剣の再現の精度と、速度を高める事にあった。彼が相対する宗一郎は、自ら「殺人者」を自称し、初見とは言えセイバーを圧倒するほどの実力を持っていたのである。
そんな男に、見習い以下の力量しか持たない士郎が戦いを挑むのだから、いくら準備をしても、十分とは言えなかった。だからこそ、士郎は自分にできる唯一の力を磨こうとしていたのである。
「夜遅くまで頑張るな。少しは休んだらどうだい?」
「・・・いつのまに入ってきたんだ?というのは野暮か」
「いや、悪い悪い。俺は俺で動く事があってね。シンジ君からの頼まれ物の調達とか、情報集めとか忙しいんだよ。特に情報というのは、普段からアンテナを張っておかないといけないものなんだ。それはそうと、シンジ君から話は聞いたよ。士郎君、君、あの男と戦うそうじゃないか、それもサシで」
加持がごく普通に土蔵に足を踏み入れる。次の瞬間、士郎の喉元に、手刀の切っ先が突きつけられていた。
「油断してはいけないな。『蛇』の拳は俺よりも鋭く悪辣だ。この程度に対応できないようでは、命を落とすぞ?」
「もしかして、葛木先生の事を知ってるのか!?」
「職業柄、噂話程度にはね。拙い真似事でよければ、スパーリング相手を務めても構わないが、やってみるかい?」
その言葉に頷いた士郎は、加持とともに道場へ姿を消した。

衛宮邸、朝―
 「・・・おはよー・・・えみやくん・・・」
 「おはよう、遠坂さん」
 食堂に入ってきたのは、猫柄パジャマ姿の凛であった。寝起きらしく、黒い髪の毛は寝癖がついて、あちこちに飛び跳ねている。加えて、まだ寝ぼけているのかパジャマの前が少しはだけたままであった。
 そんな彼女の姿に、肩を竦めるシンジ。だが当の本人はと言えば、まだ寝起きでそこまで頭が回らない。シンジに手渡されたコップを無視して、紙パックから直接、牛乳をラッパ飲みするほどである。そんな彼女に苦笑しながら、シンジはコップを棚に戻すと、朝食の支度に向き直った。
 士郎手製の糠床からキュウリを取り出し、リズミカルに切っていく。
 その小刻みな音が刺激となり、徐々に意識をはっきりさせていく凛。
 「おはよう、嬢ちゃん。いや朝から漢前だな」
 目の前に現れたランサーの一言で、完全に覚醒する。
 普段、この時間に食堂にいるのは、家の主である士郎の役目。だからこそ、彼女はいつも通り士郎が立っていると思い込んでいた。
 「○▲□★×!」
 悲鳴にならない悲鳴とともに洗面所へ駈け込む凛。シャワーを浴びて、身だしなみを整えた彼女が戻ってきた時には、ランサーがわざとらしく手を挙げて2度目の挨拶をしていた。
 「・・・言峰君、さっき見たのは忘れなさい」
 「ああ、さっきのアレ?」
 「忘れなさいと言ってるでしょ!」
 魔術刻印を発動させる凛に、味噌汁の味見をしながらシンジが返す。
 「気にしなくて良いよ。あんなの平気だから」
 「ほう?マスター、それは問題発言じゃねえかい?」
 「第3にいた頃の同居人はもっと酷かったよ。保護者は黒のシルクの下着姿で室内を闊歩してるし、もう一人はバスタオル巻いただけで台所に入ってきたからね。もう慣れちゃったよ」
 「おいおい、マスター。それは羨ましい状況じゃねえか!」
 何故か独りポツンとおいていかれた感のある凛。そんな彼女を無視して、主従の会話は続く。
 「2人とも酷かったよ。男の僕に下着まで洗わせるんだから。特に保護者は整理整頓が全く駄目でね、最初にお邪魔した時には、目を疑ったよ」
 「マスターに下着を洗わせてた?幾らなんでも慎みってものが足りないんじゃねえのか?」
 「ん・・・多分、僕が男として見られていなかったせいだろうね。その点、遠坂さんはちゃんとパジャマ着てたし、下着も自分で洗っているんだから、十分に凄いと思うよ・・・ランサー、お味噌汁の味見してみて」
 「俺で良いのか?どれ・・・ああ、この味は俺好みだな」
 「よし、じゃあ他の副菜を作ってる間に、イリヤを起こしてきてよ」
 了解、と言いながらイリヤの部屋へ向かうランサー。その姿を見送りながら、凛がボソッと呟いた。
 「・・・女として当たり前の事で褒められても、嬉しくないわよ・・・」
 1人、やり場のない怒りを抱える凛であった。

イリヤが起きてくると、既に士郎と加持を除く全員が居間に集まっていた。
「ねえ、士郎は?」
「ああ、まだ寝てるよ。明るくなるまで修行してたみたいだから、眠らせておいてあげて」
「・・・あの馬鹿、一体、何考えてるのよ・・・」
教会へ乗り込もうと言うその日に、徹夜してどうするんだ、と不満を露にする凛。そんな彼女をシンジがとりなす。
「士郎ね、加持さんを葛木先生に見立てて、模擬戦闘してたんだよ」
「あの人、そんな事もできたの?」
「真似ごとぐらいならできるんだってさ。だから加持さんも、士郎にお付き合いして朝寝坊中という訳」
ふーん、と頷く凛。そこへイリヤの当然の疑問がでる。
「加持さんて、誰の事?」
「僕のお兄さんみたいな人だよ。興味あるなら、あとで客間を覗いてごらん。加持さん、そこで寝てるから」
「そうね、あとで挨拶ぐらいはしたいわ」
再び食事に戻るイリヤ。
全員が食べ終え、思い思いに時間を潰す。そこへ士郎と加持が起きてきた。
「おはよう」
「おはよう。朝食作っておいたから」
「ああ、ありがとう」
手早く食事を摂る2人。食べ終えた頃には、時計の針は10時を指していた。
「それで、士郎。調子の方は?」
シンジの問いかけに、士郎がサムズアップで応える。向かいに座っていた加持も、太鼓判でも押すかのように、大きく頷いて見せた。
「それなら準備は万全ね。それじゃあ作戦通り、いくわよ」
凛の言葉に全員が頷いた。

教会、正面入り口―
 その日、キャスターと主従の契約を交わしたアーチャーは、周囲の警戒という役目を真面目にこなしていた。
 だから、正面から姿を現した敵の姿にも、慌てる事無く反応した。
 「まさか正面突破で来るとはな。ランサー、正気か?」
 「当たり前だろうが。一戦士としての力量で言えば、俺はお前よりも上だ。小細工なんて必要ねえ。邪魔をするなら、ぶちのめして通らせて貰うぜ」
 「・・・これは君の指示か?ランサーのマスターよ」
 シンジが黙って頷く。その隣には、守護者を失ったイリヤも立っていた。
 「アーチャーさん、僕達を確実に倒すつもりなら、キャスターさんにセイバーさんもここに回すように伝えて。貴方を侮辱する訳じゃないけど、貴方一人では本気になったランサーは止められない」
 「ふむ。だが残念な事に、セイバーはここへは来られん。あれは2日に渡って、令呪の制約に抗っているのだからな」
 ニヤリと笑って答えるアーチャー。そんなアーチャーに対し、ランサーが愛槍を構え、戦闘態勢に入る。
 「マスター、こいつ1人なら問題ねえ。ここは俺に任せて先に行け」
 「うん、甘えさせてもらうね。だからランサー、僕からも言っておくよ」
 シンジが笑顔で言葉を続ける。
 「ランサーは最強の戦士だよ。じゃあ、先に行くね」
 イリヤとともに、シンジが歩き慣れた敷地内を駆けていく。その後姿を見送りながら、アーチャーがポツリと呟いた。
 「そこまで自らのサーヴァントを信用するか。盲信ではなく、信頼。君にとっては何よりの報酬だな、クー・フーリンよ」
 「全くだ。それじゃあ、そろそろ始めるか。学校での続きをな!」
 「・・・I am the bone of my sword・・・」
 魔槍と双剣とが、正面からぶつかった。

教会内部―
 シンジ達がアーチャーと戦闘を始める少し前、士郎と凛の2人は、外人墓地の一画にいた。
 目的は唯1つ。墓地に隠された隠し通路を通っての奇襲攻撃である。
 以前、綺礼から教えられていた通路を凛が先導しながら駆け抜ける。
 そして着いた先は、礼拝堂であった。
 「・・・着いたわね。まずはセイバーを捜さないと・・・」
 「その必要は無いわ」
 身構える2人の視線の先。そこにはローブ姿のキャスターと、無表情の葛木が立っている。そして、その足元に広がっている、金色の髪の毛―
 「セイバー!」
 「本当に強情な娘ね。幾ら対魔術能力の高いセイバーとは言え、2日に渡って令呪の拘束に抗うなんて、正直、甘く見過ぎていたわ」
 思わず士郎がセイバーに駆け寄ろうとする。だが、前に踏み出した宗一郎の威圧感に、足を止めざるを得ない。
 「さて、坊や達は何をしにここへ来たのかしら?一応、分かってはいるつもりだけど、本気で私達と戦うつもりなのかしら?」
 「ええ、そのつもりよ。キャスターも、葛木も、両方倒す。そしてアーチャーとセイバーを返して貰うわ」
 「元気の良いお嬢さんね。いいわ、相手をしてあげる・・・宗一郎様」
 うむ、と返事をするなり、独特の歩法で間合いを詰める宗一郎。その前に双剣を作り出した士郎が飛び出て、凛への接近を防ぐ。
 キャスターの魔術で強化された『蛇』独特の拳が、死角から士郎目がけて放たれる。だがそれをかろうじてとは言え、士郎は双剣をもって全て防いで見せた。
 「・・・ほう。今のを受け止めたか。ならば」
 今度は両手を背中に回し、士郎目がけて同時に両の拳を襲いかからせる。士郎はそれを敢えて受けようとはせずに、後ろへ飛び退くと同時に双剣を鳩尾の辺りで交差させる。そこへタイミング良く、宗一郎の放った前蹴りが鈍い音を立ててぶつかっていた。
 「よく見極めたな。褒めておくぞ、衛宮」
 「こっちは加持さんに頼んで、徹底的に相手をして貰ったからな。さすがに本家本元のアンタの方が恐ろしいけど、『蛇』の攻撃の要が『奇襲』にある事だけは理解できたよ」
 「そうか」
 前蹴りを放った体勢から、そのまま強引に蹴り飛ばそうと力を込める宗一郎。だが何かに気付いたのか、咄嗟に後ろへ飛び退いた。
 「・・・気付かれたか」
 「・・・それも加持の仕込みか?衛宮」
 「正解。『蛇』の攻撃の要が『奇襲』だと口にすれば、アンタの事だから、間違いなく正攻法や力技で押してくる。だから罠を仕掛けてやれ、そう教えられたよ」
 士郎の仕掛けた罠は単純。蹴りを受け止めていた双剣の刃を、こっそり立てておいただけである。強引に攻めれば、葛木は足をザックリ斬っていた筈であった。
 「だが、そこまで口にすべきではなかったな」
 「いや、口にしてやれ、そう言ってたよ。そうする事で、俺は俺の役目を果たしやすくなるんだからな!」
 一転して攻勢に転じる士郎。双剣の攻撃範囲から逃れつつ、峰に拳をあてる事で、士郎の体勢を崩そうとする宗一郎。それを読んだ上で、もう片方の刃をもって、士郎が反撃を牽制する。
 宗一郎は士郎と比較すれば、戦闘経験も戦闘技術もはるかに上に位置する。まともにやり合えば、宗一郎の勝利は揺るぎない。だがその攻め手は、どことなく精彩を欠いていた。
 宗一郎の脳裏には、加持の影がちらついていた。加持が士郎達に肩入れしているのは明白である。だからこそ、宗一郎は警戒していた。
 『加持の仕掛けた罠は、本当にそれだけか?』
 すでに加持は、『蛇』の攻撃の要は『奇襲』だという言葉を士郎に使わせて、罠を仕掛けさせているのである。幸い、それに引っかかる事はなかったが、もう罠が無いとは誰にも保証できない。
 事実、士郎はこう口にしている。『口にしてやれ、そう言ってたよ』と。
 その言葉が宗一郎の動きを、じわじわと束縛していた。
 宗一郎は知らない。加持の仕掛けた罠は『疑心暗鬼』。いかにも罠があると匂わせる事で、宗一郎に過剰な用心をさせ、攻撃の手を鈍らせる。それが狙いであり、本当は何もない、はったりである事に。
 (だが俺の本領は『攻め』にある。暗殺者である以上、それは紛れもない事実。ならば攻めに転じるしかない)
 そう考えた宗一郎は多少のダメージは覚悟の上で、強引に攻めに転じる。干将の刃が、宗一郎の左腕を切り裂く代わりに、右の拳が士郎の鳩尾を捉える。
 まるで吸い込まれていくような光景に『殺った』と確信する宗一郎。だが不自然なまでの速さで、莫耶が防御に回り、宗一郎の拳を防いだ。
 「・・・衛宮、今の防御は何だ?明らかに速さが、いや、質が変化していた」
 「憑依経験。武器の持ち主の技量を再現する、投影の工程の1つ」
 士郎の双剣に速さではなく、巧みさが加味される。それは駆け引きに長けた老練な技の集大成。
 本気で戦わざるを得ない事を理解した宗一郎は、改めて構えを取り直した。
 そんな善戦を繰り広げる士郎を横目に、凛もまた激戦を繰り広げていた。
 敵は聖杯戦争最高の魔術適性を与えられるキャスター。しかも、その実力は神代の時代の魔術を平然と再現するほどの実力者である。
 当然、まともに正面からぶつかっては、凛に勝ち目などある訳が無い。
 「Acht!」
 手持ちの宝石を正面から投げつける凛。それを笑いながら、キャスターが平然と押し返す。
 逆流してきた力の奔流。それへ凛が宝石で更なる圧力を加える。
 「Sieben Sechs Ein Flus,ein Halt!」
 異様なまでに膨れ上がった力の塊。それが再びキャスターに牙をむく。だがキャスターは平然と右手を横へ振った。同時に、牙をむいていた力の塊が、何の前触れも無く、きれいさっぱり消え去っていた。
 「宝石へ蓄えた魔力によるバックアップ。確かに有効な手段ね。いかにも格下らしい、姑息な手段。でも神代の魔術を防いだ事だけは褒めてあげるわよ、お嬢さん」
 「あいにくだけど、貴女の戯言に付き合う趣味は無いの。今は西暦2017年なのよ?御年4桁に及ぶオバサマには、そろそろ舞台から降りて戴きたいのですけど?」
 自ら仕掛けた嘲弄を、更なる嘲弄で返されたキャスターが、頬を引き攣らせる。
 「良いでしょう、セイバーともども、厳しく躾し直して差し上げます!」
 「そういうセリフがオバサンなんだって自覚しなさいよね!」
 神代の魔術師と、現代の魔術師の闘争は、更なる激化の一途を辿っていた。

教会、正面入り口―
 ランサーの猛攻に、アーチャーは明らかに苦戦を強いられていた。
 初めて穂群原学園で相まみえた際、ランサーには令呪の拘束があり、その持てる力の全てを発揮できなかったという経緯がある。
 だが今は違っていた。
 その持てる力の全てを、思う存分、発揮していた。
 風を切り裂きながら突きこまれてくる魔槍。線の攻撃である斬撃と違い、点の攻撃である刺突は、防御する側にとってこれほど怖い物は無い。ましてや、その全てが致命傷を持つとあれば、尚更である。
 だからアーチャーは、決断せざるを得なかった。
 ワザと構えに隙を作り、致命傷にならない小さい傷と引き換えに、ランサーの攻撃選択肢を絞らせるという手段を採る事を。
 今のアーチャーは、全身に無数の傷を作っていた。彼我の戦士としての実力差があるのは、アーチャーも承知の上。だから、ランサーの真名による相克すらも利用していた。
 アーチャーの手に握られた武器は、双剣が壊された時に、カラドボルグと呼ばれる魔剣に変更されていた。ゲイボルグを所有する者は、カラドボルグを所有する者に対して、一度は譲らねばならない、という伝承を利用したのである。
 本来のケルト神話において、カラドボルグの所有者フェルディアは、この伝承によりクー・フーリンに一度だけ勝利を譲られているのである。だからこそ、その伝承にアーチャーは賭けたのだった。
 だが、事はそう上手くは進まなかった。
 ランサーの戦闘意欲が高いせいか、ランサーに手を止める気配が無いのである。それでも伝承による相克が多少は効き目があるのか、ランサーもどこか本調子ではなさそうであった。
 「・・・アーチャー、てめえは何者だ?そのカラドボルグ、最初は偽物かと思った。お前はフェルディアじゃねえからな。だが俺の体に、カラドボルグに対する制約が働いていやがる。そんな事、カラドボルグが本物でない限り、ありえねえ」
 「私がその問いに答える義理は無いと思うがね。まあこうして君を足止めし続けるのが私の役目なのだから、君が時間を潰してくれるというのなら、幸いだがな」
 「ふざけんじゃねえ!てめえ、あの嬢ちゃんのサーヴァントなんだろうが!どうしてキャスターなんぞに尻尾を振りやがった!」
 その怒りの籠った問いに、アーチャーはあくまでも冷静に返す。
 「それが最善手だからだ。私はしょせん、しがなきただの弓兵。故に己が敗北を悟り、凛の元を離れたにすぎない」
 「最善・・・だと?ふざけるな!てめえには英雄としての誇りがねえのか!」
 「誇り?そんな物、持ち合わせておらぬ。私に言わせれば、誇りを大事にするあまり、冷徹な思考を失い正気を逃す、そんな君達の方が馬鹿げて見える。だから、ランサーよ」
 アーチャーが、心の底から軽蔑したような笑みを浮かべる。その顔は、徹底的に現実を見据える、冷酷な現実主義者の顔だった。
 「そんなもの、そこらの狗にでも食わしてしまえ」
 「貴様、今、狗と言ったな?」
 ランサーが愛槍をギリッと握りしめる。
 「事実だ、ホリンの犬。英雄の誇りなど、今のうちに捨ててしまえ」
 「・・・その傲慢、俺達の誇りを侮辱した罪、今、この場で償って貰う」
 ランサーが大きく後ろへ飛び退る。ランサーとアーチャーの距離は、約50メートル。白兵戦を挑むにはあまりにも遠い距離。
 「今からこいつの真の力を見せてやる!手向けとして受け取るがいい!」
 ランサーが空高く跳躍する。その右手に、担ぐように愛槍を構える。それが意味する物に気付いたアーチャーは、カラドボルグを消し去った。
 「I am the bone of my sword」
 アーチャーの右手に、魔力が集まっていく。
 「躱せるものなら躱してみろ!突き穿つ死翔の槍ゲイボルグ!」
 真名解放により、神話本来の姿を取り戻したゲイボルグが、アーチャー目がけて襲いかかる。
 「・・・これがゲイボルグ。放てば必ず心臓を穿つ、呪われた槍の真の姿・・・」
 アーチャーへ放った、最強の攻撃に必勝を確信するランサー。だが、その視界に信じられない物が映った。
 ゲイボルグを食い止める、花弁の如き七枚の守り。
 「馬鹿な!熾天覆う七つの円環ロー・アイアスだと!トロイア戦争において英雄ヘクトールの投擲を防いだアイアスの盾!投擲に対しては無敵とされ、その花弁の一枚が古の城壁に匹敵する究極の防壁!何でそんな物をアイツが!」
 一瞬、言葉を失うランサー。だが己の放った愛槍に目を向け、すぐに気を取り直す。
 「だが、それでも槍は止まらない!」
 甲高い音を立てて、花弁が次々に砕け散っていく。
 「ぬ・・・ぬあああああああああああああ!」
 アーチャーが全身の魔力を振り絞り、花弁に全ての力を回す。花弁の残りは、あと1枚。
 「最後の花弁が散った時、それが貴様の最後だ、アーチャー」
 砕け散る最後の花弁。激しい閃光が止んだ後、そこには右肩をゲイボルグによって貫かれたアーチャーの姿があった。
 「まさか・・・アイアスを突破されるとはな・・・」
 「貴様、何者だ。弓兵風情が俺の槍を凌ぐ盾を持つなど、聞いた事が無い」
 「場合によっては持つだろうよ。だがその盾も破壊され、魔力の大半を失い、右腕は全く使い物にならん。だが」
 アーチャーの視線は、ランサーの手元に注がれている。あれほどの破壊力を生み出しながらも、ランサーには疲労の影はほとんど見受けられない。
 それもまたゲイボルグの特性。最小限の魔力効率で敵の心臓を狙い撃つ、継戦能力に優れた宝具ゲイボルグだからこそ、ランサーはその気になればもう一撃、最強攻撃をアーチャーへ叩きこむ余裕を持っていた。
 「この状況は私の敗北だな。幸い、我が主殿も、どうやらお忙しいらしい」
 「・・・何を考えていやがる」
 「時が来た。そういう事だ、ランサー」
 
教会内部―
 シンジとイリヤが教会の礼拝堂へ辿り着いた時、戦いは頂点に差し掛かっていた。
 士郎は宗一郎と互角の戦いを行い、完全に宗一郎を足止めしている。
 そして凛は、宝石を取り出した。
 「Funf,Drei,Vier!Der Riese und brennt das ein Ende!」
 一度に宝石を3つ解放する凛。その体から、過剰なまでの魔力が溢れだし、雷光となって凛の体を駆け巡る。
 「あれは・・・禁呪よ!」
 「禁呪?遠坂さんが、禁呪を使っているのか?」
 「そうよ。相乗は禁呪に分類される魔術なの。魔術師って言うのは、自分の許容量を超えた魔術を使ってはならない。それは自身の身を滅ぼす諸刃の刃だから。だから許容量を超える事を可能にする、相乗の魔術は禁呪扱いされているのよ。でも」
 イリヤの視線がキャスターを捉える。
 「キャスターには届かない。あれは裏切りの魔女メディア。今の凛では、どう足掻いても魔術戦で勝利は不可能よ」
 その言葉を認めるかのように、キャスターは悠然とした態度を崩さない。凛の魔術等、まともに相手をする価値も無い。そう言いたげである。
 だから反応できなかった。
 いつの間にか、自分の鳩尾に凛の右肘が入っていた事に。
 激痛と呼吸できない苦しさに、苦悶するキャスター。
 (・・・これは・・・強化?・・・まさか・・・さっきのは・・・)
 「生憎だったわね。現代の魔術師は、護身術も必修科目なのよ!」
 続いて凛の左拳が同じ場所に打ち込まれる。さらに右の掌手が顎を真下から真上へと打ち上げ、トドメとばかりにハイキックがこめかみを直撃した。
 いかに神代の魔術の使い手あるキャスターとは言え、肉体の頑丈さは人間とさほど変わらない。加えて体を鍛えた経験等、全くないキャスターにしてみれば、肉弾戦はあまりにも分の悪い攻撃手段であった。
 トドメの一撃にはいる凛。宗一郎は士郎が封じ込め、セイバーは令呪に今なお抗い続けている。アーチャーはランサーが受け持ち、キャスターは完全に無防備である。
 だから反応出来なかった。いつの間にか、自身が吹き飛ばされていた事に。
 壁に叩きつけられ、激痛に呻きながら凛が立ちあがる。
 (・・・今のは・・・ガンド?・・・馬鹿な・・・)
 凛の視線は、いまだに地面に膝立ちしているキャスターを捉えていた。
 「まさか、無詠唱で魔術を使ったの!」
 呻きながらも、苦しげな笑い声を上げたキャスターが、凛の推測の正しさを物語っていた。
 キャスターの固有スキル『高速神言』は、要約すれば一言で魔術を発動させる、という便利な代物である。だが呼吸器系が凛の痛打でまともに使えない今、キャスターはその一言を発する事ができなかった。
 だからキャスターは、神代の魔術師としてのプライドを捨てたのである。使用する魔術を、ガンドにまで落とす代わりに、無詠唱で魔術を発動させたのであった。意思の力だけで発動できるのなら、例え呼吸できなくても関係は無い。加えてキャスターは根本となる魔力の強大さも、魔術の技術的レベルも、凛と比べて桁違いなのである。キャスターがその気になれば、ガンドは無詠唱で操れる代物であった。
 「・・・よくも・・・やって・・・くれた・・・わね・・・」
 キャスターのガンドが凛を襲う。未だ強化の魔術が効いていた凛が、必死になって攻撃を躱していく。
 「・・・このまま・・・殺して・・・あげるわ・・・」
 「それに気付くのが遅かったな」
 同時に、キャスターの体に穴が開いた。
 衝撃でフードが外れ、その素顔が露わになる。裏切りの魔女という異名には、相応しくない、物静かな印象を受ける顔立ち。
 着弾の衝撃で弾き飛ばされたキャスターは、そのまま宗一郎の足元にまで吹き飛ばされた。
 「・・・宗一郎様・・・」
 「キャスター・・・」
 「申し訳ありません・・・宗一郎様・・・」
 キャスターの白い指先が、宗一郎の頬に優しく触れる。
 「安心しろ、キャスター。お前の望みは私が代わりに叶えてやる」
 「・・・いえ、もう叶っております・・・」
 「そうか、ならばいい」
 「はい・・・宗一郎様」
 それがキャスターの最後の言葉であった。空気に溶け込むかのように、キャスターは宗一郎の腕の中から姿を消した。
 それを見届けた上で、宗一郎は立ち上がった。その視線は、無手のアーチャーへ向けられている。
 「キャスターの弔いだ、いくぞ」
 「・・・本気か?」
 「無論。ここで私一人が命を惜しむ訳にはいかん」
 その言葉を聞いたアーチャーの両手に、双剣が姿を現す。
 「分かった」
 同時に最高の速度で踏み込む宗一郎。だがキャスターの魔術支援による加護を失った今の宗一郎の拳は、サーヴァントにとっては警戒にすら値しない。
 アーチャーは避ける素振りもせずに、双剣を宗一郎目がけて振り下ろした。
 「・・・終わったのか?」
 「いや、まだだ」
 双剣に付着した血糊を振り払うと同時に、アーチャーが士郎目がけて斬りかかる。
 「お前!?」
 「アーチャー!止めなさい!」
 「凛。今の君は私のマスターではない。勘違いしないでもらおうか」
 ガンドの後遺症を、シンジに治療してもらいながら、凛が必死でアーチャーに声をかける。だがアーチャーに止まる気配はない。
 「ランサー!アーチャーさんを止めて!」
 「てめえ、何してんだよ!」
 士郎とアーチャーの間に割って入ろうとするランサー。だがそれよりも早く、士郎を守った者がいた。
 膝を震えさせながらも、双剣を斬り払った少女は、苦しみながらも強い意志を宿した瞳でアーチャーを見据えている。
 「セイバー!」
 「・・・シロウ、さがって下さい・・・」
 「無駄だ、セイバー。今の君は魔力不足の状態。私には勝てん・・・I am the bone of my sword」
 双剣の一撃で、弾き飛ばされるセイバー。必死に立ち上がろうとするセイバーと、士郎の前に立ちはだかったランサーを、アーチャーは冷たい目で見つめた。
 「Steel is my body,and fire is my blood」
 敵意は見せているものの、攻撃に移ろうとしないアーチャー。対するランサーは攻撃を仕掛けている間に、士郎を狙い撃ちされる訳にはいかないと考え、攻撃はせずに様子を見守っていた。
 「I have created over a thousand blades」
 「アーチャー、止めて!」
 心霊治療の終わった凛が、必死に呼びかける。
 「Unknown to Death.Nor known to Life」
 エクスカリバーを構えるセイバー。だが令呪に抗い続けた結果、今の彼女は魔力が尽きた状態。加えて士郎とのパスは切れたままなので、魔力の補充も無かった。
 「Have,withstood pain to create many weapons」
 状況を見つめていたイリヤが、何かに気づいたようにハッとする。
 「その詠唱を止めて!」
 「Yet,those hands will never hold anything」
 舌打ちしつつ飛び出るランサー。
 「So as I pray,unlimited blade works」
 世界に炎が走った。
 その世界は、あまりにも寂しかった。
 炎と剣が大地を埋め尽くす世界。空に浮かぶのは巨大な歯車。
 その中に、ただ1人、佇む白髪の青年。
「固有結界・・・これが貴方の力なのね、アーチャー」
 「そうだ。無限の剣が眠る、剣の墓場。この世界において、私は世界の主となる」
 その言葉と同時に、アーチャーの背後に無数の剣が浮かび上がる。
 そのまま剣群は轟音とともに降り注いだ。降り注いだ先は、セイバーとランサー。セイバーには彼女を閉じ込めるかのように、剣の檻を作って動きを封じ込める。ランサーに対しては、次から次へと剣を降り注がせ、防御のみで手一杯となるように追い込んでいく。
 「しぶといな、君は。だがこれでどうだ?」
 先ほどまでに倍する数の剣群がランサーへ降り注ぐ。その怒涛のような攻撃を捌ききれずに四肢を剣で貫かれるランサー。
 「てめえ・・・よくもやってくれやがったな!」
 「強がりはよせ。そこで黙って見ていろ」
 アーチャーの視線が、士郎に向けられる。その視線に込められた感情は憎悪。
 「死ね」
 自らを死に招く剣の雨に、士郎は投影を用いて迎撃を試みる。だが圧倒的なまでに、展開速度に差がありすぎた。
 死を覚悟した士郎。だが
 「ATフィールド展開」
 飛び込んできたシンジがATフィールドを展開。剣の雨を食い止める。
 「シンジ!?」
 「邪魔をするか、ランサーのマスター。ならば、お前も死ね」
 更に降り注ぐ剣の雨。その内の何本かが、ATフィールドを突破し、シンジの体に突き刺さっていく。
 苦悶の声を噛み殺しながら、それでもフィールドを展開し続けるシンジの姿に、士郎の脳裏で撃鉄の落ちるイメージが閃いた。
 激痛が士郎の肉体を駆け巡り、意識が朦朧となる。だがそれでも、士郎は倒れなかった。意思の力で無理やり立ち続け、投影魔術を発動させる。
 「トレース・・・オン!」
 アーチャーの展開する剣群を、全く同じ剣を作り出して相殺させていく。全く同じ外見の剣同士がぶつかり合い、消えていく光景にアーチャーが顔を顰める。
 その時だった。
 「セイバー!手を出して!」
 凛の叫びに、セイバーが剣と剣の隙間から手を伸ばす。
 「――告げる!汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に!聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら、我に従え!ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」
 「セイバーの名に懸け誓いを受ける!貴方を我が主として認めよう、凛!」
 「凛との再契約!?まずいな、想定より早すぎる」
 凛を新たな主として認めたセイバーに、凛から魔力が補給される。その潤沢な魔力は、セイバーの力を100%引き出すに足りた。
 銀の甲冑を纏い直し、黄金の剣を両手に構えたその姿は、騎士王の二つ名に相応しい、威風堂々とした姿であった。
 だがアーチャーは、見惚れるような愚は犯さなかった。セイバーに魔力が補充される、僅かなタイムラグをついて、凛の首筋に手刀を振り下ろす。
 「凛!」
 「動くなセイバー。理由は言わずとも分かるな?」
 歯ぎしりしながら、動きを止めざるを得ないセイバー。
 「・・・衛宮士郎。明日、正午までにアインツベルン城まで来い。そこで白黒つけてやる。別に来なくても構わないが、その時は凛がどうなるかは保証できん」
 「アーチャー!」
 「確かに伝えたぞ」
 そういうと、アーチャーは凛を連れて姿を消してしまった。

サーヴァント・ステータス
クラス:アーチャー
マスター:言峰綺礼
真名:ギルガメッシュ
性格:混沌・善
身長:186cm 体重68kg
特技:お金持ち
好きな物:自分、権力
苦手な物:自分、蛇
天敵:アーチャー
筋力:B  魔力:B 耐久力:C 幸運:A 敏捷:C 宝具:EX

クラススキル
対魔力:E 魔術無効化には至らず軽減止まり
単独行動:A+ 呪肉している為、マスターがいなくても現界は可能

保有スキル
黄金律:A 人生でどれだけ金銭がつきまとうかという宿命。大富豪でもやっていけるほど
カリスマ:A+ 大軍団を指揮・統率する能力。ここまでくると人望というより、魔力や呪いの類
神性:B(A+) 本来は最大の神霊適正を持つが、本人が神を忌み嫌っているのでランクダウンしている

宝具 
天地乖離す開闢の星エヌマ・エリシュ:EX 対界宝具
王の財宝ゲート・オブ・バビロン:E〜A+ 対人宝具



To be continued...
(2011.03.26 初版)


(あとがき)

 紫雲です。お疲れ様です。
 今回は士郎・シンジ陣営におけるキャスター戦と、ルヴィア陣営における臓硯戦の2本立てでした。
 ついにキャスターとコジロウが脱落。変わって真アサシンことハサン・ザッバーハと、凛契約バージョンのセイバーの登場となりました。自分でやっておいて何ですが、コジロウはまだ殺したくなかったなあ・・・好きなキャラだったんですが、ごめん、コジロウ。
 あと作中において、ハサンからルヴィアが逃走する際、口の中にアメジストを放り込んでいます。個人的に調べてみた所、アメジストが風を象徴するという説明があったので、使わせていただきました。もしかしたら違っているかもしれませんが、その時は笑って流してやって下さい。
 話は変わって次回です。
 もう予想できている方も多いでしょうが、アインツベルン城での血戦となります。士郎が相手をするのは、勿論、彼でございます。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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