第九話
presented by 紫雲様
2月9日、衛宮邸―
「おはようございます」
その声に士郎は包丁を動かす手を止めて振り向いた。視線の先にいたのは、金色の髪をした少女、セイバーであった。
「ああ、おはよう、セイバー。朝食、たくさん食べてくれよ。遠坂を取り返すんだからな」
「ええ、勿論です。必ず、必ず凛は取り返して見せます」
「ああ、頼りにしてる」
???―
『もう止めて!父さん、聞こえてるんだろ!もう止めてよ!』
目の前で繰り広げられる惨劇。血飛沫とともに四肢を引き千切られ、乱暴に解体されていく『敵』とされてしまった元・僚機。
どれだけ必死になって機体を制御しようとしても、機体は動きを止めようとしない。そして目の前に持ち上げられる、白い円柱状の物体、エントリープラグ。それを握り締める愛機の右手。
拉げたエントリープラグから、滝のように真っ赤なLCLが流れ落ちる。
『うあああああああああ!』
心が壊れた、そんな気がした。
もう戦いたくなどなかった。友人をその手にかけた時、もう戦う理由は消えうせていた。
もう父さんなんて必要ない。父さんなんかに褒められたくない。父さんなんか顔も見たくない。
だから生まれて初めて自分から行動を起こした。
エヴァへの搭乗拒否。そして理解したかった父親との絶縁。
なのに、彼は再び乗っていた。
自分がいない間も、戦いは繰り広げられていた。
切断された弐号機の頭部。
隻腕のまま、未修理の状態で戦闘に入る零号機。
もう、自分でも何が何だか分らなくなっていた。
父親へ直談判し、再び初号機へ搭乗し、最強の敵と戦った。
みんなを守りたい。その純粋な想いを糧に、彼は戦っていた。
無言のまま、ランサーは目を覚ました。そのまま隣で布団に包まっている、己の主に視線を向ける。
主が目を覚ます気配は全くない。ランサーの複雑な胸の内など、全く気付きもしないで熟睡していた。
「・・・その内、報われる時が来る。そう前向きに考えろよな、マスター」
ランサーの言葉は、朝の冷たい空気に静かに溶け込んでいた。
???―
その男は、死にかけていた。
その体突き立てられた無数の剣。本来なら、その男は剣の主と言って良い男である。にも拘らず、男は自らの剣によって、その命の灯を消されようとしていた。
男は死を目前にしながらも、だが笑みを浮かべていた。
男を死へと追い込んだのは、かつて男が命を救った相手である。その人物は男を裏切り、あまつさえその命を奪うべく行動したのだ。
男はそれを理解していた。なのに笑っているのである。
やけっぱちの諦観に満ちた笑みでもなく、道連れにしてやろうというどす黒い笑みでもなく、間抜けな自信に対する自嘲の笑みでもなかった。
『ああ、無事で良かった』
その笑みを向けられた対象は、男の前にはいない。男は看取られる事もなく、故郷から遥か遠く離れた異郷の地で、独りさびしく逝こうとしている。それなのに、男の心を占めるのは、他者を気遣う安堵の心。
まだ若いにも関わらず、その頭髪を全て白く変化させた男の笑顔に、遠坂凛は何の前触れもなく気づいてしまった。
「・・・また・・・同じ夢・・・か・・・」
そう呟きながら凛は目を開いた。眠い目をこすろうとするが、手が動いてくれない。首を傾げた彼女は、すぐに自分が椅子に縛られていることに気づいた。
「・・・そうか・・・私・・・」
「気が付いたか」
その声に、凛は咄嗟に顔をあげた。目の前にいるのは、彼女が召喚した弓兵のサーヴァント、アーチャーである。
「随分と眠っていたな。疲労を貯め込むのは良くないぞ」
「・・・アンタに言われたくないわよ。それで、私をどうするつもりな訳?」
「君が馬鹿な事をしない限りは何もせん。私の目的は、君を餌にして衛宮士郎をこの場へ呼び出す事だけだ。他に何も目的はない」
ドアを開け、廊下へと出ていくアーチャー。その背中に、凛が叫ぶ。
「どうして、どうしてそこまで拘るの!」
「君に関係はない」
「答えなさい!衛宮君!」
瞬間、アーチャーの体が強張った。その顔がゆっくりと振り向かれる。
「・・・いつ気づいた?」
「ついさっきよ。アンタの夢、多分、記憶ね。今までにも何度か見たけど、急に気付いたのよ。それで分かったわ。アーチャー、アンタは衛宮君の未来の姿なのね?」
「・・・そうだ。もはや虚言を弄する必要もない」
真っ白な髪の毛、皮肉に満ちた表情、疲れきった瞳。どれも衛宮士郎とは似ても似つかないパーツ。
「・・・アレを始末したら、すぐに解放してやる。だから大人しくしていろ」
「止めて!衛宮君を殺さないで!お願いだから、殺さないで!」
凛の叫びは、アーチャーの心に届く事はなかった。
アインツベルン城エントランス―
シンジ達が来た時、そこにはすでにアーチャーが待ち受けていた。
階段へ腰をおろし、黙って4人が来るのをジッと見つめている。
「アーチャー、遠坂はどうした?」
「奥の塔の最上階にいる。俺はお前にだけ用がある。他がどんな行動を採ろうか、それは知った事ではない・・・まあ、間に合えばいいがな?」
その言葉に、士郎がシンジに目配せする。シンジも黙って頷くと、ランサーとともに奥へと駆け出した。
「セイバー、悪いけど・・・」
「構いません。シロウ、貴方の戦いを見届けます」
「うん、ありがとう」
セイバーとイリヤが見守る中、士郎は一歩前に踏み出しながら、干将・莫耶を投影する。対するアーチャーもまた、同じく干将・莫耶を投影した。
「殺す前に、1つだけ聞いておこう。お前は何の為に生きている?衛宮士郎」
「・・・爺さんの、切継の遺志を継ぐ。俺は正義の味方になるんだ」
「そうか、ならば・・・死ね」
主無しでも単独行動が可能とは言え、アーチャーの魔力はかなり心許ない。だが、その両手に握りしめられた双剣は、そんな不安は全く感じさせないほどの煌めきと存在感を放っていた。
そんなアーチャーに、士郎が斬りかかる。1合、2合と刃を交え、激しい火花を散らす。
だが5合と持たずに、士郎の双剣は砕け散った。慌てて士郎は投影を行い、再び、双剣を作り出す。
「・・・うおおおおお!」
「出来損ないの武器が精一杯か」
アーチャーは嘲笑しながら、殺気を纏った双剣を士郎へ叩きつけた。
アンツベルン城、塔、最上階―
ドアが開いた時、凛は助けが来たものと思っていた。だが目の前に現れた人物の姿に、露骨に顔を顰めて見せる。
「・・・何でアンタがここにいるのよ、綺礼」
「別に来てはならぬというルールは無い。それにしても、凛。飼い犬に手を噛まれるとは無様だな?」
「うっさいわね!私は機嫌が悪いのよ!用が無いなら消えなさい!」
怒声を上げる凛。だがそんな彼女の機嫌の悪さなど関係なしに、綺礼は凛へと近寄っていく。
「用事ならある。無ければこんな所へ来たりはしない」
「はん!どうせろくでもない要件なんでしょ!」
「いや、特に重要な要件だ。何せ、聖杯戦争のマスターが減るのだからな」
その言葉に、凛の目付きが険しい物へと切り替わる。その視線に込められた物は、嫌悪よりも殺意が色濃い。
「私を殺すという訳?そこまでして、言峰君を勝ち残らせたいのかしら?」
「そうではない。アレもいずれは私の障害となるからな。アレの理想は、私とは大きく異なる。そういう意味では、アレは私にとって潜在的な敵と言える」
綺礼の手が、凛の喉元に伸び、その握力で強く握りしめる。
「ゲ・・・ハ!」
「ランサーの気配は、まだ遠い。来る前に片づけるとしよう」
綺礼が黒鍵を作り出す。その切っ先が自身の左胸に向けられた事に、凛が憎々しげに綺礼を睨みつける。
そこへ『ドゴン!』という轟音とともに何かが室内へ飛び込んできた。
思わず手を離す綺礼。窓を壊して飛び込んできた物へ、警戒を向ける。
「・・・貴方も僕を裏切るんですね、父さん」
「シンジか。また派手な到着だな。ランサーの気配、あれは囮か?」
「はい。ランサーに僕を投げて貰いました。僕の力を使えば、無傷で済みますから」
土埃の中から現れたのは、赤い障壁を展開したシンジだった。そして壊れた壁の向こう側から、ランサーの気配がみるみる近づいてくるのを、綺礼ははっきりと知覚した。
「だが、どうして分かった。私の隠行は完璧だった自負があるぞ」
「アーチャーさんですよ。あの人がそれとなく警告してくれました。遠坂さんの場所が分かっていれば、あとは最短距離で直行すればいいだけです」
「なるほど。アーチャーはずっとここにいたからな。私の気配に気づいていたという訳か」
納得したように頷く綺礼。そこへランサーも飛び込んでくる。
「よお、綺礼。お前にしちゃあ、随分とまあヘマをしたもんだな?」
「そう言われると、確かに返答のしようもないが、まあよかろう。ここで始末すれば、どちらにしろ結果は変わらん」
綺礼が咄嗟に黒鍵を抜き打ちする。目標は凛。
そこへランサーが咄嗟に飛び込んで、愛槍で迎撃する。甲高い音とともに、黒鍵は砕け散っていく。
だがそれこそ、綺礼の狙い通りだった。綺礼の本命は、ランサーのマスターであるシンジを狙う事。だから、その狙いは正しかった。
彼にとって不幸だったのは、彼がシンジの『力』の強さを知らなかった事。
火葬式典の先制攻撃から、八極拳での零距離攻撃。それが綺礼の狙いだった。事実、シンジは火葬式典に呑みこまれ、成すべもない。
そこへ綺礼が飛び込み、掌打を放つ。
「・・・何だと?」
まるで鉄でも殴りつけたような感触が返ってきた。その事に、綺礼が驚きで体を硬直させる。
爆炎も、掌打も、すべて赤い障壁―ATフィールドに阻まれていた。そして、その事に気付いた時には、全ては終わっていた。
綺礼の左胸を貫く、赤い魔槍。
「あいつの仇、取らせて貰ったぜ?」
「・・・不覚・・・」
綺礼はそのまま、よろめきながら廊下へでた。そして廊下の窓から、真下にある樹海へと、己が身を投じた。
「マスター、あまり気に病むんじゃねえぞ。綺礼の野郎は、こうなるべくしてこうなったんだからな」
「大丈夫だよ。父さんを手にかけるのは、別に初めてじゃないし」
ギョッとするランサーと凛。ランサーは凛を拘束していたロープを解いていたのだが、その手を一瞬だけ止めてしまった。
「それより、急ごう。士郎が心配だ」
「そうね。あの馬鹿を止めてやるんだから!」
やっと拘束から解き放たれた凛は、ランサーとシンジを置き去りにする勢いで、士郎とアーチャーが戦っているエントランス目指して走り出した。
アインツベルン城エントランス―
繰り広げられる士郎とアーチャーの戦い。その傍らでセイバーとイリヤもまた、戦いを繰り広げていた。
相手は己自身。圧倒的に不利な立場である士郎の勝利を信じる事。手出しをしたくなる気持ちを抑え抜く事。そしてこの戦いに何の力にもなれない、己自身への無力感が2人の心を苛んでいた。
もうすでに、数え切れないほど士郎は殺されていた。それにも拘らず死んでいないのは、致命の一撃が入る寸前に、間一髪で干将・莫耶の投影が間に合うからである。
そもそもアーチャーは主を失い、魔力供給を断たれた身であるとはいえ、それでも魔力の高さは士郎を上回る。その身体能力も、士郎ではアーチャーの足元にも及ばない。それだけでも圧倒的なアドバンテージたりえるのに、そこに加えて守護者として積んできた実戦経験が加わるのだから、士郎が勝てないのは自明の理であった。
そんな事実は全員が理解していた。だが、譲れなかった。
「投影開始 !」
砕けた双剣に代わり、新たな双剣を生み出す士郎。彼が勝負するのは、凛を助けたいから、という想いも確かにある。だがそれと同じほどの強さで、アーチャーという存在を許せなかった。正義の味方を目指す士郎にとって、アーチャーは視界に入れるのも苦痛となる存在。それは士郎の理想を嘲笑う存在に思えたから。
士郎にとって正義の味方という理想は、決して譲れない物。養父・切継から託された、大切な遺志。だからこそ、それを汚そうとする者を決して許す事は出来ない。
だからこそ、士郎は必死に戦った。
弓兵というクラスではあるが、それでもアーチャーの筋力は人外の領域に達している。その一撃はとてつもなく重い。まともに受ければ、士郎の腕など一発で骨折してもおかしくないのである。
力を受け流す事で、士郎はかろうじて防戦一方とは言え、戦線を膠着させていた。
「衛宮士郎、お前の理想は所詮、借り物だ。粗悪な複製品にすぎん。見ていて吐き気を催してくる」
「・・・うる・・・せえ・・・俺は・・・間違って・・・なんか・・・いない・・・」
「無駄だ。全てを救う等、土台、無理な話なのだ。どうやった所で、犠牲は生み出されてしまう。それが真実なのだ」
アーチャーの双剣が、士郎の両腕の外側の肉をこそげ落としていく。だが今の士郎は、痛みを感じるほどの余裕など、欠片も持ち合わせていなかった。
その集中力は、アーチャーの行動全てに向けられていた。
「例えば、完全無欠の悪の親玉がいたと仮定する。だがそんな悪の親玉にも、大切にする存在、家族や恋人はいるだろう。お前が悪の親玉を罰すれば、当然、その家族や恋人は悲しい思いをする事になる。分かるか?全てを救う等、決して不可能だと言う事が」
「・・・うる・・・さい・・・」
「違うと言うなら否定してみろ。できまい、それが衛宮士郎という人間の限界なのだ。正義の味方という理想を無くせば、何一つとして残る物のない存在。第4次聖杯戦争による冬木大火災。その犠牲者であるお前は、人としての内面全てを失った、空っぽの人間となってしまった。だからその空虚さを埋める為に、衛宮切継という存在で空虚さを補おうとした。衛宮切継の遺志に操られる人形。それがお前の正体だ」
アーチャーの剣速が徐々に速くなっていく。それにつれて、士郎の体から血飛沫がより多く飛ぶようになっていく。
今の士郎の脳裏を支配するのは、たった2つ。1つは目の前で己を殺そうと力を振るう弓兵。もう1つは―
『ああ、良かった。これで安心だ』
夜空を見上げながら、静かに逝った養父・切継の安堵の顔。当時の士郎には、養父の胸の裡を察する事はできなかった。でも、今の彼なら分かった。
なぜなら、良く似た奴が、傍にいたから。
全てを1人で抱え込み、逝った養父。全てを抱え込み、死を望む友人。
2人はとてもよく似ていた。そして、死を望む友人を助ける為、何をしたか?その事に気付いた時、士郎の脳裏に1つの答えが閃いた。
「・・・で・・・るい・・・」
「何?」
「切継の・・・爺さんの遺志を継いで・・・何が悪いって言うんだよ!」
アーチャーの攻撃を弾き飛ばすかのような、重い一撃が士郎から放たれた。
「借り物の理想で何が悪い!俺は、切継の遺志を継ぐと、自分で決めたんだ!」
「それが間違いなのだと言っている!」
「借り物が悪いというのなら、俺が本物に仕上げて見せる!」
士郎の干将・莫耶が、アーチャーに迫る剣速で切り返される。今まで攻撃一辺倒だったアーチャーが、驚いたように後ろへ飛び退く。
「俺は弱い!それは事実だ!それなら強くなれば良い!違うか、アーチャー!」
「戯言を言うな、小僧!」
「俺には仲間がいるんだ!俺1人じゃできなくても、みんながいればできる!答えろ、アーチャー!」
悔しげに、そして憎々しげにアーチャーが士郎を睨む。かつて英霊となる契約を果たす前のアーチャーは、常に1人だった。誰も傍にはいない、孤独な正義の味方。なぜなら『誰も危険な目に巻き込みたくなかった』から。
「衛宮士郎!お前は、仲間を巻き込むつもりか!お前の借り物の理想に、仲間を振り回させるつもりか!」
「ああ、否定はしないよ、アーチャー。でもな、俺は分かったんだよ!爺さんとシンジはそっくりだ!全部、自分で抱え込んで、挙句の果てに死んでいく。俺が爺さんの操り人形なのだというなら、俺とシンジは似た者同士ということだ!」
士郎の剣速が更に速くなる。その切りあいは、互角の速度にまで上昇していた。
「シンジは俺達がどれだけ気にかけているのか、それに気付いていない!でも、それは俺にも言える事なんだ!俺は遠坂に、セイバーに、桜に、藤ねえに、色んな人に心配されてたんだからな!それに俺は気付いていなかった!もし気付かずにいれば、俺は1人のままで正義の味方という理想を突き進んでいた!」
「!」
「でも、もう違う!俺は自分の過ちに気付いた!だから断言できる!俺は1人じゃない、俺には支えてくれる皆がいる!だから、お前になんて負けたりしない!」
士郎の双剣が、更なる速さを体現する、攻守が入れ替わり、アーチャーが守勢に回った。
「俺は理想を実現させる!でも、俺は1人じゃない!みんなに力を貸して貰って、実現させるんだ!」
瞬間、アーチャーの双剣が掻き消え、代わりに黄金の長剣―エクスカリバーがその手に握られていた。そのまま真っ向から、勢いよく振り下ろす。
だがそれよりも早く、士郎の双剣がアーチャーの胴体に突きたてられていた。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが・・・まさか、ここまで大馬鹿だったとはな・・・もはや呆れて何も言えんな・・・」
「悪かったな、大馬鹿で」
「まあいい、そこまで断言したからには貫いてみせろ。支えてくれる者がいるのであれば、或いは変わるかもしれんからな・・・」
そこへ、バン!と音を立ててエントランスのドアが開かれた。そして凛が勢いよく飛び込んでくる。後ろに続いていたシンジとランサーを置き去りにし、彼女はそのまま士郎へ駆け寄った。
「士郎!大丈夫!?」
「遠坂、無事だったのか、良かった・・・」
「いいわ、今は何も言わずに休んでなさい。それより」
士郎の肩越しに、凛がアーチャーへ視線を向ける。
「アーチャー、私は・・・」
「凛。何も言う必要は無い。私は答えを見出した。もう、衛宮士郎を狙ったりはせん。もっとも、それが君にとって幸か不幸かは分からんが」
疲労困憊の士郎に代わって、セイバーが一部始終を説明する。その内容に、凛は驚いたように士郎を見つめる。
「俺は未熟だからさ・・・力を貸してほしい・・・ダメかな?」
「・・・馬鹿ね、本当に貴方って救いようのない大馬鹿だわ。ええ、いいわ。徹底的に面倒看てやろうじゃない!」
凛の決意に、アーチャーが笑顔を見せた。皮肉でも嘲笑でもない、本当の心の底からの笑顔を。その笑顔を見たセイバーとイリヤは、その瞬間、アーチャーの素姓に気がついた。
「アーチャー、貴方はまさか!」
「セイバー、俺は後悔していない。だって、答えを見いだせたからな。俺はやり方を間違えただけ、目指す理想自体は間違えていなかった。だから、俺は満足だよ」
その笑顔に、セイバーは何も言えず、代わりに微笑みを返した。
「イリヤ、寂しい思いをさせてごめん。代わりと言ってはなんだが、そこの馬鹿の面倒を頼む。まだまだ未熟者だから保護者は必要だ。やり方は任せるよ」
「・・・いいわ。その頼み、引き受けてあげる」
イリヤもまた、多くは言わずに笑顔で応えた。言いたい事は、彼女にも山ほどある。だが、アーチャーの笑顔で全てを納得できた。
「私はお姉ちゃんだからね。そうでしょ?」
「ああ、頼んだよ」
そしてアーチャーの視線が、凛へと移った。
「凛。君に再会できて嬉しかった。それだけでも、サーヴァントとして呼ばれた甲斐はあったよ」
「何、言ってるのよ!アンタは私のサーヴァントでしょうが!マスターの許可なく消えるなんて、私は認めないわよ!」
「凛。私はここでリタイヤだ。君がセイバーとともに聖杯戦争を勝ち抜く事を祈っている。それと・・・その馬鹿を頼んだぞ」
そういうと、アーチャーは静かに、その姿を消し去った。
深夜、衛宮邸―
戦闘の疲労で疲れ切った士郎は、夕方という時間にも関わらず、帰宅するなり、食事も摂らずに夢の中へ直行した。凛もアーチャーの拉致の悪影響か、寝不足らしくすぐに自室へ向かった。セイバーも士郎と凛の護衛の為、2人の部屋の近くで待機中である。
シンジはランサーとともに、居間に残っていたイリヤから、アーチャーと士郎の一部始終を、もう一度聞いていた。
「・・・アーチャーさんが、士郎の未来の姿、か・・・」
「未来の英雄ねえ、確かに理屈の上ではありえるが、まさか目にするとは思わなかったぜ」
「アーチャーは1人で、誰も傍に寄せつけずに『正義の味方』という理想を追い続けた士郎のなれの果てだったのよ」
イリヤが寂しそうに呟く。
「誰も傍に寄せ付けずに・・・」
その言葉に、考え込むシンジ。
「自分が進む道に他人を巻き込みたくない、そう考えたからでしょうね。結果として、彼は守護者となり、そして更なる辛酸を舐める事になった。やがて自分の信じた『正義の味方』という理想すら憎むようになった。何故、自分はこんな事になってしまったのか?守護者の責務から解放されるにはどうしたら良いのか?彼の得た結論は、過去の自分の抹殺。守護者となる前の自分を殺せば、守護者となる自分も消えるのではないか、そう考えたのよ」
「・・・歴史の改変、か・・・」
「大げさに言うとそうなるわね。でも彼は士郎との戦いで答えを得た。理想は間違っていない。やり方を間違えただけ。つまり誰も寄せつけずに1人で戦うのではなく、皆の力を借りて戦えば良かったんだ、と。確かに、この答えでは英霊エミヤという存在が守護者でなくなる事はありえない。全てを救える訳でもない。でも彼は新たに進むべき道を手に入れた。再び『正義の味方』という理想に近づく為の道を見つける事が出来た。だから彼は救われたのよ」
イリヤの言葉に、シンジは自身の過去を改めて振り返ってみた。
「・・・やっぱり、士郎は強いな・・・」
「マスター?」
「僕は逃げる事しかしなかった。世界を書き換える事で、全てを無かった事にした。考えてみれば、これって『逃げ』以外の何でもないよね?みんなが『碇シンジ』という存在を忘れているんだからさ」
そのまま畳の上に仰向けに倒れ込むシンジ。その視線は、天井の一角をジッと見つめていた。
「士郎は今までの自分の過ちを認めて、これから歩むべき道を見つけた。アーチャーさんは過去を無かった事にするのではなく、新たに進むべき道を歩むことにした。それはどちらも過去を切り捨てる事じゃない。過去を見据えた上で歩んでいく、本当に強い生き方だと思うんだ」
「そうね、確かにシンジの言う通りだわ」
「・・・ランサー、それにイリヤ。僕は2人が羨ましい。僕には無い強さを持っている2人が、とても眩しく見えるんだ・・・」
そんなシンジの視界に、突然、ランサーの顔がドアップで割り込んでくる。
「マスター、それが理解できただけでも、今は十分だ。少なくとも、今までよりは前に踏み出す事が出来たんだからな」
「ランサー?」
「焦る事はねえ。俺から見れば、マスターもまだ餓鬼と言っていい年齢だ。いきなり100点満点取れるなんて思っちゃいねえよ。まずは赤点を脱する事から始めな。その方が気楽でいいだろ?」
「・・・そうだね、確かにその通りだ。満点は無理でも、赤点をこえる事なら、そう難しい事じゃないか」
笑いながらシンジが体を起こす。そこへインターホンが鳴った。
時計を見ると深夜11時。何事かとシンジが玄関へ向かう。
「シンジ君!夜遅くにすまない!」
「加持さん!一体何が?それに、その子は?」
深夜の訪問者は加持リョウジ、その人であった。そしてその背中には、どこかシンジにも見覚えのある人物が背負われていた。
酷く汚れた姿だったが、元は仕立ての良い蒼いドレスと、丁寧に手入れされた金色の髪の毛は、間違いなかった。
「ルヴィアさん!」
「とりあえず彼女の手当てを頼む。詳しい状況説明は後でするが、衰弱が激しい。まずは休ませてやってくれ」
「分かりました!ランサー、ルヴィアさんを運ぶの手伝って!それからイリヤ、悪いけど遠坂さんと士郎を起こしてきて」
急遽、衛宮邸は慌ただしい時を迎えた。
「・・・ここ・・・は・・・」
「気がついた?」
その呼びかけに、ルヴィアがハッと目を覚ました。慌てて体を起こそうとするが、それを士郎が押しとどめる。
「無理するな。怪我は無いけど、体力の消耗が激しいからな」
その言葉に、ルヴィアが自分の体を改めて見直す。今の彼女は蒼いドレスではなく、凛が自宅から持ってきていた、無地の赤いパジャマを着ていた。
「先に言っておくけど、着替えと体を拭いたのは、俺じゃなくて遠坂とイリヤがしてくれたからな」
「・・・そ、そうですか」
「それより訊きたいんだが、一体、何があったんだ?アサシンは、どうした?」
その言葉に、ルヴィアが悔しげに歯噛みする。
「アサシン、いえコジロウは私を守って死にました」
「何だと!?あのアサシンが敗れたというのか!」
ランサーにとっては信じられない言葉だった。加えて、ルヴィアの実力を加味すれば、あり得ない事実だからである。
「誰だ?誰がアサシンをやった?」
「コジロウはサーヴァントの召喚の材料として使われたのです。呼び出されたのは正規のアサシン、ハサン・サッバーハ。呼び出したのは間桐臓硯と名乗る、人間とは呼び難い醜悪な老人でした」
「間桐臓硯ですって!?間桐の当主じゃない!ひょっとして、慎二とライダーが脱落したのを不満に思って、行動してきたのかしら?でもそれだと・・・」
ルヴィアの言葉に、完全に眠気が吹き飛んだ凛は、すぐに思考の世界へ没頭した。
「・・・私は令呪すらも失い、完全にマスターではなくなりました。でも私はコジロウの仇をとりたい。私を逃がす為、敢えてあの場に踏みとどまり、アサシン召喚の贄となったコジロウの仇を取らねばならないのです。だから、私も貴方達と行動をともにしたい。勝手な言い分だとは思いますが・・・」
それ以上は言わせずに、士郎が黙って頷く。後ろにいたシンジは笑いながら、凛は肩を竦めながら仕方ないわね、とそれぞれ賛同を示した。
同時刻、新都繁華街―
最近、頻発していた様々な事件の為、普段なら日付が変わっても人通りがある筈の繁華街は、まるでゴーストタウンのような静けさに満ちていた。
そんな人気のない繁華街を、1人の男が歩いていた。
金色の髪に、赤い瞳。黒のジャケットとズボンに身を包んだ青年―古代ウルクの王、英雄王ギルガメッシュであった。
彼はいつになく上機嫌で、人気のない道を歩いていた。
だが、その足取りが、ピタッと止まる。
「・・・何奴だ?王たる我に目通りしたくば、出てくるが良い」
その言葉と同時に、ギルガメッシュの前に影が現れた。外見だけなら、人間サイズにまで大きくし、口を無くした蛸である。ただ色は黒一色、縁の部分を赤く彩った蛸など、この世にはいない。
「ふん。どうやら聖杯の中身のようだな。まあいい、この我が直々に、お前を聖杯へ戻してくれるわ」
スッと右手を上げるギルガメッシュ。その口から真名が告げられる。
「王の財宝 」
ギルガメッシュの背後に現れた無数の宝具が、雨のように降り注ぐ。
無数の宝具に貫かれた影は、断末魔の悲鳴を上げる事無く、静かに夜闇の中へ消えた。
「ふん、この程度か」
踵を返すギルガメッシュ。だが気づいた時には遅かった。
いつの間にか、足首まで地面に沈んでいた。正確には、地面の影に沈んでいたのである。
「馬鹿な!いつの間に?」
影から抜け出そうとするが、いくら蹴っても跳び上がれない。まるで水面を蹴るかのように、全く手応えが無いのである。
だからギルガメッシュは気付かなかった。
背後から、先ほどの影が忍び寄っていた事に。
サーヴァント・ステータス
クラス:セイバー
マスター:遠坂凛
真名:アルトリア=ペンドラゴン
性格:秩序・善
身長:152cm 体重42kg
特技:器械運動、賭けごと全般
好きな物:きめ細かい食事、ぬいぐるみ
苦手な物:大雑把な食事、装飾過多
天敵:ギルガメッシュ、悪戯好きの老人
筋力:A 魔力:A 耐久力:B 幸運:A+ 敏捷:B 宝具:A++
クラススキル
対魔力:A Aランク以下の魔術無効化。事実上、現代の魔術では傷つける事は不可能
騎乗:B 大抵の動物を乗りこなす。幻想種(魔獣・聖獣)を乗りこなす事は不可能
保有スキル
直感:A 戦闘時、未来予知に近い形で危険を察知する能力
魔力放出:A 身体や武器に魔力を纏わせて強化して戦う技能
カリスマ:B 戦闘における統率・士気を司る天性の能力。一国の王としては十分すぎるカリスマ
宝具
風王結界 :C 対人宝具
約束された勝利の剣 :A ++ 対軍宝具
To be continued...
(2011.04.02 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
今回は、遂にアーチャーが脱落しました。それも新旧同時に。一方でルヴィアはシンジ・士郎・凛陣営に加盟。これにより、臓硯陣営との2極化となりました。
しかし、アーチャーといい我様といい、どうしてこんなに書いていて、楽しい連中なんでしょうかw
話は変わって次回ですが、いよいよ臓硯陣営との本格的な激突が始まります。聖杯戦争本編終結まで、あと僅か。もうしばらくの間、お付き合いをお願い致します。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、または
まで