暁の堕天使

聖杯戦争編

第十話

presented by 紫雲様


2月10日、間桐邸―
 「・・・もう・・・朝・・・起きなきゃ・・・」
 桜は差し込んでくる朝陽の眩しさに目を瞑りながら、起きようとした。だが、体は言う事をきいてくれない。
 何度も何度も挑戦していると、突然、簡単に起きる事が出来た。
 「サクラ、無理をしないで下さい」
 「ありがとう、ライダー。着替えたいんだけど、自分ひとりでできそうにないの。手伝ってくれる?」
 「ええ、いいですよ。少々、お待ちください。着替えを持ってまいります」
 桜の傍にいたのは、セイバーの約束された勝利の剣エクスカリバーによって消滅したはずのライダーであった。だが今のライダーは、どこを見ても、それらしい怪我は見受けられない。全くの無傷である。
 「サクラ、体の調子は、やはり悪いのですか?」
 「うん。痛いのや苦しいのは慣れているから、まだ耐えられる。でも・・・」
 ライダーの腰に手を回す桜。顔をライダーのお腹に押し付けて、肩を小刻みに震わせる。
 「怖いよ・・・ライダー、助けて・・・」
 「サクラ・・・」
 「どうして・・・どうして、私だけがこんな辛い思いをしないといけないの?ライダー、私、また記憶がとんでるの・・・」
 その言葉に、ライダーが歯ぎしりする。桜の不調の原因を、魔術的なパスで繋がっているライダーは、よく知っているからであった。
 「昨日ね、私の中に、また1人入ってきたの・・・私、壊れちゃうよ・・・」
 「サクラ、落ち着いてください」
 「私だって、そうしたいよ。でも、ダメなの。私、もう記憶が壊れているのよ!」
 桜が泣き腫らした瞳で、ライダーを見上げる。
 「私ね、自分がどこの学校へ通っていたのか、もう思い出せないの。どんな友達がいたのか、どんな部活をしていたのか、もう思い出せないのよ!」
 「・・・サクラ・・・」
 「怖いよ、ライダー。今度、誰かが私の中へ入ってきちゃったら、今度は・・・先輩の事を忘れちゃうかもしれない・・・それが怖いの・・・」
 ライダーにとって、桜はマスターである。だがライダーは主従関係を越えるほど、桜を大切に思っていた。ライダーにとって桜は妹のような存在。神話において怪物メドゥーサと蔑まれた彼女と、良く似た心の闇を背負った桜に召喚された時、彼女は絶対に桜を守り切ると誓ったのである。
 戦いを好まぬ桜の代わりに、令呪を1つ犠牲にして作られた『偽臣の書』によって、慎二をマスターに聖杯戦争へ参加していた時期は確かにあった。だが心はいつでも、桜の傍にあったと、彼女には断言できる。
 そして新都での戦いの折、セイバーの約束された勝利の剣エクスカリバーで死ぬところを、桜の令呪による強制転移のおかげで命を救われてから、ライダーは常に桜の傍らに控えていた。
 ライダーの望みは唯1つ。桜の幸せな未来。それだけに尽きる。そしてそれは聖杯に頼らずとも、自分が彼女を守りきれば叶えられる願いであると信じ、この日まで桜を守り続けてきた。
 だが現実は厳しかった。
 主である桜は、間桐臓硯によって造られた人工の聖杯。それ故に近くにいるサーヴァントが死ぬと、その魂を取り込んで聖杯としての機能を高め、代償に人間としての機能を失っていく。そして今、記憶の部分的な喪失という事態に、桜は恐怖を覚えているのだ。
 現在、桜の中にはアサシン・コジロウの魂と、ギルガメッシュの魂が入っている。本来ならこれほどまでに悪化する筈はなかったのだが、ギルガメッシュの存在があまりにも大きすぎた結果、桜にかかる負担は桁外れに増していた。
 「サクラ、元気を出して下さい」
 「駄目よ。私は自分を抑えられないの。今、この時も、私は心を押さえつける事で精一杯なの!私の中の悪意が、私を壊そうとするの!」
 「サクラ・・・」
 臓硯が桜を聖杯に改造する為に使用した材料。それは聖杯の中に充ち溢れた『呪い』であった。初代間桐家当主として500年を生きてきた臓硯と、『呪い』の原因を作りだしたアインツベルン家だけが知る真実。臓硯は、その真実の一端を利用することで、桜を聖杯に仕立てていた。
 そして、その『呪い』は間桐桜という人格を侵食しつつある。彼女が正気を保っていられるのは、太陽が出ている時間だけ。夜間となれば、桜の自我はどんどん弱くなり、深夜ともなれば完全に桜の自我は沈み、聖杯の『呪い』であるアンリマユが表に出てきてしまう。
 すでに桜が『食事』として飲み込んだ人間の数は2桁を超えている。だが聖杯戦争が進めば進むほど、犠牲者の数はさらに加速度的に増えていく。その事を桜は自覚しつつも、手を打つ事が出来ないでいた。
 そんな桜の傍にいられるのは、桜から魔力の提供を受けているライダーと、桜に寄生させている蟲を通して、桜を操る事の出来る臓硯だけである。
 「ライダー、私ね、一番怖いのは、先輩を飲み込んじゃう事なの」
 「サクラはそんな事は絶対にしません!」
 「ううん、分ってるから、自分の事ぐらい。先輩はマスターとして聖杯戦争に参加している。キャスターのせいでマスター権を失ったみたいだけど、それでも先輩なら、最後まで戦い続ける。だって、私の好きな先輩はそういう人だから」
 桜の言葉に、ライダーも頷くしかなかった。一度、士郎本人と直接交戦した経験のあるライダーにしてみれば、桜の言葉が真実であるのは身に染みて実感していた。
 学校の生徒を守る為に、己の身1つでライダーに挑んできた少年。その行動は勇気ではなく、蛮勇と呼ぶべき愚かな行為である。どう考えても、士郎に勝ち目など無かったのだから。
 だがそれでも、その愚かしさを、今のライダーは好意的に受け止めていた。桜の心の支えとなり、最後まで諦めないその生き方は、ライダーにとっても眩しい物であったから。
 「あのね、ライダー。私ね、言峰先輩も眩しいの」
 「・・・ランサーのマスターですか?幻想種の?」
 「うん。ライダーは知らないかもしれないけど、言峰先輩ね、応援してくれたの。先輩の家に遠坂先輩がいて『しばらく来るな』って言われた時、とても悔しかった。自分の居場所を奪われて、怒りを覚えた。でも、言峰先輩が救ってくれた」
 桜の視線が、机に注がれる。その意味を理解したライダーが、机の上に置かれていた物を手に取り、桜に手渡した。
 編み掛けの毛糸のマフラー。まだ半分ほどしか完成していないそれは、全て桜が教本を睨めっこしながら作っている手作りの品。
 「私ね、言峰先輩を見た時、すぐに分かったの。この人、私と同じだって。心に闇を抱えて、それに苦しんでいるんだって。でも、あの人は私を救って励ましてくれた。怒りと悔しさに飲まれそうになった私に、光を与えてくれた。これを作っている時、私は本当に幸せだった」
 「サクラ、貴女にその想いがあるのなら、絶対に大丈夫です。貴女は私のようにはならない。だから、元気を出して下さい」
 「ライダーは優しいね。でも分かってしまうのよ。私は所詮、急造品の聖杯だから、壊れるのも早いのよ。それは違える事の出来ない現実なの。だから」
 桜がライダーをジッと見つめる。
 「私に何かあったら、ライダーは先輩を守ってあげて。私の大好きな先輩を守ってほしいの。先輩が相手なら、ライダーが先輩と契約を結んでくれてもいい。だからお願い。私の代わりに先輩を守って!」
 「・・・サクラ・・・それが貴女の願いであるのなら、私は従います。でもその前に、サクラも足掻いてください。私の願いは貴女の幸せ。三姉妹の末っ子である私にとって、貴女は妹のような存在なのです。姉として、妹には幸せになってほしい。だから、サクラも諦めないで下さい」
 「・・・うん・・・ライダーは優しいね・・・」
 「さあ、サクラ。食事はこちらにお持ちしますから、無理はしないで下さい」
 「ありがとう、ライダー・・・お姉ちゃん・・・」
 その言葉に、ライダーは両手から血が滴り落ちるほどに爪を食い込ませると、桜の朝食を取りに部屋を出て行った。

午後、衛宮邸―
 昼食の後、士郎は毎日の日課となっていた、魔術の講義を受ける為、凛の部屋を訪れていた。
 「士郎、突然で悪いんだけど、今日は今までの復習をして貰えないかしら?つまり自習って事なんだけど」
 「ああ、別に構わないけど、何かあったのか?」
 「うん、ちょっと気になる事があってね。どうしても調べたい事があるのよ。それと、もう一つお願いしたい事があるんだけど」
 真剣な表情の凛に、士郎が首を傾げる。
 「アーチャーの使っていた双剣、投影したものを貸してくれないかしら?」
 「ああ、それぐらいならお安い御用だ・・・投影開始トレース・オン
 士郎の両手に現れる白黒一対の双剣。それをためらいなく凛に手渡す。
 「これでいいのか?」
 「うん、十分よ。士郎、ありがとう」
 再び机へ戻る凛。机に双剣を置き、様々な魔術的手法で双剣を調べていく。
 やがて満足できたのか、凛が背伸びをしながら立ち上がった。
 「・・・そうよね、やっぱりこれしかないわよね・・・」
 双剣を見つめる凛の目は、複雑な色に染まっていた。

同時刻、ルヴィア寝室―
 「・・・もう大丈夫だよ。激しい動きをしなければ、もう普通に起きていてもいいから」
 「ふふ、ありがとうございます。貴方の心霊治療、とても効果がありましたわ。ミスター・コトミネ」
 「言峰、で良いですよ。ミスターなんてつけない方が気楽ですから」
 昨夜、衰弱して運ばれてきたルヴィアの治療に、シンジはかかりっきりになっていた。その隣には、外見からは想像も出来ないほど、魔術知識が豊富なイリヤが、アドバイザーとして座っている。
 「ミス・エーデルフェルト。貴女、士郎達と同盟すると言っていたけど、これからどうするつもりなの?確かに貴女は魔術師としては、凛と互角。いえ、凛が魔力をセイバーにあげている事を考えれば、今の貴女は凛を上回る。でもアサシン相手に勝てるほどじゃないわ。それでも戦うの?」
 「ルヴィア、で結構ですわ。ミス・アインツベルン。貴女の言う通り、私ではアサシンに勝てません。ですが、私にも譲れない物がある。だから私は戦うのです」
 「・・・私の事もイリヤでいいわよ。それにしても、どうしてマスターって、こうも強情なのばかりなのかしら?」
 肩を竦めるイリヤの姿に、シンジとルヴィアが笑い声をあげる。
 「ところでイリヤ。私も訊ねたい事があります。アインツベルン家の魔術師である、貴女でなければ答えられない質問が」
 「ふうん・・・良いわ、聞くだけは聞いてあげる」
 「聖杯戦争は今回で5回目と聞いております。ですが、聖杯戦争とは、今回のようにアクシデントが起こる物なのですか?間桐臓硯と名乗る老人は、コジロウを贄として新たなアサシンを召喚した。良く考えれば、これはおかしい。あの老人は、最初から令呪を持っていたのですか?」
 顎に指をあて、イリヤがウーンと考え込む。
 「確かにおかしいわね。令呪の数はマスターと同数。そして7名が上限になる。そうなると、臓硯は定員外ということなるわ。けれど臓硯は実際に令呪をもっていたからこそ、アサシンを召喚出来たのだと考えるのが当たり前よね」
 「・・・あの老人が言っていたのですが、間桐もまたアインツベルンと同様に、聖杯戦争のシステムの裏をかくべく動いてきたと言っていました。これは言い換えれば、あの老人が正規の手順を踏んでいない事を意味すると思うのです」
 「そう言われるとアインツベルン家の者としては耳が痛いわね。でも、おかげで仮説なら思いついたわ」
 イリヤの言葉に、ルヴィアが好奇心を隠しもせずに身を乗り出す。
 「今まで、行われてきた聖杯戦争は都合4回。そして全てのマスターには、例外なく令呪が宿ってきた。でも全てのマスターが、宿った令呪を使いきってきた訳ではない。中には令呪を使う事無く、敗退した参加者もいる。通常、使われなかった令呪については、聖杯戦争の監督役が回収し、その身に宿す事が慣例となっていたの。ここまでは良いわね?」
 「ええ」
 「重要なのは、令呪は他人に移し替えが可能であるという点よ。そして令呪が移れば、マスター権もそれに伴って移動する。これはキャスターがやっていたから、貴女にも理解できると思うの。それともう一つ、今までの聖杯戦争には、間桐の人間も必ず参加していた。そして脱落した間桐の参加者から、令呪を奪い、その身に宿しておいた、という仮定は、大きく外れた物ではないと思うの」
 「あの老人なら平気でやりそうですわね・・・」
 ルヴィアの言葉に、黙って聞いていたシンジもまた、嫌悪感を表情に浮かべていた。
 「・・・そこまでして、聖杯を手に入れたいのか・・・」
 「何でも願いが叶う願望器。それをいらないなんて言える人間は、少数なのよ。貴方と士郎は聖杯を使って叶えたい願いを持っていない。私や凛、それにルヴィアは魔術師の誇りとして聖杯を入手する事自体が望みであって、別に叶えたい願いがある訳じゃない。キャスターのマスターも、どちらかと言えばシンジと同じで願い事なんて持っていなかったわ。そう言う意味では、今回のマスターは失格者ばかりよ」
 イリヤが困ったもんだ、とでも言いたげに肩を竦める。苦笑していたルヴィアだったが、ふと何かに気づいたように口を開いた。
 「イリヤ、ライダーのマスターはどうだったの?」
 「ライダーのマスターは『魔術師になりたい』というのが願いだったのよ。間桐家の人間なんだけど、あの家は魔術師としては血が絶えていたの。知識はあっても、実行する力がない。だからこそ、余計に魔術師になりたいと思ったのかもね」
 「・・・おかしいですわね・・・」
 「どうしたの?ルヴィアさん」
 「私が時計塔から出場したマスターであるのは、2人も知っていると思います。ですが、時計塔から選抜されたマスターは、私以外にもう1人いたのです。名前はバゼット・フラガ・マクレミッツ。時計塔の封印指定執行者を務めるほどの実力者です。彼女は私よりも早く来日し、聖杯戦争に備えると聞いていたのです。てっきり未だに会っていないライダーのマスターなのだと思っていたのですが・・・」
 首を傾げるルヴィア。
 「マスターが変わったのかもしれないわ。さっきも言ったけど、令呪を移せばマスター権も移動するんだからね」
 「それでは彼女は・・・」
 「恐らく、生きてはいないでしょうね。生かしておいたら、確実に取り返しに来るでしょうし・・・シンジ、どうしたの?顔色、悪いわよ?」
 イリヤの言う通り、シンジの顔色は明らかに青ざめていた。その視線は、不安そうに自分の令呪を凝視し続けている。
 やがて、苦しげに絞り出すような声を出した。
 「・・・ランサー、訊きたい事があるんだ・・・出てきて・・・」
 無言のまま現界化するランサー。その顔は気まずそうに横を向いたままである。
 「ランサー、本当の事を教えて。ランサーを召喚した人は誰なの?」
 その言葉に、イリヤとルヴィアが思わず腰を浮かす。
 「・・・マスターの考えている通りだ。バゼット、それが俺を呼んだ女の名前だ」
 「そんな・・・それじゃあバゼットさんは僕のせいで!」
 「落ち着け、マスター!マスターは何も悪くない!全部、綺礼が仕出かした事だ!」
 だが半狂乱に陥ったシンジは、ランサーの制止の声等、全く受け入れる気配も無い。仕方無く、ランサーがシンジの頬を引っ叩く。
 痛みと音で正気に戻ったシンジが、ゆっくりと顔を上げた。
 「最初に言っておく。確かに俺を呼んだマスターはバゼットだ。だがバゼットを不意打ちし、マスター権を強奪したのは綺礼の野郎だ」
 「・・・やっぱり、父さんがやったんだね・・・」
 「落ち着けと言ってるだろう。確かにそれは事実だ。けどな、マスターは自分で俺のマスターになる資格がある事を示した。だから俺はマスターに従う事にしたんだ」
 頭を掻き毟りながら。必死になって言葉を探すランサー。
 「令呪を綺礼に奪われた時、俺は嫌々服従した。けどな、マスターは違った。聖杯戦争で関係ない人が巻き込まれるのを防ぐ為に戦うと言った。そして俺の望みを叶えてくれる事を約束した。何より、マスターは苦しみを抱えていた」
 「ランサー・・・」
 「良いか、マスター。所詮、俺は戦闘中毒者バトルマニアだ。どこまで言っても、戦う事しか能が無い。でもな、マスターは違うんだ。マスターは俺が力を振るうに相応しい目標を持っているんだ」
 ランサーの真剣な口調に、シンジはただ黙って聞いている事しかできない。
 「いいか?今の俺のマスターは言峰シンジ、ただ1人だ。俺が仕えるに相応しい主なんだよ、マスターは。それとも、マスターは俺の言う事が信用できないか?」
 「そ、そんな事ない!ランサーの事は信用してるよ!」
 「ああ、俺だってマスターが俺の事を信用しているのは十分に承知している。だから胸を張れ、マスター。言峰シンジはクー・フーリンのマスターに相応しい」
 やっと落ち着いたのか、シンジの目に徐々に生気が戻っていく。それを確認したうえで、ランサーはルヴィアに声をかけた。
 「俺がこの事を黙っていたのは、マスターが事実を知れば気に病むと思ったからだ。実際にマスターが取り乱したのをみたんだから、納得できるだろ?」
 「そうですわね。私は貴方達の言う事を信じます。それにコトミネが騙し討ちをするような人ではないのは、私も承知しています」
 「そうよね、シンジは信用できるから」
 2人の台詞に、シンジが申し訳なさそうに頭を下げる。
 「でも父さんがやったことは許される事じゃないと思うんだ。せめてバゼットさんの遺体だけでも見つけて、丁重に葬ってあげたい。今は聖杯戦争が忙しいから無理だけど、全部終わったら、場所を教えてくれる?ランサー」
 「ああ、俺から頼みたいぐらいだ。できれば俺の手で葬ってやりたかったが、綺礼の野郎、その時間すらくれなかったんでな。約束だぜ?マスター」
 
夜、衛宮邸―
 完全に復調したルヴィアを交えた夕食後、シンジ達は夜の見回りへ外に出た。
 真冬の冷気に、首元を締める一同。
 目的は、以前、ルヴィアから教えられた失踪者の探索と、新たな犠牲者の防止。それに臓硯が絡んでいる事は、ほぼ間違いなかった。
 セイバーを先頭に、夜中の新都を歩く一同。やがて、セイバーの足が止まった。
 「・・・ここは?」
 「10年前の冬木大火災の後で造成された公園よ。霊的にあまり良くない場所だから、気になるのかもね」
 「・・・そうですね。確かに気になります。全員、気を緩めないように」
 突如、セイバーが銀の甲冑を纏う。その手には、風王結界に包まれた、不可視の剣が握られていた。完全に戦闘態勢である。
 「セイバー?」
 「います!この公園の奥、醜悪な気配が感じられます!」
 闇の向こうを睨みつけるセイバー。
 「マスター、念のために、あの壁の準備だけはしておいてくれ。何が起こるか分からんぞ」
 ランサーの警告に、シンジがイリヤを後ろに庇いながら頷く。士郎は双剣を投影し、凛は魔術刻印を稼働させてガンドを準備し、ルヴィアは宝石を用意した。
 やがて聞こえてくる音。まるで何かを引きずるかのような音だった。
 真っ黒い雲に隠れていた月が、雲の切れ目から青白い姿を覗かせる。冷たい月光が、暗い公園に静かに降り注いだ。
 「・・・あれは・・・何だ?」
 公園のほぼ中央。一同は知らなかったが、それは先日、新都でギルガメッシュを飲みこんだ物体―アンリマユだった。
 誰も正体を知らない、不気味な黒い影。蛸の足に当たる部分が、ユラユラと不気味に蠢いていた。
 「・・・牽制攻撃を仕掛けてみるわ」
 「待って!」
 凛を制したのは、後ろにいたシンジだった。
 「・・・もしかしたら、僕はアレを知っているかもしれない」
 「本当?」
 「確証は無いよ。でも、雰囲気が似ているんだ。あれは僕の中に眠っている、悪意の塊に雰囲気がそっくり」
 「危ねえ!」
 シンジの背後に飛び込むランサー。その愛槍で、闇の中から飛んできた物体を次々に弾き落としていく。
 「出てきやがれ、アサシン。俺に飛び道具は通じんぞ?」
 「百も承知。故にマスターを狙ったのよ」
 闇の中に浮かんだのは、白い仮面である。
 「ちょうどいい、ここでお前を仕留めさせて貰う!」
 一気に間合いを詰めるランサー。その神速の槍捌きの前に、アサシンは確実に殺せるという自信もあった。が、大きな落とし穴が待ち構えていた。
 突如、ランサーの体にかかる重圧。その重圧に、ランサーは覚えがあった。
 (しまった!これは令呪の縛り・・・)
 アサシン・ハサンとは初めての戦い。それ故に、令呪による束縛の対象になってしまったのである。唯一の救いは、アサシンが応戦してきたことであった。
 せめて時間を稼ごうと、方針転換を図るランサー。ランサーがアサシンを引きとめれば、セイバーが自由に動く事が可能になる。それを考えれば、決して悪い考えではなかった。
 事実、セイバーは愛剣を構えながら、アンリマユ目がけて切りかかる。
 その時だった。
 「これは!」
 何の前触れもなく、セイバーの足元が沈む。それは地面に沈むのではなく、影へ沈んでいた。
 咄嗟に飛び退こうとするが、足もとが沈んでいるので、いくら力を入れても抜け出せない。仕方なく脱出を諦め、敵を殲滅すれば抜け出せるだろうと、覚悟を決めた時だった。
 「セイバー!」
 凛の呼びかけに、セイバーが顔を上げる。そこにはいつの間にか間合いを詰めていた、影が立っていた。
 「風王結界インビジブル・エア解除!約束された勝利の剣エクスカリバー!」
 最高峰の聖剣が、轟音とともに解き放たれる。だが同時に、セイバーは腰にまでその身を飲みこまれていた。
 セイバーを助けようと士郎が駆け寄ろうとする。だが―
 「そんな!」
 黄金の光に呑みこまれた筈の影は、全くの無傷であった。これには凛や士郎達も驚いたのか、呆気に取られている。
 その間にも、セイバーの体はますます沈んでいく。すでに胸まで飲みこまれたセイバーには、為す術など残されていない。
 「凛!撤退して下さい!こいつは、こいつは異様すぎる!」
 「セイバー!」
 「早く!飲みこまれて分かった!こいつはサーヴァントの天敵だ!」
 「それなら・・・令呪をもって命じる!セイバー、私の隣へ脱出しなさい!」
 セイバーの叫びに、凛が令呪を消費して強制召喚による脱出を図る。同時にセイバーの体が令呪の輝きに包まれた。
 力を得て、セイバーが脱出を図る。だが纏わりついた影は、令呪の支援を上回るほどの力を持って、セイバーを飲みこもうとする。そしてついに、セイバーは完全に飲みこまれた。
 左腕からセイバーとの契約を現す令呪が消失していく気配に、凛が悔しげに歯ぎしりする。
 「士郎!遠坂さんを連れて逃げて!」
 シンジの叫びに、士郎が即座に行動を開始した。影を睨みつけていた凛の手を取ると、無理矢理引っ張って走り出す。
 「ルヴィアさんはイリヤを!僕とランサーで足止めする!」
 「シンジ!?」
 「良いから行って!」
 凛と士郎がランサーとアサシンの横を駆け抜ける。すれ違いざまにアサシンが攻撃を仕掛けようとしたが、それはランサーによって阻まれた。
 「やらせねえよ!」
 ルヴィアとイリヤが遅れて駆け抜ける。そしてランサーの後ろにシンジが立ち、影への警戒を図る。
 「マスター!マスターも逃げろ!」
 「大丈夫!それより時間を稼ぐよ!」
 影の動向を警戒するシンジ。アサシンを封じ込めようとするランサー。セイバーを飲みこんだ後、全く動こうとしない影の為に、戦局は完全に膠着していた。
 もし攻撃してきたらATフィールドで防ぐつもりだったシンジにしてみれば、いささか拍子抜けというしかない。だが時間を稼ぐ事ができるのだから、戦局の膠着は有難い誤算でもあった。
 ランサーとアサシンが熾烈な鬩ぎ合いを続ける中、シンジは冷静に仲間達が公園の外へ逃げ出したのを確認すると、ポケットの中に入っていた物体を取り出した。
 加持から聞いていた通りに準備をすると、即座にアサシン目がけて走りだす。
 突然、向かってきたシンジに驚いたのはアサシンである。だが絶好のチャンスでもあるので、アサシンが迎撃をしようとする。その瞬間を狙って、シンジは目を瞑りながら手の中の物を放り投げた。
 まずは両眼を焼き尽さんばかりの閃光が走った。続いて鼓膜を劈くような轟音が轟く。
 スタングレネード。視界と聴覚を、しばらくの間麻痺させる非致死性武器。その効果は並の人間であれば確実に無力化に追い込む。
 サーヴァントは人間とは比べ物にならないほど身体性能に優れている。それは五感についても同様である。だが暗闇になれた視覚に閃光をあてられ、耳元で轟音を立てられれば、さすがに無事とはいかない。
 事実、アサシンもランサーもスタングレネードには参ったのか、動きがかなり鈍い。そこへシンジは走りより、ランサーの手を取ると、公園の外に指を向けた。
 幸い、スタングレネードが背後で使用されていた事もあり、視覚にダメージの無かったランサーは、シンジの意思を察すると、すぐに離脱した。
 小脇にマスターを抱え、最大速度で公園から離れていく。アサシンも追いかけようとするが、目も耳も麻痺していては、追いかける事など不可能に近い。
 やがてアサシンが麻痺から解放された時には、すでに公園から気配は消え去っていた。

サーヴァント・ステータス
クラス:ライダー
マスター:間桐桜
真名:メデューサ
性格:混沌・善
身長:172cm 体重57kg
特技:乗馬、軽業、ストーカー
好きな物:お酒、読書、蛇
苦手な物:鏡、身長測定
天敵:セイバー、コジロウ、葛木宗一郎
筋力:B  魔力:B 耐久力:D 幸運:E 敏捷:A 宝具:A+

クラススキル
対魔力:B 三節以下の魔術無効化。大魔術、儀礼呪法を用いても傷つけるのは難しい。
騎乗:A+ 獣であれば幻想種ですら乗りこなせる。ただし竜種は該当しない。

保有スキル
魔眼:A+ 最高レベルの魔眼キュベレイを保有。魔力が低い者は、ほぼ無条件で石化。高い魔力を持っていても、全能力値がワンランク低下する『重圧』をかけられてしまう。
単独行動:C マスターからの魔力が絶たれても限界していられる能力。ランクCなら1日程度。
怪力:B 一時的に筋力を増幅させる、魔物や魔獣が保有する能力。使用中は筋力をワンランク上昇させる。
神性:E− 神霊特性を持つが、殆ど退化している。

宝具 
自己封印・暗黒神殿ブレイカー・ゴルゴーン:C− 対人宝具
騎英の手綱ベルレフォーン:A+ 対軍宝具
他者封印・鮮血神殿ブラッドフォート・アンドロメダ:B 対軍宝具



To be continued...
(2011.04.09 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はライダーの再登場&セイバーの脱落がメインです。ライダーについては、勘の良い方は気づいておられたと思いますがwライダー姉さんには、次から本格的に登場して戴きます。
 それと今回の話の中で、シンジがスタングレネードを使っていますが、これについてちょっと補足をします。
 これをシンジに渡したのは加持です。シンジが攻撃能力を持たずに聖杯戦争に参加している事を知った加持が、慎二捜索の報告を終わらせた後に切り札として持たせておいた、という設定です。作中において描写はしていませんが、御理解下さい。私が単に書き忘れていただけですw
 話は変わって次回ですが、アサシンによる衛宮邸への襲撃と、暴走を始める臓硯サイド。それに巻き込まれてしまう一成・綾子・陸上部3人娘達の話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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