暁の堕天使

hollow編

序章

presented by 紫雲様


3月上旬、NERV本部会議室―
 会議室に集まる上級幹部達。彼らは諜報部が冬木市から持ち帰った情報の検討を行っていた。
 全員が目の前に配られた報告書を、食い入るように見つめている。
 「やはり、生きていたのね。シンジ君は」
 「そうだ。言峰シンジという名前で、現地の穂群原学園の2年生として在籍している。保護者は現地のカトリック系の教会を預かる言峰綺礼と名乗る人物。だが彼は2月半ばから消息不明。故に、諜報部でもシンジを引き取った経緯について、詳しい事情は訊けなかったそうだ」
 報告書に添付された、数枚の写真。穂群原学園の制服に身を包んだ、数ヶ月前の赤い眼帯をしたシンジの写真。長身であり、隻眼の美形という事で、隠れファンが存在していたので、このような写真が存在していたのである。
 だがその顔は無表情だった。あらゆる感情を押し殺したかのような、生ける死者とでもいうべき表情に、列席者達からうめき声が上がる。
 「ただこの冬木市では、不可解な事件が頻発している」
 「不可解な事件、ですか?」
 「そうだ。まず2月3日に、シンジ君が通っている穂群原学園において、薬品の気化中毒事件が発生。大多数の生徒・教師が病院へ入院となった。入院しなかったのは、10人以下という大惨事が起きている」
 「・・・そういえば、テレビで報道されていましたね。私もよく覚えています」
 日向の言葉に、冬月が頷く。
 「気になるのは、この情報が工作されたものである点だ」
 「工作!?何故・・・」
 「理由は分からん。だが校舎の一部が倒壊しているのは事実だ。これを考えれば爆発事件と考える方がよほど自然だ。だが爆死と思われる被害者数は0。恐らく、この点を考慮して薬品気化中毒事件と偽ったのだろうな」
 冬月の言葉に、大きく頷くミサト。
 「この工作を行った者も判明している。言峰綺礼、シンジ君の保護者だ」
 「シンジ君の保護者が!?」
 「そうだ。確かに隠蔽工作の手腕は見事というレベルではあったが、専門家ではない故に、いささか甘い点があったおかげで判明した。これについては省略させてもらう」
 添付されていた写真。そこには神父服をまとった40前後の男性、綺礼の姿があった。
 「次に、連日のように新都と呼ばれる繁華街を中心に起きていたガス中毒事件。件数は1晩に1回。これは考えられないほどの件数である。事件その物は1日から始まり、5日の事件の発生を最後に、ピタッと止んでいる」
 「ガス中毒事件なんて、そんなに起きる物ではありませんよね?被害者数はどれぐらいだったのですか?」
 「主に飲食店が中心だったこともあり、1店当たり20〜50名といったところだ」
 「普通では考えられませんね」
 マヤの感想に、隣に座っていたリツコが頷く。
 「実はこの事件も工作されている事が判明した」
 「それは本当ですか!」
 「うむ。被害者は病院へ搬送され、全て治療を受けている。不幸中の幸いと言うべきか死者が出なかった事だけが救いではあったな。それはともかくとして、診療カルテを諜報部が入手する事に成功した。碇博士、君の眼から見た感想を言ってもらいたい」
 手渡されたカルテに、目を通していくリツコ。やがて大きなため息を吐いた。
 「副司令の仰る通りです。このカルテによれば、被害者には衰弱―いえ、老衰の兆候がみられます。ガス中毒では、こうはなりません」
 「その通りだ。だからこの工作を行った者についても調査したのだが・・・浮かんできたのは言峰綺礼だった」
 「またシンジ君の保護者ですか!?」
 もはや悲鳴と化したマヤの叫びに、列席者達も同意したかのように、隣の者達と囁きだす。
 「それから2月12日。冬木市市長、氷室道雪氏の名前で、市民全員に対する避難勧告が発令されている。表向きはテロ活動からの避難という名目であったが、これについてはニュースで見た者も多いだろう」
 「ああ、そういえば、テレビでやっていましたね。確か戦自が出動とか言っていましたが」
 青葉の相槌に、冬月がウムと頷く。
 「気になるのは、テロ活動など起きていないという事実なのだ。それならば、何故、そんな事をする必要があったのか?道雪氏によれば、この当時―正確には6日ぐらいから行方不明になる市民が少しずつ表れており、それから間もなく失踪者の数は1日で2桁に及んだ。もはや地方の警察では何ともならんと考え、このような決断をしたそうだ」
 「・・・乱暴ではありますが、英断ですね。自分の保身より市民の安全を取った決断は評価される物です」
 「私も同感だが、気になるのは失踪者だ。全て含めると100名近い失踪者が、6日を皮切りに、僅か1週間ほどの間に発生しているのだ」
 その規模の大きさに、誰もが言葉を失っていた。
 「だが事件は、表沙汰になっていない。おかしいと思わないか?」
 「・・・確かに」
 「理由は簡単だ。全ての行方不明者が14日に全員発見されたのだ。多少の衰弱はあるが、全員怪我一つない。医師や警察が調べたそうだが、彼らは全員失踪していた間の記憶は、何一つとして覚えていなかった」
 会議室に降り立つ沈黙。空気が重くなる。
 「最後に順番が逆になってしまったが、2月11日の冬木市民病院倒壊事件。入院客・見舞客・医療関係者等、全てを巻き込んだ大惨事。被害者数は概算で1000人。この事件については全員、知っているな?」
 「まさか・・・あのミステリーの事ですか!?しばらくワイドショーを賑わせていた奇跡の生還!」
 「そうだ。1000人に及ぶ犠牲者が、14日の早朝に、倒壊した病院の敷地内で全員発見されたという事件だ。犠牲者数0、生還方法は不明、失踪していた間、何をしていたのかも不明という、あの事件だ」
 もはや彼らにとって、冬木市は理解できない魔都にしか思えなくなっていた。
 「さらに、もう一つ、報告すべき事がある」
 最後に、冬月が1枚の写真を取り出した。
 そこに写し出されていた少女の姿に、今度こそ全員が言葉を失った。
 「冬木市においてファーストチルドレン、綾波レイの姿が目撃されている。この写真は諜報部の者が偶然に発見し、写真に撮ったものだ。調査によると彼女は現在、衛宮士郎という人物の屋敷で生活している事が判明している」
 添付された写真。そこには制服姿の士郎が写っていた。
 「この少年は5年ほど前に養父を亡くし、以来、隣家に住んでいる藤村雷画氏を保護者に生活している。この少年とシンジ君は、非常に仲の良い友人であるそうだ」
 「シンジ君の友達ですか?」
 「そうだ。現在、この少年の家には10人以上の人間が暮らしているそうだ。その全てが血縁のない赤の他人であり、2月14日以降、ずっと一緒に暮らしている事が分かっている。その中にはシンジ君の知人が多数生活しているのだが、この望遠写真も見て貰いたい」
 すっと差し出された写真に、列席者達は更なる混乱へと陥った。衛宮邸の武家屋敷、その正門を出入りしている人物―加持リョウジの姿であった。
 「加持一佐じゃないですか!」
 「そうだ。周辺住民の言葉によれば、彼は2月の上旬からこの衛宮邸に姿を見せているそうだ。彼の関与は、これでほぼ確定と言えるな」
 しばらく写真を見つめていたミサトであったが、スッと席を立ちあがった。
 「副司令。発言を許可願います」
 「・・・言いたい事は予想できるがな、まあいい。許可する」
 「ありがとうございます。この冬木市への出張を許可願います」
 ミサトの心情を理解できない冬月ではない。だがそう簡単に納得できる物でもない為、冬月はゲンドウに裁断を委ねた。
 黙って視線を送る冬月。だがそれよりも早く、動いた者がいた。
 「副司令!アタシも行くわ!」
 「アスカ君?」
 「止めても行くわよ!アタシは直接、シンジに会いたいの!アタシは、アイツに謝ってない!直接謝りたいのよ!」
 冬月が渋い顔をする。今のアスカはNERVの看板である。その彼女に本部から離れられるのは、あまり認めたくないという考えがあった。
 「良かろう。ただし条件付きだ」
 「碇?」
 あまりにも意外なゲンドウの発言に、誰もがゲンドウへ視線を集中させた。
 「向かうのは私、葛城一佐、アスカ君の3名だ。あまり大勢で向かっては、先方に迷惑がかかるだろう」
 「おい、碇」
 「冬月。私も罪を償わねばならんのだ。留守中の事は先生に任せます。リツコ、家の事はすべて任せる」
 「・・・仕方ないですわね。カナエが顔を忘れないうちに、帰ってきてくださいね」
 愛娘の名前を引き合いに出され、ゲンドウは重々しく頷いた。

その日の夕刻、衛宮邸―
 現在、衛宮邸で寝起きする人間は、両手では数え切れない数になる。家主の士郎を筆頭に、マスターとしては凛、ルヴィア、イリヤの3人。サーヴァントとしてはランサー、セイバー、バーサーカー、コジロウ、アーチャーの5人。これに加えてイリヤのメイドのリズとセラの2人。さらにシンジとレイ、加持が加わり、総勢14人が常に常駐している。
 それに加えて、今日は桜とライダーも顔を出しており、更に退院した大河も合わせて、都合17名という大所帯となっていた。
 ただしバーサーカーは一般人のフリが出来ないので、霊体化している。これにはイリヤから不満が上がり、どこで調べたのかは分からないが、ハルク=ホーガンの衣装を持ってきてバーサーカーを一般人に仕立て上げようと言う涙ぐましい努力があった。だが2.5m300kgという巨体、真っ二つにTシャツを引き裂くほどの『首回り』、ジーパンを内側から粉砕するほどの『ふくらはぎ』まで誤魔化す事は出来ず、渋々、霊体化に妥協したのである。
 大河は自分が入院している間に、女性人口が跳ね上がっている事を知った瞬間、大爆発を引き起こした。しかも凛が遠坂家遺伝体質である『ウッカリ』を発動させてしまい、士郎とそういう関係にある事を暴露。何とか誤魔化さなければと『士郎とは結婚を前提に付き合っています』と言い逃れようとしたのだが、それをルヴィアに聞かれ『シェロの妻になるのはこの私です!』と泥沼化。そこへ騒ぎを聞きつけたセイバーと桜が『シロウのパートナーは私以外いません!』『先輩の伴侶になるのは私です!』と乱入し、ますます衛宮邸は混沌と化した。
 弟は行きつく所まで行ってしまったと判断した大河は、ここに至って白旗を上げざるを得なかった。大河曰く『ちゃんと責任は取りなさいよ、士郎!』。
 その言葉に頷かざるをえない士郎であった。
 イリヤは自分が切継の実の娘であり、リズとセラは自分付きのメイドだと紹介したのだが、これには大河も呆気に取られていた。
 問題なのはサーヴァント、何せセイバー以外は初めて見るメンバーなのである。
 ライダーは桜の遠縁の親戚、ランサーとアーチャーは外国から日本へ旅行に来た、切継の友人で何とか解決できたのだが、問題はアサシンである。
 何せ、彼の普段着は陣羽織。そして大河は剣道の有段者。下手な説明は疑惑を招く。
 結局、アサシンは古流剣術の宗家の跡取りであり、冬木市へは先代が世話になった切継を訪ねて来ていた、という事になった。
 多少、首は傾げていたものの、大河はその強引な説明を受け入れた。
 そんな大河も、レイに対しては比較的、甘かった。
 意識を取り戻さないシンジの傍から、全く離れようとしないレイ。そんな2人を見守る加持。その光景に心を打たれたのか、大河はレイを受け入れる事に前向きな姿勢を示したのである。
 そんな日の夕食時の事だった。
 外で買ってきた日本酒を、ランサーやアーチャー達と酌み交わしていた加持の携帯電話が鳴った。
 「・・・非通知?誰だ、一体・・・はい、加持ですが・・・は!?明日ですか!?」
 あまりにも珍しい加持の慌てぶりに、視線が集まる。
 「確かに仰る通りですが・・・はい・・・はい・・・分かりました。伝えてはおきますが、歓迎される保証はありませんよ?・・・はあ、分かりました。では」
 ピッと電話を切る加持。
 「加持さん、何があったんだ?」
 「あのな・・・明日の午後何だが、できれば全員、ここにいてくれないか?」
 「・・・そりゃ構わないけど、何でさ?」
 「碇司令、つまりシンジ君の実の父親が来るそうだ」
 居間に、形容しがたい沈黙が降り立った。僅かな殺気とともに。
 「・・・で、そいつは何をしに来るんだ?」
 「シンジ君に会いたいそうだ。あと同行者がいるんだが、レイにはそっちの方が重要だろうな」
 「弐号機パイロットが来るのね?」
 「ああ、アスカも来るそうだ」
 その言葉にレイは黙って頷いた。

翌日、衛宮邸―
 「ここに、シンジがいるのね?」
 「正確にはレイがいるんだけどね」
 「・・・行くぞ」
 黒塗りの高級車から降りてきたのは、いつもの制服姿のゲンドウと、士官用制服姿のミサト、それから学校指定の制服姿のアスカであった。
 開け放たれた門扉を潜り、インターホンを押そうとするゲンドウ。
 だがそれよりも早く、玄関が開いた。
 開けたのは家主である士郎。だがゲンドウの強面ぶりに、士郎が反応出来ずに硬直する。
 「・・・あー、士郎君。その人は間違いなく、シンジ君のお父さんだよ」
 後ろから聞こえてきた声に、ゆっくりと硬直を解く士郎。
 「失礼しました。俺は衛宮士郎、この家の主です」
 「私は碇ゲンドウ。息子とレイが世話になっている」
 非常にぎこちない会話。そこへ助け船を出す加持。
 「中へ上がって貰ったらどうだい?事情を聞きたいのは、中に山ほどいる筈だからな」
 「そうですね」
 「悪いが、俺は葛城と話がある。済まないが席を外すよ」
 
衛宮邸、居間―
 シンジの実父が来る。
 この報せに、居間は缶詰め状態であった。特にシンジと縁の深いランサーは、殺気を撒き散らし、セイバーに窘められている。
 そんな中、聞こえてくる足音。そして開く衾。
 歴戦のサーヴァントが、実力豊かなマスターが、強面など見慣れている筈の任侠一家の跡取り娘が、一瞬で凍りついた。
 先頭に立って現れた、ゲンドウの強面ぶりが原因である。
 思わずバーサーカーを呼出しそうになったイリヤを、凛とルヴィアが必死で抑え込んだ。
 「えーと・・・こちらがシンジのお父さんで・・・」
 「碇ゲンドウと言う。この度は息子とレイが世話になった」
 意外な事に、素直に頭を下げるゲンドウ。だが驚愕はここからだった。
 「シンジ!シンジはどこなの!」
 後ろから突き飛ばされるゲンドウ。その先にいたランサーが、マスターの遺伝子提供者の片割れの顔面急接近に、悲鳴を上げる。
 「ねえ、シンジはどこなの!」
 「え?シンジはあの向こう側に・・・」
 士郎の答えに、わき目も振らずアスカが隣室へ飛び込む。だが
 「・・・来ないで、弐号機パイロット」
 「ファースト・・・」
 「これ以上、碇君を苦しめないで・・・」
 レイの登場に、アスカが顔を歪める。
 「あの赤い海で、貴女が碇君に何をしたのか、覚えているでしょう?貴女は碇君が得られる筈だった物、全てを受け継いだでしょう?これ以上、何を望むと言うの?」
 「アタシは・・・」
 「帰って。碇君は貴女には渡さない」
 アスカの知るレイは、いつも無表情。声も小さく、ボソボソと囁くようにしか喋らない。そんなレイが感情を顕わにして、強い口調で断定する姿は、アスカを意気消沈させる物があった。
 アスカがペタンと座り込む。その肩が小刻みに震え、だがはっきりと口に出した。
 「嫌よ・・・絶対に嫌なの・・・シンジがいないと・・・寒くて・・・寂しい・・・」
 「それは貴女の一方的な我儘ではないの?」
 「分かってる・・・赤い海でアタシがした事だから・・・」
 しゃくり上げるアスカ。今の彼女の顔は、御世辞にも綺麗とは言えない。涙に鼻水を流し、まるで幼子のように泣いていた。
 「アタシが馬鹿だったのよ!プライドばかり固執して、シンジを見下す事しかできなかった!自分が弱いと認めたくなかったのよ!」
 「・・・」
 「手当たり次第に物をぶつけたのも!汚い言葉を浴びせたのも!用意してくれた食事をわざと無視したのも!やせ細ったアタシの体をシンジに見せつけたのも!全部アタシが悪かったのよ!・・・悔しかったのよ・・・シンジがファーストばかり見てるから・・・」
 今度はレイが固まる番だった。
 「サルベージの後で、シンジがアンタと仲良く話している姿を見て、アタシは嫉妬した!アラエルに心を暴かれた時、助けに来なかったシンジに怒りを感じた!アルミサエル相手にアンタが追い詰められた時、シンジが助けに出た事が悔しかった!」
 畳に拳を叩きつけながら、絶叫するようにアスカは続ける。
 「アタシはシンジに見てほしかった!だから、シンジがアタシに欲情した事を後で知った時、アタシは・・・嬉しかった・・・例え欲望の捌け口でしかなくても、アイツはアタシだけを見てくれたから・・・」
 「それなら、何で・・・」
 「あの赤い世界で、シンジはアンタしか見ていなかったから。だから、思ったの。シンジがアタシといるのは義務感でしかないんだ。シンジが一緒にいたいのはファーストなんだ、って。それなら、それなら嫌われた方がマシよ!」
 アスカの吐露した本音に、レイは凍りついていた。レイが一番望むのは、シンジの幸せである。使徒戦役の頃、レイは確かにシンジに対して慕情を抱いていた。だがシンジを心から笑わせる事が出来たのは、アスカであった。
 だからこそ、レイはアスカに期待していた。サード・インパクトで傷ついたシンジを癒せるのは、アスカしかいない、と。
 その期待を裏切ったのはアスカである。それは事実だ。だがその原因に、自分が関わっているとは、レイは全く考えていなかったのである。
 アスカが『シンジはレイばかり見ている』と考えたように、レイは『碇君はアスカばかり見ている』と思っていたから。
 「それなのに、それなのに、嫌われたくないの!好きになれば惨めな思いをするだけだと分かっているのに、それでも嫌われたくないのよ!シンジが好きなの!二度と離れたくないの!」
 「・・・馬鹿ね・・・私も貴女も・・・自分の事が見えてなかったのね・・・」
 レイがシンジの傍から離れる。その行動に、アスカが顔を上げた。
 「しばらく2人にしてあげる」
 「・・・ありがとう・・・レイ・・・」
 初めてアスカに名前で呼ばれたという事実に驚きを感じながら、レイはシンジが眠る部屋を後にした。

 「えっと、これ使ってください」
 「うむ、感謝する」
 濡れタオルを士郎から手渡されたゲンドウは、後頭部にできた大きなタンコブを冷やす事に専念していた。
 アスカが飛び込んできた時、ゲンドウはランサーに向かって突き飛ばされた。ランサーは反射的に迎撃行動を起こし、見事にゲンドウを柱に叩きつけていたのである。
 「それで、シンジをどうするつもりなんですか?第3へ連れて帰るつもりですか?」
 「・・・出来ればそうしたい。そうしたいのだが・・・それが正解とは思えんのだ。私からも君達に訊ねたい事がある。2月1日から14日まで、この冬木市で事件が頻発している。それとシンジの関わり合いについて教えて貰いたい」
 具体的な日付がでた事で、居間の空気が一変した。ただ1人、大河だけが『?』と首を傾げている。
 その大河が、急にカクンと崩れ落ちた。その後ろにはイリヤが立っている。
 「シロウ、教えてあげなさいよ」
 「イリヤ?」
 「そうしないと、その人、絶対に帰ってくれないわよ」
 イリヤの意見に、凛とルヴィアがコメカミを解しながら大きな溜息を吐いている。
 「はあ・・・じゃあ教えてあげます。シンジと俺達との関わりをね」

2時間後―
 雨の降る寒い冬。黒い雨雲を、ゲンドウは縁側に立って、ただ呆然と見上げていた。
 自分が幸福を甘受していた間に、シンジが味わってきた苦悩の日々。そして聖杯戦争という真実。特に自殺を願うほどに追い込まれていたと聞かされたゲンドウは、今更ながらに自分の罪を再自覚させられていた。
 「・・・司令」
 「レイか・・・この3年間、シンジを守ってくれて、ありがとう・・・」
 「司令は碇君を連れて帰られるんですか?」
 その問いかけに、ゲンドウはポツリと呟いた。
 「それはできん。事情は聞いたからな。私は今晩の便で帰るつもりだ」
 「そうですか」
 「先程、衛宮君にレイとアスカ君の事を頼んでおいた。アスカ君はしばらく、こちらにいる事になるだろう。葛城君にも護衛として残って貰う。仲良くしてやってくれ」
 そのまま曇天を見上げていたゲンドウが、ポツリと呟く。
 「レイ。お前にも辛い思いをさせてしまった。だがその分、お前は成長したようだな」
 「どういう意味ですか?」
 「お前に芽生えた心が、大きく成長した、と言う事だ。私の知っているレイであれば、もっと違う反応を返している。お前は立派に人間となったのだな」
 その言葉に、レイは無言であった。レイは自分が使徒であるので、人間ではないと自覚している。ゲンドウにしてみれば、心を持つ=人間という意味で言ったのだが、その辺りの機微を理解出きるほどには、成長していなかった。
 「私にできる事があれば、すぐに連絡をいれてくれ。連絡先は覚えているな?」
 「はい。問題ありません。ですが本当に良いのですか?碇君は・・・」
 「私は自らの意思で、あれの親たる立場を放棄した男だ。今さら親などとは言えん・・・この先、私は二度とシンジの前に、父親として現れるつもりもない。その資格は、すでに私から失われてしまったからな」
 ゲンドウが腕時計に視線を落とす。時間を確認すると、ゲンドウはスッと立ち上がった。
 「レイ、シンジを頼む」
 そのまま玄関へ向かうゲンドウ。途中、きつい視線を向けるランサーの姿があった。
 「・・・アンタ、それでもマスターの親父さんかよ」
 「・・・君がシンジを守ってくれた事には感謝している。シンジは私にとって、たった1人の息子だ。それは事実だが、私に父親たる資格が無かった。それだけの事だ」
 「アンタはそれで良いかもしれねえ。だがマスターの事を少しでも考えたのか?」
 立ち去ろうとしていたゲンドウの足が、ピタッと止まる。
 「綺礼の野郎を俺が手にかけた時、マスターは父親を手にかけるのは初めてじゃないから平気だと言った。けどな、本当に平気なら、そんな事は言わねえよ。そうやって虚勢を張らなきゃ耐えられないから、わざわざ口に出したんだ。1度目ってのは、アンタの事だろう?実の息子にそこまで重荷を背負わせて、逃げるつもりなのかよ!」
 「・・・今さら謝った所で、私が許される筈も無い。今の私にできる事は、影から手を貸す事と、シンジの邪魔にならぬ事だけだ・・・」
 「だったら、尚更じゃねえか!その頭を下げて、マスターの重荷を減らしてやればいいだろうが!」
 ランサーの怒声が聞こえてきたのか、奥からセイバーとコジロウが走ってきた。その姿に、ランサーはチッと舌打ちすると、ゲンドウから離れる。
 「・・・シンジには君達がついている。もう心配はない」
 「勝手にしろ!」
 「ああ、そうさせて貰う・・・シンジを守ってくれて感謝している。ありがとう」
 それだけ言うと、ゲンドウは傘もささずに雨の中を歩きだした。そのまま門前に停まっていた車に乗り込む。
 やがて車は、雨の向こうへと姿を消した。

 霊体化してゲンドウの乗った車が雨の向こうへと消えたのを確認したランサーは、居間へと戻ってきた。
 「帰ったみたいだな」
 「ああ、本当に帰りやがった。マスターの親父じゃねえのかよ、アイツは!」
 不機嫌極まりないランサー。それを窘めたのは、意外にもレイであった。
 「・・・碇司令は、碇君の事が怖いのよ」
 「どういう意味だい、嬢ちゃん」
 「碇君は、お母さんにそっくりなの。だから碇君を見ていると、司令は自分が碇君のお母さんに責められているような気分になるのよ。だから碇君が3歳の頃から、一緒に暮らすのを止めてしまったの」
 「だったら、尚更じゃねえか!」
 「そうね。でも、司令はここへ来たわ。怖いのを我慢して、司令はここへ来たのよ。それに、あの人が『ありがとう』なんて言うの初めて見たわ」
 まだ納得できないのか、ランサーは怒りで眦を釣り上げたまま、隣室へと向かった。
 そこには目を覚まさないシンジと、それに抱きつくようにして熟睡しているアスカがいる。
 「この嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
 「・・・ここ一年ほど、不眠症にかかっていたそうよ。薬を使っても、眠れないほど自分を責め続けていたみたい」
 「・・・マスターから聞いちゃいたけどよ、何で子供を戦わせてんだ・・・」
 神話において、クー・フーリンは自分を憧れの対象とした少年達を、戦場で死なせている。だからこそ、子供が最前線に立つということに対して、人一倍、嫌悪感を感じるのかもしれなかった。
 「それより、ランサー。シンジについて相談したい事がある。こっちへ来てくれ」
 「おう、すぐ行く」
 アスカに毛布をかけると、ランサーは衾を閉じた。
 だから、誰も気づかなかった。
 シンジの左手に重ねられたアスカの左手。その甲が、ボンヤリと光った事に。

Interlude
 雨が止んだ夜。まだ宵の口という時刻に、彼女は現れた。
 「・・・誰もいないのかしら?」
 シーンと静まり返る一室。だがカツーン、カツーンという足音が聞こえてきた。
 ギーッという音。ゆっくりと開くドア。
 「何者だ。ここには誰もいない。すぐに帰るがいい」
 「・・・私はこの教会の責任者として赴任したカレン=オルテンシア。貴方がギルガメッシュね?」
 「ふん。雑種ごときに気安く名を呼ばれる筋合いなどないわ。とっとと去ね」
 踵を返すギルガメッシュ。だが次の瞬間、ギルガメッシュは拘束されていた。
 「な、何だ!」
 「・・・フィッシュ・・・」
 「き、貴様!この我を愚弄するか!」
 「・・・少し、調教してさしあげます」
 
 深夜の冬木教会に、絶叫が轟いた。

翌日、衛宮邸―
 久しぶりの安眠と、士郎手製の朝食に気力も体力も回復させたアスカは、士郎からシンジが体験してきた聖杯戦争についての事情を聞いていた。
 その隣にはミサトも座っている。昨日、ゲンドウ帰還後に加持とともに衛宮邸へ戻ってきた彼女は、その顔から陰りを取り去っていた。
 今の彼女はアスカの護衛として、冬木に滞在しているのである。
 「・・・ホント、馬鹿シンジよね・・・3年経っても、中身はちっとも変ってないんだから・・・」
 「そうね。体ばかり大きくなって、でも優しい性格は変わらなかった・・・」
 2人がシンジの頬に手を伸ばして優しく撫でる。だが冷え切ったシンジは、全く目を開こうとはしなかった。
 「私達で調べてはみたんだけど、今の言峰君は、人間で言うなら仮死状態に近いわ。魂を取り戻せば何とかなるんだけど・・・」
 「貴女達の魔術とかで何とかならないの?」
 「それが全然ダメなのよ。キャスターにも頼んでみたんだけど、彼女が無理と言う時点で、正直お手上げ状態なのよね」
 凛の発言に、アスカが真剣に考え込む。
 「レイ、シンジは魂が外へ飛び出している。それで良いのよね?」
 「そうよ」
 「遠坂さん。そのキャスターという人は、どうして無理と言ったのか、理由は聞いてる?」
 「凛、でいいわよ。貴女の事もアスカと呼ぶからね」
 呼び方を訂正しつつ、凛は簡潔に応えた。
 「反応が無い、そう言っていたわ。キャスターの力なら、冬木市一帯を捜索するぐらいは簡単な事よ。それでも反応が無い、という時点でキャスターは捜すのを断念したのよ。幾らキャスターでも、それ以上捜索範囲を広げるのは、難しいからね」
 「・・・シンジと契約していたのはランサー、だったわよね。今でも契約は有効なのかしら?」
 「ああ。それは問題ない・・・ちょっと待て!どういう事だ!」
 突如、怒声を上げたランサー。その目に浮かぶのは激しい怒り。
 「説明しろ!どうして、嬢ちゃんが俺のマスターになってるんだ!」
 ランサーの視線は、アスカの左手に注がれていた。そこには残り一画となった令呪が刻まれている。
 「アタシがマスター?何の冗談よ、それ!」
 「その左手だ!それはマスターの令呪だ!」
 この異常事態に、全員が色めきたった。事情が理解できないミサトは、呆然と事の成り行きを見守るしかない。
 「間違いない。俺と嬢ちゃんの間でパスが繋がっている。一体、何をした?」
 「知らないわよ!アタシはついさっきまで魔術なんて知らなかったんだから!」
 近づいてきたイリヤが、アスカの令呪を確認する。そのままイリヤはシンジの元に近寄り、同じように確認した。
 「間違いないわね。ランサーのマスター権が移動しているのよ。シンジの令呪が消えているわ」
 「ちょっと・・・何が起こっているというのよ・・・」
 突然の出来事に、混乱に陥る一同。そこへ更なる混乱が襲いかかる。
 「凛、少し、よろしいですか?」
 「何?セイバー」
 「聖杯の気配がします。間違いありません、聖杯戦争が起きようとしているのです」
 呆気に取られる凛。慌ててその場にいたサーヴァントへ確認を取っていく。
 結果は全て同じ。その場にいた全てのサーヴァントが頷いて見せる。唯一の例外はバーサーカーであった。
 イリヤ曰く『理由は私にも分からないけどね』。
 「・・・どういう事だ?大聖杯が破壊されていなかったという事なのか?」
 「ランサー。貴方の疑問は、ひとまずストップして。まずは大聖杯を確認に向かいましょう」
 
 大聖杯の調査には、凛とアーチャー、そして聖杯に汚染された経験を持つセイバーと士郎が向かっていた。
 そして調査を終えて帰宅するなり、凛は全員に告げた。
 「間違いないわ。大聖杯が蘇っている。近日中に、聖杯戦争が始まるわ」
 
 立て続けに起こり始めた異常事態に、一同は頭を抱えていた。
 聖杯戦争の再開。ランサーのマスター権の移動。そのどちらも理由は不明である。
 そんな中、桜から令呪について説明を受けていたアスカが、ふと思いついた事を口にした。
 「令呪っていうのは、体とサーヴァントの繋がりなの?意識とサーヴァントの繋がりなの?それとも魂とサーヴァントの繋がりなの?」
 この問いかけには、全員が面くらった。誰もそんな事は真剣に考えた事等無かったからである。
 「・・・バゼットは腕を斬られていたな。それで令呪を綺礼がテメエのに移していたな」
 「けど綺礼は令呪を言峰君に移す時、自分の腕を斬り落としていないでしょ?そうなると体ではないわよね?」
 「ルール・ブレイカーで無効化された事を考えると、魔術的な繋がりなのは確実だけど、魔術って言うのは意識と魂、どっちなんだ?」
 「普通に考えれば意識ではないでしょうか?それは魔術が知識の集大成である事を考えれば理解できます」
 「少しお待ちください。本来、サーヴァントはマスターに似た者が呼ばれます。それは意識―言いかえれば性格よりも、魂の在りようが反映されると考えた方が良い。そうなると令呪に限るならば、魂ではないでしょうか?」
 「私もライダーに賛成だ」
 喧々諤々の大論争。魔術に疎いアスカは、結論が出るのを黙って待っていた。
 そして出た結論は『魂』。それにアスカが考え込む。
 「令呪はマスターの魂とサーヴァントを繋げている。それが消えても、それは魔術的な繋がりが消えただけで、魂その物が消滅した訳ではない。だから、まだシンジは無事。そう言う事よね?」
 「ああ、そうだ」
 「そうなると、シンジの魂は体の外にあるけど、まだ無事だという事が仮定できる。もし魂が消えていれば、令呪自体が既に消えている筈だから。そうならなかったのは、シンジの魂が顕在だったからよ」
 アスカの推測に、反論の言葉は出て来ない。
「それなのにキャスターさんの捜索に反応が無い。答えとしては2つ。1つは冬木市の外にまで飛ばされた場合。もう1つは反応できない状況にある場合。例えば・・・気絶や冬眠、或いは隔離されているというような状況はありえないかしら?」
 「魂の隔離・・・面白い意見ね。確かにあり得るかもしれないわ」
 賛同したのはイリヤである。アインツベルン家は第3魔法、魂の物質化に携わってきた一族。魂についてならば、この場の誰よりも詳しかった。
 「けど、それ以上追及するなら情報が足りないわ」
 「そうね。キャスターの意見も聞いてみたいし、ちょっと顔を出してくるわね」
 「待って!アタシも連れて行って!」
 立ち上がったアスカに、凛が足を止める。
 「お願い。このまま待っているなんて耐えられないのよ。アタシも一緒に行くわ」
 「・・・分かったわ、それじゃあ行きましょうか」

葛木邸―
 聖杯戦争終結後、葛木とキャスターは雷画が用意した木造アパートへ引っ越していた。築30年、4畳の1K、風呂無し、西向きという建物は、もとはお姫様であるキャスターの事を考えれば、決してありえない選択肢である。
 だがキャスターは、敢えてそこを選んでいた。
 『だって、新婚夫婦のお約束なのでしょう?』
 柳洞寺で寝起きしていた際、テレビの『懐かしの歌謡曲特集』で『神田川』を聞いた事が原因らしいとは、ここを紹介した雷画の台詞である。
 そんな自称・新婚夫婦の家へ2人の少女は訪れていた。
 凛はともかく、アスカはキャスターにとって初見の相手である。最初は首を傾げていたが、アスカの『シンジを助けたいんです。知恵を貸して下さい』という言い分に気付いたのか、素直に室内へ招き入れた。
 中央に丸い卓袱台と、座布団だけが置かれた狭い部屋。葛木は外出しているのか、姿が無かった。
 「それで、何を訊きたいのかしら?」
 凛の説明に、キャスターが頷きを返す。やがて一通りの説明を聞いた所で、キャスターが口を開いた。
 「確かに、隔離というのは想定していなかったわね。でも隔離だと、私達に力が流れてきているという事実と矛盾しないかしら?魔術において隔離と言うのは、完全に空間ごと閉じ込めてしまう事。結界とかを使ってね。だから、少しでも隙間があるようでは隔離とは言えないわ」
 「そう言われてみれば、そうよね・・・」
 「けれども、今の意見で1つだけ仮説を思いついたわ」
 一縷の希望に、アスカが真剣にキャスターを見つめる。その眼差しに、多少の居心地の悪さを覚えながらも、彼女は素直に答えた。
 「融合よ。彼は、他の何かと1つに融け合って、意識を沈ませているのかもしれない。これなら私達には力が流れてきていても、魔術で探索できない辻褄を合せる事が可能よ。融合相手が彼の力を使いこなしている、という前提条件が必要になるけどね」
 「いえ、十分よ。正直、私にもそれ以外の可能性は思いつけないわ。だとすると、融合相手はそれなりの力を持っているはずね」
 「そうね。今の私に答えられるのは、それぐらいね」
 「十分よ。今は少しでも、情報が欲しい段階だから」
 立ち去ろうとする凛。だがアスカはすぐには立たずに、キャスターに深く頭を下げた。
 「ありがとうございました」
 「1つだけ良いかしら?貴女にとって、あの少年はどんな存在なの?」
 「二度と離れたくない相手です。ずっと傍にいて欲しいんです。アタシの事を見て欲しい人なんです」
 「・・・そう。それなら、頑張りなさい。私も彼のおかげで、今の生活を楽しんでいるという自覚はあるわ。だから借りがある事も理解してる。今さら聖杯戦争に参加するつもりはないけど、借りを返す為なら手伝ってあげるから、何かあったら来なさい」
 「・・・はい」
 部屋を立ち去る凛とアスカ。その姿をドアの外で見送りながら、キャスターは2人の姿をずっと見つめていた。

Interlude―
 「・・・こ、ここは・・・」
 「やっとお目覚めかい?マスター」
 ソファーから身を起こした麗人をマスターと呼んだのは、ソファーに背中を預けていた影であった。
 全身は黒いと言っても良い肌。そこに無数の入れ墨が、全身に万遍無く施されている。額には赤いバンダナを巻き、その顔立ちは少年と言ってい良い幼さを感じさせた。
 「貴方は?」
 「おいおい、マスター。ボケちまったのかよ?まあいいさ、もう一度名乗っておくぜ。俺はアンリマユ。アンタのサーヴァントでクラスはアヴェンジャーだ。それで、マスターは自分の事を覚えているかい?」
 麗人はソファーから身を起こし、近くにあった姿見の鏡の前に立った。一瞬、中身のない左腕の袖が風に揺らめいた。だが見間違いだったのか、左腕はしっかりと存在していた。その甲に刻み込まれた令呪とともに。
 「私はバゼット。バゼット・フラガ・マクレミッツ。協会の封印指定執行者。そして聖杯戦争の参加者です」
 「おー、ちゃんと覚えてるじゃねえか!」
 「当然です。どうやら、少し寝ぼけていたようだ、どうも記憶がはっきりしない」
 「おいおい、しっかりしてくれよな。聖杯戦争の予備知識について、念の為にお浚いと行こうか。まずは俺達の契約の証しだが」
 無言のまま令呪を見せるバゼット。
 「オーケー、オーケー。その通りだ。それから、クラスについてだが、俺はアヴェンジャー。復讐者を意味するクラスだ。他にはセイバー、アーチャー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカーがいる訳だが、どうも今回は様子が違うようだ」
 「何かあったと?」
 「バーサーカーがエントリーされてねえんだ。代わりにアサシンが2体、エントリーされている」
 「ふむ・・・まあ良いでしょう。聖杯と言っても、別に神が造った物ではない。人間の魔術師が作り上げた物です。イレギュラーが起きても、不思議はないでしょう」
 バゼットの言葉に、アヴェンジャーがそうだな、と軽く頷く。
「それで、どうする?調子が悪いなら、聖杯戦争の参加は明日からにするかい?」
 「いえ、時間は貴重です。少なくとも地理の把握ぐらいは済ませます。行きますよ、アヴェンジャー」
 そういうと、男装の麗人バゼットは、アヴェンジャーとともに夜の闇の中へと姿を消した。



To be continued...
(2011.05.14 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 ついに暁の堕天使最終章であるhollow編の開始となります。リタイヤしたシンジに代わり、ランサーのマスターを務めるアスカ。シンジの魂を求めて、繰り返される4日間を駆け抜ける彼女に、もうしばらくの間お付き合い下さい。
 また原作同様に、裏の主人公としてバゼットも登場します。彼女は彼女にとっての第5次聖杯戦争を勝利すべく、繰り返される4日間を駆け抜けます。
 ちなみに繰り返される4日間については、若干ですが設定を変えています。原作は世界観設定として『繰り返される4日間の間に、アヴェンジャー以外の6体のサーヴァントを倒す事』が必要でした。これは4日間の間に倒しきれなかった場合『最初からやり直し』という意味です。
 この設定を『サーヴァントは1回倒せば良い』という条件に変えています。分かり易く説明すると、最初のループで倒したサーヴァントがいれば、次以降のループではそのサーヴァントはもう倒さなくても良い、という事です。何でこうしたかと言うと、単に私の実力では書き切れないので、簡単にしたかったというだけです。
 他にも変更点はありますが、それは作中において徐々に明らかになります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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