暁の堕天使

hollow編

第一話

presented by 紫雲様


3月10日―
 聖杯戦争の再開。この突然の出来事に、7組の主従達はそれぞれらしい行動を起こした。真剣に調査する積極的な者もいれば、我関せずとばかりに無視を決め込む者もいたりと、その反応は様々である。
 その積極的な主従コンビの中に、アスカ・ランサーの主従も混じっていた。ランサーにしてみれば、アスカが己のマスターになったという事実を、正直なところ、不快に感じていた。彼にとってのマスターは、聖杯戦争をともに駆け抜けたシンジだったからである。
 だがシンジを取り戻したい。その一点において、ランサーとアスカの考えは共通している。目的が同じであるのならば、敵対する必要もない。それならば、敢えて仲違いせずとも、手を組んだ方が効率が良いのは誰の目にも明らかである。
 一方、アスカにしてみれば、ランサーの態度は不愉快極まりなかった。乱暴な言葉使いは我慢するにしても、明らかに自分へ不信感を持たれていたからである。
 そのアスカがランサーと組むために自分を押し殺した理由は2つ。
 1つ目はランサーは言葉使いこそ乱暴だが、基本的には裏の無い、まっすぐな性格である点。
 2つ目はシンジへの対応が真摯な物である点だった。ランサーは何よりも、まず第一にシンジを考えて行動している。その点だけは、アスカも認めていたのである。
 お互いに『仕方ないか』という消去法的な考えでコンビを組んだ2人は、アスカの要望で教会へと向かっていた。
 『シンジが生活していた場所を見たい』
 その小さな我が儘は、ランサーにも理解できた。目の前の少女が、己のマスターに恋心を抱いているのは周知の事実。それならば、好奇心を刺激されるのも仕方ないだろうと思ったのである。
 動きやすい白のトレーナーと赤いスカート姿のアスカと、アロハシャツにジーパン、サングラス姿のランサーは、春とは言えまだ肌寒い冬木の街を歩いていた。
 やがて見えてくる教会。まだ肌寒い3月だというのに、敷地の花壇からは青い芽が元気な姿を覗かせていた。
 アスカが花壇に近寄り、芽に触れる。
「そいつはマスターが世話していた花壇だ」
「シンジが?・・・そうなんだ、シンジ・・・」
「しかし、おかしいな。マスターも綺礼もいねえんだぞ?あの金ぴか大王が水やりなんて殊勝な真似をする訳もないだろうに」
ランサーの視線は、水で湿った花壇の土に向けられていた。明らかに人の手で水をかけられた痕跡である。
「・・・水をかけていたのは私です」
その声に、2対の視線が注がれる。
そこにいたのは、アスカと同年代と思われる小柄な少女だった。銀色の髪の毛に、金色の瞳、シスター服の袖口からは、包帯を巻かれた腕が覗いている。
「嬢ちゃん、名前は?ここの教会に、嬢ちゃんみたいな人間は住んでいなかったぜ?」
「ええ。私も先日赴任したばかりですから。私はカレン。カレン=オルテンシアと言います。この教会の新しい責任者です。納得頂けましたか、槍の英霊さん?」
ランサーの気配が変わる。今のカレンの言葉で、カレンが聖杯戦争に関わっている事を理解したからである。
「・・・確かに俺はランサーだ。だが何故、俺がランサーだと分かった?俺は槍を見せてはいないぞ?」
「それについてはお答えできません。ただ私は聖杯戦争の顛末を知っていると言う事だけです」
「どちらにしろ、てめえが怪しいって事は間違いねえようだがな!」
一触即発の空気が漂い出す。それを押しとどめた者がいた。
「待って」
「邪魔すんな、嬢ちゃん」
「良いから黙って。アタシはここへ戦いに来た訳じゃない。シンジの足跡を見たくて来たのよ。邪魔をしないで」
チッと舌打ちしながらランサーが後ろへ下がる。
「アタシはアスカ。惣流=アスカ=ラングレー。ここに住んでいた言峰シンジの家族みたいな者よ。アイツが住んでいた場所を見たくてやってきたの。アイツの部屋を見せて貰っても良いかしら?」
「それは構いません。ですが私では案内できないので、代わりの者を同行させます」
「・・・もしかして、貴女、目が?」
「全盲、という訳ではありません。お気になさらず・・・出てきなさい、ギル」
カレンの呼びかけに、姿を現したのは外見年齢10歳ぐらいの男の子であった。
「何ですか?・・・あれ?何でランサーさんがいるんですか?」
「お前、ひょっとしてギルガメッシュか!?何で子供になってるんだよ!」
「実は、大人の僕は『小娘如きに王たる我が従えるか!』と叫んで、若返りの薬を飲んでしまったんです」
ふう、とため息を吐く子ギルの姿に、ランサーがポンポンと肩を叩く。
「あら?小娘ごときで悪かったわね」
瞬間、子ギルがピン!と背筋を伸ばす。
「ランサー、確か貴方も彼の部屋はご存じですよね?この子はたった今、急用を作りましたので、案内は不可能になりました」
「え!ちょ、ちょっと!急用って!」
「少し、調教が甘かったようですね。これから貴方を躾け直します」
地下室へと子ギルを強制連行するカレン。子ギルの悲痛な叫びが青空に響く。
「助けてー!ランサーさん!」
「・・・まあ、頑張ってくれや」
「鬼!悪魔!人でなし!犬っころ!」
「誰が犬だ!このクソ餓鬼!」
ランサーの怒りの叫びは、地下室へ通じる重厚な金属製のドアに、無情にも弾き返されていた。

広さにして4畳半。南側に明り取りの小さな窓。板敷の床の上には、パイプのベッドと布団が一式。部屋の片隅には小さな箪笥が置かれ、その隣には小さな机と椅子がある。机の上には数冊の本が丁寧に並べられている。
たったそれだけしかない小さな部屋。それがシンジの持ち物だった。
「ここがマスターの部屋だ」
ランサーの案内に、アスカがゆっくりと室内を歩いて回る。
「・・・私物とか置いてないのね・・・アイツ、第3にいた頃は、それでも趣味とかあったのに・・・チェロ、止めちゃったのかな・・・」
「チェロは学校で演奏してたな。吹奏楽部に入部していたが、大会とかには出たくないと言い張っていたらしい」
「・・・少しは・・・少しは自分の事を考えなさいよ・・・馬鹿シンジ・・・」
シンジの真意は、アスカにも理解できていた。
シンジのチェロの腕前をもってすれば、全国大会へ出る事など容易い。だがそんな大きな規模の大会に出てしまえば、それなりに顔が売れてしまう。そうなればアスカの目につく確率も、飛躍的に跳ね上がってしまう。それを恐れたからこそ、シンジは目立つ事を嫌っていたのだ。
「・・・ねえ、ランサー。アンタはアイツの演奏、聴いた事がある?」
「ああ、あるぜ」
「そっか。アンタが羨ましい。アイツの傍に、無条件でいられるんだから」
スッと立ち上がるアスカ。
「ランサー、アイツが通っていた学校を教えて。次はそこへ行きたい」
「・・・わかった。こっちだ」

穂群原学園前―
 半壊した穂群原学園。そこにアスカは立っていた。
 ライダーの騎英の手綱によって壊れた校舎の修理は、現在は急ピッチで進んでいる。生徒達の大半が緊急入院という事情もあり、春休みまでを利用して、校舎の修理を済ませる旨を書いた張り紙が、校門に張り出されていた。
 呆然と校舎を見上げるアスカ。吹きすさぶ冷たい風が、アスカの髪の毛を揺らめかす。
 「あれ?ランサーさん!」
 「お?何だ、嬢ちゃん達か」
 ランサーに気づいて歩み寄ってきたのは、陸上部3人娘であった。自主練習中らしく、鐘と楓はジャージ姿、由紀香は自転車で後を追いかけていたのである。
 「それと、俺の事は呼び捨てで構わねえ」
 「そうか。ではお言葉に甘えさせていただくか。ランサー、あれから言峰の調子はどうなのだ?」
 鐘の言葉に、アスカが振り向く。同時にアスカの顔を見た楓が『あー!』と叫び声を上げかけ、慌てたランサーに口を塞がれた。
 「頼むから静かにしてくれ」
 「それだったら、近くの公園に行きましょう。ここで話すのも目立ちますから」
 由紀香の意見に、全員が頷いた。

 アスカの存在は、彼女達もレイと加持から聞かされてはいた。アスカがどんな少女なのかという事も、おおよそは聞いている。
 使徒戦役のトップエース。性格は勝気で強気。自他共に認める天才肌だが、実際には努力を積み重ねる秀才タイプである事。シンジにとっては想い人であり、シンジが汚してしまった相手。そして現在、喧伝されている実績が本当はシンジの物であり、彼女はその実績を譲られただけに過ぎない事も、3人は理解している。加えてレイの言い分もあり、正直な話、彼女達はアスカに対して良いイメージを持っていなかった。
 ところが今のアスカは、消沈気味である。
 本来なら感情の赴く儘に行動する楓ですら、話しかけるのを躊躇うほどに、今のアスカは重い空気を纏っていた。
 「ねえ、教えて欲しい事があるの」
 口火を切ったのはアスカだった。ブランコに腰掛け、顔を俯けたままのアスカから、小さく弱々しい声が漏れる。
 「シンジは、どんな人だった?」
 「それは貴女の方がよく知っているのではないか?」
 「アタシが知っているのは、3年前のアイツだから・・・」
 その言葉に、鐘が考え込んだ末に答えた。
 「自虐的な男だったな。それでも最初の頃は良く笑っていたよ。それなりに友人もいて、高校生活を楽しんでいた。文化祭の時は女装までやって、学校中を盛り上げていたよ」
 「けどさ1年の時、正月のお参りの後で、アイツはアンタを汚したと告白した。それからだったな、言峰が孤立しちまったのは。先月の騒動の時、アイツが私達を助けてくれるまで、アイツの傍にいたのはブラウニー、いや衛宮だけだったよ」
 「・・・今にしてみれば、言峰君、助けを求めていたんだろうね」
 3人の言葉に、アスカの肩が震えだす。
 「アスカ嬢。私達も訊ねたい事がある。どうして貴女はここに来たのだ?こう言っては失礼だが、世界の英雄となった今の貴女は、アイドルどころか女神のような存在だ。そんな立場の貴女にとって、言峰の存在は足枷になるのではないか?」
 「・・・足枷なんかじゃない。アイツは足枷なんかじゃないの!アタシは、アイツの事が好きだから助けたい!アタシはアイツさえいてくれれば、他には何もいらないの!」
 真っ向勝負の言葉に3人が顔を赤らめる。
 「アイツの事、教えてくれてありがとう。アイツの事、少しは知る事が出来て嬉しかった」
 スッと立ち上がったアスカの両眼は、何度も泣き腫らして、青と黒の瞳が赤く変化している。
 だがその決意を秘めた表情には、一本の芯が通っているような印象があった。
 「今度はシンジと一緒に来るわ。それじゃあ、また」
 踵を返すと、アスカは家路についた。そのあとを、ランサーがゆっくりと追いかける。
 やがてその姿が公園から消えた所で、楓がポツリと呟いた。
 「・・・言峰の奴、早く戻ってくれば良いな」
 「そうだな。だが大丈夫だろう、あれだけ強く想われているんだからな」
 「そうだね、きっと大丈夫だよ」

衛宮邸、夕食時―
 「あれ?惣流さんは?」
 「まだ自分の部屋じゃないのか?」
 全員揃っての夕食が衛宮邸の基本ルール。だからこそ、アスカの不在に気づいたのである。
 「誰か、惣流さんを呼んできて」
 「アタシならいるわよ」
 ガラッと衾が開かれる。集まる視線が、次の瞬間、驚愕に彩られた。
 だがその視線を無視して、アスカは自分の席に着く。
 「アスカ?」
 「ミサト、どうかしたの?」
 「どうかしたのじゃないわよ!その髪の毛、一体、どうしたのよ!」
 アスカ自慢の腰まで伸ばされていた紅茶色の髪の毛。それが肩口でバッサリと切り揃えられていたのである。
 「ああ、これ?本当は後ろだけ刈りこもうと思ったけど、1人じゃこれが限界だったわ」
 「そうじゃなくて、何で切っちゃったのよ!」
 「当たり前でしょ。これから私が戦うのは実戦なんだから」
 その言葉に、アスカを見る視線が変化した。
 「エヴァに乗ってた時は、別に伸ばしていても関係なかったけど、今度は違う。エヴァじゃなくて、この体で戦わなきゃいけないの。その為には、長髪は邪魔なのよ」
 「アスカ・・・」
 「レイ。アンタに頼みたい事がある。アタシが外へ出ている間、シンジを守って」
 アスカの真剣な表情に、レイは最初は無言だった。だがコクンと頷くと、レイは幽かに微笑んでみせた。
 「アスカ、貴女戻ったわね。今の貴女は、碇君と一緒に戦っていた頃みたいよ」
 「当然!アタシは戦う女なの!ウジウジするのは髪の毛と一緒に捨ててきたわ。あとは前に進むだけよ!」
 「碇君の事、お願いね」
 力強く頷くと、アスカは早速、食事に取り掛かった。セイバーや大河に互するかのような旺盛な食欲に、ミサトが苦笑する。
 「む。なひふぁ、おふぁひいのほ、みふぁふぉ(何が、おかしいのよ、ミサト)?」
 「何か、シンちゃんがいた頃の事、思い出しちゃったわ。アスカ、メニューに文句言う癖に、一番食べてたものね」
 ゴクンと口の中を飲み下すと、アスカはニヤリと笑い返す。
 「ミサト、後で組み手を頼むわ。鈍った体を鍛え直さないといけないからね」
 「オーケー、そういう事なら協力は惜しまないわ。徹底的に鍛えてあげる。途中で音を上げるぐらいにね」
 「ミサトこそ、途中でへばるんじゃないの?もう大台なんだからさ?」
 姉妹の間に、バチバチと視線がスパークする。
 「おいおい、今は飯時だぜ?今は喧嘩よりも腹ごしらえをした方が良いんじゃないか?」
 加持の仲裁に、揃って食事に戻る2人。それに刺激されたのか、セイバーも次々に料理を食べ終えていく。
 「それなら後で道場へ案内するよ。広さはそれなりにあるからな」
 「ダンケ!」
 
Interlude―
 「さあ、行きますよ。アヴェンジャー」
 「行くのは構わねえんだけどさ、最初の標的は決めてあるのか?」
 「そうですね。こちらとしてはアサシンとキャスターでしょうか。他の主従は一カ所に集まっているのですが、この2組だけは孤立しています。各個撃破には最適でしょう」
 バゼットの言い分に、アヴェンジャーも納得したように頷く。
 「基本戦術は先程、打ち合わせた通りで行きます。まずは相手の切り札を使わせるようにする事。それが重要です」
 「オーケー、それぐらいは任せてくれ」
 「では、行きますよ」
 彼女達は闇の中へと姿を消した。

3月11日―
 聖杯戦争は、基本的には夜間に行われる物である。結界内とかの例外を抜かすと、それが当たり前である。
 だからこそ、アスカは朝食を終えるなり、道場に籠っていた。
 相手を務めるのは加持。休憩中はセイバーと士郎の剣戟を、熱心に見つめている。その集中の度合いに根負けしたのか、セイバーが苦笑しながら声をかけた。
 「試しに、私と戦ってみますか?」
 「・・・いいの?」
 「ええ、構いません。士郎も休憩が必要ですから」
 士郎と交代して、アスカがセイバーの前に立つ。
 「アスカ!これを使え!」
 ヒョイッと加持がアスカに投げる。アスカの手に収まったのは、庭にあった物干し竿であった。
 「アスカは長柄武器とナイフを使えるんだ。それなら長さとしてはちょうど良いだろう」
 「私は構いません。さあ、始めましょうか」
 「・・・行くわよ」
 先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けるアスカ。長さと遠心力を活かした横殴りの一撃を、セイバーは前に踏み込みながら竹刀で上方に跳ね上げる。そのままセイバーは竹刀をアスカの喉元に突きつけた。
 瞬殺。
 その結果に、アスカが目を丸くする。そんなアスカに、セイバーが呆れたように声をかける。
 「自分より上位の実力者に、いきなり大振りの攻撃を仕掛けてどうするのですか!」
 「あ・・・その・・・」
 「昨日の組み手もそうでしたが、貴女は派手な技を好む傾向が強い。一撃必殺というスタイルが悪いとは言いませんが、やり方が稚拙です」
 セイバーが剣を使わせれば最強と言っていい存在である事はアスカも聞いてはいたのだが、ここまで実力差があるとは思っていなかった。
 「それともう一つ。普通の人間では、サーヴァントに勝てません。貴女は自らサーヴァントを倒すつもりのようですが、その考え方自体が間違っています。加持、貴方なら拳銃を持っている筈。それで今すぐ、私の手を撃って下さい」
 非常識なセイバーの発言。だが加持は素直に従った。愛用の銃(サイレンサー付き)を取り出し、躊躇いなく引き金を引く。
 鈍い音とともに、銃から硝煙が立ち上る。
 「これを見なさい、アスカ」
 撃たれた左手の中には、銃弾が握られていた。その肌の、どこにも怪我をした様子は無い。
 「分かりますか?例え、どれだけ強力な破壊力があろうと、神秘の力を持たない以上、私達のようなサーヴァントに、攻撃は通じないのです。貴女にできることは、万が一、狙われた際に時間を稼ぎ、サーヴァントが駆け付ける時間を稼ぐ事なのですよ」
 「そんな!だったらシンジはどうやって戦ったのよ!」
 「彼は基本的に戦いませんでした。彼の役目は後方支援。習得していた心霊治療による癒しと、ATフィールドによる防御が担当でした。攻撃はランサーに任せ、戦い方にも口を挟まず、ランサーの判断に任せていた。目標を彼が定めて、現場の判断を実戦経験豊富なランサーに委ねる。それが彼らの戦い方でした」
 自分とは一線を画した戦い方に、アスカが唖然とする。
 「彼が直接、攻撃をしたのは一度だけ。それも言峰綺礼を討ち取った時だけです。他は前衛に立っても、その役目はあくまでも時間稼ぎ。彼はランサーの事を、誰よりも信頼していました。だからこそ、ランサーもその思いに応えたのです」
 「・・・でも、アタシにそれはできないわ・・・アタシはランサーのマスターじゃないから・・・だから1人で戦うしかないの・・・」
 「それは貴女がそう思い込んでいるだけなのではありませんか?ランサーは非常に義理がたい戦士だ。彼は、必ず貴女に力を貸してくれます」
 しばらく考えていたアスカだったが、顔を上げると素直に頷いた。
 「ありがとう、セイバー。ランサーの所に行ってくるわ」
 「・・・その必要はねえよ」
 そう言いながら、ランサーが道場へと入ってくる。昨日と同じアロハシャツにジーパン、サングラスというラフな格好であった。
 「嬢ちゃん、アンタ、本当にマスターを助けたいんだな?」
 「そうよ。アタシはシンジを助けたいの!だから、お願い!力を貸して!」
 「・・・良いだろう、その言葉を信じる。俺のクラスはランサー。真名はクー・フーリン。アイルランドの光の皇子にして、魔槍ゲイボルグの担い手だ。嬢ちゃんをマスターとして認めよう」
 ランサーが背中から愛槍を出現させる。
 「とりあえず長柄武器の基本から教えてやる。それに関しちゃ、セイバーより俺の方が専門だからな。目標はサーヴァント相手に自分を守れる強さになる事だ」
 「確かに。ランサーの技量は、槍に限れば世界で5指に入る。私以上に、槍の長所短所は詳しいでしょう」
 「そう言う事だ。それと坊主、悪いが嬢ちゃんが使えそうな武器を投影してやってくれ。実戦で使えそうな奴をな」
 コクンと頷く士郎。現れたのは薙刀であった。
 「多少の強化はしておいたよ。打ち合うぐらいなら、宝具相手でもいける」
 手渡された薙刀を、アスカが両手に構える。
 「ありがとう・・・いくわよ!」
 「きな、マスター!」
 ゲイボルグと薙刀が正面から火花を散らした。

Interlude―
 「さて、準備は宜しいですか?アヴェンジャー」
 「マスター。俺、急に腹が痛くなってきた。今日は止め」
 目の前で止まったマスターの拳に、アヴェンジャーの台詞がピタッと止まる。
 「マスター、ちょっとした冗談じゃないかよ」
 「なるほど。冗談でしたか。それはまた随分と余裕がありますね。素晴らしい事です」
 「そ、そうだろ!そう思うよな!」
 我が意を得たりとばかりに、大げさに頷いて見せるアヴェンジャー。
 「ですが、昨日と同じ理由とは情けない。昨日はまだ調べきれなかった情報の調査に変更できましたが、今日は全て調べ終わっています。後は戦うばかりです」
 「マスター、俺が最弱のサーヴァントだって事が分かってるのかよ?」
 「百も承知しています。さあ、覚悟は決めましたね?私とともに戦うか、それとも令呪で無理やり戦わせられるか。お好きな方を選ばせてあげましょう」
 「・・・へいへい、分かりましたよ」
 アヴェンジャーの手に、2本のソードブレイカー―タルウィとザリチェ―が出現する。 「さあ、行きますよ」
 2人の眼前に、古びた木造アパートが静かに建っていた。

3月12日―
 居間に集まり、同じように朝食を摂る一同の手を止まらせたのは、テレビに映った映像であった。
 そこには『ガス爆発か?』というテロップとともに、木っ端微塵に砕けたアパートが映し出されている。
 ニュースキャスターが住人は偶然外出中で、死傷者は0だと伝えていた。
 「・・・あれ?これってキャスターが住んでる所じゃないかしら?」
 凛の言葉に、彼女とともにキャスターの所へ向かった事のあるアスカが頷いて見せる。
 「おいおい、まさか夫婦喧嘩とかいうオチじゃねえだろうな?」
 「あのキャスターがか?」
 ランサーの軽口に、アーチャーがわざとらしく肩を竦める。そこへ玄関のインターホンが鳴った。
 対応の為に玄関へ向かう士郎。すぐに彼は戻ってきた。2人の客を連れて。
 「朝食中に失礼する」
 「おはよう」
 現れたのは葛木とキャスターである。だが普段はしっかりと服装を整えている葛木が、ネクタイを緩めていたり、白いYシャツが黒ずんでいたりと訪問には相応しくない格好であった。
 「おいおい、何があったんだ?」
 「昨夜、襲撃を受けた。アパートの崩壊はそのせいだ」
 簡潔極まりない葛木の台詞に、全員に緊張が走る。
 その間に、士郎が用意した座布団に2人は腰を下ろした。
 「キャスターから聞いたが、聖杯戦争が再開したそうだな。こちらへ仕掛けてきたのは、女と男の2人組だった」
 「ほお?旦那からみて、強かったか?」
 「マスターと思われる女は、ボクシングをメインに攻撃してきた。実力的には私より多少劣るが、魔術を行使する分、総合的な実力ではあちらが上だろう。キャスターが拳を強化してくれねば、間違いなく死んでいたな」
 「そこまでの使い手か・・・」
 実際に葛木と戦った士郎が驚きの声を上げる。
 「サーヴァントの方だが、こちらは良く分からん。なにしろ、影のように真っ黒だったのでな」
 「真っ黒?」
「そうだ。それでも人間の形をしている事、それと声色から男だろうという予測はついた。だがそれ以上はさっぱりだ。武器は2本のソードブレイカー、それを両手にもって攻撃してきた」
士郎が淹れたお茶を口に運び、一服する。
「それで結果はどうなったんだ?」
「とりあえず撃退はした。こちらも決定的な一撃に欠いていたからな」
「でも向こうが退いてくれて助かったわ。正直、神殿無しで戦うなんて、こちらの負担が大きすぎるもの」
キャスターのぼやきに、葛木がウムと頷く。
「いずれ向こうが再戦を挑んでくるのは目に見えている。こちらも寺に戻って、準備を整えるつもりだ」
「貴方達も気をつけなさいよ。特に夜の単独行動は控えた方がいいわ」

午後。本来ならランサーから戦闘の手解きを受ける予定だったアスカであるが、急遽予定を変更。ランサーとともに冬木教会へと足を延ばしていた。
花壇を通り過ぎ、礼拝堂へと入っていく。
「・・・この音は・・・」
礼拝堂の中に響いていたのは、旋律だった。パイプオルガンから流れる、静かな音色。弾き手は教会の管理人、カレン。
邪魔にならないようにと、アスカが手近な椅子に座る。ランサーもまた、壁に背中を預けて、演奏が終わるのを黙って待ち続けた。
「・・・ようこそ、教会へ。今日はどのような御用件でしょうか?」
弾き終えたカレンが、静かに立ちあがる。
「貴女に聞きたい事があるの。聖杯戦争が再開されたのは知っているかしら?もし何か知っているようだったら、教えて欲しいの」
「・・・参加者は8名。内、7名は先月、終結したばかりの聖杯戦争参加者です」
その言葉に、ランサーが口を開く。
「どういう事だ?」
「バーサーカーです。アインツベルン家が喚び出したギリシアの大英雄ヘラクレス。彼だけは今回の聖杯戦争にエントリーされておりません。心当たりはありませんか?」
 「そういえば、あの嬢ちゃんが言ってたな。俺達サーヴァント全員に聖杯戦争の再開について確認した時、確かにバーサーカーだけはその兆候を感じていないような事を言っていた」
 「なるほど。では間違いありません。バーサーカーは今回の聖杯戦争に参加していないのです」
 納得したようなカレンに、アスカが問いかける。
 「それじゃあ、残り1名は誰な訳?貴女は知っているの?」
 「そうですね、クラス名ぐらいは教えてあげても構わないでしょう。ただし、それ以上の情報については教えてあげられません。私の立場は中立の監督役だからです」
 「ええ、それでいいわ。そのサーヴァントのクラスを教えて」
 「クラスはアヴェンジャー。復讐者を意味する特殊クラスです」
 礼拝堂に、カレンの声が静かに響いた。

Interlude―
 「しっかし、凄かったなあ。さすがキャスターと言ったところだぜ。持ち前の魔力だけであんだけやれるんだからな。俺にはあんな真似、できねえよ」
 「アヴェンジャー。私も貴方にはそんな事を期待しておりません。私が期待するのは、貴方が如何に長い間、私の盾となってくれるのか?ただそれだけです」
 「うわ、マスターの鬼!鬼畜!」
 それでも、どこか楽しげなアヴェンジャー。だがバゼットはそれに取りあわず、黙々と戦闘準備を整える。
 この主従にとって、今夜の戦いは連戦である。
 執行者としての経験が豊富なバゼットにとって、戦略・戦術的思考は当然のように身につけている。自分の命を顧みない、単なる突撃馬鹿では執行者としての任務を果たす事など不可能だからである。
 そしてキャスターは最弱のサーヴァント。だが時間を与えてしまえば『神殿作成』のスキルにより、莫大な魔力を補充してしまう(キャスターにしてみれば、一般市民から再び魔力を集めて、セイバーを始めとした他のサーヴァントを敵に回す事はできない事を、バゼットは知らなかった)と判断したバゼットは、当然の如くキャスターの防備が整わない内に再襲撃を仕掛けたのである。
 昼間から魔術を使う訳にもいかなかったキャスターは、夜になってから防御を整えるつもりでいたので、バゼットは思惑通り奇襲攻撃に成功。キャスターと葛木を倒す事に成功したのである。
 ほぼ無傷のまま勝利したバゼットは、そのまま拠点には帰らなかった。
 彼女の目の前には古びた洋館―間桐邸が建っている。
 「では行きましょうか、アヴェンジャー」
 瞬間、バゼットの胸に走る違和感。落とした視線の先には、自らの左胸から生えた手が、彼女の心臓を握っているという不可思議な光景があった。
 「愚かなり。私が気付いていないと思ったか」
 「・・・あなたは・・・アサシン・・・不覚・・・」
 崩れ落ちるバゼット。彼女が最後に見たのは、肩を竦めた己のサーヴァントの姿であった。

 バゼットを倒した真アサシンは、そのままアヴェンジャーに振り向いた。
 「次は貴様よ」
 「ああ、好きにしてくれ。マスターがいないんじゃ、俺1人頑張っても、意味ねえからよ」
 「・・・まあ、いい。死ね」
 真アサシンの抜き手がアヴェンジャーの左胸を抉る。宣言通り、アヴェンジャーは抵抗する事なく、主を追って大地に倒れた。
 そのあまりにもアッサリとした倒され方に、首を傾げる真アサシン。だが彼の驚きは、これからが本番だった。
 サーヴァントであるアヴェンジャーが消えるのは問題ない。もともと実体を持っていないのだから当然である。
 だがマスターの遺体までもが、空気に溶けるかのように消えていく光景など、彼は全く予想していなかった。
 「・・・これは、どういう事だ?」
 その問いかけに答えてくれる者は、どこにもいなかった。

3月13日―
 「ただいま」
 本来なら昼食の準備をしている時間帯。主夫としての責務を桜に委ねた士郎は、朝食を済ませた後、すぐに外出していた。
 「あら、おかえり。で、どんな要件だったの?」
 「ああ、とりあえずお昼御飯食べながらでも良いかな?全員に聞いて貰いたいから」
 士郎の言葉に、素直に引き下がる凛。その間に桜の作った昼食が、手際良く並べられていく。
 全員揃い、食べ始めた所で士郎が口を開いた。
 「実は慎二の所に行って来たんだ」
 「兄さんのところですか?」
 「ああ、正確にはアサシンに呼ばれたんだけどな」
 さすがに『アサシン相手にお話をしてきました』というのは予想していなかったのか、凛とルヴィア、セイバーがお茶碗を落とす。
 「何考えてんのよ!士郎!」
 「シェロ!貴方、正気ですか!」
 「シロウ!いい加減に学習しなさい!」
 3人が怒るのも無理は無い。確かに慎二は桜を通して聖杯戦争への参加を拒否する事を伝えてきてはいる。だが慎二の採ってきた行動を考えれば、素直に頷ける筈も無い。
 そんな状態の慎二に会うだけでも危険だと言うのに、実際に会ったのは暗殺のプロであるアサシンとなれば、3人が絶叫するのも無理は無かった。
 「おいおい、慎二は聖杯戦争には参加しないと言ってるんだぞ?アサシンだって主の意に沿わない行動はしないと言っていたし・・・」
 「そういう問題じゃないのよ!今すぐ脳味噌交換して来なさい!」
 「お、落ち着け遠坂。俺が悪かったから・・・」
 怒りで頭から湯気を立ち上らせる凛に圧倒される士郎。そんな士郎にライダーが声をかける。
 「シロウ。それでアサシンとどのような話を?」
 「ああ、実は昨日の夜なんだが、女のマスターと男のサーヴァントが間桐の家に襲撃してきたそうだ」
 その言葉に、全員の視線が集まる。
 「けれど、アサシンがそれに気付いて不意打ち。結局、襲撃してきた2人組はアサシンに殺されたそうなんだが・・・」
 「歯切れが悪い言い方ですね」
 「ああ。女のマスターなんだが、遺体が消えたそうだ。盗まれたとかじゃなくて、アサシンの目の前で、遺体がまるで空気に溶けるように消えたと言うんだよ」
 凛とルヴィアが食事を中断して考え込む。遺体の消失、その可能性について互いに意見を戦わせ始める。
 「それとサーヴァントだが、マスターにアヴェンジャーと呼ばれていたそうだ。惣流さんが教会で聞いてきた情報と一致するな」
 「ふうん。でも倒されちゃったなら、もう関係ないんでしょう?」
 「まあ、確かにそうなんだけどな」
 どこか納得いかないように、士郎はぼやいた。

夜―
 唯一、聖杯戦争に積極的だったと思われるアヴェンジャーとそのマスターの脱落という報告を受けたアスカは、冬木の街を歩いていた。
 他の主従達には無理に戦う理由も無く、この分なら安心だろうと、ランサーは同行していない。
 時間はまもなく日付が変わろうとする時間帯。
 あてもなく街中を歩いていたアスカは、ふと視界の片隅をよぎった物がある事に気付いた。
 (・・・何かしら?)
 街灯の灯りに一瞬だけ照らされた、黒い影。
 気になったアスカはそちらへ足を向けた。
 角を曲がり、より暗い住宅街の路地へと入っていく。
 だから最初は気付かなかった。
 目の前に出現した、黒い影に。
 振り上げられる腕。その先端には鋭い鉤爪が備わっている。
 それが振り下ろされ、アスカの意識はそこで途絶えた。



To be continued...
(2011.05.21 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回からhollow編が本格的に開始となります。ですが初っ端から死亡者出現wまあhollow編なので仕方ないのですがw
 アスカ・ランサー組も上手く回っていない為、単独行動の結果、見事に撃沈wグタグタですが、徐々に上手に回らせてあげたい所です。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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