暁の堕天使

hollow編

第六話

presented by 紫雲様


深夜、衛宮邸―
 その瞬間、衛宮邸の住人は一斉に跳ね起きていた。
 魔術に携わるマスターやサーヴァント達は、突如感じた巨大なプレッシャー故に。
 魔術に携わらない者達は、轟音故に。
 彼らは慌てて窓際に駆け寄り視線を向けた。そこにいたのは、巨大極まりない異形の生命体。
 その姿をリアルタイムで目撃した事のあるミサトの口から、信じられないとばかりに、動揺しきった言葉が漏れた。
 「・・・サキエル・・・」
 初めて第3東京市を襲撃した使徒サキエルが姿を見せていた。

第3新東京市NERV本部―
 「すぐに全住民を避難させろ!マスコミには冬木市へ絶対に近づけさせるな!マスコミ各社の責任者に圧力をかけて、絶対に守らせろ!」
 冬木市に突然現れた使徒。それに対抗する為、本部に冬月の怒声が響いていた。
 「NERVが全ての責任を取る!冬木市の警察・消防に全住民避難を強制させろ!エヴァが無い以上、使徒を殺すにはN2で冬木市ごと焼き殺すしかない!その前に避難を徹底させるんだ!」
 「了解!」
 「周辺の市町村にも同じように伝えろ!それから戦自の海軍戦力にも緊急要請だ!全艦艇を北海道へ移動させろ!避難民を本土へ運ばせるんだ!時間がないぞ!」
 正面モニターを睨みつける冬月。そこには周辺を調べるように、顔らしい部分を左右に振るサキエルの姿があった。
 「続いてUNへ緊急要請!戦自と同じく、近距離にいるUN海軍の艦艇を避難民の運搬に協力させろ!」
 「副司令!たった今、UNと戦自の空軍戦力から迎撃部隊が出撃したという報告がきました!」
 「何だと!?あの馬鹿どもが!使徒の脅威を忘れたというのか!」
 机を力任せに叩きつける冬月の姿に、オペレーター席に座っていたマヤがビクッと身を震わせる。そこへ緊急連絡を受けたゲンドウが、リツコとともに姿を見せた。
 正面モニターに映ったサキエルの姿に、ゲンドウもリツコも一瞬だけ唖然としたが、すぐに気を取り直し冬月に駆け寄った。
 「碇か。状況は最悪だ。一般市民の避難すらままならんよ」
 「いや、この事態は誰にも予想できないものだ。お前が責任を感じる必要はない。それにお前の取った対応にも問題はない」
 「そうは言うが、あそこにはシンジ君やアスカ君、レイに葛城君に加持部長がいるんだぞ?」
 冬月の言葉に、リツコが不安そうにゲンドウを見る。
 「問題ない。彼らの傍には、頼りになる護衛者がついている」
 「護衛者?ひょっとして例の連中か?」
 「ああ、そうだ。彼らならば足止め程度は十分可能、あわよくば撃退すらしてくれるかもしれん。だが彼らばかりに頼る訳にはいかんだろうな」
 正面の映像を見ながら、ゲンドウは次に打つ手を考えるべく、冷静に思考を巡らせ始めた。

冬木市―
 冬木市はパニックに陥っていた。
 今まで記録映像でしか見た事のないサキエルが、現実に姿を現し、破壊を始めたのだから驚くのは当然である。
 使徒迎撃に必要な兵器エヴァンゲリオンは人類に残されていない。零号機はアルミサエル戦で自爆。弐号機は本部攻防戦で量産型8体を道連れに相討ち。参号機はバルディエルとして処理され、四号機はS2機関搭載実験失敗により消失。唯一現存している初号機は宇宙空間を漂ったままである。
 エヴァンゲリオンの再建造計画が無かった訳ではない。事実、使徒が17体目までしか存在しない事を知らない者達にしてみれば『また使徒が来るかもしれない』と考えるのは当然の事である。
 だがその余裕がなかった。
 使徒戦役に注ぎ込まれた巨額の戦費。零号機や無数の失敗作から始まり、最後の量産型エヴァンゲリオンまでの製造費。使徒戦役で財産や家族を失った者達への補償。多額のしわ寄せが、世界中を締めあげていた。
 その上、セカンド・インパクトから17年経つが、未だにその傷跡が癒えない場所は多くある。そこへの経済的支援も行わなければならないのに、そんな所へエヴァンゲリオンの再配備等、不可能に決まっている。
 だからエヴァンゲリオンは再建造されなかった。
 そしてNERVもそれに倣っていた。使徒が17体目で終わりなのは裏死海文書によって保証されていたからである。だからこそエヴァの技術のフィードバックを目的とした研究機関へ姿を変えたのである。
 それが裏目に出るなど、誰が予想できただろうか?それも倒した筈の使徒が蘇るという方法で。
 人類滅亡の足音が、ヒシヒシと近づいていた。

衛宮邸―
 サキエルに攻撃を仕掛けるも、光の槍で一機残らず撃墜されていく最新鋭戦闘機の姿に、誰もが体を強張らせていた。
 「おいおい、ありゃあ何だ!?あれがマスターが倒した使徒だってえのか?」
 肩に愛槍を担ぎながら、ランサーが呆れたようにぼやいてみせる。確かにサキエルの巨大さを考慮すれば、呆れるのも仕方ないかもしれなかった。
 「とりあえず避難しましょう。ここにいて、サキエルの攻撃に巻き込まれたりしたら、目も当てられないわ」
 「それは良いんですけど、避難先に宛てはあるのですか?」
 「とりあえず郊外へ出ましょう。アインツベルンの森まで逃げられれば」
 凛の言葉が凍りついた。なぜなら、サキエルが撃墜した戦闘機が、黒い黒煙をたなびかせながら、一行のいる方向へと落ちてきたからである。
 「まずい!障壁はるわよ!」
 凛の叫びに、ルヴィアと桜が全身に魔力をみなぎらせ障壁を展開する。そこへ更にアーチャーが七つの花弁を展開。更に守りを強固にする。
 そこへ墜落してきた戦闘機が激突。爆音と爆炎を周囲にまき散らすも、破壊の炎は一行を守ろうとする壁を乗り越える事はなかった。
 「ミサト、アンタ何か良い考えはない訳?」
 「今打てる手があるとすれば、時間稼ぎだけよ。市民の避難、せめて冬木市の外まで逃げきるだけの時間が必要ね。使徒をエヴァなしで倒そうとするなら、冬木市を地図から消し去るほどのN2が必要だもの」
 「・・・時間を稼げば良いんだな?」
 肩に担いでいた槍をクルッと回しながら、ランサーが前に歩み出る。
 「俺は全サーヴァント中、最速の英霊だ。人間に気づかれないように撹乱してやるよ」
 「それじゃあ撹乱はお願いするわ。私達は市民の避難を優先して」
 「その必要はないわ」
 頭上から降り立つ2つの人影。それはスーツ姿の宗一郎と、ローブ姿のキャスターであった。
 「お嬢ちゃん達と一緒に張った結界を、少し弄って意識に干渉できるようにしてきたわ。普通の人間は、市外へ避難の真っ最中よ」
 「・・・言峰には借りがあるからな。それぐらいはしなければ、会わせる顔が無い」
 宗一郎の言い分に、キャスターが無言で同意する。
 「それより、あの大きいのを倒す当てはある訳?時間を稼いでも、それを有効利用できなければ意味がないわ」
 顎に手を当て、考え込むミサト。とは言え、N2以外に方策などある筈もない。だからこそ、ミサトは残された最後の手段を取るしかなかった。
 「悪いけど、貴方達サーヴァントの力を貸してちょうだい。エヴァが無い今、市民に被害を出さずに使徒をピンポイントで迎撃するには、神話の住人である貴方達の力を借りるしかないわ」
 頭を下げるミサト。その後ろにいた加持もまた、背中にシンジを負ぶさったまま頭を下げた。
 「セイバー、俺からも頼むよ。みんなを守りたいんだ」
 「ええ、構いません。よろこんで力を貸しましょう」
 「コジロウ、貴方の力を貸して下さい」
 「喜んで協力しよう。斬り甲斐がある相手のようだからな」
 「アーチャー、分かってるわね。この地を預かる者として、侵入者を排除するわよ」
 「ま、良いだろう。この場にいたのも何かの縁だ」
 セイバー、コジロウ、アーチャーが即座に了承の返事を返す。そして彼らのマスターも冬木市崩壊を認める訳もなかった。
 「ライダー、葛城さんに力を貸してあげて。私はこの町を失いたくないの」
 「・・・サクラがそういうのであれば、力を貸しましょう」
 何よりも桜の身を守る事を第一に考えるライダーは、主命と言う事で協力した。実際のところ、ライダーは冬木を守るぐらいなら、桜を連れて避難した方が安全だと考えていたのである。だが桜の真意―冬木市を守る。ひいては桜が想いを寄せる士郎の帰る場所を守りたいという気持ち―を察してしまった以上、戦線から離脱を図る訳にはいかなかった。
 「なるほど。サーヴァントの総力をもって迎撃か。ならば、私も主命に従って参戦させてもらう」
 暗闇の中に白い仮面がボウッと浮かぶ。
 「主の命は妹殿の御身を守れというものだった。だがその妹殿が戦線に残るつもりであるならば、私も戦線を離れる訳にはいかぬ」
 「私は参加は止めておくわ。宗一郎様と後方支援に回らせてもらうわね」
 「後方?何か起こっているのですか?」
 「ええ、ループする4日間。その最後に現れていた化け物どもが姿を見せているのよ。弱いけど数だけはいる、あの連中を駆除して回るわ」
 キャスターの言葉に、宗一郎がウムと頷く。そのままキャスターは宗一郎とともに転移魔法で姿を消した。
 「サーヴァント5名。それにランサー。合計6人もの協力があるのなら、希望はあるわ。使徒の能力に関しては、私達は知り尽くしているからね」
 「そうね。それじゃあ始めましょうか。第2次使徒戦役の開始よ!」
 アスカの檄に、全員が揃って頷いた。

第3使徒サキエルVSランサー―
 「それにしてもでかい奴だな。巨人族でもこんなにでかいのはいなかったぜ」
 戦闘機を撃墜するサキエルを見ながら、ランサーは素直な感想を口にした。確かに神話の中でも、今のサキエルと同程度の大きさの怪物等は、そうはお目にかかれない。巨人族やドラゴンであっても、大きさだけなら使徒に一歩譲るだろう。
 「ランサー!」
 聞き覚えのある声に、振り向くランサー。そこには一行が終結していた。その先頭に立っていたアスカが、更に一歩前に出る。
 「ランサー!あそこにいるサキエルを倒しなさい!あいつはアンタと同じ、槍の使い手よ!」
 「・・・ほう。槍を使うって言うのか、あの使徒は。おもしれえ・・・マスター、アイツを殺して良いんだな?時間稼ぎとかじゃなくて?」
 「いいわ、徹底的に格の違いを思い知らせてやりなさい!」
 「良いぜ。そこで見てろよ、マスター!」
 赤い槍をブオンッと振り回すと、ランサーは真っ正面からサキエル目がけて飛び込んだ。瓦礫やビルの壁を蹴りながら屋上まで駆け上がると、サキエルの顔と思しき場所へ全力で赤い槍を突き込む。
 「オラアッ!」
 赤い槍は抵抗なく、サキエルの体に突き刺さった。体液と思しき液体が噴き出て、ランサーの全身を染め上げていく。
 「まだまだあ!」
 そのまま突きを2度3度と放つランサー。その度に、サキエルから悲鳴のような声が漏れ出る。
 だがランサーは自分が優勢だとは思っていなかった。サキエルの巨体を考えれば、普通にゲイボルグを突き刺した所で、肉を裂くのが関の山。致命傷となりうる重要器官まで届かない事は分かっていたからである。
 だからこそ、左右からの反応にも即座に反応できた。
 目の前を素早く飛びかい、攻撃を仕掛けてくるランサーに、サキエルが両手の槍を使って、反撃に出る。
 巨体故にその動きは時間がかかる。だからランサーは余裕を持ってかわす事ができると思っていた。その脳裏に最大音量で警報が鳴り響くまで。
 直感に従って、全力で飛びのくランサー。だがホンの僅かに遅れた分、完全に逃げきる事は叶わなかった。
 「チッ!やってくれるじゃねえか!この野郎!」
 ランサーの左手首から先が消し飛んでいた。消し飛ばした原因は、ランサーに見せつけるかのように姿を見せている光の槍。
 「槍の伸縮速度は光その物かよ!ノロマの癖しやがって、嫌な野郎だぜ」
 怒りと笑いが混ざった、複雑な表情で呟きながら、その場から飛びのくランサー。それに僅かに遅れて、ランサーがいた場所に爆発が起こる。
 その爆発力は半径30メートルほどのクレーターを作り出していた。
 「ハッ!飛び道具もありかよ!だったら、徹底的に引っかき回してやる!」
 最大速度で背後へ移動したランサーが、必殺を確信して愛槍を突き出す。だがやはり致命傷を与えるまでにはいかなかった。
 「組み易く、倒し難い。本当にやりにくい相手だな。よくもまあ、マスターはこんな連中とやりあったもんだ。どこかに弱点はねえかな・・・」
 さすがに正面からの攻撃では埒があかないと判断したのか、様子を伺い始める。だがそれも、コアに気付くまでの事だった。
 駄目でもともととばかりに、コアへ攻撃を仕掛けるランサー。その赤い魔槍を、赤い障壁が食い止めた。
 「ATフィールドか!」
 驚きに硬直しかけた体に無理を利かせて、慌ててその場を飛びのくランサー。それに僅かに遅れて、光の槍の穂先が過ぎ去っていく。
 「だが、あれで守るというのなら、あの赤いのが弱点と見て間違いはないか」
 突破口を見つけたランサーは、愛槍に魔力を注ぎ込む。そこへサキエルが加粒子砲で攻撃し、大爆発を起こさせる。
 その時、ランサーは爆発の衝撃すらも利用して、最大速度でサキエルの背後にまで移動した。サキエルが油断できない戦闘力を持っているのは知っているが、付け込む隙が無い訳ではない。特に巨体故に、鈍重な動きは大いに利用できた。
 サキエルがランサーを探そうとする間に、ランサーは愛槍へ十分な魔力を注ぎ込んだ。そしてサキエルがランサーを見つけた瞬間、彼は真名を解放した。
 「刺し穿つ死棘の槍ゲイボルグ!」
 因果に干渉し、既に当たった事にする魔槍が、サキエルのATフィールドを突破し、コアに突き立った。
 悲鳴を上げるサキエル。だが一撃程度では致命傷とはなり得なかったのか、サキエルはランサーに攻撃を仕掛ける。
 「チッ!無駄にしぶとい野郎だな!」
 振り向きざまに放たれた加粒子砲。その加粒子砲を紙一重でかわすと、ランサーは最大速度で後ろへ飛び退る。
 サキエルとの距離、およそ100メートル。
 肩に愛槍を担ぐランサー。そこへサキエルの顔が煌く。
 ランサーを中心に起こる大爆発。だが爆発より早く前に飛び出していたランサーは、爆発が起きた時には、すでに空高く跳び上がっていた。
 「突き穿つ死翔の槍ゲイボルグ!」
 赤い魔槍が流星となって、サキエル目がけて襲い掛かる。サキエルはATフィールドを張って正面から食い止めようとする。だが―
 「無駄だ」
 赤い流星が、最硬の障壁を食い破る。流星に周辺の組織もろとも、コアを吹き飛ばされるサキエル。
 轟音とともに、地面に倒れるサキエル。次の瞬間、サキエルは十字の閃光とともに、大爆発を起こしていた。
 「・・・使徒か、思ったよりやるじゃねえか。まさか奥の手まで使うとは思わなかったがな」
 ランサーは愛槍を肩に担ぐと、仲間達の所へと帰還した。

「ランサー、アンタ大丈夫なの!?」
 「ああ、この程度問題ねえよ。俺達サーヴァントは、これぐらいなら時間が経てば回復するからな」
 わざとらしく消しとんだ左手を振ってみせるランサー。だがその顔は真剣だった。
 「お前ら油断すんじゃねえぞ。正直、あれは難敵だ。倒しにくいったら、ありゃしねえ」
 「確かに、あのタフネスと火力は恐るべきものがあります。気をつけるに越したことはないでしょうね」
 「ああ、そういうこった・・・グッ」
 急に膝を吐くランサー。
 「何だ・・・魔力が・・・」
 目に見えて、力を失っていくランサー。もはや全身に力が入らないのか、立つ事もできないようだった。
 「一体・・・」
 「くっくっく、なかなか楽しませてくれるじゃねえか」
 どこかで聞き覚えのある声色に、振り向く一行。そこに見つけた顔に、全員が目を見開いた。
 浅黒い肌に、漆黒の入れ墨。襤褸切れと間違いそうな衣服を身にまとった少年―アンリマユ。その顔は彼らがよく知る少年の物であった。
 「シンジ!」
 「碇君!」
 「アヴェンジャー!」
 アスカとレイ、それにバゼットの絶叫が戦場に響く。
 「・・・どういう事だ、マスター・・・」
 「おいおいランサー、俺はアンタのマスターだった言峰シンジじゃねえんだぜ?けどな俺を殺すのは止めておいた方がいい。今の俺は言峰シンジの魂と同化している。アイツは眠っちまってるから表には出て来ねえが、俺が死ねば、アイツも道連れになっちまうぜ?」
 歯ぎしりするランサー。一触即発の気配の中、無理矢理冷静さを取り戻したセイバーの声が、静かに響いた。
 「では貴殿に問う。一体、何をしに参られたか?」
 「ああ、単純さ。俺の目的を教えてやろうと思ってね」
 わざとらしく肩を竦めてみせるアンリマユ。
 「俺の目的は全人類を玩具にして遊ぶこと。方法は使徒による蹂躙。OK?」
 「貴方は・・・そんな事の為に!」
 「そうは言うがよ、俺様は絶対悪の存在なんだぜ?セイバー、そこんところ理解してねえんじゃないの?」
 軽薄な口調に、セイバーの怒りのボルテージはますます増していく。
 「あとはアンタ達に起きている異常事態についての説明。どうしてランサーが魔力切れを起こしたのか、正直、分らねえだろうと思ってな」
 「・・・アヴェンジャー、貴方がその答えを知っていると?」
 「当然。サーヴァントはマスターを依り代にして現界している。その際、マスターの魔力を利用している訳だが、現界に必要な全ての魔力をマスターが負担している訳じゃないのは知ってるよな?何せ、当事者なんだからな」
 アンリマユの言葉に、抜剣しかけていたセイバーが動きを止めた。
 「サーヴァントはマスターだけじゃない。本来なら聖杯からも供給があるんだが、今のアンタ達は聖杯の代わりに言峰シンジもう1人の俺様から魔力を受けて活動している。その魔力を、俺様は遮断したのさ。つまり今のアンタ達には、魔力の補充が無いって訳。まあ一度戦えればラッキーなんじゃねえかな?」
 「何だと!」
 「ま、せいぜい頑張ってくれや。俺様は高みの見物させて貰うからよ」
 闇に消えようとするアンリマユ。そこへ鋭い声が飛んだ。
 「待ってよ!シンジ!もうやめて!」
 「・・・確か、この雛型の知り合いか。アンタがいくら叫ぼうが、アンタの声は届かねえよ。無駄な努力はやめときな、疲れるだけだぜ?」
 「シンジ!」
 アスカの手は僅かにアンリマユには届かず、空を切った。その間にアンリマユは闇の中へと姿を消していた。

 サーヴァントが戦えるのは一度のみ。
 この制約にミサトは頭を抱えてしまった。ランサーが離脱した今、残るサーヴァントは5名。全ての使徒が蘇っていると仮定すれば、使徒は残り15体。どう考えても戦力不足であった。
 だが諦める訳にもいかなかった。もし諦めれば、待ち受けているのは全人類の破滅。ミサトは知らなかったが、もしそのような事態に陥れば、確実に守護者が現れる羽目に陥ってしまう。その事を誰よりもよく理解しているのがサーヴァント達であり、特に掃除屋として重い過去を背負ってきたアーチャーであった。
 「落ち込んでいるところすまないが、次の使徒の情報を貰えないかね?お互い、ここで諦める訳にはいかんだろう」
 「・・・そうね、その通りだったわ」
 気を取り直したミサトが、すでに姿を見せていたシャムシエルを睨みつけながら立ち上がる。
 「次の使徒はシャムシエル。武器は音速を超える高熱の鞭が2本。接近戦を得意とするタイプよ。弱点は機動力の遅さとコア。さっきのランサーみたいに引っかき回して、一撃必殺が基本よ」
 「なるほど。では、次は私が相手をしましょうか」
 前に歩み出たのはライダーである。両手には鉄杭と鎖を構えて準備万全であった。
 「サクラ、行ってまいります。少しだけお傍を離れる事を許して下さい」
 「ライダー、必ず帰ってきてね。もうあんな思いするのは嫌だから」
 「ええ、勿論です」
 言うなりライダーはシャムシエル目がけて正面から襲いかかった。挨拶代わりの一撃とばかりに、鉄杭をシャムシエル目がけて投じる。
 だが鉄杭は甲高い音とともにATフィールドによって阻まれていた。
 「さすがは神の僕を名乗るだけはありますね。ならば、これはどうですか?」
 懐に飛び込んだライダーは、怪力スキルを活かして鉄杭をコア目がけて力任せに突き刺した。
 今度はATフィールドを食い破るだけの威力があったのか、鉄杭はコアに突き刺さった。その結果にニヤリと笑みを浮かべるライダー。そこへランサーの怒声が響く。
 「馬鹿野郎!足を止めるんじゃねえ!」
 ハッと気づいた時には手遅れであった。両側から襲いかかってきた音速の鞭が、ライダーの全身を打ちのめす。
 体重差故に、ライダーは吹きとばされた。
 近くに建てられていた鉄筋コンクリートのビルに、激しく叩きつけられたライダーの口から、一筋の赤い滴が流れ落ちる。
 「クッ・・・思っていたより・・・しぶといですね・・・弱点に攻撃を入れても・・・一撃では死なないとは・・・」
 体の異常の確認をし、致命傷と呼べるほどの傷はない事を確認すると、ライダーは自分を鼓舞するかのように、勢いよく跳躍。再びシャムシエルの前に立ちはだかる。
 ライダーの姿を確認したシャムシエルは、再び音速の鞭で攻撃。それを回避しながら、ライダーは右手を眼帯へと伸ばす。
 「出し惜しみはしませんよ、神の使い・・・自己封印・暗黒神殿(ブレイカー・ゴルゴーン)!」
 石化の魔眼が、シャムシエルに襲いかかる。ATフィールドで対抗するシャムシエルだったが、ライダーの石化の魔眼はどれだけ強固な守りであっても、完全に無効化する事はできない。
 石にこそならずに済んだが、ただでさえ遅い動きが、更に遅くなる。そしてこの状況こそ、ライダーが狙っていた物であった。
 己の首を掻き切るライダー。迸る鮮血の中から、彼女の子供ともいえる最高位の幻獣ペガサスを呼び出す。
 純白のペガサスに跨り、天高く舞い上がるライダー。その手に握られた手綱が、甲高い音とともに振り下ろされる。
 「騎英の手綱ベルレフォーン!」
 白い流星が、極端に動きの鈍くなったシャムシエルに襲いかかる。シャムシエルはATフィールドでその一撃を耐えようとする。
 轟音とともに、流星の進行が食い止められる。だがそれも僅か一瞬の事。
 何かが砕け散るような音とともに、流星はシャムシエルのコア目がけて侵攻を再開していた。
 耳をつんざくような轟音が夜空に響く。そして爆煙が収まったあとには、胴体に大穴を開けられたシャムシエルが、その生命活動の全てを停止して大地に倒れていた。

 無事に帰還してきたライダーに、安堵とともに駆け寄る桜。だがライダーはランサーと同じように、魔力を使い切り、その場に崩れ落ちた。
 「ライダー、ありがとう。少し休んでいてね」
 「サクラが無事であれば、それだけで十分です」
 ライダーもランサーもサーヴァントである以上、力を回復するには霊体化している方が都合は良い。しかし2人ともそんな気は全くなかった。
 万が一、使徒の攻撃の余波がマスターを襲った時、すぐに助けられるようにしていたからである。
 そんな2人を含めた一同は、姿を現していた次の使徒に注目していた。
 立方体を斜めにし、全身が青い金属のような使徒―ラミエルである。
 「あれはラミエル。能力は全ての使徒の中でも1・2を争うほどに強力な加粒子砲と、ATフィールドよ。さしずめ空中要塞と思ってくれて構わないわ。加粒子砲の命中精度は100%。射程はkm単位よ」
 「ふむ、かなりの難物のようだな。ちなみにどうやって倒したのだね?」
 「零号機に盾を持たせて防御役に、初号機に遠距離からポジトロンスナイパーライフルを持たせて、力技で狙撃したわ。ラミエルのATフィールドは、加粒子砲発射時だけ消えるから、その時が攻撃のチャンスなんだけど、正直危険よ。ATフィールドを貫通できるだけの攻撃があるのなら、そちらの方が良いと思うわ」
 ミサトの言葉に、視線がセイバーに集まる。確かに約束された勝利の剣エクスカリバーならば、問答無用でラミエルを倒せるのは間違いない。
 しかし、このような序盤で最大火力を誇るセイバーを使うのは、あまりに無謀。だからアーチャーは自分が出るべきだろうと口を開いた。
 「加粒子砲の照射時間は、どれぐらいかね?あと威力はどれほどかな?」
 「照射時間は20秒。威力は日本の電力全てを集めたのと互角よ。山1つ程度なら、余裕で吹き飛ばせるわ」
 「なるほどな。その上で、奴の加粒子砲に合わせて攻撃か」
 まあ仕方あるまい、と心の中で呟いてアーチャーは愛用の黒い弓を左手に投影した。だがそのアーチャーの眼前に、1本の手が伸びた。
 「待ってもらいたい。ここは私が行かせてもらう」
 「バゼット?本気で言っているのか?」
 「ああ、本気だ。このラミエルとかいう使徒、私が倒そう」
 まるで射抜くような視線で、バゼットの双眸を見つめるアーチャー。だがすぐに視線を外した。
 「分かった。ここは君に譲ろう。これを持っていくといい。ラミエルという名前は、雷を司る天使の名前だ。気休めかもしれんが、多少は役立つかもしれん」
 アーチャーの手に現れる、一振りの日本刀。それを無造作にバゼットに投げ渡す。
 「銘は雷切。雷を切り裂いた伝説を持つ刀だ」
 「・・・気遣い、感謝する。ありがたく使わせてもらおう」
 歩き出すバゼット。その背中に、座り込んだままのランサーが声をかけた。
 「バゼット、死ぬんじゃねえぞ」
 「・・・ランサー、頼みがある」
 「ん?何だ?」
 ゴソゴソとポケットの中から、バゼットがイヤリングを取り出した。
 「この後で構わない。私はこの通り隻腕だ。1人では着けられないのでな、貴方に着けて貰いたい」
 「いいぜ、その代り、あのデカブツをきっちり倒してこいよ」
 「ああ、約束する」
 1つしかない手を振りながら、バゼットは死地へと赴いた。

 ビルの屋上に移動しながら、バゼットは必死で知恵を巡らせていた。
 彼女にとっての確実な勝機は、加粒子砲に対して逆光剣フラガラックでカウンターを狙う事である。他の方法では、ATフィールドを破れる保証は無い。
 ただ問題なのは、加粒子砲という光の速さに対して、カウンターを行うという無謀な点である。加粒子砲が光の速さである以上、目で来たのを確認した瞬間には、すでに加粒子砲はバゼットを直撃している。つまり手遅れということになる。
 そうなると、ラミエルの加粒子砲を先読みしてフラガラックを放つ必要がある訳だが、それも確実とは言い難い。何より、フラガラックは相手の切り札―攻撃を捉えてからでないと真の効果を発揮できないという特性がある。サーヴァントであれば真名解放の際に、景気づけのように大声で叫んでくれたので、例えセイバーの約束された勝利の剣エクスカリバーであってもタイミングを合わせるのは容易だった。同じ光の速さであっても、来るのが分かっていれば迎撃は可能だからである。
 バゼットは握りしめていた掌を開いていた。そこにあったのは、ランサーから返されたイヤリング。そして終わった後で着け直して貰うつもりのイヤリング。
 本当ならランサーに返すべきかもしれなかったが、バゼットはあの場で返したくはなかった。
 イヤリングに静かに口付けて、大切にしまってから呟く。
 「もう一度やり直す。最初から出直す。その為にこそ、私は戦おう」
 屋上に到着したバゼットの眼前に、ラミエルがその雄姿を見せていた。
 その瞬間、バゼットの脳裏に閃く物があった。

 屋上にでたバゼットは、すぐに準備に取り掛かった。もはや手慣れたルーンの魔術を全身に施し、戦闘準備を整えていく。飽和しすぎないように刻み終えると、今度は『盾』『水』『修復』を意味するルーンを刻んだ石を、複数個、目の前にセットして、水の盾を用意する。組み合わせた『修復』の効果で、しばらくの間、何度も水の盾を再生させるという計算である。次にアーチャーから渡された雷切の刀身に、『強化』『守護』を刻み込み、自分の眼前に突き立てた。最後に『風』『剣』『持続』を意味するルーンを使い、ラミエル目がけて放った。
 バゼットからラミエルに対して、真横に竜巻が生じる。その竜巻は『持続』のおかげで一瞬では消えずにラミエルにしつこく食い下がっていた。それをATフィールドで防ぎながら、ラミエルは加粒子砲のチャージに入る。
 それを確認すると、バゼットは突き立てていた雷切を引き抜き、片手で青眼の構えを取った。更に切り札となる言葉を紡ぐ。
 「後より出でて先に立つ者アンサラー
 バゼットの顔の横に、銀色の球体が浮かび上がる。
 この方法しか無い。バゼットは確信してはいたが、それでも緊張感がなくなる訳ではない。むしろ、尋常でない緊張感が、今のバゼットを締め付けていた。
 加粒子砲がいつ来ても良いように、準備は万全。風の剣も、水の盾も、雷切も破られる事は承知の上の作戦。
 僅かな時の後、ラミエルの先端が煌く。同時に加粒子砲が竜巻を飲み込みながら襲い掛かった。
 竜巻も水の盾も雷切もバゼット自身も、一瞬で飲み込まれる。水の盾は『修復』の効果で瞬時に元の姿に戻ろうとするが、その度に消し飛ばされていた。
 加粒子砲に飲み込まれたバゼット。だがその全身に刻み込まれたルーンが、ホンの一瞬だけバゼットの命をつなげる。
 全身に刻み込まれたルーンは『守護』と『命』。
 全身を高熱で炙られながら、バゼットは必死で言葉を紡ぐ。
 「切り裂くフラガ
 高熱と衝撃の中、最後の言葉を紡げないバゼット。すでに防御のルーンは限界を越え、破壊されようとしていた。
 それでも、ルーンがここまで保ったのには理由があった。
 竜巻で大気の流れを作り、加粒子砲を少しだけ通しにくくした事。
 複数の水の盾を展開し続ける事で、少しだけ破壊力を減少させた事。
 雷切の概念により、少しだけ加粒子砲を切り裂けた事。
 全身に施したルーンにより、少しだけ命を伸ばせた事。
 どれか1つでもかけていれば、バゼットの命はすでに消し飛んでいた筈である。
 時間にして、1秒に満たない僅かな時間。たったそれだけの時間を作りだすのに、これほどの手間暇を要したラミエルの破壊力こそ異常である。
 だが、その僅かな時間こそが、バゼットの勝機であった。
 高熱と衝撃で全身から流血の始まった体。その高熱によって、鮮血が流れ出るそばから蒸発していく。そんな地獄のような空間で、バゼットは体に無理やり言う事をきかせて、決定的な一言を紡ぎあげる。
 「戦神の剣ラック!」
 逆光剣フラガラックが時間を超えて、ラミエルに突き刺さる。
 一瞬の攻防に敗れたラミエルは、まるでコアを破壊されていた事に今更気付いたかのように、大地に墜落していた。

 人間の身でラミエルを打倒したバゼットを、一行が歓声とともに出迎える。特にランサーの喜びようは一際大きい物があった。
 約束通り、お互いに一つしかない手で協力してイヤリングを着けるバゼットとランサー。その光景から、アスカは辛そうに視線を外した。
 「アスカ、どうしたの?」
 「・・・レイ、1つだけ教えて。どうして私は無力なの?」
 そのままレイの胸に、アスカが顔を預ける。
 「私には何もできない。天才なんだと言っても、エヴァが無ければ何もできない。あれだけ辛い思いをして格闘術を身につけたのに、今の私は何もできない。何の戦力にもならない。単なる足手まといでしかない」
 「・・・アスカ・・・」
 「力が欲しい・・・シンジを助ける為の力が欲しい・・・どうして?私は18番目の使徒なんでしょ?シンジと同じなんでしょ?なのに、何でこんなに弱いの?何で、何の力もないの?悔しいよ・・・」
 肩を小刻みに震わせるアスカを、レイは黙って抱きしめる事しかできなかった。



To be continued...
(2011.06.26 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 暁の堕天使・hollow編最後の戦いが始まりました。サーヴァントは1度しか戦えない。この制約の下、絶望と背中合わせで戦わざるをえない士郎達。自らの無力を嘆くアスカ。一方、やり直す為に人の身でありながら使徒と戦うバゼット。それぞれが、それぞれらしい思いを抱えて、最後の戦いに挑みます。次回はガギエルからマトリエルまでの予定です。
 ところで話は変わりますが、hollow編は9話とエピローグで終了します。番外編も入れれば残り6話となりますが、最後までお付き合い下さいますよう、お願い致します。



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