暁の堕天使

hollow編

第七話

presented by 紫雲様


NERV本部―
 「碇司令!ただいま、国連事務総長より緊急の電話がきました!」
 「うむ。こちらに回してくれ」
 司令席で事務総長と英語で会話を始めるゲンドウ。だが5分と経たないうちに、電話は切られていた。
 「碇。国連は何と言ってきたのだね?」
 「使徒を何とかしたまえ、と言ってきたのでな。すぐにエヴァを用意して貰いたいと返しておいたよ。何やら逆上していたようだが、良い薬だ」
 「やれやれ、彼らは使徒相手に、正面から喧嘩を売るつもりなのかね?エヴァの再配備予算を却下したのは彼らだろうに。まあ、再申請しなかった点は責められるべきかもしれんが」
 「仕方あるまい。死海文書のどこにも、倒した使徒が蘇ってくる等とは記載されていなかった。明らかにイレギュラーだ」
 ゲンドウの視線が、正面モニターに映る。そこには衛星を通じて、使徒の戦いが映し出されていた。
 赤い流星にコアを砕かれたサキエル。
 白い彗星にコアを砕かれたシャムシエル。
 そして自慢の加粒子砲を撃つことなく、大地に沈んだラミエル。
 冬木市で何が起きているのか、この場にいる職員達は誰一人として答えを持ってはいない。サーヴァントの存在を知る、ゲンドウと冬月だけが『恐らくはサーヴァント達が・・・』と言った感じで漠然と理解しているだけにすぎなかった。
 「ところで冬月。一般市民への対応についてだが」
 「ああ。今の所、問題はない。市民の避難は順調に行われている。理由は分からんが、パニック1つ起きていない・・・これも彼らの仕業かね?」
 「恐らくな。だが有難い誤算ではある。被害がでないに越した事はないからな」
 冬月が司令席に設置されているキーボードに手を伸ばし、MAGIに指示を下す。やがて資料が、手元の小型ディスプレイに表示された。
 「戦自やUNの戦艦、民間の船舶は、順次、港に向かっている。到着次第、避難を開始する手筈になっている。北海道の人間全て避難となると、数日はかかるだろうが・・・」
 「仕方あるまい。避難民は車ではなく、自分の足で避難しているのだ。移動にも限界はある」
 「・・・事、ここに至っては、彼らに頼るしかないか」
 「ああ、シンジやレイ、アスカ君の事も含めてな」
 ゲンドウと冬月の呟きは、誰の耳にも届くことなく、静かに消えた。

冬木市郊外―
 避難民の群れ。その中に彼女達はいた。
 少し離れた場所に見慣れた顔を見つけた由紀香は、側にいた父に一言短く言うと、すぐに走り寄った。
 「鐘ちゃん!良かった、無事だったんだね!」
 「由紀香も無事でよかった・・・弟達は?」
 「大丈夫だよ、今はお父さん達がいるから」
 避難といっても、常に歩き続けている訳ではない。混雑の挙句に、どうしても足が止まってしまう事もある。結果として小休止になっている時だからこそ、家族の元を離れることができたのである。
 「そういえば、蒔ちゃんは?」
 「ああ、先ほど離れた場所を歩いているのを見かけたよ。近くに美綴嬢もいたがね。2人とも無事に見えた」
 「そうか、彼女達は無事だったか。それは重畳」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには一成が立っていた。
 「寺の子か、無事で何よりだ」
 「うむ。本当ならば避難を手伝うべきなのだが、未成年という理由で避難を強制されてしまった」
 「まあ、妥当な判断だろう。それより、衛宮や遠坂嬢は見たか?」
 鐘の質問に、首を振る一成と由紀香。
 そんな2人に、鐘が声を潜めて耳打ちする。
 「これは私の勘だが、恐らく使徒の足止めをしているのは、衛宮達だ」
 「衛宮が?幾らなんでも・・・そうか、セイバーさん達か」
 「正解だ。セイバーさん達の実力を、私は知らない。せいぜい、あの病院で目撃した光景だけだ。だが他に考えられないからな」
 頷く一成の横で、心配そうに町を振り向く由紀香。そんな友人の肩に、鐘がポンと手を置く。
 「信じよう、由紀香。今の私達にできる事は、衛宮達を信じる事だけだ」
 「・・・そうだね・・・」
 
冬木市市街地―
 人の身でありながら、ラミエルを撃退するという大金星を挙げたバゼットに、サーヴァント達の意気は上がっていた。
 バゼットはサーヴァントではないので、使徒を倒した時の制約には引っかからない立場である。だがラミエル戦で消耗した体力と魔力を考えれば、再度、戦場に立つのは難しい所であった。
 「申し訳ない。せめてあと1体ぐらいは何とかしたかったのだが・・・」
 「何、十分だ。君が倒したラミエルは、使徒の中でも最強の一角だというからな。もっと胸を張るべきだろう」
 「全くだぜ。まさかアンタが倒すとは思わなかったからな」
 思わず振り向く一同。そこにはアヴェンジャーことアンリマユが立っていた。
 「シンジ!」
 反射的に駆け寄ろうとしたアスカを、近くにいたレイが引き止める。そんな2人を守るかのように、アーチャーが割って入った。
 「何をしに来たのかね?アンリマユよ」
 「ああ、ちょっとした説明にな。次はちょっとフィールドが変わるんでな。すぐに、そこにあるビルの屋上へ移動してくれ。まあ詳しい事は、そこにいるNERVのお姉さんに聞いてくれれば分かる筈だ。次の使徒ガギエルの事を聞けばな」
 再び闇に溶け込むように、アンリマユが姿を消す。
 アンリマユの意図を理解できなかったアーチャーが、ミサトへ視線だけで説明を求めた。
 「ガギエルは海で襲ってきた使徒よ。海中に適応したタイプで、体当たりと鋭い牙、巨大な体が武器。あと機動力も馬鹿にならなかったわ」
 「海中に適応?・・・ふむ、そういう事か。よし、すぐに移動しよう。ランサー達は手分けして運ぶぞ」
 「アーチャー、アンリマユの言う事に従うのですか?」
 「ああ、今回ばかりは従うべきだ。理由はすぐに分かる。それよりセイバー、君はライダーを頼む。私がランサーを、アサシンはバゼットを頼む」
 一部から上がった文句の声を黙殺すると、すぐに移動を開始する。アンリマユの指定したビルの屋上へ出ると、そこには冬木で嗅げる筈のない香りがあった。
 「これは・・・潮?」
 「ああ、セイバーの言う通りで間違いない。恐らく、ここは海の筈だ」
 アーチャーの言葉に、一同が思わずビルの端へと駆け寄る。そこには、冬木市で見かける事のない『海』が存在していた。
 「これは・・・」
 「恐らくアンリマユの仕業だ。次の使徒、ガギエルとかいうのは海中適応型なのだろう?当然、陸地では実力を発揮できない。ならば力を発揮できる場所を用意してやればいい」
 「アーチャー!そんな事が出来る訳ないでしょう!それは世界を書き換える」
 そこまで口にして、セイバーがハッと顔を上げた。その顔に、アーチャーが重々しく頷いて見せる。
 「そうだ。今のアンリマユは、言峰シンジの使徒としての特性『世界を上書きする力光あれ』を使える。それは繰り返される4日間で実証済みだ」
 呆気にとられる一同を余所に、アーチャーがやれやれと肩を竦めて見せた。
 「それはそうと、次の使徒ガギエルについてだが、コアはどこにあるのかね?」
 「ガギエルのコアは口の中よ」
 アーチャーの突然の質問に、慌てる事もなくミサトが冷静に応じる。
 「なるほどな、よし、次は私が行かせてもらおうか」
 「待て、アーチャー。ここは私に任せてもらおうか」
 そう言って踏み出してきたのはコジロウであった。準備の良い事に、すでに愛刀・備中青江は鞘から抜き放たれている。
 「アサシン、理由を教えて貰えるか?」
 「私の燕返しは、足場の無い空中では使えぬからだ。だが次の使徒とやらは、体内にコアがあるのだろう?」
 「む、確かにそうだな・・・」
 コジロウの燕返しが究極の一と呼べる技であるのは事実。だが大地を踏みしめる事を前提とした技である以上、空中で使えないのは道理。そして使徒のコアは、使徒の巨体故に基本的に高い場所に存在している。サーヴァントとしての身体能力を考慮すれば届くのは容易。だが跳躍している以上、足場が存在しないのもまた事実であった。
 「では私に任せて貰おうか」
 コジロウは青い陣羽織を翻しながら、海面から姿を覗かせているビルの屋上へと跳躍する。
 そんなコジロウを敵として判断したのか、早速ガギエルが波飛沫を上げながら、コジロウ目がけて突撃してきた。
 「まるで鯨だな、いやはや、これは斬り甲斐があるというものよ」
 体内にコアがあると分かっている以上、外から攻撃を繰り返すつもりはコジロウには無い。ガギエルが無防備に口を開けているのを幸いとばかりに、何の躊躇いもなく口中と飛び込んでいく。
 「このままコアを砕いて終わり、か。折角の強敵と勇んでみれば、あまりにも呆気ない」
 そう呟いたコジロウが、嫌な予感を感じると同時に、咄嗟に後ろへ跳び退いた。
 すぐ目の前を、轟音とともにガギエルの歯が通過する。
 「ふむ、そう簡単にはいかんか。良い良い、それでこそ斬り甲斐があるという物。だがそれだけでは、私を倒すのは・・・」
 突如、背後から襲いかかる巨大な圧力に耐え切れず、コジロウは目の前の巨大な牙に押しつけられた。同時に全身を冷たい感触に覆われる。
 (一体、何が起こった?)
 その答えはすぐに判明した。今、コジロウの周りを取り巻いているのは、大量の水―海水であった。
 (そうか、こやつ、私を押し潰すつもりか!)
 ガギエルの戦法は単純だった。口は開けて歯は噛みしめたまま、海中を猛スピードで移動しているだけである。
 これが普通のサーヴァント達であれば、何も問題はなかった。英霊である彼らは、耐久力も人の常識を超えている。水圧で押し潰されるほど、彼らは弱くはない。
 だがコジロウだけは例外であった。彼のサーヴァントとしての耐久力は、最弱のEランク。キャスターですらDランクであるにも関わらず、常人と同じだけの耐久力しか持ち合わせていなかった。
 加えて、水中という環境が、コジロウの攻撃を封じる。コジロウの攻撃は、斬撃が中心であり、必殺技である燕返しもその例に漏れる事はない。だが斬撃という攻撃は、腕を振る・・・・必要がある。だが水中で腕を振っても、水が邪魔をして満足に振り下ろす事は不可能。海中で魚を捉える際に、銛のような一点集中の突きだす武器が使われるのは、水の抵抗を最小限に止めるという利点があるからだ。
 防御もできず攻撃もできない、必敗確実の状況。
 しかしコジロウは、この状況を楽しんでいた。
 すでに彼の脳裏には、この状況を打破する方策は浮かび上がっていた。もっとも簡単なのは、霊体化してガギエルの歯をすり抜け、そのまま体内のコアを潰しに侵入するという方法である。これをやれば確実に勝てる自信はあった。その確実な方法を選ばなかったのは、この状況を燕返しという己にとって最高の技で切り抜けたいという思いがあったためである。
 だからこそ、彼は決定的な時が訪れるのを、ひたすらに歯を食い縛って待ち続けた。己の耐久力の低さに、必死で歯を食い縛りながら待ち続ける。
 そして、その時が来た。
 海面に急浮上するガギエル。狙いは一旦空中に躍り出て、海面目がけての再突撃による圧殺。これを食らえば、コジロウは確実に殺される。
 しかし彼はそこに勝機を見出していた。彼はアサシンとして与えられたクラススキルである、気配遮断を発動させる。
 気配遮断は攻撃を仕掛けない限りは、絶対に相手に存在を気取らせないスキル。それは相手が使徒であっても変わりはない。それは使徒であるシンジが、もう1人のアサシンであるハサンの襲撃を受けた際に、背後からの一撃で心臓を取られている事で実証されていた。
 ガギエルにしてみれば、突然コジロウが消えた=コジロウが圧力で押し潰されたように感じた筈である。
 速度を減速しながら空中に躍り出たのは良いが、再突撃の必要性が無くなり、そのまま腹からの着水へ切り替えるガギエル。
 その瞬間、光が煌めいた。
 「秘剣、燕返し」
 ガギエルが空中に躍り上った間に、口の中で足場を確保したコジロウの一撃が炸裂。巨大な牙が、一瞬で切り刻まれていく。
 痛恨のミスに気付いたガギエルが、最後の抵抗とばかりに咆哮をあげる。
 だが、すでに手遅れ。
 切り刻まれた場所が再生するまで、ATフィールドで塞ごうとしたガギエルであったが、それよりも早くコジロウは更に奥へと飛び込んでいた。
 「中々に楽しめたぞ、ガギエル」
 コジロウの備中青江が煌めき、口内にあったコアは寸断された。

 愛刀を納めながら帰還したコジロウを、一行が歓声とともに出迎えた。だが当の本人はと言えば、それに応える余裕もなかった。
 「やれやれ、ここまで帰ってくるので精一杯とはな・・・」
 「全くだ、魔力さえ残っていれば、もう一度戦いたい所なんだがな」
 ランサーの言葉に頷き返すコジロウ。強敵と戦いたいというバトルマニアな性格同士、どうやら気が合うようであった。
 そんな2人を尻目に、愛用の夫婦剣を投影しながらアーチャーが進み出る。
 「ところで葛城。次の使徒は、どんな相手なのかね?」
 「ええ、次はイスラフェル。特徴は」
 「待て、贋作者フェイカー。次は我が楽しませてもらうぞ」
 ミサトの言葉を遮ったのは、ギルガメッシュであった。その後ろには、カレンも立っている。
 「そ、そう?イスラフェルの攻略方法なんだけど」
 「控えよ、雑種。王の楽しみを奪うでない」
 そのまま別のビルの屋上へと飛び移るギルガメッシュの後ろ姿に、唖然とするミサト。
 「全く・・・帰ってきたら調教が必要ですね・・・」
 「ちょ、調教?」
 「ええ、躾がなっていない駄犬には相応しいとは思いませんか?」
 スルスルと聖骸布の用意を始めるカレンの暴言に、ミサトの額に汗が浮かぶ。そんなカレンの姿に嫌な予感を覚えたのか、アーチャーが無言のまま霊体化して姿を消した。
 「・・・何も聞かずに飛び出しちゃったけど、本当に良いのかしら?アスカ、レイ、どう思う?」
 「・・・何とかなるんじゃない?一応、英雄なんでしょ?」
 「・・・私、良く分からない・・・」
 どこか投げやりな3人であった。

 別のビルの屋上に陣取ったギルガメッシュは、腕を組んで仁王立ちのまま、その時が来るのを待ち受けていた。
 やがて静かな海面に、白い波が現れる。
 「さあ、我を楽しませよ、神の使い!」
 その言葉を聞いていたかのように、イスラフェルが姿を現す。
 「いくぞ!王の財宝ゲート・オブ・バビロン!」
 空間を歪めながら、無数の宝具が姿を現し、雨あられとばかりにイスラフェル目がけて降り注ぐ。
 宝具の雨をATフィールドで堪えようとするイスラフェルだったが、肝心のフィールドは宝具によって斬り裂かれ、一瞬にして串刺しとなった。
 「ハッ!この程度か、我が出るまでもなかったか・・・」
 勝利を確信し、踵を返そうとしたギルガメッシュだったが、その足がピタッと止まった。
 視線の先、そこには2体に分裂したイスラフェルが姿を見せていたからである。
 「なんだ、まだ戦えるではないか!よいよい、王命である。もっと我を楽しませよ!」
 分裂したイスラフェル目がけて、再び宝具の雨が降り注ぎ始めた。

 「・・・あの人、凄いわねえ・・・あそこまで一方的にイスラフェルを攻め続けるなんて思わなかったわ」
 轟音とともにイスラフェルを攻撃し続けるギルガメッシュを、ミサトが呆れたように眺めていた。その隣では、やはり加持が同感とばかりに頷いている。
 「だけど、不味いわね。確かにダメージは与えてるけど、肝心のコアにはほとんど命中していないわ」
 「そうだな。このままじゃあ、イスラフェルを倒せんぞ」
 「・・・そういえば、先ほど、イスラフェルの攻略方法とか言っていたな。確かに分裂は予想外だったが、そんなに強敵なのか?」
 アーチャーの疑問は、その場にいたマスターやサーヴァント全員が感じていたらしく、全員が一斉に頷いていた。
 「イスラフェルの能力は、分裂状態での相互補完なの。どちらか片方を倒しても、もう片方が再生の指示を送ってしまい、蘇ってしまう。倒すにはコアへの同時攻撃で、一瞬で破壊するしかないのよ」
 「・・・それは不味いな。あの英雄王が、そんな器用な真似ができるとは思えんぞ」
 アーチャーの言葉に、一同が一斉に頷く。
 「何より、あの英雄王が他人の意見に耳を貸すとは思えん。これは、負けか?」
 「・・・あの駄犬、主に恥をかかせるとは良い度胸です・・・」
 早くも聖骸布を用意して、捕縛の準備に入るカレン。どうやら彼らの中では、すでにギルガメッシュは敗北確定らしかった。
 「あら?アーチャー、どうやら早合点みたいよ?」
 何やら気づいたらしい凛の言葉に、一同の視線が集まる。そこには、手に鎖を持ったギルガメッシュの姿があった。

 宝具でイスラフェルを圧倒し続けるギルガメッシュは、最初こそ圧倒的な戦いに喜びを覚えていた。
 だがいつまで経っても倒しきれない事に苛立ちを感じ始めたのか、時間が経つにつれ、その表情が険しくなっていく。
 「おのれ、いい加減に消え失せよ!」
 今までよりも倍する宝具が降り注ぐ。更に増した勢いに、イスラフェルは常時磔状態で起き上がる事すらできない。あまりにもギルガメッシュの火力が高すぎて、ATフィールドを張り直す事すらもできない。ただコアの同時破壊が行われないために、延々と再生を続けるだけであった。
 「よかろう!ならば、まとめて消し飛ばしてくれる!」
 ギルガメッシュの右腕が、王の財宝ゲート・オブ・バビロンに沈む。引き出されたものは、一本の鎖であった。
 「天の鎖エンキドゥ
 親友の名を冠された対神宝具が2体のイスラフェルを絡め捕る。その束縛から逃げ出そうとするイスラフェルだったが、天の鎖エンキドゥは神に近ければ近いほど、拘束力を発揮する宝具である。神の眷属と言って良い使徒には効果覿面だった。
 全く身動きの取れないイスラフェルを前にして、ギルガメッシュが悠然と切り札を用意する。
 「これで終わりだ!天地乖離す開闢の星エヌマ・エリシュ!」
 かつて世界を天と地に分けた、最強の宝具が真名とともに解放される。世界を切り分ける力の本流は、2体のイスラフェルを飲み込むだけでは済まなかった。
 現在、ギルガメッシュが戦っている場所は、シンジの『世界を上書きする力光あれ』を利用したアンリマユによって書き換えられた世界であった。いわば作り物の世界なのである。そんな不安定極まりない所で、世界を真っ二つに引き裂くような宝具を使えばどうなるか?
 「ハーハッハッハッハ!」
 高笑いを続けるギルガメッシュ。破壊された世界に満ちていた海水は、新しくできた現実の世界という逃げ場目がけて、文字通り怒涛の勢いで流れ出す。
 「どうだ、見たか!これが王たる「フィッシュ」我の」
 胴体に巻き付く赤い聖骸布。一瞬にしてカレンの元へ引き寄せられた英雄王は、彼女の足元へ、頭からの着地を強制されていた。
 「何をするか!この無礼者!」
 「この駄犬。しばらく反省しなさい」
 改めて首から上だけを残して、その他全てに聖骸布を巻きつけ直すカレン。その内、どこからか取りだしたロープで足元を結ぶと、もう片方を錆びた手すりの根元へ結びつけ、そのまま赤い蓑虫を全力で蹴り落とした。
 「雑種!何をする!」
 「駄犬にはちょうど良い罰です。手すりごと地面に落下するまで・・・・・・・・・・・・・・反省しなさい」
 カレンの行動を止める者は誰もいなかった。確かに戦争に被害は付き物である。だが、ギルガメッシュによって齎された被害は尋常なものではなかった。
 世界崩壊によって、突如、街中から生じた津波は、新都も深山も関係なく呑み込んでいたからである。
 カレンが怒るのも仕方ないかもしれなかった。
 「・・・畳と布団、天日干ししないといけないな。それから電化製品も買い直さないといけないし、ああ、食費で貯金も減ってた気がするなあ・・・」
 「・・・その前に、衛宮君は自分の家が残っているかどうかを心配すべきだと思うわよ?」
 「・・・ああ、そうだな・・・」
 
 イスラフェルまで倒しきった一同の士気は盛り上がっていた。特に1人の士気は異様な物があった。
 アーチャーである。
 ガギエルもイスラフェルもやる気は十分にあったのだが、結果として、コジロウとギルガメッシュが倒している。そのせいか、今度こそと意気込んでいた。
 「次は私が行くぞ。問題ないな?」
 妙にやる気に満ちたアーチャーの言い分に、誰からも反対意見はでなかった。
 「葛城!次の使徒だが、どのような使徒かな?」
 「名前はサンダルフォン。地下2000メートルの溶岩の中に潜んでいた使徒よ。高熱と圧力に対する耐性は、異常極まりないわ」
 「・・・溶岩?」
 ピシッと固まるアーチャー。さすが全サーヴァント中、随一の低さを誇る幸運Eは伊達ではない。
 「そうよ。ありったけの冷却材を使って、エヴァで突撃。冷却材の熱膨張を利用して倒したのよ」
 チラッと後ろを見るアーチャー。だが誰も代ろうとはしない。誰だって溶岩の中へのダイビングなど嫌だからである。
 そしてそんなアーチャーの心境を察した赤い悪魔がそこにいた。
 「アーチャー、頭を下げて頼めば、セイバーなら代ってくれるわよ?」
 「・・・この身はシロウの剣。ならば異論はありませんが・・・」
 凛の言うとおり、頭を下げて頼みこめばセイバーなら交代してくれる事はアーチャーにも分かっていた。だが危険と分かっている事をセイバーに押し付ける事は、アーチャーの誇りが許さなかった。
 「クッ、行ってくる」
 「アーチャー、逝ってらっしゃい!」
 「不吉な事を・・・地獄に堕ちろ、マスター」
 背中に哀愁を漂わせながら、アーチャーは戦場へと赴いた。

 どことなく不貞腐れたような雰囲気のアーチャーではあったが、さすがに戦場に立つと雰囲気は一変した。
 いつのまにか、火口の内部へと姿を変えた元・街に視線を向けると、躊躇い無く火口の中へと身を躍らせる。
 グツグツと不吉な音を響かせる溶岩。その縁でまだ岩石の形状を保っている一角へ足を着けた。
 「この暑さ、やはり本物か。落ちたところで死ぬような体ではないが・・・」
 左手に愛用の漆黒の弓を顕現させる。そのまま右手を近くの岩石に触れさせた。
 「同調、開始トレース、オン
 コジロウのように心眼(偽)スキルを持っていれば、気配を頼りに攻撃を仕掛ける事ができた。だがアーチャーが持つ心眼(真)は僅かな勝機を手繰り寄せる為のスキル、戦術論理の極致というべき代物。さすがに煮えたぎった溶岩の中にいるサンダルフォンを、先制狙い撃ちをするような事はできない。
 だからこそ、アーチャーは己の魔術をフルに活用した。
 溶岩の内部を魔術で調査。当然の如く、溶岩の内部を猛スピードで突撃してくる存在は簡単に把握できた。
 サンダルフォンは一直線にアーチャー目がけて突撃している。それを理解すると、アーチャーは即座に戦術を組み立て始めた。
 「I am the born of my sword.」
 アーチャーの言葉に従い、姿を現す二振りの剣。片方は弓兵としてのアーチャーが多用する捻じれた剣―偽・螺旋剣カラドボルグである。もう一振りは水滴を滴らせる太刀であった。
 アーチャーはその二振りの構成に手を加え、射撃しやすい形へと歪ませる。
 そして弦に偽・螺旋剣をつがえ、真名を告げた。
 「偽・螺旋剣カラドボルグ
 轟音と暴風とともに溶岩を吹き飛ばしつつ、サンダルフォン目がけて放たれる宝具。だがその結果を見る事無く、アーチャーは即座に二の矢を放つ。
 「抜けば玉散る氷の刃村雨丸
 江戸時代に書かれた娯楽小説、南総里見八犬伝に出てくる刀―村雨丸。その刃は鞘から抜かれると、瞬く間に水滴を結露させ、刀身についた血糊を洗い流してしまうと言われている。それほどまでに冷たい刀身ならば、低温に弱いサンダルフォンに対して、確かに相性の良い武器と言えた。
 ただ難点であったのは、村雨丸の宝具としてのランクであった。里見八犬伝という著名な書物からの出典であり、なおかつ、この日本という地の利による恩恵はあるものの、さすがにAランクとは言い切れない。せいぜいがC+程度である。だがこのランクでは、例え弱点であったとしても、使徒のATフィールドを破る事は出来ない。
 だからこその偽・螺旋剣カラドボルグでの露払いが必要だった。
 初撃でATフィールドを破壊しつつ、本体にダメージを与えて怯ませる。そしてサンダルフォンが体勢を立て直してATフィールドを張り直すよりも早く、弱点による二の矢を命中させる。それがアーチャーの出した結論であった。
 しばらくの間、弓を構えたままアーチャーは様子を窺っていた。やがて噴水のように溶岩が吹き出す。
 その内に重力に引かれて落ちてきた溶岩の雨を器用に避けながら、アーチャーは火口の外へと飛び出した。
 「サンダルフォンと言ったか、悪いが私は他の連中のように正々堂々という趣味は持ち合わせていないのでな。ま、相手が悪かったと諦めてくれ」
 徹底的に効率性を追求するアーチャーらしいセリフを残すと、彼は身を翻して仲間の元へと帰還した。

 「アーチャー、やるじゃない!」
 「当然だ。私を誰のサーヴァントだと思っているのかね?」
 いつも通り皮肉な物言いのアーチャーに、周囲から笑いが零れる。だがそんな笑いも、アーチャーが崩れ落ちるまでだった。
 「クッ、どうやら私も離脱のようだな・・・葛城、次の使徒はどのような使徒かね?」
 「次の使徒はマトリエル。外見は巨大なクモ。溶解液が攻撃手段だったわ。でも恐ろしいのは溶解液だけ。正直、最弱の使徒と言っても良いわね」
 「ム・・・だが使徒なのだから油断はできんだろうな。コアは体内か?」
 アーチャーの問いかけに、頷くミサト。
 「そうか、こちらの戦力はセイバーとアサシン、となると妥当な判断からいけばアサシンだが」
 「待ちなさい、アーチャー。ここは私がいくわ」
 「待ちなさい、ミス・トオサカ。幾ら貴女でも1人では荷が重いでしょう。私も加勢させていただきます」
 凛とルヴィアの暴挙としか言えない判断に、全員が絶句した。確かにバゼットという前例はあるが、宝具など持たないただの魔術師でしかない2人が、最弱とはいえマトリエルに生身で勝負を挑もうというのだから、驚くのは当然である。
 「ちょ、ちょっと!2人とも本気なの!?」
 「勿論ですわ」
 「そうね、勝機はあるし、無謀ではあるけど不可能じゃないわ」
 「・・・怖くないの?相手は使徒なのよ?化け物なのよ!」
 もはや悲鳴寸前のアスカの叫びに、凛とルヴィアは笑顔で応じてみせた。
 「ミス・アスカ。貴女は大切な事を忘れています」
 「大切な事?」
 「守りたい者の為に戦うという事です。私はこんな所でシェロに死んでほしくない。それはミス・トオサカも同じです。私達は覚悟を決めてこの場にいる。そして私達にはできる事がある」
 ルヴィアの強い決意を秘めた眼差しを、アスカが茫然と見つめる。そんな彼女の視線が隣の凛へと移るが、凛もまたルヴィア同様、力強く応じてみせた。
 「アスカ、私はね、とっても欲張りな人間なの。こんな所で士郎を死なせたくない。こんな所で言峰君を見捨てたりしたくない。こんな所で死にたくない。こんなくだらない戦いで、何もかも失いたくない。だから勝ってやるの。全部、私達が総取りで終わらせてやるのよ!欲張りっていうのは、人間だけの特権だからね!」
 「ふふ、珍しく意見が合いましたね。では強欲な人間らしく戦ってきましょうか、と言いたい所ですが、その前に手付を貰いませんこと?」
 凛とルヴィアが互いにニヤッと笑う。その視線が向かう先、そこに居たのは2人が狙う少年である。
 「お、おい?」
 「ミス・トオサカ、貴女は左側を」
 「OK」
 あっという間に士郎を挟み込む2人の魔女。そのまま同時に、自らの唇を少年の頬へと触れさせる。
 「せ、先輩!」
 「シロウ!」
 桜とセイバーの悲鳴があがる。そんな2人に舌を出して笑って誤魔化す凛とルヴィア。
 「そ、それなら私も!」
 「駄目よ。桜は御留守番。だって貴女、使徒のATフィールドを破るほどの攻撃を、もう使えないでしょう?」
 渋々、頷く桜。聖杯戦争において、聖杯との魔術的な関係を断ち切られた今の桜は、聖杯の魔力を扱えなくなっていた。確かに聖杯の器という事実は残っているが、肝心の中身が無い以上、力を引き出す事は叶わない。今の桜に許されているのは、生まれつき与えられた、本来の桜が持つ魔力だけなのである。
 それでも十分すぎる魔力量ではあるのだが、凛達のように宝石に魔力を蓄えて、使徒のATフィールドを突き破るだけの火力を発揮できない以上、戦力とはなりえなかった。
 「・・・なあ、2人とも。それなら俺が参加するというのは」
 「それも駄目。今の士郎がリタイヤしたら、セイバーはどうするの?私達が出るのは、あくまでも契約相手であるサーヴァントがリタイヤしたからなの。冷たい意見だけど、今のアーチャーやアサシンに魔力を補給しても、戦力とはなりえない。だから私達が魔力を使い切っても問題はないの」
 凛の言い分は確かに正しかった。アーチャーやコジロウも、彼女の言い分が的を射ている事だけは認めざるをえなかった。主を守るサーヴァントとして腹立たしいのも間違いないが、戦力になりえない現実だけは理解していた。
 「だから、ここは私達に任せて。必ず勝って帰ってくるから」
 「ふふ、吉報を待っていて下さいね」
 そう告げると、2人の魔女は身体強化と重力制御の魔術を己にかけ、少し離れたビルの屋上へと飛び移っていった。
 
 眼下を悠然と歩くマトリエル。その巨大さに唖然としながらも、凛とルヴィアの戦意は衰える事はなかった。
 手持ちの宝石、全てを掴み、一斉掃射の機を待つ。
 「さて、派手に行くわよ。かかった経費は全額NERVに請求してやるんだから!」
 「・・・こんな時までお金の事ですか、品性を疑いますわね」
 「うるさいわね!アンタこそケチるんじゃないわよ!」
 2人揃って、両手に掴んでいた宝石を纏めて投げつける。その数、合計20。それら全てが、使徒のATフィールドを貫くAランク相当の火力を秘めていた。
 マトリエルも襲撃に気付き、即座にATフィールドを張る。だが肝心のATフィールドは宝石魔術に食い荒らされ、その破壊の力を防ぐ事は叶わなかった。
 「よっしゃ!」
 「やりましたわね」
 勝利を確信した2人。珍しい事に、互いにハイタッチで互いに健闘を讃えあう。
 そんな時だった。
 ((逃げろ!))
 2人の脳裏に響いたのは、忠実なサーヴァントの声だった。
 念話による警告の叫び。
 ハッとした時には遅かった。
 頭上から覆いかぶさるかのように迫ってくる巨大な影。その影は、全てを溶かす溶解液を、まるでシャワーのように降り注ぎながら落ちてきた。
 反射的に、別のビルへ飛び移る2人。慌てて逃げたせいか、まともに着地もできず、ゴロゴロと転がり続ける。
 「何で!ATフィールドは貫いたはずよ!」
 マトリエルは確かに全身に傷を負っていた。その傷からは、紫色の体液が流れ出している。それでも平気な理由はただ1つ。
 使徒ゆえの巨体さ。全身傷だらけではあるが、体に比較すると、傷が小さすぎたのである。
 宝石魔術にはATフィールドを貫くだけの火力はある。だが一点集中すぎて、マトリエルの体を効率よく破壊できなかったのである。
 ATフィールドを突破する事だけを考えた結果のウッカリミスであった。
 「失敗ですわね。こうなるとガンドしかありませんわよ?」
 「・・・ガンドじゃ火力不足よ。仕方ない、か」
 ポケットに右手を突っ込む凛。その手が握っていたものを見た瞬間、ルヴィアが激昂した。
 「ミス・トオサカ!何で宝石を残しているんですか!」
 「だって虎の子の宝石なのよ!使いたくないのは当たり前でしょうが!」
 「自分でケチるなと言っておいて、貴女がケチっているんじゃありませんか!」
 「うるさいわね!今更そんな事、どうでも良いでしょうが!」
 たった1つ残った宝石を手に、凛が自分に身体強化と重力制御の魔術をかけ直す。
 「ルヴィア!ガンドで牽制をお願い!」
 「仕方無いですわね!さっさと終わらせて下さいませ!」
 まるでマシンガンのような勢いで、ルヴィアがガンドを撃ち放つ。その攻撃をマトリエルはATフィールドでいとも簡単に防いでみせる。
 そこへマトリエルの頭上から、凛が強襲を仕掛けた。
 「言峰君もそうだったけど、ATフィールドって1枚しか張れないんでしょう!体内で炸裂させてやる!」
 マトリエルの体に穿たれた傷の1つに、虎の子の宝石を凛が叩き込む。それに僅かに遅れて、マトリエルの体が大きく震え、更に遅れて傷穴が内側から大きく吹き飛んだ。
 人間1人が余裕で入れそうなほどの傷跡から紫色の体液を噴き出すマトリエル。その体内に隠されていたコアの姿を、凛の目が捉えた。
 「トドメよ!私の魔力、全部持ってきなさい!」
 コア目がけてガンドを乱射する凛。数発が一斉に命中して破壊力が相乗したのか、コアがピシッと音を立てて、小さな亀裂を走らせる。
 それを敏感に察した凛は、恐れる事無くコア目がけて飛び降りた。
 そして落下しながら、隠し持っていた本当の切り札を抜き放つ。
 かつて兄弟子である綺礼から譲られた真紅のアゾット剣。それをマトリエルのコアに走った小さな亀裂に先端を突き立てて叫ぶ。
 「Läßt!」
アゾット剣に蓄積され続けてきた魔力が、凛の叫びに反応して破壊の力をまき散らす。
 コアは何の抵抗もなく、木っ端微塵に砕け散った。

 2人がかりとはいえ、マトリエルを撃破してみせた凛とルヴィアは、歓声とともに出迎えられていた。
 「・・・本当に倒しちゃったわね・・・」
 「当然でしょ!人間、その気になれば何だってできるのよ!そんな事より」
 「ええ、分かっていますわ。折角命がけで戦ったんですから、御褒美を貰ってもおかしくはありませんわよね?」
 脱兎の如く逃げ出す士郎。その後を追いかける凛とルヴィア。更にその後をセイバーと桜が追いかける。
 笑いと冷やかしが5人を包む。その光景を、アスカはジッと見つめていた。
 「・・・私、力が欲しい・・・」
 「アスカ・・・」
 「駄目なの、今のままじゃ駄目なの。弱いままじゃシンジを救えない、このまま見てる事しかできないの?・・・」
 アスカが心の底から悔しがっている事は、レイにも理解できた。
 「・・・ねえ、アスカ。どうして碇君は、世界を上書きする力光あれという、神のような力を手にできたと思う?」
 「それが18使徒リリンとして、与えられた能力だからでしょう?」
 「違うわ。リリンにそんな力なんて無いもの」
 レイの断言に、アスカは呆気にとられて声を出せなかった。それは2人の会話を聞いていた、ミサトや加持も同様である。
 「蛇に唆され、知恵の実を食べたアダムとイブは楽園を追放された。聖書の一節、アスカなら知っているでしょ?」
 「勿論よ」
 「楽園を追放された2人には多くの苦難が待ち受けていた。でも、そこには苦痛しか待ち受けていなかったと思う?」
 しばらく考えたのち、アスカは首を左右に振った。
 「絶対に違う。確かに苦難の道程だけど、希望はあった筈。そうじゃなきゃ、生きていく事なんてできないわ」
 「そうね。それがリリンに与えられた力である知恵の実―未来を切り開く『希望』。それは生命の実―S2機関等必要としない、群体である人類の力。でも碇君は、使徒として覚醒する事によりS2機関を手に入れてしまった。つまり知恵の実と生命の実の両方を手にした使徒が生まれてしまったの。それが人類補完計画を根底から覆してしまった」
 レイの独白は、いつのまにか周囲の者達全てが、耳を澄まして聴き入っていた。
 「老人達は碇君の心を壊して希望を奪い去ろうとしていた。でも碇君は希望を捨て切れないままサードインパクトを乗り越えた。そして希望を叶えるために、S2機関を稼働させた」
 「ちょ、ちょっと待って!レイ!もしかして・・・」
 「使徒として覚醒したリリンの能力は決められていない。全く形の決まっていない、どんな能力にでも進化しうる、真っ白な物だったの。そして碇君は貴女の為に世界を変えたいと願っていた。だから世界を上書きする力光あれを手に入れてしまったのよ」
 「じゃあ、私もその気になれば、シンジと同じ事ができるんじゃないの!」
 光明を見つけたアスカがレイに詰め寄る。だがレイは辛そうに首を振ってのけた。
 「それは無理。確かにアスカの使徒としての能力は未だに未確定。どんな力にでもなりうる可能性を秘めているわ。でも、貴女には生命の実―S2機関のバックアップが無い」
 「何で!私だって使徒じゃないの!?あの赤い海を生き延びたのよ!」
 「リリンが群体の使徒だからなの。分かりやすく表現すると、1つのS2機関をリリンという群体が共同利用しているような物なのよ。そしてS2機関の大半は、碇君に独占されている状態。その上、肝心の碇君はアンリマユに魂を奪われ、表に出てくる事すらできない状況なのよ?こんな状況で、どうやってS2機関を確保するの?」
 悔しげに歯噛みするアスカ。確かにレイの言う通りである以上、アスカが望みを叶える事は不可能であった。
 だから、そこでミサトが口を挟んでくる事など、レイは全く予想していなかった。
 「レイ、アスカが力を使えない事は理解できたわ。でも全く不可能じゃないのよね?例えばだけど、どうにかしてS2機関を確保する。もしくはS2機関など必要ない、小さな能力で我慢するとかなら、可能じゃないかしら?」
 「・・・ええ、それなら・・・葛城一佐、何か考えがあるんですか?」
 「ちょっち、気になる事があってね。レイ、耳を貸して」
 ミサトに耳打ちされたレイは、しばらくの間、顔を俯けて考え込んでいた。だが、その顔を上げる。
 「多分、可能です。私の使徒としての因子は第2使徒リリス。リリスは全ての人類の祖に当たる存在。だからアスカとも繋がりはある。現に、私は碇君の世界を上書きする力光あれに力を貸す事が出来た」
 「OK。ならあとはアスカ次第ね」
 「ミサト!教えて!私、シンジを助けたい!」
 詰め寄ってきた妹分の迫力にたじろぎながらも、ミサトは苦笑しながら力強く頷いた。
 「声を届かせるのよ。アスカ、あなたの想いをね」



To be continued...
(2011.07.03 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 書き終えて思った事。どうして我様はお笑い担当なのでしょうかw豪快すぎて、冬木市を崩壊させております。最初はこんな筈じゃ無かったんですが、辻褄合うなら暴走しても良いか、と考えたのが運の尽きでした。まあ私も楽しんで書けたので、結果オーライではあります。
 話は変わって次回ですが、サハクイエルからバルディエルまでになります。同時に、終盤に向けて伏線を張ってあります。良かったら探してみて下さい。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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