第八話
presented by 紫雲様
冬木市―
マトリエルまでを撃退してのけた一行の士気は、まさに天井知らずの勢いだった。
「葛城、次の使徒ですが、どのような相手なのですか?」
「次?次はサハクイエルって言って」
その名前を出した瞬間、ミサトが凍りついた。
「マズイ!対抗できない!」
「は?葛城!説明を要求します!一体、何が問題なのですか!」
詰め寄ってくるセイバーの迫力に飲み込まれつつも、ミサトが黙って人差し指を上に向ける。
それにつられて上を見上げたセイバーの顔が、文字通り引き攣っていた。それはセイバーに遅れて、上を見上げた者達も同様である。
彼女達の視線の先、そこには特徴的なデザインのサハクイエルが姿を見せていた。
ちなみに、すでに大気圏突入済みである。
「サハクイエルってね、衛星軌道上から自由落下してきた自爆型の使徒なのよ」
「・・・どうやって倒したのですか?」
「エヴァ3機で受け止めたのよ。攻撃、通じなかったし」
セイバーの視線が、アスカとレイへ向けられる。その視線の意味を正確に理解した2人は重々しく頷いて見せた。
「あれはトンデモナイ作戦だったわよね。よく生き残れたもんよ。しかも報酬は屋台のラーメンよ?」
「ラーメン?」
「そうよ。命の安売り、ここに極まれり、って感じね」
再び、セイバーの視線がミサトに戻る。対するミサトはと言えば、頭の後ろを掻きながら、笑って誤魔化していた。
「成功したんだから問題はないわよ!」
「・・・まあ良いでしょう。貴女が対抗できないと言った理由も理解できました。確かに、アレを受け止めるのはバーサーカーでも不可能でしょうね」
あくまでも真面目に応じるセイバーに、どことなくミサトが気まずそうに視線を背ける。
「今回は私が出ます」
「ちょ、ちょっと!本気?」
ミサトの誰何の声を置き去りに、セイバーは少し離れたビルへ飛び移った。そして躊躇うことなく、愛剣を抜き放つ。
「風王結界、解除」
セイバーの声に従い、聖剣が真の姿を現す。
夜闇の中、まるでたった1つの灯りの如き黄金の剣が全員の目に焼き付けられた。
「・・・黄金の剣?」
「・・・そういえば、サーヴァントって英雄なのよね?あの子の正体は誰なの?アスカは知ってる?」
「知らないわ。私が知っているのはランサーとアサシンだけだもの」
お互いに首を傾げあう2人の姿に、レイが他のサーヴァント達に視線を向ける。
「そうか、考えてみればクラス名でしか名乗っていなかったな。この際だから名乗っておこうか、俺はクー・フーリン。アイルランドの光の皇子だ」
「私はメデューサ。クラスはライダーです」
「アサシンの佐々木小次郎と申す」
「・・・同じくアサシン。山の翁ハサン」
「簀巻きになっている駄犬が、世界最古の英雄王を自称する駄犬ギルガメッシュです」
「いい加減にほどかんか、雑種!」
「・・・私は名乗りたくないのだが・・・待て、凛。ガンドは止めんか!分かった、名乗れば良いのだろうが・・・衛宮士郎、そこにいる小僧の可能性の1つだ」
アーチャー以外は聞き覚えがあったのか、ミサトは唖然としていた。
「何というか、とんでもなく有名どころばかり集まったものね」
「キャスターとバーサーカーについては、あとで本人達から教えて貰ってくれ。俺達が勝手に教える訳にもいかないんでな」
「そうなの?勝手に教えられた人がいるみたいだけど」
未だに聖骸布で蓑虫な状態のギルガメッシュに向けられる視線。当の本人はと言えば、拘束から逃れようと必死である。
「あれは無視してくれ」
「そ、そう?なら良いんだけど・・・それだけ有名人が集まっているとなると、あの子もそうなのよね?女の子で英雄と言うと、ジャンヌ・ダルク辺りかしら?」
「・・・ミサトもそう思う?私も賛成なんだけど」
「何、見ていれば分かるさ。俺達英雄は、シンボルとも言える宝具を持っている。俺がゲイボルグを持っているようにな。当然、セイバーの場合はあの聖剣だが」
そのセイバーはと言えば、愛剣を構えてタイミングを見計らっていた。
セイバーがタイミングを待つ間も、サハクイエルは地表に近付いてくる。
やがてサハクイエルが雲を吹き飛ばし、その巨体が目に見えて近付いてきた所で、セイバーは彼女の直感に従って聖剣を振りぬいた。
「約束された勝利の剣 !」
放たれた黄金の光が、夜闇を切り裂きながらサハクイエルに迫る。サハクイエルはATフィールドで防ごうとするが、黄金の光はそれを許さない。
赤い壁は耐える事すら許されずに破壊され、サハクイエルに襲いかかる。
次の瞬間、サハクイエルは上空で爆発。その身を四散させた。
セイバーの真名解放を耳にしたミサトとアスカは、当然のように呆気にとられていた。
「確か、エクスカリバーって言ったわよね?」
「アーサー王の剣の名前だったわよね?」
お互いに顔を見合わせる2人。そんな2人の前に、セイバーが戻ってきた。
「どうかしたのですか?」
「・・・セイバー、貴女ってアーサー王なの?女の子にしか見えないけど」
「ええ、私はアルトリア=ペンドラゴン。後の世にアーサーの名前で伝わる、円卓の騎士を束ねし騎士王です」
ああ、またか、と言わんばかりに苦笑いするセイバー。アスカとミサトは、互いに顔を見合せながら唖然としている。
そんな2人から視線を逸らしたセイバーの膝が落ちた。
「セイバー、大丈夫か?」
「私は大丈夫です。御心配無く・・・む?」
慌てて駆け寄る士郎に、セイバーが笑顔で応じたが、その眉が顰められた。
セイバーの視線の先、そこには面白くなさそうな3人の少女が立っていたからである。
「シロウ、1つお願いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、何でも言ってくれ。セイバー」
「ではお言葉に甘えて。申し訳ないのですが、そちらに座っていただけますか?」
素直に屋上の一画に腰を下ろす士郎。次の瞬間、絶叫が響いた。
「セイバー!?」
士郎の膝の上に、セイバーが腰を下ろしたのである。この行動は凛達も予想外だったのか、一斉に気色ばんだ。
「「「セイバー(さん)!」」」
「どうかしたのですか?私はシロウの許可を戴いておりますが?」
凛とルヴィアの行動に危機感を抱いたのか、いつになく積極的なセイバーである。普段の生真面目かつ誇り高い性格を考えれば、人前で士郎の膝に座る等、絶対にあり得ない行動であった。
戦場で再開された恋のさや当てに、他の者達は苦笑いするばかりで止める素振り1つない。例外はギルガメッシュだが、彼は主である少女によって唯一動く口にハンカチを突っ込まれ、呻き声を出す事しかできなくなっていた。
「・・・とりあえず、放っておきましょうか。それより次の使徒だけど、順番通りならイロウルだったわね。どうするつもりかしら?」
「葛城。それはどういう意味なのだ?」
「イロウルって、細菌タイプの使徒なのよ。NERVのMAGIを乗っ取ろうとした使徒でね、直接攻撃を仕掛けてくるタイプじゃなかったのよ。でも一番厄介なのは、コアが無い事なのよ」
「何だと?」
アーチャーの返しに、ミサトが説明で返す。
「コアが無いというのは正確ではないわね。イロウルは細菌の使徒だから、人間の目では確認できないほど、コアが小さいのだと思うわ。極端な話、コアを見つけるなら顕微鏡が必要なのよ」
「そういう事か。全く、手を焼く相手だな、使徒というのは」
ため息をつきながら、アーチャーが体に鞭打って立ち上がる。そのまま遠くへ視線を向けた。
「・・・恐らく、あれがイロウルか」
「見えるの?」
「うむ。実に理解しがたいのだが、白い繭のように包まれたビルがある。そのビルからこちらへ向けて、繭のような物が広がってきているのだ。これはキャスターの出番かもしれんが・・・」
アーチャーの言葉に、緊張が走る。
「アーチャー。ここは私が行こう」
桜の背後から、ハサンが静かに姿を現す。
「私の宝具ならば、恐らくイロウルとやらは暗殺可能だ」
「・・・そうか、ならば任せるぞ」
「うむ。では妹殿、しばし御身の側を離れる」
闇の中に、ハサンの白い仮面がスッと消える。同時に気配も完全に消え去った。アサシンのクラススキル『気配遮断』の効果である。
「さて、お手並み拝見と行こうか」
アーチャーの鷹の視線は、繭に覆われたビルへと向けられていた。
イロウルに支配されたビル。その隣へとハサンは移動していた。
ハサンの狙いはただ1つ。宝具による一撃必殺の暗殺である。
「細菌とはいえ、全ての細胞にコアがある訳では無いだろう。1つのコアを全ての細胞で共有していると考えるべきだろうな」
気配遮断のスキルを使ったまま、ハサンは己の右腕の包帯を解き、攻撃態勢に入る。
右手に現れる、真紅の球体。ハサンの宝具『妄想心音 』は、本来は標的の心臓とリンクする疑似心臓を創り出し、それを潰す事で標的の心臓を破壊するという呪殺の宝具である。今回、ハサンは心臓の代りにコアを作る事で、イロウルのコアを破壊しようと考えたのであった。
「妄想心音 」
宝具の発動により、気配遮断スキルが解除され、姿を現すハサン。ハサンに気付いたイロウルが、ハサンを飲み込もうと迫るが、気付いたのが致命的なまでに遅すぎた。
抵抗なく握りつぶされる疑似コア。僅かに遅れてイロウルの動きが止まる。
「やはり予想通りだったか。ランサーのマスターもそうだったが、不意を突かれてはATフィールドは使えぬようだな」
ハサンはそう呟くと、姿を消しつつ一行の元へと帰還した。
「サハクイエルと言いイロウルと言い、随分とサクサク進むわね」
ミサトの言葉に、アスカやレイ、加持が相槌を返す。実際に戦った立場としてみれば、こうも短時間で勝負をつけられるとは思っていなかったのである。
「それで次の使徒なんだけど、ちょっとマズイわね」
「む?何か問題でもあるのか?」
「次の使徒はレリエルって言ってね。虚数空間にあらゆる物を飲み込む規格外の使徒なのよ」
ミサトが指差した先。そこにはゼブラ模様の巨大な球体が浮かんでいた。
「何よ、あれ!」
「あの球体は影よ。本体は地面に映っている影の方なの。そして本体は虚数空間に繋がっていて、何でも飲み込んでしまうわ」
唖然とする凛を横目に、あくまでも冷静なアーチャーが口を開いた。
「それで、君達はどうやって倒したのかね?」
「倒してないわ。暴走した初号機のおかげで私達が生き残りはしたけど、事実上、こちらの敗北だったわね」
「それでは困るな。何か攻略のヒントはないのかね?せめて、その時の経過を聞きたいのだが」
アーチャーの言葉に、ミサトが当時の様子を思い出しながら説明をする。時折、質問を返したアーチャーであったが、やがて納得したように頷いて見せた。
「虚数空間と言ったか。初号機が地面の本体に飲み込まれながら、脱出した時には影である球体から出てきたと言うのであれば、虚数空間は独立した空間―1つの世界であるという予測ができる。ならば対抗策はある」
「本当なの?」
「うむ。我々英霊が宝具を持っている事は、先ほどランサーが口にしていたから知っているだろう。だが一口に宝具と言っても、分類する事ができる。その中でも『世界』を破壊する対界宝具と呼ばれる物ならば、内部から虚数空間を粉砕できる」
「そうなんだ!それじゃあ、その対界宝具でズバーッとやっちゃってよ!」
だがアーチャーは肩を竦めながら、未だに芋虫状態の英雄王に視線を向けるばかりである。
「肝心の天地乖離す開闢の星 の使い手は、既にリタイヤしている」
「それじゃあ、駄目じゃない!」
「まあ待て。他の方法で対抗は出来る。対界宝具が無理ならば、同等の物をぶつけてやればいい。そう、虚数空間という世界を壊すために、1つの世界をぶつけてやるのだ」
アーチャーの視線が、士郎へ向けられる。
「中に入って、アレを使えば良いのか?けど、本当に破壊できるのか?」
「破壊は可能だ。虚数空間とやらが、ATフィールドを利用しなければ使う事が出来ない能力なのは間違いない。それはATフィールドを破壊さえすれば、虚数空間が崩壊する事を意味している。これは私の予想だが、初号機が虚数空間から脱出できた理由は、虚数空間を構成するATフィールドを中和する事にあったのではないかと思うのだ」
アーチャーの推測に、ミサトが納得したように頷く。
「それなら外からATフィールドを破壊すればいいんじゃないか?」
「それは無理だろう。これも私の仮説だが、ATフィールドは内側にある筈。つまり、中に飛び込まなければ中和も破壊も不可能なのだ。そもそも、ATフィールドが外側に存在していたら、初号機はどうやってATフィールドを中和したのだ?」
「なるほどねえ、確かに理屈は通るわ」
「・・・葛城、君は一体、レリエルからの脱出をどんな理由だと考えていたのかね?」
しばらく考え込んだ後、ミサトは恥ずかしげもなく堂々と言いきった。
「暴走した初号機が、腕力に物を言わせて空間を引き裂いたと思ってたわ」
「・・・そうか・・・」
これ見よがしに溜息を吐くアーチャーだった。
結局、レリエルと戦う事になったのは士郎であった。固有結界の使い手はアーチャーと士郎のみ。だがアーチャーがリタイヤしている今、もはや士郎しか残されていなかった。
戦うことについて拒否するつもりはなかった。凛やルヴィアも戦ったのである。正義の味方を目指す彼が、指を咥えて見ているだけ等、決して納得できなかった。
とは言え、虚数空間と言う訳の分からない世界に、着の身着のままで飛び込もうというのだから、不安があったのは否定できない。それは送り出す側も同様である。
4人の少女達から熱烈な応援―という名の、少女達にとっては恋敵 と差をつける為のアピールだったのだが―を受けた士郎は、レリエルの本体である影の縁へとやってきていた。
「この中に飛び込めば良いのか。でも、まさか魔法を使えない俺が、凛より早く異世界を目にするなんて思わなかったな」
そう呟くと、士郎は虚数空間へと飛び込んだ。
虚数空間内部―
そこは何もない空間だった。
全方位、全てを見まわしたが、何もなかった。光すら無いその空間は、真っ暗闇だった。
肌で感じる温度は、不思議な事に暑くもなく寒くもなかった。光すらないこの世界で、どうやって熱源を確保しているのだろうという疑問が、士郎の脳裏に浮かぶ。
呼吸も問題ないようだった。何度呼吸しても、息苦しくなったりはしない。
「じゃあ、そろそろ使うか・・・ん?」
体に生じていた違和感に、士郎は気づいた。念の為、自分の体を解析する。
「同調、開始 」
―身体情報。全て問題なし―
―魔術回路27本。全て正常に作動。強化、投影、解析、全て使用可能―
―固有結界『無限の剣製 』。魔力が足りない為、単独使用は不可能―
―凛、及びルヴィアからの魔力供給ライン途絶。原因は不明。再接続まで魔力の供給は不可能―
―セイバーとの間の主従契約は継続。令呪も存在―
愕然とする士郎。彼の実力では、固有結界を単独で展開する事は出来ない。あくまでも外部からの魔力供給があってこそ、使用できる切り札なのである。
その為のラインが途絶していた。
士郎が感じた違和感は、凛とルヴィアとの間のパスが途切れた事だったのである。
「まずい、このままじゃレリエルを倒すどころか、俺が脱出できないぞ・・・」
士郎の心に、焦りが生じ始めた。
士郎が虚数空間に飛び込んだ後、地上でも騒ぎが起きていた。
騒ぎの発端は凛とルヴィア。2人とも、すぐに士郎とのラインが途絶した事に気付いたのである。同時に、その事実が士郎への魔力供給ができない事もすぐに理解していた。
「ミス遠坂!」
「分かってる!こんなの想定外よ!」
ラインの途絶という事態に、一同の顔色が目に見えて悪化する。
「虚数空間という異界へ渡った事で、ラインが切れたと言うの?」
「その可能性が一番高いでしょう」
「2人とも!どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!先輩が死んじゃうかもしれないんですよ!」
眦に光る物を湛えた桜の怒声が響く。
「落ち着きなさい、桜。正直、私だって貴女みたいに叫びだしたいわ。でも、今必要なのは感情的になる事じゃない。士郎を助ける為に、最善を尽くす事なの」
魔術師としての遠坂凛を表に出して、事態の打開を図ろうとする姉の言葉に、桜が『ごめんなさい』と謝罪の言葉を口にする。
「パスさえ通れば魔力を供給できるのに!」
「2人とも、少し宜しいですか?」
セイバーの呼びかけに、凛とルヴィアの視線が向く。
「どうやら私とシロウとの主従契約は切れていないようです。これはどういうことでしょうか?」
「これは想像だけど、私とルヴィアが士郎と繋げたパスは、あくまでも個人的な魔術ラインだったからATフィールドに途絶された。でもセイバーとシロウの主従契約は、聖杯の力を取りこんだ言峰君による物だった」
「確かに。聖杯によって蘇った使徒から見れば、聖杯は使徒より格上の存在なのでしょう。だからこそ、聖杯を取り込んだ―言い換えれば支配下に置いた―コトミネによる主従契約には干渉できないのかもしれません・・・セイバー、士郎に念話を飛ばす事はできますか?」
ルヴィアの質問に、セイバーが念話を試みる。だがセイバーの顔は明るくない。
「はっきり会話できません。感情めいた物が伝わってはきますが、それだけです」
「シェロが無事だと分かっただけでも良い報告です・・・リン、セイバー経由でシェロに魔力を供給するというのはどうかしら?」
「確かに一理あるけど、セイバーに魔力が優先的に流れて行きかねないわね」
以前、沈黙を保ち続けるレリエルを前に、凛は憎々しげに睨みつけていた。
そんな時だった。
レリエルに異変が生じたのは。
暗闇の中、士郎は戦っていた。
もしかしたら、ここから出られないのかもしれない。
もう二度と、自分の帰還を信じてくれた少女達に会えないのかもしれない。
このまま朽ち果て、誰に看取られる事無く死んでいく。そして自分の夢―正義の味方になれぬまま、人生を終えるのかもしれない。
納得できなかった。
胸中に生じた焦りと絶望を、必死に心を奮い立たせて対抗しようとする。
そんな時だった。
(・・・何だ?これは・・・セイバー、か?)
士郎の予測は正解だった。ちょうどこの時、外ではセイバーが士郎に呼び掛けていたのである。明確な言葉こそ伝わらなかったが、セイバーが己を心配している事だけは、十分に理解できた。
(暖かい・・・セイバー・・・そうだよな、俺は1人じゃないんだよな。セイバー)
かつてアーチャーとの戦いの中で見つけた答えが、脳裏に浮かぶ。
(そうだ、俺は1人じゃないんだ!凛が、ルヴィアが、桜が、みんながいる。それに)
脳裏に浮かんでくるのは、金色の髪の少女。自分を主と仰ぐ、剣の英霊。
(セイバー、不甲斐ない俺に力を貸してくれ!俺はこんな所で死ぬ訳にはいかない!)
その時だった。
暗闇に支配された世界。そこに眩い光が走った。
視線をそちらに向けると、肝心の光は、士郎自身の胸から放たれている。
(・・・何だ?何が起こった?この光、まるでセイバーの約束された勝利の剣 みたいだ)
右手を光に触れさせる。
「同調、開始 」
士郎の中に、光が経てきた歴史が流れ込む。大部分は剣の英霊たる少女に纏わる物であったが、最後は違った。
「・・・じいさん・・・」
脳裏を埋め尽くしたのは、養父・切継を初めて見た時の顔だった。罪の泥による大火災という地獄の中で、死にかけていた士郎を救ってくれた、士郎にとって忘れがたい記憶。
士郎は全て理解した。
瀕死だった自分を、切継がどうやって助けたのか。
どうして、何の縁もない自分に、セイバーが召喚されたのか。
「・・・ありがとう、じいさん。俺、頑張るよ。爺さんが託してくれた想い、絶対に無駄にしないから。だから、見ていてくれ!」
士郎の右手の中に、黄金の光を放つ鞘が出現する。
それは、士郎にとって体の一部。
故に、投影の工程を飛ばしても、全く問題なく創る事が可能な、究極の護り。
「全て遠き理想郷 !」
黄金の光が、闇を切り裂いた。
「何、何が起こっているの!」
誰もが目を剥き、固唾を飲んで見守っていた。
最初の異変は、レリエルの本体である、地面の影だった。
虚数空間に繋がっている筈の漆黒の世界から、黄金の光が無数に放たれ、レリエル本体を切り裂いていくのである。
次は宙に浮かぶゼブラ模様の球体であった。
こちらは模様が消え、一度、漆黒の球体へ変じた後、やはり同じように内側から黄金の光が放たれ、球体を切り裂いていく。
「・・・リン!」
「・・・ええ、パスが繋がった!」
パスの回復。それは士郎の無事を告げる物であると同時に、レリエルのATフィールドが破壊された事でもある。それはレリエルが虚数空間を維持できなくなるのと同義語でもあった。
ますます強く輝く黄金の光。まるで朝日のように眩い光に、誰もが少年の帰還を確信した。
光によってズタズタに切り裂かれたレリエルの姿は、まさにレリエルが司る『夜』の終わりを象徴しているように感じられた。
帰還した士郎は、手荒い歓迎で出迎えられた。だがセイバーとアーチャーだけは、それに交る事無く、士郎の手にしている黄金の鞘を声も出せずに見つめていた。
その視線に気づいた士郎は、2人に静かに近付いた。
「俺、全て分かったよ。俺の中には、じいさんが埋め込んだこれが眠っていたんだ。あの地獄の中で、俺を助ける為にじいさんは・・・」
「切継・・・」
「セイバー、これは本来、お前の物なんだろう」
そっと差し出された鞘に、セイバーが震える手を伸ばし、愛剣を収める。長い時間を経て、やっと鞘と聖剣は本来の主の元で1つになった。
「ありがとな、セイバー。それのおかげで、俺は命を救われた」
「いえ、貴方が無事ならば、それだけで十分です・・・ありがとう、キリツグ・・・」
鞘を抱きしめたセイバーの眦から、光る物が静かに流れ落ちた。
レリエルまで何とか撃退してのけた一同だったが、さすがに苦しくなってきた。
サーヴァントは全てリタイヤ。マスターも魔力が十分に残っているのは士郎と桜のみ。その内、桜は使徒を相手取るには、不十分な実力しか持っていなかった。
それが理解できているからこそ、士郎は躊躇い無く連戦に臨んだ。
「もう一度、俺が出るよ。葛城さん、次の使徒はどんな奴なんだ?」
「次の使徒はバルディエル。エヴァ参号機に寄生して、エヴァを自在に操った使徒よ」
ミサトの視線の先、そこには漆黒の巨人―エヴァ参号機が立っていた。
「そういえば、どうやって倒したんだ?」
「・・・初号機の暴走よ。結果として参号機は、徹底的に破壊されつくした。四肢を、頭部を、胴体を、あらゆる部分を引き千切り、すり潰して破壊したのよ」
伏し目がちなミサト達の様子に、重い空気が漂う。
(・・・初号機に乗っていたのはシンジだよな?何かあったのか?)
疑問を持ちながら、再度、戦場へ赴こうとする士郎。その士郎の足が止まっていた。
「お兄ちゃん。ここは私達が行かせてもらうからね」
聞き覚えのある無邪気な声に、視線が集まる。そこにいたのは白い少女と、その守護者たる巨人であった。
「イリヤ!」
「駄目よ。私とバーサーカーだって、ちゃんとしたマスターとサーヴァントなのよ?それとも、お兄ちゃんはバーサーカーでは役不足だと思ってるの?ギリシャ最大の英雄、ヘラクレスでは勝てないとでも?」
イリヤの言葉に、士郎は苦笑する事しかできない。そもそもバーサーカーの戦闘力の高さと宝具を考慮すれば、間違いなく最強の一角といえる存在である。
「分かった。イリヤここは頼む。それからバーサーカー、イリヤの事を頼む」
「ふふ、じゃあ行ってくるね!」
イリヤを左手で優しく抱き抱えたまま、バーサーカーはバルディエル目指して移動していく。そんなバーサーカーの後ろ姿を眺めながら、ミサトが呆れたように呟いた。
「何というか、滅茶苦茶ね。まさかヘラクレスとは・・・」
「やっぱり、そう思います?」
「勿論よ」
そう返したミサトの視線の先では、ちょうどバーサーカーが斧剣を振りかぶっている所だった。
「やっちゃえ!バーサーカー!」
「WOOOOOOOO!」
斧剣を振りかぶりながら、バーサーカーが突撃する。標的はバルディエル、だがその標的はエヴァンゲリオン参号機である。
幾らバーサーカーが巨人とは言え、その身長は2.5メートル。エヴァと比較すれば、さすがの神の子も、文字通り子供どころか蟻のような大きさでしかない。
だがバーサーカーは臆する事無く、咆哮とともに斧剣を振り下ろす。
対するバルディエルはATフィールドを展開し、攻撃を凌ごうとする。だが最強の英雄に恥じない膂力による一撃は、ATフィールドをいとも簡単に破壊。その勢いを殺す事無く、鈍い音を立てて、斧剣が左足の装甲を砕く。
バルディエルは参号機を操り、バーサーカーを掴み上げようと手を伸ばす。だが―
「WOOOOOOOOO!」
バーサーカーが咆哮とともに、伸ばされた手へ斧剣を振り下ろす。その一撃は指を纏めて切断し、返す一撃で今度は右足の装甲を砕いた。
命の危険を感じたのか、バルディエルは無事な左手で攻撃を仕掛ける。ただし、今度は掴むのではなく、拳による圧殺であった。
左腕を振りかぶり、地面に叩きつけるかのように拳を放つ。
だがその一撃を、バーサーカーはその巨体からは想像できないほどの速度で飛び退ってかわしていた。
バルディエルの一撃で砕け散ったアスファルトの破片がバーサーカーにも降り注ぐが、その鋼の肉体を傷つける事は叶わない。ただ未だに左腕の中にいるイリヤを守るため、斧剣を盾代わりに使うだけである。
「・・・ふうん、思ったよりやるわね。いいわ、バーサーカー、私を下ろしなさい」
主の言葉に従い、バーサーカーがイリヤを地面に下ろす。イリヤは戦いの邪魔にならぬよう、バーサーカーの背後へと回る。
同時にバーサーカーは、両手で斧剣を構えてみせた。
「やっちゃえ!バーサーカー!」
「WOOOOOOOO!」
イリヤという弱点から解き放たれたバーサーカーは、その全力をもってバルディエルに襲いかかった。
両手で構えた斧剣による一撃は、参号機の左の膝関節を一撃で断ち切った。
片足を失い、バランスを崩す参号機。
しかしバルディエルはこれぐらいで終わらない。
本体である粘菌が、切断面を瞬時に癒着。一瞬にして傷を修復してみせる。
再び攻撃に入るバーサーカー。だがバルディエルも甘くは無い。
拳をもって攻撃に転じるバルディエル。その一撃を、バーサーカーはかわさずに受け止めてみせた。
続いて2発、3発と拳が入る。参号機の巨体による拳の一撃は、ゆうにAランク相当の破壊力を秘めている。だから十二の試練 を突破して、バーサーカーにダメージを蓄積させていく。
それでも、バーサーカーは避けない。
なぜなら彼の後ろには、彼に全幅の信頼を寄せる少女がいるから。
拳によるラッシュ。ついに防ぎきれなくなったのか、バーサーカーの巨体が揺らぐ。
そこをチャンスと見てとったのか、再び真上から拳が襲いかかった。
何かが潰れるような音が響く。
ゆっくりと持ちあがる参号機の拳。その装甲は真っ赤に染め上げられていた。だが―
「WOOOOOOOO!」
十二の試練 の恩恵により、即座に蘇るバーサーカー。お返しとばかりに斧剣の一撃をもって、参号機の左手首を切断。返り血を浴びながら、バーサーカーは左腕を駆け上る。
素早い動きで肩まで上り詰めると、バーサーカーは斧剣を振り被って参号機の頭部へ攻撃を仕掛ける。
連続で振り下ろされる攻撃に、バルディエルは護る者のいなくなったイリヤを狙う余裕もなく、暴れ狂う。
その間に、バーサーカーは一際強力な一撃をもって頸部を切断。そのまま参号機の体内へと飛び込む。
こうなってはバルディエルに打つ手は残されていない。
内部からバーサーカーの膂力による力任せの攻撃を浴び続けた参号機は、瞬く間に破壊されていく。
バルディエルも粘菌という特性を活かして参号機の修復にあたるが、どうみても破壊されるスピードには追い付いていない。
「WOOOOOOO!」
ゆっくりと、だが確実に動きは緩慢になっていく。
やがてバーサーカーの勝利の咆哮が上がった頃には、参号機は完全に活動を停止していた。
少女を連れて帰還したバーサーカーは、やはり他のサーヴァント同様、魔力が切れたのか動きを鈍らせていた。
「お疲れ様、バーサーカー。しばらく休んでいてね」
イリヤの呼びかけに、バーサーカーが腰を下ろす。
その膝の上にイリヤはチョコンと腰かけた。
「私達の役目は終わったわ。次は誰?」
「多分、俺だな。葛城さん、次の使徒はどんな奴なんだ?」
「・・・次はゼルエル。間違いなく最強の使徒よ」
その言葉に、全員の視線が集まった。
「最初に言っておくわ。ゼルエル一体の為に、エヴァは2機が破壊されたわ」
「・・・おいおい、マジかよ・・・」
「本当よ。正直な話、衛宮君では荷が重すぎるわ。何か代案を」
突如響いた爆音に、ミサトの言葉が遮られる。
一行の視線の先、そこには無数の人間らしい者達によって攻撃を受けているゼルエルの姿があった。
誰もが、目の前で起きている事実を把握できずにいた。だが、アーチャーがその人影の正体に気付いた。
「・・・抑止の守護者!世界の掃除屋が顕現してしまったか!」
遂に現世に姿を現した抑止の守護者。その数は優に100を超える。彼らは己の宝具を手にし、ゼルエルに攻撃を開始していた。
「アーチャー!抑止の守護者は少数の人間を殺す事で、多数の人間を救う存在じゃない!あいつら、使徒を攻撃しているわよ!話が違うじゃない!」
「恐らく、相手が使徒だからだ。これが魔術の災厄ならば、1つの町や1つの地域で被害を収められるから、少数を犠牲にするという方法が成り立つ。だが使徒は違う。あれは人類を全滅させる存在だ。少数を犠牲にして問題を解決できるような存在ではない。故に、禍根を断とうとしているのだろう」
もし使徒が地球という世界その物を破壊しようとする存在ならば、星の守護者たる精霊―ひいては真祖の出番となりえる。だが使徒には地球を破壊しようという思惑は無い。あくまでも人類との生存競争なのである。だから星の守護者は介入してこない。
故に、人類―霊長の守護者の出番となったのである。その先陣を務めているのが抑止の守護者なのだろうとアーチャーは予測した。
「確かに、筋は通りますわね。正直、こちらの陣営は敗北寸前ですから」
ルヴィアの冷静な状況判断に、他の者達も頷かざるをえない。サーヴァントは言うまでもないが、マスターまで戦場に立っているのである。ゼルエルまで持ち堪えただけでも殊勲と言えた。
そのような空気の中、鷹の目で戦況を見据えていたアーチャーの顔が、徐々に険しくなっていく。
「・・・衛宮士郎。偽・螺旋剣 は使えるな?」
「ああ、投影はできるぞ。それがどうした?」
「乱戦に紛れて、ゼルエルを狙撃しろ。私の予想が正しければ、抑止の守護者は敗北するぞ」
その予想に、全員が言葉を失った。
「早くしろ、乱戦に紛れるには、今しかない!」
「・・・後で説明しろよ!投影、開始 !」
士郎の左手に漆黒の弓、右手に捻じれた剣が現れる。
「偽・螺旋剣 !」
大気を切り裂いて、捻じれた剣がゼルエル目がけて突き進む。そしてゼルエルに当たる直前、剣はATフィールドの前に木っ端微塵に砕け散った。
「そんな馬鹿な!投影は完璧だったはず!」
「・・・どうやら私の予想は正しかったようだ」
「説明しなさい、アーチャー!」
主たる少女の言葉に、アーチャーは苦虫を噛み潰したような表情で応えた。
「結論から言おう、あのゼルエルのATフィールドが強すぎるのだ。Aランク相当の攻撃ですら、防いでしまうほどにな」
士郎やアーチャーの投影した宝具は、オリジナルより1ランク下がるという特性を持っている。この為、偽・螺旋剣もランクが下がり、Aランク扱いとなっている。
「偽・螺旋剣が通じないという時点で、あのATフィールドがAランクまで防ぐのは確実だ」
「ちょっと待ちなさい!言峰君のATフィールドは、そこまで強くなかったわよ!現にアーチャーが言峰君を攻撃した時には」
「凛。君は重要な事を忘れている。彼は世界の維持・運営の為に力を割き続けている為に、全力を出せない事をな」
アインツベルン城でギルガメッシュに指摘された言葉を、凛と士郎は思い出した。
『貴様が本来の力を出せれば全て食い止める事ができただろうが・・・』
「それに、全ての使徒が、同じ強さのATフィールドを持っているとは断言できまい。あれだけ能力に差があるのだ。ATフィールドにも個体差がなければ、逆におかしい。恐らくゼルエルは使徒の中でも特に強いATフィールドを持っているのだと推測するがね」
アーチャーの言葉に、ミサトが頷き返す。
「貴方の言う通りよ。私達の調査では、ゼルエルはラミエルに次いで強力なATフィールドを持っていたわ。もっとも、ゼルエル本体の装甲の硬さも加味すれば、一番、堅い使徒と断言してもいいわね」
「と、言うことらしい。それより、あっちを見た方が良いぞ。そろそろ守護者が全滅する」
まるで他人事のようにいうアーチャー。だが事実として、抑止の守護者達はその数を減らしていた。
考えてみれば当たり前である。
ゼルエルのATフィールドを貫くには、最低でもA+以上の宝具は必須なのである。だが聖杯戦争に参加しているサーヴァント達ですら、それほどの宝具を持っている者は僅かに3人しかいない。
セイバーの約束された勝利の剣 、ギルガメッシュの天地乖離す開闢の星 、そしてライダーの騎英の手綱 だけである。
神話や伝説に名高い彼らですら、滅多に持っている者などいないランクの宝具を、英霊としては最下級に位置する抑止の守護者が持っている事など、まずあり得ない。アーチャーは、その事にいち早く気づいたのである。
「さて、この状況をどう打破したものか・・・」
「悪いけど、全員、下がって貰えるかしら。足手まといは要らないの」
聞き覚えのある声に、視線が集まる。そこにいたのはアスカである。
ただし、そのアスカはプラグスーツを身に着けていた。
「・・・アスカ?」
呆然とする一同。不思議な事に、プラグスーツを着たアスカの後ろには、手に令呪を刻みこまれたアスカが、座り込んだまま呆気に取られていた。
「アスカが2人?」
「悪いけど、そこの腰抜けと一緒にしないでちょうだい。そいつとアタシは別人なんだから」
その言葉に、凛がハッと気がついた。
「まさか、貴女、英霊!?」
「正解よ。ここにいるアタシは英霊の座に招かれた英雄、惣流=アスカ=ラングレー。あの馬鹿の為に英雄の座を捨てたアタシとは違うのよ」
その言葉に、アーチャーと士郎に視線が集まる。同一人物でありながら、同一人物でない存在。始まりは同じでも、違う選択肢を選んだ別の可能性。
「で、でも聖杯は」
「アタシは聖杯に召喚された訳じゃない。純粋な英霊として、役目を果たしに顕現しただけよ」
その言葉に、サーヴァント達は気づいた。遅れて凛やルヴィア、イリヤも答えに気付く。
「貴女、抑止の守護者?」
「あんな低能と一緒にしないでちょうだい!アタシは抑止の守護者なんかじゃない。世界中の人間が、アタシを英雄として祭り上げた。生きている間も、その死後も、アタシは英雄であり続けた。それがアタシを神話の英霊達と同格、いや、それ以上の英霊の領域にまで押し上げたのよ!」
アスカは使徒戦役を戦い抜いた英雄、救世の女神として祭り上げられた。その知名度はある意味、ヘラクレスですら及ばないほどである。
加えて世界中の人間達は、赤い世界でのシンジの干渉により、アスカに対する好意を植えつけられている。それを考慮すれば、アスカが英霊となるのも当然であった。
「まって!だったら力を貸して!アタシはシンジを」
「お断りよ。何でアタシがあの馬鹿を助けないといけないのよ!」
愕然とするアスカ。だが英霊アスカは鼻で笑って見せる。
「アタシにはアイツを助ける理由なんてないわ。アイツを殺せば問題は解決だもの」
「何ですって!」
「当然でしょ。第一、アイツが憎くないの?アイツのせいで、アタシは屈辱を味わったわ。アイツは殺されて当然なのよ!」
悪意に満ちた英霊アスカの叫びが響く。
「そう、アンタも分かっている筈よ。馬鹿シンジは死んで当然なのよ!」
「・・・違う!シンジは、アタシにとって一番大切な」
「ハッ!アイツが大切?反吐が出るような事言わないでちょうだい!アンタ、アイツに何されたか、都合良く忘れちゃった訳?」
「・・・忘れてなんかない、全部、覚えてるわよ!それでも、アタシはアイツを助けたい!それに、屈辱を味わったというのなら、それはお互い様でしょ!アンタこそ、アタシがシンジに何をしたか、忘れたとでも言う訳!?」
「アタシは天才なの。シンジみたいな凡人とは違う者。凡人に何をしようが、許されるに決まってるでしょ!」
その言葉に、怒りを浮かべたレイが前に歩み出る。
「ハッ!今度はお人形さん?何か言いたい事でもあるのかしら?」
「・・・貴女はアスカじゃないわ」
「お人形にそんな事、言われる筋合いはないわね。いや、アンタは人形ですらない。立派な化け物、使徒だものね。あとでついでに始末してあげるわ」
「アスカ!」
割って入ったのは加持。その隣にはミサトが立っている。2人とも、明らかに怒りの表情であった。
「子供を戦わせるしかない無能が揃ってお説教?何様のつもりよ」
「アスカ、お前!」
「煩い。たかが人間の分際で、アタシに声をかけないでちょうだい!」
誰もが理解した。目の前にいる英霊アスカは、彼らが知るアスカではない。
少年を助けようと、夜の街を駆け抜けた少女ではない。
自らの罪の重さを自覚し、それでも前に歩もうとした少女ではない。
そこにいるのは、間違いなく世界に望まれた英雄。誇り高く、才能に満ちた英雄。同時に孤高であるあまり、心をすり減らしてしまった哀れな英雄。
片翼たる少年を見捨て、栄光に酔い続けた英雄。
そして使徒を倒す為の英雄。
「アタシがここにいるのは使徒を倒す為。それがアタシの存在理由。だから顕現した」
英霊アスカがスッと手を挙げる。
「来なさい、アタシの弐号機!」
凛とした声に従うかのように、弐号機が静かに姿を現す。
その巨人こそ、英霊アスカの宝具であった。
「そこで見てるのね。シンジを殺した後で、全員、後を追わせてあげるから」
そういうと、英霊アスカは己の宝具たる愛機へと乗り込んだ。
To be continued...
(2011.07.09 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
全てのサーヴァントがリタイヤし(キャスターは冬木市民の護衛の為に、宗一郎と奔走中)、魔術師達もリタイヤ。残るは士郎1人のみという過酷な状況の中、ゼルエル相手に抑止の守護者が顕現。更には英霊となったアスカが現れる。最初から考えていたネタでしたが、やっと書く事が出来ました。
英霊アスカですが性格は・・・言わぬが花でしょうねw祭り上げられたままのアスカであれば、確実にこうなっただろうと考えて設定しております。賛否両論あるとは思いますが、アスカファンの方、笑って流してやって下さいw
話は変わって次回ですが、ゼルエルVS英霊アスカの戦いとなります。その一方で、英雄ではなく1人の人間としてシンジの傍にいる事を選んだアスカは、レイの助力を受けて最後の賭けに出ます。シンジを助ける為、英雄として最後の戦いに臨むアスカとレイ。覚悟を決めた2人の少女に、最後までお付き合い下さい。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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