正反対の兄弟

第二話

presented by 紫雲様


麻帆良学園中等部女子寮―
ミーン、ミンミンミンミンミンミーン・・・
 「ああ、今日も良い天気だなあ」
 額から流れ落ちる汗をタオルで拭いながら、シンジは厨房の後片付けを終えた。
 シンジが麻帆良に来てから3日目。足りない日用品も買い終え、やっと生活が落ち着いてきた頃である。
 「近衛さん、こちらの片づけは終わったよ」
 「ありがとうございます。では夕飯の準備を始めるまで、自由にして下さい。準備は16時開始でお願いします」
 シンジの頼みに、パートとして厨房へ働きにきているおばちゃん達が、『また後で』と厨房から出て行く。最後まで残っていたシンジは、厨房へ鍵をかけると外へ出た。
 時間は朝の10時。これから本格的に暑くなる時間帯である。
 (・・・そういえば、そろそろ図書館島へも行きたいな。お爺ちゃんに訊いてみるか)
 善は急げとばかりに、シンジは自室へ戻ると服を着替えた。Tシャツに膝までのズボンに着替えると、小物を入れた鞄を手にして学園長室へと足を向ける。
 途中、部活動で外を走っていた裕奈や美空とすれ違い挨拶するたびに、一緒に走っている他のメンバーから質問が飛んでくるのにもすっかり慣れてしまっていた。
 なるべく日陰を選んで歩きながら、目的地である学園長室を目指す。そして校内に入った瞬間、大きく息を吐いた。
 「ああ、中は涼しいなあ・・・」
 タオルで簡単に汗を拭うと、学園長室の豪奢なドアをノックした。
 『開いとるよ』
 「シンジです、失礼します」
 中へ入るシンジ。室内にいた近右衛門は珍しく仕事をしていた。
 「シンジか、今日は何かあったかの?」
 「図書館島の司書を紹介してもらう件です。こちらも大分、落ち着きました。そろそろ図書館島で調べ物をしたいんですが」
 「なるほど、そういう事か。よしよし、では向かうとしようかのう」
 近右衛門はそう返すと、シンジを伴って学園長室から姿を消した。

5分後―
 「学園長。決済書類は・・・」
 室内に入ってきたタカミチは凍りついた。つい先ほどまで、無理やり書類にサインをさせていた、怠け癖のある最高責任者が姿を消していたからである。
 「学園長!」
 タカミチの叫びは職員室にまで届いていた。その声を聞いた教師達は『ああ、また逃げたのか』と納得していたそうである。

図書館島―
 血の繋がらない老人と孫は、暑い中を図書館島へと向かっていた。
 「そういえば、図書館島ってどんな施設なんですか?」
 「うむ。由来ぐらいは説明しておこうかの。まず明治の中頃に麻帆良学園が創立されたのじゃが、図書館島は同時期に建設されたのじゃよ」
 「へえ、だとすると少なくとも130年近い歴史があるって事か」
 シンジが感心したように納得していると、近右衛門がふぉっふぉっふぉと笑う。
 「かつて2度の世界大戦と、2000年のセカンド・インパクトがあった。その間に、貴重な書物を守るべく、この図書館島へと多くの本が運ばれてきたんじゃよ」
 「相当な数に上ったでしょうね?」
 「その通りじゃ。収めきれなくなった為に、図書館は地下へと増築を繰り返していった訳じゃが、現在ではその全貌を知る者はおらんと言われておる」
 足を止める近右衛門。その前には巨大な湖があった。その中央にある島に洋風建築の建物が鎮座しており、そこまで赤レンガ造りの橋がかかっている。
 「・・・いかにも明治、って感じですね」
 「そうじゃろう。ほれ、こちらじゃ」
 近右衛門の後に続くシンジ。しかし近右衛門は正門には向かわず、脇の細い路地へと入っていく。
 「正面入り口じゃないんですか?」
 「あちらは一般利用者の為の入り口じゃよ。儂ら裏の住人の為の貴重書は、別の出入り口を使うんじゃよ」
 案内された先にはエレベーターがあった。慣れた手つきでボタンを操作する。
 やがて静かにエレベーターが動き出した。
 「まずはこのエレベーターで最下層へ向かうんじゃよ。そこからしばらく歩くんじゃ」
 「そうなんですか。ちなみに片道、どれぐらいかかりますか?」
 「そうじゃのう、20分もみておけば十分じゃよ」
 チンという音とともにドアが開く。螺旋階段を下っていく2人。やがて目の前に、地下とは思えないほど、綺麗な空間が見えてきた。
 ちなみにシンジは知らなかったが、図書館探検部メンバーが『幻の地底図書室』と呼んでいるエリアだったりする。
 「・・・お爺ちゃん。本が水に沈んでるんだけど?」
 「問題無いわい。水面下の書物は魔法でコーティングしているが、それらは全てフェイクじゃよ。本物の貴重書は、ちゃんと司書が管理しておる」
 テクテクと歩いていく2人。やがて近右衛門が足をとめた。
 「この場所をしっかり覚えておくんじゃぞ。ここには人払いの結界が張られておる。油断していると、いつまでも突破できんからの」
 「・・・ああ、これか。分かったよ」
 「うむ、では行くぞ」
 結界を越えて先へ進む2人。すると今度は石造りの通路に出た。
 そして遥か先に見える光に、シンジがやっと着いたかと息を吐く。
 「油断は早いぞい。門番がおるからの」
 「・・・は?」
 「司書が置いておる門番じゃ。今日は儂の許可証で入るが、次回からはお主の許可証で入れるようにして貰うんじゃよ」
 通路を抜けるなり、バッサバッサという羽音が聞こえてきた。何気なくそちらへ顔を向けたシンジは、さすがに驚いたのか眼を丸くしていた。
 2人の前に舞い降りてきたのは飛竜―ワイバーンである。
 「・・・これが、門番?」
 「そうじゃよ。ほれ」
 懐から手紙のような物を取り出し、ワイバーンに見せる近右衛門。するとワイバーンは何をするでもなく、どこか別の所へと飛び去った。
 「・・・ワイバーンって実在したんだ・・・」
 そんな場違いな感想を抱きながら、シンジはやっと目的地へと辿り着いた。

 そこは一言で言うならば、ヨーロッパの古城にあるような庭園だった。
 「アルビレオ君、儂じゃ、近右衛門じゃ、ちょっと話があって来た」
 「おやおや、お客連れとは珍しいですねえ」
 シンジ達の前に、ローブ姿の人物が静かに現れる。フードに隠された顔は見えないが、声色からしてまだ若い人だろうとシンジは当たりをつけていた。
 「この少年は、婿殿の養子なんじゃ」
 「初めまして。近衛詠春の養子で近衛シンジと言います。今日はこちらの貴重書を見せて戴きたいと思い、訪問させて戴きました」
 「これはこれは、御丁寧な挨拶ですね。私はアルビレオ=イマと申します。この図書館島で、魔法の書物を管理している司書なんですよ」
 アルビレオがスッと手を振る。すると虚空からティーセットが姿を現した。
 「まずは喉の渇きを癒してください。その後で詳しい話を聞かせて戴きましょう」

 「なるほど。関東魔法協会が図書館島に死蔵している貴重書を見たい、と」
 「はい。その為にこちらまで来ました」
 「・・・そうですね。仮に見せるとして、対価はいかがされるおつもりですか?」
 ニコニコと笑いながら言葉を返すアルビレオ。近右衛門は軽く眉を上げたが、敢えて口は閉じていた。
 「貴方はあくまでも管理人です。であれば関東魔法協会の長である近衛近右衛門が許可を出している以上、それを断る権利は持ちえないと思うのですが、どうでしょうか?」
 「なるほど、確かにその通りです。どうやら冷静な判断力をお持ちのようだ」
 紅茶を啜りながら、アルビレオは面白そうにシンジを見つめた。
 「私が司書を務めているのは、私が無類の本好きだからです。ですから、ここにある全ての書物は把握しています。もし対価を戴けるのであれば、貴方がお探しの本の場所を教えましょう」
 「・・・それは司書の仕事だと思うんですが?」
 「いえね、雇い主から給料を戴いていないので、まともに働く義務はないんです」
 ゴフッと噎せる近右衛門。孫の冷たい視線が遠慮なく突き刺さる。
 「アルビレオ君!ここに勝手に住みついたのは君じゃろう」
 「だから家賃代わりに魔法書が悪用されないように見張っているじゃありませんか?」
 「むぐぐぐ・・・」
 言い返せない近右衛門に、シンジが口を開いた。
 「後で高畑先生に告げ口するからね」
 「ふぉ!?シンジや、老い先短い儂の貴重な時間を奪うつもりか!」
 「大丈夫。仕事で取られた分、根性で生き延びてよ」
 わざとらしく泣き崩れる近右衛門という姿は珍しかったのか、アルビレオは面白そうに眺めている。
 「なかなか面白い逸材のようですね。詠春も良い子を養子に迎えたものです」
 「アルビレオさん。対価についてだけど、本1冊につき、こちらも本1冊という割合でどうかな?」
 シンジの申し出に、興味を惹かれたのかアルビレオが身を乗り出してきた。
 「僕は関西呪術協会が集め続けてきた古書の全てを暗記しています。その中から1冊分の情報を渡す、と言う事です」
 「なるほど、確かに等価交換ですね」
 「パソコンでプリントアウトすれば、割と簡単に編集できると思いますよ」
 「良いでしょう。では貴方が探している書物について教えてください。私はそれに見合った書物を提示します。貴方はその条件に見合った書物を持ってきて下さい。そうして戴いたら、お互いに交換しあいましょう」
 アルビレオの申し出に、シンジは素直に頷いた。
 「僕が探しているのは、神を殺す方法です。つまり、魂を消滅させ、輪廻転生すら許さぬ致死の禁呪について書かれた書物です」
 その言葉に、アルビレオと近右衛門が顔を強張らせた。
 「・・・魂を消滅させる致死の禁呪ですか。確かにありますが、不完全な写本でしかありませんよ?それでも良いのですか?」
 「ええ、それで良いです。アルビレオさんの対価を教えてください。今度、用意してきますから」
 「・・・分かりました。私の求める書物ですが・・・」
 対価となる書物を提示しながら、アルビレオは内心では舌打ちをしていた。まさか詠春の養子が、禁呪の情報を求めているとは思わなかったからである。
 だからこそ気軽に等価交換に飛び乗ってしまったのだが、それが悪手であった事を、今更ながらに自覚していた。
 (・・・失敗しましたね。等価交換である以上、つり合いが取れないような、価値の高い書物を提示して諦めさせる事も不可能です。全く、詠春とは似ても似つかぬ・・・まさか、この少年はそこまで読んでいた?)
 シンジに通行証を手渡しながら、アルビレオは背筋に嫌な悪寒を感じていた。

学園長室―
 地上へと帰還したシンジ達は、学園長室へ戻ってきていた。
 近右衛門は愛用の椅子に深々と座り、シンジが淹れたお茶に手を伸ばす。
 時間はもうすぐ午後1時。暑い盛りだというのに、いつまで経っても暑さを感じられなかった。
 「・・・シンジ、何故、禁呪を求めるんじゃ?」
 「必要だからです。僕個人の目的の為に、魂を消滅させる致死の禁呪は必要不可欠なんです」
 「それ以上は、教えて貰えんかの?」
 「はい」
 断言するシンジに、近右衛門は大きな溜息を吐くしかなかった。
 「お主が悪の道に進むと言うのであれば、例え婿殿の養子であろうとも、容赦はできんぞ?」
 「その時は遠慮なく、僕を潰してください。もっともそんな日は、絶対に来ないでしょうけど」
 踵を返すシンジ。一礼した後、シンジは静かにドアを開けて退室した。
 「・・・致死の禁呪・・・用途は間違いなく、誰かの命を奪う為じゃろう・・・」
 シンジの意図を読み切れない近右衛門は、頭を抱えるしかなかった。

それから3日後―
 等価交換により写本を手に入れたシンジは、暇さえあれば寮監室に籠って解読に取り組んでいた。そこへノックの音が響く。
 「開いてるよ」
 『龍宮だ、入らせて貰うよ』
 中へ入って来たのは真名であった。
 「ここへ来たのは初めてだね。冷たいもの出すから上がってよ」
 「ああ、そうさせて貰う。あと学園長から伝言が」
 部屋に入って来た真名が全身を緊張で強張らせた。その眼は、机に注がれている。
 「・・・近衛さん、アンタ正気かい?その書物、まともじゃないだろう」
 「そうだよ。写本ではあるけど、外道の類の書物だよ」
 彼女の魔眼は、シンジが解読していた写本を包み込む物を捉えていた。イメージ的には書物に絡みつく緑のツタという感じである。
 「それ、解読してどうするつもりだい?」
 「そうだね、誰かに使ってみる、というのはどうかな?」
 (ここで言い訳とかしてきたのであれば、悪用する可能性が高いと読めたが、この返し方だと思惑が読み切れないな・・・)
 険しい表情の真名が座布団に座ると、その前に程よく冷えた麦茶が出された。
 「・・・何と言うか、妹さんとは大違いだね、近衛さんは」
 「そりゃあ、そうだろうね。兄妹と言っても僕は養子だよ?育ってきた環境だって違うんだ。似てないのは当然だよ」
 「全く持ってその通りだ。けど、一番困るのは、近衛さん自身だよ。正直に言うとね、私はさっきカマをかけてみたんだ」
 こうなったら正面突破に賭けてみるかと、真名は思考を切り替えた。心の中は何が起きても対応できるよう、すでに臨戦態勢である。
 仮に目の前の少年が悪意を持って行動にでた所で、真名の抜き打ちの方が早いし、素手で制圧できる自信もあった。
 「写本とは言え、あれだけの代物だ。言い訳してくれば後ろめたい事があるのだろうと思ったんだが、近衛さんは冗談に紛らわした。もし近衛さんが、生真面目な性格ならば話は別だが、貴方はそういう性格じゃない。道化のような一面も持っている。そのおかげで貴方が本気かどうか、全く読めないんだよ」
 「ふうん。それで僕が本気で悪用するもりだと言ったら・・・僕を殺す?」
 「・・・必要なら」
 寮監室を重苦しい空気が支配する。
 「・・・ここの女の子達が巻き込まれるんじゃないか?今の生活が壊されるんじゃないか?そんなとこかな、龍宮さんの不安は」
 ドンッ!という音とともに、シンジは押し倒された。真名の右手はシンジの喉元をいつでもへし折れるように掴んでいる。その上でマウントポジションを維持し、左手で拳銃を抜き放って、シンジの額に照準を合わせていた。
 しかし、呆気に取られたのは真名の方である。
 「・・・何で抵抗しない?」
 「僕は直接戦闘は苦手なんだよ」
 「そうじゃない。私の目を誤魔化せると思うなよ、近衛さん。貴方は反応できなかった訳じゃない。私には理解できないが、反応しかけた体を押し殺しただろう」
 真名の言葉は、的を射ていた。確かにシンジの反応速度は、結果から言えば真名の動きから逃れられるような速さでは無かった。例え反応に身を委ねた所で、逃げ出す事は出来ず、拘束されていたのは間違いない。
 だが真名が気づいたのは、シンジが反応していた動きを止めた事にあった。
 まるで諦めてしまったかのように。
 「・・・1つだけ約束してあげるよ。あの本の内容は、麻帆良学園の生徒と先生には絶対に使わないよ」
 「それを信じろと言うのか?」
 「僕としては信じてもらうしかないんだけどね。それで、龍宮さんはどうするの?このまま僕を殺して、後腐れなく始末するのかな?」
 ギリッと歯ぎしりする真名。確かにこの場で始末をつければ、本が悪用される事は無いと断言できる。
 「・・・何の為に使うつもりだ?」
 「それを僕が言うと思う?」
 「・・・私は本気だ・・・」
 右手に力を込める真名。だがシンジは多少息苦しそうではあるが、口元は笑みを浮かべたままである。
 真名が違和感を覚えた時は、すでに手遅れだった。
 バンッ!という音とともに寮監室のドアが開いたのである。
 「何ですか!今の・・・殺気・・・龍・・・宮・・・?」
 「刹那殿!中で・・・何・・・が・・・」
飛び込んできたのは刹那と楓であった。2人は寮監室から何の前触れもなく放たれた殺気―真名がシンジを組み伏せた時に放った物―に気がついて、飛び込んできたのである。
楓はクナイを構え、刹那は居合抜きをいつでも放てる状態のまま飛び込んできたのは良いが、彼女達は目の前の光景に、頬を赤らめたまま固まっていた。
 「・・・その・・・邪魔だったか?」
 「・・・申し訳・・・ござらん・・・」
 その言葉に、真名はやっと気付いた。自分とシンジが、刹那と楓にどういう関係であるか誤解された事に。
 「待て!2人とも!それは誤解だ!」
 慌てて手を放す真名。解放されたシンジは、わざとらしく咳きこんでみせる。
 「ありがとう、2人とも。もう少しで龍宮さんに殺される所だったよ」
 「近衛さん!?」
 「いや、まさか龍宮さんに首絞めしながら求愛してくる趣味があるとは思わなかったから、いや本当に危なかった」
 龍宮真名13歳。人生最大の危機である。下手をすれば、2−A全てに誤情報が出回るのは間違いない。
 「「龍宮(殿)・・・」」
 「ちょっと待て!私にそんな猟奇的趣味はない!」
 「「だったら、どうして馬乗りになっているんですか(ござるか)?」
 ハッと真下を見る真名。確かに言い訳不可能なまでに、完璧な馬乗り状態である。
 真名にしてみれば降りたいのは山々なのだが、下手に動いてシンジに行動の自由を与えるのは憚られた。だがこのままでは龍宮真名という1人の少女としての人生は、確実に終わりを迎える事も間違いなかった。
 だが最悪はここからだった。
 彼女は忘れていた。彼女の真下にいる人間が、かつて綾瀬夕映を玩具にしてのけた少年であった事を。
 「馬乗りになっているのは、やっぱり繋がっているからだと思う?」
 その言葉に、刹那と楓が耳たぶまで真っ赤に染め上げる。遂に誤解は決定的な物へと昇華されてしまった。
 「「し、失礼します(でござる)」」
 「待て、待ってくれ!」
 最早、シンジに拘る訳にはいかなかった。慌てて立ち上がる真名。タイミング良く、刹那と楓が手で目を覆い隠す。その指の間が少しだけ開いている辺り、多少は興味があったのだろう。
 「龍宮、私達は失礼する。ゆっくりしてくれ」
 「そ、そうでござるよ。先ほどの殺気は、いわゆる修羅場という奴でござろう?2人で納得ゆくまで話し合うが良いでござるよ」
 「ち、違う!」
 無情にも、ドアはパタンと閉まった。真名の目の前で。
 「ああ、困ったねえ。ここで龍宮さんが僕を殺しちゃったら、確実に誤解されちゃうと思うよ」
 「・・・ふ・・・ふふ・・・ふふふ・・・」
 完全に自分が手玉に取られた事に気づいた真名は、怒りで拳を震わせながら、どうやって誤解を解くべきか頭を悩ませていた。

 その後、何とか誤解を解いたおかげで、誤情報が出回らずに済んだ真名は、精神的疲労に耐えられず、倒れこむように寝てしまった。
 だが悪夢は終わっていなかった。
 枕元に置かれた、仕事用の携帯電話が鳴ったのである。
 「・・・はい、龍宮ですが・・・」
 『儂じゃ。今晩予定しておった、シンジの腕試しの件じゃよ。もうすぐ時間じゃが、まだ龍宮君達が来んのでな。ちゃんと伝えてくれたんじゃろ?』
 「・・・忘れてた・・・」
 
 龍宮真名13歳。彼女の悪夢は終わらない。

そして30分後、世界樹前広場―
 真名の珍しいポカミスによる遅刻は、魔法関係者に困惑を齎していた。
 特に生真面目なガンドルフィーニやシスター・シャークティ辺りは苦言の1つも言ってやろうと思っていたのだが・・・
 「・・・ふふ・・・ふふ・・・ふふ・・・」
 肝心の真名は駄目になっていた。目は虚ろで、どこを見ているのかも分らない。声をかけても反応はなく、ここまで走って来られただけでも奇跡に思えるほどであった。
 涙すら誘うほどの真名の壊れっぷりに、周囲はどうして良いか分からず、そっと見守るばかりである。
 「・・・学園長、これはマズイのでは?」
 「そ、そうじゃのう・・・」
 シンジの腕試し。正確にはタカミチVSシンジ・刹那・真名のトリオという戦いである。
正直なところ、シンジの実力は報告書でしか分からないので、近右衛門もはっきり理解できないでいた。ならば、実際に戦わせてみようと考えたのである。
 ところが3人揃って遅刻をするわ、おまけに真名が精神崩壊を起こしているわで、完全に思惑は崩壊してしまっていた。
 「お爺ちゃん、結局、今日はどんな集まりなの?呼ばれた理由すら聞いていないんだけど」
 「ふぉ!?」
 最悪である。
 「つかぬ事を訊くが、符は持って来とるかの?」
 「・・・少しだけ。別に仕事じゃなさそうだったから」
 刹那は夕凪があれば他はいらないだろう。だがシンジはそうもいかない。
 「ま、まいったのう・・・」
 「お爺ちゃん、一体、僕に何をやらせるつもりだったの?」
 周囲の魔法関係者達も、すっかり白けてしまっていた。
 「実はのう。タカミチ君と、シンジ達に戦って貰うつもりだったんじゃよ。デモンストレーションという奴じゃ」
 「ああ、そうだったんだ」
 「じゃがのう・・・」
 近右衛門が何を言いたいのかは、シンジにも理解できた。と言うより、理解できない方がおかしいだろう。少なくとも真名の精神崩壊の原因なのだから。
 「高畑先生。デモンストレーションと言いましたけど、勝敗はどうやって決めるつもりだったんですか?」
 「まあ、腕試しに近いからね。負けを認める、戦闘不能になる、綺麗に一撃を決める、そんな所かな」
 「なるほど。それは無理ですね。少なくとも僕と桜咲さんだけじゃ無理です」
 ワザとらしくヒラヒラと白いハンカチを振って『降参します』と意思表示する少年に、タカミチは苦笑いするしかない。
 「お爺ちゃん。条件を変えて貰えないかな?」
 「ふぉ?」
 「ちょっと待っててね。えっと・・・」
 手帳に何かを書きつけるシンジ。やがて書き終えたのか、シンジはそのページを破ると近右衛門に手渡した。
 「その条件に見合う人がいてくれれば、高畑先生に勝てるよ」
 「ふぉ!?」
 「できれば、こちらの人は防御型で。こっちの方は見習いぐらいでも十分だよ」
 ざわめきが周囲を支配する。はっきり言ってしまえば、シンジの発言は妄言としか取られない内容であった。
 そもそもタカミチを相手するのに『見習いぐらいでも十分だよ』と言う事自体おかしいのである。
 「これはあくまでも腕試し。さっきの勝敗条件という約束なら、1回だけなら勝てるよ」
 「・・・タカミチ君、どうするね?」
 「・・・ちょっと興味がありますね。問題なければやってみたいのですが」
 「ふむ・・・よし、認めよう。夏目君、それから佐倉君。2人はシンジに協力してやってくれ」
 更にざわめきが大きくなる。何より一番驚いているのは、指名された当の本人であった。
 「私ですか!?」
 「ええ!?お姉さま!助けて下さい!」
 夏目萌は中学1年になったばかり。戦闘は苦手で、もっぱら情報収集責任者の明石教授の元でサポート役を務める少女である。
 佐倉愛衣も中学1年になったばかりの新米見習い魔法使いである。
そして2人とも、荒事に参加する場合は、姉と慕う高音とともに仕事はこなしているものの、性格的に戦闘とは相性が悪い。その為、早くも逃げ腰であった。
 「2人とも、作戦を説明しますからこちらへ来て下さい」
 「ほ、本気なんですか!?無理ですよ!」
 「はい、本気です。前衛は僕が努めますから、気楽に行きましょう」
 そう言われても『はいそうですか』と参加できる程の度胸は、2人には無い。
 「わ、私・・・」
 「待って下さい!2人に危険な事はさせられません!代わりに私が!」
 「高音先輩。それは待って下さい」
 後ろからかけられた声に、高音が振り向く。そこにいたのは刹那であった。
 「シンジさんの言う通りにしてみて下さい。私も興味があります」
 「桜咲さん!貴女、自分が何を言っているのか分っているのですか!?」
 「・・・高畑先生は既に知っている情報ですから教えます。シンジさんは陰陽師として修業を始めて、まだ4ヶ月です。しかし6月に牛鬼を罠にはめて倒しています」
 その言葉に、その場にいた者達が水を打ったように静まり返った。
 「・・・桜咲さん、何を下手な冗談を」
 「情報元は私の師である近衛詠春様です。詳しい事は私も知りませんが、事実だそうです」
 再びざわめきが戻ってくる。そのざわめきの中、高音はシンジに振り向いた。
 「近衛さん。今の言葉は事実ですか?」
 「高音先輩。僕がそれを肯定したら、それを鵜呑みにするのが貴女のやり方なんですか?命を賭けるのは、貴女の後輩なんですよ?」
 「その言い方だと、なおの事、萌や愛衣に任せる訳にはいきませんね」
 「どうぞ、お好きに。僕はどちらでも構いませんから。どちらかというと、僕は世界樹防衛戦力になんて組み込まれたくありませんからね」
 その言葉に、シンジに敵意を込めた視線が注がれた。
 重苦しい空気が場を支配する。
 「そこまでにしなさい。夏目君、それから佐倉君。2人は彼に協力しなさい」
 「先生!?」
 「君達は『命が惜しいから』という理由で、危なくなったら戦場から逃走するのかい?」
 タカミチの言葉は尤もである。渋々承諾した2人だったが、溜息を吐いたのはシンジの方である。
 「高畑先生。何で横槍入れちゃうんですか。合法的に戦力外通告受けたかったんですよ?こっちは」
 「そうもいかないね。僕は君に興味があるんだから」
 「はあ、分かりました。じゃあさっさと終わらせましょう。2人とも、作戦を説明しますから、こちらへ来て下さい。あと高畑先生は、申し訳ないですけど」
 「ああ、耳を塞いでおくから心配しないでくれ。プレゼントは開ける瞬間が楽しい物だからね」
 その言葉に、符を取りだしたシンジは、ヒラヒラと揺らしながら頷いた。
 「はあ、今日は厄日です」
 「全くです」
 渋々と移動してきた2人に、シンジは笑いかける。
 「はいはい。3分後には評価がひっくり返ってるからね。はい、ここに座って」
 地面に絵を描きながら、シンジは説明を始めた。

 シンジの作戦に興味があった刹那は、シンジ達の様子を遠くから眺めていた。そんな彼女に、ストレートの髪の毛を腰まで伸ばした、眼鏡の美女が話しかける。
 「刹那、気になる?」
 「刀子さんは、どう思いますか?あの2人には申し訳ないですが、高畑先生相手では役不足です。まだ私1人の方が役に立ちます」
 「・・・私も同感よ。それにしても、あの学園長のお孫さん、先生方に嫌われたわね。それも面白いぐらいに」
 刀子の言う通りであった。友好的なのはタカミチと学園長、中立らしいのは明石教授や瀬流彦、弐集院ぐらいなのである。ガンドルフィーニやシスター・シャークティーに至っては、露骨なほどに怒っていた。
 「でも刹那。貴女は彼の事、信じているようだけど。それはどうして?」
 「詠春様が嘘を吐くとは思えないからです」
 「そうね。それについては同じ神鳴流門下生として納得できるわ・・・あら、終わったみたいね」
 刀子の視線の先では、シンジが符を指に挟みながら立ち上がった所であった。
 「刀子さん、気付きましたか?あの符は・・・」
 「ええ、何であれを使うのかしらね。高畑先生じゃないけど、確かに興味を惹かれるわ」

 「それじゃあ、2人とも作戦通りにお願いするよ。あと夏目さん、念の為に防御魔法をお願い」
 「え?わ、分かりました」
 夏目がシンジに防御魔法をかける。
 「高畑先生。万が一の時を想定と言う事で、これぐらいは保険として認めてください」
 「ああ、それぐらい構わないけど、他はいいのかい?」
 「ええ、あくまでも保険ですから」
 符を携えたシンジが、少女達の前に出る。
 シンジとタカミチの距離は10mである。
 「お爺ちゃん、合図をお願い」
 「ふむ、よかろう。では・・・始め!」
 「急々如律令!」
 合図と同時に動いたのはシンジだった。気を込められた1枚の符が夜の世界を静かに疾る。
 (金縛り辺りかな?)
 ポケットに手を入れ、居合拳の構えを取っていたタカミチは、素直に符を迎撃しようと拳を走らせ―
 ザバン!
 「な!?」
 拳は符を撃破すると同時に、水の壁に呑みこまれていた。さらに水の壁の向こう側には走ってくるシンジの姿が見えた。
 居合拳は目に見えぬほどの速度と拳圧による衝撃波が特徴である。だが手加減している為に、どちらも本気の一撃とはかけ離れていた。
 そこへ真上から水が邪魔をしてきたのである。拳の速度は減衰し、衝撃波は押し潰された。
 (水の壁、これは夏目君か!)
 ホンの僅かな一瞬、タカミチは拳を戻すか、それとも突きだすかで悩んだ。だが彼は突きだす事を選択した。万が一、何かあっても、まだ左拳が残っていたからである。
 (となると、残る佐倉君がアタッカー、か。すると、彼は囮。まあこんなとこかな)
 「メイプル・ネイプル・アラモード!」
 佐倉の詠唱が夜空に響く。
 (左の居合拳で魔法の射手を迎撃。右はこのまま戻さずに、彼の迎撃に使うか。けど買被りすぎたかな・・・)
 「魔法の射手サギタ・マギカ光の3矢セリエス・ルーキス!」
 3本の光の矢が、3方向から襲いかかる。それを残された左の居合拳だけで迎撃に入るタカミチ。だが―
 パンッ!
 3本の光の矢が、同時に爆ぜたのである。僅か一瞬とはいえ、爆ぜた際に起きた光が、闇夜に慣れていたタカミチの網膜をやいていた。
 「目くらましか!」
 愕然とするタカミチ。右拳はまだ戻していない。なぜなら無理に攻撃に使っているからである。左拳は目くらましの驚きで、ポケットに戻すのが若干遅れていた。
 「だが、甘いよ!」
 どちらにしても居合拳は至近距離では役に立たない。だからタカミチは拳をポケットに戻さずに、そのままシンジがいた辺りへ左拳を突き込んだ。が―
 拳に返ってきた感触は、肉を殴った感触ではなかった。それより遥かに柔らかい物。そしてその柔らかい物は、一瞬で粉砕された。
 戻り始めた視力で確認したタカミチは、今度こそ驚愕した。
 「これは、土!?」
 目くらましで稼いだ僅かな時間の間に、タカミチの前に土の壁が現れていたのである。タカミチは魔法は使えないが、それでも知識ぐらいは持ち合わせている。だから、この土の壁は、精霊に干渉して地面の土を盛り上げさせたのだろうと推測できた。
 「終わりです」
 ハッとするタカミチ。声のした方へ振り向くと、そこには短刀の切っ先を向けているシンジが立っていた。
 
 「・・・ウソ!?本当に勝っちゃった!?」
 「お姉さま!か、勝っちゃいました!』
 目の前で歓声を上げる2人の少女に、高音は言葉が無かった。
 それは他の者達も同様である。特に強い敵意を持っていたガンドルフィーニらも、この結果には驚いたのか、口を開けて呆然としていた。
 「・・・刀子さん、私、夢を見ているんでしょうか?」
 「・・・甘く見ていたのはこちらだったようね」
 刹那と刀子の2人も驚いたまま、呆気にとられていた。
 「ふぉっふぉっふぉ。まさか、そういう事じゃったとはのう。まんまと一杯、食わされたわい」
 「・・・まさか、そういう事ですか?」
 「タカミチ君も気づいたか。いや、儂も終わってから気づいたわい。ここまで綺麗に引っ掛けられると、もう何も言えんのう」
 短刀を鞘におさめたシンジは、苦笑いしたまま突っ立っている。
 「学園長、今の言葉の意味を教えて戴けませんか?」
 「ふむ。つまりじゃな、この場にいた全員が、シンジの仕掛けた心理トリックに引っ掛かっていた、と言う事じゃよ」
 「心理トリックですか?」
 顎鬚を撫でながら、近右衛門は種明かしに移った。
 「順番に説明してやろう。まずはメンバーの選抜を儂に頼んだ時。すでにあの時点で種が蒔かれておったんじゃよ」
 「何ですって!?」
 「シンジは片方は防御型、もう1人は見習い程度と条件をつけてきた。そしてその言葉を、タカミチ君は聞いておった」
 全員が『あ!』と声を上げる。タカミチは後頭部を掻きながら、苦笑いしていた。
 「これはの、タカミチ君をシンジが思い通りに動かす為の布石だったんじゃ。そうじゃろう、タカミチ君」
 「ええ。拳が水で封じられた時、僕はアタッカーが佐倉君、シンジ君は囮、夏目君は防御型だから攻撃には参加しないだろうと判断しましたから」
 「そうじゃろうな。儂がタカミチ君なら、同じように考えるじゃろうて」
 ふぉっふぉっふぉと笑いながら、近右衛門は続ける。
 「次の布石はシンジの行動じゃ。シンジは事更に、符をアピールしておった事を覚えておるか?」
 「それは私や刀子さんも疑問に思っていました。あれは攻撃の為の符ではありませんでした。あれは陰陽術で使われる破術の為の符でした」
 「桜咲さん、破術とはなんですか?」
 高音の質問に、刹那は素直に答える。
 「あらゆる『魔』や『気』の力を無効化する、対術用陰陽術です。術ではなく、術を構成する魔力や気を霧散させる為に、どんな術にでも有効な、非常に汎用性の高い陰陽術なんです。陰陽師にとっては基本の1つですが、好んで使う人はいなくなりました」
 「何故です?とても使い勝手がよさそうに思いますけど」
 「破術は、対象となる術より多くの力を要求されるんです。例えば10の力であれば11以上、50であれば51以上というように。つまり燃費が凄く悪いんですよ。特に陰陽師は魔法使いと違って、体内の気で術を構成します。外部から力を取り込む魔法使いに、体内の気だけで上回ろうと考える事自体、とても分が悪い事は分かりますよね?おまけに破術は無効化するだけで、追撃できる訳ではありません。もし術の撃ち合いで相手を圧倒したいなら、破術ではなく、火力の高い術で相手の攻撃を呑みこむ方が楽なんです」
 なるほど、と頷く高音。
 「だから不思議に思ったんです。何で攻撃能力の無い破術を放ったのかが理解できなくて」
 「それについては僕も同感だよ。僕は陰陽術は知識が無いけど、符には十分すぎるほど気が込められていたからね。もしかしたら金縛りか何かの符かと思って迎撃しちゃったんだけど」
 「あれはフェイクですよ」
 シンジの言葉に、近右衛門が『じゃろうな』と頷いて見せた。
 「シンジが符をアピールした理由は、タカミチ君に迎撃させる為の布石だったんじゃ。あれだけ見せつけられれば、符で何かしてくるつもりかと、思うのは当然じゃしな。実際タカミチ君は、金縛りではないかと予想した。だがそれだけではない。タカミチ君の好奇心を刺激して、自分達の攻撃を正面から受け止めるようにも誘導しておったんじゃ」
 「いつ、そんな事をしていたと言うんですか!」
 「作戦説明の時じゃよ。シンジは自分達が弱いと事更にアピールする事で、タカミチ君が正面から攻撃を受け止めやすいようにしておったんじゃ。タカミチ君にしてみれば、胸を借りるつもりで来られれば、正面から受けたくなるじゃろうしな。更に付け加えるなら好奇心すらも利用した。シンジは一体、何をするつもりなのか?とな。そこまでお膳立てされては、もうどうしようもないじゃろう」
 「全くです。実際、そう思いましたからね」
 素直に頷くタカミチ。
 「最後に、夏目君が防御魔法を使ったじゃろう?保険と言っておったが、実際には違う。あれすらも罠だったんじゃ」
 「は!?」
 「万が一の保険と言われてしまっては、タカミチ君も普段以上に慎重になるじゃろうて。誰も殺したくなどないんじゃから」
 唖然とする一同。戦闘の前段階で、そこまで周到に布石を打っていたとは、誰も想像がつかなかった。
 「あとは戦闘中の駆け引きじゃ。必要以上に手加減した上で、正面から攻撃を受け止めるしかないタカミチ君は実力を限界まで削ぎ落された。そこへシンジは、更に力を削ぎ落しにかかったんじゃよ。夏目君、君の役割は何と言われたんじゃ?」
 「えっと、符を放つから、それを高畑先生が迎撃してくる。だから先を読んで、その符目がけて大量の水を落下させてほしい。次に土の壁を、高畑先生の前に作ってほしい、と言われました。その程度なら、私でも無詠唱で対応できますから」
 「ふむ、佐倉君はどうかのう?」
 「私の役目は光属性の魔法の射手です。ただ目くらまし目的だから、爆ぜさせるように言われました。あと、詠唱は大きな声で、とも言われました」
 「なるほどのう。本当によく考えた物じゃわい。落下する水で右拳の減速。大きな声で存在感をアピールした魔法の射手で左拳を使わせながら、寸前で爆破させて空振りを狙いつつ視力を奪う。そこでタカミチ君が視力に頼らず、最後に見た光景をもとに迎撃してくると読んで、土の壁を身代わりに設置しておいた、と。そういう事かのう?」
 肩を竦めるシンジ。否定もしなければ肯定もしないが、誰もが正解だろうと思った。
 「いや、完全に僕の負けだよ」
 「待って下さい!幾らなんでも納得できません!」
 敗北を認めたタカミチの声を遮るかのように、ガンドルフィーニが声を張り上げた。
 「幾らなんでも卑怯ではありませんか!正々堂々と戦うべきです!」
 「・・・やれやれ、ガン」
 「お爺ちゃんは静かにして。部下に『身内びいきだ!』って不信感を持たれる訳にはいかないでしょ?組織のトップとしてはね」
 む、と呻く近右衛門。シンジが何故、そんな事を口にしたのか、彼はすぐに気が付いた。
 (・・・シンジめ、徹底的に論破するつもりか?)
 「ガンドルフィーニ先生。貴方は計略を卑怯だと言われるつもりですか?」
 「当たり前だろう!私達は偉大なる魔法使いマギステル・マギを目指す者として、精進しなければならんのだ!」
 「だったら尚の事、的外れな質問です。僕は西洋魔法使いじゃなく、陰陽師に分類されますから。偉大なる魔法使いマギステル・マギなんて目指してませんしね」
 敵意の視線がシンジに集まっていく。中立の教師・生徒達が見守る中、だがシンジは平然としていた。
 「もう1つ。ガンドルフィーニ先生、貴方は日本の歴史は詳しいですか?特に鎌倉時代の悲劇の英雄、源義経の事は知っていますか?」
 「・・・私は日本人ではないが、それぐらいは知っているとも」
 「結構です。では義経に武術や兵法を教え込んだ鞍馬山の天狗。その正体が鬼一法眼という陰陽師であるという事は?」
 シンジの問いかけに、複数の者達が黙って頷いた。
 「分りますか?陰陽術―正確には陰陽道と言うべきでしょうが、これは術ばかり目に行きますが、その実態は総合学問なんですよ。洋の東西を問わず、あらゆる知識を終結させて、取り込んだ物。それが陰陽道なんです」
 「だから計略も、そう言いたいのかね?」
 「はい。大陸から伝わってきた道教には兵法が含まれていました。そう、孫子の兵法ですよ」
 孫子の名を知らない者は、この場にはいなかった。没してから2000年以上経つが、未だに孫子を上回る軍学者はいないのだから。
 「孫子はこう言っています。『百戦百勝は善の善なる者には非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』これは敵と戦わずに、計略を持って敵を屈服させるのが真の上策だ、という教えです。それでも計略を使うのは、卑怯だと言いますか?」
 「・・・む」
 「そう言う事です。それでも卑怯だと言われるのでした、どうぞご自由に。僕はいつでも世界樹防衛戦力から外して貰って構いませんから。と言うより、喜んで外れますから」
 ますます強くなる敵意。だが反論できない為、無理矢理感情を押し殺している、といった感じである。その空気に危険だと判断したのか、見かねた刀子や明石教授が仲裁に乗り出そうとした、その時だった。
 「面白い小僧じゃないか」
 空から降ってきた声に、一同が顔をあげる。そこには大きな満月をバックに、箒に腰掛けた幼い少女が空に浮かび、その隣にはもう1人の少女が足の裏から炎を出して浮かんでいた。
 「ジジイ、お前の孫だと聞いたが、面白いほどの逸材じゃないか。正義の魔法使いどもでは、理解できんほどにな」
 「エヴァンジェリンか、黙って見ておれと約束した筈じゃろうに」
 「は!こんな玩具となれば話は別さ」
 スッと舞い降りてきた2人の少女は、シンジの眼前に舞い降りた。
 「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。闇の福音と呼ばれる悪の魔法使いだ。これは従者の絡繰茶々丸」
 「初めまして。絡繰茶々丸と申します」
 「僕は近衛シンジ。近衛詠春の養子です」
 一礼するシンジ。
「詠春さんから話は聞いてます。吸血鬼の真祖がこちらに住んでいると。貴女がそうなんですね?」
 「ふむ。ならば無為に言葉を費やす必要はなさそうだな。お前の実力、今から私が直々に見てやろう」
 その言葉に、どよめきの声が上がった。
 「私を納得させたら、1つ願いを叶えてやろう。どうだ?」
 「良いですよ。貴女に貸しを作れるのなら、メリットは大きいですからね。ですが僕には攻撃能力はありません。ですから、ちょっとルールを変えるというのはどうですか?」
 「面白い、言ってみろ」
 「貴女が僕に最大威力の一撃を撃って下さい。僕は破術でそれを防ぎます」
 その言葉に、全員が顔色を変えた。
 「止めい!シンジ!」
 「黙れ、ジジイ。これは私とこいつとの勝負だ。他人が口を挟むな」
 「お爺ちゃん、最初から僕の実力を見極めるつもりだったんでしょ?だったら好都合なんだから、止める必要はないでしょ」
 既にエヴァンジェリンはフラスコを用意して、やる気十分。シンジもまた、符を取り出して準備を済ませていた。
 「貴様ら、巻き込まれたくなければ引っこんでいろよ?何かあっても知らんぞ?」
 慌てて距離を取る一同。エヴァンジェリンも宙に浮かび、50mほど距離を取った。
 「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!来たれ氷精ウエニアント・スピーリトウス闇の精グラキアーレス・オブスクーランテース!」
 エヴァの右手に、漆黒の吹雪が姿を現す。
闇を従えクム・オブスクラテイオーニ吹雪けフレット・テンペスタース常世の氷雪ニウアーリス闇の吹雪ニウイス・テンペスタース・オブスクランス!」
 エヴァンジェリンから放たれる、闇と氷の複合属性魔法が、シンジ目がけて一直線に飛ぶ。
 その闇の吹雪目がけて、シンジがシュッと符を放った。
 符は一瞬で吹雪に飲み込まれる。が―
 「なんと・・・」
 闇の吹雪は内側から魔力を散らされ、夜空に散華した。それはシンジの気の容量が、現時点でのエヴァンジェリンの魔力量を上回っている事の証明でもあった。
 「ククッ、まさか本当に無効化してみせるとはな。その破術とやらは魔力を霧散させるのだろう?ならば魔法生物にも効果はあるのか?」
 「ありますよ。式神なら一発でしたから。ゴーレムは試してないですけど」
 「なるほどなるほど。ますます気に入ったぞ。シンジ、お前の名前を覚えておいてやろう。望みができたら、私の家に来い」
 主の指示を受け、茶々丸が地図をシンジに手渡す。
 「折角ですから、難しい事を用意しておきますよ。真祖でも頭を悩ますような奴をね」
 「ふふ、期待しているぞ?では私は帰らせて貰う。ジジイ、久しぶりに楽しめたぞ」
 そう言い残すと、エヴァンジェリンは茶々丸とともに夜空に姿を消した。

 いつになく上機嫌な主に、茶々丸は当然の質問を投げかけた。
 「マスター。先ほどの方ですが、来られるでしょうか?周りが止めるかもしれませんが」
 「はは、来るに決まっている。あれは私と同じ、悪の魔法使いだよ。その程度は目を見れば分かる」
 「そうなのですか?マスターとは似ても似つかぬ印象でしたが」
 『だろうな』と相槌をうつエヴァ。
 「まあ、これからが楽しみ、と言う事さ。詠春め、本当に面白い奴を見つけたもんだよ。だが残念でもあるな」
 「マスター?」
 「正義の魔法使いどもでは、あれを縛り付けておけんと言う事さ。いずれあいつは、ジジイどもに見切りをつけるだろう。そうなればこの地を捨てるだろう?そうなってしまえば、この地を離れられぬ私が、あれを見続ける事はできなくなる。だから残念なのさ」
 どこか寂しげに呟いた小さな主に、従者である彼女は告げた。
 「マスター。私はどこまでもお供致します。我が主は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、ただ御一人です」
 「・・・ふふ、良くできた従者だよ、お前は。さて帰ったら酒を用意してくれ。この楽しい出会いに感謝せねばな」



To be continued...
(2011.09.24 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はシリアスを目指したつもりだったんですが・・・真名、ゴメン。すっかりピエロになってしまいましたwまあ原作ではゴルゴ13扱いされている彼女ではありますが、偶にはお笑い役も新鮮だろうという事で、勘弁して下さい。
 それと今回は、ネギまのツンデレキャラの双璧であるエヴァンジェリンの登場となりました。個人的には割と好きなキャラなんですが、人によっては好悪がハッキリ分かれる様でw色々なSS読んでると、つくづくそう感じます。
 ここで話は変わって、最近の近況について。
 実は9月16日に、東京で行われた花王不買デモに参加して参りました。参加者は1000名以上というデモでして、参加者の半分ぐらいは赤ちゃんを連れた新米ママや、お爺ちゃんお婆ちゃんが参加すると言う、実にのどかなデモでした。掛け声役は女性で、可愛らしい声が街中に響いておりました・・・なのに、右翼扱いする花王には、本気で腹が立ちましたが。この辺り、動画で確認できると思われますので、興味あったら捜してみて下さい。
 まあ、それはさておき。参加した私としては、見知らぬおかまの方と肩を組んでシュプレヒコール上げたり、見知らぬお婆ちゃんと人形焼きはお土産に相応しいかどうか討論したり、一体、私は何をしに行ったんだろうか?と自分でも首を傾げる始末ですw
 ただ印象深かったのは、お巡りさんでした。ありがとうございましたと言った時には、お巡りさん照れてましたwええ人や・・・
 ちなみにこの事を翌日の職場で話した所、同僚や上司は大爆笑。お前は折角の休みに新幹線乗ってデモやりに行ったのか!と突っ込まれました。以来、私の趣味は社内において『デモ参加』扱いされ、更にデモ参加の事実を知った取締役にまで笑われました。けど機会があったら、また参加したいですね。同僚や上司も、不買運動の背景を理解してくれましたし。
 長くなってしまいましたが、この辺りで筆を置かせて頂きます。
 それではまた次回も、宜しくお願い致します。



作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで