正反対の兄弟

第三話

presented by 紫雲様


深夜、麻帆良学園敷地内―
 鋭い太刀筋が、一際大きな鬼を屠った。鬼は断末魔の声も、その痕跡すらも残す事無く静かに消えていく。
 愛刀・夕凪を片手に、刹那は鬼神の如く奮闘していた。
 「神鳴流奥義、百烈桜華斬!」
 繰り出された無数の剣閃が、更に多くの鬼を消し去っていく。その一方で、鬼とは違い空中から襲いかかってくる者達―烏族を遠距離から真名が撃った弾丸が、全て額を貫いて消し飛ばしていく。
 「いや、凄いね。やっぱりプロは違うな」
 「そんな呑気にしていないで下さい!」
 刹那が怒ったのも仕方ないかもしれない。はっきり言ってしまえば、シンジは何もしていなかったからである。
 時折、シンジに襲いかかる鬼もいたが、それは式神である為、破術で消されている。とは言え、撃墜数は遥かに少ない。
 「やだなあ、僕は見習い陰陽師の卵だよ?身を守るので精一杯なんだからさ」
 「だったら下がっていて下さい!」
 「そっか、じゃあ夜食の準備でも」
 「本当に下がらないで下さい!というか逃げないで下さい!」
 遂に堪忍袋の緒が切れたのか、刹那が激怒した。その迫力に、鬼の群れが揃って後ずさる。
 「・・・親分、あの娘っ子、えらい怖い性格でんなあ」
 「・・・ありゃあ、嫁の貰い手がなさそうやなあ」
 ギンッ!と睨みつける刹那。その口元が、ヒクヒクと引き攣っている。
 「黙れえ!神鳴流奥義!斬空掌・散!」
 怒りの一撃が、鬼の群れを纏めて消し去った。

翌日、学園長室―
 「「「「「「学園長!」」」」」」
 「朝から元気じゃのう。何をそんなに怒っておるんじゃ」
 「昨夜の一件です!桜咲君からの報告ですよ!」
 詰まる所、シンジの不真面目さに彼らは怒っていたのである。腕試しの一件以来、積もり積もったストレスが、ちょうど良い爆発の理由を見出した、という所である。
 「ふむ、聞いとるよ。じゃが、お主らはシンジに何を期待しとるんじゃ?攻撃能力を持たない、あれに」
 「何をですと!?いちいち言わなければ分からないのですか!」
 「ガンドルフィーニ先生の言う通りです。彼は昨夜の報告会も無断欠席しています。どう考えても弁明の余地はありませんが?」
 「シャークティー君。ではどうしろと言うのじゃ?防衛戦力から外そうとすれば、あれは喜んで外れてしまうぞ?」
 押しかけて来た魔法先生達は、一斉に黙り込んでしまった。目の前にいる老人の孫が、文字通り戦闘嫌いなのは彼らも知っているからである。
 普通の魔法教師や魔法生徒であれば、防衛戦力から外されると知れば、自らの名誉の為にも張り切って動くだろう。だがシンジの場合は正反対である。
 だからと言って戦力から外すのも躊躇われた。
 腕試しの夜、エヴァンジェリンの魔力を上回る、気の容量を見せつけたシンジには、それだけの価値があったからである。
 その点だけは、渋々ながら彼らも認めざるを得なかった。
 「まあ、後で儂から言っておくわい。じゃが、その必要は無いと思うがの」
 「学園長?」
 「あれが言っておったわ。自分はモグラ叩きで遊ぶような子供じゃない、とな」
 ふぉっふぉっふぉ、と近右衛門は笑い声を上げていた。

麻帆良学園中等部女子寮―
 コンコンというノックの音に、刹那は椅子から立ち上がった。
 「はい?」
 『僕だよ、ちょっと外に出てくるから』
 それだけ言うと、足音はドアから遠ざかった。
 「は?ちょ、ちょっと!?」
 慌てて追いかける刹那。すでにシンジは階段を降りようとしている。
 「待って下さい、シンジさん!」
 「どうしたの?そんな慌てて」
 「説明ぐらいはしてくれても良いでしょう?」
 「まあ、大したことじゃないんだけどね」
 ポリポリと頭を掻きながら、シンジは説明した。
 「ちょっと地形を把握してくるだけだよ」
 「地形って、どういう事ですか?」
 「つまり、戦場の把握って事。地の利の確保は基本でしょ?」
 もっともな言葉に、刹那も頷くしかない。
 「暇なら一緒に来る?」
 「・・・分かりました。龍宮を呼んできますから、玄関で待っていて下さい」
 「龍宮さんを?まあ、良いけど」
 承諾を返事として受け取ると、刹那は踵を返した。

 熱い炎天下の中、シンジ・刹那・真名は汗を拭いながら、昨日の戦場となった場所を歩いていた。
 3人とも日差しよけの帽子を被り、手にはタオルを持っている。ただ刹那の竹刀袋と、真名のバイオリンケースだけは、この場には似合わず違和感を見せていた。
 「さて、この辺りかな」
 ガサコソとスポーツバッグを漁るシンジ。中から取り出したのは、この辺りの地形図と羅盤である。
 「近衛さん、一体、何をするつもりなんだい?」
 「お爺ちゃんから真面目に働くように頼まれてね。いっそ首にしてくれればいいのに」
 「・・・そんな事を言うのは、貴方1人です。シンジさん」
 幾分冷たい視線に晒されながら、シンジは羅盤を使い、調査結果を地図に書き込みはじめた。
 書き込み終えると移動し、また調査する。そして調査結果を書き込むと、また移動。1時間以上その繰り返しである。時折、木の枝を地面に突き刺したりもしていた。
 「シンジさん、何をしているんですか?」
 「風水って聞いたことある?」
 「まあ、名前ぐらいは」
 若干、顔を赤らめながら刹那が応じる。風水は陰陽道を構成している重要な学問の1つなのだが、勉強よりも体を動かす方が好きだった刹那は、あまり真面目に学んでいなかったのである。その為、名前ぐらいしか覚えていなかった。
 「僕がやってるのは、龍脈の流れを調べているんだよ」
 「龍脈?」
 「大地を流れる気の流れの事だよ。イメージとしては、幾つも支流を持つ、川だと思ってくれれば良い。流れているのが、水か気かという違いはあるけどね」
 「ふむ。そういう物があるのか」
 素直に頷く真名。寮監室での一件で大きなショックを受けた彼女だったが、今は完全に立ち直っていた。もっともシンジにはあまり近づきたくないようだったが、無理もないかもしれない。
 「2人とも、不思議に思った事はないかな?麻帆良学園は結界で覆われている。なのに、どうしてあんな大量の鬼族や烏族が襲撃してくるのか?って」
 「それは西の術者達が召喚するからでしょう?」
 「桜咲さん。確かに陰陽術はコストパフォーマンスに優れているのが特徴だよ。それは僕も認める。でもね、あんな大量に呼び出せば、普通は気を使い果たすどころか、ミイラになってもおかしくないんだよ?」
 それは刹那にも理解できた。だからこそ、陰陽師には西洋魔法使いのように外部の力を取り込む術式も伝えられているという事も。
 それを口にしたが、シンジは頷かなかった。
 「それにしたって限度があるよ。あれは外部の力を取り込んだ訳じゃない・・・龍宮さん、ちょっと質問。この辺りで伏兵に向いている場所があったら教えて」
 「伏兵?それなら、そうだな・・・あの小高い丘の向こう側はどうかな?」
 「なるほど、ちょっと見てくるよ」
 走っていくシンジ。そして地図に何かを書き込んでいく。
 「刹那。何をやろうとしているのか、分かるか?」
 「どうも、龍脈が何か関わっているようだが、正直、サッパリだ」
 そこへシンジが駆け戻ってくる。真夏の炎天下の中、短距離とは言え走ったのだから、全身汗だくである。
 「おまたせ。ところで2人はお昼御飯はどうする?」
 「いえ、特に考えていませんが・・・」
 「それなら奢るよ、超包子でも良いかな?この前、食べに来てくれ、って言われたからね」
 超包子なら全く文句は無い2人は、奢りと言う事もあって、幾分上機嫌で級友が営むお店へと足早に向かった。

 超包子に着くと、時計の針はすでに13時を回っていた。御客も引き上げ、厨房もかなり余裕が見えてくる時刻である。
 そこへ3人は姿を現した。
 「こんにちは、3人だけど席あるかな?」
 「近衛さんアルか!よく来てくれたアルよ!」
 ちょうどウェイトレスに入っていた古菲が席へ案内する。超包子は移動露店なのでエアコンのような物は無い。だが自然の風と、木々が作り上げる影のおかげで、これ以上にないほどの涼が取れた。
 個々に好きな物を頼むと、古菲は厨房へと注文を通す。
 「それより近衛さん、そろそろさっきの目的を教えて貰えないかな?」
 「ああ、龍脈を調べてた理由ね?」
 御冷を口に含みながら、シンジは答えた。
 「これは僕の予想だけど、相手は龍脈を利用して手勢を送ってきている」
 「・・・そんな事ができるのか?」
 「不可能じゃないよ。龍脈ってね、いくつか地上に噴き出し口のようなポイントがあるんだよ」
 コップの水滴で、机に絵を描いていくシンジ。横に一直線を描き、所々に垂直の線を上に描いていく。
 「この噴き出し口から式を送ってきているんだ。出現ポイントは隣という欠点はあるけど、これほど便利な戦法はないよ。おまけに龍脈の力を活用すれば、移送どころか大量召喚まで可能なんだからね」
 「そうなのか?」
 「そうなんだよ。おまけに龍脈のエネルギーは、世界樹に注がれている。これを断ち切ったら、世界樹は枯れてしまうよ。だから結界で龍脈を止める訳にはいかないんだ」
 「なるほどな。そう考えると、確かに便利だな。龍脈を止める訳にはいかないのが、こちらの弱点。敵は龍脈を利用して、手勢の大量移送と召喚を可能にしている訳か」
 納得したように頷く真名。だが当然の疑問を口にする。
 「なら、学園長は何故手を打たないんだ?」
 「正直、手の打ちようがないからだろうね。西洋魔法使いには、龍脈と言う概念その物が無さそうだから」
 「意外ですね」
 刹那の反応は尤もだろうと思ったのか、シンジは素直に答えた。
 「龍脈ってね、風水以外だと、アイルランドのドルイドぐらいしか知識を持ってないんだよ。ドルイドが滅びた後は、魔女達に伝わったみたいだけど。ちなみに向こうではレイラインと呼んでるけどね」
 「レイライン、ですか?」
 「そう。用途としては、国家の興隆の為に使われていたんだよ。レイラインの注ぎ口が国の首都になるようにする事で、国を繁栄させようとか考えてね。だからこそ、緻密な計画と繊細な作業、さらには膨大な時間がかかるんだ。何せ国家の一大事業だからね。ここまでは良いかな?」
 コクッと頷く刹那。
 「でもさ、そんな繊細な作業が、今の西洋魔法使いに可能だと思う?僕も色々彼らの事については調べたけど、あまりにも戦闘に特化しすぎているんだよね」
 同僚の魔法使い達を思い浮かべる刹那と真名。確かに調査系の魔法使いの人材不足は目を覆いたくなる物がある。
 特に戦場を知る真名にしてみれば、情報の重要性については、改めて考えるまでもない事であった。
 「確かに、近衛さんの言う通りだね。強い事が悪いとは言わないが、あまりにも強さに価値を置き過ぎている」
 「龍宮さんの言う通りだよ。龍脈制御の術式にしても、昔は残っていたんだと思う。ただ時間が経つ内に、廃れてしまったんだろうね。お爺ちゃんなら扱う方法を知っているかもしれないけど、1人で龍脈全部守るのはさすがに無理だよ」
 「なるほどな。だが、それを把握したうえで、近衛さんは動いている。勿論、理由がある筈だ」
 ズイッと身を乗り出す真名。そこへ古菲が注文の品物を持ってきた。
 「エビチリとマーボー茄子、それから炒飯3人前アルネ」
 「ああ、ありがとう古菲さん・・・そこでね、龍宮さん。これからデートに付き合って欲しいんだけど良いかな?」
 無表情だった真名が、全身を凍りつかせた。同じテーブル卓についていた刹那は、みるみる顔を赤らめていく。更には話が聞こえてしまった古菲が『アイヤー!真名、木乃香のお兄さんとデートアルか!』と叫び声をあげ、それが厨房にまで聞こえてしまった。
 当然の如く、厨房は大騒ぎである。中には超と五月がいたのだが、降ってわいた真名のデート騒ぎに、異様なまでの歓声を上げていた。
 「ちょ、ちょっと待て!本気かい、近衛さん!?」
 「うん、本気だよ。龍宮さんじゃないと駄目なんだ」
 「う・・・あ・・・う・・・」
 厨房から身を乗り出して、様子を窺う超と五月。炒飯を口にしながらチラチラと様子を見る刹那。お盆で口元を隠しながら、遠巻きに眺める古菲。そんな級友たちに囲まれながら、真名は金魚のように口をパクパクと開け閉めする事しかできなかった。

 「それで、どうしてこうなっているんでしょうか・・・」
 真名とシンジの後をつけていた刹那は、額を押さえながらぼやいた。
 「ふっふっふ。あのクールな真名がデート。興味を引かれるのは当然ネ」
 超の発言に、五月と古菲が揃って頷く。彼女達はお店での一件を目撃するなり、早々に店を切り上げて一部始終を目撃する事を満場一致で決めていた。
 「でも、意外だね。木乃香のお兄さんが龍宮さん狙いだったとは」
 「・・・そうだね。私はゆえゆえかと思ってた・・・」
 「のどか!どうしてそこで私の名前が出るですか!?」
 「あはは、お兄ちゃん結構手が早いんやな・・・龍宮さん泣かせたらお仕置きやで。なあ、せっちゃん」
 街中を歩いていた所で、偶然にも買い物に来ていた図書館探検部4人も追跡劇に合流していた。もっとも、これだけ騒いでいる時点で、尾行もへったくれもないのだが。少なくとも、確実に真名には気づかれているだろうと、刹那は確信していた。
 だが追跡者は彼女達だけではない。
 「しかし真名殿、随分と動揺しているでござるな。右手と右足が同時に出ているでござるよ」
 「いやあ、これはスクープだよ。久し振りに当たりの予感!」
 「お姉さま、何をチラチラ見てるんですか?」
 「ジロジロ見るなんてはしたないですよ・・・まあ興味は引かれますが」
 偶然にも、所用の為に珍しく街中へ出てきていた楓と、ネタ探しのために走り回っていた和美。更には買い物に来ていた高音と愛衣までもが合流。物すごい大所帯へと変わっていた。
 場所は麻帆良学園の生徒達が、ショッピングを楽しむ駅前のメインストリート。人通りが多いとはいえ、少女達が集団で尾行しているとなれば、非常に目立つ。事実、彼女達は周りから奇異の視線の集中砲火を受けていた。
 知らぬは本人達ばかりである。
 「しっ!どうやら、あのお店に入るみたいだよ?」
 ピタッと静まり返る一同。裏通りに居を構える、比較的小さなテナントへ真名とシンジは姿を消していた。
 「・・・あのお店は・・・」
 「知っているですか?」
 「まあ、拙者も少しばかり顔を出しているでござるから」
 何でデートでこんな所に?とばかりに楓は首を傾げていた。

 「良く分ったよ、近衛さん、アンタは悪党だ」
 「僕は自分の事を善人だと言った覚えはないけどね」
 拳1つ分小柄なシンジを見下ろしながら、真名は苦虫を噛み潰したように顔を顰めていた。
 シンジが真名を連れてきたのは、彼女がよく仕事道具の調達の為に訪れているアーミーショップである。
 「いやあ、龍宮さんのそんな顔は初めてみるねえ」
 「うるさい黙れ」
 「おお、怖い怖い。それより要件を聞こうか」
 2人の前にいるのは、店主である50代前半の、やせ気味の男性である。
 「今日のお客は、こちらの坊主かね?」
 「ええ、初見で申し訳ないんですけど、至急、取り寄せて貰いたい物があるんですよ。彼女を連れてきたのは、僕もそちらに関係している、という証明みたいな物です」
 「ふむ。だがそっちとは係わりがあるようには見えんがね。右手を見せて貰えるかな」
 差し出された右手をジロジロと眺める店主。やがて呆れたように肩を竦めてみせた。
 「おいおい、ド素人じゃねえか。喧嘩にでも使うつもりなら、お断りだぜ?」
 「僕はそんな物騒な物は要りませんよ。僕が欲しいのはこれだけです」
 とりあえず、と言った感じでシンジの差し出したリストに目を通していく店主。しばらく考えた上で、彼は口を開いた。
 「何で、ここに来たんだ?」
 「彼女がプロとして利用しているからです。それでは理由になりませんか?」
 「ふん。まあ目の付けどころは良いな。そう言われちゃあ、俺にも誇りがある」
 スッとリストをポケットに納める店主。その顔はニヤッと笑っていた。
 「スタングレネードだけは、まだ坊主を信用できねえから却下させてもらう。だが他の物なら明後日までに用意しておいてやろう」
 「分りました。それでいいですよ。支払は明後日の午後3時にこちらで直接支払います。それから、これは前金です」
 「おう、毎度。金払いの良い顧客は、俺は好きだぜ」
 とりあえずシンジは信用されたらしいと真名は判断した。すると、長居は無用だと判断したのか、彼女は踵を返した。
 「龍宮。客の紹介してくれたんだ、礼は言っておくぜ」
 「ふん。私は案内を頼まれただけだ」
 「やれやれ、相変わらずだねえ」
 店主のニヤニヤ笑いに送られながら、シンジ達は店を後にした。

 店から出てきたシンジと真名は、早速、少女達に包囲されていた。
 「近衛さん!龍宮さんとのデートは本当だったんだね!」
 突撃取材上等!な和美が直球ど真ん中なストレートを投げ込む。他のメンバーも多少の差異はあったものの、やはり答えは気になるようであった。
 「それは秘密と言う事で」
 「近衛さん!これで失礼させて貰うぞ!」
 大声で別れを告げると、真名は大股で歩き去った。
 「はい、秒単位でふられちゃいました」
 シンジの道化じみた言葉に、ドッと笑い声が上がる。
 「さて、それでは私達も退散するとしましょうか」
 全員が興味を失ったのか、散り散りに分かれていく。そんな中、シンジは1人の少女の肩をポンと叩いた。
 「ん?どうしたのさ、木乃香のお兄さん」
 「ちょっと知恵を貸してくれないかな?僕1人じゃ力不足なんだよ」
 「ふうん。私は別に良いけどね。夕映、のどか、木乃香、先に帰ってて。私、用事が出来たから!」
 そう友人達に告げると、ハルナはシンジとともに表通りへと向かった。

アクセサリーショップ―
 「うん、これなんかどうかな?」
 「へえ、確かに似合いそうだ」
 「でしょう?パル様の見立てに間違いは無いって!」
 2人がいるのは、中高生の女の子をターゲットとしているアクセサリーショップである。
 「お兄さんもマメだねえ。本気で狙っているとか?」
 「あくまでも礼儀の一環だよ。最初はお菓子でも良いかなと思ったんだけど、あの2人はお菓子とか食べそうにないから」
 「それは間違いだよ。龍宮さんが餡蜜好きなのは有名だよ!」
 「そうだったの?あっちゃあ、それは失敗だったかな」
 額を押さえて呻くシンジを、ハルナは面白そうに笑っていた。
 「それより、どうして私だった訳?」
 「君達の中で、一番お洒落にこだわりがある様に見えたからだよ。木乃香は実家が実家だからね、質素倹約が身についている。宮崎さんは男性恐怖症だから論外。おでこちゃんはお願いしても断られそうだし」
 「それはお兄さんの自業自得だよ。夕映をからかい過ぎ」
 女子寮でのシンジの歓迎会での一幕は、今もなお糸を引いていた。そのおかげで、夕映はたまに『おでこちゃん』と呼ばれるようになってしまったのである。彼女が憤慨するのも無理はないかもしれなかった。
 「何であそこまでからかう訳?ちょっとラヴ臭感じたんだけど?」
 「妹の事、思い出しちゃってね。普段はクールなのに、自分の大切な物に触れられると激怒するんだよ」
 「なるほど。確かに夕映に似てるわ」
 ケラケラと笑うハルナ。
 「妹さん、何て名前なの?」
 「レイっていうんだ」
 「へえ、そうなんだ」
 良い雰囲気の中、色々とアクセサリーを選んでいく2人。やがて幾つか、手頃なアクセサリーを選び取った。
 「これ全部、別々に包装をお願いします」
 「はい、ありがとうございます」
 帰路につく2人。その途中、ハルナが首を傾げながら問いかけた。
「お兄さん、ちょっと買い過ぎじゃない?確かに値段は手頃だけど」
 ハルナの言う通りであった。ブローチ等が中心ではあるが、買った数は2つどころでは無かったのである。
 「さすがに2人だけじゃないからね。桜咲さんと龍宮さんは色々手助けして貰ってるから、そのお礼がてら。木乃香は妹だから当然。神楽坂さんはあの子と同室だし、それから仲良くしてくれている君達の分もあるからね」
 「・・・私の分も買ったの!?」
 「そう言う事。妹と仲良くしてくれてありがとう」
 笑いながら差し出されたのは、小さな包装紙に包まれた箱である。大きさからしてブローチ辺りだろうと簡単に推測はできた。
 「・・・良いの?」
 「と言うか、受け取ってくれないと困るよ。僕に女の子のアクセサリーをつける趣味は無いから」
 「だったら、気になる女の子ができた時用に、取っておくという手もある」
 笑いながら話かけたハルナが顔を強張らせた。
 一瞬だけ垣間見えた前髪から覗いたシンジの目が、例えようもないほどに悲しげだったからである。今にも泣きそうなほどに。
 「・・・彼女ができたら、また買いにくればいいさ。その子の為にね」
 (ちょっと待て!お兄さん、実はレベル高いじゃん!?というか、泣きそうな目は反則だよ!?)
 思いがけない一撃に、ハルナは完全に足を止めていた。それを不審に思ったのか、シンジも足を止めてしまう。
 「早乙女さん、どうしたの?」
 「な、何でもありません!これ、ありがとうございました!」
 「あとで宮崎さんとおでこちゃんにも渡しに行くから、伝えておいてくれるかな?」
 「りょ、了解です!それではまた!」
 慌てて走り去ったハルナを、シンジは唖然と見送っていた。

 「・・・ハルナ、何かあったですか?」
 帰ってくるなり、枕に顔を埋めて悶えまくっている友人の姿に、夕映は首を傾げていた。今日は食堂はお休みの日である。その為、自炊しなければならない日であった。
 ちなみに本日の当番はハルナなのだが、この状態では調理など不可能だろうと思わせるほどに、彼女の奇行は目についた。
 「ハルナ、一体、どうしちゃったの?箱、握りしめちゃって」
 のどかの問いかけも、今のハルナには届いていなかった。両足をバタ足のように動かしながら、意味不明の奇声を上げている。
 時間はもうすぐ6時。いい加減、調理に取り掛かってもらいたい夕映とのどかだったが肝心のハルナがこれではどうしようもない。
 すっかり困り果てた2人。そこへノックの音が聞こえてきた。
 「はい、誰ですか?」
 『近衛だけど、開けて貰えるかな?』
 「・・・どのような要件でしょうか?まずはそれを聞いてから」
 「待った待った待ったあ!」
 突如、ガバッと身を起こすハルナ。慌てて鏡を見て、姿のチェックに取り掛かる。
 「ハ、ハルナ?」
 「よし、オーケイ!ゆえ吉、開けて貰っていいよ!」
 友人の勢いに飲み込まれたのか、素直に開ける夕映。そこには小さな箱を2つ手にしているシンジが立っていた。
 「食事時にゴメン。ちょっと渡す物があってね、はいこれ」
 差し出された箱に、目を丸くする夕映。
 「・・・何ですか、これは?」
 「プレゼント。木乃香の兄としてのお礼の気持ちだよ。早乙女さんには渡してあるから、これは宮崎さんと綾瀬さんの分」
 ポンと手渡されたプレゼントに、状況を把握できない夕映。後ろから様子を覗いていたのどかも呆気に取られている。
 「・・・これはさすがに・・・私達はお礼が欲しくて木乃香と仲良くしている訳ではないですから・・・」
 「もらっときなよ、ゆえ吉!私も一緒に選んだからさ!」
 「一体、何ですか!?」
 妙にハイテンションな友人の態度に、困惑するしかない夕映とのどか。だが、次の瞬間―
 クーッ・・・
 お腹の鳴る音がはっきりと聞こえた。瞬く間に顔を真っ赤にした少女が、自分のベッドへダイブして顔を隠す。
 「ハルナ!?」
 枕から漏れてくるのは『馬鹿馬鹿・・・』とひたすら自分を罵倒する声である。事、ここに至って、2人の少女もついに元凶に気が付いた。
 ((まさか・・・))
 「ひょっとして、食事、まだだったの?」
 「え?ええ、まあ・・・」
 「そっか。ちょうど今から作る所だったんだけど、食べに来る?大したものは出せないけど」
 チラッと背後をみやる2人。そこには頭を隠して尻を隠さない友人がいた。
 「分かりました。ハルナも連れていくです」
 「そう、じゃあ6時半に来てね。それまでに用意しておくから」
 パタンと閉まるドア。足音が静かに去っていく。
 「詳しい事を教えて貰うですよ?」
 「ハ、ハルナ。私も興味あるの」
 夕映とのどかは、じりじりとハルナに近寄った。

食後、大浴場―
 湯船に肩まで浸かりながら、夕映は溜息を吐いていた。
 原因はハルナである。
 食事中もそうだったが、あまりにも挙動不審すぎた。それが照れによる物だというのは理解できたが『何故そこまで?』というのが本音である。
 それはのどかも同じだったらしく、やはりチラチラとハルナを見ていた。
 そして当の本人はと言えば
 「ああ!なんか気になる!」
 必死になって体やら髪の毛やらを洗っていた。このままではタオルが先に駄目になるのでは?と心配するほどである。
 そこへドヤドヤと集団で2−Aのメンバーがお風呂へ入りに来た。
 最初は問題無かったのだが、しばらく経つとさすがにハルナの奇行に気付いたのか、注目が集まり出す。
 「ねえねえ、綾瀬。パルだけど、何かあった訳?」
 何と答えていいか分からずに、困惑する夕映。だがそれで追及の手を緩めるほど、2−Aは甘くは無い。
 和美を筆頭に、風香や柿崎が詰め寄る。当然の如く、向かう矛先は一番落としやすいのどかである。
 「本屋ちゃん!お上にも御慈悲はある!さあ、この朝倉和美に全てを話しなさい!」
 「え、ええ!?」
 「者ども、かかれい!」
 「の、のどか!?」
 混乱が広がる浴場。だがそれも新たな来場者が来るまでだった。
 「相変わらず騒がしいな」
 「良いとこに来た!タツミー!」
 その瞬間、ハルナがガタン!と椅子から滑り落ちる。更にシャンプーを転がすわ石鹸を滑らせるわと散々である。
 「どうした、早乙女?」
 「う、ううん、何でも無い!何でも無いよ!」
 はあ、と目を覆う夕映。のどかは相変わらずオロオロしている。
 「少し落ち着くです。幾らなんでも動揺しすぎです」
 「うう・・・」
 このやり取りにピンと来る物があったのか、和美が立ち上がった。
 「パル!ひょっとして男に惚れたか!?」
 どよめく一同。普段からラヴ臭と口にしながら攻め手に回るハルナが、男に惚れたという事実は、クラス中に衝撃を与えた。
 「パル!相手は誰だ!」
 「待て待て!タツミーの後を追いかけていた時は普通だったよな、確か。じゃあ、その後と言う事だな?・・・まさか、近衛さんか?」
 目に見えて動揺するハルナ。
 「マジか!?」
 観念したのか、コクンと頷くハルナ。その姿を、真名と刹那が呆気に取られて見ていた。

同時刻、寮監室―
 『こんな時間にどうしたんじゃ、シンジ?』
 「ちょっと確認しておきたい事があってね」
 『ふむ。言うてみい』
 「世界樹防衛戦の件だよ。お爺ちゃん、次の襲撃はいつ?」
 『ふぉ?何の事かの?』
 「罠を仕掛けるのに必要な情報なんだよ。お爺ちゃんが教えてくれないら、こっちで勝手に調べちゃうけど、それでも良いの?そうなったら、僕には守秘義務は無いよ?」
 しばらくの間、電話の向こうが静かになる。
 『・・・気付いたという事か?』
 「薄々だけどね。今日、龍脈を調べたから」
 『・・・よかろう。じゃが電話で話すような話題ではないからのう。明日、学園長室に来てくれるかの?』
 「ありがとう、じゃあ明日のお昼に」
 ピッと電話を切るシンジ。
 「さて、と。一度で済めば楽なんだけどなあ」
 窓際に近寄ると、星空を眺めながらシンジは呟いた。



To be continued...
(2011.10.01 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回ですが、前半は世界樹攻防戦(前編)といった感じの話になります。陰陽師として刹那・真名とチームを組むシンジの初陣は・・・言わぬが花でございますねw魔法先生達が激怒するのも仕方ないですねえ・・・
 後半はハルナのフラグ成立の話w最初からメインヒロインとして設定していたハルナではありますが、やっとフラグが立ちました。以降、シンジに対する呼び方も『木乃香のお兄さん』から『シンジさん』へと変わっていきます。シンジとの関係がどうなるかについては、今後の展開をお待ち下さい。
 あとシンジの素顔についてですが、母親似の美形(中性的な顔立ち)という設定です。ただ前髪を垂らして目元を完全に隠していたのですが、今の所気付いているのはハルナだけです(裏設定としては、他にも3名おります)。
 ところで話は変わりますが、次回作についてです。
 次回は麻帆良世界樹攻防戦(後編)になります。ますます賑やかになっていく、シンジの人間関係も楽しんであげて下さい。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで