正反対の兄弟

第五話

presented by 紫雲様


麻帆良学園中等部女子寮寮官室―
 ドアをノックされる音に、タカミチは目を覚ました。
 網戸を通して差し込んでくる陽の光が、ジリジリとタカミチの顔を灼く。
 「朝から誰だろうな・・・」
 無精髭の生えた顎に手をやりながら、タカミチはガチャッとドアを開けた。
 「おはようや、お兄・・・高畑先生!?」
 「ええ!何で高畑先生がいる訳!?」
 ドアの前にいたのは、タカミチの教え子でもある木乃香とアスナであった。
 「おはよう、2人とも。シンジ君に何か用かな?」
 「あのな、お兄ちゃんと一緒に朝ご飯食べようと思って来たんよ」
 「そ、そうだ!高畑先生も一緒にどうですか!」
 目の前の少女達をどうあしらおうかと悩むタカミチ。肝心のシンジはまだ眠っている状態なので、下手に返事も出来ない。
 「まいったなあ・・・シンジ君はまだ眠っているんだよ」
 「「は?」」
 「いや、昨日の夜なんだけどね。実はシンジ君に僕の仕事を手伝って貰ってね。それが遅くまでかかったものだから、疲れてまだ寝ているんだよ」
 後頭部をポリポリと掻きながら、これなら追い返せるだろう、とタカミチは自画自賛していた。目の前の少女達は、基本的に心優しい少女である。睡眠不足の人間を叩き起こしてまで、朝食に付き合わせるような事はしないだろう、と。
 しかし、その判断は甘かった。
 「実はここで作る約束してたんよ。今から作るから、起きたら食べるように伝えて欲しいんやけど」
 ニコニコと嬉しそうにほほ笑む木乃香。アスナはアスナで『お兄さん、タイミング良く寝不足なんてナイスよ!』と心の中でガッツポーズを取っていたりする。すでに彼女の脳内では、タカミチとの幸せな食事風景が展開されていた。
 (・・・マズイ。せめてシンジ君の呪刑縄だけでも隠さないと・・・)
 「ちょ、ちょっと待ってくれるかな?少し散らかっているんで、少しは見栄え良く整頓してくるから」
 「そうなん?別にうちは気にせえへんけどなあ」
 これで少しは時間を稼げる。そう思いながら、中へ戻るタカミチ。だがその足がピタッと止まった。
 「何で後についてくるのかな?2人とも」
 「うちは台所や。先に料理始めるんやえ」
 「私は高畑先生のお手伝いです!」
 最悪である。実力行使で追い出す訳にもいかず、困り果てるタカミチ。だがいつまでも足を止めている訳にはいかない。
 部屋の様子を、良く思いだす。
 (・・・これしかない!)
 右手をポケットに、左手でドアを開ける。警戒すべきはアスナ1人。幸い、木乃香は台所なので、背中を向けている。
 ガチャッとドアを開く。同時にタカミチは右手を抜き放った。
 (居合拳!)
 手加減された居合拳の衝撃波が、腰まで捲られていたシンジの掛け布団を、パサッと顔まで覆い尽くした。
 真夏に顔まで掛け布団に潜っているというのもおかしな話だが、背に腹は代えられない。
 だが致命的な失敗もしていた。
 (しまった!ふんどしが!) 
 確かに掛け布団はシンジの上半身を隠していた。問題は下半身が丸見えになっている事である。
 ふんどしを履いているので最悪の事態ではないが、それでも中2の少女には、きつすぎる光景である。
 「アスナ君、ちょっとここで待っていてくれ」
 「どうしたんですか?」
 「実は布団がめくれていてね、少々、君達には刺激的な光景になっているんだ。布団をかけ直してくるよ」
 その言葉に、顔を赤くするアスナ。その間に部屋へ入り、布団を手直しする。
 (あ、危なかった)
 溜息を吐きたくなるのを我慢しながら、他におかしい所がないか、グルッと確認するタカミチ。だがその両眼が限界まで大きく見開かれた。
 机の片隅に置かれた、ノートを挟んだ本。しかし問題は本である。タカミチの目は、本に絡みつく、半透明の緑のツタを捉えていた。
 (何でこんな魔法書を剥き出しにしているんだ!)
 叫び声をあげたくなるのを我慢しながら、慌てて写本を机の引出しに放り込む。
 改めて周囲を見回してから、タカミチは安全を確認し、ドアを開き―そして硬直した。
 「・・・寝不足かな、人数が増えているんだが・・・」
 「高畑先生、おはようございますです」
 ペコリと頭を下げたのは、紙パックのジュースを飲んでいた夕映であった。ちなみにジュースの名前はキュウリ100%野菜ジュースと書かれている。
 「夕映君、こんな朝早くから何事だい?まだ7時半だよ?」
 「今日はみんなで朝ご飯を食べる日なのです。参加者は」
 夕映がスッと横に移動する。そこ立っていたのは、ハルナとのどかであった。
 「・・・いつもみんなで食べているのかい?」
 「土日はそうですね。厨房が休みなので、料理の勉強も兼ねて集まっているのです」
 「そ、そうなんだ」
 「はいです。とりあえず中に入らせて下さい。廊下は狭いですから」
 思わず横によけるタカミチ。当然の如く、中へ入ってくる少女達。その視線が、一点を捉えて凍りついていた。
 人1人分に盛り上がっている掛け布団のせいである。
 「・・・え、ええ!?」
 「高畑先生!ひょっとしてまだ寝ているんですか!?」
 「ちょ、シンジさんの寝顔!?」
 どれが誰の発言かは本人の名誉の為に割愛。
 「実はね・・・」
 先ほどアスナ達に説明した内容を、もう一度繰り返す。
 「お仕事、大変なんですね・・・」
 「まあ、そういう訳なので、眠らせておいてくれるかな?」
 「そういう理由でしたら、仕方ないで・・・ってハルナ!何してるですか!」
 いつの間にか枕元に忍び寄っていたハルナが、ビクンと身を震わせる。その右手は、掛け布団に伸ばされていた。
 「後学の為に、寝顔を拝見させて頂こうかと」
 「その発言は危険すぎるです!」
 「ダメ!私は我慢出来ない!」
 布団を捲ろうとするハルナと、それを背後から羽交い絞めにする夕映。突如展開された理解不可能な空間に、頭痛すら感じ始めるタカミチである。
 ギャーギャーワーワー騒がしい寮監室。そこへ更なる闖入者が顔を見せた。
 「おはようでござる」
「おはようございます、高畑先生」
 「・・・高畑先生、この騒ぎは何だい?」
 良く考えてみれば、見舞い目的で来るのは当然だよな、と今更ながらに気づくタカミチ。
 「あー!せっちゃんや!」
 「ええ!お嬢様!?ど、どうしてここに!」
 「お兄ちゃんとこに料理の勉強に来てるんよ」
 味噌汁の入った鍋を卓袱台の上に置く木乃香。更に後ろから、副菜らしい小鉢を手にしたアスナが入ってくる。
 「何か人数、増えてない?」
 「アスナ、大丈夫や。すぐに作るからな」
 「そうね、私も手伝うわ。それよりハルナと夕映は何をしてる訳?」
 「じ、実は、シンジさんの寝顔を見ようと言い出しまして」
 のどかの説明に、全員が顔を強張らせた。重々しい緊張感の中、すでにタカミチは心だけはこの場から飛び去ったようなつもりになっている。
 「・・・つまり早乙女殿が主犯、綾瀬殿がライバルと?」
 「何でですか!私は止めていただけです!」
 「ゆえ吉!邪魔するなら放してよお!」
 「・・・失礼したでござった。てっきりどちらが先に見るのかで、争っていると思った物でござるから」
 顔を真っ赤にして猛抗議する夕映。その隙を突いて行動に出ようとするハルナ。しかし夕映に襟を掴まれてしまい、あと少しが届かない。
 「ところで、真名殿と刹那殿は参加しなくて良いのでござるか?」
 「何故そうなるか、理由を教えて貰えるんだろうな、楓」
 「全くです。説明して貰いましょうか」
 懐に右手を入れた真名と、夕凪の鯉口を切った刹那が、剣呑な視線を向ける。
 そんな収拾がつかなくなってきた空間を、呑気な声が支配した。
 「誰だよ・・・騒いでいるのは・・・」
 ふわあ、と欠伸をしながらシンジが体を起こす。当然の如く、掛け布団がずれ、シンジの上半身が露わになった。
 対する反応は様々である。
 『あっちゃあ』と顔を顰めるタカミチ。
 『おお!』と乗り出して、裸体を凝視するハルナ。
 無言のまま、顔を赤らめる夕映、のどか、刹那。
 無表情を貫く真名と楓。
 そこへ追加の料理を持ってきたアスナと木乃香が入ってきた。
 「おはような、お兄ちゃん」
 「ん?木乃香、どうしてここに?」
 「ややわあ、今日はみんなで朝ご飯食べようって約束したんえ?忘れてもうたん?」
 昨日の戦闘中に意識が途切れたシンジにしてみれば、面食らったのは当然である。
 「ねえ、木乃香。その前に聞くべき事があるんじゃないかな?」
 「ん?・・・お兄ちゃん、いつも裸で寝てるん?」
 ズルッと転びかけるアスナ達。
 「僕?一応シャツぐらいは着るけど・・・」
 「いや、お兄さんも真面目に答えなくていいから!私が聞きたいのは別の事!その体の鎖みたいな入れ墨よ!」
 「ああ、ホントや。アスナ、よう気付いたなあ」
 脱力するアスナとタカミチ。他は笑うか、知らんふりをするかのどちらかである。
 対するシンジはと言えば、わざとらしく口元まで布団で隠した。
 「・・・責任とってよね?」
 「何でそうなるですか!というか朝起きた早々に、激しいツッコミをさせるなです!」
 「いや婿入り前の清い身としましては、見られた以上、責任を取って頂くのが筋かと思うのですが・・・」
 「恐ろしい事を言うなです!そんな事になったら、誰も泳ぎにいけなくなるですよ!」
 夕映が激しく突っ込む一方で、ハルナが真剣に頷いている、もっとも彼女の場合は、夕映の言い分に同意している訳ではないのだが。
 「これは生まれつきの痣だよ」
 「アザ?」
 「うん」
 「へえ、珍しい痣ねえ」
 納得してしまうアスナ。さすが2−Aにおける馬鹿レッドの称号は伊達ではない。
 一方、シンジはと言えば状況を掴みつつあった。恐らくは倒れた自分を、この部屋まで運んでくれたのだろう、と。そして治療に当たっていたから、着ていたシャツが脱がされていたのだろう、と。
 「さすがに上に何か着ないとマズイな」
 服を取ろうと立ち上がるシンジ。その瞬間、タカミチは最大の頭痛に顔を顰め、少女達はまとめて凍りついていた。そして、その視線は全て1点に集中している。
 「ん?どうかしたの?」
 「・・・お兄ちゃん、ややわ〜」
 妙に間延びした義妹の言葉に、自分を見下ろすシンジ。そして、今度こそ本気で慌てた。
 「ご、ごめん!」
 力士でもないのに、ふんどし一枚だからである。少女達が驚きで凍りついたのも無理はなかった。
 慌ててズボンをさがすシンジ。だが慌てれば失敗は付き物である。
 当然の如くシンジはバランスを崩して、近くにいたハルナと夕映を巻き込むように倒れこんだ。
 「・・・いたた・・・大丈夫?2人とも」
 自分の下敷きになってしまった少女達に声をかけるシンジ。だが彼女達はそれどころではない。
 何せハルナの場合は、顔の真上にシンジのお臍が。夕映の場合は、すぐ真横に顔があるのである。
 「・・・だだだだだ大じょびゅでしゅ!」
 「ははは、早くどいてくださいです!」
 至近距離で目撃してしまった刺激的な光景に、ハルナは舌を噛み、夕映は慌てて押し返そうとする。
 (・・・何と言うか、彼は天性の女難なんだろうか・・・)
 タカミチは大きな溜息をついていた。

超包子―
 「毎度!ご注文のランチセットネ!」
 今日は厨房ではなく、ウェイトレスとしてお店に入っていた超が、ランチセットをシンジの前に置いていく。
 食欲をそそる芳しい香り。だがテーブルに倒れ伏したシンジは、のろのろとした動きしか見せなかった。
 「どうしたネ?夏バテカ?」
 「いや、ちょっとね・・・」
 悪夢の一時を思い出し、グッタリとするシンジ。
 何気なく時計を見ると、時間は昼の12時。ちょうど食事時なのだが、珍しい事に、御客はほとんどいない。いたとしても、大半が雑務をこなす為に登校してきた教師達である。
 「良かったら話してみるネ」
 「・・・まあ、大した事じゃ」
 「何だ、近衛シンジではないか」
 突然呼びかけられた声に振り向くシンジ。そこに立っていたのはエヴァンジェリン、茶々丸、聡美の3人である。
 「どうした?随分とまあ、疲れ果てた物だな」
 「ええ、世の不条理という奴を噛みしめていた所です」
 テーブルに顎をつけたまま、運ばれてきたマーボー豆腐に手を伸ばす。見るからに、動く事も面倒臭いと言った感じである。
 「面白そうだ。暇つぶしがてらに話してみるが良い」
 「こんな偉そうな心理カウンセラーは生まれて初めてだよ」
 「何を言う。私は偉いのだから当然だ」
 王様発言のエヴァンジェリンに、超が笑いだす。
 「どうせ客など碌におらんのだ。私達の料理が出来たら、厨房の中の2人もここへ来い。面白い話が聞けそうだからな」
 エヴァンジェリンに反論しても無理だと悟っているのか、素直に『分かったネ』と頷く超。
 やがて湯気の立つ料理を、古と五月が運んでくる。2人は超に言われると、御冷だけ手にして素直に席へ着いた。
 「では聞かせて貰おうか。お前は一体、何をやらかしたのだ?」
 「・・・裸で、早乙女さんとおでこちゃんを押し倒した」
 ブーッと噴き出すエヴァンジェリン。横にいた茶々丸が、慌ててハンカチを取り出してエヴァの顔を拭いだす。古と五月は口に含んでいた御冷で噎せかえって、苦しそうに咳を繰り返す。聡美と超は目を丸くしてシンジの言葉を再確認していた。
 「・・・どうして、そんな事になったネ」
 「朝ご飯を木乃香達と一緒に食べる約束をしてたんだけど、見事に寝過ごしてね。目を覚ましたら、みんなが部屋の中にいたんだよ」
 「その時点で色々とツッコミたい所があるけど、まあ最後まで聞いてからにするネ」
 餃子を齧りながら、シンジは言葉を紡ぐ。
 「とりあえず服を着ようと立ち上がったら、下着だけ。慌ててズボンを探したら、足が布団に絡まって押し倒した」
 「何と言うか、騒ぎが目に浮かぶようネ」
 「とにかく大変だったよ。気が付いたら早乙女さんは僕のお腹の下だし、おでこちゃんの顔が隣にあるしで・・・」
 「・・・それは本当カ?」
 この場にいる者達の中では、超・古・五月の3人は毎日寮で寝起きしている。だからこそ、ハルナがシンジに一目惚れしている事も知っていた。
 「ハルナ、大丈夫だったアルか?」
 「・・・ガチガチに固まってた。さすがに押し倒された事が嫌だったんだろうね。申し訳ない事をしちゃったよ」
 違う違うと首を振る超包子3人娘。だがシンジがそれに気がつく事は無い。
 「その後が地獄だった。木乃香は『お兄ちゃんのスケベ』って言って朝食抜きを命じてくるし、神楽坂さんと龍宮さんと桜咲さんは冷たくジト目で睨んでくるし」
 「ほうほう」
 「宮崎さんは怯えて逃げるし、おでこちゃんは『至近距離に近づくなです!』って叫ぶし、長瀬さんは笑うだけで仲裁すらしてくれないし。遂に僕は寮監室にすらいられなくなって、家なき子と化したという訳です」
 ハラハラと涙を流すシンジに、周囲の少女達は顔を見合わせるしかない。
 (・・・これは誰が悪いネ?)
 (・・・裸で寝るのは本人の自由アル。でも寝過ごしたのはシンジさんの責任アル)
 (・・・全く、愉快な奴だ)
 (・・・ハカセ、このような場合は強力目覚まし時計を渡して、事故の再発を防ぐべきだと思うのですが)
 (・・・任せなさい!至極の一品を作ってあげます!)
 少女達の討論の輪に加わる気力も無いシンジは、ただひたすらにマーボー豆腐を口に運び続けていた。
 そんなシンジに、助言を与えたのは意外な事に会話へ参加してこなかった五月である。
 「近衛さん。何かお詫びの品物をプレゼントするというのはどうでしょうか?」
 「お詫び、か」
 「はい。みんな驚いたでしょうが、特に早乙女さんと綾瀬さんは一際驚きが強かったのだと思います。何か手頃な物、例えばお菓子等を作って、謝罪するんです」
 一考に値したのか、シンジが真剣に考え込む。
 (・・・五月、一体、どうしたネ?)
 (・・・早乙女さんへの援護射撃です)
 (・・・五月、好判断アルよ)
 そこへガタッと音を立てて、シンジが立ち上がった。
 「超さん、少し厨房を借りても良いかな?」
 「それは良いが、何を作るネ」
 「ちょっと変わったデザートを作ろうと思ってね。寒天はあるかな?」
 「・・・ふむ、私も気になるネ。こっちネ」
 超に案内され、厨房へと入っていくシンジ。その後ろを五月が追いかける。
 やがて厨房から超と五月の感嘆するような声が聞こえてきた。
 「ほう?中々に期待できそうだな」
 やがて人数分の小鉢が運ばれてきた。
 「試作品だから少量だけど、試してみてよ」
 ゴトッと置かれる小鉢。だがその特徴的な出来映えに、エヴァンジェリンが驚いたように目を見開いた。
 「これは果実だな?果実を小さく刻んで、寒天の中に入れたんだな?」
 「正解。とりあえず梨とブドウと桃を使ってみた。寒天も水じゃなくて、果汁を加えてみたんだよ。砂糖は使ってないけど、果物の甘さで十分な筈だ」
 「・・・ふむ、見た目も綺麗だが、まずは食べてみるか」
 全員が口に含む。その瞬間、驚きの声が上がった。
 「何だこれは!酸っぱいぞ!」
 「蜜は砂糖じゃなくてレモンの果汁を使っているんだ。砂糖を使っちゃったら、果物の甘さが消えちゃうからね」
 「なるほどな。だがこれは意外にいけるぞ。清涼感が何とも言えん」
 エヴァンジェリンの高評価は、他の者達にとっても同様だった。お互いに顔を見合せながら、満足そうに頷きあう。
 「シンジさん、これ、お店で使わせて貰っても良いカ?更に改良して、看板商品にまで仕上げてみたいネ!」
 「良いよ、材料まで使わせて貰ったんだから、感謝するのはこちらの方だよ」

 超包子を辞した後、シンジはお詫びのデザートに使う材料を買いに、学園の外にあるスーパーへとやってきていた。
 新鮮な果物を選び取っていくシンジ。そこへ声がかかった。
 「木乃香のお兄さん、何買ってるのかな?」
 声をかけてきたのは明石裕奈、佐々木まき絵、和泉亜子というメンバーである。
 「ちょっと果物を買いにね。新しいデザートを思いついたから、その材料の調達ってとこかな」
 その言葉に、裕奈とまき絵がキュピーンと目を光らせる。
 「それは食堂に新しいメニューが増えると言う事かな?」
 「ちょっと難しいかな。杏仁豆腐みたいな物なんだけど、作り置きができないから」
 「あらら、それは残念」
 ガックリと肩を落とす2人。亜子も言葉にこそ出さないが、幾分残念そうである。
 「心配しないで良いよ。超さんがお店で出せるように改良すると言ってたからね」
 「・・・マジ?」
 「試食してくれたのは超さん、古さん、四葉さん、葉加瀬さん、エヴァンジェリンさん、茶々丸さんだったよ。評価も良かったから、期待できると思うよ」
 飛び上がって喜ぶ裕奈とまき絵。そんな2人に、後ろから亜子が声をかけた。
 「裕奈、よく考えてみたら、近衛さんに相談してみるのはどうかな?」
 「おお!ナイスアイデア!」
 「・・・何かあったの?」
 怒涛の如き勢いで、裕奈は自分が直面している現状の問題点について説明した。
 「明石教授の誕生日プレゼントかあ」
 「そうそう、同じ男性という立場でアドバイスが欲しいんだよね」
 思わず考え込んでしまうシンジ。と言うのも、今に至るまで、シンジは誰かに誕生日を祝ってもらったという経験が無かったからである。
 叔父の家にいた頃は、家族という輪の中へ入れて貰う事もできず、孤独の内に暮らしていた。
 第3新東京市へ来た頃には、既に14歳の誕生日は過ぎていた。
15歳の誕生日は、つい2カ月前である。だが詠春に引き取られても、彼は『過去の事は思い出したくない』の一点張りで、誕生日を周りに告げる事もしなかった。おかげで、特に祝われる事も無かったのである。
 逆に同性の友人の誕生日に出向いた事も無かった。と言うより、トウジもケンスケも家庭の事情で誕生日を祝えるような余裕が無かったのである。
 多少の自己嫌悪を感じたシンジだったが、脳裏に閃く物があった
 「確認するけど、誕生日は明石教授と2人で祝うのかな?」
 「そうだよ」
 「なら決定だ。自分で作った料理をプレゼントすればいい」
 ポン!と手を叩く裕奈。
 「それだ!それならお小遣いで何とかなる!」
 まき絵とハイタッチしあう裕奈。これで完璧だと言わんばかりの2人に、シンジは笑っていた。
 「どうやら解決したみたいだね。それじゃあ、僕は」
 「あ、待って待って!近衛さんに聞いておきたい事があるんや」
 立ち去ろうとしていたシンジを、亜子が呼びとめる。その行動は、裕奈やまき絵にとっても予想外だったのか、視線が集まっていた。
 「近衛さんって、今は恋人っているの?」
 質問の趣旨を察した2人が、一斉にサムズアップする。
 「恋人はいないよ。今は1人」
 「なるほどなるほどね・・・ん?今はって言ったよね?と言う事は、前はいた?」
 一瞬だけ、シンジの脳裏に紅茶色の髪の毛の少女が浮かび上がってきた。だがその面影を、シンジは自分の意思で無理やり意識の外へと追い出した。
 「まあ、いたと言えばいたのかな。でもそれがどうしたの?」
 「ううん、じゃあ、もう1つ質問。今まで何人の人と付き合った事があるんや?」
 どう考えても答える必要のない質問なのだが、律儀に答えるシンジ。
 「2人だよ」
 「なるほど。ありがとね、近衛さん!よし、ウチらも行きましょうか!」
 意気揚々と引き揚げていく少女達を見送ると、シンジは再び果物との睨めっこを始めた。

 戦利品に満足したシンジは、幾分、上機嫌で女子寮へ帰ろうとしていた。
 何故、帰ろうとしていた、なのか。それは、今の彼は寮へ帰りたくても帰れなかったからである。
 「本当に見ていないのですね?」
 「見てませんよ。そもそも何で僕が庇わなければいけないんですか?」
 「分かりました。ご協力、感謝します」
 立ち去っていくシスター・シャークティーの背中を見ながら、溜息を吐くシンジ。近くの立木に背中を預けながら、フーッと溜息を吐く。
 「疲れる人だなあ、真面目一辺倒な性格なんだろうけど」
 「うんうん、全くもってその通り」
 「共感して戴けたのは嬉しいんだけど、どうして君がここにいるのかな?春日さん」
 ガサガサと音を立てて、枝の上から飛び降りてきたのは春日美空であった。そして肩には小学生ぐらいの女の子を乗せている。
 「そっちの子は初めて見るね」
 「ああ、この子はココネって言うんすよ。シスター・シャークティーの元で苦楽を共にする間柄っす」
 「そっか。僕は近衛シンジ。よろしくね」
 「・・・よろしく・・・」
 頭を撫でられたココネが、くすぐったそうに身をよじる。
 「それで、どうして隠れていた訳?」
 「んなもん、修業がきつかったから逃げてたに決まってるっすよ」
 「納得できる意見をありがとう」
 「いや、そんなあっさり頷かないで下さいよ!あの横暴陰険シスターの課す修業は、並みじゃないんですから!」
 必死に抗弁する美空。そんな美空からココネへ視線を移すと、彼女は素直に答えた。
 「美空は宿題せずに遊んでて怒られた」
 「ちょ、ココネ!?」
 「判決。有罪。さあ逝こうか」
 「ちょっと待った!私に控訴はないっすか!?」
 ガシッと腕を掴まれ、逃げ場をなくす美空。自慢の脚力も、最初から捕まってしまっていては、発揮する事などできない。
 「ココネちゃん、僕の方へ移っておいで。このお姉ちゃんはシスターに突き出すから。巻き込まれて一緒に怒られたくないでしょ?」
 無言で頷き、シンジの肩に飛び移るココネ。大人しそうな外見とは裏腹に、意外に運動神経は良いらしい。
 「ココネの薄情者おおお!この世に神はいないっすか!」
 「疫病神と貧乏神と死神なら知ってるな」
 「そんな神様はいらねえっすよ!」
 そこへ、妙に耳に残る足音が聞こえる。
 「ふふふ、見つけましたよ、美空。随分とまあ、好き勝手に言ってくれていたようで」
 シャークティーのこめかみに、ビキッと青筋が浮かぶ。
 「どうして貴女は宿題すらできないんですか!ココネはもう終わらせているんですよ!」
 「痛い痛い!耳を引っ張らないで!」
 「全く、どうやら結果として協力してくれた事には感謝します」
 素直に御礼を言うのは納得できないみたいだな、と納得するシンジ。心当たりがありまくりなのだから当然である。
 「良いですよ、それぐらい。シャークティー先生も育児と聖職と教職の三足の草鞋はきついでしょうから」
 立ち去りかけていたシャークティーの足が止まる。その手に首根っこを掴まれていた美空は、顔を真っ青にしていた。
 そしてそれは、シンジの肩に載っていたココネも同様であった。
 事更に、ゆっくりと振り返るシスター・シャークティー。
 「・・・育児、とはどういう意味ですか?」
 「ココネちゃん、可愛いですね。シャークティー先生とはあまり似てないみたいですけど、父親似ですか?生んだのは高校生ぐらいだと思ったんですが、きっと御苦労されたんでしょうね」
 「何でそうなるんですか!」
 激怒するシャークティー。美空は襟首を掴まれながらも、必死でこの場から離脱を試みている。
 「・・・違うんですか?ひょっとして・・・中学時代に出産とか?」
 「訂正するのはそこじゃありません!」
 「そうでしたか、僕が早合点したみたいですね」
 『分かって貰えて何よりです』と矛を収めるシャークティー。だが彼女は目の前の少年の事を、しっかりと把握していなかった。
 「ココネちゃん、可哀想に。本当のお母さんから認知してもらえないなんて」
 言った瞬間、ココネを肩車したまま走りだすシンジ。
 「・・・くっくっく、良い度胸です。迷える魂、神の御許に送って差し上げましょう!」
 「ヒ、ヒエエエエエッ!」
 
麻帆良学園中等部女子寮―
 シスター・シャークティーの追撃を振り切ったシンジは、未だにしがみ付いたままのココネとともに寮へと帰還した。
 「ただいま」
 「あ、おかえり」
 寮監室へと入るシンジを、木乃香が出迎える。
 「お兄ちゃん、その子は?」
 「この子はココネちゃん。シャークティー先生の娘さんだよ」
 「そうなん?よろしくな、ココネちゃん」
 フルフルと首を左右に振るココネ。よほどシャークティーの追撃が恐ろしかったのか、彼女なりに必死になって否定しているのである。
 「夕ご飯は僕が作るから、ココネちゃんをみていてくれるかな?春日さんが、その内に受け取りに来るから」
 「分かったえ」
 「じゃあ、よろしくね」
 腕まくりしつつ、夕飯の準備に取り掛かる。
 「今日食べに来る人だけど、追加はあったかな?」
 「えっと、委員長と千鶴さんと夏美ちゃん、それから夕映にのどかにハルナ、あとはアスナやな」
 「了解。それじゃあ春日さんの分も作っておいてあげるか。ココネちゃんも食べて行くといいよ」
 早速冷蔵庫から材料を取り出すシンジ。手早く準備を整え、次々に野菜を刻んでいく。
 「今日は何にするん?」
 「メインは野菜ハンバーグ。副菜は海藻と野菜のサラダ。あとはオニオンスープかな。あと悪いんだけど、大河内さんに春日さんはシャークティー先生に捕まって帰るのが遅くなるから、一緒に食べにおいで、って伝えてくれるかな?」
 「分かったえ。じゃあ連絡してくる」
 膝の上にココネを乗せてあやしながら、内線電話に手を伸ばす木乃香。
 「お兄ちゃん、御馳走になりますって!6時に来るように伝えたえ」
 「うん、ありがとう」
 「それにしても、お兄ちゃんの料理は人気やな。凄く評判ええんよ?」
 木乃香が笑いながら、言葉を続ける。
 「ボリュームはあるけど、野菜が多いから、カロリー少なめやろ?みんな体重気にしてるからなあ」
 「まるで他人事みたいだね、木乃香は」
 「ややわ〜、お兄ちゃんたら」
 ケラケラと笑う木乃香。
 そしてシンジの調理が進む中、本日のお招きに預かったメンバーが姿を見せ始める。
 だが今日に限っては、ココネという存在がいた事もあって、話の中心となったのは彼女であった。
 「この子はココネちゃん言うてな、シャークティー先生の娘さんなんやて」
 シンジの言葉を鵜呑みにした木乃香の説明に、ココネはやっぱりフルフルと首を振っている。
 「あのシャークティー先生に、こんな年のお子さんがいたなんて・・・」
 「逆算すると、私達と同じぐらいの年で産んだのかしらね」
 「ちづ姉、いくらなんでもそれは無いと思う」
 見事、正解を言い当てた夏美に向かい、ココネがコクコクと頷いてみせる。
 「あ、あの、お兄さん。本当は、このココネちゃんは誰の子供なんですか?」
 「実は段ボール箱に入れられて川を流れていた所を拾ったんだよ」
 「すぐに分かる大ウソをつくなです!」
 親友の問いかけに対するボケに、夕映が全力で突っ込む。
 そんな夕映の姿に、ちゃっかりシンジの手伝いという名目で、隣に立っているハルナが笑いながら応じた。
 「ゆえ吉、シンジさんが来てから変わったねえ」
 「・・・どこがですか?」
 「クールな突っ込みキャラだと思ってたんだけどね、今のゆえ吉はハリセンがとても良く似合うと思うんだ」
 一斉に頷く少女達。否定できる要素が、どこを探しても全く見つからないのである。
 そこへ夕刊の配達を終えたアスナが、美空やアキラとともに姿を見せた。
 「お邪魔します!」
 「こんばんは、失礼します」
 「ああ、疲れた・・・ココネだあ、私の癒しが・・・」
 部屋に入るなり、ヨロヨロとココネに近寄っていく美空。ヒシッとココネにしがみつくと、頬ずりを始める。
 「美空、凄い壊れっぷりね」
 「だろうね。シャークティー先生のお仕置きだから」
 「ちょっと待った!シンジさん!アンタにそれを言う権利はねえっす!」
 ビシッと指をさす美空。
 「そもそもシンジさんがシスターを怒らせなければ問題は無かったんですよ!」
 「何を言っているのさ。僕は春日さんという火種の中に、わざと火薬を放り込んだだけじゃないか」
 「鬼だ!鬼がいる!」
 シンジが何をやらかしたのか、薄々気付いた彼女達は呆れたようにシンジに視線を向けている。
 「近衛さんって、実は風香さんと気が合いそうですわね」
 「あやかもそう思いました?実は私も・・・」
 耳打ちし合うあやかと千鶴に、それが聞こえてしまった夏美とアキラが無言で頷く。
 「はいはい、出来たから場所作ってね」
 慌てて動き出す一同。座卓を3つ並べて、みんなで食べれるように場所を作る。
 次々に置かれていく料理を前に、感嘆の声が至る所から漏れ出る。
 「今日はデザートもあるからね。超さんとこで作ってみた試作品だけど、その内超包子でも販売するはずだから」
 そして、試作品デザートを味わった彼女達は、その出来の良さに、超包子で販売されたら必ず行こうと約束したそうである。

学園長室―
 夕食後、美空の代わりにココネを教会まで送り届けた帰り、シンジは学園長室に寄り道をしていた。
 「シンジ、体の方はもう良いのか?」
 「そっちは完治しました、心配はいりません。それより、襲撃者ですが」
 「お主の見立てで、まず間違いはあるまいよ」
 書類机の上に置かれていた書類を、ズイッと前に突き出す。
 「関西呪術協会の強硬派と呼ばれる派閥の術者じゃ。無論、お主の事も知っておったようじゃな」
 「でしょうね、そうじゃなければ火遊びを中断してまで、僕を殺そうなんて思わないでしょうから」
 「そうじゃのう。シンジそっくりの式神を送られて、向こうは慌てて口封じをしようとしたようじゃな。お主が陰陽師として見習いの卵である事は、あちらでは有名な事実。簡単に殺せると思ったんじゃろうて」
 やれやれと肩を竦める近右衛門。
 「じゃがのう。それ以上は喋ろうとせんのじゃよ」
 「・・・今はどうしていますか?」
 「ガンドルフィーニ君と神多羅木君が尋問中じゃ。正直、本国から読心術者を呼びたい所じゃが、それをやると火消しに時間がかかる」
 「お爺ちゃんが知りたいのは、この男が属する強硬派についての情報。構成規模や人員数、そんな所かな?」
 うむ、と頷く近右衛門。確かにそれが判明すれば、強硬派を政治工作で無力化する強力な一手となるのは断言できた。
 「・・・この男に目隠しをして、1人にするように伝えてくれないかな?」
 「シンジ?」
 「5分で落とすよ。条件は僕が何をやっているのか、誰も見ない事。約束できる?」
 しばらく考え込んだ後、近右衛門はハッキリと頷いた。
 「よかろう、すぐに準備にかからせる」

麻帆良学園、地下エリア―
 鉄格子の牢獄の中に、その襲撃者は目隠しをされ、手足を椅子に縛り付けられた状態で放置されていた。
 猿轡は噛まされていないので、男はこれから何をされるのか、不安を紛らわすかのように、必死で絶叫している。
 そこへ、静かに足音が近づいてきた。堅いコンクリートの床を、一歩一歩、近寄ってくる。
 「だ、誰だ!俺は絶対に喋らねえぞ!」
 足音は目の前でピタッと止まる。
 「お、おい!何か言えよ!」
 「・・・」
 男の頭部を、鷲掴みにする右手。その瞬間、男は閃いた。男にとって最悪の尋問官がやってきていた事に。
 男は良く知っていた。わずか数ケ月前に、関西呪術協会を追われた、長の養子の事を。そして、その養子を自分が口封じの為に殺そうとした事を。そして何より、その養子が何で追われたのかもハッキリと思い出した。
 男が慌てて舌を噛み切ろうとする。だが男の体は、すでに反応しなかった。
 「・・・教えて貰うよ。強硬派について、お前が知っている情報、全てを洗いざらい喋るんだ」
 男の口が、意思に反して事実を紡ぎあげて行く。
 絶望一色に染め上げられた男の両目からは、止めどなく光る物が流れ続けた。
 そんな男から得られた情報を全て脳裏に刻み込んだ少年は、男に最後通牒を突きつけた。
 「お前はここで僕に何をされたのか、他者に伝える行為全てを禁止する。僕の能力についても同様だ。だが今回の襲撃事件について情報を求められた場合は、先の2点に抵触しない範囲で説明する事を義務付ける。同時にお前が死を選ぶ事も、逃走する事も許さない。この条件は、関西呪術協会本部へ帰還後、長である近衛詠春に全てを伝える事で解除される物とする」
 用済みとなった男に踵を返すと、尋問官はその場を後にした。

 冷たく湿った、重々しい地下エリアから出てきたシンジは、満天の星空の下、冷たい夜気を思う存分味わっていた。
 「・・・結果は?」
 「落としました。今回の襲撃についての情報は、全て得ています」
 近寄って来たガンドルフィーニに、シンジが応じる。隣にいた神多良木が、感心したように『ほう?』と声を上げた。
 「僕は学園長に情報の報告に行ってきます。あの男にはまだ使い道がありますから、監視だけはしておいて下さい」
 『使い道』という冷酷極まりない単語に、2人の教師は僅かに眉を顰めた。少なくとも今年15歳の少年が、口にするような台詞ではない。
 だがそんな2人を気にすることなく、シンジはその場を後にした。
 やがてその背中が視界から消え去った所で、神多良木が煙草を取り出して、無言のまま火を点ける。
 「・・・ガンドルフィーニ、お前はどう思う?彼の事を」
 「・・・扱いづらい有能、敵に回したくない実力者、そんな所だな。攻撃能力が無いというのは事実らしいが、それでも厄介すぎる」
 「同感だ。知略と探知系魔法だけかと思っていた所に、昨日の一件だ。さすがにそれで打ち止めだろうと思っていたが、まさか対人情報収集能力にも長けているとはな。よくもまあ関西呪術協会は、彼を手放す気になった物だ。私が言うのもお門違いかもしれんが、これ以上ないほどの悪手だぞ」
 いつもなら美味しく感じる筈の紫煙が、苦みしか感じない事に、チッと舌打ちする神多良木。
 「神多良木、もしそれだけではない、と言ったら、お前はどうする?」
 「・・・何だと?」
 「シスター・シャークティーの所に、春日美空君という見習いシスターがいる事は知っているな?」
 ガンドルフィーニの言葉に、神多良木が頷く。
 「その春日君からシスター・シャークティーが聞いた情報だ。彼は完全記憶―写真記憶の持ち主だそうだ」
 「・・・知略と言い、情報収集能力と言い、まさに脳の怪物ブレイン・モンスターだな」
 「同感だ。だが我々には正義の魔法使いとしての立場がある。もし彼が我々に不利益な事をした時には、速やかに処断しなければならない。それでなくても、彼は我々に非協力的な立場を表明しているからな。学園長の孫でなければ、とうに処断している所だよ」
 うむ、と頷きながら、煙草を投げる神多良木。その指がパチンと鳴ると、まだ火が点いていた煙草の吸殻は、木っ端微塵に砕け散った。



To be continued...
(2011.10.15 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は麻帆良でのホノボノ日常ライフをテーマとしております。テーマとしておったのですが、最後で大崩壊wまあ、シリアスシーンは割と好きなんですけど。
 ところで書いていて思ったのですが、エキストラとして誰を出すのかが悩みです。例えば今回だと、チア部3人娘や双子姉妹、千雨や和美と言ったメンバーはお休みしてますし。全員出すのは難しいという贅沢な悩み、これからどうしようかなあと考えておりますw
 話は変わって次回です。
 時間軸は夏休みから秋から冬へと飛びます。ハロウィンとクリスマスをテーマとした話になります。ハロウィンは高音の通う高等部を舞台に、クリスマスは女子寮を舞台に話は進みます。そこで起こった騒動とは、そんな感じの話です。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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