正反対の兄弟

第六話

presented by 紫雲様


麻帆良学園中等部女子寮―
夏休みが終わり、しばらく経った頃。昼間は寮の管理人、夜は見習い陰陽師として働いているシンジは1人の御客を迎えていた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
差し出された緑茶に手を伸ばしたのは高音・D・グッドマンだった。いつもは元気の良さと、持ち前の正義感が絶妙なバランスで混じっている少女だが、今日は元気の良さが失われている。
「それにしても、僕に相談とは穏やかじゃないですね。シスター・シャークティーの逆鱗に触れませんか?」
「貴方がシスターを未婚の子持ち扱いしてくれたおかげで、シスターはずっと不機嫌でしたわ」
「そうなんですか?ますますお近づきになりたくないなあ」
スーパーで買っておいた、一口サイズのクッキーを勧めながら、シンジは苦笑いしていた。
「実は、今度聖ウルスラ女子高等学校でハロウィンのイベントを行うのです」
「ハロウィンか。トリックオアトリートってやるカボチャのお祭りだよね?」
「まあ、キリスト教徒でなければ、その程度の認識で問題無いと思います」
『良い葉を使ってますね』と緑茶を堪能しながら、彼女は話を続ける。
「ただ問題がありまして、私のクラスには料理のできる方がほとんどおりません。そこで貴方に、イベントで出す料理の指導をお願いしたいのです」
「・・・は?」
「簡単な軽食や、焼き菓子と紅茶を提供するのですが、どうせやるなら成功させたいのです。そして私の顔見知りの中で、料理が得意な方となると、貴方しか思いつきませんでした」
よほど驚いたのか、シンジの手がクッキーを取ろうとして空振りした。
「・・・僕はパティシエじゃないですよ?」
「大丈夫です。貴方の名前は有名ですから」
ますます困惑するシンジ。そんなシンジに、高音が笑いながら応じた。
「超包子で出たばかりの新作デザート。作ったのは貴方だと伺いました。メニューにも名前が書かれていましたし、間違いないですよね」
「名前が書かれていた?」
「ええ、原案近衛シンジ、監修超鈴音、と」
「また余分な事を・・・」
これ見よがしに溜息を吐くシンジである。
「本番までに、上手にできるようになりたいんです。どうかお願いします」
頭を下げてきた少女に、シンジは頷く事しかできなかった。

翌日の放課後、聖ウルスラ学園女子高等学校1年A組―
 シンジは高音の頼みを受けて、放課後に料理の指導にやってきていた。
 だが、そこで問題が発生した。
 「・・・作るのは焼き菓子と軽食だったんじゃないの?」
 シンジがぼやいたのも無理は無かった。
 彼の手にしている紙には、指導してほしい料理の一覧がリストとして書かれていたのである。
 「サンドイッチやクッキーはまだ分かります。でも何でパスタやピザまで書かれているんですか。特に理解できないのは和食セットや洋食セット。先輩達はレストランでも開くつもりなんですか?」
 「・・・無理でしょうか?」
 「2つの理由で無理だと断言します。1つ目は先輩達がレシピを全部覚えられない。そもそも毎日自炊していると言う人、正直に手を挙げてみて下さい」
 上がるには上がったが、その数は10に届かない。
 「主要戦力がこんなに少ないんじゃ、現実的に無理です」
 「バッサリ切り捨てましたね」
 「こっちは毎日、3人のおばちゃんと厨房切り盛りしているんです。それぐらいは断言できますよ」
 あう、と項垂れる高音。だが彼女の後ろに控える少女達も、微妙に視線をずらしていた。
 「もう1つは食材や調理器具の確保の問題です。生鮮食品を数多く揃えても、冷蔵庫に入りきらずに腐らせて終わってしまいます。季節は秋だけど、当日の気温は夏並みになる事を考慮しておくべきですし」
 「そこは何とかならないでしょうか?」
 「無理です。世の中そんなに甘くありません」
 ガクッと床に崩れ落ちる。よっぽど気合いを入れていたのだという事はシンジにも理解できたが、世の中気合だけではクリアできない問題も存在する。
 「もう一度、計画の根底から練り直すべきです。正直にいえば、あれもこれも、と欲張りすぎだと思います」
 「・・・そうですか?」
 「はい。そもそもしっかりした食事で勝負となれば、料理研究のクラブや超包子の独壇場でしょう?」
 その言葉には納得できたのか、高音も渋々と頷く。超包子はメインシェフが中学生と言う事もあって、普段はほとんど動いていない。彼女達の稼ぎ時は、基本的に授業の無い日である。
 だからこそ、人の入りが多くなる学園祭ともなれば、彼女達は全力で動き回る。その味と価格は、確実に麻帆良随一と言って良い実力である。
 「だから、超包子と正面からぶつからないで済む顧客層を狙うべきだと思います」
 「それは一理あるわね。みんな!ちょっと意見聞かせて!」
 高音の号令の下、喧々諤々の論争が始まる。
 しばらくした後、高音が何本か横線を引いたリストを差し出してきた。
 「これでどうかしら?」
 「・・・大分、マシになりましたね。でもまだ削るべきです」
 「そうなの!?」
 「まずピザは止めましょう。ピザの窯なんて、設置できませんし。それにオーブンではまともなピザは焼けないと思います。もし焼けるなら、本職のピザ職人は窯なんて使わないですよ」
 シンジの言う通りなので、高音達も全く反論できない。
 「あと軽食と言いましたけど、ここで食べて行くお店ですか?それとも移動露店みたいに、歩きながら食べられるような物を提供するお店ですか?」
 「・・・それは考えていなかったわ」
 「そこも考えるべきです。歩きながらだと、メインはサンドイッチやハンバーガー、串物といった片手で持てる物がメインになります。飲み物も持ち運べるものを要求されます。この場合、ご飯・麺類は不向きです」
 ウンウンと頷く高音。
 「逆にここで座って食べて貰うなら、汁物を用意しても良いでしょう。コーンスープやコンソメスープ、オニオンスープなら火を通せば簡単に温まりますから」
 「スープですか」
「はい。あとクッキーはどちらのお店でも対応できますし、お土産にもなりますから入れた方が良いと思います」
 再び始まった論争を見ながら『僕は料理指導に来た筈なのに、何でアドバイザーになってるんだろう』と遠い目をするシンジだった。

麻帆良学園中等部女子寮―
 最近、寮内にある噂が流れていた。
 『寮監がウルスラの女生徒と付き合っている』という物である。
 この噂が広まり始めた頃、最初に動いたのは妹である木乃香であった。単刀直入に質問し、本人からハッキリと否定されたので木乃香自身は噂は嘘であったと判断した。
 ところが、それを覆す証言が出てきたのである。
 曰く『スーパーでウルスラの制服を来ていた女と一緒に買い物をしていた。これは付き合っているに間違いない』と言う物である。
 舞台は食堂。
 中央には椅子に縛り付けられたシンジが座っている。ロープでぐるぐる巻きにされているのは言うまでもない。
 そして正面の裁判席には、自前のトンカチを右手に持った妹・木乃香がどことなく黒いオーラをまき散らしながら、ニコニコと笑顔で座る。
 検事の席には綾瀬夕映と龍宮真名。その反対側には朝倉和美が立っていた。
 そして傍聴席には、この寮に住んでいる2−Aの少女達全員が集まっている。
 「近衛裁判長。検事を務める筈だった早乙女ハルナは、体調不良の為に欠席。傍聴人の宮崎のどかは付き添いの為に、同じく欠席との連絡が入っています」
 「分かったえ」
 「・・・一体、何なのさ、これは」
 甲賀忍者である楓の拘束は、素人であるシンジに脱出できるような代物ではない。それがすぐに理解できたからこそ、シンジは抗うのを止めていた。
 「では、僭越ながら告発者朝倉和美による報告をさせて戴きます。被告近衛シンジは、聖ウルスラに通う女生徒と良好な関係にありながら、その事実を隠蔽してきました」
 「分かったえ。お兄ちゃん、死刑」
 「裁判長、英断だ」
 「賛同するです」
 「待て待て待て!」
 さすがにこんな事で死刑にされるのは嫌なのか、シンジも必死である。
 「そもそも、どうしてこんな事になってるんだよ。事情ぐらい説明してくれ!」
 「お兄ちゃんのせいで、ハルナが泣いてるんよ」
 「・・・は?」
 その瞬間、周囲から一斉に『ブチッ』という音が響いた。少女達は全員が親指を真下に向ける。
 「「「「「死刑」」」」」
 「だから、何でそうなるんだよ!僕が早乙女さんと交際していて、その上で誰かと浮気していたと言うならまだ分かるけど、僕はどっちも関係してないぞ」
 「・・・お兄ちゃん、本気で言うとるん?」
 「本気も何も事実だろう。第一、僕よりカッコイイ男なんて山ほどいるじゃないか。それで、何で早乙女さんが僕に好意を向けるなんて事になるんだよ。僕はそんなに自分に都合の良い事を妄想するほど馬鹿じゃない」
 ハルナの想いが実るのは、まだ遥か先だという事を気付かされた少女達が、一斉に溜息を吐く。同時に、近衛シンジという少年の性格的な欠点も、彼女達は理解した。
 朴念仁ではない。単に自分が好かれる人間ではないと、決めつけているだけであるという事を。
 「けどさ、近衛さん。貴方がスーパーで、ウルスラの女生徒と一緒に買い物をしていたという証拠があるんだよ?それについてはどう説明するのさ?」
 「ウルスラの関係者となると、高音先輩しかいないんだけど」
 ビシッと音を立てて緊張が走る。ただ高音という名前に、真名と刹那だけは互いに視線を交差させていた。
 「聖ウルスラの高音先輩ね。私の調査によれば、本名は高音・D・グッドマン。アメリカ系の日本人だね。現在、高校1年の16歳。成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群、品行方正。正直言って非の打ちどころが無い優等生だよ。ちなみにこれが顔写真」
 拡大コピーした顔写真を取り出す和美。その写真に写し出された容貌に、シンジに対する視線が氷点下へ下がる。
 「つまり、うちはその高音先輩を将来の義理の姉と呼ばないとあかんの?お兄ちゃん」
 「待て待て待て!だから、どうして僕が高音先輩と付き合っている事になるんだよ!それだけは絶対にありえないぞ!」
 「何で断言できるですか!」
 「向こうにはシスター・シャークティーがついてるからだよ!」
 一斉に納得する少女達。シンジのからかいが発端となったシスター・シャークティー未婚子持ち説は、麻帆良学園全てを席捲していたからである。
 その後、葛葉刀子の何気ない一言から始まった女の戦いは、バツイチ女剣士と未婚子持ちシスターというセンセーショナルな見出しとともに、学園中を駆け抜けていた。
 そんな原因の発端であるシンジを、シスター・シャークティーが見逃す訳が無い。
「それに、僕は料理を教えているだけだよ。どこをどうしたら、付き合っているなんてなるのさ」
「料理?」
「そう。今度聖ウルスラでハロウィンを利用した行事をやるのは知ってるかい?」
何人かが聞き覚えがあったのか、首を縦に振る。
「軽食屋をやると言う事で、ちゃんとした料理を作りたいからクラスメート全員に料理を教えてくれと頼まれたんだ」
「そうなん?お兄ちゃん」
「そうだよ。もし交際していたとしても、何で隠さないといけないのさ。別に悪い事している訳じゃないのに」
確かにシンジの言う通りである。だがその発言は余分だった。
「・・・お兄ちゃんの言う通りやわ。どうやら無罪のようやね」
「分かってくれたか」
「でも女心を理解できない点は有罪や。これより志望者を募って、お兄ちゃんを気絶するまで、くすぐりの刑とする」
裕奈、美空、古、まき絵、超、風香が一斉に飛びかかる。
「ちょ、やめ!というか鳴滝さん、ズボンは下ろすな!」
「おいおい、良いのかよアレ?」
半ば呆れたように事態を見ていた千雨が、指をさす。
「別にええよ。少しはお兄ちゃんにも反省してもらわんとな」
 「・・・そうか」
 「それよりハルナの誤解を解いてくるえ。その後でお兄ちゃんの介抱をハルナに任せてあげるんよ」
 スタスタと歩いていく木乃香。その後を追いかける夕映。
 背後ではシンジの悲鳴と、少女達の歓声が起こっている。
 (・・・HPでも更新するか・・・)
 千雨は背後の狂宴を一瞥すると、自室へと帰った。

ハロウィン祭、当日―
 学校が休校となる日曜日、シンジはウルスラに来ていた。自分が料理を教えた、高音達の成果を見たかったからである。が―
 「たくさん御客がおるんやなあ」
 「全くです。おや、このジュースはウルスラだけの限定販売みたいですね」
 「ゆ、ゆえゆえ〜置いてかないでよ・・・」
 「シンジさん、このアクセ可愛いですよね?」
 「木乃香、足元気をつけなさいよ」
 シンジの周りには図書館探検部の4人とアスナがいた。だがそれだけではない。
 「ふむ。かなりの人混みだな」
 「そうね・・・くぎみー、これ良いと思わない?
 「くぎみー、言うな!」
 「お、一等はテレビかあ、ちょっと遊んでみようかな・・・」
 後ろには柿崎美砂、釘宮円、椎名桜子のチアリーディング部3人娘と真名が続く。更に言えば木乃香を護衛する為に、少し離れた所には刹那がいる。そして一行とは既にはぐれてしまっていたが、離れた場所には鳴滝姉妹と楓も来ていた。
 「それで、これからどこへ行くんや?」
 「最初に高音先輩のクラスだな。まずは挨拶に行かないと」
 「あら?近衛さんと龍宮さんじゃないですか」
 声をかけてきたのは、ショートヘアーの少女であった。隣には髪の毛を左右に三つ編みにして垂らしている、大人しそうな眼鏡の少女が立っている。
 「佐倉さんと夏目さんか。高音先輩のとこへ行くの?」
 「はい、そうです。近衛さんも・・・って大勢なんですね」
 「お兄ちゃん、この人達は誰なん?」
 初めて見る顔に、興味深々の木乃香。周囲も似たような感じだが、夕映とハルナは若干だが表情が険しくなっている。
 「こちらが本校に通ってる佐倉愛衣さん。そちらが芸大付属に通ってる夏目萌さん。2人ともみんなの1つ下になるんだよ」
 「へえ、そうなんか〜。うちはお兄ちゃんの妹で近衛木乃香言うんや。2人ともよろしゅうなあ。ところで、お兄ちゃんとは知り合いなん?」
 「ええ、シンジさんには、貴重な体験をさせて貰えました。おかげで私達、自分に自信が持てるようになったんです」
 ジト、と冷たい視線がシンジに刺さる。
 「だから勘ぐりは止めてくれ!」
 「まあ良いです。シンジさんが無自覚なのは、今に始まった訳ではありませんから」
 自動販売機で売っていた『セロリ100%・微炭酸』を飲みながら、夕映が一歩前に出る。
 「でもシンジさん、女性を中心に、友人を増やしすぎるのは誤解を招く元だと思うのですよ」
 「別に意識して増やしている訳じゃないんだけど」
 「「「「「なお、悪い」」」」」
 周囲からの断罪に、シンジは言葉も無かった。

1−A喫茶店―
 「おはようございます、陣中見舞いに来ました」
 「あら、来てくれたんだ」
 前日まで料理を教えていた事もあり、シンジは全員に顔を覚えられていた。そのせいかシンジが来るなり、ウェイトレス役の少女達が集まって来たのである。
 「これ、お土産です。みんなで食べて下さい」
 「ありがとう、高音は今忙しいから、後で呼ぶね」
 「分かりました。あと12人なんですけど、席取れますか?」
 「団体客さんは歓迎するわよ」
 席へ案内される一同。シンジの奢りという事もあり、遠慮なく注文していく少女達に、シンジは苦笑いするしかない。
 そんな状態の中で談笑していたシンジ達だったが、一瞬にして緊張が走った。
 「来てくれたんですね、近衛さん。愛衣も萌も来てくれてありがとう」
 「ええ、陣中見舞いに。でも客入りは心配なさそうで良かったですね、高音先輩」
 「お姉さま、繁盛してますね」
 「そうですね」
 朗らかに笑う愛衣や萌とは対照的に、夕映とハルナの全身に緊張が走る。
 「そうだ、忘れないうちに頼んでおかないと」
 「何かあったんですか?」
 「ええ、これを頼みます。代金はこちらで払いますから」
 手渡された紙片をチラッと見ると、高音はニッコリと笑って承諾する。その様子に、夕映とハルナの目つきが険しくなる。
 「それじゃ、オーダーしてくるから、ゆっくりしていってね」
 立ち去る高音。だがその程度で、2人の少女が高ぶる感情を押さえられる訳が無かった。
 「白状するです、シンジさん」
 「シンジさん、本当にさっきの人とは何でも無いんですか?」
 怒りで目を引き攣らせている夕映とハルナに対し、必死で無実を主張するシンジ。その光景に初めて会った愛衣と萌もピンと閃いた。
 (・・・龍宮さん、あちらの2人は近衛さんの彼女なんですか?)
 (・・・いや、早乙女は片想い、綾瀬は意地の悪いお兄ちゃんという所だ)
 (・・・三角関係なんて、初めて見ました)
 ヒソヒソと会話する3人に、夕映がギンッと凶眼を向ける。その迫力に、慌てて視線をそらす3人。
 だが周囲はそんな事などお構いなしの傍観姿勢である。夕映とハルナを煽り、その反応を肴に、お茶とお喋りを楽しむ。
 それからしばらくして、姿を消していた高音が注文のお菓子を持ってきたのだが―
 「・・・人数が増えてますわね」
 「失礼させてもらうでござるよ」
 「へえ、貴女が噂の高音先輩かあ」
 「お、お姉ちゃん。喧嘩売っちゃ駄目です」
 楓と鳴滝姉妹が、ちゃっかり隣の席を占領していた。
 聖ウルスラは女子高なので、少女がいる事自体は珍しくもなんともない。極々ありふれた、一般的な光景である。
 だがその中心に1人だけ少年が混じっていれば話は別である。
 隣近所のクラスから噂を聞きつけてやってくる女生徒や、物見高い一般客等はヒソヒソと囁き合う。
 そんな光景を、高音は少し離れた場所から、改めて見直した。
 何だかんだ言いながら、近衛シンジという少年の周りには、人が集まってくる。これはある意味、才能かもしれないと考えた。
 一匹狼のプロ龍宮真名。抜き身の剣のように危うい桜咲刹那。魔法生徒の中でも特に腕の立つ2人がペアで組んでいたのは、多分に協調性に問題があった為に、組みたがる者がいなかったというのが本当の所である。
真名は良く言えばクールだが、あまりにもドライすぎる。共闘しても一体感が湧いてこないのでは、組む方も辛い物がある。
刹那は自分に厳しく、結果として自身を疎かにしがちである。木乃香を第一に考える姿勢は護衛者としては問題ないが、それに付き合わされる方は堪ったものではない。
そんな2人から、シンジは『世界樹防衛なんてやりたくない』と言いながら、きっちり信用を勝ち得ている。実際、真名はこの場所にまでついてきているし、刹那も木乃香の護衛と言う事で廊下の外に待機しているが、シンジの奢りという事で持って行った紅茶とクッキーのセットは素直に受け取っていた。
(これで勤勉だったら、文句はないのですが)
夕映に首を絞められるシンジの姿に、高音は小さく笑うと、別の来客の対応に向かった。

それからしばらく経ったクリスマスイブの日―
 麻帆良学園中等部女子寮では、寮に残っていた者から希望者を募って、クリスマスパーティーを行っていた。
 メインの参加者は2−Aのメンバーであるが、それ以外にもまだ帰省していなかった生徒達も一緒になって騒いでいる。
 お祭り騒ぎが好きな者が多いおかげで、盛り上がる事に関しては全く問題はない。彼女達の様子を見ていてシンジが心配するのは、終わった後の後片付けだったりする。
 もっとも、芸の1つとしてチア部3人娘がチアガール姿でチアリーディングを始めた時には、シンジも直視するのが躊躇われて困った物ではあった。
 だが全体的に見れば、イベントは無事に終わったという事だけは断言できた。
 「よし、そろそろお開きにしようか。全員で一気に片付けよう」
 「えー、もう?」
 「片づけないと明日の朝ご飯を食べる場所が無くなるぞ」
 ブー、と言いながら風香が素直に取りかかる。
 「それなら誰かの部屋で2次会をやれば良いだろう?みんなでお菓子を持ち寄れば問題は無いんだし」
 「おお!よし、史伽やるよ!」
 「お姉ちゃん!?」
 急に動きが良くなった風香に笑いながら、全員で後片付けをテキパキと進めていく。人数が多い事もあって、片づけは30分程で終わった。
 「みんな、片づけに協力してくれてありがとう。また年末年始に寮に残る人達でイベントをやるので、もし良かったら参加して下さい。それじゃあ、解散と言う事で」
 ワイワイガヤガヤ騒ぎながら、食堂から徐々に人影が減っていく。そんな中、人の流れに逆らって、シンジに近づいてきた影があった。
 「どうしたの?早乙女さん」
 恥ずかしそうに顔を俯けるハルナ。だが―
 「・・・そこの外野、一体何をニヤニヤ笑ってるんだ?」
 ハルナの後ろ、ちょうど壁に隠れるように複数の少女達が、シンジとハルナのやり取りを覗き込んでいたのである。
 「ちょ!何覗いてんのよ、アンタらは!」
 「親友の一大決心を見守っていただけです。どうぞ、お気になさらず」
 「ハ、ハルナ、頑張ってね」
 「どっか行けええええええ!」
 噴火したハルナに、慌てて走り去る2−Aの野次馬メンバー達。
 「・・・早乙女さんが怒った所って初めて見たなあ」
 「あ、あの、これは」
 「別に怒るぐらい、誰でもする事だよ。気にする事なんてないから」
 食堂からは、人影は無くなっていた。残っているのは戸閉まりの確認をしていたシンジと、ハルナだけである。
 彼女は両の拳を力一杯握り、緊張で全身を震わせていた。
 「どうしたの?」
 「ししし、シンジさん!」
 「な、何?」
 「私、貴方の事が好きです!私と付き合って下さい!」
 顔を真っ赤に染め上げた少女は、強い覚悟を秘めた瞳で、少年を正面から見つめていた。

寮監室―
 ガタンッ!
凄まじい勢いで、ドアはノックも無しに開かれた。いや、これほどの音となると、開かれたという穏便な表現では追いつかない。蹴り破られたと表現が正しいだろう。
そして騒動はまだ収まらない。
複数の足音が、ドスドスと聞こえてきたからである。
「お兄ちゃん!どういう事や!」
何の気なしにテレビ番組を見ていたシンジは顔をあげた。そこに立っていたのは妹である木乃香を筆頭に、夕映、アスナ、和美、鳴滝姉妹、古と続き、一番後ろに楓が立っていた。
楓は、表情から判断する限り冷静である。どちらかと言うと、乗り込んできた少女達を止める事が目的なのだと推測がついた。
そして木乃香を筆頭とした7名は、全身で怒りを表現していた。
「・・・早乙女さんの事かい?」
リモコンでテレビを消すと、シンジは向き直った。
「そうや。お兄ちゃん、何でハルナに応えなかったんや!ハルナが本気だという事が分らんかったん?」
「早乙女さんが本気なのは分かったよ。だから断ったんだ」
「なんでや!」
まだ湯気の立つお茶を啜りながら、シンジは辛そうに返した。
「僕は早乙女さんを恋愛対象として見ていない。それが理由だよ」
グッと口籠る木乃香。他のメンバーも似たり寄ったりである。
「で、でも。断る事はなかったんじゃ・・・」
「神楽坂さん。君にだって好きな人はいるだろ?もし告白したとする。それで相手に『とりあえず付き合おうか』とか『断るのは可哀そうだから』みたいな考えでつき合う事になったとして、そんな事に耐えられるのかい?」
言葉にするまでもなく、そんな事はお断りである。だからアスナも何も反論できなかった。
「それにね、僕は相手が誰であっても、付き合う事はできないんだよ」
「・・・どういう意味や?」
「木乃香、教えてほしい。人を愛する、ってどういう事なんだ?人から愛される、ってどういう事なんだ?」
キョトンとする少女達、彼女達には、目の前の少年が何を言っているのかが、全く理解できなかった。
「分らないんだよ。僕には全く理解できないんだ。誰かを愛する、誰かから愛される。僕には全く理解できない感情なんだよ」
「な、何を言ってるんや?」
「好きになる、だったら僕にも分かるんだ。でも愛する、愛されるという感情は、僕には理解できないんだよ。だって、そんな物知らないから」
寮監室が凍りつく。
「ちょ、ちょっと!近衛さん、何訳の分らない事言ってるのさ!それぐらい誰だって経験あるだろ?親に愛されるとか、恋人に愛されるとか!それに近衛さん、恋人だっていたんでしょ!?」
慌てたように和美が叫ぶ。だがシンジの反応は変わらない。
「ああ、恋人なら確かにいたよ。僕を利用する為に近づいてきた女の子だったけどね」
誰もが驚きで体を硬直させたまま、かける言葉を見つけられない。
「少し、昔話をしてあげるよ。僕の母さんは物心つく前には死んでいた。父さんは仕事の為に僕を捨てた。僕を育てた叔父夫婦は、養育費目的で僕を受け入れ、家族として迎えいれてくれた訳じゃなかった」
「お、お兄ちゃん?」
「14歳になって父さんに呼ばれてからも、それは変わらなかった。父さんは自分の目的の駒として僕を利用する為に、僕を呼び寄せただけだった。僕と一緒に暮らしてくれた父さんの部下の人も、自分の目的の駒としてしか僕を見ていなかった。僕の健康管理を担当していた人は、貴重な被研体としてしか僕を見ていなかった。そんな中でも、僕には好きな女の子が3人できた」
まるで小説でも朗読している様に、スラスラと言葉を紡ぐシンジ。その口調には、少しの抑揚も無く、不気味さすら感じられるほどである。
湯呑に残っていたお茶を飲み干すと、シンジは再び口を開いた。
「僕が初めて好きになった子は綾波レイ。アルビノの女の子で無口な子だったよ。結果的に恋人にはならなかったけど、向こうも僕に好意を持ってくれていた。そう、僕を助ける為に死んでしまうほどにね」
「「な!?」」
思わず声を張り上げる双子姉妹。だがその驚きは、少女達全員が感じていた。
「今でも思う。僕を好きにさえならなければ、レイは死なずに済んだんじゃないかって。僕とレイはお互いに好きになってはいけなかった。それが現実なんだって」
「そ、そんな事無い!そんな事、絶対にない!」
「なら教えてあげるよ。レイはね、僕の父さんが計画していた、狂った実験の副産物としてこの世に生を受けた、僕の実の妹だったんだよ」
その言葉に、少女達は言葉を無くし、全身を強張らせた。
「父さんが計画していたのは、死んだ母さんと再び出会う事。その為の駒として、レイはこの世に生を受けた。そして僕は、レイが死んだ後で、死んだ筈のレイに出会った。その後で、僕は父さんの懐刀であり愛人だった人からレイの真実を教えられたんだよ。今でもハッキリ覚えているよ。1人目のレイは幼い頃に死に、僕の知っているレイは2人目だった事。そして僕を守り命を落とした2人目のレイから、魂を移したのが僕の事を覚えていない3人目のレイである事。そして僕は見せつけられたんだよ。大きな水槽の中に、30体ぐらい浮かんでいた、レイの器となるクローンの肉体。自我の無いタンパク質の塊は、父さんの愛人だった人の復讐によって、僕の目の前で全て朽ち果てされられた。まるで腐乱死体のように、グズグズに崩れ落ちてね」
ペタンと崩れ落ちる木乃香。彼女は体を震わせて嗚咽を上げ始めたが、誰も気遣う余裕を持てなかった。
夕映も、アスナも、古も、和美も、風香も、史伽も、楓も、誰一人としてシンジを直視できずに、視線を逸らす事しかできなかった。
レイの真実を知ったシンジの心の傷。それは少女達の常識を超えた、あまりにも深すぎる傷だったから。
「これ以上は耐えられそうになさそうだから、話はここまでにしておくよ」
湯呑から手を離し、少女達を掻き分ける様にして寮監室の外へと出て行くシンジ。少女達は、返すべき言葉もないまま、その場に立ち竦む事しか出来なかった。

翌朝―
 シンジの元へ夜遅くに乗り込んだ少女達は、気まずいまま、重い足を引きずって食堂へ向かっていた。
 少年の人としての壊れ具合は、少女達の手に余った。だが―
 「あれは・・・ハルナ?」
 食堂には、2−Aのメンバーが既に集まり、朝食を摂っていた。その中に早乙女ハルナの姿もあった。しかし、気になったのは―
 「ハルナ、何で厨房の中にいるですか!?」
 「お、ゆえ吉じゃん。おはよう」
 「お、おはようです、じゃなくて、どうして中にいるですか!」
 「ん?そりゃ働いてるからに決まってるけど?」
 『何でそんな事を訊くのさ?』と言った感じでアッサリと返すハルナ。
 「昨日、ゆえ吉から教えて貰ってさ、色々考えた。で、私は決めた」
 「な、何をですか?」
 「1回ふられたぐらいで諦めるか!文句があるならかかって来いや!」
 同時に周囲から『おー!』とか『パル、頑張れ!』等と声援が飛ぶ。
「それにさ、シンジさんが『愛される』という事を知らないなら、私が教えてあげれば解決じゃん、と思ったのよ。だから学園長に連絡して、事情を説明して特例でアルバイトを認めて貰ったという訳」
視線をずらすと、そこには困り果てたシンジが立っている。
 「・・・朝からこの調子なんだよ。お爺ちゃんからも連絡は来るし・・・」
 「と、言う訳でアルバイトとしてこの場にいるんだよ」
 「そ、そうだったですか」
 想像以上に強かだった親友の姿に、夕映も言葉が無い。だがその明るい顔を見る限り、彼女の選択は間違っていないだろうと思った。



To be continued...
(2011.10.22 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は前回同様、ホノボノ路線→超シリアスという展開です。というか、今回は最初から最後まで、ハルナに焦点を当てる為の話でもあったんですが。まあ、メインヒロインの面目躍如という所でしょうか。
 ちなみに今作のシンジについてですが、レイにもアスカにも好意を持っていたという設定です。アスカについては前回の5話でチョロッと出ておりましたので、今回はレイにシンジの想い出話という形で登場させました。ちなみに、シンジの初恋相手はレイという設定にしております。ラミエル戦の後で惚れた、と言う事で(その後でアスカとも仲良くなっているので、タラシの素質十分ですねw)。まあ、その後で色々あり過ぎた訳ですがw
 ちなみに、ハルナには今後もとことん頑張って頂きます。メインヒロインらしくね。
 話は変わって次回ですが、1週間後の年末年始ネタです。
 女子寮で企画された年越しパーティー。ハルナを応援するクラスメートや、タカミチや近右衛門達教師メンバーとともに、年越しパーティーを楽しむシンジ。そんな中、シンジに迫る影・・・そんな話になります。ネギ登場前の最期の話になりますが、是非、次回もお読みください。
 それではまた次回も宜しくお願い致します。



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