正反対の兄弟

第七話

presented by 紫雲様


麻帆良学園中等部女子寮―
 壁に張り出された宣伝に、人だかりができていた。
 「年越しパーティーか。確かに騒ぐには格好の口実だね」
 誰かの何気ない言葉に、数名がウンウンと頷く。
 「30日までに大掃除を終了。31日の朝から、全員で蕎麦とおせちとお餅作り。1日になったら参加者全員で龍宮神社へお参り、か」
 「ふむ、面白そうネ。私は参加するヨ」
 「おお!お土産に参加者には年始用おせちか!」
 この寮に住んでいるメンバーにも実家はある。だが2−Aに限って言えば、実家へ帰省するメンバーは少数派であった。
 どちらかと言うと、家に帰るより、寮でみんなで騒ぐ方が好きだからである。
 「拙者も参加するでござるかな。超殿とシンジ殿が料理の中心ならば、相当、期待できそうでござる」
 「さすが楓姉!史伽、参加するよ!」
 「うん!」
 その言葉に続くかのように、参加者は次々に増えていった。

麻帆良学園学園長室―
 「ほう?年末年始パーティーじゃと?」
 「そういう事。お土産におせちも出るけど、お爺ちゃんから先生達に連絡して貰えないかな?勿論、お爺ちゃんの参加も歓迎するよ?最近、木乃香とスキンシップ取ってないだろうし」
 「ふむ。面白そうじゃのう。よし、費用は儂も負担してやろう。先生達にも連絡はしておいてやろう」
 即答する近右衛門である。
 「お爺ちゃんは大学部を中心に連絡をお願いするよ。小・中・高等部は掲示すれば、済む問題だからね。掲示の許可だけ欲しいんだ」
 「よしよし、認めよう」
 「ありがとう、じゃあ早速貼ってくるよ」

麻帆良学園中等部職員室―
 「失礼します」
 「おや、シンジ君じゃないか」
 タカミチの声に、職員室にいた教師達が一斉に視線を向けた。
 「おはようございます、高畑先生。ちょっと用事があって来ました」
 「ん?どんな用事かな?」
 「実は、これなんですよ」
 手作りの宣伝を見せるシンジに、タカミチが面白そうに声をあげた。
 「お蕎麦とおせちとお餅作りか。いかにも日本の正月って感じだね」
 「特に2−Aは帰省組が少ないので、みんな乗り気なんですよ。ただやる気と料理の技術レベルは比例する訳じゃないので」
 「なるほど、確かにその通りだ」
 笑いながら応じるタカミチ。
 「女の先生はおせちの方で、男の先生はお蕎麦やお餅の方で戦力として参加してほしいんです。お爺ちゃんには許可を取ってあるんで、これ貼っていきますね」
 「ああ、いいとも。それと僕も参加させて貰うよ」
 「分りました。他にも希望者の方がいれば、連絡を下さいね」

聖ウルスラ女子高等部職員室―
 凄まじいまでの緊張感が、職員室を支配していた。
 「・・・貴方は私に喧嘩を売っているのかしら?」
 「いえ、喧嘩なんて売ってませんよ。からかうと面白い人だなあ、とは思いますけど」
 職員室の片隅から失笑が漏れる。その失笑の持ち主に、ギンッ!と凶眼を向けると、シスター・シャークティーは渋々と掲示を認めた。
 「学園長の許可があるなら認めましょう」
 「ええ、ありがとうございます」
 そこへガラガラと戸が開いた。
 「失礼します、あら?」
 「高音先輩、ちょうど良かった」
 手にしていた宣伝をスッと差し出す。何に疑いもなく受け取った高音は、すぐに目を通した。
 「これは!・・・これは参加人数に制限はあるのかしら?」
 「いえ、特にはありません。参加を決めているのも、今のところ、女子寮の子達と高畑先生ぐらいですね」
 「良いですわ、私も参加します。知り合いにも声をかけてみますので、決まったら連絡を入れますわね」
 「分りました、じゃあよろしくお願いします」
 
麻帆良学園大学部―
 「ふぉっふぉっふぉ、頑張っ取るのう、明石君」
 「学園長、陣中見舞いですか?」
 麻帆良の情報網を一手に引き受ける情報管理室に、近右衛門は顔を出していた。
 「お土産とは言い難いが、ちょっと見せたい物があってのう?」
 「見せたい物、ですか?」
 近右衛門が取り出した宣伝に、明石教授は『ほう』と声を上げた。
 「どうやら男手が少ないようでな。お餅をつくとなると、タカミチ君1人ではきついじゃろう。幸い、明石君の娘さんも参加するそうじゃし、親子一緒にどうかのう?」
 「ええ、良いですよ。お土産のおせちも、超包子が協力するなら期待できそうですからね」
 「では明石君、仕事を増やして申し訳ないが、参加者のリストを作ってシンジに連絡を頼めるかのう?」
 「分りました。明日までに連絡しておきますよ」

エヴァンジェリン邸―
 「・・・やっと私への頼み事を決めたのかと思ったのだがな・・・」
 ソファーに横になりながら、エヴァンジェリンは呆れたように呟いていた。その前に、茶々丸が湯気の立つ紅茶を置いていく。
 「ありがとう、茶々丸さん」
 「はい。どうぞ、ごゆっくり」
 エヴァンジェリンの後ろに待機する茶々丸。そんな茶々丸から視線を外すと、シンジは再度、目の前の少女に視線を向け直した。
 「折角の真祖への頼み事なんだよ?どうでも良い事に使うなんて、勿体なさすぎて出来ないとは思わない?」
 「・・・む、確かにそうだな・・・」
 「それに、今回のパーティーは、エヴァンジェリンさんにとってもメリットは大きいんだ」
 「ふむ、言ってみろ」
 紅茶に口をつけつつ、エヴァンジェリンが先を促す。
 「おせちは、僕と木乃香と長瀬さんの和風おせちに加えて、超包子3人娘の中華おせちとの混合だ。どこへ行っても買う事の出来ない、オリジナルだよ」
 「ちょっと待て!それのどこがメリットだ!」
 「そう思う?超包子の中華風おせちに、エヴァンジェリンさんが堪能する価値等無いと?いつから、そんな味覚障害に陥ったんですか?」
 む、と呻き声をあげるエヴァンジェリン。彼女にしてみれば、超包子の料理は好みであるし、味わうだけの価値はあると評価している。だが超包子のおせちとなると、確かに味わった経験は皆無であった。
 「それともう1つ。新年参りまで付き合う先生が何人かいるんだけど、その人達はお酒を持参すると言ってたよ」
 「・・・酒?どうせ安物・・・」
 「お爺ちゃんは灘の純米大吟醸を持ってくるって」
 「あのジジイ!そんな良いのを持ってるなら、献上しに来い!」
 怒りで立ち上がるエヴァンジェリン。そんな主を、背後で待機していた茶々丸が、オロオロしながら『落ち着いて下さい、マスター』と声をかける。
 「高畑先生は、この前出張先で買ってきた、外国のワインと地ビールを持ってくるって言ってたな」
 「タカミチブルータス!お前もか!」
 「と言う事でどうかな?多少の労働と引き換えに、31日の食事全部と美味しいお酒。お土産におせち料理とつきたてのお餅だよ」
 むむむ、と悩み始めるエヴァンジェリン。もう一押し必要かと判断したシンジは、最後の一手を打った。
 「厨房で茶々丸さんに料理を手伝って貰えれば、気に入った料理を再現して貰えるだろうね」
 「・・・はい、確かに可能です」
 「ええい!行けばいいのだろうが!」
 こうして食の誘惑に負けた吸血鬼の真祖も参加が決定した。

そして当日―
 「企画しておいて何だけど、たくさん集まったなあ」
 シンジの言葉に、一斉に笑い声が上がった。
 「じゃあ、担当を発表しますので、手分けして作業に移って下さい。まず蕎麦ですが、蕎麦打ちの経験のある瀬流彦先生をリーダーに、弐集院先生、神多良木先生と聖ウルスラの方にお願いします」
 「おや、私が蕎麦かね?」
 「大量に作るんで、体力いりますよ?」
 「面白い、受けて立とう」
 妙に乗り気な神多良木である。
 「最初は瀬流彦先生から、基本的な作り方を教わってください。お蕎麦は夕食として食べますから、それまでに用意して貰えれば問題ありません」
 「分かったよ、それじゃあお蕎麦組は作業場に移動しようか」
 ゾロゾロと移動していくメンバーから視線を外すと、次の説明に移る。
 「次はお餅組です。まずこの場に残っている男の教師と生徒の方全員。それから大河内さん、龍宮さん、源先生、以上です」
 「男の先生は理解できるけど、私達3人が入った理由は?」
 「お餅は力も必要ですけど、サポートに加われる繊細な心遣いのできる人も必要なんですよ。それに綺麗どころがいた方が、男の先生も気合いが入るかと。と言う訳なので、思う存分、女の魅力を発揮して下さい」
 「あらあら、随分口が上手ね」
 クスクス笑うしずな。そんな彼女とともにお餅担当もぞろぞろと動き出す。
 「お父さん、頑張ってよ!」
 「はっはっは、ぎっくり腰にならない程度に頑張ってくるよ」
 明石教授の自虐的な冗談に、周囲から失笑が漏れる。
 「次はおせち組。木乃香、長瀬さん、超さん、古さん、茶々丸さんを中心に。食事の準備は僕と早乙女さんと四葉さんと那波さんを中心に。2−Aメンバーはおせち組に、他の人は食事組に回って下さい。以上ですけど、問題はありませんか?」
 「「「「「パルと2人きりじゃなくて良いんですか?」」」」」
 一斉に返ってくるからかいの声。
 「はいはい。からかいよりも手を動かすように、お昼、手を抜くぞ?」
 「げ。それは嫌だ」
 「それじゃあ、取り掛かるよ」
 シンジの号令の元、料理が開始された。

お蕎麦組―
 瀬流彦の指導の元、蕎麦打ちは順調に進められていた。だが打ち手によって、かなりの特徴が現れていた。
 瀬流彦は無駄のない動きで、お蕎麦を量産していく。生産量ならば、ダントツ一位である。
 弐集院は体重を活かして、幼い娘の応援のもと、生地を良く踏んでいる。彼の体型を考慮すれば、とんでもなく腰の強い蕎麦が生まれそうであった。
 神多良木は豊富な体力に物を言わせて、全身の筋肉を効率よく動かして、蕎麦を打っている。
 「これ、頼んだよ」
 十分に練られた生地を、お蕎麦としてカットしていくのは聖ウルスラから参加の女子生徒達である。帰省組が多いので参加者は5名ほどだが、それでもやる気は豊富にある。特に高音は、蕎麦打ち初体験と言う事もあり、異様にテンションが高かった。
 「さあ、どんどん来なさい!全部切って差し上げますわ!」
 「高音君。あまり張り切り過ぎて、指を切らないようにね」
 瀬流彦の忠告も、今の彼女の耳には届かなかった。

お餅組―
 5組の臼と杵を使い、彼らは早速餅つきに取りかかった。
 「何だ、あのスタミナは!全くペースが変わってねえぞ!」
 「さすがデスメガネ!」
 気で腕力を強化したタカミチは、汗一つかかずにお餅を大量生産していく。その生産速度は、他を圧倒する物があった。
 そうなると、当然の如く、周囲の注目も集まる事になる。
 「高畑先生、凄いですわね」
 「いやいや、これぐらい」
 感心したように目を見張るしずな。こうなると、他へも強く影響を及ぼしていく。
 「うおおおおおお!」
 若さ溢れる男子生徒が雄叫びをあげて頑張る中、明石教授が呆れたように呟く。
 「おいおい、頑張るのは良いが怪我だけはしないでくれよ」
 「裕奈のお父さん、もう少し、ゆっくりで良いですか?」
 「ああ、分かったよ」
 お餅をひっくり返す役はアキラである。
 「もっと丁寧につけ。美味しいお餅は力だけではできんぞ」
 実家の龍宮神社で餅つきの経験のある真名は、力任せになりがちなメンバーに注意して回っている。
 「むう、たかが餅だと思っていたが、意外にこれは・・・」
 悪戦苦闘中なのはガンドルフィーニである。近接戦闘のスペシャリストなので、体力には余裕がある。だが餅つきは勝手が違う事もあり、少々、心もとなく見える。
 「ふぉっふぉっふぉ、若いんじゃから頑張って貰わんとな」
 「あまり身を乗り出さないで下さい。慣れないせいか、杵を後頭部に振り下ろしそうで」
 「ふぉ!?」
 慌てて身を引く近右衛門であった。

おせち組―
 「さあ、がんばるえ〜」
 「細かい味付けは私達でやるネ。料理のできない人は野菜の皮むきや洗い物を、包丁が使える人は材料のカットを頼むヨ」
 木乃香と超の音頭の元、おせち料理は開始された。だが2−Aにトラブルが起きない事など無い。
 「・・・おかしいわね。ジャガイモが芯しか残って無いわ」
 「アスナ、どうやったらピーラーでそこまで削れるですか?」
 頭を押さえながら、他に視線を向ける夕映。
 「踏み台!踏み台はどこ!」
 「大根、切れました」
 「・・・刹那さん、切る時は包丁でお願いします」
 「ごめん、お皿割っちゃった!」
 作業場である食堂は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌していた。
 それでも完全に脱線しないのは、参加者全員が真面目にやるつもりでいるからである。
 (・・・まあ、良しとしましょうか。ミスがあっても超さんや木乃香がフォローしてくれる筈ですから)
 そう前向きに考えると、夕映はニンジンのカットに取りかかった。

食事組―
 シンジ達は昼食・夕食・間食の準備に取り掛かっていた。
 「まずはお昼。それから夕食。さいごに夕食のあとからお参りまでの時間、みんなで騒ぐだろうから、その間のおつまみという順番で準備にかかります。基本は主食はオニギリとサンドイッチ、あとはおかず。バイキング形式で取れるように作ります」
 周囲から一斉に承諾の返事が上がり、厨房を占領して仕事が始まる。
 参加者は合計すると、70名以上。それだけを準備するのだから、仕事も大忙しである。
 「豚汁用の豚肉どこだっけ?」
 「トマト5個取って!」
 厨房の中も食堂のおせち組同様に、戦場である。一応、作るメニューは事前に決めてあったので、混乱はほとんど無い。
 「四葉さん、弐集院先生のお子さんには、お昼のメニューでは対応しづらいのでは??」
 「そうですね。それじゃあ、後でオムライスでも作ってあげましょう」
 主力に挙げられた2人は、かなりの余裕である。そんな2人を、呆れたように眺める視線があった。
 「「2人とも手慣れてるわねえ」」
 刀子とシスター・シャークティーである。この2人も自炊はしているのだが、それでも四葉や那波の実力には届かなかった。
 「おや、泣きごとを言うには、幾らなんでも早すぎますよ?」
 「クッ・・・言いたい事を言ってくれますね」
 シンジのからかいに歯ぎしりするシャークティー。当のシンジはと言えば、豚汁用の野菜を、愛衣や萌に切り方を教えながら、自分も包丁を振るっていた。
 「料理の得意な女の子は、引く手数多ですから、間違いなく有利になるかと」
 ピクン、と数名が反応する。
 「あ、あの、やっぱり近衛さんも料理上手な女の子が良いんですか?」
 「そりゃそうだよ。作る方専門じゃねえ。僕だって好きな女の子の手料理とか食べてみたいし」
 愛衣とのやり取りに、シンジの隣を占拠していたハルナが耳をダンボにする。
 「し、しかし、愛情さえ籠っていれば!」
 「現実的に考えて、美味しい料理を作れる方が有利だと思いますよ。実際、そういう実例を目にしましたから」
 「・・・参考までに聞かせてもらおうかしら?」
 やや剣呑な空気をまき散らし始めた刀子に、周囲が少し距離を取る。
 「僕の友達なんですけどね。仮に名前をトウジとしておきます。このトウジは、僕みたいな男友達と馬鹿やるのが好きで、男は硬派や!と言うのが口癖でした」
 「・・・今どき珍しい性格ね」
 「そのトウジを好きな子がいたんです。こちらは名前を、仮にヒカリとしておきましょうか。このヒカリさんは、委員長と普段から呼ばれていて、とにかく真面目でした。でも普段からトウジを叱ってばかりだったので、自分は良く思われていないと考えていたんです」
 シンジの話に、いつの間にか聞き耳を立てる少女達。
 「2人とも母親がいなくて、ヒカリさんは普段から炊事をしてました。トウジは料理ができる人が家にいなくて、冷凍食品ばかり食べてました。そこでヒカリさんが思いついたのが、作り過ぎたお弁当を処理してもらうという口実で、お弁当を渡す、という方法だったんです」
 「おお!それでどうなったんですか!」
 「この作戦は見事に当たりました。トウジはすっかり餌付けされて、ヒカリさんに叱られる際『もうお弁当は作ってきてあげないからね』と言われると平謝りするようになりました。それどころか、トウジの家に食事を作りに行くようにもなり、トウジの妹はおろか父親や祖父すらも味方につけました」
 ざわめく少女達。シンジの向かいにいた刀子やシャークティーは愕然としている。
 「分りますか?美味しい料理を作れる。ただそれだけで、中学生だった女の子が、相手の男を支配下に置くどころか、その家族すらも味方にしてしまったんですよ?」
 「ちゅ、中学生に負けた・・・」
 「何てこと・・・」
 ガックリ項垂れる刀子とシャークティー。
 「とまあ、こうならない為にも、料理技能は女のプライドと、男を支配下に置く為に重要なスキルと言う訳。分りました?」
 「「「「「「はーい!」」」」」」

そして時間は流れ、夕食の時間―
 「今日はご苦労様でした!それではみなさん、乾杯!」
 早速、騒ぎ始める一同。それぞれが思い思いの料理を手に取り、話に花を咲かせる。
 「ふぉっふぉっふぉ、では飲むかの」
 「おい、じじい。開けるぞ」
 「マスター、こちらをどうぞ」
 早速、酒宴を開いているのは近右衛門とエヴァンジェリンである。その一方で茶々丸は肴になりそうな物を手に、エヴァンジェリンの横に移動していた。
 「いたたたた。こ、腰が」
 「おいおい、大丈夫かね、ガンドルフィーニ」
 「今晩は湿布を貼っておいた方が良いよ」
 「みなさん、こちらをどうぞ」
 食堂の片隅では、ガンドルフィーニ、神多良木、タカミチ、しずなが集まっている。こちらも各自が持参したお酒を手に、気分よく楽しんでいる。
 「・・・ああ、お蕎麦が美味しい・・・」
 「・・・本当に、美味しいです・・・」
 「貴女達、本当に幸せそうに食べるんですね」
 こちらは愛衣、萌、高音である。一日中働いていた影響か、お蕎麦はスルスルとお腹の中に消えていく。
 「・・・やはり超包子の料理だけあるな」
 「・・・お嬢様の料理もなかなか・・・」
 「・・・頑張って作った甲斐があったでござるよ」
 こちらは龍宮と刹那、楓である。彼女達は作り過ぎて余っていたおせちに舌鼓を打っていた。その出来栄えは、彼女達の笑顔が証明している。
 「ゆえゆえは、近衛さんとこ行かなくていいの?」
 「のどか!?突然、何を言うですか!」
 「え、何々?綾瀬ってば略奪愛?」
 料理の載った皿を手にしながら、のどか、夕映、和美が騒いでいる。話題の焦点は、彼女達の視線の先にいる少年であった。
 「はい、シンジさん」
 「・・・ひょっとして、口を開けろと?」
 シンジの口元に、お箸で卵焼きを持っていくハルナ。その光景に、周囲の少女達から一斉に歓声が沸き起こっていた。
 「お兄ちゃん、大変やなあ」
 「というか、パルの行動力は凄いわ・・・私もあれぐらいやらないとダメなのかしら?」
 遠くから眺めているのは木乃香とアスナである。特にアスナは、ハルナの行動に思う所があったのか、チラチラと担任教師の方へ視線を向けていた。

新年のお参り終了後、麻帆良学園中等部女子寮屋上―
 時刻は夜の3時。シンジは先日、寮官室に放り込まれていた手紙の指示に従って、屋上へとやってきていた。
 「・・・遅刻しないとはさすがネ」
 「超さんか。こんな時間に何の用かな?今日は疲れたから、そろそろ眠りたいんだけど」
 「ふふ、それは悪い事をしたネ。でもすぐに済む用件ヨ」
 屋上にいたのは超鈴音であった。彼女は屋上の片隅で、無造作に立っている。
 「私は告白の為にここにいるネ。貴方の本音を聞かせてほしいヨ」
 「・・・告白?」
 「そうヨ。碇シンジサン」
 一瞬の静寂。だがシンジの雰囲気が明らかに変化していた。いつも漂わせている道化じみた雰囲気は完全に消え、代わりに張りつめた空気が周囲を支配する。
 「・・・どこまで知っている?」
 「国際連合非公開組織特務機関NERV作戦部所属。汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン初号機専属パイロト。サードチルドレンの碇シンジ。全15体の使徒の内、13体の撃破に関わたエースパイロトにして現代の英雄。そして現在はNERV本部から失踪中。私が知ているのは、そんなところネ」
 無言を貫くシンジ。目の前の少女が、知っている筈の無い情報を知っているという事実に、シンジは自身の警戒心を最高レベルにまで跳ね上げさせた。
 「でも、どうして近衛さんが、この麻帆良の地へ来たのか。どうして近衛を名乗るようになたのか。そう言たことまでは知らないヨ」
 「・・・鵜呑みにするとでも?」
 「そんな事は全く思ていないネ。ただ、まずは私のカードを知てほしかたヨ」
 全く無防備のまま、超はシンジに近寄っていく。
 「これは決して興味本位の質問では無いネ。でも訊かねばならない事」
 無言のシンジ、そして超は口を開く。
 「どうしてハルナの想いを受け入れないネ。彼女は貴方を一途に慕ているヨ?」
 「・・・僕の傍にいれば、確実に早乙女さんは辛い思いをする事になる。だから僕は彼女を受け入れない」
 「何故?ハルナは」
 「そちらこそいい加減にしろ、超鈴音。そんな事の為に、君は僕の過去を暴いたというのか?」
 静かに怒るシンジに、超は気落ちしたように応じた。
 「・・・勿論違うネ」
 「・・・本題に入ろうか。用件は?」
 「今はまだ詳しい事は言えないネ。でも今度の初夏に、私は行動を開始するヨ。私が守るべき者を守る為に、私が救いたい者を救う為に、私は汚名と引き換えに行動するネ。その時、貴方に力を貸してほしかたヨ。もう2度と失いたくないから」
 「超、君は知っているんだな?この世界に住んでいる者が、たった1人の例外を除いて知る筈の無い歴史を、君は知っているんだな?」
 超はハッキリと頷いた。
 「お願いネ。私に力を貸してほしいヨ!18番目の使徒、いや魔法使い達が旧世界と呼ぶこの世界の創造神である貴方の力を貸してほしいネ。もう2度と・・・大切な人を失いたくないネ・・・その為に、私は時を超えてきたヨ!」
 「・・・未来からの帰還者、そういう事なのか?」
 「そうネ。私が近衛さんの情報を知ていたのも、未来でそれに触れる機会があたからヨ」
 チャリッと音を立てて、懐中時計を取り出す超。だが時計の針は全く動いていない。
 「これは懐中時計型航時機カシオペア。莫大な魔力と引き換えに、時間遡航を可能にするネ。私は、2度とあの世界へ帰れない事を覚悟して、ここへ来たヨ」
 「・・・即答はできない。でも考えてはおくよ」
 「今はそれで良いヨ。夜遅くに呼び出して、すまなかたネ」
 踵を返すシンジ。階段を下りて行く足音が、超の元にまで届く。
 「貴方の心の傷は深いネ。でもその傷を癒してくれる人がいなければ、私の未来は変えられないヨ」
 「・・・今の話は事実なのか?超」
 スッと音も無く夜闇の中から姿を現したのは、真名であった。
 「全て事実ヨ。近衛さんは本来なら、英雄と呼ばれるだけの功績をあげ、神となった人ネ。でも心の傷が深すぎて、彼は絶望してしまたヨ」
 「それで早乙女とくっつけようとしているのか?」
 「ハルナは彼の事が好きネ。それなら後は本人次第ヨ」
 厳しい表情を崩さないまま、真名は口を開いた。
「超。1つだけ教えろ。それは近衛さんが解読中の禁呪の写本に関係があるのか?」
「禁呪の写本?それは初めて聞いた情報ネ!術の種類は分かるカ?」
「外道の類の書物だと言っていた。近衛さんの言う事を信じるなら、麻帆良の人間には使うつもりはないそうだがな。あと私の目に見えたのは、緑色のツタだった」
「緑色のツタ?まさか、ヤドリギだとすれば・・・」
超が答えを口にするのは間違いない。だから真名は催促の言葉が出そうになるのを必死で我慢した。
「近衛さんが解読しているのは致死の禁呪。神殺しの魔法ネ」
「神殺しの魔法?また御大層な・・・」
真名の言葉が不自然に途切れた。彼女は答えに気付いてしまったから。
絶望。創造神。神殺しの魔法。キーワードは全て揃っていた。
「超!そういう事なのか!」
「・・・彼の目的は、自殺ヨ。魂すらも消滅させ、輪廻転生すら断ち切り、完全に無へと帰ス。それがあの人の目的ネ」
碇シンジの死。それは超鈴音が絶対に防がないとならない事象であった。

絶望の中、死を望む英雄。その心に一石を投じる事になる、英雄の忘れ形見と邂逅するまで、あと1ヶ月という時間が必要だった。



To be continued...
(2011.10.29 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 遂に本編の前日譚、プロローグというべき部分が終わりました。思ったより長くかかりましたが、とりあえず書き上げる事が出来てホッとしております。
 明らかになったシンジの目的。シンジを慕うハルナ。歴史の改変の為、シンジの死を防がねばならない超。主要人物の思惑も明らかになった所で、次回からネギが登場します。
 シンジに対するネギの役割は、世間知らずな、天真爛漫な弟的存在です。自身と対極に位置するネギを通じて、かつての加持の立場に立つ事になったシンジがどう変わっていくか。最後までお見届け下さい。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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