正反対の兄弟

第八話

presented by 紫雲様


学園長室―
 「すまぬのう、わざわざ来て貰って」
 「いいよ、それぐらい。ところで、直接話したい事って何なの?」
 電話で呼び出されたシンジは、当然の質問をした。対して近右衛門は、豊な顎鬚を撫でながら、ふぉっふぉっふぉと笑う。
 「実はのう。明日何じゃが、イギリスから儂の知り合いの子が来るんじゃよ」
 「お爺ちゃんの知り合いの子っていうと、かなりの高齢なんじゃ?」
 「知り合いと言うても、婿殿より年下じゃよ」
 京都に住んでいる、恩人の事を思い浮かべるシンジ。詠春さんは40代だったよなあ、と今更ながらに思い出す。
 「それで、僕に何をさせたいの?」
 「うむ。頼みたい事は2つじゃ。まず1つ目は、明日の朝に駅へ来るその子を、ここまで連れてきて欲しいんじゃよ。その際、木乃香とアスナ君も同行させて欲しいんじゃ」
 「・・・また変な事考えてない?」
 疑いの眼差しを向けるシンジに、近右衛門は笑って誤魔化そうとする。
 「まあ、それぐらいなら良いけど、高畑先生には連絡入れておいてよ。お爺ちゃんの我儘で遅刻して、お説教なんて可哀想だからね」
 「それについては問題ないわい。ちゃんとタカミチ君には伝えてあるからのう」
 「分かったよ。それなら引き受ける」
 釈然としない物を抱えつつ、引き受けるシンジ。
 「じゃがのう。ここで1つ問題があるんじゃ」
 「問題?」
 「その子はまだ10歳でな、日本へは正式な魔法使いとして認められる為の最終試験の為に来るんじゃ。ところが、それが問題でのう」
 首を傾げるシンジ。
 「その最終試験というのが、ここで教師をする、という物なんじゃ」
 「・・・お爺ちゃん、一度病院で精密検査を薦めるよ。もしくはアルツハイマーの検査を徹底的に行うべきだと思うな」
 「ふぉ!?」
 孫の対応に慌てる近右衛門。このままでは呆け老人扱いされてしまうとあって、急に必死になった。
 「儂が試験を決めた訳ではないんじゃ。そう言われても困ってしまうわい」
 「大人の都合で振りまわされる、その子が一番可哀想だよ。まだ子供だよ?家族と離れるという事の意味を、お爺ちゃんはちゃんと理解してるの?第一、教師って事は、すごく時間がかかるんでしょ?」
 「・・・思っていたより、面倒見が良いんじゃのう・・・」
 思わず口籠る近右衛門。確かにシンジの言い分は圧倒的に正しい。
 「じゃがのう。魔法使いの試験である以上、避けては通れぬのじゃよ。それに、その子は早く一人前になる必要があっての」
 「どうして?」
 「その子の父親は、魔法使いの間では英雄と呼ばれた男なんじゃ。20年前、婿殿と一緒に魔法世界の大戦を終わらせた英雄、ナギ・スプリングフィールド。じゃが英雄故に、良からぬ事を考える者も多いんじゃ」
 ため息を吐く近右衛門。その様子に、シンジが眉を顰める。
 「その子はネギ君というのじゃが、今から6年前、ネギ君が住んでいた村が悪魔の集団によって襲撃されるという事件が、実際に起こっているんじゃよ」
「・・・そんな事が・・・」
「じゃからこそ、儂らはネギ君を、一刻も早く一人前に育てたいのじゃ。勿論、儂らが庇える限りは庇ってやりたい。じゃが、常に儂らが庇えるとは限らないのが現実と言う物じゃ。それはシンジも理解できるじゃろう?」
 豊かな眉毛に埋もれていた目を、事更に見開きながら、近右衛門が身を乗り出す。
 「そこで、この麻帆良学園に白羽の矢が立ったんじゃよ。ここは世界でも指折りの強力な結界と、タカミチ君を筆頭に強力な魔法先生が常駐しておる。何より、この儂もおる。正直な話、この世界でもっとも魔法的な防御能力に優れた場所の1つなんじゃ」
 「だから、ここで試験をする、と?」
 「そういう事じゃ。ネギ君には魔法使いとしての経験を積んで貰い、立派な魔法使いへと成長して貰いたいんじゃよ。納得して貰えたかの?」
 近右衛門がA4サイズの封筒を取り出して、スッと出す。
 「詳しい事はこちらに書いてある。後で目を通して貰えるかのう」
 「分かったよ。僕がどうこう言った所で、変わる事もなさそうだからね。それと、もう1つの頼み事があるんだよね?」
 「うむ。実はそちらが本命なんじゃがの」
 直後、学園長室から聞こえてきた絶叫に、職員室にいた先生達はお互いに顔を見合わせたそうである。

翌朝、麻帆良学園中央駅―
 「神楽坂さん、迷惑掛けてごめんね」
 「別にお兄さんが悪い訳じゃないですから、そんなに謝らなくても良いですよ」
 心の底から申し訳なさそうに謝る親友の兄の姿に、アスナは笑うしかなかった。そもそも、アスナが出迎えに行かなければならない理由を、彼女は知らない。それどころかシンジも聞かされていないのである。
 「なあ、お兄ちゃん。その子、どんな子なん?」
 「名前はネギ・スプリングフィールド。今年、オックスフォード大学を卒業した10歳の子供。出身はイギリスのウェールズという所なんだけど、イギリスの場所は分かる?神楽坂さん」
 「うんうん、それぐらいなら分かるよ・・・って私そこまで馬鹿じゃありません!・・・ん?10歳?」
 ポカンとするアスナ。
 「そんな子供が何の用で来る訳?」
 「それは・・・おや、あの子かな?」
 登校の為に混雑する駅構内を、巨大なナップサックを背負った子供が歩いていた。
 「ネギ君!ネギ・スプリングフィールド君!」
 呼ばれた声に、子供がハッと顔を上げる。それに対して、シンジは分かりやすいように手を振って見せた。
 すると、向こうも気がついたのか、足早に駆け寄ってくる。
 「君がネギ君で良いのかな?イギリスから来るって聞いていたけど」
 「はい!イギリスから来たネギ・スプリングフィールドと言います!」
 ペコッと頭を下げるネギ。
 「僕は近衛シンジ。君を迎えにきた者だよ。それにしても、本当に日本語がペラペラなんだね?」
 「あはは、ありがとうございます」
 「近衛さん、それより、そろそろ理由を」
 と口にしたアスナの言葉が途切れた。と言うのも、彼女の前にネギが回り込んでいたからである。
 「あの・・・失恋の相が出てますよ」
 「え?し、失恋!?何だと、こんガキャー!」
 怒りのあまり、額に青筋を立て、目尻に涙すら浮かべるアスナに、本気でビビったネギが後ずさる。
 「どういう事よ!適当な事言うと承知しないわよ!」
 「い、いえ、ドギツい失恋の相が」
 「ちょ、ちょっとお!」
 ガシッとアイアンクローでネギを掴むと、そのまま自分よりも頭上にまでアスナが持ち上げる。ネギは10歳だが、体つきは普通。その上、荷物も持っているのだから、少なくと30kgはある。それを片手で持ちあげたのだから、アスナの怒りの大きさは十分に理解できた。
 「取・り・消・し・な・さ・い・よ!」
 「待った待った。神楽坂さん、相手は子供なんだから、本気で怒らない」
 ドウドウと仲裁に入るシンジ。その様子を木乃香がクスクス笑いながら見守る。
 「ネギ君。相手が聞いてもいないのに、そういう事を言うのは失礼だよ?」
 「何でですか?教えて上げる事は悪い事なんですか?」
 「時と場合によりけり、ってとこだよ。特に日本ではね。さっきは悪い方。そういう時はどうすればよいのか、分かるよね?」
 膝を曲げて、視線を同じ高さにしたシンジの言葉に、ネギは素直に頷いた。
 「すいませんでした」
 「・・・はあ、今回は許してあげるわよ。でも次は無いからね」
 「はい!」
 元気よく返事するネギだが、それでもアスナはどこか不満気である。そんなアスナを仕方無いなあと言った感じでシンジが笑いかける。
 「神楽坂さん、包容力のある女の子は好かれるよ?」
 「・・・む・・・」
 「分かりやすく言えば優しい人、大らかな人は人気があるって事。当然、そういう人は評価も上がる。言っている意味、分かるよね?」
 そこまで言われれば、アスナも何が言いたいのかぐらいは察する事が出来る。
 「はあ、分かりました。今回の件は水に流します」
 「ありがとう。それじゃあ、そろそろ僕達も行こうか」
 ネギの頭をポンポンと軽く叩きながら、時計を指差すシンジ。一応、今日だけは遅刻扱いはされないのだが、それでも必要以上に遅れて良い理由にはならない。
 「そやな〜行こうか」
 木乃香の言葉に頷くと、4人は歩きだした。

麻帆良学園校舎前―
 「ところでお兄さん。このお子ちゃま連れてきた訳だけど、そろそろ理由を教えてくれても良いんじゃない?」
 アスナの言い分は尤もである。だが、そこで声がかかった。
 「久しぶりだね、ネギ君」
 「あ!おはようございます!高畑先生!」
 「あー!タカミチだー!久しぶりー!」
 ピシッと固まるアスナ。一方でネギはニコニコとタカミチに笑いかけている。
 「麻帆良学園へようこそ、良い所でしょう?ネギ先生」
 「・・・先生?」
 木乃香が隣にいた兄に向って首を傾げる。その兄はと言えば、乾いた笑いを浮かべるばかりである。
 「この度、この学校で英語の教師をやることになりました、ネギ・スプリングフィールドです」
 「ちょ、ちょっとまってよ!先生ってどういう事!?あんたみたいなガキンチョが!」
 首を絞められ、ガクガクと揺さぶられるネギ。だがアスナにとっての悲劇は、まだ終わった訳ではなかった。
 「あと、今日から僕に代わってA組の担任になってくれるから」
 朗らかに、アスナにとっての死刑宣告を告げるタカミチ。
 「そんな!アタシ、嫌です!さっきだって、イキナリ失恋」
 「でも本当」
 「本当言うなあ!」
 目から滝のように涙を流しながら、詰め寄るアスナ。自身の将来がかかっているので、必死である。
 「大体、アタシはガキが嫌いなのよ!あんたみたいに無神経でチビでマメでミジンコで!」
 「はくちん!」
 アスナの言葉を遮るように、ネギがくしゃみをする。その瞬間、一瞬にしてアスナの服のボタンが全て外れ、下着姿になってしまう。
 硬直するアスナ。一方、タカミチは後頭部を掻きながら、わざとらしく視線を逸らす。
 「毛糸の熊か」
 「ややわ、お兄ちゃんたら」
 「待て待て待て!冗談だからトンカチは止めて!」
 必死で自己弁護を図るシンジと、愛用のトンカチを構える木乃香。
 その直後、校庭に乙女の悲鳴が木霊した。

学園長室―
 「ネギ・スプリングフィールド君か。話は聞いておるよ。まずは3月まで、教育実習生として扱うからのう」
 「はい、宜しくお願いします!」
 ジャージに着替えたアスナとともに、一同は学園長室へとやってきていた。
 「まず紹介しておこう。ネギ君の指導教員を務めるしずな先生じゃ。分からない事があったら、彼女に訊きなさい」
 「よろしくね」
 ドアを開けて入って来たしずなの胸に、ポフンとネギの顔が埋まる。
 「それとな、ネギ君の副担任はタカミチ君じゃが、彼とは別に、もう1人、副担任をつけることになった。それがそこにいる近衛シンジ。儂の孫じゃよ」
 その言葉に驚いたのはアスナと木乃香である。対するシンジはと言えば、大袈裟に溜息を吐く事しかできない。
 「ほ、本当なん!?」
 「僕も悪夢にしか思えないけど、本当なんだよ」
 「・・・まあ、お兄さんなら顔見知りな分、まだマシか」
 消極的賛成と言った感じのアスナを見て、近右衛門がふぉっふぉっふぉ、と笑う。少なくとも顔も知らない新任の教師が補佐に就くよりは、人格面において多少は問題があっても、気心が知れているシンジの方が遥かにマシである。
 「それと、ネギ君の泊まる部屋なんじゃが、木乃香とアスナ君の部屋に泊めてもらえんかのう?」
 「何でそうなるんですか!寮監室があるじゃないですか!」
 「確かにそうなんじゃが、洒落にならない問題があってのう」
 ポリポリと頭部を掻きながら、近右衛門が言葉を続ける。
 「シンジには寮監と厨房の仕事も続けて貰うんじゃよ。そうなると朝も夜も、ネギ君を寮監室にポツンと置き去りにしてしまうんじゃ。確かにネギ君は優秀じゃが、まだ子供。さすがにそれは、のう?」
 「で、でも」
 「それにの、2人には言っておらんかったが、シンジには儂やタカミチ君の仕事も手伝って貰っておるんじゃ。そのせいで夜になると良く留守にしておるんじゃよ」
 「そうだったの!?」
 グリッとシンジに顔を向けるアスナ。対するシンジはと言えば、肩を竦めて言外に、近右衛門の言い分を認めてみせる。
 実際、世界樹防衛戦や見回り等で駆り出されているのは事実なので、シンジとしても否定のしようがない。
 「夜中の寮監室に、ネギ君を1人でポツンと置いておくのは、儂としても気が咎めるんじゃよ。じじいの頼みと言う事で、何とか引き受けて貰えんかのう?」
 ここまで言われて、断れるようなアスナではない。
 「その代わり、問題を起こしたら出て行って貰うと言う事は認めて下さい!」
 「まあ、仕方あるまい。ネギ君、あまり迷惑をかけぬようにな」
 「はい、宜しくお願いします!」
 ペコリと頭を下げるネギに対して、アスナは渋々と、木乃香はニコニコと両極端な反応を示す。
 そこで話は終わったと判断したシンジが、沈黙を破った。
 「お爺ちゃん。ネギ君と僕達で話しておきたい事があるんだ。先に木乃香達には教室へ向かっていて貰っていいかな?」
 しずなに見えないような位置で、符を取り出して見せるシンジ。それに気付いた近右衛門は、それの意味にすぐ気がついた。
 「そうじゃの。木乃香とアスナ君は教室へ向かいなさい。それとしずな君。儂から2人に話しておきたい事があるので、職員室で待っていて貰えるかの?」
 「ほなな〜」
 「木乃香、行こう!」
 「分かりました、では」
 退室する3人。ドアが閉まった所で、シンジが口を開いた。
 「お爺ちゃん。申し訳ないけど、このままじゃネギ君、ここにいられなくなるよ?」
 「ふぉ?それはどうしてじゃ?」
 「ど、どうしてですか!?」
 シンジの言葉に、ネギと近右衛門は同じように反応する。
 「僕が言うのも何だけど、魔力が完全に制御出来てないからだよ。そう遠くない内に、魔法の存在がばれると思う」
 「む・・・」
 「今すぐに直さないと、致命傷になるよ?既に神楽坂さんが犠牲になってるし」
 そう言われてしまうと、近右衛門としても返す言葉が無い。
 「ネギ君に悪気が無い事は僕にも分かるよ。でも神楽坂さんの事も考えてあげて。14歳の女の子が、路上で裸にされたんだよ?しかも僕と高畑先生に至近距離で目撃されているんだ。どれだけ恥ずかしかったか、お爺ちゃんにはそれが分からないの?」
 「そう言われてしまうとのう・・・」
 「何か無いの?魔法の暴発を防いでくれる、ストッパーのような物とか、魔法その物を使えなくする物でもいい。必要な時が来れば外せば良いでしょ?別に日常生活において魔法なんて必要ないんだからさ」
 むう、と呻き声を上げる近右衛門。彼としては学園に張られている認識阻害結界があるので、多少の事で魔法が公になる事は無いと考えていた。だからそれほど真剣に考えていなかったのだが、アスナの受けた苦痛という点から切りこまれてしまうと、全く太刀打ちが出来なかった。
 「学園長、僕からもお願いします」
 「ふぉ?」
 「神楽坂さん、でしたよね。あの人、泣いてました」
 申し訳なさそうなネギの態度に、近右衛門は決断した。
 「分かった。今日中に用意しておこう。放課後に、また寄って貰えるかの?」
 「はい!お願いします!」
 ネギの表情がパアッと明るくなる。
 「そうそう、言い忘れておった。もし魔法の事で何か問題があったら、シンジに相談しなさい」
 「シンジさんにですか?ひょっとしてシンジさんも魔法使いなんですか?」
 「儂やネギ君とは違うがの。シンジは日本に昔から伝わる、陰陽道という魔法を使うんじゃよ」
 感心したようにシンジを見上げるネギ。対するシンジはと言えば『見習いの卵です』と言い訳して不安がらせる訳にもいかないので、笑って誤魔化すしかない。
 「改めてよろしくお願いします!シンジさん!」
 「そうだね、こちらこそよろしく、ネギ君」
 がっちり握手しあう2人の姿に、満足そうに頷く近右衛門。だがその安堵はまだ早かった。
 「まあ、最悪の事態にならなくて良かったよ」
 孫の発言に不穏な物を感じたのか、近右衛門が視線を向ける。
 「もしお爺ちゃんが魔法の制御の問題を無視したら、刀子先生やシスター・シャークティーに協力をお願いしようと思っていたから」
 「ふぉ!?儂、死んじゃうって!」
 自分が気付かない所で、三途の川に片足を突っ込んでいた事に気がつく近右衛門であった。

2−A教室前
 職員室で着任の挨拶を行ったシンジとネギは、しずなとともに2−Aへと移動していた。
 「そうそう、これはクラス名簿だから、渡しておくわね?」
 「あ、ありがとうございます。でもシンジさんの分は?」
 「近衛さんは寮で彼女達の面倒を見ているから、全員知ってるのよ」
 感心したように『そうなんですか』と納得するネギ。
 「準備は良いかしら?」
 「は、はい!大丈夫です!」
 緊張感を振り払い、ドアを開くネギ。その瞬間、ドアに仕掛けられていた黒板消しが、重力に引かれて落下する。
 それに気づいたネギは、無意識のうちに魔法障壁を展開。ネギの頭に直撃する寸前にピタッと止めてしまう。
 咄嗟に、ネギの後ろにいたシンジが、手を伸ばして黒板消しを掴み取った。
 「・・・このトラップは成滝さん?それとも春日さん?」
 「ちょ!何でアタシ・・・って、マジで近衛さん?」
 「はいはい、疑いたくなる気持ちは痛いほど良く分るよ。とりあえず廊下は寒いから、中に入らせて」
 周囲のざわめきをよそに、教室へ入る3人。だが―
 「あわわわわ」
 先頭を切って入ったネギは、見事に他のトラップに引っかかっていた。足元の縄に連動して、まず水入りのバケツが落下して、頭にヒット。視界を塞がれて慌てて転んだ所に、吸盤付きの玩具の矢が次々に降り注ぐ。
 「・・・水入りは洒落になってないんじゃないか?」
 呆然とするシンジの前には、バケツを被ったネギが半泣き状態である。
 「えーーーーっ!子供!?」
 「ごめんね!大丈夫!?」
 トラップの仕掛け人達が一成に群がる。
 「なるほど。佐々木さん、椎名さん、釘宮さんに雪広さんか。最初の2人はともかく、釘宮さんと雪広さんが一枚噛むとは意外だね」
 「ちょっと待って下さい!私は違います!」
 慌てて潔白を主張するあやか。純粋に罠にかかったネギを心配してかけつけただけなので、彼女にしてみれば、トラップ仕掛け人として覚えられることだけは耐えられなかったのである。
 「はいはい、みんな席に着きなさい」
 パンパンと手を叩きながら追い立てるしずな。やがて全員が席に立ったところで、教卓前にネギが、その隣にシンジとしずなが立つ。
 「えっと、今日からこの学校でまほ・・・英語を教える事になりましたネギ・スプリングフィールドと言います。3学期の間だけですけど、よろしくお願いします」
 とんでもない爆弾を口に仕掛けたネギに、内心で冷や汗だらけのシンジ。幸い、生徒達は気にも止めなかったのか、反応した者はいなかった。
 「それじゃあ、次は近衛君で」
 「僕もですか?・・・今日からネギ君の補佐と言う事で働く事になりました。文句や苦情の類については、裏で糸を引いている学園長室の妖怪ぬらりひょんまで抗議をお願いします」
 ドッと笑いが上がる教室。何でシンジがこの場にいるのか、その原因に全員の理解が及んでいた。
 「と言う訳で、2人に質問がある人?」
 シュババババッと一斉に手が上がる。
 「ネギ君は何歳ですか?」
 「じゅ、10歳です」
 「出身は?」
 「イギリスのウェールズです」
 「ホントにこの子が担任なの!?こんな可愛い子、貰っちゃっていいの〜?」
 「コラコラ、あげたんじゃないの。食べちゃ駄目よ」
 一斉にネギへ群がる少女達。教卓にいた筈のネギはと言えば、既に少女の群れの中に埋没し、発掘すら不可能に思われた。
 そんな中から、グイッと引っ張り出されるネギ。そのネギの胸元を乱暴に掴んでいたのはアスナである。
 「アンタ、さっき黒板消しに何かしなかった?何かおかしくない?」
 魔法がバレタかと思い、軽いパニックに陥りかけるネギ。
 「はいはい、朝から揉めないの」
 「だって近衛さんだって見たでしょ!?黒板消しが一瞬止まったのを!」
 「いや、そんな事はなかったよ?神楽坂さんは僕の記憶については知っているでしょう?」
 シラを切るシンジを、むう、という声を出しながら睨むアスナ。その一方で、シンジはアスナを甘く見ていた事を改めて実感していた。
 (よく、気付いたもんだよ。これは注意しないといけないな)
 とりあえずシラを切り通すしかないな、と考えているシンジの耳に、パンパンと手を叩く音が飛び込んできた。
「皆さん、席に戻りましょう」
 あやかの声に、全員の視線が集まる。
 「アスナさんもその手をお放しになったらどうですか?もっとも、貴女みたいな凶暴なお猿さんには、そのポーズがお似合いでしょうけど」
 「何ですってええええ!」
 「ネギ先生はオックスフォードをお出になった天才だと聞いております。教えるのに年齢は関係ございません。どうぞHRをお続けになって下さい」
 あやかの対応に、呆然とするネギ。だがアスナの怒りは収まらない。
 「委員長、何良い子ぶってんのよ、アンタ」
 「良い子なんだから、良い子に見えてしまうのは当然でしょ?」
 「何が良い子よ、このショタコン!」
 ニヤッと笑うアスナ。対するあやかも血相を変えて言い返す。
 「言いがかりはおやめなさい!アンタなんてオヤジ趣味の癖に!知ってるのよ!貴女、高畑先生の事」
 「うぎゃーーー!その先を言うんじゃねえ、この女!」
 互いに目尻から、噴水のように涙を噴き出しながら、取っ組み合いを始める2人。周囲はすっかり観戦モードに入り、全く止めようとする気配もない。
 歓声が上がる中、割って入ったのはシンジだった。
 「2人とも。そこらへんにしておきなよ」
 「「で、でも」」
 「今度、君達の分だけデザートを抜くよ?」
 「「ごめんなさい」」
 同時に頭を下げるアスナとあやか。2人とも今までは自炊していたのだが、シンジの料理が美味しいので、休日になると寮監室へ食べに来るのである。
 「ほらほら、全員、席に戻って」
 ワラワラと席につく少女達。その光景に、ネギはポカンとシンジを見上げていた。
 「それじゃあ、ネギ君への質問は終了という事で良いかな?」
 直後、シュバッと和美が手を挙げる。
 「近衛さん、パルと蜂蜜授業しちゃうの?」
 「朝倉さんはどうやらダイエットをご希望のようだね。デザートの代わりに、キンピラごぼうをドンブリ山盛りでつけてあげるよ」
 「ヒドッ!冗談だってば冗談!」
 道化じみた和美に、少女達の笑い声が上がった。

 「それでは授業を始めます。まず教科書の128ページを開いてください」
 『よし、やるぞ』という意気込みとともに、チョークを手に取るネギ。だが140cmという身長では、黒板の上まで届かないのが現実である。
 爪先立ちで、一生懸命背を伸ばすネギの姿に、盛大な笑いが起こる。
 「ネギ君。黒板へは僕が書いてあげるから、ネギ君は講義をしてあげて」
 「あ、ありがとうございます」
 チョークを手に取り、チラッと教科書を覗き見るなり、カッカッカッと音を立ててシンジが英文を書いていく。
 「・・・シンジさんも授業の予習してるんですか?教科書見ないで書いてますけど」
 「ん?見たよ、ついさっき」
 「ついさっきって、ひょっとしてさっき覗きこんだ時ですか!?」
 「ネギ君、お兄ちゃんな、一度見た物は全部記憶しちゃう完全記憶の持ち主なんえ」
 木乃香の言い分に、唖然となるネギ。
 「うわあ、初めて会いました。本当に実在したんですね、完全記憶って」
 「そんな天然記念物じゃあるまいし、大袈裟だよ」
 『いえ、十分珍しいです』と一斉に内心でツッコム少女達。
 「それより、ネギ君。続きをお願いするよ」
 「は、はい!」
 気を取り直して、奇麗なクイーンズイングリッシュで発音しながら、授業を再開するネギ。だが平穏は破られる物である。
 (あいつ、絶対怪しいわ。確かめてここから追い出してやる!)
 手に持っていた消しゴムを引き千切り、指で弾くアスナ。それなりに大きな消しゴムの塊が、ネギの後頭部に、ポコンッと音を立ててぶつかる。
 「ん?」
 キョロキョロと当たりを見回すネギ。一方、犯人たるアスナはと言えば。
 (・・・あれ?当たった?)
 首を捻りながら、再度消しゴムの破片を狙い撃つ。今度は指で弾くのではなく、ゴムを利用して破壊力を増している。
 「何やっとん、アスナ?」
2発3発と消しゴムが飛ぶ度に、ネギは威力に負けて黒板に『ゴスッ!ガスッ!』と恐ろしい音を立てて頭をぶつける。
 「何?何かが飛んできて」
 半分泣きながら周囲を警戒するネギに、最前列に座っているあやかがボソッと耳打ちする。
 「先生、それはあの女の仕業です。あの女には近付かない方が良いですよ」
 「え?な、何でですか?」
 「あの女はバカのくせに体力は余ってて暴虐の限りを尽し、粗暴で乱暴者の問題児で」
 あやかの耳打ちをこっそり聞いていた桜子の額に『それは言い過ぎなんじゃない?』と大粒の汗が浮かぶ。
 その瞬間、ゴッ!という音を立てて、あやかの後頭部を硬い筆入れが直撃。驚いて飛びのいたネギを余所に、あやかとアスナの取っ組み合いが勃発する。
 止めに入ろうとするネギだが、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
 「・・・お、終わっちゃった・・・」
 ダーッと涙を流すネギの頭を、シンジがポンポンと叩く。一方、生徒達は授業が終わって上機嫌と、実に対照的であった。
 
 「シンジさん!」
 「早乙女さんか、どうかしたの?」
 「ちょっと荷物持ちを手伝って貰いたいんです。お願いできませんか?」
 「ああ、いいよ」
 休憩時間に入るなり、ハルナがシンジに駆け寄る。周囲は拍手喝采の嵐である。
 「・・・あの、何で皆さん、あんなに騒いでいるんですか?」
 「ああ、ハルナな、お兄ちゃんの事が好きなんよ」
 ネギの質問に、ストレートの答えを返す木乃香。だが答えを返されたネギは、突然慌て出した。
 「そ、それはマズイですよ!先生と生徒が!」
 「ん〜、でもなあ、ハルナは諦めんよ?実際、お兄ちゃんは一度、ハッキリ断ってるしな」
 「そ、そうなんですか?」
 やがてシンジと一緒に教室を出ていくハルナを、夕映やのどか、和美が歓声を上げて見送った。
 「まあ、うちも含めて、みんなハルナの事は応援してるんよ。ネギ君もできたら応援してあげてな。ハルナは本気やし」
 「わ、分りました」
 さすがに10歳で恋愛事情を理解するのは、幾らなんでも無理がある。まだ幼いネギにしてみれば、断ってるのに何で?という疑問があったのだが、賢明な事に口には出さなかった。
 
 「ふー、これで一息つける」
 時刻は放課後。初めての授業を終えた後も、色々と教師見習いとしてやらないといけない事があったネギは、午後に入ってやっと仕事を終える事が出来たのである。
 途中、バレーで遊んでいた桜子や円達に挨拶されながらフラフラと当てもなく歩いていたネギは、石段に腰を下ろしてクラス名簿に目を通し始めた。
 「それにしてもあの子の態度、ひどいよ全く・・・」
 公平に見れば、事故とは言えネギの魔力暴走が発端なのだが、幼いネギにそこまで求めるのは酷なのかもしれない。
 「でも、どうしよう。あの様子じゃ、今日は泊めてくれないかも・・・」
 最悪、冬の夜空を見ながら野宿かも、と考え鬱になる。それでもやはり野宿は嫌なので、代わりに泊めてくれる人はいないだろうか、と考え出す。
 「・・・頼めばタカミチなら泊めてくれそうだよね。あとはシンジさんかな?」
 今日会ったばかりだが、ネギにはかなり親切だった少年を思い出す。学園長室で魔力の暴走が話題になった時、ネギだけではなくアスナの事も気にかけていた事を考えれば、誰にでも親切な人なのかもしれない、と思い始めた。
 「そうだよね。クラスのみんなも、シンジさんにはニコニコ笑いかけてたし」
 後で頼んでみよう、とネギが前向きに考えた時、視界の片隅に気になる物が映る。
 「あれは・・・27番の宮崎のどかさん。あんなに本持って、危ないなあ」
 のどかは本を抱えて歩いていたのだが、量が多すぎて、全く足元を見れずに階段を下りていた。
 その瞬間。
 「あ!」
 階段を踏み外し、バランスを崩したのどか。手摺の無い階段の為、のどかは5m近い高さから、石畳の地面目がけて落下した。
 「キャアアアアアア!」
 咄嗟に杖を手にし、風の精霊を放つネギ。その甲斐あって、のどかの落下速度が目に見えて削減される。
 そこへ両手を目一杯伸ばして、飛び込んでいくネギ。間一髪、のどかは地面に叩きつけられる事無く、無傷で済んだ。
 「大丈夫ですか?宮崎さん・・・ん?」
 顔を上げるネギ。そこには硬直したアスナが立ちつくしている。
 「あ、あんた・・・」
 「あ、あの・・・いや・・・その・・・」
 頭の中が真っ白になるネギ。どうやっても言い訳ができないほど、真正面から魔法を使用した所を目撃されていたのである。
 そんなネギの腕の中で、目を覚ますのどか。その眼がネギの姿を捉えた瞬間、ネギはアスナによって拉致されていた。

 「あああ、あんたやっぱり超能力者だったのねえええ!」
 「い、いや、違う!」
 「誤魔化したって駄目よ!目撃したわよ、実行犯よ!」
 先ほどの階段から、少し離れた所にある茂みの中。すっかり頭に血が上ったアスナは、ネギの胸倉を掴むと締め上げていた。
 「白状なさい!超能力者なのね!」
 「ボ、ボクは魔法使いで」
 「どっちだって同じよ!」
 怒れるアスナを止められる者は、この場にいない。当然の如く、アスナの行動はエスカレートしていく。
 「と言う事は、朝のアレはあんたの仕業だったのね!」
 「他の人には内緒にして下さい!ばれたらボク大変な事に!」
 「んなの知らないわよ!」
 追いつめられるネギ。雰囲気が変わった事を察したのか、アスナが思わず一歩退く。
 「な、何よ?」
 「秘密を知られたからには、記憶を消させて貰います!」
 「え、ええっ!」
 「ちょっとパーになるかもですが、許して下さいね」
 「ギャーーーー!ちょっと待てーーーー!」
 文字通り、窮鼠猫を噛むの事態に、慌てるアスナ。
 「消えろーーーーーっ!・・・あれ?」
 ネギの前にいたのは、胸から下が生まれたままの姿になってしまったアスナである。
 「キャーーーー!」
 「ご、ごめんなさい。間違えちゃったみたい」
 「そこの2人。何やってるんだい?」
 ガサコソと音を立ててやってくる人影。現れたのはタカミチとシンジである。2人はネギの対応について話し合っていたのだが、妙に騒がしいので気になって様子を見に来ていた。
 ところがついてみれば、そこにいたのはほとんど裸族状態のアスナである。これで驚かない方がおかしい。
 真正面から色々と目撃されたアスナの悲痛な悲鳴が、学園中に轟いた。

 「す、すいません。記憶を消そうとしてパンツ消しちゃいました」
 「記憶の方が良かったわよ!魔法使いなら今すぐ時間を戻しなさいよ!」
 目尻から噴水のように涙を噴き出しつつ、激昂するアスナ。彼女が怒るのも無理はない。
 「毛糸の熊パンの上に、ノーパン見られて、しかもパイパンなんて!おまけに高畑先生だけじゃなくて、お兄さんにまで見られて!」
 「・・・神楽坂さん。野良犬に噛まれたと思って諦めよう」
 「お兄さんにそんな事言われたくないです!」
 事故を目撃した時、当然の如くタカミチとシンジは回れ右をして立ち去ろうとした。ところがパニックに陥ったネギが、咄嗟にシンジの裾を掴んでしまったのである。
 「ネギ君。今回は君の責任だよ。分かってるね?」
 「・・・はい。ごめんなさい」
 「とりあえず、一緒に報告に行こう。恐らく、神楽坂さんの記憶は消さざるを得ないだろうし、ネギ君の処罰も免れられないだろう」
 思わず顔を上げるアスナ。目の前のシンジは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 「どうして記憶を消されないといけないんですか?」
 「魔法って言うのはね、表の世界に出てはいけない技術なんだよ。神楽坂さん、もしもだよ。お小遣いで買えるような値段で鉄砲が出回ったら、社会はどうなると思う?」
 ハッと気づくアスナ。
 「そういう事なんだ。僕はね、魔法使いと言う存在は、力を持つからこそ、力に溺れない事を求められると思ってるんだ」
 目の前にいるシンジも魔法使いである事を、アスナは理解した。そしてシンジの考え方は、魔法使いでないアスナから見ても、納得できる考え方であった。
 何より、シンジは今日の事件が起きるまで、自分が魔法使いであると言う事を完全に隠し切っていたのである。その為、アスナにしてみれば、クリスマスのハルナの告白も、魔法を使えば後腐れなく解決出来たと考えた。
だがシンジはそうせずに、魔法を使わないで問題を解決しようとした。その結果として、木乃香やアスナ達の弾劾を受け、更にはハルナも諦めないという選択肢を選んでいる。シンジにしてみれば、正直なところ、解決したとは言い難い筈である。でも、だからこそ、シンジが口先だけでは無い事はすぐに分かった。
 「神楽坂さんの記憶に関しては、魔法だけに限定して消すようにするよ。責任は僕が取る。ネギ君の処罰も、しっかり行うよ」
 「・・・処罰って、どうなるんですか?」
 「向こうの流儀になるんだけど、おこじょっていう動物になって服役だろうね。魔法使いの最終試験も落第。ここで終わりだ」
 泣きそうになるネギ。その口から静かに漏れてくる嗚咽を聞く内に、アスナの心をきつく締めあげるような感情が沸き起こって来た。
 「シンジさん、1つだけ教えて。そこのガキンチョの処罰は絶対なの?」
 「・・・答えはその通りだよ。魔法と言う存在の流出は、認められないからね」
 「それは、私が黙っているとしても、ですか?」
 アスナの言葉に、黙り込むシンジ。シンジにしてみれば、この流れは歓迎できる物であった。確かにネギのミスは大きい。だがネギの補佐役を任されたシンジにしてみれば、何とかしてミスを取り戻させるチャンスを与えてやりたかったのである。
 「・・・約束できる?」
 「できる!でも、こういう場合、何かあるんですか?例えばゲームみたいに呪いとか」
 「そんな事はしないよ。神楽坂さんの事、信じているからね。それにもし、約束を破ったら、僕が責任を取るだけだから」
 「そ、それって問題なんじゃ・・・第一、私に責任がくるんじゃないの?」
 「言ったでしょ、信じているって」
 ポカンとするアスナ。そんなアスナから、シンジがネギへと視線をずらす。
 「ネギ君。魔法がどれだけの影響を持つか、今回の事で良く分かったよね?」
 「はい。すいませんでした」
 「じゃあ、とりあえず報告に行こう。その上で、魔力暴走を止める物を貰って、今日のミスを取り返そう。大丈夫、神楽坂さんは約束してくれたんだ。だから、もう泣きやまないとね、男の子なんだから」
 グシグシと両目を擦りながら、泣きやむネギ。そんなネギの頭を、乱暴にグシャグシャと撫でまわす。
 「ネギ君。1つだけ言っておきたい事がある。確かに、今回は大きなミスをした。けど1つだけ、ネギ君は褒められる事をしたんだよ。何か分かる?」
 「いえ、分かりません」
 「宮崎さんを助けた事だよ。自分ではなく、人助けの為に魔法を使った。確かにやり方は間違えたかもしれない。魔法を使わずに、助ける事が正しかったかもしれない。でもそれでは宮崎さんは怪我をしていた筈だ。だから、ネギ君が宮崎さんを助けようとした想いは、正しい事だったと思うよ」
 ネギの顔に、年相応の明るさが戻る。そんなネギに笑顔を向けた後、シンジはアスナに顔を向けた。
 「1つだけ頼みたい事がある。木乃香は魔法の事を知らないんだ。あの子には魔法の存在は、何があっても教えないでほしい」
 「木乃香は知らないの?」
 「そうだよ。魔法の世界って言うのはね、命のやり取りをする世界、露骨にいえば命を奪い合うのが身近な世界なんだ。冗談抜きで、僕だって死にかけた事がある。そんな世界に、あの優しい木乃香を近づけたくない。僕のたった1人の妹を人殺しになんてしたくないんだよ」
 ジッとシンジを見るアスナ。だが反論する事も、質問する事も無く、彼女は無言で頷いた。
 「ありがとう。それじゃあ、行こうか」
 シンジに手を引かれて、立ち去るネギ。その姿が消えるまで、アスナはその場を動く事ができなかった。

 報告を受けた近右衛門だったが、初日にして魔法の存在がばれるという事態は、さすがに予想外だったのか、驚きで声も出せずにいた。
 だがシンジの報告内容と対応には満足したのか、『次はまず報告をするようにの。シンジが責任を取る必要は無いからの』という苦言とともにすぐに解放された。
 そして今、ネギは渡されたばかりの魔力暴走を防ぐ腕輪を腕に通していた。
 「さて、それじゃあ、ついてきてくれるかな?」
 「え?」
 「ほら、置いてくよ?」
 シンジの後を、早歩きで追いかけるネギ。到着した先は2−Aの教室である。
 「シンジさん?」
 「ほら、入って」
 言われるがままに戸を開くネギ。その直後―
 パンパンパン!
 「ようこそ、ネギ先生!」
 派手に鳴り響くクラッカー。
 「え?え?」
 「ネギ君の歓迎会だよ。ほら、中に入って」
 背中を押されて中へ入るネギ。だが状況が把握できていないのか、反応はイマイチである。
 「おーい、寮監命令だ。主役を中央へ連行せよ!」
 「「「「「イエッサー」」」」」
 乗りの良いメンバーに強制連行されるネギ。その様子を笑いながら見ていたシンジに、隅に近付いてきたタカミチが話しかけた。
 「ネギ君、どうやら解決したみたいだね」
 「他人事みたいに言わないで下さいよ。高畑先生」
 「いや、僕もパニック起こしてね、すまない」
 タカミチから手渡されたオレンジジュースを飲みながら、喧騒に包まれるネギをボーッと眺めるシンジ。そこへお菓子を手にしたハルナが、まるでシンジの視界を埋め尽くすかのように、突然顔を近づける。
 「シンジさん、何一人で黄昏てるんですか?」
 「何と言うか、初日から色んな事が起こったなあ、と思ってね」
 御礼を言いつつ、シンジはハルナが持ってきたお菓子に手を伸ばす。
 「とりあえず、ネギ君がクラスに馴染めそうで良かったよ」
 「何と言うか、シンジさんってネギ先生のお兄さんみたいですね」
 
 教室の片隅で、ハルナと楽しそうに会話するシンジ。そんな2人に特攻を仕掛ける鳴滝姉妹と美空の3人。囃したてるチア部3人娘の前で、シンジが持っていたジュースが零れて悲鳴が上がる。
 そんな光景からアスナは意識的に視線を逸らした。
 「どないしたん、アスナ?」
 「・・・木乃香のお兄さんは、良く分からない人だなあ、と思っただけ」
 それはアスナの本心であった。
 完全記憶という、特異な能力の持ち主。
 道化のような性格と、面倒見が良いという性格。
 料理が得意。
 親友、木乃香の義兄。
 友人、早乙女ハルナの想い人。
 過去に問題があり、愛と言う感情を知らない人。
 そして魔法使い。
 「木乃香はさ、お兄さんの事はどう思ってるの?自分でも知らない内に、養子になってた訳じゃない?」
 「そやなあ、確かに最初は驚いたけど、嬉しかったな。うちはお兄ちゃんが欲しいなあって思ってたし」
 「そっか、そう考えてたんだ」
 ジュースで口を湿らせながら、今日の主賓に目を向ける。そこにはネギに御礼を言っているのどかの姿がある。
 「・・・まあ、今回は私が折れてあげるかな」
 「何かあったん?」
 「あのガキンチョを、私達の部屋で受け入れる件。正直言ってね、お兄さんに押しつけようと思ってたのよ」
 視線の先では、あやかがネギに銅像をプレゼントして、周囲から激しいツッコミが飛んでいた。
 「ただ色々あってね」
 「うん。ええんとちゃう?うちは賛成やで」
 「そっか、じゃ、そうしようか」
 寮の厨房仕事の為に退室しようとするシンジを、笑いながら引き止める数名の少女達。それに手を振って姿を消すシンジ。
 「ねえ、木乃香。たまには食堂で食べよっか」
 「そやな、今日はそうしようか。ネギ君も誘ってな」



To be continued...
(2011.11.05 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございます。
 今回からネギの登場となりますが、原作同様、いきなりカマしてくれてますwまあ、原作準拠が基本なので当然と言えば当然なんですが。
 ただその分、キャラクターの比重がネギとアスナに偏ってしまいました。ヒロイン役のハルナですら、チョイ役。ましてやシンジに刹那や楓と言った魔法使いサイド関係者に至っては、名前すら出てこない始末です。この辺りが、少々残念でした。
 話は変わって次回ですが、次は原作の惚れ薬騒動とドッチボール対決になります。しばらくはバトル要素は無いですが、その分、平和な学園騒動を書きたいなあと考えています。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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