正反対の兄弟

第九話

presented by 紫雲様


麻帆良学園敷地内、早朝―
 「うわあ!遅刻するー!」
 SHR開始の予鈴まであと数分。それまでに教室へ駈け込むべく、悲鳴とともに全力疾走するアスナ・木乃香・ネギの姿があった。
 「全く、もー!あんたなんて泊めんじゃなかったわよ!」
 「ええっ!僕のせいですか!?」
 アスナが愚痴を零したのも仕方ない。と言うのも、アスナは毎朝新聞配達のアルバイトをしているのだが、今朝は寝ぼけたネギが布団の中に入り込んでいたというアクシデントに見舞われて、泡を食って時間を浪費してしまったのである。
 「1人で寝れないの?あんたは」
 「あうう。僕いつもお姉ちゃんと一緒に寝てたんでつい・・・」
 「な、何よそれ!ほんとにガキね!」
 そんな木乃香に気付かれないよう、アスナはネギの耳元で囁いた。
 「いい加減にしないと、あんたの正体ばらすわよ?木乃香のお兄さんに頼まれているから、黙ってあげてるんだって事、忘れんじゃないわよ?」
 「ええー!」
 「冗談よ。でも私に逆らうんじゃないわよ」
 (僕、先生なのに〜)
 両目から滝のように涙を流すネギ。
 「そういえば、シンジさんいないのに、あんた1人で授業できるの?」
 「ひ、ひどい!それぐらい僕だって!」
 「黒板の上まで手が届かないのに?」
 ネギの心を言葉の刃が抉る。
 「そうだ!いざとなったら僕の発音を聞き取ってノートに書いてもらうという事で!」
 「無茶言うなあ!」
 朝の学園に、アスナの絶叫が響いた。

放課後―
 ネギは学園内の敷地内の一角に設置された、石像の前でうな垂れていた。
 (あうう・・・また失敗しちゃったよお・・・)
 昨日はシンジが板書してくれたのだが、今日は厨房のおばちゃんが風邪で休んだので、どうしてもそちらの仕事を優先しなければならず、授業には欠席していたのである。
 結果、ネギは自分で黒板に書く必要があったのだが、黒板に答えを書くように求めたところ、ネギの手が届かない所に答えを書かれてしまっていた。
 そのせいで、ちゃんとミスの指摘が行えず、こうしてガックリしているのである。
 「あの、ネギ先生・・・」
 ハッと顔をあげるネギ。そこにいたのは夕映・のどか・ハルナであった。
 「スミマセン、ネギ先生。朝の授業の事で質問が」
 「あ、良いですよ。早乙女ハルナさんですよね?」
 「もう覚えちゃったんですか?クラス全員の名前」
 「いえ、その早乙女さんはインパクトが強かったので」
 ネギの言葉に首を傾げる3人。
 「どういう事なのか、教えてほしいです」
 「早乙女さんがシンジさんの事を好きだと聞いたので」
 一瞬、場が静まり返る。
 「何でもクラス全員で応援してると伺いました」
 「そうなのですよ。良かったらネギ先生も応援してあげて下さい」
 「ゆ、ゆえ吉!」
 ハルナが止めに入ったが、夕映は『今さら、何を慌てているですか?』と平然としたままである。
 「ところで、さっきの授業の質問ですが」
 「ああ、そうだった!それなんだけど、質問があるのは、私じゃなくてこの子!」
 ハルナに背中を押されたのどかが、踏鞴を踏みながら前に出る。
 「あれ?宮崎さん、髪型変えたんですね。似合ってますよ」
 「え?」
 硬直するのどか。その両隣にいたハルナと夕映が、左右から手をまわして、のどかの前髪を掻きあげる。
 「でしょでしょ!可愛いと思うでしょ!この子、可愛いのに顔ださないのよ!」
 一瞬にしてのどかの顔が真っ赤に染め上げられる。次の瞬間、彼女は脱兎の如くその場を走り去る。
 「のどかー!ゴメンね、先生!」
 走り去ったのどかの後を追いかける夕映とハルナ。あっというまにネギの視界から消えてしまう。
 (・・・うーん、ハルナさんとシンジさんか。先生と生徒はそういう関係になっちゃいけないってお姉ちゃんは言ってたけど、クラス皆が応援してるんだよね)
 むむむ、と考え込むネギ。
 (シンジさんにはお世話になってるしなあ、何かできる事はないかな?)
 何気なく背負っていたリュックサックをかき回し始める。やがてネギの小さな手が、中に色違いの飴玉が入ったような試験管を掴んだ。
 「これ、昔、お爺ちゃんがくれた『魔法の素・丸薬七色セット』だ!」
 キュピーンと閃くネギ。
 「そうだ!これで惚れ薬を作ってプレゼントしよう!アスナさんはタカミチが好きみたいだし、2人分作れば良いよね!」
 人目の無い茂みに飛び込むネギ。
 数分経ち、茂みの中から出てきたネギの手には、惚れ薬が握られていた。

2−A教室―
 「アスナさーん!」
 「今度は何の用?ネギ坊主」
 木乃香とお喋りを楽しんでいたアスナが、怪訝そうに振り返る。だがネギはそんな事などお構いなしに、ズイッと惚れ薬を突きつけた。
 「何よ、これ?」
 「惚れ薬です」
 「は?」
 首を傾げるアスナ。そもそも、惚れ薬と言われても怪しくて信用できないし、何より何でアスナの元へ持ってきたのかが分らなかった。
 思わずネギをベランダまで引っ張って事情を尋ねる。
 (・・・どういう事?説明しなさい!)
 (僕、考えたんです)
 先ほどのハルナ達とのやり取りを説明するネギ。
 (・・・百歩譲って、それをハルナに飲ませるのは良いとするわよ?でも、何でアタシの所へ持ってくるのよ!)
 (これ飲んでタカミチの所に行くのはどうでしょうか?)
 瞬間、アスナの目の色が変わる。だが―
 (・・・駄目よ。そんな事で高畑先生に見られても嬉しくないわ。それに、この事が近衛さんにばれたら、怒られるんじゃない?)
 ビクッと身を竦ませるネギ。確かにアスナの言う通りである。
「それに、これが本当に効果があるとは限らないでしょ?試しに飲んでみなさいよ!」
 ガポンッと音を立てて、ネギの口に試験管を突っ込むアスナ。彼女に華を摘まれ、モガモガと暴れるネギは、惚れ薬をゴックンと飲み込む。
 「全く、間違えてパンツ消しちゃうよーな奴の作ったモノ、飲む訳ないでしょ!」
 チラッとネギを見るアスナ。だがネギは咳きこむばかりである。
 「ほら、私は何ともないわよ?」
 「あれ?おかしーなー・・・」
 「ほらほら、教室へ戻るわよ」
 寒いベランダから中に戻る2人。そんな2人に木乃香が近寄る。
 「ネギ君って良く見ると、すごいかわえーなー」
 トロンとした目の木乃香が、ネギを抱きよせ、頬ずりを始める。
 それに驚いたのは周囲である。特にショタコン趣味のあやかは一際反応が強かった。
 「何をやってるんですか、木乃香さん!先生に対してそのような、いかがわしい行為!」
 足音も荒く駆け寄ってきたあやかだったが、不自然に言葉を止める。そしてどこに隠し持っていたのかは不明だが、赤薔薇の花束をスッとネギに差し出す。
 「先生、どうぞこれを」
 呆然とするネギ。だが異変はこれだけに止まらない。
 「先生、これ食べてー!」
 「ちょうど子供服作ってたのー!」
 一斉に群がる桜子・円・美砂のチア部3人娘。彼女達の手は、すでにネギのズボンにかかっている。
 「はい、ぬぎぬぎしましょうねー」
 「止め、止めて下さい!」
 「まさか、本物!?」
 愕然とするアスナ。『しまった、飲んでおけば良かった!』と後悔したが、すでに後の祭りである。
 そんな最中、一瞬の隙を突いて、脱兎の如くネギが逃げ出す。
 「ネギ先生、待ってー!」
 「アスナさん、助けてー!」
 たちまち始まる鬼ごっこ。ネギの叫びに追いかけようとしたアスナだったが、ネギの逃走スピードが速すぎて、慌てて廊下へ出た時には、既に姿を見失っていた。

図書室―
 廊下での逃走劇の最中、のどかに助けられたネギは図書室へ籠城していた。惚れ薬の効果が切れるまでの時間稼ぎが目的である。
 「助けてくれて、ありがとうございました」
 「鍵をかけたので、しばらくは大丈夫かと」
 荒い息をつくネギ。だが目の前にいたのどかの顔が、見る見る赤くなっていく。
 その事実に気づく事無く、息が落ち着いてきたネギは興味深そうに周囲を見回した。
 「うわあ、いっぱい本があるんですね!」
 手近な本棚に駆け寄りながら、ネギが『すごいなあ』と好奇心を露わにする。そんなネギの後ろに、のどかが顔を真っ赤にしながら近づいていく。
 「この学校ってとても古くて、ヨーロッパから来た人が作ったそうです。歴史が長いから蔵書数も多くて、けど、大学部にある図書館島は、ここの何千倍もあるんです」
 「詳しいんですね、宮崎さん」
 いつのまにか背後に近付かれていた事に、やっと気がつくネギ。のどかにジッと見つめられ、額に大きな汗が浮かびだす。
 距離を取ろうと、ネギは右に左に移動する。その度に、まるで街灯に引き寄せられる虫のように、のどかはフラフラと近寄っていく。
 「あ、アスナさーん!」
 「ネギせんせー♥」
 密室の図書室を舞台に、再び始まる鬼ごっこ。だが床に縦積みになっていた本に足を取られ、2人とも勢いよく転ぶ。
 「いてて・・・大丈夫ですか?宮崎さ・・・」
 顔を上げたネギの前には、のどかのスカートの中身が広がっていた。
 慌ててスカートを押さえるのどか。だが慌てたせいで、お尻の下に積まれていた本の山が崩壊。ネギを巻き込むように倒れ込む。
 「あ、あの・・・宮崎さん、どいて下さい」
 「は、はい。そうですね・・・」
 「い、言ってる事とやってる事が違いますー!」
 のどかの顔が、ゆっくりとだが近づいてくる事に焦るネギ。だが―
 バキイッ!と音を立てて、図書室のドアが吹き飛ぶ。
 「何をやっとるかー!」
 「あ、アスナさん!危ないですよ!」
 蹴り飛ばされたドアは、ネギとのどかを掠めるように飛んでいた。その影響で、のどかは完全に目を回してしまった。
 「全く、世話が焼けるわね・・・」
 「うう、ごめんなさい・・・」
 「でも、まさか本当に効果があるとは思わなかったわ」
 ズイッと顔を近づけるアスナ。
 「本物だと知った時、正直言って『使いたいな』とは思ったわよ。でも良く考えたら、私もパルも惚れ薬は必要ないのよね」
 「そうなんですか?」
 「私もパルも、本当の自分を好きになって欲しいからよ。薬で好きになってくれたとしても、本当に喜ぶ事はできないと思ったの」
 気絶したままののどかを抱き上げると、アスナはネギに笑いかけた。
 「近衛さんに惚れ薬を作った事をバレナイようにしなさいよ。いいわね?」
 「は、はい!」
 「宜しい。それじゃあ、帰りましょうか!」

その日の深夜―
 世界樹の魔力を求めて侵入してきた敵を、シンジは刹那や真名とともに迎撃していた。
 以前の作戦で強硬派の1人を生け捕りにしたおかげで、関西呪術協会では強硬派への圧力が強まり、最近は襲撃も無く大人しい物だった。
 だが今晩は違った。久しぶりに全方位からの鬼族や烏族が侵入してきたのである。
 『久しぶりに、たくさん来たでござるな』
 楓の呟きに、樹上からスナイパーライフルで烏族を狙い撃ちにしていた真名が『全くだ』と同意する。するとインカムから答えが返って来た。
 『多分、フリーの連中で力を求める奴らが手を組んだんだよ』
 『どうして分かるんですか?』
 「詠春さんが、今の強硬派に集団行動を許すような真似を認める訳が無いから。いくら詠春さんが温厚でも、曲がりなりにも一組織のトップだからね。そこらへんはキッチリやってる筈だよ」
 符が飛び、剣閃が翻り、銃声が響き、十字手裏剣が暴れる。やがて襲撃は終わりを告げた。
 「今日の仕事は終わりだな」
 樹上から飛び降りてきた真名が、射程範囲内には敵の姿が無い事を保証する。
 「そうだね。少し早いけど帰ろうか」
 「そういえば、シンジさん。今日は学校へ来られなかったみたいですけど、何かあったんですか?厨房の人手が足りないとは聞きましたが、それでも午後からなら来られたと思うんですが」
 「ちょっとお爺ちゃんから頼まれごとされてね。その件で昼間は留守にしてたんだよ。僕の留守中に、ネギ君が何か騒ぎでも起こしたの?」
 刹那と真名、楓が思い出したのは、授業中の光景である。幸いにも、惚れ薬騒動の時には、3人とも教室にいなかったので、彼女達は事件が起きていた事その物を知らなかった。
 「ネギ坊主は、相変わらず玩具になっているでござるよ」
 「光景が目に浮かぶなあ・・・悪い子じゃあないんだけど」
 それには同感なのか、少女達も素直に頷いてみせる。
 「そうそう、1つ頼みたい事が有るんだ。もし僕のいない場所でネギ君がトラブル起こしたら、連絡を貰えないかな?」
 「それぐらいは構いませんが、何かあったんですか?」
 「昨日、ネギ君が魔法使いだと言う事がバレました」
 絶句する少女達。ネギが来校したのは昨日の朝である。なのに、昨日の内にバレたというのはどういう事だ?と3人は互いの視線を交差させあった。
 「階段から転げ落ちた宮崎さんを助ける為に、魔法を使った所を目撃されたんだよ。もし魔法を使っていなければ、最悪、宮崎さんは頭を打って死んでいたかもしれない」
 「怒るに怒れませんね、それは」
 刹那の苦笑いに、やはり苦笑いで返すシンジ。
 「ネギ君は幼いから、それとなくフォローしてあげたいんだ。それなりに御礼は用意するから頼むよ」
 「どんな条件かぐらいは聞いておこうか」
 「土日に夕食一回奢る」
 む、と声を上げる3人。
 「・・・まあ、妥当な所ですね。できればデザートを奮発して欲しいところですが」
 「それぐらいなら対応できるよ」
 「では、話は決まりでござるな」

数日後、学園敷地内―
 時間は昼休み。お弁当を食べ終えたアキラ、裕奈、まき絵、亜子の4人はバレーボールをトスしあって遊んでいた。
 「そういえばさ、ネギ君が来てから5日経ったでしょ?みんなはネギ君の事、どう思ってる?」
 「そうだな・・・良いんじゃないかな、可愛いし」
 「そだね、教育実習生として頑張ってるし」
 肯定的なアキラと裕奈。だが亜子だけは違った。
 「でもうちら、来年は受験だよ?子供じゃ頼りなくない?」
 客観的に考えれば、亜子の言う通りである。いくら頭が良かろうとも、受験勉強を子供に教わりたい、等と考える者はいない。
 「でも、何とかなると思うよ。私達、大学までエスカレーターだし、補佐として高畑先生や近衛さんもいる訳だし」
 「高畑先生はともかく、近衛さんは頼りになるかな?料理は頼りになるけど、他には夕映を玩具にしてる所とか、ハルナが惚れてる事ぐらいしか思い出せないんだけど」
 彼女達にとって、近衛シンジという存在は微妙である。
 何せ、頼りになった、という経験がほとんど無いのである。面倒見が良いのは知っているが、それを打ち消して余りあるほどに、トラブルメーカー的な実績を築き上げている。
 「双子ちゃんと気が合いそうな性格、という時点で不安だよねえ」
 「そうなると、やっぱり頼みの綱は高畑先生やな」
 「そうだよねえ、高畑先生は大人の人だから、相談しやすいもんね」
 まき絵の言葉に、3人がウンウンと頷く。
 「と言うより、ネギ君が私達に相談に来る方がありえそうだよ」
 「アハハ、経験豊富なお姉さまとして?」
 ポーンとトスし損ねたボールが弾む。
 「ちゃんとトスあげてよね」
 転がったボールを拾い上げるまき絵。
 「誰が経験豊富なお姉さまですって?」
 「笑わせてくれるわね」
 「あ、あなたたちは!」

 「コラー、何やってるんですか!」
 校庭でバレーで遊んでいた所、聖ウルスラの生徒と、2−Aの生徒の間で争いが起きた事を聞いたネギは、担任教師の自覚をもって仲裁にやってきた。
 だが悲しいまでに、ネギは子供である。
 あっという間にウルスラの生徒に揉みくちゃにされるネギ。必死になって2−Aの正当性を主張するが、女子高生の歓声に呑みこまれて全く聞いてはもらえない。
 「いいかげんにおよしなさい、オバサマ方!」
 ボムッと音を立てて、投げ込まれたバレーボールがウルスラの1人の後頭部にものの見事に直撃した。
 「アスナさん!委員長さん!」
 「ここはいつも、私達2−Aの乙女が使っている場所です。高等部の年増の方々は、お引き取り願えますか?」
 「何ですって!」
 一触即発の空気が場を支配する。そして始まる取っ組み合いの喧嘩。そこへ姿を見せたのは、タカミチとシンジである。
 「昼間から喧嘩?元気だねえ」
 「あのねえ、近衛さん。もう少し緊張感はないの?」
 「そんな物はないね。第一、喧嘩なんて下らない事に興味は無いし」
 その言葉にカチンと来たのか、ウルスラの生徒が食って掛かった。
 「アンタ男よね。どうして女子校エリアにいるのよ!」
 「随分積極的だねえ、でも貴女は僕のタイプじゃないからお断りという事で」
 「誰もそんな事、言ってないでしょうが!」
 『ああ、また玩具にしてる』と呆れるアスナ達。すでに喧嘩の意思など、はるか彼方に吹き飛んでいる。
 「はいはい、そこまでにしなさい。彼はれっきとした職員だよ。それはそうとして、君達も大人げないぞ。中学生相手に大人数で喧嘩を売るなんて、ね」
 タカミチの言葉に、口籠る一同。
 だが状況的に不利とみたのか、ウルスラの女子生徒達は素直に引き上げた。
 「あの、ありがとう、タカミチ」
 「まあ、こういうこともあるさ」
 ネギの頭を優しく撫でると、タカミチはその場を後にした。

2−A教室―
 次は体育の為、全員揃って教室で着替えていた。
 「それにしても、やっぱり高畑先生ってすごいよねえ」
 「うん」
 「確かに頼りにはなるかにゃー」
 亜子の言葉に、アキラと裕奈が賛同する。それを聞いていた木乃香が話に加わって来た。
 「何かあったん?」
 「高等部と場所の取り合い」
 「えー、またー?」
 「みんな、やられてるよねえ」
 アスナの言葉に、鳴滝姉妹が不満そうに頬を膨らませる。
 「ネギ君はちょっと情けなかったかな?」
 「でも10歳なんだからしょうがないよ」
 裕奈の言葉にまき絵が賛同したが、それは他の少女達も同感だったらしく、ほとんどの少女達が頷いていた。頷いていないのは、あやかとのどかぐらいである。
 「近衛さんは、やっぱり微妙だったよね」
 「相手にしてないと言うか、からかって遊んでいると言うか・・・」
 「少なくとも、頼りになったとは言えないかな」
 亜子とまき絵の言葉に、アキラが賛同する。料理に関してはこれほど頼りになる者はいないが、他の点に関しては頼りなるとは言い難いのだから仕方が無い。
 「やっぱり、そう思うよね?」
 「何かあったの?裕奈?」
 「お父さんがさ、近衛さんとは喧嘩しない方が良いよ、って前に言ってたのよね。学園長の孫だから?って聞いてみたら、笑って誤魔化されちゃってさ」
 ますます困惑する少女達。その言葉が意味する事を理解している少女達は、真実を口にする訳にもいかず、無言でソソクサと着替えに専念する。
そんな更衣室でのお喋りタイムを、アスナが遮った。
 「遅刻しちゃうから、そろそろ行こう」
 「え?もうそんな時間!?急がなきゃ!」

屋上、バレーボールコート―
 「あら、奇遇ね」
 そこにはバレーボールをしている聖ウルスラの生徒達がいた。
 「あー!高等部2−D!」
 「私達、自習だからバレーボールやってるのよ。貴女達は?」
 「私達は授業でバレーやるのよ!」
 「あら?ダブルブッキングしたみたいね」
 再び場を支配する一触即発の空気。だがアスナの叫びが響く。
 「アンタは何でそこで捕まってるのよ!ネギ坊主!」
 「そ、その・・・体育の先生が用事で来れなくなったので、代わりに僕が来たんです。そしたら・・・」
 「とにかく、今回は私達が先よ。お引き取り願おうかしら?神楽坂明日菜さん?」
 もともと沸点の低いアスナなので、手が出るのも早い。だがそこへ聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 「また喧嘩?それしか能がないの?君達は」
 「「「「「一緒にするな!」」」」」
 ウルスラと中等部、両者ともに互いが互いを指差しながら、シンジに猛抗議をする。
 「ふうん・・・ネギ君、君は教師だ。教師として、君ならこの状況をどうやって解決するかな?」
 「やっぱり、どんな理由があっても暴力だけは駄目だと思うんです。だから、ここはクラス対抗で、スポーツで勝敗を決めようかと思います」
 「うん、良いんじゃないかな。で、種目はどうするの?」
 「待った待った、まともにやったら、こちらが不利よ。体格が全然違うんだから!」
 慌てるアスナ。確かに真名や楓という例外はいるが、基本的にはウルスラ側の方が大きい体である。その点だけを考えれば、確かに中等部側が不利に見えた。
 (・・・まあ神楽坂さんは、桜咲さんやエヴァンジェリンさんの裏の顔を知らない訳だしなあ・・・)
 まともにやっても勝てるよなあ、と内心で思うシンジである。
 「そうね、負けたら私達はコートを出て行くし、昼休みに邪魔もしない。どうかしら?」
 「そうだとしても、バレーじゃ不利すぎるでしょうが!」
 「そうね、だったらドッジボールはどうかしら?ハンデとして、そちらは倍の22人。こちらは11人で良いわよ?」
 「分かったわ、受けて立ってやろうじゃない!」
 2−Aメンバーが『おー』と歓声を上げる。
 「ただし!私達が勝ったら、ネギ先生を譲って貰うわよ?良いわね?」
 「「「「「「えー!?」」」」」」

9名の不参加者リスト:エヴァンジェリン、茶々丸、美砂、円、桜子、真名、刹那、楓、ザジ。

「あらら、主力がごっそり抜けたもんだね」
「たわけ、ガキの遊びになどつき合っていられるか」
「私が参加すると、あまりにも不公平かと」
吸血鬼主従の言い分に納得するシンジ。チア部3人娘はともかく、刹那や真名達までもが抜けたのは、シンジとしては予想外だった。
「まいったなあ、これじゃ負けるぞ」
 ピクンと反応する参加組。
 「ちょっと近衛さん、こっちは倍の人数よ?負ける訳無いでしょう」
 「いや、負けるよ。数は力だけど、状況によってはマイナス要素になるからね」
 シンジの言葉の意味に気付いているメンバーはあまりにも少なかった。何より、その言葉の意味を理解できるメンバーが、軒並み不参加というのが致命的である。
 言葉の意味を理解できないメンバーからの冷たい視線をよそに、シンジは手帳を取り出すと、サラサラと何かを書きとめた。
 「ネギ君、ちょっとおいで」
 「はい?何ですか?」
 近寄って来たネギに、コソコソと耳打ちするシンジ。その間にネギのポケットに紙片を放り込む。
 「と言う訳だから、上手くやってごらん」
 「はい!任せて下さい!」
 「うん、良い返事だね。僕はちょっと用事があるから、少し席を外すよ」
 ヒラヒラと手を振ると、シンジは本当にコートから立ち去ってしまった。
 「・・・私、近衛さんの事、見損なったわ。いいわよ、勝ってやろうじゃない!」
 アスナの言葉に『おー!』と歓声をあげる一同、だが図書館探検部4人だけは、どこか気まずそうであった。
 そんな4人にネギが近寄っていく。
 「そんな顔をしないで下さい。シンジさんは皆さんの事を裏切ったりするような人じゃありませんから」
 「・・・うん、そやな。お兄ちゃんの事、妹の私が信じてあげないといかんな」
 「ネギ先生の言う通りだと思うよ、ゆえゆえ、ハルナ」
 「考えてみればクリスマスの時だって、あの人は逃げ出さなかったです。なら、何か理由があるはずです」
 「うん、そうだね。私が信じてあげないといけないもんね!」

 「よし、行くわよ!」
 気合いの入った掛声とともに、アスナがボールを投じる。その一投は狙い通りに、ウルスラの女生徒の1人に命中した。
 「ナイス、アスナー!」
 裕奈とアスナがハイタッチで喜びを露にする。その一方で、あやかが高らかに宣言する。
 「この喧嘩、必ず勝ちますわよ」
 「OK!」
 「アスナさ〜ん、これは喧嘩じゃあ・・・」
 「アンタは怪我するからあっち行ってなさい」
 シッシとネギを追い払うアスナである。だがそんなアスナ達を、ウルスラ陣営は余裕たっぷりの態度で眺めていた。
 「何も分かってないわね、アンタ達。やっぱり子供先生は私達の物よ」
 ウルスラのリーダー格らしい少女が、ボールを手にして走りだす。
 「さあ、行くわよ!子スズメ達!」
 「目がマジだよ!あの人!」
 「あわわ、あのお姉ちゃん、怖いよ!」
 慌てて距離を取ろうとする2−A。だが陣地内には22名と言う内野陣がギッシリと詰まっている。当然の如く、逃げ場所など欠片もない。
 逃げ場所が無くパニックに陥る2−Aメンバー。その中で背中を向けていたメンバーに、ボールが投じられる。
 ボン、ボン、ボンとリズミカルな音とともに、ボールは命中した。
 「3名アウト!」
 ハルナ、千鶴、風香が早くも退場。残り内野陣19名+ネギ。
 だがウルスラの攻撃は終わっていない。弾んで戻ってきたボールを拾い、再度ボールが投じられる。
 ボン、ボン、ボン、ボンと繰り返されるリズミカルな音。
 今度は和美、聡美、夏美、五月が退場。内野陣は15名+ネギと、早くも7名脱落である。
 「今のは対応できたでしょう!もっと良くボールを見なさい!」
 「だって、こんなギューギューじゃ動けないって!」
 和美の言葉に、全員がハッと気が付いた。
 「ドッジボールで数が多いのは有利じゃない!単に的が多くなって当てやすくなっただけじゃん!」
 遅まきながらに、事実に気づくアスナ達。
 「まさか、近衛さんが言ってた事って、これの事だったんじゃ!」
 『いや、負けるよ。数は力だけど、状況によってはマイナス要素になるからね』
 シンジの言葉が真実であった事を理解し、現状の危険性に気付いたアスナ達だったが、すでに火蓋は切って落とされている。既に手遅れであった。
 「じゃあ、22対11ってハンデじゃないじゃない!何でもっと早く気がつかないのよ!」
 「アンタだってその条件、飲んだでしょうが!」
 仲間割れを始めるアスナとあやか。そんな2人を余裕たっぷりに、ウルスラ陣営は眺めている。
 「気づくのが遅いのよ。そんなに子ザルが固まってたら、動ける者も動けないわよ?」
 「みんな、固まらないで散って!的になるわよ!」
 「いやー!」
 散り散りになるアスナ達。だがその散り方は場当たり的な逃げの散り方である。好き勝手に逃げている今の状況は、ウルスラにとって有利と言えた。
 「まずは取る気の無い奴から!」
 ボン!と音を立てて、史伽の後頭部にヒットする。内野陣は14名+ネギ。
 「史伽!」
 「酷いですよ!後ろから頭に当てるなんて!」
 「後ろを向いてるのが悪いのよ!」
 亜子とネギの抗議も、今のウルスラには負け犬の遠吠えである。聞く価値など、欠片もない。
 「次は後ろを向いてるアンタよ!」
 「本屋!狙われているアルよ!」
 古が注意を飛ばすが、怖くて体を縮こまらせているのどかには、全く反応できない。ボールは音を立ててのどかに飛び―
 「大丈夫!?後ろ向いてたら狙われるわよ!」
 「アスナさん、ありがとう〜」
 間一髪の差で、飛び込んだアスナがキャッチする。その活躍に、裕奈や亜子が歓声を上げる。
 「よくも、やってくれたわね!女子中学生の底力、見せてやる!」
 気迫の一投を投じるアスナ。狙いは先ほどから8人を外野送りにしているウルスラのリーダーと思われる少女である。
 だがその剛速球を、彼女は顔を顰めながらも正面から受け止めてみせた。
 「えーー!馬鹿力のアスナさんの投球を片手で!?」
 「馬鹿力馬鹿力うるさいわよ!」
 チームメイトに食ってかかるアスナ。確かにアスナにしてみれば、文句の一つも言いたいのかもしれない。
 「この程度で全力投球とは笑わせるわね。そもそもアンタ達子ザルの集団が、私達に勝てる訳ないのよ。何せ私達の正体は」
 一斉に制服を脱ぎ棄て、体操服姿に変わるウルスラ陣営。
 「ドッジボール関東大会優勝チーム、麻帆良ドッジ部『黒百合』!」
 バーンと胸を張るウルスラ陣営。そして関東大会優勝という成績に、素直に驚いたネギは、パチパチと拍手する。だが―
 「・・・高校生にもなってドッジ部?」
 「小学生ぐらいまでの遊びちゃうの?」
 「うるさい!余計なお世話よ!」
 丸くなって小声で皮肉を口にし始めたアスナ達に、顔を赤くしながら憤慨するウルスラ陣営。だがその実力は、侮って良い物ではなかった。
 「ビビ!しい!トライアングルアタックよ!」
 早いパスワークからの隙を突く一投で、あやか、夏美、千雨と3名が脱落。内野陣は11名+ネギとあっという間に追いつかれてしまった。
 11対10というスコアに、愕然となる2−Aメンバー達。
 「ど、どうしよう。このままじゃ負けちゃうよ」
 「ハンデ分、追いつかれちゃったよ〜」
 敗北の予感に、士気が下がり始める2−A陣営。そこへ駄目押しの攻撃を仕掛けるウルスラ。
 「次の標的は神楽坂明日菜ね、しい!アレ、行くわよ!」
 ポーンとバレーのトスのようにボールが上がる。標的宣言されたアスナは捕球態勢に入るが、ボールは太陽と重なっていた。
 「しまっ」
 「くらいなさい、太陽拳!」
 バレーのアタックのように飛んでくるボール。目が眩んだアスナは、ボールを取るどころの騒ぎではない。
 しかし、いつまで経ってもボールはアスナに向かって飛んで来なかった。
 不思議に思って目を開けると、そこには顔を押さえて蹲っているネギの背中があった。
 「ネギ先生、大丈夫!?」
 慌てて駆け寄る少女達。アスナは自分をネギが庇ったと理解すると、遅れてネギへと駆け寄った。
 「ネギ!アンタ大丈夫なの!?」
 「あはは、大丈夫です。ちょっと痛いですけど」
 ボールは柔らかいバレーボールを使っているが、女子高生のアタックである。ちょっと痛い程度で済むはずがない。何より、ネギの口の端から、赤い糸がツーッと滴っていた。
 「アスナさん、大丈夫ですか?」
 「私は大丈夫よ!それよりアンタよ!口の中、切ってるかもしれないのに!」
 「あはは、ちょっと歯がグラグラしてるみたいですけど、大丈夫です」
 ネギの年齢を考えれば、歯と言っても乳歯だという事はすぐに分る。だから大事ではないが、それでも許せる物ではなかった。
 「よくも、アンタ達!」
 「待って下さい!アスナさん!」
 痛みを堪えて、両足で立ち上がるネギ。
 「ウルスラの皆さん、こちらは作戦タイムを取ります」
 「ふ〜ん、別に良いわよ。でも5分だけだからね」
 「分りました、ありがとうございます。2−Aの皆さん、外野も含めて全員、集まって下さい!」
 ネギの呼びかけに応じ、少女達が集まってくる、その顔は、ネギを心配する者、ウルスラのやり方に腹を立てている者と様々である。
 そんな少女達の前で、ネギはポケットから紙片を取り出した。
 「それでは説明します。作戦は単純です。まず外野は・・・」

 作戦タイムを取った2−Aメンバーを、ウルスラ陣営は『悪あがきしてんじゃないわよ』と呆れたように眺めていた。
 そんな中、2−A陣営から『えーっ!?』という驚愕の叫びと、『面白そうネ、超、手伝うアルね』という古の言葉が飛び出す。
 それだけではない。アキラの『任せろ』という声は自信に満ちているし、アスナと裕奈は『やってやろうじゃん!』と意気軒高である。
 「それじゃあ、再開しましょう!僕は外野行きますけど、皆さん、頑張ってください!」
 「任せなさいって!」
 2−Aメンバーは、サムズアップでネギに応える。ネギの作戦は単純ではあったが、実に理に叶った作戦であった。だからこそ、アスナ達も自信をもってコートに戻る。
 「ウフフ、足掻いても無駄よ。もうアンタ達の負けは確定して」
 「5秒ルールです!」
 のどかの叫び声と、夕映のホイッスルの音に固まるウルスラ陣営。そんな中、のどかは体育のルールブックを開きながら説明する。
 「ボールを5秒以上持ち続けるのは反則だと書いてあります」
 「クッ、良いわよ、それぐらい認めてやろうじゃない!」
 ボールは2−A陣営に渡る。同時にアキラが全力でボールを投じて、ウルスラの1人を外野送りにする。これで11対9。
 「この良い気になってんじゃないわよ!」
 逆襲するウルスラ陣営。だが2−Aは待ち構えていた。
 中央に超・古・アキラを配置、残り8名は3人を丸く囲んでいる。そして両足を開き、膝を曲げて重心を落としている。
 ドッジボールにおいて、足を狙って投げるのは鉄則である。なぜなら、足の位置のボールを取るのは難しいからである。
 だがそれは相手が普通に立っているか、走っているかの時のみ。予め重心を落として待ち構えている状態ならば、足の高さは一番捕球しやすい高さである。
 正面に来たボールを、亜子がガッチリと受け取る。即座に投げるのではなく、ボレーシュートで返球し、1人外野送り。だが空高く弾んだボールを、裕奈が飛び上がりダンクシュートのように再度、投じて更にもう1人。
 「よっしゃー!」
 内野陣は11対7。これで差が少し開く。
 「足下が駄目なら、これで!」
 顔の高さを狙って投じられるボール。だが真っ正面にいた木乃香は、作戦通りに尻もちをついた。
 ボールは木乃香の頭上を通過。だが中央で待ち構えていた古が、反射神経に物を言わせて簡単にキャッチする。
 「ナイス、木乃香!」
 「えへへ、上手くいったな」
 古が外野へボールを投じて、パスワークを始める。ウルスラ陣営は中央に固まりだすが、パスに翻弄されて動きがぎこちない。
 そこへ外野に回っていたあやかが、背中を見せていた少女目がけて、鋭い一投を投じて1人外野に送る。これで11対6。
 「おほほほほ!」
 あやかの高笑いに歯噛みしながら、ウルスラ陣営もパスワークで対抗した。2−Aを遙かに上回る、高速のパス回し。だが2−Aは全く慌てない。
 円陣を崩さず、体の向きだけ変えるのである。これでは全く隙がない。
 「こ、こいつら!」
 「残念だったわね。どれだけアンタ達が上手でも、ボールは1つしかないんだから!」
 「それなら!」
 急にパスのルートを変更するウルスラ陣営。隣へではなく、向かいへやや高めのボールを投じる。だが―
 「アキラ!」
 コクンと頷いたアキラが、垂直ジャンプ。その長身と伸ばした両手で、バレーボールのトスのように、ボールを真上に上げる。
 「任せて!」
 体勢を崩したアキラに代わり、アスナがノーバウンドでボールをキャッチ。地面には触れていないので、内野陣営の数に変更はない。
 まさか取られるとは思っていなかったのか、ウルスラ陣営は驚きで硬直している。その隙を突いて、アスナが投げて1人を外野に送る。これで11対5。
 「これならどうよ!」
 絶対にアキラでもとれない高さのボールでパスをする。
 「超!」
 「うむ」
 超がバレーのレシーバーのように組んだ両手に、古が足をかける。
 「行くネ!」
 まるで中国雑技団のように、空中へ飛び上がる古。なんなく高いパスすらも、古はキャッチして地面に降り立った。
 あまりにもとんでもない光景に、ウルスラ陣営は唖然とするばかりである。
 パス回しからの一撃でルーズボールとなったボールで、御返しとばかりに力任せの投球を仕掛ける。
 狙いは動きの鈍いのどか。だがその場合の対応方法も、ちゃんと用意されていた。
 「えい!」
 両手でボールを真上から叩きつけ、そのまま地面に抑え込んだのである。
 「ナイスです、のどか!」
 「ごめんね、怖くて取れなかったよ」
 「問題ないです。こちらには強力なアタッカーがいますから」
 ネギの最後の策。それは外野に行く代わりに、2−A陣営に確実にボールを残す方法であった。
 アスナが投じたボールが、ウルスラの選手に命中。また1人外野へ送る。これで10対4となった。
 もはや2−Aの勝利は揺るぎなかった。

 終わってみれば、結果は10対3。2−Aの圧勝である。
 敗北に打ちひしがれるウルスラ。ネギを胴上げし。勝利に沸く2−A。勝敗は完全に決したが、それでもウルスラのリーダーは悪足掻きした。
 「まだロスタイムよ!」
 全力の投球が、アスナ目がけて放たれる。その一投に気付いたネギが、割って入った。
 「あ、危ないじゃないですか!」
 まさかネギに止められるとは思わなかったのか、呆然とするウルスラのリーダー。そこへノンビリした声が割って入った。
 「ネギ君、そろそろ終わったかな?」
 「シンジさん!シンジさんの作戦で勝ちましたよ!」
 「ネギ君!それは言っちゃ駄目だったら!」
 その言葉に、ネギが『あ』と口に手を当て、シンジが『あーあ』と天を仰ぐ。
 そのおかげで、アスナ達もネギの作戦が誰の発案による物だったのか、ピンと来てしまった。
 『仕方無いなあ』とばかりに、シンジが苦笑いしながら、ネギの頭をグリグリと撫でまわす。
 「そういえば、先輩方。お客様がお待ちですよ?」
 頭に?マークを浮かべながら、シンジが指さした先へ顔を向けるウルスラ陣営。その直後、顔が文字通りひきつった。
 「貴女達!中学生相手に何をやってるんですか!」
 「シ、シスター・シャークティー!?」
 聖ウルスラでもっとも怒らせてはいけない教師の登場に、もはや悲鳴をあげるばかりである。
 「シンジさん、これはどういう事なんですか?」
 「大した事じゃないんだけどね。高等部には高等部のコートが用意されているんだ。なのに中等部のコートを使って良いなんてルールがある訳ないでしょ」
 全く同じタイミングで、ポンと手を叩く2−Aメンバー。良く考えてみれば、当然の事である。
 「だったら、最初に言ってくれれば良いじゃないですか!」
 「何で?折角、ネギ君を認めてもらうチャンスなのに?」
 その言葉に、コート上にいたメンバー全員がシンジに視線を向けた。それはお説教していたシスター・シャークティーも例外ではない。
 「ネギ君は子供という理由で、信用を勝ち得ていなかったからね。だからウルスラの皆さんには、踏み台になっていただきました。言い換えるなら噛ませ犬、生贄、尊い犠牲」
 「・・・どういう事?」
 「ばれちゃったから教えるけどね、あの作戦だよ。ネギ君の発案による、土壇場からの逆転劇。そうすれば、みんなのネギ君を見る目も変わるでしょ?まあ、ネギ君の顔面ブロックは僕も予想してなかったけど」
 確かにシンジの言う通りである。ネギの身を呈した行動が、敗戦気分に陥っていた少女達に、勝利への意欲を湧かせたのは事実であった。
 だがウルスラの生徒達にとっては泣きっ面に蜂である。咬ませ犬にされたどころか、シスター・シャークティーのお説教付きなのだから、堪ったものではない。
 「ま、そういう事。ネギ君、高畑先生が呼んでるから行こうか。学年末テストの件で相談したい事があるんだって」
 「は、はい」
 踵を返す2人。あっというまに階段の向こう側に2人の姿は消えていく。
 「・・・アスナ。私ね、やっとお父さんが言っていた意味が理解できたわ」
 「奇遇ね。私もよ、裕奈」
 周囲を見回すと、誰もが頷いた。
 「「「「「「あの人、悪党だ」」」」」」
 「ええ!何でよ!」
 ハルナの不思議そうな質問は、誰にも受け入れられなかったそうである。



To be continued...
(2011.11.12 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は惚れ薬騒動とドッチボール対決の話になります。
 惚れ薬騒動については、9割以上は原作そのままになってしまいました。最後の方でチョロッと世界樹防衛戦が挿入されていますが、これについては正直、失敗したなあと反省中です。どうせなら惚れ薬をハルナに飲ませて、ドタバタ騒動をやらせるべきだったかもしれません。
次にドッチボール対決。他作者様のSSだと、特にドッチボール対決については、色んな書き方が有るようでしてwただ私としては、2−Aらしさを出すには、正面突破しかないだろうと考えました。その上でシンジの存在を加味した訳ですが、如何だったでしょうか?楽しんで頂ければ幸いです。
 話は変わって次回ですが、学年末テストの話になります。ただ10話と11話の2分割になるので、イメージとしては学年末テスト前編と言った所です。
 テストで良い点を取る為、図書館島へ侵入するアスナやネギ達。一方、シンジは残された生徒達を飴と鞭で刺激しようとする。そんな感じの話になります。
 個人的には、腹黒いシンジを書きたくて仕方ないのですが、どこまで腹黒く出来るかが不安ですw
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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