第十話
presented by 紫雲様
学園長室―
「・・・そうかそうか、ネギ君は上手にやっておるか」
「はい。生徒とも打ち解けていますし、授業内容も頑張っています。正直、10歳とは思えないほどですわ」
「ふぉっふぉっふぉ、それは嬉しい言葉じゃのう」
しずなの評価に、近右衛門も我が事のように喜びを露わにする。
「学園長先生のお孫さんも、色々な面でネギ君をフォローしてくれています。おかげでネギ君も、彼の事を兄のように慕っているそうですわ」
「それは嬉しい誤算じゃのう。タカミチ君以外にも、そう思える相手が出来たのはネギ君にとって良い事じゃし、シンジにとっても良い事じゃろうて」
豊かな顎鬚を撫でながら、満足そうに頷く近右衛門。対するしずなも小さく頷く。
「この分なら、ネギ君を4月から正式な教員として採用してあげられるのう。しずな君はどう思う?」
「そうですね、指導教員として言わせて戴ければ、合格点を出しても良いと思いますが」
「なるほどなるほど、御苦労じゃったのう、しずな君・・・おや、どこじゃ?」
「上ですわ、学園長」
しずなの豊かな胸の間に挟まった、妖怪ぬらりひょんの頭部目がけて、しずなが鋭い肘打ちを一閃する。
しかし年齢と生命力が比例しているとしか考えられない老人は、頭部からダクダクと血を流しながらも、気絶する事無くハッキリと言葉を紡いだ。
「では、試験をしようかのう。才能ある立派な魔法使い 候補生としての試験をな」
中等部、廊下―
桜子、裕奈の2人と一緒に廊下を歩いていたネギは、途中で見かけた教室の中で、必死になって勉強している生徒がたくさんいる事に気付いた。
「・・・何か、ピリピリしてますね」
「そろそろ中等部の学年末テストが近いからね」
「来週の月曜からだよ?」
その言葉に、先日、タカミチやシンジと相談した事を思い出す。問題そのものは学年共通なので、ネギが手を出す必要は無いのだが、それでも教師がテスト日程を忘れるというのは、幾らなんでもマズイ。
「と言う事は、2−A もそうなんですよね?」
「あはは、うちの学校エスカレーター式だから、あんまり関係ないんだよ」
「裕奈の言う通り!特に2−A はずーっと学年最下位だけど、大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないですよ〜」
両目から滝のように涙を流すネギ。
(・・・これは、先生として何とかしないといけないのでは?)
先日のドッジボールの一件以来、教師の自覚がちょっとずつ身についてきたのか、ネギが真剣に考え込む。特にこの麻帆良学園は、テストで1位を取ったクラスにはトロフィーを贈呈する習慣がある。今まで学年最下位しか取った事が無いのなら、一度ぐらい1位を取ってみたいと思っても、決して間違いではないだろうと考えた。
「ネギ先生。学園長先生から手紙を預かってきました」
「あ、はい!」
しずなから素直に手紙を受け取るシンジ。封筒の表面に書かれていたのは『最終課題』という4文字である。
(遂に最終課題が!?まさか、悪のドラゴン退治?それとも攻撃魔法200個習得とかかも!)
恐る恐る封を開けるネギ。2つに折りたたまれていた手紙を、ゆっくりと開く。
『ねぎ君へ。次のテストで2−Aが最下位から脱出できたら、正式な先生にしてあげる』
思っていた以上に平和、かつ簡単な内容にネギは笑顔を作る。
「な、なーんだ、簡単そうじゃないですか!」
心配しちゃって損した、と言った表情のネギ。だがしずなの顔は、決して明るくはなかった。
2−A教室―
「みなさん、聞いて下さい。いよいよ来週から学年末テストが開始となります。そこで、今日のHRは勉強会とします!今回のテスト、最下位脱出ができないと大変な事になるそうなので、みなさん、頑張って猛勉強しましょう!」
意気込むネギに対し、周囲の反応は微妙である。やる気の無いメンバーが大半を占めており、意気込んでいるのは少数派であった。
「はーい!提案提案!」
「はい!桜子さん」
「お題は英単語野球拳が良いと思いまーす!」
その瞬間、ネギの隣にいたシンジが、無言のまま黒板に頭を打ち付けた。
「どうしたんですか?シンジさん」
「ネギ君。悪い事は言わない、却下しなさい」
「えー!近衛さん、合法的にパルの素肌を見られるチャンスだよ!」
別の意味で盛り上がる2−A。その一方、ネギはと言えば英単語野球拳という言葉に対して、思考を巡らしていた。
(野球を取り入れた勉強法なのか?何となく面白そうだ・・・そうだな・・・よし、生徒の自主性に任せよう!)
「決めました!じゃあ、それで!」
「え!?」
愕然とするアスナ。この時点で、すでにシンジは教室のドアに手をかけていた。
「ネギ君。あとは宜しく。この件に関して、僕は一切関与しないから」
「イヤーーーー!絶対、アタシ脱がされる役に決まってるじゃん!」
そのままピシャンとドアを閉めてしまうシンジ。嫌がるアスナは桜子に強制連行されて助けを求めているが、誰もが笑うばかりで助けようとしない。
その一方で、ネギは2−Aの成績表に目を通し始める。
(学年トップの超さん、2位の葉加瀬さん、4位の雪広さん、20位の宮崎さん、100位以内に那波さん、朝倉さん、木乃香さん。300位から600位以内にたくさんいて、700から737位以内に古さん、長瀬さん、綾瀬さん、佐々木さん、アスナさんか。学年トップ級が3人もいるのは心強いんだけど・・・アスナさん達は厳しいかなあ・・・)
現状把握の結果、非常に厳しい現実に気がつくネギ。そんなネギの頭に、なにかがパサッと音を立てて降ってきた。
「ん?何これ・・・って、何やってるんですかー!」
ネギの前には、通称馬鹿レンジャーズと呼ばれている古・楓・夕映・まき絵・アスナが下着姿で立っていた。
それどころか、古・楓・夕映は『馬鹿レンジャー参上!』と掛け声をかけて決めポーズをとっている始末である。どう好意的にみても、勉強しているとは思えないだろう。
「ネギ君。これが英単語野球拳だよ。答えられない度に、服を1枚脱いでいくの!」
「近衛さんが逃げちゃったのは残念だよね。せっかくパルを集中攻撃してあげようと思ったのに!」
「私かよ!・・・まあ、責任を取って貰えるなら、それはありかもしれないけど・・・」
一斉に周囲から『良いのかよ!』とツッコミが入る。
もはや混沌と化した勉強会に、ネギは早くも絶望状態である。
(故郷へ強制帰国?ダメ魔法使い?ダメ先生?これは本気でマズイのでは・・・?)
「先生もやる?」
「やりませーん!」
否定したのは良いが、状況を打破する方策は全く見当たらない。
「そうだ、3日間だけとても頭が良くなる、禁断の魔法があったんだ。副作用で1ヶ月ほどパーになるけど仕方無い」
「コラー!やめやめー!」
慌ててネギの頭をどつくアスナ。副作用も怖いが、ここでネギが魔法使いである事を公にさせる訳にもいかないので、必死である。
制服を着直すと、アスナはネギを教室の外へと引っ張り出した。
「アンタねえ、魔法がバレたらアウトなんでしょ!このヘボ魔法使い!」
「で、でも・・・このまま最下位だったら、僕、先生になれないし、立派な魔法使いにもなれなくなっちゃう・・・」
「ほら、これ見なさい!」
ズイッと差し出されたのは、ボロボロになったノートと採点された小テスト。その中身に目を通していく内に、ネギのアスナに対する見方が変わっていく。
「私だって頑張ってるの。アンタが何を目指そうと勝手だけどさ、そんな風に中途半端な気持ちで先生されたら、生徒の方だって迷惑だと思うわよ」
「!!」
ガーンとショックを受けるネギ。この時になって初めて、ネギは生徒の為ではなく、自分の為に生徒を頑張らせようとしていた過ちに気付いた。
次の休み時間―
「ネギ君。相談ってなんだい?」
真剣な顔をしたネギは、英単語野球拳の間、ずっと教室から離れていたシンジを捕まえていた。
「実は、さっきアスナさんに教えて貰ったんです」
状況を説明し、それに対して自分が過ちに気付いた事を話した。その話を、シンジは黙って聞いている。
「僕、考えたんです。これからテストまでの間、魔法を封印しようと思います。シンジさんには迷惑をかけるかもしれないですけど、認めてほしいんです」
「良いんじゃないかな。ネギ君が自分で考えて決断した事なんでしょ」
予想に反してアッサリ認められた事に、口を開けて呆然とするネギ。そんなネギの頭をグシャグシャと撫でまわすシンジ。
「フォローはしてあげるから、3日間頑張りなよ」
「はい!ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
ネギの周囲に、光が集まり、杖がネギの手を離れてフワッと浮かぶ。
「tria fila nigra promissiva ,mihi limitationem per tres dies 」
ネギの周囲に現れる、黒く長いリボンのような物体。それがバシッと音を立てて、ネギの右手首に収束される。
「これで僕は3日間、ただの人間です。正々堂々、先生として頑張ります!」
「そうだね、それじゃあ一緒に頑張ろうか」
「はい!早速明日の授業のカリキュラムを組みましょう!」
その日の夜、大浴場『涼風』―
アスナ、楓、古、まき絵が集まって体を洗っていると、元気な声が飛んできた。
「アスナ、アスナ、大変やー」
「お、ちょうど馬鹿レンジャー、揃ってるわね!」
4人が振り返ると、そこには木乃香を筆頭に、のどか、ハルナ、夕映と図書館探検部が勢揃いしている。
「実はな、これは噂なんやけど、今度のテストで最下位取ったクラスは、解散になるそうなんや!」
「えええええええ!」
アスナとまき絵の悲鳴が、浴場中に響いた。
「で、でも何でそんな無茶な事に?うちの学校はクラス替えは無い筈でしょ?」
「それがお爺ちゃんが怒っとるらしいんや、ほら、ウチらずっと最下位やし」
あまりにも説得力のある木乃香の言葉に、反論する事も出来ない馬鹿レンジャーである。
「その上、特に悪かった人は留年!いや、それどころか小学生からやり直しとか!」
「「「「「何いい!」」」」」
その瞬間、馬鹿レンジャーの脳裏に浮かんだのは、ピカピカのランドセルを背負った、古びた小学一年生と化した彼女達自身である。馬鹿レンジャーの中では、一番背の低い夕映よりも、頭一つ分小さな一年生が無邪気に『おはよー』と挨拶してくる光景。
「ちょっと待つです!」
「そんなのウソよおおおおお!」
「いや、でもネギは昼間、少しおかしかった・・・最下位脱出が出来ないと、大変な事になる、って」
アスナの呟きに、周囲の視線が集まる。とくにまき絵は、絶望の未来図が浮かんでこないのか、すでに泣いている。
「今のクラス面白いし、バラバラになんの嫌やわ、アスナ」
「まずいよ、クラスの足引っ張ってるの、私達馬鹿レンジャーだよ・・・」
「今から必死になって勉強しても、月曜日には間に合わないアル」
頭を抱える少女達。特に馬鹿レッドの称号を欲しいままにするアスナは、常に学年ビリの本命である。さすがにこのままではマズイと悩む。
(・・・でも昼間にあんな大見え切っておいてネギに頼るなんてできないし・・・でもでも、1ヶ月パーなんて副作用は・・・)
「・・・私に案があるです」
「ゆえ吉、まさか?」
「ハルナの想像どおりですよ」
風呂場にまで持ち込んだ『抹茶コーラ』を堪能しながら、夕映は言葉を続ける。
「大学部にある『図書館島』。そこの深部に、読めば頭が良くなるという魔法の本が眠っていると言う噂があるのです」
「魔法の本!?」
「恐らく、出来の良い参考書か何かだとは思いますが、それでも手に入れば強力な武器となります」
一旦、静かになる浴場。その後で笑い声が響きだした。
「もー、ゆえ吉ってば、あれは単なる都市伝説だよ」
「そうよね、ウチのクラスも変な人多いけど、さすがに魔法なんて存在しないよねー」
「アスナはそういうの、全然信じないんやったなー」
だが今のアスナには、友人達の言葉は届いていなかった。なぜなら、アスナは魔法使いが実在する事を知っているから。
(ネギもそうだけど、シンジさんも魔法使いなのよね・・・だったら、頭が良くなる魔法の本が実在しても、おかしくない!)
拳を握りしめ、ザバーッと立ち上がるアスナ。
「行こう!図書館島へ!」
「「「「「「ええええええ!」」」」」」
夜7時、図書館島―
そこに2−A図書館島探検隊『馬鹿レンジャーズ』の姿があった。構成員はアスナ、まき絵、夕映、楓、古の5名。これに案内役として木乃香が同道。地上からのナビゲーター役はハルナとのどか。さらにパジャマ姿のネギも愛用の杖を手に、欠伸をしながら立っていた。
余談ではあるが季節は2月。どう考えても、パジャマ姿での外出は無理がある。
「これが図書館島・・・」
「でも大丈夫かな・・・下の階は中学生以下立ち入り禁止。おまけに危険なトラップが満載だと。高等部の方曰く『ウィザードリィ級』とか言ってました・・・」
「何それ!」
「どんな罠でも大丈夫よ!ちゃんとアテがあるから!」
もはや探検は成功した物と確信しつつ、アスナはネギを引っ張り寄せる。
(ほら、出番よ!魔法で私達を守ってね!)
「え?魔法なら、僕、封印しちゃいましたけど?」
衝撃的な一言に、凍りつくアスナ。スタートと同時に、いや、スタート前に作戦は木っ端微塵に崩壊していた。
地下3階―
そこは不思議な空間だった。図書館なのだから、山ほど本棚があるのは理解できる。だが所々に樹木が見えたり、どこからか滝の音が聞こえてくるのは、図書館ではありえない出来事であった。
「ここが図書館島地下3階。中学生が入っていいのは、ここまでです」
「ゲームのダンジョンみたいアルね」
「うわー!ほらほらアスナさん!これ、凄く珍しい本ですよ!」
「あ、先生。貴重書狙いの盗掘者をさける為に」
手を伸ばしたネギの指先で『カチッ』と音が鳴る。瞬間、本と本の間から何かがネギの眉間目がけて飛び出し―
「危なかったでござるな、ネギ坊主」
寸前で飛び出してきた矢を掴み取ったのは楓であった。その衝撃に、ネギは目尻から涙を噴き出しつつ、ワタワタしている。
「罠がたくさん仕掛けられていますから、気をつけて下さいね。まともな部分は地上部だけですから」
「えええええっ!」
「死んじゃうよおおおおおお!」
今更ながらに図書館島へ来た事を後悔し始めるアスナとまき絵である。
「あーあー、地上部、聞こえるですか?こちら、地下3階に到着したです」
『了解、ゆえ吉、気をつけてね』
インカムで地上に残っているナビゲーター役の2人と連絡を取る夕映。そして、事ここに至って、ネギは当然の質問をした。
「あの・・・何でみなさんはここにいるんですか?」
授業のカリキュラムを組む為に、昼間は奮闘していたネギは、疲れに耐えられなくなって、食後すぐに眠りについていたのである。そこをアスナに拉致同然に連れ去られたのだから、状況が理解できないのも当然であった。
「ま、魔法の本!?」
「そうらしいなー」
「手伝ってよ、センセー!」
とは言え、はいそうですか、と頷く訳にもいかないネギである。
(ちょっとアスナさん!昼間はあんなに素晴らしい事を言ってくれたのに!)
(今回は緊急事態なのよ!このまま最下位だと大変な事になっちゃうしさ)
抗議するネギだが、アスナも折れる訳にはいかない理由がある。お願いと手を合わせたアスナの態度に、ネギは頭に閃く物があった。
(大変な事?もしかして、僕の最終試験の事なのかな?どこかで僕が先生になれる事を聞いて、協力してくれているのかも!ありがとうございます、馬鹿レンジャーの皆さん)
感激のあまり、言葉も無いネギ。知らないと言う事は幸せである。
「ところで夕映ちゃん。あとどれぐらいで着くのかな?」
「そうですね」
内緒で部室から拝借してきた地図を確認し始める夕映。
「地下11階まで下りて地下道を進んだ先ですから、おおよそ往復4時間。日が変わる前には戻ってこれるですよ」
「そうなんだ!それなら帰って眠る事も出来るよね!」
「では、出発ですー!」
夕映の掛け声に、『おー』という歓声が起こった。
2時間後―
「ここが魔法の本の安置室!」
夕映の歓喜の叫びに、一行はここまでの苦難の道のりを思い出した。
本棚の渡し板のトラップにかかって、落下しかけたまき絵は、愛用の新体操のリボンで我が身を守りきった。
頭上から倒れてきた本棚に巻き込まれそうになったネギとまき絵を救ったのは、飛び蹴りで本棚を蹴り返した古である。更に本棚からすっぽ抜けてきた本を、全てキャッチしたのは楓であった。
魔法を封じた為に、身体能力まで低下したネギは、戦力どころか足手まとい同然である。そんなネギがアクシデントに遭う度に、救ったのはアスナであった。
命綱を頼りに、本棚を垂直降下したりもした。
「・・・よく私達、無事だったよね」
まき絵の言う通りである。
そんな中、ネギの目が一冊の書物を捉えた。
「あれは、メルキセデクの書!?信じられない、僕も見るのは初めてです!」
「・・・てことは、本物?」
「ほ、本物もなにも、あれは最高の魔法書ですよ!あれなら頭を良くする事ぐらい、簡単かも!」
ネギの叫びに『ええ!?』と叫び声が上がる。
「やったー!これで最下位脱出よー!」
「一番乗りアル!」
駆けだす馬鹿レンジャー。そんな5人を引きとめようと、後を追いかけるネギと木乃香。
「待って!あれほどの貴重な魔法書、絶対に罠があります!」
だがネギの言葉は遅かった。
足元の石橋がバカンッ!と音を立てて、左右に開いたのである。
「いたたたた、ん?何これ」
アスナ達が落下した先、そこには平仮名が刻印された石造りの床が広がっていた。
「英単語TWISTER・・・ツイスターゲーム?」
『ふぉっふぉっふぉ』
ごごご・・・と音を立てて、ハンマーと両手剣を手にした石像が動き出す。
『この本が欲しくば、儂の質問に答えるのじゃー!』
「石像が動いたー!?」
「おおおおおおおお!?」
ビックリして後ずさる一行。確かに魔法関係者でもない一般人にしてみれば、目の前でいきなり石像に動かれては驚くのも当たり前である。
『では、第1問。DIFFICULTの日本語訳をツイスターゲームの要領で答えて貰おう』
「ええー!そんな事言われてもー!」
「でぃ、でぃふぃころと、って何だっけえ!教えてよ、先生!」
『教えたら反則じゃぞ』
「い、EASYの反対ですよ!えっと、簡単じゃない!」
こうしてメルキセデクの書を賭けた戦いは始まった。
そして―
「あたたたたたたた!」
「問題に作為を感じるです」
「いたたたた」
「死ぬ、死んじゃう!アスナの膝が!」
「は、早く次を〜」
阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。ここまでの質問数は11問。ネギのヒントもありかろうじて綱渡りに成功してきた馬鹿レンジャーであった。
『では、最終問題じゃ。DISHの日本語訳は?』
「それなら分かる!お皿よね!」
「お皿ね、OK!」
最終問題と言う事もあり、全員が協力する。
「お!」
楓の左足が、『お』を踏む。
「さ!」
古の右手が、『さ』に触れる。
「ら!」
アスナの左足と、まき絵の左手が『る』を押さえた。
「・・・おさる?」
呆然自失に陥る一同。
「違うアルよーーーー!」
「アスナさんーーーー!」
「まき絵―――――!」
『外れじゃな。これは罰ゲームじゃ』
ゴーレムが手に持っていたハンマーを、思いっきり床に叩きつける。バカンッという轟音とともに、木っ端微塵に砕け散るツイスター盤。その下にあったのは、底が全く見えない暗闇であった。
「アスナのおさるーーーーー!」
「いやああああああああああ!」
同時刻、地上のハルナ・のどか組―
「みんな、どうしたの!」
「へ、返事して下さい!」
『ガ、ガガッ・・・ピーーーーーッ』
ツー、ツー、ツー・・・
無線の断絶に、2人の顔色が見る見る青く変わっていく。
「ど、どうしよう!」
「こんな時間じゃ、誰も学校にいないよ!・・・そうだ!のどか、すぐに寮に戻るよ!」
キョトンとするのどか。
「近衛さんだよ!ネギ君の補佐だし、相談しよう!」
「う、うん!」
寮監室―
「・・・と言う訳なんです・・・」
「私達、どうしたら良いか分からなくて・・・グスッ・・・」
ハルナは顔を真っ青にし、のどかは最悪の事態を想像して涙を浮かべていた。そんな2人から話を聞いたシンジは、お茶を出して落ち着かせると携帯電話を手に取った。
『シンジか、こんな遅くにどうしたんじゃ?』
「ネギ君達が図書館島で遭難したと聞いたんだ。心当たりはある?」
『ふぉっふぉっふぉ、その件ならば心配はいらぬよ。少々、お灸をすえてやっただけじゃからのう。今は、勉強道具と食糧を満載した一画で気絶しておるよ。このまま日曜日まで勉強をしてもらおうと思ってな』
じゃから安心せい、と断言する近右衛門にシンジは頭を抱えた。
「安心なんて出来る訳無いでしょ。周囲への影響も考えてみなよ。第一、木乃香まで遭難してるのは知ってるの?」
『・・・ふぉ!?』
「・・・ちょっと待て。何で驚いてるんだ!」
『い、いや、木乃香まで一緒にいたとは気付かんかったんじゃよ』
受話器の向こうが静かになる。ため息をつきながら、シンジは当然の質問をした。
「みんながいる場所は分かる?僕が直接確認してくるから」
『す、すまんのう。場所はアルビレオ君の所への侵入を防ぐ、人払いの結界がある部屋じゃよ』
「全く・・・桜咲さんは知ってる訳?ひょっとして黙ってやったんじゃないだろうね」
答えの無い近右衛門。
「分かったよ、そっちも僕が確認してくる。動かないで、僕の連絡を待っていて。状況に応じて指示を受けるから」
『す、すまんのう』
「謝るぐらいなら最初から木乃香を巻き込まないでよ!それじゃあ、行ってくるよ!」
ピッと電話を切るシンジ。話がいくらか聞こえていたハルナとのどかが、不安そうにシンジを見上げる。
「結論から言うと、ネギ君達の中に怪我をした子はいないそうだ。だから最悪の事態は考えなくて良いよ」
安堵のため息をつくハルナ。のどかも泣くのを止めて『良かった、本当に良かった』と崩れ落ちる。
「僕は念の為に、みんなの様子を見てくる。早乙女さんと宮崎さんは、もう部屋に戻って眠った方が良い。今日の件で疲れているだろ?」
「で、でも図書館島に行くならナビゲートがあった方が」
「大丈夫だよ。早乙女さんは知らないだろうけど、これでも図書館島は最深部にまで潜っているんだ。構造は全部、頭の中に叩き込んであるよ」
立ち上がるシンジ。念の為に、机の引き出しから千草から貰った短刀を取り出すと、それをベルトの後ろへ挟みこむ。
「ほら、もう寝た方が良いよ。明日も学校だろう?」
「・・・う、うん・・・」
防寒具を羽織るシンジを見ながら、頷くハルナとのどか。そんな2人を立たせながら、パンパンと手を叩く。
「2人とも、この寒い日に外出していたんだ。もう一度、お風呂に入ってから寝た方が良いよ。お風呂は11時まで入れるから、風邪を引かない様に温まっておいで」
「は、はい」
「後の事は任せておいて。それじゃあ、おやすみ」
2人と一緒に部屋を出るシンジ。そのまま刹那と真名の部屋へと足を向ける。
コンコンとノックをすると、すぐに返事があった。
「近衛だよ。部屋に入っても良い?」
「分かりました、どうぞ」
ドアを開いたのは刹那である。その肩越しに、コタツに入って勉強している真名の姿もあった。そして2人とも、外出着姿のシンジに、少々驚いていた。
「勉強中だった?」
「ええ、まあ。それでどんな用件でしょうか」
「うん、実はね・・・」
事情を聞く内に、刹那の顔が見る見る青くなっていく。やがて部屋の中からシンジの説明を聞いていた真名もまた立ちあがった。
「お爺ちゃんは大丈夫だと言っていたけど、念の為に僕は様子を見てくる。桜咲さんはどうする?」
「行きます!」
「分かったよ。じゃあ寒くない様に、上に何かを着ておいで」
バタバタと慌てだす刹那。その一方で、真名は呆れたように刹那を見ていた。
「やれやれ、そんなに心配なら、もっと素直になれば良いだろうに」
「全くだね。そうすれば木乃香も喜ぶだろうに」
「お待たせしました!」
夕凪を手にした刹那が、準備万端とばかりに姿を現す。
「じゃあ、行こうか。1時間もあれば帰ってこられるから」
「分かった。刹那、私は先に寝ているぞ」
真名に見送られて、2人は図書館島へと向かった。
図書館島―
「シンジさん、入口はこちらですよ?」
「そっちじゃ時間がかかりすぎるからね。魔法関係者専用の出入り口で、最短ルートで行くよ」
その言葉に、シンジの後を追いかける刹那。やがて人払いの結界を越えた先にある、エレベーターが見えてきた。
「こんなところにエレベーターが」
「僕の知る限り、これを知っているのは10人といない筈だよ。さ、行くよ」
グオンッと音を立てて降りて行くエレベーター。やがて一番下の階でチンッと音を立ててエレベーターが停止する。
ずっと続く螺旋階段が目の前に広がっていた。
「ここを下りて行く訳だけど、桜咲さんは木乃香をお願いして良いかな?」
「は、はい!」
「でも無事を確認するだけだよ。日曜日には僕が迎えに行くつもりだし、何より、今助けちゃったら、お灸にならないしね」
階段を下りきった2人。そこに広がっているのは湖である。
「・・・シンジさん、何で湖が?」
「それは僕も知らないんだ。ただここにある書物は、全部フェイクだって事ぐらいなら知ってるよ」
「そ、そうなんですか・・・あ!このちゃん!」
駆けだす刹那。見ると、確かに木乃香が倒れていた。周囲にはネギ、アスナ、まき絵、夕映、古が倒れていた。
『このちゃん良かった』と刹那が呟く中、シンジは足りていない人影を探した。そんなシンジに気付いたのか、本棚の陰から楓が姿を見せた。
「・・・前々から思っていたでござるが、シンジ殿は冷静すぎぬでござるか?」
「周りが感情的なだけだよ。それより手伝って。この子たちに毛布をかけておくから」
「毛布?起こさないのでござるか?」
楓にしてみれば、当然の質問であった。だったら、何のためにシンジがここまで来たのかが全く理解できない。
「僕は様子を見に来ただけだよ。助けに来た訳じゃないんだ。安易に魔法の本なんかに飛び付いた罰として、日曜日までここで勉強しなさい。食料も勉強道具もあるからね」
「う・・・それを言われると何も言えぬでござるな」
「当然でしょ。魔法がどれだけ危険な物なのか、長瀬さんは僕からの依頼の時に目の当たりにした筈だよ」
返しの風をくらい、仮死状態に陥ったシンジの姿は、楓も覚えている。だから、そう言われてしまうと、全く反論できなかった。
「はい、これみんなに掛けてあげて」
「わかったでござる。それと迷惑をかけて済まなかったでござる」
「そう思うなら、頑張ってミスを取り返せば良い。みんなに毛布をかけたら、長瀬さんも体を休めた方が良いよ」
コクンと頷く楓。
「桜咲さん、僕は明日の朝までここに残る。木乃香の事も見ておくから、そろそろ帰った方が良いよ」
「は、はい。ではお願いします」
未練たっぷりな刹那の様子に、楓も刹那と木乃香の間には何か事情があるのだろうと察して、敢えて言葉を挟もうとしなかった。
「あとさ、もし早乙女さんと宮崎さんが心配で眠れずにいたら、みんなが無事なのを直接確認したよ、と伝えてあげて欲しいんだ。良いかな?」
「分かりました。必ず伝えます!」
「ありがとう、それじゃあ頼んだよ」
翌朝―
ガンガンガン!
「うひゃあ!」
突然の騒音に、ネギ達は文字通り跳ね起きた。何事かと周囲を見回すと、そこは見慣れた場所ではない。何故か目の前には湖がある、不思議な世界である。
「目は覚めたかい?」
「シンジさん!?」
そこに立っていたのは、エプロンをかけ、左手に中華鍋、右手にお玉を手にしたシンジであった。先ほどの騒音が、誰がやったのかハッキリ分かった。
「色々訊きたいだろうけど、まずはそこの湖で顔を洗ってくるように。それから食事。その後でお説教だ。良いね?」
「は、はい・・・」
食後―
純和風な朝食を済ませた後、シンジの前には全員が正座させられていた。
「じゃあ、まず言い訳から聞こうか。どうしてこんな馬鹿な真似をしたんだ?」
「実は・・・」
「待って、私が説明するわ」
一部始終を説明するアスナ。説明が終わると、シンジは溜息を吐いてみせた。
「君達に訊きたい。自分がとんでもない迷惑をかけた事を自覚しているかい?」
「・・・それってお兄ちゃんに、って事?」
「違うよ。僕に木乃香達が遭難した事を教えてくれたのは、早乙女さんと宮崎さんだ。2月の寒い屋外で、2時間もナビゲーションをした挙句に、遭難したんだぞ。早乙女さん達だってテスト勉強とかやりたかっただろうに、その時間を潰してまでみんなに付き合った。その結果が遭難だ。どれだけ罪の意識にかられていたか、本当に分かっているの?」
言葉も無い一同。
「早乙女さんは顔を真っ青にして駆け込んできたし、宮崎さんは涙を流していたよ。それでも自分達のやった事を理解できないのかい?」
「「「「「「「ごめんなさい」」」」」」」
「戻ったら、後でちゃんと本人に謝るように、良いね?」
コクンと頷く7人。
「じゃあ、この件はこれで終わりだ。それと今回のペナルティとして、日曜日までここでテスト勉強するように」
「ええ!」
「お爺ちゃんの許可は取ってあるよ。ここには食料も勉強道具も全部揃っている。毛布だってあるし、気温も暖かい。十分に勉強できるだろう?先生もいるんだからね」
シンジの視線が、ネギへと向く。当のネギはと言えば『はい!』と元気よく返事をした。
「じゃあ日曜日の15時ぐらいに迎えに来るよ。それまでちゃんと勉強するんだよ。学校の方は何とかしておくから」
「「「「「「はーい・・・」」」」」」
どこか恨めしそうな返事を耳にしながら、シンジは寮の朝食の準備をする為、図書館島を後にした。
2−A教室―
「何ですって!最下位を脱出しないと、ネギ先生がクビに!?」
「ど、どうしてそんな大事な事を黙っていたんですか!桜子さん!」
「だ、だって先生に口止めされてたんだもん!」
桜子をガクガク揺さぶるあやか。だが周囲は桜子の齎した情報の方に、強い興味を引かれていた。
「とにかく、皆さん!テストまでちゃんと勉強して、最下位を脱出して貰いますわよ!そのへんの普段、真面目にやってない方々も!」
「げ・・・」
「仕方無いなあ・・・」
あやかに指差された千雨や円が露骨に顔を顰める。
「問題は、アスナさん達、馬鹿レンジャーですわね。とりあえずテストにさえ出ていただいて、0点だけは取らないでいただければ」
「アスナ達は!アスナ達はいないの!」
血相を変えて飛び込んできたのは、ハルナとのどかである。
2人は昨夜遅くに帰って来た刹那から、シンジの伝言を聞いてはいた。だが今日は寝過ごして朝食すら食べる暇が無かったので、シンジから直接話を聞く事もできなかった。加えて、探索に向かった馬鹿レンジャー+木乃香とネギの姿は、どこにも無かったのである。これで安心していられる方がおかしい。
「早乙女さんに宮崎さん、一体、何があったと言うんですか!」
「実は・・・」
昨夜の一件の顛末を語る2人。そして現実として、教室へ姿を見せない馬鹿レンジャー達の姿に、クラス中に重い空気が立ち込める。
そこへガラガラと戸を開けて、シンジが入って来た。
「おはよう。全員、いるかな?」
「近衛さん!」
「はいはい、何を言いたいかは分かってるよ。ちゃんと説明するから、まずは席に着くように」
渋々と席に着く少女達。出欠席を確認した後で、シンジは昨日の一件の顛末を説明した。
「ではアスナさん達は」
「罰として図書館島の最下層で勉強漬けです。途中参加したい物好きがいるなら、御案内するよ。その代わり日曜日の夕方まで戻ってこられないけどね」
一斉に首を横に振る少女達に、シンジは笑うしかない。
「それともう1つ。今回、2−Aが最下位を脱出できない場合ですが、ペナルティが課される事になりました。一部ではクラスが解散とか、小学生からやり直しとか色んな噂があったようですが、それは全部デマです。正しくは、ネギ君がイギリスへ強制送還となります」
シーンと静まり返る教室。その直後に、怒号が教室を支配した。
「何故かと言うと、ネギ君が正式な教師として認められる為の最終試験が、2−Aが最下位を脱出する事だから。ここまでは良いかな?」
「良い訳ありませんわ!第一、何でネギ先生がイギリスへ帰らなければいけないんですか!」
「そうは言うけどね、肝心のネギ君が納得しちゃってるんだよ」
む、と口籠るあやか。そんな彼女に畳みかけるように、シンジは続ける。
「それにね、ネギ君に残って貰いたいなら、君達が頑張れば良い。今までのテストのクラス平均を見てみたけど、最下位を脱出するだけなら、それほど難しくは無いんだよ。別にトップを取れと言っている訳じゃないんだからさ」
「・・・ちなみに点差はどれほどですか?」
「5点だったな。これを5教科で割ると1点。つまり5科目のテスト全部で、みんなが1点余分に取れば、最下位脱出の目が出てくるんだ」
どよめく教室。中には1点どころか、もっと多くの点数を取れるメンバーもいるのだから、確かに実現可能な点数である。
「でもまあ、中には声には出さないけど、色々思う所がある人もいるだろう」
さりげなく視線をずらす千雨。
「僕としても鞭だけでみんなが勉強するとは思ってないからね。だから飴も用意するつもりでいるよ」
シンジが手荷物の中から、ゴソゴソと何かを取り出す。出てきたのは、1本の瓶である。
「これ、何か分かる人、いるかな?」
首を傾げる一同。だが茶々丸が反応した。
「グランド・シャンパーニュ。製作年は1951年。65年物のブランデーですか」
従者の言葉に目を剥くエヴァンジェリン。お酒好きの彼女にしてみれば、反応する価値のある一品であった。
「茶々丸さん、正解。今回の飴は、このブランデーをタップリ使ったブランデー・ケーキです」
ガタン!とエヴァが立ちあがる。
「近衛シンジ!貴様正気か!」
「僕は至って正気だよ」
「どこがだ!どこの世界にテストの景品で、世界でも数えるほどしか現存していないブランデーをお菓子に使う馬鹿がいるというんだ!」
ざわめきだす少女達。
「問題無いよ。どうせ貰い物だからね。オークションに出しても良いけど、僕はお金は要らないし、かと言ってブランデーを飲むつもりも無い。だったらパーっと使っちゃおうと思ってね」
「ふざけるな!下手をすれば時価10万相当のケーキになるぞ!」
「そう言う事。こんな馬鹿げたイベントも、たまには良いでしょう?」
ちなみにシンジは貰い物と言ったが、それはウソである。正解は、今回の件の腹いせに近右衛門の所から埃を被っていたのを強奪してきた、である。
「ただし、誰にでもあげるつもりはないよ。僕が出した条件をクリアした人にだけ、ケーキはプレゼントします!」
「・・・クリアできなかったら?」
「指を咥えて見てなさい」
『お姉ちゃん』と泣きつく史伽。だが他のメンバーは雰囲気が違った。
単に高価なケーキをあげるよ、と言っただけだったら尻込みしただろう。
しかし、シンジは勝負事の景品として提示した。そして勝負事は、2−Aメンバーの多くが好む物である。
「では、今から全員の条件を言います。これをクリアできた人には、景品としてホールケーキの4分の1をプレゼントします」
「「「「「「そんなに!?」」」」」」
「ではまず超さん。貴女はトップを取る事。これが条件です」
「ほほう?了解したネ」
うむ、と頷く超。自信たっぷりである。
「超さん、それは甘いよ。こちらも刺客は用意しているからね」
「何ト!?」
「葉加瀬さん、あなたの条件は、超さん以上の順位を取る事です」
「ええー!」
どよめく少女達。すでにこの時点で、どちらかが食べられなくなる事が決定したからである。
「葉加瀬!今回は絶対に負けないネ!」
「ふっふ、良いでしょう!万年2位の汚名、今度こそ晴らして見せます!」
突如始まった天才同士の対決に、周囲は固唾を飲んで見守る。
「雪広さんは3位以内に入る事。宮崎さんは10位以内に入る事、朝倉さんと那波さんは30位以内に入る事です」
どよめく少女達。特に和美は『そんなの無理だよ!』と叫んでいる。
「ところが、そうでも無いんだよ。2学期の期末テストだと、30位と100位との点数差は、5教科で15点。1科目たった3点なんだ」
「・・・へ?そうなの?」
「あくまでも前回は、という条件付きだからね。ちなみに宮崎さんの場合は、1科目辺り2点上乗せ、って所だよ」
コクコクと頷くのどか。千鶴は口に手をあてて、静かに笑っている。
「では次。鳴滝姉妹、和泉さん、春日さん、四葉さん、早乙女さんの300位メンバーは100位以内に入る事。点数的には1科目5点だよ」
コクコクと頷く亜子、五月、ハルナ。美空は『ケーキの為に頑張るか』と考え直し、鳴滝姉妹は『よし、やるぞー!』と威勢よく声を張り上げる。
「次。村上さん、椎名さん、明石さん、龍宮さん、大河内さん、長谷川さんの400位メンバーは、200位以内に入る事。点数差は1科目8点だよ」
「8点かよ、少しきつくないか?」
「元々の点数が低めなんだから、十分に取れる点数だよ。95点を100点にするのと、65点を75点にするの。長谷川さんはどちらが難しいと思う?」
そう言われてしまえば、返す言葉が無い。確かに後者の方が楽である。
「OK。分かったよ、その条件呑んでやるよ」
頷く千雨。夏美とアキラ、真名は無言で頷き、桜子と裕奈は『がんばろーね』と互いに応援し合う。
「次。柿崎さん、釘宮さん、茶々丸さん、エヴァンジェリンさん、ザジさん、桜咲さんは300位以内。点数差は1科目10点です」
『それなら無理じゃないよね?』と納得する美砂と円。茶々丸とザジ、刹那は無言で頷く。エヴァは『仕方あるまい。今回は真面目にやるか』と頷いた。
「以上が各個人に贈られる個人賞の内容です。それとは別に特別賞を用意しています」
『ん?』と全員が注目する。
「学年末テストで1位を取った人には、個人賞とは別にケーキを1ホール丸ごと進呈します。例えば超さんが取ったら、個人賞と特別賞で、1ホールと4分の1を貰える訳」
『うおおおおお!』と歓声が上がる。トップ争いが熾烈になるのは、これで決定である。
「超さん、葉加瀬さん!今回は負けませんわよ!」
「おお!委員長も刺客ネ!?これは、面白くなってきたヨ!」
「あ、私も狙おうかなあ」
「うおおおお!本屋もくるカ!?」
異常なまでの盛り上がりを見せる2−A。気の早い者達は、すでにトップは誰か?のトトカルチョを始めていたりする。
「おい、近衛シンジ。もう一度確認するぞ。特別賞の話は本当だな?」
「ええ、勿論。いつもわざと答えを書かない、どこぞの御嬢さんにも本気になって貰おうと思ってね」
「良かろう!ならば今回だけは私も全部答えを埋めてやる!極上のケーキを作って待っているがいい!」
「何ト!?エヴァンジェリンまで刺客ニ!?これは予想外ヨ!」
盛り上がる少女達。だがシンジはもう1つの起爆剤を用意していた。
「では最後にブービー賞の説明をします」
「ブービー賞?」
「そうだよ。今回、場合によっては馬鹿レンジャーの入れ替わりが発生するからね」
一瞬、シーンとなった後、笑い声が起こった。
「いや、近衛さん。それは幾らなんでも」
「そう余裕を見せて良いのかな?確率的に十分にあり得る事なんだよ」
そこでシンジはクラス中をグルッと見まわしてから口を開いた。
「神楽坂さんが、今までのテストで最下位を取り続けている事は、みんな知っていると思う。ところが、だ。その神楽坂さんが、凄い勢いで実力をつけているんだ」
「どういう事ですか?」
「神楽坂さんは自分で勉強して、小テストをこなしていた。一番最近の物だと、50点満点で、20点。これは100点満点だと40点と言う事になる。この点数を前回の期末テストに当てはめると、600位前半に位置しているんだよ」
教室中が大爆発を起こした。まさか馬鹿レッドの称号を欲しいままにする最下位ダントツ本命馬が、そこまで実力を伸ばしているとは思わなかったのである。
「そこまで伸びたのはあくまでも自習だ。加えて残り3日は、ネギ君が徹底的に勉強を教え込む。40点が70点になったら、神楽坂さんは300位以内に入り込んでくるだろうと言えるよ」
「け、けどよ、そこまで上がるのかよ?」
「誰にも教わらない自習で、30点以上点数を上げてきているんだ。これで誰かに教えて貰えるという状況なら、もう30点上乗せがあっても、決して不思議じゃないだろうね」
顔色を青くしたのは、馬鹿レンジャー予備軍である。
「とまあ、そう言う訳だよ。桜咲さん、ザジさん、柿崎さん、釘宮さん、茶々丸さんは自分のイメージカラーを選ばずに済むように頑張って下さい」
「クギミー!10点じゃ足りないわ!15点上乗せするわよ!馬鹿レンジャーになるのは嫌よおおおおお!」
柿崎の悲痛な悲鳴に、円はコクコクと頷く。ケーキも魅力だが、それ以上に馬鹿レンジャーの称号は嫌だった。
「僕からの報告は以上です。それとテスト勉強の補佐として、明日と明後日は、英語のスペシャリストを応援として呼んでおきます。英語の勉強をしたい人は、午後1時から7時までの間に、食堂へ来て下さい。何か質問は?」
誰からも質問が無い事を確認すると、シンジは教室から立ち去った。
To be continued...
(2011.11.20 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございます。
今回は学年末テスト編・前編という感じになります。馬鹿レンジャー5人を集中指導するネギと、飴と鞭で他のメンバーにハッパをかけるシンジ。2人の思惑がどう転ぶのかは、次回までお待ち下さい。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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