正反対の兄弟

第十一話

presented by 紫雲様


麻帆良学園中等部女子寮―
 英語の臨時教師が午後1時から7時まで食堂で勉強会を開いてくれる。
 この報せに、真面目に勉強しようと少女達は集団で押しかけてきた。
 「・・・近衛さん、質問です。本当にこの方なんですか?」
 少女達の目の前に座っていたのは、聖ウルスラの1年生高音・D・グッドマンである。
 「そうだよ。僕は覚える事は出来ても、教える事は苦手だからね。それに高音先輩はアメリカで数年間暮らしていた事があるんだ。当然、英語は得意教科だよ」
 「ええ、その通りです。他の科目も勿論、得意ではありますが」
 ちなみに高音は高等部においては、常に5位以内に入っている、1位本命馬である。
 「さあ、みんな頑張ってね」
 「近衛さんは手伝ってくれないの?」
 「僕は食事の支度をしておくよ。真面目に勉強してくれる人にできるのは、これぐらいだからね」
 『うう・・・』と食堂の端っこから恨めしそうにシンジを見ているのはハルナである。実は、ハルナは今から半月前に、シンジにテスト勉強を手伝ってもらう約束を取り付けていた。
 ところが昨日の図書館島の一件で、ハルナに対するペナルティとして、その約束は取り消されてしまったのである。
 「うわあああああ!私の馬鹿!アスナの馬鹿あああああ!」
 前々から嬉しそうに自慢していたハルナであったので、2−Aメンバーは誰もがその事を知っていた。
 食堂のテーブルで突っ伏して号泣するハルナの姿に、周囲は『ご愁傷さま』と呟く事しかできない。
 そんなハルナを不思議そうに見つめていた高音も、顔見知りの刹那から裏の事情を聞かされると、やはり『ご愁傷さま』と呟いていた。
 「あ、あの、ハルナが可哀想です・・・」
 唯一、ハルナの弁護をしたのは、勇気を振り絞ったのどかである。シンジとは顔見知りというレベルにまで慣れてきてはいたが、男性恐怖症はそう簡単に消える物ではない。
 「大丈夫だよ、その事はちゃんとフォローは考えてあるから」
 「そ、そうなんですか?」
 「そうだよ。だから宮崎さんは自分の事を考えていればいいからね」
 食堂で教えて貰えるのは英語だが、他の科目を勉強してはいけないと言うルールは無い。だからこそ、他の科目の教科書やノートを持参している少女達もいた。
 「そういえば、他の科目も臨時教師が明日来てくれるから。時間は同じだから、興味ある人はここへ来てね」
 「来るのは誰なんだ?」
 「理数系は明石さんのお父さん、文系はしずな先生に応援をお願いしました」
 『マジ!?』と反応したのは、自他ともに認めるファザコン娘の裕奈である。
 「アキラ、数学は明日にしよう!今は他を終わらせるよ!」
 「・・・分かった」
 コクンと頷くアキラ。2人して黙々と国語の勉強を開始する。そんな2人を、千雨が呆れたように見ていた。
 「なあ、近衛さん。アンタ、人を乗せるのが上手だな」
 「そう?特に自覚はないんだけどな。鞭と飴を使い分けている自覚ならあるけど」
 「自覚あるじゃねえか!最悪だな、オイ」
 その間も、黙々と料理の仕込みを続けるシンジ。今日は土曜日。本来、厨房は休みの日なので、いつも仕事を手伝ってくれるおばちゃん達は休日である。だから全ての作業をシンジは1人で行わないといけないので、早くから仕込みをする必要があった。
 「何でそれだけ頭が良くて、進学しねえんだよ。アンタがその気になれば、大学へ飛び級していてもおかしくないだろう」
 「・・・正直、大学行ってまで勉強したい事って無いんだよね。今はこうして料理をして、管理人やって、ネギ君の補佐をするだけで十分だよ」
 お米を研ぎ、炊飯器にセットする。醤油やミリン、根菜類や肉を入れたところから、今日は炊き込みご飯かと千雨は気づいた。
 千雨のシンジに対する評価は『世界で一番怪しい男』である。頭の良さでシンジに勝てる者となると、千雨には超ぐらいしか思いつく者はいない。そんな男が、女子寮の管理人兼厨房の料理人と、担任教師の補佐を務めているのだ。このアンバランスさはあまりにも異様に感じられた。
 (そう。私だけが近衛さんを怪しいと思っている)
 シンジの頭の回転の早さは異常である。それはドッジボールの作戦を、ゲーム開始前に敗北まで予想したうえで準備しておいた所からも証明されている。更に千雨はネットアイドル・チウとして、その時に取られた作戦内容について、多くのHP閲覧者からの意見を訊ねてみてもいた。
 賛否両論、色々な意見があった。特に『理に叶った戦術だ』『円陣は選択肢として、もっとも堅実だと思う』という評価が一番多かったように彼女には感じられた。
 中でもハンドルネームAIDAという閲覧者は、『内野陣が減った所で作戦を発動させた点は、とても冷酷な計算をしていると思う。作戦成功の鍵は、足手まといがどれだけ少ないかだ。作戦の無い状況であれば、実力の無い弱者―足手まといが淘汰されるのは戦争の常識。足手まといが犠牲になれば主力は無傷で残せる。更に足手まといが犠牲になったと思わせる事で、生き残った主力メンバーは、やり返してやろうという強い思いを抱いた筈だ』
と言う物であった。
 この意見には『穿ちすぎ』という意見も少なからずあったが、千雨はそうは思わなかった。
 なぜなら、最後でのどかが実行した作戦は『自分が外野に行く代わりに、アタッカーにボールを手渡す』という物だったからである。
 (全く、子供先生もそうだけど、アンタは怪しすぎる。いや、不気味なんだ。悪い性格じゃない事は分かっているんだけどよ)
 大量のハンバーグのネタを作り始めたシンジから目を離すと、千雨は英語の分からない点を質問する為に、高音の元へと近寄った。

翌日、地底図書室―
 「では、この問題を佐々木さんに解いて貰います」
 「はい!答えは35です!」
 「正解でーす!ではこれから休憩に入ります!」
 地底湖(?)にかかる桟橋を歩いて、気分転換を行うネギ達。無目的にトコトコと歩き続ける。
 「それにしても、不思議ですよね。こんな地下なのに、都合良く勉強道具や食料、トイレにキッチンまで用意されてるなんて」
 「至れり尽くせりアルね」
 (・・・シンジ殿は何か知っているのでござろうなあ)
 ここで日曜日まで勉強する事を、シンジは『お爺ちゃんの許可は取ってある』と言っていた事を思い出す楓。
 (そうなると、黒幕は学園長か。シンジ殿はその手伝いかと思ったが、拙者達の事を本気で心配していた事から考えるに、後で事実を知らされた、という所でござろうな)
 そんな楓の視線が、横にずれる。
 そこには図書館には不似合いなビーチチェアがセッティングされ、そこで横になっている人影は、トロピカルなジュースを手にしていた。
 「本に囲まれてあったかくて、ホンマ楽園やなー」
 「一生ここにいてもいいです」
 「コラー!夕映も勉強しなよ!」
 そんなまき絵だったが、何かに気付いたように自身の体をクンクンと嗅ぎ出した。
 「さすがに2日もお風呂入って無いと辛いね。私、水浴びしてくるよ」
 「おお!それなら私も行くアルね」
 「ふむ。ならば拙者も同行させて貰うでござるよ」
 ネギはアスナを探して姿を消しているので、ちょうど良いだろうと3人は水浴びへ向かった。
 
 一方その頃、ネギは水浴びを中断したアスナの包帯をかえていた。
 ここへ落下する途中、アスナはネギを守ろうとした。それは良かったのだが、結果としてアスナは左腕に怪我をしていたのである。
 「ああ、酷い傷じゃないですか」
 「これぐらい平気よ。昔からお転婆で怪我には慣れているから」
 (うう・・・僕のせいでこんな怪我を・・・)
 どこか申し訳なさそうなネギの態度に、アスナがやれやれといった感じで口を開く。
 「こんな所へ連れてきちゃってゴメン。実はテストで最下位になったら、クラス解散の上に、小学生からやり直しなんて聞いたから」
 「・・・はい?」
 「いや、だから私達が小学生からやり直しだって」
 「僕がクビになるって事しか聞いてませんけど」
 ネギとアスナ。2人の目が点になる。
 「ひょっとして、デマ!?」
 「た、たぶん」
 ガーンとショックを受けるアスナ。プルプルと肩を震わせると、彼女は吠えた。
 「そうだったら、こんな謎図書館なんか来なかったわよ!」
 「ええ!?」
 「アンタが来てから踏んだり蹴ったりよ!責任とれーーーー!」
 「僕だってそうですよ!」
 互いにののしり合うネギとアスナ。先ほどまでの良い雰囲気は、根こそぎ吹き飛んでいた。
 そんな所へ『キャー!』という悲鳴が聞こえてくる。
 「今の声、佐々木さんですよね!?」
 「行くわよ!」
 慌てて飛び出すネギとアスナ。悲鳴のした方向へ駆けだす。そこにいたのは動く石像ゴーレムに捕まえられたまき絵と、手を出しあぐねている古と楓である。
 「またあのでかいの!?」
 「僕の生徒を苛めたな!」
 頭に血が上ったネギは咄嗟に呪文詠唱を開始する。一般人が側にいるのも忘れて。
 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!光の精霊11柱ウンデキム・スピーリトウス・ルーキス集い来たりてコエウンテース敵を撃てサギテント・イニミクム!」
 『げ、この馬鹿!』と顔色を変えるアスナ。だがもう遅い。
 「くらえ魔法の矢!魔法の射手サギタマギカ!」
 ギクッと身を竦ませる動く石像ゴーレム
 しかし、何も起きない。シーンと静まり返る戦場。
 「「「ま、まほーのや?」」」
 目を点にする古とまき絵と楓。だが楓だけは違う意味で首を傾げた。
 (シンジ殿はネギ坊主を魔法使いと言っていたでござるが、どうして何も起きないでござるか?)
 一方、ネギはと言えば、右腕に刻まれたままの3日間の制約、その最後の一本がまだ残ったままであった事に気づいて、体を硬直させる。夕映は呆れたように眺めながらジュースを飲み、木乃香は小首を傾げている。そしてアスナはズカズカトとネギへ近寄ると、全力で脳天に拳を振り下ろした。
 「痛っ!何するんですか!」
 (この馬鹿!魔法をばらしてんじゃないわよ!またシンジさんに迷惑かけるつもり!?このヘボ魔法使い!)
 言葉も無いネギ。その間に気を取り直したのか、動く石像ゴーレムは行動を再開した。
 『ふぉっふぉっふぉ、観念するのじゃ〜地下の迷宮を歩いていては、帰るのに3日はかかるからの〜』
 「「「「「「ええっ!」」」」」」
 「まだよ!私達は絶対に諦めないんだからね!」
 アスナの叫びに、馬鹿レンジャーが一斉に頷く。そんな時、夕映が気付いた。
 「みんな!石像の首を見るです!」
 「メル・・・何とかの魔法の本!」
 「本を戴くですよ!まき絵さん!クーフェさん!楓さん!」
 「OK!馬鹿リーダー!」
 馬鹿レンジャーリーダー、馬鹿ブラック夕映の指揮の下、あっという間に動く石像ゴーレムの懐に飛び込む馬鹿イエロー古。
 「中国武術研究会部長の力、見るアルよー!ハイッ!」
 古の放った拳が、動く石像ゴーレムの左脛に『ビキッ』と亀裂を入れる。その衝撃でグラアッと後ろに倒れかけた所に、古はまき絵を掴んでいる右腕目がけて飛び蹴りを放ち、まき絵を手放させる。そこへ飛び込んできた馬鹿ブルー楓がまき絵を御姫様抱っこの要領で確保してのけた。
 『ふぉ!?』
 驚愕する動く石像ゴーレム。だが馬鹿レンジャーの動きは止まらない。
 「えいっ!」
 馬鹿ピンクまき絵が愛用のリボンを閃かせる。リボンは狙い過たず、メルキセデクの書を見事に捉え、まき絵の腕の中にスッポリと収まっていた。
 『ま、待つのじゃ〜』
 「逃げるです!」
 一連の騒動の間に、ちゃっかりと全員の着替えを確保しておいた木乃香から制服を渡されながら、逃走を開始するネギ達。
 「あの慌てよう!きっとどこかに地上への出口がある筈です!」
 「見つけた!滝の裏側に『非常用出口』って書いてある!」
 『ふぉ!?』
 「みんな、飛び込め!」
 慌てて飛び込む馬鹿レンジャー一行。だが行く手を遮る扉が立ちはだかっていた。
 「・・・『第1問。readの過去分詞の発音は?』これに答えろと!?」
 「私、分かんないよー!」
 「むむ、これはredアルね」
 近寄って来た動く石像ゴーレムを撃退していた古の答えに、扉が『ピンポーン』と音を立てて左右に開いていく。
 「逃げろー!」
 「まさか、この本のおかげ!?」
 奥にあった、遥か上まで続く螺旋階段を見上げながら、走っていく一行。その足の下では、螺旋階段横の石壁を肩部で削りながら、動く石像ゴーレムが追いかけてくる。
 「おいつかれるえー!」
 「見えた、次の問題だよ!」
行く手を遮る石の壁。
 「次は『第2問。下の図でのxの値を求めよ』。今度は数学!?」
 「うーん、x=46°でござるかな」
 楓の答えに『ピンポーン』と音を立てて、石壁が開いていく。
 「おおお!長瀬さんまで!」
 驚きながらも、逃走を続ける一行。現れる問題を全てクリアしながら、螺旋階段を踏破していく。
 「すごいです!馬鹿レンジャーの皆さん!」
 「アスナやまき絵まで答えられるなんて、この魔法の本、本物アル!」
 「「悪かったわね!」」
 古の叫びに、一斉に突っ込むアスナとまき絵。だが階段を駆け上る内に、疲労が溜まってきたのか、夕映が足元を張っていた木の根に躓いてしまった
 「あ、足を挫いてしまったみたいです。皆さんは先に行って下さい。この本さえあれば最下位脱出ができます」
 「だ、駄目ですよ!夕映さん!僕がおぶっていきますから!」
 ネギの発言に、夕映は顔を赤らめながらも素直に背中に乗る。
 だが小柄とは言え、夕映は中2の少女である。小学3年生相当のネギが背負える訳も無く、案の定、押し潰されてしまう。
「ネギ坊主。拙者に任せるでござるよ」
 「あ、ありがとうございます、長瀬さん」
 再び逃走を開始する一行。動く石像ゴーレムの声が徐々に近づいてくる事に危機感を感じながら全力で階段を駆け上がる。
 「あ!見て下さい!直通のエレベーターです!」
 「やった!これで出られる!」
 歓声が上がる中、一行の前でエレベーターが勝手に開いていく。
 「「「「「「「え?」」」」」」」
 「ん?ネギ君達じゃないか、自力で出口を見つけたの?」
 中から出てきたのはシンジである。
 「何でシンジさんがここに?」
 「ここは職員専用の出入り口なんだよ」
 チラッと下を覗き込むシンジ。すると『待つのじゃ〜』という聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 事情を把握したシンジは『はあ』と溜息を吐くと、アスナが手にしていたメルキセデクの書をサッと奪い取る。
 「シンジさん、何すんのよ!」
 「ここの本は持ち出し厳禁なんだよ。その為に、出入り口を隠しているんだ」
 「で、でもそれが無いとテストが・・・」
 「みんなはこの3日間、遊んでいたのか?」
 ハッと顔を上げる馬鹿レンジャー。
 「そうですよ!皆さん、あんなに頑張って勉強したじゃないですか!自信、持ちましょう!」
 「そうね、ネギの言う通りよ!何のために必死になって勉強してきたのよ、私達は!」
 「アスナの言う通りアルね!」
 コクッと頷きあう馬鹿レンジャー。疲れが溜まってきた体に言う事を聞かせて、一番上まで登りきる。
 だが後ろからは、すでに追っ手の姿が見えてきていた。
 「ネギ君、みんなを連れて先に寮へ戻るんだよ、いいね?」
 「シンジさんはどうするんですか!」
 「ちょっとお灸を据えてくる」
 螺旋階段を駆け下りて行くシンジ。やがて下の方から『いい加減にしろ!』『ぬおおお!老い先短い年寄りに何するんじゃ!』『黙れ!他人様に迷惑かけるな!』という叫び声が聞こえてきた。やがて『うひょおおおおおお・・・』というエコーとともに螺旋階段の中央のスペースを真っ逆さまに落ちて行く石像の姿が見えた。
 「どうやら、大丈夫みたいですね」
 「そうね・・・テスト勉強したいし、先に帰ろうか」
 遠目に見ても怒っていると分かるシンジから目を逸らすと、一行はエレベーターの戸を閉め、地上へと帰還した。

テスト当日―
 夜遅くまで勉強していたのは良いのだが、見事に寝坊したアスナ達遅刻組は、下駄箱で生活指導の新田先生に捕まっていた。
 「ご、ごめんなさい!」
 「君達は別教室でテストを受けなさい」
 「は、はい!」
 フラフラした足取りで校舎内へ入っていく少女達。そんな彼女達に、ネギが叫ぶ。
 「み、皆さん、頑張って下さい!僕、足を引っ張ってばかりだったけど!」
 「ま、任しといて〜」
 「本なんか無くても何とかなるアルよ〜」
 「勉強付き合ってくれてありがとうです」
 「あとは任せるでござるよ〜」
 「「「「ハハ・・・ハ〜・・・」」」」
 ズーンと重い空気を発生させるまき絵、古、夕映、楓の4人。いかにも自信ありませんといった感じである。
 「大丈夫よネギ、私達にだって意地があるんだから!何とか下から2番目ぐらいにはなってやるからさ」
 そういうと、アスナ達はテストに向かった。

テスト終了後―
 報道部の放送による学年末テスト結果報告を見たネギは、手荷物を纏めて学園の出入り口に立っていた。
 (・・・短かったけど、お世話になりました・・・)
 ペコリと頭を下げるネギ。だが踵を返そうとしたところで、ネギの体は止まってしまっていた。
 目の前に壁となって立ちはだかったのは、ネギの行動を予想していたシンジである。
 「・・・今までお世話になりました・・・」
 「ネギ君。本当に、これで良いの?」
 項垂れるネギ。そこへネギを呼びとめようとする声が聞こえてきた。
 「ネギ!ちょっと待ってよ!」
 「ネギ先生!待ってー!」
 走ってきたのは馬鹿レンジャーを先頭とした2−Aメンバーの大半であった。
 「ど、どうして・・・」
 「当たり前でしょう!それとも、アンタは私達の先生なんかやりたくない訳!?」
 「そ、そんなことありません!僕だって、僕だって先生やりたいです!でも、でも!」
 グスッと泣きだすネギの頭を、シンジがグシャグシャと撫でまわす。
 「だったら、行こうか。どんな手を使ってでも、ネギ君がここにいられるようにするからさ」
 「シンジさん?」
 「たまには10歳の子供らしく、我儘の1つも口にしなよ、ね?」
 不安そうに周囲を見回すネギ。だがこの場に集まった者たちは、誰1人としてネギを拒絶しようとはしていなかった。
 「良いんですか?僕、何もできなかったんですよ!」
 「できるできないは関係ないんだ。みんながネギ君に麻帆良にいて欲しいんだよ。だから、ネギ君も素直になって良いんだ」
 「・・・たくない・・・」
 身を震わせながら、ネギが呟く。
 「帰りたくない・・・ここにいたいです・・・先生、続けたいです・・・」
 「OK。じゃあ、直談判に行こうか」
 ネギの手を取ると、シンジはこの場に集まった少女達とともに学園長室へと足を向けた。

学園長室―
 真正面から乗り込んできた2−Aメンバーの集団に、近右衛門は驚きで硬直した。だが何よりも驚いたのは、飛び込んでくるなり、頭を下げるどころか土下座してネギの残留を訴えてきた孫、シンジの態度であった。
 少女達もシンジが土下座して頼みこむとは誰も予想していなかったので、呆気に取られている。それは、シンジの今までの行動を考えれば、裏から脅迫するとか交渉するとかの手段で譲歩を引きずりだすのだろうと想像していたからであった。
 「お爺ちゃん!お願いだからネギ君の強制送還を取り消して下さい!ネギ君や2−Aメンバーがどれだけ頑張ってきたか、僕は知っている。だから取り消して下さい!」
 この騒ぎは瞬く間に周囲へ伝播した。職員室からはタカミチやしずなが慌てて駆けつけてくるし、テストの結果を報道していた報道部もテレビカメラを持って駆けつけてきたのである。
 (・・・まずい、まずすぎる・・・儂が採点したアスナ君達のテストの結果を加えてなかったんじゃよ、なんて言える雰囲気じゃないのう・・・)
 すでに背中は冷や汗で埋め尽くされた近右衛門である。
 この光景は報道部の報道を通して、中等部全体に放送されていた。その為『子供先生がイギリスへ強制送還だって!』という叫びと共に、野次馬が続々と学園長室に集まりだしている。
 中には『学園長、横暴だ!子供先生の強制送還を取り消せー!』というシュプレヒコールすら上がり始めていた。
 シンジは土下座しっぱなしで、全く頭を上げようとしない。タカミチ達職員は、中立の立場で事の推移を見守っているようだが、どちらかというとネギやシンジに同情しているような雰囲気すらあった。特に生活指導の新田に至っては『ネギ君の為に、そこまでするとは』と驚愕していた。
 2−Aメンバーも、最初こそ驚いていたものの、口々に『ネギ先生を止めさせないで下さい!』と大声で嘆願する始末である。
 (・・・わ、儂、これじゃあ悪者じゃのう・・・)
 「お爺ちゃん!僕は七光りとか言われたくなったから、今までお爺ちゃんには頼らずに実力を示し続けて来たつもりだ。でもネギ君への処罰を取り消させる為なら、汚名ぐらい幾らでも着る覚悟はある!だからネギ君の努力を認めてやって下さい!」
 見るに見かねたハルナがシンジを起こそうとするが、シンジはそれを断り、あくまでも頭を下げ続ける。その態度に、周囲はますますシンジに同情的になっていく。
 思わず視線をそらした近右衛門は、何気なく窓に目を向けた。
 「ふぉ!?」
 そこには『子供先生を日本へ残せ!』という横断幕を掲げて、学園長室を睨んでいる生徒達がいたのである。ますます逃げ場を無くす近右衛門。
 「わ、分かった。分かったから頭を上げるんじゃ、シンジ」
 「お爺ちゃん!?」
 「う、うむ。約束するわい」
 ワーッと上がる歓声。ネギはアスナ達馬鹿レンジャーに揉みくちゃにされ、シンジはハルナに飛び付かれている。
 タカミチ達職員は笑顔で見守っているし、野次馬達からも歓声が上がった。
 (・・・ヤバい・・・本当の事言ったら、儂、殺されちゃうかもしれんのう・・・)
 近右衛門の後頭部から、滝のように冷や汗が流れおちる。だが言わなければならない事ではあった。そもそも黙っていた所で、テストを返せばバレてしまうのである。
 「その、実はのう・・・」
 「何?お爺ちゃん」
 「本当に言いにくい事なんじゃがのう・・・アスナ君達遅刻組の点数を足しておらんかったのじゃよ」
 ピシッと固まる学園長室。喜びの歓声に包まれていた部屋は、一転して重苦しい沈黙に支配されていた。
 「ふふ・・・ふふふ・・・」
 ゆらあっと幽鬼のように立ち上がるシンジ。不気味な笑い声に、全員が一歩後ずさる。
 「ねえ、木乃香。アレ、貸してくれる?」
 「ええよ。でもうちも一緒な」
 木乃香から手渡されたトンカチを手に、ゆっくりと顔を上げるシンジ。その前髪を透かして、赤い凶眼が近右衛門を標的として捉える。
 「待て、待つんじゃ!幾ら儂でも2人一緒じゃ死んじゃうわい!」
 「そう?じゃあ僕と木乃香の交代でいくよ」
 「そやな〜」
 学園長室で繰り広げられる惨劇の未来を想像し、全員が無言で学園長室から出て行く。
 「タ、タカミチ君!」
 「学園長・・・僕にはお孫さんを止められません」
 「ふぉ!?」
 報道部もカメラとともに退室。パタンとドアが閉まり、シンジがガチャッと鍵をかける。その間に木乃香が、学園長室の白いカーテンをサッと締め切った。

 『くたばりやがれ!この糞ジジイ!』
 『ふぉおおおおおおおお!』
 『お兄ちゃん、さすがやなあ。一撃で血ぃ吹き出とるな〜』
 学園長室から響いてくる惨劇の声。時折、白いカーテンが内側から真紅に染め上げられていく。
 一斉に顔を背ける教師と生徒達。シンジがどれだけ怒り狂っているか、内部の惨劇を考慮すれば容易に想像できた。
 「あ、あの、大丈夫かなあ・・・」
 恐る恐るタカミチを見上げるネギ。だが問われたタカミチも、答えは持っていない。
 その間も、学園長室から怒号と悲鳴が聞こえてきていた。
 『後頭部を雑巾のように絞ってやる!少しは反省しろ!』
 『やめ、やめるんじゃあああああ!』
 『あはは、お爺ちゃん、ビクビクしとるな〜』
 あの学園長の事だから、死ぬ事は無いだろうと思ってはいたものの、さすがに不安になってきたのか、タカミチのこめかみをツツーッと冷や汗が落ちて行く。
 ちなみに報道部は、『少しお待ち下さい。麻帆良学園報道部』というテロップを画面に映しながら惨劇の音声だけを全校放送で流していた。
 「と、とりあえず帰ろうか、みんな」
 「そ、そうですね」
 タカミチの呼びかけに、アスナが納得したように頷いていた。

後日―
 2−Aは平均点81.2点と言う高得点で、1位をもぎ取った。2位との差は7.4点というぶっちぎりの1位である。
 そして、女子寮の食堂では、シンジの作成したブランデーケーキが振舞われていた。
 学年1位は2人で超と葉加瀬、3位(1位が2人の為2位は消えた)にあやかとエヴァンジェリン、5位(3位が2人なので、4位は消えた)にのどかと学年上位を事実上独占。さらに朝倉と那波、木乃香は20位台、続いて前回300位メンバーは100位以内を確保、400位メンバーは200位を確保に成功。500位メンバーもキッチリと点数を稼いで300位以内を確保していた。特に馬鹿レンジャーになるのが嫌だった美砂と円は、何と200位に食い込むと言う大健闘を示した。
 馬鹿レンジャーも健闘し、まき絵、古、楓、夕映は300位台中盤へと大躍進し、他のクラスであれば十分に普通といえる結果を残していた。そしてアスナは隣に座っていた刹那に声をかけていた。
 「あ、あの、大丈夫?桜咲さん?」
 「はは・・・」
 ケーキを口にしながら刹那は屈辱に打ち震えていた。確かに刹那も努力し、ギリギリとは言え300位以内に食い込んだのである。
 ところがアスナは努力の結果、刹那を上回って見せたのである。刹那は平均70点で298位。アスナは平均70.2点で275位。その差は僅かに0.2点。5教科総合得点で1点の差だったのである。
 「刹那殿、馬鹿レンジャーは新たな仲間を歓迎するでござるよ〜」
 「これで2−A武道四天王の内、3人が揃ったアルよ!」
 「桜咲さんだったら、やっぱり白かな?」
 「馬鹿ホワイトで決定です」
 「じゃあ、私、馬鹿レンジャー卒業するね」
 「嫌あああああああああ!」
 泣き崩れる刹那の姿に、周囲は生温かい視線を向けていた。
 そんな中、全員分のケーキを作り終えたシンジが、片づけを終えて厨房から出てくる。
 「それじゃあ、使い終わった食器は、いつも通り流し場に入れておいてね」
 「ん?どこへ行くですか?」
 「ちょっと外出」
 食堂から出て行くシンジ。首を傾げる一同。だがその答えはすぐに判明した。
 女子寮から出ていく2つの影。その内1つは寮監であるシンジ。そしてもう1つは―
 「ま、今日の所は静かにしてあげようか。パルには迷惑かけちゃったしね」
 アスナは夢中になってケーキを頬張るネギを見ながら、クスクスと笑っていた。



To be continued...
(2011.11.26 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回ですが、基本コンセプトはダークシンジですw怒りのあまり『プチッ』といっちゃったシンジ君。これを書きたくて、学年末テストのプロットを作ったような物でした。でも木乃香まで『プチッ』といっちゃったのは、プロットには無かった展開でしたw
 あとは最後のオチである刹那でしょうかw見事、馬鹿ホワイトの称号を手に入れた彼女に、皆さん心からの拍手をお願い致します・・・刹那ファンの方、スンマセン。せっちゃんって、どう見ても玩具にされるキャラなので、欲望に耐えきれずに玩具にしちゃいましたwでも、彼女は裏ヒロインなので、今後も玩具にされてしまうんですけどね。
 話は変わって次回です。
 次回は春休み編という事でショートストーリー3本仕立てになります。それぞれ千雨、双子姉妹、さよをメインとした話になります。さよについては原作では麻帆良祭準備中からの参加でしたが、今作においては春休み編から本格参戦とさせて頂きました。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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