正反対の兄弟

第十五話

presented by 紫雲様


エヴァンジェリン邸―
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。魔法世界においては『闇の福音』『不死の魔法使い』等、様々な二つ名を有する、最強の悪の魔法使い。
 そんな彼女であるが、魔力を封じられている為、今は外見通りの10歳の少女に過ぎない。
 そういう意味では、外見年齢が釣り合っているネギとは、非常にお似合いである。
 そのネギを、エヴァンジェリンは自宅から追い出した所だった。
 「全く・・・」
 この日、エヴァンジェリンは花粉症と風邪を併発して、学校を休んでいた。そこへ手書きの『果たし状』とともに、ネギが乗り込んできたのである。
 そんな事をしなくても、明日には戦う事になっている。にも拘らず、ネギはエヴァンジェリンの所へ、一人で乗り込んで来たのだった。
 当初はシンジの件で嫌みの1つも言ってやろうと思っていたエヴァンジェリンだったが、ネギの目に宿った『覚悟』を秘めた眼差しに、嫌みを言う気は消え失せていた。
 ならば『少々その覚悟の程を見てやろう』と思ったのが失敗だった。
 風邪の熱に耐え切れず、エヴァンジェリンは気絶。そのままネギの看護を受ける立場となったのである。
 目が覚めてみれば、看護疲れで寝ているネギ。今日の所は素直に帰してやろうと思ったのだが、ネギの杖が目に入ってしまった。
 何でネギは、杖を持ったまま寝ていたのか?
 その答えに気付いた瞬間、エヴァンジェリンは羞恥心からネギを叩きだしたのである。
 「私の夢を勝手に覗き見するとは、どうして親子揃ってこうもデリカシーがないのだ!」
 エヴァンジェリンが見ていた夢。それは彼女の最愛の人物であり、彼女を麻帆良に封じたサウザンドマスターことナギ・スプリングフィールドの夢であった。
 ネギの行動に文句を言いながら、床に落としていった果たし状を拾い上げる。その中には2つ折りになった紙片が入っていた。
 「・・・良いだろう。ネギ・スプリングフィールド。お前が本当に罪を背負ってなお、その足で歩く事が出来るのか、この闇の福音が試してくれる」
 窓ガラス越しに走り去っていくネギを見送ると、エヴァンジェリンは地下倉庫へと足を向けた。

その日の夜―
 毎年2回、学園都市全体のメンテナンスが行われる日、夜8時から12時までは完全に停電となる。今日はその日であった。
 エヴァンジェリンの魔力を押さえる結界は、動力源として大量の電力を消費している。その為、停電となるこの日に限っては、エヴァンジェリンは一時的に魔力を取り戻す事ができるのだった。
 エヴァンジェリンがこの日を決着の日に指定した最大の理由がそこにあった。
 「さて、まずは小手調べといこうか」
 ネギ以外の魔法先生や魔法生徒は、結界の消失というタイミングに合わせて侵入を試みる者達への対応に忙しく、エヴァンジェリンとネギに関わっている余裕が無い。だから、今日だけはエヴァンジェリンは誰にも邪魔されずに戦う事ができた。
 「ネギ先生。約束があるから殺しはしないが、せめて私の前に姿を見せるぐらいの事はしてもらうぞ?」
 そう呟くと、エヴァンジェリンは魔力を発動させた。

女子寮、外―
 エヴァンジェリンとの決着をつける為、ネギはカモ・アスナとともに準備を済ませていた。
 この戦いが終われば、ネギには魔法使いとしての処分が待っている。にも拘わらず、ネギの目には覚悟はあっても悲壮さは見受けられなかった。
 「アスナさん。この戦いが終われば、僕は恐らく、魔法世界へ強制送還される事になります。魔法も封じられて、ずっと向こうで過ごす事になると思います」
 「・・・ネギ・・・」
 「でも、どうしても今日の戦いだけは負けられないんです。だから、お願いです。力を貸して下さい!」
 10歳とは思えないほど真剣なネギの態度に、アスナはギュッと抱きしめた。
 「分かってる。私も目を逸らす訳にはいかないんだから」
 「・・・はい」
 ネギの背中をパンパンと叩くと、アスナはネギから離れた。そこへネギの肩に乗っていたカモが口を開いた。
 「兄貴、俺っちのせいで、すまねえ・・・」
 「もういいよ、カモ君。カモ君だって、ずっと自分を責めていたんでしょう?」
 「すまねえ!本当にすまねえ!」
 自分の発言が原因で、恩人であるネギは窮地に立たされているのである。普段は強気なカモも、さすがに今回ばかりは反省していた。
 「・・・アスナさん!きます!」
 近づいてくる魔力の気配に、身構えるアスナ。ネギもいつでも契約執行に入れるよう、身構える。
 だが闇の中から近付いてきたのは、エヴァンジェリンではなかった。見覚えのある少女の登場に、ネギは声を上げた。
 「まき絵さん!?」
 「・・・ネギ・スプリングフィールド・・・まずは小手調べだ・・・」
 「兄貴!気をつけろ!真祖に噛まれたら操り人形になるんだ!あの娘は半吸血鬼状態だぜ!」
 カモの言葉を証明するかのように、人間離れした運動能力で去っていくメイド服姿のまき絵。
 「アスナさん、追いかけましょう!」
 「ネギ!何か手はある訳?」
 「とりあえず気絶させちゃいましょう!」
 アスナは頷くと、ネギとともに走り出した。

 ネギとアスナがまき絵を捉えたのは、図書館島の近くだった。寮からも離れ、人目につく事もありえない場所。
 「ようこそ、ネギ先生」
 橋の欄干の上に立っている人影は4人。月明かりに照らし出されたその顔は、全てネギ達が知っている少女だった。
 「大河内さん、明石さん、椎名さん!」
 「まずは私達が相手よ!」
 一斉に襲い掛かってくる4人。ネギは愛用の杖を手にしながらアスナを援護する。
 「契約執行10秒間シス・メア・パルス・ペル・デケム・セクンダスネギの従者ミニストラ・ネギ神楽坂明日菜カグラザカアスナ』!」
 半吸血鬼化した4人に負けないだけの身体能力を手にしたアスナが、桜子と裕奈の2人を纏めて相手取る。もともとの身体能力はほぼ互角だが、アスナは合気柔術の使い手であるあやかを相手に喧嘩をしてきたお転婆娘である。そういう意味では、桜子や裕奈よりも戦い慣れしていた。
 「ネギ!こっちの2人は任せなさい!」
 「はい!」
 ネギは格上の魔法使いであるエヴァンジェリンと戦うにあたって準備をしてきた。まともにぶつかれば、魔力を取り戻した闇の福音に勝てる訳が無い。それならば、実力差を他の物で埋めればよいと考えたのである。
 ネギにとっては幸運な事に、既にお手本を目にしていたのだから。
 隠し持っていた魔法薬入りのフラスコを、アキラとまき絵の前で割る。
 「兄貴、今だ!」
 「風花武装解除フランス・エクサルマティオー!」
 ネギはまだ修行不足なので、初歩の呪文であっても無詠唱呪文を使う事が出来ない。だがネギは、それを魔法薬を使う事で補おうとしたのである。
 力が足りないなら、他から力を持ってくる。魔力を封じられた状態のエヴァンジェリンの戦い方は、まさにそれであった。
 メイド服を吹き飛ばされた事で、エヴァンジェリンの支配よりも羞恥心が上回ったらしく、アキラとまき絵が悲鳴を上げながらうずくまる。
 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
 ネギの口から始動キーが紡がれる。
 「大気よ水よ白霧となれアーエール・エト・アクア・ファクティ・ネプラ彼の者らに一時の安息をイリース・ソンヌム・プレウエム眠りの霧ネプラ・ヒュプノーテイカ!」
 バフォン!という音とともに発生する眠りの霧。ちょうどその中央にいたアキラとまき絵は、抵抗する事も無く、すんなりと眠りに落ちた。
 「さすが兄貴!次は姐さんの援護だぜ!」
 「うん!アスナさん!今、行き」
 アスナへ援護に入ろうとするネギだったが、慌てて後ろへ飛び退った。一瞬遅れて、先ほどまでネギがいた場所へ、轟音とともに人影が着弾する。
 「私がお相手します、ネギ先生」
 「茶々丸さん!?」
 アスナはバスケットボールで攻撃してきた裕奈に対し、見事に蹴り返したボールを顔面に命中させて裕奈を気絶させていた。桜子もアスナの前に防戦一方を余儀なくされ、あっという間に気絶まで追い込まれてしまう。
 だがその時点でアスナの契約執行は解除されてしまった。
 「ネギ!」
 駆け寄ってくるアスナに、契約執行を使おうとするネギだったが、茶々丸もそんなに甘くは無い。無数の拳のラッシュで、ネギを確実に追い込んでいく。
 「くっくっく、思ったよりもやるじゃないか。ネギ先生?」
 さらに、追撃でもするかのように、屋根の上から飛び降りてきたのはエヴァンジェリンである。最強の魔法使いの登場に、ネギの顔に緊張が走った。
 「やらせるもんですか!」
 「またお前か。今度は前のようには」
 だがアスナが放った飛び蹴りは、前回同様にエヴァンジェリンの障壁をいとも簡単に貫通した。
 自分の魔法障壁が2度も破られた事に、驚きを禁じ得ないエヴァンジェリン。だがその顔には笑みが浮かんでいく。
 (じじいが、わざわざ孫娘と住ませるぐらいだから何か理由があるだろうとは思っていたが・・・そういうことか?)
 アスナの能力に気付いたエヴァンジェリンは、即座に戦術を変更する事に決めた。
 「茶々丸。神楽坂明日菜を押さえろ。それで確実にこちらの勝ちだ」
 「な!?」
 「何だ、坊や。気付いていなかったのか?そこの神楽坂明日菜は『魔法無効化能力者』なんだよ。だから私が展開している魔法障壁を、いとも簡単に破ったのさ。契約執行無しでな」
 唖然とするネギ。当のアスナはと言えば、何を言われているのか良く理解できないらしく、首を傾げている。
 「ならば相手を変えれば問題は無い。魔法無効化能力を持つ神楽坂明日菜に、魔法ではなく科学の結晶たる茶々丸を。魔法使い見習いである坊やには、最強の魔法使いである私が当たれば、私達の勝利は確実だ」
 クッと歯噛みするネギとカモ。アスナも援護に入りたいのだが、契約執行無しで茶々丸を何とかできる等とは、全く思っていない。かと言って、ネギに契約執行を使わせるほど、エヴァンジェリンは甘くは無い。
 ジリジリと後ずさるネギとアスナ。対するエヴァンジェリンは余裕その物である。
 だから、気付かなかった。
 「幾らなんでも、大人げないんじゃありませんか?もっと真祖に相応しい戦い方って物があると思いますけど」
 聞き覚えのある声に、振り向く4人。そしてネギとアスナの顔が、喜びで歪む。
 「ネギ君。以前、言ったよね。覚えてる?」
 「・・・はい!力を貸して下さい!」
 「OK。そういう訳だから、ネギ君に加勢させて貰います。直接頼まれちゃいましたからね」
 左手に符を挟んだまま、ゆっくりと近づくシンジ。その姿に、エヴァンジェリンが露骨に顔を顰めた。
 「やれやれ。やはり出てきたか」
 「ええ。それに僕にだって参戦する権利はありますよ?」
 シンジの右手に現れたのは、仮契約パクティオーカードであった。主の名前はネギとなっている事に、エヴァンジェリンが目を剥いた。
 「何だと!?お前が坊やの仮契約相手等とは聞いていないぞ!」
 「でしょうね。僕も聞かれなかったので、黙ってましたから」
 シンジに攻撃能力が無い事をエヴァンジェリンは知っている。だがアーティファクトを所持しているとなれば、話は別だとエヴァンジェリンは考えた。
 小さく舌打ちしながら、様子を窺うエヴァンジェリン。今のエヴァンジェリンは、ほぼ全盛時の魔力を使う事が出来る。だがシンジの気の容量は、最強の魔法使いであるエヴァンジェリンから見ても感嘆に値する許容量を誇る。破術を使われれば、エヴァンジェリンの魔法であっても、相殺されかねない可能性があった。
 エヴァンジェリンにしてみれば、シンジを圧倒する自信はある。例えシンジの気の容量がどれだけ大きかろうと、エヴァンジェリンには600年と言う経験と、培ってきた実力があるのだから当然である。闇の吹雪の様な中級レベルではなく、最強レベルの攻撃魔法を使えば、有無を言わさずシンジを倒す事は可能だろうと言う目算はあった。
 だが現時点においては、最強の手札を切るタイミングであると言えない事も事実である。そもそも、シンジのアーティファクトがどんな能力なのか?百戦錬磨のエヴァンジェリンにしてみれば、能力が推測出来ない以上、慎重になるのも当然であった。
 (・・・クッ、アーティファクトカード1枚で、私を封じたか・・・)
 ならば、と茶々丸を見るエヴァンジェリン。魔法使いとは自らだけでなく、従者をも使いこなす事を求められる。だから当然の選択として、エヴァンジェリンは従者である茶々丸に指示しようとする。だがそれよりも早く、シンジが動いた。
 「ネギ君、神楽坂さん。見た所、君達の仮契約は不完全みたいだね。今の内に仮契約をやり直しておいで」
 「シンジさんはどうするのよ!」
 「僕は大丈夫だよ。策なら用意してあるから」
 その言葉に飛び出ようとした茶々丸を、エヴァンジェリンが咄嗟に止めた。
 その間に物影へと走っていくネギ達。
 それを忌々しげに見ていたエヴァンジェリンの脳裏に閃く物があった。
 「茶々丸!近衛シンジを攻撃しろ!奴のアーティファクトはハッタリだ!」
 「イエス、マスター!」
 飛びかかる茶々丸に、エヴァンジェリンは勝利を確信した。
 もしシンジのアーティファクトが攻撃系の能力を秘めているのであれば、即座に使えるようにアーティファクトを呼びだしておく筈だからである。
 だがシンジはそれをせずにいた。それは、呼びだす訳にはいかないからなのでは?とエヴァンジェリンは推測したのである。
 そしてシンジの再生能力については、エヴァンジェリンも茶々丸も確認済。茶々丸も全力で攻撃するのは気が咎めたが、それでも最悪の事態にだけはならないだろうと判断していた。
 一気に間合いを詰める茶々丸。そのままシンジの腹部に拳を叩き込んだ。
 シンジの口から苦悶の呻き声が上がる。
 「フ、やはりハッタリか、策士策に溺れるとは、この事だな」
 シンジの左手が茶々丸の腕を、右手が茶々丸の頭部に触れる。
 「さすがに・・・効くね・・・一応、気で最低限の防御だけはしておいたけど・・・」
 「よし、茶々丸。神楽坂明日菜を追撃しろ」
 だがエヴァンジェリンの命令に、茶々丸は反応しない。
 「おい、茶々丸?」
 クルッと振り向く茶々丸。その機械の瞳には、困惑の色が浮かんでいた。
 そのままエヴァンジェリン相手に、茶々丸が一気に間合いを詰める。
 「おい!茶々丸!?」
 拳がエヴァンジェリンの腹部目がけて襲いかかる。咄嗟に張り巡らした魔法障壁で茶々丸の拳は防いだが、今度は回し蹴りが飛んできた。
 その一撃をしゃがみこんで躱わすエヴァンジェリン。だが今度は茶々丸が踵落としを放ってくる。
 「くっ!」
 茶々丸に異変が起きている事を、エヴァンジェリンは察した。横へ転がったエヴァンジェリンのすぐ真横へ、茶々丸の踵が振り下ろされ、アスファルトにひびを入れる。
 「ええい!魔法の射手サギタマギカ戒めの風矢アエール・カプトウーラエ!」
 自分の従者を破壊する訳にもいかないので、エヴァンジェリンは捕縛を選択した。彼女にとって幸運だったのは、今日だけは魔力が全盛時に限りなく近く回復している点であった。そのおかげで、触媒すら使う事も無く、無詠唱魔法を発動できたのである。
 戒めの風が茶々丸を束縛する。そのおかげか、茶々丸の瞳に落ち着きが戻った。
 「驚いたぞ、近衛シンジ。お前、茶々丸を操ったな?」
 「ええ、正解です。やっぱりバレましたか」
 「当たり前だ、たわけ!よくもまあ、攻撃能力を持たない等と大ウソをついたものだ。私には分かる。お前、私と同じ人形遣いだな?」
 「攻撃能力が無いのは事実ですよ。人形使いである以上、操る物が無ければ、何もできませんからね」
 『茶々丸さん、驚かしてゴメン』と謝るシンジに、エヴァンジェリンはますます笑みを深くしていく。
 「面白い。実に面白いぞ、近衛シンジ。ここまで愉快なのは、ここに封じられて以来、初めてだよ」
 「それは褒め言葉ですか?」
 「当然だ。それ以外に聞こえたのなら、その頭を吹き飛ばしてやる。お前の再生能力なら、マシな耳になって治りそうだからな」
 クックックッと笑うエヴァンジェリン。
 彼女の脳裏からは、既に勝つ為だけの戦闘思考―冷徹な計算は吹き飛んでいた。あるのは心の底から湧きあがって来た、目の前の少年の器の底を覗きたいという衝動だけ。
 「おい、いつぞやの腕試しを覚えているな?もう一度、力試しだ」
 「全力でお断りしたいんだけどなあ・・・やらなきゃ駄目ですか?」
 「私を楽しませろ!リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」
 エヴァンジェリンの全身に、特大の魔力が集結していく。
 「来たれ氷精ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス大気に満ちよエクステンダントゥル・アーエーリ
 エヴァンジェリンが、かつての闇の吹雪以上の魔法を使ってくる事を察し、シンジが符を構える。
白夜の国のトゥンドラーム・エト凍土と氷河をグラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ!『こおる世界クリュスタリザティオー・テルストリス』!」
 足元から突如出現した、巨大な氷柱にシンジは虚を突かれた。一瞬で膝まで氷漬けとなったどころか、氷の浸食は止まるところを知らない。
 だがシンジはまだ自由な右手で、符を氷に叩きつけた。
 次の瞬間、ガシャンッ!という音を立てて、氷柱は木っ端微塵に砕け散る。
 「てっきり何かが飛んでくる魔法かと思ったんですけど、そういうのもあるんですね。初めて見ましたよ」
 「そうかそうか、どうやら楽しんでもらえたようで何よりだ。これで茶々丸の留飲が下がったよ」
 最強の魔法使いに相応しく、余裕たっぷりなエヴァンジェリンであったが、内心は全く違う。シンジが自分の魔法を完全に相殺してのけた事に、大きな驚きを感じていた。
 まさかシンジが正面切って、自分の最強の手札を相殺してのけるとは想像していなかったからである。
 (・・・本当に、良い拾い物をしたな詠春。いやジジイの言葉からすれば、近衛の血と人外化による恩恵なのだろうが。だが、近衛シンジ。誰かを傷つける事を厭うお前にとっては、私と正面勝負できる程の力など、何の価値もないのだろうな)
 ならば、と思考を変えるエヴァンジェリン。
 (少々、教育してやろう。お前に戦う事の楽しさという物をな)
 ニヤリと笑みを浮かべ、魔力を高まらせていくエヴァンジェリン。
 「さて、では続きを」
 「いえ、どうやら僕はここで交代みたいですから」
 「・・・そう言う事か。チッ、間が悪い」
 エヴァンジェリンが視線を向けた先。そこには完全な仮契約を交わしたネギとアスナが立っていた。
 「時間切れか」
 「こちらは命拾いしましたよ。できればもう力試しは勘弁してほしいですが」
 踵を返すと、シンジはスッと片手を上げる。
 その意味に気付いたのか、ネギもまた手を上げた。
 パンッという音を立てて、ハイタッチを交わす2人。
 「頑張りなよ、ネギ君。神楽坂さん」
 「「はい!」」
 欄干に背中を預けて、完全に観戦モードに移るシンジ。その傍には、どこか居心地悪そうなカモが座っている。
 「その・・・今回は俺っちのせいで迷惑をかけてすまなかったっス」
 「僕は気にしてないよ」
 「うおい!あれだけ大怪我負って、気にしねえのかよ!」
 思わずツッコミをいれるカモ。だが内心では『兄貴じゃネギの兄貴と間違えちまうな。この人は旦那にするか?』と考えていたりする。
 「それより始まるよ?」
 「お、おう!」
 シンジとカモが見守る中、先手を取ったのはネギであった。
 「契約執行シス・メア・パルス90秒間ペル・ノーナギンタ・セクンダースネギの従者ミニストラ・ネギ神楽坂明日菜カグラザカアスナ』!」
 「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」
 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
 アスナより一瞬早く飛び出していた茶々丸が、アスナの機先を制した。とは言え茶々丸もアスナを傷つけたくなかったので、攻撃を手加減せざるを得ない。
 だが茶々丸は、アスナの反射神経を甘く見ていた。
 茶々丸はデコピンでアスナをノックアウトしようとしたのだが、アスナも全く同じ事を狙っていたのである。
 お互いにデコピンをぶつけ合い、2人の動きが止まる。
 「魔法の射手サギタマギカ連弾・雷の17矢セリエス・フルグラーリス!」
 「魔法の射手サギタマギカ連弾・氷の17矢セリエス・グラキアーリス!」
 17本の魔法の矢同士が接触し、お互いを消滅させ合う。だが魔法の勝負に限らず、全てにおいて、エヴァンジェリンには経験と言うアドバンテージがあった。
 「雷も使えるとはな!だが詠唱に時間がかかりすぎだぞ!」
 (・・・あの馬鹿の子供というだけじゃない。確かに才能には目を見張る物が有る。だがそれだけではない・・・試してみるか)
 エヴァンジェリンは夜空を舞いながら、次の魔法の詠唱に入る。
 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!光の精霊29柱ウンデトリーギンタ・スピーリトウス・ルーキス!」
 「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!闇の精霊29柱ウンデトリーギンタ・スピーリトウス・オグスクーリー!」
 「魔法の射手サギタマギカ連弾・光の29矢セリエス・ルーキス!」
 「魔法の射手サギタマギカ連弾・闇の29矢セリエス・オブスクーリー!」
 29本の魔法の矢が、轟音とともに消滅し合う。アスナは目の前で繰り広げられる魔法の戦いに、呑まれてしまって手を出せない。だが茶々丸は違った。
 (・・・マスター、あんなに嬉しそうに・・・)
 エヴァンジェリンは笑っていた。皮肉に満ちた笑みではない。本当に心の底から、この勝負を楽しんでいるのだと、ハッキリと理解できるほどに、エヴァンジェリンはこの勝負を楽しんでいた。
 だからこそ茶々丸は動きを止めた。主の楽しみに介入すべきではないと判断したから。
 「エヴァンジェリンさん、本当に父さんは、貴女に勝ったんですか?」
 「事実だとも。だが、それがどうした?」
 「だったら、尚更、僕は負けられません!」
 ネギの全身に満ちた魔力。そこに込められた気迫に、エヴァンジェリンはこれまでにないほどの、笑顔を作る。
 (・・・やはりそうだ。先ほどの魔法の制御力、年齢には見合わぬ高さだ。こればかりは修練を積まねば身に着かない。それに化けたな。シンジの一件、どうやら良い影響を与えたようだ)
 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!来れ雷精ウエニアント・スピーリトウス風の精アエリアーレス・フルグリエンテース!」
 「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!来れ氷精ウエニアント・スピーリトウス闇の精グラキアーレス・オブスクーランテース!」
 その瞬間、ネギは気づいた。エヴァンジェリンが、自分の魔法を見た上で、同規模の魔法を選択してきた事に。
 それは純粋のどちらの魔力が大きいかを競う力勝負である。100%の勝利ではなく、相手に一縷の望みを抱かせる、ワザと隙を作る強者にのみ許された戦い方。
 そしてその事実に、カモも気がついた。
 「あれは兄貴の最強の魔法じゃないか!それにエヴァンジェリンも同規模の魔法だ!撃ち合う気かよ!」
 「エヴァンジェリンさんらしい戦い方だよ。単に上位の魔法を使うんじゃなくて、純粋に魔力の強さで勝敗を決するつもりなんだよ。自分に絶対の自信があるからこそ、できる戦い方だろうね」
 「伊達に600万$の賞金首じゃねえって訳か」
 2人の視線の先では、ネギとエヴァンジェリンの全身にかつてないほど巨大な魔力が集まっていく。
 「雷を纏いてクム・フルグラテイオーニ吹きすさべフレット・テンペスタース南洋の嵐アウストリーナ!」
 「闇を従えクム・オブスクラテイオーニ吹雪けフレット・テンペスタース常世の氷雪ニウアーリス!来るがいい、坊や!」
 「雷の暴風ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス!」
 「闇の吹雪ニウイス・テンペスタース・オブスクランス!」
 同種の魔法同士が正面からぶつかり合う。だが魔法戦闘の経験、魔力効率の巧みさ、そのどちらもエヴァンジェリンに分がある。当然の結果として、ネギの魔法はエヴァンジェリンの魔法の前に、瞬く間に呑みこまれていく。
 (こ、このままじゃ負けちゃう!どうしたら・・・)
 己に向かって近づいてくる闇の吹雪。不安で揺れたネギの目が、視界の片隅に映った人影を捉えた。
 「もう・・・もう逃げないって決めたんだ!」
 咆哮を上げるネギ。その瞬間、今までを遥かに超える魔力が魔法に注ぎこまれ、雷の暴風は闇の吹雪を逆に食らい始めた。
 「何だと!?」
 火事場の馬鹿力と言うべきだろうか。ネギから注ぎこまれた魔力は、エヴァンジェリンのアドバンテージを埋めるほどの魔力量だったのである。
 轟音とともに、被弾するエヴァンジェリン。だが朦々とした煙の中から、服こそ失ったが、体には傷一つないエヴァンジェリンが姿を現した。
 「・・フフッ・・・期待通りだよ、さすがは奴の息子だ・・・」
 ヒクヒクと頬を引き攣らせるエヴァンジェリン。さすがに裸になるのは羞恥心を覚えるようである。
 「ぬ、脱げ!ごめんなさい!」
 慌てて謝るネギ。遠くではカモが旗を振りながら『やったぜ、兄貴ー!』と叫んでいる。
 「だが坊や。まだ決着はついていないぞ?」
 次の魔法の詠唱に入ろうとするエヴァンジェリン。その瞬間、茶々丸が叫んだ。
 「マスター!戻って!」
 バシャンッと音を立てて、一際大きな街灯に灯りが灯る。
 「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!マスター!」
 「ええい!いい加減な仕事をしおって!あのジジイ!」
 怒声を上げるエヴァンジェリン。だがバシン!という音ともに、全身を電撃で打たれたかのように体を硬直させたエヴァンジェリンは、重力に掴まれて落下を始めた。
 「何があったの!?」
「封印が戻ったのです!今のマスターはただの子供と同じです!」
咄嗟に駆けだす茶々丸。だがそれよりも早く、動いた者がいた。
「エヴァンジェリンさん!」
(馬鹿か!?魔力を使いきったくせに!)
見る見る近づいてくるネギの顔。エヴァンジェリンの脳裏に、過去の光景が走馬灯のように浮かんでくる。
崖から落ちた彼女を救った、1人の男。
男に好意を持った彼女は、男を自分の物にしようと追いかけ続けた。
そして男との勝負に負け、彼女は登校地獄という呪いをその身に受けた。
以来、彼女はずっと麻帆良学園で生きている。
『お前が卒業する頃には帰ってきてやる。光に生きてみろ。そしたら呪いも解いてやるからさ』
今でもハッキリと覚えている男の顔。
だが男は帰ってこなかった。15年経っても。
「・・・ウソツキ・・・」
死を覚悟したエヴァンジェリンは目を瞑った。だがその手を掴み、かつてのように彼女を助けようとする者がいる。
「エヴァンジェリンさん!」
水面ギリギリの所で、エヴァンジェリンは落水を免れていた。
状況は全く違う。だがかつての光景を思い出したエヴァンジェリンは、感情が溢れてきて何も言えなかった。
「マスター、良かった・・・ネギ先生・・・」
茶々丸もホッと安堵し、アスナも欄干越しにエヴァンジェリンが助け出されたのを見て、同じく安堵した。
「・・・何故、助けた?」
「だって、エヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか!」
「・・・馬鹿が・・・」

 全てが終わったネギは、シンジの前に立った。
 「シンジさん。今までありがとうございました」
 「・・・どういう意味?僕はお役御免なのかな?」
 「違います!僕は罪を償ってきます。シンジさんを傷つけた罪、茶々丸さんを傷つけようとした罪、何より魔法という物の恐ろしさを理解していなかった罪を償ってきます。今まで、本当にありがとうございました!」
 頭を下げるネギ。その横へ、アスナも走り寄ってきて頭を下げた。
 「シンジさん、ごめんなさい!私があの時止めてれば・・・」
だがシンジは笑いながら、2人の頭をグシャグシャと撫で回した。
 「・・・ちゃんと理解してくれたんだね。2人とも偉いね」
 「「シンジさん・・・」」
 「ネギ君。君はエヴァンジェリンさんを助けたじゃないか。僕の命を奪いかけ、その代わりにエヴァンジェリンさんの命を救った。それならトントンじゃないか」
 キョトンとするネギとアスナ。その背後では、エヴァンジェリンが笑い声を押し殺そうと必死になっている。
 「で、でも!僕は罪を償わないと!学園長も準備をしていますし・・・」
 「それなら問題無いよ。ネギ君が服役する必要は全く無いから」
 「「・・・は?」」
 「とりあえずお爺ちゃんとこへ行こうか。大丈夫だから任せてよ」
 
世界樹前―
 シンジとエヴァンジェリンが世界樹の前にやってくると、そこには魔法関係者が勢揃いしていた。ただアスナとネギは、茶々丸とともに離れた場所に待機中である。
 「シンジ!お主、動いて大丈夫なのか!?」
 「ん?何かあったの?」
 「ふざけた事を言うでない!お主は胸を肋骨ごと吹き飛ばされたんじゃろうが!」
 真剣にシンジを心配したからこそ、近右衛門は本気で怒っていた。何より、目の前にいるシンジは、彼がかつて可愛がった碇ユイの忘れ形見なのだから。
 同時に、シンジが姿を見せなかった理由を知った魔法生徒達が驚きで互いに顔を見合わせた。特に真名や刹那、楓は『シンジは出張先で急病』という説明を鵜呑みにしていたので、一際強い驚きを感じた。
 「あのさあ、お爺ちゃん。もうボケが始まったの?」
 「・・・何じゃと!?」
 「胸を吹き飛ばされて生きている人間がいる訳ないでしょ。ほら」
 シャツを脱いで上半身、裸になるシンジ。一部から『キャッ』という声が上がる。
 「ほら、どこが吹き飛ばされているのさ?」
 確かに、シンジの胸には全く異常が無い。呪刑縄はあるが、綺麗な肌である。
 わざとらしく近右衛門に近寄るシンジ。だが近右衛門がどれだけ目を凝らしても、傷痕などどこにも残っていない。
 「・・・ど、どういう事じゃ!?心臓が剥き出しになったほどの怪我じゃろうが!」
 「はいはい、みんなに質問。僕が胸を吹き飛ばされたということですが、誰かそれを直接、見た方はいますか?」
 シーンと静まり返る魔法関係者様御一行。そんなシンジの後ろで、ついに耐えきれなくなったのか、エヴァンジェリンが腹を押さえて笑いだした。
 「ジジイ!まだ気付かないのか!」
 「・・・まさか!エヴァンジェリン!お前達、グルだったのか!」
 「いやいや。私はお前の孫を、2日間『治療』という名目で地下に監禁していただけだがな。私は一切、治療行為はしていないぞ?」
 その言葉に、激昂したのは魔法先生達である。一斉にシンジとエヴァンジェリンを『悪戯の度が過ぎる!』と糾弾し始めたが、シンジもエヴァンジェリンも柳に風とばかりにのらりくらりと受け流す。
 やがて肩を怒らせながら、足早に立ち去り始める魔法先生達。魔法生徒達も帰路につき始める。真名や刹那、楓や高音達一部の者だけは、何か気にかけていたようだが、それでも素直に帰路についた。最後まで残っていたのはシンジとエヴァンジェリン。それに近右衛門とタカミチだけである。
 「・・・シンジ、礼を言わせてくれ。お主が汚名を被ってくれたおかげで、儂はネギ君を処分せずに済んだ」
 「何の事?お爺ちゃん」
 「もうええんじゃよ。お主がどうやって怪我を治したかは知らん。じゃがのう、儂とタカミチ君は見ているんじゃよ。ネギ君とアスナ君の、朱に染まった腕をな」
 そう、近右衛門とタカミチだけは、ネギとアスナの血に染まった姿を見ている。それは疑いようのない事実であった。
 この時になって、近右衛門とタカミチも裏事情を薄々とではあるが察する事ができた。
 シンジはネギを守る為に、エヴァンジェリンを巻き込んだという事に。実際、近右衛門はエヴァンジェリンの家を訪れた際、ネギの処分について言及している。ならば、それをエヴァンジェリン経由で耳にしたシンジが、ネギを守る為に一芝居打ったのだとしたら、そう考えたのである。
 幸い、シンジの惨状を直接見ているのは、ネギ・アスナ・茶々丸・エヴァンジェリンの4人だけなのだから。
 そしてシンジは汚名を被る代わりに、自分が無傷である事を証明してみせた。そして今のエヴァンジェリンには、あれほどの傷を治療できる手段がない。ならば当然の帰結として、シンジは怪我などしていなかった、と言う事になる。
 「それにしても不思議だよねえ。2日間地下にいたら、ネギ君とても変わっているんだから。魔法の恐ろしさも自覚したみたいだし、僕が教える手間が省けてラッキーだったよ」



To be continued...
(2011.12.24 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回でエヴァンジェリン編は終了となります。ネギとアスナを守る為の代償として、悪戯者の汚名を着たシンジ。かつての加持の立場に立つシンジであるならば、こんな役回りも良いのではないかと思ったのですが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
 話は変わって次回です。
 原作では修学旅行前日―アスナの誕生日に纏わるドタバタコメディですが、これを基本の流れとした上で、短編2話分に再構成。更にエヴァ要素を絡めた話になります。
 具体的にはエヴァシリーズから、あるキャラに登場して頂きます。その人物との関わりを通じて、シンジの過去の一端を知ったハルナは・・・そんな感じの話です。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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