正反対の兄弟

第十九話

presented by 紫雲様


お風呂場での騒動後―
 「和泉亜子、大河内アキラ、龍宮真名、超鈴音、葉加瀬聡美。私としてはこの辺りがお薦めかな」
 「さすが3−Aのデータベースだぜ!俺っちが見込んだだけの事はある!」
 露天風呂の垣根の外。植え込みに隠れて、和美とカモはヒソヒソと相談していた。
 「くっくっく。こんなもんじゃないよ?報道部の私の手にかかれば、クラスメート全員丸裸!麻帆良パパラッチの通称は伊達じゃない!」
 「さすがブンヤの姉さん!是非、俺っちの作戦Xに協力してくれ!」
 「うふふ、じゃあ契約成立だね?」
 この日、カモと和美の間に密約が成立した・・・この密約が3−Aの破滅の序曲であったとは、神ならぬ身の2人は欠片ほどにも想像していなかった。

旅館内部―
 「ま、魔法がバレた!?しかも、あの朝倉に!?」
 「は、はい・・・」
 「何で!?どうして!?よりにもよってあのパパラッチ娘に!?」
 しかし問い詰められているネギは、将来を悲観して両目から滝のように涙を流すばかりである。
 「し、仕方なかったんです!人助けとか、猫助けとか!」
 「朝倉にバレるってことは、世界にバレるってことだよ」
 「全く・・・」
 「何をやっているんだ・・・」
 今回の致命的ミスには、アスナも刹那も、普段はネギを庇うシンジですらも呆れるばかりである。そもそも猫を助ける為に魔法を使った。賛否両論あるだろうが、百歩譲ってこれを認めたとしても、その後が問題である。
 なんでわざわざ杖に乗って空を飛ぶのか?
 認識阻害結界のある麻帆良の地ならまだしも(それでも問題はあるのだが)、ここは遥か離れた奈良の地である。そんな事をすれば関西呪術協会に政治的攻撃手段の口実を与える事になりかねないし、何より特使の立場にある者がやって良い事でもなかった。
 その事を指摘した上で、シンジは口を開いた。
 「ネギ君。今後、君は空を飛ぶ事を禁止。あまりにも迂闊すぎるよ」
 「ええ!?」
 「急いでいるから、楽をしたいから、そんな無意識の行動で魔法をバラされてはこちらもフォローしきれないよ。空を飛ぶのは緊急時のみ。時間があるなら空を飛ばずに、2本の足で歩きなさい」
 「は、はい・・・」
 シュンとなるネギ。だが問題は以前として、残ったままである。
 「ネギ。あんたはとりあえずオコジョになって強制送還確定よ。あの朝倉が世界中にバラさない訳がないわ」
 「そ、そんなあ!弁護して下さいよ!」
 「あのねえ、そもそもの原因はアンタでしょうが。それにシンジさんが解決案を出せないような状況なのよ?私に案がある訳ないでしょう」
 アスナの尤もな言い分に、ネギも刹那も頷かざるを得ない。この問題は、シンジにとっても容易に解決手段を見いだせなかった。
 正確には、穏便な解決手段を見いだせなかった、という所である。
 その気になれば和美の弱みを掴んでの逆脅迫や、証拠の隠滅。今すぐ麻帆良へ強制連行して記憶消去という3つの手段がある。大騒ぎになるかもしれないが、最悪の事態を想定して、覚悟だけは決めておかないといけないかもしれない、とシンジは悩んでいた。
 和美はスクープを目撃しただけで、何ら非は無い。その事は十分に理解していたが、それでも世界中に魔法をバラされる訳にはいかなかった。
 (・・・こうしてみると、NERVが情報漏洩に気を使っていた理由が良く分かるよ。エヴァの機密情報がダダ漏れになったら、間違いなく世界は大混乱だもんな。NERVが非情な判断を下し続けてきた理由が、骨身に沁みて理解出来たよ・・・)
 脳裏に浮かぶ、悲しみを伴う面影。思い出したのは、かつての恋人―霧島マナである。
 (単にネギ君のミスをフォローするだけじゃダメだ。ネギ君には全ての処置を教えた上で、責任と言う物を学んでもらうべきか、再発を防ぐ為にも。第一、魔法がバレるのは神楽坂さんに続いて2回目だからなあ)
 腕を組んで深く考え込むシンジに、ネギ達もかけるべき言葉が無い。そんな時だった。
 「お、いたいた」
 「ここにいたのか、兄貴」
 「うわ!朝倉さん!?」
 近づいてきたのは、カモを肩に乗せた和美である。
 「ちょっと朝倉。アンタあんまり子供イジメんじゃないわよ」
 「何それ。アンタの方こそガキ嫌いじゃないっけ?」
 「そうそう、このブンヤの姉さんは、俺らの味方なんだぜ」
 『へ?』と首を傾げるネギ。その前にB5サイズの封筒が差し出される。
 「カモっちの熱意にほだされて、ネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力することにしたよ。これは今まで撮り貯めてきた証拠写真とネガ一式だよ」
 「ほ、本当ですか!?やったー!ありがとうございます!朝倉さん!」
 両目から滝のように涙を流しつつ『これで問題が1つ減ったです』と安堵するネギ。喜びの余り、両手で封筒を高く掲げて、クルクルと1人ワルツを踊る。そんなネギをアスナと刹那が呆れたように見ていた。
 「それにしても、まさかアスナと桜咲さん、それに近衛さんまで関係者だったとは思わなかったよ。3人とも魔法使いなの?」
 「え?わ、私は」
 「それを聞いてどうするんだい?朝倉和美さん」
 ゾクッと背筋に走った寒気に、和美が慌てて体を強張らせる。アスナ達も何事かとシンジに顔を向けた。
 「協力するのは構わないよ。でもね、僕はまだ協力者としての君を信用している訳じゃないんだ。世の中には口先三寸という言葉もあるからね」
 視線が集まった先。そこには手に持っていたお茶を脇に置きながら、ゆっくりと立ち上がるシンジがいた。その前髪から、うっすらと透けて見える赤い双眸に、和美は本能的に恐怖を感じて背後へ後ずさる。
 「ちょ、ちょっと待ってよ!私、証拠とか全部渡したじゃない!」
 「それがどうしたと言うのさ。インターネットが普及している今、その封筒の中身をデータとして転送しておく事ぐらい、君には容易な事だろう。それとも君は、いつも証拠資料を全て持ち歩いていると言うのかな?バックアップすらも取らずに?朝倉和美さん」
 初めてみせた魔法使いとしてのシンジの圧迫感に、和美が壁際まで追い詰められる。カモも『やばい!旦那が本気で怒ってる!』と体を縮こまらせた。
 「ま、待って下さい!」
 「ネギ君?」
 「シンジさんの言いたい事は僕にも分かります。でも朝倉さんは僕の生徒だし、カモ君は僕の友達なんです。僕は2人の事を信じたいんです」
 和美達を守るように立ちはだかるネギ。その姿に、アスナと刹那は驚いたようにネギを見つめた。
 シンジの放つ威圧感は並大抵の物ではない。例えシンジに攻撃能力が無いとしても本能に恐怖を訴えてくる物なのである。
 そのプレッシャーを、ネギは正面から受け止めて見せていた。その毅然とした態度に、シンジの前髪から漏れていた赤い双眸が、僅かに緩む。
 「・・・条件次第だ。こちらの出す条件を朝倉さんが飲むなら、ここは僕が退く」
 「な、なんですか?」
 「朝倉さんの私室と報道部の部室を捜索させて貰う。パソコンや携帯電話内の情報も、同じ様に調べる。その為のパスワードも提供して貰う。それを今夜中に、こちらで行わせて貰う。それが条件だ」
 目を剥いたのは和美である。中3という思春期である事を考えれば、見られたくない物等、山ほどあるのは間違いない。
 これにはアスナや刹那も『やりすぎでは?』と思わなくも無かったが、これ以上の穏便な解決策は考えつかなかった。
 「決めるのは朝倉和美さんだ。どうする?」
 「・・・分かった。その案を受け入れるよ。パソコンのパスワードはかけてないから、好きなように調べて。携帯電話はメモリーを抜けば終わりだよ」
 「ありがとう。不快なのを我慢して決めてくれて。こちらも朝倉和美さんの私的な情報については、一切口外しない事を約束する。もし悪用した者がでてきたら、犯人を捕まえた上で、君の前で処分するよ」
 渋々とではあるが、和美は納得した。同時に、シンジから放たれていた圧迫感も綺麗サッパリ消え失せて行く。
 和美から携帯電話のメモリーを受け取ったシンジは、その場で写真データの有無を確認すると、近くの売店で売っていた新しいメモリーを和美に手渡した。
 「無害なデータについては、そちらに転送するよ」
 大量のデータが、和美の携帯に送られてくる。その送受信が完全に終わった事を確認すると、シンジはメモリーを抜き取り、その場でへし折った。
 「あとはこちらで対応しておくよ。ネギ君、もう一度自分のやった事を反省するんだよ。その上で、今日のミスを取り返すんだ。良いね?」
 そう言うと、シンジは近右衛門に事情を説明する為、その場を後にした。

 シンジが立ち去った後、緊張感から解放された和美はその場に崩れ落ちた。慌ててアスナが担ぎあげて、手近な椅子に座らせる。
 「・・・冗談抜きで殺されるかと思ったよ・・・」
 「朝倉。アンタが小細工弄したからよ」
 「そ、それを言わないでよ。私は本当に、そこまで考えていなかったんだからさ」
 これは和美の本音である。和美が持っていた証拠資料は、さきほどの分しか無かったのだから。と言うのも、ネギが魔力暴走を防ぐ腕輪を着用しているおかげで、来校初日の時の事件以外、魔法の存在を示す失敗をしてこなかったからである。
 なので『全部渡しちゃえ』と気楽に考えたのだが、裏の裏まで考えるシンジにしてみれば、怪しく思えたのも仕方なかった。
 「それにしても、近衛さんってあんなに怖い人だったんだね」
 「私がネギとシンジさんをキスさせちゃった時とは、比べ物にならないぐらいだったわね。第一、シンジさんって滅多に怒らないし・・・そういえば私とネギが間違えてシンジさんを殺しかけちゃった時だって、笑って許してくれたわよね」
 「殺しかけた?か、神楽坂さん。一体、何をやらかしたんですか!?」
 驚いたのは刹那である。
 「じ、実はネギの魔法で、シンジさんの胸の筋肉と肋骨が全部吹き飛んで、心臓が丸見えになる怪我を負わせちゃったのよ」
 「そ、それってまさか!」
 過去にあった『近衛シンジ悪戯者疑惑』事件を思い出す刹那。和美は当然その事件を知らなかったが、シンジが瀕死の重傷を負った事があるという事実には、驚きで言葉を紡げなかった。
そんな2人の視線がネギに向く。それにネギは黙って頷いた。
 「シンジさんは自分が死にかけたのに、僕達を許してくれたんです。ミスは取り返す事ができるから、そう言ってくれたんです」
 「ネギ・・・」
 「あの時の事は忘れられません。シンジさんが自分の心臓に僕の手を押し付けて、命の大切さと魔法の恐ろしさを教えてくれた事を。吐き気を覚えるほど濃密な血の匂いと、掌に伝わってくる鼓動と、生暖かい感触を。僕は一生、忘れません」
 ネギの頭を、アスナがクシャクシャと撫で回す。ネギが口にした事は、もう1人の当事者であるアスナにとっても、決して忘れる事のできない事件であった。
 「だから朝倉さん。シンジさんの事を嫌わないで欲しいんです。シンジさんは僕の為に嫌われるような役回りを率先して引き受けてくれているんです。今回の事だって、そうなんです。シンジさんだって、朝倉さんに嫌われるような事をしたいなんて、心の底から考えている訳じゃないんです」
 「ネギの言う通りよ。私が知る限り、シンジさんは日常生活で絶対に魔法を使わない。パルの事だって魔法を使えば簡単に解決できるのに、そんな事をしなかった。だから未だに解決できずにいるんだもの」
 アスナはシンジの魔法使いとしての技量を正確に把握していない。シンジが基本的な術だけしか使えず、その基本的な術だけを桁違いの出力で放っているだけという事を知らない。だからシンジの怒った時の威圧感や、昨夜の千草の炎の術式を一瞬でかき消したという事から、シンジが魔法使いとして高い技量を持っていると誤解していた。
 それ故に、アスナはシンジがその気になれば魔法をパパパッと使えば、ハルナの記憶ぐらい改竄出来るだろうと思い込んでしまったのである。
「朝倉、覚えてる?シンジさんが初めて好きになった女の子の事を」
 「・・・うん、覚えてるよ。あんな酷い話、忘れようと思っても忘れられる訳ないからね」
 「あんな辛い体験をしている人が、アンタのプライバシーを下種な楽しみで踏み躙る様な事をするなんて思えない。だから」
 アスナの言葉を遮る様に頷く和美。ネギや刹那、カモはシンジの過去の話を知らなかったが、あまりにも重苦しい雰囲気に、口を挟む事を躊躇ってしまった。
 「分かったよ、ネギ先生。シンジさんの事は嫌ったりしない。それで良いかな?」
 「あ、ありがとうございます、朝倉さん!」
 「良いよ良いよ、私も今まで通り付き合っていくからさ」
 その言葉に、微かな違和感を感じたアスナであった。

その30分後―
 3−Aメンバーは、正座させられて怒られていた。というのも昨日の夜は酔い潰れて寝てしまっていたメンバーが、昨日の分も取り返そうと異様なほどに騒いでいたからである。巻き込まれなかったのは、部屋にいなかったアスナと刹那、それから色々とホテル中を移動していた和美だけである。
 しずな、瀬流彦を従えた新田の迫力に、縮こまるしかない少女達。さらには『班部屋から出ているのを見かけたら、ロビーで正座』とまで断言されてしまう。
 「全く・・・ネギ先生が大人しい事を良い事にやりたい放題やってくれる。それはそうと、補佐役の近衛君を見かけませんでしたな?」
 「彼ならロビーで電話をしていましたよ。話し相手は学園長のようでした。何か報告でもしていたみたいでしたが・・・」
 「ふむ、仕事では仕方ありませんな。しかし瀬流彦君。本当に彼は去年まで中学生だったのかね?あの子達と比べると、精神年齢に違いがありすぎるように見えるのだが」
 新田の言葉に、笑うしかない瀬流彦である。シンジの魔法使いとしての顔を知る瀬流彦にしてみれば、シンジと3−Aメンバーの精神年齢に違いが生じるは当然だろうと思ったがそれを口に出す事はできなかった。
 「近衛君は悪戯好きな面もありますが、基本的には面倒見の良い性格ですからね。今日の奈良の巡回も、ネギ君に奈良の歴史を学んでもらう為に、全部仕事を引きうけていたそうですから」
 「そうだったのですか。確かにネギ君にはゆっくり奈良を見て貰いたいとは思っていましたが、いや、そこまで気をきかせてくれたのですか」
 そんな事を話しながら階段を下りて行く3人の教師。その姿を物陰から確認した和美はそっと廊下を走りぬけて3−Aメンバーが集まっていた部屋へ忍び込んだ。

室内―
 「名付けて『唇争奪!修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦♥』!」
 和美から出された提案に、一斉に歓声が上がった。
 「ルールは簡単だよ。いい、まずはね」
 和美の説明に、ウンウンと真剣にルールを聞き込む少女達。途中、新田に見つかったら諦めろ、という言葉には大きな動揺があったものの、基本的にはスンナリと受け入れられた。やはり少女達としても、素直に眠るのは納得しがたい物があったのである。
 「じゃあ10時半までに、各班は代表2名を選出して、私にまで連絡をちょうだいね」
 「待つです、朝倉さん」
 和美を呼び止めたのは『柿ソーダ』という変なジュースを飲んでいた夕映である。
 「5班には特別枠を要求するです」
 「へ?」
 「ハルナです。この際、ハルナにはシンジさんの唇を狙って貰うですよ」
 一瞬の静寂。その後『おおおおお!』とどよめきが上がる。
 「ゆゆゆゆゆゆえ吉!?」
 「私が思うに、今のハルナではシンジさんを落とすのは無理です。今朝も自分から挑発しておきながら、いざとなったら尻込みしていたではありませんか」
 「あうう・・・」
 『今朝、何があったのさ!』と詰め寄る裕奈。周囲も興味深々である。
 「スポーツドリンクをシンジさんに飲ませて欲しいと我儘言ったです。それをシンジさんが承諾。そこでハルナはパニックを起こしたです」
 「「「「何いいいい!」」」」」
 「挙句の果てに、ハルナはシンジさんに顔を抱え込まれて、強制的に水分を補給されたです。あそこで尻込みしなければ、ハルナは風邪をひいた病人のように、甘える事ができたかもしれませんでした」
 一斉に視線がハルナに突き刺さる。当の本人はと言えば、部屋の片隅へ避難する事しかできない。
 「ハルナは落差が激しいのですよ。攻める時はどこまでも強気なのに、攻められる側になると怯えてしまうのです。ちょうど良いですから、キスして既成事実を作ってしまうですよ。そこまでしてしまえば、多少の事では怖気づく事はないでしょう」
 「なるほど、確かに一理あるネ」
 「ついでに言うなら、ハルナにもメリットはあるですよ。シンジさんと仲の良い女性は割と多いです。ここで一気に差をつけてしまうです」
 ゴクッと唾を飲み込む一同。
 「了解したわ!では主催者権限として、早乙女ハルナの特別枠を用意します!」
 和美の呼びかけに、ハルナ以外が一斉に手を上げた。

ネギの唇争奪戦参加者一覧
1班:鳴滝風香・鳴滝史伽
2班:古菲・長瀬楓
3班:雪広あやか・長谷川千雨
4班:明石裕奈・佐々木まき絵
5班:綾瀬夕映・宮崎のどか
特別枠:早乙女ハルナ

旅館の一画にあるお手洗い―
 そこにある個室トイレを占領したカモと和美は、様々な機材を持ち込んでいた。そして個室トイレを拠点として、今回の企画の運営に当たったのである。
 「しかし、綺麗なカードだね。これが今回の景品かあ・・・ん?」
 和美の手が固まる。スカカードとしてアスナと木乃香。正規カードとしてアスナがあるのは良い。だが正規カードとしてシンジの分が混じっていた事に気付いたのである。
 「ねえカモ君。なんで近衛さんのカードがある訳?」
 「じ、実は・・・」
 以前の一件を説明するカモ。その説明に和美もシンジとネギのキス騒動の一件を思い出していた。
 「あの時のか!」
 「俺っちも、あの時は鳥の餌になりかけたからな。兄貴が助けてくれなかったら、今頃は・・・」
 「まあ気を取り直して行こうか」
 和美の言葉に、カモもウンウンと頷く。
 「この旅館の周囲には、既に仮契約の魔法陣を描いてあるべ!これで旅館内で兄貴とキスしたら、即仮契約パクティオー成立!カード1枚につき5万オコジョ$入るから、俺達百万長者だぜ姉さん!」
 「ヒューヒュー!更に今回は班&個人の連勝複式トトカルチョも実施!美味しすぎて笑いが止まんねえってばよー!」
 後にカモは後悔する事になる。この時点で臨時参加していた早乙女ハルナの存在を聞いておかなかった事に。

その頃、シンジ・ネギ控室―
 シンジは近右衛門への報告を済ませた後、ネギの所へと戻ってきていた。そこにホテル外の見回りを済ませたアスナと刹那が入ってくる。
 「お帰り。見回りの手伝い、ありがとう」
 「いいわよ、それぐらい。木乃香の為だからね」
 「そういえば、カモさんがホテルを囲むように、妙な魔法陣を描いていましたが、あれは何ですか?」
 思わずネギへ視線を向けるシンジ。当のネギはと言えば頭に?マークを浮かべている。
 「ネギ君も何も聞いていないのかい?」
 「はい。朝倉さんの件でシンジさんが報告に離れた後、カモ君と別れたので」
 「ふうん。一体、何をやろうとしているんだか・・・」
 窓の外へ視線を向けるが、外は暗くて全く見えない。仕方ないと判断したシンジは、思考を切り替える事にした。少なくとも、カモがネギに害意を及ぼす事はないだろうと判断して。
 「朝倉さんの件だけど、みんなに聞いて欲しんだ。朝倉さんについては、要注意対象の監視人物として登録されることになった。要は執行猶予って所だね。何か大きな問題を起こせば、それなりの処分が下される。ただ今回は衝動的な思いつきでした事だし、証拠も自主的に提出していた。その辺りも考慮して、こんな処分内容に落ち着いたよ」
 「まあ、仕方ないわね」
 「朝倉さんの私物の調査に関しては、女性の魔法関係者が今晩中に行う事になった。男の魔法関係者は、専門分野にのみ限定して携わるそうだよ」
 その報告には、アスナも刹那も納得したようだった。必要な事とは言え、できれば男の人には御遠慮願いたい、という思いがあったからである。そう言う意味では、女性の調査というのは、まだ幾分、救いがあった。
 「ネギ君も気をつけるようにね。今回は運が味方してくれただけなんだから」
 「はい、気をつけます」
 「OK。じゃあこの件はこれで終わりにしよう。それで桜咲さん達の方は、何か異変はあったかな?」
 シンジに話を振られた刹那だったが『いえ、特には』と言葉を濁す。
 「気のせいだとは思うのですが、ホテル全体に異様な気配を感じます。殺気とか敵意とかではないと思うのですが・・・」
 「確かに・・・」
 「何と言うんでしょうか・・・あまりここには居たくない、って感じですね」
 刹那の言葉に、ネギがウンウンと頷く。
 「実は僕もそんな感じなんです。ちょっと早いですけど、パトロールに行ってこようかと思うんですが」
 「でもさあ、ネギが居なくなったら他の先生が騒がない?」
 「でしたら、『身代わりの紙型』を使って下さい。使い方は簡単ですから」
 刹那のレクチャーを受けたネギが『こんなに便利な物があるんですねえ』と感心したように呟く。
 そこへ戸をノックする音が聞こえてきた。
 慌てて襖の陰に隠れるアスナと刹那。
 「はい」
 「ネギ先生。源です。そろそろ寝ましたか?」
 「あ、今から寝る所です」
 「分かりました。見回りは私達に任せて下さいね」
 そうドアの向こう側から声をかけると、足音はパタパタと去って行った。
 「それじゃあ、僕は・・・シンジさん?」
 「今の源先生か?声が違うように聞こえたんだけど、風邪でも引いているのかな?」
 「ドア越しだったからじゃないですか?」
 ネギの言葉に『多分、そうだよね』と納得するシンジ。そのままアスナと刹那に目を向けた。
 「2人もお風呂入ってくるといいよ。フロントに確認したら、24時まで使えるそうだから。もし何か言われたら、僕の名前出して良いからね」
 「分かりました、では神楽坂さん、行きましょうか」
 「そうね。それじゃあお休みなさい」
 風呂へ入りに立ち去る2人。それを見送った後、シンジは身代わりの紙型に悪戦苦闘しているネギへ声をかけた。
 「ネギ君。僕は先にパトロールに出てるよ」
 「あ、待って下さい!もう終わりましたから!」
 ネギは失敗した紙型をゴミ箱に捨てながら立ち上がる。その隣には、ネギに似た身代わりが立っていた。
 「ここで僕の代りに寝ててね」
 「分かりました」
 
 参加者以外のメンバーは、それぞれの班部屋で待機して中継映像を見ていた。ただ木乃香だけは臨時で4班の部屋で観戦していた。というのも刹那とアスナはパトロール兼お風呂で不在。夕映とのどか、ハルナの3人は選手として参加中。さすがに1人では寂しいだろうと言う口実で、木乃香が狙われている裏事情を知っていた真名が、気を利かせて4班の部屋に誘っていたのである。
 ちなみにさよも、今日は4班の部屋にお邪魔して、中継映像を眺めていたりする。
 テレビ画面は6分割され、各班の中継映像が流れていた。
 「本格的やなあ」
 木乃香の感想に、アキラがウンウンと頷く。
 『さあ、まずは選手紹介から始めるよ!まずは1班からだ!台風の目となるか!双子姉妹、鳴滝風香&史伽!2班は本命馬!武道四天王2人の登場だ!古菲&長瀬楓!3班は全ての面において能力は高いが、士気に不安あり!長谷川千雨&雪広あやか!4班は対抗馬!バランスなら最有力馬!明石裕奈&佐々木まき絵!5班は大穴!唯一の知力勝負!綾瀬夕映&宮崎のどか!そして特別枠として、我らが寮監近衛シンジを狙う早乙女ハルナでお送りします!』

その頃、唇争奪戦運営拠点―
 和美の最後の言葉に、カモがギョッと振り向いた。
 (姉さん?今、旦那の名前が出なかったか?)
 (ん?旦那って・・・ひょっとしてシンジさんの事?)
 コクコクと頷くカモ。既にその顔には、冷や汗が浮かんでいた。
 (綾瀬に頼まれちゃってね。近衛さんとパルの橋渡し、って奴だよ)
 サーッと顔を青褪めさせるカモである。シンジが一般人を魔法の世界に引きずり込む事に、強い嫌悪感を持っているのは、以前の騒動でカモは理解していた。
 今回はネギの戦力確保という一面を持っているのだが、それでもシンジが怒る危険性は高い。そこへシンジ自身を標的とする少女が参加するとなれば、結果は火を見るよりも明らかである。
 (マ、マズイ。旦那に照り焼きにされるかも、いや刺身か?それとも、たたき?もしかして・・・日本伝統の活造りにされるかも!)
 今更になって後悔し始めたカモであった。

その頃、旅館の一画では―
 裕奈・まき絵組は両手に枕を持って、静かに歩いていた。
 (裕奈。ネギ君の部屋だけど、近くには鬼の新田が見張っているよね?)
 (そんなもん、実力で排除すれば良いのよ!)
 血気盛んな裕奈である。しかし冷静になって考えれば、ネギはシンジと同室である。それはネギと部屋でキスする=シンジに目撃されるという事なのだが、そこまで頭が回っていない。
 そんな彼女達は、ちょうど階段から下りてきた千雨・あやか組との遭遇戦に突入した。
 (いいんちょ!?)
 (まき絵さん!勝負ですわ!)
 お互いの顔面に、全力で枕を叩きつける2人。そこへ隙ありと判断した裕奈が、あやか目がけて冷静に追撃に入る。
 (もらった!)
 (全く、ガキの遊びにムキになんなよ)
 一方、徹底的に参加する気力の無かった、士気0の千雨は冷静に状況を判断。溜息をつきつつ、足元が御留守になっていた裕奈に足を引っ掛けてすっ転ばせた。だが―
 (チャイナピロートリプルアターーーック!)
 階段の踊り場から、飛び降りながら奇襲を仕掛ける古菲。同時に蹴り飛ばした枕が、あやか、千雨、裕奈を的確に捉える。
 (にょほほほ)
 (やりましたわね!)
 始まる大乱戦。古菲vs裕奈・まき絵組vsあやかのバトルロイヤル。楓は一歩下がった所から、笑いながら状況を見守るだけ。ネギの唇を奪うより、単に間近でバトルロイヤルを眺めたかっただけかもしれなかった。
 (千雨さん、援護を!っていない!?)
 千雨は早々に戦場から離脱していた。
 「全く、つき合ってらんねー。ずらからせてもらうよ、HPの更新もあるんでね」
 そこへギーッという音を立ててドアが開く。
 「長谷川あああ!」
 「ぎゃぴいいいっ!」
 千雨の叫びは、戦場の階段下にまで届いていた。
 (((((今のは新田!?)))))
 一斉に撤退する5人。だが古菲はどさくさ紛れに、裕奈の頭に枕を叩きつけつつ逃走を図る。
 「う〜ん」
 「こら!明石!お前もか!」
 敢え無く新田に捕まる裕奈。千雨と2人揃ってロビーで正座である。しかも新田の監視つき。
 その状況を物陰から見ていたのは、隠れおおせたあやかとまき絵である。
 「しかし、あの体力馬鹿をどうにかしないことには、ネギ先生の唇は100%奪われてしまいますわ」
 「ええ!そんなあ!」
 「あの2人にだけは譲れません。ここは一時休戦といきましょう」
 あやか・まき絵組成立。

一方、その頃―
 旅館の屋根を匍匐前進する3つの人影があった。夕映とのどかとハルナの図書館探検部組である。彼女達は運動神経という点では、全参加者中最弱である。だが頭脳で安全確実なルートを見つけ、道なき道を踏破するという点に関してなら、全参加者中トップの実力を持っていた。何せ、普段から図書館島を探索している3人なのだから当然である。
 頭脳役担当の夕映が考えたルートは、屋外からネギの部屋に隣接する非常ドアを通って、ネギの部屋に侵入するという物である。その為に開始までの僅かな時間を利用して、夕映は非常ドアの鍵を開けておいたのである。
 「ゆえゆえ、すごいー」
 「ゆえ吉、よくそこまで準備できたわね」
 「悔しいですが、シンジさんの周到さを参考にしました。さ、いくですよ」
 非常用ドアはスンナリと開く。廊下には人影1つない。
 (今です!そこの304号室ですよ!)
 ((う、うん))
 唾を飲み込みながら、部屋に接近するのどかとハルナ。だがその目の前に、突如、縄梯子が降ってくる。
 (ふーちゃん!ふみちゃん!)
 (5班!?)
 (しまった!やるよ、史伽!)
 もはや縄梯子を使う事を諦めた2人は、どこで調達したのかは不明だが、忍者装束に身を包んで飛び降りてきた。
 (鳴滝忍法!分身の術!甲賀しゅりモゲ!)
 のどかを狙おうとしていた風香だが、横から叩きつけられた一撃で、体勢を崩す。そこにいたのは、怒りに燃える夕映である。
 と言うのも、夕映は親友であるのどかがネギに告白した当日に、こんなイベントを開かれた事に憤懣を抱えていたのである。何より夕映は、のどかとハルナに幸せになって欲しいと望んでいた。
 全く容赦するつもりの無い夕映は、怒りの形相で鳴滝姉妹に枕を叩きつける。それどころか、どこから取り出したかは不明だが、枕の上から本で攻撃を開始した。
 「ゆえ吉、本で殴るの反則だよ!?」
 「枕の上からなら無問題です!」
 「きゃああああ!」
 その声を聞きつけた訳ではないだろうか、そこへ本命馬の古菲が階段を上って姿を見せた。
 (ハイヤーーー!)
 「入って!」
 のどかを部屋の中へ突き飛ばしつつ、304号室への壁となる夕映。背中をドアに付け、鉄壁の守りを構築する。
 「ゆえ吉。私も協力するよ」
 「ハルナ!?」
 「シンジさんは誰も狙っていないからね。落ちついたら部屋に入るよ」
 「分かったです!今はのどかの為に頑張るですよ!」
 だがその直後、室内から聞こえてきた悲鳴に、2人は顔を見合わせた。

その頃、唇争奪戦運営拠点―
 「おおーっと!5班宮崎のどかが果敢にも突撃しまたが失敗した模様!ネギ先生は逃走しました!オッズは変わらず!」
 「ね、姉さん。朝倉の姉さん」
 カモの呼びかけに、目を向ける和美。
 「俺っちの気のせいかな?兄貴が5人いるんだけど」
 「え?」
 2人は知らなかった。ネギの部屋では、ゴミ箱に捨てられていた身代わりの紙型が、暴走していた事に。

同時刻、旅館外側―
 「そろそろ帰ろうか。ネギ君」
 「そうですね。さすがに寝ないと、明日、起きられなくなっちゃいそうです」
 ネギの素直な言葉に、苦笑するしかないシンジである。昨日の戦闘と言い、今日のパトロールと言い、10歳のネギには明らかに睡眠が足りていないのだから。
 「明日は起こしてあげるから、朝ご飯ギリギリまで寝てて良いからね」
 「シンジさんは?」
 「僕は普段から5時間ぐらいしか寝てないんだよ。厨房仕事があるからね」
 シンジは寮監・厨房責任者・ネギの補佐と表向きだけで三足の草鞋を履いている。その上、世界樹防衛戦力として駆り出される事もあるのだから、睡眠時間は少なくて当然であった。
 「僕ばかり優遇されてるみたいで、申し訳ありません」
 「ネギ君。そういう時は謝らなくても良いんだよ。普通に『ありがとう』って言うだけで良いんだ。ネギ君は失敗もするけど、それ以上に頑張っているからね」
 クシャクシャとシンジに頭を撫でまわされるネギ。やはりこうやってスキンシップを取られるのが嬉しいのか、年相応の笑顔を浮かべていた。
 「そうだ!シンジさん、相談があるんですが」
 「ん?僕でいいの?」
 コクンと頷いたネギは、顔を赤らめながら、のどかから告白された事を相談した。
 (・・・お膳立てしておいてなんだけど、宮崎さん、本当に告白したのか?)
 内心で仰天しているシンジに気付かず、ネギは『どうすればいいんでしょうか?』と真剣に相談してくる。その眼を見れば、本当に悩んでいる事はすぐに分かった。
 「そうだなあ・・・一番なのは、ネギ君が宮崎さんの事を、どう思っているのか。それを素直に伝える事じゃないかな?」
 「そ、それで良いんですか?」
 「そうだよ。宮崎さんに対して真剣に向き合おうと考えるなら、ウソを吐いちゃダメだよ。ネギ君の本心を教えないとね」
 むむむ、と考え込むネギ。その頭をポンポンと叩きながら、シンジは声をかけた。
 「さて、それじゃあ戻ろうか」
 「はい」
 2人は知らない。今や旅館は、2人を巡る戦場と化している事に。

旅館ロビー―
 巡回の為、ロビーを離れた新田であるが、正座中の千雨と裕奈にとっては、全く事態が好転した訳ではなかった。
 「ああ、ねみい」
 「あ〜ん、足が痺れてきたあ」
 そんな2人だったが、複数の足音が聞こえてきた事に気付き、思わず顔を上げる。
 「「な!?」」
 そこには生存者9名と、4人の暴走ネギがいたからである。しかし状況把握できなかったのは、2人だけではない。参加者全員が困惑していた。
 ちなみに1体は、ネギの部屋で夕映によって撃破されている。
 「新田は3階へ見回りにいったよ!」
 状況は把握できていないが、せめてもの援護にと、裕奈がまき絵に助言する。
 しかし、それよりも早く動いた影がいた。
 「よーし!どれでも良いからチューするアル♪」
 「あいあい」
 楓が背後に回って暴走ネギの1体を捕獲。そこへ古菲が頬っぺたにキスをする。
 「では任務完了と言う事で、ミギでした♥」
 ボウンッという音を立てて爆発する暴走ネギことミギ。至近距離にいた楓と古菲は見事にノックアウト。口から『ケホ』と煙を吐き出して轟沈する。
 「何だ!?この煙は!」
 (まずい!新田だよ!)
 煙を掻き分けるように姿を現す新田。だがその顔面目がけて、残り3体の暴走ネギが飛び膝蹴りをかまして轟沈させる。
 「あわわわわ、新田先生が・・・」
 「もはや後戻りはできませんね」
 「ちょっと!医者呼んだ方が良いんじゃないの!?」
 だが図書館探検部3人を置き去りに、熾烈な唇争いは続けられる。
 「ネギくーん!」
 愛用のリボンで、どこぞの鞭を使う吸血鬼ハンター一族のようにネギを捕獲するまき絵。捕獲されたネギは、スポンッとまき絵の腕の中に収まる。
 「ネギく〜ん♥」
 ボウンッという音とともに暴走ネギが爆発。まき絵も敢え無く沈没である。
 「まき絵!?」
 「待って!ネギ先生!」
 まき絵の陥落に驚きながらも、暴走ネギを追いかけていた鳴滝姉妹は、足の速さで捕獲に成功した。双子らしく、暴走ネギの両側から頬っぺたにキスをする。そしてボウンッという音とともに、姉妹揃って気を失った。
 「ならば!最後の1体が本物に違いありませんわ!」
 あやかがラストスパートで暴走ネギに追い付き、頬っぺたではなく唇にキスをする。だがボウンッという爆発に『そんな馬鹿な』と呟きながら撃沈した。
 「ど、どういうこと!?」
 「恐らく、朝倉が用意した偽物です。良く考えて見れば、あのネギ先生がこんな馬鹿げた騒ぎに参加する筈がありません!」
 「そっか!じゃあ、本物がどこかにいると?」
 「ハルナの言う通りです!」
 その時、3人の目が、外を歩いているネギとシンジの姿を捉えた。
 「いたです!」
 今か今かと待ち受ける3人。やがて入口の自動ドアが開き、パトロールから戻ってきたネギとシンジが姿を見せた。
 「行くです、のどか!」
 「う、うん!」
 シンジはと言えば、のどかの姿を見るなりネギから離れた。そこへハルナに手招きされて、素直にそちらへ移動する。
 「あ、あの宮崎さん。お昼の事ですが」
 「は、はい!」
 互いに顔を赤くするネギとのどか。その何気なく良い雰囲気に、正座中の千雨や裕奈も興味があるのか、こっそりと耳をダンボにしている。
 「宮崎さんの事は好きです。でも僕、クラスのみんなの事が好きなんです。だから、友達から始めませんか?」
 「はいっ♥」
 (間違いなく本物です。まあ10歳なら、こんなものでしょう・・・)
 その光景を、お風呂から出てきていたアスナと刹那も、物陰から眺めていた。ネギの対応には合格点を出したのか、2人揃ってクスッと笑っている。
 「じゃ、じゃあ戻りましょうか」
 歩き出すのどかとネギ。だが夕映は、のどかの前にワザと足を出した。
 「「あ」」
 重なる唇。その決定的瞬間を、ロビーにいたメンバーが、テレビで見ていたメンバーが、全員が目撃した。
 (今のは!)
 目の前で沸き起こった魔力に、シンジは体を強張らせた。
 至る所で上がる歓声。だが戦いは終わっていない。
 「シ、シンジさん!」
 「な、何!?」
 突如、横にいたハルナに声をかけられ、ビクッと身を竦ませるシンジ。だがそこへ、今まで気絶していた新田が目を覚ました。
 目の前にいる3−Aメンバーに、雷を落とそうとし―
 「シンジさん!私、やっぱり諦められません!シンジさんの事が好きなんです!」
 目の前の告白劇に、雷を落とす事を忘れる新田。教師生活30年を超える彼にしても、目の前で教え子が告白するのを目撃したのは初めての経験だった。
 「あ、あの、前にも言ったと思うけど、僕は」
 その言葉を遮るかのように、唇を押し付けるハルナ。周囲から『おお!?』とどよめきの声が上がる。
 その瞬間、シンジは自分の体を魔力が取り巻いた事に気付いた。
 (やっぱりこれは!)
 「私、シンジさんの事、諦めませんから!シンジさんが応えてくれるまで、ずっと待ちますから!」
ロビーにいた者達はやんややんやの大喝采。新田もあまりの衝撃に声を出すどころか、体を動かす事すらできなかった。
 もっとも、新田が驚いたのは、告白シーンを目撃した事だけが原因と言う訳ではない。
 ハルナがキスをした際、ちょうど真横の位置にいた彼は、前髪に隠されていたシンジの素顔に、かつての教え子の面影を見出していたからである。
 「・・・ユ、ユイちゃん・・・?」
 その言葉に、ロビーにいた者達全員の視線が集まった。特にシンジは、こんな所で聞く筈の無い名前に、動揺しきっていた。
 「な、何で新田先生が母さんの名前を知っているんですか!?」
 思わず叫ぶシンジ。
 「もう30年以上前になる。私は京都大学の教育学部に進学し、教師を目指していた。その頃、私は家庭教師のアルバイトをしていたのだ。その時の教え子の名前は、碇ユイと言ったんだよ。彼女は、とても明るく聡明だった。結婚式の時には、わざわざ連絡をくれてな、出席したことがあるのだよ」
 「・・・そうだったんですか・・・」
 「君があのユイちゃんの息子だったとは・・・月日が経つのは早いものだな・・・彼女は元気かね?」
 「いえ。母は僕が3歳の時に事故で亡くなりました」
 初めて知った事実に、新田は衝撃を受けていた。かつての教え子の息子が間近にいた事、そして教え子が既に他界している事。そのどちらもが新田を激しく打ちのめした。
 「そ、そうだったのか・・・」
 思わず咽び泣く新田に、周囲は声も無い。
 「これも何かの縁だろう・・・あの子に免じて、今日だけは許そう。全員、部屋に帰りなさい」
 「い、良いんですか!?」
 「ああ、良いとも。私はちょっと酒を買ってくる。近衛君、お母さんの話を聞きたくなったら、いつでも来なさい。喜んで話を聞かせてあげよう」
 そのまま外へと姿を消す新田。最大の脅威が無くなった事に、歓声を上げた少女達であったが、代わりに別の脅威が場を支配していた。
 背筋に走る寒気。視線が集まった先は、目元を隠した少年である。前髪を通して、シンジの目がうっすらと赤く輝いていた。
 放たれる圧迫感に、誰も部屋へ帰るどころの騒ぎではない。
 正座中だった裕奈と千雨、気絶から眼を覚ましてロビーに戻ってきたまき絵・風香・史伽、間近にいた夕映・のどか・ネギは、本気で恐怖を感じてガタガタと震えている。楓・古菲・アスナ・刹那・あやかといった武闘派メンバーは、反射的に身構えた。
 「早乙女さん。一つ訊きたいんだ。勿論、答えてくれるよね」
 目の前のシンジは笑っていた。寒気がするほどに、口元だけがニッコリと笑っていた。心の中で『そんな笑顔を向けないで下さい!』と嘆願するほどに、その笑顔は恐怖を伴っていた。
 シンジの中には、すでにピースは揃っていた。姿を見せないカモが描いていたという魔法陣。ドア越しに声をかけてきたしずなと思しき人物。キスと同時に、ネギとシンジから立ち上った魔力。これが偶然と思うほど、シンジはお人好しではない。
 「早乙女さん。誰が僕やネギ君にキスをしろと言ったのかな?」
 「な、何でシンジさんがそれを知ってるの!?」
 「良いから、教えてくれないかな?」
 ハルナの肩に、シンジの指がゆっくりと食い込んでいく。
 「あ、朝倉だよ!朝倉が全部企画したんだよ!」
 「へえ、そうなんだ・・・良い度胸してるねえ・・・ところでさあ、このイベントは3−A全員参加なのかな?」
 「ううん。私達以外は見てるだけだよ」
 ブルブル震える指先で、テレビカメラを指差すハルナ。そちらに目を向けたシンジは、震えが来るほど底冷えした声を出した。
 「寮監命令だ。朝倉和美を部屋に入れるな。匿った奴は同罪だ。匿ったらどうなるか、想像力を最大限に働かせてから匿うべきかどうか判断するんだ。良いね?」
 テレビ画面を通して聞こえてきた死刑宣告に、3−Aメンバーは咄嗟に部屋の鍵をかけたそうである。



To be continued...
(2012.01.21 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 夜の修学旅行・枕投げ編でしたが、いかがでしたでしょうか?
 コンセプトとしては冷静に(というか半分演技的な)怒れるシンジに始まり、ブチ切れたシンジに終わるという設定で作りました。
 結果としてハルナはシンジの従者に、のどかはネギの従者となりました。のどかは原作通りのタイミングですが、ハルナはかなり早い段階での仮契約です。この違いが、以後の展開にどんな変化を齎すのか、楽しみにお待ち頂ければ幸いです。
 話は変わって次回です。
 次回は久しぶりにバトル物になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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