第二十話
presented by 紫雲様
修学旅行3日目、朝食会場―
「こ、この静けさは何だね?」
昨日の騒ぎの事もあり、新田は3−Aの朝食会場へと顔を出していた。ところが普段通りであれば、祭りか何かかと誤解しかねないほど騒がしい3−Aは、通夜同然の静けさなのだから驚くのも無理は無かった。
何せ、1人の例外も無く、下を見たまま黙々と朝ご飯を食べているのである。
そこへガラガラと戸を開けて、シンジがネギと一緒に入ってきた。
「おお、近衛君。ネギ先生、おはようございます」
その言葉に、ビクンッ!と身を竦ませる一同。新田には、何が原因なのか全く分からない。
「おはようございます、新田先生」
「お、おはようございます!」
「2人とも元気ですな。ところで食事をしながらで申し訳ないのですが、今日の巡回について相談したい事があります。宜しいですか?」
「はい、分かりました。ネギ君、行こうか」
シンジの言葉に、ネギが『はい』と頷く。他のメンバーと違い、ネギが普通なのには訳がある。一晩隣で寝た為か、恐怖心がマヒしていたのだった。
朝食を手に、3−Aから離れて行く2人。やがて一斉に安堵のため息が漏れた。
「こ、怖かったです〜」
「か、楓姉、怖いよ〜」
泣き崩れる双子姉妹。さすがの楓も、どうして良いのやら全く分からない。
「ゆ、裕奈。どうしよう、私達、殺されちゃうの?」
「ば、馬鹿言わないでよ!」
最悪の事態を想像してエグエグと泣きだしたまき絵に、裕奈が必死で猛抗議する。だが世の中には、常に冷静な者はいる物である。
「佐々木、安心しろ。あの麻帆良随一の不気味な男の事だ。殺すなら躊躇い無く一瞬だろうぜ。苦しく間もなくな」
「「「いやああああ!」」」
千雨の指摘に、悲鳴を上げたのはチア部3人娘である。
「しかし、凄い殺気だったアルね。本気で身構えてしまったアルよ」
「全く、良くも悪くも騒がせる人ネ」
古菲の言葉に、超が呆れたように言葉を返す。
「刹那。直接対峙した者として、どうだった?」
「・・・シスター・シャークティーに未婚の子持ちと言うか、刀子さんにバツイチ嫁き遅れと言ってみるんだな。思う存分味わえるぞ」
龍宮と刹那の会話に、美空が『ヒイイイッ!』と悲鳴を上げる。
「ゆ、ゆえゆえ〜」
「お、落ち着くです、のどか!私達は確かに朝倉さんの誘いに乗りました。それは事実ですが、世の中には情状酌量という言葉があるですよ!」
「そ、そうやな。お兄ちゃん、優しいもんな、うん」
ある意味、シンジにもっとも近い立ち位置にいる図書館探検部メンバーの言葉に、少女達は必死になって頷いていた。というか、信じたがっていた。
なぜなら、彼女達の一画に、報いを受けた級友が突っ伏していたからである。
シンジの死刑宣告から30分後。3班の寝室に連行されてきた和美は、極度の混乱状態にあった。頭を抱えて小さく縮こまり『ごめんなさいごめんなさい』と繰り返し呟き続けていたのである。朝になって多少は正気を取り戻していたが、それでも先ほどのシンジの来訪に、再度、精神の天秤が傾いたようだった
ガタガタ震えている和美に、一同はかける言葉も無い。
と言うより、彼女達には和美よりも心配すべき対象がいたからである。
テーブルの片隅で、黙々と朝食を摂る眼鏡の少女。一生懸命行動した結果が、殺気の大盤振る舞いなのだから、同情すべきは和美ではなく彼女であるべきだった。
「ね、ねえ、大丈夫?パル」
隣に座っていたアスナが、声をかける。
「あ、アスナか。どうかしたの?」
「いや、昨日さ。シンジさんの事、怖がっていたみたいだから大丈夫かなと思って」
ピクンと反応するハルナ。
『ああ、やっぱりダメか』と同情する少女達。あまりにも可哀想な幕切れに、彼女達は心の底から同情した。
「シンジさん、怖かったね・・・」
「パル・・・」
「ああ、もう最高だよ!あの時の赤い目、とんでもなく綺麗で冷たかった!」
『はい?』と心の中で首を傾げる一同。隣に座っていたアスナは、目を丸くしていた。
「私、ゾクゾクしちゃった!絶対、シンジさんを落としてやるんだから!」
仁王立ちで宣言するハルナ。あばたもえくぼ、蓼食う虫も好き好きという言葉を思い出した周囲は言葉も無いまま、ハルナを呆れたように眺めていた。
朝食後―
何とか精神的に復調した少女達は、昨日の豪華賞品を見る為に集まった。
「おお、これが本屋のカードかあ」
「本屋ちゃんの絵が描かれてるなんて、贅沢だねえ」
「ねえねえ、これ、なんて書いてあるの?」
ワーワー騒いでいると、超がスッと顔を出した。
「本屋のは『恥ずかしがり屋の司書』という意味ネ。言葉自体はラテン語ヨ」
『おー!』と感心する少女達。そうなると、次は自然ともう1人の達成者へと移る。
「見せろー!パルー!」
「え?ええ!?」
ほとんど強奪されるかのように奪われる仮契約カード。
「これがパルのカード!?」
「おお、漫画家っぽい絵だ!しかもシンジさんの名前が入ってる!」
「超さん、これ何て書いてあるの?」
「これは『漫画製造者』と言う意味ネ」
『そのまんまだー!』と叫ぶ少女達。確かにその通りなので、誰にも否定できない。ハルナもその点は悔しかったのか、もっと他の名前にならなかったのかな?と少々不満そうである。
「それにしても綺麗やなあ。お兄ちゃんやアスナも持ってるし、うちも欲しいわあ」
「へ?アスナやシンジさんも持ってるの?」
「そうや。アスナのは大っきな剣を持った絵や。お兄ちゃんは鳥の背中に乗ってる絵やったな」
好奇心を刺激された少女達は、一目見ようとアスナとシンジを探したが、その姿はどこにも無かった。
残念がる少女達を前に、超が問いかける。
「木乃香。2人のカードだが、どんな文字が書いてあたか覚えているカ?」
「それなら覚えているえ。えっとな、確かこんな文章やった」
書かれた文に、超が『ほう?』と声を上げる。
「面白いネ。アスナは『傷付いた戦士』。シンジさんは『謀略の糸巡らす人形使い』という意味カ」
その答えを聞いた瞬間、少女達の脳裏に浮かんだのは、シンジの称号があまりにもハマりすぎだという思いであった。
その後、自由行動の準備の為、散会した少女達。のどかとハルナも、その例に漏れず自室へ向かっていた。
ところがその途中、休憩所で数人が固まっている事に気がつく。
「何話してるんだろう・・・」
「のどか、隠れるわよ」
物影に身を顰める2人。だが彼女達に気付く事無く、話は続いていた。
ネギside―
「どうすんのよ、ネギ!こんなにカード作っちゃって!」
「ええ!僕ですか!?」
アスナの手にはスカカード5枚と成立カードが2枚握られていた。
「今回は僕やネギ君にも責任はあるが、それ以上に君達の責任が重いと言う事は分かっているだろう。少しは反省したらどうなんだ?」
シンジの冷たい視線に、笑っていた和美が『ごめんなさい』と呟く。その横では、全身をタオルで包んだカモがいた。
「ところでさあ、何でカモはタオルなんか巻いてる訳?」
「・・・」
「また何か隠しているんでしょ」
アスナの手が遠慮なく、カモのタオルをはぎ取る。その下から現れたカモの姿に、一同は一瞬の静寂の後、爆笑していた。
カモの白い体毛は、シンジによってビキニの形に剃られていたのである。その上で黒の油性ペンで乱暴に塗られていた。
「うう・・・酷いっス・・・」
「良い恰好よ、エロガモ!女物の下着を存分に堪能しなさい!」
アスナに断言されたカモは、タオルで全身を包み込むと、無言でネギの懐へと隠れてしまう。
「でもまあ、私もシンジさんには賛成かな。本屋ちゃんやパルを、こっちの世界に巻き込みたくないからね。シンジさんが激怒したのも無理ないわよ」
「私も同感です。できれば先生やシンジさんが魔法使いであるという事も、秘密にしておくべきでしょう」
「・・・そうですよね。やっぱり宮崎さん達には内緒にしておきます」
そう言った後で、ネギは思い出したようにカードを取り出した。
「アスナさん。こちらの予備カードを持っていて下さい」
「ん?予備カード?」
「はい。それを持っていれば、僕と念話で会話できたり、アーティファクトを自分の好きな時に呼び出せるんですよ」
ネギの説明にアスナが感心したように『へえ』と声を上げる。
「試しにカードを持って『来れ 』と言ってみて下さい」
「分かったわ。えっと・・・『来れ 』うわ!」
アスナの手に、魔法無効化能力を秘めたハリセンが姿を現す。
「しまう時は『去れ 』です。覚えておいて下さいね」
「OK!でも凄いわね、これ。手品に使えるわ」
「アスナさん!そんな事に使わないで下さいよ!」
シンジにハルナのマスターカードを手渡しながら、ネギが必死に訴える。そんなネギに『冗談よ、冗談』と返すアスナ。
「シンジさんの鳥も、これと同じアーティファクトなんだ?」
「そうだよ。名前は『空翔ける者 』。マスターと、特定人物20名の所まで、自動追尾して高速飛行するアーティファクトなんだ。もっともマスター以外は、条件付きなんだけどね」
「条件?」
「髪の毛を登録しておく必要があるんだ。それに一度飛んだら、再登録しないといけないし、登録上限は20名と言う限界もあるけどね。神楽坂さんと桜咲さん、それから朝倉さんも登録しておくから、髪の毛を1本くれないかな?」
素直に髪の毛を手渡す3人。その1本1本をカードに乗せて、名前を呟く。するとカードが一瞬だけ光り、髪の毛はカードに吸い込まれた。
「これで登録終了。それと神楽坂さん。悪いんだけど、図書館探検部メンバーの髪の毛、何とか入手できないかな?」
「ん・・・まあ出来るけど・・・」
「さすがに寝てる所に式神送って、というのは気が咎めてね」
「まあ仕方ないか。安全確保の為だもんね。出発前までに何とかしておくわ」
頷いて見せたシンジに、アスナが『任せておいて』と胸を叩く。
「そういえばシンジさん。他には誰が登録されているんですか?」
「木乃香、龍宮さん、長瀬さん、エヴァンジェリンさんかな」
「・・・また凄い顔ぶれですね・・・」
刹那の頬を、ツツーッと冷や汗が滴り落ちる。どう考えても、木乃香以外は助けなど必要としないメンバーであった。
話が終わった事を悟ったのどかとハルナは、静かにその場から離れた。
「のどか、何言っていたか分かった?」
「それが、よく聞こえなくて・・・ただ気になった事があったんです。ついてきて下さい」
女子トイレへと引っ張っていくのどか。身体障害者用の個室に入ると、仮契約カードを取り出した。
「試してみます・・・『来れ 』」
光とともに、カードが1冊の本へと姿を変える。
「お、おお!マジ!?本物じゃん!よし、私も!『来れ 』!」
ハルナのカードも光を発すると、インクボトル付きのクロッキー帳へと姿を変えた。ただしハルナの場合は、左手に羽ペン、頭にベレー帽、体にエプロンと付属品多数である。
「ちょ、マジ!?試しに何か描いてみるか」
適当な落書きを描いてみるハルナ。するとクロッキー帳に描かれた、ミニサイズの火星人が立ち上がり、自由に歩き回りだした。
「おおおお!?」
これにはハルナはおろか、のどかも驚きである。
「私のはどんなのなんだろう・・・」
しかし中身は真っ白なページである。絵どころか文字すら無い。首を傾げていると、やがて文字が浮かびだした。
「これは・・・え?」
そこに浮かびあがってきたのは、昨日のネギとのキスの、のどかの偽らざる本心であった。もっとロマンチックなシチュエーションだったら良かったのになあ、という願望までハッキリと記されている。
(こ、これは一体・・・)
次のページをめくると、再び文字が浮かび上がってきた。
そこには、やはり昨日のキスに関する、ハルナの赤裸々な思いが綴られている。
思わずバンッと音を立てて、本を閉じるのどか。その行動に、驚いたのはハルナである。
「ど、どうしたのさ、のどか」
(ここここ、この本はとってもマズイのではーーーー!)
「ハ、ハルナ!もうすぐ時間です。準備しないと!」
自由行動開始―
関西呪術協会へ親書を渡す為、ネギは自由時間の間に行動を開始する事にした。ただネギと一緒に回りたいという希望者が多いので、旅館の裏口からこっそり抜け出ると言う、少々情けないスタートである。
「急ごうか、カモ君」
「おう、行こうぜ兄貴!」
トレーナーのフードから、顔だけ出してカモが同意する。
「姐さんとは待ち合わせっスか?」
「そうだよ。遅刻しない様に急がないとね」
やがて待ち合わせ場所に到着するネギ。しばらく経つと、ネギに声をかけてくる者がいたのだが、声の持ち主はアスナではない。
疑問を感じながら振り向いたネギの目の前にいたのは、5班メンバー全員である。アスナだけは申し訳なさそうに謝っていた。
「わあ、皆さん可愛いお洋服ですねえ」
(じゃなくって、どうしてアスナさん以外のメンバーまでいるんですか!?)
(パルに見つかっちゃったのよ!)
ネギは目尻から涙を噴き出しながら抗議したが、見つかってしまった物は仕方が無い。こうなったからには違う方策を取るしかない。
「ネギ先生!シンジさんはいないの!?」
「シンジさんは遅れるそうです。出がけに新田先生に捕まってしまいまして」
納得する5班メンバー。昨日の一件で、シンジの実母が新田の初めての教え子だという事を思い出したのである。鬼の新田が咽び泣いていた事を考慮すれば、よほど思い入れがあったのだろうと言う事ぐらいは容易に想像できた。
「しかし、あれには驚いたです。新田先生はシンジさんの素顔を見たからこそ、お母さんの事を思い出した訳ですよね?」
「そ、そうだよね」
「と言う事は、シンジさんはお母さんに似た顔立ちであると言う事になります。それはシンジさんの素顔が女性的、もしくは中性的な容貌と言う事ではないでしょうか」
途中の自販機で買った『宇治イチゴ・オレ』というジュースを飲みながら、夕映が推論を口にする。
「ゆ、ゆえゆえ?それって、ひょっとすると・・・」
「はい。シンジさんが前髪を上げれば、実は二枚目という可能性も出てきた訳です。火傷の痕を理由にして目元を隠していますが、それが事実である証拠はどこにもないですから」
ハルナはシンジの素顔を垣間見た事があるので驚きはしなかったが、夕映の会話は止めたくて仕方がなかった。これがクラス中に広まれば、無意味にライバルを増やしかねないからである。何より5班には、木乃香・夕映・刹那といった潜在的ライバル候補がいるのだから。
「ゆ、ゆえ吉!行くわよ!」
「ハ、ハルナ!?一体、どうしたですかあああああ!?」
ハルナの行動に、一同は目を白黒させていた。
嵯峨野での観光を終えた5班メンバーは、揃ってゲームセンターにやってきていた。と言うのも、ハルナと夕映が関西限定の魔法使いゲームのカードを手に入れたがったからである。
ネギも試しにとばかりに遊んでみたのだが、ニット帽を被った学ラン姿の同い年の少年に敗北してしまった。
「ほなな、ネギ・スプリングフィールド君」
「どうして、僕の名前を・・・」
「画面にかいてあるやんか」
指摘通り、画面にはネギがゲーム開始前に入力した本名が表示されていた。これにはネギも言葉が無い。
「じゃあな、楽しかったで」
走り去る少年だったが、途中に立っていたのどかとぶつかってしまう。二言三言謝ると、少年は今度こそ走り去ってしまった。
(兄貴、今がチャンスだ。嬢ちゃん達はゲームに夢中だからな)
(うん、アスナさん)
(OK!)
刹那に目配せすると、ネギ達はコッソリとゲームセンターを後にした。その後ろを、つけている影がある事に気付かずに。
ゲームセンター近くの路地裏―
ニット帽の少年は、人通りの少ない路地裏へと走り込んだ。
「やっぱり名字はスプリングフィールドやて」
「やはり、あのサウザンドマスターの息子やったか・・・それなら相手に取って不足はないなあ」
肩が剥き出しになった和服姿の千草が、背後に鬼を従えながら少年を迎え入れた。その両隣には、昨日と同じ格好の月詠と、白い髪の毛の詰襟姿の少年が立っている。
「一昨日のカリはキッチリ返させて貰うえ。シンジがいない今がチャンスやからな。月詠はんとフェイトはんは、ウチが戻ってくるまで御嬢様の尾行を頼みますえ。その間にウチと小太郎はんで特使の坊やを罠に填めるんや」
R毘古社―
巨大な鳥居の向こう側には、鬱蒼と生い茂った樹木と竹林。それと石の階段しか見えない。そんな場所にネギ達は来ていた。
「ここが関西呪術協会の本山?」
「ここの長に親書を渡せば任務完了って事か」
「うわあ・・・何かでそうねえ・・・ん?」
近づいてきた気配に、アスナが反応する。そこに浮かんでいたのは小さな光球。しかしポンッと音を立てて、手乗りサイズの刹那へと姿を変えた。
「刹那さんですか!?」
「はい。連絡係の分身です。チビ刹那とお呼び下さい」
ペコリと一礼するチビ刹那。
「十分、気をつけて下さい。強硬派は勢力を弱めているとは言え、無になった訳ではありません。ここが最後の砦である以上、罠の存在は覚悟しておくべきです」
「う、うん。分かったよ。『来れ 』!」
アスナがハリセンを、ネギが杖を手にして、万全の態勢を整える。
「行くわよ!」
「はい!」
しばらくした後、千草side―
樹上に隠れていた千草は、ネギ達が走り抜けたのを確認すると、鳥居に張り付けた呪符を発動させた。
「あいつら、アッサリ罠にかかったやん。やっぱガキやな」
「これで足止めはOKや。アンタは奴らを見張っとき」
「うえー、めんどいなあ」
木の上からネギ達を見送りながら、小太郎が詰まらなそうに文句を口にする。
「これもお仕事や」
「けどなあ、あいつら強ないで。正面からガツーンといてまえばえーやん」
「そう言う訳にもいかんのや。この子は置いてくえ」
そう言うと、千草は月詠達と合流する為に、逆方向へ身を翻した。
ネギ達を追いかけてきたのどかは、石段の中央に置かれた『立入禁止』の看板を前に、ウロウロしていた。
「おかしいなあ、ネギ先生とアスナさん、どこへ行っちゃんたんだろう」
キョロキョロと周囲を見回すが、ネギ達らしい影はどこにもない。
生来の性格故に、看板を無視できないのどかは、すっかり困ってしまっていた。そんな時、胸に大事に抱いていた本が、光を放ったのである。
「な、何!?」
思わず本を開くのどか。そこには4月24日という今日の日付と、泣きながら走るネギとアスナの絵が浮かび上がり、助けを求めていた。
(・・・また・・・これってネギ先生の今の気持ち?まさか!)
意を決したのどかは、看板を無視して石階段を登り始めた。
時は少し遡り、ネギside―
ネギ達は途中にあった休憩所で、疲れを取っていた。
「何なのよ、ここは〜」
すっかりまいってしまったアスナは、自販機でジュースを買い求めると一息ついていた。ネギはチビ刹那やカモとともに作戦タイムである。
「どっち走っても、延々続くなんて・・・」
「これは無間方処の咒法です。半径500mほどの半球状の結界に閉じ込められているんです。まずはこの結界をどうにかしなければなりません」
「なるほどな。結界ってのは洋の東西を問わず、基本は同じだからな」
「カモさんの言う通りです。内部に存在する基点の破壊、もしくは術者を倒す事。そのどちらかが解放条件になります」
考え込むネギ達だが、具体的にどうすればよいのかとなると、妙案は浮かんでこない。そもそも探知系の使い手はシンジしかいないのである。
「こんな時にシンジさんがいてくれれば良いんですが」
「旦那だったら、何とかできるのか?」
「あの人は探知系と風水が得意ですから。力の流れを辿って、起点を探し出すぐらいは出来る筈です」
だがシンジはここにはいない。結界のおかげで救援も求められず、完全に手詰まりである。
「けどさあ、何で強硬派はここまで邪魔する訳なの?」
「・・・関東の方々が伝統を忘れ、西洋魔法に染まってしまった事が原因の1つだと聞いた事はあるのですが・・・」
「な、何それ。そんな下らない理由なの!?」
ハアッと大袈裟に溜息を吐くアスナである。
「そういえばさ、私って本当に役に立ってるの?あまり実感ないんだけど」
「それなら試してみるのが早いな。姐さん、そこの岩を砕けるか?」
「そんなの無理に決まってるわよ」
即座に断言するアスナ。だがカモは契約執行を使わせた状態で実際に蹴らせた。すると岩はゴシャアッという音とともに木っ端微塵に砕け散る。
「おお!?」
「今、姐さんの全身を包んでいる光が、兄貴から供給されている魔力なんだ。魔力のおかげで身体能力を向上できるし、外部からの攻撃によるダメージも和らげてくれるんだよ」
「なるほど。私達の使う『気』と同じ原理なんですね」
納得したように頷くチビ刹那。
「私達、神鳴流剣士は体内で練った気を利用して戦闘を行います。陰陽術に用いられるのも気なんですよ。ところでネギ先生の魔法はどうなんですか?」
問われたネギだが、思い返してみるとネギが習得している魔法は9つしかないのである。戦い方も完全に独学であり、お世辞にも強いとは言えない。あくまでも優秀な卒業生でしかない事を、ネギは自覚せざるを得なかった。
だが今更それに気付いた所で、状況が改善される訳ではない。だからネギは、手持ちの魔法で何か出来ないかと悩み、そしてふと思い至った。
「・・・僕が、僕自身の体に魔力を貸したら、強くなれるのかなあ?」
「それは・・・まあ可能だよなあ。要は魔力による自分の肉体強化な訳だし」
「確かにカモさんの言う通りですが、私はあまりお勧めしません。確かに体は強化できますが、それを操る格闘技術が無い訳ですから。シンジさんが自分の体を強化しての接近戦を行わないのは、達人相手では技術力の差で負ける事を理解しているからだと思います」
「そうだな、俺っちもそう思うぜ、兄貴。魔法使いは魔法に専念すべきだよ」
「そうそう、前衛は私に任せておきなさいよ、ネギ!一昨日だって、大した事なかったからね!」
サムズアップで応えるアスナ。だがその瞬間、空気が変わった。
「随分とでかい口、叩くやんか」
ズズウンッと轟音とともに、空から横幅が10mを超える巨大な蜘蛛が降ってくる。その上に乗っていたのは小太郎であった。
「これは、鬼蜘蛛!?」
「まずは、この俺と戦ってもらおか」
のどかside―
ネギの姿を求めて、のどかは必死で走っていた。ネギが助けを求めるような状況に追い込まれているのだから、彼女にしてみれば心配するのは当然である。
しかし、幾ら走ってもネギ達の姿は見当たらず、困り果てたのどかは再び本を開いた。
「ネ、ネギ先生・・・ええっ!?」
そこには巨大な蜘蛛に襲われている、ネギとアスナの絵が浮き上がっていた。
再び、ネギside―
小太郎の襲撃に、一番早く反応したのは意外な事にネギであった。
「契約執行 90秒間 !ネギの従者 !『神楽坂明日菜 』!」
「ガキだからって手加減しないわよ!」
契約執行を受けたアスナの全力パンチが、鬼蜘蛛の装甲をバカンッという音とともに凹ませる。そこへアスナは召喚したハマノツルギを叩きつけた。
一瞬にして還される鬼蜘蛛。その圧倒的な実力に、ネギ陣営に楽観的な雰囲気が漂い出す。
「へえ、あの堅いのを一発で符に戻すんか。でもお前の方は大した事無いな、チビ助。凄いのはお姉ちゃんの方や」
ビシッと指を指され、言葉も無いネギである。
「女に守って貰って恥ずかしいと思わへんか。だから西洋魔術師は嫌いなんや」
「は!それって蜘蛛をやられちゃった負け惜しみのつもり!?」
「お姉ちゃん、勘違いしとらへんか?俺は術師とちゃうで?」
一瞬で休憩所の屋根の上から、アスナの懐に飛び込む小太郎。アスナは慌てて迎撃しようとするが、その全てを躱わされてしまう。
「こいつ!」
「ハハッ、当たらへんなあ」
いかにアスナの身体能力が強化されても、アスナ自身が格闘技術のイロハを身につけている訳ではない。結果として、小技やフェイントを使う事ができないアスナは感情のままに暴れる事しか出来ない。結果としてアスナの攻撃は全力の大振りだけになってしまう。そこを小太郎は巧みに突いた。
アスナを掻い潜り、ネギに接近する小太郎。しかしネギも、その間に詠唱は済ませていた。
「風花武装解除 !」
ネギの手から突風が放たれる。だが小太郎は用意しておいた守護の護符で、ネギの魔法を打ち消してみせた。
身の危険を感じたネギが、咄嗟に風の障壁を張り巡らすが、小太郎の俊敏さと攻撃力に後手後手に回っていく。
アスナは何とかネギとの間に割って入ろうとするが、小太郎はアスナのいない方向へネギを吹き飛ばすように攻撃しているので、割って入る事すらできない。その間に、小太郎はついにネギの風の障壁を、貫通できるだけの攻撃を命中させた。
ネギの口の端から、血が滴り落ちる。
「は、この分じゃあ、お前の親父のサウザン何とかいうのも、大した事ないんやろな」
小太郎の挑発に、ネギが睨みつける。だが挑発の為に足を止めてしまったのは、小太郎にとっての失策だった。
戦況の悪化を悟ったカモがチャンスと判断し、ミネラルウォーターのペットボトルを投げつける。そこへチビ刹那が術を放った。
ミネラルウォーターは濃い霧となって、小太郎を包み込む。
「目くらましか!」
気付いた時には手遅れ。霧が晴れた時には、すでにネギ達は姿を消していた。
ネギを見失った小太郎は、近くに気配を感じるなり、そこへ飛びかかった。
「見っけたでえ!・・・って、あら?」
「キャアアアアア!」
ドカンと衝突する小太郎とのどか。目を回した小太郎の頭は、のどかのスカートの中に収まっている。
ショックで体を強張らせるのどか。顔は真っ赤、両目に涙、今にも泣き出しそうな雰囲気に、慌てたのは小太郎である。
「スマン!わざとやないで!人違いや!って、さっきのゲーセンのお姉ちゃんやんか」
「え?貴方はあの時の・・・」
「お姉ちゃん。この奥で喧嘩中なんや。ウロウロしてると危ないで」
その言葉に、キョトンとするのどか。だがすぐに気がついた。目の前の少年が、本の中でネギと戦っていた少年であった事に。
「ほなな、お姉ちゃん」
「待って下さい!私、宮崎のどかと言います。貴方は?」
「俺は小太郎。犬上小太郎や」
「兄貴、本気か!?」
「本気だよ。今の僕が勝てるとすれば、これしかない」
小太郎迎撃の為の作戦を立てたのは良かったが、その危険性にカモは顔を青くしていた。成功例を真似た作戦とは言え、それが今回の作戦成功を約束している訳ではないのだから、不安に思うのも当然である。
「行きましょう、アスナさん!」
「OK!」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!風精召喚 !剣を執る戦友 !」
2人の視界の遥か先に、走り寄ってくる影が映る。
「迎え撃て !」
ネギそっくりの風の精霊による集団攻撃を、小太郎は迎撃しながら前に突き進む。隠し持っていたクナイも時折投擲する。
「やっと本気かチビ助!」
「魔法の射手 !連弾・雷の17矢 !」
風の精霊を壁代わりに使いながら、17本の雷の矢が小太郎に襲いかかる。その一撃を護符を消滅させながら凌いだ小太郎は、その予想外の攻撃力の高さに目を見張った。
「魔法の矢か!なんちゅー威力や!」
思わず足を止めてしまった小太郎。だがそれはネギにとってのチャンスである。魔法の矢すらも時間稼ぎとして使ったネギは、本命の一撃を準備し終えていた。
「白き雷 !」
ネギから小太郎目がけて、特大の雷が襲いかかる。それを正面から食らった小太郎は、鳥居の上から地面目がけて落下した。
「やった!」
「いえ、まだです!」
歓声を上げたアスナだったが、チビ刹那の警告通り、小太郎はまだ健在だった。残る護符全てを白き雷で失った代りに、軽傷ですんでいたのである。
「今ので決めれんかったのは失敗やな!俺の勝ちや!」
アスナが迎撃に入るが、小太郎はアスナの眼前で真横に飛び、瞬時にネギの懐へ飛び込んだ。
即座にネギの腹部目がけてショートアッパーを放つ小太郎。空中へ浮き上がった所へ、回し蹴りの追撃が飛ぶ。
「ネギ!」
「姉ちゃん!俺は戦士ちゃうで。狗神使い言うんや!」
小太郎の足元から、漆黒の犬が姿を現す。その数5頭。
「お前ら!あのお姉ちゃんと遊んでやり!」
チビ刹那とカモは犬の前足で地面に押し付けられて行動不能。アスナも四方八方から犬にたかられ、全身を嘗められて戦闘どころの騒ぎではない。
数的不利を克服した小太郎は、即座にネギへ追撃を仕掛ける。ネギも魔法障壁で堪えようとするが、相殺しきれない分の威力が、ネギの体に蓄積されていく。
「マズイ!あんなに殴られてたら障壁が消えちまう!そうなったら終わりだ!兄貴が死んじまう!」
「カモ!どういう事よ!?」
「あいつのパンチは気の籠った一撃だ!姐さんが岩を破壊した、あの蹴りと同じだよ!」
カモの叫びに、やっとアスナがネギが死ぬと言う可能性に気付く。
「ネギ!」
しかし、アスナの叫びは届かない。ネギはフラフラの状態で、立っているだけで精一杯の状態である。
「貰った!」
渾身の一撃で襲いかかる小太郎。
「契約執行 0.5秒間 ネギ・スプリングフィールド 」
小太郎の渾身の一撃を、ネギは左手で払いのけた。その驚きで動きを止めてしまう小太郎。その顎をネギのアッパーカットが捉えて、空中に舞い上がらせる。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!闇夜切り裂く 一条の光 」
自分が何をされたのか、状況把握できない小太郎。
「我が手に宿りて 敵を喰らえ !」
やっと自分が宙を舞っていた事にきづいた小太郎だったが、状況を把握した時には遅すぎた。小太郎の背中に、ネギの右手が触れる。
「白き雷 !」
零距離から迸った特大の雷が、小太郎の全身を駆け巡る。
「な、何や・・・今のは・・・」
「これが西洋魔術師 の力だ!」
沸き起こる歓声。一安心したカモが、フーッと溜息を吐く。
「ヒヤヒヤさせるぜ、兄貴。いくら旦那が真祖のパートナー相手に使っていたからって、よくもまあ実践する気になったもんだ」
「ど、どういうことですか?カモさん!」
「そのままの意味だよ。旦那がエヴァンジェリンと茶々丸っていうカラクリ人形相手にした時、同じような戦術で相手を無力化させたんだ。まあ旦那の方がオリジナルなんだけどな」
とりあえずは一安心とばかりに汗を拭うカモ。だが小太郎は動かない体に無理矢理言う事をきかせて立ち上がる。
「まだや・・・こっからが本番やで!」
立ち上がった小太郎の体が変化していく。体は一回り大きくなり、四肢には鋭い爪が生え、全身を獣毛が包み込んでいく。
「まさか獣化か!?」
「オラアッ!」
小太郎のハンマーパンチが石畳を木っ端微塵に粉砕する。逃げるのは不可能と悟ったネギは、ここで倒すしかないと覚悟を決める。
「契約続行 10秒間 ネギ・スプリングフィールド 」
「いいでえ、ネギ!」
小太郎の速さが、ついにネギの動体視力を上回る。完全に姿を見失ったネギは、勘で右に避けようとして―
「左です!先生!」
咄嗟に左へ避ける。僅かに一瞬遅れて、小太郎の拳が石畳を粉砕した。
「のどかさん!?」
「本屋ちゃん!?」
「さっきの姉ちゃん!?」
三者三様の叫びがあがる。だがのどかはそれに構わず声を上げた。
「小太郎くーん!ここから出るにはどうすれば良いんですか?」
「アホか?俺が教える訳あらへんやろ!」
しかしのどかは、手元の本に視線を向けると、ハッキリと宣言した。
「ここから東へ6つ目の鳥居。そこの上と左右に隠された印を壊せば良いそうです」
「「「ええええええっ!?」」」
驚愕するアスナ達。そして驚いたのは小太郎も同じだった。
完全に動きを止めた隙を突いて、ネギが印の破壊に移る。
「魔法の射手 !光の3矢 !」
パキインッと音を立てて壊れる3つの印。
「んな!?」
ネギは杖で高速飛行しながら、のどかを抱き上げて出口へと向かう。同時に空間の亀裂にアスナがハマノツルギを叩きつける。
パキャアアアンッという甲高い音とともに、脱出を果たすネギ一行。だが逃がしてなるものかと小太郎が追いかける。
「待てえ!」
「奴を閉じ込めます!無限方処返しの咒!」
チビ刹那の術により、小太郎の追撃から逃れたネギ達であった。
一方、その頃。刹那side―
街中で奇襲を仕掛けられていた刹那は、白昼堂々、夕凪を抜く訳にもいかない為、木乃香の手を取り逃走の真っ最中だった。
そしてその後ろを、状況を全く把握できてないハルナと夕映が必死に追いかけてくる。
夕映達にしてみれば友人に置いていかれたくないだけなのだが、刹那にとっては迷惑極まりない。木乃香を守るだけでも手一杯なのに、更にハルナ達まで守らないといけないのだから。
そうかと言って、真相を話す訳にもいかないので、刹那はなんとか2人を撒こうと、シネマ村へ飛び込んだのであった。
だが―
「私は何をしているんでしょうか・・・」
木乃香は江戸時代の御姫様に、そして刹那は新撰組に扮していた。そして問題だったのは、刹那の新撰組姿が美少年剣士と見える為、やはり修学旅行中の女生徒から写真を撮らせて欲しいと頼まれてしまった事である。
「せっちゃん、ポーズ!」
木乃香にせがまれてしまっては、刹那に否は無い。言われるがままにポーズを取り、拍手喝采を浴びる。
そんな2人を、物陰からハルナと夕映が眺めていた。
「ただの仲の良い2人にしか見えませんが・・・」
「いや、これは間違いないよ」
「確かに怪しいねえ、あの2人」
「うわああ!朝倉にいいんちょ達!?」
いつのまにか背後を取られていた事に慌てる2人。だが2人が一番驚いたのは、3班全員がコスプレをしていた事である。
和美は素浪人、あやかは花魁、夏美は町娘、千鶴は明治時代の紳士姿、ザジは御殿様、千雨は大正時代の女学生姿である。
「何、ガッチリ変装してんのよ」
「ここ来たらやんないと、アンタもやりなよー」
「あれ?何か来たよ?」
夏美の言葉に従った訳ではないだろうが、馬車が刹那達の側に停まる。乗っているのは貴婦人姿の月詠である。
「借金のカタに御姫様を貰い受けに来ましたえ〜」
(せっちゃん、これ劇やで、劇。お芝居や)
木乃香の囁きに、月詠みの思惑に気付く刹那。
(そうか。劇に扮して御嬢様を攫うつもりか)
「そうはさせんぞ!御嬢様は私が守る!」
周囲から上がる歓声の声。木乃香は大喜びで刹那に抱きつく。そして月詠は刹那に向けて、手袋を叩きつけた。
「ほな御嬢様をかけて決闘を申し込ませていただきます〜30分後にシネマ村正門横の日本橋です〜逃げたらあきまへんえ〜」
一瞬だけ殺気を放つ月詠。それを敏感に感じ取った木乃香が体を竦めるが、月詠はそれ以上何をするでもなく、馬車に乗って立ち去った。
30分後―
柳生十兵衛に扮したハルナと、千雨と同じ女学生姿になった夕映も引き連れて、一行は日本橋へ向かっていた。あまりにも最悪な事態に、刹那は頭が痛い。
(刹那さん刹那さん)
ふと顔を上げると、そこには手乗りサイズのネギが、カモとともにいた。
(ネギ先生?どうやってここに)
(チビ刹那の紙型を使って、あとは気の後を辿ったんですよ。それより何があったんですか?)
「ぎょーさん連れてきてくれはっておおきにー楽しくなりそうですなー」
チビネギに説明しようとした刹那だったが、聞き覚えのある声に説明を止めるしかなかった。声をかけてきたのは月詠。すでに小太刀と短刀は鞘から抜かれ、いつでも戦闘可能な状態である。
「ほな、始めましょうかー。御嬢様も先輩も、ウチのモノにしてみせますえー」
「せ、せっちゃん、あの人怖い・・・」
刹那にしがみつく木乃香。だが刹那は笑顔で振り返る。
「何があっても私が御嬢様をお守りします」
「せっちゃん」
そこでパチパチとなる拍手。
刹那が顔を上げると、いつのまにか集まっていた観客達からの物であった。それだけではない、あやかが刹那の手を取り高らかに叫ぶ。
「お二人の愛、感動しましたわ!お力をお貸しします!」
「違うんですって、いいんちょー!」
「ホホホ!そちらの加勢はないのかしら!?」
見得を切ったあやかに、慌てたのは刹那である。月詠に斬り殺されてしまうような事態だけは、防がねばならないと咄嗟に声を出す。
「月詠!この人達は!」
「はい先輩♥心得てますえ〜その方達は私のペットがお相手します〜それ、ひゃっきやこぉ〜」
煙とともに、月詠の足元からデフォルメされた百鬼夜行が姿を現す。周囲の観客は、アトラクションやCGと思いこみ歓声を上げる。その間に月詠が呼び出した妖怪たちは一斉に襲い掛かり―
「いやああ!何、このスケベ妖怪〜!」
着物の裾を捲るわ、胸に飛び付くわの乱暴狼藉を働きだす。実害はないだろうが、確実に戦力壊滅である。
(ネギ先生。見かけだけ戻します!御嬢様と逃げて下さい!)
ボンッと音がして、チビネギが等身大サイズに変化。外見は忍者に変わる。
「ネギ君、いつのまに!?」
「木乃香さん、ついてきて下さい!」
走り出すネギと刹那。その背後では刹那が月詠と斬り結びあう。
「にとーれんげきざんてつせーん」
完全に月詠を押さえるので手一杯の刹那には、すでにネギへ注意を払う余裕もない。それでもネギの後ろから襲いかかろうとしていた妖怪に気付き、警告の声を上げる。
「ネギ先生!」
しかしその妖怪は、どこからか飛んできた符が張り付くなり、ボフンッと音を立てて消滅する。
(あの符は破術!)
どこからか飛んでくる符が、次々に妖怪を消し去っていく。ネギを追いかけようとする妖怪たちもいたが、それらの者達は優先的に消滅させられていた。
「あら〜横槍ですか〜」
「あの人がいるなら、私はお前だけ相手にしていれば良い。行くぞ!」
「果たして、そう上手くいきますかな〜」
一転して攻勢に出る刹那。その背後では、月詠の呼びだした百鬼夜行が次々に数を減らしていた。
木乃香side―
シネマ村の至る所に隠れていた月詠配下の妖怪達から逃げる為、式神のネギに先導された木乃香は、シネマ村の一画にあるお城のセットへ隠れようと急勾配の階段を駆け上がっていた。
「ここに隠れましょう!」
襖を開けて飛び込む2人。だがそこにいたのは千草と白髪の少年である。
「ようこそ、木乃香御嬢様。月詠はんは上手く追い込んでくれたようやなあ。しかも護衛は式神1体とは、こんなに楽な事はあらしまへん」
千草の背後に、巨大な熊の式神が3体と、弓矢を手にした翼を持つ式神が1体、床からせり上がるようにして姿を現す。
逃げる事も出ない2人は、ジリジリと追い詰められて天守閣の屋根へと逃げる他なかった。
そしてその光景を、橋から刹那も目撃していた。
「御嬢様!?」
「よそ見はあきまへんえ、先輩♥」
だが木乃香の危機に、刹那は躊躇う事無く背中を向けて、天守閣目指して駆けだしていく。月詠にしてみれば絶好のチャンスだが、背後から切り捨てるのは、彼女にとってみればツマラナイ事である。故に追撃もせずに、刀を納めた。
「先輩、行ってもうたわ。代わりに相手をしてくれますえ?」
月詠が声をかけたのは、左手に符、右手に短刀を手にした虚無僧である。月詠は視線こそ向けていなかったが、自分が呼び出した百鬼夜行を消し飛ばしていた符の主である事には既に気がついていた。
「馬鹿言わないでよ。荒事は専門外なんだ」
「・・・その声、シンジさん!?」
絶句するハルナ。他のメンバーも唖然とするばかりである。
「そこを何とかなりまへんか〜」
「僕は素人だよ。スペックを上げた所で、達人に勝てる訳ないでしょう」
「あはは、ホンマ面白い人や。先輩は斬り合うのが面白いけど、あんさんは話しているのが愉快で堪らんわ。そこまで冷静に判断できる素人さんなんて、ウチは初めて見ましたえ〜」
口元を手で隠しながら、笑う月詠である。一方のシンジはと言えば、笠で顔を隠しているので、全く表情を窺うことはできない。
「君の狙いは彼女との死合いだろ?慌てなくても、まだチャンスはある筈だ」
「ふふ、不思議な人どすなあ〜確かにあんさんは弱そうや〜なのに何でや?何でそんなに場馴れしとるんや?」
「さあ?自覚はないんだけどね。それより、こちらも失礼させて貰うよ」
未だにあやかを下敷きにしたままだった招き猫の式神に、シンジが短刀を突き刺す。同時に招き猫はボウンッと音を立てて消えた。
「良かったら、お名前を聞かせていただけますか〜」
「近衛シンジ。君らの雇い主の直弟子だよ」
「そうですか〜ウチは月詠言います。ほな、こちらも失礼させて貰いますえ〜」
そういうと、月詠は反対側へと歩き去る。同時に残っていた百鬼夜行全てが姿を消した。
「シンジさん!」
「木乃香を助けてくる」
視線の先では、相変わらずネギと木乃香が追い詰められていた。
(・・・使うしかないか・・・)
幸い、使った所でバレるような代物ではない。だからシンジは躊躇いなく、右手を自分の頭に当てた。
「人形制作者 」
そう呟くと同時に、シンジは刹那の後を追いかけた。
「一歩でも動いたら、矢が刺さりますえ?さあ御嬢様を渡して貰いましょうか」
ネギは非実体の体で、木乃香の盾になろうと精一杯立ちはだかる。木乃香の『せっちゃんが必ず助けてくれる』という言葉を信じて、感情を爆発させないように踏みとどまっていた。
そこへ横からの突風が吹く。不安定な足場によろめくネギ。ところがそこへ、ネギが動いたと解釈した千草の式神が、矢を放ってしまった。
「なんやて!?」
予想外の事態に、慌てる千草。射線に飛び込むネギ。だが今のネギは非実体の式神である。矢は呆気なく貫通し、背後にいた木乃香に襲いかかる。
そして矢が刺さる寸前に、木乃香の前に刹那が飛び込んだ。矢は刹那の左肩に、見事に命中する。
「せっちゃん!」
天守閣の屋根から落下する刹那。その光景に周囲から悲鳴が上がる。
「せっちゃーん!」
刹那を助けようと、天守閣から飛び降りる木乃香。仰天したのは千草やネギである。
「木乃香さーん!」
「なんでやーーー!」
自由落下する刹那を、追いついた木乃香が抱きしめる。その瞬間、2人を光が包み込む。
閃光が収まった後、観光客達が目撃したのは地面に立っている2人の少女であった。
「き、傷が・・・」
呆然とする刹那。それをチャンスと見てとったのか、千草は式神へ追撃の指示を出そうとして、動きを止めていた。
木乃香と刹那のすぐ側に、符を構えたシンジが立っていたからである。
「・・・仕方ありまへんな。フェイトはん、ここは撤退しますえ」
「・・・了解。しかし、あの虚無僧姿の少年だけど、知り合いなのかな?」
「ウチの馬鹿弟子や。気にする事は無い」
「ふうん。面白そうだね・・・」
To be continued...
(2012.01.28 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
従者となった2人の少女ですが、アーティファクトは原作通りです。従者としての2人の出番は、申し訳ないですがもうしばらくお待ちください。
シンジの出番の少なさについては、期待して下さった方には申し訳ありません。もう少し増やしてあげれば良かったのですが、明らかに私の構成ミスです。
それからシンジの能力ですが、これの詳細については次々回をお待ち下さい。
話は変わって次回です。
特使として関西呪術協会に到達するネギ一行。だがシンジは教師補佐としての職務を口実にホテルへと戻ってしまう。
更に呪術協会においてもシンジは存在しない者として扱われていた。そんな現状に怒りを抱いた子供達は、詠春からユイと近衛家の関わりについて知らされる。
そして、木乃香の亡き母の形見に紛れていた1枚の写真。
そこに写っていたのは、幼いシンジと若かりし頃の碇ユイの姿。更にユイとシンジを取り巻く人物達。そしてその裏面には、『ゲヒルン』『実験』という単語が記載されていた。
そんな感じの話になります。
それではまた次回も宜しくお願い致します。
作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、または
まで