正反対の兄弟

第二十三話

presented by 紫雲様


修学旅行4日目―
 「お帰り、近衛君。学園長から連絡を貰ったよ。随分と大変な目に遭ったみたいだね」
 そう言いながら、瀬流彦は帰還の報告に部屋を訪れたシンジを出迎えた。昨晩のトラブル解決の為に、瀬流彦は1人で全生徒の護衛を務めていたのだが、それだけのプレッシャーを感じさせないほどに、明るい笑顔だった。
 「はい、何とか帰ってこられました。瀬流彦先生の方は、何かありましたか?」
 「いや、こちらは平穏その物だよ」
 「そうでしたか、それなら良かったです」
 瀬流彦が差し出したコーヒーを飲みながら、外に目を向けるシンジ。ちょうどシンジ達と入れ替わるように、3−Aメンバーが外へ出て行く所だった。
 「近衛君は外へ行かないのかい?」
 「一息吐いたら外に出ます。もっとも1人だけ、休憩もとらずに外へ出た者もいたようですが」
 「まあ、修学旅行だし、ハメも外したくなるだろうさ」
 納得したように頷く瀬流彦である。
 「まあ、報告は後で良いよ、今は羽を伸ばしておいで」
 「ありがとうございます」

 小休止をとった一行は、15年ぶりに麻帆良の外へ出られたエヴァンジェリンの先導の元、京都中を駆け足で観光していた。と言うのも、14時には詠春との約束があったからである。
 昨夜のメンバーが勢揃いで待ち合わせ場所に出向くと、そこにはスーツ姿の詠春が、煙草を吹かして一同が来るのを待っていた。
 「お疲れ様です。少しは休めましたか?」
 「「「「「「いえ、全然」」」」」」
 一斉に返ってきたツッコミに、苦笑するしかない詠春である。そもそも、昨夜、しっかりと睡眠時間を確保できたのは、昏睡状態だったシンジ1人なのである。他は横になっても眼が冴えて眠れない、と言うのが正直な所だった。
 そんな状態で、朝から京都中を駆け足で観光していたのである。睡眠時間を確保出来なくて当然であった。
 「しかし、ここにいるメンバー全てが、魔法に関わってしまったとは、義父も頭が痛いでしょうね」
 詠春にしては珍しい皮肉に、一同揃って笑うしかない。
 「さて、それではついてきて下さい。こちらです」
 詠春の後についていく一行。ネギは全身を緊張させて歩いていく。やがて鬱蒼と生い茂った樹木の下を潜った時、詠春が思い出した様に口を開いた。
 「そうそう、エヴァンジェリン。スクナの再封印は完了しました」
 「御苦労、近衛詠春。面倒を押し付けて悪いな」
 「いえ、こちらこそ」
 そうやって会話をしている所へ、ネギが走り寄った。
 「長さん、小太郎君は・・・」
 「重くは無いでしょうが、それなりの処罰はあります。千草君についても、こちらで対応します。ただ、問題なのはあの白髪の少年です。フェイト・アーウェンルクスと名乗っている事。1ヶ月前にイスタンブールから日本へ研修に来た事。それぐらいしか分かっていないと言う事が問題です」
 「ふん。おそらくは偽物だろうよ」
 そんな事を話している内に、一行の前に3階建ての建物が姿を現した。屋根の部分は天文台になっている。
 「ここです、中は10年前のままですから」
 一歩入ると、そこは魔法使いの隠れ家とは思えないほどに、洒落た作りになっていた。梯子を使わないと、取る事が出来ないほどの高さの本棚が特に目を引く。
 少女達が好奇心を惹かれて色々と調べる中、ネギもまた本を何冊か取り出して調べ出した。
 「あの・・・長さん。父さんの事を聞かせて貰っても良いですか?」
 「・・・そうですね。木乃香、刹那君、明日菜君、シンジ、こちらへ来て下さい。貴方達には話しておいた方が良いでしょう」
 名前を呼ばれたメンバーが、詠春に案内されて奥の部屋へと入る。そこには1枚の写真が置かれていた。
 正面には10代半ばから後半に見える赤毛の少年ナギ。その脇に小さな子供。反対側にはローブを着た青年。少年の後ろには夕凪を手にした詠春。その後ろには煙草を咥えたスーツの男性と、大剣を手にした褐色の肌の青年が立っていた。
 詠春が説明を始めると、ネギが目を輝かせて父の話に聞き入る。だがシンジは、ローブ姿の男に視線が集まっていた。
 (・・・この人はアルビレオさんじゃないか)
 「ここに写っている6人が最前線で戦い、名を馳せましたが、もう2人裏方として私達を支えてくれた方がいました。私達は8人でかつての大戦を戦い抜いたのです」
 「ほう?お前達に、まだ仲間がいたのか。初耳だぞ?」
 「あの2人。紅の翼アラルブラ最後の2人ラストメンバーと呼ばれた2人は、表舞台に出る事を極端に嫌がっておりましてね。20代半ばの男の参謀と、10歳にも満たない少女の戦士でした。ただどちらも実力はありましたよ」
 懐かしそうに語る詠春。そんな詠春に、エヴァンジェリンが何気なく問いかけた。
 「その2人は何と言う名前なのだ?」
 「男はゲンドウ、少女はキョウコと名乗っていました。ただ帝国の出身でしたから偽名かもしれませんね。それに私自身、彼らと別れてから15年経ちましたが、ナギ同様、連絡さえ取れない状況なのですよ」
 ドサッという音に、全員の注目が集まる。そこには床に落ちた本を拾い上げようとしているシンジがいた。
 「シンジさん、顔色が悪いですよ?」
 「・・・ちょっと立ち眩みを起こしただけだよ。話の腰を折ってすいません、詠春さん。続けて下さい」
 (・・・どういうことだ?どうして父さんの名前が?それにキョウコって、アスカのお母さんの名前じゃないか?これはただの偶然なのか?)
 困惑した表情を悟られたくなかったシンジは、顔を俯けていた為に気付かなかった。詠春が心配そうにシンジを見つめていた事に。

ナギの家から帰る途中―
ゲンドウとキョウコの名前が頭から離れないシンジは、一行の最後尾をハルナとともに歩いていた。そんなシンジに、楓が近寄って来た。
「ふむ、悩み事でござるかな?シンジ殿」
「色々、考える事があってね」
「まあシンジ殿は頭が良いでござるからな。頭脳労働担当と言う事で、諦めるでござるよ」
どこか冗談めかした楓の言葉に、シンジも同意するかのように肩を竦めてみせる。
「ところで話は変わるでござるが、シンジ殿。この後、少し時間を割いて貰えぬでござるか?相談に乗って貰いたい事があるでござるよ」
「それは構わないけど」
「助かるでござる。すまぬが、シンジ殿をお借りするでござるよ」

 楓と一緒に、別の道を歩いて行ったシンジを見ながら、ポツリとハルナが呟いた。
 「そういえば、シンジさんって、まだ成長期なんだね。もうすぐ長瀬さんに追い付くんじゃない?」
 言われて見て気付いた一同である。初めて会った頃のシンジは170cmぐらいだったのだが、今のシンジは180cmの楓に迫ってきているのである。
 「言われてみれば、シンジは大きくなりましたね。こればかりは父親の血ですかね」
 「お父様。お兄ちゃんのお父さんって、大きかったん?」
 「1度だけ、ユイさんの結婚式で会った事があるんですよ。190を超える程の長身でした」
 それには驚いたのか、一同揃ってポカンと口を開けた。
 「ひゃ、190って伸びすぎじゃない?」
 「パルの将来はピンヒール確定です」
 「はわわわ」
 ハルナ・夕映・のどかがボソボソと囁き声で相談し合う。その傍らでは、古菲が『羨ましいアルね。私ももっと大きくなりたいアルよ』と真名を羨ましそうに見ている。
 「詠春。今、ユイと言ったな。どこかで聞き覚えがあるのだが・・・」
 「オイ御主人。ボケルニハ早インジャネーカ?」
 「お姉さま。それは言ってはいけない事です」
 「お前ら、主である私に喧嘩を売っているのか!」
 茶々丸の首元を締めながら、エヴァンジェリンがガー!と吠える。茶々丸の肩に乗っている茶々ゼロは、ケケケケケと笑い声を上げた。
 「ダッテヨ、俺様ガ覚エテイルンダゼ?ボケ老人呼バワリサレテモ、ショウガナイジャネーカ」
 「何だと?」
 「エヴァンジェリン。セカンドインパクトの翌年に、貴女は麻帆良の地でユイさんに会っていますよ」
 詠春の言葉に、全員の視線が集まった。当のエヴァンジェリンは、まだ思いだせないのか、首を傾げている。
 「ユイさんは、当時『東方の三賢者』の二つ名で呼ばれたほどの科学者でした。近衛家と縁のあった彼女は、魔法の存在についても知っていました。そんな時、貴女の存在を知った彼女は、一科学者として貴女と話をしてみたいと、義父に頼んで貴女に会いに行ったんですよ。義父によれば、貴女も彼女との会話を楽しみ、3日ほど彼女は貴女の家へ逗留したと聞いていますよ?」
 「待て・・・思い出した!ひょっとして、あの栗色の髪をしていた女か?赤子を抱いて、私の所に乗りこんできた、あいつだと言うのか!」
 「そうですよ。その時、彼女が抱いていた赤ちゃんが、まだ1歳にもなっていなかったシンジです」
 「何だと!?」
 呆気に取られているエヴァンジェリンの横で、茶々ゼロが『ヤット思イダシタノカヨ』と呆れたように呟く。
 「じゃあ、あの時、私がオシメを換えてやったり、ミルクをくれてやったりした、あの可愛らしい赤ん坊がシンジだと言うのか!?どうやったら、あそこまで捻くれて育つと言うんだ!」
 「ちょっとちょっと!エヴァちゃん、お兄ちゃんが赤ちゃんだった頃に会ってたん?」
 「・・・非常に信じられないが、どうやらそうらしい・・・」
 新たに判明した事実に、周囲にいた者達も驚くばかりである。特に木乃香は、昨日見つけた写真を取り出していた。
 「お父様!ウチも、聞きたい事があるんや!これは本当なん?」
 「これは・・・懐かしいですね」
 写真を手に取った詠春が、ジッと写真を見つめた。
 「ここに書かれているのは事実です。木乃香、貴女とシンジは、母親同士が従姉妹。つまり貴女達はハトコになるんです」
 「じゃ、じゃあお爺様は・・・」
 「はい。綾瀬博士は、ユイさんの恩師の1人でした。ユイさんは好奇心旺盛でしてね、自分の専攻以外でも、興味を惹かれれば畑違いの分野でも勉強したんです。貴女のお爺さんは、そうした恩師の1人だったんですよ」
 お互いに目を合わせるしかない一同である。
 「綾瀬博士は、ユイさんの聡明さと明るい性格をとても気に入っておられましてね。シンジが産まれた時には、義父とどちらが名付け親になるかで揉めた事もあったそうです」
 知られざる事実に、夕映と木乃香が同時に首を傾げた。というのも、互いに『儂が名前をつけるんじゃ!』と口にしながら取っ組み合いをする祖父の姿を想像したからである。
 「ただ結局名前については御主人が決められましてね。2人とも、シンジの名付け親にはなれなかったんです。そこで2人は、別の事を考えつきましてね」
 「・・・とっても悪い予感がするですよ・・・」
 「2人揃って、孫娘をシンジの嫁にすると言いだしたんです」
 「お爺様ああああああ!」
 夕映が顔を真っ赤に染めながら吠えれば、木乃香は『私がお兄ちゃんのお嫁さん?』と呟く。だが2人にはすっかり忘れていた事があった。
 「ゆえ吉?木乃香?まさかシンジさんを狙っていたのかな?」
 「ななな、何を言うですか!」
 「ハ、ハルナ?」
 ハルナの放つ威圧感に、思わず後ずさる2人。そこへ『他愛のない、昔話ですよ』と詠春が苦笑いしながら仲裁に入る。
 「・・・木乃香のお父さん、ちょっと良いですか?」
 「ん?どうかしましたか?」
 「その写真には長瀬も写ってるんですけど、長瀬とシンジさんはどういう関係ですか?友人と書いてはありましたけど」
 和美の言葉に、詠春はしばらく考えた後、口を開いた。

同時刻、シンジside―
 楓がシンジを連れてきたのは、どこにでもあるような、ありふれた喫茶店だった。お客はほとんどおらず、閑散としている。
 「シンジ殿。拙者、シンジ殿に謝らねばならない事があるでござるよ」
 「どうしたの?」
 「相談とはウソでござる。実は、父上がシンジ殿と話をしたいと言っていたのでござる。それでシンジ殿を連れてきたでござるよ」
 「ああ、そう言う事だったんだ。分かったよ、お父さんに会えば良いんだね?」
 「感謝するでござる、父上は奥にいるでござるよ」
 楓の言う通り、奥に壮年の男性が、1人座っていた。スーツの上からでもハッキリと分かるほどの筋肉質の体。上に乗っている顔には、古傷が刻み込まれている。いかにも歴戦の戦士といった風貌の男性であった。
 「・・・近衛シンジと言います。貴方が長瀬さんのお父さんですか?」
 「そうだ。剣という。わざわざ来てくれてありがとう。何か飲むかね?」
 「ではアイスティーで」
 やがてアイスティーが運ばれてくるまでの間、剣はジッとシンジを見つめていた。その視線に気づいたシンジは、自分は何か目の前の人を不快にさせるような事をしたのだろうかと、内心で首を傾げていた。
 「父上。シンジ殿が困っているでござるよ」
 「む。いや、失礼した。あまりにもユイ殿に口元が似ていると思ったのでな」
 その言葉に、シンジが思わず立ち上がる。
 「待って貰いたい。私は君を困らせるつもりはないのだ。ただ・・・彼女の忘れ形見に会いたかっただけなのだ」
 「・・・母とは、知り合いなのですか?」
 「そうか、君は知らないんだね。碇という家の事を」
 湯気の立つコーヒーを口に運びながら、剣は口を開いた。
 「戦国時代、近衛家の従者の1人が、主の支援を受けて店を起こした。その従者には商才があり、おそらくは運も味方したのだろう。外国との貿易で財を築き、京都・堺を中心に利益を上げ、莫大な富を築き上げた。これが碇家の始まりだ」
 剣の説明に、シンジは黙って耳を傾けた。
 「だが明治になるまで、この国には盗賊や山賊、海賊と呼ばれる者達が多数、横行していた。その為、商人たちは常に護衛者を雇っていた。碇家もその例に漏れず、我々甲賀忍びと護衛の契約を交わしていたのだよ。ここまでは良いかな?」
 「はい、続けて下さい」
 「うむ。明治以降、この国からは賊の姿は瞬く間に消えていった。そうなると、私達の役目も変化を余儀なくされたのだ。商隊の護衛から、碇家の当主家族の護衛という形にね。忍びの才に優れた者であれば、書生や秘書、家政婦として碇家で働きながら護衛を。忍びとしての才を持たずに産まれてきてしまった者が里にいれば、碇家は手を差し伸べて働く場を用意してくれたりもしたのだよ。私がユイ殿を知っていたのは、彼女が私にとって妻の友人であり、同時に主だったからだよ」
 懐かしそうに語る剣。だがシンジは話に興味は持てても、油断だけはできなかった。剣は会いたかっただけと言っているが、それが真実である証拠はどこにも無いのだから。
 それを察したのか、剣は苦笑しながら口を開いた。
 「先ほども言ったと思うが、碇家は近衛家の従者が始まりだ。それを主である近衛家がスポンサーとなって商売を始めた訳だが、その理由は想像できるかね?」
 「・・・今風に言いかえれば、株主配当金、という所でしょうか?」
 「まあ、そのような物だ。近衛家は藤原北家の流れをくみ、関西呪術協会の長を束ねる家でもある。公卿として名門ではあるのだが、その内情は火の車に近い物があった。露骨に言ってしまえば、金を必要としていたのだよ。だから400年前の当主は、朝廷の権力による保護と開業資金を用意する代わりに、碇家を開いた従者から見返りとしての資金提供という約束を取り付けたのだ。そして、それは代々続けられてきた、と言う訳だ。そう、セカンド・インパクトが起きた、あの日までね」
 セカンド・インパクト。その言葉にシンジの肩が震える。
 「セカンド・インパクト。あれが全てを終わらせてしまった。あの大災害を生き残った碇家の住人は、ユイ殿とゲンドウ殿だけだった。商家としての碇家も被害を被った。そこでユイ殿は資産を全て始末し、収益性のある事業を近衛家や我々甲賀に譲渡し、他の資産は全て売り払ってセカンド・インパクト復興基金に匿名で募金してしまったのだ。だが資産が無くなったからと言って、つき合いまで消える訳ではない。むしろユイ殿が当主となった、僅か3年の間こそが、近衛家や私にとって、もっともつき合いが深かったように思うよ」
 「・・・そうだったんですか・・・」
 「ユイ殿が事故で命を落とされた後、我々甲賀忍びはゲンドウ殿を仮初の主として、恩を返そうと動いてきた。特にゲンドウ殿は、政治の裏舞台で動く事が仕事だったのでな、その手の護衛は必要不可欠だったのだ。だがそれも2015年をもって終わりを告げる事となった。ゲンドウ殿から自分への護衛は十分だ。これからやってくる事になる、息子の護衛をお願いしたいと言われてな」
 シンジの雰囲気が変わる。それを敏感に感じ取った剣は先手を取って言葉を続けた。
 「君が第3新東京市で何をしていたのか。それを改めて口にするつもりはない。楓にも伝えるつもりはない。それに我々甲賀忍びは、あくまでも碇家に恩義があるだけで、君が所属していた所に対しては、義務も義理も無い。それだけは信じて貰いたい」
 「・・・分かりました。信じます」
 「ありがとう。ただ私にとって誤算だったのは、全てが終わった後、君が失踪してしまった事だったのだよ。君には常に、甲賀忍びの中忍と呼ばれる者達を2人張り付けていたのだ。その2人が君に撒かれて姿を見失ったと報告を入れてきた時には、頭を悩ませてしまったものだ。あの頃は部下の怠慢や油断を原因と思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。楓から聞いてはいるが、相当に頭が切れるそうだね。尾行は君が意識して撒いたのではないのかな?」
 コトンと音を立てて、シンジがアイスティーをテーブルに置く。
 「ええ、その通りです。僕はMAGIと保安部・諜報部を撒くつもりで動きましたから」
 「参考までに、どうやって撒いたか教えて貰っても良いかな?」
 「・・・本部を出た後、僕は下ろせるだけのお金を下ろして、量販店で私服とカツラを買いました。その後、すぐにデパートのトイレで着替えて即席の変装をして、買った物とお金以外は全てトイレに置いて立ち去ったんです。僕の護衛の為に、色々な所に発信器がついていたのは知っていましたからね」
 シンジの雰囲気が、徐々に冷たくなっていく。楓はそうと察して軽く眼を見開いたが、剣は全く動じることなく正面からシンジを見据えていた。
 「その後は電車に乗って名古屋まで出ました。空港に向かい、中学生の制服に見えるような服装に着替えると、受付のお姉さんに機械の操作を教わりながら、3時間後に出る予定だった当日チケットの沖縄行きを購入しました。その後でもう一度変装し直して、今度は自分だけで端末を操作して、1時間後の北海道行きのチケットを買って、それに乗ったんですよ。同じような事を何度か繰り返して、最終的にはローカル線を乗り継いで京都へ向かいました」
 「それでは彼らも騙される訳だな。恐らくは受付の女性に口頭で確認して、安心してしまったのだろう」
 ヤレヤレと肩を竦める剣。覚めてしまったコーヒーに顔を顰めながら、グビッと飲み干すと、再びホットコーヒーを注文した。
 「君から、私に訊きたい事はあるかな?」
 「僕の事、どうやって探したんですか?恐らくはお嬢さん経由だと思いますが」
 「その通りだよ。君が失踪した後、私は全ての甲賀忍びに、君を捜索するように指示を出した。楓にも指示は出していたのだが、君は目元を隠し、姓も変えているだろう?碇という姓を耳にするまで、まさか当の本人だったとは思わなかったそうだ」
 「父上の言う通りでござる。拙者が父上から聞いていた『碇シンジ』の性格や行動は、シンジ殿とは対極でござった。何より彼が陰陽師として生きている等とは、全く想像もしていなかったのでござる。旅行前のあの一件が無ければ、恐らくはずっと気がつかなかったでござるよ」
 楓がニコッと笑いながら、あっけらかんと答える。その態度に、少なくとも楓はウソを言ってはいないだろうと、シンジは判断した。
 「もう1つ、聞きたい事があります。今後の僕との接し方についてです」
 「君は碇本家の最後にして、唯一の生き残りだ。だから我々としては、君に恩義を返す事で義理を果たそうと考えている。具体的に言うのであれば、楓を君の護衛者としてつけたいのだよ」
 「そう言う事でしたら、お断りします。お嬢さんの人生は、お嬢さんの物です。僕の為に浪費されて良い物ではありません。何より僕は、大きな義務を課された子供の末路と言う物を、身をもって理解しています。それを知りながら、受け入れる事など僕にはできない事です。それでも碇家への恩義を返すというのであれば、碇シンジは既に亡くなったと考えてください。今の僕は碇シンジではなく、近衛シンジですから」
 剣が面白そうにシンジを見つめ直す。それは碇ユイの忘れ形見ではなく、近衛シンジという1人の人間を見た瞬間であった。
 「そうか、君の言い分はよく理解できたよ。甲賀忍びとしては、碇シンジは亡くなった。そう捉える事にしよう。勿論、第3にも連絡を入れたりはしない。その約定をもって、甲賀の碇家への恩返しは終わりとしよう」
 「御理解いただけて何よりです」
 「今日は君に出会えて良かったよ。また縁が有れば何処かで会うかもしれないが、君の前途に幸せが有る事を願っている。元気でな」
 そう言うと、剣は領収書を手に、楓とともに席を立った。

 喫茶店を出てしばらく経った頃、楓は隣を歩く父に目を向けた。
 「父上、あれで良かったのでござるか?」
 「楓。その件なのだが、私は父親としてではなく、甲賀の長としてお前に命じなければならぬ事がある。楓、近衛シンジを守るのだ。あの少年は、あまりにも危うすぎる」
 「それはどういう意味でござるか?シンジ殿がかつて所属していたという組織が、何らかの関わりがあると?」
 楓の言葉に、剣が黙って首を振る。
 「私は、彼が第3新東京市でどのような時間を送ってきたのかを知っている。それを踏まえた上で、断言する。彼は異常なのだ。あのような半生を送ってきておきながら、お前の報告のような性格・行動をとれる訳がないのだよ」
 「で、でも実際にシンジ殿は・・・」
 「それが問題なのだよ。恐らく、あの性格は作った物。仮面を被っているような物なのだ。道化を演じ、面倒見が良い性格。それは全て演技なのだ」
 愕然とする楓。無意識のうちに足を止め、父親を凝視していた。
 「ならば、何故、そのような事をする必要がある?私が知っている碇シンジは、道化の如き行為には耐えられず、人との繋がりなど断ち切って孤独の中で生きてきた、極端なまでに内向的な少年だ。にも拘らず、そこまで表面を取り繕わなければならない理由とは、一体何なのだ?もし、彼が道を違えているのであれば、ユイ殿の為にも、過ちを正して導いてあげねばならぬのだ。それを果たしてこそ、我々は碇家に対して、本当の意味で恩義を返す事ができると思うのだよ」
 「分かったでござる。父上の命令、慎んで承るでござるよ」
 「頼むぞ。私は甲賀の長として、常に大局的な判断をしなければならぬ身。未だ子供であるお前には、辛い任務となるやもしれん。だがお前以外に託せる者がおらんのだ」
 楓は黙って頷くと、父の横に駆け寄り、ともに夕陽の照らす道を歩き出した。

その日の夜―
 詠春から電話で連絡を受けたシンジは、ホテルを抜け出すと詠春に指定された場所へと向かっていた。
 向かった先は、関西呪術協会の敷地内にある、地下牢である。
 出迎えた詠春に指示された場所へ、シンジは1人で向かった。
 「・・・何や、シンジか」
 「師匠。どうして逃げなかったんですか?自首したと聞きましたよ」
 「ハッ!何でウチが逃げんといかんのや!」
 地下牢にいたのは、今回の首謀者である天ヶ崎千草本人だった。符の類は全て取り上げられ、気を使えない特殊な地下牢に閉じ込められて、裁きの時を待っているのである。
 「ウチはな。西洋魔術師が憎いんや。ウチはアイツ等のせいで、お父はんとお母はんを失ったんや。あの時の悲しみと怒り、絶対に忘れる事なんてできへん。せやから、ウチはリョウメンスクナを使うて、東を叩き潰そう思ったんや」
 黙って聞くシンジに。そんな弟子の姿に、千草が不思議そうに問いかけた。
 「何や。責めんのか?どんな理由があっても、ウチが御嬢様を利用した事は、責められるべき事なんやから」
 だが、そこで千草は言葉を無くした。格子の向こう側にいる弟子の目から、流れ落ちる物があったから。
 「僕には師匠を責める事はできません。僕だって同じ事をしました。僕は友達を助けたかった。助けたかっただけなのに、父さんは僕の想いを無視した。僕にできたのは、友達が握り潰されるのを、黙って見ている事だけだった!」
 「シンジ、お前・・・」
 「何度も訴えた!トウジを殺したくない!お願いだから止めてよ!そう何度も訴えた!だけど、それは受け入れて貰えなかった。正義と言う大義名分の元に、僕はトウジが握り潰されるのを、見ている事しかできなかった!」
 弟子が初めて表に出した激情に、千草は居た堪れなくなって格子に走り寄った。格子には術が掛けられ、触れた者には耐え難い苦痛を及ぼすように細工が施されている。だがその苦痛を我慢してでも、千草はシンジに触れてやりたかった。
 「僕は行動しました。父さんの組織を相手取って恫喝し、テロと言われても仕方ない事をやってのけた。けど、僕は取り押さえられ、何もできずに終わりました。せめてもの反抗で組織を離れても、結局、その日の内に戻ったんです」
 「・・・お前も辛かったんやな・・・」
 「悲劇が・・・世界中から悲劇が無くなれば、僕達みたいな悲しい思いをする人はいなくなるんでしょうね」
 シンジが牢からスッと離れる。それを千草は黙って見送る事しかできない。
 「師匠。今までお世話になりました。僕は、僕が歩むべき道を見つけました」
 「シンジ?」
 「僕は悲劇を無くす為に戦います。詠春さんに拾われたこの命は、その為にあったと気付きましたから。陰陽道を学んだのは、この時の為だったと思うから。僕は近衛シンジではなく、碇シンジとして悲劇を無くそうと思います。その為に、僕は戦います。師匠、お体にはお気をつけ下さい。師匠が生きていて良かった、そう思える世界にしてみせますから」
 シンジは踵を返すと、千草の誰何の声に背を向けて、地下牢から立ち去った。

ホテル屋上―
 時間は深夜の2時。草木も眠る丑三つ時と呼ばれる時間。シンジはホテルの屋上で、人を待っていた。
 やがてギーッと音が鳴り、重い金属のドアが開く。
 その向こう側から、1人の少女が姿を見せた。
 「こんな時間に呼び出しとは、ハルナが聞いたら嫉妬するネ。シンジサン」
 「まあ、行為だけを見れば、嫉妬されても仕方がないね。僕は告白をする為に君を呼んだのだから」
 「フフ、それは元日の時の事カ?」
 クスクスと超が笑う。
 「僕は条件付きで、君と手を組もうと考えた。このまま世界が進んだ所で、10ある悲劇は、10のまま存在し続けるだろう。だがその悲劇を9にする為に悪の道を君が歩むと言うのなら、僕は君に味方する」
 「・・・何かあったカ?」
 「昨日の騒ぎ、君なら知っているんじゃないのか?」
 無言で超が頷く。昨日のリョウメンスクナ復活の一件は、超は自ら開発した小型偵察機械を使って、一部始終を目撃していたのである。
 「師匠の苦しみは、僕にとって共感できる物だった。だからこそ、あのような悲劇を味わう人達を、少しでも減らしたい。全てを無くせるなんて、僕は思っていない。でも少しだけなら、可能だと思うんだ」
 「・・・シンジサンの言う通りネ。私も全てを救えるなんて思てない。本物の神様であるシンジサンにだて出来なかたのに、ただの人間である私には不可能ヨ。でも悲劇を少しだけ無くすなら、私にも出来ると思たネ」
 「ならば、僕達は協力しあえる。そこで僕は、君の力を借りたい。今の僕には戦う為の力がない。悪の道を歩む為の武器が、今の僕には無いんだ。その為の力を、僕は自分の意思で封じてしまったから」
 上半身裸になり、呪刑縄を見せるシンジ。超は近寄り、その力を縛る鎖に、そっと手を触れさせた。
 「・・・これは解放できないカ?」
 「こんな事になるとは、全く思っていなかったからね。15の力には眠って貰った上で、鎖をかけたんだ。例えるなら、冬眠状態の熊を冷蔵庫に放り込んで鍵をかけたような物だよ」
 クスッと笑うシンジに『自業自得ネ』と超が返す。
 「超さん。僕の条件は2つだ。1つ目は僕と仮契約をして欲しい。僕を従者ミニステル・マギとする事で、僕にアーティファクトを与えて欲しいんだ」
 「それは面白いネ。魔法使いの歴史を紐解いても、神様を従者としたのは皆無の筈。それを悪の道を歩む私が為したとあれば、これほどの皮肉は無いネ。分かたヨ。その条件は呑むネ」
 「ありがとう。それともう1つだけど」
 シンジはポケットから試験管を取り出した。リョウメンスクナの肉片に、自らの血を注いだ物である。
 「このリョウメンスクナの肉片を培養して欲しい。ただ培養の為の滋養分には、僕の血液を使って欲しいんだ」
 「それは構わないが、どうするつもりネ?仲間となるなら、全てを話して欲しいヨ」
 「僕の狙いは、僕専用の人形だ。サードチルドレン碇シンジがエヴァ初号機を操ったように、今の僕が操れる人形が欲しいんだよ。シンクロシステムを利用できるようにね」
 その言葉に、超が不審そうに眉を顰める。シンクロシステムの真実は、超も未来の知識で知っている。だがシンジの意を受ける魂など、どこにも存在しない。
 「超さん。君は臓器移植を知っているね?」
 「それぐらいは知ているヨ。当然の知識ネ」
 「なら臓器移植を受けた患者の中に、趣味嗜好が変化したり、覚えのない記憶を得てしまった人達が実在している事も知っている筈」
 超が黙って頷く。最新の医学によれば、臓器にも記憶と同じ神経伝達回路が、僅かだが存在している事が発見されている。臓器移植を受けた患者に起きた変化は、本来の臓器の持ち主が持っていた、神経伝達回路までも接続してしまった為に起きた現象なのではないかという学説である。
 「超さん。僕の体から必要な『部品』を採取して、その肉片と組み合わせて人形を作って欲しいんだよ」
 「本気で言てるカ!?それが何を意味しているのか、分からない貴方ではない筈ネ!」
 「僕は本気だよ。初号機は僕と、母さんの魂―心がシンクロする事で動いていた。それならば、僕と、人形に宿った僕の心がシンクロしても不思議はない。違うか?」
 シンジの言い分は、超にも理解できた。だがおいそれと頷ける内容ではない。なぜならシンジのいう『部品』を採取するという行為は、シンジの体を生きながらにして切り開き、各種臓器から細胞片を採取すると言う事なのだから。
 何より、心の大部分は脳細胞に存在している。ならば、当然の帰結として、シンジの頭蓋をも切り開く必要がある。その事に、超はすぐに気がついたのである。
 だがそれは、間違いなく悪魔の所業であった。
 超がどれだけ頭が良かろうと、どれだけ悲惨な経験をしていても、どれだけ精神的に大人びていても、どれだけ悲壮な決意を固めていても、彼女自身は14歳の少女である。
目的の為に自分を悪に貶める事は出来る。
目的をなしえた結果、生じる罪を背負う事も出来る。
だが例え本人が望んでいても、仲間の体を切り開くという行為は、彼女の覚悟を大きく超えていた。
超は顔を俯け、黙り込む。その両手は爪が食い込む程に握りこまれていた。
「覚悟は決めてきた。師匠の様な悲しい思いをする人達が少しでも減ってくれるなら、僕は喜んでこの体を利用する。お願いだ、超さん。僕を材料に人形を作って欲しい」
「・・・少しだけ、少しだけ考える時間を欲しいネ」
「分かったよ。これは渡しておく。良い返事を待っているから。それと、辛い決断を迫ってしまってゴメン」
そう告げると、シンジは屋上から姿を消した。

翌日。修学旅行5日目―
 エヴァンジェリンと茶々丸を加えた一行は、新幹線に乗って、一路、麻帆良を目指して新幹線に乗っていた。
 シンジの隣には、ちゃっかりとハルナが座っている。新田も新幹線内を巡回中に気付いたが、敢えて気付かないフリをしていた。ハルナが本気である事、何よりユイの忘れ形見であるシンジに、幸せになって欲しかったからである。
 「シンジさん。京都はどうだった?」
 「・・・色々あったかな。でも自分が歩む道を見つけられたのは、幸いだったよ」
 シンジが目を瞑りながら、背もたれに体重を預ける。
 「お兄ちゃん」
 眼を開けると、そこには夕映とのどかを引き連れた木乃香が立っていた。
 「木乃香か、どうかしたの?」
 「この写真、受け取って。お父様には許可は貰ってあるんや」
 シンジに渡されたのは、木乃香の母のアルバムに仕舞われていた集合写真だった。裏面に目を向け、そこに書かれていた内容にシンジが苦笑いする。
 「長瀬さんどころか、まさかおでこちゃんまで繋がりがあったとはね」
 「む。私では不満があるですか?」
 「いやいや。この頃のおでこちゃんは、随分と積極的なんだなあと思っただけだよ」
 その言葉に『何を訳の分からない事を言ってるですか!』と夕映が噴火する。その剣幕に、何だ何だと少女達が集まりだす。
 「綾瀬、何があったのよ?」
 「な、何でも無いですよ!」
 「ウソ言わない!シンジさん、何かあったんでしょ?」
 裕奈の言葉に、シンジが笑いながら写真を手渡した。
 「だ、ダメです!」
 「はい、どうぞ」
 「お、ありがとう。何これ、随分古い・・・ええ!?」
 裕奈の悲鳴に近い叫びに、周囲も慌てて写真を覗きこんだ。特に好奇心旺盛なまき絵や鳴滝姉妹は『見せて見せて』と猛アピールする。
 「ゆえ吉がキスしてる!?」
 「そっちですか!」
 「冗談だよ。それにしても、へえ・・・」
 ニヤリと笑う少女達。シンジは肩を竦め、夕映は顔を赤くして憤慨したままである。
 「これはもう1人の当事者にも話しを聞いてみたい所だね」
 「そうだよ!楓姉はどうなのさ!」
 写真を手に、風香は楓に突撃する。写真をチラッと見た楓は、笑いながら答えた。
 「そうでござるな。ファーストキスを捧げた以上は、責任を取って貰うでござるかな?」
 「「「「「「おおおおおお!?」」」」」」
 「冗談でござるよ。この程度、小さい頃にお風呂へ一緒に入ったという程度ではござらぬか」
 アハハハと笑いだす裕奈達。楓のそつの無い対応に、夕映は『過剰反応しすぎたです』と自己反省する。
 「まあ、シンジ殿が望むのであれば、吝かではないでござるが」
 「「「「「「何いいいい!?」」」」」」
 「反応が良すぎるでござるよ」
 色恋沙汰に首を突っ込みたがる級友に、楓は苦笑するしかない。視線を向ければ、シンジも同感だとばかりに笑っていた。
 (・・・この笑顔が、作り物?そんな事は無いと思いたいでござるが・・・)



To be continued...
(2012.02.18 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 京都編は今回で終了となります。ネギ達にしてみればハッピーエンドなのですが、シンジと超にとっては新たな戦いという展開を迎える終わり方にしました。それにしても、我ながらウチのシンジ君は自虐癖が強すぎますなあw
 あと天ヶ崎千草と、今作から登場した楓の父・剣の2人については今後も登場させていきます。個人的には千草は原作でも好きなキャラだったんですが、再登場が無かったんですよねえ・・・出番を増やしてたのは、その辺りも理由だったりします。
 話は変わって次回ですが、一度、登場人物を整理する為に、基本設定を再アップさせて頂きます。なので24話は再来週になります。
 ですが24話の予告だけはさせて頂きます。
 京都から帰ってきた子供達は、それぞれの目的の為に動き出す。シンジは悪の魔法使いの従者に相応しい武器を手に入れる為、人形遣いに弟子入りする。そしてネギもまた更なる魔法使いとしての力を求めて弟子入りを願うが・・・そんな感じの話になります。
 それではまた次回も宜しくお願い致します。



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