正反対の兄弟

第二十四話

presented by 紫雲様


修学旅行の翌日―
 カリカリと言う音に、アスナは眼を覚ました。音のする方向へ視線を向けると、そこには机に向かっているネギの姿があった。
 興味を惹かれたアスナは、彼女が寝ていたベッドから、躊躇う素振りも見せずにネギのいるロフトに飛び移る。
 「このロフト、いつのまにかアンタとカモの家になったわね」
 時間はもうすぐ昼の12時。少し空腹を覚えた彼女は、机の上に無造作に置かれていたチョコに気付き、1つ手に取るとポイッと口の中へ放り込む。
 「アスナさん、これを見て下さい」
 ネギがバサッと開いたのは、一枚の地図だった。
 「何それ・・・って、ちょっとまって。これひょっとして」
 「そうです。これは麻帆良学園の地図なんですよ。それも図書館島の最深部まで網羅した、精緻な地図なんです。京都から帰る時に、長さんから戴いたんですが、これは父さんがあの部屋へ来た時に研究していた物だそうです」
 「ふーん・・・ねえ、ネギ。アンタ、妙にウキウキしてない?」
 その言葉に、ネギが照れ隠しのように『アハハ、分かります?』と返す。
 「父さんの家でこれを見つけて、僕、すごくやる気が出てきちゃったんです。京都では色々考えさせられましたし、先生としても、魔法使いとしても、今のままではいけないと思ったんです。見てて下さいね、アスナさん」
 アスナの顔が、うっすらと朱に染まる。そこへ『ピンポーン』というインターホンの音が鳴り、アスナの返事も待たずにあやかと和美、さよが入ってくる。
 「お邪魔いたします、ネギ先生。折角の日曜日、お茶など御一緒にいかがですが?」
 「アスナ~アンタ、まっ昼間からパジャマ?」
 「おはよ~ございます~」
 「いいんちょ、勝手に上がり込むな!それから朝倉!私が何を着ていようと自由でしょうが!あとさよちゃん!もうお昼だから今はこんにちはだよ!」
 ツッコミに激しいアスナ。その一方で、あやかの連れてきたメイドが、紅茶の用意に入る。だが来客は2人だけではなかった。
 まき絵・亜子・裕奈・アキラの運動部4人と、円・美砂・桜子チア部3人娘、更には何故か忍者装束姿の鳴滝姉妹がネギを遊びへ誘いに来たのである。
 瞬く間に膨れ上がった室内に、買い物から帰って来た木乃香と刹那が目を白黒させる。
 そんな状況に、アスナの怒りのゲージが沸点に達しようとした。
 「アンタらは・・・」
 「まあまあ、怒らないの。実を言うと、シンジさんも誘おうと思ったんだけど、留守だったんで連れてこれなかったのよ」
 「留守?あの人が?」
 「そうなんだよね。パルが『何でいないの!?』って叫んでたわ」
 シンジの姿を求めて学園中を走り回るハルナと、その背中を追いかける2人の少女。そんな光景を脳裏に浮かべた少女達から、一斉に笑い声が上がる。和やかな雰囲気の中、ネギが面白そうに口を開いた。
 「それにしても京都では驚きました。シンジさんと繋がりのある人が、あんなにいたなんて思わなかったですよ。木乃香さんは親戚だし、長瀬さんと綾瀬さんと新田先生はシンジさんのお母さんが知り合いだし・・・」
 「そういえばそうよね。たしかエヴァちゃんも知り合いだって、木乃香のお父さんが言ってたわね」
 「本当に人の縁とは不思議ですわね」
 あやかの言葉に、後ろいたアキラ達がコクコクと頷いてみせる。だがただ1人、裕奈は微妙な笑顔を作っていた。
 「裕奈、アンタ何かあったの?」
 「アッハッハ。実はその知り合いに、私も入っていた事が判明しました!」
 「「「「「「えええええええ!?」」」」」」
 その場にいた全員から、驚愕の叫び声が上がる。
 「昨日さ、お父さんとこにお土産渡しに帰ったんだよね。それで新田先生とシンジさんの話をしたら、お父さんが驚いちゃって」
 「ど、どういう事よ!」
 「実は、お父さんって碇ユイさんて人の事、知ってたのよ。大学時代から、シンジさんのお母さんは天才として有名だったみたいでね。その頃から学会にも顔をだしていたそうなの。そんな時に話をする機会が有って知り合いになって、それから一緒に仕事をした事もあったみたいで」
 『うわあ・・・』と天を仰ぐ一同。3-Aは総勢31名構成だが、その内、既に5名と繋がりがあるのである。ある意味、この確率の高さには不気味さすら感じるほどである。
 「もしかしたら、まだまだシンジさんと繋がりが有る人っているのかもしれませんね」
 「それはあり得るわね。シンジさんのお母さんて、天才科学者だったんでしょう?東方の何とかと言われるぐらいに。聡美ちゃん辺りなら、名前ぐらい知ってるかも」
 「そうそう、それで思い出した」
 和美がゴソゴソと取材用手帳を取り出す。
 「ユイさんの二つ名である『東方の三賢者』ってのを調べてみたのよ。情報工学を専攻していた赤木ナオコ博士。この人は裕奈のお父さんの大先輩に当たる方ね。それから生物工学を専攻していた碇ユイ博士と惣流・キョウコ・ツェペリン博士。この3名に付けられた異名な訳」
 「赤木ナオコ博士?朝倉さん、その方は生体コンピューターの生みの親と言われる方ではありませんか?」
 「いいんちょ大正解!世界中に10台とない、第7世代有機型コンピューターの開発者だよ。性能については、スパコンでは太刀打ちできないほどの高性能さと、それに見合う費用のせいで、国連常任理事国と第2新東京市と第3新東京市にしか置かれていない、あれだよ」
 「そんな方に比肩されるほどの方だったんですか?近衛さんのお母さんは」
 すっかり感心しきったあやか。とは言え、周囲には有機型コンピューターと言われても、ピンとこないメンバーが大半を占めている。なので和美が『クローン培養した脳味噌を利用しているから、生体コンピューターって言うんだよ』と説明すると『いやあ!気持ち悪い!』と悲鳴が上がった。
 「ただ3人とも、2003年に不慮の死を遂げているのよ。ユイさんは実験中の事故死、赤木博士と惣流博士は自殺。才能には恵まれていたけど、幸せとは縁遠かったのかもしれないね」
 生々しい言葉に、部屋中がシーンと静まり返る。
 「それとね、もう1つ『碇』という家についても詳しく調べて見たんだけどさ。これが物の見事に大ヒット!いいんちょ、貴女もシンジさんと関係があったわよ!」
 「何ですって!?」
 「碇家っていうのは、京都・大阪を中心とした、巨大財閥だったの。そこの1人娘が碇ユイさん。そして碇家は、いいんちょの実家と業務提携をしてたのよ。当然、いいんちょの両親なら、ユイさんの事を知っていると思うよ?」
 唖然とするあやかに、和美は畳みかけるように続ける。
 「ただセカンド・インパクトが起きた時、碇家の被害は凄まじい物で、廃業を余儀なくされたの。そこで唯一の碇家の生き残りとなったユイさんは、資産を全て処分して、復興基金に募金してしまい、自分は研究者として生きる事にしたらしいの」
 「そんな事があったのですか・・・」
 「しっかし、とんでもない繋がりよねユイさんって。確かに美人だけど、ここまで人脈が豊富だと、もう笑うしかないわ」

エヴァンジェリン邸―
 倉庫に置かれていたEVANGELINE’S RESORTの中に、シンジはいた。京都でエヴァンジェリンから取り付けた約束を口実に、取引をする為である。
 「ふむ。大分マシになってきたが、まだ1体が限度だな」
 「ですね。まあ今日始めたばかりですから、仕方ないかもしれませんが」
 シンジの傍には茶々ゼロが座って『セイゼイ頑張レヤ』と言いながら、ジッとシンジの修業風景を眺めていた。
 戦闘狂バトルマニアな茶々ゼロがジッとしているのには理由がある。碇ユイが赤ん坊とともに来訪した時、茶々丸はまだおらず、エヴァンジェリンと2人で暮らしていた。それ故に、碇ユイとその赤ん坊は、茶々ゼロにとっても強い興味の対象となったのである。
 特に赤ん坊は、茶々ゼロにとって不思議な存在だった。
 どんなに恫喝しても、赤ん坊は嬉しそうにキャッキャッと笑うばかりなのである。やがて茶々ゼロもナイフを手放し、小さな手を握ってあやす様になった。それほどまでに、自分を恐れない赤ん坊という存在は、茶々ゼロにとって衝撃だったのである。
 その赤ん坊が、目の前の少年だと知って以来、茶々ゼロは色々と考えるようになった。こうしてシンジの修業風景を眺めるのも、その答えを茶々ゼロなりに見出そうとしているからである。
 「当面は、それを片手で操れるようになる事だな。お前は物覚えは良いから、あとは慣れる事を重点的に行うべきだ」
 「そうします」
 「ふん。まあ約束だからな。それより何でまた、人形使いの技術に拘った?お前にはあの『人形制作者ドールメイカー』があるだろう?」
 エヴァンジェリンの質問に、シンジは練習を続けながら応えた。
 「あれは強力な代わりに、致命的な弱点が有りますから。とても実戦的とは言えないんですよ」
 「ほう、そうなのか?」
 「ええ。あれが使えるのは1度に1体だけ、それも人間のような形をしている事が最低条件です。更には接触しないといけないという条件もある。どう考えても、使い勝手が悪すぎるんですよ。まあ条件が厳しい分、効果は異様なほどに強力ではありますが」
 『人形制作者ドールメイカー』の弱点に、エヴァンジェリンがフンと鼻を鳴らす。
 「だがそれなら、攻撃用の陰陽術を学ぶ方が早いだろう。何より、威力が桁違いだ」
 「・・・上手く言えないんですけど、人形に縁が深いせいですかね。何かを操って戦う方が、性に合っているんです。強いて理由を挙げるとすれば、そんな所ですか」
 「趣味嗜好と言う訳か。ならば私には何も言えんな」
 目の前で修業を続ける長身の少年の姿に、エヴァンジェリンは過去の少年をダブらせた。母親の胸に抱かれて、スヤスヤ眠っていた赤ん坊。小さい手を必死で伸ばして、エヴァンジェリンの顔をペタペタと触り、無邪気に笑っていた赤ん坊の事を。
 その赤ん坊の成れの果てが、目の前にいる少年だった。
 これまでの間に、何が有ったのかエヴァンジェリンは訊ねない。自分の最盛期の魔力を上回る程の気の容量と、吸血鬼なみの再生速度を持つ体。シンジの言葉によれば『人間を辞めさせられた』と言う事だったが、エヴァンジェリンにだけは、その言葉の重みが共感できた。
 (・・・碇ユイ。何故、お前は死んでしまったのだ・・・)
 目の前で修業を続けるかつての赤ん坊の姿に、エヴァンジェリンは複雑な想いを抱えてジッと見続けていた。

修業終了後―
 修行場から出てきたエヴァンジェリンは、ネギとアスナが訪問に来たと茶々丸から知らせを受けてリビングに姿を見せた。
 「何の用だ?」
 「実は、エヴァンジェリンさんの弟子にして欲しいんです!」
 「アホか貴様。一応、貴様と私は敵同士。サウザンドマスターにも恨みが有る。戦い方を覚えたいなら、タカミチにでも師事するんだな」
 床に片膝を着いて頭を下げているネギを、エヴァンジェリンは『そんな面倒臭い事やってられるか』とばかりに突き放す。
 「それを承知で来ました!京都での戦いを見て、魔法使いとして戦い方を学ぶなら、エヴァンジェリンさんしかいないと思ったんです!」
 「・・・つまり、私の強さに感動した、と?」
 「はい!」
 自尊心を擽られ、少しだけエヴァンジェリンの機嫌が良くなる。この辺り、600年生きてはいても、肉体年齢に引きずられがちな子供っぽさが見え隠れしている。
 「そうだな。まずは足を嘗めて貰おうか。我が僕として永遠の忠誠を誓え。話しはそれからだ」
 「アホかーーーー!」
 ハマノツルギを呼び出したアスナが、エヴァンジェリンに激しい突っ込みを入れる。魔法障壁をいとも簡単に突破されたエヴァンジェリンは『へぶう!?』という叫び声をあげながら吹き飛んだ。
 「か、神楽坂明日菜!真祖の魔法障壁をいとも簡単に突破するな!」
 「ちょっとエヴァちゃん!ネギが一生懸命頼んでるのに、無視は酷いんじゃない!?」
 「頭を下げたぐらいで物事が通るなら、苦労はせんわ!それより貴様、ぼーやにホレたか?10歳のガキだぞ?」
 「な!?」
 顔面を真っ赤に染め上げる明日菜。その様子に、エヴァンジェリンが面白そうに笑いだす。
 「どうした!耳まで赤くなっているぞ、可愛いじゃないか!神楽坂明日菜!」
 「ち、違うわよ!」
 スパーンと一閃するハマノツルギ。再び魔法障壁を突破されたエヴァンジェリンが、今度は床をゴロゴロと転がっていく。
 「あああああ、ど、どうしたら良いんでしょうか・・・」
 「マスターに物理的な突っ込みを入れられるのは、アスナさんだけですね」
 床で取っ組み合いを始めた主と同級生の姿に、メイド姿の茶々丸が冷静に指摘する。
 互いに頬を掴みながら、床を転げまわるアスナとエヴァンジェリン。だがしばらく経つと、エヴァンジェリンはアスナから手を離して静かに立ち上がった。
 「仕方無い。なら土曜日にもう一度来い。弟子入りのテストをしてやる」
 「ありがとうございます!」

ログハウスから意気揚々と引き上げて行くネギ達を、窓越しに眺めていたエヴァンジェリン。その背中にシンジは声をかけた。
「素直に弟子にするのは癪が障りますか?」
「む・・・」
「授業料として血を貰えば良いじゃないですか。立派な等価交換なのに」
 シンジの言葉に、頷きかけたエヴァンジェリンだったが、ブルブルと首を振った。
 「私は弟子等面倒臭いんだ。お前は約束したから別だが、私は坊やとは何の約束もしておらんぞ」
 「だからこその等価交換、取引が成り立つと思うんですけどね。ああ、茶々丸さん、紅茶ありがとう」
 「いえ、どう致しまして」
 『紅茶は茶々丸さんに負けるなあ』と言いながら口をつけるシンジに、茶々丸が嬉しそうに笑顔を作る。
 「それより、少しは慣れたか?」
 「ダッテヨ。見セテヤレヨ」
 エヴァンジェリンの言葉に、シンジが右手をクイッと動かす。すると近くにあったクマのヌイグルミがスクッと立ち上がり、ヨタヨタと歩いてきた。
 「ほう、そこまで行ったか」
 「少々反則手段を使いましたけどね。エヴァンジェリンさんの見せてくれたお手本を写真記憶で一つ一つ思いだして分析。判明した効率的な動かし方を、自分に『人形制作者ドールマスター』をかける事で再現して、何度も反復しましたよ」
 「なるほどな。それは効率の良い修行法だ。お前ならでは、だな」
 「まあ体が忘れない様に、練習あるのみですけどね」
 そんなシンジの膝の上には、茶々ゼロが座っておりしっかりと居場所を確保している。
 「目標としては今週中に、3体は操れるようになりたいですね」
 「ま、精々、頑張るんだな。修行場が必要なら、いつでもアレを使いに来れば良い」
 「ええ、そうします。ところで、もう1つ相談があるんですが」
 『続けろ』と顎で指示するエヴァンジェリン。その態度に、シンジは甘えた。
 「仮契約の魔法陣ですが、特殊な材料とかは必要なんですか?」
 「仮契約だと?お前、何を考えている?」
 「超さんの従者ミニステル・マギになろうと思うんです」
 ブホッと紅茶を噴き出すエヴァンジェリン。主の醜態に、茶々丸がハンカチを取り出して、服に付着した紅茶を拭っていく。
 「超鈴音の従者だと!?」
 「ええ。京都で色々考える事が有りましてね。超さんの仲間になる事に決めました。そうなると、僕は悪の魔法使いの従者になる訳ですから、やはり武器が必要となります」
 「それで仮契約か。だが良いのか?早乙女はどうするつもりだ?」
 エヴァンジェリンの言葉に、シンジは眼を伏せながら応える。
 「僕では彼女の想いに応えられません。僕の手は、血と罪で汚れすぎていますから」
 「・・・まあ、その辺りの事はお前の問題だからな。私がどうこう言う事ではないか。仮契約に必要な物なら、私の所にある。また超と一緒にここへ来るがいい」
 「分かりました、ありがとうございます」

同時刻、図書館島―
京都で手に入れた図書館島の地図。だがナギがどうして図書館島の調査をしていたのか?その答えをなかなか辿り着けないネギは、図書館島へ来ていた。正面入り口の脇にある閲覧室へ入ると、そこには約束していた夕映とハルナの2人が待っていた。
 「お待たせしまた、みなさん」
 「やっほー、ネギ先生♪」
 「それで、見せたい物とは何ですか?」
 問われたネギが、ガサガサと音を立てながら、テーブルに地図を広げる。さすがに図書館探検部所属だけあり、その地図が何なのか、すぐに気がついた。
 「これは父さんに繋がる手掛かりなんです」
 「・・・もし、これが本物なら、図書館島以上の秘密が、この学園には隠されている事になりますね」
 「それにしても、大学部の人でも、こんな地図は持ってないよ!」
 図書館島最下層すらも網羅した地図に、ハルナが興奮のあまり思わず叫んでしまう。そこへ席を外していたのどかが戻ってきた。
 「ゆえゆえ、トマトミルクは無かったよ・・・ってネギ先生!」
 「「こんにちは!」」
 のどかとネギが同時に頭を下げて、ゴツンッという鈍い音が室内に響く。お互いに謝罪を始めた2人の姿に、胸にモヤモヤした物を感じるアスナ。それに気付いたハルナがニヤニヤと笑いだした。
 「ネギ先生、のどかの事が気になってるみたいね・・・むむ、匂う!匂うわよ!そっちからも淡く甘酸っぱいラヴ臭が!」
 「ラヴ臭!?何ですかその嫌なネーミングは!」
 「そんなもんしないわよ!第一、ラブ臭を一番発生させてるのはアンタでしょうが!」
 的確すぎるツッコミに、思わず口籠るハルナであった。
 その後、自室に帰るまでの間、ネギの顔が接近する度に、アスナは動悸が激しくなり、ハルナの言うラブ臭を発散させる事になる。それが朝食べた惚れ薬効果のあるチョコレートのせいだと知った彼女は、チョコの持ち主であるカモを折檻したそうだが、それはまた別の話。

翌朝―
 ネギはアスナや木乃香、シンジとともに登校していた。その途中、偶然にも高台を通りかかったネギは、無数の男達に囲まれている古菲の存在に気がついた。
 「ああ!古菲さんが悪そうな人達に囲まれてる!」
 「ネギ坊主。落ち着くでござる。あれはいつもの事でござるよ」
 楓が人差し指を立てながら、ネギの後ろのヒョコッと現れる。
 「古は学園の格闘大会で優勝してるから、あのように挑戦者が後を絶たないでござるよ」
 『今日こそ勝たせて貰うぞ!中武研部長、古菲!』
 四方八方から集団で襲いかかる高等部や大学部の格闘系クラブメンバー達。だがその全てを、古菲は紙一重で躱わしつつ、カウンター攻撃で全員を一撃で倒していく。
 その手際の鮮やかさに、古菲が戦う所を初めて見たアスナや木乃香も、呆然と見ている事しかできなかった。
 「相変わらず凄いね、古菲さんは。格闘自体が好きで、才能もあるんだろうけど、それ以上に努力したんだろうね」
 「シンジ殿の言う通りでござるよ。古菲殿は格闘家としては、女性と言う筋力的な弱点を抱えているでござる。それを補う為に、死に物狂いで修業をしてきた筈でござる」
 「全く凄いな。僕には真似できないよ」
 基本的に、周囲の状況に流されるままに生きてきたシンジにとって、努力というのは縁遠い物である。他にやる事が無かったから勉強などはしてきた物の、それは全て目標があって積み重ねてきた訳ではない。
 「そうなのでござるか?料理だって日々の積み重ねでござろう?」
 「僕の場合は、他にやる事がなかっただけだからね。目標に邁進した訳ではないのだから、努力とは言えないよ。単なる消化日程、ってとこかな」
 そんな2人の前では、古の強さに目を見張ったネギが階段を駆け下りていた。ネギはそのまま古菲に近寄ると『おはようございます』と挨拶をする。
 「おお、ネギ坊主!你早ニーツァオ!」
 挨拶を返す古。だがネギの後ろで、挑戦者の1人が立ち上がり、ネギを巻き込む勢いで決死の特攻を仕掛ける。
 「うひゃあ!」
 「炮拳パオチュアン!」
 古の右拳が挑戦者の鳩尾に突き刺さり、悶絶しながら崩れ落ちる。
 「つ、強いですね。古菲さん」
 「ニャハハ。楓や真名には叶わないアルよ」
 「そ、そうなんですか?こんなに強いのに・・・」
 ネギは呆然と、古を見上げていた。

放課後―
 ネギから『放課後、世界樹広場に来て貰えますか?』と頼まれた古は、約束の時間になると私服に着替えて広場で待っていた。
 世界樹広場は告白スポットという事もあり、茂みには『ネギ先生が古菲に告白するのでは?』と考えた。物見高い少女達がしっかりと隠れている。そこには何故か、ハルナに連行されたシンジもいた。
 「1つ教えて。何で僕を強制連行したの?」
 「何で?シンジさんは気にならないの!?弟分のネギ先生が、告白するかもしれないというのに!?」
 「・・・それは幾らなんでも無いと思うけどなあ・・・」
 とは言え、ここにいる以上、見つかる訳にはいかないので、シンジも体を小さく縮こまらせる。
 「お待たせしました、古菲さん!」
 (お、ネギ君来たよ!私服姿も可愛い!)
 非常に珍しい私服のネギに、まき絵やあやかを中心に賛同が集まる。
 「ところでネギ坊主。今日はどんな用件アルか?」
 「ええ、実は・・・やあ!」
 突然、ネギがパンチを放つ。完璧な不意打ちだったが、古には全く通用しない。紙一重で受け流すと、ネギの右腕を抱え込むように右手を伸ばしてネギの左手首を捕縛。同時に空いていた左手で、ネギの後頭部目がけて掌手を軽く当てる。
 (ああ!抱きついた!)
 茂みに隠れた野次馬達から、どよめきの声が上がる。特にあやかに至っては、怒りで目尻が釣り上がっていた。
 「ネギ坊主。イキナリ生徒に正拳突きはマズイと違うアルか?」
 「さ、さすがです。実は僕、古菲さんに」
 (((ああ!やっぱり告白!?)))
 茂みに隠れていた野次馬達が思わず立ち上がろうとする。だが―
 「オーイ、ネギ!」
 「あ、アスナさん!」
 慌てて隠れ直す野次馬組。その慌てっぷりに、ずっとしゃがんでいたシンジが、小さく溜息を吐く。
 「今から木乃香と刹那さんと一緒にボーリング行くのよ!あんたも来る?」
 「くーちゃんも行かへん?」
 「お、良いネー、行くアル行くアル!」

ボーリング場―
 野次馬組は決定的な瞬間を逃してなるものかと、勢いでネギ達に合流し、近場のボーリング場へとやって来ていた。その数、実にクラスの半分以上である。
 だが、ここで問題が発生した。
 「早乙女さん。ボーリングってどうやって遊ぶの?」
 「・・・ひょっとして初めて?」
 「全くの初心者。今日が初めて」
 シンジの言葉に、凍りつく少女達。五月や聡美、楓すらも遊んだ事が有るにも関わらず、シンジは一度もボーリングをした事が無かった。
 「とりあえず、靴を借りれば良いのかな?」
 「そうそう、私が教えてあげる!」
 これ幸いとばかりに、シンジの指導員に志願するハルナ。周囲が一斉にニヤッと笑う。
 「パル!シンジさんを任せても良い?」
 「OK!」
 アスナの問いかけに、サムズアップで応えるハルナ。そんな2人を横目に、早くもゲームを開始する少女達である。
 そして―
 パカーン!
 甲高い音とともに、ピンが全て薙ぎ倒される。
 「古菲凄い!7連続ストライクだよ!」
 「凄いです!古菲さん!」
 「にょほほ❤任せるアルよ!」
 素直に感心しているネギに、Vサインを送る古菲。その良い雰囲気に、同じレーンで勝負していたあやかから、嫉妬の籠った殺気が放たれる。
 「もう我慢できません!古菲さん、勝負ですわ!」
 「バカ大爆発!?」
 「良いですわね、お2人とも!負けた者は諦める!恨みっこなしですわよ!」
 いきなり勝負に巻き込まれたのどかとまき絵にしてみれば、堪ったものではない。2人は反対するが、頭に血を上らせたあやかには通じない。
 ネギを賭けたボーリング勝負は、パカーンパカーンと小気味よい音が立て続けに響き、のどか以外はハイレベルな争いを見せる。その熾烈さに、周囲からも歓声が上がる。
 そこへ、やっとボールと靴を用意できたシンジが、ハルナとともにやってきた。
 「・・・何でこんなに殺気だってるの?」
 「実は・・・」
 五月の説明に、呆れたように笑うシンジである。
 「しばらく放っておこう。どう考えても、雪広さんの1人相撲だからね」
 「・・・やっぱりそう思いますか?」
 「それ以外に何があるのさ。ま、いいや。早乙女さん、このボールはどうやって投げれば良いのかな?」
 熾烈な恋のさや当てをよそに、ノンビリしたペースで遊んでいた五月・夕映・聡美のレーンに参加したシンジは、記念すべき第一投を投じようとして振りかぶり―見事指からボールがすっぽ抜けて後ろへボールが飛んでいくという大惨事を引き起こしていた。
 結局ボーリング勝負は、あやか269、まき絵229、のどか17というスコアに対し、古菲は300というパーフェクト勝利を達成した。
 敗北のショックで燃え尽きたあやかは床へ崩れ落ち、まき絵は『勝てる訳ないよ~』とのどかとともに涙している。
 「あの、古菲さん」
 「どうしたアルか?ネギ坊主」
 「さっき言おうとした事なんですけど、僕に中国拳法を教えて欲しいんです」
 ネギの言葉に、古菲に勝負を挑んだ3人が凍りつく。その傍らでは夕映が『やっぱり』とばかりに肩を竦めていた。

翌日―
 広場では古相手に、ネギが必死になって組手をしていた。というのも、ネギが早朝に中国拳法の自主練をしていたのをエヴァンジェリンが目撃し『何だ、カンフーの修業をするのか。ならば私への弟子入りは白紙でいいな。子供にはカンフーごっこがお似合いだよ』と発言。それを偶然、その場にいたまき絵が『エヴァちゃんこそ子供じゃない!ネギ君ならエヴァちゃんに教わらなくても達人になれるもん!』とエヴァンジェリンを挑発。結果としてネギは3日後に『茶々丸に一撃を入れる事』を弟子入りテストの課題とされてしまったのである。
 「しかし、大変な事になったもんだねえ。まあエヴァンジェリンさんの気持ちは理解できなくも無いけど」
 肩に茶々ゼロを乗せたシンジが、修業風景を眺めながら口を開いた。ちなみに茶々ゼロがシンジと一緒にいるのは、シンジの事を気にいった為である。シンジの方も茶々ゼロを知らない相手に対しては『最近、趣味で始めた腹話術の練習用人形』と説明している。なので茶々ゼロが恫喝しても、全く問題にはなっていない。
 「やっぱり、焼きもち?」
 「それもあるけど、きっと自分が身につけている戦闘技術の全てを教えたかったんだと思うよ?敢えて言うならエヴァンジェリン流総合戦闘術、って所かな。それを格闘は古菲さん、魔法はエヴァンジェリンさんと分担しちゃった訳でしょ。これじゃあエヴァンジェリン流総合戦闘術じゃなくて、ネギ流総合戦闘術になるんだから、ねえ?」
 「ああ、なるほど。そう言う事か。それはエヴァちゃんが不満を感じるのも仕方ないわよね」
 シンジの隣で修業風景を眺めていたアスナ・刹那・木乃香が納得したように頷いた。
 「ネギくーん!お弁当、たくさん作ってきたよ!」
 そう叫びながら、重箱を持ってきたのはまき絵である。後ろには寮で同室の亜子が、同じように重箱を用意していたのだが、その数は合計20段にもなる。
 「こらこら。君達はネギ君を子豚にするつもりなのかい?」
 「ちょ、ちょっと作りすぎたかな?」
 「しょうがないな、少し協力してあげるよ。ネギ君、折角佐々木さん達が作ってくれたんだ。腹八分目程度に食べると良いよ。その後で、3日後までは僕が佐々木さんに作らせた物だけを食べるようにね?」
 「は、はい!」
 修業を止め、食事休憩に入る一同。食事を摂りながら、木乃香が当然の質問をした。
 「くーちゃん、ネギ君って才能あるの?」
 「ネギ坊主は反則アルね。フツーならサマになるのに1ヵ月とかかる技を、3時間で覚えるアル。全く、どーなっとるのかね、このガキは」
 「それなら、勝てるって事なん?」
 「それは正直難しいアルね。技を覚える=使いこなせるという訳ではないアルから。一撃いれるにしても、開始直後の奇襲か、狙い澄ましたカウンターしかないアルよ」
 むむむむむ、と腕を抱えて悩みこむ木乃香。実戦経験が豊富な刹那は、古の見立てに納得したように頷いている。
 「お兄ちゃん、何とかならへんやろか?」
 「そうは言ってもなあ。ルールは茶々丸さんに一発いれる事、だもんなあ・・・」
 そうは言っているが、策が無い訳ではない。それでも口にしないのは、木乃香達には聞かせたくなかっただけである。
 「ところでさ、何でまた佐々木さんはエヴァンジェリンさんを挑発しちゃった訳?」
 その言葉に、まき絵は顔を俯けながら、自分の新体操の演技が『子供っぽい』と評価されている事を説明した。目尻に涙を浮かべて自己嫌悪に陥るまき絵の姿に、アスナがポンと手を叩きながら提案する。
 「そうだ!まきちゃんの新体操見せてよ!リボン見たいな!」
 「ぼ、僕も見たいです!」
 「う・・・じゃ、じゃあちょっとだけ」
 演技を始めるまき絵。だがその危険性に気付いた木乃香が、慌ててシンジの両目を手で塞ぐ。シンジもその意味に気づいたらしく、諦めたように動こうとはしなかった。
 「こ、こんな感じなんだけど・・・」
 「僕、新体操の事は良く分かりません。でもまき絵さんらしい、素直で真っ直ぐな演技だったと思います!」
 そうネギに断言されたまき絵の顔が、うっすらと赤く染まった。

テスト1時間前―
 「ネギ君。作戦はあるかい?」
 「はい、実は・・・」
 ネギに耳打ちされたシンジは、自分と同じ考えであった事に満足そうに頷いていた。
 「それなら、もう少し手を加えてみようか。長期戦になれば、茶々丸さんの性格からして、一撃で意識を刈り取る攻撃を使って、楽にしようとしてくる筈だ。一番手っ取り早いのは脳震盪を狙うことだろうね。だからそうならない様に、長期戦になったら防御ポイントを絞り込むんだよ?首から上は脳震盪、腹部は呼吸困難を狙う事が出来るからね」
 「は、はい」
 「四肢は痛いだろうけど、我慢するしかない。茶々丸さんは骨折させるような事はしてこない筈だ。その上で隙を窺うしかないだろうね」
 コクッと頷くと、ネギはテストの会場である広場へと向かった。

深夜12時、世界樹広場前―
 ネギの弟子入りテストの為、エヴァンジェリンは茶々丸と茶々ゼロを引き連れて、先にその場所へと来ていた。
 「オイ、御主人、コレジャア見エネーゾ。モット、良イ位置ニ座ラセロヤ」
 「役立たずのくせにうるさい奴だな」
 「仕方ネーダロ、動ケナイノハ御主人ノセイダゼ?」
 「どうせシンジも来るだろう。奴が来たら肩にでも乗せて貰え」
 懐中時計を見ながらイラついているような主の姿に、茶々丸が口を開く。
 「宜しいのですか?マスター。ネギ先生が私に一撃を与える確率は3%以下。ネギ先生が不合格になるのは、マスターとしても不本意なのでは?」
 「勘違いするなよ、茶々丸。私はホントに弟子等いらんのだからな」
 ムスッとした表情で、エヴァンジェリンは続ける。
 「それに一撃当てれば合格など、破格の条件だ。これでダメならぼーやが悪い。いいな、手を抜くなよ?」
 「・・・了解しました」
 どこか躊躇いながらも、主の命令を承諾する茶々丸。そんな主従の注意を引きつけるかのように、気合いの入った声が聞こえてきた。
 「エヴァンジェリンさん!ネギ・スプリングフィールド、弟子入りテストを受けに来ました!」
 「よく来たな。もう一度確認するぞ。お前のカンフーもどきで茶々丸に一撃でも入れる事が出来れば合格。手も足も出ずに貴様がくたばれば、それまでだ」
 「・・・その条件で良いんですね?」
 ニッと笑ったネギに、エヴァンジェリンは何か引っかかったが、それよりも遥かに気になる事をツッコんだ。
 「それより!そのギャラリーは何とかならんかったのか!」
 ネギの後ろには明日菜・古・まき絵・亜子・アキラ・裕奈・木乃香・刹那・シンジと9人もの観客が控えていたのである。
 「じゃあ、頑張ってね」
 「はい!見てて下さい、シンジさん!」
 シンジはネギから離れると、階段を上ってエヴァンジェリンの隣に陣取る。ついでに茶々ゼロを肩に乗せるのも忘れない。
 「オオ、分カッテルジャネーカ」
 「もう慣れたからね。何か乗せとかないと落ち着かなくなってくるよ。それより茶々ゼロ、素直になれない君の御主人様はどう?」
 「何故そこでそういう風になるんだ!」
 ガーッと吠えるエヴァンジェリン。茶々ゼロは『御主人ニ無茶ナコト言ウナヨ』と主の目の前でシンジを窘め、怒り狂ったエヴァンジェリンに地面へ叩きつけられた。更にグリグリと踏みにじられている。
 「イテーゾ、御主人」
 「うるさい黙れ!」
 「はいはい、仲が良いのは分かったから」
 茶々ゼロの埃を払いながら、シンジが自分の肩に殺戮人形を乗せ直す。
 「おい、シンジ。お前、坊やに何か吹き込んだだろう?」
 「そんなの言うまでもないでしょう?僕を何だと思ってるんですか」
 「そういう風に開き直るな!で、お前はどんな作戦を授けたんだ」
 「意外かもしれませんが、僕は若干の助言をしただけです。今回の作戦は、ネギ君の発案ですよ」
 その言葉に、エヴァンジェリンが軽く眼を見開いた。そのまま眼下で、茶々丸に対して一礼したネギに視線を向ける。
 「ネギ君。性格の割に、策を練る事に向いているのかもしれません。まさか僕と同じ作戦を基本としていたとは思いませんでしたから」
 「ふん、頭が良い事は認めてやるさ。まあいい、まずはお手並み拝見だ・・・よし、2人とも準備は良いな?」
 エヴァンジェリンの言葉に、同時にコクッと頷くネギと茶々丸。
 「では、始め!」
 「行きます!」
 「契約執行シム・イプセ・パルス90秒間ペル・ノーナギンタ・セクンダース!ネギ・スプリングフィールド!」
 一瞬で飛び込んできた格上の茶々丸に対して、ネギは契約執行で対抗する。古に教わったカウンター狙いに徹しているので、とにかく攻撃を受け流す事に専念する。
 その内、茶々丸が右肘に内蔵していた小型バーニアを点火。文字通り、倍の速さで右のパンチが飛ぶ。
 しかし、それは諸刃の剣。速度に体その物を引っ張られた茶々丸は、完全に体勢が前のめりに崩れた。そこをチャンスとばかりに、ネギは茶々丸の後頭部を狙った回転肘打ち―八極拳・転身胯打でカウンターを狙い打つ。
 その致命の一撃を、茶々丸は機械の体による高馬力という恩恵を最大に活かして、無理矢理体勢を立て直すと、紙一重の差で肘打ちを食い止めた。
 「おお!?」
 裕奈やアキラから、驚きの声が上がる。同時に古が『惜しい!』と悔しそうに評価する。
 その間も、ネギと茶々丸の戦いは続いていた。茶々丸は左足だけで体を支えながら、両腕と右足を縦横無尽に繰り出す。対するネギは両足で大地に踏ん張りながら、必死になって茶々丸の攻撃を迎撃する。
 その光景に感嘆の声が上がる中、エヴァンジェリンは冷静に戦いを見つめていた。
 「自分への魔力供給による身体強化か。だがスピードとパワーが互角になった所で、技と経験の差は埋められんぞ?」
 その判断を示すかのように、茶々丸の回し蹴りがネギの防御を掻い潜って、その小さな体を吹き飛ばした。
 まき絵から『ネギ君!』と悲鳴が上がる。
 「いや、あれは誘いアル!」
 吹き飛んだネギ目がけて、追撃に入る茶々丸。突進の速度すらも利用した拳の一撃を、ネギは顔に掠らせるようにして受け流しつつ、左手で茶々丸の手首を掴み、同時に右肘でのカウンターを放った。
 八極拳・六大開『頂』攉打頂肘。
 顔に向かって迫ってくる本命のカウンターを、茶々丸は上空へ逃げる事で避けた。大地を全力で蹴りあげ、ネギに掴まれた右手首を基点に、グルッとネギの背後へ回り込みつつ、背後から全力の回し蹴りを放ってネギを20mほど吹き飛ばす。
 茶々丸が見せた常識外の運動能力とバランスに、さすがの古も言葉が出なかった。
 (・・・チッ、やはりこの程度か・・・)
 ネギの敗北に、不快そうに眉を顰めるエヴァンジェリン。
 「ぼーや、それが貴様の器だよ。顔を洗って出直してこい」
 思わずまき絵が駆け寄ろうとした瞬間、ネギが切れた唇を拭きながら、ヨロヨロと立ち上がった。
 「まだです、まだ終わってませんよ」
 「何を言っている。お前の負けだろうが?」
 「違います。だって僕の敗北条件は『僕がくたばるまで』、確かにそう言いましたよね?」
 「な、何だと!?」
 愕然とするエヴァンジェリン。咄嗟にシンジへ眼を向ける。
 「正解。これがネギ君の考えた策だよ」
 「シンジ!お前正気か!何故、止めなかった!」
 「他に策が無かったからだよ。もっとも、ネギ君は純粋に根競べのつもりで、いるみたいだけど、やっぱりまだ子供かな。僕はもっと悪辣な事を考えていたんだよ。ボロボロになったネギ君の姿をエヴァンジェリンさんに見せつける事で『これ以上、ネギ君がボロボロになるのが嫌だったら、素直に弟子にしろ』って脅迫しようと考えていたからね」
 『ソリャー効果アルワ。オ前悪党ダナア』と同意する茶々ゼロ。元々、女子供は殺さない主義のエヴァンジェリンにしてみれば、ある意味、精神的な拷問である。しかもエヴァンジェリン自身が勝敗条件を定めている以上、今更弟子入りの条件を変更する事等出来ないのだから。
 「き、貴様あ!」
 「おや?自分に分が悪いからと言って、勝負を放棄するつもりですか?」
 「ぐぐぐぐぐ・・・」
 怒りの籠った視線をシンジに叩きつけるエヴァンジェリン。だが当のシンジはと言えば、エヴァンジェリンから視線を外すと、躊躇って行動できない茶々丸に声をかけていた。
 「茶々丸さん、手加減はいらないよ」
 「おい!ぼーやが死ぬぞ!」
 「大丈夫だよ!死なない様に手は打っておいたから!」
 そんなシンジの言葉に、観客の少女達から悲鳴と怒りの猛抗議が上がりだす。とは言え、シンジにしてみれば、今の発言はエヴァンジェリンを追いこむ為に必要な物なので、撤回する訳にはいかなかった。
 「・・・茶々丸さん、お願いします。手は抜かないで下さい。本気じゃないと、僕は胸を張ってエヴァンジェリンさんの弟子にはなれないんです」
 「・・・分かりました」
 すでに契約執行の切れたネギの正拳突きは、茶々丸にしてみればあまりにも遅すぎる攻撃だった。先ほどまでの俊敏なフットワークは止め、右手でネギの攻撃を払いのけながら左手の裏拳でネギを吹き飛ばす。
 しかし裏拳が捉えたネギの側頭部は、シンジの指示により、重点的に魔法障壁が用意されていて、ネギに脳震盪を誘発させるまでには至らなかった。
 再び立ち上がったネギの姿に、アキラや裕奈達が目を背け出す。そこには既に、先ほどまでのお祭り騒ぎ気分は無くなっていた。
 そろそろ頃合いと判断したシンジは、茶々ゼロを肩に乗せたまま、エヴァンジェリンの元を離れ、階段を降りはじめる。それをエヴァンジェリンが制した。
 「おい!どこへ行く気だ!」
 「別に。エヴァンジェリンさん1人の方が、都合は良いでしょう?」
 『ケケケケケ、ソウイウ事カヨ。コノ悪党ガ』と笑いだす茶々ゼロ。シンジの狙いが、エヴァンジェリンを1人にする事で、更に心理的に追い込もうとしている事を、敏感に察したのである。
 シンジが少女達の近くに寄った時、凄まじいまでの感情の嵐がシンジを襲ったが、それをのらりくらりと躱わす。
ネギの姿に、シンジに対する怒りを爆発させる少女達。だが茶々丸の攻撃を幾度となく被弾しているネギが、その実、致命傷を受けていない事に、刹那と古だけが気付いていた。
更に言うなら、刹那だけが頭部と腹部を中心に魔法障壁が張られている事を見抜いた。
 「シンジさん。手は打っておいた、とはこの事ですか?」
 「やっぱり気付いたのは桜咲さんだったか。まあ他に方法は無かったからね。最初からカウンター狙いは無理だと思っていたし」
 「な、何故アルか!?」
 「実戦経験の豊富さを舐めちゃいけないよ。幾らネギ君が天才でも、茶々丸さんの戦闘経験をたった1週間で上回るなんて不可能だ。世の中、そんなに甘くは無いよ。それは古菲さん自身が、一番良く理解していたんじゃないの?」
 シンジの言葉に、口籠る古菲。その傍では刹那が、複雑な表情をしながら、黙って頷いていた。
 「ネギ君が勝てない理由は、それだけじゃない。茶々丸さんは身体能力がずば抜けているんだ。その身体能力の高さを、僕は良く知っていたんだよ。以前、あの子と正面きって戦った事が有るんだ。あのとんでもない速度と冷静な判断能力が有る限り、今のネギ君でカウンターを決めるのは不可能な事ぐらい、すぐに想像できたよ」
 シンジの返答に『それならそうと教えるアルよ!』と古が抗議する。周囲も刹那以外は同調したが、シンジは首を振るばかりである。
 「教えた所で、君達に何が出来る?思いついた策があるなら、今、この場で言ってみなよ?」
 沈黙するしかない少女達。だがそんな沈黙を振り払うかのように、アスナが1歩前に出て、口を開いた。
 「でも、あの時教えてくれていれば、何か思いついたかもしれないでしょ!」
 「神楽坂さん。君にだけは、その言葉を言う資格は無いんだよ?桜通りの吸血鬼事件の時、茶々丸さんと正面から勝負していたのは誰?君は、茶々丸さんの身体能力と戦闘技術の高さを、その身で実感していただろ?」
 「そ、それは・・・」
 「もう1度言うよ。どんな技を身に着けようが、どんな戦術を用意しようが、今のネギ君では茶々丸さんに勝つのは不可能だ。スペックでも、技術でも、経験でも全て上なのは茶々丸さんだ。更に戦術レベルで勝てない勝負に、君達は意地になって戦術レベルで対抗しようとしていた。だけどそれが無意味だと知っていた僕とネギ君は、戦略レベルで策を講じておいたんだよ」
 シンジの言葉に『え?』と少女達が顔を上げる。
「勝てない相手に勝ちたいなら、他の方法で攻めれば良い。ネギ君がボロボロになっている今の姿は、君達にはネギ君が敗北する姿に見えている筈だ。否定はさせないよ?でも僕とネギ君にとっては、蜘蛛の糸のように僅かな勝機なんだ。自らの攻撃で全身がボロボロになっていくネギ君の姿に、今の茶々丸さんはあの場から逃げ出したくて堪らない筈だ。今すぐにでも、ネギ君に謝りたくて仕方ない筈だ。そんな罪悪感を茶々丸さんに感じさせ、攻撃を躊躇させる事で必ず隙が出来る。今のネギ君に出来る事は、それを突く事だけだよ」
 エヴァンジェリンどころか、茶々丸すらも心理的に追い詰める事を目的としていた作戦の悪辣さに、茶々ゼロが我慢しきれなくなったように爆笑する。そして少女達も、自分達がシンジを『悪党』と評価していた事を今更ながらに思い出していた。
 「食事でスタミナは底上げしておいたし、出来る限りの作戦も用意した。あとはネギ君の根性次第だよ」
 
1時間後―
 「分かった、もういい。お前のやる気は十分に分かった」
 最初に音をあげたのはエヴァンジェリンだった。確かに魔法障壁のおかげで致命傷は無い。だがダメージを0に出来る訳でもない。
 事実、ネギの全身は打撲と擦り傷で覆われ、眼鏡は片方が罅割れている。頬は腫れあがり、左目は視界が半分ほどに塞がっている。それでもネギは立っていた。自分の勝利条件を満たす為に。
 確かにエヴァンジェリンが妥協した以上、ネギは彼女の弟子になる事が出来る。だがネギは不満だった。妥協では、胸を張ってエヴァンジェリンの弟子と言えないと思ったからである。
 だからネギは何度でも立ち上がる。その度に茶々丸に攻撃され、地面に倒れ伏す。
 その光景に木乃香と亜子は『もうやめて!』と叫び、裕奈は『何でそこまでやるのよ!』と叫ぶ。
 そして、遂に堪え切れなくなった明日菜と古が飛び出した。
 「もう我慢できない!」
 「応!」
 咄嗟に習い覚えたばかりの人形使いの技で止めようとするシンジ。だがそれよりも早くまき絵が2人の前に飛び出した。
 「だ、ダメだよ!止めちゃダメ!」
 「で、でもネギのあれは子供のワガママ、ただの意地っ張りじゃない!エヴァちゃんは、もう認めているのよ!」
 「違う!ネギ君は大人だよ!」
 まき絵の叫びに、ネギ以外全ての視線が集まる。
 「アスナ。ネギ君は自分の目的の為に頑張ってるんだと思うの。私達の周りに、今のネギ君と同じだけの覚悟を持っている人がいる?」
 「それは・・・」
 「ネギ君は大人で、目的の為に頑張ってるんだよ!だから止めちゃダメ!」
 反対側でまき絵の叫びを聞いたエヴァンジェリンが『中3のガキの割には・・・』とまき絵に対する評価を改める。同時に茶々丸もまた、まき絵の叫びに眼を向けていた。
 だから気づくのが遅れた。
 「オイ!茶々丸!」
 「え?」
 ぺチンと音を立てて、ネギの拳が茶々丸の頬を捉え―少女達から歓声が沸き起こった。

同時刻、図書館探検部3人娘―
 修学旅行で『魔法』の存在と、シンジの素生を知った少女達は、それぞれの思惑に従って行動していた。
 夕映は、ネギにコピーさせてもらった地図の検証を。そしてハルナはアーティファクト落書帝国インペリウム・グラフィケースを使いこなそうと、夜遅くまで筆を走らせていた。
 そこへ眠気覚ましのコーヒーを淹れてきたのどかが、コトンとテーブルに置いていく。
 「コーヒー、淹れてきたよ~」
 「ありがとうです。のどか」
 「サンキュー、のどか」
 一心不乱に筆を走らせるハルナから眼を離すと、のどかは夕映が調べていた地図に視線を落とした。
 「何か分かった?ゆえゆえ」
 「そうですね。幾つか分かった事があるですよ。学年末テストの時、魔法の本を取りに行った時の騒ぎを覚えているですか?」
 「うん、覚えてるよ。あの時は本当に怖かったから・・・」
 『あの時は迷惑かけたです』と言いながら、夕映は地図のある地点を指差した。
 「私達は迷惑をかけた罰として、図書館島の下層で勉強していたです。それがここになるのです。これについては、ほぼ間違いないです」
 「う、うん」
 「ところが、そこからまだ道が続いている事が、この地図から読み取る事ができるです。そしてその先には」
 ツーッと指を移動させていく夕映。そこに書かれていた文字に、のどかが声を失った。
 「間違いなく手掛かりですよ」
 「そ、そうだね」
 「明日、早速ネギ先生に伝えるですよ」



To be continued...
(2012.03.03 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は弟子入り編です。ネギについては原作準拠ですが、シンジについてはオリジナルな話にしました。
 これから人形使いの弟子となるシンジは悪の魔法使いとしての道を歩む訳ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
 話は変わって次回です。
 次回は弟子入り編後日談となります。
 無事にエヴァンジェリンの弟子となったネギ。そこへナギが遺した地図に書かれていた手がかりについての情報が手に入る。
 喜ぶネギだが、シンジの顔は暗いまま。何故なら、そこを守っている門番の存在に心当たりがあったから。更に、魔法使いに憧れる少女の言葉は、シンジの逆鱗に触れる物だった。
 そして、そんなシンジの姿に、ハルナは覚悟を決めた。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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