第二十七話
presented by 紫雲様
???―
「・・・気がついたかい?」
「ここは・・・その手にあるのは・・・君が封印を?」
「そうだよ。代わりに仕事を引き受けて欲しいんだ。それが終われば、あとは自由だよ」
闇の中、男は頭を左右に振りながら体を起こした。彼の眼には、五芒星の魔法陣が刻印された小さな壺を手にした、子供と思しき手だけが見えている。
「ふむ。まずは話を聞かせていただこうか」
「依頼内容は2つだ。まず君には旧世界・日本の埼玉県にある麻帆良学園都市へ向かって欲しい。そこで1つ目の依頼として麻帆良学園都市の調査を行って欲しいんだ。ここまでは良いかな?」
「ふむ。話には聞いた事が有る。確か旧世界でも5指にはいるほどの魔法防御を施された土地だったな?良かろう、それでもう1つは?」
男の言葉に、壺の持ち主は言葉を続けた。
「そこにいるネギという少年と神楽坂明日菜という少女が、今後、どれほどの脅威となるかの調査を行って欲しいんだ。以上だけど、何か質問は?」
「・・・そのような仕事に、伯爵である私を使う必要があるとは思えんのだが、そこのところはどうなのだね?」
「なるほど。子供の調査という仕事は、君の誇りに関わる、と言う訳だね?」
無言で肯定する伯爵。だが壺の持ち主が口にした、決定的な一言が、伯爵の態度を一変させた。
「・・・それは本当なのかね?」
「事実だよ。どうかな、少しはやる気になったんじゃないかな?」
「うむ。そのような裏事情があるならば、話は別だ。よろしい、その依頼、引き受けるとしよう」
漆黒の帽子とコートを男が纏う。その足元に、半透明の水の塊のような物が3つ、足元へ静かに近寄った。
「お前たち、仕事だ」
水の塊は小さく震えると、男の足にしがみ付くように纏わりついて行く。
「それと、こちらから戦力を追加しておくよ。彼女は僕への連絡要員も兼ねているけど、基本的には君の補佐が役割だ。ただし向こうには闇の福音がついている。彼女には十分に気をつけるように」
「ローレライと申します。以後、宜しくお見知りおきを」
「我が名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。ヘルマンと呼んで貰いたい。では、行こうか」
闇の中から静かに歩み出てきた1人の少女を伴うと、伯爵と名乗る男は姿を消した。
それから数日後、麻帆良学園中等部学園長室―
電話の音に、近右衛門は決裁していた書類から眼を離した。
『お義父さん、詠春です』
「おお、婿殿か。何かあったのかのう?」
『ええ、実は・・・』
義理の息子の報告に、近右衛門はフム、と考え込んだ。
『それほど心配は無いとは思います。ですがあの子の執着ぶりを考えると』
「なるほどな、あい分かった。こちらで対処しておこう」
『それでは宜しくお願いします。木乃香とシンジにも、頑張るように伝えて下さい』
チン、と音を立てて受話器が置かれる。そのまま近右衛門は、この突発的なアクシデントに、どう対応すべきか考え込んだ。
翌日、3-A教室―
頬がゲッソリと削げ落ち疲れ果てているネギの姿に、少女達は額に大粒の冷や汗を作っていた。フラフラとよろめきながら、時折、頭を黒板に打ち付けつつ授業を進めるのだから、不安に思うのは当然である。
「ネギ君。無理に授業を進める必要は無いんだ。調子が悪いなら、休んだ方がいいよ」
「だ、大丈夫です~」
「全然、大丈夫じゃない!」
無理矢理ネギを座らせるシンジ。その場でザッとネギを調べる。
「ご飯と睡眠は?」
「大丈夫です~」
「熱は無いな、どちらかという低いぐらいか・・・立ち眩みは?」
「たまに」
ハアッと溜息を吐くと、シンジはネギを抱え上げた。
「ちょ、シンジさん!?」
「ネギ君は貧血かもしれない。雪広さん、ネギ君を保健室へ放り込んでくるから、自習の監督を頼みたいんだけど、良いかな?」
「は、はい。分かりましたわ」
「とりあえず造血剤が有った筈だから、それを飲んでお昼までは眠ってて貰うよ」
そのまま廊下に出るシンジ。人目が無い事を確認した上で、シンジは口を開いた。
「ネギ君、修業をするのは良いけど、無茶をしすぎだよ。せめて貧血にならない様に、対策を取らないと」
「は、はい~迷惑をかけてすいません~」
「お昼は貧血対策用の食事。今晩からもそれを念頭においた食事を摂って貰うよ?」
コクコクと頷くネギ。足元を走っていたカモも、心配そうに主を見上げている。
「カモミール、ネギ君は授業料としてどれぐらい吸われているのかは分かる?」
「・・・真祖は献血程度だと言ってたっス」
「それを毎日?造血能力が追いつかないぞ・・・成分献血でも、回復するのに最低1週間は必要だからなあ・・・」
考え込むシンジ。そうこうする内に、保健室へ到着する。中へ入り、ネギの処置を頼むと、シンジは昼休みを使って交渉しようと考えた。
昼休み、屋上―
「話とは何だ?」
「ネギ君の事ですよ。もう少し摂取量を減らしていただく事はできませんか?あれでは命の危険があります」
「む。だがな、血を吸わなければ魔力が補給できん。魔力が無ければ、実戦練習もままならんぞ?」
エヴァンジェリンも授業中のネギを見て、吸血しすぎたかと不安は感じたらしく、いつになく弱気である。
「それについては、解決策を用意しています。授業料をネギ君ではなく、僕から摂取する方法。僕には再生能力がありますからね」
「ふむ。私としては構わんがな」
「じゃあ、今日からそれでお願いします。ネギ君の修業には、僕も同行すると言う事で。エヴァンジェリンさんが修業をつけている間は、いつも通り自習していますから」
「良かろう。ならば放課後になったら、坊やと一緒に来るがいい。修業開始時刻は、今日は夕方5時からだ」
放課後―
「あら?今日はシンジさんも一緒なのか」
ネギのやつれた原因は何なのか?その疑問を解消するべく、一部の少女達はネギを尾行していたのである。ところが今日はシンジも一緒だったので、彼女達にとっては、少し予想外であった。
「・・・しかし、エヴァンジェリンさんの修業とは、あんなにやつれるほど凄い物なのでしょうか?」
「私との朝練でもフラフラしていたから気になったアルよ」
校内を静かに尾行するのは、アスナ・古・和美・刹那と図書館探検部4人の合計8人である。そして下駄箱に辿り着くと、そこで待っていたエヴァがネギ達に合流していた。
「しかし、毎日、2時間程度の修行で、あんなにやつれて帰ってくる訳よね?となると、これはアレかな?」
「アレって?」
「それは勿論、人には言えないような、㊙大人の行為」
ブッと噴き出すアスナ。夕映は口を×の字にして、のどかは口元を両手で隠し、木乃香は『ややわ~』と口に出し、刹那は無言のまま顔を赤く染め上げる。
「コラコラ!シンジさんもいるのよ!?」
「と言う事は・・・もしやの3人?」
「そんなの許さない!」
「落ちつけ、パル!朝倉、責任とってパルを止めろ!」
ハルナを背後から羽交い絞めにして、力づくで取り押さえるアスナ。だが激情が普段以上の力をハルナに与えているのか、アスナの方が力負けしそうな勢いである。
「古菲、刹那さん、手伝って!」
「任せるアルね」
「は、はい!」
怒り狂ったハルナではあったが、さすがに3人がかりには対抗しきれず、力づくで取り押さえられた。
「落ちつきなさいよ!朝倉の冗談を真に受けないで!」
「そ、そうなの!?」
「当たり前でしょう!もしそう言う事やってるなら、とっくにアンタに手を出してるわよ!」
ハルナが落ち着いたのを見計らって、手を離す3人。和美が『ごめんごめん』と後頭部を掻きながら、軽く謝る。
幸い、シンジもネギも気配の察知には疎い事もあり、少女達は気付かれる事無く、エヴァンジェリンのログハウスまで後をつける事が出来た。
「雨と言う事で、室内訓練でしょうか?」
「まさか?あんな狭い中で?」
「・・・これはやっぱり、まさかの」
「朝倉!パルを刺激するんじゃない!」
ログハウスへ駆けよる一同。グルッと周囲を回るが、灯りはどこにも点いていない。それどころか人の気配も全く無いという状況に、アスナ達は思い切ってログハウスの中へと踏み込んだ。
「おかしいわね・・・」
「アスナ、お風呂にもトイレにもいないアルよ?」
腕を組んで『おかしいなあ』と考え込むアスナ達。そこへ『こっちへ来て下さい!』というのどかの声が聞こえてきた。
「何かあったの?」
「こっちです、着いてきて下さい」
のどかの後ろについて行くアスナ達。そこは大量の人形に埋め尽くされた地下室であった。それらの間を縫うようにして、進んでいく。
やがて金属製のドアの向こう側にいた、刹那や木乃香達の姿が見えた。
「何、それ?」
少女達の前にあったのは、直径50cmほどはありそうな、ガラスの球体であった。一見すると、ボトルシップのようにも見える。ただ中に入っているのは船の模型ではなく、塔のように見えた。
「のどかが言うには、先ほど、このなかにネギ先生とシンジさんがいたと言うのです」
「どーゆーこと?」
「ですから、小さなネギ先生とシンジさんが、この中を歩いていたと言うのですよ」
『うーん』と悩みこむアスナ。
「本屋ちゃんの見間違いじゃ・・・あれ?」
キョロキョロと辺りを見回した時には、既にアスナは1人で立っていた。
同時刻、麻帆良学園中等部から女子寮へ帰る路上―
雨がザーザーと降りしきる中、千鶴と夏美の2人は女子寮へ向けて歩いていた。
「結局、ネギ先生貧血だったんだね。近衛さんの見立て通りだったと言う訳か」
「そうねえ。でもネギ先生は貧血とは縁遠い印象があるんだけど」
「・・・ちづ姉も、やっぱりそう思った?」
「それはそうよ。普段から元気一杯。その上で木乃香ちゃんやシンジさんが食事の面倒見ているのよ?」
その言葉に納得する夏美。木乃香もシンジも、食事に対しては決して手を抜かない性格である。
そんな2人に面倒を見られているネギが、貧血というのは想像の範疇外であった。
「何かあったんじゃなければ良いんだけど・・・あら?」
千鶴の足が止まる。つられて夏美もその場に止まった。
「可哀想に」
雨の中、路上に倒れていた1頭の黒い毛並みの犬。自分が濡れのも構わずに、千鶴は犬を抱きかかえた。
「手当してあげないとね。夏美ちゃん、少し急ぎましょう」
EVANGELINE’S RESORT―
突然、切り替わった視界にアスナは硬直した。人工の灯りしかなかった倉庫は、一転して常夏の島と言うべき光景へと切り替わったのだから、驚くのは当然である。
「ようやく来ましたか、アスナさん」
「夕映ちゃん!?どこ行ってたのよ、探したのよ?」
「それより、周りを見て下さい」
言われた通り、周囲を見回すアスナ。2人がいた場所は、五芒星が描かれた塔の屋上だった。縁を覗きこめば、遥か下には青い海。強風が吹きすさび、油断していると海へ投げ出されそうである。
「どどどどどどど、どこなのよ、ここはあああああ!」
「どうやら先ほどのミニチュアと同じ場所のようです」
「・・・もう何が有っても驚かないつもりだったけど、これは・・・」
遠くに見える建造物目指して、橋の上を歩き出す2人。道幅は2m程あるのだが手すりが無い為、風に煽られてバランスを崩せば、海面まで真っ逆さまである。
「もう非常識 もいい加減にしてほしいわ!」
「そうですか?私は今の方が充実しているですよ。魔法の恐ろしさと言う物を踏まえた上でなお、そう考えているです」
「そういう割に、膝が震えているわね?」
「これは武者震いということで」
軽口を叩きながら、橋を歩いて行く。その途中で、夕映が思い出したように口を開いた。
「実はアスナさんが来るまでの30分程の間に、周囲を調べたのですが・・・」
「30分?私、そんなにウロウロしていなかったわよ?」
首を傾げるアスナ。そこへ和美の元気な声が届いた。
「おーい!こっちこっち!」
手を振っている和美に、2人が走り寄る。そこには下へ降りる階段があり、そこに全員が集まっていた。
「で、本屋ちゃん。誰の声がしたの?」
「そ、それが・・・」
顔を赤くしてアワアワ言うだけで全く要領を得ないのどかに、首を傾げながらアスナが降りて行く。その後に、全員が続いた。
「ふふふ、良いだろう?もう少しぐらい」
『ん?』と思わず足を止めるアスナ。タイミング良く全員が足を止める。
「まあ、確かにこの程度なら平気ですけどね。あまりのめり込むと癖になるのでは?」
「貴様、それでも男か?グダグダ言わずに早く出せ」
「吸血鬼の真祖ともあろう者が、何をがっついているんですか。もう少し慎みという物を・・・」
少女達の顔が、カーッと赤くなる。
「・・・坊や。お前も混ざるか?」
「エヴァンジェリンさん。ネギ君はまだ子供なんですから無理を言わないで下さい」
「あ、あううう・・・」
聞こえてきた言葉に、和美が困ったように笑った。
(まさかネギ君は、見せつける相手として必要だったなんて・・・)
ブツッと音を立てて、血管が切れる少女が約2名。
「子供相手に何やってんのよー!」
「シンジさん酷い!いっそシンジさん殺してやる!」
止めようとする少女達だが、暴走した2人の速さは尋常ではない。戦い慣れしている刹那や古ですら、2人を止める事は出来なかった。
アスナは羞恥と怒りで顔を赤く染めながら、ハマノツルギを携えて突撃。
ハルナは落書帝国 から両手が剣になっている騎士を呼び出して、涙ながらに突撃する。
だが―
「あれ?どうしたのさ、みんな」
そこにはシンジの背中に回って、背後から首元に牙を埋めて血を吸っているエヴァンジェリンと、手で目元を隠しているネギがいた。頭の上では、カモがヤレヤレと肩を竦めている。
「・・・何だお前達?」
「何って、エヴァちゃんこそ何やってんのよ!」
「授業料代わりに血を吸ってるんだよ。本当は坊やから吸うのが筋なんだが、貧血を起こして修業にならないでは意味が無いからな。その点シンジは、どれだけ吸っても血が再生するから実に都合が良い」
「だからって吸い過ぎないで下さいよ。血に溺れた真祖なんて、洒落にならないですからね」
瞬く間に塞がる吸血痕。
「だがな、シンジ。お前の血は美味いんだよ。気が芳醇な上に、お前は酒も煙草もやっていないからな」
「それは喜んで良いんですかね?」
「当然だ。私が褒める等、滅多にないぞ」
相変わらず王様発言のエヴァンジェリンに、シンジは苦笑するしかない。そんな2人から視線を外したネギは、改めて少女達に問いかけた。
「ところで皆さんは、何でここに?」
「・・・」
無言でハマノツルギと剣の騎士を消すアスナとハルナ。
顔を赤らめたまま、何も答える事の出来ない少女達であった。
「つまりだな、ここは私の別荘なんだよ。以前からシンジの修行用に解放はしていたんだが、坊やにも解放したのさ」
エヴァンジェリンから、この別荘の特性―ここでの1日が、外での1時間となる―を聞かされ、改めて魔法の非常識さに言葉を無くす少女達である。
「・・・て事は、ネギ君は先生の仕事をした後で、ここで1日修業してたって事?」
「ま、そう言う事だ。仕事の間にチマチマやっても、効率が悪いからな」
「じゃあ、ネギ坊主は1日が2日アルか!」
『ええー!?』と驚愕の叫びを上げる古達。それを遠巻きに眺めながら『丸一日修業した後で血を吸われてれば、そりゃあヤツレルよなあ』と和美が納得したように頷く。
「なあなあ、エヴァちゃん。お兄ちゃんも修業してるって言ってたけど、やっぱり陰陽師の修業なん?」
「・・・ふむ、ちょうど良いか。シンジ、見せてみろ」
「じゃあちょっと用意してきます」
一度、部屋の奥へと姿を消すシンジ。だがすぐに戻ってきた。足元に小さなヌイグルミを引き連れて。
「「「「「「何それ!」」」」」」
「これは人形使いと呼ばれる技術だ。糸使いと呼ぶ者もいるが、私が得意とする戦闘技術の1つだよ。使いこなす事が出来れば、敵を生かすも殺すも自由自在さ」
「へえ、そうなんやあ」
シンジがクイッと右手を動かすと、熊のヌイグルミがポーンとジャンプして、木乃香の腕の中にスポッと収まる。そのまま驚いている木乃香に向けて、ヌイグルミが一礼してみせた。
「お兄ちゃん、もう一回やってや!」
「同じじゃ芸が無いからね。こんなのはどうかな?」
ヌイグルミがヨジヨジと木乃香を登っていく。肩の上に立つと、木乃香の頬っぺたにキスをしてみせた。
「かわえ~な~」
ヌイグルミをギュッと抱きしめる木乃香。そこでヌイグルミがバタバタと手足を動かして慌ててみせる。
「だいぶ上達したじゃないか、シンジ」
「そりゃまあ、実質3ヶ月間は人形使いだけを練習してきましたからね。少しは上手にならないと困りますよ」
「確かにそうだな」
納得するエヴァンジェリン。だが少女達は『3ヶ月?』と首を傾げる。
「こいつはな、修学旅行が終わってから平日は2時間、土日は最低でも5時間、この中で修業していたんだよ。お前達は気づいていないようだったがな」
同時刻、千鶴・夏美side―
フローリングの床に敷かれた、1枚のバスタオル。その上に寝かされた犬を、夏美はジッと見ていた。
「ちづ姉、連れてきて良かったの?この子、野良だよ?」
「見ちゃった以上、仕方ないでしょう?ほっとけないもの。それより夏美ちゃん、手が空いてたら、その子の体を拭いて貰えないかしら?薬を塗ってあげたいのよ」
「分かったよ」
柔らかいタオルで、軽く押すような感じで水気を取っていく。だがそのタオルが、犬の額を拭いた所で、夏美は眼を見張った。
「ち、ちづ姉!」
「どうしたの?」
「い、犬が消えて、裸の男の子が!」
床に敷かれたバスタオルの上には、尻尾が丸見えになっている犬上小太郎が裸で眠っていた。その顔の前には、梵字が描かれた、1枚の符が落ちている。
「あらあら・・・」
「何で、男の子が?」
「さっきのワンちゃんがこの子になっちゃったのかしらねえ・・・」
「まさか、でもどうしようか、ちづ姉」
髪の毛を拭くのを中断した千鶴が、小太郎の傍に膝を着く。そして小太郎の息が荒い事に気がつくと、咄嗟に額へ手を伸ばした。
「・・・いけない!この子凄い熱だわ、夏美ちゃん。ベッドへ運んであげて!」
「うん、分かった」
倒れている小太郎を運ぼうと近寄る夏美。すると頭の耳や、尻尾が時折、小さく動いている事に気がつく。
(・・・え?)
「もしもし、医務室」
ガシャン!と音を立てて受話器が砕け散る。その破片とともに床に落ちたのは、1本のスプーン。
「やめろ。誰にも連絡するんやない」
小太郎の鋭く伸びた爪が、夏美の柔らかい喉にチクッと痛みを与える。思わず『ヒッ』と声を上げる。
「そ、そこの姉ちゃん。何か・・・俺の着る物と食い物を持ってきてくれ」
「・・・貴方、名前は?」
「名前?俺の名前・・・誰やったっけ、俺・・・違う、俺・・・あいつに会わな・・・」
激しい頭痛に、思わず顔を顰める小太郎。そこへ無防備に近付く千鶴。
『近寄るな!』と反射的に鍵爪を振るう小太郎。千鶴に左肩から鮮血が飛び散る。だが千鶴は慌てる事も、痛がる事も無く、小太郎を抱きしめる。
「ダメよ。静かにしてないと」
クラッと倒れ込む小太郎。そのままズルズルと床に崩れ落ちて行く。
「・・・また気を失ったみたいね」
「・・・本当に、この子、何だろうね?」
「ただの家出少年じゃない事は確かね」
ネギside―
EVANGELINE’S RESORT―
シンジと茶々丸の共同制作による夕食を堪能しながら、ネギ達はワイワイ騒いでいた。エヴァンジェリンも秘蔵のワインを開け、茶々ゼロを酒の相手につき合わせながら、その香りと味を思う存分楽しんでいる。
そんな時だった。
「何?魔法を教えろと?何で私がそんな事をしなければならん。向こうに先生がいるんだから、そっちに頼め」
「ええ、僕ですか!?」
驚くネギ。それを聞いていたシンジは、全身から『断れ』というオーラを全開にする。だがそれを止めたのは、意外にもエヴァンジェリンだった。
「シンジよ。確かにこいつらの動機の中には、好奇心がある。お前はそれが納得いかないのであろう?」
「当然です。魔法なんて使えないに越した事はないんですから」
「まあそれを否定するつもりは、私にも無い。だがな精神的資質という一面から判断するなら、好奇心は必要不可欠の要素だ。何でもそうだが、好奇心の強い奴ほど大成する可能性は高い。何せ、色々な知識を興味を持って吸収するのだからな」
それについては頷かざるを得ないシンジである。
「だから本当にお前が用心すべきなのは、こいつらが魔法と言う便利極まりない力に溺れずに済むかどうかなのだ。坊やがそうならない為に、お前は杖をジジイに没収させたのだろう?」
『あう』と呻くネギ。そんなネギの頭をアスナがポンポンと叩きながら『自業自得なんだから仕方ないわよ』とフォローになっていないフォローを入れる。
「お前は力の行使については、厳しい一面があるからな。そういう意味ではジジイよりもよっぽど魔法組織の管理者に向いているよ。まあお前が組織の長になったら、間違いなく構成員は胃に穴を開けるだろうがな。少なくとも、そこの不法侵入者は照り焼き確定だ」
ネギの肩の上に乗っていたカモが、ブルッと身を震わせる。既にシンジの手によって2度も懲罰の対象となっているので、冗談とは取れなかったのかもしれない。
「・・・まあ仮契約も含めて、全てネギ君に一任していますから、僕はもうどうこう言うのは止めておきますよ」
「ま、その辺りがお前の妥協点の限界だろうな」
無言のまま自分が作った唐揚げに齧りつくシンジ。その様子に『オ前モ酒飲ンデ、ウサ晴ラシチマエヨ』とワインを勧める茶々ゼロである。
「話は戻るが、この『別荘』は魔力が外よりも充溢している。ここで練習すれば、もしかしたら素人でも案外使えるかもしれん。物は試しにやらせてみたらどうだ?」
「・・・分かりました。では夕映さんとのどかさん。2人にはまずこれを」
そう言ってネギが差し出したのは、小さい小ぶりの杖である。先端に月や星、翼等がついていて、いかにも玩具の杖といった代物であった。
「これを振りながら『プラクテ・ビギ・ナル火よ灯れ 』です。一番簡単な初心者用の魔法からいきましょう」
実際にやって見せたネギの杖の先端に、ライターほどの火がボッと音を立てて灯る。その光景に、夕映とのどかが感心したように拍手をする。
「お!何面白そうな事やってんのよ!」
「私も混ぜるアル!」
「ウチもー!」
夕食の場は、一転して初心者魔法講座会場へと切り替わる。夕映やのどかを中心に、和美・古・木乃香が杖を手に取り、早速挑戦しだす。
刹那は木乃香にせがまれてお手本代わりに陰陽術の炎を実演し、アスナとハルナは遠巻きに級友達を眺めている。
そんな光景に、ますます顔を顰めるシンジである。
(・・・まあ、そんな顔をするな。少なくとも、お前にとっては悪くない筈だ。いや、お前達にとってはな)
(どういう意味ですか?)
(私は奴のアドバイザーもしているんだよ。だからある程度は奴の目論見も知っている。そういう点から判断するなら、今回の件は、奴にとって悪くはない事なのさ)
エヴァンジェリンの『奴』が誰を指すのか。それが分からないほど、シンジは鈍くない。
(・・・僕は不必要に巻き込みたくないんですがね)
その返答に、エヴァンジェリンは苦笑しながら残っていたワインを一息に呷った。
騒ぎ疲れて全員が寝た頃、アスナはふと眼を覚ました。周囲には眠っている級友達の姿がある。だが遠くから聞こえてくる物音に気づいてそちらへと向かった。
建物の外。広場になっている所に、3つの人影が立っていた。内、2つはネギとシンジである。そしてもう1つは、ほぼ人間サイズの人形であった。
(・・・何、やってるのかしら?)
物影に隠れて覗き込むアスナ。こういう時、気配を察知するのが不得意な2人が相手だと、非常に都合が良い。
「じゃあ、いきます!」
「いいよ、いつでもおいで」
飛び込んでいくネギ。拳打を人形目がけて放つが、その一撃を人形は払いのけた。正確にはシンジの人形操りに従い、ネギの拳を払いのけたのである。
5合6合と続く内に、段々とシンジの顔が険しくなっていく。やがてネギの一撃が人形を捉え、目に見えて跳ね上がった。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!来れ虚空の雷薙ぎ払え !雷の斧 !」
ドン!と特大の雷が人形に降り注ぐ。まともに食らった人形だったが、特殊な処理を施してあるのか、シンジの操作には影響が無いらしく、すぐに立ち上がってくる。
「10合は持たせたかったんだけどなあ。次からは茶々ゼロに実戦練習の相手をお願いするか」
「それを言ったら、僕こそダメですよ。最初の無詠唱魔法の射手 も全然出ていませんから。父さんが得意としていたこの連携、早く使いこなしたいです」
「ま、兄貴も旦那も要修業、って所か」
そこへパチパチと手を叩きながら、アスナは姿を現した。
「凄いわね、2人とも。でも眠らずにそんな事していたら、体壊すわよ?」
「あはは。今日はみんなと遊んじゃったので、その分の修業を」
「だから、休憩も必要な事なのよ!」
ギューッと背後からネギを締めるアスナ。じゃれ合う2人だったが、ふとネギが真剣な顔を作った。
「あの、2人に知って貰いたい事があるんです。6年前、僕の身に何が起こったのかを」
のどかが目を覚ましたのは純粋な偶然だった。何となく外を見たいと思い、ベッドから起きて外へ出た所、その光景を目の当たりにした。
魔法陣の上で、額を合わせる3人。一体、何を?と思った所で、何の前触れもなく背後から声が聞こえてくる。
(あれは意識シンクロの魔法だな)
ビクウッと身を強張らせるのどか。だがエヴァンジェリンは隙を見逃すようなアマチュアではない。
(お前『他人の表層意識を探れるアーティファクト』を持っていただろ。アレを貸せ。坊やの心を見るぞ)
(ええ!?そんなのダメですよ!)
(坊やの昔話だぞ?好きな男の過去を知っておくのは、何かと便利だと思うがな)
『はうっ!』と顔を真っ赤に染め上げるのどか。そこへ情け容赦なく畳みかけるエヴァンジェリン。
「良いのか?あの2人だけに聞かれては、色々と先をこされてしまうぞ?神楽坂明日菜は姉貴面をしているし、近衛シンジは文字通り兄貴分だ。本当に良いのか?」
「ちょ、ちょっとだけならー」
「うむ、任せろ」
思考回路が良心の呵責と、好奇心と嫉妬心でショートしたのどかは、グルグルと目を回しながらエヴァンジェリンにアーティファクトを渡す。その様子に茶々ゼロが『ガキハ陥トシ易イナ、ケケケケケ』と笑う。
やがて3人の足元に描かれた魔法陣が、光を放ち始めた。
ネギの記憶の中。6年前の冬―
山の麓にある湖を抱いた山間の村。空からは小さな雪が静かに降ってくる、石やレンガが目立つ古い街並みの村。そんな所に、アスナはいた。
≪・・・って、何で私裸なのよ!≫
≪すいません、そういう仕様なんです。寒くは無いと思うんですけど≫
≪そういう問題じゃない!≫
目尻から涙を噴き出しつつ、抗議するアスナ。そのまま近くで珍しそうに周囲を見回していたシンジを指差す。
≪どうしてシンジさんは服着てるのよ!≫
≪それは僕にも分かりません。シンジさんが人間ではない事が影響しているのかもしれませんが≫
ネギ達は知らなかったが、シンジはエヴァに乗っていた頃のプラグスーツ姿だった。
≪まさか、またこれを着る事になるとはね≫
≪それ、何ですか?服と言うより、ウェットスーツみたいですけど≫
≪昔着ていた、僕専用の仕事着だよ・・・ん?あれは、ネギ君かな?≫
その言葉に、アスナが釣られてそちらへ目を向ける。そこにはマフラーにコート姿の、どこかアスナに似た顔立ちの女性と、ネギに良く似た幼子が立っていた。
≪あの人がネカネお姉ちゃんです≫
≪前に手紙を送ってきた人よね?≫
優しそうにほほ笑むネカネ。その笑顔を見れば、包容力のある人なのだと一目で分かる。
「もう会えないってどういう事?お父さん、遠くへ引っ越しちゃったの?」
「そうね。『死んだ』というのは、そういう事なのよ」
「じゃあさ、じゃあさ!僕がピンチになったら、お父さんは来てくれるの?」
純粋なネギの問いかけに、ネカネは言葉も無く、困り果てるばかり。そんな姉弟に、元気な声が届いた。
「死んだ人には、二度と会えないのよ!サウザンドマスターの子供の癖に、そんなことも分からないのかしら?」
「アーニャちゃん、こんにちは」
そこにいたのは、ネギと同年代に見える女の子だった。腕組みをして仁王立ちという体勢から、いかにも気が強そうに見える。
ただ問題なのは、子供特有の無邪気さだった。ネギを可愛がるネカネにしてみれば、ネギを傷つけないように対応したいのが本音である。だがアーニャは躊躇い無く、事実を口にしていた。
ネカネにしてもアーニャは妹のように可愛いのだろうが、さすがにこの発言には困ったようである。
「そ、そんな事無いもん!お父さんは来てくれるもん!」
「あなたバカね!『死ぬ』の意味、分かってないでしょう!」
お互いにムキになって張り合う幼子2人。アーニャを見て『おしゃまな子ねー』という感想がアスナの口から漏れる。
「ネギ。これあげるわ」
「・・・これは?」
「初心者用の練習杖。あんたも来年から学校に来るでしょう?」
先端に星飾りのついた小さな杖が、ネギに手渡される。
「生きていた頃のお父さんみたくなりたかったら、ちょっとは練習しておきなさい」
PUB―
「全く、ナギの奴には苦労をかけられっぱなしじゃわい!あいつさえいなければ、村はもちっと平和じゃったものを!」
カウンター席に座っていた、いかにも魔法使いといった姿の老人が、お酒を飲みながらクダをまいていた。その前で話し相手を務めていた店主が『飲み過ぎだよ』と返す。
≪・・・この人は?≫
≪スタンお爺ちゃんです。村の長老みたいな人で、僕を育ててくれたんです。口は悪かったけど、本当は優しい人なんです≫
アスナの問いかけに、ネギがそう返す。だが記憶の中のネギは、スタンの言葉に辛そうに顔を歪めた。
「・・・お父さんは悪い人だったの?」
「ああ、悪ガキじゃったわい!あいつのしでかした騒ぎの後始末が何度あった事か!あいつが死んじまってせいせいしとるわい!」
ホットミルクを飲んでいたネギが、泣きそうになりがら外へと飛び出していく。店主がスタンを窘めようとしたが、スタンは聞く耳を持たなかった。
それからしばらく、アスナとシンジは、ネギの生活を見続けた。
ウェールズの学校で勉強する為、ネギを置いて村を出るネカネ。1人暖炉のある部屋で、一生懸命『火よ灯れ 』の練習を繰り返すネギ。
(・・・おじさん家の離れを借りてほぼ1人暮らし、か。お姉ちゃんと幸せに暮らしていた訳じゃないんだ・・・)
アスナがチラッと横を見ると、シンジもまた、顔を俯けていた。養育費目的で引き取られたという過去の状況は、今のネギに近い物だったのだろうと言う事ぐらい、アスナにも想像はついた。
だから、何も言えなかった。シンジが肩を微かに震わせていた事に。
エヴァンジェリンside―
のどかのアーティファクト『いどの絵日記』を通し、ネギの過去を垣間見ていたのどかは、何とも言えない表情を作っていた。一方のエヴァンジェリンはと言えば、フンと鼻を鳴らしたまま、つまらなそうにネギの過去を見続けていた。
そこへのどか達と同じように、眠りから眼を覚ました少女達全員が集まってきた。
「何をやっているですか?」
「坊やの過去を見ているだけさ。騒ぐとうるさいから静かにしていろよ?」
ネギside―
≪ピンチになったら、お父さんが来てくれる。この頃の僕は、ずっとそう思ってたんです≫
飼い犬の綱を切って、追いかけられるのはアスナ達も見ていて笑う事ができた。だが冬の湖に飛び込むという、幼いネギの暴挙には、言葉を無くしてしまった。
風邪を引き、40度の高熱に苦しむネギ。その連絡を受けたネカネが、休暇でもないのに慌てて帰ってきた。
「どうして・・・どうして冬の湖なんかに飛び込んだりしたのよ」
「だって、ピンチになったらお父さんが来てくれるって思って」
幼い弟の純粋さに、ネカネが嗚咽を上げながらネギを抱きしめる。
「もうこんな事しないで・・・お願い・・・」
「・・・ごめんなさい、お姉ちゃん。もうしないから、泣かないで」
≪この日から、僕は悪戯をやめました。ネカネお姉ちゃんやスタンお爺ちゃんを心配させたくなかったから。でも・・・≫
ネギの言葉に従うかのように、風景が切り替わった。村の中央部に位置する湖。そこで幼いネギは父はピンチになったら現れる、という自分で作った歌を歌いながら、釣り糸を垂らしていた。
「そうだ!今日はネカネお姉ちゃんが帰って来る日だったんだ!」
小さい足を必死に動かして、家へと駆け戻るネギ。だが、村は紅蓮の炎に包まれ、異形の生き物が跳梁跋扈していた。
≪え?≫
「ネカネお姉ちゃん!おじさーん!」
炎に包まれている村の中へと駆けこんでいくネギ。だが幼いネギの目に映ったのは、石と化した村人達の姿。全員が杖を手にして戦おうとしたまま、石と化していた。
≪これって、修学旅行の時と同じ!≫
「僕がピンチになったら、って思ったから?ピンチになったらお父さんが来てくれる、そう思ったから?」
≪ば、馬鹿!そんな事ある訳ないでしょ!≫
炎の中で泣きじゃくるネギ。その背後に、突如ドシャッと音を立てて、異形の生命体―魔族の集団が姿を見せる。
先頭に立っていた魔族の威圧感に呑みこまれ、全く身動き1つとれないネギ。ただひたすらに、父を呼ぶ。魔族の巨大な拳が振り下ろされる時まで。
≪逃げて!ネギ!≫
アスナの悲鳴は、ドンッという鈍い音に遮られた。
ネギの前に、その身を壁として立ちはだかったのは、同じ色の髪の毛をした男だった。その手にはネギが愛用していたのと、同じ杖が握られている。
≪この人は!?≫
巨大な魔族は、男が唱えた雷の魔法によって消し飛んだ。だがそれに怖気づく事無く、魔族の大軍は男へと襲い掛かる。
それら全てを体術で凌ぎながら、男は詠唱を始める。そして右手から放たれた、ネギの使う『雷の暴風』とは規模が異なる『雷の暴風』によって、魔族は消し飛んでいく。
唯一生き残っていた魔族がいたが、男は躊躇く事無くトドメを刺す。
だが幼いネギは、男に背中を向けて逃げ出した。
≪ちょ、何で!?≫
≪・・・怖かったんです。躊躇う事無くトドメを刺したその姿に、僕は怯えてしまったんです≫
魔族ではなく、男から必死になって逃げ出すネギ。そこに単独行動をとっていたらしい魔族の生き残りが現れ、ネギへ狙いをつける。
ネギに向かって放たれる魔法の光。その窮地を救ったのは、我が身を楯に飛び込んできたスタンとネカネ。光を浴びた2人は、その体が石へと変わっていく。
「お、お姉ちゃ」
ベキベキベキッと音を立てて、石と化したネカネの両足が砕け散る。だがそれに目を向ける余裕も無く、スタンは未だに無傷の魔族に対して、小さな壺を突きつけた。
「六芒の星と五芒の星よ !悪しき霊に封印を !封魔の瓶 !」
キュポンッという可愛い音とともに、魔族は壺の中へと封じこまれた。
「無事か、坊主?」
「スタンお爺ちゃん!」
「大方、村の誰かに恨みがある者の仕業じゃろう。この村にはナギを慕って住みついた、クセのある奴も多かったからのう」
胸まで石になりながらも、スタンはネギを助けようと足掻き続ける。
「逃げるんじゃ、坊主。お姉ちゃんを連れてな。この石化は強力じゃ、儂はもう助からん。頼む、逃げてくれ。どんな事があってもお前だけは守る。それが死んだあの馬鹿への誓いなんじゃ」
「・・・おじい・・・ちゃん・・・」
遂に完全に石となったスタン。その足元で、幼いネギは泣きながらネカネを揺さぶる。だがネカネは完全に気を失い、目を覚ます気配が無い。
そこへ、ネギの背後に先ほどの男が現れた。
「すまない。来るのが遅すぎた」
その言葉に、幼いネギはネカネを守るかのように立ちはだかった。練習用の杖を手に、恐怖で体を震わせながらも、必死で立ちはだかる。
「そうか、お前がネギか・・・お姉ちゃんを守っているつもりか?」
ザッザッと近づいてくる足音に、ネギは恐怖に耐えられずに眼を瞑る。だが男は、ネギの頭にクシャッと手を置いた。
「大きくなったな・・・そうだ、お前にこの杖をやろう。俺の形見だ」
「・・・お・・・父さん・・・?」
杖を手渡され、よろけるネギ。
「ネカネは大丈夫だ。石化は止めておいた。あとはゆっくり治してもらえ。悪ぃな、お前には何もしてやれなくて」
フワッと浮かび上がる父に向かってネギが走り出す。
「こんな事言えた義理じゃねえが、元気に育て、幸せにな」
躓いたネギが慌てて顔を上げた時には、空から降ってくる雪が視界を埋め尽くすばかり。幼いネギの『お父さん!』と呼ぶ声が、寂しく響いた。
地面に膝をつき、ただ無心に父を呼ぶ幼いネギ。その姿に、アスナの目尻に光る物が浮かび上がってくる。
≪・・・すみません。みっともない所見せちゃって・・・≫
≪アッ!いや、ううん!≫
ビクウッと身を震わせるアスナ。
≪それで、この後はどうなったの?≫
≪3日後に、救助に来た魔法使いに僕とお姉ちゃんは救助されました。それからはウェールズの山奥にある魔法使い達の街で暮らしてきました。それから5年間、僕は魔法学校で勉強をしてきたんです≫
≪村の人達は?≫
≪分かりません。心配ないから大丈夫だよ、それだけしか教えてくれませんでした。でも僕はあの雪の日の事が怖くて仕方ないんです。だって、あの出来事は『ピンチになったらお父さんが助けに来てくれる』なんて考えていた、僕への天罰だったんじゃないかって≫
≪な!?≫
その瞬間、意識シンクロの魔法が弾け飛んだ。義憤に駆られたアスナは、ネギの両肩をガシッと掴むと、声高に叫ぶ。
「そんな事ある訳ないでしょ!今の話にアンタのせいだった事なんて1つも無いわ!お父さんにだって、ちゃんと会えるわよ!だって生きてんだから!」
「・・・アスナさん」
「任しときなさいよ!私がちゃんとアンタのお父さんに・・・ん?」
ネギの肩越し、いつの間にか接近していた少女達の姿に、慌てるアスナ。と言うのも、少女達全員が目から涙を流していたからである。
「ネギ君!私達もお父さん探しに協力してあげるからね!」
一斉に詰め寄る少女達。このままでは押し潰されかねないと、ネギは頼りになる悪の魔法使いに助けを求める。が―
「・・・まあ、私も協力してやらん事も無いぞ・・・グス・・・」
「マスター!?」
肝心の師匠も自分の境遇に同情している事を知り、助けにならないと判断したネギは、更に慌てた。その肩を、シンジがポンと叩く。
「ネギ君・・・」
「・・・やっぱり、みっともないですか?・・・そうですよね、僕・・・」
「みっともなくなんてないよ、ネギ君。僕もそうだったからね」
その言葉に、ネギがハッと顔を上げる。少女達もシンジの言葉に耳を傾けた。
「僕もさ、父さんに会いたいという理由で、悪い事をしたよ。泥棒をして、お巡りさんに捕まれば、父さんが心配して会いに来てくれるんじゃないかと思ってね。それを実行したんだ」
目元まで髪の毛に隠されたシンジの表情は、窺い知る事は出来ない。だがシンジの言っている事は事実だろうと、全員が思った。
「結局、父さんは来てくれなかった。僕を引き取っていた叔父夫婦が迎えに来てくれただけ。それも『お金はたくさん貰っているんだから、欲しい物があるなら言ってくれて良いのよ』と言われただけだったよ。物もお金も、僕はいらなかった。ただ・・・父さんに会いたかっただけなのにね」
「シンジさん・・・」
「僕はネギ君が羨ましい。誰憚ることなく、一途に慕う事の出来るお父さんを持つ事が出来る君が、本当に羨ましいよ」
To be continued...
(2012.03.24 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
今回はヘルマン編の第1話となります。今回はかなり抑えめの展開ですが、次への布石である為、この点は勘弁して下さい。その代わり、残りの2話と3話は派手な展開になりますのでw
話は変わって次回ですが、ヘルマン編第2話となります。
ネギとアスナの力試しの為、麻帆良を襲撃したヘルマン伯爵。だがヘルマンに協力する魔法使いが、シンジと邂逅した時、新たな歯車が回りだす。
『死霊術師 』の2つ名を持つ魔法使いローレライ。彼女はシンジを大罪人たる裏切り者の子と呼び、狂喜とともにシンジに敵対する。
そして彼女の呼び出した人物―誰よりもあの暑い夏が似合っていた、白いワンピース姿の少女―に、シンジは自分の心が折れた事を自覚した。
そんな感じの話になります。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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