正反対の兄弟

第二十八話

presented by 紫雲様


麻帆良学園中等部女子寮―
 ネギとシンジ達が、雨の中をエヴァンジェリンの家から帰ってきた頃、寮の一室では騒動が起きようとしていた。
 鼻歌を歌いながら、上機嫌に廊下を歩くあやか。と言うのも、寮の入り口ですれ違ったネギに『今日も綺麗なお洋服ですね、お似合いです』と無邪気に褒められたからである。
 「ああ、さすがはネギ先生。可愛らしくとも心は紳士ですわ。ネギ先生こそ理想の少年ですわね」
 彼女は千鶴・夏美と同室の為、そのまま自室へと帰宅した。そこで彼女達の部屋から聞こえてくる騒音に気がついた。
 『やややっぱええって!1人で洗う!』
 『ホホホ、逃げても無駄ですよ~』
 更にはドタドタと走り回る足音。
 (・・・一体何が?)
首を捻りながらドアを開ける。
 「ちょっと千鶴さん!一体、何の騒ぎホフウッ!」
 ドアを開けた瞬間、部屋の中から飛び出してきた小太郎の突撃が彼女を出迎えた。小太郎の頭があやかの鳩尾を的確に捉え、一撃で悶絶させる。
 「どうしたの?」
 「いや、この姉ちゃんが・・・」
 「キャーーー!いいんちょーーーー!?」
 部屋の奥から玄関を覗きこんだ夏美が、慌てて駆け寄った。

 「出会いがしらに、いきなりお腹に頭突きとは!お昼に食べたパスタがぴゅるっと飛び出る所でしたわ!」
 「まあまあ、あやか。落ち着いて」
 ニコニコと笑いながら、あやかを窘める千鶴。普段は勝気な小太郎も、偶発的な事故とは言え、自分に非がある事は理解しているので、どうにも強く出られない。
 「そもそも誰なんですの、この子は!」
 「夏美ちゃんの弟の村上小太郎君ですわ」
 「「なっ」」
 千鶴に何の前触れもなく振られ、夏美も小太郎も言葉が無い。その上、顔にもハッキリと動揺が露わになっている。その雰囲気を敏感に察した千鶴が、グルッと振り返った。あやかには顔を見られない様に。
 「弟よ」
 「そ、そうでした!」
 「お、おう!」
 額に手を当て、敬礼する2人。その顔は違う意味で引き攣っている。
 「そ、そうでしたの。でも、その弟さんがどうしてこちらに?」
 「それがね、あやか・・・」
 千鶴がポケットから取り出したハンカチを目に当て、よよと泣き崩れながら、事情を説明する。
 「実はね、夏美ちゃんの御実家はここでは話せないような、とおってもドロドロで複雑な、昼ドラ級の家庭の事情があってね・・・小太郎君にはもう、夏美ちゃんしか頼る人がいないの」
 (ちづ姉!)
 「そ、そうなんですの?」
 いきなり自分の家を昼ドラ扱いされた夏美が、目尻から涙を噴き出しながら、小声で抗議する。だがあやかは千鶴のハッタリを、アッサリと信じ込んだ。
 「ま、まあ・・・そういう事情でしたら・・・」
 仕方が無いかと頷くあやか。だがこの場には、幼さゆえに空気を読めない子供がいた。
 「ところで、このおばちゃん誰や?」
 すっ転ぶあやか。冷や汗を流す千鶴と夏美。
 「じゅじゅ14歳の乙女を捕まえて、おばおばおばっ!」
 「14歳!?老け過ぎや!」
 その瞬間、小太郎の脳天に、あやかが乙女の怒りを込めた拳を振り下ろす。その威力は小太郎の鼻腔から、鼻血を噴き出させるほどである。
 そのままあやかは小太郎の口に両手の親指を突っ込むと、口を限界まで左右に引っ張る。
 「ここここの粗暴なお口に凶悪な目つきにギザギザ爆発頭!どこの大草原の野性児ですか!」
 ムカッときたのか、小太郎もあやかに同じ事をやり返す。
 「なにふんねんなにすんねんおばふぁんおばさん!」
 「むふぁまたおもっはほーり思ったとおりなんへらんほーな何て乱暴な!」
 その場で続く睨みあい。だがそこへ夏美が仲裁に入る。
 「でもでも、いんちょー。少年だよ?」
 「少年なら何でもいーとゆー訳ではありません!私をどういう目で見てるんですか!」
 目尻から涙を噴き出しつつ、猛抗議するあやか。ショタの気があるのは彼女も自覚しているのだが、そこまで無節操に思われるのは嫌なのである。彼女が好むのは、あくまでも礼儀正しく可愛らしい少年なのだから。
 「愛らしく天使のようなネギ先生とは大違いですわ!」
 「そ、そんなに違うかなあ?」
 「と、とにかく早く出て行って下さいね。それと明日にでも、寮官の近衛さんに話をしておきます。話がどう転んだとしても、あの人には説明しておかないといけませんから」
 パタンと音を立てて、自室に入るあやか。それを困ったようにあやかが見送る。
 「あやかがあんな反応するなんて意外ねえ。でも確かに近衛さんに黙っている訳にはいかないかしら?」
 「そうだよねえ。まさかずっと部屋へ閉じ込めておく訳にもいかないもんね。事情を説明して、近衛さんに協力してもらおうよ。面倒見は良いし、きっと協力してくれると思う」
 「そうねえ。考えてみれば、さよちゃんに最初に気付いたのもあの人だったわね。こういう方面には強い人なのかもしれないわね」
 『じゃあ、明日になったら相談に行きましょうか』と話を切り上げる千鶴。その横で、夏美が小太郎に『でもね、いんちょーにおばさんはないと思うよ?私だって同い年なんだからさ』と窘める。
 「ま、まあな。でも老けてる言うたら、どっちかっつーと、この千鶴姉ちゃ」
 「何か言ったかしら?」
 振り返る千鶴。そこに刻まれていた形相に、小太郎と夏美は恐怖で身を竦ませた。

その頃、天井裏―
 配管が通る狭くて埃だらけの空間を、3つの水の塊がウネウネと動きながら、部屋の中を確認していた。
 ≪・・・どうかね?≫
 「見つけたゼ。学園の近くで返り討ちにした奴ダ」
 3つの水の塊が、その姿を徐々に変化させていく。
 「混乱の魔法が効いたのか、女といちゃついてるゼ」
 「一時的な記憶喪失デスネ」
 ≪よろしい。ではそちらから片付けよう≫
 水の塊は、ついに少女のような外見を完成させた。
 「犬上小太郎は、現在懲罰により特殊能力を封じられてマス」
 「気は使えますガ・・・」
 「今なら楽勝ダナ」
 ≪よろしい。君達は作戦通り事を運びたまえ。くれぐれもハイデイライトウォーカーに気付かれぬようにな≫

同時刻、女子寮内―
 お風呂に向かう夕映・のどか・ハルナの3人の姿があった。だが夕映とのどかに、いつもの明るさはない。
 「私・・・ネギ先生が魔法使いだと知って、ドキドキワクワクしてたんだ・・・戦ってるネギ先生もカッコ良かったし・・・でも、あんな辛い事があったなんて・・・」
 「・・・私も魔法が使えるかもしれないと思って、少し浮かれ過ぎたです。さすがに恥ずかしいです・・・」
 ションボリと気落ちする2人の背中を、元気づけるかのようにハルナが叩く。
 「あんまりクヨクヨしない方がいいよ!それにね、のどか。アンタにとってはチャンスなのよ?お父さんを探す為に協力してあげれば良いじゃない!大丈夫よ、荒事になったら私が守ってあげるからさ!」
 「・・・ハルナ・・・」
 「・・・ハルナの言う通りです。頑張るですよ、のどか」
 大浴場『涼風』に着くと、服を脱いで中へと入る。既に中には、見知った何名かの先客がいた。
 湯船に浸かり、間近に迫った学園祭や中間テストの話題で盛り上がる。
 そんな中『ひゃん!』という悲鳴が聡美の口から上がった。隣にいた超と五月も、何か違和感を感じたのか、湯船の中をマジマジと見直す。
 「おわっ!ちょっと待て!そこは洒落にならねえ!」
 「きゃあああああ!」
 「何、これえええ!」
 「いやあああああ!」
 千雨・円・桜子・まき絵が悲鳴を上げながら、湯船の外へと飛び出る。それを遠くから眺めていた和美が『何やってんだ?』と首を傾げていた。
 和美の近くにいたのは、古・のどか・夕映・ハルナの4人。彼女達は夢にも思わなかった。騒ぎの原因が、彼女達を標的としていた事に。
 次の瞬間、5人の少女達は粘つく水に取りこまれ、大浴場から姿を消していた。

 廊下を歩いていた刹那は、奇妙な気配に思わず足を止めた。
 (・・・何だ、この気配は・・・)
 「せっちゃん、お風呂行こう」
 そこには木乃香が『えへへ』と笑いながら立っていた。
 「御嬢様、アスナさんとお部屋に戻られたのでは?って、何で裸なん!このちゃん!」
 慌てる刹那。
「とりあえず何かで体を隠して!いや、いっそ部屋まで運んだ方が早いか!」
「せっちゃん」
次の瞬間、木乃香はトロリと崩れ、刹那を飲み込もうとする。このような異常事態に対して経験豊富な刹那は咄嗟にアーティファクトを呼び出そうとするが、それよりも早く、刹那は木乃香に擬態していた存在に呑みこまれてしまった。
 数分後、嫌な予感を感じたネギとシンジがやって来た時には、小さな水溜りが残っているだけだった。

小太郎side―
 シンジが寮監として赴任して以来、学食の食事のレベルは跳ね上がっていた。最初は食わず嫌いに近い物があったあやかですらも、たまに気が向くと『今日は学食など、いかがでしょうか?』と誘いをかけるほどである。
 とは言え、学食は安いが毎日学食と言うのも、料理好きな千鶴には辛い物がある。それに学食は安いが、中学生の懐事情を考えれば、あまり無理も出来ない。何より、彼女自身が料理のスキルを磨きあげたいと考えているのである。
 そんな少しずつ磨き上げた技を振るった珠玉の作品を『うまいわー!』と言いながら食べる小太郎の姿に、千鶴は満足感を感じていた。
 「こんな美味いご飯は初めてや!」
 「小太郎君は、いつもはどうしてるの?」
 「・・・コンビニで買うか、鳥か魚を採って丸焼きやな」
 『あらまあ』と口に手を当てる千鶴。夏美も思わず言葉を無くす。
 そんな小太郎を、胸元に抱き寄せながら千鶴が口を開いた。
 「酷い実家だったのね、夏美ちゃんのおうちは。狩人の真似事をさせるなんて」 
 「うちの実家はフツーです!」
 あらぬ疑いを掛けられた夏美が、目尻から涙を噴き出しながら抗議する。そこへピンポーンというインターホンが鳴った。
 「私が出ますわ」
 すっと立ち上がるあやか。彼女はそのまま、玄関へと足を向けた。ドアを少しだけ開けて、廊下を見る。そこには黒い鍔広帽子に、黒いコート。綺麗に整えられた髭を生やした、目つき鋭い長身の男が立っていた。
 「失礼、お嬢さん。少しお騒がせするかもしれない。そちらの少年に用があるのでね」
 「・・・あの子に?一体、何の用ですの?」
 「そうそう。これはささやかながら、贈り物だ」
 一輪の白いバラがスッと差し出される。そこから漂ってくる芳香を嗅いだあやかが、静かにその場へ崩れ落ちた。
 「失礼」
 ベキン、と音を立てて、チェーンロックが壊される。そのまま男は全身濡れ鼠のまま、土足で室内へ上がり込んだ。
 帽子を被り直しがら現れた男に、ご飯を食べていた3人が固まる。
 「やあ、狼男ヴェアヴォルフの少年。元気だったかね?」
 「お、お前は!」
 咄嗟に立ち上がる小太郎。男に飛びかかるが、男はボクシングのようなスタイルから繰り出したパンチ一発で、小太郎を部屋の隅にまで吹き飛ばした。
 夏美が悲鳴を上げ、千鶴が険しい形相を作る。
「さて、少年。まずは瓶を渡して貰おうか。我々の仕事の目標はネギ少年だが、その瓶に封印されては、元も子もないのでね」
 「・・・瓶?ネギやと?」
 「そうだ。思い出したかね?」
 「失礼ですが」
 突然、横合いから掛けられた声に、男が顔を向けた。そこにいたのは、夏美を背中に庇いながら、仁王立ちしている千鶴である。
 「挨拶も名乗りもしないで、他人の部屋に土足で上がり込む等、まともな紳士のする事とも思えませんが?」
 「おや、これは失礼、お嬢さん。そうか、日本は靴を脱ぐのが常識だったね。いや、これは大変失礼をした」
 帽子を取ると、胸に当てる。現れた顔は、笑顔の似あう優しそうな初老の男である。
 「私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。とはいえ、没落貴族でね。今ではしがない雇われの身だよ」
 「まてや、おっさん。金髪の姉ちゃんをどうした」
 「眠って貰ったよ。こう見えても、私は無意味に破壊をまき散らす趣味は持ち合わせていないのでね。ところで、少年。そろそろ瓶を手渡す気になったかな?」
 帽子を被り直すヘルマン。そんなヘルマンの前で、小太郎が立ち上がる。
 「何の事かサッパリや!それに例え持っていても、あんたには渡さへんけどな!」
 飛びかかった小太郎と、ヘルマンの間で拳の応酬が始まる。戦闘経験は多いが、幼い小太郎は気を込めた強力な一撃での必殺を狙い、ヘルマンは無数の乱打で相手を制しようとする。だが小太郎の思惑は、ヘルマンには呆気なく見透かされ、手痛いカウンターの蹴りを喰らい、文字通り吹き飛ばされる。
 再び上がる夏美の悲鳴。だが小太郎は、戦闘狂な一面を持つ少年である。相手が強ければ強いほど、喜びを感じてしまう。
 「はやくておもい・・・強いな、あんた」
 「私は才能ある少年は好きでね。幼さの割に、君は非常に筋が良い。大人しく瓶を渡してくれれば、君を傷つけずに済むのだがね」
 「なんやと?俺を見くびるな!」
 その瞬間、小太郎が6人に増える。5人は正面からヘルマンへ突撃し、残る1人は背後に回り込んでの包囲戦。ヘルマンの顔を驚愕が支配する。
 「これは影分身というヤツかね!」
 分身にフェイントの攻撃を仕掛けさせ、そちらへ反応した事でできた決定的な隙を、小太郎は捉えた。正拳突きが、ヘルマンの鳩尾に突き刺さる。
 『ぐむう』と呻き声を上げたヘルマン。そこへ小太郎がトドメの一撃を放つ。
 「これで終わりや!狗神!」
 だが右手に変化はない。『何故?』と気を取られた小太郎の関節を、ヘルマンが即座に極める。
 「素晴らしい。君には思った以上に見込みがある。だが術を使えない事を忘れていたようだね」
 「小太郎ク」
 ドンッと小太郎の鳩尾に突き刺さるヘルマンの拳。悶絶し、崩れ落ちた小太郎は、完全な死に体である。
 「前途有望な少年の未来を閉ざすのは本意ではないのだが、恨まないでくれたまえ」
 ヘルマンの口に集まる魔力の光。それを悔しげに小太郎が睨みつける。そこへ飛び込んだ千鶴が、ヘルマンの頬に全力でビンタを飛ばした。
 「どんな事情かは知りませんが、子供に対して大人がする事ではありませんわ!」
 「これは驚いた。気丈なお嬢さんだ。このように反応できる人間は珍しい。小太郎君といい君といい、大変、気にいった。君にも一緒に来ていただこうか」

時は少し遡る―
 どこからか聞こえてきた悲鳴に、ネギとシンジは走り出した。階段を駆け上り、開け放たれたドアを見つけると、その中へ飛び込む。
 「いいんちょさん!?」
 「大丈夫だ、寝てるだけだぜ」
 そこへ中から聞こえてくる夏美の悲鳴。2人揃って中へと飛び込む。
 そこには全身黒ずくめの男―ヘルマンが、千鶴を抱き上げた状態で立っていた。
 「ふむ、想像以上に早かったね、ネギ・スプリングフィールド君。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵という者だ」
 「な、那波さん!その人を離して下さい!」
 「ふふ、実は君の仲間と思しきお嬢さん達を数名、こちらで預かっている。無事返して欲しくば、私と一勝負してもらおうか」
 その言葉に、ネギが言葉を無くす。
 「だが意外だったな。君にまだ仲間がいたとは、これは想定外だったよ・・・まあ、良かろう。私は学園中央の巨木の下にあるステージで、お嬢さん達と待っている。彼女達の身を案じるのならば、助けを請うのも控えるのが賢明だね」
 ザザザと音を立てて、水がヘルマンを取り巻いていく。思わず駆け寄ろうとしたネギだったが、その手はヘルマンへ届く事はなかった。
 「な・・・何が・・・」
 その言葉に振り向くネギとシンジ。そこには恐怖でガタガタ震えている夏美と、完全に気を失っている小太郎がいた。
 「村上さん!それに小太郎君!?」
 その声に反応したのか、小太郎が目を開ける。
 「そうや、思い出した!お前がネギや!そうや、勝負や!」
 「そんな事してる場合じゃないでしょ!」
 ネギと小太郎が知り合いという事実に、キョトンとする夏美。そこへシンジが声を掛けた。
 「村上さん。一体何があったのか、教えてくれるかな?」
 「は、はい。実は・・・」
 夏美の話を聞く内に、小太郎が悔しさで歯軋りを始める。その事情説明の間に、カモは攫われた少女達を確認するべく、寮の中を走りまわった。
 「そうか・・・俺は記憶を飛ばされてたんか・・・無関係の千鶴姉ちゃんを巻き込んでもーた・・・そうや、ネギ。お前に渡しとく物があるんや」
 耳の後ろに手を回す小太郎。髪の毛に隠されていたのは、小さな壺である。
 「ここに来る前、あのおっさんからかっぱらったんや。よう分からんけど、こいつをとにかく気にしとった」
 その見覚えのある瓶に、ネギとシンジが同時に気付く。
 「ネギ君」
 「はい、大丈夫です。小太郎君、ありがとう」
 壺を受け取ると、ポケットの中へ仕舞いこむ。そこへ寮の中を調べ終わったカモが戻ってきて、ネギの肩によじ登った。
 (兄貴。いないのは8人だ。姐さん、神鳴流の嬢ちゃん、木乃香嬢ちゃん、中国武術の嬢ちゃん、朝倉の姉さん、夕映の姉貴、恥ずかしがり屋の嬢ちゃん、それから旦那を好きな嬢ちゃんだ)
 (わかった、ありがとう) 
 コクンと頷くと、ネギはシンジを振り返った。シンジも話を聞いていたのか、険しい表情で拳を握っている。
 「ネギ。お前行くんやろ?俺も連れてけや。千鶴姉ちゃんを巻き込んだのは、俺の責任やからな」
 「・・・うん。良いですよね?」
 「戦力は多い方が良いからね。場所は世界樹下のステージと言っていたな。準備を整えたら、すぐに向かおうか。村上さん、雪広さんを頼むよ」

世界樹前広場―
 学際用に作られた特設ステージ。アスナはそこで目を覚ました。
 (・・・ネギが飛び出したあと、急に眠気がして・・・)
 その時、体に感じた寒気に、思わず身震いする。何気なく自分の体を見て、羞恥心から絶叫した。
 「何なのよ!これは!」
 両腕を縛られ、ステージの天井から吊り下げられたアスナは煽情的な下着姿に着替えさせられていた。パジャマを着ていた彼女には、こんな下着を身に着けていた記憶は一切ない。
 「気がついたかね?お嬢さん」
 「あんた誰よ!」
 「いや、囚われの御姫様がパジャマ姿では雰囲気が今一つでね。少々、趣向を凝らさせてもらったよ」
 『はっはっは』と明るく笑うヘルマン。次の瞬間、アスナの回し蹴りを顔面に食らったヘルマンは、首から奇妙な音を発する事になった。
 「落ちついて下さい、神楽坂明日菜さん。貴女を着換えさせたのは私ですから」
 横からかけられた声に、振り向く明日菜。そこには暗い笑みを浮かべ、冷たい目をした同年代の少女が立っていた。
 「もっとも発案者は、そちらのヘルマン伯爵ですが」
 「いやいや、手厳しいね。だがこれも盛り上げる為の一環として、受け取って貰いたいね。ローレライ君」
 「私にはどうでも良い事です」
 そこへ『アスナー!』と叫ぶ声が聞こえてきた。思わず振り向くと、そこには半球体の水の中に囚われた木乃香達の姿があった。不思議な事に呼吸は出来ているらしく、苦しそうな気配は全く無い。その隣へ目を向けると、別の半球体の中で眠っている刹那と千鶴の姿にも気がついた。
 「退魔師のお嬢さんには、危険なので眠って貰っている。もう1人は飛び込みでね。まあ彼女達に害を及ぼすつもりは全く無い。その点は安心して貰いたい」
 「・・・そっちのみんなは、何で木乃香以外は素っ裸なのよ!」
 「お風呂場で攫ったからだが、何かおかしいかね?」
 首を傾げるヘルマン。その言葉に、囚われている和美や古から一斉に『出せえ!』とブーイングが飛び出る。
 「協力すると決めた側から足手まといに・・・」
 「カードさえあれば・・・」
 恥ずかしそうに体を隠しながら、歯噛みする夕映とハルナ。そんな少女達の中で、比較的冷静だった木乃香が、近くにいた小さい人影に話しかけた。
 「なあなあ、おちびちゃん達。ここから出してな」
 「私達特製の水牢からは出られませんヨ。溶かして食われないだけ、有難いと思いなさいナ。あと私達はおちびちゃんではありませんヨ。魔法による疑似生命体のスライムです。ちなみに私はあめ子」
 「俺はすらむぃ。一般人が興味半分に足突っ込むからこうゆう目に遭うんダゼ」
 猫耳付きの帽子を被ったあめ子が丁寧に説明すれば、リボンをつけたすらむぃが嘲笑うように挑発する。
 「ま、強力な魔法でも使わない限り、その水牢は内側から壊す事は出来ねーヨ。あとそこの長髪はぷりんって言うんダ」
 「私、ぷりん・・・」
 長髪のスライムが、言葉少なに名を名乗る。
 「自己紹介はそれまでで宜しいでしょう。ところで伯爵。作戦が予想より遅れているようですが、何か不足の事態でも?」
 「うむ。私はネギ君と、精々小太郎君だけだと思っていたのだがね。ネギ君には元々、協力者がいたのだよ。その彼とも、バッタリと会ってしまってね」
 「そういう事ですか。ならば、そちらは私がお相手を務めましょう」
 ニヤッと笑うローレライ。だがその言葉に我慢できなくなった、アスナが声を張り上げた。
 「アンタ達、ネギとシンジさんを嘗めてるでしょ!あの2人なら、絶対にアンタ達をぶっ飛ばしてくれるわ!」
 「・・・今、シンジと仰いましたか?神楽坂明日菜さん、まさかとは思いますが、そのシンジという人物、ひょっとして今年16歳になる少年ではありませんか?それも『碇』というファミリーネームでは?」
 「アンタ、シンジさんを知ってるの!?」
 驚愕する明日菜。だが次の瞬間、ローレライを名乗った少女は、狂ったような笑い声を上げた。その狂乱と言っても良い笑い方に、少女達がビクッと身を震わせる。
 「まさか、麻帆良の地に隠れていたとは!お礼を言わせていただきますよ、神楽坂明日菜さん!遂に私達は彼を捕捉できたのですから!行方不明のサードチルドレンをね!」
 『行方不明のサードチルドレン』と言う言葉に、不穏な気配を感じた少女達は、言葉も無くローレライという少女を見つめる。
 「実に嬉しい誤算ですよ!私達にとって、最大の敵となりうる彼を、私達は捜していたのですからね!NERVの守りの無い今の彼なら、容易に殺す事が出来ます!」
 「こ、殺すですって!?」
 「ええ、そうですよ!こんなに嬉しい事はありません!これで世界は私達の物です!」
 雨の中、狂ったように哄笑するローレライ。その隣でヘルマンがヤレヤレと肩を竦めた後、窘めるように声を掛けた。
 「ならば、そのシンジと言う少年は君に任せるが、構わないかね?」
 「ええ、喜んで引き受けますとも!極東の果てまで来た甲斐があったというものです!まさか大罪人たる彼を討ち滅ぼす事が出来るとは!」
 雨に打たれながら、哄笑し続けるローレライ。その手には、一体の人形が握られていた。

 囚われの身の少女達は、予想外の更に斜め上を行く展開に、頭を抱えていた。
 中でもハルナの動揺は、あまりにも大きかった。シンジを殺すと宣言したローレライの言葉に、顔を青くしてガタガタと震えだす。
 そんなハルナを、背後から木乃香が優しく抱きしめた。
 「落ちつくんや、ハルナ。お兄ちゃんなら大丈夫や」
 「だ、だって!あの女、シンジさんを!」
 「ハルナ、お兄ちゃんを信じてあげるんや!」
 その言葉に、落ち着きを取り戻すハルナ。だが不安を拭えたわけではない。混乱が消えた分、相対的に増大した不安と恐怖感が、ハルナを責め苛む。
 崩れ落ちたハルナを、励まそうとする夕映。彼女もまたシンジと縁がある少女だっただけに、他のメンバーよりも強い不安を感じていた。
 そんな少女達を見つめながら、和美はローレライの言葉から得られたヒントを脳裏に刻み込もうとしていた。
 (・・・行方不明のサードチルドレンとNERV。この2つは間違いなくシンジさんに関係している・・・あのローレライを名乗る女は『世界は私達の物』と言っていた。陳腐な表現だけど、世界征服でも考えているのか?・・・大罪人って、どういう事?シンジさんの事みたいだけど、何かの比喩?・・・こりゃ、チウにも協力を仰いでみた方が良いかもしれない。あの子のハッキングが必要になるかもしれないね・・・)

シンジside―
 雨の中を疾走する3人は、指定されていた特設会場へと到着した。中央にはアスナとヘルマン、ローレライの3人が、背後には木乃香やハルナ達が囚われの身となっている。
 「ようこそ、ネギ君。待っていたよ。約束通り、私を倒す事が出来れば、お嬢さん方は解放してあげよう。私の目的は君の実力を測る事だ。遠慮はいらない、全力で来たまえ」
 その言葉と同時に、ネギと小太郎の足に違和感が走る、思わず視線を下へ向けると、そこにはスライムのぷりんが、その粘体の体を活かして2人の足を捕縛していた。
 そこへ背後に回り込んだあめ子とすらむぃが、全力を込めた回し蹴りを放って、ステージにまで2人を吹き飛ばす。
 「チッ!」
 魔法の疑似生命体と当たりをつけたシンジが、咄嗟に懐の符へと手を伸ばす。だがそれよりも早く、ぷりんがシンジをステージへと投げ飛ばした。
 空中で何とかバランスを取りながら、不時着するシンジ。その10m程前には、ローレライが立っていた。
 「お初にお目にかかります。大罪人たる裏切り者の子よ。我が名はローレライ。死ぬまでの短い間ではありますが、どうかよろしくお願い致します」
 「・・・誰だ?僕が裏切り者の子だと?」
 「当然です。国際連合非公開組織特務機関NERV所属。汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン初号機専属パイロット、サードチルドレン碇シンジ。2年前、第3新東京市を襲撃した15体の使徒の内、13体の使徒を撃破した使徒戦役の英雄。そして我々SEELEを裏切った愚か者、碇ゲンドウ総司令の息子」
 シンジの体に緊張が走る。目の前の少女が、自分の素生を知っている事に気付いたからである。
 「さあ、貴方の首を手土産に私は凱旋させていただきます。我が二つ名は『死霊術師ネクロマンサー』。貴方を恨む者達を、この世に顕現させましょう」
 ローレライの手にしていた人形が、何の前触れもなく地面に着地する。やがてのっぺらぼうだった人形に、変化が現れ出した。
 大きさは瞬く間にアスナと同じぐらいに変化する。その身にまとうのは白のワンピース。赤毛の髪の毛の上には、麦わら帽子を被っている。
 世界中の誰よりも、あの暑い夏が似合っていた少女との再会に、シンジは符を手放してしまった。
 「・・・マナ・・・」
 その呼びかけに、マナへと変じた少女がニッコリと笑いかけた。
 「・・・久しぶりね、シンジ君。私の事、忘れずに覚えていてくれたんだね。私は一度たりとも忘れた事はなかったよ。恋人だった私を見殺しにした、貴方の事をね」
 その言葉に、シンジは心が折れた事を自覚した。

ネギside―
 「ネギ!行くで!」
 「うん!戦いの歌カントゥス・ベラークス!」
 ネギと小太郎の即席タッグは、スライム3体と激突した。実戦慣れした小太郎があめ子とぷりんを引きつけ、未だ実戦経験が少ないネギがすらむぃを相手取る。
 しかしスライムと言う粘体は、物理攻撃で相手をするには不向きな相手。何よりスライムではなく、背後のヘルマンこそ倒さなければならない相手である。
 本来なら作戦立案はシンジの役目だが、そのシンジも敵と戦っている以上、頼る事は出来ない。だからネギは自分で作戦を考えながら、魔力供給による身体強化と中国拳法で必死に迎撃する。
 最初はネギと小太郎が背中合わせになるように攻撃していたスライム達だったが、すらむぃに変化が現れ出した。3体の中ではもっとも攻撃的な性格の為か、なかなか防御を崩す事ができないネギに対して、苛立ちを募らせ始めたのである。
 粘体と言う特性を利用したすらむぃの捕縛に対して、ネギはカウンターの掌打を放つ。それでもなお、すらむぃは強引な攻撃を選択した。
 その一撃を冷静に捌きながら、ネギは両手の掌打を同時に胸に打ちこむ『双撞掌』という技ですらむぃを、残る2体のいる方向へと吹き飛ばす。これにより、ネギと小太郎は背中合わせから、隣り合っての共闘へと姿勢を変える。
 「おお!今のはなんや!?」
 「中国拳法だよ!」
 「そらええわ!」
 その小太郎の態度を隙と判断したのか、3体のスライムは同時に襲いかかってきた。手足を自由自在に使い、関節と言う常識を無視した攻撃を縦横無尽に繰り出してくる。
 だがネギの顔には余裕があった。なぜならスライム達の攻撃は、実戦訓練の相手を務める茶々丸よりも遅いスピードだったからである。
 小太郎にタイミングを合わせて、スライム達を吹き飛ばすネギ。スライム達はヘルマンの足元にまで吹き飛ぶ。
 同時に2人揃ってヘルマンへ向かう。主をやられてなるものかと、割り込もうとするスライム達。だが2人は正面から打ちすえるような事は選択しなかった。
 真横へ吹き飛ばす様に吹き飛ばす2人。スライム達も体勢を立て直す。だが―
 「慌てんなや!お前らの相手は俺や!」
 影分身で3体になり、スライムを1人で相手取る小太郎。その隙に、ネギはヘルマンに突撃しながら、練習杖を取り出しヘルマンへ向ける。
 「魔法の射手サギタ・マギカ光の1矢ウナ・ルークス!」
 「無詠唱魔法か!」
 ヘルマンの前で掻き消える光の矢。魔法が掻き消された事に驚きながらも、本来の目的であった『目くらまし』の効果が出た事を確認し、ネギはヘルマンの背後へと回りこむ。
 ヘルマンが振り向いた時には遅かった。既にネギはポケットから壺を取り出している。
 「僕達の勝ちです。封魔の瓶ラゲーナ・シグナートーリア!」
 過去の記憶通り、ヘルマンを封印しようとする封魔の瓶。だが背後にいたアスナが悲鳴を上げる。
 「アスナさん!?」
 アスナの胸元のペンダントが激しく輝きだす。同時にパシィッと音を立てて、瓶は地面に転がった。そして封印の失敗と言う事態に、ネギも小太郎も目を見張った。
 「封印の呪文が掻き消された!?どういうことだ!」
 ネギの肩にしがみ付いていたカモの叫びに、ヘルマンが余裕たっぷりに手袋をはめ直す。
 「実験は成功のようだね。放出系の魔法に対しては完璧だ。さて、それでは私もやらせて貰おうか。この程度で終わらないでくれよ、ネギ・スプリングフィールド君」

シンジside―
 シンジは自分の罪を弾劾され、完全に戦闘意欲を失っていた。
 「ねえ、何で私を見殺しにしたの?私の事、好きだと言ってくれたのは、嘘だったの?」
 「ち、違う」
 「だったら、どうして?私はシンジ君が助けてくれると思っていたんだよ」
 地面に膝を着くシンジ。その姿は、少女達が知る近衛シンジの姿ではなかった。
 「芦ノ湖へ初めてデートに行った事。観覧車に一緒に乗った事。帰りに一緒にお風呂へ入った事。私は全部覚えてる。私がシンジ君とデートした事を、どれだけ嬉しく思っていたか、シンジ君は知らないんだろうね」
 「そんなことはないよ、マナ!」
 「・・・覚えてる?私がシンジ君に近付いた理由」
 マナの手に、一振りの小振りなナイフが握られる。その鈍い輝きに、ハルナが『逃げて!』と悲鳴を上げる。
 「私はムサシとケイタを助けたくて、シンジ君に近付いた。大人の都合で少年兵として育てられていた、幼馴染の2人を助けたくて、私はスパイを引きうけた。でも、私はシンジ君を本当に好きになってしまった」
 「・・・知ってるよ・・・」
 「私の正体がNERVにバレた時、私と戦自の取引は消滅した。私は脱走した2人に対する人質としてしか扱われなくなってしまった。芦ノ湖の道路の上で、鉄の檻の中でこれ見よがしに閉じ込められた」
 マナのナイフが、シンジの腹にズブッと沈む。その光景に囚われた少女達から絶叫が上がった。特にハルナは涙を流しながら叫び続ける。
 「私ね、嬉しかった。シンジ君が私を助けに来てくれた時の事は、今でもハッキリ覚えているの。スパイってバレちゃったのに、それでもシンジ君は私を好きでいてくれた。自分の立場が悪くなる事を承知の上で、私を助けに来てくれたから」
 再び突き刺さるナイフ。その度に、ステージ上に赤い鮮血が飛び散っていく。
 「なのに、どうして?どうして最後に私を見捨てたの?N2の炎の中で、ずっと待っていたんだよ?シンジ君なら、きっと助けてくれると信じていたんだよ?」
 シンジの口から、ガハッと血の塊が吐き出される。それをマナは体全体で受け止めた。真っ白なワンピースに、大きな赤い染みが出来上がる。
 「ウソツキ」
 「・・・そうだ・・・僕は・・・ウソツキなんだ・・・」
 その言葉に、ローレライの顔に笑みが浮かんだ。

ネギside―
 「シンジさん、逃げてええええ!」
 少女達の悲鳴に振り向いたネギは、信じられない光景を目の当たりにした。戦闘意欲を失ったシンジに、ナイフを何度も突き立てる白いワンピースの少女の姿。何よりも驚くべきは、シンジが無抵抗な事である。
 「何をしたんだ!シンジさんに!」
 「ふむ。あちらは私の管轄外なのだよ。申し訳ないが、私に訊かれても困るのだ。まあ今は他人の心配より、自分の心配をしたまえ。行くぞ」
 その言葉に身構えるネギ。
 「そうそう、言い忘れたがこの辺り一帯には結界を張ってある。どれだけ騒ごうが、周囲に気付かれる事はない」
 その言葉と同時に、ヘルマンの姿が掻き消える。次の瞬間、ヘルマンはネギの背後へと回り込んでいた。
 「悪魔パンチデーモニッシエア・シュラーク
 魔力を込めたパンチ。だが込められた魔力は拳に止まる事無く、そのまま直線に突き進む。
 その事を良く知るスライム達は、手早く回避して無傷。ネギと小太郎は回避が遅れ、余波に巻き込まれてキリキリ舞いさせられる。
 「瓶が使えんならしゃあない!ごり押しや!」
 続けざまに放たれる悪魔パンチを凌ぎながら、詠唱を始めるネギ。一度は喰らった事のある魔法なので、小太郎もネギにタイミングを合わせる事が出来た。
 「白き雷フルグラテイオー・アルビカンス!」
 「犬上流・空牙!」
 だが雷も気弾も、ヘルマンの障壁を越える事は出来ない。同時に、アスナから再び悲鳴が上がる。
 「これは魔法無効化能力。そう、一般人である彼女が何故か持つ、極めて希少かつ、極めて危険なスキルだ。今回は我々が逆用させて貰ったがね」
 「何やて?魔法無効化!?」
 「ネギ!私は大丈夫だから、早くこのエロジジイをぶっ飛ばしなさい!」
 クッと歯噛みするネギ。だが魔法攻撃を封じられている以上、ネギも小太郎も決定打を使う事が出来ない。だが時間をかけるほど、シンジが追い詰められていく。何よりハルナの悲痛な叫び声が、ネギを追い詰めていた。
 (兄貴、持ちこたえろ!)
 肩から飛び降りるカモ。同時に襲い掛かるヘルマン。
 「さあ、私に放出系の術も技も通じないぞ。男なら拳で語り給え」
 ドゴンッという爆音とともに、ステージの一画がヘルマンのパンチの余波で破壊される。
 一方的に嬲られるシンジ、苦悶するアスナ、泣き叫ぶハルナ、そして囚われの少女達というプレッシャーが、ネギを捨て身の突撃に走らせる。だがその特攻を、ヘルマンは冷静に見極めて、カウンターパンチで吹き飛ばす。
 「ネギ!」
 (姐さん!今、その胸のペンダントを取ってやるぜ!)
 カモがアスナの胸元で輝くペンダントを取ろうと傍まで近寄った。しかし、ネギと小太郎の相手を譲ったスライム達の存在を、カモは完全に忘れていた。
 「アホガモーーー!アンタ何しに来たのよ!」
 「馬鹿は一緒に入ってナ」
 すらむぃに水牢の中へと放り込まれるカモ。事態は悪化の一途を辿る。
 カモによる魔法無効化解除のチャンスを失い、劣勢に立たされるネギと小太郎。2人に取って最悪なのは、ヘルマンの魔力を込めた一撃が、魔法と同等か、それ以上の破壊力を持った遠距離攻撃である事だった。
 詠唱も無しで、数に物を言わせて撃たれる魔力弾の攻撃に、次第にネギも小太郎も防御が間にわなくなる。
 遂には防御を抜かれ、クリーンヒットを喰らった2人は、派手に観客席を砕きながら地面へと叩きつけられた。
 「やれやれ、この程度かね?」
 「小太郎君!」
 「分かってる、まだいけるわ!」 
 再び一斉に襲い掛かるネギと小太郎。その攻撃に、意図的に小太郎だけをカウンターで吹き飛ばしてから、ヘルマンは呟いた。
 「ネギ君。君は何故、本気で戦わない?君の父、サウザンドマスターとはまるで正反対の性格だよ。第一、君は何のために戦うのだ?」
 「な、何のために?」
 「そうとも、小太郎君を見たまえ。彼は実に楽しそうに戦う。仲間のために戦う等、実に下らない。戦う理由とは、常に自分のためであるべきだ」
 思わず動きを止めてしまったネギを、ヘルマンは教え子に対する教師のように諭した。
 「怒り、憎しみ、復讐心等は実に良い。誰もが全霊で戦える。あるいは小太郎君のように強くなる喜びでも良いね。そうでなくては戦いは面白くならない」
 「僕は、僕は戦いを楽しいなんて思った事はない!僕が戦うのは!」
 「一般人の彼女を巻き込んでしまった責任感?助けなればという義務感?そんな下らない物を糧にしても、強くはなれないぞ?いや、それとも君が戦うのは、あの雪の日の夜の記憶。それから逃げるためかね?」
 アスナとネギが、同時に『え?』と声を上げる。そして2人の前で、ヘルマンは帽子を取り、その真の姿を見せつけた。
 6年前の冬の日。ネギを庇ったスタンとネカネは石化の魔法をくらった。その魔法を放った魔族が、今、ネギの前に立っていた。
 「そう。私が君の仇だ。あの日、召喚された者達の中でも、ごく僅かに召喚された爵位級の上位悪魔。そして村人を石化し、村を壊滅させ、あの老魔法使いに封じられた悪魔こそが、この私だよ」
 再び帽子を被り、人間の姿を取りつくろうヘルマン。その瞬間、ネギの姿が掻き消えた。

水牢内部―
 追い詰められているネギと小太郎。一方的に嬲られ、反撃の姿勢を見せないシンジ。その光景に焦りを抱く少女達。その中で最初に行動を起こしたのは和美だった。
 泣き叫ぶハルナを力任せに引き寄せると、その耳元で叫んだのである。
 「パル!いい加減にしろ!京都で言われた事を忘れたのか!」
 トラブルメイカーで冷静。それが和美の評価である。だがそんな評価をかなぐり捨てるように、今の和美は激昂していた。
 「アンタはシンジさんの傍にいる事を決めたんだろ!泣き喚く前に、やる事があるだろうが!」
 和美の叫びに、パニックに陥りかけていた少女達は、自分の心が落ち着いて行くのをハッキリと自覚した。それはハルナも同じである。
 「・・・ごめん、朝倉。私・・・」
 「いいわよ、それぐらい。それより、ここをどうやって出るかを考えないと」
 憎々しげに水牢を睨みつける和美。ハルナは涙を拭いながら立ち上がり、夕映もパニックから立ち直って、必死に打開策を練り始める。
 (みんな、ちょっと集まって。おチビちゃん達に見られない様に円陣を組んで)
 木乃香の言葉に集まりだす少女達。そこで木乃香が取り出したのは、練習用の折り畳み式の杖だった。

ローレライside―
 一方的に嬲られ、反撃する意思を見せないシンジに、彼女は喜びを感じていた。
 『死霊術師ネクロマンサー』。それが彼女の二つ名であり、コードネームである。SEELEに忠実な構成員として育成された彼女は、使徒戦役後に残ったメンバーとともに姿を隠していた。なぜなら、NERVが政治的攻勢を仕掛けて、それに対抗できる余力が無かったからである。
 そんな中で、彼女が所属するSEELE残党組織は、ある者達と接触を図った。お互いの相互利益の為に手を組んだ2つの組織。そしてSEELE側は、魔法と言う新たな力に希望を見出した。
 彼女―ローレライは、魔法習得という理由もあってSEELEから派遣されている。派遣先はSEELEと手を組んだ『魔法世界ムンドゥス・マギクス』の最大テロ組織である『完全なる世界コズモ・エンテレケイア』。
 そして今、彼女はNERVの切り札とも言える、サードチルドレンの命に王手をかけた。その喜びと興奮が、彼女の全身を駆け巡る。
 (愚かなサードチルドレン・・・私の本当の力にも気付かないとは・・・)
 彼女の扱うアーティファクト『偽りを映しだす者』。その力は死者の召喚等ではない。本当の能力は、他人に擬態させる能力である。そして彼女は、SEELEに残っていたNERVの記録から、霧島マナに関する報告書を入手し、彼女の情報を調べ尽くしたのである。
 (NERV諜報部の報告書。これには感謝しないといけませんわね。これほど詳しい物で無ければ、私もここまで再現はできなかったでしょうから)
 言葉で心を、ナイフで体を刻まれる大敵の情けない姿に、ますます興奮するローレライ。遂に彼女は、この甘美な一時に幕を下ろそうと決めた。
 (さあ、トドメを刺してあげる。貴方の心を、すり潰してあげます)
 霧島マナの姿が、シンジの前で変化する。そこに現れた少女の姿に、シンジは凍りついた。

ネギside―
 ネギは頭の中が真っ白になっていた。何も考える事が出来ずに、感情のままにヘルマンを空高く吹き飛ばしていた。
 空中に吹き飛ばされ、死に体となったヘルマン。そこへネギが目にも止まらぬラッシュを仕掛けて、ヘルマンを追い詰めて行く。
 「何やあれは!」
 「あれは、魔力の暴走だ!兄貴の最大魔力は、元々膨大なんだ!それが何かのきっかけで解放されれば!」
 水牢から聞こえてきたカモの叫びに、真相に気付いたのはアスナだった。アスナはネギの記憶で、6年前の事件を追体験していたのだから。
 「ネギ!」
 アスナの叫びはネギに届かない。ただ感情のままに暴れ狂う。
 一方のヘルマンはと言えば、復習に暴れ狂うネギの姿に喜びを感じていた。
 「それだよ!私が見たかったのは、それだ!それでこそ、サウザンドマスターの息子だよ!素晴らしい才能!惜しむべき才能!本当に将来が楽しみだよ、だが!」
 真の姿に戻るヘルマン。その口に石化の魔法が光となって灯る。
 (その素晴らしい才能が潰えるのを見るのもまた、私の喜びなのだよ!)
 至近距離から放たれる石化の魔法。感情に任せて暴れ狂っていたネギには、絶対に回避不能の一撃。それを救ったのは、横からかっさらうようにネギを引きこんだ小太郎だった。
 2人はそのまま地面に激突。ズシャアアッという音とともに、観客席を砕きながら、2人は止まった。
 「ぼ・・・僕は・・・」
 「このアホウが!」
 ゴスン!とネギの脳天に拳を叩きつける小太郎。その様子を人間に戻ったヘルマンが、意図的に攻撃を止めて興味深げに眺めた。
 「お前の底力が凄いのは分かったわ!でもな、決め手も無しに突っ込むなんてアホウのする事や!仇かなんか知らんが、あの程度の挑発で簡単に切れんな!」
 ネギの頬を抓り、グリグリと引っ張る小太郎。その光景に、ヘルマンが『フッ』と小さく笑う。
 「倒すで、ネギ!共同作戦や!」
 「うん!」
 「・・・今のは大変良かったのだがねえ・・・だが君達は私に勝てるのかな?」
 ヘルマンの言葉に、ネギと小太郎が構えを取る。だがヘルマンの視界は、水牢の中で円陣を組んだ少女達の手に気付いた。
 その手に握られていたのは、小さな練習用の杖。
 「いかん、止めろ!」
 「プラクテ・ビギ・ナル火よ灯れアールデスカット!」
 主の命令に、水牢へ飛びかかるスライム達。だがそれよりも早く、杖からは木乃香の膨大な魔力を糧にして、巨大な炎が発生した。
 一瞬で吹き飛ぶ水牢。少女達は咄嗟に行動する。
 「瓶は!?」
 「あそこ!」
 のどかの叫びに、夕映が飛び付く。その間に木乃香が魔法で刹那を、古が拳の一撃で水牢を破壊し、2人を確保する。さらに和美がアスナへ近寄り、ペンダントをもぎ取った。
 「何だと!?」
 「させねエゼ!」
 すらむぃ達がペンダントの奪取に、和美へ向かって飛びかかる。だが夕映はのどかとともに、瓶をすらむぃ達に向けた。
 「封魔の瓶ラゲーナ・シグナートーリア!」
 吸い込まれるすらむぃ達。少女達の活躍に、ネギと小太郎に勝機が見える。
 「小太郎君!取っておきを使う!前衛を頼む!」
 「任せろや!」
 「面白い、来たまえ!」
 ボクシングスタイルを維持したまま、突撃してくるヘルマン。そこへ影分身で6体になった小太郎が、一斉に襲い掛かる。
 「どきたまえ!私の狙いはネギ君だけだ!」
 高速のパンチで、5体の小太郎を迎撃し、最後に飛び込んできた小太郎を強烈なアッパーで吹き飛ばす。そして石化の魔法を放とうとして、目の前に小太郎がいた事に気がつく。
 「残念。囮が本物や」
 気を込めた全力の一撃がヘルマンを捉える。
 「魔法の射手サギタ・マギカ雷の1矢ウナ・フルグラーリス!攉打頂肘!」
 魔法の矢を上乗せされた肘打ちが、ヘルマンの鳩尾に突き刺さり、全身を電撃で硬直させる。たまらず真の姿に戻りかけるヘルマン。
 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!来れ虚空の雷薙ぎ払えケノテートス・アストラプサトー・デ・テメトー雷の斧ディオス・テュコス!」
 轟音とともに、ヘルマンは巨大な雷を浴びて大地に倒れ込んだ。

少し離れた樹上―
 「マスター、宜しかったのですか?」
 「仕方あるまい。私としては坊やの潜在能力を見る事が目的だった。ならばそれが達成できた以上、自由にさせてやるのが筋だろう」
 茶々丸の言葉に、エヴァンジェリンが返す。つい先程まで隣に立っていたクラスメートは、任務を果たす為に特設ステージへと向かっていた。
 「全く、あれに再生能力がある事を忘れているな。ちょっとやそっとでは死なんと言うのに。まあ仕方ないか」
 「・・・マスター、これからどうされますか?」
 「ついでだ。幕が閉まるまで、ここでゆるりと見物させて貰うさ。あの男が黙って助けられるか、それとも自らの意思で立ち上がるか、それはそれで興味を引かれるからな」
 余裕綽綽と言った感じで、離れた場所から事の推移を楽しもうとするエヴァンジェリン。 
 だが、彼女は想像しなかった。
 お気に入りの玩具と言うべき少年に秘められていた、真の力の強大さに。
 呪刑縄という人間の技術では縛りきれない『使徒』の力に。

シンジside―
 マナが消え、次に現れた少女の姿に、シンジは言葉が無かった。全身が打ち震え、口の中がカラカラになる。
 蒼銀の髪。真紅の瞳。病的なまでに白い肌。触れれば折れそうなほどに華奢な体格は、白を基調としたプラグスーツを纏っている。
そして世界中の誰よりも、月が似合う少女だった。
 「・・・あや・・・なみ・・・」
 「ふふ、久しぶりね、碇君」
 「・・・るな」
 シンジの雰囲気が切り替わった事に、ローレライは気づいた。背筋に走る寒気。感じた嫌な予感を振り払うかのように、顔を左右に振る。そして勝利を確信し―
 「ふざけるなああああ!」
 咆哮とともにシンジが立ち上がる。全身から大量の気が立ち上り、その余波で垂らしていた前髪が捲れ上がる。
 露わになる真紅の瞳。そこに浮かんでいた感情は『怒り』。
 「綾波を侮辱するなああ!」
 その咆哮に、全員の視線が集まった。
 「・・・あの人が綾波さん?」
 アスナの言葉に、全員が蒼銀の髪の少女へ目を向ける。そこに見つけた顔は、確かにシンジの母である、碇ユイに似た面影があった。
 月がとてもよく似合う、儚い少女。だがその少女に対して、シンジは怒りをもって対峙していた。
 「殺す!」



To be continued...
(2012.03.31 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はヘルマン編第2話です。少女達を人質に取られて不利な戦いを強いられるシンジ達。そしてトラウマを抉られた事で、ネギとシンジは怒りを以て対峙する。そんな感じの話に仕立てました。
 ちなみにシンジがレイの姿を見てキレた理由は、麻帆良祭編で明らかにする予定です。
 話は変わって次回です。
 怒りのあまり、再び立ち上がるシンジ。しかしその怒りは、封じられていなかった18番目の使徒としての姿を曝け出させる程に強烈な物だった。
 全てが終わった後、その力の強大さに、関東魔法協会はシンジ擁護派と排斥派に分かれて争いだす。
 そして少年少女達は、シンジを救おうとそれぞれに出来る事を成そうとする。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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