正反対の兄弟

第二十九話

presented by 紫雲様


ローレライside―
 予想外の事態に、ローレライは困惑していた。
 1つ目は綾波レイの出現が、シンジにとって弱点どころか虎の尾であった事。怒りをもって、目の前の大罪人は戦う意思を取り戻してしまった。
 2つ目はシンジが気を使えた事。魔法使いとして未だ修業中の身である彼女は、あまり魔法を使えない。そんな彼女であるが、目の前にいる少年が内に秘めていた膨大な気の量には恐怖すら覚えた。
 「何だ、この力は!」
 そんな彼女の眼前で、シンジは綾波を模したローレライのアーティファクト『偽りを映し出す物』に近付いて行く。その首に右手を伸ばすと躊躇い無くゴキッと音を立てて、首の骨を砕いて見せた。
 元の姿に戻ったアーティファクトが無残な姿を晒す。
 「殺す・・・殺す・・・殺す・・・殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
 今のシンジは膨大な気を使って、限界を超えて体を強化していた。それ故に、握力だけで頸骨を砕くと言う真似ができたのである。
 そんな事が出来る少年がゆっくりと近づいてくる事に恐怖を覚えるローレライ。その時彼女は気づいた。目の前にいる少年の傷が、急速に治癒していく事に。
 彼女も魔法使いの端くれに位置する者。魔法の中には傷を治療する治癒魔法がある事ぐらいは知っている。だがシンジがそれを使った気配はどこにもない。ならば当然の帰結として、シンジの治癒は魔法ではないと言う事になる。
 (自己再生?サードチルドレンは生体改造でも施されていた?いや、そんな事はない)
 その瞬間、ローレライは気づいた。自己再生能力を持った完全生命体の事を。
 「まさか!お前は・・・お前は使徒になったというのか!」

ハルナside―
 彼女にとって最大かつ唯一の武器『落書帝国』が無い今、ハルナは無力な少女である。それでも彼女はシンジの元へと走った。
 だが彼女の前で異変が起きる。
 普段はほほ笑んでいる少年が、怒りの形相で『綾波レイ』の偽物を躊躇い無く破壊していた。
 その姿に、ハルナは寒気を感じた。だが足は止めない。
 (もう二度と、二度と泣くもんか!)
 自らを鼓舞しながら、シンジへ走り寄る。その時だった。
 「まさか!お前は・・・お前は使徒になったというのか!」
 叫び声を上げたローレライが、服の中から拳銃を取り出し、躊躇い無く発砲する。だがその弾丸は、シンジの前に突き刺さった、巨大な十字手裏剣によって食い止められた。
 「すまない、遅れたでござる」
 シンジの隣に現れた楓は、ローレライを牽制するように立ちはだかる。
 「・・・どいてよ・・・僕はあの女を殺すんだ・・・」
 「止めるでござるよ!シンジ殿は人を殺めてもいい人ではござらん!」
 言葉で止めようとする楓。そこへハルナが飛び込んできた。
 「もう止めて!お願いだから止めてよ!」
 「どいてよ・・・僕は許せないんだ・・・綾波を侮辱したあの女を、殺さずにはいられないんだよ」
 ハルナと楓。2人に向けられた視線。そこには普段の温厚さは感じられなかった。あったのは、限りない怒り。
 「だから・・・部外者は引っ込んでろおおおおおおっ!」
 部外者―関係のない赤の他人を意味する言葉。
 その言葉に、少女達は僅かな間とはいえ、その体を硬直させる。
そして怒りに支配された今のシンジには、2人の少女という存在は全く意味を為す事は無かった。それどころか、自身の報復行動を邪魔しようとする、障害物に近い存在にすら感じられた。
一際強力な気が発生し、シンジの全身を炎の様に包み込んでいく。その無差別に放たれる気の威圧感に、ヘルマン達が用意していた結界がギシリと不気味な音を立てた。
 「まさか、結界が壊れるというのでござるか!?ただ気を纏っただけで!?」
反射的に結界へ目を向けた楓は振り向き、そして言葉を失った。シンジの頭上に、見慣れない光の輪が浮かんでいたからである。
 だが異変はそれだけに止まらなかった。
 シンジの背中が、異様な膨らみを見せる。同時にシンジが着ていたトレーナーが、まるで空気を入れすぎた風船の様に弾け飛んだ。
 その背中にあったのは、2対4枚の翼。それも葉脈状の翼である。
 その翼がぎこちなく広げられていく。脱皮したばかりの昆虫が、まだ十分に血液が行き渡っていない翅に血液を万遍なく通す様に。
 更にシンジの上半身から、ミシミシという嫌な音が聞こえてくる。
 音の発生源に目を向けた楓は、それが意味する事を理解して目を剥いた。
 「呪刑縄が!」
 15本の呪いの鎖。それが内圧に耐え切れず、千切れそうになって音を立てていたのである。
 もはや人間ではない事を証明するかのようなシンジの姿に、少女達は目を奪われた。
 「・・・光の輪?それに、あれは翼なの?」
 少し離れた所で事の経緯を見守っていた少女達の中から『天使?いえ、堕天使?』という声が漏れる。
 少女達が見守る中、シンジの背中から姿を見せたATフィールドの翼は、まるで天に昇ろうとするかの様に、あっという間に大きくなる。遂にはヘルマン達が張り巡らせていた、人払いと消音の結界に遮られ―
 パリインッ!
 甲高い音とともに破られる結界。遮る物が消えた翼は、更に大きく成長し続けた。

ネギside―
 ヘルマンを倒し、一息つく間もなくシンジの救援へ向かおうとしたネギと小太郎は、規格外の気を全身に纏い、背から翼を展開し始めたシンジの姿を目撃する事になった。
 「シンジ・・・さん・・・?」
 「何や?何や、あの力は・・・」
 2人はシンジが発する強大な力の気配に、完全に呑まれてしまっていた。
 目の前で起きる異常事態。だが、いつまでも見続けている訳にはいかないと、行動しようとした時だった。
 「2人とも、彼を助けようと思っているなら、それは止めたまえ」
 地面に倒れ、無力化したヘルマンの言葉に振り向く2人。そんな2人から視線をシンジへとずらしながら、ヘルマンは言葉を続けた。
 「あの娘も馬鹿な真似をしたものだ・・・まあ私も気づかなかったのだから、愚か者という点では似た者同士かもしれんな」
 「・・・貴方は・・・貴方はシンジさんの事を知っているんですか!?あの力は、一体何なんですか!」
 「・・・済まないが、それについては口に出す事は出来ん。確かに私は彼の正体に心当たりがある。それは事実だ。だが彼が君達に説明していないという事は、君達には知られたくないと考えている事を意味する。私は不用意に彼の怒りを買う程、愚か者ではないのでね」
 ヘルマンから答えは得られない。そう判断した2人は、渋々ながら視線を外した。そんな2人に苦笑しつつも、ヘルマンもまた最後の力を振り絞ってシンジへと視線を向けた。
 (・・・しかし、実に規格外の力だ。さすがは18番目の使徒・・・)

木乃香side―
 近衛木乃香。その小さな体に、魔法使いとして最高峰と言っても良い程の魔力を秘めた少女である。その力の強大さは、京都での一件において存分に発揮され、そして少女自身も自分の潜在能力を理解していた。
 だが目の前で、彼女が兄と慕う少年が発する力の強大さは、自分の潜在能力を遥かに上回るという事を本能的に察することが出来た。
 「これは、一体・・・」
 すぐ傍から聞こえてきた聞き覚えのある声に、ゆっくりと振り向く木乃香。そこには水牢から解放された刹那が、やはり呆気に取られたようにシンジを見つめていた。
 「せっちゃん・・・お兄ちゃんが・・・」
 「・・・このちゃん、教えて・・・一体、何があったんや?」
 「多分、お兄ちゃんはキレたんや・・・あの女の人、お兄ちゃんを守って命を落とした、お兄ちゃんが好きだった子の偽者を作ったんや・・・それで・・・」
 ギリッと歯軋りする刹那。刹那自身は、綾波レイの存在を知らない。
 しかし手短な話ではあっても、ローレライの行動がシンジの心の傷を土足で踏み躙った事だけは容易に推測できた。
 今までにも、何度かシンジは怒った事がある。だがそれは怒るというよりも、叱るという一面を持っていた。
 だが今のシンジは、私的感情による怒りに支配されている。その結果、どんな事が起ころうとも不思議はない。
 だから、木乃香の護衛者として当然の行動を起こした。
 「・・・念の為に結界を張ります。皆さん、私の後ろへ隠れて下さい」
 「せっちゃん!?」
 「このちゃん、お願いだから言う事をきいて!私には、これしか出来ないんや!・・・シンジさんを止めるなんて、今の私には・・・」
 悔しげに体を震わせる刹那。刹那にとって、シンジは信用できるチームメイトである。だから見捨てるような真似はしたくないのが本音である。
 だが現実問題として今の刹那にシンジを救う手だてはなく、守るべき木乃香は裸で無防備に立ったまま。今の彼女に出来るのは、木乃香を守る事に全力を費やす事だけだった。
 そんな親友の姿に、木乃香も肩を震わせながら刹那の背に隠れる。そしてその肩越しに、兄と慕う少年に目を向けた。
 (・・・ハルナ・・・お願いだからお兄ちゃんを助けてあげて・・・)

学園長室―
 学園長室で一服していた近右衛門は、今回の一件でネギ達が更なる成長を遂げてくれると期待していた。だからこそ、侵入者迎撃を強制的な義務とされているエヴァンジェリンに裏から手を回して、ヘルマンの侵入に目を瞑らせたのである。エヴァンジェリンもまたネギの潜在能力を把握するのに、ヘルマンは恰好な相手であると考え、その意見を受け入れていた。
 ネギの傍にはシンジもいるし、更なる保険としてタカミチを待機させており、いつでも救援に向かえる様に準備もしていた。だからこそ、ネギの成長という期待を抱く事が出来た。
 だが、その期待は一瞬で砕かれた。
 ヘルマン達が張った結界が、内圧に耐え切れずに破壊。更に異常極まりない力の気配が認識阻害結界の中に充満すると同時に、赤い翼の様に見える物体が姿を見せたからである。
 「な、なんじゃ!?」
 目を丸くして立ち上がる近右衛門。慌てて窓へと駆け寄る。
 「・・・いかん!全魔法先生と魔法生徒に緊急連絡を入れねば!」

同時刻、聖ウルスラ高等部―
 もうすぐ麻帆良祭という事もあり、事前準備の為に高音は教室に残って企画書を清書していた。その傍にはシャークティーが椅子に座っており、企画書の内容に不備が無い事を確認して満足そうに頷いている。
 「・・・問題ないわね。高音さん、期待しているわよ?」
 「はい!任せて下さい!必ず期待に応え」
 突如、感じたプレッシャーに高音の声が凍りつく。咄嗟に窓へと目を向けると、そこには天を衝かんばかりに巨大な赤い物体が姿を見せていたのである。
 「シ、シスター!?あれは一体!」
 強大すぎる力の気配に、シャークティーも呑まれてしまって声が出せない。そこへシャークティー同様に高等部に居残っていたガンドルフィーニと神多良木が、凄まじい勢いで走りこんできた。
 「ガンドルフィーニ先生!神多良木先生!」
 「2人もあれを見たんだな?だが、あれは一体何だ?それに、この力・・・」
 思わず唾を呑みこむ4人。そこへ脳裏に、聞き覚えのある声は響いた。
 『聞こえるかの!儂じゃ、緊急連絡じゃ!現在、不可思議な事態が起きておる!だが君達は魔法を知らぬ一般生徒や教師達を守る為に動いて貰いたい!下手にあそこで何が起きているのか、調べようとしてはならん!そちらの調査については、儂らで行う!』
 近右衛門からの連絡を、かろうじて理解する4人。だがプレッシャーに呑まれた彼らは、動く事も出来ずに見つめる事しか出来なかった。

関東魔法協会情報管理部―
 関東魔法協会において、情報収集と管理を一手に引き受ける情報管理部。ここに勤めるのは大学部の明石教授を責任者として、少数精鋭で運営されている。
 その少数精鋭についても大半が魔法生徒達である為、麻帆良祭が近い現在、好き好んで管理部へ顔を出す者はいない。
 その為、この日は明石教授と刀子―ただし刀子は陣中見舞としてコーヒーの差し入れに来ただけ―が管理部に顔を出して職務に励んでいた。いや、その筈だった。
 原因は目の前の巨大ディスプレイに映る光景。背中から巨大な翼を生やした、少年の姿。
 「こ・・・これは・・・」
 『明石君!聞こえるかの?明石君!』
 「は、はい!失礼しました、聞こえます!」
 近右衛門に念話で呼びかけられた明石は、呆然とした状態から正気に戻ると、咄嗟に返事を返した。
 『今、そこに何人おる!』
 「い、いえ!私と葛葉先生だけです!」
 『では誰も入れない様にするのじゃ!それから、あの光景に関する情報は、全て消去!リカバリーも不可能な様に、完全に消去するのじゃ!あれは、口外して良い様な物ではない!少なくとも、儂から説明するまでは口外禁止じゃ!』
 「わ、分かりました!」
 切れる念話。だが2人の眼は巨大ディスプレイから離れる事は無かった。

タカミチside―
 近右衛門からの緊急連絡を、タカミチはネギ達を助ける為に向かう途中で受け取っていた。
 関東魔法協会において、近右衛門に次ぐ実力者と目されているタカミチ。彼はその年齢や外見とは裏腹に、豊富な実戦経験を持っている。
 そんな彼であっても、全身に叩き付けられる様な力のプレッシャーには言葉が無かった。
 「一体、何があったというんだ!」
 力の持ち主。その正体に、タカミチは心当たりがあった。
 強大な力であるが、その力は魔力ではなかったからである。
 「・・・魔力でなければ、あれは気だろうな。そして、あれほど膨大な気の持ち主とくれば!」
 脳裏に浮かぶのは、1人の少年。今も敬意を払う剣士から、困っていたら手助けしてほしいと言われた対象。
 空を走るタカミチ。その視界に、1組の主従の姿が映る。
 「エヴァ!ネギ君とシンジ君は!」
 「・・・遅かったな、タカミチ。どうやら終わった様だぞ?」
 皮肉気に返すエヴァンジェリン。だがその幼い表情には、かつてないほどの緊張感が刻み込まれていた。
 「・・・人間を辞めさせられた、か・・・」
エヴァンジェリンの瞳に浮かんだ憐みという感情に、忠実な僕だけが気がついていた。

時は少し遡る―
 人外の姿を現したシンジという現実を少女達は理解出来ず、呆気にとられるばかりであった。そんな中、ハルナだけは違った。
激怒し、正気を失ったシンジに部外者呼ばわりされたのは、彼女にとって大きなショックだったのは事実である。だが、そこで挫ける訳にはいかなかった。
シンジがどうして、そこまで激怒しているのか。その理由を、ハルナもまた推測出来たからである。
(・・・シンジさんが怒るのは当たり前だよね・・・あんな偽者作られたら・・・)
シンジにとっての初恋の相手であり、実の妹であり、そしてシンジを守って命を落とした少女―綾波レイ。その存在の大きさは、今もなおシンジを縛り続ける。
だが、屈する訳にはいかなかった。だからこそ本能的な恐怖を押し殺して、必死になってシンジに抱きついて耳元で叫ぶ。
 「元に戻って!料理が得意で、優しくて、頭が良くて、面倒見が良くて、たまに意地悪で、怖い時もあるシンジさんに戻ってよ!お願いだから私の好きなシンジさんに戻ってよ!」
 ハルナがシンジに唇を押し付ける。絶対に離さないと覚悟を決めて。
 少女の閉じられた双眸から、止めどなく流れ続ける滴。その姿に動きを止めるシンジ。周囲は事の成り行きについていけず、誰も身動きする事が出来ない。
 やがて永劫にも思える時間―実際には1分と経たなかったが―が過ぎると、シンジの頭上から輪が消滅。膨大な気も徐々に収まり、それに追随するかのように翼も背中へと沈み、呪刑縄の軋む音も小さくなっていく。
 そこへネギの声が飛んだ。
 「長瀬さん!その人を止めて!召喚で逃げられます!」
 慌ててローレライへ振り向く楓。ローレライの足元には魔法陣が光輝いている。
 「大罪人よ!今日は出直します!私では、貴方には勝てない!」
 「やらせぬでござるよ!」
 咄嗟に飛びかかる楓。だが一瞬だけ早く、ローレライは姿を消していた。

 落ち着きを取り戻したシンジは、どこか気まずそうな雰囲気のまま、ヘルマンへと歩み寄った。
 「・・・横たわったままで、誠に申し訳ない。本来なら片膝を着いて拝謁するべきなのだろうが・・・」
 「僕が聞きたいのは1つだけ。あの女についての情報です」
 「私が知っているのは、私の封印を解いた者が、連絡役兼協力者として彼女を派遣してきた事だけ。それ以上は本当に知らない・・・」
 「では、封印を解いた者の名は?」
 「・・・フェイト。そう呼ばれていた」
 フェイトと言う名に緊張が走る。リョウメンスクナの事件で暗躍していた、超絶的な強さを持つ、白髪の少年。
 「分かりました。その言葉、信じます」
 同時に、シンジが崩れ落ちる。咄嗟に抱きかかえたハルナと楓の腕の中で、シンジは完全に気を失っていた。
 「シンジさん!」
 「・・・いや、これは気絶しているだけでござる。体も心も限界に来ていたのでござろう」
 その言葉にホッと一息吐くネギ。そこへヘルマンが声を掛けた。
 「君達の勝ちだよ、ネギ君。トドメを刺し給え。実は、ここへ来る前に君の事は調べさせて貰ったのだ。君が覚えた9つの戦闘用魔法。その最後の1つ―我々のような高位の魔物を完全消滅させる魔法―それはこの時のためだった筈」
 「・・・いえ、トドメは刺しません。だって、貴方は人質になったアスナさん達に、それほど悪い事をしなかった。僕達と戦っている時も、本気を出してはいなかった。それに6年前も、貴方は召喚された者の義務として行動しただけだったと思うんです」
 「どうかな?私は悪魔、悪人だぞ?」
 「それでも、トドメは刺しません」
 ネギの言葉に、ヘルマンは考え込んだ後、大きな笑い声をあげた。
 「君はとんだお人好しだ!戦いには向かんよ!」
 そのまま木乃香を指す。
 「コノエコノカ嬢。極東最大の魔力の持ち主。成長した彼女の力をもってすれば、私の石化は解除できるだろう。何年先になるかは分からんがね」
 「ウ、ウチ!?」
 突如名差しで指名された木乃香は、驚きで目を丸くするばかりである。
 「いずれまた、成長した君を見る日を楽しみにしているよ。私を失望させてくれるなよ!」
 その言葉を最後に、ヘルマンはこの世界から姿を消した。

翌朝、学園長室―
 昨夜の一件は、麻帆良に住む魔法先生や魔法生徒達が知る事になった為、近右衛門は関東魔法協会の責任者として、事の説明をしなければならなかった。
 緊急会議という名の説明会には、ネギ以外の全ての魔法先生が出席。魔法生徒達は参加出来なかったが、唯一、エヴァンジェリンだけは例外として出席していた。
 「・・・以上じゃ。何か質問はあるかの?」
 「学園長がネギ君の成長を狙って、爵位級魔族の侵入を許した事は理解出来ました。実戦という物が、得難い経験となる事は理解出来ますので、それについて私は何も言うつもりはありません。ですが」
 刀子は言い難そうにした物の、それでも発言せざるを得なかった。それはかつて関西呪術協会に親しく、呪刑縄の事を良く知る者として。
 「お孫さん・・・いえ、失礼。シンジ君の事です。呪刑縄を、それも15本もの呪刑縄を感情に任せて破りかねなかった。これは危機的状況と言わねばなりません。あの時の力の気配。あれは異常というべき他はありませんでした。もし、あの力が感情に任せて暴走する様な事になれば!」
 「・・・刀子君のいう事は理解出来ない訳ではない。じゃがシンジはネギ君達、いや違うか。正確には早乙女君の支えで正気に戻って、自らの意志で力を抑え込んでおる。それでは納得できんかの?」
 「学園長!幾ら身内とはいえ、目を瞑る事の出来る範囲を超えております!万が一、あの規模の力が暴走したら、麻帆良の住人全てが命を落としかねない!それでも目を瞑れと言うのですか!」
 ガンドルフィーニの発言に、大半の者達が賛同の意見を口にする。明確にシンジ擁護の立場を口にしているのはタカミチと明石だけ。エヴァンジェリンと瀬流彦、弐集院の3名はどちらに味方するとは明言せずにいた。
 会議室に緊張が張り詰める中、今まで沈黙を貫いていた弐集院が口を開いた。
 「・・・待って下さい、ガンドルフィーニ先生。ここは今まで通りの方が良いかもしれません」
 「弐集院先生!正気か!?」
 「ええ。訳を説明します。仮に彼を追放したとしたら、どうなりますか?麻帆良の外に出たら、彼の身に万が一があった時、誰が彼を助けるのですか?彼が外の世界で力を暴走させたら、どれだけの被害が出るか。その事を考えましたか?」
 いつもはニコニコと笑っている弐集院だが、この時だけは真剣な表情だった。その真剣な顔に、ガンドルフィーニも考えを余儀なくされ―やがて苦虫を噛み潰した様に眉を顰めてみせる。
 「そういう事です。追放等すれば、最悪の事態を招きかねません。それでは次に、後顧の憂いなく、彼を殺めると仮定します」
 「弐集院先生!?」
 「何を驚いているんですか?大事の前の小事。大を生かすため小を殺す。9を救う為に1を犠牲にする。別に珍しい考えではありません。いや、それどころか偉大なる魔法使いマギステル・マギとして当然の考え、当たり前の正義という奴です。あなた達の理想像として、当然の意見ではありませんか?」
 言葉も無いガンドルフィーニ達。その光景をエヴァンジェリンは皮肉気に眺め、タカミチ達は固唾を呑んで見守る。
 「話を戻しましょうか。仮に彼を殺める事に成功したとします。ですが、本当に正解なのでしょうか?彼が死んだ時、あの力が暴走しないと、誰が保障してくれるのですか?」
 弐集院の発言に全員が目を丸くする。誰も考えていなかったが、確かに会議に出席しているメンバーの中で、シンジの素性について正確に把握している者はいないのだから、当然である。
 「私は彼の膨大な気を、いわゆる天賦の才だとばかり考えていました。ですが、あれは才能や素質等と言うレベルではありません。ましてや魔族と言った人間以外の異世界の住人ですらありません。正体は私には分かりませんが、だからこそ血気に逸るべきでは無いと考えます」
 「・・・クックックッ、まさかお前がその様な答えを出してくるとは思わなかったぞ?弐集院。だが良いのか?ここにシンジがいては、お前の娘に危機が及ぶやもしれんぞ?」
 「娘は親である私が守るだけですよ。それが父親としての私の義務ですから。違いますか、エヴァ?」
 「・・・お前にそう呼ばれるのは10年振りか・・・」
 かつてエヴァンジェリンは、タカミチとクラスメートだった。そしてタカミチが進級して後、新たなクラスメートとなったのが弐集院である。
 今でこそ『大黒様』と呼べそうな弐集院は、娘を溺愛する親馬鹿として有名であるが、エヴァンジェリンとクラスメートだった頃の彼は、喧嘩っ早く、かつ無鉄砲極まりない少年であった事をエヴァンジェリンは懐かしく思い出していた。
 「全く、タカミチ以外でそう呼んでも良いのはお前ぐらいだぞ?後にも先にも、私に告白してきた物好きは、お前ぐらいだったからな」
 「「「「「「告白!?」」」」」」
 衝撃の過去に、絶叫する一同。タカミチですら驚きのあまり、メガネをかけ直して弐集院をマジマジと見つめ直した。
 「あっはっは、今にして思えば若気の至りという奴ですよ。まあ貴女に振られたおかげで、妻に出会えたのだから感謝すべきかもしれませんが」
 「・・・あの女も物好きと言えば物好きだな。当時のお前は、タカミチに喧嘩を売ってくる命知らずどもにソックリだ。どう考えても、恋愛対象になるとは思えんぞ?」
 「いやいや、妻も言っていました。白ランにリーゼントなんて、断固お断りだった。落ち込んでいた私の姿に同情を感じなければ、今頃、他の相手と結婚していた、と」
 白ランにリーゼント姿の弐集院を必死に脳裏に浮かべる一同。だが白ランにリーゼント姿の大黒様しか想像出来ず、笑いを堪えるのに必死になる。
 「まあ、そういう訳で私は現状維持を提案します。どうしても不安であれば、関西呪術協会の長であるサムライマスターに相談して、呪刑縄の追加を頼んでみてはどうでしょうか?彼を養子にしたサムライマスターであれば、私達より詳しい事情を知っているのではないかと思いますが?」
 「・・・弐集院君の意見が妥当な所かのう。誰か反対意見がある者は?」
 これ幸いと会議を纏めに入る近右衛門。シンジの処分に拘っていたガンドルフィーニ達も、弐集院の真意―自分が道化師を演じる事で、シンジの処分を有耶無耶にする―に気づく事無く、苦しそうに笑いを堪えながら頷くしかない。
 「では、シンジについては儂の方で婿殿と相談の上で対応する事にする。それでは各自解散とするが、今回の件は口外禁止とする。生徒達には現在調査中という口実で、秘密厳守で頼むぞい?」
 閉会の言葉に、会議室を足早に立ち去る一同。だがいつまで経っても立ち去らない者達もいた。
 タカミチ、刀子、明石、弐集院、エヴァの5名である。
 明石が立ち上がって、ドアを閉めると再び席に着いた事で、近右衛門は口を開いた。
 「・・・どうしてお主等は帰らんのじゃ?」
 「・・・学園長。本気で言われているのですか?私は彼の母親を知っています。彼女が産んだ赤ん坊は、確かに普通の人間でした。彼女もまた、普通の人間でした。どう考えても、人外の存在ではありませんでした。一体、彼に何があったと言うのですか?」
 「そうか。明石君はあの子の事を知っておったのう・・・」
 顎鬚を撫でながら、考え込む近右衛門。だが明石に答えを与えたのは、彼ではなかった。
 「教えてやろう。シンジは人間を辞めさせられたそうだ。下らない老人の思惑でな。恐らくは、不老不死か何かの実験のモルモットにでもされたのだろうよ」
 「エヴァンジェリン!」
 「黙れ、ジジイ。シンジが自分が人間ではない事に、どれだけの負い目を感じていると思っているのだ。お前はシンジを助ける為に、何か手助けしたのか?言葉に出して、あれの心の重荷を取り除いてやったのか?」
 エヴァンジェリンの弾劾に、近右衛門は言葉も無く黙り込む。
 「お前の事だ。シンジが自らの意思で答えを手にするまで、見守るつもりでいたんだろう。確かにそれは、人生の先達として正しい姿勢だろう。だがそれも時と場合による。お前は知らんだろうが、あれの心の闇は私から見ても異常だ。あれは支える者がいなければ、間違いなく破壊を撒き散らす化け物に堕ちるぞ?」
 「そ、それはどういう意味じゃ!」
 「京都でな、あれが人間でない事が坊や達にバレた。あの時、坊やや早乙女達が必死になってシンジは人間の心を持っていると言い張った。だがあれは、最後までその言葉に救いを見出す事はしなかった。その事に、坊や達は気づいていなかった。幸か不幸か、ちょうどのタイミングで詠春が部屋に入ってきて有耶無耶になってしまったからな」
 エヴァンジェリンの言葉に、目を丸くする近右衛門。
 「分かるか?あれは救いを求めていないのだ。少なくとも、他人に近衛シンジという存在を認められたいとは考えていないのだ。これほど歪な心の持ち主が、自分で答えを見出す事が出来ると、お前は本気で考えられるのか?」
 「・・・無理じゃろうな。救いを求めぬ者が、自らの意思で救いとなる答えを積極的に探す訳がない・・・」
 「そういう事だ。あれは既に諦めてしまっている。お前が幾ら見守ろうと、あれが答えを見つける事は無い。最悪の事態を防ぎたいのなら、すぐに方針転換をするのだな。もっとも間に合えば良いが」
 言うべき事を言ったエヴァンジェリンは、背を向けると会議室から出て行こうとドアノブに手を伸ばす。そこでふと思い出したように振り返った。
 「餞別代わりに教えてやろう。シンジは自分の正体を使徒―神の使いと言っていた。あの時は話半分に聞いていたが、昨夜のあれを見せつけられては納得せざるを得んな」
 「・・・使徒、じゃと?」
 「気になるなら自分で調べるんだな。だが時間はそれほど残されていないぞ?」
 そう言い捨てると、エヴァンジェリンは重い空気が支配する会議室を後にした。

3人娘side―
 新たに判明したシンジの過去の一端に、ハルナはショックを受けていた。ローレライを名乗る少女が呼び出した『霧島マナ』が偽物だったのは、彼女も理解できている。だがその偽物が口にした事は、間違いなく真実の一部である事は断言できた。
 それは、シンジの呆然自失とした姿から断言できた。
 「・・・私、何していたんだろうね・・・」
 「ハルナ・・・」
 夕映ものどかも、ハルナを慰めたいのだが、言葉が出てこなかった。
 「シンジさんは愛なんて知らない、って言ってたけど、それは嘘だったんだね。マナって子を見た時、シンジさんはとても強いショックを受けていた。綾波さんを見た時には激怒していた。それって、シンジさんが2人の事を本当に大切にしていたからだと思うんだ」
 「・・・それは否定できないです。ううん、むしろパルの言う通りだと思うです。だからこそ、あの人はあれほどまで激怒したのだと思うです。今まで隠しきっていた姿を表に出してしまう程に」
 「シンジさんは愛を知らないんじゃない。愛を失う事が恐ろしいから、愛と言う感情を心の奥底に閉じ込めてしまった。そう思う・・・」
 その言葉に、夕映とのどかがコクンと頷く。
 「凄く、悲しいよね」
 「のどかの言う通りです。マナという子も綾波さんという子も、恐らくは2人とも大人の都合による犠牲者だったと思うです。そして恐らくは、シンジさんも犠牲者の1人なのだと思うですよ」
 「・・・私、分かったよ」
 俯けていた顔を上げるハルナ。その顔には強い決意が浮かんでいた。
 「私はシンジさんの力になりたいと思ってた。でもそれじゃダメなんだよ。シンジさんを救えるようにならないといけないんだって事が分かった」
 「・・・応援するですよ、パル」

 いつも通りの日常が始まる。損壊したステージは悪質な悪戯と言う事で近右衛門が丸く収め、ヘルマンの一件は闇へと葬られた。
 シンジは厨房で料理を作りながら、ネギの手伝いを。
 ネギは英語の授業をしながら、たまにからかわれる。
 少女達の笑いが絶えない、平和な一時。
 中間テストが終われば、間もなく学園祭。
 そんな平和な日々の中で、動く者達はいる。

和美side―
 「それで、私に調べて欲しい事って何なんだ?」
 「キーワードだけで悪いんだけどさ、分かる限りで良いんだ」
 フンと鼻を鳴らしながら、千雨が紙に目を通す。だがその1つに、千雨は顔を強張らせた。
 「おい、朝倉。てめえ、どれだけ危ない橋を渡っているのか、気付いてんのか?NERVだけは止めておけ、本気でマズイからな」
 「ど、どういう事よ」
 「いいか、ハッカー連中の間でNERVは鬼門なんだよ。あそこには第7世代有機型コンピューターのオリジナルMAGIがある。それを管理しているのは、赤木リツコ博士。世界でも5指にはいる天才科学者であり『ウィザード』と呼ばれてもおかしくないほどのハッカーなんだよ。こんな所へ潜り込めば、即座にアウトだ!」
 文字通り血相を変えた千雨の警告に、和美が問いかける。
 「アンタでもダメな訳?チウ」
 「・・・学校でその名を呼ぶな。悔しいが、私じゃ赤木博士に勝てる自信はねえよ。経験も知識も向こうが上。扱うパソコンは天と地ほどの性能差がある。どう考えても勝ち目はねえよ」
 「そっか、相手が悪すぎるのか・・・」
 「当たり前だ。だから第3新東京市は新技術開発研究都市として名を馳せているんだ。誰もMAGIの警戒網を掻い潜る事なんてできないからな」
 無言のまま、和美が幾つかの言葉に線を引っ張っていく。残った物を見た千雨は、フンと鼻を鳴らしてみせた。
 「・・・てめえは何を知りたいんだ?あの不気味な寮監の事か?」
 シンジが第3新東京市出身である事は、千雨も知っていた。修学旅行前のシンジ追跡劇に、彼女も好奇心にかられて参加していたからである。
 「そうだよ。どうしても必要でね、パルの為にもさ。それに、これ以上黙って見ていられないんだ。これほど怒りを感じたのは、生まれて初めてだよ」
 「気持ちは分かるさ・・・ただのデマだと思っていたんだが、まさか少年兵が実在していたなんてな。その上、汎用人型決戦兵器に専属パイロット?全く、反吐が出るような単語だな」
 「・・・それだけじゃないんだよ。助けられずに目の前で焼き殺された恋人が、戦自の少年兵だったんだ・・・」
 千雨の顔が、驚愕で彩られる。初恋の少女は、実験の副産物として生を受けた妹。そして死んだ恋人は少年兵として育てられた少女。どうやったら、ここまで酷い運命に遭わなければならないのだろうかと、普段は他人に興味など持たない千雨ですら、思わず同情をするほどだった。
 「朝倉。それなら・・・って検索してみろ。私は嘘だと思っていたが、第3新東京市で起きた、ある噂の書き込みがあるアングラのサイトだ。巨大生命体なんて、ただのデマだと思っていたんだが、意外に真実が隠されていたのかもな。人型決戦兵器、か」
 そう言い残すと、千雨は和美から離れた。

刹那side―
 女子寮から少し離れた所にある林。その少し奥まった所にある、普段から鍛錬に使っている場所に刹那はいた。
 ただ、普段なら1人であるにも関わらず、今日は隣に同行者がいたのである。
 「・・・それで、私は何をすれば良いんだ?」
 「修業相手を頼む。私は少しでも強くなる必要があるんだ。それも今すぐに!」
 悔しそうにギリッと歯噛みする刹那。その姿に、真名は僅かに肩を竦めた。
 刹那が追い込まれた理由。その理由に真名は心当たりがあった。
 (・・・まあ、あれほどの力だ。とは言え、別にお前に責任がある訳ではないだろうに)
 シンジの暴走については、真名は超や聡美とともに目撃していたのである。と言うのも、寮に侵入してきたヘルマンの気配に気づいた超が、咄嗟に小型カメラを搭載した偵察用機械を稼働。遠くから監視を行っていたためである。
 「刹那。お前1人で全てを抱え込む必要はないだろう。確かにあの力は異常極まりなかったがな」
 「龍宮、気づいていたのか?」
 「愚問だな。そもそも私が気づかないと、どうして思う?」
 言われてみれば当然の返答に、刹那は言葉も無い。
 「もう1度言うぞ?お前1人が、何故、そこまで責任を感じる?」
 「・・・私が・・・剣士だからだ・・・」
 ポツリと呟く刹那。真名を見据える双眸には、光る物が浮かんでいた。
 「剣を取る私が、何も出来なかった!それどころか、人質にされたんだ!こんな・・・こんな悔しい事は無い!私は、このちゃんを守ると誓ったのに!それに・・・」
 「・・・あの人に恐怖でも感じたか?」
 「・・・それもある・・・でも、それだけじゃない・・・私は・・・私はあの人を見捨てようとしたんだ!このちゃんを守る為に、暴走していたあの人を助ける事を諦めてしまったんだ!何度も何度も助けてくれたあの人を・・・私は・・・見捨てたんだ!」
 ふう、と溜息を吐く真名。刹那が自分を責める気持ちは、彼女にも理解出来た。
 「・・・良いだろう。それでお前が納得出来ると言うのなら、稽古相手を務めてやる。ただ私は高いぞ?」
 「・・・望む所だ!龍宮、行くぞ!」
 気勢を上げると、刹那は愛刀・夕凪を構えて正面から真名にぶつかった。

ネギside―
 ネギ・アスナ・木乃香の3人は自室で顔を合わせていた。
 『シンジさんの為に、何か僕達に出来る事はないでしょうか?』
 真剣に相談してきたネギの態度に、アスナも木乃香も深く考え込んだ。何よりネギの問いかけは、彼女達も考えていた事だからである。
 「シンジさんにはお世話になっているもんね。私も力になりたいけど・・・」
 「・・・実はな、お爺ちゃんにも相談に行ったんよ。お爺ちゃんも調べてくれると言うとったけど、時間がかかるみたいやし・・・」
 「色んな言葉が出てきましたもんね。国際連合非公開組織特務機関NERV、汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン初号機専属パイロット、サードチルドレン、SEELE、碇ゲンドウ総司令、そして使徒戦役の英雄・・・本当に僕達は、シンジさんの事を何も知らなかったんですね・・・」
 辛そうに呟くネギの頭を、アスナが『こら!』と軽く叱りながら小脇へ抱え込む。
 「アスナさん?」
 「悩むのは良いけど、暗くなっちゃだめよ。シンジさんにしてみれば、アンタは弟みたいなもんなんだからさ!」
 「・・・ハ、ハイ!」

楓side―
 麻帆良学園都市の片隅にある喫茶店。どこにでもある、ありふれたお店の中に、彼女達はいた。
 テーブル席に着いているのは、楓と古。その2人の前に、楓の父、剣が現れる。
 「・・・待たせたか?」
 「そんな事はないでござるよ、父上」
 娘から突然『直接会いたい』と呼びつけられたにも関わらず、剣はすぐに飛んできた。
 「父上、古菲殿は信頼できる御仁ゆえ、同席させていただきたいでござる。何より、昨日の一件の当事者でござる」
 「古菲というアルね。よろしくお願いするよ、楓のお父さん」
 「うむ。楓が信用するのなら構わんだろう。それで、昨日の連絡は事実なのだな?」
 コクッと頷くと、昨夜の顛末について一通り説明する楓。剣が甲賀忍びの長と言う重要な地位に就いているにも関わらず、娘の要請に応じて遠路はるばるやってきた理由が、昨日の一件であった。
 「・・・SEELEの残党、遂に出てきたか。そして状況から判断するに、奴らは西洋魔法使いの一部と手を組んでいるようだな」
 「父上、SEELEとは何者でござるか?」
 「組織の発生は紀元前。数年前まで、国際政治の裏舞台から各国元首を自由自在に操っていた、世界最大規模の秘密結社の名前だ」
 驚きに目を見開く楓と古。
 「そんな物が、本当に存在していたアルか・・・」
 「事実だ。現に私達甲賀忍びは、ゲンドウ殿の護衛としてついていた際、SEELEの者達とも接触した事があったからな。だがSEELEは上層部全てが突然の失踪をした為、組織として空中分解を起こしてしまった。そこへ今のNERV総司令葛城ミサト准将が政治工作を仕掛けて、奴らを壊滅させたと聞いている」
 「父上、そのNERVとやらにかけあって、SEELEを今一度、滅ぼす事は出来ぬでござるか?」
 娘の問いに、剣は黙って首を左右に振った。
 「それは出来ん。そんな事をすれば、彼の事をNERVに伝えねばならなくなる。それは彼と交わした約定に背く事だ」
 言葉も無い楓。ローレライが口にした『行方不明のサードチルドレン』という言葉から判断すれば、シンジはNERVからも逃げているのは間違いないからである。
 「それに彼の力についても問題がある。楓、もう1度尋ねるぞ?確かに彼の背中から、翼が生えていたのだな?」
 「その通りでござる。確かに翼でござった」
 「楓の言う通りアルね。血の様に真っ赤で、虫の翅みたいな翼だったアルよ。とてつもない大きさだったアルね」
 楓と古の返答に、剣の脳裏に最悪の答えが浮かぶ。
 「・・・まさか・・・そういう事なのか?」
 「父上、何か心当たりでもあるでござるか?」
 「少しな・・・だが悩んでいても仕方ない。関西呪術協会の長、近衛詠春殿に相談しよう。少しは状況が好転するかもしれんからな」
 「頼むでござるよ。木乃香殿は、昼休みに学園長に相談に行くと言っていたでござるからな」
 「うむ。すまぬが、彼の事は頼んだぞ」

その日の夜、関西呪術協会本部―
 地下牢での禁固刑を受けていた千草は、唯一の弟子であるシンジの安否を気にかけて日々を過ごしていた。それは自身の罪状に対する正式な処罰内容が決定される事よりも、遥かに重要だったからである。
 そこへ聞こえてきたガチャガチャという音に、彼女は思索を止めた。
 「天ヶ崎千草。長がお呼びだ。すぐに準備しろ」
 「・・・分かったわ」
 反抗的な態度を見せる事無く、静かに移動する千草。やがて彼女が辿り着いた先は、来客を迎える為の応接室である。
 「・・・おい。ウチを処罰するなら、部屋を間違うとるんやないか?」
 「いや、ここで間違いない。既に長はお待ちだ」
 小さく溜息を吐くと、彼女は応接室へと足を進めた。中にいたのは長である詠春、そして彼女は初めて会う剣である。
 「千草君。そこへ座りなさい。長瀬殿、こちらがシンジの師である天ヶ崎千草です。千草君、こちらは甲賀忍びの長を務める剣殿だ」
 「・・・天ヶ崎千草や。ところで、長。その言い方やと、シンジに何かあったんか?」
 「そういう事です。千草君、シンジが暴走して、封印を中から破壊しかけたそうです」
 それが意味する内容に、千草は目を丸くする。
 「ホンマどすか?いくらシンジでも、呪刑縄15本を・・・」
 「いや、事実なのだ。私の娘が、傍でその様子を確認している。だからこそ、今後の対応を相談する為に、こちらへ訪問させて頂いたのだ」
 眉間に皺を寄せる千草。そんな千草を見ながら、詠春が口を開く。
 「呪刑縄については、これ以上かけても意味は無いでしょう。実は剣殿から伺ったのだが、シンジには呪刑縄はあまり意味が無いそうなのです」
 「・・・何でや?」
 「結論から言うと、彼の力が強大すぎるのだ。私の予想が当たっていれば、彼の持つ力の総量は、日本全ての電力の総量に匹敵する。いや、それ以上かもしれん。それも瞬間的ではなく、使った傍から力を回復させ続けていくと思われるのだ」
 第3新東京市で行われた使徒戦役の事実を知る剣は、シンジの正体が使徒ではないかという疑念を持つに至っていた。何故、使徒となったのか?その答えは分からなかったが、結果としては間違いないだろうと、楓の報告から推測は出来たのである。
 「日本全ての電力に匹敵やて?しかも回復し続ける?何でや?何でアンタがそんな事を知っとるんや?」
 「・・・事情がある。今はそれだけしか口にはできない。甲賀忍びの長として、碇家最後の生き残りである、あの少年との間に交わした盟約を違える訳にはいかん」
 「碇家やと?最後の生き残りやと?・・・長!まさかシンジは!」
 碇家という言葉に、心当たりのあった千草は詠春に詰め寄った。
 「まさかシンジは・・・ユイはんの子供なんか!」
 「最早、隠し立てしても意味は無さそうですね。千草君、貴女の考えている通りです。シンジはよくここに出入りしていた、ユイさんの1人息子なんです」
 「そんな・・・シンジが・・・あの子やったんか?」
 崩れ落ちる千草。畳の床に、ポツポツと滴が落ちる。彼女の脳裏に浮かぶのは、幼子を抱いて、関西呪術協会へ訪れていた1人の女性の姿だった。
 当時、まだ小学生だった彼女は1夜にして最愛の家族を失い、失意のあまり塞ぎ込んだ毎日を送っていた。
 両親が殉職した為、生活面は関西呪術協会が面倒を看てくれていたが、それが心の傷を癒してくれる訳ではない。
 そんな彼女に近づいてきたのが、幼いシンジを抱いていた碇ユイだった。
 父と母を求める千草。その姿に心を痛めたユイは、数日の間、千草の傍で共に生活した。千草もユイに母という存在を投射し、無条件に千草に甘えてきた、幼いシンジにも心を癒されたのである。
 僅か数日、されど数日。だが千草にとっては、宝物の様に大切なひと時だった。
 そして碇ユイが、その数日後に事故で命を落としたという事を知った時、彼女の心は再び闇へと捕らわれてしまったのだが。
 「何でや・・・何であの子が・・・」
 「・・・千草殿。ショックを受けたのは私にも分かる。だが、事は急を要するのだ。シンジの為に、今は涙を堪えて力を貸して頂きたい。全てが終わってしまってからでは、遅いのだ」
 その言葉に、千草は黙って頷くと強い意志を瞳に宿して顔を上げた。

超side―
 エヴァンジェリンのログハウス。そこに超はシンジとともに来ていた。
 2人は仮契約に来たのだとばかり思っていたエヴァンジェリンだったが、シンジの計画を聞かされた彼女は、手にしていたティーカップを床に落とした。
 フローリングの床に広がる、琥珀色の液体から静かに湯気が上がる。
 「・・・本気で言っているのか?」
 「・・・私は覚悟を決めたネ。修学旅行の時に相談されてから、ずっとずっと考えて出した結論ヨ。私は・・・シンジサンの人形を作るネ」
 「エヴァンジェリンさん、あの修行場の中の地下室の1つを貸してほしい。あの中なら時間的にも間に合うから」
 拳を硬く握りしめ、全身を細かく震わせている超。その目に揺ぎ無い意思の光を宿したシンジ。覚悟を決めた2人を、エヴァンジェリンは言葉も無く見つめると『勝手にしろ』とそっぽを向いた。

フェイトside―
 逃げかえってきたローレライからの報告に、フェイトは考え込んでいた。
 ネギの戦闘力、アスナの魔法無効化能力、そのどちらもが彼を納得させる事が出来る内容だった。
 ただ問題だったのは、シンジの存在である。京都で命を絶った筈のシンジが生きていた事は、彼にとって不確定要素となっていた。
 『使徒』
 ローレライの報告に、フェイトは深く考え込んだまま身動き1つしなかった。

第3新東京市―
 「ただいまー」
 部屋の奥から聞こえてきた『おかえりー』という声を聞きながら、葛城ミサトは鼻孔を擽る良い匂いに心を躍らせた。
 現在、彼女はNERVの2代目総司令という要職に就いている。立場上、残業も多く、なかなか定時に帰る事は出来ない。
 そんな中、珍しく定時に上がれた彼女は、上機嫌で帰宅したのである。
 「たっだいまー、アスカ、ペンペン」
 クアーッという鳴き声を上げる、小さな同居人を抱き上げるミサト。テーブルの向こう側には、料理で使った道具を洗っているアスカの姿があった。
 「今日は早かったのね。それじゃあ食べるわよ」
 「そうね」
 ラフな格好に着替えたミサトは、愛飲するエビチュビールを片手に舌鼓を打つ。激務の続く彼女にとって、数少ない娯楽であった。
 「・・・ミサト・・・」
 「・・・ごめん。まだ見つからないのよ」
 「ううん、いいの。ミサトやリツコが頑張っているのは、アタシも知ってるから。だから、ありがとう」
 かつて、非日常が日常だった頃のアスカからは、想像もつかないほどアスカは変わっていた。
 他人に親切にされれば素直にお礼を言う、自分に非があれば素直に謝る。
 そんな当たり前の事が、昔の彼女は出来なかった。
 それが出来る様になったのは、皮肉にもシンジが失踪してからであった。
 「・・・必ず見つけるわ。アスカやシンちゃんを不幸にする訳にはいかないから」
 ミサトの視線が、テーブルの空いた席へと向けられる。そこに座る主はいないが、料理だけは1人前用意されていた。
 それはシンジの分。いつ彼が帰ってきても良いように、いつのまにか始まった葛城家のルール。
 「でも、その前にしっかり腹ごしらえはしないとね。シンちゃんに綺麗になった自分を見せたいでしょ?」
 どこか茶化した感じのミサトに、アスカはコクンと頷き返した。



To be continued...
(2012.04.07 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 ヘルマン編ですが、今回で終了です。使徒としての姿を曝け出し、感情のままに荒れ狂うシンジ。そんなシンジが見せつけた絶対的なまでの強大な力。その力に対して、周囲は複雑な反応を見せる。そんな感じの話に仕立てました。
 ちなみにウチのシンジ君ですが、プロット段階ではここまで酷くはありませんでした。なのに何故か書いている間に暴走を繰り返し、いつの間にかこんな事にw
 ただ書いていて楽しかったのは間違いないです。久しぶりにアスカもチョイ役とはいえ出してあげる事が出来ましたし。まあアスカについては、本格的な登場はもうしばらくお待ち下さい。それにしても、随分とまあ素直になっちゃってw作者的には、小悪魔チックなアスカの方が好きなんですけど、何でこうなっちゃったんだろ?
 話は変わって次回です。
 次は麻帆良祭準備編という事で、ショートストーリー3話になります。ヘルマン編は重かった分、軽い話に仕立てる予定です。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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