正反対の兄弟

第三十話

presented by 紫雲様


イギリス、ウェールズ―
 この日、ネカネ・スプリングフィールドは弟から来た手紙を、気持ちの良い風が吹く草原で読んでいた。
 教師として充実した日々と、毎日のように沸き起こるトラブル。師となったエヴァンジェリンや古菲との修業。色々な報告がその手紙にはあった。
 だが何よりも驚いたのは2つ。
 1つは小太郎と言う名の友達ができた事。
 もう1つはシンジと言う名の兄ができた事。
 「あの子、頑張ってるのね。でもお兄ちゃんができたのか、少し寂しいわね」
 そう呟きながら手紙を畳むと、ネカネは立ち上がって、遥か東の空を見つめた。

麻帆良祭準備編CASE①3-Aの場合
麻帆良学園―
 今日も今日とて、ネギとシンジは通学路を走っていた。本来ならシンジは登校する必要はない。寮監としての仕事もしないといけない為、ネギとは違い毎朝の職員会議には出席する事を免除されているからである。だから走る必要はないのだが、今日はタカミチから『ネギ君の補佐役として出席してほしい』と連絡が来ていた。
 その為、今日は厨房仕事の片づけをパートのおばちゃん達に任せて、朝のマラソン大会へ出席となったのである。
 そこへ『おーい!ネギ!』と声がかかった。
 「ああ!小太郎君!どうしたの、その制服!」
 「ああ、正式にこっちへ転校することになったんや。西の長が認めてくれたんでな。そっちの兄ちゃんには感謝しとるで」
 小太郎の東への移籍については、賛否両論があった。だが詠春は『小太郎君はネギ君にとって初めての同い年の友達になれますよ』というシンジの説明に理解を示し、一計を案じた。フリーランスの小太郎を関西呪術協会の要監視対象とした上で、名目上の監視役にシンジを指名。更にシンジ同様に西からの出向という形式を整えたのである。
 その為、小太郎は麻帆良学園初等部へと通う事になっていた。
 「今は1人暮らしできる物件捜しとるんや。荒事の仕事もあるって聞いたからな」
 「うふふふ❤ダメよ、小太郎君はウチに住むの❤」
 ビクウッと体を強張らせる小太郎。その後ろには妙なオーラを放つ笑顔の千鶴と、呆気に取られている夏美が立っていた。
 「そっか。じゃあ小太郎君を寮監室へ引き取るという話は白紙で良いかな?」
 「ええ、構いません。小太郎君は私が立派に育てて見せます。天国にいらっしゃる、小太郎君のお父さん、お母さんに誓いますわ」
 どこからか聞こえてくる『リーンゴーン』という教会の鐘の音。一方の小太郎はと言えば『恥ずかしいから止めてや、ちづ姉ちゃん』と訴える。
 「早速、飼われているわね・・・でもさ、よく学園長が認めたわね。ネギの時は私達の部屋って、決めつけていたのに」
 「木乃香の護衛的な意味合いもあったみたいだよ。大きな声じゃ言えないけどね」
 アスナの疑問に、小さな声で応えるシンジ。木乃香の事情を理解している今のアスナであれば、その意味はしっかりと理解できた。
 「さてと、それじゃあ、そろそろ行こうか」
 再び足を動かす一行。だが目の前にいた、ウルトラマンに出てくる怪獣のような物体に驚いて、思わず足を止める。
 「ごめんよー坊や達」
 「「へ?」」
 牙と爪と角を生やした、2足歩行の亀がノシノシと目の前を歩いて行く。だが変なのは、それだけではなかった。
 登校者の4割ぐらいが着ぐるみ、宣伝広告らしい旗をもって走っているのが1割、コスプレをしているのが2割。まともな学生は僅か3割程度しかいないのである。
 『こちら実行委員会です。かぶりものでの登校は8時までとなっています』
 目の前を爆走する仮装大会の集団に、言葉も無い男3人組。
 「さすが大学部の人達は、気合い入っているわねえ」
 「何のイベントの出し物かしらねえ」
 アスナと千鶴が、楽しそうに話し合う。
 「・・・何なの?これは」
 「麻帆良学園学園祭―通称・麻帆良祭です。毎年中間テストが終わったら、約半月かけて準備をするんですよ」
 「・・・これは学園祭という規模じゃないんじゃ・・・特に鳥人間コンテストって、どこでやるのさ?」
 シンジが体験した学園祭とは、あまりにも規模が違いすぎる。シンジがカルチャーショックを受けたのも、仕方ない事であった。
 そこへ『オオッ』という歓声が上がる。そちらへ視線を向けると、更なる驚愕が3人を襲った。
 空に浮かぶ飛行船。そこから何百mかは分からないが、ブランコが垂らされている。そこで曲芸しているのは、少し際どい衣装に身を包んだザジだった。
 『麻帆良曲芸部ナイトメア・サーカス。開催は全日程、午後6時半より!チケットは大人1500円、学生割引1000円です!』
 あまりにも無茶苦茶な宣伝に、声も無い3人。そこへ目がけて、ザジがブランコから飛び降りてくる。
 空中でクルッと一回転すると、ザジはネギの前にスタッと着地した。
 「ネギ先生、宜しければ我がサーカス部へ」
 「あ、ありがとうございます」
 差し出されたチケットを受け取るネギ。だが一番の驚きは、ザジが喋る所を初めて見た事であった。それはアスナや木乃香も同じだったのか、ザジを見たまま唖然としている。
 「ザジさん。以前の約束通り、僕も見に行かせて貰うからね」
 「はい、お待ちしております。では」
 再びブランコへ飛び乗ると、曲芸をしながら宣伝活動を再開するザジである。
 「そうだ、私のチケットもあげるね。演劇部も公演するんだよ」
 「ああ、ありがとな、夏美姉ちゃん。それにしても凄いとこやなあ」
 人の流れに乗りながら、再び歩き出す一行。だが目の前に現れた、昨日までは無かった筈の凱旋門に思わず足を止めてしまう。その横には『麻帆良学園祭まで、あと15日』という横断幕が掲げられていた。
 「・・・何と言うか、もう言葉が無いな・・・」
 「大学部の人達は、サークルの運営費用を学園祭で稼ぐんです。だから気合いの入り方も違うんです。何せ昨年のクライマックスで行われた『学園鬼ごっこ』では、1万人の死傷者が出たほどで・・・」
 「「1万人!?」」
 額面通りに受け取るネギと小太郎。その後ろでアスナが『コラコラ、子供にウソを教えない』と手を左右に振っていた。

職員会議終了後―
 無人の廊下をネギは肩にカモを乗せ、隣にシンジを連れながら歩いていた。
 「それにしても、日本の学園祭はこんなに凄い規模でやるんですね。僕、知りませんでした」
 「ネギ君。それは間違った知識だよ。麻帆良がおかしいんだ。少なくとも、僕が通っていた中学は、ここまでとんでもない学園祭じゃなかったよ」
 「そうだよな。旦那の言う通りで良いんだよな?」
 カモも麻帆良の学園祭の盛り上がりには、疑問を感じていたらしく、シンジの説明に素直に理解を示す。
 「でも、そうなるとウチのクラスでも何かやるんですよね?」
 「多分、そうだと思うよ。まああの子達の事だから、僕達が言わなくても自分から計画を立てているだろうけどね」
 「あはは、楽しみだなあ」
 『兄貴の通ってた学校には、こんなお祭り騒ぎはなかったもんなあ』というカモの発言に、ネギがウンウンと頷く。もっともネギの場合は、学園祭という空気に当てられて、気分が高揚している一面もあるのだろうが。
 「そういえば、1時間目は学園祭の出し物の相談だったね。また騒ぎにならなければ良いんだけど」
 「旦那の言う通りだぜ。あの嬢ちゃん達なら、必ずブッ騒ぐだろうけどな」
 「はは、まさかそんな事は・・・おはようございまーす」
 ガラガラと戸を開けるネギ。
 「「「「「「いらっしゃいませー!ようこそ❤3-Aメイドカフェ『アルビオーニス』へ!」」」」」」
 「うわあ!?何ですかこれは!?」
 ネギを出迎えたのは、メイド姿のあやか、和美、桜子、美砂、円の5人だった。
 驚きで硬直しているネギに、後ろにいた裕奈が説明する。
 「ウチの学校は学園祭でお金儲けしても良いんだよ!だからみんなでお小遣い稼ごうって訳!」
 「・・・気合入ってるのは良いんだけどさ・・・」
 「ん?どうかしたの?シンジさん」
 「カフェで出す食べ物とかは決まってるの?そもそも料理が得意な主力メンバー、当日はいないんじゃない?」
 ピシッと固まる少女達。
 「さっちゃん!」
 「・・・ごめんなさい。私、超包子とお料理研究会で手一杯です」
 「む、そうなると超包子組は全滅か!」
 コクコクと頷く最大戦力、超包子5人娘。裕奈達の視線は、次の標的へと移る。
 「長瀬さん!」
 「むう、拙者和食なら作れるでござるが、洋菓子は作った事がないでござるよ」
 「うわ!それじゃあ那波さんは!?」
 「作れるけど、私1人じゃ無理よ。他にも手慣れた人がいないと。幼等部の子供達のボランティアもあるからね」
 とりあえず千鶴は予備戦力としてカウントして、他のメンバーへと移っていく。だが料理が得意なメンバーとなると、クラブを掛け持ちしているメンバーが非常に多いのである。更に学園祭は、基本的に文科系クラブが日頃の活動発表等で拘束される時間が多い。特に3年ともなれば、クラブにおいて牽引を任される立場である。だから、そうおいそれとクラスの役目を引き受けるのも難しいのである。
 結局、料理が出来るメンバーは多忙で時間が作れず、作れないメンバーばかりという現実に、シンジは頭を抱えるばかりである。
 「・・・君達、ウルスラの先輩と同じ失敗してるじゃないか・・・」
 「それだ!シンジさんが厨房に入れば!」
 「それは無理。補佐役程度ならともかく、主力を張る気はないよ。これはみんなの学園祭なんだからね」
 むう、と呻く裕奈達。
 「もう一度、考え直してみたらどうなの?単に可愛い服を着たい、というだけなら喫茶店に拘る事は無いだろう?喫茶店をやりたいというのなら、人材を確保する術を考える必要がある。お小遣いを稼ごうと言うのなら、もっと真剣に考える必要があるよ」
 「それって私達の考えが足りない、って事ですか?」
 「マネジメントって意味では考えが足りないかな。ここら辺は実際にお店を経営している超さんなら理解してくれるんじゃないかな?」
 シンジの言葉に、超がウムと頷いた。
 「食べ物を売る場合、材料費+人件費+利益が基本ネ。一般的には材料費+人件費、つまり必要経費と利益は1:1にするのが当然ヨ。ただ今回に限っては、給料である人件費を考えなくても良いから、金額設定その物を少し落とす事が出来るネ。ここまでは良いカ?」
 既にこの段階で、3割ほどが頭を抱えて呻き声を上げている。馬鹿レンジャーはその代表格だが、勉強が嫌いなだけで、頭の回転は早い夕映は、納得したように頷いていた。
 「ここで問題があるネ。まず材料が余らない様に売り切るのは、現実的に不可能だと言う事ヨ。商品が切れてしまえば、お客は来ないネ。逆に材料が余りすぎれば、それだけ利益が減ってしまうヨ。これが恒久的なお店であれば問題ないが、学園祭という期間限定だと、ハッキリ言って不可能ネ」
 「なるほど。確かに学園祭が終わってしまえば、私達は店を出す事が出来ないです。そうなると材料は私達で引き取らないといけない。利益を出すには、材料の大量一括購入は前提ですが、ネームバリューも無ければ、現時点で腕の良い食べ物を提供できる保証が無い以上は、お客の入りはあまり期待できないです。言葉は悪いですが、お義理で知り合いが来てくれる、その程度しか期待できないですね」
 「その通りヨ。お小遣いどころか、現物支給という事態だって、十分にあり得るネ。お客の舌は厳しいものヨ。それはシンジさんが来る前の学食の利用者と、今の利用者の数の差を考えれば、一目瞭然ネ」
 シンジが来て以来、学食の味は格段に上昇している。それでいてリーズナブルな価格だから、利用者は増えてきているのである。
 そういう意味では、超の説明には十分すぎるほどの説得力があった。
 「・・・考えてみれば、シンジさんが赴任してすぐに、学食が繁盛した訳ではないです。実際に食べに行った五月さんや超さん達が高い評価をしたからこそ、みんなが食べに行くようになった訳ですし」
 「宣伝効果と言う物は大きいヨ。そういう意味では、メイドというサービスは付加価値があるように見えるかもしれないが、ここでもう1つ問題があるネ。メイドにした時点で、取り込めるお客層が、ほぼ半減してしまうヨ。まず女性客は期待できないネ」
 むう、と考え込む少女達。ノリで決めたのは良いが、そこまで深く考えていなかったので、どうしようかと悩みだしたようである。
 「まあその危険性を理解した上で進めるのも有りだとは思うよ。ネギ君、先生として意見を纏めてあげたらどうだい?まずはみんなの希望を聞いて、それぞれのメリットとデメリットを挙げてみるのが良いと思うよ」
 「・・・はい、分かりました。じゃあここからは僕が進行させていただきます。まずやりたい事を言って下さい」
 司会進行ネギ、書記シンジによる出し物の討論会が始まった。

 結局、討論の結果、3-Aの出し物はお化け屋敷と言う事で決定した。

学園祭準備編CASE②葉加瀬聡美&絡繰茶々丸の場合―
 グッモーニン!グッモーニン!
 聡美自作の目覚まし時計が、起床時刻である朝の7時を報せる。同時に、やはり彼女が自作したタイマー付き目玉焼き機がジューッと食欲をそそる音を立てる。
 そんな音に包まれながら、聡美はパジャマ代わりのYシャツをはだけさせながら目を覚ました。髪の毛は寝癖で爆発しているが、三つ編みでキッチリ纏めてしまうので、彼女は全く気にしない。
 焼き上がった目玉焼きを咥えながら、下着を履きかえると彼女は超包子の仕事を手伝うべく部屋を飛び出す。
 「ハカセ、またお泊りですか?風邪引きますよ?」
 「らいじょうぶでふー」
 「全く、研究以外の事にはだらしないんだからなあ」
 そう言いながら床に落ちていた下着を摘みあげて机の上に置くと、彼らは『研究室』で自分の課題に取りかかり始めた。

超包子―
 「おはよう茶々丸さん」
 「ウチはいつものや」
 「あ、僕は肉まんと焼売で」
 学園祭準備期間中、毎朝、超包子へ朝ご飯を食べに来るアスナ・木乃香・ネギの3人。今日は珍しく、シンジと刹那もアスナ達に同行。さらにその事を聞きつけたハルナ・のどか・夕映も同行を希望し、更にそこへ楓・鳴滝姉妹が合流と言う、大集団での訪問となっていた。
 「シンジさん、稼いでるんでしょ!たまには奢ってよ!」
 ストレートな風香の言葉に、史伽が慌てるが、シンジは笑いながら応じた。
 「茶々丸さん。焼売を追加で。みんなで分けられるように、取り皿もお願い」
 「はい、分かりました」
 「ええ!良いの!?ラッキー!」
 ねだった当の本人の叫びに、シンジは『クラスのみんなには内緒だからね』としっかり釘を刺す。もっとも、シンジは生活費ぐらいしかお金を使わないので、寮監やネギの補佐役としての給料に加えて、世界樹防衛戦の報奨金がそれなりに貯まってきているので、焼売を奢るぐらいなら財布が痛む事は無い。
 「ありがとうございます、シンジさん」
 「いいよ、これぐらい。その代わり、誰かにバラしたら2度と奢ってあげないから」
 ビクッと身を竦める風香に、一斉に笑い声がでる。どうやら言った傍から自慢のメールを送ろうとしたようである。
 「待つアルね。シンジさん、ここは私達超包子にも口止め料が欲しいアルね」
 「・・・そうだなあ・・・何か希望はある?」
 「そうアルね。どうせなら甘い物が良いアルよ」
 悪戯小僧のような笑顔を浮かべた古に、シンジが『そうだなあ』と考え込む。その内、ポンと手を打った。
 「そうだ、月餅なんてどうかな?学園祭の時に、陣中見舞いに差し入れで持ってきてあげるよ」
 「おお!月餅作れるアルか!?」
 「作れるよ。個人的に好きなお菓子だからね、自分で作り方調べたんだ。標準的なのと、僕なりに手を加えたのと、両方作ってくるよ」
 屋台の中から『ナイスです、古菲さん!』とか『楽しみにしているネ!』と言う声が響いてきた。五月も超も、甘い物には目がないようである。
 そこへ注文の品物を茶々丸が運んできた。
 「お待たせいたしました」
 「そういえば茶々丸さん、髪の毛を上げたんですね。似合ってますよ」
 「え?」
 思わず聞き返す茶々丸。そこへ『おはよーございますー』と聡美が駆けこんでくる。
 「ムム、遅刻アルよ」
 「ごめんごめん、寝坊しちゃった。そういえば、今日はまたたくさん来てますね」
 「うむ。ネギ老師は今日も来ているネ。すっかりウチの常連ヨ」
 チャイナドレス姿の超の言葉に『ほほう?』と返す聡美。その眼がネギの横に立つ茶々丸の姿を捉えた。
 「ダメだよ、茶々丸!髪の毛を上げちゃあ。それは放熱用なんだから。何でまた、こんな事したの?オーバーヒートしちゃうよ?」
 「それは・・・」
 「そりゃあ、茶々丸さんだって、お洒落ぐらいしたいよねー❤」
 焼売をパクッと口の中へ放り込みながら、アスナが茶々丸に笑いかける。
 (・・・そんなプログラム、入れた覚えは無いんだけど・・・)
 「お洒落ですかあ。髪の毛を上げた茶々丸さんも可愛いと思います」
 『俺っちもそう思うぜ』と同意しながら、カモが肉まんに齧りつく。
 「そうですか?そそ、それはどうもありがとうございます。では仕事に戻らせて戴きます」
 お盆の上に肉まんを乗せる蒸籠を8段ほど重ねて歩いていた茶々丸が、バランスを崩して転倒する。だが咄嗟に近くにいたアスナ・刹那・楓・ネギが宙に舞った蒸籠をキャッチして事無きを得た。
 その光景を見た聡美が、首を傾げる。
 「おかしいわねえ、そんな訳ないのに」
 「何かおかしな事でも?」
 ハルナ達と同じテーブルについていたシンジの問いかけに、聡美は何も隠さずにストレートに答えを返した。
 「あの程度で茶々丸が転ぶ筈が無いんです。私の作ったオートバランサーは、両手にドンブリを2m積んだ状態で足を引っ掛けられたとしても、絶対に転ばないと断言できるだけの性能があるんですよ」
 「それは・・・」
 言葉を無くすシンジ。あまりにも優秀すぎる性能に『この子、リツコさんより頭良いんじゃないか?』と考えてしまう。
 「茶々丸。放課後に研究室へ来て頂戴。久々に貴女をバラして点検整備したいから」
 
放課後―
 『茶々丸をバラす』という聡美の言葉に不安を抱いたメンバーは、どんな事をするんだろうかという好奇心も手伝って、麻帆良大学工学部にある彼女の研究室を訪れた。
 同行メンバーはネギ・アスナ・木乃香・刹那・シンジの5名である。シンジは麻帆良へ来たばかりの頃に、聡美の所へ自己紹介を兼ねて訪問しているので2度目なのだが、他のメンバーは全員、大学へ来るのは初めてである。
 茶々丸の先導のもと、廊下を歩いて行く一同。すれ違う学生達が『茶々丸、こんにちは』と挨拶をしてすれ違って行く。いかの彼女が好意的に受け入れられているかが分かる。
 そんな茶々丸の足が、あるドアの前で止まった。
 「この中で私は生まれました。ハカセ、失礼します」
 軽くノックして、中へ入る茶々丸。だが中にいたのは顔の上半分をゴーグル状の機械で隠し、背中に巨大なパワーアームを生やした機械を背負った聡美であった。
 「「「バラされるう!」」」
 一斉に飛び退くネギ・アスナ・木乃香。
 「あれ?皆さん、どうしたんですか?」
 そこで聡美の後ろから『バチバチッ!』という放電の音が聞こえる。次の瞬間、聡美の背後でドカーン!と爆発が起きた。

同時刻、工学部敷地内―
 ドカーン!という爆発に、敷地内にいた学生達はそちらへ視線を向けた。
 「お、また誰かやったな?今度は誰だ?」
 「割と上の方だな。ひょっとしてあの子じゃないか?」
 納得したように、一斉にポンと手を叩く学生達。
 「まあ問題無いだろう。建物は土木研究会に毎月しっかり補強して貰ってるし、今日は茶々丸さんが来ているからな。何かあれば茶々丸さんが助けてるよ」
 「ま、そうだろうな。さてと、それじゃあ俺たちも研究室に戻るか」
 「へえへえ、休み時間は何でこんなに早く終わっちゃうのかね?」
 
再び、聡美の研究室―
 「すいません、ちょっと実験に没頭しちゃってて」
 「実験だったのか。僕はまた軍用兵器でも作ってるのかと思ったよ」
 シンジの言葉に、刹那がコクコクと頷く。確かに麻帆良工学部の技術レベルを考慮すれば、不可能とは断言できないのが現実である。
 「うーん。確かに特殊強化装甲服パワードスーツでしたら、一度研究した事はありますけど」
 「「「あるんかい!」」」
 一斉に突っ込むシンジ・アスナ・刹那の3人である。
 「それはそうと、本題に入りましょうか。茶々丸、点検させて貰うから、こっちへ来てちょうだい」
 「こ、ここで脱ぐんですか?」
 「だって脱がなきゃ検査できないじゃない」
 躊躇いがちにネギ達を見ると、茶々丸は服を脱いだ。その体を見れば、確かにロボットだと断言できる。
 しばらく検査していた聡美だが、首を傾げて唸り始めた。
 「おかしいなあ・・・どこも異常はないのに、モーターの回転数だけ上がってる。茶々丸、状況はどう?」
 「それが、その奇妙な感覚と言えば良いのでしょうか・・・恐らく、ハズカシイというのが妥当かと・・・」
 視線を逸らしてモジモジとする茶々丸に、聡美が驚いて飛び上がった。
 「ハズカシイ!?人工知能がハズカシイってどういう事!?他に異常は?」
 「胸の主機関部がドキドキして、顔が熱いような・・・」
 「ホントだ!これって一体・・・」
 むう、と考え込む聡美。茶々丸の生みの親である聡美にしても、今の茶々丸を襲っている異常事態の理由はサッパリであった。そこへ木乃香があっけらかんと声をかける。
 「なあなあ、胸がドキドキって・・・それって恋とちゃうん?」
 「「恋!?」」
 同時に声を張り上げる聡美と茶々丸。
 「それはあり得ないですよ!エヴァさんの人形みたく、魔法使いが魂を吹き込んだ訳じゃないんですよ?第一、魂を吹き込むだなんて非科学的な!」
 そんな聡美の発言に『でもNERVじゃ魂の実在は常識だったよなあ。初号機には母さんの魂が入ってたし』とシンジが内心で突っ込みを入れる。
 「でもなあ。ロボットが恋をしたなんてロマンチックでえーと思うけどなー」
 そんな木乃香の発言に、聡美がピクンと反応する。
 「・・・確かに、人工知能が『恋』をしたなんて事になれば、ノーベル賞級の大発明かも・・・うん、決めました!只今から実験を開始します!」
 「ええっ!?」
 創造主の突然の実験宣言に、慌てる茶々丸。アスナも止めようとするが、一度火の点いた聡美の好奇心が止まる事は無かった。

学園敷地内にあるカフェテラス―
 少々ゴスロリ的な要素のある、黒一色の洋服に着替えた茶々丸は、早速実験台となっていた。周囲には茶々丸の私服姿というレアショットを見るべく、噂を聞きつけた学生達が周囲を取り囲んでいる。
 周囲から上がる『可愛いなあ』という評価に、どう対処して良いのか分からずに、茶々丸はオロオロするばかりだった。
 「普段しないオシャレで恥ずかしい状況を作り出し、モーターの回転数の上昇を調べます!さあ茶々丸!もっと可愛いポーズで工学部男子の視線を釘付けにしてみて!」
 「しかし、確かに可愛いな」
 「お兄ちゃん、ハルナに言ってもええ?」
 「こらこら、僕は一般的な褒め言葉として可愛いと言っただけだよ。木乃香は今の茶々丸さんを見て、可愛いと思わないの?」
 そんな兄妹の会話が耳に飛び込んできた茶々丸の顔に、ホンノリと朱がさす。
 「それは思うけどな。ネギ君はどう思う?」
 「はい、とってもキレーだと思います」
 その発言に、茶々丸がチラチラと恥ずかしそうにネギを盗み見る。そこへデータを検証していた聡美が声を張り上げた。
 「おお!やはり上昇しています!これは期待できますよ!」
 「こ、これは!」
 「さあ、お次はこれです!」
 聡美が用意していた服へ、強制的に着替えさせられた茶々丸が、再び姿を現す。今度は先ほどとは一転して、真っ白な装いだった。白のノースリーブが、健康的な爽やかさを見る者に感じさせる。
 「あ、あの。私はロボットですから、関節も目立ちますし、あまり似合わないのではないかと・・・」
 「そんなことないえ、茶々丸さん」
 「木乃香さんの言う通りですよ」
 アッサリと太鼓判を押されてしまい、ますます混乱する茶々丸。同時にモーターの回転数が急上昇を始め、それが聡美のパソコンに伝えられる。
 「凄い上昇値です!これは有効な実験数値ですよ!もう間違いありません!」
 「きゃー❤」
 「あ、あの・・・」
 制止したい茶々丸だが、聡美の暴走を止める事は出来ない。それどころか木乃香はキャーキャー騒いで聡美のボルテージを底上げするし、こういう時に止めに入る筈の刹那やアスナは、顔を赤らめて事の成り行きを見守るばかりである。そしてシンジとネギは、パチパチと拍手するばかりと、誰も聡美を止める気配がない。
 「でもホンマに恋やったら、相手は誰やろな?」
 「言われてみれば・・・よし、茶々丸の記憶ドライブを検索します!」
 「ちょっとちょっと!」
 カタカタカタと凄まじい早さでキーボードを叩きはじめる聡美。さすがにそれはマズイだろうと、アスナと木乃香が止めに入る。が―
 「科学の進歩の為には、少々の非人道的行為は、むしろやむなしです!」
 「「ええっ!?」」
 聡美の言葉に、絶句するネギと刹那。シンジは聡美の発言に『この子、将来はリツコさんみたいなマッド一直線になっちゃうのかな?』と将来を不安視する。
 「むむむ!何度も何度も再生している映像群が、お気に入りフォルダに分類されています!」
 「こら、ダメよ!」
 「姐さんだって興味深々じゃねえか!」
 「これです!」
 リターンキーを押す聡美。その瞬間、聡美の後ろに陣取っていたカモ・アスナ・木乃香・刹那が、茶々丸のロケットパンチで『ドン!』という音とともに吹き飛ぶ。吹き飛ばなかったのは、他人の色恋沙汰にはあまり興味がない、聡美の後ろにいなかったネギとシンジだけである。
 しかし画面に映し出された映像を見ている聡美は、その事に全く気付かない。それどころか、茶々丸の『恋』に興奮するばかりである。
 「凄いよ!茶々丸、これはホンモノかも!でも貴女の好きな人がネ」
 周囲がざわめきだす。ネギも聡美も、茶々丸の表情に言葉を失った。
 茶々丸は全身を小刻みに震わせ、その両目からポロポロと涙を流していた。
 「ちゃ、茶々丸?」
 「ハカセのバカーーーーー!」
 見事顔面に茶々丸のロケットパンチを食らった聡美が、放物線を描いてゆっくりと地面に落ちて行く。
 「チが、違うンデす!チガチガガガガガガガガ!ピーーーーー!」
 バシュウッ!という音とともに、茶々丸の耳とスカートの中から、高温の蒸気が噴き出す。
 「ぼ、暴走です!思考回路に負担がかかりすぎました!」
 「なっ!?」
 「ちち違うんでデです!」
 周囲に群がっていた工学部学生達を吹き飛ばしながら、走り去る茶々丸。同時に工学部全体に、けたたましい緊急警報が鳴り響く。
 『アラート!アラート!緊急事態発生!試作実験機が暴走!棟内を逃走中!工学部職員は全力で捕獲を!』
 その報せとともに、工学部学生達が自作の有人型機動兵器を持ちだし、早速、茶々丸の捕獲に乗り出す。
 「よし、俺達が捕獲を・・・って、茶々丸さんじゃないか!?」
 『なお、実験機は強力な光学兵器を搭載している!充分、注意されたし!』
 同時に、茶々丸の目が一瞬だけ煌めき、閃光が走る。次の瞬間、工学部学生達は、学園祭で発表する筈だった虎の子の機動兵器もろとも、爆炎の中に呑みこまれた。
 「「「「「「それを先に言ええええええ!」」」」」」
 爆炎に呑みこまれた学生が怒りの咆哮を上げる。だが茶々丸は決して足を止めようとはしない。
 そこへネギ達が姿を見せた。
 「ネギ先生!茶々丸の右胸を押して下さい!点検中でしたから、緊急停止装置が働きます!」
 「は、はい!でもどうやったら・・・」
 とは言え、工学部生徒の前で魔法を使って止める訳にもいかないネギである。そこへシンジが右手を振った。
 右手から放たれた極細の糸が、茶々丸の右足を掬い上げる。普段の茶々丸ならば、聡美オリジナルのオートバランサーのおかげで、決して転んだりはしない一撃である。だが今の茶々丸はパニックを起こしていた。それなら今朝の超包子の時と同様、転んでくれるかもしれないと考えたのである。
 シンジの予想通り、見事に転ぶ茶々丸。とは言え、パニックに陥っている分、単純な馬力は通常より上。正面からの力勝負では分が悪いと判断したシンジが叫んだ。
 「今だ!」
 「は、はい!」
 飛びかかるネギ。その右胸にネギが手を押し付けると『しゅううう・・・ガクン』という音とともに、茶々丸は動きを停止した。

翌朝、超包子―
 「昨日はゴメンね、茶々丸。ちょっとやりすぎちゃったよ。でも安心してね、あの事は秘密にしておくからさ」
 「は、はい」
 朝早くから賑わう超包子で、茶々丸に謝る聡美がいた。
 「昨日のお詫びって訳じゃないけど、今度、オシャレできるように放熱対策をしてあげるよ!関節も隠せるように、人工スキンも作ってあげる!」
 「あ、ありがとうございます」
 そんなやり取りを、肉まんを食べながら眺めるネギ達がいた。
 「良いとこあるじゃん、葉加瀬も」
 「やはり茶々丸さんの生みの親なんですね」
 「茶々丸さん、オシャレできるようになると良いですよね」
 「でも茶々丸さんの恋の相手が誰か、知りたかったわー」
 「こらこら、そこら辺にしておきなさい」
 ホッと一息吐く5人。だが次の日に聡美が作ってきた新型放熱板―頭部に据え付ける傘のような形状―を見た時、5人は聡美を『マッド』と断定したそうである。

学園祭準備編CASE③ネギ&アスナの場合―
 その日の夜、寮監室には人が集まっていた。いるのはアスナ・刹那・ネギ・シンジ・カモと図書館探検部の4人である。
 何故、彼女達が集まっているのか?それはタカミチを学園祭へ誘おうとして、緊張と羞恥心から逃げ出してしまったアスナを、何とかできないか?というお節介焼きが理由であった。
 「俺っちが思うによ、やっぱり姐さんはデートの経験が無いから、パニックに陥ると思うんだよ」
 「まあ、確かにそうだろうね」
 「やっぱり旦那もそう思うよな?」
 麻帆良で確実に5本の指に入るであろう、策略家2人の言葉に、アスナを除いた全員が一斉に頷く。
 「ちょ、ちょっと!何でそうなるのよ!そう言っているシンジさんは、デートをした経験が・・・ってあるに決まってるわよね」
 アスナが知っているだけでも、シンジはハルナと山岸マユミの2人とデートをしている。そういう意味では間違いなく経験者である。
 「結局のところ、場数さえ踏めば、タカミチを誘うぐらい平気になるさ。そうは思わないか?」
 「・・・まあ、ええ考えかもなあ。ちょうど明日は休みやし」
 「プレ公演やってる団体もありますから、本番の下見にもなりますしね」
 納得する木乃香と刹那。幸い、デートの練習としては、状況はこれ以上ないほどに整っているのは間違いない。
 「でもさ、だからと言って何でネギガキが相手なのよ!練習でも何でもないじゃない!」
 「確かに。高畑先生の代役は無理があるです」
 「まあまあ、落ち着けって。そこで俺っちは考えついた訳よ」
 ゴソゴソとカモが取り出したのは瓶だった。ただし中には赤と青の飴玉のような物がギッシリと詰まっている。
 「こいつは年齢詐称薬といってな、その名の通り、外見年齢を調節できる魔法薬ポーションだ。こいつを食べて貰って、兄貴の年齢を調節するって訳さ。兄貴に大人になって貰えば、完璧な予行演習だろう?」
 「・・・それは良いんだけどさ、そんな事に魔法使ったら、シンジさんが怒らない?」
 一斉にシンジに集まる視線。こう言う事には、人一倍五月蠅いシンジである。だがシンジにもそれなりに感情はある。アスナの幸せの為には、確かにこの作戦は有意義でもあった。だから今回は、シンジは自分が折れる事にした。
 「一般の人達にバレない事。それだけは約束してほしい。それ以外は多目に見る事にするよ」
 「さすが、シンジさん!話が分かる!」
 「ありがとうな、お兄ちゃん!」
 喜んで、シンジへ飛び付くハルナと木乃香。そんなシンジに、ついにアスナも抵抗を諦めて破れかぶれに承諾する。
 「でもさ、本当にそれって効果あるの?」
 「試してみるか?赤い方で大人になれるぜ?」
 赤い飴玉に手を伸ばす木乃香。刹那が止める間もなく、木乃香は飴玉を飲み込む。同時にボンッ!と音を立てて煙が発生。やがて煙の中から、成長した木乃香が現れた。
 その凹凸のある体に、全員が呆気に取られて声も無い。
 「見て見て、セクシーダイナマイツ❤」
 「・・・これは驚いたな。本物だったのか」
 「何でえ、旦那は信じてなかったのかよ。ほれ」
 シンジの口の中へ、青い飴玉を放り込むカモ。するとシンジも煙の中に姿が消える。やがて煙が晴れた所に現れたのは―
 「「「「「「「な!?」」」」」」
 そこにいたのは、小学1年生ぐらいのシンジである。前髪が左右に分かれているので、素顔が露わになっていたのだが、その可愛らしい容貌に最初に行動したのはハルナだった。
 「可愛い!私持って帰る!」
 「ちょ、待つですよ!落ち着くですよ!」
 「いやあ!持って帰って抱き枕にするのお!」
 暴走するハルナと、それを諌めようとする夕映。のどかはアワアワ言いながら見守るばかりである。
 「ああん!ハルナ、次はウチに抱かせてな!お兄ちゃん、かわえーなー」
 「ダメえ!シンジさんは私のなの!」
 「・・・だから勝手に物扱いしないでよ」
 シンジが懐から符を取り出し、自分に叩きつける。同時に効果が解けて、元の姿に戻った。
 「折角可愛かったのに・・・」
 残念そうなハルナの言葉に、アスナと刹那が無言で頷く。特に刹那に至っては『小さい頃は可愛かったんですね』と、ある意味きつい感想を口にしていた。
 「旦那、じゃあ次はこっちだ」
 ポイッと赤い飴を放り込むカモ。シンジも自棄になったのか、諦めたのかは分からないが、特に抵抗もせずに飲み込んだ。そして変化後の姿に、今度こそ全員が絶句した。
 「・・・やっぱり見苦しいみたいだね。とりあえず元に戻るよ」
 「「「「「「だめ!」」」」」」
 少女達全員から、一斉に反対の意見が飛び出る。
 今のシンジは20代前半に姿を変えていた。母ユイに似た面影は、充分に美形と呼べる顔立ちである。
 「・・・パル。おめでとうです。見事大穴を引き当てたですよ」
 「・・・うわあ、きれい・・・」
 「やっぱりお母はんに似てるんやなあ・・・」
 「というか、これは内緒にしておかないと、クラス中が殺到しますよ?」
 「双子ちゃんとか美空ちゃんとか?」
 「シンジさんは私のだよ!」
 急遽始まった少女達の論争に、シンジとネギは呆れたように溜息を吐いた。

翌日―
 亜子はチア部3人娘と『でこぴんロケット』というバンドを組んで、学園祭でライブをする事が決まっている。その為の練習へ向かう途中、裕奈・アキラ・まき絵の運動部3人娘と遭遇していた。
 「亜子も頑張るよねえ。クラスとサッカー部の掛け持ちでしょ?」
 「大変だけどさ、その分、楽しいよ。サッカー部の出店は、男子が張り切ってるしね」
 「なるほど、それなら負担は少ないな」
 納得したように頷くアキラ。その横でまき絵が『ライブかあ、面白そうだなあ』と呟いている。
 「そうだ!私、後ろで踊ってあげようか?」
 「まき絵、さすがに踊りはいらないと思うよ」
 苦笑いする亜子である。だがそこで、亜子が楽器の重さにつられて、バランスを崩した。倒れかける亜子に、反射的にアキラ達が駆け寄ろうとし―
 「おっと、大丈夫ですか?」
 背後から亜子を受け止めた人影があった。年の頃は亜子達と同年代、Tシャツの上に白のブレザーを羽織った、亜子より頭1つ大きい、赤毛の美少年である。雰囲気的には年の割には落ち着いた、礼儀正しいお坊ちゃんといった感じである。
 思わずホケーッと見惚れる亜子。
 「どうしたんだい?」
 「何でもないです、兄さん」
 美少年が顔を向けた方向に目を向ける4人。するとそちらには、黒の着流し姿の美青年が立っていた。身長は2m近いが、その顔立ちは中性的である。こちらは弟と逆に、妙な色気があった。わざとはだけた所から少しだけ覗いている胸板が、セクシャルな雰囲気を醸し出している。
 (((おおおおお!?)))
 「それじゃあ、いこうか。時間が迫ってるしね」
 「はい。それじゃあ亜子さんもバンド頑張って下さいね。僕、見に行きますから」
 立ち去る2人。しばらく経った後、亜子の脇腹を裕奈が突いた。
 「ちょっと亜子!今の誰よ!?あの美形兄弟!」
 「ええ!?ウチ知らんよー!」
 「ウソ!だって亜子の名前知ってたじゃん!」
 「・・・どっかで見覚えあるんだけどなあ・・・」

アスナside―
 デートの予行演習を押し切られたアスナは、それなりにオシャレはしているものの、どこか乗り気でない表情のまま待っていた。内心では『このままバックレようかな?』と考えていたりする。
 「お待たせしました、アスナさん」
 「何よ、遅いじゃ・・・ええっ!?」
 目の前に立っていたのは自分と同年代になったネギと、20代になったシンジの2人である。シンジについては昨晩見ていたので、驚いたのは衣服だけだったが、ネギの場合は完全な初見である。
 「それじゃあ、楽しんでおいで。僕は仕事をしてくるから。それとこれは軍資金」
 「あ、ありがとうございます!シンジさんも、お仕事頑張って下さいね」
 「またね、2人とも」
 そのまま立ち去るシンジ。同時にネギがアスナに声をかける。
 「それじゃあ行きましょうか。とりあえず、グルッと一回りしてみませんか?」
 「そ、そうね」

 『こちら麻帆良祭実行委員会です。麻帆良祭まであと6日を切りました。安全に気をつけて、今年も死者0で成功させましょう』
 空を飛ぶ飛行船から『死人が出るような学園祭なのかよ!』と突っ込みを入れたくなるようなお報せを聞きながら、ネギとアスナは歩いていた。
 もの珍しそうに、周囲を見回すネギ。その姿に、15歳のネギが美少年である事も手伝って、周囲から黄色い歓声が上がる。
 「僕、デートって初めてなんですよ。何だかドキドキしちゃいますね」
 「アンタねえ、勘違いしないでよ?これはあくまで予行演習なの!魔法で大きく、ちょっとカッコよくなったからって、良い気にならないでよね!」
 「・・・僕ってカッコいいんですか?」
 「・・・今のアンタに言われると、カチンとくるわね」
 トンテンカンテンと釘を叩く音が聞こえる中を、2人は歩いて行く。
 「私はね、ガキも嫌いだけど、チャラチャラしてるタイプも嫌いなの。あまり近づかないでよね!」
 「それはダメですよ。今日はアスナさんの為の予行演習なんですから」
 「そ、それはそうだけど・・・」
 押し黙るアスナ。そんなアスナに、ネギが何の前触れもなく顔を接近させた。反射的にアスナがネギの頭へ拳を振り下ろす。
 「近寄るなって言ったでしょ!」
 「いやカモ君が『今の兄貴が顔を近づければ、絶対に姐さんは動揺する』と言っていたので」
 「カモ・・・あとで捻る・・・」

木乃香・刹那side―
 物陰からアスナのデート予行演習を追跡していた木乃香は、不思議そうに呟いていた。
 「あんなカッコええネギ君が横にいてピクリともせえへんなんて。ウチやったらメロメロになってまうかもー❤」
 「お、御嬢様!?」
 「そうか?結構、動揺してるぜ?」
 木乃香の発言に、慌てる刹那。カモは刹那の肩に乗ったまま、笑いを堪えようと口を手で押さえている。
 「姉さん、カードを借りるぜ・・・『念話テレパティア』・・・兄貴兄貴、聞こえるかい?」
 ≪カモ君?≫
 「じゃあ次の作戦に移ろうぜ。龍宮神社の縁日に誘うんだ。でも普通に誘うんじゃ、姐さんの為にならない。姐さんの目を見つめて、大人の色気を出して笑顔で誘うんだ。タカミチみたいにな」
 カモの注文に『10歳のネギ先生にそこまで注文するのは無理では?』と刹那が窘めるがカモは聞く耳を持たない。
 そして言われた通りにアスナを縁日へ誘うネギ。
 次の瞬間、木乃香達の前方で、顔を真っ赤に染めながらネギの顔に拳を突き出したアスナの姿があった。

 縁日での予行演習は、大筋において成功だった。最後の金魚掬いでアクシデントが発生し、スカートの下を見られたアスナがパニックを起こしてネギをノックアウト。更に原因となったカモに制裁を加えるというおまけつきではあったが。
 その帰り道、最後に話題の喫茶店へ寄って行こうという結論に達した2人は、世界樹広場にある喫茶店へと向かい、アスナはそこにいた2人を見て凍りついた。
 1つのテーブルで、仲良く談笑するタカミチとしずな。しずながタカミチの煙草を優しく取って灰皿で揉み消すと、タカミチは苦笑いしながら為すがままにさせている。
 「あれは・・・タカミチとしずな先生・・・?ア、アスナさん!」
 脱兎の如く駆けだしたアスナを、ネギが慌てて追いかける。やがて見晴らしの良い高台の上で、ネギは追いつく事が出来た。
 「・・・やっぱりあの2人ってそうなのかな・・・前からちょっと怪しいとは思ってたけど・・・」
 「で、でも今のは2人で食事をしていただけで!そのアスナさんが想像するような事じゃないんじゃ!」
 「やっぱ、ガキね。アンタ・・・私さバカで乱暴だから、友達だってそんなに多くないもの。性格的にもあんまり人に好かれるほうじゃないし、きっと高畑先生も」
 「そんな事無いです!それに僕はアスナさんの事、ずっろ好きでしたよ」
 思わず振り向くアスナ。そこにいたのは、薬が切れて子供に戻ったネギである。ブカブカの服のまま、ネギは必死で言葉を紡ぐ。
 「木乃香さんも刹那さんもシンジさんもカモ君もアスナさん事が好きです!いいんちょさんだって、本当は好きです!だからタカミチだって絶対大丈夫です!」
 「ホント、アンタってガキねえ・・・バーカ・・・」
 ネギの眉間にデコピンを放つと、アスナは微笑みながらネギとともに女子寮へと足を向けた。



To be continued...
(2012.04.14 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は久しぶりにショートストーリー3話構成となりました。ここしばらくシリアス一辺倒だったので、こういうコミカルな話は書いていてとても新鮮でした。麻帆良祭編もシリアスになるので、ちょっとした息抜きという感じです。
 話は変わって次回です。
 次回はショートストーリー第4話。今作のネギ&アスナの舞台裏で、シンジが起こすドタバタストーリーになります。基本はコミカルですが、ちょっとシリアスさも交えた話にする予定です。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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